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フェミニズムとナショナリズム(前) -投稿者: KABU  2002-07-04 18:00:08
これはNC4との2重投稿ですが、多くの方に呼びかけたいし、
真面目に読んでもらえる方の多い当BBSにも掲載させていただき
ます。要は、NC4と井沢先生の所と自分のサイトでだけでする
呼び掛けです。今後、皆様からのフィードバックがいただければ、
それを反映しながら徐々に具体的な形に仕上げていきたいで。
(尚、個人的に意見を下さる方は私のサイトまで。)

KABUサイト:http://plaza11.mbn.or.jp/~matsuo2000/newpage2.htm
これは第1掲示板 掲示板de千代ヶ丘に掲載いたします。
では、参ります。
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フェミニズムとナショナリズム

現在、先鋭的なフェミニズムは男女の同権を越えて、実現可能な総ての
社会的事象に対して男女を同じように扱うことを主張するかの如き勢い
です。私は、このような現在の先鋭的フェミニズムの根底には、近代
立憲主義に孕まれている思想があると思います。それは、人間を自由・
平等・対等・独立の人格と理解し、そのような人間(「個人」という
べきか)だけが価値の主体であるとの考え方です。この考え方からは、
国家は当然のことながら必要悪。教会や組合や親族は不必要悪、家族も
夫婦がギリギリ価値中立的なもの、というような理解が容易に導かれ
ます。要は、フェミニズムはナショナリズムと不倶戴天の敵なのだと
KABUは思います。よって、大東亜戦争後の所謂戦後民主主義によって
その姿を著しく歪められ、その価値を著しく貶められたナショナリズム
の復活を支持する者はフェミニズムと早晩、正面からブツカルと予想
します。あの、「正面からブツカル」とはこれ、論文上でいう意味では
なく政治上という意味です。


もちろん、政治思想史的には、近代立憲主義のイデオローグ達は、
ルソーにせよロックにせよ家庭の価値を重く考え、フェミニズム的な
発想を厳しく批判しています。しかし、ロックさんルソーさん。思想は
一度世の中に出てしまえば、その唱道者や創始者の考えとは無関係に
進みますよ。だから、もうちょっと考えて近代立憲主義は考えて欲しかったんや
んか(笑)。

<続く>

フェミニズムとナショナリズム(後) -投稿者: KABU  2002-07-04 18:04:13
<承前>

要は、思想は一度世間に出たら行き着くとこまで行っちまうということ
です。だから、私は、ポルポトさんは近代立憲主義の正当な後継者と
言う人がいても驚かんし、フェミニストが左手にマルクス(エンゲルス
『家族・私有財産・国家の起源』か)、右手にルソーの『人間不平等起源論』
をもってジェンフリー運動しているのを見ても豪も驚きません。

もちろん、「女には教育はいらん」とかいう主張は論外でありますが、
かと言って「男もスカートをはけ」には笑いを通り越して背筋が冷たく
なります。そのような、「男もスカートをはけ」という発言を聞いた
時、ポルポト派のローティーンの兵士に銃を突きつけられて自分の死体
が埋まる「穴を掘れ」と命じられている気持ちに私はなりました。

KABUはん何が言いたいんでっか? この質問がそろそろ飛んできそうで
すね。質問にお応えいたします(笑)。先鋭的なフェミニズムとは別な
女性の権利を正当に擁護推進する思想運動を展開しようではありません
か、ということです。その新しい思想運動は、当然、ナショナリズムと
整合的なものであり、人生をペアチームで乗り越えていくパートナーで
ある男性にも意味のある運動になるでしょう。先鋭的なフェミニズムは
問題外の外ですが、生活資材の調達と生命の生産という人間が人間で
ある限り行わなければならない二つのタスクを、社会における人生を乗
り越えていく上でのパートナーとしての男女ペアがその役割を上手に
分担できる社会を作ることは♀にも♂にとっても重要な社会政策と社会
思想の課題であることは言うまでもないと思います。よって、
この新しい運動は新「女性」解放運動ではなくて、「明るい混合人生ペ
ア構築運動」とか、現実的には「新しい夫婦と家族の再創出運動」と
呼ばれるべきでしょうか。

男女の在り方と近代について -投稿者: 一(はじめ)  2002-08-01 17:05:16
 結局、男女の在り方というのは、おのおのの国の文化によってしか
決まらないのではないでしょうか。

 例えば、イスラムの女の人達は肌を隠しますが、日本人の僕の常識
から見れば違和感がある。

 西洋から出た近代というものが持つ、合理主義やイデオロギーがそ
のような様々な文化を浸食しているのではないでしょうか。

 近代の価値観で理想の世界が築けるという、盲信が今の先鋭的なフェミニズム
のようなものを生み出したのではないでしょうか。

 合理主義や自由、平等などの価値観で世の中が理想的になるのであれば
よいのですが、世の中や人間はそんなに単純ではなく、過去の文化の積み重ね
の上にしか安定した社会というのは築けないのではないでしょうか。

Re:フェミニズムとナショナリズム(前) -投稿者: 大山健一  2002-10-02 18:15:11
 私も先鋭的なフェミニズムとナショナリズムとは不倶戴天の敵であるだろうと
思っています。そのフェミニズム運動の攻勢著しいこと。世界では冷戦が終わり
左翼はすでに滅んだはずなのに日本では着実にその地歩を確立していた。政治、
教育の世界、そしてジェンダーフリー、フェミニズム、環境運動というものに名
を変えて左翼は今や反転攻勢をかけて来たのである。日本に於いて左翼の首相が
誕生したのが冷戦後というのもそれを象徴している。冷戦が終わり、保守が油断
したその間隙を突いた攻勢、正に国家としての体を成していない日本がこれに蝕
まれるのに時間はかからなかった。今の日本に必要なのは政治的にはこのような
左翼の攻勢に対してレーガン、サッチャーの行ったような保守革命が必要であ
る。保守革命とは教育革命であり国家のあり方を根幹から変えることである。そ
れなくしては、夫婦別姓にみられるように家庭破壊、引いては国家解体に向かう
であろう。フェミニズムも然り。
 思想的には国家をどうするべきかということが問われていると思う。国民国家
という枠組みが今世紀も私は続くと思っているしそれを前提として政治は政策を
たてるべきだと思う。しかし一方ではこれを過渡的なものと捉えて(それは左翼
の如く観念的なものではなく)、国連なりを中心とした、云わば「世界政府」の
ようなものを日本が率先して世界に働きかけるという判断もあると思う。正にナ
ショナリズムのあり方はここにかかっている。いずれにしろ左翼は打倒し、今度
こそその迷妄から覚まさせるか、息の根を止めるしかない。
 私は国民国家を前提とするならば人々は国家という神話を共有することが必要
だと思う。それによって公共性、共同性の復活はあるはずである。それが出来な
いならばナショナリズムの確立はなく、日本は今ひとつの選択を取るしかないで
あろう。