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自虐史観の正体:東京裁判史観に関する覚書 -投稿者: 上野  2001-08-18 13:47:03
このスレは次の系譜につながります。
1)井沢掲示板「ちょっと感傷的に」
2)井沢掲示板「教科書問題」
3)井沢掲示板「何故か変…??」
4)ふぉーらむ「中国・韓国との外交のあり方」
5)ふぉーらむ「靖国問題」
東京裁判(「極東国際軍事裁判」の略称)で、国民政府の中華民国は初めて「南京大虐
殺」を出した。昭和57年夏
の「教科書誤報事件」は、「日本軍が華北に侵略すると」が「進出」に変わったとの誤
報で始まった。文部省記者
クラブで「世界史」を分担した日本テレビの記者が間違え、各社一斉に報道したのであ
る(石川水穂「教科書問題
の発端『世紀の大誤報』の真実」『正論』2001年6月号)。記者は「侵略」が事実で
「進出」は誤りと思いこんで
いたに違いない。歴史歪曲だと判断した。これが「東京裁判史観」である。考えて
みれば、「侵略」は評価で
あって事実ではない。騒いだ記者も、どこかでこの事に気づいていたはずだ。だ
からオオゴトにしたのだろ
う。弱小野党に転落した社民党の土井たか子が、よせばいいのに相変わらずテレビ
で「日本は侵略した」と言い、
「護憲」と吼える。東京裁判史観も日本国憲法も、GHQに頭を抑えられて主権のな
い、自虐的な時代に成立した。
つまり、占領された日本の遺物である。土井はもっとハッキリと「あの頃は良
かった。何しろ左派は英雄だ
った(GHQを除いて)。占領下日本へ還ろう!!」と言ってくれた方が解りやすい。
「ナルホドー、自虐的になるワケだ」と合点がいくと言うものだ。

自虐史観の正体:東京裁判史観に関する覚書 -投稿者: 上野  2001-08-18 14:08:21
とマアこんな具合に、東京裁判史観は根深いものがあります。憲法が加味されま
すが、自虐史観の源流も現
在の正体も、ほとんどが東京裁判史観に根ざしているように見えます。それで、
今日国民に広く行き渡って
いる自虐史観を解剖するには、東京裁判史観を調べれば良かろうと考えました。
自分の理解のために覚書を
作ろうと言う目論見ですが、興味のある方はどうぞご自分の覚書を作るつもりで
御参加下さい。
今のところ、その定義や受容過程・左翼との関係に興味があります。ご質問や反
論には分かる限りお答えい
たしますが、未知の分野でもあり、そろそろ多忙になる頃ですので、「打てば響
く」と言う具合には行かな
いと思います。マア、ボチボチやるつもりでおります。皆さん、どうかよろしく
お願いいたします。

[東京裁判史観に関する覚書 -投稿者: 上野  2001-08-18 15:10:55
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(1)冨士信夫.1988a.私の見た東京裁判(上).510頁,講談社学術文庫.1300円.
(2)冨士信夫.1988b.私の見た東京裁判(下).604頁,講談社学術文庫.1400円.
著者は大正6年生まれ。終戦時海軍少佐。昭和21年、第二復員省大臣官房臨時調査
部勤務。当時満28歳。
法廷係として東京裁判の大部分の審理を傍聴。本書は東京裁判の1次史料。が、と
もかく分厚い。
(3)冨士信夫.1997.こうして日本は侵略国にされた.278頁,展転社.1800円.
(1)(2)のダイジェスト版として書かれた。裁判の重要点やエピソードを取り上げ
た。典拠は「極東国際軍事裁
判日本文速記録」「同判決速記録」「共同研究パール判決書」など。割合手軽に裁判
の全貌を知ることができる。
(4)牛村圭.2001.「文明の裁き」をこえて―対日戦犯裁判読解の試み.382頁,中公叢
書.1900円.
比較文化史家による東京裁判の史的分析とその文明史的意味の再考。いわゆる東
京裁判史観の虚実を明らかにした。

[東京裁判]史観に関する覚書 -投稿者: 上野  2001-08-18 15:11:14
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著者は大正6年生まれ。終戦時海軍少佐。昭和21年、第二復員省大臣官房臨時調査
部勤務。当時満28歳。
法廷係として東京裁判の大部分の審理を傍聴。本書は東京裁判の1次史料。が、と
もかく分厚い。
(3)冨士信夫.1997.こうして日本は侵略国にされた.278頁,展転社.1800円.
(1)(2)のダイジェスト版として書かれた。裁判の重要点やエピソードを取り上げ
た。典拠は「極東国際軍事裁
判日本文速記録」「同判決速記録」「共同研究パール判決書」など。割合手軽に裁判
の全貌を知ることができる。
(4)牛村圭.2001.「文明の裁き」をこえて―対日戦犯裁判読解の試み.382頁,中公叢
書.1900円.
比較文化史家による東京裁判の史的分析とその文明史的意味の再考。いわゆる東
京裁判史観の虚実を明らかにした。

[東京裁判]の参考文献 -投稿者: 上野  2001-08-18 15:14:02
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(2)冨士信夫.1988b.私の見た東京裁判(下).604頁,講談社学術文庫.1400円.
著者は大正6年生まれ。終戦時海軍少佐。昭和21年、第二復員省大臣官房臨時調査
部勤務。当時満28歳。
法廷係として東京裁判の大部分の審理を傍聴。本書は東京裁判の1次史料。が、と
もかく分厚い。
(3)冨士信夫.1997.こうして日本は侵略国にされた.278頁,展転社.1800円.
(1)(2)のダイジェスト版として書かれた。裁判の重要点やエピソードを取り上げ
た。典拠は「極東国際軍事裁
判日本文速記録」「同判決速記録」「共同研究パール判決書」など。割合手軽に裁判
の全貌を知ることができる。
(4)牛村圭.2001.「文明の裁き」をこえて―対日戦犯裁判読解の試み.382頁,中公叢
書.1900円.
比較文化史家による東京裁判の史的分析とその文明史的意味の再考。いわゆる東
京裁判史観の虚実を明ら
かにした。

東京裁判史観・その定義 -投稿者: 上野  2001-08-18 16:40:24
要約
東京裁判法廷が下した本判決の内容そのものを全て真実であるとなし、日本が
行った戦争は国際法、条約、
協定等を侵犯した「侵略戦争」であって、過去における日本の行為・行動は全て犯
罪的であり、「悪」であった、
とする歴史観(冨士,1988b)。

詳説
東京裁判が下した判決内容は全て正しく、満州事変に始まり大東亜戦争に終わっ
た日本が関係した各種事件・
事変・戦争は、全て日本が東アジア及び南方諸地域を略取し、支配しようとした被
告達(A級戦犯)の共同謀議
に基づく侵略戦争であって、戦前・戦中の日本の為した各種行為・行動は、全て
「悪」であったとする歴史観
(冨士,1997)。

私見
日本は侵略した。侵略は悪である。故に、日本は悪である。→日本が世界の諸国
に受け入れてもらうため
には、過去を反省しその証拠を示さねばならない。

年表・占領下の日本(1) -投稿者: 上野  2001-08-19 13:11:33
昭和20年8月15日・ポツダム宣言受諾・敗戦
昭和20年8月28日・占領軍として、米軍日本上陸開始
昭和20年8月30日・連合国軍最高司令長官マッカーサーが厚木基地に到着
昭和20年9月2日・ミズーリ号上で降伏文書に調印。日本は国家主権と独立を失って
連合国の占領下に入る
昭和20年9月10日・GHQ新聞ラジオの検閲始め
昭和20年9月16日・GHQ情報宣伝の第一弾・『読売報知』記事「日本の反省未だし、
連合国世論硬化。一切出直し、
................真の新人要望」「日本兵の比島における暴行」
.........この頃・原爆の残虐写真など公表禁止
.........この頃・GHQ「戦争に関する罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝
計画」実施
................「日本兵の残虐行為」をこれでもかこれでもかと報道。「一握り
の軍国主義者だけが
................諸悪の根源であり、日本国民もまた犠牲者である」との情報操
作を行き渡らせる
昭和20年12月8日・GHQによる「太平洋戦史」、各紙が連載を強制される
昭和21年2月....・GHQは憲法草案を示し、政府に改憲を迫る。GHQゼネスト禁止を
命令
昭和21年5月3日・極東国際軍事裁判所(東京裁判)開廷
昭和21年11月3日・GHQ草案に基づき政府は憲法案を作り、帝国議会を経て日本国
憲法が公布
昭和22年5月3日・日本国憲法施行
昭和24年11月12日・東京裁判「判決公判」終了

年表・占領下の日本(2) -投稿者: 上野  2001-08-19 14:33:22
昭和25年6月25日・朝鮮戦争勃発
................・以後、昭和28年7月の休戦まで、特需景気。壊滅状態だった日
本産業がフル稼働。
................・昭和30年代の高度経済成長の基盤となる。一方、マッカーサーはこの
戦争で、日本の防衛のため
................・には朝鮮・満州が重要であった事(日本陸軍の基本戦略)を追認
する
昭和26年1月.....・マッカーサーは年頭声明で「日本の自衛権を強調し、講和条約の締結
を早め、独立した日本が
................・再武装する必要性」を説いた
昭和26年9月8日・サンフランシスコ講和条約・日米安保条約、締結
昭和27年4月28日・サンフランシスコ講和条約発効。日本は主権を回復して独立
................・SF講和条約11条
................・「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他
の連合国戦争犯罪法廷の
................・判決を受諾し、かつ、日本国で拘禁されている日本国民にこれ
らの法廷が課した刑を
................・執行するものとする」
講和条約の拘束力をどう考えればよいか?・佐藤和男(世界法学会理事・青山学院
大名誉教授)談
講和条約11条は、占領終了後も日本に東京裁判の刑の執行を続けさせるためのも
ので、日本に一定の歴史観
を押しつけるものではない。私が昭和61年にソウルで開かれた国際法学会に出席し
た時も、議論した総ての
外国人学者が「日本政府が講和成立後も、東京裁判の判決理由(すべて日本が悪い
と言う考え、東京裁判
史観)に拘束されるなどと言うことはない」と語った(産経新聞2001年8月16日)。

ずれた記事で恐縮ですが・・ -投稿者: 大阪JF生  2001-08-20 10:47:50
 すみません、全くいいかげんな記憶で思い出せないのですが、
どこかで、次のような話を読んだか聞いたかしたのですが、
ご存知ありませんか? 誰が主語なのかも分からないのですが・・・。

 終戦後、リメンバーパールハーバーさめやらぬ時期に、元黒人兵たちに囲まれ
て、
 俺もここまでか・・と死を覚悟したとき、そのうちの一人が
 「俺たちのかわりにパールハーバーで活躍してくれてありがとうよ」
 という意味のことをいわれた。

このエピソードは強烈に記憶に残っているのですが、出典がまるで分かりません。
戦前の人種差別は特にひどかったと聞いています。
日系人については、カリフォルニアでひどい扱いを受けたと聞きます。
また、会田雄次「アーロン収容所」でもわかるように、やはりアジア人は
人間扱いされていなかったようです。
 それにしては東京裁判のアメリカ人弁護士たちは非常にフェアーだったとか。
原爆投下を決めた責任者さえ、告発しようとしたらしいですね。
彼らの人種差別感とそれと正反対なフェアーさについて、東京裁判をめぐって
どのように位置付けられているのかも、あわせて論じていただければ幸いです。
(勝手なことばかり言って申し訳ありません。
ご趣旨に反する場合は、無視していただいて結構です。)
引き続き、ご意見楽しみにしております。

ご返事 -投稿者: 上野  2001-08-20 14:02:38
引用の記述は私も知りません。米国の黒人差別が背景にある訳ですね。
『アーロン収容所』のような日本人に対する差別感が米進駐軍人の妻にも
見られたと、サウナで聞いた事があります。人種差別が女性に現れ易いこと
は、興味深いものがあります。
日本は国際連盟当時から、人種差別撤廃を唱っています。対日移民法が
日米戦の一要素であり、サルトルも「日本が白人国なら原爆投下はなかった
ろう」と言い、日本が人種解放戦争を唱えたなど、人種差別問題と言う
史実を東京裁判史観は押さえ込んだ訳です。SAPIO.2001.6.27.号で
NYタイムズ東京支局長ハワード・フレンチが小林よしのりを極右と決めつけてい
ますが、小林はアメリカの黒人・有色人種差別の歴史に言及すれば良かった
のですよ。フレンチは写真から、アラブ系かジャマイカ系かも知れませんから。「靖国問題」
で紹介しましたが、今月末から南アで国連人種差別問題会議
が開かれます。
東京裁判は公正な裁判ではありません。『アメリカの鏡・日本』のヘレン・ミアーズのような
人は居たでしょうが、米人弁護士の公正さについて、私は
知りません。記録が見つかれば紹介いたします。
大阪JF生さんも「靖国問題」で東京裁判史観に言及されてますね。ご興味
ある所の覚書を寄せていただけると皆さんの参考になると思うのですが…(笑)

Re:ご返事1 -投稿者: 大阪JF生  2001-08-20 16:19:22
 早速のお返事ありがとうございました。
東京裁判(とくに裁判長および検事たち)はもちろん公正ではありませんでした。
でもアメリカ人弁護士の中には、日本人でさえ感激するぐらいフェアーな人や、
裁判を強く批判してクビになった人や、反対して自らやめた人もいたと聞きます。
(広田弁護人スミスは弁護をやめた後も、裏方として弁護士的な仕事を貫いた・・)
その事例は、清瀬一郎「秘録東京裁判」中公文庫
に散見できます。小生が挙げた例は梅津美治郎の弁護士ブレークニーで、
証拠の一つとしてスチムソン陸軍長官が原子爆弾使用の決定をしたことを
提出しようとし、イギリス人検事コミンズカーに異議を申し立てられ、
裁判長ウェッブの強引な却下を受けたという記録があります。
もしこれが取り上げられていたら、アメリカが有罪になった可能性もあります。
また、木戸幸一の弁護人ローガンは、

「日本は欧米諸国の思う壺にはまり、日本からまず手を出すようにと彼らが予期
し、
希望した通り、自己の生存そのもののために戦争の決意をせざるを得なくなった」

と証言しています。また東条の弁護人ブルーエットもフェアーに対処したと聞き
ます。
つまりちゃんとした弁護士が上記のように発言しているにもかかわらず、
東京裁判史観ひいては自虐史観が生まれたというのは、
今回の教科書問題と全く同様に、東京裁判の内容をちゃんと見ていない人たちの
たわごとによってではないかと感じたのです。(つづく)

Re:ご返事2 -投稿者: 大阪JF生  2001-08-20 16:20:00
 また、弁護人ではなく、なんとアメリカ陸軍法務官プライスは、
1945年12月のNYタイムスに、ヤルタ協定秘匿をめぐって

「東京裁判は日本が侵略戦争をやったことを懲罰する裁判だが、
それは無意味に帰するからやめたらよかろう。なぜならば、
それを訴追する場合、アメリカが明らかに責任があるからである・・・」

と堂々と発表しています。このフェアーさ!
それに引き換え、現在はなんとNYタイムスも落ちたことでしょうか。
ちゃんと物事を知っている世代がなくなり、声の大きい中韓の言うことだけを
間に受けるような記者ばかりになってしまったのではないでしょうか。
というよりも、とくに西洋の報道機関については、人種差別ではないかと疑いま
す。
日本が元気を失うとともに、人種差別に反省した世代が交代し、ふたたび
差別感情の盛り上がりがきているのではないかと恐れます。
「日本人は所詮馬鹿だから、日本の記事は適当なやつに担当させておけばい
い・・・。」
いくら日本の公式見解が沈黙しようと、ちょっと勉強すれば分かることですし、
ちょっと頭があればおかしいことはすぐ気がつくはずです。
またまた愚痴ってしまいました。またお邪魔するかもしれませんが、
あまり小生に影響されず、上野様独自のご意見の展開を望みます。
でも質問に答えていただけるのは非常に有難いことです。

Re:参考及び訂正 -投稿者: 勝又智詩  2001-08-20 23:32:29
 上野様、小堀桂一郎教授に拠りますと、8月14日がポツダム宣言
受諾日で、停戦指令は8月16日に発布されており、8月15日には
何の意味もないとされています。強いて言えば、陛下の詔を国民全員
が拝聴した日であり、国民感情を別にすると、歴史的な意味はないと
考えるべきだそうです。つまり、これも一つの戦後プロパガンダだと
言えるかも知れません。

 大阪JF生様。確かに、過去においてはヘレン・ミアーズ女史の
「アメリカの鏡、日本」と言う書籍もあり、現代アメリカのプレス
は堕落したのかも知れませんが、イチローへの日本マスコミの取材
攻勢を見て「何と下品な」と言う程に、そこそこの良識は持ってる
ようです。問題は、日本マスコミのアメリカ特派員だそうで、彼等
は、今回の靖国問題についても、米国報道機関への宣伝活動を実行
したそうです。(日本政府は「こんなに」悪いと)それを聞いて、
「当の日本人自身が言うのだから、きっと間違いないだろう」との
考えで、記事を書かれたケースもあると聞いています。その新聞社
とは、閣僚就任会見で「靖国に参拝しますか」と聞いた会社です。
あとは自称「国営放送」さんですか。言わなくても良い説明をして
から、ブイを回して「ご意見は?」と聞く。常套手段ですがね。
 「取材」を名目とした「反国家宣伝活動」を行っているために、
善良で単純なアメリカ人が騙(洗脳)されていると言う側面がある
ようです。

Re:Re:参考および訂正 -投稿者: 大阪JF生  2001-08-21 09:39:09
 勝又様、はじめまして。
ご意見ありがとうございました。
(表示形式が変わったのですね。
ちょっと驚きました。)
日本マスコミのアメリカ特派員の行動は
分かるような気がします。
おそらく現地の人たちは本当のところを知ったら、
特異な行動をとる日本人旅行者たちと同様、
理解に苦しむでしょうね。
 小生は今まで、東京裁判についても消極的にしか
情報を得ていませんでした。
無意識のうちに戦争から目をそらしていたのかも
知れません。でも、この機会に自分なりに考えてみようと
思っています。これからもよろしくお願いします。
(それにしても、ここは風が強くなってきました)

8月15日(玉音放送)の歴史的意味 -投稿者: 上野  2001-08-22 04:26:01
勝又様、ご指摘ありがとうございます。私も産経の正論欄で同趣旨の
小堀論文を読んだ事を思い出しました。しかし、「8月15日に…国民感情
を別にすると、歴史的な意味はないと考えるべき」には反対です。中韓は
8月15日の靖国参拝に反対していますし、韓国ではこの日を光復節と
しています。彼らは何を根拠にしているのでしょう。「日本の実質的な
敗北宣言を」ではありませんか。

玉音放送の意義
(1)(朝鮮・台湾在住者を含め?)広く国民に敗戦を知らせた。
(2)それは実質的に、大元帥による軍隊に対する攻撃停止命令にならざるを得ない
と考えられる。

反乱軍にとっての玉音放送の意味
8月15日午前零時半、陸軍省軍事課員の井田中佐と同軍務課員の椎崎中佐
・畑中少佐及び数人の将校は、近衛第一師団長・森中将に面会した。降伏
を阻止するクーデターに近衛師団の決起を促しに来たのである。クーデターは
近衛師団が師団長の指揮下で行動し、それによって上級司令部の東部軍
を動かし、更に陸軍全体を巻き込もうと言う構想だった。クーデターは森
師団長の殺害と師団長の偽命令で始まった。しかし、森師団長の殺害
を知った東部軍参謀長は動かず、偽命令による出動部隊を反乱軍と
見なした。

8月15日の歴史的意味 -投稿者: 上野  2001-08-22 04:54:17
井田中佐は東部軍の支持が得られなかった事を宮城の畑中少佐に伝え、
クーデター失敗を認めざるを得なかった。畑中少佐は玉音放送の録音盤を
探し出す事に最後の望みをかけた。玉音放送ができなくなればポツダム
宣言受諾を国民に伝える事はできない。そうすることで時間を稼ぎ、
天皇に翻意を迫ることができるかも知れない。しかし、録音盤は見つ
からなかった。畑中少佐と椎崎中佐は11時半頃、二重橋近くで自決した。
玉音放送は正午であった。
敗戦時、日本には陸軍547万人、海軍242万人の兵力があった。内地に
436万人、外地に353万人である。当時の人口を7200万人とすると、
その11%が動員されたことになる。終戦への叛乱はあったが、組織とし
ての軍は、天皇の終戦の意志を受け、承詔必謹を貫いた(戸部良一.1998.
逆説の軍隊―日本の近代 9.中央公論社.)。

日本軍の武装解除は、軍民了解の下に、天皇の統帥大権によったと考え
ざるを得ない。「武装解除に至る初めての指令」が玉音放送であった訳
で、それは中韓も認めている。
以上から、8月15日は重要な歴史的意味を持ったと考えます。

上野さん> -投稿者: 勝又智詩  2001-08-24 04:32:55
 上野さん、ありがとうございます。

 確かに、ご指摘された点では同意いたします。
ですが、私は別の意味で考えたんです。

 例えば韓国は「日本から独立した」と言っていますが、正式には
アメリカから独立した訳で、それを「総意として」とか「実質は」
と言うなら、日本の韓国併合も同様の理由があると考えるからです。

 何よりも私が主眼としているのは、中韓の言う「歴史を直視する」
ならば、国際法の見地で敗戦の日を決定すればと思ったのです。
それをアジア共通の「日本敗戦の日」としたら良いと。それが何を
意味するか、賢明な上野さんなら理解されるでしょう。韓国が独立
記念日を変更できるかどうかです。(恐らく変えるでしょうが・・・)

 口では「独立」と言いながら、その実「日本に支配されている姿」
を韓国の若者が見たならば、彼等がどう感じ、考えるだろうか。
関係のない国にまで「歴史を直視しない日本」と、レッテルを付託
されているのですから、この屈辱から脱却するには「国際法の適用」
しかないように感じたので記した次第です。

心情は上野さんと同じですが。

「国際法の適用」……? -投稿者: 上野  2001-08-25 11:00:08
勝又さん、ご意見ありがとうございます。

ずいぶんハショッタご説明で、「賢明な上野さんなら」と言われると、
冷や汗タラリです。特に対日戦勝利にただ乗りした朝鮮についてのお
考えのようで、この覚書の結論に関わって来る視点と受け取りました。

8月24日のご投稿の4行目〜16行目まで、中学生にも分かるように
改めてご説明いただけるとありがたいと思います。投稿はしないもの
のこの欄を見ている人もあるでしょうし、私も十分には理解できません。
「国際法の適用」は新たな着眼点なので、よろしくご教示のほど
お願い申し上げます。

上野さん>国際法 -投稿者: 勝又智詩  2001-08-26 23:52:05
 私も一般教養程度しか知らないので、冷や汗ものですが。

 良く報道で「不渡りを出したので、『事実上の倒産』をしました」と
言われることがあります。けれども本当の倒産とは、破産法や和議法、
会社更生法などの適用によって決定されるものです。
上野さんの言われる「8月15日」とは、言うなら「事実上の敗戦日」
と考えることができます。
 けれども、中には「やーめた」と言う国もあるので、国際条約に調印
するという「確認書類作り(儀式)」が大切になります。日本の場合、
昭和20年9月2日がそれにあたります。停戦条約調印ですね。

 では、停戦条約に調印したら終戦かと言えば違います。そうであれば、
東京裁判は行われないのです。これは戦後処理ですが、倒産した会社の
整理と同じで、会社として生きているように、戦争継続状態なんです。

 本当の終戦は、日本が独立した日、つまり昭和27年4月28日だと
考えるべきなんです。会社で言いますと、裁判所に和議を申請し、受理
されてから債権者会議を開き(これが東京裁判に相当します)、処理や
処分が決定して会社を潰します(大日本帝国の消滅ですね)。その後、
社員が集まって会社を興す(日本国として再生)こともできるわけで、
そう考えると「問題の意味」が理解しやすいと感じています。

上野さん>国際法2 -投稿者: 勝又智詩  2001-08-27 00:16:23
 昭和20年9月以降、日本は国家としての主権を剥奪されました。
いわゆる占領下にあったわけで、東通工(東京通信工業=後のソニー)
なども輸出製品にはメイド・イン・オキュパイド(占領地)・ジャパン
と書いていたんです。「主権国家ではなかった」ことがポイント。

 では、かつて日本の領土だった台湾や、朝鮮半島はと言えば、台湾は
中国から戦利品として割愛された領土だったので、元の国である中国へ
返還され、東南アジア諸国も同様だったのですが、多くの国で独立戦争
が起きたのは事実です。朝鮮半島ですが、日本が主権国家でなくなった
以上、半島は独立できたはずなんですが、実際はそうならなかった。
マッカーサーは朝鮮半島を占領地としたんです。何故かと言うことは、
今の私には分かりませんが、アメリカの事情だったと言えるでしょう。

 そこで、どういう事が起こったかと言いますと、日本と朝鮮半島とは
各々「別の日に独立」したんです。「何処から」と言えば、「アメリカ
から」です。例えばフランスの場合、ドイツに占領され、暫定政権とか
地下活動とかやっていましたが、フランスにとっての終戦は主権を回復
した日にあたります。戦勝国として、敗戦国への戦後処理作業はあった
でしょうが、こと「国家としての終戦」となれば「主権回復の日」以外
考えられません。「フランスが、再びフランスとなった日」ですから。
ここを問う精神が欠けているように、私は感じています。

上野さん>国際法3 -投稿者: 勝又智詩  2001-08-27 04:37:42
 2を書いて、寝ようとして思い出した、これでは足りないと(笑)

 何故「本来なら」昭和27年4月28日が、「終戦の日」になるのか
との説明が十分でなかったと反省しました。つまり「本来なら」が重要
なんです。ここに、マッカーサーの悪事が隠されているんです。

 通常、憲法は主権国家でなければ制定できません。ですから、日本が
戦争に負けたからと言っても、「本来ならば」独立後でなければ、憲法
は作れないんです。つまり「占領」→「独立」→「憲法制定」になる。
ところが日本は、占領中に憲法が作られてしまった。だから独立記念日
が「変」なんです。「占領」→「憲法制定」→「独立」なんですね。
これは国際法違反であり、早目に違憲抗告していれば、こなな状態には
ならなかったでしょうが、相手は世界一の軍事大国ですから・・・
それに、国際機関と言ったって、当時は(あるいは今日も)アメリカの
出先機関でしかなかったから、無駄だったろうと思いますが。

 どんな国であれ、独立しない限りにおいては、旧憲法によって国家を
運営するのが国際法のルールであり、GHQは違反したけれども、独立
してから憲法を作り直すことも出来たはずで、その日を「日本新生の日」
としたなら、4月28日は「終戦の日」になったことでしょう。

勝又さん>ご返事 -投稿者: 上野  2001-08-29 01:04:56
日本が主権を回復して「日本が、再び日本となった日」を「終戦の日(昭和
27年4月28日)」とせよ
と言う御主張ですね。乱暴な言い回しに見えますが、重要なご指摘と
受け取りました。しかし、「日本は、再び日本になった」のでしょうか?
「日本は、再び日本にならなかった」から、ここでこうして問題にしてい
る訳ですよね。
「戦後」と言う言葉には、何かを隠蔽している胡散臭さがあります。「戦後
」で一くくりにされる期間には、「占領下」と「独立後」と言う2つの全く異
なるべき時代があったのですが、我々(少なくとも私)は「占領下」を
隠蔽されて、一つながりの「戦後」と思わされて来ました。その結果、
「占領下」の毒が「独立後」にまわって全身を蝕み続けていると言う事に
なりました。それが自虐史観です。先に私は「自虐史観の主は東京裁判
史観で従は日本国憲法である」と言うような言い回しをしましたが、
これは誤りでした。東京裁判史観はいわば「常識」で空気のような存在
です。しかし、憲法は現実に法的拘束力を持っています。「憲法を支柱
としてそれを東京裁判史観で運用すると言う姿」が自虐史観の構造で
あると思います。自虐史観は社民党の主張に典型的に現れますが、
自由党を除くすべての政党が持ち合わせているように見えます。
ここでは、東京裁判史観の由来と現在への影響について、ラフで良い
から、素人なりに納得のいくアウトラインを描くつもりでいました。
しかし、文献に当たると次々と自分の前提条件が崩れ、足下をすくわ
れる気がしてとまどっているのが現状です。

上野様・私見 -投稿者: 勝又智詩  2001-08-29 03:44:53
 上野さん、ありがとうございます。

>我々(少なくとも私)は「占領下」を隠蔽されて、
>一つながりの「戦後」と思わされて来ました。

 これは私も同じです。しかし何故、私や上野さんが「こうした呪縛」
から脱却した(しようとしている)のでしょうか。

 上野さんが言われたいことを、私なりに考えますと、「何故、日本が
「こんな国」になってしまったのか」と言うことではないでしょうか。
その原因を東京裁判に求めたが、しかし、それは原因の一つではあるが
全てではないことに気付いたと、そう言うことではないでしょうか。

 極論を言えば、日本人論とアメリカの占領政策、朝鮮民族論とに総括
されるでしょうが、補助線として組織論や社会主義論、近現代史などが
必要であり、ある意味で「総合学」に近い切り口が求められると感じて
います。例えば、GHQが弄った日本の法律を考えますと、憲法と税法
及び教育基本法の3つがあります。これが大きいと私は思う。それから
文書検閲30項目がある。これらは総じて「ウォー・ギルト・インフォ
メーション・プログラム」と呼ばれています。これが最大の悪行です。

上野様・私見 2 -投稿者: 勝又智詩  2001-08-29 04:02:33
 GHQのプロパガンダを一言で言えば「国が悪い」と教えたんです。
「国民は悪くない、国家が悪い」と、NHKや朝日新聞などを使って、
国民全体に普及させたんです。そして公職追放という、恫喝による寝返
組の創出。国際法の専門家で、東大教授だった横田喜三郎がその代表。
そして拘留されていた左翼の解放と、彼等に重要なポストを与えた事。
この論理は簡単で「敵の敵は味方」との考えからの行為。

 そして忘れてはならないのが、日本が大東亜戦争に至る原因の一つで
あった32テーゼ。コミンテルンが日本支部に出した指示書による歴史
観があります。天皇の人間宣言と、社会主義者の台頭により、この思想
が広く喧伝されたことがあります。

 加えて、日本民族の特長である「常に一定数存在する反日的日本人」
の問題があります。社会主義者と重なる部分がありますが、自分の故郷
を日本以外に求める人達と言っても良いでしょう。島国根性ですか。

 こうしたものの「複合汚染」によって、自虐史観が熟成されたと言う
ことができるでしょう。また、中身を替えて、洗脳システムだけを継続
させた教育制度があります。ですから、その根っ子は深く、巧妙であり
一点突破は難しいと考えますが、いかがでしょうか。

勝又様・ご返事 -投稿者: 上野  2001-08-30 00:16:44
自虐史観は複合汚染ですから、一点突破の全面展開は効きません。しか
し、やり方はあると考えています。事の来歴や相関を系譜図・系統樹に
まとめて構造を明らかにし、重要な結節点を撃破する事です。このスレの
本題は「どのような系統樹(関係図)を示すか」にあります。公開されてい
るから、系統樹の不備を指摘してもらう事ができます。群盲象を撫でれ
ば、当たらずと言えども遠からずの系統樹、つまりコトの構造を捉える事
ができるのではないでしょうか。それ程複雑にはなるまいと見ていま
す。構造を捉えれば、攻め方は自ずと決まって来ます。目下、重要な
結節点は、ウオー・ギルト・…戦争贖罪意識宣伝計画(派生事項は多い)と、
その下で息を吹き返した32年テーゼと考えています。反日日本人は、民
権派であれ、明治には居なかったと言われます。私は、反日日本人は日本
民族の特長ではなく、前述の米ソの呪縛が震源と考えています。
ところで、「系統樹」作成のために、@朝鮮民族論A税法B教育基本法
(含む・洗脳システムを継続させた教育制度)C32年テーゼが大東亜戦争に至る
原因の1つであったことについて、自虐史観との関係からご説明いた
だけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

追加文献 -投稿者: 上野  2001-08-30 02:46:36
(5)江藤淳.1994.閉ざされた言語空間―占領軍の検閲と戦後日本.371頁,文春文庫
.583円.
初刊1989年文芸春秋。憲法違反の検閲、憲法なんて虚妄だ。1次史料によ
る、占領下にセットされた継続的日本崩壊装置の解明。類書なし。日本人必読。
(6)谷沢永一.1999.反日的日本人の思想.388頁,PHP文庫.800円.
『悪魔の思想』1996年クレスト社の改題。コミンテルンの32年テーゼの本質を発見。日本にか
けられたスターリンの呪縛。
(7)中條高徳.1998.おじいちゃん戦争のことを教えて.265頁,致知出版.1400円.
昭和・平成を生きてきた実感。マッカーサー証言、原文を掲載。
(8)谷沢永一・渡部昇一.2001.封印の近現代史.348頁,ビジネス社.1700円.
対話的放言集。放言故に分かり易く示唆に富む。マッカーサー証言、和文掲載。
(9)小堀桂一郎.2001.さらば東京裁判史観―何が日本人の歴史観を歪めたのか.245
頁,PHP文庫.495円.
『さらば、敗戦国史観』1992年PHP研究所の改題。連合国マインド・コントロール
のやり口。
(10)色摩力夫.2000.日本人はなぜ終戦の日付をまちがえたのか.223頁,黙出版
.2000円.
著者シカマ、元チリ大使。「降伏文書」「ポツダム宣言」「カイロ宣言」掲載。降伏・
戦争・国際社会の現実を戦時国際法で読み解く。
(11)高橋史朗『歴史の喪失』(総合法令出版)
「戦争贖罪意識宣伝計画ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムに詳しい」と言う。未見。

東京裁判史観の定義【小堀(2001)ヨリ追加】 -投稿者: 上野  2001-08-30 03:25:46
東京裁判の起訴状よりまとめる。

(1)昭和3年に始まり昭和20年8月に終わる期間に日本が従事した戦争は
全て侵略戦争であり、従ってパリ不戦条約に違反する犯罪である。
昭和史はおおむね、殊に昭和6年以降は連年一貫してこの国家的犯罪の積み重ねで
ある。
(2)この犯罪を計画し実行したのは一部の軍国主義者と超国家主義者達であり、
国民はそれに引きずられた。欺かれ、駆り立てられていた国民は今や覚醒し、
自分達をだました者に対して厳しい批判を加えるべきである。一般化して言えば、
支配階級対被支配階級の対立相克、そしてこれまでの被支配階級が
自らの権利を回復する欲求に目覚めることが将来戦争再発の防止の基礎になる。
(3)しかしながら、日本が昭和初年以来の支那大陸へ向けての膨張政策、
昭和16年以降の東南アジアへの進出に伴う軍事支配によって、これら
近隣諸国に対する侵略者にして加害者の位置に立ったこと、これらの諸国
に及ぼした禍害の責任は、日本国民全体にかかって来るものとして永く忘れては
ならない。

この3点を押さえ、今後の日本の復興・発展に対するクビキとし、足枷としておけ
ば、
日本が米英を始とする連合国にとって再び恐るべき競争相手として立ち向かって
くる
ことの危険は防止できるであろう―というのが連合国の読みであり、国家戦略的
意図であった。

上野様> -投稿者: 勝又智詩  2001-08-31 04:53:30
 大変思いテーマなので、幾つかに分かれるかも知れませんが・・・

@朝鮮民族論について
  彼等が「小中華」であることは、既にご存じのことと思います。
 加えて言うなら、「中・韓・日」の関係を「父・兄・弟」として
 捉えており、また「強い者には媚び、弱い者には威張る」と言う
 民族性を持っていると言われます。これが如実に現れたのが日清
 戦後、日露戦争に行くまでのプロセスです。日清戦争で勝利した
 日本は、しかし三国干渉によって譲歩を強要された。このことを
 もって、「日本よりロシアだ」と考えた輩がおり、日露戦争へと
 突入せざるを得なくなったのです。

A税法
  これを一言で言えば「日本人を金持ちにしない」ことです。
 「3代続けば財産がなくなる」と言われるくらい、厳しい相続税
 を課しました。所得税も同様です。それと、政府の農業優先思想
 が相まって、10-5-3と揶揄されるような税制になりました。
  それが何故悪いかと言えば、役人自体は善良であっても、組織
 となると変質してしまうからです。「役人は国家に巣喰う白蟻で
 ある」とはアメリカの諺です。つまり、国民から金を吸い上げ、
 国家機構を白蟻だらけにすれば・・・今日の日本の姿です。

上野様2> -投稿者: 勝又智詩  2001-08-31 05:11:15
B教育基本法(含む・洗脳システムを継続させた教育制度)
  これは西教授が書かれた「国敗れてマッカーサー」が詳しいです。
 端的に言うなら、国民学校という制度は「そのまま」にして、教育
 する中身を「すり替えた」と言えるでしょう。そして国民学校です
 が、これはナチスのフォルクス(国民)シューレ(学校)の直訳で
 あり、ナチスの洗脳教育制度そのものなんです。最大の特徴は2つ。
 1つは学区域制度であり、1つは義務(強制)です。私的教育機関
 をヒトラーは許さなかった。教育の多様性を認めなかったんです。
 これは戦後日本の教育そのものです。そうした「器」を用意させて
 「太平洋戦争史」を学ばせた。加えて、社会人を育成するプロセス
 に欠くことの出来ない、政治教育や宗教教育を否定している。特に
 第5条で、それまで何一つ出てこなかった「学校」なる文言がいき
 なり登場し、「学校教育」として専横を宣言する、不思議な法律。
 あとは教育勅語の廃止ですか。教育を「知」とするなら、勅語には
 「育」があった。両方併せて「教育」だったんです。それを「天皇
 崇拝思想だ」と言うことで「国会で」廃止決議した。ために、精神
 を失った子供達が大量発生し、今日に至っています。

上野様3> -投稿者: 勝又智詩  2001-08-31 05:34:02
C32年テーゼが大東亜戦争に至る原因の1つであったこと
  32テーゼで初めて「天皇制」なる言葉が使われたことは、谷沢氏
 の著書(悪魔の思想)に書いてあることですが、ロシアコミンテルン
 日本支部(現在の共産党)は、32テーゼを受けて活動を活発化させ
 ました。一方、共産党の対抗勢力として北一輝などが台頭して来た。 彼等は
「国家社会主義者」だったが、「敵の敵は味方」との論法で、
 時の総理大臣が重用してしまった。加えて、巨額な赤字に悩んでいた
 政府は「戦争になると、大抵の法律は通る=増税ができる」との進言
 を真に受けて、戦争に突入したと言う側面も持っています。@ でも
 紹介したように、日本は基本的にロシアを気にしていたわけで、32
 テーゼによる共産主義者の行動は、2・26や5・15にも影響した
 わけで、対抗手段としてではあったけれども、もし32テーゼが発動
 しなければ、右翼の台頭を抑制できたと考えられています。

D戦時体制の残査
  酒税や源泉徴収などは、国家総動員法に拠るものであり、戦後は、
 国土復興予算との名目で継続された税制です。あるいは借地借家法も
 そうでしょう。私も全部を調べたわけではないので、紹介が中途半端
 になりますが、こうしたものが戦前、戦中を通して立案され、戦後に
 継承された悪報だと言えるでしょう。ために国民は疲弊した、と。

勝又さんへ御礼 -投稿者: 上野  2001-09-01 23:25:41
勝又さん、ありがとうございました。

ただ、あまり細部まで分け入ると全体の姿が見えて来ません。
私は大づかみに骨格を捉えようと思っています。系統樹は、投稿欄では、
かえって混乱したレイアウトになりそうなのでそれは止めて、
以下につながりが分かるような書き方をしておきます。

アチコチ文献をつまみ食いしていますが、ラフでも以下のような見方
が有用と思われます。

自虐史観の構造(1) -投稿者: 上野  2001-09-02 01:16:17
治安維持法下
講座派・岩波書店の昭和7年刊『日本資本主義発達史講座』

昭和7年・コミンテルンの32年テーゼ《谷沢(1999)に詳しい》

コミンテルン史観

GHQ占領政策(ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム)
(1)昭和21年11月までに確立していた「禁止30項目」
(2)日本国憲法(昭和21年11月3日公布・22年5月3日施行)
(3)東京裁判(昭和21年5月3日開廷・24年11月12日判決公判終了)

東京裁判史観

昭和26年5月3日、マッカーサーはアメリカ上院・軍事外交合同委員会で、アメリカの
極東政策をめぐる公聴会で証言。「自分は日本について誤解していた。
日本は自衛戦争をやったのである」とはっきりと過ちを認め、日本は
侵略戦争をしたということを取り消した。
当時、「禁止30項目」によってか、日本のマスコミはそれを報道しなかった。
しかし、独立後の今日に至るまで、朝日やNHKをはじめとするマスコミ
は報道していない。

ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラムの和訳
戦争贖罪意識宣伝計画(色摩,2000)
戦争責罪周知徹底計画(小堀,2001)
戦争に関する罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画(西尾,1998『沈黙
する歴史』徳間書店)

自虐史観の構造(2) -投稿者: 上野  2001-09-02 01:53:38
コミンテルン史観+東京裁判史観→自虐史観

コミンテルン史観(スターリンの呪縛)と東京裁判史観(トルーマンの呪縛)が占領下で
ドッキングした。どちらも日本の解体をもくろみ、「日本を悪く言え」と
教えるプロパガンダであるから、日本人にとって自虐的になった。
教科書が悪くなったのは、昭和25〜6年である。昭和27年、SF講和条約
で日本は独立するが、日本社会は占領期の日本を省みることを怠った。
昭和30年代後半になると、日教組の反日教育によって、はっきりした
反日要素が出て来る。昭和44年に同和対策事業特別措置法ができると
部落解放同盟が教科書に口出しするようになった。その事で、教科書が
徹底的に反日に傾いて行った。
その後、ベルリンの壁とソ連崩壊、及び中国の改革開放経済でコミンテルン史観
は表から退潮し、東京裁判史観が残った。これが残存左翼のただ1つの
存立基盤となった。これを失えば、もう生きている価値はない。
揚げ足取りと言われようと、みっともないと言われようと、「日本の
戦争責任資料センター」の上杉聡が命をかけて扶桑社本にカミツクのは、
東京裁判史観が破れれば、もう生きて行けないからなのだ。

現在、自虐史観は日本国憲法(GHQ欽定憲法)を現実的な足場とする
東京裁判史観によって成り立っている。それ故、支持者も多く、朝日
などのマスコミは常にこれを宣伝して、支持者を再生産している。

自虐史観の構造(3) -投稿者: 上野  2001-09-02 02:25:33
しかし、東京裁判史観は破綻しており、戦後民主主義は欺瞞の上に成
っている。昭和21年11月までに確立されていたGHQの「禁止30項目」
《江藤(1994)に詳しい》では
(1)連合国最高司令官(司令部)SCAPを批判してはならない
(2)東京裁判を批判してはならない
(3)SCAPが憲法を起草したことに言及してはならない
(4)出版・映画・新聞・雑誌の検閲が行われていることに言及してはならない
などの項目が続いており、違反は削除か発禁処分を受けた。そうなれば、
マスコミ関係者は飢え死にせざるを得ない。マスコミはこれらの
タブーをGHQと共有した。マスコミは共犯者である。
日本国憲法第21条には
「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障する。
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」
とある。

検閲の指針を示した「禁止30項目」は憲法に違反している

と言うのは、実は誤りなのだ。

自虐史観の構造(4) -投稿者: 上野  2001-09-02 03:06:22
日本は昭和27年4月28日まで主権はなく、GHQに支配されていた。
GHQは、日本人やその国会・政府・憲法の上に在ったのである。
GHQは日本人の上に直接君臨して軍政をしくのではなく、間接統治を
行った。日本人は選挙を行い、それによって議会や政府を作り、
自ら政治や行政を行うと言う形をとった。形の上では主権在民である。
しかし、それは「禁止30項目」に強力にコントロールされ、共犯のマスコミ
に隠蔽されて日本人はGHQの検閲を意識する事はなかった。
それ故、戦後を占領期と独立後に明確に区分する事を忘れ、占領期を
ひいては憲法を見直すことを忘れたのだ。
我々は江藤(1994)などによって、占領期の実態を把握し直すべきなのである。
色摩(2000)は8月15日は「降伏を申し入れた日」であって、「終戦の日ではない」
と言う。「降伏文書に調印した9月2日こそ終戦の日とすべき」と言う。
しかし、その後も日米間に「冷戦」は続いていたのである。不覚にも
日本人はアメリカとの冷戦に気づいていなかった。マッカーサー司令部は、「検閲」
と「戦争贖罪意識宣伝計画」とによる日本人洗脳作戦を実行していた。
大衆に対して1つの仮説を長期間反復して印象付ければ、誰もが信じて
疑わなくなる。他者への盲信は自分の信念となり、ひいては真理となる。
真理なのだから、真実に違いないと思う。こうして架空の話が、いつの間にか
事実関係とされて行く。

自虐史観の構造(5) -投稿者: 上野  2001-09-02 03:43:08
我々が米国の占領政策から解放されたのは、昭和27年4月28日に
「対日平和条約」が発効して主権を回復した時点である。勝又氏が
「この日を終戦の日とすべき」と主張するのは重要な意味を持っている。
「戦後」を「占領期」と「独立期」に明らかに捉え直さなければ、
我々は日本人のアイデンティティーを回復できないであろう。

自虐史観とは、「占領期を精神的に長引かせよう」とする態度であると
知るべきである。

やや飛躍した結論 -投稿者: 上野  2001-09-02 04:48:28
中韓は「日本の侵略」と言う「加害と被害の枠組み」を保持する事に
固執する。それが日本との外交上、また国内統治上、中韓に有利に
作用するからである。

今回も、中国政府は歴史教科書修正要求「8項目」の内、対日(SF)平和
条約第11条を引用して東京裁判の判決を認めよと言って来ている。
11条は東京裁判史観を強要するものではないことは既に説明したが、
中国は東京裁判について日本政府に何らかの主張をする権利を持って
いない。同条約25条にはこの条約に参加した連合国とその権限を定義
している。この連合国の中には中華民国も中華人民共和国も入って
いない。両国は代表権問題で紛争が生じたために、SF平和会議に代表
を送ることができなかった。つまり、会議に参加せず、もちろん
条約に署名も批准もしていないからである。また何よりも相互の内政
不干渉を約している日中平和友好条約の規定にも注意すべきである(
小堀,2001)。

外交は国益と安全保障上の国家の威信を第一に追求すべきものであって
、友好はオマケである。憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義」
などトテモ信頼できるものではない。それ故、「日本の政治家は外国に
対して、自らすすんで日本の侵略を口にするようなことがあっては
ならない」。
この点で、靖国参拝に関する小泉談話は失敗である。田中真紀子も
山崎拓も、勉強不足で極めて危なっかしい。我々は、注意深く監視すべきである。

付記 -投稿者: 上野  2001-09-02 05:16:11
昭和34(1959)年生まれで、東京裁判を文明史的意味から再考した牛村
圭は、東京裁判以外の場面にまで、「一番悪い奴・極悪人」の意味で
「A級戦犯」の言葉を使うのは、不適切であるばかりでなく、(日本人として
と言うよりは人間として)不謹慎であると結論している(「『A戦犯』
を濫用するなかれ―『経済敗戦のA級戦犯』など、東京裁判とは全く
無縁の文脈で用いるのはもう止めよう!」・『諸君!』2001年9月号)。

補則〜補助線として〜 -投稿者: 勝又智詩  2001-09-03 03:32:46
 毛沢東は、その著書の中で「戦争とは血を流す政治であり、政治とは
血を流さない戦争である」と説いた。これは、今日も変わることのない
中国政府の活動指針であり、戦後の日本政府から消え去った考えです。

 上野さんの指摘は、確かにその通りなんですが、レセプターの性質に
ついても考察が必要と感じます。ある種の民族論であり、日本の権力者
が陥りやすい、「精神的な落とし穴」の存在です。

 2点挙げれば、それまで負けを経験してこなかったエリートの存在が
あり、マスコミに正義を感じる人間がいなかったことです。大衆もまた
天皇陛下の代用物として、マッカーサーを信仰したフシがある。

 同時に、権威者(天皇)が、その権威を失ったことによる反動から、
日本人の精神構造に著しい影響を与えたことも事実でしょう。これらの
伏線があって、上野さんが指摘された事柄が、一層の効果を生み出した
と感じますが、どうでしょう。

勝又さんへのご返事 -投稿者: 上野  2001-09-10 01:09:19
勝又さん、ご意見ありがとうございました。
しばらく留守にしたもので、ご返事が遅れました。

「やった側」もさることながら、「やられた側」についても
性質を考えておく必要があるとのご指摘ですが、
どうも意味がとれない所があります。

「2点挙げれば…」以下、エリート・マスコミ・大衆について、
「精神的な落とし穴」と「民族論」で、更にご説明いただければ幸いです。

遅くなりましたが・・・ -投稿者: 勝又智詩  2001-09-19 15:28:51
 仕事や台風やらで、返事が遅くなり申し訳ありませんでした。

 今回の米国テロを見ても感じますのは、エリート(学習秀才)とは、
実に「不意打ちに弱い存在」であることです。「羮に懲りて〜」という
のでしょうか、極端に怯えるようになる。そんな精神構造を持っている。
堺屋太一氏が指摘したように、学習秀才とは答えのある世界では優秀と
言うのであって、回答の存在しない社会でも有能とは言えないばかりか、
時として旧来の手法の中からしか、解決手段を模索できないことから、
往々にして「同じ轍を踏む」のだと言えます。日露戦争の際、騎兵隊の
概念(「馬に乗って戦うものだ」との考え)から脱却し、機動部隊へと
転換した名指揮官がいましたが、そうした行為は、大東亜戦争を通して
ただの一度も生まれなかったことを見ても、成功体験に埋没し、時局を
見て対処するという臨機応変さを失ったエリートの心理的硬直を見ます。
 だからこそ、戦いに負けることは、それまで自分を支えてきた理論的
支柱の喪失を意味する訳で、高じて自己否定にまで進むのだと感じます。
「羮に懲りて〜」とは、そうした精神状態を指す言葉であり、特権意識
に支配された連中が、一度失敗した時の心理を表すのでしょう。

マスコミについて -投稿者: 勝又智詩  2001-09-19 16:01:14
 マスコミは、時として為政者の走狗として利用される。彼等もまた、
そうすることによって「漁夫の利」を得ようとする。「お互い様」だと
言うのだろう。
 ここに日本マスコミの特長があり、新聞の発行を知って「民主主義は
滅んだ」と言った、英国の大政治家がいたようだけど、正しくマスコミ
による民衆支配から日比谷事件が起き、大政翼賛会礼賛や戦時標語募集
を経て、GHQによる30項目の検閲に唯々諾々と従った姿がある。
 彼等(マスコミ=多くは新聞社)には、正義がなかった。強いて言う
なら商業主義でしょうか。欧米のプレスからすれば「金貨という、カエ
サルのモノに従った」ことになるわけで、神(正義)から離れたとされ
ても仕方ないでしょう。日本マスコミは、悪魔に魂を売ったのです。
 ここにも日本人的な精神が介在しているわけで、「物不足、人余り」
と堺屋氏が言った時代では、生計を得る手段を失うことに恐怖を憶えた
ために、「背に腹は替えられない」との診断から「転んだ」マスコミの
姿を見ます。ために国民は「眼」と「耳」を失った。戦時中の洗脳教育
に相まって、戦後の報道管制が加わったために、国民の「正しい判断」
が不可能になったと、そのように感じます。

 エリートもそうですが、日本の権力者達に共通心理として、自己崩壊
した後は、相手に媚びることで延命を図るという傾向があると言える。
その被害者が国民であることは、言うまでもない。

大衆(国民) -投稿者: 勝又智詩  2001-09-19 16:19:07
 鎌倉時代、日本には沢山の宗教が生まれました。その後も江戸時代に
至るまで、幾つかの宗派が生まれては消えていったと言えます。反面、
江戸時代に入ると、宗教は女子供がするものと言われるようになる。

 何故かと考えますと、鎌倉から関ヶ原までは、日本人なら誰もが何時
死ぬか分からない環境にあったからであり、江戸時代になると、極端な
生命の危機を感じなくなったからだと考えられます。そうした大衆心理
は、戦後日本にも存在したわけで、某宗教なども戦後の動乱を利用して
日本一になりました。つまり、戦後の日本こそ、本来の天皇陛下が必要
だったわけで、人間宣言しても尚、陛下が全国各地を視察された際に、
「天皇陛下万歳」が叫ばれたり、あるいはテロ行為が皆無だったことの
論拠になるでしょう。

 しかし陛下は「人間宣言」された。ここを「天皇陛下も人間(=生物)
なんだ」と捉えないのが日本人の特長で、「天皇陛下(=神様)さえも
人間にしてしまう、マッカーサーは大神様だ」となってしまう。だから
こそ、マッカーサーを英雄として扱ったのだろう。精神的支柱を、戦後
日本程欲した時代はないのだから。加えて、統制されたマスコミ報道が
「マ元帥は〜」とやる。それは国民にとって「神、宣わく」になる。
こうした背景があって、そこを見抜いた連中が「陽動作戦」を行うから
こそ、日本人(日本政府)が動揺するのだと、そう感じます。

マスコミと大衆 -投稿者: 上野  2001-09-22 01:26:13
勝又さん、ご説明ありがとうございました。かえって分からなくなった
ような気もします(笑)。相づちにも反論にもなりませんが、山本夏彦
(1992)『何用あって月世界へ・山本夏彦名言集』文芸春秋から、思い
つく言葉を挙げてみます。

人は言論の是否より、それを言う人数の多寡に左右される。

ジャーナリストという職掌がら、私は無数の文章に接した。その結果、言論は
むなしく、読書は悪習慣にすぎないのではないかと、疑うようになった。
私はよきジャーナリストではなかったが、それにしても、二十年この道で衣食
して、この結論に達したのである。心中落莫たる思いがある。

人はアプリオリにケチで、いやしい存在である。それを承知の発言でなければ
一人前の男の発言とはいえない。人はアプリオリに清く正しい存在だと、
終始言い張るのは女と子供である。

大新聞は今正義の権化になって、やましいところは一つもなくなって
しまいました。ついこの間まで「羽織ゴロ」だったことを忘れてしまい
ました。昔の新聞記者は心中ひそかに恥じていました。自分はやまし
くなくても、自分の仲間、同業者がやましいことをしているなら恥じ
ない訳にはいかないと、みな内心忸怩としてました。今はしません。
忸怩としなくなると、人はみな増長する事新聞記者に限りません。

ジャーナリズムというものは所詮、堅気のする事じゃない。堅気にはまず
タイトルがつけられません。そして、ジャーナリズムはついにタイトルです。

私は断言する。新聞はこの次の一大事の時にも国をあやまるだろう。

追加文献 -投稿者: 上野  2001-09-22 04:16:25
(11)高橋史朗.1997.歴史の喪失.241頁,総合法令出版.1600円.
占領期の米軍占領政策と現代日本への影響について詳しい。
(12)中條高徳.2001.おじいちゃん日本のことを教えて.277頁,致知出版.1400円.
文献(7)の続編。10・20代にも分かり易い。
(13)三好 誠.2000.なぜこんな目にあった‐日本民族の戦中・戦後.274頁,国書刊行
会.1700円.
時代の実感は捉えられる。P.266-267.に「教育勅語の口語文訳」がある。

「1951年5月3日のアメリカ上院軍事外交合同委員会におけるマッカーサーの議会証言」
(GHQ最高責任者が「自分は日本について誤解していた。日本は自衛戦争をやった
のである」と証言したとして重要)
の掲載文献
原文
(1)中條高徳.1998.おじいちゃん戦争のことを教えて.致知出版,東京.
P.264-265.
(2)中條高徳.2001.おじいちゃん日本のことを教えて.致知出版,東京.
P.276-277.
日本語訳文
(1)小堀桂一郎(編).『東京裁判・日本の弁明』講談社学術文庫.東京.
付録
(2)谷沢永一・渡部昇一.2001.封印の現代史.ビジネス社,東京.
P.124-126.
(3)佐藤隆.2001.編集者へ.『正論』2001年10月号.P.412-413.

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** 欠損しています **