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大学の在り方に疑問 -投稿者: SOGA  2002-04-03 00:20:22
先日、就職活動開始というニュースを見ました。えっ?????今(その時点で)3月上
旬なんですけど・・・
大学生で就職活動ということは、4年生とは考えられないので、3年生ってことで
すよね?
昔々は9〜10月就職活動だったのが、7月になり5月になり、とうとう3月になって
しまったのでしょうか?
確かに現在の不景気の最中、就職難であることは誰もが知っている現実ではあり
ますが、
だからって、3月に就職活動して内定ってありなんでしょうか?

勿論、不景気で家庭の事情等で大学に行くことが難しい状態の人が中退せざるを
得ず、
就職活動するのとは理由が違いますよね?
と言うことは、早々に内定したら4年生は単位だけとって丸々遊ぶでしょう?(い
や私なら遊びます!!)
では、大学って何するところなんでしょうか?

逆に、企業側からすれば何の得があるのでしょうか?
大学を出てすぐに就職しても、バリバリに仕事が出来る人なんてそうはいません
から、
3年でも4年でも大学行っている人ならOKと言うことなんでしょうか?
(これじゃ卒業見込みなんて意味が無い)
やはり企業は大学出身と言うネームバリューがあればいいのでしょうか?

専門職については一概には言えないとは思いますが、一般職で大学出身である必
要性はあるのでしょうか?
大学出身相応の知識が必要と言うならば、TOEFLやTOEICのようなレベルの判断が
出来るような
一般知識のテストがあればいいのではないでしょうか?
学力低下も問題にもなっていますし、現在の大学の在り方に非常に疑問がありま
す。

【大学】(大辞林より抜粋)
学術の中心として、広く知識を授け、深く専門の学芸を教授・研究するための学
校。

と言うことで、皆様の立場の違ったご意見・ご解答をお待ちしています。

Re:大学の在り方に疑問 -投稿者: マサヒコ  2002-04-04 08:15:07
大学受験を目指す僕の考え・・・浅はかでしょうが・・・

 まず、大学への進学率が60%台(大学進学志願者)。
日本がなぜここまで、発展したか。日本にある資源は
「人材」だけではないでしょうか。米国の面積の4%にも
関わらず、1億2600万人もの人間がひしめいている。
また、識字率が99%というのも、日本の初等教育
が行き渡っている証拠ですね。高校への進学率は95%。
確かに、高校、大学と半分以上が高等教育をおのずから
志願しています。しかし、我々は決して向上心を持って、
進学するわけではなく、皆進学しているから、将来、安定した
職業が得られるから、というような理由で進学しております。
また企業側も、学歴重視で本当に優秀な人物が得られておりません。
 日本の大学は入るのはかなりムづかしいですが、でるのは
たやすいです。それでは大学生は勉強しないでしょう。
大学は自分の好きなことを専門的にやれる場所のはずです。
けれども、我々から見ると、出れば働ける。つまり、大学受験に
合格したなら、将来の保証が得られると考えております。
 何のために勉強し、大学へ行くかという問題は難しいです。
日本の発展を築いた人々は、太平洋戦争のために、日本国
のためにという目標がありました。我々は何のために学ぶのでしょうか。
少なくとも、我々の周りには何でも在ります。食べたいものは食べられるし、欲
しいものはなんでも買える。こんな環境に育った我々には
求めるものなど無いでしょう。村上龍さんが「希望の国のエクソダス」
のなかで、こういっておられました。「この国には何でもある。しかし
希望だけが無い。」今後世界はグローバル化が進み、競争が激しくなり
ます。我々はこの競争には打ちかつことができないでしょう。大学も
人材育成のために改革をはじめています。しかし若者の意識改革
はどう進むのでしょう。

 長々と冗長な文章ですいません。どうも文章を書くのは苦手です。

Re:大学の在り方に疑問 -投稿者: 游惟  2002-04-05 01:15:51
本来「大学」というところは単なる「学校」ではなく、教育機関であると同時に
研究者養成機関でもあります。
即ち、本来大学の学生になる者は、教えられることを吸収するだけでなく、教え
られたこと(その時点で定説となっていること)を土台に
新しい学説を生み出せなければならず、最低限教師と同等、或いはそれ
以上の資質を持っていることが必要です。
教師のいうこと、教科書に書いてあることを鵜呑みにするだけでそれ以
上のものを生み出す資質をもたない人間は、大学なんかに行く資格も必
要もなく、専門学校など単なる「学校」へ行くべきです。
例えば、社会に出て役に立つ知識を身につけたいだけなら、経済学部だ
の経営学部だのに行って卒論など書く必要はなく、ビジネス専門学校で
実際に役に立つことだけを勉強した方がよいのです。

では、どの程度の資質が必要かといえば、知能指数の偏差値が最低70ぐ
らいは必要でしょう。偏差値70以上というのは上位2.26%ということ
で、約44人に1人ということです。つまり、平均すれば各クラスの一番
の人間だけが大学へ行く資格をもつということです。
クラスで一番の人間しか大学にいけないなんて大変だ、などと思うかも
しれませんが、どんな分野でも名を成そうと思うなら、クラスで一番で
あることぐらい当たり前のことです。例えば「かけっこがクラスで一番
速い」ぐらいのことでは、オリンピックや全国大会はおろか、県大会の
そのまた下の地区大会の予選すら通るかどうかわかりません。まして、
その程度の資質もないなら陸上選手として名を成そうなどと思うこと自
体が間違っているのです。
同じように、クラスで一番程度の知能も持っていない人間が研究者養成
機関たる大学に入ろうと思うのが間違っているのです。

また、上位2.26%とは一年に150万人の人間が生まれているとすれば約
34000人もいるのであって、決して少ない数ではありません。
現在東大・京大はじめいわゆる「一流大学」と呼ばれている大学の一年
の入学定員の合計がそんなものであり、実際どんな学問分野でも新しい
学説を生み出しているのは殆ど一流大学出身の人間なのです。要するに
現在の「一流大学」だけが「大学」を名乗ればよいのであって、それ以
下は戦前式に「高等○○学校」にして、研究者養成機関であることをめ、単なる教
育機関に変えた方がいいでしょう。

Re:大学の在り方に疑問 -投稿者: イヴの末裔  2002-04-05 21:12:30
教育に関してはたくさん書いてみたいことがあるようで何か
ら書いていいのか…。
現在の大学教育の問題点は大学だけで見ると、大学の大衆化、
国際的な競争力の低下、その社会的意義、などでしょうか?
ただ、日本の教育全体で考えた場合、文部科学省などの政治・
国策、初等、中等教育機関との関係、連携、なども考慮しな
くてはいけないでしょうか。つまり、大学の位置づけをまず
もう一度考洗い直し、研究、教育の役割をきちんと意識し、外
部(社会)の評価も入れる。一流大学に入る者は、基礎学力
はこの大衆化時代にあるとみなしていいと思いますし、私も
何事においても基礎は大事だと思います(この低下が叫ばれ
て久しい)。これがない人が文句だけ言うのもおかしいでしょ
うし、いい意味での(志を伸ばす)エリート教育なしには、
ますます日本の大学の国際競争力なども落ちていく気が致し
ます。しかし、東大を頂点とする偏差値重視教育の弊害も
また一方であり、所謂「公家」、あるいは「士業、師業の犯罪」
と申していいのか、国益に反することも多々あるのではない
でしょうか。これはシステムや心がけの問題かもしれません
が。例えば東大から何故ノーベル賞が出ないか、とよく言われ
ます(ノーベル賞の価値判断などは私置いておきますが)。東
大の方に伺うと「あんな環境で独創的な研究など出来ない」
とおっしゃる方も。雑務(政治なども)や組織の為の形骸化し
た研究、教育に時間を割かれて自由に出来ない部分や閉鎖的な
部分もあるのではないでしょうか。しかし、予算は圧倒的に旧
帝大などへ行くようです。基礎能力があるので無難かもしれま
せんが、一方で策なし、あるいは象牙の塔的、というきつい見
方をしてもいい部分も若干ないでしょうか?今後世界規模で必
要となる分野を伸ばす研究の方向性も大事かと思います。

マサヒコさんへ -投稿者: イヴの末裔  2002-04-05 21:13:33
私も「希望の国〜」出た当初の広告に釣られ(笑)、でも
面白く読んだ覚えあります。彼は時代気分にマッチした
ものを書きつつも、真剣さがあるのでそれをウリにして
いるという部分が目立つこともなく、私も面白そうなのは
読んできた気もしますヨ。あれと関係してクリーンエネル
ギーの研究をするのも面白いかも?途上国の発展も今後の課
題でしょう。先進国の悪い轍を踏まないような…。特に環
境問題はシビアです。時に、修学旅行楽しそうでよかった
ですね。しかし、楽しんでこられた後にこんなこと申し上げ
るのも恐縮ですが、あの、学校がお金を生徒(の親)から集
めるのって、よぉ〜く考えると変な気もしませんか(癒着と
いうか助け合いなどもあると聞きますし)? 特に最近の私立
高校などは目玉として海外に修学旅行行くようなところもあ
るそうで、私としては、「自分で計画して好きな所に行った方
がいい」と思う気もするからです。また、先進国で修学旅行
というのがあるのは日本だけのような気もします。勿論、広
島、長崎や京都、奈良へ行くのはとても意義があっていいと
思うのですが、以前、この疑問を若い子に言ったところ、「修
学旅行などがないと学校なんて楽しくないもん」とのこと。
私思うに、「それだけ授業がツマランってことね」…。本来は、
学校の本業は学業、技術などの  であるはずで、これと躾
や国民としての教育、事務などをある程度分けて(ワークシェ
アリングのように?)双方をより意義あるものにすることは必
要なのではと思うのですが。欧州などでは休み期間が長い分、
その間の教師の給料はなく生徒に対する責任もないと聞き、こ
れは双方にとって気楽且有意義、内需拡大にもならないかと感
じました。あと、意味のない校則などはやめて、小学生から
納税の義務を諭すならば、同時に法を守ることの重要性を上
が範を示しつつ教えることも重要だと思うのですが、どうで
しょう?子供扱いしないで法の理念を権利、義務含めて社会
に行き渡らせるわけです。

マサヒコさんへ -投稿者: イヴの末裔  2002-04-05 21:13:34
私も「希望の国〜」出た当初の広告に釣られ(笑)、でも
面白く読んだ覚えあります。彼は時代気分にマッチした
ものを書きつつも、真剣さがあるのでそれをウリにして
いるという部分が目立つこともなく、私も面白そうなのは
読んできた気もしますヨ。あれと関係してクリーンエネル
ギーの研究をするのも面白いかも?途上国の発展も今後の課
題でしょう。先進国の悪い轍を踏まないような…。特に環
境問題はシビアです。時に、修学旅行楽しそうでよかった
ですね。しかし、楽しんでこられた後にこんなこと申し上げ
るのも恐縮ですが、あの、学校がお金を生徒(の親)から集
めるのって、よぉ〜く考えると変な気もしませんか(癒着と
いうか助け合いなどもあると聞きますし)? 特に最近の私立
高校などは目玉として海外に修学旅行行くようなところもあ
るそうで、私としては、「自分で計画して好きな所に行った方
がいい」と思う気もするからです。また、先進国で修学旅行
というのがあるのは日本だけのような気もします。勿論、広
島、長崎や京都、奈良へ行くのはとても意義があっていいと
思うのですが、以前、この疑問を若い子に言ったところ、「修
学旅行などがないと学校なんて楽しくないもん」とのこと。
私思うに、「それだけ授業がツマランってことね」…。本来は、
学校の本業は学業、技術などの  であるはずで、これと躾
や国民としての教育、事務などをある程度分けて(ワークシェ
アリングのように?)双方をより意義あるものにすることは必
要なのではと思うのですが。欧州などでは休み期間が長い分、
その間の教師の給料はなく生徒に対する責任もないと聞き、こ
れは双方にとって気楽且有意義、内需拡大にもならないかと感
じました。あと、意味のない校則などはやめて、小学生から
納税の義務を諭すならば、同時に法を守ることの重要性を上
が範を示しつつ教えることも重要だと思うのですが、どうで
しょう?子供扱いしないで法の理念を権利、義務含めて社会
に行き渡らせるわけです。

Re:大学の在り方に疑問 -投稿者: イヴの末裔  2002-04-05 21:15:01
管理者様
二重投稿になって申し訳ありません。削除御願いいたします。

訂正と -投稿者: イヴの末裔  2002-04-05 22:18:42
マサヒコさんに書いた部分で「学校の本業は学業や技術の伝授」、
この伝授が抜けておりました。申し訳ありません。

それと、企業からみた大学の社会的意義なんですが、カナダの人に
この間伺うと、あちらでは新卒で企業に採用される人は20%くらい、
その人達は4年次の休み期間などにインターンで企業でバイトして
実力認められて採用されるそうです。でもそれがラッキーかどうかは
その時点では別に決定されるものでもなく(欧米は転職の世界です
から)後の人は5年くらいは世界を見つつ働いたりアルバイトをした
りキャリアアップしつつ、大学卒業時よりもより自分にふさわしい、
能力に合う職についていくとか。私が知り合った欧米の人も、大抵
日本に最初は英会話や学校の講師などで出稼ぎに来ている人が多く
て(笑)、30代で定職についていなくても、意気揚揚と本国に帰っ
て行きます。マスター取ったり見聞広めたりそれなりの実力や幅を付
けておられますが。日本よりもフレキシブルで、この点はいいような
気もします。日本は、経済が厳しくなって大量採用なども時代に合わ
なくなり、むしろ海外のレベルに近づいてきているのに、現実や意識
が追いついていない面などもないでしょうか?フリーターにも玉石混交、様々な
ケースがあるでしょうし、この辺を政府も分析して雇用
問題に有効な手を打っていって欲しいですね。スーツ着ていっせいに
就職活動、一括採用というのも少しづつ変化などあってもいい気もし
ます。松下だったか(違ったかなぁ)、大学院卒と高専卒の社員の質
があまり変わらないということで今度高専卒採用枠を大幅に増やすと
発表していました。大学名よりも学部や専門で自分の将来を決めるの
がいい気もします。あと、自分の好きなこと、引き出しを多く増やし
ておくとそれは将来別のことに(副業や文化活動に)役立って来て、
よくはないでしょうか。それと、大学の大衆化などは寿命が伸びて
のんびり成長しているからだとも言われてるようで(笑)。

Re:大学の在り方に疑問 -投稿者: マサヒコ  2002-04-06 23:41:16
 議題から外れてしまうのですが、修学旅行は確かに強制的
手続きによるものですよね。

 まぁ学校側の資料に目的がかかれてありました。
@歴史的遺跡を見学することによって見識を高める。
A団体行動を通じて、共同体の一員としての自覚を持つ。

要約してみれば、上の2点ですけれども、@なら自分で
好きな場所を選んだほうが良いし、Aはそんなこといちいち修学旅行
ですることであるのかどうか、疑問ですね。

 議題に戻りますが、立花隆 「東大生はバカになったか」で
僕の志望校の東京大学文化一類がかなり批判されておりました。
一読をお勧めいたします。

おぉ -投稿者: イヴの末裔  2002-04-07 01:28:42
受験勉強頑張られて下さい!優秀そうで5年、10年、20年後を楽しみ
にしております(勝手に)!
若者の意識改革…、ふむ。どうしたらいいんでしょう。大分
若者と言えなくなりつつある私には若者に率直に伺ってみたいよう
な。話逸れました。
大学改革に関しては実に様々な本、出てますね(きっと出てるで
しょう)
「ハード・アカデミズムの時代」(高山博著 講談社)、
数年前の本ですが、興味ある方で読まれてなければ一読されるとい
いかもしれない。西洋史専攻の東大の助教授が書かれた本ですが、
2020年の(このままでは)くら〜い日本像から始まり、意識の高い
大学の在り方についての著者の意見をハード・アカデミズム、ソフ
ト・アカデミズムという言葉を用いて書かれていた覚えがあります。
私も読み返してみようかしら。立花さんのはかなり面白いと聞いてま
したが(東大生の反論本もあったんですよね。面白いですね)立花さ
ん自身(立花さんについては又いつか機会あれば(笑))の本は最近読ん
でなかったので、暇見つけて読んで見ましょう。

返答ありがとうございます。1 -投稿者: SOGA  2002-04-09 00:19:16
皆さんの意見を読んで以下の必要性が求められているように思っています。
・大学が意識改革する必要性
・学生が〃
・企業が〃
・文科省等が〃

大学(認可のみ)が非常に多すぎると思います。
5〜7年後ぐらいには、選ばなければ必ず何処かの大学にな入れるということです。
たいして勉強しなくても大学に入れるのです。(これでは大学に行く意味が無い)

学歴重視をするならば、現在の大学をリストラする必要があると思います。
上位大学(一概には言えませんが)だけを残し、他は大学から学校にすべきです。
そうすれば、本当に勉強したい人が真剣に勉強するはずです。

大学の意識が学校と言うカテゴリーから、企業と言うカテゴリーに移行している
ように思われます。
如何にして学生を獲得するのか?本来の目的である教育機関であることから意識
が外れてきています。
国公立大学に関しては上記のことはあまり無いとは思いますが・・・

企業の方も大学を出たと言う学歴重視よりも、大学(だけでなく)で何を勉強して
企業として
必要な人材かどうかを見極める必要が求められていると思います。(本来はその
はずなんですが・・・)
カナダの例は大変参考になりました。
大学に通学時から企業にアルバイトし、資質を見極めるのは企業・学生共に利点
がありますね。
企業も学歴重視を見直しているところがあるそうですが、もっと浸透して欲しい
ですね。

返答ありがとうございます。2 -投稿者: SOGA  2002-04-09 00:20:42
続きです。

教育には確かにお金が掛かります。(だからこそ、学生獲得に必死なのですが・・・)
研究機材一つとっても、東大ではお金が無いので高い機材が買えず、
研究が滞ってしまうと言う話も聞きました。かといって私立は学費が高くて大変
ですしね。
大学数を減らす分で他大学への補助金が増額すると思いますし、
文科省の臨機応変な補助金がもっとあってもいいと思うのです。

上記の4つの要素がバランスよく意識改革する必要があるのでしょうね。
かなり大雑把に書いてしまったのですが、今感じているのはこんなとこでしょうか?
他にもまだありましたら、教えて下さい。

マサヒコくん東京大学文化一類頑張ってね!応援しています。

Re:大学の在り方に疑問 -投稿者: Y・S  2002-04-09 23:57:25
こちらのコーナーにはお初です。どうぞよろしく

私は大学には行ってなかったんですが、友達から
いろいろ聞いたりして、それで考えることもありまして
筆をとらせてもらいました。
大した知識もないので、感覚的に言わせてもらうと
出る(卒業)や進級するのが簡単すぎるんじゃないかな
と思います。単位が足りなかったりすると先生に
泣きついて、泣きつかれた先生はよほどのことが無い限り
何とかしてしまうというのをあっちこっちで聞きました。

だから入るのは簡単にして、卒業出来る条件を難しくすれば
いいんじゃないでしょうか。
入るのを簡単にすれば、大学側は入学金が稼げるし、ある
科目が好きでその道を極めたくて大学に行きたい、しかし
何かの教化がどうしても苦手でそのために志望の大学に入れない
という学生にもチャンスは出てくる。
そして卒業&進級を難しくすれば、遊ぶために行っている学生や
勉強する気の無い学生などは勝手に落ちていって、やがては
辞めていくだろうし、やる気のある学生だけがちゃんと進級
や卒業を許されるようにすれば学力低下も減るんじゃないかと
思いますけど、どうでしょうか。

今の学校の状況だと、一般論として小学生や中学生が
勉強して大学生が遊んでいるという図式が浮かびます。
本来はこの逆じゃないとおかしいと思います。

返答ありがとうございます3 -投稿者: SOGA  2002-04-10 17:02:04
海外ではやはり卒業するのが難しいと言われていますよね。少し見習って欲しい
ものです。
日本の大学だと、出席すれば単位が取れてしまったり、卒論も他人が書いても
通ってしまったり
教育実習は出身校で行われるので評価は甘々、あまりにレベル低すぎます。

私が非常に納得がいかないと思っていることは、大学を卒業するという事は尊敬
に値すること
であって欲しいのですが、現在はそうではなくなってきているという事です。
これは大学卒の人そうでない人、それぞれの立場で理不尽を生み出しているよう
に思うのです。

簡単に説明しますと、
大学卒で技術が無い人の方が、専門学校卒で技術を持っている人より評価が上に
なったり、
必死に勉強している大学卒と、遊びまくっていた大学卒が学歴としては同じに評
価されるようなことです。

どちらの立場でも理不尽が成立しないような、大学という教育システムであって
欲しいと思うのです。
あくまで理想ですが、大学数を減らし、必死で勉強しないと卒業できない大学で
あるならば、
企業から学生をスカウトされるのもありだと思いますし、そんな大学だったら教
育費を
税金からもっと負担してもいいと、私は思っています。そんなスペシャルな大学
を育てて欲しいっ!

おまけ
大学を剥奪された元大学はどうすればいいのか?
社会人向けにカルチャースクールよりももっと本格的に勉強できる学校にしてど
うでしょう?
現在も社会人講座を開いている大学もありますが、もっと回数増やして欲しいし、
内容も元大学ならではの講座を開いて欲しいなぁ。
1日講座〜1年講座くらいあって、有料でかまいません。(安いに超したことは無
いが)
こういったところで、井沢さんの歴史談義とか聞けたら面白いと思うのですが。
如何でしょう?

Re:大学の在り方に疑問 -投稿者: イヴの末裔  2002-04-10 21:58:29
入口を優しく出口を厳しく。まさにこれ大切ですね。
竹中大臣も「最終的には入試制度をなくしたい」とおっしゃってま
した。私と知り合いは比喩的にですが「文部科学省もなくして
寺子屋制度にいっそのことしては?=各々が自分で習いたい師匠を
見つけて習いたいものを習いたいだけ習う(笑)」。
確かに有名大学やある程度いい大学以外の学生の精神年齢、学力、
どちらの低下も甚だしいですね。聞くところによると担任制度まで
あるらしい!そして、休み時間などは一斉にケイタイピコピコ、授業
中にアルバイト雑誌広げる…年々薄くなる教科書…ということで、
街歩いていてもそんな若者たくさんいますし、彼ら彼女らを
大学にやるためにお母さんはパートして仕送りし…しかし、そんな
親心など分からず単位を落としては留年し、なんて人も多いのでしょ
うがそんな方達も肩書き上は学士様。企業もタイヘン。
入口を優しくして、篩い分けていくには大学にそれだけの教育能力が
求められると思うのですが、日本には優秀な教官も数多くいらっしゃ
るのでこれは問題ないでしょうね。遠慮なく学生をキックアウトして
いってもらう。そして、送り出した学生の質でその大学の社会的評価
も決まる。しかし、その教官をチェックし判断する人事のプロが
必要で、これは旧帝大などは既に意識しだしているようです。日本の
大学が競争力が弱い原因の一つが、学科を統率する、各々の教授など
を統括するアメリカ型のDEAN(学部長)がいなかったからだと思いま
す。公平に業績で教官を選ぶ、徒弟制度やコネではなくてその学問分
野の中で優れた人を選んで引っ張ってくる人事のプロがアメリカの大
学にはいて、いわば欧米は優良企業のようなものだと思うのですが。
日本の基幹大学もロールクールやビジネススクール構想なども入れて
いくようで、この辺は今から大学こそが生き残り厳しいでしょうし変
革していくのでしょうね。”おまけ”の淘汰された大学=カルチャー
スクール、これ、いいですね。放置するにはあまりに勿体無い設備で
しょうし。市民に開放してイベントやコンサートなんかやってもいい
ですね。
おまけ:淘汰された予備校は大学の授業についていけない学生の基礎
    学力フォローアップや留学斡旋業、資格取得専門学校、家庭教    
師派遣業など分業して何とか新しいサービスを生み出す。

大学と教育 -投稿者: 一(はじめ)  2002-04-12 16:52:18
結局、日本人の意識や価値観の問題ではないでしょうか。

 大学は本来、学問が好きで、学問に身を捧げるような人が行くところ
ですが、日本では生活の安定(いい給料)のために大学へいくような
ものでしょう。
 戦前に初等教育はすぐに広まったが、高等教育はあまり広まらなかった
らしいです。貧しさというのもありますが、一般人にとって高等教育は
必要なかったのです。戦後は、上に書いたように生活の安定(いい給料)
のため、科挙のように受験戦争が始まりました。受験戦争は悪く言われ
ますが、元はと言えば、一般人がいい給料のために始めたようなものです。
端的に言えば、学問のためではなく、お金のためですから。

 教育の話をしたいのですが、僕は大学に行くのは1部の人だけでいいと思いま
す。
不平等でいいのです。しかし、他の職業である、職人さん、飲食店など
おのおのがプロになればいいと思います。天職のようにおのおのの分野
で1流を目指せばいいと思います。大学や学校で習う知識や技能というのは
1部ですから。学者や官僚だけでは世の中、成り立たないし、困りますから。
 教育の大きな問題は、人生何をしたいのかではなく、ただ学歴を
つけさせるのになっている事だと思います。

 あと、もう1つ大きな問題は最近、学力低下が言われていますが、
この原因は頭の良さよりも、向学心やエネルギーみたいなものが若い人
になくなっていることではないでしょうか?単にシステムを変えただけでは
変わらないような気もします。もちろん、よろしくないシステムは変えた
方がいいのですが。

Re:昔の学生のたわ言 -投稿者: やまかわ  2002-04-16 18:35:29
これから大学を目指す人、今大学で勉学中の人に落胆させるのでは
ないかと思いながら、くだらぬたわ言を少し---。
一流大学で一流企業 高収入 生活安定 好きな人と結婚 幸せな
家庭 こんな人生目標を考えるから大学の価値に疑問が生じてしま
う。
先日のテレビの番組で京大出身のアナウンサーを誇らしげに紹介していま
した。又良く覚えていませんが東大在学生の「目標にしたい人」に
なんと 所ジョウジ 菊川玲 一位が松本人志。耳を疑うようでした
たかがアナウンサーに京大を目指したんでしょうか、東大生の心象
ってこんなもんですか。
大学入試ですべて完了の風潮そのままです。そこで提案
入試撤廃してドンドン入れる 1年たって単位不足は留年させる
何年たっても進年出来なくて辞める時は、−−−大学1年中途退学
とすればいい。大学の形骸した権威はこれで見直されます。
この制度になれば大学卒がぐーんと減るか 自ずから見合った
大学の評価が生まれる筈です。
かくて真に大学で学ぶ自分の目標がはっきりしてくるのではないで
しょうか。
我々の先輩は社会えのアンチテーゼでこの国を変えたいくらいの
情熱が 学生運動に傾倒していたこともありました。
それが良いとは言いませんが、若者しか出来ない精一杯の生き方
だったのでしょう。
平和過ぎるんでしょうね きっと。

学生運動について -投稿者: 一(はじめ)  2002-04-17 18:45:00
 少し、話題からずれますが、学生運動というのは、ただの流行や連帯を得たい
だけのものではなかったのではないでしょうか?60年安保も
含めて。どう見ても、成熟した民がやっていることとは思えません。衆愚が暴れ
ただけではないでしょうか。フランス革命のように。

 当時を知っている方がおられましたら、教えて欲しいのですが。

 方向性は間違っていたにせよ、今の若者と違いエネルギーはあったような気は
しますが。どうして今の若者はエネルギーがなくなったのだろうか?政治に関し
て、しらけているというか。

返答ありがとうございます4 -投稿者: SOGA  2002-06-08 16:05:13
ちょ〜遅レスでごめんなさい。こんなに、沢山レス戴いて嬉しい限りです。

やはり、いろいろな立場の人達が高い意識を持つことが必要とされているので
しょう。
今現在大学に行こうとしている方も、自分の意識を高く持って受験に打ち込んで
欲しいと思っています。
決して、全ての大学が悪だとは思っていませんし、捨てたもんでもありません。
(一部ね!)
これからの大学の在り方が良くなるように我々も、一社会人として高い意識を
持っていきたいですね。