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今週の週間ポストの書評欄 -投稿者: 岡島  2002-06-25 01:08:50

今週の『週間ポスト7月5日号』ですが、書評欄の『「偽書『武功
夜話』の研究」藤本正行・鈴木眞哉 著』への西岡芳文氏の書評
がとても気になりました。

私の読解力不足のせいか、氏の言わんとしていることが、特に後
半部においていまいち理解できないのですが、前半部で言いたい
ことはおそらく、「『武功夜話』が偽書であることは学界では周
知の事実であった。しかし、それを言わないのが歴史学者の「エ
レガント」な慣習である。」と学界を擁護しているように思えま
す。そしてこういうことを歴史学者がするのは「有害無益」であ
るとおっしゃっているようです。誤読ではないかと思いました
が、やはり、何回読んでも私にはそうとしか受け取れません。

学界の人たちは、民間で誤った情報が広範に流布しているのをた
だ傍観しているだけでよいのでしょうか。歴史学者の存在意義と
は一体何なのでしょうか。

追伸(氏の文章が読みづらいのは編集のせいかもしれませんので、
誤読だと思われる方は指摘して下さい。)

Re:今週の週間ポストの書評欄 -投稿者: 上野  2002-06-27 04:03:13
「西岡氏の書評」の結論は、あなたとそう違っている
様には見えない。
「なぜなら、歴史を生活の糧にしている専門研究者
にとって…」以下は、
新史料の発掘を新たな論文(新説)のネタにしている
専門研究者にとって、それらを所蔵する旧家等の
古文書をニセモノとこき下ろすことは、旧家等の
持ち主を怒らせ、他の古文書も見せてもらえなく
なるからだ。この行為は専門研究者にとって、
「本業には有害無益」なので、傍観してきたのである。
これを、西岡氏は「『エレガント』な慣習」と、
皮肉まじりに言ったのである。
西岡氏の結論、「未来も過去も直視できない日本人には、
そのうち手痛いツケが回って来るのではないか」
からあなたの結論へはただ一歩のように見える。

Re:今週の週間ポストの書評欄 -投稿者: 上野  2002-06-27 04:46:53
私も「武功夜話」が偽書だったとは初耳だが、
偽書を鬼の首を取った様に持ち上げるのがマスコミや
在野史家のトウシロと言われる。ところが、
今回はトウシロとなめられていた在野史家が
専門史家を出し抜いて「偽書批判」の先鞭をつけた。
西岡氏はこれを見て、やんわりと専門史家を
たしなめたのである。
「2人の在野史家による勇気ある歴史検証」の題が
それを物語っている。

一方、古文書を保存する旧家等の篤志家への
配慮も必要だろう。祖先への崇敬の念が記録を
保存させる原動力となっている。それには、保存
できる経済力や土着性(移転しないこと)など、
今では田舎でも稀な「文化」を要するからだ。
古文書を持つ家を研究者が訪れ、「ちょっと
貸してくれ」と持ち去ったまま、古文書が戻らない
例も多いと聞く。「史家の不作法」どころか、
「史家の寸借詐欺」も多いようである。

Re:今週の週間ポストの書評欄 -投稿者: 岡島  2002-06-27 21:42:51
そうでしょうか?

私は上野さんの感想とは正反対の印象を受けました。

西岡氏は、マスコミや在野史家が、歴史学者がとっくに偽書だと
分かっているものを勝手に持ち上げて、勝手にけなしていると言
いたいのだと受け止めました。

そして書店に通俗歴史書があふれている状況は仕方無いのかもし
れないが、いつまでもこのままではいけないと主張しているよう
に思われます。

この構図は田中金脈問題を立花隆氏が取り上げたとき、新聞社が
「そんなことはとっくに知っていた」とうそぶいたのと同じだと
思いました。要するに「トウシロが勝手なことをするな」という
ことです。

私と全く異なる受け止め方をされたようですね。

Re:今週の週間ポストの書評欄 -投稿者: 上野  2002-06-27 23:02:03
やれやれ、やっかいなものですね。
私は「岡島さんがそのような読後感を持つのは自由だ」と
思いますが、「筆者の主張は何か?」と言う点では岡島さんの
誤読だと思っています。第三者にも判るように、以下に原文を
示して諸賢の判断を仰ぐことにしましょう。

私は第4段落に筆者の力点があり、それが表題の
「2人の在野史家による勇気ある歴史検証」に表れていると感じます。

2人の在野史家による勇気ある歴史検証(1) -投稿者: 上野  2002-06-27 23:24:32
「偽書『武功夜話』の研究」/藤本正行・鈴木眞哉著の書評
(西岡芳文=中世史家)筆
日本の歴史学者のあいだには「エレガント」な慣習がある。旧家に伝わる
巻物や、寺社秘伝の古文書を調査したとき、偽物と分かっても公言せず、
「結構なものですからしまっておいてください」などと言って早々に
その場を立ち去り、再びその資料について言及することを避ける。

学会周知の偽物を鬼の首を取ったように持ち上げるのは、こうした事情
を知らないマスコミや在野史家である。「新発見史料」を大々的に
持ち回ったあげく、学界の暗黙の評価が知れると、いつの間にか消え失せて
しまう。『武功夜話』は、最近のそうした新発見史料の大物である。
織田信長や豊臣秀吉の出身地に近い旧家の土蔵から数百年のねむりを
破って登場した、当時の生々しい見聞記というふれこみであったが、
現存する写本は幕末から明治にかけて作られたものらしい。
登場する人物の思考様式もきわめて近代風であり、原文の表現もとうてい
戦国時代の言葉でないとすれば、これが宣伝のような大発見であるとは
言いがたい。

2人の在野史家による勇気ある歴史検証(2) -投稿者: 上野  2002-06-27 23:43:07
本書はこの資料に対する激烈な批判の書である。注目すべきは、
こうした作業が専門の歴史学者でなく、いわゆる「在野史家」の戦端に
立つ二人の研究者によっておこなわれたことである。なぜなら、歴史を
生活の糧にしている専門研究者にとって、所蔵先の先祖の誇りに疑問を
はさむ古文書の史料批判は、関係者を傷つけたうえ、他の史料への
アクセスも困難にする危険な仕事である。それゆえ歴史学者たちは、
本業には有害無益なこのような仕事を避け、傍観してきたのである。

書店の棚には、専門研究と称して学界の一部だけで議論される研究書と、真偽を取
りまぜて日々大量に生産される通俗歴史書が、互いに没交渉の
まま、およそ1対2ぐらいの割合で棲み分けている。現代の問題意識を
歴史に求める読者の期待に学界が応じられない以上、拙速な歴史書が
量産されるのも無理からぬところであるが、研究書と啓蒙書とが分離
したままの生ぬるい共生がいつまでも続くとは思えない。未来も過去も
直視できない日本人には、そのうち手痛いツケが回って来るのではないか。
(以上、漢字仮名遣いは原文通り)

上記二行目の正誤表 -投稿者: 上野  2002-06-27 23:48:47
上記二行目の末尾

戦端→先端

Re:今週の週間ポストの書評欄 -投稿者: 上野  2002-06-27 23:58:55
上記、上野(2002−06-27,23:02:03)の

第4段落に筆者の力点があり

第3段落に筆者の力点があり

誤りでした。
重ね重ね済みません。

西岡氏はもしかして? -投稿者: 岡島  2002-06-30 02:16:13
あれから、よくよく考えてみたのですが、西岡氏の「書評」はどこか
違和感があるのです。西岡氏の文には「学界周知の偽者を鬼の首を取
ったように持ち上げるのは、こうした事情を知らないマスコミや在野
史家である。」と書いてあるのですが、「偽書『武功夜話』の研究」で
は「武功夜話」を持ち上げた、川合正治氏(広島大学名誉教授:故人)
・ 小和田哲男氏(静岡大学教授)等の専門家を批判しています。同書
には、日本歴史学会編修の『日本歴史』2002年1月号の座談会から
の引用で佐々木隆氏(聖心女子大学教授)の「明治の地名とか流路の図
が混入しているという話はよく聞きますけど、完全な偽文書・偽書では
なさそうですね。」という発言がのっています。どうやら、「学界周知の
偽者」ではなさそうです。

この本には「偽書を喧伝したマスコミ、有名作家、【研究者】の責任」
(P136〜P177)を追及した章があります。西岡氏にとって小和田氏
は在野史家の分野にはいっているようです。「本書はこの資料に対する
激烈な批判の書である。」と同時に、研究者への批判の書でもあります。

それに、「歴史学者たちは」「傍観してきたのである」とありますが、
三鬼清一郎氏(当時名古屋大学教授)が調査(三鬼氏の結論は江戸
時代の作成であり、明治以後のものは含まれて居ない)していること
が書かれてあります。

また、明記はしていませんが、はたして、「所蔵者の先祖の誇りに疑問を
はさむ古文書」であるのかというニュアンスが見られる箇所もあります。

「書評」とあるからには、もちろん氏は本書を読まれたのだと思うの
ですが、何か理解に苦しみます。


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Re:今週の週間ポストの書評欄 -投稿者: 岡島  2002-06-30 03:54:02
あらためて私の文を最初から読み直してみると、相当な悪文です
ね。上野さんが私の主張を誤解なさったのも当然です。私も当初
は上野さんと同じような印象を受けましたし、そう読めば読めな
いこともないのですが私には学界を弁護する部分や、専門書以外
の本を「通俗歴史書」と呼んでいることにひっかかりを感じまし
た。そのへんが「意味不明瞭」と感じたので何回か読み直して上
記の私なりの感想に至ったのです。最初の書き込みにある、「学
界の人たち」とは西岡氏を含んでいるつもりで書いたのですが説
明不足だったようです。表題はおそらく編集部でつけたのだと思
います。「偽書『武功夜話』の研究」は図書館で以前飛ばし読み
していたのですが、昨日改めて読み直してみると、西岡氏の評論
には新たな疑惑が湧いたので書き込みました。

氏はおそらく気楽にこの「書評」を書いたのでしょう。それでど
ちらにもとれる文になったのではないかと思います。

それより問題は「武功夜話」が偽書だということですね。私は
「武功夜話」を読んだことはありません。多分、読んだことがあ
る人はごく少数の人でしょう。しかし、間接的には他の書物で見
ているはずです。しかも、普通その本のどの部分が「武功夜話」
の引用かなど気にはしていません。秋山駿氏の「信長」にも多数
引用してあるそうなのですが、数年前読んだときには、偽書疑惑
などまったく知りませんから、そのまま受け入れていました。現
在でも誤った知識が身についているかも知れません。これは大変
困ったことです。

ところで、「偽書『武功夜話』の研究」によると、井沢さんも
「武功夜話」を評価していたそうですが、「専門家」が持ち上げ
ていて、疑義を表明していたのは、ごく一部の人たちだったので
致し方ないことだと思います。(現在はもちろん考えを変えてい
るものと信じています)

夜更かしてしまいましたが、気になったので書き込みました。