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民主主義思想と共産主義思想の共通性 -投稿者: 一(はじめ)  2002-08-02 17:15:09
 現在、共産主義は一部の人を除いて否定的に見られて、民主主義思想は肯定的
に見られています。しかし、両方のイデオロギーは近代の産物です。

 民主主義思想と共産主義思想の共通性とは、予定説に基付かれた理想主義であ
る。
予定説とは知らない人のために説明しておくと、ユダヤ教やキリスト教
の概念で、結果が先に決まっていて、それに向かい物事は進んでいくと
いう概念である。因果律の日本人の概念とはぜんぜん異なります。例えば
キリスト教では、一番最後に「最後の審判」というものがあるわけですが、
その結果も、おのおのの人が生まれる前から決まっている。いつ死ぬのか、
誰と結婚するのか、すべてのことはGodによりすべて決められている。
 この概念が共産主義の場合、歴史の最終段階として理想的な共産主義の
社会が来るということである。それに向け、階級闘争をして労働者が資本家
に勝ち、最終段階としての理想的な共産主義の社会が絶対に実現するというもので
ある。一方、民主主義思想の場合は真の自由、平等という理想の社会に向かって
歴史は進んでいくというものである。

 以上のことが、単なる机上の空論であればそれでいいのですが、共産主義思想
が害悪をまき散らしたように、この民主主義思想も現在の社会に害悪を
与えています。 
 それは、ありもしない自由や平等を振り回す人達です。彼らを人権真理教と
言った方がわかりやすいかもしれませんが、急進的なフェミニストの人達
もこのありもしない平等を振り回している人達です。その他にも現代社会を
見渡せば、いろいろと例は見つかると思います。(教育の悪平等、自由が放埒や
エゴイズムに変わったり、いろいろとあります。)
 
 現在の自明にして良識的な価値観も深く考察してみる必要があると思い
ます。盲目的に信じている人が多いと思います。


 少し、民主主義思想を弁護しておくと、この理想主義的なイデオロギーに
よって、アメリカの過酷な黒人奴隷は解放されてきたのですが。そもそも、
近代の民主主義という思想は黒人奴隷という決定的な矛盾を含んでアメリカで
生まれてきたのですが。(自由、平等と書いたトマス=ジェファーソンや
初代大統領のワシントンもたくさんの奴隷を所有していた)

Re:民主主義思想と共産主義思想の共通性 -投稿者: 游惟  2002-08-11 20:34:49
民主主義の対立概念は本来「君主主義」じゃないでしょうか?
即ち、王・貴族といった帰属的特権階級だけが権利・自由を有して政治に参画で
き、一般大衆はそれら特権階級に奉仕することを義務づけられ、政治に参画する
権利・自由をもたない政治体制が君主主義であり、それに対し当該社会の全ての
人間が政治に参画する権利・自由を持つ政治体制が民主主義です。

そして、共産主義はそういった生得的特権階級のいない民主主義政体の一つの理
想型態として思念されたものであり、民主主義の下位分類なのであって、共通性
を持っているのは当然です。

「政治」とは「当該社会(国家)の成員全てに関わることを決めること」であ
り、例えば税金の額をいくらにするか、戦争をするかしないかなど自分に直接・
間接に関わってくる問題を決める話し合いに、全ての成員が加わる権利をもつの
が民主主義です。日本の歴史を眺めてみればわかりますが、江戸時代までの庶民
にはそんな権利はなく、明治に入っても選挙権を持つのは一定以上の直接国税を
払う者だけであり、圧倒的多数の民衆は戦争に駆り出されることはあっても、戦
争するかしないかの話し合いに加わることはできませんでした。

はじめさんが、いくら「民主主義は嫌いだ」と言ったって、まさか「君主主義に
戻れ」と言っているわけではありますまい。そうなるとあなた自身が政治に参画
する権利を奪われる可能性があります。私も括弧付きの「戦後民主主義」という
ものは大嫌いですが、民主主義そのものを否定しているわけではありません。
もっとも、私がどんな基準でも確実に特権階級に入れるなら、君主主義の方がい
いですが・・・・(^ヘ^)

Re:民主主義思想と共産主義思想の共通性 -投稿者: 游惟  2002-08-11 22:38:31
しかし、民主主義では金持ちでも貧乏人でも頭のいい奴でも悪い奴でも
平等に政治的権利は平等で、多数決で政策を決めることになりすから、
世の中には生まれのいい奴よりも悪い奴が多く、金持ちよりも貧乏人が
多く、頭のいい奴よりも頭の悪い奴が多く、公共の福祉・国家百年の計
を考える奴よりも自分の目先の利益を考える奴の方が多いですから、ど
うしても生まれが悪くて貧乏で頭が悪くて自分の目先の利益しか考えな
い奴優遇の政策を採らざるを得なくなってきます。これぞまさに衆愚政
治です。

かといって、君主主義に戻しても、生まれがいい奴や金持ちが頭がいい
とは限らず(自力で金持ちになった人は頭がいいでしょうが)、頭がよ
くたって公共の福祉・国家百年の計を考える保証はありませんから、私
のような生まれが悪くて貧乏人にはまだ民主主義の方がまだまし、とい
うことになります。(^ヘ^)

すると、君主主義と民主主義の中間をいく、生まれの良し悪しを問わ
ず、金持ち・貧乏を問わず、頭の良し悪しを問わず、国家百年の計を考
える者だけが平等に政治に参加できる制度にするのが理想ですが、そう
いう人達をどうやって選別するかが難しいところです。

私がこれに一番近いと思うのはドイツの自由主義経済学者ハイエク(も
う死んだかな?)のアイデアです。
現代において社会を実際に動かし世の行く末をまじめに考えているのは
45〜60歳ぐらいの世代であり、その世代にだけ政治に参画する権利を与え
る、という考え方です。
具体的には、選挙権も被選挙権も45歳の時に一度だけ与え、同じ年齢
の人間の中から何十人か議員を選んで60歳までやらせ、60を過ぎる
と自動的にやめてもらう、というやり方です。そうすれば議員は選挙に
煩わされて大衆に媚びることもなく長期的視野にたって政策を実現で
き、60過ぎて権力にしがみつき老害をまき散らすこともありません。
まあ、選ばれた議員を定期的に勤務評定することは必要でしょうが。
45歳ぐらいになれば、本当の意味での分別もあり、子供を抱え老いた親を抱え
てまじめに世の行く末を考えるはずであり、選ぶ方も選ばれる
方も真剣で衆愚政治には陥らないでしょうし、一応全ての人間に政治に
参加できる権利を与えるのですから、不公平という批判もおこらないで
しょう。

いかがでしょうか?

民主制と民主主義の違い -投稿者: 一(はじめ)  2002-08-12 20:18:12
  游惟さん、初めまして。
 
 民主主義批判をすると、それでは、君主制がいいのかなどと言われますので、
少し整理したいと思います。

 まず、デモクラシ―を「民主主義」と訳すのは厳密には間違いです。慣用的に
は使われていますが。ではどう訳すかと言うと「民主制」と訳され、僭主制、貴
族制などと同様に政治制度の1つです。僕は単なる政治制度としてのデモクラシ
―であれば、欠点もあるのですが認めます。英語でいう「ism」、「主義」という
ものだから批判しているのです。確かギリシアのアテネでは人権、自由、平等と
は言っていませんよね?

 理想的な制度というのは存在しないと思うので、欠点もありますが
基本的に政治制度としての民主制は支持します。確かプラトンは民主制
僭主制、貴族制それぞれについて欠点があり、哲人による政治を理想と
していたと思うのですが。民主制の欠点とはプラトンや游惟さんも書
いている通り衆愚政治ですが、もう1つあります。それは独裁者などの
全体主義になりやすい点です。ヒトラーがいい例です。ではなぜ全体主
義になるのかと言うと、平等な民衆が熱狂的に選んだ者が独裁的に権力
を奮い、自由のない全体主義になります。民主制を殺すのは民主制
です。皮肉ですが。だから、民主制を肯定するにしても今の一般的
な日本人のように盲目的(?)に肯定するよりも欠点もきちんと押
さえることが重要だと思います。僕はチャーチルのように「1番ましな
制度」だと思っています。安易な理想主義に陥らないことが重要だと
思います。
 
  ハイエクのアイデアは、ある意味、プラトンの哲人の政治に近い
かもしれませんね。壮年になれば、少しは、物事考えてきたり、経験
もあるので哲人に近いかもしれないので、そういう人に政治をさせ
よう、という。

おのおのの文化と自由主義 -投稿者: 一(はじめ)  2002-08-12 21:55:19
 もう少し、民主制を考察してみたいと思います。

 全ての人間が政治に参画する権利・自由を持つ政治体制が民主主義
ですが現実には直接民主制ではないので、実際には1部の人しか政治を
しません。だから国防や経済政策をするのも1部の人です。しかも、今
の日本の選挙では投票率が50%くらいなので、多くの人が政治に参加
していません。結果的には貴族制のように1部の人だけが政治に深く
関わっている。これが良くないかと言うと、過剰な政治参加の民主制は
ヒトラーが出てきた時のように全体主義になりやすいので、むしろ健全
かもしれない。一般の庶民は忙しくて、思想や政治や経済などを詳しく勉強した
り考えている暇はないですし。

 よく民主主義で言論の自由などの自由主義がありますが、この自由
主義というのは封建制の名残のようなんですよ。

 この封建制は権力や富を分散させるので、そういう所に自由主義が成立したみ
たいです。1つの巨大な権力だと、その権力に好きなようにやられて、自由が成
りたたない。その他にも権力者と一般民衆のような単純な2つの枠ではなく、様
々な中間組織や階層があり、そういう中で
権力や富が分散され、いわゆる自由主義というのが成り立つみたい
です。近代の民主主義が出たイギリスも今現在も階層社会ですし、日本
もこの封建制の名残でいわゆる自由主義が成り立っているのではない
でしょうか。
 民主主義や自由、平等と、唱えているだけでは、いわゆる民主的な
社会は実現されませんから。北朝鮮やソ連がいい例です。歴史的に
形成されてきた文化でいわゆる民主的な社会は成立するのではない
でしょうか。
 中間組織というのも全体主義を防ぐ役割があるみたいです。1つに
単純な方向へいくのを防ぐからだと思います。

 自由、平等といっても、アメリカやイギリスや日本でも現実に富
や権力などで平等ではないし、自由と言ってもおのおのの文化の中で
しか決まらない。

自由、平等とコモンセンスについて -投稿者: 一(はじめ)  2002-08-12 22:09:20
 単純に自由と言っても、殺人などの犯罪をするのは自由ではないし、
その他にも、結婚式で縁起の悪いことを言うのも自由ではないし、
葬式で赤いネクタイするのも自由ではないし、裸で歩くのも自由では
ない。つまり、その国や文化の常識(コモンセンス)でしか自由は
決まらない。平等も同様です。

 この常識(コモンセンス)、良識がない所には民主主義も自由も何
もかも無いのではないでしょうか。常識(コモンセンス)というのは
教育によって養われるわけですが、おのおのの文化の常識(コモンセンス)
を壊して、ただ単に「自由、平等、人権、民主主義」という社会は
かなりいびつな社会になると思います。ソ連のような実験国家のように
なるのではないでしょうか?

「民主主義」の多義性 -投稿者: 游惟  2002-08-13 12:30:07
英語の「〜ism」を「〜主義」と訳すことには、私も常々疑問に思って
います。
日本語で「○○〜主義」といえば、「○○という思想と、その思想の体
現を目指す社会運動」というような意味にとられ、実際「〜ism」もそ
ういう意味を含む場合もありますが、例えば「エロチシズム」「ミステ
ィシズム」などにはそんな意味はなく、「キャピタリズム(資本主
義)」だって、金持ちはより金持ちになろうとし、事実そうなることを
許容する国家や社会を学者が勝手に分析概念として「キャピタリズム」
と名付けただけであり、行為主体の側には一致団結して「資本」という
理想を実現しよう、などという意識はなかったはずです。

翻って「民主主義」を考えれば、近代の民主主義は、全ての民衆が政治
に参画する権利を持つ民主政体を理想とし、それを実現しようという社
会運動でもあったわけで、特権階級だけが政治に参画する権利を持つ君
主政体を理想とし、それを実現するために運動している人間でない限
り、今日の日本人はみな「民主主義者」であるといわねばなりません。

また、今日の日本ではどういう経緯であったにせよ「民主主義者」達が
目指した民主政体は実現しているのであり、もはや思想・社会運動とし
ての「民主主義」はその使命を終えたのであって、括弧付きの「戦後民
主主義者」達が空想的平和主義や基本的人権などを「民主主義」の名の
もとで主張するのはおかしいのです。

ただ、問題があるのは日本語では「民主」と「主」の字がついているこ
とで、「主」はその社会・集団で一番偉くて自由に振る舞い威張る権利
がある者を指すのだから、「民主主義」は「民」が一番偉くて自由に振
る舞い威張る権利がある社会が理想であり、その理想を実現するための
社会運動、という意味にも解釈できます。要するに括弧付きの「戦後民
主主義者」どもはそのように「民主主義」を解釈しているのでしょう。
はじめさんが嫌悪する「民主主義」というのはこのように解釈された民
主主義ではないでしょうか?(吉野作造はそれを嫌って「民本主義」という言葉
を作りましたが、これは為政者は民衆の福祉・利益を最優先に考える政策を採る
べきであるという思想であり、君主政体のもとでもそ
れは可能なのであって、民主政体の実現を目指す本来の「民主主義」と
は異質なものです)

Re:民主主義思想と共産主義思想の共通性 -投稿者: 平等主義と自由主義  2002-08-13 19:24:09
「戦後民主主義者」どもが考える「民主主義」が上のようなものだとす
れば、それは必然的に平等主義を目指すことになってきます。
つまり、民が皆「主」になってしまうとそれに従属する「従」、即ち家
来や奴隷がいなくなってしまうということであり、建前上他の民を自分
に従属させその上で威張ることはできませんから、自分より威張ってい
る民を引きずりおろして誰も自分以上には威張ることができないように
することを目指すことになります。
即ち、「戦後民主主義者」どものいう「民主主義」とは、全ての「民」
が同じ水準になり、誰かが誰かに対して威張ることも服従することもな
い社会が理想であり、その実現を目指す運動、ということになります。
親も子も平等、教師も生徒も平等、夫も妻も平等、社長も工場労働者も
平等、とにかく誰かが誰かに対して威張ったり従属したりすることのな
い社会をつくることです。
従って、金持ちは貧乏人に対して威張るから金持ちの金を奪って貧乏人
に分け与えようとし、頭のいい奴が勉強すると出世して頭の悪い奴に対
して威張るのを防ぐために、頭のいい奴が勉強しないように「ゆとり教
育」を主張し・・・・・そういう連中がはじめさんの嫌悪する「戦後民
主主義者」でしょう。ただ、こういうことを考える奴は日本の「戦後民
主主義者」に限らず世界中にいて、その極端なものが「共産主義」や
「社会主義」と呼ばれるのです
一方には、全ての民衆が政治に参加する権利を持つ民主政体にのみ価値
を認め、その民主政体で決めたルールの範囲内であれば、貧富の差があ
ろうと権力の偏在があろうと構わないと考える「真っ当な民主主義者」
もいるわけで、その人達は自由主義者と呼ばれます。アメリカの民主主
義は金持ちを引きずりおろそうとする平等主義よりも自助・自律で金持
ちになろうとする自由主義が前提で、そこが日本の「戦後民主主義者」
と違うところです。しかし、民主政体であれば、社会的弱者も政治に参
加し権利を主張するため、ある程度平等主義的にならざるを得ません。
今日、日本を含めた先進国民は民主政体を尊重する点でみんな民主主義
者であり、どの国でもその前提の上で平等主義者と自由主義者がせめぎ
合いをしているということでしょう。

近代の民主主義思想と健全な世の中 -投稿者: 一(はじめ)  2002-08-13 20:05:07
 近代の民主主義についてですが、実を言うと、日本の戦後民主主義
だけでなく、人権などが暴走する要素は基になる西洋の思想からあり
ます。デカルトやルソーなどの啓蒙哲学などですが、特別、日本の
戦後民主主義だけがおかしいというわけではないと思います。例えば、
「真の人間性の解放」などを主張しています。だから民主主義を
考えることは、近代の思想そのものも総括し直す必要もあります。
日本で人権真理教が暴走しているのも日本だけの偶然ではないと思います。

 「王・貴族といった帰属的特権階級だけが権利・自由を有して政治に参画で
き、一般大衆はそれら特権階級に奉仕することを義務づけられ、政治に参画する
権利・自由をもたない政治体制が君主主義であり、それに対し当該社会の全ての
人間が政治に参画する権利・自由を持つ政治体制が民主主義です。」
 ということについて、単純な「君主主義 対 民主主義」というのも
すでに近代の民主主義のパラダイムの中のことだと思います。
 現実はそんなに単純ではなく王や天皇や貴族階級の名残を残して
現在の政治は行なわれています。そのような様々な制度の絶妙な
バランスで成り立っているのだと思います。実際、日本やイギリスは
名目上、立憲君主制です。それでも人民民主主義の北朝鮮や旧東欧の
国よりも健全だと思います。
 あと、政治は権利だけでなく義務でもあるので、その辺の単純な権利
の思想というだけではうまくいかないと思います。

 僕が言いたいことは、やはり深く考えてみると、単純に民主主義だけ
で動いていないと思うんですよ。だから民主制も不完全な制度ですし
民主主義を一般人が過信したり、理想的に見ると、大きな落とし穴が
あり、日本の将来に不安があると思うのです。安易な理想主義は怖いという。民
主主義を深く考えるのは、有益だと思うのですが。盲信する
のは危険だと思います。

Re:民主主義思想と共産主義思想の共通性 -投稿者: 游惟  2002-08-14 13:53:06
少なくとも今日の日本において、民主主義が理想化されたり盲信された
りしていることはないと思います。
遅くとも1960年代以降に生まれた世代にとっては、民主主義は空気のよ
うなもの、あって当たり前なのであり、命をかけて勝ち取り、命をかけ
て守らなければならないもの、などという感覚は全くないはずです。そ
の証拠に今日では各種選挙の投票率は50%を切っていますが、それは
「自分一人ぐらい投票に行こうと行くまいと世の中が変わるわけじゃな
し、まして群国主義者や独裁者に乗っ取られてしまうなんてあり得な
い」という感覚があるからです。民主主義に対する「盲信」というなら
ば、むしろその「民主主義は当たり前」という感覚の方が盲信だと言え
ます。

Re:民主主義思想と共産主義思想の共通性 -投稿者: 游惟  2002-08-14 13:53:32
しかし、歴史を振り返れば、今からたった200年前、王や貴族といった
特権階級がおらず民衆の選挙で選ばれたものが統治にあたる民主制(共
和制)がちゃんと機能していた国などアメリカぐらいであり、ヨーロッ
パでさえ多くの国々の民衆にとって民主主義は命を賭け、革命を起こし
て勝ち取る理想であり、まして日本を含めたアジア諸国の民衆には民主
主義だの共和制だのという観念すらなかったはずです。
イギリスでは16世紀から清教徒革命・名誉革命等を経て徐々に特権階級
の権利が制限され、一般民衆の権利が拡大し制限選挙がなくなって今日
のような大衆民主主義が定着したのは20世紀に入ってから、フランスで
は18世紀末のフランス大革命で特権階級を皆殺しにして共和制が成立し
たと思ったらすぐにナポレオンに乗っ取られ、その後帝政と共和制を行
きつ戻りつし、大衆民主主義が定着したのはやはり20世紀に入って第一
次大戦後のことです。
隣の韓国では、公正な選挙で大統領が選ばれたのは1987年のノ・テウが
始めてであり、この際のチョン・ドファンからノ・テウへの政権交代は
「戦後史上初めて流血なしに行われた政権交代」です。この時の選挙は
軍人出身のノ・テウと文民の金永三、金大中、金鐘必の四人が立候補し
ており、ノ・テウが優勢だったため、真の民主化を求める人々は三人の
金氏の候補一本化を求め「学生が焼身自殺」までしたのです。
台湾にしても、戦後長い間蒋介石・蒋経国父子と、大陸から渡ってきた
万年議員による独裁政治が行われてきましたが、李登輝が1988年に病に
倒れた蒋経国に代わって総統になり、万年議員を一掃して民主的な選挙
で再選されたのは1996年のこと(この時、中国はミサイルをぶち込むぞ
と脅した)、現在の台湾独立派の陳水扁が総統に選ばれたのは2000年、
一昨年のことです。
つまり、韓国や台湾ではほんの10〜15年前まで「民主主義」とは目指す
べき目標であり、命がけで獲得するものだったのです。

今日、日本で「民主主義」だの「人権」だのほざいている輩に、そんな命がけの
使命感などがあるでしょうか?

Re:民主主義思想と共産主義思想の共通性 -投稿者: 游惟  2002-08-14 17:55:24
しかし、別の角度から見れば、今日の日本が「天皇親政」や「江戸幕府
再興」に逆戻りすることなど考えられないように、わずか10数年の歴史
であったとしても韓国や台湾が軍事独裁政権に逆戻りすることはまずあ
り得ません。もはや「民度」が違うのです。

「衣食足りて礼節を知る」はいつの時代にも真理であり、国民の大半が
食うや食わずの生活をしている時代には民主主義もへったくれもありま
せん。飯を食わせてくれない民主政権より、飯を食わせてくれる軍事政
権のほうが国民にとってはましなのであって、東南アジア・アフリカ・
中南米などの最貧国が選挙制度だけを民主的にしても、すぐクーデター
でひっくり返されるのはそのためです。
国民の生活がある程度豊かになり生活に余裕が出て教育水準も高くなっ
てくると、必ず民主化の動きが出てきますが、その目安が一人あたり
GDP2000ドルといわれています。今日韓国の一人あたりGDPは10000ド
ル、台湾は15000ドル近くに達しており(日本は30000ドル)、両国と
もIMFやOECDの基準に照らしても立派な先進国、高校・大学進学率も日
本と比べても遜色なく、生活水準も日本とそんなに変わりません。(私
は韓国に4年半住み、現在台湾に住んで2年になります)金があって生
活を楽しむ余裕の出てきた人間が、窮屈な独裁政権など望むわけがな
く、口先ではどう言おうと豊かな生活が失われる「大陸反攻」「南北統
一」などを本気で望んでいる人間などまずいません。
20世紀に入って欧米の民主主義が定着してのも、国民の生活水準・教育
水準が上がったからであり、思想やイデオロギーなどというものは何ほ
どの力も持っていないものです。

Re:民主主義思想と共産主義思想の共通性 -投稿者: 游惟  2002-08-14 17:57:17
民主主義は独裁者を生むといいますが、それは民主主義が定着するほど
に民度があがっていない場合だけです。ヒトラーが政権についたときド
イツは第一次大戦の巨額の賠償に苦しみ、人口の20〜30%600万〜800
万もの失業者を抱え、国民の多くが食うや食わずの生活をしていた時代
であり、民主主義の粋を集めたといわれるワイマール共和国は何の手も
打てなかった。だからみんなやけくそでナチスに投票したのですが、ヒ
トラーは政権につくや本当にこの大不況を克服し、完全雇用を達成して
しまったのです。その事実の前には民主主義もへったくれもありませ
ん。

クーデターで政権をとり民主化運動を弾圧し、結局自らも暗殺された韓
国の朴正煕大統領は、当時の日本の民主主義者からはぼろくそに言われ
ていましたが、朝鮮戦争で疲弊し国民の大半が食うや食わずの生活をし
ていた韓国で、まず必要なのは民主主義などではなく国民にメシを食わ
せることだとわかっていました。そして反対運動を暴力的に鎮圧しなが
ら日韓基本条約を結んで日本から7億ドルの賠償金を獲得し、その資金
を元に産業を興し、1979年に暗殺されるまで20年近くの間とにかく国民
が腹一杯メシを食えるようにしました。その間には労働運動や共産主義
運動を徹底的に弾圧し、政敵であった現大統領の金大中を暗殺しようと
さえしましたが、それは国民がメシを食える国を作るという目的のため
であり、朴が殺された後調べてみたら朴自身は見るべき財産は殆ど残し
ておらず、非常な清廉潔白の士であったことがわかりました。(韓国の
伝統では権力者が私腹を肥やすのは当たり前であり、その後のチョン・
ドファンやノ・テウは死刑判決を受けたぐらいです)民主化運動華やか
なりし80年代には朴正煕は悪の権化のように言われていましたが、今日
では最も優れた大統領だったという評価が定着しており、朴に殺されか
けた金大中さえ大統領就任前に朴の墓に詣でているぐらいです。

Re:民主主義思想と共産主義思想の共通性 -投稿者: 游惟  2002-08-14 20:05:23
思想やイデオロギーなどというものを過大評価するべきではありません。
60年安保の際、「戦後民主主義者」どもは死人が出るほど大騒ぎして自
民党の安保強行採決に反対したのに、その直後に行われた総選挙で自民
党は一議席しか減らなかったのです。
ですから「人権真理教徒」「平和念仏教徒」などが何をほざこうと、そ
んなものは表層だけの現象であって、現実には何ほどの力も持っていな
いものです。

それよりも、バブル崩壊以来現在までの経済・社会の混乱は、明治維
新、第二次大戦敗北に続く社会制度の大転機であると思われ、小手先の
彌縫策はもはや限界に来ており、数年以内に何らかの形で大破局を迎え
るのではないかという気がします。つまり、終身雇用、持続的経済成
長、所得格差の少ない一億総中流化といった「戦後民主主義体制の崩
壊」です。しかし、現在の体制が崩壊すると言っても、自衛隊などによ
るクーデターや革命などが起こるとも思えず、民衆の反乱といっても反
乱を起こす対象がなく、独裁者が出てくるといっても独裁者になれそう
な人物もみあたらず、どんな勢力がどんな思想を以て次の社会の主導権
を握るのか見当もつきません。

いずれにせよ「人権真理教徒」「平和念仏教徒」などはこれまでの「戦
後民主主義」という秩序のもとでのみ脳天気なことをほざいていられた
だけであって、次の世代の主導権を握るなんてことはあり得ないのでご
安心下さい。

游惟さんへ -投稿者: 一(はじめ)  2002-08-15 03:21:52
 もちろん思想やイデオロギーを僕は過信しているわけではない
のですが、共産主義が全世界で行なった大虐殺もイデオロギーの
産物ではないでしょうか。それに世の中、単純に唯物的に動くわけ
でもないですし。資本主義も単なる富の集積だけでは生まれません
でしたよね?

 僕が危惧しすぎと言われれば、その可能性もありますが、現実に
アメリカの作った憲法や、人権教育を始めとした日本の今の教育
などを見ても、心配のしすぎではないと思います。教育の効果は
じわじわと効いてきますので。

 60年安保に関しては、左翼的な人は1部で、多くの国民は
コモンセンス(常識)を備えた人が多かったからではないでしょうか。
僕が心配するのはそのコモンセンス(常識)が昔よりも崩れてきて
いるのではと思うからです。

 韓国や台湾のことは、いわゆる民主化できたのは日本の統治の影響
が土台にあるような気がします。それこそ、単純に民主主義の
イデオロギーで世の中は変わりませんし。長い年月の中で、教育
インフラ、社会制度、コモンセンス(常識)などがあり、いわゆる
民主化できたのではないでしょうか。そういえば、朴正煕も日本
の教育を受け、軍人で、明治維新を真似しましたよね?

 独裁に関してですが、游惟さんは単純に民度と仰いますが、僕は
そうではなく、先に挙げたコモンセンス(常識)や複雑な社会制度など
があり、独裁を防いでいるのだと思います。今の人が昔の人より
優れていて、民度が高いというのは現代人の驕りではないでしょうか。


 基本的に游惟さんが仰るような単純に国民全員が選挙権を持つという
ことを民主主義というのならいいと思うのです。
 僕は人権真理教の影響が、じわじわと影響しているような気がするので。

根本的な問題とは何か -投稿者: 一(はじめ)  2002-08-15 03:50:44
 近代の思想の近代主義や理性主義というものが根本的に誤っていた
のは人間の理性で機械やプラモデルを作るように理想の国家や社会を
創造できると自己過信したところではないでしょうか。
 しかし国や社会はそんなに単純ではなく、設計した通りに理想
的にいかない。むしろ、理想どころか矛盾を大きく抱え、ソ連などの
共産主義国家のような地獄になってしまった。
 長い年月をかけて、様々な国が作られてきたわけです。社会制度、
言語、常識、教育、などなど数えきれないほどの事象が過去から
積み重なって、今日ができているわけです。過去の人々も失敗や
苦労を重ねながら、社会を作ってきました。そのような大変に複雑な
ものを今現在、生きている人の理性で簡単に理想化できるのは人に
万能な神になれと言っているようなものだ。
 つまり、改革するにしても良くなる確率よりも、むしろ悪くなる
確率の方が高く、非常に慎重にやらなければいけないと思います。
現代人は神ではないのだから。ゆえに政治は地味な仕事だと思います。
 歴史から得る教訓というのは急激な改革幻想は1番よろしくない
ということだと思います。共産主義やフランス革命の大虐殺の
ようになってしまう。
 もちろん世の中は変わるので、変えていくことも重要です。しかし
それは、きちんと守るものとのバランスで慎重にやらなくては
いけない。
 近代主義や理性主義の批判や懐疑というのは実はフランス革命
の頃からあって、そういう人たちがバランスを保って近代主義
が暴走しないように歯止めをかけてきた。
 健全な国家というのは、そのようなバランスを保ってきている
国だと思います。

共産主義の誤解 -投稿者: 游惟  2002-08-15 13:14:45
ソ連や東欧・中国その他20世紀に出現した社会主義・共産主義国家を名
乗る国は、皆括弧付きの「社会主義国家」「共産主義国家」です。

マルクスの言う「正統な共産主義」は、高度に発展した資本主義国がそ
の内包する矛盾の故に崩壊し、共産主義体制に変わる、というもの
であり、マルクスが共産主義革命が起こると考えていたのは、イギリス
やドイツなどの当時の最先進資本主義国でのことであって、まだ中
世封建制から抜け出せず資本主義体制にも入ってなかったロシアや中
国、東欧などに共産主義革命が起こるなどとは夢想だにしていなかっ
たはずです。

マルクスは単なる「思想家」ではなく当時の最先端を行く社会科学者だ
ったのであり、(隣の井沢掲示板で私が書いたように「社会科学史
観」の持ち主だった)、歴史を社会科学的に眺め、原始共産制→古代奴
隷制→中世封建制→資本主義体制と多くの国家・社会は変遷してきたこ
とを発見し、一つの段階から次の段階へ移行するのは、その制度が高度
に発展しその制度の下ではそれ以上の発展ができないという段階に達し
たときである、従って資本主義体制が最も高度に達すると次には共産主
義社会が来る、と社会科学的に予言したのです。だから、マルクスの考
えからすれば、中世封建制から脱していないロシアや中国などで共産革
命など起こるはずがないのです。

ただ、マルクスの誤りは、資本主義体制から共産主義体制への移行は暴
力革命によって起こる、と考えたことであり(フランスの中世封建制か
ら資本主義体制への移行が暴力的なフランス大革命で起こったことを念
頭に置いたのでしょう)、マルクス理論を生かじりしその部分だけに共
鳴した輩が起こしたのがロシア革命であり、それは本来資本主義革命で
あるべきものだったのに「共産主義革命」を名乗ったからおかしくなっ
たのです。

共産主義の誤解A -投稿者: 游惟  2002-08-15 13:17:31
マルクスの大きな誤りはこの「暴力革命論」だけで、大筋では当たって
いるのであり、今日の先進資本主義国はマルクスが生きた19世紀半ばの
基準から考えれば、みんな立派な共産主義国であり、日本などその最た
るもの、マルクスが生き返って今日の日本をみれば「俺の予言はほぼ正
しかった。こんな立派な共産主義国ができあがっている」とほくそ笑む
ことでしょう。
今日の日本には「資本家」などというものはおらず、国家も企業もみん
な労働者独裁であり(政治家も官僚も企業の経営者もみな実力でのして
きたサラリーマンであり、労働者であって資本家ではありません)、国
民はみんな国家の負担で教育や医療を受け、民間銀行が倒産すれば税金
を以て救済し、景気がわるいといえば「地域振興券」などといって国が
国民に金をばらまき、国民から集めた税金以上の金を国債を発行して国
民の福祉のために使う、国債が限界に達して利払いができなくなっても
損するのは銀行に大金を預けている金持ちであり、一般庶民には殆ど関
係ない・・・・・これが共産主義国家でなくてなんでしょう?

イギリス・フランス・ドイツ・北欧などの伝統的な国民国家はみんな同
じようなものであり、共産主義体制への移行が遅れている先進資本主義
国家はアメリカぐらいなものです。アメリカの共産主義体制確立が遅れ
ているのは、移民の国であって国民の範囲が一定せずどんどん増え、生
産性の低い新規移民や不法移民にまで共産主義の恩恵を与えていては国
家が破産してしまうからです。

共産主義の誤解 -投稿者: 游惟  2002-08-15 13:19:35
韓国や台湾などは資本主義体制が成熟し、そろそろ共産主義体制への移
行が始まっているところ、中国やロシアは括弧付きの「共産革命」など
をやったために中世封建制から資本主義体制への移行が遅れてしまい、
やっと今資本主義体制への移行が始まったところでしょう。
中世封建制の名残をとどめ、国民の衣食が足りてない社会では「民主主
義」などは贅沢品なのであり、軍部独裁の強権政治の方がましな場合も
多く、まだ資本主義体制への移行が軌道に乗っていないロシアでは、い
つ軍部のクーデターが起こるかわかったものではありません。
(実際ロシアの民衆にはメシがちゃんと食えたブレジネフ時代を懐かし
む者が多くいます)

そんなことより問題は、共産主義体制が成熟しその矛盾が最大になった時(今日
の日本はまさにそういう状況にある)に、次にどのような体制
の社会に移行するかであり、それはマルクスも予言していないし私にも
わかりません。
もはや日本の生産性の向上も国債依存も限界に来ており、このまま行け
ば早晩国債価格が暴落し、銀行がばたばた倒産し、失業者が20〜30%に
も達する事態が生じるでしょう。そんな事態になればの平和念仏教徒や
人権真理教徒なんぞはどこかに吹っ飛んでしまうのであって気にするこ
とはありませんが・・・・・さてどんな社会になるのでしょう?

共産主義そのものが妄想である -投稿者: 一(はじめ)  2002-08-17 09:39:13
 游惟さんは共産主義が正しいかのように書かれていますが、
僕は完全な妄想だと思います。

 まず第一に間違っているのが、「全世界的に封建制があった」という
ことです。実をいうと、封建制は日本と西ヨーロッパの特殊な状況
だったのです。それに、歴史が段階的に進むというのもシナの歴史
を見ると、すぐに誤りだとわかります。歴史にきちんとした法則
はありません。そういう歴史主義みたいなものは痛烈に批判されて
います。史実をみると、そんなに単純ではありません。
 第二に共産社会には失業者がいないこと。そんなユートピアの
ような社会は存在しません。

 その他にも誤りはいろいろとあるのですが、根本的なことは、
ただの妄想のようなものを科学と称して作ったこと。この土台には
デカルトからヘーゲルまでの近代思想があるわけですが、これ事体も
妄想に近いものです。物理などのきちんとした科学といっしょに
されると困ります。もっとも物理も完全ではないのですが。科学は
あたりまえですが、不完全ですから。

 游惟さんに少し反論しましたが、平和念仏教徒や人権真理教徒
に対する否定ということでは共通しているので怒らないで
下さい。それに、游惟さんは共産主義者ではないですよね?

民主主義の欠点 -投稿者: 岡島  2002-08-18 02:12:42
『保守主義―夢と現実 ロバート・ニスベット著 富沢克・谷川
昌幸訳 昭和堂』という本が大変参考になります。大きな図書館
には置いてあると思うので、是非一読をお薦します。一部抜粋し
ておきます。

『トクヴィルが人間生活を支配する民主的権力について書き、民
主政それ自体が最も警戒しなければならないのはこの民主的権力
であると述べたとき、彼はこのようなベンタム的民主政を念頭に
おくこともできたであろう』

『(略)「完璧な民主政は」とバークは書いている。「この世で
最も恥知らずなものである。最も恥知らずであるから、それは最
も傍若無人なものでもある。」つまりそれは、社会秩序およびそ
れに内在する権威と自治に対してこの上なく傍若無人である。ボ
ナルドはこう書いている。「君主制は本能的に社会とそれを構成
する集団を認めるのに対して、民主政は絶えずそれらを抹殺しよ
うとする。」(略)』

『バークやボナルドは共に政府の官僚制を強化するという理由
で、革命の民主的勢力を非難した。ひとたび国家が無数の社会形
態に基づくそれ自身の権威および独自な型にとって代わりはじめ
れば、果てしなく肥大化する官僚制以外に残された道はない。
(略)』

『人民は人民自身を専制的に支配しないであろうから、権力基盤
の拡大は自動的に権力行使の削減となるはずだ、という魅力的な
思想は、保守主義者たちによれば、全人民、あるいは単純多数派
が、社会の少数派、独創的エリートたち、その他の少数者集団に
対し、自己の専制的意思を押付けるという新しい形の独裁をもた
らすことになる。(略)』

『ある保守主義者が(略)、こう書いている。毎朝、鏡をのぞい
てヒゲを剃る市民は、そこに1000万分の一の専制支配者であると
同時に一人の完全な奴隷としておのれの顔を見るであろう、と』

民主主義の欠点 2 -投稿者: 岡島  2002-08-18 02:14:10
現在の西側諸国ではこのような、「民主主義」の弊害に対して、
地方自治・宗教団体や、私立学校等の独立性・各種慈善団体の優
遇・小さな政府及び、公営事業の民営化、組合や消費者団体・最
近ではNGOの活動が、国家権力の肥大化を抑制して多様な価値
観を維持するのに役立っているものと私は思っています。

残念ながら日本では、明治維新以後これらの多様な集団の力は微
少なものとなっており、強いてあげればそれは「会社」でしょう
か。しかし、日本の企業は規制緩和が唱えられて久しいですが、
いまだに官僚による支配は大きく、結局の所、日本における国家
権力の力は強大なものとなり、又、大企業自体が官僚化している
のではないかと思われ、現在の日本における、国家権力に対する
圧力団体は、「外圧」(特に米国の)が最大にして唯一のもので
はないかという気すらしてしまいます。

もちろん米国からの圧力といっても、日本人の大多数に反感を持
たれては効果ないので、日本人にも利益があるような形での圧力
ということになり、国内でも賛同する人が多く、おおむね今まで
はそれがうまく機能してきたともいえますが、本質的には当然、
米国の国益が目的ですので、これからもうまく機能するとは思え
ませんし、すでに問題は発生しているのではないかと思えます。

日本でも、多様な価値観を持つ、社会集団が成長するべきだと思
いますが、現状では、それらの団体では「熱心な民主主義者」が
非常に大きな力を持っており、一般人の認識とは大きな乖離があ
るように思えます。

近代化、民主制の欠点 -投稿者: 一(はじめ)  2002-09-12 00:51:16
 岡島さん、初めまして。少しご無沙汰しています。

 「君主制は本能的に社会とそれを構成する集団を認めるのに対して、民主政は
絶えずそれらを抹殺しようとする。」
 
 以上のことについて、今の近代国家の前に絶対王政というのが
ありましたが、絶対王政というのは絶対的な力を持っていたのではなく
むしろ、今の民主主義の近代国家より弱かったらしいです。だから、
社会の市民階級が革命を起こすこたができた。本当に強かったら
革命は簡単に鎮圧されてしまいますから。ではなぜ弱かったのかと
いうと、貴族などが、合理化や官僚制の強化を怠ったというのと、
冒頭の君主制が社会を伝統的に尊重したかららしいです。

 それで、問題は近代化や合理化された市民階級が権力を握り、国家を作り、今
のような民主制の近代国家ができるようですが
冒頭のように民主制は社会を尊重しないようです。しかもその権力
は合理化されているので絶対王政よりも強く、革命みたいのは
不可能です。その合理化された巨大な官僚制の国家は当に怪物です。
この国家による恐ろしい専制政治が起こる危険がある。
 もちろん国家というのは絶対に必要ですが、最大の危険物という
認識も必要だと思います。
 
 この巨大な官僚制の国家が好き勝手に自由を奪い、かつてのソ連
のようになる。そういえば、井沢さんも官僚を危惧するような本を最近
出されていましたが、この巨大な官僚制のコントロールというのは
重要だと思います。当に近代化、民主制の欠点ですね。
 
 1つの巨大な権力を緩和させるために 
日本で多様な価値観を持つ社会集団が成長するべきだと
思うのですが、僕はこの辺りは伝統や歴史に学ぶのがよい
と思います。近代のパラダイムにはまらない、様々な
社会集団ができるような気がします。温故知新ですね。