Name    : Yuukoku
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Title   : A Happy New Year
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From China

Time    : 2001/ 1/ 1(月) 03:35:21

Name : マサヒコ E-mail : Title : 地理の宿題 Comments:  奥州の平泉のほかに、藤原氏の史跡について教えてください。 Time : 2001/ 1/ 3(水) 15:41:46
Name : マサヒコ E-mail : Title : 地理の宿題 Comments:  奥州の平泉のほかに、藤原氏の史跡について教えてください。 Time : 2001/ 1/ 3(水) 15:42:13
Name : Toshy E-mail : Title : 3の疑問についてのみ Comments: パンダさんあけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。 今は3の疑問についてのみ、答えられる限りの返答を致します。 最大の戦いの場が阿武隈川沿いの阿津賀志(あつがし)での戦闘であったことを考慮すると、 奥州軍の戦闘準備が出来ていなかったと考えられます。 朝廷相手の謀略で「奥州討伐」の院宣を下させなかったのだと思いますが、 頼朝の強行で慌てて軍を集め、やっと数万の兵が集まったというところでしょう。 対する頼朝は、全国的な動員体制を行ない長い間準備していました。 東北地方と全国の対決ですから、はじめから相手ではなかったというわけです。 戦後鎌倉の捕虜になった由利と頼朝との間に交わされた言葉が、 わしの下手な説に比べて回答になるかと思います。 頼朝「泰衡は奥羽両国に威勢をきかせているから手強いかと思っていたが、    20日足らずで滅んだ。不甲斐ないではないか」 由利「義朝は東海15ヶ国の主人でありながら、    平治の乱では1日も持ちこたえずに滅んだではないか」 ちなみに、頼朝が周到な計画を立てていたことは、次のところからわかります。 泰衡が討たれて勝利が確定した後も源氏−鎌倉軍は北上を続け、 9月11日に厨川まで進軍し7日間そこに逗留しました。 実は前九年の役で、頼義・義家が安倍氏を滅ぼしたのはこの厨川で、日付が9月18日です。 先の奥州合戦を意識し、それを演出していたということでしょう。 そして全国から動員した軍を厨川に連れて行くことで、 御家人を統制しようと鎌倉は考えたのだと思います。 Time : 2001/ 1/ 3(水) 17:53:05
Name : パンダ E-mail : Title : 首都争覇戦と本拠防衛戦。。。 Comments: パンダです。Toshyさん、みなさん明けましておめでとうございます。 今年もいろいろと、お教え願います。(頓首) で。。。頼朝の奥州侵攻ですが、確かに総兵力は、全国的な動員体制をと った頼朝が勝っていたと思いますし、彼は全国支配を確立するために完全 勝利目指して用意周到を期したと思います。(奥羽では頼義・義家は安倍 ・清原には随分苦しめられていますので、劇的演出も行ったと思います。) が。。。逆にそれだけの大規模動員ですから当然に泰衡も事前察知出来た と思いますし、通常の感覚を持っていれば準備期間は十分あった筈ですよ ね。(攻撃倍数の原則でいうならば。。。兵力は互角ともいえますし) 要するに院宣が出るまでは頼朝は攻撃しないと考えた泰衡の「油断」とい うことになるのでしょうか?(福原の戦い。。。の教訓もあるんですが?) >>戦後鎌倉の捕虜になった由利と頼朝との間に交わされた言葉が、わしの下 >>手な説に比べて回答になるかと思います。 >>頼朝「泰衡は奥羽両国に威勢をきかせているから手強いかと思っていたが、    20日足らずで滅んだ。不甲斐ないではないか」 >>由利「義朝は東海15ヶ国の主人でありながら、平治の乱では1日も持ち >>こたえずに滅んだではないか」 確かに由里八郎(ですね?)の見事な切り替えしではありますが。。。平 治の乱における戦闘は、京都における都市クーデターの様なもので、義朝 が先に仕掛けたとはいえ、紀伊・伊勢(西国)に基盤を持っていた清盛に 兵力集合の利があり、一方源氏は兵力劣勢のうえに、例によって内部分裂 (源頼政)があったので、チョット比較にならないような気が。。(笑い) 仮に院宣(宣旨)が出ない状況において。。。義朝の東海関東在中に清盛 がこれを攻撃したならば(そんな馬鹿なことは絶対にしないでしょうが) 。。。おそらく逆に鎧袖一触で平家軍は敗退したと思うんですが(笑い) まあ歴史のタラレバは、あまり意味がないとは思いますが。。。やはり本 拠地での防衛戦争ですから、せめて数ヶ月は頑張らなくっちゃ。。。不甲 斐ないといわれても致し方ないような(笑い) 結局は。。。奥州藤原家と傘下武家集団との主従関係の弱さを物語ってい るような気が。。。(???) Time : 2001/ 1/ 3(水) 19:34:04
Name : 生眼 E-mail : Title : 年賀 Comments: 明けまして、おめでとう御座います。本年も遊んで下さい。 科学の世界云々の話は、(今のこの画面とはだいぶん外れますが、) 出雲大社がなぜ一番高かったのか、ということを私が納得している 範囲で話すのが一番いいかと思います。かって出雲の国とやまと(?) の国が大戦争をして、出雲の国が負けた。そこで出雲の国の祟りを 恐れて、少数の血族に先祖の霊と戦死した王を祭らせる。たぶん 日本を二分する勢力がぶつかったのだから、その霊をまつる社は 日本一かそれと同等なのがふさわしく思われます。(地上と地下に 対応するのだから)それでないと霊が納得しないと思います。 次に大仏殿は何故二番目かと言うと、奈良時代の血統争いで生まれた 怨霊を鎮めるのに、日本一高い物を作るのは出雲の社の祟りを恐れて それも出来ない。また京の御所も奈良に遠慮して大仏殿より高く出来ない。 奈良を捨てたのは水銀毒のせいもあると思いますが、それよりも血筋の 違う天皇が作った都なんぞに居たくない、というのが本音だと思います。 今もって、奈良県がぱっとしないのは(奈良県の人ごめん)それが続いて いるからではないか、と考えてしまいます。当然京の都も奈良の怨霊を 恐れて高く出来ない。 私が納得している「雲太、和ニ、京三」とは以上のことです。 Time : 2001/ 1/ 4(木) 00:54:40
Name : Toshy E-mail : Title : 藤原氏について Comments: パンダさんレスありがとうございました。 由利の切り返しは、まあ・・・戦いに敗れた側の悔し紛れみたいな物ではありますけど(笑)、 実際のところ多勢に無勢ですから、敗れた側を酷評することは出来ないでしょう。 また防衛戦争とは言っても、「独立国家」という体制になっていなかったので、 傘下の豪族とて有利な方に味方するのは当然かと思えます。 独立国家であり奥州独立を保つためであれば、 いかに無勢でもアテルイ公のように長く持ちこたえたかもしれません。 民衆にとっては上層部が変わるだけで自分たちには無関係。 だから根強い反抗がなかったということでしょう。 「異民族」の戦いでは、朝鮮出兵の時のように民衆の反乱は絶えなかったのです。 この平泉の役はそのような様子は見られませんでした。 それよりも、泰衡が本拠を離れて逃げていったことが問題ですね。 大将がいなくなっては家臣だって本気で戦う気もなくなりますから。 泰衡という大将を擁立していたことが悲劇でした。 しかし戦国には強大な王国を打ち立てていた織田信長とて一日にして消えていますから、 わしは奥州藤原氏だけが特別弱体であるとは思っておりません。 Time : 2001/ 1/ 4(木) 10:32:55
Name : パンダ E-mail : Title : 「雲太」の科学性。。。 Comments: パンダです。生眼さんへ。。。明けましておめでとうございます。 さて。。。「雲太、和ニ、京三」についてですが、これに関してはこのHP でも何度か取り上げられている問題で、最近では。。。 Title : 出雲大社。。。 Time : 2000/10/13(金) 11:09:07 Title : なぁんだ。。。それならそうと。。。 Time : 2000/11/10(金) 17:46:44 の間で議論されたのですが、それをご承知でのご意見でしょうか? 要するにこの問題について申し上げるならば。。。 >>出雲大社がなぜ一番高かったのか、ということを私が納得している >>範囲で話すのが一番いいかと思います。 そもそも。。。生眼さんは、一体どういう科学的(合理的)根拠によって、 東大寺創建当時(口遊当時ではありませんよ!)における出雲大社が「一 番高かった」とお考えなのでしょうか? これはどう考えても。。。何の科学的(合理的)根拠もない井沢さんの単 なる仮定でしかないんですよね(笑い) 科学的(合理的)根拠のない仮定に関して。。。井沢さんが世界の常識と やらを駆使(?)して解釈されたものですが。。。これで一体何を科学的 に納得されるのでしょうか?(笑い) 平安遷都についても同様ですが、これについても。。。 Title : 「霊」「霊の崇り」「霊の崇りの防止」。。。 Time : 2000/11/21(火) 00:21:25 Title : 怨霊生産努力。。。? Time : 2000/12/ 2(土) 10:56:13 において若干議論されたものですが。。。 >>それよりも血筋の違う天皇が作った都なんぞに居たくない、というのが >>本音だと思います。 それならば。。。聖武天皇の恭仁京遷都計画(それ以外にも紫香楽・難波 と宮都を転々としていますね。。)はどのように説明なさるのでしょうか? また桓武天皇の嫡子である平城天皇が奈良復都を計画したことは、どう説 明されますか? 失礼ながら、このような理解では。。。とてものことにこれらの歴史的事 実を整合的に説明することは出来ないと思いますが? なお血筋が違うと言う意味を。。。天武・天智非兄弟説というような馬鹿 げた=科学的(合理的)根拠に欠ける=トンデモ説的に解釈されるのはご 勘弁願いますね。。。(笑い) 歴史科学というものは。。。まず現在知りうる諸資料(文献史料だけでは ありません)による知識と検証の上に立って。。。それらを整合的に説明 しうる解釈を考察することから始まると思います。 そして現時点において、もっとも整合性が高い解釈をもって。。。史実( である蓋然性が高い)とみなすのですよね。。。これら諸資料の知識と検 証に欠ける考察は、如何なる意味でも「科学的」とはいえないのでは? もしよろしければ。。。「雲太、和ニ、京三」に関する私の議論をご一読 のうえで、さらに疑問点があればご遠慮なくご指摘願います。 Time : 2001/ 1/ 4(木) 22:08:56
Name : パンダ E-mail : Title : 泰衡については。。。 Comments: パンダです。Toshyさんへ。。。早速のレスでおそれいります。 私。。。特に奥州藤原家を酷評するつもりはないんですが(笑い) というか〜(笑い)最近の風潮としてチョット奥州藤原家の政治・軍事力が 過大評価されているような気がしているんです。 *おっしゃるように独立国家(民衆との連帯)にはほど遠いですね。。。 *傘下豪族との封建的主従関係も、さほどのことも無いようで(?) *秀衡時代においても防御施設を構える構想にも兵力にも欠けていた(?) *源平争乱時代においても、これに干渉すべき兵力は保有していない(?) *泰衡は凡庸であって頼朝の真意を読み切れていなかった(情報収集と分  析力が不充分であった)し、元々対抗能力(気概)もなかった。。。 で。。。中央抗争の間隙をぬって奥羽地方の盟主に成り上がり、産金・産 馬によって豊かな財政を築き、中尊寺や毛越寺といった素晴らしい宗教文 化を花開かせたものの。。。その政治・軍事的構造は、所詮かなり脆弱な ものでしかなかった。。。というところかと(笑い) (中途半端に義経を庇護したのが間違いのもとで、密かに北海道にでも落 ち延びさせるべきだったかも???) というところで。。。当主が敗走途中で恩賞目当ての部下に殺害され泡沫 の如く消え去った奥州藤原家と、不世出の英雄信長が覇王として絶頂期を むかえるところで、部下の不意打ちに倒れたものの曲がりなりにも明治ま で大名として命脈を保った織田家との比較は。。。何れも人の命の儚さで は差はありませんが。。。チョット(笑い) で。。。南無菩提奥州藤原泰衡 The end とさせて頂けますか? Time : 2001/ 1/ 5(金) 00:15:37
Name : 生眼 E-mail : Title : 知りませんでした Comments: 知りませんでした。 探し出して読みます。 Time : 2001/ 1/ 6(土) 02:10:34
Name : きんたろう E-mail : Title : 平氏の由来について Comments: こんばんは。 おめでとうございます^^ ちょうど話題になっている源平の頃の質問です。 「源氏」の姓の由来としては「朕と汝は同源なり」という話が言われていますよね^^ ところで一方の雄である「平氏」の場合はどうなのでしょうか?? 多分「平氏」の意味を示す由来があると思うのです。 ご存じの方がいらっしゃったら教えていただきたいと思っていますv(^o^) Time : 2001/ 1/ 6(土) 02:41:31
Name : Toshy E-mail : Title : 前九年・後三年の役についての前触れ? Comments: パンダさんおつかれ様です。平泉の栄華?についてはこれが最後です。 >奥州藤原家の政治・軍事力が過大評価されている まったくその通りだと思っています。 これはそもそも、奥州藤原氏が東北に一台独立王国を築いていたような錯覚を、 一部の歴史家が強調しすぎているためではないかと思います。 先にも書いた通り、藤原氏の奥羽における政権は、 決して朝廷から独立していたわけではないのですね。 事実平泉の藤原氏は、朝廷に対し膨大な量の砂金や良馬を継続的に贈っていますから、 従順ではあっても対等の交易をしていたとはとても思えんのです。 ちなみに私有地を拡大していたといっても、実際に管轄したのは奥羽二ヶ国ではなく、 平泉周辺程度ではなかったでしょうか。 ところで、なぜ >奥羽地方の盟主に成り上がった のか、をいろいろと考えてみたので、それは後日。 東北は京都からも遠く、独自性があるのは間違いないのですが、 だからといってここを強調すべきではないことを、この場で申し上げます。 生眼さん> がんばってください。 PS この議論の発端となったパンダさんの >余りにも不甲斐ないと思う は、わしに対する「さぐり」であることはわかっております。(笑) もともと、「もっと戦えるはずではないか」と思うこと自体が過大な評価ですよね。 Time : 2001/ 1/ 6(土) 22:29:12
Name : パンダ E-mail : Title : 前九年・後三年の役に期待。。。 Comments: パンダです。Toshyさんへ。。。 >>もともと、「もっと戦えるはずではないか」と思うこと自体が過大な評 >>価ですよね。 おっしゃるとおりかと。。。(笑い)ただ。。。 >>いや、滅ぼされた、という意味でです。藤原氏を買い被ってるため、も >>っとがんばってほしかったという気持ちが(笑) 贅六人の野次馬としては。。。どうせ滅ぼされるのであれば、散り際には 「長岡」や「会津中将」には及ばないまでも。。。せめて頼朝に一泡ふか せて奥羽人の意気地を示して欲しかったということでして。。。(笑い) それと。。。 >>すでに地方レベルながらも、奥州藤原氏による”武家政権”が出来ていた >>鎌倉幕府は、つまり、”奥州政権の後輩”であったといえるでしょう。 >>歴史において、藤原氏は失敗者であり頼朝は成功者です。奥州藤原氏 >>の”地方政権が天下を取るに至らなかった”のは、やり方が古いからでは >>なくて”時流に乗っていなかったから”です。 >>”藤原氏が敷いたレール”を頼朝が走った、それが鎌倉幕府でした。 ”XXX”の部分については。。。(蝦夷人?としてのお気持ちは分かり ますが)いささか奥州藤原家には荷が重すぎるのではなかろうかと感じた 次第でして。。。(笑い) ということで。。。次なる前九年・後三年の役についてのオタク話を、楽 しみにさせて頂きます。 生眼さんへ。。。 「雲太」については、話がアッチコッチしていて読み辛いですよね。 この話を蒸し返すつもりはありませんが、どうしても腑に落ちない部分が あれば。。。ご遠慮なくご指摘下さい。 因みに、井沢さんは奥州藤原氏についても。。。 >>言うまでもなく、中国やヨーロッパであれば、金色堂は破壊され焼却 >>されていたに違いない。・・・日本人の「敗者に対する優しさ」とは、 >>実は「怨霊に対する恐怖」でもある。 というように「宗教施設の破壊」に関する「世界の常識?」を前提として、 怨霊信仰に敷延されているようですが。。。要するにこういった在りもし ない「世界の常識」で歴史を解釈していては。。。なんですね(笑い) Time : 2001/ 1/ 7(日) 11:31:01
Name : ppp E-mail : Title : お見事!パンダさん Comments: 言霊だの怨霊だのと実証不可能なことで「歴史」を語ろうとする「作家」の 手法を苦々しく思いながらも、自分自身ではそれを検証するだけの知識を 持ちあわせない私のような人間にとって、パンダさんがここでなさっている ことは尊敬と称賛に値する行為です。これからも多くのことを学ばせてください。 井沢さんはあまりこの掲示板をご覧にならないんでしょうか。それともご覧に なってもパンダさんに反論できるだけの考察はなさっていないという事でしょうか。 井沢さんも初期の歴史空想小説(?)程度で止めとけばよかったのに、調子に 乗って「歴史」をカタリ始めちゃったのはマズカッタですよね。まあ、「売れりゃ それでいい。」ってだけのノリかもしれませんが。 少なくともこの掲示板をご覧になっている方々は、井沢氏の「歴史観」がその著書 を買うことに値するかどうかよーく考えてみるべきでしょう。書きゃイイってもん ではないし、売れりゃイイってもんでもナイと思うのは、曲がりなりにも「歴史」 を語る者としては当然必要とされる姿勢だと思いますが。 Time : 2001/ 1/ 9(火) 02:50:26
Name : Toshy E-mail : Title : 前九年の役 Comments: 奥州藤原氏の祖・藤原清衡の父藤原経清が登場する前九年の役について。 一般に安倍頼時(頼良)の「奥州独立運動」と解釈される戦いです。 後三年の役とともに「朝廷vs蝦夷」といわれますが、 まずはその誤解からとかなければなりません。 これまでの歴史の本では、源氏の戦闘についてのみ触れることが多く、 戦いの原因について言及するものが少ないのでここでご説明いたします。 「逆説の日本史5」p77 >1051年、安倍頼良は奥六郡の国境である衣川を越え、 >大和朝廷の本来の領域へ侵攻した。 >驚いた朝廷は源氏の頭領源頼義を陸奥守に任じ、現地に向かわせた。 >これが前九年の役と呼ばれる戦争の始まりだった。 >つまり、これは「俘囚軍対朝廷軍」の戦いであり、 >俘囚側から見れば独立戦争だったのだ。 ではありません。 確かに、安倍氏は独立のため衣川を越えて侵攻します。安倍氏は蝦夷人ではありましたが、 先に大和朝廷と戦ったアテルイ公と違い大和風の名をつけています。 さらに朝廷から奥六郡の司に任じられていました。 つまり安倍氏は大和国家の傘下に属する勢力でした。独立運動を起こす必然性は見つかりません。 一部では「重税と過酷な労役に反発」という仮説を立てる歴史家もいます。 確かに安倍氏蜂起の発端は、そのような大和に対する反感もあったのかもしれません。 しかし反乱を起こしてまもなく、陸奥守源頼義が北上すると軍を収め服従の姿勢を見せました。 もし独立戦争であれば、不利だとわかったからといって引き下がるとは思えません。 独立戦争というよりも個人的な戦いであった、と解釈すべきでしょう。 井沢氏は「役」という言葉から対外戦争の論を持ち出しました。 現実に対外戦争だと思っていたのは大和人であり、 別に安倍氏には、外国人であるという意識があったかというと、問題は別ですね。 第一、蝦夷には同一民族意識というものはそれほど強くなかったし、 (藤原経清の例を挙げる如く、大和人との混血も進んでいましたから) また安倍氏とて一族滅亡の危険を冒してまで独立する理由もありません。 おりしも突然「大赦令」がでて、安倍の謀反は許されることになりました。 朝廷への反抗、私有地拡大のための謀反の罪は、ここですべてなくなりました 安倍氏が朝廷の傘下にある事はここで証明されるでしょう。 ところがこの平和的解決を苦々しく思っていた人物がいました。 それは軍を率いてきた源頼義。源氏は、奥州に勢力圏を広げようと考えていました。 戦うべき理由を失った源氏は、なんとしても安倍氏を謀反に追い込もうと挑発します。 頼義の任期がきれる5年目。頼義は交代して陸奥を去らなければならないのですが、 彼は安倍氏に対し挑発行為を繰り返し、戦争に持ち込みました。 ぬれぎぬの罪をかぶせて貞任(さだとう)を殺そうとするに至った時、 初めて安倍氏は蜂起するわけです。 独立というロマンではなく、窮鼠猫をかむという程度の反乱でした。 この安倍氏の反乱によって解任は延期となり、彼らは陸奥にとどまりつづけることになりました。 安倍氏と源氏の戦いが膠着状態になった後、ふたたび朝廷による陸奥守解任の知らせが飛ぶと、 またも源氏は戦いを仕掛け安倍氏を滅ぼすまでに至るのでした。 このため朝廷としては、人事異動を撤回する羽目になるのです。 いってみれば、陸奥守という朝廷の公職を利用した源氏の私的な戦いに他なりません。 いってみれば「陸奥守を語る源氏の私戦」であり、朝廷と蝦夷の戦いとは程遠いものです。 朝廷にしてみれば、人事異動企画を2度までもつぶされ、源氏に対する不信を募らせていました。 後三年の役を「義家の私戦」と決めつけ褒美を与えなかったのはこのような伏線もあるといえるでしょう。 後三年の役について、p81で >戦争はしていたがあくまでも内紛であり私闘であるから、国家は介入する必要はない >これが朝廷側の論理だった。 これだけ読むと、源氏が「被害者」という書き方になっていますが、 現実に「私闘」以外のなにものでもありません。 朝廷としては、人事異動を2度までも取り消さなければならなかったため、 源氏に対する不快が表明されていたのですね。 義家解任の原因は、前九年の役からうずまいていました。 Time : 2001/ 1/ 9(火) 11:39:47
Name : パンダ E-mail : Title : 前九年の役。。。 Comments: パンダです。Toshyさんへ。。。 前九年の役についてのご意見。。。大筋において異論がありませんが、 それでは出来レース気味で面白味に欠けるので。。。敢えて(笑い) ご承知のとおり、前九年の役の端緒は。。。1050年に陸奥守藤原登任が、 朝廷の命により安倍頼良に貢納増額を求めたのに対して、頼良がこれを 拒否したことに始まりますね(?) 当時こういった例はけっこう各地で発生しているので、登任が巧く話を 付ければ良かったのですが。。。やはり蝦夷侮蔑意識があったのか。。。 秋田城介平重成とともに闇雲に武力討伐(?)に乗り出したのが間違い のもとで、逆に討たれてしまった。。。ようで(?) (頼良にすれば、独立戦争というような大仰なものではなく、一種の強 訴のつもりが思わぬ結果を招いてしまったというところでしょう。。。) しかし事情は兎も角として、陸奥守と秋田城介が討たれたとなると。。。 これは立派な反乱ですから、朝廷が戦争プロの源氏を投入したのも当然 でしょう。 一方、源頼義はこれを勢力拡大の絶好の機会として、勇躍赴任するので すが、頼良(頼義の名を憚って頼時と改名)はひたすら恭順の意を表し たので完全に肩すかしを食らってしまいます。 朝廷もこれを受けて大赦措置を取りますので、おっしゃるとおり本来は ここで奥羽両州静謐となった筈ですね。 ここからの戦乱は明らかに源頼義・義家の関東軍顔負けの謀略暴走で、 まさに安部氏としては「窮鼠猫をかむという程度の反乱」だったでしょ う。 で。。。本来であれば朝廷としては、公卿クラスの按察使でも派遣し、 新任国司を恫喝して追い返すような源氏の横暴を押さえるべきだったの でしょうが。。。これを放置しておいたのは無責任の誹りは免れないと ころでしょう。 (朝廷としても1056年藤原良綱の国守辞退の後、頼義を再任し頼時追討 宣旨を出した以上は、とても私戦とはいえないでしょうから。。。) ところで。。。源頼義・義家は、何故に謀略まで使って安部氏を滅ぼそ うとしたのか。。。勿論「俘囚軍対朝廷軍」というような無茶苦茶な理 解では話になりませんが。。。ただ単に私利私欲による奥州への勢力拡 大のためだったか。。。という問題があると思います。 私は。。。ここには当時の兵制の矛盾があったと思うのです。 というのは。。。当初源頼義が安部氏討伐に向かった時には、当然に関 東周辺の傘下武士団を動員したと思いますが。。。彼等は官軍とはいえ、 朝廷から戦費が支給された訳ではなく、実態としては源氏の傭(私)兵 に近いものだったと思われます。 従って、源頼義としては当然に戦費を含む恩賞を用意せねばなりません。 しかし単なる陸奥守では、黄金の分与位はあったにしても。。。それ以 上の給付を与えるような利権はありませんから、安部氏を滅ぼすことで 彼等の財産・収入を強奪分与しようとしたのではないでしょうか。 (この辺に公戦とも私戦とも言い難い、構造的矛盾もあったような。。) しかしながら、結局はこと志に反し清原氏の加勢を得ねば勝利はおぼつ かないところまで追い詰められ。。。一応勝利を得たとはいうものの、 清原氏に名利を奪われ、を怨念を残しつつスゴスゴと引き下がらざるを 得なかった。。。というところだと思うのです。 そしてこれが、後三年役の強引な干渉(これはおっしゃるとおり、何の 名分もない「私闘」そのものですし。。。朝廷も終始「私闘」と位置づ けていますね)にまで繋がって行き。。。ついには頼朝による奥州藤原 氏への非情な措置にまで及んだのでしょう(か)? Time : 2001/ 1/ 9(火) 23:58:11
Name : Toshy E-mail : Title : 下の文 Comments: ちと読み苦しいですが、ご堪忍ください。 これから「後三年」について考えてみます。 pppさん> 井沢氏のよいところは、素人にもわかりやすい言葉を使って書いているところです。 抽象的な言葉や生煮えの外国語を多用する論者(ね、名無しさん?!)と違い、 自分の意見が伝わりやすいようにしているところです。 もっとも誤謬をそのまま納得させてしまう点は怖いのですが(ワラ その点「ツッコミ甲斐」があるというものです。パンダさんもそんなお気持ちではないでしょうか(笑) ところで、鎌倉幕府のシステムについて、あれだけ素晴らしい論を展開した井沢氏にしては、 頼朝の「征夷大将軍」についてはほとんど触れていません。これを疑問に思うのはわしだけでしょうか。 頼朝はなぜ、征夷大将軍になったのか。 当時は「武家の頭領」としての地位でなかったことはおわかりですよね。 これもいずれ。 Time : 2001/ 1/10(水) 00:28:42
Name : 輔住 E-mail : Title : 頼朝と征夷大将軍に関する愚推 Comments: みなさん、お久しぶりです。 >頼朝はなぜ、征夷大将軍になったのか。 私なりに愚推してみると 征夷大将軍は対東北のために関東での徴兵権があったか そういうものをイメージさせたのではないでしょうか! そういうところが鎌倉幕府=東国の軍事政権というものと 印象が一致したからだと思います。 だから頼朝はほしがった(奥州藤原氏滅亡後も)。後白河は(義仲の時は別として) 頼朝から依頼があったときにそれに気づき認めなかった。 (頼朝がなったのは後白河の死後) あと、九州の大宰府長官と違って「関東長官」という感じの 役職がなかったこともあるとは思いますが。 Time : 2001/ 1/10(水) 22:28:33
Name : p E-mail : i Title : i Comments: q Time : 2001/ 1/10(水) 23:29:58
Name : 生眼 E-mail : Title : よくわかりません Comments: 掲示板の書かれている最後のほうから読んでみました。半分ぐらいです。 なんだか解ったような解らないような気分です。結局出雲大社はなんだ ったのでしょうか。全然画面が違って心苦しいのですが。 井沢氏の面白さは、怨霊と言霊という名刀で日本史をスッパリと 切って見せたところにあると思います。切り口が非常に面白い。 私の頭では掲示板の内容はこみいりすぎていて、よく理解できません。 それでも気になった所がありました。 出雲大社側が意図的に高さを隠していた可能性はなかったのか、という点と 出雲大社が高いのは必ずしも天に近づく意図ではない、と思う点です。 日本海側では、京都、福井県の若狭のあたりに、松上げ、あるいは松明上げと 称する祭りがあって、20mぐらいの高さのかご(?)に松明を放り上げて最初に 入った人を祝う祭りがあります。舞鶴では五年後に大祭があるようです。 海の近くで高さがあり、灯を点す。砂漠で塔を高くして灯を点すように、 灯台の役割もあったのではないか、と考えてしまいます。 中国ほどには天を恐れる気はなかつたのではないかと思います。 Time : 2001/ 1/11(木) 03:35:42
Name : パンダ E-mail : Title : 名刀か迷刀か。。。??? Comments: パンダです。生眼さんへ。。。 >>掲示板の書かれている最後のほうから読んでみました。半分ぐらいで >>す。なんだか解ったような解らないような気分です。 そりゃあ無理かも。。。ですね。最初から読んで頂ければ、何というこ とも無い問題なんですが。。。まずは東大寺大仏殿が建設された時に、 出雲大社よりも高かった? 低かった?(と信じられた?)を考えてみて 下さい。それは井沢さんを含めて誰にも分からない筈でしょう(笑い)。 >>海の近くで高さがあり、灯を点す。砂漠で塔を高くして灯を点すよう >>に、灯台の役割もあったのではないか、と考えてしまいます。 それで良いんです。或いは縄文期にまで遡るかもしれない巨木信仰の残 滓。。。外敵(客神=渡来人)に備えた望楼。。。灯台。。。オオクニ ヌシの怨霊鎮魂と決め付けなくともいろいろな可能性があるでしょう? 出雲(杵築)大社が本来オオクニヌシを祀ったものかどうかすら必ずし も明確ではない。。。熊野神社との上下関係もいろいろと考察せねばな らない。。。その高さがどの程度であったか。。。何に由来するものか 。。。に関しても時代に応じて様々に考えられる。。。こういった多面 的考察が大切であり、その中で諸資料に基づいて蓋然性を探っていく。 。。歴史考察とはそういうものなのですよね。 勇者ロトさんの次のHPに記述されていますのでご参照を。。。 http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/9796/menu.html (勇者ロトさん。。。勝手に引用させて頂いてスミマセン) それを。。。直ちにオオクニヌシの怨霊鎮魂に結びつけ、さらに東大寺 大仏殿が意図的に出雲大社より低く設計された(と信じられた)なんて、 何の根拠も無いことを主張し、さらに東大寺怨霊鎮魂(?)説にまで敷 延する。。。こういった議論は、確かに面白いかも知れませんが歴史科 学とは程遠いものなのです。 >>井沢氏の面白さは、怨霊と言霊という名刀で日本史をスッパリと切っ >>て見せたところにあると思います。 井沢さんの困ったところは、さまざまな多面的可能性を無視し、怨霊や 言霊という迷刀(?)で日本史を滅多やたらに切り刻んでしまったとこ ろにあると思いますよ(笑い)。 だから井沢説を信じる人にとっては、切り口が面白いかも知れませんが 多少でも日本史を勉強して井沢説を検証する人にとっては。。。ナゼ? ナンデ?ドウシテ?を繰り返さざるを得ないシロモノになっているんで す(笑い) Time : 2001/ 1/11(木) 22:52:29
Name : Toshy E-mail : Title :Comments: 輔住さん、対奥州藤原氏のために、と考えたのはさすがですね♪ まったく同じ考えです。 後日、義仲のことを含めた上で考えたいと思います。 平泉の寺が残った理由として「怨霊信仰」を出されていますが、 中国では成都に劉備をはじめとして蜀の功臣たちの像が奉られています。 井沢氏がよく使う「世界の常識」を盾にすると、 中国は日本ではない「世界」のひとつであるから、 蜀が滅んだ時点で司馬氏によって祠は焼かれ、像は捨てられるはず。 でもそれが残されているのは、蜀を滅ぼした晋がそれを守った、としか考えられませんね。 それに義経のくだりで怨霊信仰から来る「判官びいき」を論じていますが、 中国には虚像の英雄諸葛孔明があるではないですか? あれは間違いなく判官びいきですよ。 てことは、中国も怨霊信仰だったのでしょうか。 まったく無関係な疑問ですが、 「吾妻鏡」には伊豆有綱(源頼政の孫)を「義経の娘婿」としています。 有綱が処刑された時は義経30歳にもなっていないから、 娘がいたとしても4−5歳、年をくっていても10歳がせいぜい。 義経って実は、若武者ではなくて壮年の武将ではなかったでしょうか。 つまり頼朝の弟でも何でもなかった、ということで(ワラ) これはトンデモ説ということで飛ばしてやってください。 Time : 2001/ 1/12(金) 00:31:44
Name : パンダ E-mail : Title : 征夷大将軍。。。 Comments: パンダです。TOSHYさん、輔住さんへ。。。 >頼朝はなぜ、征夷大将軍になったのか。 おっしゃるとうりだと思いますが。。。敢えてツマラン蛇足です。 大江広元は奥州討伐の院宣が出ないため、出征を躊躇する頼朝に対し、 「軍中、将軍の令を聞きて天子の詔を聞かず」なんていう詭弁を弄して 出征を正当化し、これを促しますね。 ところが、この時には頼朝は(正規)将軍ですらありませんでした。お そらく「総守護」という地位を将軍と見なしたのでしょう。。。(?) そこで、後日院宣が日付を遡らせて届けられたことで、奥州征討が法的 に正当化されるわけです。 で。。。頼朝は後に右大将に任命されることで、正式にこの詭弁による 軍事行動権と幕府を開く法的根拠を得るのですが。。。一方では右大将 は内官ですから、本来は京に常駐することが必要となります。 これでは後白河法皇の手の内に入ってしまうことになり、鎌倉武士とい う最強の軍事集団から切り離されてしまいます。 その点で征夷大将軍であれば。。。大江理論によって軍事行動権(勿論 のこと徴兵権も)が独自判断でなしうることになり、さらに京常駐の義 務からも開放されます。(鎌倉武士達に対して。。。東国に常駐し京= 院や公家 と一線を画することを明確に示すことでもあります) これが。。。征夷大将軍に固執した理由ではないかと愚考します。 (おそらく、この場合は「征蝦夷」のみならず、「征四夷(夷蛮戎狄す なわち全ての逆賊)」にまで拡大された征夷大将軍でしょう。。。) Time : 2001/ 1/12(金) 00:32:17
Name : パンダ E-mail : Title : うっかり。。。 Comments: すみません。。。この部分はTOSHYさんのご意見未読の ままで、発信してしまいました。 Time : 2001/ 1/12(金) 00:43:17
Name : とんぼ E-mail : Title : 生眼さん、初めまして。 Comments: 過去ログをお読みになったのならば分かると思いますが、 私はパンダさんに−−失礼にも??−−アンフェアと発言した 井沢ファンの1人です。 誤解を招くと困りますが、私はパンダさんの井沢批判はフェアな部類だと 思っています。 どんなことかというと、 世の中に出回っている井沢批判というと、「心臓を一突きすれば、 日本刀で100人殺せる」とかいった非常にナンセンスな批判ばかりです。 (それじゃ、自慢にならないだろ??。。このボケ!!って言いたくなります) それと比べて、パンダさんの批判は傾聴すべき部分が多くみられます。 従って、生眼さんにとっても非常に有益なのではないかと思います。 しかしながら、 どなたかの。。(すみません、私の環境では読むことができないのです。。) 日本社会党に関する質問に対する、パンダさんの回答も読むべきだと思います。 パンダさんがどのようなフィルターを通して物事を理解しているのか、 よく分かる回答だったと思います。 一言でいえば、 パンダさんは頭が良過ぎて、凡人の理解することが理解できないのですヨ。 私から観れば、理屈上では、パンダさんの回答は頭では納得できても、 心底納得できるものではありません。 「逆説の日本史」は名刀か迷刀か? と問われれば、現時点では半々としか私は答えられません。 #「天武渡来人説」はちょっと信じ難いですし。。 しかしながら、 私は「逆説の日本史」にキラリと光るものを感じ、 ファンとなっている次第です。 「逆説の日本史」のようなマジメ本で100万部を売るというのは、非常に驚異で す。 購入した人のほとんどは、私のように歴史に無知な人間でしょうが、 トンデモばかりであれば、このようなヒットにはなりません。 共感する部分が多いからでしょう。 非凡人のパンダさんが理解できない事柄を凡人は理解できるのです。 パンダさんは自称素人ですが、 私のような実際の素人ですら、「逆説の日本史」には多くの不満を持っています。 (この掲示板では相手にしてくれる人がいませんでしたが。。) しかしながら、井沢先生の着眼の素晴らしさには常々感動しております。 まとまりのない文章でスミマセン。 最後に、パンダさんへ 個人的な感想ですので、そのように扱ってください。 Time : 2001/ 1/12(金) 00:50:13
Name : 生眼 E-mail : Title : お礼 Comments: パンダさん(私も皆さんのまねをしてそう呼ばせていただきます。) 丁寧な返事を有難う御座います。真摯な態度がおぼろげながら 浮かんできました。ズブの素人の私には物堅すぎるようにも 思えますが、立場があるのだと考えます。またいろいろ教えて ください。 とんぼさん( 同文 ) 始めまして。パンダさんのフィルターの文は私の機械では見つかり ませんでした。それでもおいおい解ってくると思っています。 いろいろおつきあいください。 Time : 2001/ 1/12(金) 04:03:26
Name : 腐儒 E-mail : Title : 個性と言う言葉が悪いのかも Comments: 以前の教育に関する議論を見て感じたのですが, 「個性」と言う言葉が悪いのかもしれませんね。 ただの個性ならばパモイドオキ神だって個性ですからね。 「才覚」を伸ばす教育と言いかえるべきではないでしょうか? 才覚ならば,社会の中でルールを守って生きていく上で役立つ一人一人に特有な能力の事ですから。 Time : 2001/ 1/12(金) 10:37:37
Name : 輔住 E-mail : Title : 義仲と後白河と征夷大将軍 Comments: パンダさん、Toshyさん >その点で征夷大将軍であれば。。。大江理論によって軍事行動権(勿論 >のこと徴兵権も)が独自判断でなしうることになり、さらに京常駐の義 >務からも開放されます。 それは十分ありえますね。 頼朝より数年前の時代、後白河が義仲を征夷大将軍に任じたのは 京都から早く出て敵と戦えという意味合いもあったらしいとか いう説を何かの本で読んだことがあります。 その時は後白河は「征夷大将軍」の意味合いにはあまり考えてなかったと 思っています。 Time : 2001/ 1/12(金) 17:31:33
Name : パンダ E-mail : Title : 日本社会党??? Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 >>個人的な感想ですので、そのように扱ってください。 はぁ〜い。。。私にとってはヒジョーに手厳しいご批判ですが、反省材料と して素直にお受けいたします。 >>どなたかの。。(すみません、私の環境では読むことができないのです。。) >>日本社会党に関する質問に対する、パンダさんの回答も読むべきだと思い >>ます。パンダさんがどのようなフィルターを通して物事を理解しているの >>か、よく分かる回答だったと思います。 これは。。。おそらく次のご質問に関してお答えした駄文ですね ? 単にこういった切り口もあるという程度の無責任なモノで。。。フィルター という程のモノではありませんが。。。再掲しておきます。 ********************************* Title : 率直な意見を聞かせてください。 Time : 2000/10/19(木) 00:56:07 パンダさんは「日本特有」という言葉があまり好きでないように見えますが (笑)、以下についてはどうなのでしょうか? [1] 自衛隊という軍隊を持っているという点では世界共通である。 [2] しかしながら「軍隊は不要である、敵が攻めてきたら捕虜になればいい」 (要するに、敵が攻めてきたら殺されたり・強姦されたりすればいいという ことですが)という政党が国会の100議席以上を占めていたことがある、 これは日本特有の現象かどうか? [3] しかもこの政党が政権を取り、自衛隊を認めた。つまり、「殺されてし まえ」という政策は全くのウソで、選挙に勝つ為に「殺されてしまえ」と主 張していたようなものですが、これは日本特有の現象かどうか? 率直な意見を聞かせてください。 ********************************* Title : 日本特有論。。。?? Time : 2000/10/20(金) 21:58:09 おっしゃるとおり、「日本特有」と言う言葉を使うのは、あまり好きではあり ません。 もちろんこの地球上に存在する各国家(民族)には、夫々の個性があることは 否定しませんし、その意味で日本(人)にも個性があるのは当然です。 ただ、その個性が本当に「日本(人)固有の特性」であるかどうかは、地球上 に存在する各国(民族)の地政的環境やその歴史等と充分比較して見る必要が あると思っています。 で。。。例として(これも、飛躍をし過ぎているかも知れませんが。。。)民 族が分断されたドイツとコリアを考えてみます。 ドイツ民主共和国は、本来は規律・勤勉・緻密で世界に鳴り響いたプロイセン の人達で構成された国です。 しかし僅か数十年の共産主義支配で、世界の笑い者になった「トライデント車」 を細々と作り続ける非生産的な国家になり、世界に轟く「ベンツ車」を作った ドイツ連邦共和国と、同一民族であったことが信じられないような怠惰・粗雑 の代名詞のような国民になってしまいましたね。 また朝鮮民主主義人民共和国は、おそらく現在(或いは歴史的にも)地球上に 存在する最も奇形的変態国家でしょう。それに比して大韓民国は、いろいろな 問題を抱えつつも、堂々と生産力を高め、先進国の一角を占めようとしていま す。 これも千年以上歴史を共にしてきた同一民族とは思えないような状況が生じて いますね。 おそらく日本(人)も分断国家になっていれば、同様の状況が生まれたかも知 れません。このことは、ドイツ人(特有)論やコリア人(特有)論。。。日本 人(特有)論を安易に語ることが、如何に虚しいものであるかを、雄弁に物語 るものだと思っています。 で。。。本題に移りますが。。。「軍隊=国防」に関して(さらに飛躍します が)言えば、敗戦に打ちひしがれた日本は精神的に社会主義陣営と自由主義陣 営の分断国家になっていたのかも知れないと思っています。 社会主義陣営からすれば、日本が社会主義国の力で「開放」されることが理想 ですから、当然にそれに対抗する「軍隊」は無用の存在だと言うことになりま す。 従って、占領下で制定された「憲法」を金科玉条とし、かつ国民の間に残る「 戦争=軍隊」アレルギーを精一杯利用して、これに反対するのは当然のことで す。 要するに「敵」が攻めてくれ、日本がその捕虜になる(社会主義国になる)の が彼等の理想だった訳です。 そう言った社会主義革命幻想に、戦争アレルギーの情緒的平和主義者や、反権 力主義者が巻き込まれ同調したのが「非武装中立論」だったのではないでしょ うか? 一方、自由主義陣営においても、社会主義陣営との最終対決(憲法改正)は国 内の混乱を招き、下手をすると社会主義国の直接介入をも引き起こしかねない ことからこれを回避し、なし崩し的に「軍隊」を強化してきた。。。 そういった状況のなかで、国民も馬鹿ではありませんから、国内両陣営の決定 的な対立を回避しつつも、社会主義陣営に一定の批判勢力以上の議席を与える ことなく、実質的に「武装自由主義陣営」の立場を強化することを容認してき た。。。これが現在の自衛隊の姿では無いでしょうか? ただ社会主義陣営においても、ハンガリー動乱の頃から本音では社会主義陣営 の危険性を察知し自主独立路線を取り始めますが、一旦振り上げた「非武装中 立」という拳を降ろしそびれていた(言うならば米国の軍事力の傘に守られ無 責任なダダを捏ねていた)。。。と言うところでは無いかと思います。 ですから、「政権政党」として責任が生じるや否や「軍隊=国防」容認論に鞍 替えし、閲兵式に臨む。。。と言ったところでしょう。 要するに、日本を巡る地政的(国際情勢)、歴史的状況から生じた特異な現象 ではあっても、見方を変えればなかなか味のある選択で、これを以て特に「日 本特有」と言ったものではないように思います。 Time : 2000/10/20(金) 21:58:09 *********************************** Time : 2001/ 1/13(土) 00:01:46
Name : Toshy E-mail : Title : 征夷大将軍 Comments: パンダさん、輔住さん、レスありがとうございます。 考えていたことを先に書かれましたが(笑) さて、まずは義仲が征夷大将軍になったことについてです。 義仲が征夷大将軍に任じられたのは、 「夷」は夷でも対北夷ではなくて対東夷のことだと考えられます。 つまり後白河上皇は義仲に、対頼朝戦の大義名分を (強制させられたとはいえ)与えたということでしょう。 頼朝としては、この征夷大将軍にこだわったのは1184年です。 1192年にこの地位を望みすぐに得たのではなくて、 輔住さんがおっしゃったように対奥州藤原氏を構想に入れてのことでした。 すでに平氏は範頼・義経に追いつめられ西国に退いています。 のこるは奥州の半独立国(?)だけが頼朝にとって脅威になっていました。 当時の藤原氏は安倍氏・清原氏に比べ強大であり(強大だといわれており)、 さらに鎮守府将軍の名によって豪族衆を統括していました。 朝廷の権威の下に軍を組織していました。 今の人にはわからないくらい、このような権威は重んじられた時代です。 ですから頼朝としては、この鎮守府将軍を上回る権威が必要となったのです。 そしてその征夷軍は大将軍の命令の下に動くものでなければなりません。 こうして征夷大将軍による軍編成を頼朝が望んだ、ということですね。 しかし頼朝は、1189年平泉の役の時にも、 征夷大将軍になることは出来ませんでした。 これには輔住さんがご指摘のように、 頼朝の野望を後白河上皇が見抜きその地位を与えなかったということですね。 義経も滅び、きちんと貢ぎ物を送ってくる平泉を滅ぼす理由なし、としました。 藤原氏を追討する時の待遇も、征夷大将軍というものではなくて、 一武将の不義を討つべく追討せよというにとどめただけであり、 征夷大将軍という朝廷の軍権とは程遠いものでしかなかったのです。 Time : 2001/ 1/13(土) 00:27:56
Name : 生眼 E-mail : Title : フィルター Comments: パンダさん、お手数をかけ申し訳ありません。おかげでフィルターの 様子がわかりました。とりたててフィルターと呼ぶほどでは無いと 思いました。また、駄文は謙遜だと思えます。 画面の途中に邪魔をして申し訳なく思っています。 Time : 2001/ 1/13(土) 01:54:43
Name : パンダ E-mail : Title : 近衛大将と征夷大将軍。。。 Comments: パンダです。Toshyさん、輔住さんへ。。。 少しニュアンスの差が生じてきたようですが。。。(笑い) >>頼朝より数年前の時代、後白河が義仲を征夷大将軍に任じたのは京都から >>早く出て敵と戦えという意味合いもあったらしい。。。 義仲が征夷大将軍に任じられたのは1184年1月8日ですが、その前年に十月宣 旨で頼朝に東海・東国の沙汰を委ね、12月には範頼(義経)の鎌倉軍が出発、 圧倒的な優勢の中で京に接近していた時期ですね。 そして1月21日には義仲はあっけなく敗死していますので、私はこの補任に は然程の意味があったとは思えないのです。。。(笑い) 法皇にしてみれば、狂暴な義仲を取り敢えず宥めておくための子供騙し程度 としか思ってなかったのでは。。。? (とっとと京から出て行け。。。という諧謔があったかも知れませんが) で。。。頼朝が征夷大将軍補任を求めたのは、みなさんがおっしゃるように 奥州藤原氏征討の意味もあったと思いますが。。。法皇とすれば一種の「以 夷制夷」政策によって頼朝を牽制する必要があり、むしろ奥州勢力の保全を 意図し、これに抵抗を示したものと思われます。 ところが、頼朝は1189年7月に「コン外の任」等という詭弁を弄して、サッサ ト奥州征討(藤原家滅亡)の既成事実を作ってしまい、法皇もやむなくこれ を追認しますね。(これによって法皇の意図は瓦解してしまいます) さて。。。これにより頼朝は奥羽を完全に制圧し、両国管領を奉請しますが、 それでもなお征夷大将軍補任を求めますね。。。これをどう考えるかなので すが。。。 私は。。。少なくともこれ以降は征夷大将軍補任の意味は変質したのではな いかと思うんです。とぃう〜か、もともと単なる奥州征討問題以上の意味が あったのかも。。。なのです(笑い) もともと征夷大将軍という官職は、臨時武官ですが。。。近衛中将相当官( 官位でいえば従四位下程度)であって、既に1185年に大臣クラスの従二位、 1190年には正二位となっている頼朝には似つかわしくない官職です。 従って奥州制圧の翌年1190年の上洛時に権大納言・右近衛大将(正〜従三位 相当)に補任されているのが、官制秩序からむしろ妥当なところでしょう。 しかし彼は間もなくこれを辞任し、あくまでも征夷大将軍を求めるのですか ら、やはり奥州問題とは別の意味も考えるべきかと(法皇もその真意を察し ていた)。。。さらに法皇崩御後の1192年7月に征夷大将軍補任を受けたに も関わらず、1194年にいたって辞任を求めたのは(?)。。。やはりこの辺 りのご考察も是非お願いしたいところでして。。。 Time : 2001/ 1/13(土) 18:51:05
Name : とんぼ E-mail : Title : フィルター Comments: パンダさん、ありがとうございました。 アンド感想しか述べられなくてスミマセン!! 「駄文」であれだけ書けるとは。。サスガです。 生眼さんがたいしたことないとおっしゃるならば、 これ以上、何もいいません。 それから、日本社会党という、 非常にユニークな組織にかんする歴史談義も期待してます。 Time : 2001/ 1/13(土) 21:41:56
Name : 名無しさん@某国 E-mail : Title : ヲイTOSHY氏 Comments: 私に話を振るなって(ワラ それにしてもパンダさんとの対決はおもしろい。 自分の意見を否定されただけでスネて悪態を吐いた厨房とは大違いだね。 互いに認め合っているんでしょうなあ。 生眼さんやとんぼさんの態度もお見事!コンゴを気体しています。 Time : 2001/ 1/14(日) 11:06:01
Name : パンダ E-mail : Title : 「夷」の意味。。。 Comments: パンダです。チョット補足です。 >この場合は「征蝦夷」のみならず、「征四夷(夷蛮戎狄すなわち全ての逆 >賊)」にまで拡大された征夷大将軍でしょう。。。) byパンダ Time : 2001/ 1/12(金) 00:32:17 この部分について。。。(身内から)少し分かり難いという意見がありま したので。。。ご説明しておきます。 本来、チャイナの中華思想において「夷」という言葉の意味するところは、 「東夷・南蛮・西戎・北狄」の「東夷」です。 我国においてもこれを取り入れ、畿内からほぼ東に位置する「エミシ」を 重ね合わせて「蝦夷=東夷」とします。ですから「征夷大将軍」という場 合は、TOSHYさんがおっしゃったとおり「蝦夷=東夷」を征討する大 将軍を意味します。(出羽に関しては「北狄」に重ねあわせて「鎮狄将軍」 という名称を与えたこともあります。) ところが。。。一方では「夷狄」という言葉がありますが、これは最初の 「東夷」から最後の「北狄」までの全ての周辺異民族の総称を意味します。 さらに「四夷」という場合は。。。「夷」をもって周辺異民族を表すこと となり、「夷蛮戎狄」全てを総称することになります。 例えば。。。後世に「尊皇攘夷」とい場合の「夷」はこの用法ですから、 単に「東夷」ではなく「四夷=夷蛮戎狄=全ての敵対異民族」を攘ち払う ことを意味するのですね。 そこで「征夷大将軍」の「夷」について。。。確かに本来は「東夷」だっ たのですが、上記のように「四夷」に拡大解釈することも可能だったわけ です。 頼朝が奥州制圧後も「征夷大将軍」に執着したのは、おそらくこの「四夷」 さらには「全敵対者」という意味に拡大された「征夷大将軍」ではなかっ たのか。。。ということなのです。 こう考えれば。。。「征夷」は「征 全敵対者」となり、「征夷大将軍」は 形式的に天皇制の枠内において。。。実質的に天皇制から距離を置いた全 国武家政権の支配者に相応しい名称になる(法皇はこれを察し、忌避しょ うとした)のでは。。。というなのですが、如何なものでしょうか(笑い) Time : 2001/ 1/14(日) 11:22:42
Name : パンダ E-mail : Title : 「平氏」の由来。。。 Comments: パンダです。きんたろうさんへ。。。レスが入らないようなので以下。。。 平氏の由来にいてはあまり確定的な説はないようですが。。。平安京の「平」 の訓読みによるとする意見を見たことがあります。 (根拠は明示されていませんでしたし。。。面白くも可笑しくもないですね) なお、一般的には皇族賜姓として「源」「平」は、並列的に扱われています が、基本的には皇子賜姓は「源」であって。。。「平」は皇孫(王)に対する 例外的なもののようですね。 因みに「平」賜姓は。。。桓武・仁明・文徳・光孝の四流のみ。 「源」賜姓は。。。。。。嵯峨・仁明・文徳・清和・陽成・光孝・宇多・ 醍醐・村上・冷泉・花山・三条・後三条・順徳・ 後嵯峨・後深草・亀山・後二条・後醍醐・正親町 の二十流とされています。(異説あり) なお、清和源氏は清和天皇貞純親王の後裔とされていますが、本当は陽成 天皇元平親王の後裔ではないか(つまり経基王の父がどちらか?)とする 。。。清和源氏論争(源頼信の石清水願文による)があるのは、ご承知の とおりです。 Time : 2001/ 1/14(日) 21:35:42
Name : ペンネームK E-mail : Title : 皇族賜姓その他 Comments: 皇族の姓については、根本になぜ天皇家の姓が無いのかという疑問があります。 これはかなりの難問でしょう。 姓という概念は欧米のファミリーネームと微妙に違います。 「姓」自体は中国生まれの概念ですが、 日本で使われる「姓」は、中国や朝鮮半島の「儒教」的なものと かなり違います。 昔、源平藤橘という言葉がありました。 源氏、平氏、藤原氏、橘氏の4氏を示すものですが、 30代敏達天皇から別れた筈の橘氏は奈良時代から平安時代初頭に ちょこっと羽振りが良かっただけで、やがて没落します。 源氏を始めたのは井沢先生もコメントしているように 52代の嵯峨天皇ですが、これには財政面の事情もあったようです。 皇族への賜姓はこれまで議論があったとおり、源、平が主流ですが、 他にも桓武天皇の子に良峰安世がいたり、他にも清原氏、在原氏など 賜姓の例は見受けられます。 しかし唯一の例外(?)を除き、平安時代中期以降は、 皇族が臣下に下る時には全て源氏になっていきます。 とはいえ、62代村上天皇から分かれた村上源氏以降は、 江戸時代の正親町源氏の広幡家が公家として残った他は ぱっとせずに消えていきます。 因みに先述した唯一の例外とは、後陽成天皇の皇子で、 江戸時代初期に母の実家である近衛家を相続した近衛信尋と、 その弟でやはり摂関家の一条家を相続した一条昭良のことです。 言うまでもなく、戦前の首相だった近衛文麿は信尋の直系の子孫です。 臣下に下らず、宮家として分家(?)したものもあります。 平安時代末期、あまり言われていませんが、 天皇家は藤原摂関家に匹敵する大荘園主でした。 その巨大な財産は天皇家本家だけでなく、皇子達にも分け与えられていました。 南北朝の頃に、先に崩御された香淳皇后こと良子女王を輩出した伏見宮家が 分立し、結果的に皇統を補弼したことから、安土桃山時代から江戸時代にかけて 伏見、八条、高松、閑院の4家が並び立ち、明治維新の頃に子沢山だった 伏見宮家から数多く分家して現在に至っています。 夷は、人と弓とが合わさってできたとされており、 中国の周王朝の時代、東方に残っていた「まつろわぬ」異民族を示した 言葉です。これらはやがて、春秋の諸侯だった斉や呉や宋や楚といった 国により淘汰され、春秋末期には姿を消していきます。 この概念が後の日本に輸入され、大和朝廷では、当時勢力外であった関東より 東の勢力を総称して夷と呼び、勢力拡大に努めました。 桓武天皇に至り征夷大将軍という形で大々的に軍事侵攻を始め、 東北地方の大半を勢力下に治めました。 ここでいう夷とは「東方の異民族」というより、「まつろわぬ者」という 意味合いの方が強いのです。 そのため、武家の棟梁の称号として定着したのでしょう。 Time : 2001/ 1/14(日) 22:27:37
Name : パンダ E-mail : Title : 「東夷」と「征夷」。。。 Comments: パンダです。ペンネームKさん(はじめまして?)へ。。。 >>皇族の姓については、根本になぜ天皇家の姓が無いのかという疑問があり >>ます。これはかなりの難問でしょう。 私は、チャイナ以外のアジア民族にはもともとチャイナ的「姓」はなかった (北方民族には現在でも「姓」をもたない民族は珍しくありません)。。。 日本における「姓」は、大王(天皇)家との関係を示すために使用されたも のだと思っていますので。。。天皇家に姓がないのは別に疑問とはおもって いないんですが。。。(笑い) これについては、ここでは深入りするつもりはありません。ただ。。。 >>夷は、人と弓とが合わさってできたとされており、中国の周王朝の時代、 >>東方に残っていた「まつろわぬ」異民族を示した言葉です。これらはやが >>て、春秋の諸侯だった斉や呉や宋や楚といった国により淘汰され、春秋末 >>期には姿を消していきます。 これでは「魏志」等における「東夷伝」という表現は、説明出来ないような 気がしますが。。。? >>ここでいう夷とは「東方の異民族」というより、「まつろわぬ者」という >>意味合いの方が強いのです。そのため、武家の棟梁の称号として定着した >>のでしょう。 この意味がチョット良く分かりません。「蝦夷」「征夷」「鎮狄」という表 現には、やはり異民族(もちろん「まつらわぬ者」でもあります)というニ ュアンスがありますし。。。ここで議論しているのは。。。何故に「征夷大 将軍」が「武家の棟梁の称号」となったのか。。。なのですよね(笑い) Time : 2001/ 1/15(月) 00:31:06
Name : 生眼 E-mail : Title : 気になる事 Comments: パンダさんへ。 チャイナという言葉をお使いになる意味を教えてください。 すでに了解ずみでしたら、お手数をわづらわせます。 なぜ、中華を使わないのか、意味深に思えましたので 悪しからず。どうぞよろしく。 Time : 2001/ 1/16(火) 04:09:59
Name : sasaki E-mail : Title : 淡路さんは? Comments: 以前、ここの主だった淡路さんはどうしたのでしょうか? 心配だなぁ・・・ ひょっとして自分のページを作ったのかな? 知っている方教えてください Time : 2001/ 1/16(火) 08:58:13
Name : きんたろう E-mail : Title : パンダさん Comments: レスを有り難うございました(^o^) 書いた本人もすっかり忘れていました(^^ゞ) 私も平安京の「平」の訓読みによるとする意見を見たことがあります。 そこにも同じように書かれてありました??はず 「謎」は色々なところにあるものだと思いました、笑 >一般的には皇族賜姓として「源」「平」は、並列的に扱われていますが、基本的 >には皇子賜姓は「源」であって。。。「平」は皇孫(王)に対する例外的なものの>ようですね 確かにそうですよね、さすがにパンダさんですね。 なるほどと思いました^^ 「平」本来の意味としては「源」よりも一段下のランクという事になるのでしょうね?? 「源」さんといえばシドニーオリンピックで活躍された女性がいましたね(^o^) ひょっとしたら彼女は末裔なのでしょうか??^^ 清和源氏論争についてですが、陽成天皇の不人気に原因のかなりの部分があるので はないかと思っています。 私には「ようぜい」という発音からは隋の「ようだい」がイメージされてきます(^-^)/ Time : 2001/ 1/16(火) 22:05:18
Name : パンダ E-mail : Title : 平平合戦。。。??? Comments: パンダです。きんたろうさんへ。。。 >>「平」本来の意味としては「源」よりも一段下のランクという事になる。。 う〜ん。。。或いは。。。ですね。しかし経基王が「平」を賜姓されてい れば、後世には平平合戦。。。これはチョット締まらない(笑い) >>ひょっとしたら彼女は末裔なのでしょうか??^^ はて?? 源家の家風としては、「源」を名乗るのは宗家だけの筈ですか ら「足利」「徳川」の世で「源」を名乗るのはかなりヤバイかも(笑い) 屋号では「丸源」とか「山源」とか結構自由に使われていますので、そっ ちの方では。。。(笑い) >>陽成天皇の不人気に原因のかなりの部分があるのではないかと思ってい >>ます。 そうですね。。。しかし元平親王説は、かなり信憑性があると思うのです が、ほとんどの参考書では貞純親王説を自明のこととしているようですね 。。。一度本格的に掘り下げて見られませんか? (私には能力的にチョット歯が立たないようなので。。。) >>私には「ようぜい」という発音からは隋の「ようだい」がイメージされ >>てきます(^-^)/ なるほど。。。ただ「陽」は佳字、「煬」はどちらかといえば悪字(笑い) 生眼さんへ。。。 おっしゃるように、意識的に使っています。 「中華」「中国」という言葉には、チャイナ的エスノセントリズム(中華 思想)の臭いがありますので、地理的・歴史的には世界共通語のチャイナ が妥当かと。。。(ヤヤコシイ。。。笑い) ただ「シナ」は当事者が逆に日本的エスノセントリズムを感じ(?)て嫌 だといっておられるので、敢えて使用しないのがマナーってもんで。。。 (コレモヤヤコシイ。。。笑い) ドッチャデモ良いじゃん。。。と思われるでしょうが。。。 大王(天皇)家に姓がないのは不思議だ。。。というような議論は、チャ イナ的エスノセントリズムの錯覚によるもので。。。もともと家族制度も 婚姻形態も異なる(基層文化が異なる)二国間で、氏姓の在り方が違うの は当然なのです。むしろコリアが新羅統一時代にチャイナ文化を全面的に 受容し、王家ですらチャイナ的「姓」を受け入れた。。。のが例外的とい うべきものかと。。。(笑い) sasakiさんへ。。。お伝えしておきます。 Time : 2001/ 1/16(火) 23:58:18
Name : ペンネームK E-mail : Title : 私なりに、ちこっとだけですが考えました Comments: パンダ様へ 早速のお答えに感謝の意を表します。 正直、手元に資料が何もないまま 文書を作成しましたので、 勘違いや舌足らずな部分や打ち損じがあったと思います。 私なりに以下のようにまとめ直しました。 まず先に、質問にありました パンダさんが「チャイナ」を使う理由については、 「中国」「中華」という表現を使わないことにより 「中華思想」というものとの混同を敢えて避けている ためだと思いましたが、やはりそうだったようです。 @天皇の「姓」について: 説明不足でした。 厳密な意味でのファミリーネームを持たない民族は 世界に多くというより、そちらの方が 人口ではなく、数では多いでしょう。 (統計を取っていませんので知りませんが) ファミリーネームの発祥については 代表的ないわゆる印欧語族と中華民族という2つから考え、 その上で日本はどうだったのかを 見つめるのがいいかもしれません。 「姓」という字は当然ながら中国の生まれであり、 元は字の如く、生まれを同じくする者の集団という意味合いです。 伝説上の天子である「黄帝」には25人の子があり、 彼らに14の姓を賜ったとされています。 一方で黄帝にも軒轅(けんえん)という姓があったとされています。 この「黄帝」伝説は周王朝の頃に確立されたとされていますが、 この周王朝も「姫」という姓がありました。 ちょうど中国の戦国時代に、周王朝に代わる 新しい王朝を諸侯が「勝手に」開いた時に それを正当化する理論の一環として、 天命により王朝の姓が革まる、つまり王朝が交代するという含みで 孟子などにより「易姓革命」という言葉が使われました。 中国というより儒教の世界では 少なくとも建前上は「姓」は勝手に変えられません。 姓を与えることができるのは天子のみの特権です。 しかし現実には姓だけでは成り立たず、 姓から「氏」が分立していきます。 日本では姓は元々、「かばね」という、 いわば職能による集団分けで使われたとされています。 いわゆる氏姓制度というやつです。 しかし時代が過ぎ、「かばね」という概念が 時代にそぐわなくなってから、氏と姓とが混同してしまい、 そのまま現代に至っているという感じです。 賜姓という言葉があります。 有名なところでは豊臣秀吉の「豊臣」が 時の後陽成天皇から賜った姓です。 しかし秀吉は豊臣「氏」です。 これは恐らく、中国で姓を賜るのが天子だけの特権であり、 日本における天子、つまり天皇から姓を賜るということで ごっちゃになってしまった、あるいは敢えてそうした ものだと思います。 回り道になりました。 日本ではなぜ天皇のみ「姓」を持たないのでしょうか。 元々ファミリーネームを持たない民族という説明は 充分に考えられます。 では天皇家以外の臣下はなぜファミリーネームを名乗るのでしょうか。 いや、飛鳥時代より前の天皇家は、 例えば28代宣化天皇や30代敏達天皇の系統は 「息長氏族」と表現されることがあります。 天皇家にも昔はあったのかもしれまでん。 そうだとすれば、なぜ「姓」を捨てたのでしょう。 「出自」がバレるから? 未熟なゆえ結論ははっきり分かりませんが、 「易姓革命」と天皇家の「万世一系」とが相反する概念であることと それは無関係ではないでしょう。 A夷について: 「夷」という字は、日本では (主に東方の)異民族という意味合いの他に(派生して?) 万葉集等で「辺鄙」「田舎」というニュアンスで 使われている事例があります。 しかし桓武天皇が坂上田村麻呂を「征夷大将軍」に任じた 目的等を考えると、 「辺鄙」「田舎」というニュアンスは的外れな感じがします。 白川静先生の「字統」によれば、「夷」という字は 「説文」で大弓を引く者という意味を載せているのに対し、 それは後世のこじつけだとしており、 腰を屈めて座る者のことではないかとしています。 また「尸」(元は死体を並べるの意味)との関連も言及しており、 (弓を)並べ連ねるというニュアンスについても触れています。 ところで中国の戦国時代(ちょうど孔子サマの亡くなった直後の時代)に 編纂されたとされる「春秋」「春秋左氏伝」などでは、 「夷」は主に、今の山東省から安徽省辺りの淮水流域に雑居していた 周王朝に服属していない異民族を指して使われています。 周王朝を無視して王を称した長江流域の楚では 「我は南蛮であり周王に憚るところがない」 と豪語したと伝えています。 「東夷」「北狄」「西胡」「南蛮」などという表現は、 いずれも「天子」のいる「中華」に属しない勢力を示すものです。 弥生時代の邪馬台国は、俗に言う「魏志倭人伝」、正確には 「三国志」(演義でなく)のうちの「魏志」の「東夷伝」に記されています。 これは簡単に言うと「中華思想」というやつです。 振り返って、「征夷大将軍」という言葉は単純に考えると、 夷を征する大将軍のことであり、 征するとは「行って正す」という意味です。 ここには自らを中華とし、「中華の色に染めることが正しい」という ニュアンスが込められています。 先に「まつろわぬ者を」と表現したのはこの意味です。 中華思想そのものの存在は日本にも早くから知られていました。 「奴国王」「倭王」などが中国の歴史書に頻繁に出ていますが、 これらはいわゆる「朝貢貿易」の存在を示すものです。 しかし日本がそれを採用した、つまり自らを「中華」と 見なしたのは、中国の「皇帝」に対抗して 「大王」が「天皇」の称号を採用したのと同時である筈です。 それは間違いなく、有名な「日出づる国の天子、日没する国の天子に 書を致す。恙なきや云々」という文面を隋の煬帝に送りつけた 推古天皇・聖徳太子の頃でしょう。 記録上、「征夷大将軍」は桓武天皇の頃、紀元797年に坂上田村麻呂が 任命されたのが始まりですが、 その前段として、紀元791年に大友弟麻呂が「征夷大使」に任命され、 同副使となった坂上田村麻呂と共に蝦夷征伐を行っています。 ではなぜ、「征夷大将軍」は平安時代まで出現しなかったのでしょう。 奈良時代から朝廷と蝦夷との争いはあり、 奈良時代初期に蝦夷対策として「鎮守府」が設置され、 そこには「鎮守府将軍」という最高司令官がいました。 では、この「鎮守府将軍」と「征夷大将軍」とでは何が違うのでしょうか。 「守」つまり守勢と「征」つまり攻勢の違いというのは あるかもしれませんが、 何か屁理屈というより、本末転倒のように感じられます。 また意外かもしれませんが、「征夷」という熟語は中国の記録に残されておらず、 おそらく、「征夷大使」の時が初出ではないかと思います。 ごく単純に蝦「夷」を「征」伐するのだという考えもあるでしょうが、 それならばそれで、なぜそもそも「蝦夷」という当て字が使われたのか、 そして「鎮守府将軍」から「征夷大将軍」になったのかの 説明が困難だと思います。 敢えて「夷」字を用いたのは、やはり中華思想によるものだと思います。 東洋史学者の平勢隆郎氏は、以下のような興味深い見解を示しています。 隋の頃には東北に高句麗という強敵がありましたので、 日本は中国大陸に対して強気の態度がとれたのですが、 やがて唐が興り、高句麗を滅ぼして朝鮮半島まで勢威が及ぶようになり、 更に唐の高宗が「天皇」と称するようになると、 日本は唐に対し天皇と名乗らず(名乗れず)、スメラミコトとして国書を渡し、 唐では日本国王スメラミコトとして受理するといった、 まさに玉虫色的な外交をしています。 ちょうど中国の前漢王朝に対し、地方政権だった南越が建前上は遠慮しながらも、 事実上帝号を称して意識上は対抗したという故事を思わせます。 そんな中で自らの「中華」を強烈にアピールする「征夷大将軍」は たとい必要でも設置できなかったでしょう。 安史の乱で世界帝国の唐が衰えたのが奈良時代末期でした。 桓武天皇が即位した頃には中国東北に渤海国が興っており、 また西や北方にも異民族の影が見えています。 桓武天皇の時に初めて「征夷大将軍」という 非常に中華思想的な名をもつポストが設置されたのは そういった東アジア情勢が背景にあると思います。 さて平安時代に、この「征夷大将軍」という非常任のポストを 拝命した人物は、厳密に言えば坂上田村麻呂と木曽義仲だけです。 坂上田村麻呂の他には藤原忠文が平将門の乱の時に「征東大将軍」に、 その直後に起こった藤原純友の乱に「征西大将軍」に任じられていますが、 「中華」の中だったせいか、「征夷大将軍」ではありませんでした。 中華思想的であることと軍事の全権委任であることから、 ポストが設置されるための「形」が求められたためでしょう。 思わず「軍事の全権委任」としましたが、この時代は 国家の正規軍は存在していません。 むしろ朝廷公認の軍事最高司令官(?)という感じでしょう。 しかしこの論理だけでは、指摘の通り右大将になり事実上幕府を開いていた 源頼朝に征夷大将軍のポストが与えられたことの 説明にはなっていません。 その時には「夷」である筈の奥州藤原氏は滅んでいました。 また、木曽義仲に与えられた(というより木曽義仲が望んだ) 理由もわかりません。 となると、考えられる1つは、 平安時代のたるんだ世界で、「夷」を征する機会が無いうちに、 中華思想的な要素が薄くなり、 また坂上田村麻呂以降に後任者が出なかったことから、 むしろ坂上田村麻呂の栄誉と重ね合わせて、 武門の最高級の名誉職(現在の「実権が無い」の意味ではなく)と 化していたのではないかということです。 「夷」を征する格好であった源頼義もその子の義家も 家柄も良く武将として優れていたにも拘わらず、 源氏の勢力拡大を嫌った朝廷の意向により、 鎮守府将軍にはなったものの、 征夷大将軍の肩書きは与えられませんでした。 因みに、この「鎮守府将軍」というポストは、 鎌倉幕府を滅ぼした後醍醐天皇が復活させました。 後醍醐天皇は幕府を連想させる「征夷大将軍」を嫌い、 「征夷大将軍」ポストを求めた足利尊氏にではなく、 我が子の護良親王や近臣の北畠親房の子の顕家に与えています。 日本で独自の「中華思想」が確立されたため、 公権力は形式的にその傘下に入ることを余儀なくされます。 地位からいえば、左右の大将の方が征夷大将軍よりも高位ですが、 左右の大将は、摂政関白や大臣になる公家の「飾り」のポストとして 事実上形骸化していました。 結果として武門の棟梁は、それを示す朝廷のポストとして定着化した 「征夷大将軍」の称号を求めたのでしょう。 この「中華思想」を、本場中国の「中華思想」を利用して打破しようと したのが、あの足利義満の陰謀だったと思います。 またもう1つ、「中華思想」を語る際には 核となる「天子」の存在が重要になります。 当時の日本では「天子」というより 「治天の君」という表現が使われていました。 代々の「治天の君」が、「夷」を「征」する形に出くわさなかったこと、 出くわしてもそのポストを与えたくなかったこと、 そういったことが連なって源平争乱の時期まで来て、 そんな中で特異の「治天の君」であった後白河院が登場します。 木曽義仲や源頼朝について語るには、 この後白河院の存在なしにはいかないでしょう。 あと最後に、この「征夷大将軍」ポストについては、 源氏しかなれないという変な習慣があります。 確かに鎌倉将軍は源氏がなりましたが、 3代実朝が鶴ヶ丘八幡宮で暗殺された後には、 頼朝の姉だか妹だかの曾孫に当たる九条頼経という藤原摂関家の幼児が 京都から連れてこられ、将軍となりました。 この「藤原」将軍2代の後は、天皇家から4代の「親王」将軍が続きました。 親王将軍は広義に「源氏」と見なしても、 これだけではなぜ「源氏」かということが分かりません。 そのため、これまでは、源氏嫡流が滅んだ後はその「代役」を足利氏が果たし、 それが足利氏が新たに幕府を開くことの遠因になったとする説明が しばしばなされていました。 しかしこの説は何か「苦しい」感じがします。 因みに鎌倉以降、形式的には、「源氏」の氏長者は、村上源氏の嫡流である 公家の久我(こが)家が代々なっています。 江戸時代初期には、この久我家の当主だった久我晴通と徳川将軍とが 源氏の氏長者の地位を巡って争ったという話も聞いた覚えがあります。 この久我家は、大姫の問題を巡り源頼朝と九条兼実との間を引き裂き、 朝廷から幕府勢力を一掃させた土御門通親の直系の子孫で、 岩倉具視を輩出した岩倉家や先述の北畠家の本家筋に当たり、 女優の久我美子などを輩出しています。 「征夷大将軍=源氏」という論理が戦国時代以降のものならば、 やはり単純に、鎌倉(の最初3代+α)と室町で源氏が務めたから 源氏の出身者でなくては…、というだけのことかもしれません。 また、そのころ流行ったとされる、 「源平交代論」とも関係するかもしれません。 以上、答えになっていないかもしれませんが、 思ったことを綴りました。 Time : 2001/ 1/17(水) 00:15:04
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : 真実の提議。漢印欧共通基語の証明。 Comments: 英語(印欧語)の語源(印欧祖語)と漢字(語)は、同音同義で同源です。 ですから、 ★英語(印欧語)は、同音同義の漢字で表記できます。 漢字を理解できるものにとって、 世界の言葉は、同音同義の漢字に正しく表記しなおして 理解することができます。 この事を30年前に解明し証明できたのですが、 天動説の世における地動説のように、世に広く知らせる事ができません。 権威による支援がなければ、真実も世に受け入れられません。 私の手元にある証拠を、みれば一目瞭然なのですが・・・・。 ★自分の心を持ち、自分で考えることができる方なら、わかるというものです。 ホームページに載せてありますし、国会図書館に納本してありますが、 (私の説明を必要とする)資料集というまとめ方に成っています。 CD-ROMにも作成中です。 日本発の世紀の発見なのに、・・・・・。 どなたか、洞察力をお持ちの方、ご支援をお願いします。 http://www.aiwa-cupid.com をご覧下さい。 井沢さんも、ぜひ、お考え下さい。 漢字と英語の同源という真実を、世に問うてください。 漢字と英語が同源である事を、歴史に呼び戻してください。 証明する根拠は、充分にそろっています。 渡部昇一氏も講談社現代新書の英語の語源という本で提議されていますが、 私は、渡部氏の数百倍のレベルで申し上げているのです。 みなさんの心と頭で、HPをごらんくださり、疑問のことは、お尋ねください。 こんなこと、簡単に真偽が解かる筈なのに、 洗脳と思いこみが、阻害となっているだけです。 これが、大きい・・・・。 賢者になかなか巡り会えないでいます・・・・・・・・・・・・・。 Time : 2001/ 1/17(水) 17:19:31
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : 真実の提議。漢印欧共通基語の証明。 Comments: 英語(印欧語)の語源(印欧祖語)と漢字(語)は、同音同義で同源です。 ですから、 ★英語(印欧語)は、同音同義の漢字で表記できます。 漢字を理解できるものにとって、 世界の言葉は、同音同義の漢字に正しく表記しなおして 理解することができます。 この事を30年前に解明し証明できたのですが、 天動説の世における地動説のように、世に広く知らせる事ができません。 権威による支援がなければ、真実も世に受け入れられません。 私の手元にある証拠を、みれば一目瞭然なのですが・・・・。 ★自分の心を持ち、自分で考えることができる方なら、わかるというものです。 ホームページに載せてありますし、国会図書館に納本してありますが、 (私の説明を必要とする)資料集というまとめ方に成っています。 CD-ROMにも作成中です。 日本発の世紀の発見なのに、・・・・・。 どなたか、洞察力をお持ちの方、ご支援をお願いします。 http://www.aiwa-cupid.com をご覧下さい。 井沢さんも、ぜひ、お考え下さい。 漢字と英語の同源という真実を、世に問うてください。 漢字と英語が同源である事を、歴史に呼び戻してください。 証明する根拠は、充分にそろっています。 渡部昇一氏も講談社現代新書の英語の語源という本で提議されていますが、 私は、渡部氏の数百倍のレベルで申し上げているのです。 みなさんの心と頭で、HPをごらんくださり、疑問のことは、お尋ねください。 こんなこと、簡単に真偽が解かる筈なのに、 洗脳と思いこみが、阻害となっているだけです。 これが、大きい・・・・。 賢者になかなか巡り会えないでいます・・・・・・・・・・・・・。 Time : 2001/ 1/17(水) 17:19:57
Name : 八直屋 E-mail : gr6m-kwnb@asahi-net.or.jp Title : Re: 真実の提議。漢印欧共通基語の証明。 Comments:  大和田さん、はじめまして。八直屋という者です。 大和田洋一郎 さん wrote: > ★英語(印欧語)は、同音同義の漢字で表記できます。  では、あなたが投稿された文章を、同音同義の英語(印欧語)で 表記すると、どんな風になるんですかね? 例を見せて頂けませんか。 Time : 2001/ 1/17(水) 20:09:47
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : 権利と義務 Comments: 日本語がおわかりなら・・・・。 http://www.aiwa-cupid.com を、ごらんください。 また、★英語(印欧語)は、同音同義の漢字で表記できます。 と、あなたがおっしゃる、日本語の文章 「あなたが投稿された文章を、同音同義の英語(印欧語)で 表記すると、どんな風になるんですかね?」 は、違いますね。 また、大勢の方が、私の英会話能力や英語の文章作成能力と 私が研究している漢字と英語(印欧語)の同音同義・同源の信憑性を、 混同してきますが、その間違いにお気づきください。 疑うべきは、 漢字(語)と印欧語の同音・同義の正否と Time : 2001/ 1/17(水) 21:15:29
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : 登録ボタン押し間違い・・・つづき Comments: あなたが、疑うべきは、そして、尋ねるべきは・・・・。 漢字(語)と印欧語の同音・同義の正否と同源の根拠として提示されている ★比較対照例のほうです。★ ここに例示できる説明や分量くらいでは、何が判断できるでしょうか? 例えば、tree=樹と表示しても納得されないでしょう。 tree=樹ひとつの同音同義を受諾または、提示するには、treeの同系語のいくつかと 漢字の樹に関る漢字のいくつかも同音同義であることの裏づけが必要だと思います。 【英単語一語と漢字語の一語の対応を述べるには、 その関りの周辺語のいくつかの対応も証明されなければ、 ただの偶然や思いこみといわれてしまいます。】 学問的にもしっかりとした膨大な提示が必要なのです。 ひとさまの掲示板は、そのようには、使いません。 膨大な例示が、私のホームページにあります。 疑問の事には、お答えします。 ホームページをご覧いただく事が、よいと思います。 また、あなたには、私の言葉より、 渡部昇一先生の言葉の方が重いと思いますので、 講談社現代新書「英語の語源」をおよみになると良いと思います。 logos〜論 pan〜哺 などの方が、よいのではないでしょうか? もっとも、私の根拠は、渡部氏の聞きかじりや思いつきの姿勢とは違います。 logos=論も体系的に証明してあります。 あなたは、logos=論やtree=樹が、真実である事が洞察できますか? HPを、ご覧下さい。お願いします。それからです・・・・・。 Time : 2001/ 1/17(水) 21:45:50
Name : 游惟 E-mail : Title : 大和田洋一郎さんへ Comments:  下のあなたの説もホームページも拝見しましたが、残念ながらあなたの主張を支持できるほどの根拠とはとても思えません。  日本語系統論などでも、いくつかの単語の音韻・意味の類似性を以て「日本語は○○語と親縁関係にある」と言 うような主張をする人がよくいますが、そのようなものはほとんど学会では退けられています。  二つの言語の親縁関係を証明する決め手となるのは「食べる」「飲む」「行く」「来る」等の日常頻用する単語 の音韻対応です。例えば英語とドイツ語ならこれらの単語は eat-essen, drink-trinken, go-gehen, come-kommen と明確に音韻対応しており、英語とドイツが親縁関係にあることは明らかです。  しかし、英語と中国語(漢字)の場合、eat-吃・食 、drink-喝・飲、 go-去、 come-来、の間には漢字をど の方言(北京語・広東語・客家語等)で発音しようと何らの対応関係も見られないし、あなたが挙げておられる  tree-樹 endure-耐 などの対応も私にはコジツケとしか思われません。  また、あなたは自説を「天動説が地動説に変わるようなもの」と自画自賛しておられますが、19世紀の初期の 比較言語学者達は、英語と中国語のみならず世界中の言語は全て親縁関係にあるはずだと考えていたのです。なぜ なら19世紀になってヨーロッパで興った比較言語学は、まず身近な印欧諸語の比較研究から始めましたが、たま たまそれらの親縁関係と分化の過程を明らかにすることができたため、当時流行のダーウィンの進化論思想と相ま って、世界中の全ての言語は共通の祖語から分化したに違いないと考えてしまったのです。しかし、印欧語からア ジア・アフリカ・南北アメリカ大陸の諸言語の研究が進むに連れ、それらと印欧語との親縁関係の説明がつかなく なり、全言語の同一祖語分化説は廃れ、共通の祖語を持ついくつかの語族に分けて考えるようになってきたのです。 つまり、あなたは一旦廃棄された仮説を蒸し返しているに過ぎません。  一度実証的理由により廃棄された仮説を再び定説として甦らせようとするなら、それが廃棄される原因となった 否定的データを上回る肯定的データを示さなければなりませんが、はっきり言って今あなたが提示しておられる程 度のデータでは言語学者達を納得させることは不可能です。  大胆な仮説を立てることは自由ですが、科学的な仮説とメルヘンチックな空想とは違います。少なくとも英語と 中国語の基本単語が全然異なる理由を説明できない限り、あなたの仮説が支持されることはないでしょう。 Time : 2001/ 1/18(木) 16:09:55
Name : 游惟 E-mail : Title : 大和田洋一郎さんへ Comments:  下のあなたの説もホームページも拝見しましたが、残念ながらあなたの主張を支持できるほどの根拠とはとても思えません。  日本語系統論などでも、いくつかの単語の音韻・意味の類似性を以て「日本語は○○語と親縁関係にある」と言 うような主張をする人がよくいますが、そのようなものはほとんど学会では退けられています。  二つの言語の親縁関係を証明する決め手となるのは「食べる」「飲む」「行く」「来る」等の日常頻用する単語 の音韻対応です。例えば英語とドイツ語ならこれらの単語は eat-essen, drink-trinken, go-gehen, come-kommen と明確に音韻対応しており、英語とドイツが親縁関係にあることは明らかです。  しかし、英語と中国語(漢字)の場合、eat-吃・食 、drink-喝・飲、 go-去、 come-来、の間には漢字をど の方言(北京語・広東語・客家語等)で発音しようと何らの対応関係も見られないし、あなたが挙げておられる  tree-樹 endure-耐 などの対応も私にはコジツケとしか思われません。  また、あなたは自説を「天動説が地動説に変わるようなもの」と自画自賛しておられますが、19世紀の初期の 比較言語学者達は、英語と中国語のみならず世界中の言語は全て親縁関係にあるはずだと考えていたのです。なぜ なら19世紀になってヨーロッパで興った比較言語学は、まず身近な印欧諸語の比較研究から始めましたが、たま たまそれらの親縁関係と分化の過程を明らかにすることができたため、当時流行のダーウィンの進化論思想と相ま って、世界中の全ての言語は共通の祖語から分化したに違いないと考えてしまったのです。しかし、印欧語からア ジア・アフリカ・南北アメリカ大陸の諸言語の研究が進むに連れ、それらと印欧語との親縁関係の説明がつかなく なり、全言語の同一祖語分化説は廃れ、共通の祖語を持ついくつかの語族に分けて考えるようになってきたのです。 つまり、あなたは一旦廃棄された仮説を蒸し返しているに過ぎません。  一度実証的理由により廃棄された仮説を再び定説として甦らせようとするなら、それが廃棄される原因となった 否定的データを上回る肯定的データを示さなければなりませんが、はっきり言って今あなたが提示しておられる程 度のデータでは言語学者達を納得させることは不可能です。  大胆な仮説を立てることは自由ですが、科学的な仮説とメルヘンチックな空想とは違います。少なくとも英語と 中国語の基本単語が全然異なる理由を説明できない限り、あなたの仮説が支持されることはないでしょう。 Time : 2001/ 1/18(木) 16:10:22
Name : 游惟 E-mail : Title : 大和田洋一郎さんへ(改行失敗のため再掲) Comments:  下のあなたの説もホームページも拝見しましたが、残念ながらあなたの主張を支持でき るほどの根拠とはとても思えません。  日本語系統論などでも、いくつかの単語の音韻・意味の類似性を以て「日本語は○○語 と親縁関係にある」と言うような主張をする人がよくいますが、そのようなものはほとん ど学会では退けられています。  二つの言語の親縁関係を証明する決め手となるのは「食べる」「飲む」「行く」「来る」 等の日常頻用する単語の音韻対応です。例えば英語とドイツ語ならこれらの単語は eat-essen, drink-trinken, go-gehen, come-kommen と明確に音韻対応しており、英語 とドイツが親縁関係にあることは明らかです。  しかし、英語と中国語(漢字)の場合、eat-吃・食 、drink-喝・飲、 go-去、 come- 来、の間には漢字をどの方言(北京語・広東語・客家語等)で発音しようと何らの対応関 係も見られないし、あなたが挙げておられる tree-樹 endure-耐 などの対応も私には コジツケとしか思われません。  また、あなたは自説を「天動説が地動説に変わるようなもの」と自画自賛しておられま すが、19世紀の初期の比較言語学者達は、英語と中国語のみならず世界中の言語は全て 親縁関係にあるはずだと考えていたのです。なぜなら19世紀になってヨーロッパで興っ た比較言語学は、まず身近な印欧諸語の比較研究から始めましたが、たまたまそれらの親 縁関係と分化の過程を明らかにすることができたため、当時流行のダーウィンの進化論思 想と相まって、世界中の全ての言語は共通の祖語から分化したに違いないと考えてしまっ たのです。しかし、印欧語からアジア・アフリカ・南北アメリカ大陸の諸言語の研究が進 むに連れ、それらと印欧語との親縁関係の説明がつかなくなり、全言語の同一祖語分化説 は廃れ、共通の祖語を持ついくつかの語族に分けて考えるようになってきたのです。つま り、あなたは一旦廃棄された仮説を蒸し返しているに過ぎません。  一度実証的理由により廃棄された仮説を再び定説として甦らせようとするなら、それが 廃棄される原因となった否定的データを上回る肯定的データを示さなければなりません が、はっきり言って今あなたが提示しておられる程度のデータでは言語学者達を納得させ ることは不可能です。  大胆な仮説を立てることは自由ですが、科学的な仮説とメルヘンチックな空想とは違い ます。少なくとも英語と中国語の基本単語が全然異なる理由を説明できない限り、あなた の仮説が支持されることはないでしょう。 Time : 2001/ 1/18(木) 16:14:17
Name : PS E-mail : Title : ふと Comments: はじめまして。 話の腰を折りますが みなさんの話を聞いて(?)いるうちに、 何か聖書の創世記にある バベルの塔の物語をふと思い出しました。 Time : 2001/ 1/18(木) 20:29:25
Name : PS E-mail : Title : ふと…その2 Comments: ごめんなさい。 この掲示板を見てふと思ったのですが、 掲示板に「みなさまとの自由なディスカッションを楽しむ」というような 表記があったように思いますが 井沢元彦さんは、この掲示板の会話に参加しているのでしょうか。 単純なことかもしれませんが、 それだけに妙に気に掛かります。 Time : 2001/ 1/18(木) 20:36:55
Name : パンダ E-mail : Title : 「征夷」の用例。。。 Comments: パンダです。ペンネームKさんへ。。。 (チョット見ないうちに、すっかり雰囲気がかわりましたね。。。) 質量ともに物凄いので驚いていますが。。。まずは気がついた部分だけ以下 >>では天皇家以外の臣下はなぜファミリーネームを名乗るのでしょうか。 >>いや、飛鳥時代より前の天皇家は、例えば28代宣化天皇や30代敏達天皇の >>系統は「息長氏族」と表現されることがあります。天皇家にも昔はあった >>のかもしれまでん。 「息長氏族」というのは天皇の母系出自等に関していわれるもので、天皇家 のファミリーネーム(以下FM)とは無関係な概念ではないでしょうか? 天皇家にFMらしいものが存在したとすれば。。。倭五王時代に外交文書上 の形式として「倭」を名乗った可能性があるだけだと思います。 なお天皇以外の臣下がFMを名のるのは、そのリネージの天皇家との親疎や 権力機構の中での位置づけを明確にするためだったと思います。 (いわゆる「カバネ」と「ウジ名」がセットで使用された。。。) 私は。。。もともと日本にはファミリー(あるいはリネージ)ネームを名乗 る習慣がなかった。。。しかし大王家権力機構の整備と共に、諸豪族や臣 下の分別が不可欠となり、次第に取り入れられたと思っています。 (大王家自体には、その必要性がないので分家筋や家臣にのみ取り入れられ たのでしょう。高句麗の「高」百済の「(扶)余」も単なる外交用かも?) 史実性には若干疑問もあるでしょうが。。。その嚆矢は神武天皇皇子の神八 井系リネージが何時の頃からか「多」というFMを称した(或いは賜った?) こと等に示されていると思います。 >>しかし日本がそれを採用した、つまり自らを「中華」と見なしたのは、中 >>国の「皇帝」に対抗して「大王」が「天皇」の称号を採用したのと同時で >>ある筈です。 私は、日本が自国の「中華」を意識したのは。。。倭五王がチャイナ王朝の 脆さを見透かし、国交を絶った頃ではないかと思っているんです。 つまり471年頃の稲荷山鉄剣における「左事天下」という表現は。。。自国 を「天下」としていますので、この時点である種の「倭中華」思想が認めら れる。。。これが推古期の「天子」自称に繋がっているのではないかと? >>記録上、「征夷大将軍」は桓武天皇の頃、紀元797年に坂上田村麻呂が任命さ >>れたのが始まりですが、。。。 >>桓武天皇の時に初めて「征夷大将軍」という非常に中華思想的な名をもつポス >>トが設置されたのはそういった東アジア情勢が背景にあると思います。。。 >>さて平安時代に、この「征夷大将軍」という非常任のポストを拝命した人物は、 >>厳密に言えば坂上田村麻呂と木曽義仲だけです。 これについては、続日本紀・紀略・公家補任帳等の資料によって異同がある ものの。。。ざっと見渡したところでは。。。 和銅二年(709) 正四位下 巨勢麻呂 陸奥鎮東将軍 正五位下 佐伯石湯 征越後蝦夷将軍 養老四年(720) 正四位下 多治比県守 持節征夷将軍 従五位上 阿部駿河 持節鎮狄将軍 正四位上 大伴旅人 征隼人持節大将軍 神亀元年(724) 従四位下  大野東人  鎮守将軍 正四位上 藤原宇合 持節征夷大使    (部下は副将軍とされているので、征夷大将軍とも) 従五位上 小野牛養 鎮狄将軍 天平九年(737) 従三位  藤原麻呂    持節大使 宝亀十一年(780)従三位 藤原継縄    征東大使(将軍とも) 従五位上 安倍家麻呂    鎮狄将軍 天応元年(781)       藤原小黒麻呂  征東大使(征夷大使とも) 延暦元年(782)  従三位  大伴家持    鎮守将軍 延暦三年(783)       大伴家持    持節征東将軍(征夷将軍とも) 延暦八年(789)  正四位下 紀古佐美    征東大使(征夷大将軍とも) 延暦十年(792)  従四位下 大伴弟麻呂   征東大使 延暦十三年(795)              征夷大将軍 延暦十五年(796) 従四位下 坂上田村麿   鎮守府将軍 延暦十六年(797) 従四位下 坂上田村麿  征夷大将軍 弘仁二年(811)  正四位上 文屋綿麻呂    征夷将軍 天慶三年(940) 正四位下 藤原忠文   征東大将軍 天慶四年(941) 正四位下 藤原忠文     征夷大将軍 概ね以上のようで。。奈良時代にも「夷」「狄」というような「中華思想」 的用語が使用されていると見てるんですが、よろしければご参照下さい。 >>思わず「軍事の全権委任」としましたが、この時代は国家の正規軍は存在 >>していません。むしろ朝廷公認の軍事最高司令官(?)という感じでしょう。 朝廷=国家政府 公認の軍事組織を正規軍(官軍)というのでは?(笑い) とりあえず、こんなところで。。。。 Time : 2001/ 1/18(木) 22:16:53
Name : とんぼ E-mail : Title : パンダさんの文章を読んで。。 Comments: パンダさんの文章を読んでいると、 天皇家が姓を持たず、それ以外の臣が姓を持つ国はたくさんありそうですが、どんな国があるでしょうか? なるべく、メジャーな国でお願いします。 古代は多くの国がそのような状況であったとしても、 それが現在に至るまで続いているのは珍しいような気もしますが、 どうでしょうか? こちらは。。マイナーでもよいので、そのような国がありましたら、 ご教授ください。 パンダさんの文章を読んで、なるほどと思ったのですが、 革命のない国においては、有力者には姓があるが、 王家に姓がない。。それは自然なことかも知れませんね。 Time : 2001/ 1/18(木) 23:06:52
Name : パンダ E-mail : Title : 無姓の王家。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。良いツッコミありがとうございます。 >>天皇家が姓を持たず、それ以外の臣が姓を持つ国はたくさんありそうで >>すが、どんな国があるでしょうか?なるべく、メジャーな国でお願いし >>ます。 おそらく、無いとおもいます。。。何故ならば殆ど歴史時代以前から単一 のリネージが王位を独占してきたであろう「メジャーな国」は日本以外に はありませんから(笑い) 念の為にエチオピアではどうだったのか。。調べて見ましょうか?(笑い) >>革命のない国においては、有力者には姓があるが、王家に姓がない。。 >>それは自然なことかも知れませんね。 おっしゃるとおりかと。。。(笑い)そしてその様な国は大八島の揺り篭 に護られた、天壌無窮・万世一系の何処かの国くらいかと。。。(笑い) チョット話は変わりますが。。。英国ではプランタジネット家からランカ スター家・ヨーク家と姓が変わります(ですね?)、仏国のカペー家から ヴァロア家もそんな感じで(これもちがったかな?)。。。 これらはチャイナ的には同姓で(ちがったかな?)、日本の苗字に近いよ うな。。。 ハノーバー家はドイツ系だからって、ウインザー家に変更したり。。。女 系継承との関係でしょうが。。。当然ながらチャイナ的「姓」とは観念が 違うようです。 Time : 2001/ 1/18(木) 23:55:57
Name : とんぼ E-mail : Title : 無姓の天皇家 Comments: パンダさん、ありがとうございました。 日本は革命という点で、非常に特殊な状況にあるので、 国際比較するのは難しいですね。。(笑い) ところで、 天皇家に姓は必要ないのですが、 天皇には官位がないように、姓を持つとかえって権威が落ちる というのが大きな理由だと思うのですが。。 Time : 2001/ 1/19(金) 22:14:52
Name : きんたろう E-mail : Title : 源氏もいろいろ^^ Comments: パンダさんへ 「清和源氏の由来」についてのお誘いを有り難うございました。 源氏の系図をちょっと見たところ頭が拒絶反応を起こしかけています(^^ゞ) ところで以仁王が土佐に流されると決まった時に彼が皇親身分のままでは都合が悪 いために身分を臣籍に落とされているのですね?? その名前は「源以光」とされたようです。 この時、以仁王は三井寺に隠れていたそうですから本人が知らないところで勝手に 身分を落とされてしまった事になります。 しかし、11日後に流れ矢に当たって無くなっていますからすぐに消滅してしまっ たとありました。 これは「源氏」誕生から消滅までの最短記録なのではないでしょうか??笑 これがパンダさんが後白河源氏を(敢えて^^)省かれていた理由ですね??^^ 清和・陽成源氏問題(笑)についてほとんど無知なものですから少し調べてみるこ とにします^^ Time : 2001/ 1/19(金) 22:42:52
Name : パンダ E-mail : Title : 理由が必要でしょうか。。。? Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 >>天皇家に姓は必要ないのですが、天皇には官位がないように、姓を持つ >>とかえって権威が落ちるというのが大きな理由だと思うのですが。。 おっしゃるとおり、神の子孫として神国を統治する「神聖王」が家名を持 っこと自体が矛盾であり、神威を貶めることになります。 だって。。。もともと神に「姓」などある訳がないんですからね(笑い) 冗談はさておき。。そもそも持っていない。持つ必要もない。。そのよう な「物」を持たないことに、どうして理由が必要なのでしょうか?(笑い) 私は。。ピストルを持っていない。持つ必要もない。。。何故持ってない のか? 不法所持で逮捕されるからか? かえって危険だからか? 買う金が ないのか?。。。なんて聞かれても答えようがないんですよね(笑い) Time : 2001/ 1/19(金) 23:00:15
Name : パンダ E-mail : Title : 清和 or 陽成。。。? Comments: パンダです。きんたろうさんへ。。。 私も。。。今回の意見交換をきっかけに、チョット源氏系図を勉強したん ですが、おっしゃるとおり目が廻ってしまいました。 もちろんご存知でしょうが。。。後三年の役の原因となった清原真衡の養 子。。。平の海道小太郎 成衡の奥方は、源頼義が多気宗基の娘さんに生ま せた御落胤だそうで。。。となると義家のお姉さん? ともかく子沢山で、 しかも骨肉の争いが凄まじい。。。(笑い) >>「源以光」。。。後白河源氏を(敢えて^^)省かれていた理由ですね ご配慮ありがとうございます。。。実はウッカリです。 ただ。。。後白河はこれを取り消したという噂もあって(負け惜しみ!) 。。。そうでないと、義仲が以仁王の子北陸宮を皇位推戴することが出来 ないし、北陸宮は終生源氏を名乗っていないようなので。。。(笑い) >>清和・陽成源氏問題(笑)。。。少し調べてみることにします^^ 是非お願いします。星野先生もこのまま無視されてしまっては、浮かばれ ないような。。。佐竹さんの末裔(?)としては、封印すべき一族の秘事 かもしれませんが。。。(笑い) Time : 2001/ 1/20(土) 00:08:10
Name : Toshy E-mail : Title : 後三年の役の前触れとして Comments: パンダさん、こんにちは。 >もちろんご存知でしょうが。。。後三年の役の原因となった清原真衡の養 >子。。。平の海道小太郎 成衡の奥方は、源頼義が多気宗基の娘さんに生ま >せた御落胤だそうで。。。となると義家のお姉さん? いや、妹です。当時28歳でしたから。 ちなみにその成衡は当時13歳で、養父の真衡は25か6。 清衡・家衡の異父兄弟連合が清原家の跡取り真衡・成衡と戦った時、 義家は調停役として蝦夷地に来ました。 彼は妹の存在も知らなかったし、自分の息子みたいな「義弟」が出てきたので、 さぞかし苦笑いしたでしょうね。 後日後三年の詳しいことをやってみたいと思います、 また指摘をバンバンしてください(笑) Time : 2001/ 1/20(土) 00:51:37
Name : 八直屋 E-mail : gr6m-kwnb@asahi-net.or.jp Title : Re: 真実の提議。漢印欧共通基語の証明。 Comments:  游惟さん、はじめまして。 大変勉強になりました。 ありがとうございます。 ----------------------------------------------------------  大和田洋一郎さんへ、とりあえず一点だけ。 大和田洋一郎 さん wrote: > また、★英語(印欧語)は、同音同義の漢字で表記できます。 > と、あなたがおっしゃる、日本語の文章 > 「あなたが投稿された文章を、同音同義の英語(印欧語)で > 表記すると、どんな風になるんですかね?」 > は、違いますね。 あなたの主張は、 http://www5a.biglobe.ne.jp/~yumetama/index.htm より引用 > 「世界のどこの国の言葉も共通の基語で出来ていて、世界の言葉を > 共通基語で見直せば、お互いの国の同音同義の言葉で表わしあう事 > が出来る」という説を、発表いたします。 >  これは、私たち漢字圏の者にとっては、「世界の言葉を、共通基語 > の表意文字である漢字で表記し、理解することができる」ということ > です。 というモノではないのですか? Time : 2001/ 1/20(土) 01:42:58
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : 遊惟さんへ。私の提示資料は、整理が下手です。ごめんなさい。でも・・・ Comments: >あなたは一旦廃棄された仮説を蒸し返しているに過ぎません。  一度実証的理由により廃棄された仮説を再び定説として甦らせようとするなら、 それが廃棄される原因となった否定的データを上回る肯定的データを示さなければ なりません。 ●全く、その通りです。正しい論理展開は、大歓迎です。 否定的データーが、どこにあるかお教え頂けると有りがたいのですが・・・。 >はっきり言って今あなたが提示しておられる程度のデータでは、 言語学者達を納得させることは不可能です。 ●あなたが、私の提示しているデーターを、理解する力がないのです。 私が、丁寧にデータを説明できていないのです。 言語学者達の中で、私の提示しているデータを正しく理解できる方を捜しているのです。 世界に何人いらっしゃるか?という状況下での大事な提言なのです。 >二つの言語の親縁関係を証明する決め手となるのは「食べる」「飲む」「行く」「来る」 等の日常頻用する単語の音韻対応です。 例えば英語とドイツ語ならこれらの単語は eat-essen, drink-trinken, go-gehen, come-kommen と明確に音韻対応しており、 英語とドイツが親縁関係にあることは明らかです。  しかし、英語と中国語(漢字)の場合、eat-吃・食 、drink-喝・飲、 go-去、 come-来、の間には漢字をどの方言(北京語・広東語・客家語等)で発音しようと 何らの対応関係も見られないし、 あなたが挙げておられる tree-樹 endure-耐 などの対応も私には コジツケとしか思われません。 ●あなたや私や真実を見る術を知らない言語学者達などがどう思うかなどは、 論外にしましょう。 大事なポイントは、「事実か真実か」なのです。 ★比較対応証明の方法については、おっしゃる通りですが、 比べる2語が間違っていたら、事実や真実はあらわれません。 英語のeatと漢字の吃・食だけを比べても、事実は見えません。 あなたは「英語のeatと英語のtoothが同源」と聞いてどう思いますか? あなたがどう思うかは、ここでは論外です。 「漢字の食と歯が同系」と聞いて、どう思いますか? あなたや私がどう思うかは、ここでは論外です。 私が提示するのは、 「英語のeatと英語のtoothが同源」という確からしい解明と「漢字の食と歯が同系」という確からしい解明が、 対応している事です。もちろん音韻変化の可能性を含めてです。 英語やドイツ語などという地方の訛りのレベルの捕らえ方では、本筋を見る事が出来ません。 同系の印欧語のすべてや印欧祖語という俯瞰的な見方が、本筋や本質を捉える見方です。 comeが現代の訳で(来る)と訳されているから、comeと来を比べるのも一段階です。でもこんなの比べるまでもないではありませんか!!!! drinkと飲む・goと行く・・・・・も・・・・・。 英語のdrink≦印欧同系語の数か国語・・・と漢字の杓酌とその同系漢字。 英語のcome≦*gwenと同系のadventやventureなど・・・と漢字の向や・・ ●向冒蒙面便 ■冂〒かぶさりおおう:向〒宀〒冂〒蒙>面<蒙〒冂〒冒・・驀 ■面〒[冂+首] ■喫;;吃{吃$185$慨$既}:[既旦]<及={及$211含$吸=[口合羽]:合$金*$[行金]>含:貪>[號食] ■稽>吃■既[皀+音符旡]〒卿[卯+皀]={卿$向$響;亨;香} ◆豪;傲:贅◆[口刀]冒(むさぼる)◆哺,冒 ◆[口甲]] ○向迄及?遣■向(宀ベン +口コウ) ■喫;;吃{吃$185$慨$既}:[既旦]<及= {及$211含$吸=[口合羽]:合$金*$[行金]>含:貪>[號食] ■既[皀+音符旡]〒卿[卯+皀]={卿$向$響;亨;香} ◆豪;傲:贅◆[口刀]冒(むさぼる) ◆哺,冒〜宀 ◆[口甲]■更「丙+攴」:便 などの比較をすることから、 come=向という可能性と事実と真実が見つかるのですよ! 「あたま」という日本語や漢字の「頭」とheadという英語をくらべてる様では、 学問でも研究でもありません。 英語のheadは印欧語の学者によって印欧祖語の*kap-1と解明され、 capという英語などとも同系と説かれています。 atamaという音とtouとかzuとかいう音とheadとか[ヘッド]という音を比較してみたら などという姿勢やレベルでは、音韻比較とはいえません。 英語のheadは*Kap-1の音が比較の基であり、*kap-という音でさえ想定語なのですから、 *K-pなどの可能性まで考えられなければ、真実を探すなどという研究はできませんよ。 なお、これでもダメですよ! *kap-1という印欧祖語は、英語のhaveやcaptureなどの古形ですが、 *kap-1とkap-2は音韻論で音が同じという事ですから、それぞれに漢字が対応するというなら、 漢字同士でも音韻的な同じ要因と要素がなければいけない訳です。 英語のheadは漢字の吉と[吉頁]。 英語のhaveは漢字の拮です。 この2行は、 英語のheadやcap(とヨーロッパの各国語)などの同系の印欧語と印欧祖語の*kap-1などと、 その類似の*kap-2(haveやcapture・・・・)などまで調べた結果と 漢字の吉音の基本の意味や同系の漢字群を調べた上での提示なのです。 単なる思いつきや語呂合せとおっしゃるのは、そのレベルの方々でしかありません。 詳細な説明を省略している私もいけませんが、人の提示したものへの ご自分の中に残るご自身の不明や疑問な点を解消せずに批判されるのも悲しいものです。 あなたの批判によって、私のHPまで見に行くチャンスを失う方々がでると悲しいです。 あなたがたが御理解行かない事にはできるだけ御説明しますので、罵倒や嘲笑はその後に、お願いします。 また、数万語の英語を解明整理できているわけではありません。 私が、HPで確実であろうとして提示してある33の系列を優先して御質問頂けると確かな御返答がしやすいのです。(HPのこのページをご覧頂けましたか?) 論述を急ぎ、失礼な言いまわしや発言があったら、お許し下さい。 後でまた続きをお返事します・・・。 Time : 2001/ 1/20(土) 13:21:17
Name : パンダ E-mail : Title : 後三年役についての疑問。。。 Comments: パンダです。Toshyさんへ。。。 >>いや、妹です。当時28歳でしたから。 >>ちなみにその成衡は当時13歳で、養父の真衡は25か6。 ごもっともで。。。義家は当時 45才くらい。。そのお姉さんでは、いくら 何でも花嫁さんにはなれませんね(笑い) ところで。。。この花嫁さん当時 28才であれば、1056年頃の生まれで頼義 陸奥守再任 66〜67才頃の子?。。。流石にお元気ですね! ところで。。。後三年の役について、どうも以下の部分がヨウ分かりません。 ついでにToshyさんのお考えをお聞かせ下さい。 @真衡が 25〜26才であれば、まだ嗣子に恵まれる可能性があるのに、何故 養子嗣を迎えたのか? A真衡が不能等のため、養子嗣が必要だとして。。。異腹(安倍有加)の弟 家衡に遺恨が有ってこれを避けたとしても。。。何故同族の甥達でなく、 平安忠の子である海道小太郎(成衡)を迎えたのか? B真衡が急死したため、後継問題が生じた時に。。。成衡は健在だったと思 われますが。。。何故に義家は真衡の養嗣子であり、義弟でもある成衡を 無視し、家衡・清衡を清原家の後継者としたのか? 成衡には隆衡という子がいたようですが、彼等はその後どうなったのか? C特に前九年役で頼義・義家を散々苦しめたため、虐殺した藤原経清と安倍 有加の子である清衡を、何故に後継者として優遇したのか? (家衡と対抗させるためと説明されているが。。。ヨウわからん?) D家衡が清衡の妻子を襲撃したため、清衡が義家に頼ってきたとしても。。。 何故に清衡にそれほど肩入れし、家衡を滅亡させたのか? (清原氏が憎いのであれば。。。ここで義弟 成衡を持ち上げる手もある?) Eそもそも、後三年役のきっかけとなった。。。清原一族の長老 吉彦秀武が 何故に武貞の子である家衡側ではなく、異族の清衡側に立って奮戦してい るのか? またこの間に成衡は一体何をしていたのか? 事実誤認の部分があるかも知れませんが。。。ご意見をお聞かせ下さい。 Time : 2001/ 1/20(土) 13:41:36
Name : 大和田 E-mail : Title : 八百屋さんへ Comments: HPをよく見てくださりまして、ありがとうございます。 > 「世界のどこの国の言葉も共通の基語で出来ていて、世界の言葉を > 共通基語で見直せば、お互いの国の同音同義の言葉で表わしあう事 > が出来る」という★説★を、発表いたします。 >  これは、私たち漢字圏の者にとっては、「世界の言葉を、共通基語 > の表意文字である漢字で表記し、理解することができる」ということ > です。 というモノではないのですか? ●その通りです。 今の段階は、印欧語と漢字の比較ができています。 世界住に有る言葉と漢字の比較、印欧語との比較はまだできていません。 ★今、私が証明できるのは、実例を提示できるのは、 漢字と印欧語の対応を比較し証明できると提示したものだけです。 例が下手で恐縮ですが、ホームランバッターは、10割ホームランを打つわけではありません。 まして、バットのとどかない球は、なおさらです。 私が、この掲示板にお邪魔している意義は、こんな言葉遊びや非難のための提言では、ありません。 「それでは、なんでそんな大それたことを言うんだ!」 とお責めになるかもしれませんね。 世界の言葉の一種であるお釈迦様の遺言と聖書のヨハネ伝の一節や般若心経などを、 世界共通基語構想とか漢印欧共通基語説という事を唱えた責任上、 漢字で表記しました。HPにありますが、 ここでも御披露します。 すべてのことは、同時にできません。 一人の人間が命の一秒一秒を使って、自分も家族も生きて世話して、 資料を読み解いて、真実をみつけて、お伝えしているのです。 HPで、かなりの量の真実を提示しているはずです。 そのひとつひとつについてのお答えは、時間と命さえあれば・・・できるのです。 Time : 2001/ 1/20(土) 14:15:36
Name : 大和田 E-mail : Title : 世界の言葉を共通季語で・・・・>釈迦の遺言 Comments: http://www5a.biglobe.ne.jp/~yumetama/bukkyou/guide/guide.htm 転載するより、詳しいままをごらんください。 この掲示板に長々と論述してしまった事を、お詫びします。 HPの各所に記載してあるものはそちらで御説明できているかと思います。 印欧語と漢字の同音同義・同源に関してお伝えしたいのですが、 疑問点は、こちらの掲示板を乱さぬ方法で、必ずお答えします。 Time : 2001/ 1/20(土) 14:30:48
Name : 大和田 E-mail : Title : 世界の言葉を共通季語で・・・・>釈迦の遺言 Comments: http://www5a.biglobe.ne.jp/~yumetama/bukkyou/guide/guide.htm 転載するより、詳しいままをごらんください。 この掲示板に長々と論述してしまった事を、お詫びします。 HPの各所に記載してあるものはそちらで御説明できているかと思います。 印欧語と漢字の同音同義・同源に関してお伝えしたいのですが、 疑問点は、こちらの掲示板を乱さぬ方法で、必ずお答えします。 Time : 2001/ 1/20(土) 14:32:53
Name : Toshy E-mail : Title : 後三年 Comments: パンダさんこんにちは。Toshyです。 >真衡が 25〜26才であれば、まだ嗣子に恵まれる可能性があるのに、何故 >養子嗣を迎えたのか? 2で述べられたように、不能だったと言われています。 せん病質で先が長くないということは清原家臣団にも知られ、 本人も意識していたのでしょう。 >真衡が不能等のため、養子嗣が必要だとして。。。異腹(安倍有加)の弟 >家衡に遺恨が有ってこれを避けたとしても。。。何故同族の甥達でなく、 >平安忠の子である海道小太郎(成衡)を迎えたのか? 家衡とは険悪な仲だったそうで。 同族といえば叔父に武衡がいましたが、それには子があったでしょうから、 真衡からみて従弟にあたる人物を連れてくることは可能ですね。。。 実はまったくこの件に関する史料をもっておりません・・・ 穿った見方をすると、それほどに家衡を憎み、 あてつけのために血のつながりのない人物を選んだ、というのはどうでしょう。 同族であれば、やはり僅かでも血のつながりのある家衡が、 真衡の死後後見人として力を得ないとも限りませんから。 >真衡が急死したため、後継問題が生じた時に。。。成衡は健在だったと思 >われますが。。。何故に義家は真衡の養嗣子であり、義弟でもある成衡を >無視し、家衡・清衡を清原家の後継者としたのか? 義家の腹黒さを感じています。 そのまま成衡が後継となれば、「義家の義弟」に対して清衡、家衡は文句を言えず、 戦乱にはならなかったということですね。 義家は後継者に選んだ家衡よりも、清衡を優遇して領土を与えましたが、 ここで家衡がその裁決に不服を唱え、後三年の役となりました。 この戦乱の後で“後継者の資格がないはずの”清衡をも屠り、 奥羽を自分の勢力圏にしようとしたのではないか。 ということで、 >特に前九年役で頼義・義家を散々苦しめたため、虐殺した藤原経清と安倍 >有加の子である清衡を、何故に後継者として優遇したのか? >(家衡と対抗させるためと説明されているが。。。ヨウわからん?) >家衡が清衡の妻子を襲撃したため、清衡が義家に頼ってきたとしても。。。 >何故に清衡にそれほど肩入れし、家衡を滅亡させたのか? この疑問に答えているといえるでしょう。 >成衡には隆衡という子がいたようですが、彼等はその後どうなったのか? 清衡、家衡が領土を半々にした後、清原氏は初めて同族意識を固め、 真衡の重臣だった橘頼貞が家衡のもとに投降しました。 彼は真衡の命令で家衡と戦った人物です。 この時に橘は成衡もつれています。 よって後三年の時は、成衡は清原氏として源氏・藤原氏と戦い、 滅ぼされたのだと思われます。 >そもそも、後三年役のきっかけとなった。。。清原一族の長老吉彦秀武が >何故に武貞の子である家衡側ではなく、異族の清衡側に立って奮戦してい >るのか? 吉彦秀武ははじめ、前述橘とともに清原氏の両雄として奮戦しました。 橘が死んだ後、吉彦秀武は家衡と仲たがいするのですね。 家衡という男、清衡の館を襲撃したりと短慮の男であったようです。 このような者を主人としては、本人も浮かばれないと思ったのでしょう。 吉彦の投降は後三年の役が終わろうとしていた頃だったと思いますが。 ところで「清衡が後継者になった」という、『逆説の日本史』の説明はチョット。。。。 戦後清衡は、黄金の力で京都の藤原氏を動かし、源氏を政治力で奥州から追い出したのです。 義家は不満だったでしょうけど、それは身から出た錆ということで(わら Time : 2001/ 1/20(土) 18:46:18
Name : パンダ E-mail : Title : 清原家衡・成衡と藤原清衡。。。 Comments: パンダです。Toshyさんへ。。。 あらら。。。素早いレスで、ありがとうございます。 なるほど。。。真衡は不能で、傲慢で、偏狭で。。。家衡は短慮で、軽率で、 武骨で。。。これでは清原氏が清衡にしてやられるのも当然かも(笑い) ただ。。成衡がいわば仇敵の家衡に合流したというのはチョット意外でした。 ところで。。。後三年役の当時、清衡の武力・財力の基礎となっていたのは、 何なのでしょうね? 安倍氏の行政顧問的立場にあった戦犯 藤原経清の子で、母の連れ子として 清原氏の部屋住みになっていた。。。それがどうして家衡と組んで真衡と対 抗するような武力を持っていたのか? 義家の謀略によって(?)三郡の主にしてもらったにしても、それで直ちに 義家と組んで家衡に対抗し得る武力を持ったり、中央に働きかける財力を持 ったりするのも。。。チョット出来過ぎのような? 余程の傑物だったのか。。。あるいは同じ安倍有加の子であっても、仇敵 武貞との間に出来た家衡とは異なり。。。安倍一族の陰のバックアップがあ ったのでは。。。と睨みたくなるんですが(笑い) 私が義家の幕僚ならば。。。成衡・家衡・清衡に奥六郡を分与し、分割統治 しつつ全体の力を弱めていくことを進言するでしょうね。。。三者鼎立であ れば、それぞれが義家の鼻息をうかがうことになったでしょうが。。。成衡 ・家衡を殺してしまっては、清衡が漁夫の利を占めるのは当然でしょう(?) まあ。。。タラレバは、歴史解釈の寝言のようなものですが。。。(笑い) つづきを楽しみにしています。 Time : 2001/ 1/20(土) 21:46:04
Name : Toshy E-mail : Title : 後三年の駅・・・・という駅が秋田県にあるらしい Comments: パンダさん、さらに早いレスですが(笑) >ところで。。。後三年役の当時、清衡の武力・財力の基礎となっていたのは、 >何なのでしょうね? >安倍氏の行政顧問的立場にあった戦犯 藤原経清の子で、母の連れ子として >清原氏の部屋住みになっていた。。。それがどうして家衡と組んで真衡と対 >抗するような武力を持っていたのか? これは結構おもしろいと思います。 清衡は成人した後、父の姓「藤原」を名乗り、独立していました。 ですから清原家の後継者からは身を引いていたのです。 (「逆説の日本史」p82は、だから、誤りです) 真衡は先が長くない、そのため次の当主は家衡だといわれ、 家衡自身もそのように思っていました。 これが真衡のカンに障り、成衡を迎えることになるわけですね。。。。 時に家衡は、後の争いを想定して同母兄弟の清衡を味方につけるため、 彼に莫大な砂金、馬、武具を与え、領土も広げさせていたようです。 つまり清原家の後継者争いのために良かれと思っていたことが、 逆に家衡の首を絞める形になったのです。笑えない話。 >義家の謀略によって(?)三郡の主にしてもらったにしても、それで直ちに >義家と組んで家衡に対抗し得る武力を持ったり、中央に働きかける財力を持 >ったりするのも。。。チョット出来過ぎのような? 彼が得た領土は豊かな土地で、 三郡だけでも清原家に対抗しうる力はあったのでしょう。 平泉の藤原氏があれだけ栄えたのは、その財力のおかげでしたから。 戦乱の後、義家に莫大な財宝を贈ることが出来たのも、 この地方の豊かさを示すのだと思います。 本来なら戦争で疲弊し、財産を出すことは不可能のはずですからね。 >余程の傑物だったのか。。。あるいは同じ安倍有加の子であっても、仇敵 >武貞との間に出来た家衡とは異なり。。。安倍一族の陰のバックアップがあ >ったのでは。。。と睨みたくなるんですが(笑い) 傑物だったのは確かでしょう。 安部一族のバックアップですか・・・・なるほど!考えたこともありませんでした。 当時の陸奥は安倍氏ゆかりのものが大勢いたから、 彼らが清衡について後三年を戦いその後も援助していったとするのが妥当であるようです。 >私が義家の幕僚ならば。。。成衡・家衡・清衡に奥六郡を分与し、分割統治 >しつつ全体の力を弱めていくことを進言するでしょうね。。。三者鼎立であ >れば、それぞれが義家の鼻息をうかがうことになったでしょうが。。。 血筋上後継者になれない清衡ですから、義家は戦乱の罪を彼にかぶせ、 (成衡を追放したのは清原家の内乱の責任をかぶせたためでした。) 追放して奥羽両国を狙おうとした? しかし朝廷もさすがに馬鹿ではありませんでした。 清原氏はつねに寄進を怠りませんでしたから、 滅ぼされなければならない因縁はなかったため、 源氏の暴走であるという決断を下したわけです。 清原一族が滅べば、養子の清衡しか後継者はいなかった・・・・と。 Time : 2001/ 1/20(土) 22:39:47
Name : 憂国 E-mail : : oddsonjapan@nifty.com Title : お久しぶりです Comments: Name : 憂国 E-mail : oddsonjapan@nifty.com Title : お久しぶりです Comments: 空転様がちょっと前にかかれていた事に対してなのですが、、、 >日本人は先の戦争に対して反省をしていない、、、云々、、。 まったく同感です、、、と同時に先の「おたく」発言にも通じるのですが 目的のない知識ほど無意味なものはないように思えるのです、ただの言葉 遊びと言うか、脳の無駄というか、 専門的な知識は目的を明確にして使われるべきものであって、ただの自己満足や 余暇の楽しみだけであるものならば、それは娯楽でしかありえない、、、 井沢先生のHPであると考えた時に彼の著書とははたして娯楽の域のもの なのでしょうか、、、、、、私にはそうはおもえないのです、彼の視点は あくまで今現在にあり、過去から現在を学びそれを生かしていく、そのよう な意図が本質であるように強く見受けられるのです。 隣の掲示板をみますとあいもかわらず言葉遊びにふけり、井沢先生のいわんと する本質も考えずにさもわかったように、事実誤認だ、牽強付会だのと 揚げ足とりに奔走している、、、、、 ソクラテスではありませんが、「無知の知」と言いたくなります。 しかしながら公の場所としてはふさわしくない発言であったことは素直に 認めてこれが最後の書き込みとさせて頂きます。 Time : 2001/ 1/21(日) 00:40:20
Name : とんぼ E-mail : Title : 天皇家の姓と庶民のピストル Comments: > 私は。。ピストルを持っていない。持つ必要もない。。。何故持ってない > のか? 不法所持で逮捕されるからか? かえって危険だからか? 買う金が > ないのか?。。。なんて聞かれても答えようがないんですよね(笑い) ちょっと分かりにくい比喩ですね。。 パンダさんがピストルを所持しているかいないか。。。そんなことは 世間一般からすればどうでもよいことですよね? パンダさんが殺人事件の容疑者ならともかく。。(笑い) しかし、日本がピストル(軍隊)を所持すべきかどうかはマジメ?? に議論されている訳です。 単なる庶民1人が姓を持つかどうかではなく、 天皇家が姓に関する問題ですから、 論じる価値はあるのではないでしょうか? 「必要なかったから」と簡単に切り捨てるのではなくって。。 Time : 2001/ 1/21(日) 01:05:54
Name : とんぼ E-mail : Title : W杯。。日本/韓国=Korea/Japan?? Comments: サッカーワールドカップの呼称問題ですが。。 FIFAでは「韓国/日本」と書くように言われたようですね。 英語だと「Korea/Japan」と日本のが韓国よりも下の国という扱いになっているのだから、 当たり前です。 日本サッカー協会の長沼氏は、何故こんな単純なことも理解できなかったのでしょうか? 日本人は何故スジを通さず、こんな姑息な手段ばかり使うのでしょうか? #これでは。。卑怯者の国、ウソツキの国と言われても反論できないではないか!! 呼称問題を議論する場では、あっさり韓国上位を認めておいて。。 #私は、当時、新聞を読んで。。こんな「あっさり」認めてよいのか、非常に疑問でした。 #何しろ、韓国側が日本より韓国が上位の国であることを、ひじょーーーに気にしていたので。 せめて、日本で販売されるものについては日本を上位にするという約束をすればよかったのでしょうが。。 そもそも呼称を決めるときに、少々ゴネレバ、簡単に「Japan/Korea」になっただろうに。。 #日本単独開催か、日韓共催のどちらかしかなかったのだから。。 日本のヘンテコな優しさが、日韓の友好を損ねている気がします。 日本人の優しさ・美徳が世界に通用しないこと。。それをもっと理解すべきだと思います。 井沢先生の啓蒙活動が、まだ日本サッカー協会には届いていないようですね。 多くの日本人は、韓国の言い分が不当だと思っているのでしょうが、 どう考えても日本のが悪いでしょう。 きちんとスジを通さなかった、日本のが悪いでしょう。 いい加減に気づいたらどうだ!!日本人よ!!! そして、パンダさんへ。 何故、日本人がこんなに卑怯なことを繰り返すのか。。日本の歴史をすべて通した考察をし、議論する必要性を感じますか? Time : 2001/ 1/21(日) 01:09:24
Name : パンダ E-mail : Title : オタクの努力。。。 Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 >>目的のない知識ほど無意味なものはないように思えるのです、ただの言 >>葉遊びと言うか、脳の無駄というか、。。。。 >>彼の視点はあくまで今現在にあり、過去から現在を学びそれを生かして >>いく、そのような意図が本質であるように強く見受けられるのです。 他のお方は存じませんが。。。私も過去を知ることで、現在を理解し、そ れを未来に活かしたいと思っています。。。そしてその為には過去を出来 るだけ正しく知ることが必要だと思っているのです。 隣の掲示板は存じませんが。。。貴方が、そのような出来るだけ正しい知 識を得る努力を、言葉遊びとか脳の無駄としか思えない。。。とされるの であれば(?)、まことに残念としか言いようがありません。 事実誤認や牽強付会によって過去を曲解することで、現在を誤解し、未来 を誤ってはならない。。。特に未来を語るべき若者に誤った歴史観を植え 付けてはならないのです。 歴史の真実に近づく努力は。。。決してオタクの娯楽ではないのですよ! とんぼさんへ。。。チョット危惧していたのですが。。。(笑い) 「ピストル」には何の意味もありません。「タキシード」でも「スポーツ カー」でも「狩猟免許」でも「エンサイクロブリタニカ」でも何でも良い のです。 要するに一般論として。。。誰かにとって「持つ必要がない」ものについ て「持たない理由」をアレコレ詮索するする意味があるのでしょうか。。。 という比喩でしかありません。 もちろん。。。とんぼさんが、誰かにとって「持つ必要がない」ものであ っても。。。「持たないには持たない理由がある」とお考えになって。。。 その理由を詮索されるのはご自由ですが。。。 少なくとも私には「持つ必要がない」ものについて「持たない理由」をお答 えのしようがありません。 ブッシュさん。。。良い演説ですよ。。。ご健闘をお祈りします! Time : 2001/ 1/21(日) 02:37:25
Name : Toshy E-mail : Title :Comments: 憂国さん> わしは別に専門でも何でもないから、娯楽といわれてもかまいません。 ただ歴史の真実を理解するために、 そして自分の知る限りのことを広めて回りの誤解をなくすためにも、 この掲示板での“娯楽”は目的を持つと思っています。 それでは、お元気で。 >姓 とんぼさんとパンダさんの論、おもしろいです♪ わしはこの方面についてまったくの予備知識もないけど、 もともと姓というのはなかったのでは・・・・ 畠山重忠を例にとると、「畠山荘の重忠」という意味で、 「畠山」が姓だったわけではないですよね。 わしの住む地域から少し田舎に行くと、 同じ姓の家が20軒くらい並んでいるところがありますよ。 今は紛らわしいけど、名字がついた明治期は別に問題もなかったのでしょう。 「必要がなかった」というパンダさんのお考えは、これに類するものだと思います。 姓などなくても、天皇とか親王とかいえば、それで通じたのですから。 中国の例だと、姓はあっても名前がないというところもありましたね。 司馬遼太郎著「項羽と劉邦」によれば、 劉邦の「邦」はもともとアニキとか親分という意味だったらしい。 劉邦の兄たち−劉伯、劉仲−というのだって、「劉家の長男・次男」という意味ですねんて。 司馬遼太郎の歴史観はあまり信用できんが(わら Time : 2001/ 1/21(日) 11:25:03
Name : 游惟 E-mail : Title : 大和田さんへA Comments: ご丁寧なレスをありがとうございます。 しかし、結論から申し上げればやはりあなたの説は支持出来ません。 基本単語ではなく周縁的な単語の200や300の同源性が説明できたとしても、 それで当該二つの言語が同源・同系列の言語であるという証拠にはならないのです。 卑近な例を挙げれば、日本語で常用される単語の約45%は漢語であり、当然中国語と明確 に音韻対応しています。しかし45%の語彙、数にすれば数万語の中国語との音韻対応が説 明出来るからといって、日本語と中国語が親縁関係にあるとは誰も認めません。 漢語の数がどれだけ多かろうと、日本人が日常会話で使う単語(基本単語)の大半は和語 であり、それらは全く中国語とは異なるのです。 あなたがあげておられる300程の漢字が仮に印欧語と同源の言葉であったとしても、まずそれが 印欧語からの借用語(外来語)でないことを証明しなければなりません。ましてそれらが仏教 関係の言葉であるならば、サンスクリットからの借用語である可能性は十分あります。 さらに言語人類学的に考えれば、「語族は人種の範囲内に収まる」という原則があります。 つまり、同じ人種(白色人種・黄色人種・黒人種)内で語族が異なることはありますが、 語族が同じで人種が異なるということはまずないのです。(但し、人種の境界線あたり に住む民族が別の人種の民族に制服され言語を強制されたり、混血が進んで クレオール語が発生するような場合はありますが、それは歴史的に実証可能です。) 同じ人種に属するということは、生物学的な祖先を同じくするということであり、 何十代、何百代とさかのぼれば同一地域に住んで同一言語を話していたはずで、そこ から分化した諸民族の言語が似ているのは当然といえば当然です。 印欧語を話す民族は皆コーカソイド(白色人種)であり、中国人はモンゴロイド(黄色人種) です。数百万年前に東アフリカで生まれたとされる人類の祖先が進化して、いつコーカソイ ドとモンゴロイドに分化したのかはわかりませんが、少なくとも数十万年前のことだと思わ れます。人類がコーカソイドとモンゴロイドに分化する以前から共通の言語を用いていたなら、 印欧語と中国語が親縁関係にある可能性はありますが、それは現代の科学では実証不能です。 現代の言語学がさかのぼれる限界は文字が発明された5000年〜6000年ほど前までのことであり、 そのころにはとっくにコーカソイドとモンゴロイドは分化し、ユーラシア大陸の西と東で棲み 分けを行っていたわけで、5000年前の黄河流域に住んでいた中国人の祖先と、インドやヨーロ ッパの白色人種との間に相互の交渉があったという証拠は何もなく、印欧語と中国語が同源で ある必然性は考えられません。 最近のDNA鑑定技術の進歩により、アイヌと南米のインディオが非常に近いDNA配列を持っている ことが注目されていますが、アメリカ大陸の原住民は二万年ほど前の最後の氷河期に地続きであ ったベーリング海峡を渡って移住したモンゴロイドの子孫であるというのが定説であり、それを 生物学的に裏付けた格好になっています。従って、アイヌ語その他の北東アジアの諸言語とアメ リカ大陸原住民の諸言語の間に親縁関係がある可能性は十分にあり、研究してみる価値はありま すが、中国語と印欧語の親縁関係を主張するなら、数十万年前の人種分化以前の共通祖語の存在 を主張する以外にありません。 つまり、中国語と印欧語の親縁関係を跡づけようと思うなら、十万年単位のパースペクティブで 考えなければなりませんが、あなたが用いておられる方法はここ数千年の言語変化しか扱えない ものであって、それで言語学者たちを納得させることは出来ません。少なくとも、なぜ人種が異 なり相互に殆ど没交渉であった民族が共通の祖語から分化した言語を話しているのか、それを実 証的に説明する必要があります。 私も常識や定説を覆すような大胆な仮説を唱えることが好きですが、それもある程度の実証の 見込みのあるものに限られます。実証不能な仮説はおとぎ話に過ぎません。 Time : 2001/ 1/21(日) 11:40:21
Name : 游惟 E-mail : Title : 大和田さんへA Comments: ご丁寧なレスをありがとうございます。 しかし、結論から申し上げればやはりあなたの説は支持出来ません。 基本単語ではなく周縁的な単語の200や300の同源性が説明できたとしても、 それで当該二つの言語が同源・同系列の言語であるという証拠にはならないのです。 卑近な例を挙げれば、日本語で常用される単語の約45%は漢語であり、当然中国語と明確 に音韻対応しています。しかし45%の語彙、数にすれば数万語の中国語との音韻対応が説 明出来るからといって、日本語と中国語が親縁関係にあるとは誰も認めません。 漢語の数がどれだけ多かろうと、日本人が日常会話で使う単語(基本単語)の大半は和語 であり、それらは全く中国語とは異なるのです。 あなたがあげておられる300程の漢字が仮に印欧語と同源の言葉であったとしても、まずそれが 印欧語からの借用語(外来語)でないことを証明しなければなりません。ましてそれらが仏教 関係の言葉であるならば、サンスクリットからの借用語である可能性は十分あります。 さらに言語人類学的に考えれば、「語族は人種の範囲内に収まる」という原則があります。 つまり、同じ人種(白色人種・黄色人種・黒人種)内で語族が異なることはありますが、 語族が同じで人種が異なるということはまずないのです。(但し、人種の境界線あたり に住む民族が別の人種の民族に制服され言語を強制されたり、混血が進んで クレオール語が発生するような場合はありますが、それは歴史的に実証可能です。) 同じ人種に属するということは、生物学的な祖先を同じくするということであり、 何十代、何百代とさかのぼれば同一地域に住んで同一言語を話していたはずで、そこ から分化した諸民族の言語が似ているのは当然といえば当然です。 印欧語を話す民族は皆コーカソイド(白色人種)であり、中国人はモンゴロイド(黄色人種) です。数百万年前に東アフリカで生まれたとされる人類の祖先が進化して、いつコーカソイ ドとモンゴロイドに分化したのかはわかりませんが、少なくとも数十万年前のことだと思わ れます。人類がコーカソイドとモンゴロイドに分化する以前から共通の言語を用いていたなら、 印欧語と中国語が親縁関係にある可能性はありますが、それは現代の科学では実証不能です。 現代の言語学がさかのぼれる限界は文字が発明された5000年〜6000年ほど前までのことであり、 そのころにはとっくにコーカソイドとモンゴロイドは分化し、ユーラシア大陸の西と東で棲み 分けを行っていたわけで、5000年前の黄河流域に住んでいた中国人の祖先と、インドやヨーロ ッパの白色人種との間に相互の交渉があったという証拠は何もなく、印欧語と中国語が同源で ある必然性は考えられません。 最近のDNA鑑定技術の進歩により、アイヌと南米のインディオが非常に近いDNA配列を持っている ことが注目されていますが、アメリカ大陸の原住民は二万年ほど前の最後の氷河期に地続きであ ったベーリング海峡を渡って移住したモンゴロイドの子孫であるというのが定説であり、それを 生物学的に裏付けた格好になっています。従って、アイヌ語その他の北東アジアの諸言語とアメ リカ大陸原住民の諸言語の間に親縁関係がある可能性は十分にあり、研究してみる価値はありま すが、中国語と印欧語の親縁関係を主張するなら、数十万年前の人種分化以前の共通祖語の存在 を主張する以外にありません。 つまり、中国語と印欧語の親縁関係を跡づけようと思うなら、十万年単位のパースペクティブで 考えなければなりませんが、あなたが用いておられる方法はここ数千年の言語変化しか扱えない ものであって、それで言語学者たちを納得させることは出来ません。少なくとも、なぜ人種が異 なり相互に殆ど没交渉であった民族が共通の祖語から分化した言語を話しているのか、それを実 証的に説明する必要があります。 私も常識や定説を覆すような大胆な仮説を唱えることが好きですが、それもある程度の実証の 見込みのあるものに限られます。実証不能な仮説はおとぎ話に過ぎません。 Time : 2001/ 1/21(日) 12:35:48
Name : パンダ E-mail : Title : W杯開催国呼称。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 >>何故、日本人がこんなに卑怯なことを繰り返すのか。。日本の歴史をす >>べて通した考察をし、議論する必要性を感じますか? 要するに。。。国際呼称は K/Jと決定されたのだから、国内呼称も 韓/日 とすべきだとFIFAに勧告されたということなのでしょうか? 私は、W杯共同開催の過去の事例も、今回決定の経緯も知りません。 まして、FIFAで呼称問題がどのように議論され、決定されたのかは、まっ たく知りませんが。。。(笑い) ただ、国際呼称が K/Jであることが。。。国の上下を示しているとは思い ませんし、仮にサッカー界における国の上下を示しているのなら。。。そ れでも構いません。もちろん国内呼称が 韓/日 であっても、別に構わな い。。。(笑い) 確かに、協会首脳の日韓摩擦を回避するための姑息な態度が。。。このよ うな結果になったことに不快感を感じておられるのかも知れませんが。。。 正直いって余り興味がありませんし、日本史を通じて考察するようなレベ ルの問題とも思いません。 私見としては。。。たかが(失礼)W杯開催の呼称問題に、ナショナリズ ムを持ち込んで韓国と張り合うのも大人げないような。。。(笑い) Time : 2001/ 1/21(日) 13:18:35
Name : きんたろう E-mail : Title : 清和源氏について Comments: パンダさん、皆さん、こんにちは^^ 少しだけまとめましたので書き込みますv(^o^) 系図関係の内容は書き方が難しいですね、(感想です、笑) 清和源氏と一般的に言われているのは頼朝にたどり着く系統の事を意味しています。 しかし、清和源氏とは下記のように何と19流もありました。 第56代天皇である清和天皇には十四人もの男子がいたのです。 すごいですよね^^;;(羨ましくはないですよ(^^ゞ) 尤も天皇の最大の役目とは子孫を残す事であるとも言えます。 ですから彼はその役割を十分に果たした天皇であると言っても良いのかも知れませ んね??(すみません) 清和天皇の次男から十男までは孫世代からの臣籍降下であり、十一男からは親王世 代から源氏を与えられています。 次男貞固親王系統1、三男貞元親王系統2、四男貞平親王系統1、五男貞保親王系 統2、六男貞純親王系統2、七男貞辰親王系統1、八男貞数親王系統1、九男貞真 親王系統4、十男貞瀬親王系統1、 以下は親王世代で臣籍降下 十一男長淵系統1、十二男長猷系統1、十三男長鑒(字がない^^;;)系統1、 十四男長瀬系統1 これらの中で特に六男貞純親王の子源経基(=経基王)に始まる系統が一般的に言 われている清和源氏になります。 清和天皇−−−貞純親王−−−経基王──(多田)満仲───┐  ┌──────────────────────────┘  ├──頼光───頼国───頼綱───仲政───頼政  ├──頼親  └──頼信───頼義─┬─義家─┬─義親───────為義──┐             ├─義綱 └─義国─┬─(新田)義重  │             └─義光      └─(足利)義康  │ 以上が公式見解ですが、実は貞純親王───経基王についてはかなりあやふやな点 が多いとされています。 まず第一に貞純親王の生没年がはっきりしていない様です?? この辺りに陽成源氏から清和源氏へ紛れる原因があるように思っています^^ 次に、基経王の生年についても同様に諸説があります。 源頼信が永承元年(1046)に岩清水八幡宮に納めたとされる告文によると 陽成天皇−−−元平親王−−−経基王 とされているのですね^^ 星野先生の説が大体において認められている(併記されている??かな)と思って いたのですがまだ十分とは言えないように感じました。 つづく??はず Time : 2001/ 1/21(日) 14:09:25
Name : パンダ E-mail : Title : 畠山二流について。。。 Comments: パンダです。Toshyさんへ。。。 >>わしはこの方面についてまったくの予備知識もないけど、 またまた〜ぁ! ジョークも程々に。。。(笑い) NECさんとの迫力あ る顛末見ましたよ! >>畠山重忠を例にとると、「畠山荘の重忠」という意味で、「畠山」が姓 >>だったわけではないですよね。 秩父党 畠山重忠の「姓」は(桓武)平氏。清和(陽成?)源氏の「足利」 「新田」「武田」「佐竹」等と同じく「畠山」は苗(名)字ですね。 桓武平氏「畠山」は、平賀事件で滅亡しますが、一方で清和(陽成?)源 氏「足利」一族の平松義純は、畠山重忠の後家さんと旧領を引き継いで、 畠山を苗(名)字とし、その子孫は足利幕府の管領家となりますね。。。 このへんが。。。日本の「姓」「氏」「苗字」を余計にヤヤコシクしてい るようで。。。ある人が本気で畠山重忠の子孫が管領家になったと信じて 、議論されるのを見て驚いたことがあります。。。(笑い) Time : 2001/ 1/21(日) 15:12:54
Name : 輔住 E-mail : Title : 重箱の隅をつつくようですが Comments: >「足利」一族の平松義純は、畠山重忠の後家さんと旧領を引き継いで、 平松ではなく岩松の間違いだと思われます。 話は変わりまして >日本の「姓」「氏」「苗字」を余計にヤヤコシクしてい >るようで。。。ある人が本気で畠山重忠の子孫が管領家になったと信じて >、議論されるのを見て驚いたことがあります。 ちなみに私は藤姓足利氏の忠綱が源性足利氏の尊氏の先祖だと昔は 勘違いしてました(笑) Time : 2001/ 1/21(日) 16:57:54
Name : パンダ E-mail : Title : 清和と陽成。。。 Comments: パンダです。きんたろうさんへ。。。ご苦労をお掛けしちゃって(笑い) ご不要かも知れませんが。。。お返しに資料提供(蒙御免)です。。。以下 頼信 石清水八幡宮願文 「。。。敬んで先祖の本系をあきらめ奉れば、大菩薩(応神)の聖躰は、か たじけなくも某(それがし)二十二世の氏祖なり、先人新発(満仲)、某の 先経基、某の先元平親王、某の先陽成天皇、某の先清和天皇、某の先文徳天 皇、某の先深草(仁明)天皇、某の先嵯峨天皇、某の先柏原(桓武)天皇、 某の先白壁(光仁)天皇、某の先天智天皇、某の先施基王子、某の先舒明天 皇、某の先敏達天皇、某の先欽明天皇、某の先継躰天皇、某の先彦主王子、 八幡(応神)五世の孫也。恃(たのみ)とくに深し。賀(よろこび)すでに 淳(あつ)し。。。。今某、いやしくも身髪躰膚を祖宗に承け、わずかに身 を立つる孝の初めを知れり。いわゆる曽祖陽成天皇は権現(応神)の十八代 の孫なり。頼信は彼の天皇の四世の孫なり。 ひそかに内外の氏戚について鎮国の勲功を稽(かんがう)るに、上古には大 菩薩の母后神功皇后、海上に奔波して西国の敵を罰(うちたま)えり。功を 朝家に高くして、天下を摂政すること御宇六十九年なり、本朝の女帝此れよ り始まる。其の後元正天皇の御宇養老四年すでに神徳を施す。中ごろ朱雀皇 帝の御宇承平七年、平将門造意(たくらみ)の張本となりて謀叛の計略を企 つるの日、祖父経基孫王、公家の奉為に、とくに忠節を存して、将門の好言 を屑(もののかず)とせず、忽然と京に上りて禁省に告奏す。 その告言に駭(おどろき)て、朝威を施され、天慶三年に国家安鎮天下泰平 なり。巳上は先祖の功なり。近年後一条院万寿四年、狼戻の鼠輩、上総国平 忠常、東都に横(よこたわ)って坂東の受領を凌(しの)ぎ、威猛を張って 貢賦の徭丁を寃(しいた)げ、梟悪(きょうあく)の野心を狭(わきはさ) んで朝廷の規模(さだめ)を逆らう。官物を牢籠(とりこみ)し、庸調を虜 掠(かすめとる)す。官宜を忽諸にし、詔使に対捍(てむかう)せし日、公 家しきりに精兵に勅して追討せられるといえども、要害を固めて遁避し絶域 に欹(そばだ)ちてきゆせし時、僕(やっこ)ついに朝撰に当りて身を任せ て征東す。。。。居ながらにして寇賊を得たり。」 ところで。。。系図について以下。(生誕〜即位〜譲位〜崩御 です) │54 30 仁明( 810〜830〜850) │58 55 31 光孝( 830〜884〜887)ーーーーーー文徳( 827〜850〜858) │59 │56 32 宇多( 867〜887〜897〜931) 清和( 850〜858〜876〜880) │60 │57 33 醍醐( 885〜897〜930) 陽成( 868〜876〜884〜949) │61 34 朱雀( 923〜930〜946) つまらん勘繰りですが。。。おっしゃるように清和・陽成には多数の皇 子がいるにも関わらず、あっさり光孝系に移ってしまいますし、貞純親 王(885〜916?)は、清和死後で陽成退位後に生誕したことになってる ようです。 私は。。。皇位継承の思惑か、財産継承の関係から、貞純親王は元平親 王と同一人で陽成の子であったが、清和の死後養子となり、一時的に貞 純と名乗った。。。なんてトンデモを考えたのですが。。。どうも無理 があり過ぎて(笑い) Time : 2001/ 1/21(日) 16:59:40
Name : Toshy E-mail : Title : おはずかしいっす Comments: やだなあ。見ているんなら言ってくださいよ>パンダさん(笑) 今日、井沢氏の「逆説の日本史」が本屋のどこにあるかを見てみると。。。。 「歴史小説」のコーナーに並んでいるではないか。ハハハ。 評論としては認められていないのですね。当然でしょう。 将棋について触れられているところで、チェスのことについて書いていましたが、 井沢さん、あなたはチェスをろくに知らないで馬鹿なことを言わんことです。 引き分けは逃げではなく、結果です。 勝手なことを言うと、NEC同様の結果になりますぜ。 あなたは私を相手に、引き分けに持ち込むことが出来ますか? 100回いや10000000000000回対戦したって無理ですね(ワラ Time : 2001/ 1/21(日) 18:11:42
Name : Toshy E-mail : Title : 追伸です Comments: 輔住さん >ちなみに私は藤姓足利氏の忠綱が源姓足利氏の尊氏の先祖だと昔は >勘違いしていました。 同じく(笑)。宇治の合戦の後関東に戻り頼朝に従ったのだと思っていました。 Time : 2001/ 1/21(日) 18:58:58
Name : パンダ E-mail : Title : ヒラ謝り。。。 Comments: パンダです、輔住さんへ。。。ご指摘ありがとうございました。 ガン(岩)つけて、ガン(岩)バッてはみたけれどが。。。 イワ(岩)ずもがなの間違いで、ヘイ(平)気じゃいられず、 ヒラ(平)謝り。。。(笑い) Time : 2001/ 1/21(日) 21:28:55
Name : Toshy E-mail : Title : チェスと将棋 Comments: チェスのことをろくろく知らずに「駒が減っていくから読みやすくなる」などと、 大馬鹿なことを「逆説の日本史8」に書いた井沢センセイに、 将棋とチェスのことを教えてあげましょう。 読みやすいというのは、確率的/手数・・・の意味でしょうか? じゃあ将棋で飛車、チェスでルークの詰め将棋を見てみますか。 下の図1は1手詰め。解答が図2。こんなのだれでもできますね。 図1         図2 ┏━━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━━┓ ┃       お ┃┃       お ┃お・・相手の王 ┃飛        ┃┃       龍 ┃ ┃      王  ┃┃      王  ┃ ┃         ┃┃         ┃ ┃         ┃┃         ┃ ┃         ┃┃         ┃ ┃         ┃┃         ┃ ┃         ┃┃         ┃ ┃         ┃┃         ┃ ┗━━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━━┛ チェスで似たような局面は次のものですが、 将棋のように図4の動きをしても、成り駒がないチェスでは詰めにはならず、 図5のように逃げられるのです。 図3         図4       図5 ┏━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━┓┏━━━━━━━━┓ ┃      キ ┃┃      キ ┃┃     キ  ┃R・・ルーク(飛車の動き) ┃R       ┃┃      R ┃┃      R ┃K・・キング(王) ┃     K  ┃┃     K  ┃┃     K  ┃キ・・相手のキング ┃        ┃┃        ┃┃        ┃ ┃        ┃┃        ┃┃        ┃ ┃        ┃┃        ┃┃        ┃ ┃        ┃┃        ┃┃        ┃ ┃        ┃┃        ┃┃        ┃ ┗━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛┗━━━━━━━━┛ 図3から勝つには、将棋で言う5手必要です。 それでも「将棋よりチェスが読みやすい」というなら、 初心者にどちらが早く答えが見つかるかを実験してみれば良い。 手数が少ないから読みやすい=引き分けにしやすい=将棋に劣るという理論は、 「サッカーとラグビーとを比べてラグビーが優れたゲームだ」という理論です。 チェスは限られた手の中で考えるというところが、将棋と違う魅力です。 軽々しく世界的なゲームを馬鹿にしないでくださいね。 「逆説の日本史」が小説のコーナーにある理由がわかりますよ。 講談モノとしての価値はともかく、歴史評論や文化論の価値は・・・いうまでもないですな Time : 2001/ 1/22(月) 01:05:26
Name : Ponya E-mail : Title : Toshy さんへ Comments: Ponyaです。ご無沙汰しています。 ## 書店の陳列法について 私も書店の経営者なので、いちおう書店業界の人間から申しますと 「逆説の日本史」が書店の何処のコーナーに並べられているか? というのは どのジャンルにふさわしいか?ではなく、何処に並べたら良く売れるか?です。 陳列スペースに複数の候補がある場合、常に売上高が高くなる方を選びます。 昨今の売り場スペース増床傾向の中でも、これは間違いないと思います。 厳しいマージン率でテナント料を払うとなると、一坪あたりの売上高を厳密に管理 することになりますので、売上高に応じた陳列法を採らざるを得ないからです。 この掲示板ではどちらかというと井沢氏の意見を支持している私の店においても 「一般文芸コーナー」に並べています。そっちのが儲かりますから…(笑) たぶん、内容的にどうみても「専門書」な本があったとしても、著者が小説家なら 文芸コーナーに置くと思います。たとえば遠藤周作さんがキリスト教に関する論文 を書いていたとしたら、それは一般文芸の著者別で「遠藤周作のコーナー」です。 というわけで、書店の陳列場所はあまりあてにならないです。 そういう意味では、図書館ではどうなってるのか興味があるんですけどね。 ## チェスの終盤について チェスの終盤って、将棋とは違ったそういう別の要素があるのですね。 正直いって新鮮な驚きです。たしかに計算機的に一手ずつの分岐の結果を比べて 次の一手を決める方法であればチェスよりも将棋のほうが検索数ははるかに多く なるのですが、長手数が苦になる人間としては「一手詰」の方がはるかに正解に 辿り着きやすいですよね。これは単純に人間と計算機の思考方法の違いなのかも しれませんが、本来は人間同士がやるゲームですから人間の思考法としてどちら が複雑かを検証するべきなのかもしれないと思いました。 ところで、この話題だとすぐ脱線するんですが(笑)チェスの場合も将棋のように 終盤の要素だけを取り出して別のパズルゲームにしたてたジャンル「詰め将棋」 のようなものは存在するのでしょうか?将棋だと棋士ではないが「詰め将棋作家」 という職が存在します。それでメシが食えるかどうか分かりませんが、プロ棋士 でも将棋でメシ食ってる人はごく一部分ですし、そのへんは置いといて…(笑) Time : 2001/ 1/22(月) 06:26:58
Name : とんぼ E-mail : Title : パンダさんへ。 Comments: > 「ピストル」には何の意味もありません。「タキシード」でも「スポーツ > カー」でも「狩猟免許」でも「エンサイクロブリタニカ」でも何でも良い > のです。 当たり前ですね。 個人と天皇家という公機関を同じように考えることに違和感を覚えただけですから。 神の子孫になるのも政治的な選択ならば、人間宣言するのも政治的な選択な訳で、 当然のことながら、姓を持つ持たないも政治的な意味がある訳です。 外来文化の好きな日本人ですが、すべてを取り入れるのではなく、 取捨選択したり、あるいはじっくり時間をかけて取り入れたり。。と 色々な特徴がある訳で、研究する価値があるのではないでしょうか? 「必要ないから」とあっさり切り捨てる問題ではないでしょう。 律令が必要ない状態になっても明治まで大切にしてきた。。という事実もあり、 「必要・不必要」だけで切り捨てるのはもったいない!!(笑い) > もちろん。。。とんぼさんが、誰かにとって「持つ必要がない」ものであ > っても。。。「持たないには持たない理由がある」とお考えになって。。。 > その理由を詮索されるのはご自由ですが。。。 私は研究者ではないすが。。(笑い) > 少なくとも私には「持つ必要がない」ものについて「持たない理由」をお答 > えのしようがありません。 私はパンダさんに答えはもとめているのではないですよ!(笑い) 姓の有無を問題にする価値がない。。これに違和感があるだけです。 一納税者の立場から。。(笑い) 税金の世話になっている歴史学者が研究しないことに不満がある訳です。 もしくは、研究されているのであれば、啓蒙活動が足りない。。と言いたいですね。 もちろん、「答えが出難い」という理由があれば、別ですがね。 これは、無意味だと切り捨てている訳ではないので。 Time : 2001/ 1/22(月) 07:18:01
Name : とんぼ E-mail : Title : チェスと将棋 Comments: Ponyaさんへ。 私も同感です。 コンピュータという石頭(笑い)にとって読みやすいかどうかが 問題でしたよね。 Toshyさんへ。 ずいぶんとお元気そうで、(笑い) > 手数が少ないから読みやすい=引き分けにしやすい=将棋に劣るという理論は、 > 「サッカーとラグビーとを比べてラグビーが優れたゲームだ」という理論です。 面白いです。 しかしながら、サッカーの場合、引き分けにしやすい反面、 番狂わせが多いのも特徴です。 #アトランタ五輪では、日本がブラジルに勝ちました。 そのため、実力チームを決めるための長期にわたるリーグ戦(引き分けあり) と勝負強いチームを決めるためのトーナメント戦に近いカップ戦があります。 (延長やPK戦をやるので、引き分けなし。) 確かに1試合だけを見れば、ラグビーのが優れているのですが、 勝者を決めるシステムを含めて考えれば、ラグビーよりもよい制度(私から見て!!) になっています。 日本では怨霊思想の影響(笑い)??もあって、未だ整備されていませんが、 いづれ整備されることでしょう。 おそらく、チェスも引き分けが多いという弊害を うまく長所として取り入れているシステムになっていることと思います。 Time : 2001/ 1/22(月) 07:44:36
Name : Toshy E-mail : Title : チェスについて Comments: >ponyaさん 書店の陳列はそういう意味でしたか、失礼いたしました。 ちなみにコンピューターの思考能力という意味で考えますと、 あきらかにチェスの方が手がかぎられるため将棋の方が難しい、 ということになりますが、 将棋では香車がひとつだけ進む、桂馬が端に飛ぶ、などという、 人間なら考えないような意味のない手までコンピューターには計算するため、 時間がかかってしまうというわけです。 この辺は将棋指しの羽生さんは理解していらっしゃるから、 井沢氏のような馬鹿なことは言いません。 ちなみに羽生さんは、チェス日本チャンピオンの渡辺君と互角の力です。 さすがですね。世界レベルで、と考えるともちろん・・・・・ですが。 でももし真剣にチェスをやれば、世界チャンピオンまではいかなくても、 世界のトップ級のトーナメントに出られるくらいにまではなるでしょう。 詰めチェスというものもありますよ。 詰め将棋とは違って実戦譜からの抜粋が多いので、これでメシを食う人はいませんが(笑) とんぼさん> ひとつ、井沢氏が播いた誤解の種を訂正します。 チェスでは、引き分けは弊害ではありません。0.5勝0.5敗の扱いになっています。 ノックダウン式のトーナメントでは、引き分け再試合をしますから、 サッカーにあたる延長、PKと同様のことをしています。 Time : 2001/ 1/22(月) 10:14:56
Name : 腐儒 E-mail : Title : 図書館では・・・ Comments: 京都市中央図書館では「逆説の日本史」は歴史のところに並べられています。 書店でも,旭屋とかBook1stといった大型の書店では歴史のところに並べられていました。 小さな書店では文芸書のコーナーに並べられていることが多い気がします。 大学の書店では,歴史のコーナーの中の出し入れが激しいところにおいてありました。恒常的には揃えていません。 Time : 2001/ 1/22(月) 13:34:36
Name : 腐儒 E-mail : Title : 感想なので厳密ではありませんが・・・ Comments: 3年くらい前から、井沢先生の論調の中で 日本文化のやや単純な礼賛と中華人民共和国の非難 が多くなってきたのは私も感じています。 私は「SAPIO」全体の論調と新しい歴史教科書を作る会の影響ではないかと思っていますが・・・ 私としては中華人民共和国との絡みで、江戸時代の儒学が「逆説の日本史」の中でどう評価されるか興味が湧くところです。 「恨の法廷」「忠臣蔵 元禄十五年の反逆」「「葉隠れ」三百年の陰謀」の内容から推理するに おそらく儒学の中の朱子学が御用学問から討幕の思想に転換し、昭和期の軍部の独創の原因の一つとなることが 「逆説の日本史」の中で解明されるのではないかと思いますが、 江戸時代の儒学は大変広い分野を含んだものでありますので、 もしも朱子学だけが取り上げられるようなことがあれば、抵抗を覚えます。 「逆説の日本史」近世編のネタ本となるのはおそらく、 「勤勉の哲学」「江戸時代の先覚者たち」「現人神の創作者たち」 ではないかと思います。いずれも山本七平さんの著作です。 Time : 2001/ 1/22(月) 20:47:15
Name :E-mail : Title : 北条時宗、ドラマの進展が早すぎて、感動が湧いてこん。浅野温子、ドラマぶちこわし。 Comments: >Name : 名無しさん@某国 >E-mail : >Title : 憂国 >Comments: >私はおもしろいと思うが。 >貴殿ただついていけないだけじゃない?(ワラ >Time : 2000/12/29(金) 23:05:28 ↑ こんな事書いている奴。 閲覧者に対して、 どおだあ、俺たちのこの知識についてこれるかあ。 と、中途半端な知識のまま、一人、悦に入っている奴。 どうにもならん。 Time : 2001/ 1/22(月) 21:08:03
Name : エフ音 E-mail : Title : 顔のない神々 Comments: 皆様、お久しぶりです。 もう少しここでは古い話題になってしまったかと思いますが 以前井沢さんの小説の方を読んだ際に、隋書の倭国伝で 倭王の姓が阿毎だという記述があるというのを読んだ記憶があったので 本当に天皇の姓はないというのが真実なのだろうか ということが少し気にかかっております。 開皇二十年、倭王姓阿毎、字多利思北孤、號阿輩[奚隹]彌、遣使詣闕。 この隋書の記述はどのように解釈されているのか、 ご存知の方がおられましたら、ぜひ教えてください。 Time : 2001/ 1/22(月) 23:29:39
Name : Toshy E-mail : Title : 引き分けについて Comments: まず、私は平泉と金色堂に関する井沢氏の説を知り、 氏の本を手にするようになりまたこのHPを見るようになったものです。 もともとは批判のために現れる人物ではございませんでした。 しかし強引かつ支離滅裂な理論が目につきはじめ、最近は少し苛立ちを覚えております。 チェスと引き分けに関することも、そのひとつ。 井沢さんは、プロレスの引き分けとチェスの引き分けを混同していませんかね。 プロレスの場合だと、少し古いがアンドレvsホーガンなんてのはいつも引き分け。 (ハハハ。年代がばれそうだな) リング下に転げ落ちて殴り合いになって、両者リングアウトという奴ですな。 そのほかにも反則とか、勝負を曖昧にするものが多かった。 これは「スターは負けてはいかん」という興行主の考えから、 互いに花を持たせる形でそういう結果になるものです。 チェスの引き分けは、駒がなくなって勝負がつかなくなるだけであり、 「白黒を曖昧にする」のではありません。 引き分けにも曖昧な引き分けと、勝負がつかないものとがあることを理解願いたいですね。 ありえる話ではないけど、もしわしがカスパロフ(元世界チャンピオン)と引き分けたら、 これは大殊勲なのです。 世界でただ一人、井沢氏だけは「引き分けは意味がない」というでしょうけど、 私はその場で死んでもいいと思うくらい喜びます。 逆にわしと井沢氏がチェスで引き分けたら、わしは腹を切って死にますよ。 チェスという異国の文化だから悪口を言うのだろうけど、では柔道は? 引き分けなどほとんどない相撲と比べれば、柔道は劣る競技なのでしょうか。 「引き分けがないから相撲は柔道より優れている」といわないのは、 腐儒さんのいうように、日本文化の単純な賞賛ですね。 僕さん> わしは味方をしてもらったから言うのではないけど・・・・ 某国の名無し殿、下の方ではまともなこといっていますよ? 観阿弥世阿弥の世界は、わしの理解するところではないけどおもしろいと思います。 Time : 2001/ 1/22(月) 23:55:00
Name : きんたろう E-mail : Title : 清和と陽成 Comments: パンダさん、資料提供を有り難うございました^^ >いわゆる曽祖陽成天皇は権現(応神)の十八代の孫なり。頼信は彼の天皇の四世の孫なり。 この部分こそが問題の核心の部分ですね??^^;; 全く頼信も余計な物を残したものだと思いました、笑 貞純親王とは色々と謎のある人物なのですね??^^ パンダさんにとっては十分ご承知の事ですが、下記のように生誕の年の幅がかなり 広い事が分かりました。 貞観15年(873)生まれ説、(系図纂要)、 仁寿3年(853)生まれ説、(尊卑分脈)、 貞観16年(874)生まれ説、(将門・純友東西軍記) 仁和元年(885)生まれ説、(日本紀略) ちなみに没年は、延喜16年(916)で間違いないようですね?? これで見ると生まれた年が一世代くらいのスパンを持っていることが分かります。 つまり、約30年の年月とは全くの別人が入れ替わる可能性も否定できない長さだ と思われても仕方がないのではないでしょうか?? (回りくどい書き方ですみません^^;;) >貞純親王(885〜916?)は、清和死後で陽成退位後に生誕したことになってるよ >うです。 >私は。。。皇位継承の思惑か、財産継承の関係から、貞純親王は元平親王と同一 >人で陽成の子であったが、清和の死後養子となり、一時的に貞純と名乗った。 これはものすごい発想だと思いますよ^^ とても思い浮かびませんでした。 こちらの知識不足なのが残念です、笑 さらにつづく(;^_^A) Time : 2001/ 1/23(火) 00:50:28
Name : パンダ E-mail : Title : 必要がない。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 エヂプト、ギリシャ、ローマでも。。。西ヨーロッパでも十世紀頃まで、 ロシアでは十五世紀頃まで。。。イスラム圏やモンゴルでは現在でも、 いわゆる「ファミリーネーム=氏姓」は持っていない。。。 (これでは法制上不便があるので、かなり整備されつつあるようですが) 約500の「姓」。。。約9割が「張」外九姓に集約されるチャイナ。 約300の「姓」。。。約6割が「金」外五姓に集約されるコリァ。 一方、多くの庶民はごく一時期以外は、持たなかったし、持つことを許 されなかった。。。明治以降は天皇家以外の全国民が「姓」を持つこと を強制されたため、約1万の「姓」が一躍25万近くに増加した日本。 それぞれ、状況が異なるのは当然だと思います。。。 そして日本では。。。大王(天皇)家にとって、「姓」は必要がなか ったから、持たなかった。。。これ以上なんの理由がいるのでしょう か? 歴史学者だって、これ以上答えようがないと思うんですよね(笑い) 外交文書の形式上「倭(国号=王姓)」を称したり、便宜的に「アメ」を 称したかも知れませんが。。。多くの非チャイナ民族同様に、日本では大 王家が国内的に「姓」を持った痕跡は、ないんですよね (五世紀の有力豪族だって。。。XX児、○○児でしょう?) まあ、これでお終いにしますが、とんぼさんの発想には。。。何となく あって当然、無いのが不思議。。。というチャイナ的ニュアンスを感じ てしまいます(笑い)。 Time : 2001/ 1/23(火) 00:55:47
Name : とんぼ E-mail : Title : Toshyさんへ。 Comments: 少々表現が甘すぎましたかね。(笑い) 批判だけならば誰にもできるのですよ。 Toshyさんの詰め将棋の理屈にしても、実際には、 「ルークと飛車は似た動きをするが、飛車のが動ける範囲が少し広い」 ということを1つの実例でしめしただけなのですよ。。分かりますか? 一言で言えば、全く論理的な根拠がない訳です。 この実例とToshyさん主張が全く結びついていないのですよ。 > 将棋では香車がひとつだけ進む、桂馬が端に飛ぶ、などという、 > 人間なら考えないような意味のない手までコンピューターには計算するため、 > 時間がかかってしまうというわけです。 > この辺は将棋指しの羽生さんは理解していらっしゃるから、 > 井沢氏のような馬鹿なことは言いません。 チェスでも事情は全く同じです。 人間なら考えないような意味のない手までコンピューターに計算させています。 ただ、駒の取り捨てによる局面の単純さ、および評価関数と駒の損得の関係が将棋よりも深いことが、コンピュータのプログラムを簡単にしているのです。 そして、現実に世界チャンピオンに勝てるようになった訳です。 Toshyさんは、その事を承知して発言していますか? しかしながら。。 Toshyさんの主張したい気持ちはなんとなくわかる訳ので、 これ以上は言いませんがね。。 サッカーとラグビーの話がありましたが、 ラグビーの試合を見に行ったことがないので、 サッカーと野球を比較しますが。 どちらがゲームとして優れているか? 答えは決まっています。野球です。 しかし、私はサッカーが好きで、野球には全く興味がありません。 Ponyaさんの発言ともつながりますが、 ゲームとしての完成度と、人間がそれを面白いと感じるかは別問題なのです。 ちなみにサッカーでは引き分けは0.3333……点です。 昔は0.5点だったのですが、弊害が多くてこのようになっています。 引き分けだと一試合の価値が減るので、八百長を生みかねないシステムなのですが、 なんとかこれで運用している訳です。 ゲームの完成度の未熟さを、当面はシステムで誤魔化そうとしています。 個人的には、引き分けの1/3点は低すぎるような気もするのですが、 それよりもUEFAカップの複雑なシステムをなんとかして欲しい。。と 思っています。 もちろん、Jリーグの勝ち点制度にもひじょーーーーに大きな不満があります。 てな訳で、 多くの矛盾を抱えているが、サッカーは面白い。。これが私の結論です。 Time : 2001/ 1/23(火) 01:22:11
Name :E-mail : Title : あんたら、何人? Comments: 日本人だったら、日本人の為になることを、 いってくださいよーーーーー。 学者で食っていけないような、ひとたちなんでしょう? だから、ちゅうーとはんぱ、って言ってるんですよ、、、。 Time : 2001/ 1/23(火) 02:55:21
Name :E-mail : Title : 僕が本物の「僕」です。 Comments: ↓ この人、本物の「僕」ではありません。 Time : 2001/ 1/23(火) 09:20:15
Name : Toshy E-mail : Title : えっと Comments: とんぼさんへ ははは。あの例はおっしゃるとおり意味のない話ですよ。 もしチェス・将棋をご存知の方がいれば簡単に崩せる理論でしたが、さすがですね。 ただ選択肢が多いから難しい、奥が深いと勘違いする日本人に、 「駒が少なくなるからこそ難しいチェス」を知ってもらおうとあの詰めチェスを描いただけです。 で、偽の僕さん。 学者だからって偉いんですかねえ。・・・・? それと「日本人のため」というが、他の文化を認めないのは日本人のためになりません。 俺は日本人ですけど、いずれ捨てるかもしれません。 Time : 2001/ 1/23(火) 11:01:41
Name : パンダ E-mail : Title : あの〜。。。 Comments: パンダです。とんぼさん、TOSHYさんへ。。。横レスですが。。。 >>しかし、私はサッカーが好きで、野球には全く興味がありません。 これは良く分かります。。。もともとゲーム(スポーツ観戦)は、趣味 嗜好という極めて主観的なものですから。。。好き嫌いを論じるのは楽 しい話題であっても、本来は議論の対象ではありませんね(笑い) >>サッカーと野球を比較しますが。どちらがゲームとして優れているか? >>答えは決まっています。野球です。 ところが。。。これは良く分かりません。一体如何なる基準に照らして 野球が優れていると決められるのでしょうか? 優劣というものは。。。何らかの客観的基準があっての話だと思うんで すが? 麻雀とブリッジと花合と(夫々のルールも多様に広がっていますが)の ゲームとしての客観的優劣なんてあるんですか? あるのは面白さの違 いだけであり、それは個々人の主観的な領域に属するものでしょう(笑い) いうまでもなく、複雑かつ判断の多様性を持つゲームが優れているとは 言えませんよね? もともと。。。将棋とチェスについて、井沢さんが客観的優劣を論じた (のであれば?)こと自体が。。。見当はずれのナンセンスな議論のよ うな気がするんですが。。。? Time : 2001/ 1/23(火) 13:22:06
Name : Ponya E-mail : Title : 横レスの横レスですが・・・。 Comments: え〜っと、いちおう「逆説の日本史8巻」の関連章を見ますと、 「将棋とチェス」の優劣について述べてある部分は「枝葉」にあたります。 井沢氏の述べている「将棋」についての概要は次のようなことです。 ●将棋は日本文化の象徴「輸入改良型」文化の金字塔である。 ●将棋はこの種のゲームでは世界一である。(笑) ●将棋は戦争ゲームではなく、マネーゲームである。 ●それを生み出したものは「ケガレ忌避信仰」と「コトダマ思想」である。 あらら、フォローになってませんね。ほんとに世界一って書いてあります(笑) その世界一であることの根拠として、 ・チェスと将棋のコンピュータとの対戦例 ・取った駒の再使用ルールによる局面の複雑化 ・結果としての「引き分け」の数の違い 等について述べており。 マネーゲームであることの根拠として ・駒の名称(金・銀・桂・香・玉)について ・将棋のルーツ、「チャトランガ」→「マーク・ルック」について ・駒の形状(平面漢字表記)は別のルート(中国・朝鮮)からの採用 (↑これらは再使用ルールの為であり、さらに五角形はオリジナル) ・取った駒の再使用ルールが出来た理由 等について述べているわけです。 (詳しくは8巻を買ってから、お読みください) 世界一かどうかは皆さんの判断にお任せするということで…置いといて、 ●ケガレ忌避信仰とコトダマ思想が「将棋ルール」の生みの親である。 というのは、実は私もまだ納得できていません。 それだと、平安期「大将棋」からの駒の名称や種別の歴史的な変遷と矛盾している ような気がするのです。このへん反証の根拠(現在調査中)にやや自信がないので 今はまだ述べませんが、纏まりましたらそのうち述べさせていただきます。 Time : 2001/ 1/23(火) 18:50:23
Name : とんぼ E-mail : Title : 説明不足 Comments: >>サッカーと野球を比較しますが。どちらがゲームとして優れているか? >>答えは決まっています。野球です。 > ところが。。。これは良く分かりません。一体如何なる基準に照らして > 野球が優れていると決められるのでしょうか? 説明不足でした。 この場合は「引き分けのなりにくさ」が大きな基準となっています。 なお、 チェスでは、引き分けの多さは問題ではないようですが、 サッカーでは引き分けの多さが大きな問題なのです。 Time : 2001/ 1/23(火) 20:06:03
Name : とんぼ E-mail : Title : Toshyさんへ Comments: > ただ選択肢が多いから難しい、奥が深いと勘違いする日本人に、 > 「駒が少なくなるからこそ難しいチェス」を知ってもらおうとあの詰めチェスを描いただけです。 なるほど。。 Toshyさんの気持ちは分かりました。 確かに勘違いしている日本人は多いかも知れませんね。 セラミック製の石頭と我々の脳は根本的に構造が違いますからね。 ところでチェスの魅力は、力強い駒による肉弾戦!! でしょうか? ソンビみたいに復活したら、きっと魅力は消滅してしまうんでしょうね??(笑い) ご存知でしたら、教えて欲しいのですが、 「石頭の助けを借りるチェス (computer-aided chess)」という競技があるそうですが、 その状況を教えて下さい。 人間1人よりもどのくらい(説明しづらいとは思いますが。。)強くなるのか、 興味があります。また人気のほどは?? Time : 2001/ 1/23(火) 20:47:22
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : 遊惟さん、大変ありがとうございます。漢印欧語の同音同義! Comments: 勇み足は誤解を増幅します。 私の提言を、整理して申し上げます。 1.英語(印欧語)と漢字(漢字語・漢字と成って記録されている語彙)は、同音同義のものが多くある。 ・・・同音同義の事例を、HPで順次提示しています。 2.1故に、漢字語と印欧語は、同じ共通の基語から作られている。 これは、借用・通用など伝播や交流によりお互いの言語体系に摂り入れられたと言う事も含みます。 つまり、言語の語彙の音義が同じである・同音同義の語彙のそれぞれの言語体系での派生関係までが対応しているといっているのであって、 民族や文化や言語の体系の全てが対応していると言っているわけでは、 ありません。 3.1.2故に、漢字語と印欧語の二つの言語体系の語彙は、比較する組み合わせが次ぎから次ぎへ同音同義かつ同源 という対照事例が検証される状態なので、 同源といってもさしつかえないほどなので、先行して同源説を述べました。 4.さまざまな言語において、音と義(意味)に同様の関係が見られそうです。 ですから、世界共通基語構想をたてました。 世界の言葉を、同音同義のお互いの語彙で表記しあう構想です。 5.同様の現象は、同様の音で現われ、同様の言葉に成っている。 人間の心は、同様の現象を、同様の音で捉え、言葉にしている。 音や言葉を、漢字という表音表意の文字で表記すると、物事の現象に現われる、 自然の摂理や社会の道理や人間の心理や物体の性質や物事の現象が読み取れます。 みなさんは、3と4と5という構想や想定を非難して、1と2の事実を批判されますが、1と2の事実を否定しきれないようです。 現代において、1と2だけでも、英語学習や教育の効率は激変するはずです。 「英語などの印欧語の語彙が、漢字の同音同義の姿で表記できる」ということに。焦点を絞るべきところを、3〜5 までも唱えてしまう私の勇み足が大事な要点をぼかしてしまったのです。 ごめんなさい! 5つにわけて、御批判下さい。 そして、それぞれに分けて意義をお考え下さい。 私のHPでは、1と2の事実が、学問的に提示されています。 提示の意義と重大さを、御理解頂けるようお願いします。 漢字を取り入れて自分の物とする事が出来た、日本の21世紀の重大な役割であり、世界が良く変わるための提言 と思っていますが・・。 Time : 2001/ 1/23(火) 21:36:12
Name : 大和田洋一郎 E-mail : Title : 言葉の翻訳で、音や意味が似ているものや同じものの活用を!みなさん、遊惟さん!ある英語とある漢字語は、同音同義です。 Comments: 二つの言語の関係において、同音同義を、 お互いの言語の理解に活用できますね! そうしましょうよ! http://www.aiwa-cupid.com に、英語(印欧語)と漢字語の語彙の多くが、同音同義でかつその言語の成り立ちまでも同様である事例が、無数に紹介されています。 それぞれの事例が「同音同義でかつその言語の成り立ちまでも同様である」と思えない方は、御説明致しますので、お問い合わせ下さい。 特に30系列の比較は、容易に御理解頂ける事でしょうし、説明も充分にできるものです。 Time : 2001/ 1/23(火) 21:53:55
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : みなさまへ、井沢元彦氏のBBSへの投稿理由 Comments: 私の提言の1〜5は、 @井沢氏が重要視している言霊の実態に迫ることだからです。 A人間が、自分を自覚したり、認識したり、思考したり、記憶したりする心が、 英語の誤訳や誤った理解によって侵され、日本人の日本語理解や言語理解が歪んで、 精神そのものが崩壊しつつあるからです。 こちらの掲示板のみなさまが興味を持たれますように、お祈り致します。 Time : 2001/ 1/23(火) 22:20:22
Name : 腐儒 E-mail : Title : おそらく Comments: 井沢先生が,「世界で一番素晴らしいボードゲームは将棋であると「私は」思う」 と書いてあればToshyさんとしては何も問題なかったんだと思います。 であれば井沢先生の個人的な見解になりますから。 客観的事実であるように捉えられるかき方だった事をToshyさんは問題視しておられるのではないでしょうか? Time : 2001/ 1/23(火) 22:28:20
Name : パンダ E-mail : Title : ゲームに言霊?? Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 >>説明不足でした。この場合は「引き分けのなりにくさ」が大きな基準と >>なっています。。。。 >>サッカーでは引き分けの多さが大きな問題なのです。 失礼ながらマスマス分かりません。(笑い) 引き分けが生じ易いのは。。。一般的に点が取り難いからですよね? そうすると。。。とんぼさんにとっては、点が取り易いかどうかが球技と しての優劣を判定する基準なのでしょうか?? 仮にそうだとすれば。。。ゴールをもう少し大きくしてゴールゲットを容 易にすれば(あるいはそうであったら。。。)、サッカーは、より優れた ゲームになる(だった。。。)のでしょうか?? 私たちは。。。実力伯仲のティーム同士が、見事な連携プレーで攻防しあ い、取り難いゴールをゲットするところにサッカーの醍醐味を感じている んですよね。一方バスケにはスピード感の溢れる大量得点に面白さを見つ けています。 そこにゲームとしての好みの差はありますが、何の優劣があるというので しょうか? 私には、こういったゲーム論自体ががナンセンスだと思われ てなりません。。。(笑い) なお、総合順位決定に当って。。。どういう方式をとるか、あるいは引き 分けを如何に評価するか。。。これはゲームそのものとは、全く別の問題 になると思いますが。。。 で。。。ここにも怨霊・言霊が(^0^)を出すんですか。。。(笑い) ponyaさんへ。。。 >>●ケガレ忌避信仰とコトダマ思想が「将棋ルール」の生みの親である。 >>というのは、実は私もまだ納得できていません。 マネーゲームにも。。。「ケガレ忌避信仰とコトダマ思想」ですか? ファンの方には失礼ですが、ある種のジョークか。。。さもなくば病気 の類かも。。。(笑い) Time : 2001/ 1/23(火) 23:04:44
Name : Toshy E-mail : Title : .... Comments: まずは「本物の僕」さん。(笑) すみません、某国さんからメールが俺んとこに来ました。。 申し訳ない、俺の古い(というほどでもなく1年くらいの)友人だったようです。(冷や汗) いいわけをしていますがそれは置いといて、ここはお許しください。 それと「偽の僕」さん。 >何人だっていわれても、私は一人しかいないんですけど・・・ という回答です。ははは。 某国さんはもう、このHNでは書き込みしないと思います。 とんぼさん> 復活に関するチェス、実は考案中でしてん。どうやるかは、ヒ・ミ・ツ(笑) で、コンピューターの助けを借りる点ですが、 わしは実力二段。二段レベルのコンピューターとわしが組むと、 おそらく三段から四段の力を発揮するでしょう。 というのは、コンピューターには学習能力がないため、「嵌め手」に気づかないのです。 ある程度嵌め手の定石を知る俺がその手を遮断することによって、 二段レベルのコンピューターが負けるべき筋を回避することが出来るというわけですね。 また人間なら考えない手を考えるコンピューターにその手を考えさせないことで、 コンピューターの力は相当になってきます。 カスパロフが負けたのは、この人間&コンピューターの連携があったといわれています。 会場でコンピューターが対戦したのではなくて、 コンピューターのある部屋(外部と遮断)からの指令で会社側がチェスを指していたのが、 疑惑の種となっております。 パンダさん> 井沢氏はそのように、「客観的事実のように」将棋が優れたものだといっています。 だからわしがここで暴れているわけですな(わら) 腐儒さんがおっしゃったような書き方なら問題にしませんが、 引き分けというレベル(それもコトダマだか怨霊と関連させる馬鹿な思想) で世界的な文化を誹謗するのは、まともな人間ではないと思えてきますね。 引き分け思想をコトダマと関連させて述べた井沢氏が、 チェスに対してコトダマのコの字も出しませんぜ。どういうつもりなんざんしょ。(わら ところで。日本チェス協会のお偉方が、 「将棋はお年寄りのゲーム、チェスは紳士のゲーム」と会報に書いていました、 私からこの馬鹿ドモに代わり謝罪を申し上げます。 Time : 2001/ 1/23(火) 23:32:43
Name : とんぼ E-mail : Title : Toshyさんへ Comments: レスありがとうございます。 > カスパロフが負けたのは、この人間&コンピューターの連携があったといわれています。 ほー、そんな疑惑があるのですか。 少なくともオセロのようにコンピュータが圧勝する状況ではないのですね。 > 井沢氏はそのように、「客観的事実のように」将棋が優れたものだといっています。 > だからわしがここで暴れているわけですな(わら) うーーーーん。なんというか。。 あそこで述べているのは、井沢先生の定めたルールに従って判定した結論でしょ? それが理解できるような書き方なので、 特に問題があるようには見えませんが。。 ただ、Ponyaさんではないですが、私も納得できない部分もあります。 #Ponyaさんと同じ箇所かどうかは知りません。 Time : 2001/ 1/24(水) 00:57:07
Name : とんぼ E-mail : Title : パンダさんへ。 Comments: Toshyさんの「サッカーとラグビー。。」の「サッカー」という言葉に 引っかかってしまって、なかなか「姓」と「呼称問題」に戻れませんが。。(笑い) > そうすると。。。とんぼさんにとっては、点が取り易いかどうかが球技と > しての優劣を判定する基準なのでしょうか?? > 仮にそうだとすれば。。。ゴールをもう少し大きくしてゴールゲットを容 > 易にすれば(あるいはそうであったら。。。)、サッカーは、より優れた > ゲームになる(だった。。。)のでしょうか?? いえいえ。 サッカーのゴールは広すぎて、もうこれ以上は広くできませんよ。(笑い) 狭く見えるのはディフェンスの技術がオフェンスの技術より向上しているからです。 FIFA及び各国のサッカー協会は点を入れさせるゲームにするための工夫をあれこれしてます。 ただし、サッカーとしての面白さを損ねない範囲で。。 > 私たちは。。。実力伯仲のティーム同士が、見事な連携プレーで攻防しあ > い、取り難いゴールをゲットするところにサッカーの醍醐味を感じている > んですよね。 「取り難いゴール」と「感動的なゴール」は違うのですよ。 多少共通する所もありますがね。。 「ビューティフルゴール」には、脳味噌の回路が化学変化するような。。そんな衝動を受けます。 > なお、総合順位決定に当って。。。どういう方式をとるか、あるいは引き > 分けを如何に評価するか。。。これはゲームそのものとは、全く別の問題 > になると思いますが。。。 > で。。。ここにも怨霊・言霊が(^0^)を出すんですか。。。(笑い) 言霊は出てきませんが、怨霊は出てきます。。なぜか出てくるんですね。。(笑い) Jリーグでの出来事ですが、可愛そうだからと、30分の延長でも決着がつかなくて、 PK戦を行った場合に、PK負けの場合に勝ち点1が付く。。 というとんでもない制度がかつてありました。 「一生懸命がんばったのに、可愛そうだから。。」 っていうのがその理由でしょうが、さすがに弊害が多くてすぐに消滅しました。 > ファンの方には失礼ですが、ある種のジョークか。。。さもなくば病気 > の類かも。。。(笑い) どうなんでしょうか? 病気の類と本気で思っているなら、パンダさんはこのHPに投稿しないのでは??(笑い) Time : 2001/ 1/24(水) 01:02:27
Name : Toshy E-mail : Title : 野球の中で、最も優れた試合 Comments: 引き分けがないゲームはすぐれている。大リーグには引き分けがない。 日本のプロ野球はまだまだ大リーグに及ばないのはそのためである。 しかし日本にも優れた野球があった。 ストライクが入らない、エラーぽろぽろで得点が入りやすく、 引き分けになることが少なくなる、そこらへんの草野球である。 以上、野球評論家の伊沢元比古氏が述べていました。(わら Time : 2001/ 1/24(水) 11:28:39
Name : 游惟 E-mail : Title : 大和田さんへB Comments: またまたご丁寧なレスをありがとうございます。 しかし、やはりあなたの説には賛同出来ません。なぜなら、あなたは言語の普遍性を探ること と、全ての言語の同源性・親縁性を探ることを混同なさっています。 あなたは今英語と中国語を比較研究なさっているわけですが 比較研究というものは三つのタイプに分けられます。 @狭義の比較研究(comparative research)   二つの言語の語彙・文法その他を比較することによって、その親縁性を論じる。   印欧語相互の親縁関係などを論じるのはこの狭義の比較研究です。   これを「歴史研究」であると明確に規定している学者もいます。 A対照研究(contrastive research)   二つの言語を比較し、その共通点と差異を論じる。   この方法による研究成果の典型が「英和辞典」などの辞書や文法書などです。 B類型研究(typological research) 多くの言語を比較することによって、基本的構造の類型を抽出する。 世界中の言語をその動詞と目的語の位置によってSVO型・SOV型等に分類したり、   孤立語・膠着語・屈折語などに分類したりするのがこの方法の比較研究です。 あなたが今やっておられる英単語と中国語(漢字)の比較はAの対照研究に属することであり、 構想しておられる世界全ての言語の普遍性を論じることはBの類型研究に属することですが、 あなたはそれを@の狭義の比較研究(歴史研究)と混同しています。 もちろん二つの言語の比較研究は、最初は対照研究から始まります。 そして、例えば日本語と○○語の対照研究をしていると、日本語と意味・発音がよく似ている 単語が見つかり、その数が多く、しかも基本単語に似た言葉が多いというのであれば、日本語 とその○○語の親縁関係を仮定して、狭義の比較研究(歴史研究)に移行するということはあ り得ます。 但し、歴史研究となれば、それは単に言語の問題だけでなく、○○語を話す民族と日本民 族は人種が同じか、過去にどんな接触があったか、どこからどのように二つの民族が別れたか など、歴史学的・考古学的・文化人類学的な考察が必要になってきます。 あなたが今やっていることは対照研究の域を出ず、あなたが発見したと称している英語と漢字の 音韻対応は数もごくわずかで基本単語と言えるようなものではなく、それが借用語である可能性 もあり、さらに両言語を話す民族が明らかに別の人種に属しているのであれば、それが歴史研究 に移行することはまずあり得ません。 また、世界中の言語の普遍的な性質を考察するのはBの類型研究であり、世界中の言語の同源性 ・親縁性を探る@の狭義の比較研究(歴史研究)とは似て非なるものです。 世界には約三万の言語があるといわれていますが、主語・動詞・目的語の関係を考えれば、 理論的にSVO型・SOV型・VSO型・VOS型・OSV型・OVS型の六つしかあり得ず、 しかも実際にはVOS型・OSV型・OVS型の言語は見つかっていないのです。中国語と英語 の文法構造はともにSVO型でよく似ているといわれますが、二つの言語が偶然同じ型の文法構 造をとる確率は6分の1(事実上3分の1)もあるのであって、珍しいことではありません。 また、地球人類の発音器官は人種に関係なく同じなのであって、発音できる音節の数は限られて おり、二つの言語の間に偶然意味・発音が似た単語が生じることも珍しくありません。 例えば、母親のことを英語では「ママ」と言い、中国語でも「マ−マ」と言い、朝鮮語では「オ ンマ」というように、世界中の言語を調べると母親を指す幼児語がM音を含んでいる確率は非常 に高いのですが、これは歯が生えそろわない赤ん坊がまず発音する子音は両唇音のMであるから であって、世界中の言語が共通の祖語から分化した証拠にはなりません。 一生懸命英語と中国語の対照研究にいそしんでおられるあなたに水をさすようで悪いですが、 対照研究はあくまで対照研究であり、歴史研究や類型研究と混同してはいけません。そして、 あなたの対照研究はまだ歴史研究に移行するだけの材料を揃えていない(おそらく永遠に揃わ ない)のです。 ただ、歴史研究ではなく類型研究として中国語と英語の同類型性を論じるのであればあなたの 努力も無駄ではないかもしれません。 Time : 2001/ 1/24(水) 12:53:39
Name : パンダ E-mail : Title : 本当に本気ですか。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 >>いえいえ。 >>サッカーのゴールは広すぎて、もうこれ以上は広くできませんよ。(笑い) ピストルの件といい。。。どうもかみ合いませんね(笑い) 私は、何も ゴールを広げろっていってるんじゃないんです。 >>点が取り易いかどうかが球技としての優劣を判定する基準なのでしょう >>か?? つまり。。。引き分けの多寡(得点の難易)によって、そのゲーム(スポ ーツ)の優劣を判定する客観的基準とするのが本当に妥当ですか? サッカーについていえば、得点の難易を変えることで、客観的優劣が変わ ると本気でお考えなのですか? 。。ということなんです(笑い) というより。。。そもそもバスケ・野球・ラグビー・サッカー・将棋・チ ェス・オセロetc には夫々の個性があり、その個性についての主観的優 劣(個人的に好きか嫌いか、面白いか面白くないか)はあっても、客観的 優劣など存在しないんじゃありませんか。。。 井沢さん(とんぼさん)がこういった趣味・趣向に属する領域に客観的優 劣を持ち込まれ。。。将棋がボードゲームで世界一とか、野球がサッカー より優れているとか。。。おっしゃること自体が間違っちゃあいませんか 。。。といってるんです。 早い話が。。。とんぼさんは本当に本気で、野球の方がサッカーより引き 分けの可能性が少ないのだから、客観的に優れた球技である。。とお考え なんでしょうか? もしYesならば。。。もう何にもいいません(笑い) >>病気の類と本気で思っているなら、パンダさんはこのHPに投稿しない >>のでは??(笑い) おっしゃるとおりですが(笑い)。。。最近ある雑誌で、井沢さんが。。。 「逆説とは言っているが、本来私の方が真説だと思っている。逆説は一種 の謙遜です」 と言い切られたのを見て、チョットそれに近いんじゃないかと。。(笑い) Time : 2001/ 1/24(水) 21:55:35
Name : 腐儒 E-mail : Title : パンダさんへ Comments: まず「逆説の日本史」第8巻を読んでから発言をされては? もし読んでいてそう発言するのであればあなたは詭弁を使っていますよ。 まず将棋に関して井沢先生は、 (A)将棋が世界一である(これは勇み足の発言でしょうが) 1、その理由は、駒が復活するからゲームが複雑になる 2、チェスのように引き分けが少ない (B)将棋で駒が復活できるようになったのは将棋が戦争ゲームから商業のゲーム に転換したからである。 (C)何故転換したか、その理由は、戦争を嫌った公家が商業ゲームに変えたので はないか。 論理としてはA→B→Cと進んでいます。今この掲示板で問題になっているのは Aの妥当性です。これはファンの私としても少々首をかしげざるを得ない。 しかし「逆説の日本史」の中で大事なのはむしろ(B)(C)の方でしてね、 (A)はその導入くらいの意味しかありません、ですから、 (A’)将棋は駒が復活する世界でも珍しいゲームである。 (B)将棋で駒が復活できるようになったのは将棋が戦争ゲームから商業のゲーム に転換したからである。 (C)何故転換したか、その理由は、戦争を嫌った公家が商業ゲームに変えたので はないか。 こうなれば、意見としてはおかしくないのですよ。 (B)(C)が正しいかどうかまた別の器械に論ずれば良いことですが、 (B)(C)は、この場合間違っていてもそれは井沢先生の神経がおかしいという話にはなりません。 (A’)は誰もが認めることでしょうし。 それに井沢先生は野球がサッカーより優れているなんて一度も言っていないでしょう。 これはこの話題を議論する過程で、我々が例えとして持ち出したものです。 パンダさんの言い方では井沢先生がそう言ったかのように捉えられかねません。 それに怨霊が出てくるのは(C)になって初めて出てくるのです。 (A)と怨霊は全く何の関係もないのですよ。 Time : 2001/ 1/24(水) 23:16:31
Name : 腐儒 E-mail : Title : 訂正 Comments: 首をかしげるを得ない→首をかしげざるを得ない 器械→機会 Time : 2001/ 1/24(水) 23:20:18
Name : とんぼ E-mail : Title : 客観基準の役割とは。。 Comments: ここまでレベルを下げないとコミュニケーションってできないんですかね(笑い) > ピストルの件といい。。。どうもかみ合いませんね(笑い) そのようですね(笑い) > というより。。。そもそもバスケ・野球・ラグビー・サッカー・将棋・チ > ェス・オセロetc には夫々の個性があり、その個性についての主観的優 > 劣(個人的に好きか嫌いか、面白いか面白くないか)はあっても、客観的 > 優劣など存在しないんじゃありませんか。。。 客観基準というのは、主観を補佐することしかできないんですがね。。 最近のサッカーはつまらない ==>何が原因だろうか? ==>引き分けが多すぎるからじゃないか? という感じで原因を分析し、改良するために客観基準は使われる訳です。 多くの人に原因を理解し共有するための。。言わばコミュニケーションの1つの手法です。 本当にここまで説明しないと理解できないのでしょうか?? 理解に苦しみます。 もちろん、引き分けの多寡は1つの客観基準に過ぎないのですがね。。 その他にも競技人口等々、色々な基準があるでしょう。 人間の主観も、多くの人にアンケートをとって統計処理すれば、立派な1つの客観基準になります。(笑い) > サッカーについていえば、得点の難易を変えることで、客観的優劣が変わ > ると本気でお考えなのですか? 。。ということなんです(笑い) と言う訳で、客観基準は主観を補佐するのが目的だと知っているならば、 このような質問自体がナンセンスでしょ?(笑い) 話は変わるが、 少なくともFIFAと各国のサッカー協会は引き分け減らしに取り組んでいるのは事実です。 サッカーの楽しさを失わない範囲で、ゴールが取りやすいゲームにしようと苦慮してます。 例えば。。 90分で決着がつかない場合は7人(通常は11人)で延長戦をやろうとか。。 多くの案が出ては消えている状態です。 とにかく、妙案がない!! ストライクゾーンを変えるだけでもかなりゲームの調節ができる。。そんな野球に比べて大変なのです。 > 早い話が。。。とんぼさんは本当に本気で、野球の方がサッカーより引き > 分けの可能性が少ないのだから、客観的に優れた球技である。。とお考え > なんでしょうか? もしYesならば。。。もう何にもいいません(笑い) 意味を無視して、言葉尻ばかりとらえてると、こんな質問が出るんですよね。。(笑い) #って書くと、「どこで意味を無視した?」ってなるのでしょうか??(笑い) Time : 2001/ 1/25(木) 00:38:45
Name : とんぼ E-mail : Title : Jリーグでは。。 Comments: > 少なくともFIFAと各国のサッカー協会は引き分け減らしに取り組んでいるのは事実です。 > サッカーの楽しさを失わない範囲で、ゴールが取りやすいゲームにしようと苦慮してます。 すみません。 日本は、ここでの各国に入りません。 現在のシステムは無理に引き分けを減らしてしまった弊害があり、 タブン、今後は引き分けを増やす方向に進むでしょう。 ただ、進む方向は逆でも、「引き分けを少なくしたい!」ということに変わりはありません。 Time : 2001/ 1/25(木) 00:50:17
Name : Toshy E-mail : Title : チェス論から義経論へ?! Comments: とんぼさん> >人間の主観も、多くの人にアンケートをとって統計処理すれば、立派な1つの客観基準になります。 このお言葉感謝します。わしは多数決の理論で話をするのが嫌いで、 この度も避けようとしていましたけど、助かりました。 チェス=世界中、ほとんどの国で愛好される。      (実はFIDEチェス連盟はサッカー連盟よりも大きい。) 将棋=日本以外でやっている国はない。 つまり。 「チェス>将棋」が成立? わしはこのように考えてはおりません、念のため。 「引き分け」を欠点とするなら、なぜ世界中でこれほどに愛好されるかを、 井沢センセイにはご説明願いたいですね。 チェスでは将棋の段と違い、レイティング制度があります。 これのおかげで、「ひきわけ」は重要な意味を持ってきます。 上位者と引き分けることによって自分のレイティングは上がり、 「勝ち」と同様の意味を持ってきます。上位者から見ると負け同様です。 腐儒さん> すみません、話がややこしくなりますが、怨霊と関連づけたのはわしです。 「逆説5」では、引き分けと怨霊信仰とを結びつけて話を進めていますよね。 勝負を“つけない”引き分け(=怨霊信仰から来るもの)と、 大リーグなどのように勝敗が“つかない”引き分けとを混同しているから、 この「8」で話が混乱してくるのです。 井沢さんには、きちんと意見を整理した上で本を出してもらいたいです。 と、その判官びいきと怨霊のことを考えているうちに、 義経=人気者に関することを思いつきました。後日書きます。 パンダさん、すみませんが突っ込みのご用意を(笑) Time : 2001/ 1/25(木) 01:11:51
Name : 藁) E-mail : Title : Toshy君 Comments: >俺は日本人ですけど、いずれ捨てるかもしれません。 日本語しか理解できなくて、日本語でしかコミニケーションできないくせして 軽はずみにこんなこというもんじゃありませんよ どこの国が亡国の民を受け入れてくれるんでしょうかね? 南極でもすみますか、、、いっそのこと。 Time : 2001/ 1/25(木) 02:20:35
Name : Toshy E-mail : Title :Comments: わしは5ヶ国語話すんですけど? Time : 2001/ 1/25(木) 09:51:22
Name : Toshy E-mail : Title : ところで Comments: 南極か・・・・それもいいかも(わら) でもその前に、シベリアに参ります。抑留ちゃう。 あちらで日本語教師をせんかと招かれておりますねんて。 日本を出るかもしれんといったのはそういう意味です。 イルクーツクの日本語教師については、 幕末日露交渉史を一度お勉強になるよろし。 しかしわしに対する私怨を持った奴もいるんだなあ。(w わしもどうやらパンダさん同様の大物になりつつあるということで?! Time : 2001/ 1/25(木) 10:21:30
Name : パンダ E-mail : Title : 客観基準および詭弁。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。。 2者(野球とサッカー等)の優劣を判定するための客観的基準と、1者(サ ッカー等)の問題点を把握するための客観的基準(認識でしょうね)を混同 しておられませんか?(混同でなければ。。。それで結構ですが) 何れにしても、主として「引き分けの多寡」を基準として、ゲーム(スポー ツ)の優劣を判定するのが妥当とお考えなんですね。。了解しました(笑い) 将棋・チェス・囲碁・オセロ。。。について、この基準で優劣を判定なさ って下さい。 バレ−・バスケ・ラグビー・サッカー・ホッケー・サッカー 野球・クリケット・ポロ・アメフト。。。に関してもご自由に(笑い) >>競技人口等々、色々な基準があるでしょう。。。 ハ〜ア??? そんなに色々な基準も認められるんですか???。。。 競技人口を基準にすれば、チェス・サッカーが優位に決まっています(笑い) (もちろん、これは優劣の基準ではなく人気の高低の基準ですが。。。) 負傷発生、必要経費、場外騒乱、プロ平均収入。。。まあ色んな基準を作っ て、綜合ポイントで優劣を判定されますか? 夫々の競技愛好者やその競技の母国が、その判定に賛同するかどうか、お試 しになるのも面白いでしょうね。。。ただし全世界から非難と嘲笑を浴びる ことは、覚悟なさったほうがよろしいかと。。。(笑い) レベルの低い議論で失礼しました。。。 腐儒さん(お久しぶりです)へ。。。今度は詭弁ですか(笑い) >>「逆説の日本史」の中で大事なのはむしろ(B)(C)の方でしてね、 >>(A)はその導入くらいの意味しかありません、 私は。。。ここでは(A)に関する話をしているんでしてね(笑い) 導入部分であろうがなかろうが。。。(A)について疑問があるから指摘し ているんです。 必要があれば(B)(C)についても言及しても良いんです が。。。これなくして(A)を語ってはいけませんか(笑い) >>井沢先生は野球がサッカーより優れている。。。パンダさんの言い方では >>井沢先生がそう言ったかのように捉えられかねません。 私は一貫して、とんぼさんにお聞きしてきたはずですが。。。 ナゼ? ドウシテ? ドッカラ? 「井沢先生がそう言ったかのように捉 えられかね」なくなるんでしょうか(笑い) こういった「道理にあわない」意見を、通常世間では「詭弁」と称するんで すがね。。。(笑い) もっとも、このとんぼさんのご意見が。。。引き分けがないゲームは優れ ている。。。というような井沢理論によるものならば(?)、井沢さんも 同意見になるのかも知れませんが。。。私の知ったことではない(笑い) >>それに怨霊が出てくるのは(C)になって初めて出てくるのです。(A) >>と怨霊は全く何の関係もないのですよ。 ああ。。。そうですか。 >>日本では怨霊思想の影響(笑い)??もあって、未だ整備されていませんが、 >>いづれ整備されることでしょう。    とんぼさん 2001/ 1/22(月) >>言霊は出てきませんが、怨霊は出てきます。。なぜか出てくるんですね。。 >>(笑い)                     とんぼさん 2001/ 1/24(水) なんてご意見もあったのですが。。。これに関してはTOSHYさんのフォロ ーに甘えて、回答は差し控えさせて頂きます。 >>●ケガレ忌避信仰とコトダマ思想が「将棋ルール」の生みの親である。と >>いうのは、実は私もまだ納得できていません。pnnyaさん 2001/ 1/23(火) で。。。貴方はこれについて、納得されているのでしょうか? Time : 2001/ 1/25(木) 13:23:31
Name : 八直屋 E-mail : gr6m-kwnb@asahi-net.or.jp Title : 横レス Comments:  Toshyさん、はじめまして。 Toshy さん wrote: > わしは5ヶ国語話すんですけど?  つかぬことをお伺いしますが、大和田洋一郎さんの例のサイトの 掲示板に以下の投稿をされた Toshyさん、ですか? > お名前: Toshy    URL > > 井沢HPから来ました(^^) > まだじっくりと読んでいませんが、おもしろいです。 > かくいう自分は英語専門でしたので、このような話は実に興味があります。 > > がんばってください > > [2001年1月18日 10時27分3秒]  私は游惟さんと違って言語学の知識はないのですが、それでも 大和田洋一郎さんの主張には疑問を感じています。はっきり言っ て「トンデモ」の類と思っています。  私がしたような冷笑を多く経験されているようで、大和田さんの 文章にはその恨みがにじみ出ていますね。 大和田洋一郎さん wrote: > ●あなたが、私の提示しているデーターを、理解する力がないのです。 > ●あなたや私や真実を見る術を知らない言語学者達などがどう思うかなどは、 > 論外にしましょう。 > 大事なポイントは、「事実か真実か」なのです。  丁寧な口調ですけど、私には「人の話しを聞く気が無い」ように しか見えません。  でも5ヶ国語を話されるToshyさんが「このような話は実に 興味があります」とまでおっしゃるので、何か貴重な見解をお持ち なのか?と気になりまして、上のような質問をする次第です。 Time : 2001/ 1/25(木) 14:47:38
Name : きんたろう E-mail : Title : 陽成源氏の謎^^ Comments: こんばんは、パンダさん、みなさんv(^o^) ここに来て急に書き込み量が増えてますね^^ ちょっとカメレス気味ですが...笑 元平親王は陽成天皇の第二皇子ではなく実は第三皇子だったらしいとも言われています。 このようにこの人物もまた不明な点がかなり多いのです。 だからこそ系図詐称??^^;;が可能だったとも言えるわけですが... 陽成源氏の特徴としては父親の陽成天皇が暴虐の天皇として歴史に名を残している ことを第一に挙げる事が出来ると思います。 陽成天皇とは9歳で即位して16歳まで皇位にありました。 まだ子供ですよね^^;; この天皇は奇行が多かったとされています。 陽成天皇は数え年17歳にして「退位」していますから最近のキレル17歳よりも 一歳前にして「隠居」している事になります(^^ゞ この年齢から考えると「暴虐」というレッテルを貼られているのは可哀相な気がし ますね^^;; ところが彼は驚くべき事に80歳以上も長生きしているのです。 つまり彼の隠居生活とは何と65年にも及ぶ長さになったのです。 これは徳川15代将軍慶喜の隠居記録を軽く上回っています、笑 多分「隠居」の最長記録保持者なのではないでしょうか??^^;; 当時の平均年齢からすると80歳という年齢は驚異的な長寿だと思われますよね。 きっと頑強な肉体の遺伝子を受け継いでいたのでしょうね、笑 ひょっとしたら、彼はそれを持て余したのかな??とも思われます。 ところで、彼が天皇位にあるときは子供がまだいませんでした。 しかし、退位してから陽成天皇は7人の皇子と二人の皇女を得る事になのです。 全ての皇子(含、皇女)が退位後に生まれた天皇経験者の例もまた希なのではない でしょうか??^^ さて、その元平親王ですが彼もまた正確な生誕の年が分からないようですね??(;^_^A) しかし、同母兄の元良親王が890年生まれとされていますから、それ以降である ことは間違いないようです。 まだまだ続きます(;^_^A Time : 2001/ 1/25(木) 19:54:45
Name : ペンネームK E-mail : Title : とりあえず受信しました。 Comments: パンダさまへ。 ご丁寧なお返事ありがとうございました。 ご無沙汰してしまい、申し訳ありません。 一通り読ませていただきました。 パンダさんはかなり資料に恵まれておられるのか、それとも博学なのか 分かりませんが、 よくあれだけのものをあの時間でそろえられたものと、 正直言って、感服しました。 パンダさんの提示された事項について、 手許にあるのは本棚の奥に眠っている尊卑分脈と公卿補任くらいしか ありませんが、自分でも確認します。 長くなりそうなので、今読んで思ったことだけを 書かせてもらいます。 1つは、日本に「倭中華」が出現したのが5世紀であったという 事についてです。 これは私の説明不足かもしれません。 「中華」は李氏朝鮮時代の朝鮮半島でもありました。 いわゆる「小中華」というものです。 これは建前上は本場中国の清王朝を本家と奉りながら、 腹の中では異民族と小馬鹿にしてこっちこそが本家だと いう態度を取ったものと聞いています。 5世紀の日本は古墳時代で、倭王武が朝貢して 「征東将軍」だか何だかの称号を得ていますが、 私が言おうとしたのは、7世紀に 本家中国の隋王朝と「対等」な天子として 推古天皇が外交上は振る舞ったということです。 (これ以降は平勢隆郎氏の説をもとに話します。) 例に漢王朝時代の南越を出したのはそのためであり、 南越の初代であった趙侘(すいません、字が変換できないので代用します)は ちょうど漢の劉邦と楚の項羽とが争い、北に勾奴が巨大国家を形成して いた頃に、劉邦や項羽にならって「帝」号を称したとしています。 これは両者が拮抗してこちらへ手が出せないというのを承知の上で、 「俺はおまえさん達と対等の立場だよ」と言ったものであり、 項羽が滅ぼされ、漢王朝が勾奴と和睦して表面が収まると、 漢の文帝へ「天王様にあやかってこっそり帝と称しただけです」と 平身低頭して謝りつつ、漢の皇帝を天「王」とし、自らは帝を称して、 腹の底でベロを出していたことです。 その南越も、漢の武帝の時に勾奴が大打撃を受けた後に 漢王朝により滅ぼされてしまい、 漢の武帝は「帝」の国を滅ぼしたとして、 かつて「帝」を称した斉国を滅ぼして天下統一を果たした 始皇帝以来の封禅の儀式を行いました。 すみません、長くなりましたが、 私はパンダさんの言われた「倭中華」は 李氏朝鮮時代の「小中華」のようなものだと思います。 推古天皇時代の「中華」観について 改めてご意見を聞かせていただきたいと思います。 もう1つは、上と重複しますが、 「大将軍」というものです。 この称号はやはり漢王朝の頃に出現したもので、 三国志時代には曹操が漢の献帝から賜ったものの、 袁紹の横やりで譲り渡したという逸話があるように、 元々は国家の宰相ポストです。 中国大陸の王朝は、朝貢してきた国の王に対し 「王」や「将軍」という肩書きを与えていますが、 「大将軍」は(中国の)南北朝時代までは 国内の最高ポストとして使われています。 パンダさんが作成されたリストでは 紀元720年に大友旅人が「大将軍」という肩書きのついた ポストに任命されたとのことですが、 なぜ「将軍」ではなく「大将軍」なのか、 これについての見解をお願いします。 それ以外の「夷」などについては、 いま白川静先生の「字通」などで調べています。 まとまった段階でお返事したいと思います。 あと、個人的事情によりパソコンが使えなくなるため、 しばらくの間ご無沙汰します。 とりあえず受信しました。 よろしくお願いします。 Time : 2001/ 1/25(木) 22:03:20
Name : Toshy E-mail : Title : 八直屋さんへ Comments: こんにちは。 ああ、あの書き込みですか。自分でしたことを忘れていました。(苦笑) 自分は英語の専門でありますが、中国語はまったく存じません。 そのためはっきりいえば、なんの見解も持っていません。 そもそも自分は英文学の専門だったし、語学などまじめに勉強しなかったから、 游惟さんがここで前に語学談義をした時には、 もっと勉強しとけば良かった!と後悔したくらいです(笑) 興味があるといいましたのは、そのようなことがありますから、 言語学の話でどのような説が出るのかなと期待しているのですね。 別に游惟さんか大和田さんか、どっちにつくということはないし、 またそれを語るほどの力量も持ちあわせておりません。 大和田さんに賛同するというのではなくて、 ただ「へぇ、こんな説があるんだ」と感心しているだけなのです。 自分で語れることがあれば、歴史談義の如くこの掲示板で意見を常に述べるでしょう。 期待させて(?)すみませんがそういうことなので、言語に関する質問はお許し願います。 なお、日本語と英語とを別にすれば、自分の語学力は極めてブロークンであり、 意志の疎通が出来る程度でしかないので、5ヶ国語は大袈裟だったかな(わら) Time : 2001/ 1/25(木) 23:34:53
Name : パンダ E-mail : Title : 貞純・元平。。。五里霧中 Comments: パンダです。きんたろうさんへ。。。 カメレスどころか、お忙しいところお手数をお掛けし恐縮です。 >>@仁寿3年(853)生まれ説、(尊卑分脈) >>A貞観15年(873)生まれ説、(系図纂要) >>B貞観16年(874)生まれ説、(将門・純友東西軍記) >>C仁和元年(885)生まれ説、(日本紀略) @であれば、清和三歳の子?どう見ても清和の弟(文徳の子)ですね(笑い) Bであれば、清和死後五年の子?? XX凍結じゃあるまいし(笑い) ABならば、清和二十四・五歳の子で、一番まともなんですが。。。 史料としてはCが一番まとも(?)とされているらしんですが。。。清和は 879年に出家、880年に早世したりしているんで。。。(笑い) で。。。873説が妥当かと思えば、兄 貞保親王が生誕877年との史料もあった り、貞純・貞数の薨去が同年同月もチョット臭いような気がしたりして、結 局は何が何やら。。。(笑い) >>この年齢から考えると「暴虐」というレッテルを貼られているのは可哀相 >>な気がしますね^^;; そうですね。。。ただ殺人を犯したなんて疑いがかけられたりしたんで、天 皇には相応しからず。。。とされたようですね。(基経の謀略かも?) ただ、頼朝(?)が暴虐帝王の陽成源氏と呼ばれるのを嫌って、清和にくっ つけるために系譜・生年を改竄させたというのもイマイチ説得力に欠けるよ うな気もしますし。。。(笑い) >>しかし、同母兄の元良親王が890年生まれとされていますから、それ以 >>降であることは間違いないようです。 これも薨去時の年齢から逆算すると、884年ともされているようで。。。 とすると貞純親王の885年説が何やら意味ありげで。。。(笑い) 因みに。。。陽成皇嗣が議論された時に、源融が皇位に色気を出したが。。。 臣籍降下した者に継承権なし。。と基経にツッパネラレタらしいですね。 (臣籍降下には、経済的理由以外に皇位継承権整理という意味があったん ですね。。。もっとも、次代の宇多天皇は源姓から親王復帰してますが) 一方では、天皇・院・女院の私領継承を巡っての皇子間の争いも結構盛んで 。。。この辺を丹念に拾っていけば、謎(?)解決の鍵がありそうな気がす るんですが。。。如何せんサラリーバード(古いギャグ!)のパンダにはそ の能力がないんです(泣き)。。。 ということで続編楽しみにしています。 Time : 2001/ 1/25(木) 23:44:52
Name : ペンネームK E-mail : Title : ちょこっと時間があったので少しだけ Comments: お邪魔します。 パンダさん等は既にご存じとは思いますが、 58代の光孝天皇は藤原基経とは母方のいとこです。念のため。 25代の武烈天皇や48代の孝謙・称徳天皇、 そして議論の渦中にある57代陽成天皇は いずれも夭折したわけでもないのに 子(いなかった天皇もあるが)に皇位を伝えることができず、 同時に悪評を歴史に残しています。 悪評を残すのは一般に王朝交代時にありがちなことで、 簒奪者(?)が自らの自己弁護の一環で行うことがあるため 特に疑問は感じませんが。 それとは別に1つ疑問があります。 陽成天皇がそれほどまでに悪い天皇ならば、 豊臣秀吉の時代の後陽成天皇は、なぜ「後陽成」なのでしょうか。 私の記憶にある限り、「後」がつく天皇は 68代 後一条    66代 一条 69代 後朱雀    61代 朱雀 70代 後冷泉    63代 冷泉 71代 後三条    67代 三条 77代 後白河    72代 白河 82代 後鳥羽    74代 鳥羽 86代 後堀河    73代 堀河 88代 後嵯峨    52代 嵯峨 89代 後深草 91代 後宇多    59代 宇多 93代 後伏見    92代 伏見 94代 後二条    78代 二条 96代 後醍醐    60代 醍醐 97代 後村上    62代 村上 99代 後亀山    90代 亀山 北朝4代 後光厳  北朝初代 光厳 北朝5代 後円融  64代 円融 100代 後小松 102代 後花園    95代 花園 103代 後土御門   83代 土御門 104代 後柏原    50代 桓武 105代 後奈良    51代 平城 107代 後陽成    57代 陽成 108代 後水尾    56代 清和? 110代 後光明    北朝2代 光明 111代 後西 117代 後桜町    115代 桜町 118代 後桃園    116代 桃園 だけいると思います(間違っていたらごめんなさい)。 一部わからないところもありますが御容赦下さい。 さて、96代の後醍醐天皇については、 ちょうど父親が後「朱雀」天皇であったという偶然もあり、 自らを醍醐天皇の再来として 「延喜天暦の治」を目指し、生前に自ら後醍醐と称し、 更に自分の子にも「後村上」を名乗らせ、 ちょうど平安時代の朱雀−醍醐−村上といった系譜を 意識的に再現させたという話を聞いたことがあります。 私は天皇の号についてはそういう認識を持っていますので、 悪名高い「陽成」天皇の号をわざわざ選んで 「後陽成」としたというのが引っかかります。 (そうだとすると平城の後奈良天皇もかなあ…?) 尤も、天皇の号をどうやって定めたかという議論が必要であり、 その辺りはみなさんにお任せします。 Time : 2001/ 1/26(金) 00:18:55
Name : とんぼ E-mail : Title : チェス Comments: Toshyさん、どうもありがとうございます。 大袈裟とはいえ、5ヶ国語喋れるとは。。すごいですね。 > (実はFIDEチェス連盟はサッカー連盟よりも大きい。) ほぉ〜。それは知りませんでした。 > このお言葉感謝します。わしは多数決の理論で話をするのが嫌いで、 > この度も避けようとしていましたけど、助かりました。 それはどうも!! でも。。この上の行の「競技人口」というところでToshyさんに 反応して欲しかったのですが。。(笑い)実質的に同じなので、まぁいいでしょう。 #言うまでもなく、圧倒的にチェスのが人口ことを念頭に入れて書いています。 > チェス=世界中、ほとんどの国で愛好される。 > 将棋=日本以外でやっている国はない。 > つまり。 > 「チェス>将棋」が成立? わしはこのように考えてはおりません、念のため。 前にも述べたように、客観基準なるものは主観を助けるだけなのだ。。 という理解のために「競技人口」という基準を提示したのです。 #パンダさんには通じなくってワラってしまうけど。。 > 「引き分け」を欠点とするなら、なぜ世界中でこれほどに愛好されるかを、 > 井沢センセイにはご説明願いたいですね。 あの。。「多数決の理論は嫌い」と述べていますが。。 これは「多数決の理論そのもの」ですね。。 この間の詰めチェスのことといい、少し支離滅裂では?? と危惧しています。 ところで。。繰り返しになりますが、 井沢先生の「将棋世界一」にしたって、将棋に有利な客観基準を設けて「世界一」と 言っているだけです。 単に、「独創的な個性がある!」と主張しているだけでしょ。 一言で言って、そんな気にすることではないと思いますが。。 各国のお国自慢なんてそんなもんです!! 私はむしろToshyさんの過剰な反応の方が興味があります。 なんで軽く受け流せないのでしょうか? 。。それは、Toshyさんの個性なのか? それとも。。 本音として。。セラミックス製の石頭に負けてしまったのが悔しいんじゃないか?? と推察しているのですが、本当の所。。どうでしょう? > チェスでは将棋の段と違い、レイティング制度があります。 > これのおかげで、「ひきわけ」は重要な意味を持ってきます。 むしろ逆でしょ? 将棋にだってレイティング制度を取り入れることは簡単ですよね。 取り入れないことには、怨霊思想の影響もあるが、 取り入れなくても支障ないからでしょ? 直接対決するだけで済むのだから。。 この違い。。分かりますか? こ難しい数学を取り入れないといけない「チェス」。。かたや必要ない「将棋」。。 チェスはレイティングを取り入れた「おかげで」引き分けの弊害を解消できたのではないですか? Toshyさんの文面にもそれは表れていますね。 。。「これのおかげで」でという言葉でしてね。。(笑い) なんでこの言葉が必要なのか?? 内心なるべく引き分けが少ない方がよいと思っているのではないですか? まぁ、チェスでは解消できてよかったですね。。 サッカーではどのように解消されることやら。。。 Time : 2001/ 1/26(金) 00:19:48
Name : ペンネームK E-mail : Title : 訂正 Comments: 直下の書き込みで一部訂正します。 後醍醐天皇の父親は後宇多天皇であり、 後醍醐天皇は宇多−醍醐−村上を再現しようとしたのです。 寝ぼけているのかなあ。 失礼しました。訂正します。 Time : 2001/ 1/26(金) 00:27:43
Name : Toshy E-mail : Title : なんか熱いぞ(ワラ Comments: とんぼさん> >少し支離滅裂では?? と危惧しています。 あ、説明しますと、「ひきわけ」が欠点とすれば、 それほど世界的な文化になるわけではないですよね。 じゃあ世界一であるはずの?将棋が世界的にならないのは? と井沢さんに対して考え方をあらためてほしいわけです。 お国自慢といいますが、それは個人の見解として言うべきであって、 いかにも客観的事実であるような言い方をしたことに問題があるというわけですよ。 そもそも井沢氏の基準は引き分けとバリエイションの多寡だけでしょう。 チェスは読みやすいから劣る、というのは変です。 自分が読みやすいということは相手も読みやすいのであって、 「だからどうだ」というレベルで話すことではないのですよ。 引き分けの有無で論じるのは、ただのアホです。 コンピューターに負けた?勝った?ですが、それを問題にしていません。残念ですが。 というのはわし自身コンピューターに勝てないし(ワラ)、 だからってゲームの奥が深いとか浅いが関係してくるわけでもないんですから。 セラミックスの石頭、というのは納得いきませんねえ。 むしろ定石だけを覚えている自分の方がよっぽど石頭ですねん。 なお、レイティングと引き分けの関係については、ちょっと失敗。 なんどもいうと、チェスでは「引き分け」は立派な結果です。 「勝負をつけない」ではなくて「勝負がつかない」の方ですから、 井沢氏の言う理論とは無縁です。 「逆説」に足をすくわれないよう、お気を付けください。 以上です。 そうそう、ゲームの本質とは無縁なんですけど、 チェスの魅力として国際的なことがあげられますよ。 まったく言葉が通じない人同士、仲良くやれますからね。 3年前にモンゴル人が来た時は、無言のまま6時間も一緒に遊んでいました。 (どうしても必要な時は、わずかにロシア語が役に立ちました。) Time : 2001/ 1/26(金) 00:38:53
Name : Toshy E-mail : Title : 追伸:軽く受け流せないのは Comments: 俺自身の個性です。石頭ですよ、いわば。(わら パンダさんが見ていらっしゃった某社との乱闘はこれに似たものがあります(ワラ Time : 2001/ 1/26(金) 00:48:01
Name : Toshy E-mail : Title : ひとことだけ、言語の話 Comments: ひとことだけ、言語の話 といってもチェスに関連する俺(ワラ 大和田さんが言うように言語すべてが同じ根元を持つものとすると、 チェスでは次のような関係があります。 chess(英語) echec(フランス語) schach(ドイツ語) шах(ロシア語) ajedrez(スペイン語) というわけで、スペイン語を別とすると、 シュもしくはチュの音が含まれていることが共通点です。 そういえば中国のチャンギー、日本の将棋も同様ですね。 自分の知る限るの言葉からのつまらん感想でした。 とんぼさん> こだわる理由の一つ、いいわすれです。それは真剣にやっているからでしょう。 どうでもいいことなら流せますが、自分は真剣にチェスを普及しようとするものです、 いい加減な評価をされるのは非常に迷惑なのです。 あと、コンピューターといい引き分けの話といい、 とんぼさんは将棋を基準にチェスを語っています。 だからこれ以上突っ込んでも、話がずれると思います。 Time : 2001/ 1/26(金) 02:01:33
Name : 森下四朗 E-mail : smorishita@mre.biglobe.ne.jp Title : 質問 Comments:                       01/01/26 前略 ご免ください。  先日は「信濃戦雲録」について、ご教示賜り、ありがとうございました。 早速、祥伝社より上・中・下をとりよせ、たのしく学習できました。  一点、次のことにつき、お伺いします。  信忠により落城した「高遠城」(城主は信玄5男・仁科五郎盛信)は、その後、誰が城主になったのでしょうか?  〒470−0135  愛知県日進市岩崎台3−2109  森下 四朗  smorishita@mre.biglobe.ne.jp Time : 2001/ 1/26(金) 10:15:53
Name : なかの E-mail : Title : お答え Comments: おじゃまします。 森下四朗さまへ。 「長野県百科事典」(信濃毎日新聞社発行)P482より: 高遠城 (略) 武田氏の伊那統治は30余年にわたったが、 1582年(天正10)年、織田氏のために高遠城は落城した。 その後は飯田城から城代が置かれたが、 徳川幕府の成立とともに高遠藩主の居城として、 保科・鳥居・内藤の3氏13代を経て廃藩に及んだ。 (以下略) 飯田城については同書に: (略) 坂西氏滅亡後は、 武田氏の伊那郡代秋山信友の根拠地となり、 その後は徳川氏の伊那郡代菅沼定利が、 知久平城から同城に移って伊那支配の根拠地とした。 (略) 1590(天正18)年、徳川氏関東移封後は、 飯田10万石の大名毛利秀頼、 つづいて京極高知がかわるがわる入城した。 (以下略) 参考になったでしょうか? Time : 2001/ 1/26(金) 12:07:35
Name : なかの E-mail : Title : お答え Comments: おじゃまします。 森下四朗さまへ。 「長野県百科事典」(信濃毎日新聞社発行)P482より: 高遠城 (略) 武田氏の伊那統治は30余年にわたったが、 1582年(天正10)年、織田氏のために高遠城は落城した。 その後は飯田城から城代が置かれたが、 徳川幕府の成立とともに高遠藩主の居城として、 保科・鳥居・内藤の3氏13代を経て廃藩に及んだ。 (以下略) 飯田城については同書に: (略) 坂西氏滅亡後は、 武田氏の伊那郡代秋山信友の根拠地となり、 その後は徳川氏の伊那郡代菅沼定利が、 知久平城から同城に移って伊那支配の根拠地とした。 (略) 1590(天正18)年、徳川氏関東移封後は、 飯田10万石の大名毛利秀頼、 つづいて京極高知がかわるがわる入城した。 (以下略) 参考になったでしょうか? Time : 2001/ 1/26(金) 12:09:43
Name : 森下四朗 E-mail : smorishita@mre.biglobe.ne.jp Title : 再質問 Comments: 早速ご教示いただき、ありがとうございました。次の二点、誠に恐縮ですが、ご教示ください。 「坂西氏滅亡後」とございますが、坂西氏は仁科盛信(武田最後の城主)滅亡後の高遠城主と考えてよいのでしょうか  「武田氏の伊那郡代秋山信友」は高遠城落城前の郡代でしょうか Time : 2001/ 1/26(金) 15:51:20
Name : なかの E-mail : Title : 再お返事(?) Comments: 森下四朗さん> すみません。(略)にかぶってしまったようです。 同書の本文は長いので要約して記します。 なお、< >内は私見です。 現在の飯田市周辺にいた地頭の坂西氏は 守護の小笠原氏に従って室町時代に栄えましたが、 戦国時代に亡び、 <特に記載がありませんが、文脈からは小笠原氏と共に 武田氏に滅ぼされたものと思われます> 武田氏の勢力下で武田一族の秋山信友が根拠地とし、 <ここも記載がありませんが、本能寺の変の直後に 徳川氏が織田領だった信濃を勢力下に置いている> その後、天正の半ば頃<1580年代前半か?>に 徳川氏の伊那郡代となった菅沼定利が 知久平城から移ってきて根拠地としたものです。 <知久平は飯田市下久堅にある地名です> 織田信忠が滅ぼしてから少しの間だけ タイムラグがありますね。 現在手元にある資料はこれだけです。 また細かいことが分かりましたらお伝えします。 Time : 2001/ 1/26(金) 18:22:59
Name : 八直屋 E-mail : gr6m-kwnb@asahi-net.or.jp Title : Toshyさんへ Comments:  八直屋です。レスありがとうございます。 > ああ、あの書き込みですか。自分でしたことを忘れていました。(苦笑)  大和田さんはToshyさんの その投稿に何のレスも返していないんです よね。こっちの井沢板には投稿しているのに。御自分のサイトのBBSはチェ ックしてないのでしょうか?  もちろん そのことに私がどうこう言う筋合いは無いんですけどね。 それでは。 Time : 2001/ 1/26(金) 19:16:12
Name : パンダ E-mail : Title : 胸が痛む詭弁。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 ご賢察のとおり、私にはこの問題に関して「客観基準なるものは主観を助 けるだけなのだ」というような高邁な論理を応用する能力はありません。 この点は。。。どうぞ、存分に「ワラってしま」ってくださいネ。 ただ。。以下のご意見に関しては、基本的にまったく同感です。 >>ところで。。繰り返しになりますが、 >>井沢先生の「将棋世界一」にしたって、将棋に有利な客観基準を設けて >>「世界一」と言っているだけです。 >>単に、「独創的な個性がある!」と主張しているだけでしょ。一言で言 >>って、そんな気にすることではないと思いますが。。各国のお国自慢な >>んてそんなもんです!! 少し異なるのは。。。「自説に有利な客観基準」というのは客観性を装っ た「自説に有利な恣意的基準」でしかなく、それに基づく議論は愚劣な与 太話でしかない。。。ということです。 (腐儒さん。。。こういう議論を通常世間では「詭弁」というんです。) とんぼさんにとって、それは「お国自慢なんてそんなもんです!!」とワ ラって済ませることでしょうが、これをまともに「真説」と信じてしまう 人が存在することも忘れてはいけない。。。と思うんですがね!! 私は、そういった人(特に若者)が井沢さんの与太話を信じたために、世 間(世界の人々といっても良いんですが。。。)から笑いものにされるこ とを思うと、とてもワラって済まされない。。。余計なことかも知れませ んが、ドウシテも胸が痛んでしまうのですよね。 私が。。。当初から自明のことである、この愚劣な所説に何故こんなに拘 ったのか。。。これがその所以です。 では。。。またいずれ! Time : 2001/ 1/26(金) 21:31:12
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : 遊惟さんへ。漢印欧共通基語説。八百屋さんとToshyさんへも。 Comments: >一生懸命英語と中国語の対照研究にいそしんでおられるあなたに水をさすようで悪いですが、 対照研究はあくまで対照研究であり、歴史研究や類型研究と混同してはいけません。そして、 あなたの対照研究はまだ歴史研究に移行するだけの材料を揃えていない(おそらく永遠に揃わ ない)のです。 ただ、歴史研究ではなく類型研究として中国語と英語の同類型性を論じるのであればあなたの 努力も無駄ではないかもしれません。 ●大変冷静に、常識的な次元で論評をありがとうございます。 あなたのおっしゃる通りです。 急ぎすぎ、語りすぎている私が、あれもこれも言いすぎている為に、 大事なポイントが疎かになってしまいます。 猛省とお詫びをいたします。 私が提示している事実・真実と まだ、事実とは、言えない真実(洞察?個人にとって主観的な域をでれないものです)を区別すべきでした。 私が、発表して提示している事は、 印欧語の学者が提示している印欧語の研究成果と漢字の学者が提示している漢字語の @同音同義 Aそれぞれの言語体系における言語の派生関係 を比較対照した一致です。 これ以上の事実といえるものは、現象として認められているわけでは、ありません。 さて、このことに意義を感じられるか感じられないかが残念な為に、いろいろと言い過ぎてしまうわけです。 先ず、言葉の翻訳や言葉を介してのコミュニケーションにおいて、 現代の翻訳の方法は言葉の意味よりも、言葉が指示する物事を説明したりしています。 この事が、様々な問題を起こしていると思い、言いすぎているのです。 言葉を同音同義の言葉の音義のままに理解できるのに、 わざわざ、別音近義や別音異義の違う言葉で、物体や行動を指示するための翻訳をしている事が、あまりにも残念なのです。 異国語の習得に、無駄に費やす日本人の能力や労力が残念でし方有りません。 言葉が伝えてくれる自然の摂理や社会の道理や人間の心理・生理や物事の性質が 正しく理解受容されない事が、現代社会に様々な混乱を起こしていると思うのです。 同音同義の現象の原因が、言語の借用か通用か同源か、民族的に文化的に人体の組成としてなどという・・・、 歴史学・生理学・・・学上のことなどは脇において、 英語や印欧語や世界の言葉が、同音同義の漢字で理解できたら・・・という点だけで、どうでしょう? これだけでも、意義がおわかりいただけないのでしょうか? 提議の内容と 発言者への感情と 発言者からの報告とを、 区別して受信していただければ、幸いです。 ここに、報告にきているので論争にきているのでは、ありません。 ただ、私が事実といっている印欧語と漢字の同音同義が理解できないようでしたら、提示のし方に不備があるからなので御説明したいのです。 Time : 2001/ 1/26(金) 23:01:29
Name : とんぼ E-mail : Title : Toshyさん、ありがとうございました Comments: Toshyさん、さすがチェス愛好家らしく?、堂々たる発言ですね。 非常に楽しいです!! ですが、そろそろお開き。。という感じになってきましたね。 #あとはパンダさんと議論が残っていますが。。 > 自分は真剣にチェスを普及しようとするものです、 > いい加減な評価をされるのは非常に迷惑なのです。 これが本音だと私は最初から思っていました。(みんなも知ってるか。。) ただ。。このことで井沢先生にあたる(失礼!)のは少々お門違いだと思いますよ。 #まぁ、井沢先生の力量を認めている裏返しなのかも知れませんが。。 逆に、チェスの魅力を表現されるべきではないかと思います。 サッカーが非常に未完成なゲームであることは、サッカーを知っている人はみんな知っている。。 しかし、実際にボールを蹴ればその楽しさが分かる訳です。 「引き分けが多い」「コンピュータに負ける」っと言われたって、 現実に楽しければ、みなさんはチェスをやると思いますよ。 繰り返しますが、 このような言葉に負けないような。。チェスの魅力を語るべきでしょう。 世界中に多くの愛好家がいるのだから、不可能ではないはずですが。。 > そうそう、ゲームの本質とは無縁なんですけど、 > チェスの魅力として国際的なことがあげられますよ。 > まったく言葉が通じない人同士、仲良くやれますからね。 > 3年前にモンゴル人が来た時は、無言のまま6時間も一緒に遊んでいました。 > (どうしても必要な時は、わずかにロシア語が役に立ちました。) いえいえ、これがゲームの本質でしょう。 素晴らしい話をありがとうございました。 ちなみに。。私は将棋は嫌いです。 私が好きなのは囲碁でして。。これが「世界一」だと思っています。。 #いかん。。また物議のネタを。。(笑い) Time : 2001/ 1/26(金) 23:06:33
Name : 大和田洋一郎 E-mail : Title : 八百屋さんへ。 Comments: 議論は、真実や有益な結果を、目指します。 論争は、相手と自分の違いを述べ合うだけです。 まして、相手の不備や欠陥を述べても お互いやみんなのためになることには向いません。 私は、議論は明解にすべきだと思っています。 感情的に御不快の思いをさせてしまったことがあったら、お詫びします。 私は、良いも悪いも「自分」が出てしまっても、誠をもって、皆様に対しています。 よろしくお願いします。 Time : 2001/ 1/26(金) 23:09:36
Name : Toshy E-mail : Title : どうでもいいんすけど Comments: 八直屋さん >もちろん そのことに私がどうこう言う筋合いは無いんですけどね。 まあ、レスがあってもなくても、見ていなかったからどうでもいいんです(笑) 大和田さん> どうでもいいんですが、「八百屋さん」になってまっせ(笑) Time : 2001/ 1/26(金) 23:15:12
Name : Toshy E-mail : Title : とんぼさんへ Comments: 井沢氏の実力を認めている、影響力を認めているのは確かであります。 だから少々尖った言葉を吐いたわけで。 とんぼさんは囲碁がお好きでしたか。わしは出来ません。(ワラ) Time : 2001/ 1/26(金) 23:18:28
Name : とんぼ E-mail : Title : W杯表記問題 Comments: ◇日刊スポーツ◇ > 2002年W杯日本組織委員会は26日、東京都内で定例幹部会議を開き、W杯 > の大会名称について、日本国内で使用するものについては従来通り「日本・韓 > 国」と、日本を先に表記する方針を確認した。同組織委は、国内での一般的な > 日本語表記については「日本・韓国」の表記が、1996年にFIFAから容 > 認された、としている。この問題では、英文の公式名称が韓国を先に表記する > ことになっているため、韓国側が「約束違反」と抗議している。 だそうです。 これが事実ならば、私の前回の協会に対する発言を取り消し、謝罪します。 そして、 「日本が悪い」==>「韓国とFIFAが悪い」 に変更します。 ただ、 「FIFAから容認されている」。。 どのような形で容認されているのかが気になります。 Time : 2001/ 1/26(金) 23:30:22
Name : とんぼ E-mail : Title : 井沢先生の影響力はどの程度?? Comments: ◇とんぼ◇ > ちなみに。。私は将棋は嫌いです。 > 私が好きなのは囲碁でして。。これが「世界一」だと思っています。。 ◇Toshyさんへ◇ > 井沢氏の実力を認めている、影響力を認めているのは確かであります。 > だから少々尖った言葉を吐いたわけで。 あれれ? 囲碁が「世界一」だと思っている私は。。井沢先生の「将棋世界一」に全く無関心ですね。 まるで、井沢先生の影響力がゼロであるかのような認識ですね。(笑い) 私は一応。。井沢先生のファンのつもり。。ですが。。 。。ってことは、井沢先生を狂人呼ばわりしているパンダさんが、 最も井沢先生の実力を買っているのだろうか。。 謎ですねぇ〜(笑い) Time : 2001/ 1/26(金) 23:48:15
Name : Toshy E-mail : Title : 違うんですよ Comments: なんかチャット状態ですな(ワラ 井沢氏が、将棋が世界一だと思うのは自由です。 でもそれは前に腐儒さんが書いたような書き方なら問題ないのです。 「引き分け」と「バリエイション」というレベルだけで優劣をつけていることに、 わしは問題があると主張しているのです。 短距離走・・・100M競走だと、0.1秒、0.01秒を競う戦いになりますが、 肉眼だとほとんど区別のつかないレースもありますね。 タイムがまったく互角の選手だって数人出てくるわけですよ。 長距離・・・マラソンでは力量が互角でも、1秒差で決まるレースはかなり珍しい。 肉眼でなくても引き分けか否かははっきりしていますね。 さらに落伍者が出るマラソンと、小学生でも完走できる(笑)100Mとで、 どちらがハードな戦いであるかは明らかです。 でも、だからといってマラソンが競技として優れているという理論はないのです。 井沢さんはそれを、「マラソンが優れているよ」といいたげなんですよ。 陸上競技に関心がなければ流すでしょうけど、 真剣に走っている人たちにしてみれば、とんでもない理論ですな。 さて、将棋と違うチェスの魅力というと、このマラソンと100Mとの関係に似ています。 将棋では、終局はまったく一方的。中盤戦が将棋の醍醐味なのでしょうね。 ところがチェスでは、互角の局面のまま駒が減っていき、まさにミクロの戦いになっているのです。 ぱっとみただけでは、どちらが勝つかはわかりません。 人間の目では見えない僅かな差を、顕微鏡のようにして探し出す。 これにつきますね! そういえば勝敗につく手の数も、将棋は長くてマラソン的、 チェスは短いので短距離走的、といえるのではないでしょうか? あと、先に書いたモンゴル人と遊んだ話は、チェスの楽しみの一つとして語れるものですが、 「競技チェス」としての魅力とは別物なので、「本質と違う」といわせてもらいました。 Time : 2001/ 1/27(土) 00:08:49
Name : 腐儒 E-mail : Title : ふっふっふ Comments: パンダさん,私は近世史と近代史におけるパンダさんとなるかもしれませんよ(笑) なまじファンなだけに近世史と近代史において井沢先生がどう言う間違いをおかしそうかはよくわかっています。 Time : 2001/ 1/27(土) 00:20:29
Name : 腐儒 E-mail : Title : 大事なのはこっから先 Comments: 古代に関しては少々間違っていても笑って済ませられるところがあります。 元々使える材料自体が少ないから,個人の想像力が許される点がなきにしもあらずです。 しかし,江戸時代に関しては我々の生活と直結しています。 現在の日本人が作られたのは江戸時代においてです。 そして近世・近代の歴史研究は今どんどん進んでいます。 近世史と近代史は「学者は〜〜」はあまり通用しない。 近世に関して間違った知識が植え付けられると,古代よりも後々まで残す禍根は大きいはずです。 でもその心配もないかなとも思います。 「逆説の日本史」第8巻は,逆説どころかむしろ「通説の日本史」の感があります。 第6貫と第7巻もそうなんですけれどね。 でも私は第6貫と第7巻と第8巻は,古代編のような切り口はないかもしれないけれど 大変よくできた啓蒙書だと思いますよ, 間違いと言っても,将棋チェス云々のような言葉尻の部分しかないわけです。 むしろこのような本筋と関係内部分で盛り上がってくれた方がファンとしてはありがたいわけでして(笑) 私はチェスと囲碁が少しできるだけですから,Toshyさんのやっている議論はよくわからんのです,すみません。 Time : 2001/ 1/27(土) 01:15:20
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : Toshyさんへ。 Comments: Toshyさま。 私のHPの掲示板に 訪問記念というトピをつくって下さいましてありがとうございます。 応援のお言葉も涙が出るくらい嬉しいです。 30年前に、 私は既に、愚者であるかもしれない・・・・・ 私はこんな事をして ただ恐ろしさだけが残っている 宇宙という全体が 私というただ一個人に迫ってくる恐ろしさである とか、 胸中無言にして響きあり 我が想いを宇宙に放ち 万象を以って我がこころ 語らん 昭和45年11月15日 発行自費出版本巻頭 人間が 自己を座標の中心とみるならば 常に自分はゼロ座標でしかない それは 自分を見失なわしめ 自己の破滅へと向うであろう 故に人間は 他のものを座標に採択し 人間としての自己を定める それが 言語なのだろう 私は その座標を見極めたい 私は 真実を 見付け出す 私は 真実を 造りだす その 真実が 人間を救うだろう 昭和47年3月6日 発行自費出版本巻頭 とか、いう時から30年たったのです。 真実を見付け出した今、恐いものは、誠の心を知らぬ人間です。 書きこみを、残してくださり、また、訪問者の方々が続いてくださる・・・・・。 あなたのご好意がとても、嬉しいです。ありがとうございます。 [2001年1月26日 23時30分4秒] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私のHPへの再訪は、無いと思いますので、こちらであらためてお礼申し上げます。 また、八直さんの名前の間違いを御注意頂きありがとうございます。 名前の表明は、大事なものと思っています。 chessという語は、以前に調べた事があります。 整理しながら、詳しく調べて見ます。 Time : 2001/ 1/27(土) 01:58:53
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : 八直屋さんへ。そして、みなさんへ!漢印欧共通基語! Comments: 八直屋さまへ ずーとお名前を、間違えておりました。申し訳有りません。お詫び申し上げます。 (みなさんのハンドルネームっていうんですか、とても興味があるんですが、 横道にそれますから・・・・。ちなみに、私のは「雷ごろちゃんです。」) 私が、この掲示板に来た訳は、 英語(印欧語)と漢字の類似例をみなさんに お知らせしたかったからです。 (井沢元彦氏に伝えたかったからです。) そして、ご洞察頂ける方が、いればよいと思ったからです。 30年もやってきて、御理解頂けたかたは、殆ど皆無です。 事実の提示のしかたが稚拙で不備があるからです。 多くを出しすぎて、まだまだ整理ができていないからです。 また、自分自身が日々見つけ出してきたものでなくては、 到底恐ろしくて、信じる事は、出来ないような事なのです。 そんな類の”こと”なんです。 これは、どちらの説が正しいか?説得力があるか? などという理論や学問という対象のままで、 よいという問題では、ないのです。 私の日々の行いが何になるのか? 同様の考えや発想を持っている人はいますが、 多くの正しい対照例を提示できるものは、いないのです。 「このトピに来られる方々には、御信頼があついのでしょうか? 渡部昇一先生など英、語の語源という本でおっしゃっている事は、 どうなんでしょうかね?」 なんてことも関係無いのです。 logos=論ですし、 trueという言葉は、treeという言葉と同系です。 もとになった概念です。 豎=竪は、樹という漢字の語源です。 さらにさらに・・・・・。 人間の・・・も共通の基準からできている。 重大な事実を人間は、幸せに成る為に、知らないから活用できないでいます。 あたりまえに、知れ渡る日がいずれ、来るでしょう。 真実を受け容れる事が出来ない心、 真実を判別できない心、 が現代の日本人の問題の全ての起因なのです。 言い過ぎでは、ありません。 私のHP http://www.aiwa-cupid.com から、掴み取ってください。 わからなければ、聞いてください。 わからなかったなら! 下手な表現を、お詫びします。 補足しますから・・・・。 Time : 2001/ 1/27(土) 02:38:49
Name : さくや E-mail : Title : 将棋とチェス Comments: 私がたしなむようなヘボ将棋は別として将棋も「終盤戦」ではないかな と思いますよ。 今、NHK杯(将棋)も『終盤戦』ですから、まあ見ても面白いと思います。 チェスといえば、私の大好きな芸術家に大変有名な人がいます。 マルセル・デュシャン。 デュシャンは1923年に突如、制作をやめてチェスにのめり込みました。 そして46年までの23年間、チェスでの生活を送り「遺作」を残しました。 彼の言葉 「すべての芸術家がチェスの棋士ではないが、チェスの棋士は全員芸術家です。」 チェスはコマの動かし方しか知らない私にとっては含蓄のありすぎる言葉です。 彼は自分の個展(確か63年)で「椅子に座る裸体」と題するパフォーマンス (厳密には違うと思いますが)を行っております。 椅子に座る全裸の美女(つまり「椅子に座る裸体」)と公開チェスの試合(?) をしました。 結果は圧勝だったらしいですが、彼は1931年国際チェス連盟のフランス代表でしたから 全裸の美女にも惑わされなかったのでしょう。 うろ憶えなので間違ってたらごめんなさい。 失礼しました。また長の暇をいたします。 Time : 2001/ 1/27(土) 05:57:55
Name : パンダ E-mail : Title : 最も優れたスポーツ振興会よりお願い。。。 Comments: お願い。。。 優れたスポーツというのは、老若男女をとわず、誰でも、何時でも、何 処でも、出来るものでなのであり、つまり「ゲートボール」こそが最も 優れたスポーツなのである。 言うまでもないが、スポーツ振興のための公的援助は、最も優れたスポ ーツに対してこそ実行さるべきである。 しかるに日本では、スポーツの本質に対する無理解から、未だに小中高 の必須体育競技として、「ゲートボール」を採用するにいたっていない が、これは教育当局の怠慢以外のなにものでもない。 私は、スポーツ振興予算の大部分を、直ちに最も優れたスポーツである 「ゲートボール」中心に組み替えるよう強く要請したい。 賢明なる諸士のご理解、ご協力を切にお願い申し上げる次第である。 最も優れたスポーツ振興会 非公認会長 パンダ Time : 2001/ 1/27(土) 11:01:35
Name : 森下四朗 E-mail : smorishita@mre.biglobe.ne.jp Title : お礼 Comments: なかのさんへ 早速のご教示、誠にありがとうございました。  「高遠」は私の生まれ故郷であるだけに、たいへん嬉しく勉強になりました。 なお、<略>の部分、ハッキリしましたらよろしくお願いいたします。 とり急ぎ御礼までに。 Time : 2001/ 1/27(土) 11:38:20
Name : Ponya E-mail : Title : エンターテイメント性の問題点? Comments: チェスはもともと優れたゲームだが、日本は同じルーツの競技を独自のルールを 作ることによって、他のどの国も成し得なかった独創的なゲームに仕立て上げた。 このことは日本の「輸入改良型」文化の象徴的な例である。 本来はこのようなことを井沢氏は言いたかったのではないでしょうか? ところが、日本が独自に改良した面がいかに優れているかについて、説明に熱中 するあまり、チェスとの比較で「一方的に将棋に有利な点」が中心になってしま い、結果的に本論とは別の要素で批判を生むことになっている。 井沢氏の著述で多いパターンですが…、 導入部:AはきわめてYである。(Yは形容詞的な表現、面白い・ダメなど) 展開部:なぜか、それはAがBだからだ。 本論部:なぜBなのか、それは実は〜だからだ。 という感じで展開する中で導入部や展開部でインパクトのある表現が使ってあって それが「世界一」であったり「世界の常識」であったりするんですが、そこでは 大事な掴みの部分として、断定的な表現を使ったり、余計な比較を付け加えたり、 されることが多いのですね。ファンの目からも「そりゃちょっと言い過ぎでは?」 とか「ほんとかいな?」と思うものも結構あります。 (以前にHIROさんが言っておられたことですが)その部分について、 「いつもの井沢節」と読み流すか「そりゃ間違ってるよ」と捉えるかの違いなんだ と思います。私は前者なんですが、実は後者のほうが熱心な井沢ファンともいえなくもないですね… :-) ## 最も優れたスポーツ振興会会長に一票・・・いや座布団一枚かな?(笑) Time : 2001/ 1/27(土) 17:29:20
Name : パンダ E-mail : Title : 大事なのは謙虚に学ぶ精神。。。 Comments: パンダです。嫌な雨が続いて外出する気にもなりません。 で。。。腐儒さんへ老婆心ながら。。。 近世・近代に傾斜されるとのこと。。。ご健闘を期待します。 >>古代に関しては少々間違っていても笑って済ませられるところがあります。 >>元々使える材料自体が少ないから,個人の想像力が許される点がなきにし >>もあらずです。 おっしゃるとおり。。。古代史については限られた材料しかありません。 従って、かなり広範に個人の想像力に負う部分がありますね。 それだけに、限られた材料を理解するための分析力や、周辺科学に関する幅 広い基礎的教養が必要とされます。またそれに基づく豊かな発想力が必要で あり、逆にそれを諸資料との整合性において自己検証し収斂する論理力も必 要です。 一口で言うならば、広い文化的知識と、豊かな発想と、厳密な論理性とが求 められるのですが、これはいやしくも社会科学である以上は当然でしょう。 しかもなお、真実を完全に解明することは不可能であり、真実である蓋然性 を求めるに過ぎないのです。 そこで、これらを欠いた無責任な想像や断定は、直ちにトンデモに堕する可 能性があるのですね。多くの素人が参加できる楽しさがある反面、馬鹿げた トンデモが横行し易い分野であることは事実だと思います。 その点。。。近世・近代については、遥かに材料が豊富であり、想像の範囲 が限られてきますから、トンデモになることは少ないと言えますが、基本的 には研究手法や態度は古代史と何ら変わらないと思います。 何れにしても、我々素人には多くの史料を分析する時間も能力もありません し、自己の仮説と史料の整合性を検証する能力にも限界があります。要する に専門家には逆立ちしても適いっこないわけです。 ただ、専門家は発想段階で無意識に自己検証を行うため、どうしても発想の 展開を規制し勝ちですし、検証の過程で自己否定した発想は発表されません ので、我々は余りユニークな意見に接することが出来ないのですね。 その点、素人は自由に様々な発想を展開し、こういったHPの場をつうじて 発表したり、他の方の検証批判を仰いだり、また逆に他の方の発想をお聞き したり、検証批判して楽しみ勉強することが出来ます。 そして、その自由発想の範囲は、基礎資料が限られている古代史において、 より大きいものがありますので、楽しみもより大きいと思っています。 (例えば。。。私は陽成源氏問題について、きんたろうさんに色々と教えて 頂いているのですが、既にこの辺りになると参照すべき史料が結構多く、発 想を検証するのが大変で、素人には時間的にも能力的にも限界があります。 そう言った意味では、このようなHPを通じての意見交換は貴重な存在だと 思っています。) また井沢さんの所説は、色々な素人説を再編したものが多く、特に新味はな いのですが、アンティアカデミー説の集約的要素がありますし、怨霊・言霊 信仰と言う発想に過度に傾斜しているため、ほとんど本格的検証がなされて いないという特徴があります。 このため、この所説を検証批判し、支持者の方々の反論をお聞きすることで 、私自身にとっても結構良い勉強と反省の機会になると思っているんです。 (とりとめもない、ド素人歴史愛好家としての感想です) ところで、以下のご意見ですが。。。 >>古代編のような切り口はないかもしれないけれど大変よくできた啓蒙書 >>だと思いますよ, >>間違いと言っても,将棋チェス云々のような言葉尻の部分しかないわ >>けです。むしろこのような本筋と関係内部分で。。。 実は、かなり以前のことなのですが、以下の部分においてAwajiさんが、 義満暗殺から皇位簒奪まで、井沢説を批判されたことがあるのです。 これらは、将棋に関する言葉尻どころの話ではない、日本史の基本に関 わる問題なのですね。 救世観音と「藤原道長の遺体」?? 2000/ 3/11(土) 救世観音と「死穢思想」?? 2000/ 3/12(日) 救世観音と「仮面劇」?? 2000/ 3/12(日) 救世観音と「倭記事等」?? 2000/ 3/13(月) 救世観音と「観阿弥の死」?? 2000/ 3/18(土) 救世観音と「義満暗殺説」?? 2000/ 3/21(火) 救世観音と「皇位簒奪」?? 2000/ 3/22(水) 救世観音と「義満の遺言」?? 2000/ 3/25(土) 救世観音と「義満の尊号授与等」 2000/ 3/27(月) 救世観音と「施設破壊のルール」 2000/ 3/28(火) 救世観音と「尊号授与理由」?? 2000/ 3/28(火) 救世観音と「井沢さんへのお願い」 2000/ 3/29(水) (なお、残念ながら再掲は差控えて欲しいとのことです。) ですから、井沢さんは古代史のみならず中世史においても、おそらく近世 ・近代史においても、色々な検証批判の好材料を提供され続けられること と思いますので、腐儒さんの勉強を深める機会になされば良いと思います。 ただし、貴方の見解を徹底批判する人がおられれば、それに素直に感謝す る精神を保つことが大切です。折角の批判や反論に沈黙したり、拗ねたり していては、誰も本気で教えて下さらなくなりますからね。 私は近世・近代には口出ししないと思いますが、貴方はまだ若年(?)で しょうから、当然ながら私のような者から見てさえも、基礎的教養も不充 分ですし、論理的訓練も未熟です。 何もそれを気にすることはありません。貴方にとっては、何方からも謙虚 に学ぶ姿勢がもっとも必要な時期であり、それを通じてのみ成長が可能に なることを、胆に命じておかれたほうが良いと思うのです。 Time : 2001/ 1/27(土) 18:18:02
Name : Toshy E-mail : Title : こっちは雪です。 Comments: さくやさん> 将棋のご指摘ありがとうございました。 NHKなんかだと「投了図」からの羽生さんvsだれだかなんてゲームがありますが、 チェスの投了図からは、ほとんどの場合カスパロフさんでも逆転は無理ですね。 ....別にどうという話でもないです(わら) 腐儒さん> 期待しております。 わしは大坂の陣以降から幕末についてはまったく興味なしですが、 なぜか幕末日露関係についてのみ、知識があります。 黒船というとペリーの時代ばかりを想像しますが、 その50年以上前に日本をゆるがせた「ロシアの黒船」の話は「逆説の日本史」に出てくるのかな? Time : 2001/ 1/27(土) 18:52:21
Name : とんぼ E-mail : Title : Toshyさんへ Comments: > あと、先に書いたモンゴル人と遊んだ話は、チェスの楽しみの一つとして語れるものですが、 > 「競技チェス」としての魅力とは別物なので、「本質と違う」といわせてもらいました。 もちろん、了解してますよ。 私の言葉が足りなかったが、「競技チェスの本質」ではなく、 「競技の本質」ですよね。 言葉が通じなくてもできるコミュニケーションというのは。。 チェスに限らずサッカーでも、 「ヨーロッパでは戦争の代わりにサッカーをする」なんて言われます。 #南米では逆に、「サッカーの代わりに戦争」してしまったこともありますが。。(笑い) 平和的な手段で、お互いの気迫??等々を伝えている訳で、 立派なコミュニケーションです。 Time : 2001/ 1/27(土) 20:04:49
Name : とんぼ E-mail : Title : 最も優れたスポーツ振興会・会長さんへ Comments: 以前、 ◇パンダさん(1月25日の発言です)◇ > 2者(野球とサッカー等)の優劣を判定するための客観的基準と、1者(サ > ッカー等)の問題点を把握するための客観的基準(認識でしょうね)を混同 > しておられませんか?(混同でなければ。。。それで結構ですが) とおっしゃってましたが、 今回は「最も優れた。。」と書かれましたね。 2者の比較すら許さないあのパンダさんが。。 まるで、正反対の態度なのですが、私の話は伝わったと考えてよいのでしょうか? 1月25日の発言は嘲笑も含め、すべて撤回なのでしょうか? この日のパンダさんの発言で、パンダさんは恐るべき誤解力の持ち主であると、私は認識しました。 撤回ならばそれを改めないといけないのですが。。 どうなのでしょう? Time : 2001/ 1/27(土) 20:38:37
Name : パンダ E-mail : Title : 「将棋」はマネーゲーム。。。? Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 >>2者の比較すら許さないあのパンダさんが。。まるで、正反対の態度 >>なのですが、。。。パンダさんは恐るべき誤解力の持ち主。。。。。 これは逆パロディですか? それとも本気(?)ですか? Ponyaさんへ。。。 座布団一枚、ありがたく頂戴いたします。 よろしければお返しに「最も優れたスポーツ振興会」の非公認名誉顧問 に推薦させて頂きます。ただし、無報酬かつ無機密費、その他如何なる 特典もありませんので、ご了承願います(笑い) 「将棋世界一」については。。。本当はおっしゃるとおりでしょうね。 単に言わずもがなのことを言ったに過ぎないと思うのですが、結果的に は我田引水的なお国自慢で、謂れなき他文化への愚劣な食言になってし まった。。。というところでしょう(笑い) もう少し、文化の多様性を尊重するという国際感覚を身につけて頂けれ ば良いわけで。。。本来の日本史解明とは無関係な部分ですね。 それに比して「世界の常識」は、同様に我田引水的であっても、井沢さ んの「真説」なるものの根拠となっている訳ですから、かなり意味が異 なると思いますが。。。(笑い) ところで、これも余談の部類になりますが肩のこらないところで(笑い) ●将棋は戦争ゲームではなく、マネーゲームである。 がありますね。私は「将棋」の歴史については、まったく知らないんで すが、これは井沢さんの独創なのでしょうか? また「将棋」発展の歴 史から見て、そのように考える根拠があるのでしょうか? 私は、結構面白い発想だと思うのですが、これが公家によるものとすれ ば。。。チョット意外な感じもするのですが。。。 Time : 2001/ 1/27(土) 21:34:01
Name : Toshy E-mail : Title : 日露交流の一端 Comments: 今日NHKのドラマ「たかだやかへえ」を見ました。 浄瑠璃を演じるところは、よかったっすねぇ。 芸能というものは、国境や言語の違いを越えて交流できるものです。 (もちろん、スポーツも。ね、とんぼさん!) 「ブラボー!!」と叫んだリコルド大佐、彼もまた国際感覚を身につけた人物でした。 私たち日本人、もっと海外の文化を認める努力が必要です。 といってもかぶれろっていうんじゃない。 日本の文化を認識した上で、海外の文化を認めるのです。 文化的な“鎖国”を続けていては、本当の国際理解なんか生まれない。 日本の文化をしっかりと理解した上で、海外の文化を受け入れたいですね。 チェスをやっていると「西洋かぶれ」といわれますが、わしは結構その通りです。(ワラ 話がずれました。 PS パンダさんの「ゲートボールの話」は自分には無縁だから、聞き流していました(わら Time : 2001/ 1/27(土) 22:28:58
Name : きんたろう E-mail : Title : 貞純親王と元平親王の共通項とは...?? Comments: こんばんは、パンダさん、みなさん。 ペンネームKさんもご参加有り難うございます^^ さて、貞純親王や元平親王について一体何が正しいのか^^;; ますます分からなくなって来てしまいました(;^_^A) はっきりしている事とは両親王とも「逸話」を後生に残していない点だと思います。 きっと彼(ら)はパンダさんが想像されたように「同一人物」にしても、あるいは 通説通り「別人」にしても「平凡」な人物だったのでしょうね??^^ ところで当時??から陽成天皇以後の皇位継承には疑問をもっている人がいたよう ですね?? 実は陽成天皇とは清和天皇と藤原高子との間に出来た子供ではなく、父親が在原行平 であろう^^;;とする意見もあるようですね、笑 この意見の詳細については(も)ほとんど無知なのですが、はっきり言って荒唐無 稽な奇説に過ぎないのではないかと思っています。 しかし、その様な説の存在自体がこの皇位継承について「不自然さ」を感じ取った 人たちが多数いたであろうという事の証明になるように思われます。 >臣籍降下には、経済的理由以外に皇位継承権整理という意味があったんですね。。。 まさしくその通りだと思います。 皇位継承者とは最大の財産(権力、名誉も含む)を継承する者という意味でもあり ますからね。 皇室財源が右肩上がりのグラフを描く場合でも「資格者」達の競争が熾烈なのは容 易に予想されます。 ましてや平行線から右肩下がりでは尚更だったと思っています^^;; >陽成源氏問題について、きんたろうさんに色々と教えて頂いているのですが はは^^;; これがジョークであることは十分理解しているのつもりなのですが... お恥ずかしい限りです(;^_^A) つづく??かな、笑 Time : 2001/ 1/28(日) 02:11:06
Name : 2m E-mail : Title : 将棋について Comments: 久し振りにこちらを見ると、将棋の話題が出ていたので書込みます。・・・他に も突っ込みたい所が山ほどありますが、議論にならないと思うので止めます。 まずは、井沢先生への批評です。日本将棋もただのゲームです。ゲームを以って 「日本文化の最高峰」とするのはどうでしょうか。他にも日本ならではの優れた物 は山ほどあります。それと、分岐の多さだけでは優劣の判断基準にはならないと思 います。それでは、駒数が多く盤が広い方が優秀と言う事になりかねません。ゲー ムは面白く飽きないものなら、それだけで良いと思います。 次に、日本将棋は親類の中で、最も優れたシステムを獲得した戦争ゲームと言い 切ります。理由をあげます。 1.駒の再利用可能 再利用不可能な日本将棋以外は、実際の戦争で言う所の「消耗戦」です。日本将 棋だけが「補給戦」をも再現できています。本当の戦争でも「消耗戦」はそれほど 多くはなく、「補給戦」の方が多い筈です。「補給」に不備がある軍隊は必ず負け ます。 2.持ち駒を(基本的には)盤上のどこにも置ける これは、「伏兵」を再現しています。どこから現れるか全く解らないのが「伏 兵」そのものです。 3.新システム導入による問題点のなさ 新しいシステムを導入するとそれまでのシステムと噛合わず、結果的に以前の方 が良かったと言う事が良くあります。しかし、日本将棋は多くの人の調整により、 無駄が排除され(「酔像」の除去もその一つ)極めて纏まっています。 4.緊張感の維持 1.2.のシステムにより、余程の実力差が無い限り、戦場の緊張感と同じく最後ま で緊張をする事になります。これが日本将棋が他の親類よりも優れたシステムを持 つと言う根拠です。 Time : 2001/ 1/28(日) 02:17:46
Name : くうてん E-mail : Title : 違いはなんでしょう? Comments: あの〜、たまに来て結局、突っ込みみたいになってしまいますが 「消耗戦」と「補給戦」の違いってなんでしょうか?(っ-か、違うのはわかるんですが..。) かつてドイツ参謀本部で行われていた「兵棋盤による予行演習」が そのルーツであり、名前からして明らかに戦争ゲームである「ウォーゲーム」 ってのがあります。(ボード版のゲーム。アバロンヒル社が有名) これの特集をかつての「タクティクス」誌でやった時、消耗戦についての説明 はありましたが、補給戦の説明は詳しくありませんでした。 つまり補給戦ってのは補給組織・機構・ルートを構築し、維持する(し続ける)戦いでしょうか。 これはもちろん近代戦のものでしょうが、将棋で言う 補給組織・機構・ルートを 廻る戦い方ってありますでしょうか。 私は将棋もたしなみますので、戦法などでもわかります。 って書いといて、次ぎはいつ見られるかわかりません。 ただの「にぎやかし」でした。(笑) 失礼しました。 Time : 2001/ 1/28(日) 06:00:16
Name : Toshy E-mail : Title : どう考えてもかまわないけど Comments: 井沢氏みたいな「引き分け」だけで論じる人よりは、 2mさんのほうがずっと立派な意見だな。 Time : 2001/ 1/28(日) 10:05:15
Name : パンダ E-mail : Title : 貞保・貞純・貞辰。。。 Comments: パンダです。きんたろうさんへ。。。 ジョークなんてとんでもない。妄想に付き合って頂き、色々な情報も提供 頂いて、本当に感謝しています。 >>実は陽成天皇とは清和天皇と藤原高子との間に出来た子供ではなく、父 >>親が在原行平であろう^^;; ああ、そんなのまであるんですか。。。「大鏡」には業平とのロマンスが 書かれていますが、在原兄弟はどうも油断がならないから、ヒョットシタ ラと思わせるものが。。。(笑い) 陽成生誕時に、高子君27歳、清和君18歳、行平君は50歳、業平君43歳くら いかな。。。(?) 「つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど きのふけふとは おもはざりしを」 業平君も、どうも業が深いようですし。。。 ところで。。。清和七男貞辰親王ですが、「日本の歴史4ー中央公論社」 では。。。 「陽成の同母弟の貞保親王(十一歳)か、廃帝(陽成)とおのれ(基経) の娘の女御 佳珠子とのあいだに生まれた貞辰親王(七歳)か。。。」 と書いてあり、系図まで添えられているんですが、イッタイゼンタイどう なっとるんじゃ。。。(笑い) ということで、六男貞純親王にも何やら。。。。(笑い) ああ、それから「将棋」マネーゲーム派のかた。。。頑張って下さい! (私は、厳正中立ですが。。。) Time : 2001/ 1/28(日) 12:09:17
Name : パンダ E-mail : Title : 「将棋」と「補給」「伏兵」。。。 Comments: パンダです。2mさん、くうてんさんへ。。。 「将棋」戦争ゲーム論に関して。。。「補給戦」「伏兵」ですか。 面白い発想だと思うのですが。。。敵の戦力(物資)を奪って再活用す るのは、「補給思想」なのでしょうか? 当初から「予備駒」を持ち合 うのであれば良く分かるのですが。。。「現地補給」依存は「補給」に アラズ。。。と言うのが、くうてんさんの日本陸軍批判(私もそう思い ますが。。。)では? ( 井沢さんの「将棋」マネーゲーム論であれば、確か。。。商売敵の子会 社吸収合併(?)或いは資本・利益収奪で。。。相手を追い詰める(?) 私には、どちらが妥当か良く分かりませんが。。。(笑い) Time : 2001/ 1/28(日) 13:44:28
Name : 游惟 E-mail : Title : 大和田さんへC Comments: いつもご丁寧なレスいただき、あなたの情熱はよくわかりますが、定説をひっくり返す様な仮説 を認めさせようと思うなら、あらゆる方面からのあらゆる批判に耐えうるだけの科学的根拠が必要です。 私自身も今「上代特殊仮名遣い」という奈良時代の日本語の問題に関して、 従来の定説を根底からひっくり返す仮説を立て、日本中の国語学者に喧嘩を挑んでいます。 (私自身は国語学者ではなく、あえて言えば日本語学者です) 「上代特殊仮名遣い」というのは、万葉仮名(漢字音を用いて日本語を表記する借音仮名)を分析すると、 キヒミケヘメコソトノモヨロの13音に当てられている漢字が甲乙二系統に別れているという現象で、 そこから「奈良時代には日本語の母音は八つあった」という説が出され、むしろそれが国語学界では定説 になっています。 私の説は、「奈良時代から日本語の母音は五つしかなく、それが八つに書き分けられているのは それを書き分けていたのが母語に於いて八つの母音を区別する朝鮮帰化人であったから」という、 いわば「記紀万葉朝鮮帰化人記述説」です。 その根拠は @奈良時代の母音が五つであったことは現代語の発音を分析すれば完璧に論証できる   これまで多くの国語学者が上代特殊仮名遣いを分析し、様々な法則(癖)を発見していますが、   現代語を発音して実験してみれば、我々自身も実はその法則(癖)に則って発音しているのです。   つまり、奈良時代人も現代人も全く同じ法則に基づいて母音を発音しているということです。 A朝鮮語には母音が八つあり、キヒミケヘメコソトノモヨロに充当されている万葉仮名の朝鮮漢字音  を調べると、見事に二つの種類の母音に分かれます。 B「上代特殊仮名遣い」の根拠となっている資料は、日本書紀・古事記・風土記・万葉集など (特に万葉集が最大の根拠であり、故に「万葉仮名」と呼ばれる)であるが、これらが成立  したのは全て八世紀前半(700〜740年頃)であり、その時代は、660年の百済滅亡と663年の  白村江敗戦・667年の高句麗の滅亡後、日本へ大量に亡命してきた朝鮮帰化人達の二世世代の  活動最盛期であるということです。  移民の言語は、故国語モノリンガルの一世→故国語・現地語バイリンガルの二世→現地語  モノリンガルの三世と移行していくのが普通であり、白村江以降に日本へ亡命したきた百済・  高句麗帰化人の二世世代はバイリンガルであったはずですが、読み書きは一世の父から習う  ため朝鮮式であったはず。このバイリンガルの朝鮮帰化人二世世代が書いたのが記紀万葉  であるということになります。 C朝鮮帰化人(二世)達が記紀万葉を記述したという証拠は万葉集を見れば明らかです   万葉集には色々な表記法が用いられていますが、借音仮名ばかりが用いられている巻は   限られています。そして借音仮名ばかりで記述されている巻は、   a:遣新羅使一行の歌を集めたもの・・・朝鮮に使節を送るのに朝鮮語通訳が同行するのは当然   b:大伴旅人や山上憶良が太宰府で読んだものや太宰府の役人が収集した防人歌・・・・     太宰府という役所は白村江敗戦後、対新羅外交・防衛の拠点として作られたものであり、     鮮語が出来る役人をおいておくのは当然   c:東歌・・・日本書紀を見れば、666年に2000人の百済人が東国に送られたのをはじめ、      その後亡命したきた百済・高句麗・新羅人達は殆ど東国に送られており、それらの二世      達が現地の国府に採用されてこれらの歌を収集したと考えられる  など、大半が地方で書かれたものであり、朝鮮帰化人が書いたと考えてなんら問題ないものばかりです。   さらに、古事記を編纂した太安万侶や日本書紀を編纂した筑紫史益自身が帰化人氏族出身である   可能性が濃厚です。 D上代特殊仮名遣いは八世紀後半から急速に崩壊し始め、九世紀平安時代に入ると殆ど消滅して  しまったが、それはなぜか?・・・・それは朝鮮帰化人書記官たちがバイリンガルの二世世代  から日本語しかしゃべれない三世・四世の世代に移行したから。 この私の説は従来の国語学説を根底からひっくり返す説であり、おそらく国語学者達は必死 になって私の説を否定しようとするでしょう。なぜなら、私の説を認めてしまえば、このテーマ について書かれた何十・何百という本や論文がただの紙屑となり、「国語史」「国語学概説」などの 教科書は全て書き直さなければならなくなり、場合によっては中学・高校の日本史教科書さえ 書き直す必要に迫られるからです。 しかし、私の説は言語学(言語音声学)・朝鮮語学・歴史学・社会学どの方面から考えても全く 矛盾がなく、国語学者が束になってかかって来ようとこの喧嘩には絶対勝てる自信があります。 現にこれまで三人のかなり名のある国語学者と論争しましたが、最終的にみんな降参しました。 大胆な仮説を立てることは大いに結構、私もこれ以外に「日本語南方系縄文人語起源説」 「中国語クレオール説」など、誰も唱えたことのない大胆な仮説を持っており、現在研究中です。 しかし、従来の定説を根本的に覆す仮説をを認めさせようと思うなら、どの方面からのどのような 意地悪な批判に対しても答えられるだけの理論武装が必要です。 あなたの説は「人種の違う民族が同系統の言語を保持する必然性がない」という批判に答えられ なかれば、それだけで崩壊してしまいます。 あなたが「凡そ人間であるならば同じ様な発想をする」というタイポロジー的な方面から 英語と中国語の類似性を主張するなら、あるいはあなたの説は認められるかもしれませんが、 「英語と中国語は同源である」という歴史言語学的主張を続けるならそれは永遠に認め られることはないでしょう。 Time : 2001/ 1/28(日) 14:34:40
Name : 空転 E-mail : Title : 私もそう思うのですよ。 Comments: ですから 将棋で言う 補給組織・機構・ルートを 廻る戦い方ってありますでしょうか。 (暗にですが、持ち駒を補給って考えるのは難しいんじゃないかなあ、って。) って書いたんです。 でも私、他にどんな所をそれっぽいって考えているかを教えてもらったら 面白いな、と思って。(笑) 将棋にお強い方には恥ずかしいですが 櫓は持久戦、棒銀は電撃戦、強いて言えば穴熊がムリヤリですが消耗戦?かな。 こう考えると楽しいですけど、やはりただの「にぎやかし」でした。 ごめんなさい。 Time : 2001/ 1/28(日) 14:41:20
Name : なかの E-mail : Title : 再々お返事 Comments: 森下四朗さん> 「略」については追って何とかします。 あれから別資料で調べましたところ、 織田信忠が1582年に武田領へ攻め入った後に、 伊那郡は織田麾下の毛利秀頼が 今の飯田を拠点にして統治しています。 この時に高遠は飯田の出先となっていますが、 具体的な城主(城代か?)は分かりませんでした。 本能寺の変の直後に毛利秀頼は南信濃から逃れ、 政治的な真空状態が発生すると、 南から徳川が、甲州街道から北条が、北から上杉が 信濃国に影響力を及ぼしてきます。 伊那郡では小笠原氏や知久氏などの古豪が徳川家康に帰順し、 徳川は飯田に菅沼氏を、高遠には保科正直を配置します。 ここでの菅沼と保科との上下関係は分かりませんでした。 (一部史料には保科正直を「高遠城主」としています) 諏訪では古豪の諏訪頼忠が自立しましたが、 徳川と北条とは諏訪を巡って対立します。 ここで徳川と北条とで和議が結ばれ、 徳川が信濃一円を得ることと北条が沼田を得ることになりました。 小牧長久手の戦いでは、 菅沼氏も保科正直も共に徳川軍に従軍しています。 1590年、豊臣秀吉が小田原を征服した後に 徳川を関東一円へ移封した時、 菅沼氏も保科正直も家康に従って関東へ移りました。 その後に伊那郡を管轄したのが 先に出ていた毛利秀頼でした。 毛利秀頼が1593年に亡くなると、 娘婿に当たる京極高知がそれを継承し、 関ヶ原での功績により丸亀へ移りました。 こんなところでいかがでしょうか。 なお、資料としたのは、 「信濃史料」(信濃史料刊行会) 「長野県地名大辞典」(角川書店) 「コンサイス人名辞典・日本編」(三省堂) などです。 余談かもしれませんが、 高遠の隣の箕輪町の福与を舞台にして 武田信玄と豪族の藤沢氏との攻防を描いた 「和睦」(小沢さとし著、1994年郷土出版社発行、 ISBN4-87663-256-1 C0092、1800円) という本もありますので、 よろしければごらんになって下さい。 Time : 2001/ 1/28(日) 14:57:50
Name : なかの E-mail : Title : みなさまへ> Comments: Toshyさんが「チャット状態」といわれたことに反省し、 横からみなさまへ。 私は個人的に将棋ファンです。 ただToshyさんが例えで言っていた将棋とマラソンとの 対比について、いわれてみればなるほど似てるところがあるなあと 思いました。 Time : 2001/ 1/28(日) 15:58:07
Name : Toshy E-mail : Title : あらら Comments: なかのさん> 別に気にしなくていいんです。あれは自分のことを書いただけですから(笑) マラソンの話はただの譬え話でしたが、ご賛同ありがとうございました。 で将棋とチェスの対比の話。 何度も言うけど、限られた手の中で指すのがチェスであり、 べつだん持ち駒がないから「劣る」といわれる筋合いはないわけですな。 球技で言えばサッカーとラグビー、格闘技ではボクシングとキックボクシング、 楽器ならピアノとエレクトーン、演奏でオーケストラとピアノソロ・・・・・・ と見て、どっちが優れたものだなんて議論がなされること自体ナンセンスなのです。 2mさん、頼むから優劣論はおよしになってください。 あなたがどのようにお考えだろうと、別に文句は申しませんので。 ちなみに将棋にはなくてチェスにあるテクニックの一つとして、 「強制手」というものがあります。 太平洋戦争で日本側が真珠湾攻撃をしたのは、アメリカの強制手にかかったものでした。 もうひとつ、将棋とチェスの対比について。 日本チェス協会のお偉方は、 「GM(チェスの名人級・8−9段相当)は将棋のタイトル奪取よりも難関」とほざきました。 この馬鹿連中の暴言は、わたくしから謝罪申し上げます。すみませんでした。 Time : 2001/ 1/28(日) 16:50:56
Name : なかの E-mail : Title : 私の方もすごい雪です(意味不明?) Comments: なかのです。 Toshyさん> わかりました。どういたしまして。 あまり専門的なことについていける自信はありませんが、 思ったことを。 将棋をマネーゲームに喩えられた井沢先生の考え方は、 私が思うにちょっとズレがあるのでは。 確かに商戦で企業の取った取られたはありますが、 一企業を一時の「捨てゴマ」にするほど冷徹な、 マキャベリズムに徹した商戦は 欧米ならいざしらず日本では考えにくいと思うのです。 確かに将棋はゲームとして歴史もあり、(小将棋でも500年以上?) かなり洗練されていると思いますが、 私も優劣論ではなく、ゲームは楽しむことが大事だと思います。 あれ・・? ゲームや球技は英語でplayを使いますが、enjoyは・・? Toshyさんがちらっと話題に出した高田屋嘉兵衛につきましては、 恥ずかしながら潮出版社のコミックトムで連載していた みなもと太郎氏の漫画で初めて知りました。(現在同社より単行本全29巻) この漫画、江戸時代を舞台にしていますが、 少なくとも「既存」の史観にそれほどこだわっておらず、 私的には、かなりおもしろいですよ。 Time : 2001/ 1/28(日) 18:17:44
Name : Toshy E-mail : Title : enjoyします Comments: なかのさん> ゲームでも球技でも、 enjoy playing 〜 なんていいますね。競技の時にはあまり楽しむ気もないのですが、 チェスの入門者は、ぜひともゲームを楽しんでください。(^^) 宣伝してどうするんですか(笑) >他の文化を「劣る」というのは、その人の文化レベルが低いことを示している というような文章を前に読んだことがあります。それも将棋関係の本で。 くだらない優劣論が真剣に語られるのが将棋とチェスでして。 他の競技やゲームではまったくないのにね。わしゃ悲しいです。 Time : 2001/ 1/28(日) 18:56:07
Name : 2m E-mail : Title : 将棋について2 Comments: Toshyさんへ >2mさん、頼むから優劣論はおよしになってください 感情論なら止めます。が、戦争をする時に最も大事な「補給」を無理なく組み込 んだシステムは、「戦争ゲーム」として優秀だと言います。 1.「百敗将軍劉邦」が「連戦連勝項羽」に最終的に勝てた理由は「補給」の優劣 2.山本五十六がアメリカと戦争しても勝てないとした理由は「補給」の優劣 3.織田信長が天下人となれた理由の一つは、他の大名が農繁期で戦争をできない時 期に(弱い)兵を「補給」できる様なシステムを作り上げた 他にも、兵は強かったけれど補給が足りず負けた軍隊は多い筈です。 これらの理由により、日本将棋は「戦争を知る」上で他の親類と比較して優秀な ものです。・・失礼な事は重々承知でお尋ねします。優れた所を「誉めるべきでは ない」と言うToshyさんは、「みんな同じ」としたがる現代の軽薄な教育方針 と同じではありませんか。「みんな違う」事を認め誉めるべき所は誉めるのが、健 全な教育と思っています・・勿論、暴走は駄目ですが。 空転さんへ >「消耗戦」と「補給戦」の違い 2mが分けたのは単に、「戦争中に補給(とされる概念)があるかどうか」です。近代では、大日本帝国陸軍 ぐらいしか「消耗戦」をし掛けた軍隊はない(ゲリラは解りませんが)ので、殆ど全てが「補給戦」と思って良い筈です。 なお、日本将棋が「戦争ゲーム」か「経済ゲーム」かは、どうでも良いと思います。どちらも似た様な性質 を持つものですし、「戦争での対立=経済での対立」の事も、歴史上良く有った筈です。 Time : 2001/ 1/28(日) 19:58:13
Name : Toshy E-mail : Title : 違うんです Comments: 2mさんちょっと違う。俺は一度も「誉めるな」なんていっていませんよ。 ただ「文化」に優劣をつけるのはやめましょうという話をしているだけです。 将棋とチェス、持ち駒の有無をはじめとして、さまざまな違いがあります。 当然「みんな同じ」と思っているはずがないって(笑) で、ルールの違いは文化性の違いで、優劣をつけるものではないというのです。 俺自身チェスが世界一優れたものだといったことはないし、 チェス協会内部で多々ある「将棋がチェスより劣る」発言は許さないです。 将棋は日本が生んだ、優れたゲームです。それは間違いありません。 どうか誤解のないよう、お願いいたします。 教育のことに触れたところでひとつ。 俺は成績で人間を判断するような馬鹿ではない。 例えば、俺は英語だけじゃなくいくつかの外国語がわかるけど、 別にこれで人間性を判断するとは思っていません。 パンダさんが見ていた某社との泥仕合は、 外国語習得能力をもって人間性にまで触れた学者への反抗でした。 だって自身大した学があるわけじゃねえもん(爆) これは貴方が書いたこととは話がずれているね(わら) なお、補給の話、俺が某所で論じたこととよう似ていますな。 それについては証人がここの掲示板を見ている人の中にも2−3人いるんで、 疑うなら聞いてみてください。 補給と将棋の関係は、知りません。 Time : 2001/ 1/28(日) 20:49:39
Name : Ponya E-mail : Title : 将棋と補給? Comments: ええと…。時間が無いので思ったことを取りあえず書きます。 ## 空転さん >将棋で言う 補給組織・機構・ルートを >廻る戦い方ってありますでしょうか。 具体的にどの戦法が該当するとは言えませんが、あえてそのような場面を想定する とすれば、中盤戦で主力の銀や飛車・角とは関係ない筋(端など)で歩を突っ掛け てから主戦場の筋で戦いを起こすことが多いですよね。あれは、補給の準備をして いると言えないでしょうか? よく「歩のない将棋は負け将棋」といいますが、歩というのはいわゆる消耗を前提 とした兵でもあり、燃料のようなものでもあり、圧倒的な陣形の差でもない限り、 常に歩の補給を念頭に置いて戦わないと苦戦しますから、これが補給戦を表現して いると言えなくもないですね。(ただの思いつきなので、根拠はないですよ) ## パンダさんへ せっかく話題を振っていただいたのですが、将棋マネーゲーム論への疑問について は、もうちょっと調べてからにします。 たしかにマネーゲームと考えれば、日本以外の方にも理解しやすいのはわかるんで すが、どうも直感的にスッキリしないのと、別の疑問がいろいろと沸いてくるので (たとえば、玉将と王将の違いや、駒の名称が財宝の名前になった時期や、再利用 ルールが出来た時期など)どうも、納得できません。(でも調べる時間がない) Time : 2001/ 1/28(日) 22:24:16
Name : パンダ E-mail : Title : やっぱり違うような。。。 Comments: パンダです。Ponyaさんへ。。。 「マネーゲーム論」。。。私なりにチョット調べて見ましたが、 感覚的にどうも無理があるような気がしてきました。 やはり、戦争ゲームと考えるのが、自然なんでしょうね。 Time : 2001/ 1/28(日) 22:46:51
Name : とんぼ E-mail : Title : みなさん、ありがとうございました。 Comments: 議論の途中ですが、そろそろ私は退散します。(ワラ) みなさん、ありがとうございました。 まずは、パンダさんへ。 > これは逆パロディですか? それとも本気(?)ですか? これは、失礼! パンダさんのパロディを誤解していたようで。(ワラ) パンダ会長の > 優れたスポーツというのは、老若男女をとわず、誰でも、何時でも、何 > 処でも、出来るものでなのであり、つまり「ゲートボール」こそが最も > 優れたスポーツなのである。 ここまでしか読んでいなくって。 > 言うまでもないが、スポーツ振興のための公的援助は、最も優れたスポ > ーツに対してこそ実行さるべきである。 井沢先生は将棋を普及させるべきとか、その類の発言はしていないので、 無視してしまいました。失礼! その事で、公共のお金が動くとなると、また別問題です。当たり前です。 ただ、 こんなパロディに変化してしまうようでは、議論の続行は不可能ですね。 残念です。 ちなみにパンダ会長の「ゲートボールは最も優れたスポーツだ」までは、 特に私は異論がありません。「ほぉ〜、そんな考え方もできるんだ。。」ぐらいなもので。 パンダさん風ならば、「パンダ会長は狂人だ」「胸が痛む詭弁だ」でしょうか? Toshyさん風のサッカー愛好家ならば、 「これで、サッカーの人気が落ちる。。」ですかね。。 Toshyさんへ。 > 日本の文化をしっかりと理解した上で、海外の文化を受け入れたいですね。 非常に不思議なのですが。。 これって井沢先生がやろうとされていることですよね? みなさんの書き込み量の10%もできないのですが、月末も近いし、少し休憩をもらいます。 みなさん、お元気で! Time : 2001/ 1/28(日) 23:31:30
Name : 2m E-mail : Title : 将棋について3 Comments: 「将棋について2」に不備があったので追加です。・・2と3の間のレスは、すみま せんが後でします。 パンダさんへ >当初から「予備駒」を持ち合うのであれば良く分かるのですが これを実際に行うと以前からのシステムと喧嘩して、バランスが極めて悪くなる 事が十分に予測されます。何枚の「予備駒」が必要か難しく、調整は殆ど無理と思 います。・・試しに、「取捨て」にして「桂香を無限に使える」として指してみた らどうですか。盤面が出鱈目になる事を予測します。 今の形で落ち着いたため、以前からのシステムを進化させると共に、バランスを とる事が可能になったと思われます。 >「現地補給」依存は「補給」にアラズ。。。と言うのが、くうてんさんの日本陸 軍批判(私もそう思いますが。。。)では? 「孫子の兵法」では、「現地補給」を極めて有効な戦法だと誉めています。日本 陸軍の場合、相手の方が上手だったと事と、最低限の「輸送補給」すら怠った事が 問題です。・・・ま、それが無理だったと言う事ですが。 Time : 2001/ 1/28(日) 23:39:46
Name : パンダ E-mail : Title : 念の為。。。パロディの寓意です。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 退散されるということですので、言わずもがなかとは思いますが、誤解さ れたままでは、困りますので。。。 このパロディは、特定の基準を設けて、スポーツ(ゲームを含める全ての 趣味嗜好です)に優劣をつけることの愚かさを寓話化しただけのものです。 (戦争ゲームだから。。。戦争のイメージに近いゲームが優れているとい った議論も。。。) 因みに。。。私はゲートボールをまったく知りませんし、当然ながらゲー トボールが最も優れたスポーツなんて毛頭思いません。 それでも、如何にも客観的であるかのような基準を作為的に作り出し、そ れによって優劣を論じるのは、いとも簡単なことだということを示したも のです。公共の金が動くとか、人気がドウコウと言う問題は、直接関係あ りません。 私風に言うならば、このパンダ会長は。。。詭弁を弄して何らかの目的を 遂げようとする卑劣漢であり詐話師でしょう。 仮にこの意見に賛同し支持する人がいれば、もちろん私の胸は痛みます。 (このような見え透いた詭弁に引っ掛かる人はいないでしょうが。。。) ただし、私は井沢さんが。。。パンダ会長と同類だと言っているわけでは ありません。井沢さんの「将棋世界一」は単に国際感覚に欠けた横町の御 隠居さんレベルの他愛無い与太話で、特別の意図を持っておられるとは思 っていません。 しかしその愚劣さにおいては、ゲートボール最優秀論と何ら変わるところ は無いと思います。なお、病気云々は。。。この問題ではなく、怨霊論に 関して言ったものですが、狂人という言葉は断じて使用していません。 念のためです。。。いずれまた! Time : 2001/ 1/29(月) 00:22:19
Name : Toshy E-mail : Title : 残念です Comments: とんぼさん残念です。議論楽しんでいたのに。 井沢氏には、他の文化の素晴らしさを認める、文化的開国の精神がほしいですね。 しかし、ええ加減疲れました。 2mさんの誤解を受けて残念だが、もうどうでもよくなってきたよ(藁 貴方には、よく俺の書き込みをよーく見直して、誤解を解いてくれれば結構です。 出来れば冷静になって議論する姿勢と、自分が間違っていた時には素直に改める謙虚さを望みます。 失礼はお互い様だから、この発言はお許しください。 Time : 2001/ 1/29(月) 00:29:14
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : 遊惟さんへ! Comments: >あなたの説は「人種の違う民族が同系統の言語を保持する必然性がない」という批判に答えられ なかれば、それだけで崩壊してしまいます。 あなたが「凡そ人間であるならば同じ様な発想をする」というタイポロジー的な方面から 英語と中国語の類似性を主張するなら、あるいはあなたの説は認められるかもしれませんが、 「英語と中国語は同源である」という歴史言語学的主張を続けるならそれは永遠に認め られることはないでしょう。 ●ありがとうございます。その通りと承知してもおります。 私の提示は、 @「英語(印欧語の)の語彙の多くと同音同義の漢字(語)があり、 比較対照するそれぞれの語彙が、それぞれの言語体系の中での派生関係まで 同じように対応している。」です。 Aその理由として、「それらの単語が両言語間の借用関係などの関わりによるか 同源かなどの言語学的な想定や構想などを、駆り立てた」です。 英語(印欧語)の語彙と漢字として記録されている語彙の同音同義の事実と 派生関係までの対応の事実です。 これを、活用して英語(印欧語)を、同音同義の漢字で表記して、 その構成概念や語源を識別理解して、言葉の意味をしることができ、 そこから言葉が指示する(意味?現代の日本語訳語の意味の) 物事が、なにかも想像できる。 です! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ いろいろとお導きくださいましてありがとうございます。 私は、印欧語と漢字の比較の整理が終わりましたら、 漢印欧共通基語と日本語の比較も始めたいのですが・・・、 ずーっと後になるでしょう。 私は、あなたのご研究に関る知識をもっていませんが・・・・。 あなたは、東陽出版株式会社(渋谷区)からでている @日本語解読法基本の巻 A::::  各論の巻 を御存知ですか? 私は、著者にもお会いしにいきました。 漢字語から全ての日本語ができたという内容のものです。 私には域外ですが、あなたには、関りがあると思いますので、 お知らせしました。 Time : 2001/ 1/29(月) 01:06:41
Name : 大和田洋一郎 E-mail : oowada@aiwa-cupud.com Title : Toshyさんへ。Chessに関心をお持ちの方へ。 Comments: 先日お知らせ頂いたchessやcheckについて、 私も記憶し資料の中に留めていた漢字の「将」との関りを、紐解いて来ました。 みなさまが面白く比較?される中にも、事実が現われていることがあります! 例えば「犬が寝るからkennnelは、寝るは駄洒落に成りますが、 犬とkennは私が事実と証明提示していると同じ対応例のひとつです。 つまり、私において言語学的にも証明できる同音同義同言語関係のものです。 さてcheck〜chess〜将〜阻〜錯なども同音同義のものとして提示できる ものですが、ご興味がおありでしたら整理(1週間ほどかかりますが)して、 ご提示いたしますが、いかがでしょうか? みなさまの御質問(?)にお答えする過程で、私の証明レベルが強化されることも あります。 過去に、意地悪な「shit!という英語に対応する漢字は?」という質問に 応じて、scienceという英語と釈などの対応例(勿論、これよりも詳細なレベルで 解明できてましたが・・・)よりも、さらに、釈≒屎=shit〜scienceという補足強化ができたことがありました。 御質問に対して責任を持った正しいお答えをするには、かなりの時間を要することがありますが、 お受け下さるなら、整理して見たものをご報告致しますが・・・・・。 将棋という言葉の由来の方は、試みてみますが、日本語や漢字側からの探索は「私の分野」と違いますので、 責任を持っての報告にはならないかもしれません・・・・。 Time : 2001/ 1/29(月) 01:33:59
Name : 空転 E-mail : Title : やっぱりなあ、って思いました。 Comments: 2mさんは消耗戦を補給のない戦って思ってらっしゃるんだなあ。 例えばスターリングラード。補給が破たんしてドイツは負けました。けど、 勝ったソ連にとっても消耗戦だったことは変わんないですよね。 ガダルカナル。日本軍は補給なき消耗戦だったけど アメリカにとっても消耗戦でしたよね。 (まあ、ガ島戦初期はアメリカだって物資輸送にかなり窮していましたけど。 バンデグリフト准将の報告<嘆き>でもわかります。) つまり、補給がないから消耗戦って言うんじゃないと思いますよ。 だから消耗戦と補給戦は対になるのかなあ。 どっちかっつ-と戦争は消耗戦でしょうねえ。 物理学に古典物理学って言うのがあるでしょ。これって「ニュートン物理学」 のことを指すんでしたよね。これって『古典』っていうから全くつかえない かって言うと全然そんなことない、現代でも立派に通用する理論だ、ってい います。私、ニュートン理論にお世話になるようなこと、全く無いんでわかん ないですが(笑)、孫子もこれに同じかも、って思うんです。 現代でも立派に通用するけど、後に光量子とか重力とか粒子とか、色んなのが 出て来て、これらを説明するのに「相対性理論」「量子論」が出てきましたよ ね。 同じように近代戦の古典としてクラウセビッツ「戦争論」、もっと近代戦術に 特化してリデル・ハート「戦略論」、もっとわかり易く近代にしか無い戦略を 説いたドゥーエ「制空論」ってのがあります。戦いは基本は同じかもしれませ んが時代によって様相はちがいますよね。ニュートン物理学が現代理論の下敷 きにあるように、孫子も現代に通用しますが、全てではないかなあ、って思います。 独ソ戦初戦のバルバロッサ作戦時、ドイツは大量のソ連軍の大砲を滷獲しまし た。通称76.2mm砲って言うんですけど、あんまりにも大量だし優秀な砲だった んで、ドイツはこの砲を利用して駆逐戦車を開発しました。 ちなみに「マーダー」って言うんですけど、これはあくまで結果論でして 最初っから敵の資材をあてにする、ってのは補給っていいません。自ら行って こそ、作戦上は補給っていうんだと思いますよ。 でも、まあ、Ponyaさんが言うとおり将棋だと継ぎ歩は補給みたいですよねえ。 (笑) 私流の言い方ですが、海戦と陸戦はどっちが難しいって言えませんもの。 元女流名人で倉敷藤花の林葉直子が中原永世十段とあんなことして(笑) ニューヨークに移り住み「チェスの棋士になる」って言ってたけど、 ダメだったみたいだし。当たり前だよなあ。 私だって「オイオイ」って思ったもの。 失礼しました。 Time : 2001/ 1/29(月) 03:27:18
Name : Toshy E-mail : Title : 大和田さんへ Comments: わしのくだらん疑問に考察を入れてくれてありがとうございます。 がんばってください。 そういえば「チャトランガ」というゲームがあって、これもまた将棋系ゲームの一つですね。 そして「チ」の音がやはりはいっている。 「補給」とは無縁の話ですが、将棋が戦場そのものをあらわしているとすれば、 継ぎ歩は戦場における新手兵力の投入という印象があります。 ちなみに将棋の駒が5角形になったのは奈良時代らしい。遺跡から見つかっています。 すると、その頃から持ち駒が使えるシステムになっていたのでしょうか。 Time : 2001/ 1/29(月) 10:33:12
Name : 森下四朗 E-mail : smorishita@mre.biglobe.ne.jp Title : お礼とお願い Comments: なかのさんへ。森下  01/01/30  <再々お返事>、誠にありがとうございました。 <略>の部分、詳細にご返答いただき、嬉しく拝読いたしました。  この上なお、あつかましいお願いですが、もう二点お伺いします。 「諏訪頼重」が、「信玄」にだまし討ちされるクダリは「野望」の 1,2,3,4のうち、どれに記述されているのでしょうか。  なお美紗姫がむりやり信玄の側室にさせられ、親(頼重)の敵きをつけねらう 部分の記述の場所もあわせてお願いします。 Time : 2001/ 1/29(月) 14:29:02
Name : なかの E-mail : Title : 森下四朗さま Comments: 森下四朗さん {   「諏訪頼重」が、「信玄」にだまし討ちされるクダリは「野望」の   1,2,3,4のうち、どれに記述されているのでしょうか。    なお美紗姫がむりやり信玄の側室にさせられ、親(頼重)の敵きをつけねらう   部分の記述の場所もあわせてお願いします。   } 2001/ 1/29(月) 14:29:02 すみません。 私は「野望」こと信濃戦雲録を読んでおりませんので、 申し訳ありませんが正確なことをお答えできません。 ただし、昨年12月17日の16:09にPonyaさんが「とまり木」コーナーへ 書き込みをなさったときの内容によると、第1巻の内容について 「1542年に山本勘助が武田信玄に諏訪攻略の秘策を進言する」とあり、 また武田の謀略で高遠頼継らが謀叛を起こし 諏訪頼重が結果的に自決するのが同じ1542年ですので、 常識的に判断し、1巻か2巻だと思われます。 美紗姫(諏訪御寮人のこと?)は、 父の頼重が亡くなった時に9歳とされております。 申し訳ありませんが、どなたか読まれた方の回答をお願いします。 なお失礼ですが、先述の「とまり木」コーナーでは森下四「郎」さんと 表記されていましたが、どちらが正しいのでしょうか。 間違えたとしたら、非常に失礼しました。 Time : 2001/ 1/29(月) 18:29:43
Name : なかの E-mail : Title : 遅れましたが Comments: Toshyさん> ありがとうございました。 チェスは少ししか知りませんが、 楽しませてもらいます。 Time : 2001/ 1/29(月) 20:22:11
Name : PS E-mail : Title : あらしと共にさりぬ Comments: なんとなく見ていて嫌になりました。 みなさんが内心思っていると勝手に思うことを 勝手に代弁します。 大和田氏へ、提示するたびに否定される議論を 何度も何度も蒸し返さないで下さい。 最も優れた「ゴッコ」振興会会長のパンダ氏へ、 大事なのはご自分で言われたとおり 謙虚な心であり老婆心ではないのです。 腐儒氏に対し若輩者呼ばわりする前に 自分の狭心を反省して下さい。 老子が孔子に言ったことを胸に当てて考えて下さい。 知る者は言わず、言う者は知らず。 なかの氏へ、相手がご丁寧にメルアド出しているのだから、 他人のBBSをチャット状態にせず、 直接話して下さい。 僕氏2人へ、どっちもどっちも 議論の流れを無視しないで下さい。 ペンネームK氏へ、あれだけ大風呂敷を広げたのだから 決して逃げないで下さい。 遊惟氏へ、言語比較学で 中途半端な知識を素人に対しひけからさないで下さい。 腐儒氏へ、へこたれずに頑張って下さい。 そのハンドルネームは自虐ですか? その他、何度も同一文を登録するのは勘弁して下さい。 最後に井沢氏へ、みなの疑問には ちゃんと答えて下さい。 私はどうせ借り物ですので何を言われても平気です。 いざさらば。 Time : 2001/ 1/29(月) 22:36:27
Name : 大和田=雷ごろちゃん E-mail : Title : TOshyさん。おもしろいは、真実に向うことがありますよ! Comments: >わしのくだらん疑問に考察を入れてくれてありがとうございます。 がんばってください。 そういえば「チャトランガ」というゲームがあって、これもまた将棋系ゲームの一つですね。 そして「チ」の音がやはりはいっている。 「補給」とは無縁の話ですが、将棋が戦場そのものをあらわしているとすれば、 継ぎ歩は戦場における新手兵力の投入という印象があります。 ちなみに将棋の駒が5角形になったのは奈良時代らしい。遺跡から見つかっています。 すると、その頃から持ち駒が使えるシステムになっていたのでしょうか。 ●私がきちんとお伝えできるのは、印欧語と漢字の比較だけです。 他のお尋ねも、なんでも調べる事はできるでしょうが、御容赦ください・・・・。 checkには、chessの王手(王将の意味)のほかにも、チェックの模様が錯(交互の のかさなり)の意味などがあり・・・おもしろいご報告ができるでしょう・・・。 一週間後くらいに・・・。 ★この世の中には、「くだらないではなく、おもしろさを感じることの中に」は、 真実が導き出される事が多いようです。 Time : 2001/ 1/29(月) 22:44:08
Name : 雷ごろちゃん E-mail : Title : 漢字の語呂合せで、真実がわかります。 Comments: 私は、このトピに来るみなさんに、 漢字の語呂合せで、真実がわかる! http://www.aiwa-cupid.com をお知らせしたのです。 Time : 2001/ 1/29(月) 22:47:47
Name : Toshy E-mail : Title :Comments: すんません、大和田さん。 先の書き込みの下半分は、大和田さん宛てではありませんでした(ワラ チェックという言葉にはいろんな意味があるから、どんな説が出来るのか楽しみにしています。 これはまったく関係ないのですか・・・・ わしが調べている日露交渉史で、こんな話が残っています。 日本の船乗りが嵐に遭い、アリューシャンまで流されました。 (大黒屋光太夫が有名ですけど、これは有名なかたではありません。) そこでロシア人に会い救出されるのですが、「どこの船だ?」と手まねで会話していた時、 日本人は船の帆柱の数を聞かれたものと思い、「一本じゃ」と答えた。 このイッポンジャがヤポンニャ(япония=日本)と聞こえたらしく、 勘違いから日本人であることを理解されたという。。。。 真偽のほどは不明です。 Time : 2001/ 1/30(火) 00:38:11
Name : なかの E-mail : Title : 失礼ですが Comments: PSさまへ> さらばという方へ答える必要は無いのかもしれませんが、 ご指名のようなので(笑)お答えします。 私自身、以前に述べた通り「チャット状態」については 気をつけたいと思います。 しかし、BBSというものが、本来どういうものかということも 考えてください。 固定メンバーだけでの議論ではなく、いわゆる「横レス」という 第三者が思うままに意見が言える場を提供する、 それも大事なことではないでしょうか。 ただのメール交換ではそれはできません。 確かにこれまでを見ていると、固定メンバーだけの会話になってしまって いることは否めないですが、 それも結果的にチャット状態になっただけでしょう。 最後に、タイトルにあった「あらし」は 「嵐」と「荒らし」とをひっかけたものでしょうか? 以上です。 Time : 2001/ 1/30(火) 07:53:47
Name : 雷ごろちゃん=おおわだ E-mail : oowada@aiwa-cupid.com Title : PSさんへ。みなさまへ。 Comments: 気に留めていただいていて、ありがとうございます。 おっしゃる通り、人に迷惑をかけるのは、よくありません。 そのような状態であったら、御忠告のように致しますが・・・・。 自分は、そのような兆候を、認識できていません。 なによりも、あなたが何を否定的になっているのか、 お聞かせ頂けるとの関りを改善できるのですが? また、次ぎの提示は、こちらのトピの話題として共通性があるものになるでしょうか? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 仏教で仏に向う時に、南無・・・と言います。 キリスト教などで、Godに向かう時に、amen・・・といいます。 神仏にこう言うのは、人間としてどのような心で言っているのか? 神仏に対して心から対しているのか?ここに自分の心が無ければ・・・・・。 南無=namas(インドの現代の言葉でナマステという挨拶の言葉と同系です) =(漢語の仏教語の訳では、帰命,帰礼などと訳されています。音写は、南無の他に、数例あります・・・) 私の心は、=南無=namas=尊・遵・蹲・[才尊]など尊の音(言)の漢字で残されている古代の言葉の心なのです。 帰命という奇妙な認識よりも素直に、私の心に響いております。 否定と言うのは、漠然としていては、否定になりません。 明確に対象を狙い定めた方が、ぼんやりした私にも判ります。 この提示は、仏教に関心を持たれる方々への一石でもあります。 amenは、資料が不確かなため、「允」か?と保留中です。 私は、神仏に対しても「自分の心=自分の言葉」で、対していたいのです。 大和田と言う名乗りは、場の雰囲気にそぐわないので、 「雷ごろちゃん」と言う名前で、参りたいと思っています。 ホンに、言葉や名前や音や言霊は、不思議なものですね・・・・。 この不思議を解き明かしていきたいですね・・・・・。 よろしかったら、もっと自由にトピを活用されて見ませんか、 私のように・・・。 自分がもっている(おもっている)良いことを、お知らせする為に! 不必要な方は、無視してくださいますよ。 私は、あなたを必要としていますよ。出会いですからね。 Time : 2001/ 1/30(火) 11:05:34
Name : 雷ごろちゃん E-mail : oowada@aiwa-cupid,com Title : Toshyさん。 Comments: 読みました。 がんばります。 おたのしみに・・・・。 名前・言葉・言・言霊 aiwa-cupidとは、漢字の愛=英語のcupidやcovetやvaporの同系語 と言う意味と 中学の頃に演じたキューピド役をもじっているんです。 雷のこどものごろちゃんって、キューピドの役できるかな? Time : 2001/ 1/30(火) 11:15:33
Name : パンダ E-mail : Title : PSさんへ。。。 Comments: パンダです。PSさんへ。。。もしアクセスされているならば。。。 >>大和田氏へ、・・・の部分 私は、あまり興味がありませんが、興味を示している方もおられる訳で すし内容も少しずつ変わっていますから、別に差し支えないでしょう。。。 >>なかの氏へ、・・・ なかのさんの回答のとおりでしょう。私も。。。なかのさんの情報を楽し みにしています。ただ。。。松本さんに対しては、少しはご自分でお調べ になったらと思うことはありますが、これについて なかのさんが気持ち よく応じておられる限り、他人がとやかくいうことなないでしょう。。。 >>ペンネームK氏へ、・・・ 別にお逃げになったわけではないと思います。PCの不調あるいは多忙の ための中断は、やむを得ないと思いますが。。。 >>遊惟氏へ、・・・ 中途半端な知識かどうかは別として(そうは思いませんが。。。)、私は 言語比較学も、このHPに相応しい興味あるご意見だと思いますが。。。 以上。。。総じて貴方の個人的感想をダラダラ聞かされるよりは、はるか に有益なものだと思います。 >>その他、何度も同一文を登録・・・ 新たに参加された方からのご要望であれば、別に問題ないと思います。 貴方にとって既読で不必要なら、飛ばせば良いと思いますが。。。 >>最後に井沢氏へ、・・・ 井沢さんは、かって他のフォーラムではありますが、次のようにおっしゃ っていますので、そのお気持ちはないと思います。 「本来ならば、これまで書いたことに対する批判・疑問などに、誠実にお 答えし、更に自分の理論を修正していくべきでしょうが、残念ながらその 時間はありません。それがもしできるとしたら、現在『週刊ポスト』に連 載中の『逆説の日本史』が、とりあえず一度完結してからのことでしょう」 >>最も優れた「ゴッコ」振興会会長のパンダ氏へ、・・・ ご意見として承っておきます。なお私の信条は。。。 「知るを言いて知らざるを知り、知らざるを聞きて知らざるを知る」です。 「知る者は言わず、言う者は知らず。」 これでは。。。井沢さんのような文筆業(小説は別として)は成り立ちま せんが、そういった皮肉でおっしゃっているんでしょうか? (単なる疑問ですので、ご回答は不要です) Time : 2001/ 1/30(火) 12:46:18
Name : 森下四朗 E-mail : smorishita@mre.biglobe.ne.jp Title : 感謝 Comments:                   01/01/30 早速のご返事、感謝します。  ご返事の中にあります12/17のponyaさん(とまり木)を拝見したい のですが、BBS の操作はどのようにすれば、遡れるのでしょうか。  また、「高遠頼継」の名を初めて知りましたが、「仁科五郎」(信玄五男)以前 の高遠城主の系譜、わかりましたらお願いします。 Time : 2001/ 1/30(火) 16:13:56
Name : なかの E-mail : Title : お返事 Comments: パンダさま> フォローありがとうございます。 ご期待下さい・・と言いたいところですが、 歴戦の士であるパンダさんのお眼鏡にかなうかどうか・・? 森下四朗さま> すみません、少し時間ください。 Time : 2001/ 1/30(火) 17:30:16
Name : なかの E-mail : Title : 森下四朗さま>BBSの表示について Comments: すみません、入力途中で送信されてしまいましたので続きです。 携帯電話では分かりませんが、パソコンでは、 BBSの「とまり木」「ふぉーらむ」コーナーの表示は、 右上に表示される行数が出ています。 私のパソコンは2000行表示にしてありますが、 「とまり木」で12月7日頃までさかのぼることができます。 表示行数のところに行数を入力して「設定」ボタンを押せば、 時間は少々かかりますが表示できます。 長い書き込みが数件あるためか大変かもしれませんが やってみてください。 Time : 2001/ 1/30(火) 18:41:22
Name : Ponya E-mail : Title : 不思議ですよね Comments: PSさんへのレスではありません。感想への感想です。 >みなさんが内心思っていると勝手に思うことを勝手に代弁します。 …とおっしゃってますが、残念ながら一つとして思い当たるものが無かったです。 みなさんの「内心思ってる」ことなんて想像しても当たらないというパロディ でしょうか? しかも、あれだけ言っておきながら、 >私はどうせ借り物ですので何を言われても平気です。 >いざさらば。 …これでは、「人の批判はするけど自分への批判には耳を貸しません」って態度と 私には感じられます。 冒頭に「なんとなく見ていて嫌になりました」とありますが その感想がもっとも当てはまる最近の投稿といえば・・・・、私個人的には Title : あらしと共にさりぬ Time : 2001/ 1/29(月) 22:36:27 …でした。 人の感じ方はいろいろですね。 Time : 2001/ 1/30(火) 19:53:50
Name : Ponya E-mail : Title : 森下四朗さん Comments: こんばんわ。Ponyaです。 とまり木BBSの私の過去記事ですが、今ならだいたい1700〜1900行ぐらい前に >Title : 森下四郎さんへ >Time : 2000/12/17(日) 16:09:42 …で表示されます。ブラウザの検索機能を使えば簡単だと思います。 (必要なら再掲しますけど、たぶん大丈夫でしょう。) Time : 2001/ 1/30(火) 20:24:31
Name : 2m E-mail : Title : 将棋について4 Comments: 将棋について纏まっているのは、前回まで書いた事くらいです。これも奥がかな り深そうなので、何れまた書こうと思います。 空転さんへ >2mさんは消耗戦を補給のない戦って思ってらっしゃるんだなあ。・・・戦争は消 耗戦でしょうねえ。 「戦争は消耗戦」は間違いないですね。将棋に割り当てたので、他の見方まで考 えていませんでした。「消耗するから補給する」と言う事も考えられますし・・。 Toshyさんへ >他の文化の素晴らしさを認める、文化的開国の精神がほしいですね それはToshyさんの誤解と思います。井沢先生は外国の文物への評価もする べき所はしている様です。Toshyがどう思うかは勝手ですが、一応フォローし ておきます。 >俺の書き込みをよーく見直して、誤解を解いてくれれば結構です。 よく見て余りにも誤解と傲慢さが多いから、きつい事を書いたんです。「もっと 海外の文化を認める努力」も確かに必要ですが、それ以上に自国の文化を知る努力 が必要ではないですか。多くの人はまず自国の文化を知り、更に余力があるなら他 国の文化も親しめば良いと思います。「日本の文化をしっかりと理解した人」が今 どれだけいると思っているのですか。・・まさかToshyさん自身はそれに該当 すると思っているのではないでしょうね。・・もしそうなら、かなり傲慢ですね。 ・・Toshyさん自身の文を、後で見直す事を薦めます。 Time : 2001/ 1/30(火) 22:03:46
Name : パンダ E-mail : Title : Toshyさんへ。。。 Comments: 何の具体性も無い、わけの分からない議論に、キレないで下さいね。 抛っておかれたほうが。。。(笑い) Time : 2001/ 1/30(火) 22:44:56
Name : きんたろう E-mail : Title : 経基王よ!!お前もか、笑 Comments: こんばんは^^、パンダさん、Toshyさん、みなさん。 さて一向に謎解きが出来ない「清和源氏VS陽成源氏」の謎についての続編です。 >清和七男貞辰親王ですが、「日本の歴史4ー中央公論社」では。。。 >「陽成の同母弟の貞保親王(十一歳)か、廃帝(陽成)とおのれ(基経) >の娘の女御 佳珠子とのあいだに生まれた貞辰親王(七歳)か。。。」 >と書いてあり、系図まで添えられているんですが、 そうなのですか!!それは知りませんでした。 中央公論社で出している本にそこまで書かれているとなると、パンダさんの言われ ている事がますます現実味を帯びてくるように感じてきますねv(^o^) 貞辰親王についても四品に叙せらた事くらいしか分からない様ですね??^^;; 彼の系統もまた歴史の彼方に消えてしまいましたが... 実は別名で知られている可能性があるのかも知れないと思い始めてきました、笑 それにしても「経基王」と「基経」とは実に紛らわしい名前ですね(;^_^A) 基経にちなんで経基と名付けられたのでしょうか?? その経基王もまた謎に満ちた人物なのですね^^;; 彼もまた複数の生誕説を持っていますよね?? 890年生誕説から917年説まであるようです??(多分もっとあるかも??) 間違いなくはっきりしているのは将門と対面した年が天慶元年頃だった事くらいな のでしょうか?? ここでの経基王は小心者にもかかわらず強欲な公家の典型のようなイメージを私は 持っています、笑。 さらに、経基王と満仲が本当に親子関係にあるのかどうかも疑わしいように思えて きました(;^_^A) Time : 2001/ 1/30(火) 22:57:35
Name : Toshy E-mail : Title : ぱんださん Comments: そうですね。 2mちゃんはまだ子供だから、まともな議論も出来ないのでしょう。ヤレヤレ Time : 2001/ 1/30(火) 23:09:25
Name : ニッキー E-mail : Title : 馬鹿じゃない? Comments: 2mさん あなたいったい何様ですか? 自分で教育者だと思ってるようですが、あなたのような教師では、 生徒はとてもかわいそうです。 Toshyさんとの議論ですけど、いつ「誉めるな」といったのでしょうか。 これを説明してください。 あなたの自分勝手な解釈で攻撃されるToshyさんが気の毒です。 それからあなたは、優劣をつけています。 きっと教師として生徒に優劣をつけて評価するのですね。 成績、運動能力、芸術性、あるいは容姿で人を判断する方なんですね。 Time : 2001/ 1/30(火) 23:18:48
Name : ニッキー E-mail : Title : 馬鹿じゃない? Comments: 2mさん あなたいったい何様ですか? 自分で教育者だと思ってるようですが、あなたのような教師では、 生徒はとてもかわいそうです。 Toshyさんとの議論ですけど、いつ「誉めるな」といったのでしょうか。 これを説明してください。 あなたの自分勝手な解釈で攻撃されるToshyさんが気の毒です。 それからあなたは、優劣をつけています。 きっと教師として生徒に優劣をつけて評価するのですね。 成績、運動能力、芸術性、あるいは容姿で人を判断する方なんですね。 Time : 2001/ 1/30(火) 23:19:15
Name : ニッキー E-mail : Title : 馬鹿じゃない? Comments: 2mさん あなたいったい何様ですか? 自分で教育者だと思ってるようですが、あなたのような教師では、 生徒はとてもかわいそうです。 Toshyさんとの議論ですけど、いつ「誉めるな」といったのでしょうか。 これを説明してください。 あなたの自分勝手な解釈で攻撃されるToshyさんが気の毒です。 それからあなたは、優劣をつけています。 きっと教師として生徒に優劣をつけて評価するのですね。 成績、運動能力、芸術性、あるいは容姿で人を判断する方なんですね。 Time : 2001/ 1/30(火) 23:19:43
Name : ニッキー E-mail : Title : すみません Comments: Toshyさんの書き込み見ませんでした。 Time : 2001/ 1/30(火) 23:21:41
Name : Toshy E-mail : Title : ニッキーさんへ Comments: >馬鹿じゃない? だめでしょう、本当のことをいっては。 2mちゃんは日本語を理解できないのです。 こんな人が教育者のはずないって(ワラ まだ子供ですから、相手にしちゃいけません。 PS 味方してくれてありがとう。 Time : 2001/ 1/31(水) 00:21:54
Name : PAKU E-mail : Title : 横レス失礼します Comments: >それからあなたは、優劣をつけています。 >きっと教師として生徒に優劣をつけて評価するのですね。 >成績、運動能力、芸術性、あるいは容姿で人を判断する方なんですね。 どうしていけないのですか?大人の社会では当然のことでしょう? 私は教育者がこの様な現実的な実態をなおざりにすることに多大な嫌悪感を 感じます、こういう現実を曖昧にして奇麗事「ばかり」言う教育者は さっさとやめてほしいです。 Time : 2001/ 1/31(水) 03:13:56
Name : ppp E-mail : Title : 言わずもがなですが。 Comments: とにかくその人はほっておいたほうがいいです。 真面目に相手しようとする方ほど馬鹿をみますよ。 パンダさんやToshyさんのような語るべきものを 持っていらっしゃる方々は尚更です。せっかく 「と」人が一人退却したんですから、どうぞまた 歴史談義をお続けください。 「と」人は無視するに限ります。 Time : 2001/ 1/31(水) 05:36:02
Name : ニッキー E-mail : gymidns@earth.co.jp Title : PAKUさんへ Comments: パンダさんはじめとする皆様の議論の邪魔になるから、 あなたみたいなお方とはお話しいたしません。 私まで馬鹿だと思われたくありません。 pppさんのいうとおりです。 皆様、2mさんにはレスをつけないでください。 こんな人には二度と来てほしくないです。 Time : 2001/ 1/31(水) 08:06:20
Name : なかの E-mail : Title : 高遠頼継について Comments: ちょっと雰囲気が殺伐としていますので、話題を変えて・・(笑)。 長くなりますが、おつきあい願います。 森下四朗さま> 高遠頼継の系譜について・・。 本来ならば太田亮先生の大作「姓氏家系大辞典」でも参照して といいたいところですが、あいにく用意できないので、 身の回りにある資料で勘弁願います。 「姓氏家系大辞典」はちょっと大きな図書館ならば たいがい設置されていると思いますので、 時間があるようでしたら調べてみてください。 まず高遠氏について、「長野県百科事典」では 南北朝の終わり頃、諏訪上社の大祝頼継の嫡男信員が高遠へ移住し、 これが高遠氏の始祖とされている。 やがて藤沢谷の藤沢氏を駆逐して保科氏を代官とし、 高遠地方の実権を握った。 7代頼継の代に武田信玄の侵略されるところとなり、 頼継は1552年(天文21)正月27日に甲府で自刃し、高遠氏は滅んだ。 のようにしています。(長いので要約しています) 次に、なぜか手元にあった、秋田書店が昭和62年に発行した 「歴史と旅・姓氏家系総覧」第2巻(現在は恐らく入手不可?)には 諏訪氏について、承久の乱に活躍した諏訪盛重以降を 「盛重−盛綱−宗経−信重−時綱−弘重(其弟頼重は太平記に前祝部 諏訪三河守頼重と見ゆ)−盛時−時重−時信−忠満−忠重−頼継− 頼隣−信有−満有−政満−頼隆−頼重(妻は武田信虎の女、信玄に 討たれて滅ぶ)−長岑侍者」 としています。 また、「上伊那よもやま話」(一ノ瀬義法著、ほおずき書籍発行)には お望みの高遠に関する内容がかなり詳細に記されており、 高遠氏について、「高遠氏の興亡」という題で語られています。 要約しますと・・・ 諏訪上社の普寛は次男の信嗣に跡を継がせ、 長男の信員を高遠へ送り込みました。その理由として「赤羽記」に 「諏訪の惣領は生まれつきおろかにして・・」とされていますが、 実際には南朝方の拠点であった諏訪氏が高遠へ長男を送り込み、 伊那地方へ睨みを利かせ、信員は愚か者を装うことにより 豪族の小笠原氏などとの対立を避けたと考えられています。 そして高遠氏の7代を 信員−義海−太源−悦山−継宗−満継−頼継 としており、7代の頼継は家系図を見ては「こちらこそ本家である」と して、虎視眈々と諏訪本家に取って代わる機会を狙っていました。 最後に「信濃史料」ですが、 ここには武勇に優れたとされている5代継宗、そして7代頼継について 幾つか記録があります。 例えば・・・ 文明14年6月、30日、千野某・保科貞親等、高遠の諏訪継宗と兵を構う、 諏訪政満、千野某等を援けんとして、兵を出し、伊那郡笠原に戦ひて、継宗を破る 同 8月、17日、是より先、小笠原長朝、諏訪継宗を援けんとして、筑摩郡府中より 伊那郡高遠に入る、・・・ 【守矢満実書留】諏訪郡茅野町守矢真幸氏所蔵より <諏訪継宗は本家の諏訪継満と争い、保科氏が裏切った。> 長享元年7月、伊那郡高遠諏訪継宗、諏訪郡有賀を攻む、尋で、同郡福嶋を奪う。 【諏訪御符礼之古書】諏訪郡茅野町守矢真幸氏所蔵より などとあります。 高遠氏は諏訪、高遠の両方を称していたようです。 また5代継宗は諏訪本家の政満と争っていたということです。 諏訪と高遠との確執は、7代頼継になってからではないのですね。 この10数年前に応仁の乱が起こっており、 当時の信濃守護職であった小笠原氏などが援軍を送っているところから、 私の想像ですが、応仁の乱で諏訪と高遠とで東西に分かれたのでは・・ 詳しくは分かりません。 また、歴史書に「高遠」の名が初めて出たのが上記の「文明14年・・」の 記事とされており、それまでは高遠城周辺の一帯は、 現在も地名として残る藤沢の名で呼ばれていたようです。 とりあえずこんなところで勘弁願います。 なお上記について、旧字体を現在の字体で表現しています。ご了承願います。 最後に、「姓氏家系大辞典」や「信濃史料」は 個人で求めるのは困難だと思いますが、図書館に行けばあると思います。 また一ノ瀬義法さんが著作した「上伊那よもやま話」は、 ほおずき書籍という長野市の印刷会社から1993年に出版されており、 ISBN4-89341-181-0 C0021、値段は1800円です。 入手困難かもしれませんが、注文してみてください。 Time : 2001/ 1/31(水) 10:03:51
Name : なかの E-mail : Title : 訂正とお願い Comments: すみません。誤解を防ぐため 下のレスで「継満」→「政満」にしてください。 きんたろうさま> はじめまして。 経基王の話題に割り込むようで申し訳ありませんが、 一つ教えていただきたいことがあります。 ご存じかも知れませんが、 清和天皇と陽成天皇は共に一世一元で、 年号がそれぞれ貞観、元慶でした。 この年号とそれぞれの皇子の名前とには 明らかな相関性がありますが、 そのあたり教えていただけないでしょうか。 Time : 2001/ 1/31(水) 10:49:40
Name : パンダ E-mail : Title : 陽成源氏の妄想。。。(笑い) Comments: パンダです。きんたろうさんへ。。今日は風邪気味でズル休み(笑い) で。。エライものに巻き込んじゃって、申し訳けありません(笑い) みなさんオタッキーな話で、ご迷惑でしょうが。。。もう少しだけ。 >>貞辰親王についても四品に叙せらた事くらいしか分からない様ですね?? そのようですね。。。藤原基経の女 佳珠子 を母に持った。。。言うな らばピカピカの身で、56歳まで生きた(?)にしては。。。これも意外とい えば意外なことで。。牛島神社とやらに祀られているらしいんですが、 何やら怨念がありそう(笑い?) (ただ、日本の歴史4は筆者の単純な間違いのような気もします。。。) 以下。。。チョット調べたんですが(間違いがあるかも) 清和皇子 長男陽成(貞明)天皇 (868〜949)82歳 権中納言 藤原長良女 高子 (藤原基経 姉) 次男貞固親王系統1、 (???〜930) 治部大輔 橘休陰女 三男貞元親王系統2、 (???〜909) 参議治部卿 藤原仲統女 四男貞平親王系統1、 (???〜913) 右中弁 藤原良近女 五男貞保親王系統2、 (877?〜931)55歳 権中納言 藤原長良 高子 六男貞純親王系統2、 (873〜916)44歳 中務大輔 棟貞王女 (853〜916) 64歳 (885〜916)32歳 (以上貞観15年 873.4.21 親王宣下) 七男貞辰親王系統1、 (874〜929)56歳 摂政 藤原基経 佳珠子 八男貞数親王系統1、 (875〜916)42歳 在原行平女 九男貞真親王系統4、 (876〜932)57歳 藤原諸藤女 十男貞瀬親王系統1、 (876〜922)47歳 (頼?) 十一男長淵系統1、 石見守 大野鷹取女 十二男長猷系統1、 越中守 賀茂岑雄女 十三男長鑒系統1 信濃権介 佐伯子房女 (以上貞観15年 873.4.21 臣籍降下) 十四男長瀬系統1 陽成皇子 源清隆 元良親王 (884〜950)67歳 主殿頭 藤原遠良女 (890〜943)54歳 元平親王 (???〜958) 主殿頭 藤原遠良女 元長親王 (901〜976)76歳 姉子女王 元利親王 姉子女王 源清陰 (884〜 ) 紀氏 源清鑒 ( 〜936) 伴氏 源清遠 ( 〜996) 佐伯氏 >>それにしても「経基王」と「基経」とは実に紛らわしい名前ですね 本当ですね。。。ウッカリ打ち間違いしそうです(何かあるかな?) >>その経基王もまた謎に満ちた人物なのですね^^ 源経基 (915〜961)45歳 左大臣 源能有女 (897〜961)65歳 (921〜961)41歳 延喜2年(902) 元服 承平8年(938) 武蔵介 天徳5年(961)6月 賜姓 11月逝去 というところでしょうか? ただ、最も詳しい「系図纂要」も安成3年(1856) 飯田忠彦 編纂 では、どうも信憑性に疑問が多くて。。。。 源満仲 (912〜997)? これだと897年しか有り得ないけれど??? これから、逆算推理すれば。。。 源満仲  (912〜997)→父(15〜50歳)生年は。。。(862〜897)? 源経基  (897〜961)65歳没(系図纂要)が辛うじて適合する?       とすれば →父(15〜50歳)生年は。。。(847〜882)? 貞純親王 (873〜916)44歳没 (系図纂要)が適合する。            (清和( 850〜880)31歳没 にも適合する) 元平親王 (890?〜958)69歳没?では適合せず、882以前生誕を要する?           (陽成( 868〜949)82歳没 14歳時の子?            ただし。。同母 元良親王の兄になってしまう?) そこでトンデモ。。。死後 養子妄想は撤回して。。。(笑い) @陽成が10台前半(可能かな?)で清和の女御と密通880年迄に子をなした? Aそこで清和の子として処理し貞純親王とした。またその事実を隠蔽するため、  貞純親王の生年、生順を偽ることとなった? B清和の死後、貞純親王はあらためて陽成の子とされ元平親王となったが、生  順は長子とは扱われず第三子とされた? 元平親王は958年 90歳近くの没  になる?(イロイロ無理があるなぁ〜) C陽成が「暴虐」とされたのは。。。この様な荒淫も原因である? Dこれらの事実を知るのは。。。極く限られた人間であったので、後世の記述  が混乱してしまい、経基王が清和(貞純)系とされたが、直系の頼信は神に  捧げる願文には、正直に陽成(元平)系と記述した? E満仲以下は、この様な不倫かつ「暴虐帝」陽成の子孫であることを好まず、  清和(貞純)系であることを、当然のこととして主張し正当化した。 F義家の頃になれば。。。この事実さえ失われ、誰もが清和(貞純)系と信じ  て疑わない(歴史的)事実となってしまった。 はい! 無理は承知のトンデモです(笑い) ご批判を乞う! Time : 2001/ 1/31(水) 11:42:59
Name : 森下四朗 E-mail : smorishita@mre.biglobe.ne.jp Title : お礼 Comments: なかの 様  たくさんの参考資料とともに、豊富な知識をご教示いただき厚く お礼申し上げます。  故郷・高遠の、長い戦乱興亡の歴史が、探りあてられて、“喜び一しお” というところです。  いろいろありがとうございました。  森下四朗 〒470−0135 愛知県日進市岩崎台 3−2109 Time : 2001/ 1/31(水) 12:07:27
Name : Toshy E-mail : Title : 源氏の話は後で。。。。 Comments: パンダさんすみませんでした。狂人にかかわったわしの責任です。 PAKUさんにいうと、奇麗事だけいっているのは厨房の2mちゃんです、 誤解のなきよう(わら Time : 2001/ 1/31(水) 12:12:12
Name : Ponya E-mail : Title : パブリックマインドを…。 Comments: ### ニッキーさん >あなたみたいなお方とはお話しいたしません。 >私まで馬鹿だと思われたくありません。 事情がよくわからないのですが「あなたみたいな」と表現されるPAKUさんは あなたにとって既知の人なのでしょうか? PAKUさんはごく当たり前の常識にそって疑問を提示されているのに PAKUさんの質問に答えたぐらいで、人はあなたを馬鹿だとは思いませんよ。 それと…、 >皆様、2mさんにはレスをつけないでください。 >こんな人には二度と来てほしくないです。 こんな事まで書いてしまうのは、ちょっとやりすぎでは? 「私まで馬鹿と思われる」は「あなたは馬鹿です」と同じような意味ですよね。 また、2001/ 1/30(火) 23:18:48以降の3回「馬鹿じゃない?」のタイトルで 投稿したのはあなたと同一人物ですよね? 他人を「馬鹿」呼ばわりする人がこんな事を提言しても、全く賛成できませんね。 Time : 2001/ 1/31(水) 16:22:09
Name : パンダ E-mail : Title : キレないで。。。 Comments: パンダです。Toshyさんへ。。。 お気持ちは分かりますが、やはりチョット。。。キレ気味のような(笑い) 失礼ながら、お値打ちが下がっちゃわないかと。。。ネッ! その他のお方へ。。。 教育論を論じるなら、ゲームの優劣論とは切り離して、存分にお楽しみに なれば。。。? (元々、何の関係もない異次元の問題を、例によって誰かさんが無理にく っつけるから、話がややこしくなっちゃっただけでしょう?) スミマセンが、この問題については。。。これにて失礼します(笑い) Time : 2001/ 1/31(水) 17:28:23
Name : なかの E-mail : Title : 質問とおわび Comments: パンダさま> パンダさんの「陽成源氏の妄想。。。(笑い)」で、 「系統1」とか「系統4」とかありましたが、 なにを指しているのか教えてください。 以下は感じたことです。 荒れた雰囲気の中で言いにくいのですが、 ニッキーさんが同じ内容のものを3度書き込みしているのを見て、 以前にPSさんが言っていた 「その他、何度も同一文を登録するのは勘弁して下さい。」 というのは、このことを指しているのではないかと思いました。 ニッキーさんを責めているわけではありません。 私も少し前にやってしまいましたので・・。 その節はご迷惑をおかけしました。今後気をつけます。 Time : 2001/ 1/31(水) 20:44:37
Name : Toshy E-mail : Title : キレた・・・・かな? Comments: Ponyaさん> わしからお願いします。お納めください。 PAKUさんの発言−教育の話ですけど、 成績で「人格に優劣をつける」ことは致しません。ニッキーさんは、 PAKUさんが成績や容姿が人格に結びつけている、と思ったのでしょう。 だとすれば、下のような発言に対して文句をつけたのであり、 PAKUさんの人格に対する批判とは別物ではないでしょうか? ということで。 パンダさんへ わしはまだまだ若輩です、どうもいけませんな……(笑) 今後パンダさんを、ネット上の師匠とさせて頂きます。 Time : 2001/ 1/31(水) 22:53:54
Name : Toshy E-mail : Title : 字を間違えた Comments: ×納める ○収める やはりキレているらしい(ワラ PS pppさん、励ましの言葉ありがとうございました。 Time : 2001/ 1/31(水) 22:57:10
Name : パンダ E-mail : Title : 系統について。。。 Comments: パンダです。なかのさんへ。。。 >>「系統1」とか「系統4」とかありましたが、なにを指しているのか スミマセン。これは きんたろうさんから提供頂いた資料をそのまま使 用したためで。。。該当親王の男子からさらに分岐した系統数を示して います。(手抜きで。。ご迷惑をお掛けし、ゴメンナサイ) >>3度書き込み。。。このことを指しているのではないかと思いました。 ああ、なるほど。。。そうだったかも知れませんね(誤魔化し笑い)。 これは故意にやったものではなく、操作ミス(?)ですから。。。お互 い様と言うべきでしょうね。(でも。。。勘違いをご指摘頂き深謝です) ああ、それから。。。私は強度の乱視でして(笑い) なお、嵯峨系は一字名なのですが、以降同世代の共字名(惟・貞・清・ 長・元等)は明らかに認められます。 チャイナ、コリアでも同様の(より厳格な)習慣があり、同族であれば 名を見ただけで尊属か卑属かが分かるようになっています。 逆に日本の通字名(代々共通の字を持つ)は、これらの国には絶対に無 いようです。 何故違うか。。。国、民族、文化が違うからです(笑い)。 Time : 2001/ 1/31(水) 23:17:10