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『広辞苑』の誤り -投稿者: MM3210  2001-07-12 11:22:41
『広辞苑』第四版または第五版で「ひみこ」を引くと
「卑弥呼は239年に明帝から親魏倭王の称号を与えられた」と記しています。

これは、「魏志倭人伝」の「景初2年6月」を「景初3年6月」の誤りと見る、
学界の常識にもとづく解説です。

歴史学研究会編『日本史年表 増補版』(岩波書店)
『日本の歴史 1』井上光貞(中央公論)
『日本の古代1 森浩一編 倭人の登場 』(中央公論社)
『マンガ 日本の歴史 2』石ノ森章太郎(中央公論社)

など、多くの人の目に触れる書物にもそのようにあるので、
これが間違いであることを知らない人は、少なくないはずです。

しかし、「魏志」明帝紀と少帝紀には、明帝は景初3年正月1日に崩御したとあ
ります。
卑弥呼が景初3年12月に親魏倭王の称号を与えられたのであれば、その時の魏
帝は少帝斉王芳です。

最初に、誤った説を発表したのは誰か知りませんが、日本の古代史学者は、その説
を受け入れる際、
自ら明帝紀の景初2年と景初3年の項に、卑弥呼朝貢の記事がないかどうかを確
めていないのです。

私は、なぜこのようなことが起こったのかを、若い方達に考えてもらい、
前車の轍を踏まないようにして頂きたいと願っています。