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唱名と称名-浄土真宗の場合- -投稿者: TESSHO  2002-10-14 01:23:15
『世界の「宗教と戦争」講座』のP191「唱名念仏」の箇所で、浄土真宗の念仏が
「唱名」あるいは「唱える」と表記されています。また「逆説の日本史」(第6
巻)では「称名念仏」と「「唱える」が混在して表記してあります。
けれども、浄土真宗において念仏申す、念仏をとなえるというときは常に「称
名」あるいは「称える」です。「唱」の字は、文字通り声(口)をあげてうたうと
いうことで、日蓮宗の人たちが題目をとなえるといわれるとき、「唱題目」と唱
の字を用います。しかし、浄土真宗で念仏をとなえるというときは、決して唱の
ように、口をあけてうたうという意味ではありません。「称」の字は「はかり
(秤)」という意味で、品物の重さと分銅の重さがピタッとひとつに定まることで
すが、それを「称名」ということに移していうと、私が「念仏せよ、救う」とい
う阿弥陀如来の呼びかけを聞き、それにしたがう(念仏する)ということにほかな
りません。
親鸞という人は言葉の使い方には大変留意する人で、「称える」ということにつ
いては、その主著『教行信証』はもとより、いわゆる仮名聖教といわれる『一念
多念文意』等においてもその意味をかみくだいて説き明かしています。したがっ
て、浄土真宗における念仏について述べるときは必ず「称名」「称える」と表記
すべきであり、「唱名」「唱える」としたのでは、親鸞の説いた念仏義と全く意
味が変わってしまうので、表記の仕方としては不適切かと思われます。