Name    : とんぼ
E-mail  : 
Title   : 最高神
Comments: 
パンダさん、ありがとうございました。

> あまり拘るのもどうかとは思いますが。。。。
> 「最高神は最大の神殿に祀られる筈である。。。」
> 「最高神が小規模神殿に祀られ、最高神に準ずる神が最大神殿に祀られている」

あまり拘る必要はないと思います。
「最高神とは何ぞ?」という問題提起も兼ねていますから。

パンダさんは頭が良過ぎるのですよ。
凡人には、文脈と字句を切り離すという高級な技は使えませんから。
「逆説の日本史」の想定読者層は私のような凡人でしょうから、
パンダさんも凡人の気持ちになって読んでみたら如何でしょうか?
#HIROさんに議論する気力が残っていればよいのですが。。

> 私は、オオクニヌシが最高神に準じるほどの扱いを持って「取り込」まれたの
> は、古代日本において出雲族の存在が非常に大きなものであった。。。そして
> 部族国家から統一国家への倭国形成過程において、出雲族の帰属が極めてエポ
> ック・メーキングなものであったこと。。。に由来すると思っています。

なるほど、十分考えられることですね。
ただ、質問に対する答えとしてはどうでしょうか?

関が原の合戦は歴史を変える戦いでしたが、
石田三成は最高神になっている訳ではありません。

> つまりオオクニヌシは、古代祭政国家にとっては。。。

つまり、最高神に準ずる扱いをしたのは、古代祭政国家の方針でしょう。

問題点は
*古代祭政国家の性格は?
*日本一高層の出雲大社が度々再建されるという、その情熱的な?宗教観と
 古代の宗教観は一致するものなのかどうか?
*出雲社家の宗教戦略がうまかったということだけで説明が足りるのか?

こんなところではないでしょうか。






Time    : 2000/11/ 1(水) 00:07:16

Name : HIRO E-mail : Title : 意味をなさない反証。 Comments: インテリだの凡人だのと皮肉られてまで、わざわざ書くことでもないのですが…。 パンダさんへ: >HIROさんのような人達であれば、”とりこわされた”と言うのは「宗教的破 >壊」であって「物理的破壊」ではない(建物の原形は残されている)と解読 前から気になってたんですが、パンダさんは「AであればBである必要はない」 ということを書くと「AであってBではない」と引用されます。意図的ですか? 「問題の本質は『宗教の破壊』であって『建築物』ではない」と言ってるのに 「宗教の破壊」は一緒で「建築物」の扱いの違う例を示されても、同じことしか 返答できません。 「異教徒は改宗させるか殺すか」という話のときに「殺した場合と改宗させた 場合は違う。」と言われているようなものです。「異教の信者をゼロにする」 という目的の元では大きな違いは無いのでは?それと一緒です。 話を元に戻しますと「他教の宗教施設は壊される」というのにパンダさんが 「壊されてないものもある」と言われたので、「宗教施設としては破壊されたと 思ってよいのではないか→反証としては意味が無いのではないか」と思い 書いたものです。その「たいした違い」が井沢説の反証としてどういう意味を 持つのか示していただけるほうが建設的だと思います。 >>井沢氏は「たとえ、真実が違ったとしても人々がそう信じていたという >>「事実」が問題なのだ。」と書かれてますが…。 >私も、そのような場合もあると思います。でも「建物の高さ」と言うような >客観的に明確な場合には、この理屈は通じないのでは? それならば、井沢氏がこれを元に考察している以上論点が噛み合わないんです。 「客観的」に判断してもしょうがないんですよ。人間の思考ってのはその当事者の 主観によって判断されるのなんですから。「たとえ、真実が…」というのはそのこと を言っているんですよ(多分。私の文章ではないので推定)。 とんぼさんへ: 一応、生きてます(笑)。咳のし過ぎで筋肉痛ですが…。 >凡人には、文脈と字句を切り離すという高級な技は使えませんから。 それは「挙げ足取り」というのでは? 文脈と字句を切り離すということは「前後の文脈から判断できる『言わずもがな』 のことを無視する」という場合もあるのですよ。 Time : 2000/11/ 1(水) 02:20:10
Name : とんぼ E-mail : Title : HIROさんへ Comments: > インテリだの凡人だのと皮肉られてまで、 凡人というのは、私の事を指しているつもりでしたが、 誤解を招く表現で失礼しました。 >> 凡人には、文脈と字句を切り離すという高級な技は使えませんから。 > それは「挙げ足取り」というのでは? まぁ、色々な表現があります。 政治家なんかがよくやるテクニックですよね。 上司が部下を無理やり納得させる(つまり納得してないのですが)ときにも使えます。 それ以外で用いれば、通常は。。嫌われます。 Time : 2000/11/ 1(水) 18:32:43
Name : ポケモン E-mail : Title : 天と地と Comments: パンダさま、返信ありがとうございました。 なるほど、そう言われればそういう気もしますね。 古墳時代の出雲大社の空中神殿の祭祀や信仰は本当に破壊されてないのでしょうか? 銅鐸の意味が奈良時代の時点で解らなくなっているというのは、出雲大社の最初の祭祀・信仰は徹底的に 破壊殲滅されていて、 空中神殿の祭祀も本来のものと全く違ったものを押し付けられていた可能性も十分あるようにもおもいま すが・・・・。 まぁこんなことどこを掘り返してもわからないでしょうけども・・・。 でも異教(銅鐸を神と考える)の信徒はゼロになってるわけですし。 とんちんかんなこと言ってすいませんでした。 Time : 2000/11/ 1(水) 22:08:40
Name : パンダ E-mail : Title : オオクニヌシのイメージ?? Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。。 >>あまり拘る必要はないと思います。「最高神とは何ぞ?」という問題提起 >>も兼ねていますから。 そういう意味ならば、拘らざるを得ませんね。井沢さんは。。。 >>繰り返すが、出雲大社の祭神は、日本の最高神のアマテラスではなく、敗 >>北した神であるオオクニヌシだ。 とされていますが、私もこの認識を前提としています。このポイントを外す ならば、全ての議論はナンセンスになりますので。。。 >>凡人には、文脈と字句を切り離すという高級な技は使えませんから。 これは、私が最も避けるべきと考えている技でして。。。問題は「文脈」の とらえかただと思っています。(字句を離れて「文脈」理解は出来ないと思 っています) >>関が原の合戦は歴史を変える戦いでしたが、石田三成は最高神になってい >>る訳ではありません。 良く理解できないのですが。。。豊臣家の家臣である一介の武将が何故神に なるのでしょうか? 私は、オオクニヌシを飛躍した比喩として言えば「慶喜」だろうと言いまし た。。。。 >戊辰戦争(鳥羽伏見〜江戸開城〜会津)があったものの、慶喜はひたすら >に謹慎することで、政権を円滑に移譲し、最終的には公爵(神の一族)に >任じられることで、新旧の宥和が図られた。 >慶喜の祖神である家康も、新政権下において東照権現の神位を保った。。。 >まあ、極めて大雑把に言うならば、古代においてこんなことも有ったので >は無いかと言うことなのです。 2000/10/16(月) 23:47:56 されにもっと飛躍した比喩を付け加えるならば。。。 日韓併合時の韓国最後の皇帝で、後に皇族の一員とされた「徳寿宮李太王」 と公爵「慶喜」を混ぜ合わせたような存在であった。。。と思います。 (もっとハチャメチャ飛躍すれば、マッカーサーにとっての「昭和天皇」 的イメージをスパイスとして付け加えます。。。) だからこそ古代祭政国家にとって。。。 抗争から和合、分裂から統合、対立から融合。。。の象徴神的存在だった と思っていますが。。。論理を超越した超現実的イメージですので、チョ ットご理解頂けないと思います。(所詮は神話の解釈ですから。。。) でも三成等とは全く格が違うと言う意味で、一応申し上げておきます。 Time : 2000/11/ 1(水) 23:07:47
Name : パンダ E-mail : Title : 出雲族の移動。。。 Comments: パンダです。ポケモンさんへ。。。 >>でも異教(銅鐸を神と考える)の信徒はゼロになってるわけですし。 この部分は、HIROさんのご意見とも関係するのですが。。。 彼等(出雲族としておきます)は「殺戮された」「改宗した」「移動した」 「強制移住させられた」「追放された」。。。の何れによってゼロになった のか? 単なる無責任な想像ですが、出雲族は。。。 1)出雲において、祭祀器としての銅鐸を捨てて天孫族に帰属した一派。 (国譲り神話の起源) 2)出雲を逃れ大和盆地を中心に国家を再建したが、後に祭祀器としての銅 鐸を捨てて天孫族に帰属し、次第にその記憶さえ失った一派。 (神武神話の起源) 3)天孫族を避けて銅鐸とともに近畿地方から東海地方に移動した後に、あ らためて同様に天孫族に帰属した一派。 (崇神神話の起源) 4)さらに関東以北に移動し、後世「蝦夷」と呼ばれた集団と同化した少数 の一派。(日本武尊神話の起源) の四派としてゼロになったと思いますが、何れも「聖地出雲と聖主オオクニ ヌシ」の記憶を保っており、天孫族も彼等を慰撫し国家的統合(和合)を強 固なものとするため、帰属(和合・統合・融合)の象徴神としてオオクニヌ シを偉大な神と位置づけ、崇敬し、その神殿についても保護を図った。。。 なんて思っています。(好い加減な妄想です) Time : 2000/11/ 2(木) 00:01:37
Name : パンダ E-mail : Title : 異教徒。。。 Comments: パンダです。ポケモンさんへ。。。 ちょっと言い忘れましたが、天孫族と出雲族の宗教といっても、 ギリシャで言えば「アポロン」を戴く一派と、「ポセイドン」を戴く一派 のようなもので、一神教の異教徒・改宗というような概念は、なかったと 言う前提に立っていますので。。。念のため Time : 2000/11/ 2(木) 08:57:37
Name : とんぼ E-mail : Title : そろそろお開き?? Comments: パンダさんへ。 > そういう意味ならば、拘らざるを得ませんね。井沢さんは。。。 > とされていますが、私もこの認識を前提としています。このポイントを外す > ならば、全ての議論はナンセンスになりますので。。。 すると、私は「文脈と字句を切り離す。。」となりますので、 平行線です。 この議論はお開きということでどうでしょう? > 豊臣家の家臣である一介の武将が何故神に > なるのでしょうか? 確かに変ですね。 @ 戦国時代の日本において豊臣家の存在が非常に大きなものであった。。。そして @ 群雄割拠から統一国家への形成過程において、豊臣恩顧の大名の帰属が極めてエ@ ポ @ ック・メーキングなものであったこと。。。に由来すると思っています。 誰を最高神にすればよいんでしょうかね? これはある種のジョークなんですが、言いたいことは分かりませんか? ある集団の帰属がエポックメーキングなことは歴史上よくあることです。 しかし、だからといって最高神に準ずる神にするようなことはほとんどない。。 ということです。 > オオクニヌシを飛躍した比喩として言えば「慶喜」 はい。非常に似ているますね。 ただ似すぎている一方で、肝心な所が一致していないのです。 明治政府が慶喜のために日本一高い城を築いていたり、 明治帝とほぼ同等の扱いをしていませんから。 似ているといえば、南北朝ですね。 負けた南朝を正統とする所なんて、オオクニヌシに日本一の建物を建てる のと似ています。 最も、政治目的が違うので、これまた不適格ですが。。 Time : 2000/11/ 2(木) 19:24:40
Name : パンダ E-mail : Title : 問題は。。。 Comments: パンダです。HIROさんへ。。。 >>前から気になってたんですが、パンダさんは「AであればBである必要は >>ない」ということを書くと「AであってBではない」と引用されます。意 >>図的ですか? 次の部分でしょう(違います)か? それならば言葉足らずでした。。。 >”とりこわされた”と言うのは「宗教的破壊」であって「物理的破壊」では >ない(建物の原形は残されている)と解読されるかも知れません >”とりこわされた”と言うのは「宗教的破壊」をも含むのであって「物理的 >破壊」のみではない(建物の原形は残されていることもある)と解読される >かも知れません に訂正します。(もともと「宗教的破壊」>「物理的破壊」と言う前提を含 んだ表現ですので、論旨は変わりませんが、手抜き表現かも知れません。。) >>「問題の本質は『宗教の破壊』であって『建築物』ではない」と言ってる >>のに「宗教の破壊」は一緒で「建築物」の扱いの違う例を示されても、同 >>じことしか返答できません。 おっしゃるとうり、HIROさんは「問題の本質」をその様に言っておられます。 しかし私は、基本的にこの「問題の本質」が「宗教の破壊」か「建築物の破 壊」かということで意見を述べているのです。何故ならば。。。 私は、この議論の原点は、あくまでも井沢さんの「逆説の日本史」Uの 『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』章    にあり、具体的に言えば。。。次の部分にあると思っているからです。 >>だから日本以外のどんな国でも、そういうものを作る時は必ず国内最大を >>目指し、「負け犬の」神殿などは無視するのは当然なのだ。いや当然どこ >>ろか、そういうものは”とりこわす”というのが、世界の常識である。 この文章を読んだ通常の人間が、「とりこわす」と言う言葉を、そのような 抽象的な「宗教的意味の破壊」つまり『宗教の破壊』と理解するかと言うこ とです。 私は、通常は具体的な「(宗教的)建築物の物理的破壊」と理解するのが当 然であり、従って此処での議論の「問題の本質」は『建築物の破壊』であっ て『宗教の破壊』ではないだろう。。。と言っているのです。 ですからハギア・ソフィアやボルブドールのような「物理的に破壊されてい ない」現存する建物について「とりこわし」という表現を使うのは余りにも 事実誤認を招きやすい不正確な表現だと言うのが第一点です。 (井沢さんは本当にこれらを「とりこわし」の範疇にいれておられるのでし ょうか?) 次にこの「とりこわし」を「宗教の破壊」をも含むとした場合に、「物理的 破壊」「再活用(乗っ取り)」の他に「放置」「保護(取り込み)」にまで 拡張解釈出来るかどうかが第二点です。 私も「物理的破壊」や「再活用(乗っ取り)」の場合であれば、その建物が 本来持っていた「宗教的意味」を破壊したと言うことですから「とりこわし」 =「宗教の破壊をも含む」は成立し得ると思います。(ハギア・ソフィアは この意味に限れば、「とりこわし」と言い得るかもしれませんね。) しかしながら「放置」「保護(取り込み)」にまで拡大した場合、「とりこ わし」=「宗教の破壊をも含む」が充分成立し得るでしょうか? 「放置」の場合は、その建物が持っていた「宗教的意味」を黙認している場 合があり得ますので、必ずしも「宗教の破壊」とは言えませんね。。。 「保護(取り込み)」の場合も、その建物が持っていた「宗教的意味」を若 干変質させているに過ぎないので、「宗教の破壊」とは別に考察すべきでし ょう。。。 つまりは「放置」「保護(取り込み)」は「物理的破壊」でないのは勿論、 「宗教的意味の破壊」でもない場合がありますね。ですからこの場合「とり こわし」と表現するのは、余りにも誤解を生みやすい(と言うより誤った) 言葉の使い方だと言ってるんです。 >>「異教徒は改宗させるか殺すか」という話のときに「殺した場合と改宗さ >>せた場合は違う。」と言われているようなものです。「異教の信者をゼロ >>にする」という目的の元では大きな違いは無いのでは?それと一緒です。 この例で言えば、私の基本的スタンスは。。。 「異教徒は改宗させるか殺すか」という話。。。が出発点ではなく「異教の 信者をゼロにした(消滅せしめたor抹殺した)」と言う歴史記述が出発点で ある。。。と言うことです。 ですから、先ず著者の「異教徒」という表現が、一神教・多神教の概念相違 を的確に意識された上でのものなのか? 「ゼロにした(消滅せしめたor抹殺した)」という表現が、「改宗」か「殺 し」か「強制移住」か「追放」か「多神教における主神の変動」か。。。そ の他何を意味するものなのか? を明確にすべきだと思うのです。 何故ならばその意味によって、著者の主張する歴史的事件の「解釈」を如何 「評価」すべきかが全く変わってくるからです。 (私は、そもそも著者の記述・論証の是非を論じているのですから。。。) なお、仮に「異教の信者をゼロにする」という目的の元で議論する場合であ っても、「殺した場合と改宗させた場合」あるいは「強制移住や追放の場合」 または「多神教における主神の変動の場合」では、その歴史的解釈や思想的 背景の解釈は、全く違ってくると思いますが。。。。 >>話を元に戻しますと「他教の宗教施設は壊される」というのにパンダさん >>が「壊されてないものもある」と言われたので、「宗教施設としては破壊 >>されたと思ってよいのではないか→反証としては意味が無いのではないか」 >>と思い書いたものです。その「たいした違い」が井沢説の反証としてどう >>いう意味を持つのか示していただけるほうが建設的だと思います。 一部重複しますが。。。 一つは、一般的に「とりこわし」と言う言葉は「物理的破壊」を意味するの で、これが「宗教的破壊」をも含む意味するならば、表現が適切でないと言 う問題です。 二つは、同じく建物の現存に関して一般読者に「事実誤認」を与えやすい不 適切な表現だと言う問題です。 三つは、「とりこわし」と言う言葉が「宗教的破壊」を含むとしても、「放 置」の場合は宗教的にも破壊されていない場合があり得るので、言葉の概念 が不正確だと言う問題です。 三つは、「保護(取り込み)」事例については、さらに複雑な考察が必要で あり、なおさら「宗教的に破壊」とは言い難いと言う問題です。 四つは、三に関連して、多神教における主神の変動等を如何にとらえるかと いう視点が欠落していると言う問題です。 四つは、この様に建築物としても宗教的としても「とりこわすというのが世 界の常識」とするのに疑問がある中で、「世界の常識と日本の常識」を対比 させて、日本の特殊性を印象付け兼ねない表現(論証)は妥当ではないと言 う問題です。 五つは、「最高神、最大神殿」や「とりこわし」という不正確な一種の「世 界的法則」と「日本の例外」を基礎として、東大寺怨霊寺説を論証するのは 妥当でないと言う問題です。 >>「客観的」に判断してもしょうがないんですよ。人間の思考ってのはその >>当事者の主観によって判断されるのなんですから。「たとえ、真実が…」 >>というのはそのことを言っているんですよ(多分。私の文章ではないので >>推定)。 事例によると言っているんです。「神がいるかいないか」「怨霊の祟りがあ るか」と言う問題であれば、客観的判断は意味がありません。その時代の個 々人の主観がその人にとっての真実です。 しかし、東京タワーと通天閣のどちらが高いかは、客観的に判断出来ます。 ここには個人の主観が入る余地はありませんね。 チャイナの大雁塔と東大寺仏塔のどちらが高かったのか。。。此処に至れば 当時であっても客観的判断が揺らいでくる可能性があります。場合によって は主観的判断をも考慮すべきでしょう。 東大寺仏塔と当時の出雲大社のどちらが高かったのか。。。当時これが意識 されていれば、客観的に判断できたでしょう。現在では分かりませんが、構 造的(客観的)に東大寺仏塔(約三十丈?)のほうが高かったと推定するこ とが可能でしょう。 東大寺大仏殿と当時の出雲大社は。。。当時であれば、同じく客観的に判断 できた可能性が高いと思いますが、現在では全く判断のしようがありません。 東大寺大仏殿と「口遊」当時の出雲大社は。。。当時には客観的に判断でき た可能性が極めて高く、出雲大社が高かった可能性があります。これは「口 遊」に信憑性を認める限り現在でも客観性があります。 と言うことではないでしょうか? Time : 2000/11/ 2(木) 22:54:32
Name : 真説の日本史 E-mail : Title : 要は Comments: 井沢元彦氏の逆説がお気に召さないということですね。 その著書の中での独特な表現が許せないということなんでしょうね。 Time : 2000/11/ 2(木) 23:08:16
Name : パンダ E-mail : Title : もう充分でしょうね。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 >>すると、私は「文脈と字句を切り離す。。」となりますので、平行線です。 >>この議論はお開きということでどうでしょう? おっしゃる意味が分かりませんが。。。もちろん結構です。 >>@ 群雄割拠から統一国家への形成過程において、豊臣恩顧の大名の帰属が >>極めてエポック・メーキングなものであったこと。。。に由来すると思っ >>ています。 群雄割拠は、既に日本国と言う存在があって、その中での勢力争いです。 さらに既に「織豊政権」によって中央政権が成立しています。 単にその政権が豊臣から徳川に移っただけのことですから、別にエポック・ メーキングなものとは思いません。まして三成は豊臣の家臣として、徳川に 抵抗した武将の頭領に過ぎません。 並立する国家的集団の王自身の帰属による、統一国家の成立とは次元が違う と思います >>ある集団の帰属がエポックメーキングなことは歴史上よくあることです。 >>しかし、だからといって最高神に準ずる神にするようなことはほとんどな >>い。。ということです。 当然だと思います。エポックメーキングの次元が違いますし、統一的古代祭 政国家の成立時期と、近世封建国家の成立時期とでは神話(神の存在)が異 なるのは当然でしょう。 >>肝心な所が一致していないのです。明治政府が慶喜のために日本一高い城 >>を築いていたり、明治帝とほぼ同等の扱いをしていませんから。 これも同じです。古代祭政国家成立時代に、慶喜と李太王をミックスした様 な人物(事態)が存在していれば、「公爵・宮家」ではなく「服属神」にさ れていただろうと言うだけのことです。 「服属神」には神殿が必要ですが、「公爵・宮家」に神殿があろう筈があり ません。 肝心な所は、オオクニヌシとアマテラスは同等ではなく、「最高神」「服属 神」と言う決定的な差があると言うことです。 ただ、以上で。。。 『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』 の問題点は、ほぼ言い尽くしたと思います。もう充分でしょうね。。。 Time : 2000/11/ 3(金) 00:05:38
Name : とんぼ E-mail : Title : パンダさん、ありがとうございました Comments: パンダさんは、休みなし。。かも知れませんが、 私はこれでちょっとお休みします。 どうもありがとうございました。 なかなか面白かったです。 また、面白い話題にならば、口を挟むかも知れません。 Time : 2000/11/ 3(金) 01:37:36
Name : パンダ E-mail : Title : こちらこそ。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 こちらこそ、貴重なご意見ありがとうございました。 また機会がありましたら、いろいろご教示願います。 Time : 2000/11/ 3(金) 10:21:55
Name : HIRO E-mail : Title : 最後です。 Comments: HIROです。 多分どこまで言ってもまともな会話が成立しないような気がするので (「…やっと気付いたか」って人もいるでしょうが)今回で終わりにします。 >事実誤認を招きやすい不正確な表現だと言うのが第一点です。 >余りにも誤解を生みやすい(と言うより誤った) >言葉の使い方だと言ってるんです。 >二つは、同じく建物の現存に関して一般読者に「事実誤認」を与えやすい不 >適切な表現だと言う問題です。 つまり「僕が読み違っちゃったから(or読み違うような表現だから)、 彼の説は間違い。」と言いたいのですね。 じゃあ、これまで私が書いていた「この部分は、この程度に解釈しておけば 本論に大きく影響を与えるものではない。」と言うのに聞く耳持つわけ無いですね。 (「表現がまずいと本論も間違い」と思う人には馬耳念仏ですものね。) Time : 2000/11/ 3(金) 11:24:40
Name : パンダ E-mail : Title : 表現問題と本論問題。。。 Comments: パンダです。HIROさんへ。。。 最後です。。。表現上の問題と、本論に関する問題はクドイほど 併記しておいた筈です。 ご理解頂けなかったのは残念ですが、やむを得ませんね。 『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』 が如何なる「認識」と「表現」と「論理」で構成された「結論」であるか 。。。みなさんの井沢説ご理解の参考にして頂ければ結構です。 長々とありがとうございました。 Time : 2000/11/ 3(金) 12:05:42
Name : 辻 崇史 E-mail : Title : はじめまして Comments: 先生の本については、「逆説の日本史」を中心にたくさん読ませて頂いております。 今回、弟のパソコンで(私は持っていない)初めてホームページを拝見させて頂きました。 先生の諸説については、大変賛同するところが多く、いつも楽しみにしています。 これからも、頑張って下さい。 Time : 2000/11/ 3(金) 22:43:20
Name : 憂国 E-mail : Title : 素朴につっこまさせて頂きますと Comments: パンダ様へ、、、横レス失礼しますが、、、、 >『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』 おっしゃることだいたいわかりました(読むのに大変でしたが)、しかし >この文章を読んだ通常の人間が、「とりこわす」と言う言葉を、そのような >抽象的な「宗教的意味の破壊」つまり『宗教の破壊』と理解するかと言うこ >とです。 この部分に関しては、自然な感想として「宗教の破壊」として理解しましたよ (あらためて読んでみても)建物云々はあくまでもその結果としての一例が ただ単に自説をうらずける都合の良いものだったからじゃないのですか、、、 ま、なんにしてもご自分の豊富な知識から海外の「特例」を引き出して、論破 しようとするあたりはなんとなく揚げ足とりのようにも感じるのですが、、、 Time : 2000/11/ 4(土) 02:50:28
Name : 憂国 E-mail : Title : もうちょっとつっこまさせて頂きますと Comments: 『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』が謎でもなんでも ないとしたところで、わが国の怨霊信仰なんて井沢先生がおっしゃるほど 特殊なものでもなんでもない、とおっしゃりたいのでしょうか、、、、、 そういえばパンダ様は以前、国の特殊性なんて世界からみたらただの個性 でしかない、なんて高所からまるで「世界市民」のようにおっしゃってま したっけ、、、、、、 Time : 2000/11/ 4(土) 03:13:25
Name : パンダ E-mail : Title : 「世界の常識」は多神教原理では。。。 Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 >>この部分に関しては、自然な感想として「宗教の破壊」として理解しまし >>たよ(あらためて読んでみても) そうでしょうね。憂国さんのような方は、少なくとも異教徒の神殿が必ずし も「物理的に破壊」されるとは限らないと言う「事実」を既にご存知ですね。 ですから当然のこととして。。。 >>「負け犬の」神殿などは無視するのは当然なのだ。いや当然どこ >>ろか、そういうものは”とりこわす”というのが、世界の常識である。 という文章に接した場合に、「とりこわし」は単に「物理的破壊」ではな く「宗教的破壊」をも含むと理解されるでしょう。 しかし、そういう「事実」を知らない人達であれば、単純に「物理的破壊」 が「世界の常識」だと思い込んでしまう危険性がある。。。と言っている んです。 さらに、そのような誤解のままで、この章全体を読めば。。。 「世界に常識(とりこわし)」と「日本の実際(最大の神殿)」は随分違 っているんだなあ。。。日本は特殊なんだなあ。。。と思い込んでしまう 危険性があると。。。言っているんです。 (そんな読み方をするほうが「馬鹿だ」とおっしゃるのならば、返す言葉 はありませんが。。。これはどちらかと言えば「表現の問題です」) 次に言っているのは。。。 「勝者」が「敗者」の宗教を黙認し、その神殿を敗者の信仰対象として「 放置」した場合は、「宗教的破壊」の意味を含んだ「とりこわし」ではな く、「宗教破壊」とも言えないのではないかと言うことです。 そしてさらに。。。 「勝者」が「敗者」の宗教を取り込み、その神殿を共通の信仰対象として 「保護」した場合も、「宗教的破壊」の意味を含んだ「とりこわし」では なく、「宗教破壊」とするのもおかしいのではないかと言うことです。 (憂国さんは、これらの場合も「とりこわし」に該当すると思われますか?) >>ま、なんにしてもご自分の豊富な知識から海外の「特例」を引き出して、 >>論破しようとするあたりはなんとなく揚げ足とりのようにも感じるのです >>が、、、 井沢さんは「世界の常識」を引き出して、自説を論証されようとしています。 私は「世界の常識」とは言えないとして、井沢説を批判しています。これが 揚げ足取りなのでしょうか? 現在ではキリスト教・イスラム教等の「一神教(啓典宗教)」が世界的に大 きな地位を占めています。しかしこれは九世紀以降のイスラム圏拡大と、十 五世紀大航海時代以降の西欧文明の世界支配に伴って生じた現象です。 (現在でもなお、インドや東アジアでは多神教が主流ですね。。。) エジプト・メソポタミア・グレコローマン・ゲルマン・インド・チャイナ・ アメリカ・イーストサウスアジア・もちろん我が「日本」も。。。 人類の歴史においては、むしろ多神教的精神が「世界の常識」であり、そこ では「放置」や「保護(取り込み)」といった事例は、決して「特例」とは 言えないのではないか。。。 要するに井沢さんが「世界の常識」としておられるのは、むしろかっての西 欧歴史学者が陥っていた「一神教(啓典宗教)の常識」と言うべきものであ り、そのような偏った「世界の常識」をもって「日本の実際」を論じ、何ら かの論拠とするのは間違っているのではないか。。。と言ってるんですが、 これは「揚げ足とり」とか「特例の引き出し」なのでしょうか? Time : 2000/11/ 4(土) 11:57:22
Name : 憂国 E-mail : Title : 問題は、我が国における「怨霊信仰」なのでは Comments: パンダ様へ、、、、 >現在ではキリスト教・イスラム教等の「一神教(啓典宗教)」が世界的に大 >きな地位を占めています。しかしこれは九世紀以降のイスラム圏拡大と、十 >五世紀大航海時代以降の西欧文明の世界支配に伴って生じた現象です。 井沢先生のおっしゃる「世界の常識」とはパンダ様がかように前述しているように 「西欧文明の世界支配」と言う面からの「世界の常識」なんじゃないのでしょうか つまり「世界支配」から逃れた地域はわが国も含めて「特例」なのであって、「支 配」される前の状態は常識が形成されるまえの状態なのですから「問題外」となり ますね、 >さらに、そのような誤解のままで、この章全体を読めば。。。 >「世界に常識(とりこわし)」と「日本の実際(最大の神殿)」は随分違 >っているんだなあ。。。日本は特殊なんだなあ。。。と思い込んでしまう >危険性があると。。。言っているんです。 たとえこのようにこの章をよんだとしても、全体的に意味することはあくまで も「わが国における怨霊信仰の特殊性」なんであって取り壊し云々はひとつの 「一例」でしかなく、なんら全体を否定するものではない、、、、、、、、。 繰り返しますが、パンダ様は井沢先生のおっしゃる「わが国における怨霊信仰の特 殊性」を否定されるおつもりなのですか?ならば結構なのですが、そうでないの なら全体的にあまり意味のない細かいことばかりつっこまれている様に感じます、 これをもって「揚げ足取り」と感じてなにがおかしいのでしょうか、、。 Time : 2000/11/ 4(土) 15:52:32
Name : パンダ E-mail : Title : 論点が違うのでは。。。? Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 >>井沢先生のおっしゃる「世界の常識」とはパンダ様がかように前述している >>ように「西欧文明の世界支配」と言う面からの「世界の常識」なんじゃない >>のでしょうか。。。 本当ですか? ここで井沢さんが「世界の常識」を主張しておられるのは、 「西欧文明の世界支配」なんて影も形もない、東大寺と出雲大社の対比問題 (750年代)についてですよ! ここで井沢さんがおっしゃっている「世界の常識」は、明らかに人類歴史に おける「世界の常識」の筈ですが。。。 >>全体的に意味することはあくまでも「わが国における怨霊信仰の特殊性」 >>なんであって取り壊し云々はひとつの「一例」でしかなく、なんら全体を >>否定するものではない、、、、、。 そうでしょうか? 「『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』 の全体の論旨は。。。 「世界の常識」に反して、東大寺が出雲大社に「一丈だけ遠慮した」のは、 東大寺が長屋王の怨霊鎮魂施設であるからだ。。。 と言う結論を論証することでは、ないでしょうか? 私は、この論証は様々な理由から成立しないと言っているんです。 (「搭」「伊勢神宮」「出雲大社の高さ」「世界の常識」等々。。。) 「わが国における怨霊信仰の特殊性」自体についての議論は、別に論じる べきものだと思いますが。。。違いますか? Time : 2000/11/ 4(土) 18:03:14
Name : 無駄無駄 E-mail : Title : 読解力の無いやつ Comments: >この部分は、この程度に解釈しておけば本論に大きく影響を与えるものではない。 (HIRO氏) >たとえこのようにこの章をよんだとしても、全体的に意味することはあくまで >も「わが国における怨霊信仰の特殊性」なんであって取り壊し云々はひとつの >「一例」でしかなく、なんら全体を否定するものではない、、、、、、、。 (憂国氏) これが理解できないんだから、これ以上書いてもむだだよ。 Time : 2000/11/ 4(土) 18:10:47
Name : むだむだ E-mail : Title : ついでにいえば Comments: 著者の「文章」の至らない部分と「論旨」のそれを混同して、「例外」をもってきて 「普遍性」が無いとケチを付けるのを「挙げ足取り」と言うんだよ。 それならアインシュタインだってダーウィンだって否定できる。やつらの論文だって 「文章として完璧」だったわけじゃないんだから。 いいかげんやめようぜ。「知識はあっても知性の無い」人間なんて相手にするな。 Time : 2000/11/ 4(土) 19:15:57
Name : とんぼ E-mail : Title : 日本以外で Comments: ちょっと気になったので質問します。 日本以外の国で下記の条件を満たす国はあるでしょうか? *他民族による侵略をほとんど経験していない民族より構成される国 *他民族による支配をほとんど経験していない民族より構成される国 *自然環境が人に優しく、住みやすい国 *国民のほとんどが一神教の信者ではない国 *1つの王朝が2000年以上も続いている国 そして *文明がある程度進んでいる国 3,4,6を満たす国は多いでしょうが、 1,2,5のどれかを満たす国はかなり特殊な部類かと思います。 日本は1から6まですべて満たすので、 ある程度特殊な国になっていても不思議ではない気がするのですが。。 1から6まですべて満たす国ってありますか? Time : 2000/11/ 4(土) 22:18:09
Name : パンダ E-mail : Title : 特殊な国。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 私にたいする質問かどうかは、分かりませんが。。。 そのような国は、ないと思います。日本は明らかに特殊な地政的・ 歴史的環境にあった国だと思います。 Time : 2000/11/ 4(土) 23:09:12
Name : ポケモン E-mail : Title : そもそも Comments: 特殊じゃない国ってあるのでしょうか? Time : 2000/11/ 5(日) 00:42:41
Name : Ponya E-mail : Title : 世界の常識 Comments: こんばんわ。はじめて書きこみします、Ponyaと申します。 書店の経営者で井沢元彦氏の著書の愛読者です。 パンダさんが提示された反証は、井沢氏が著書の中で書いている「世界の常識」が 実際には普遍的な世界の常識とは言えないもので、正確な論証を行うに適切とは言 えない、という意味では理解でき大変勉強になりました。 そこでもう一度冷静に井沢氏の著書を読みますとけっこう頻繁に「世界の常識」と いう言葉が出てくるんですね。そのひとつひとつが本当に「世界の常識」であるか どうかは私には即座に確認出来ないのですが、全体的に井沢氏は自説を強調或いは 補強する意味で「世界の常識」という言葉をお使いのように私には感じられます。 そこで問題の「逆説の日本史 古代怨霊編 第四章」を読んでみて思いますのは、 井沢氏は「大仏が長屋王の怨霊鎮魂の為に建立された」ことを論証する際に「世界 の常識」に反していることをもって根拠にしているかどうか、というとそうとも思 えないのです。たとえば「…のことは世界の常識である」という文章をすべて削除 したとしても、全体的に主張が弱まるものの主張の根幹を揺るがすものとは思えま せん。論文としての出来不出来をいうならば確かに表現に問題はあるかもしれませ んが、現代的な視点からだけではなく当時の人々の「信仰上の事実」にも目を向け て考えるべきであるということを述べている文章だとすれば、主張の強調に使われ ている「世界の常識」が適切ではないとしても問題は無いと思うのです。 その他の「搭」「伊勢神宮」「出雲大社の高さ」等についても事実がどうであった かを検証することも大切だと思いますが、井沢氏の主張の中心は「当時の人々が、 そう信じていた」という「宗教的事実」にあると思いますので主張そのものが間違 っているとは思えないのです。しかし「宗教的事実」を正確に検証しようとしても それ自身仮説の域を出ないことから、定説として認められるものではないことは当 然であって、井沢氏自身が批判する「資料絶対主義」とは相容れないものであるこ とも、理解は出来ます。 以上、皆様のような立派な説も無しに私的な感想しか書けず、力不足を痛感します が、あえて感想を述べさせていただきました。 Time : 2000/11/ 5(日) 01:26:31
Name : 憂国 E-mail : Title : 噛み合わないのも当然かも Comments: パンダ様へ >本当ですか? ここで井沢さんが「世界の常識」を主張しておられるのは、 >「西欧文明の世界支配」なんて影も形もない、東大寺と出雲大社の対比問題 >(750年代)についてですよ! わが国の750年代と西欧の750年代、、、、同じなんですか? そもそも、地域ごとの特殊性を認めるのであればその地域が共有されるべき時間 の感覚は、決して横割で世界共通として価値判断しようがないものではないのでは ないのでしょうか、しかもわがくにはそういう面においてまったく違うじげんで 時間が経過していたといっても(その地理的要因にもよりますが)いいすぎでは ない、、、、750年代に世界共通のコモンセンスなど成立しえないしそれを求 めても意味がないのです、 ですから井沢先生が「世界の常識」といったところでそれはわが国以外の(違っ た時間経過を経た)コモンセンスと認識すれば問題はない、なぜなら西欧(欧米) の世界支配は現在に継続しているものであり、彼らが受け継いできた「常識」は 「世界の常識」として現在の我々にもリアルに実感できるものであるからです。 要するにこの様な地域ごとの特殊性を無視しての(横割の時間間隔での)議論で あるわけですからかみ合わないのも当然かと、かようにおもいます、、。 Time : 2000/11/ 5(日) 01:37:26
Name : 憂国 E-mail : Title : え、「特殊性」ということはお認めにならないのでは? Comments: パンダ様へ、、、、 タイトルのとうりです、 Time : 2000/11/ 5(日) 01:43:38
Name : 真説の日本史 E-mail : Title : 要は Ver.2 Comments: >最後です。。。表現上の問題と、本論に関する問題は >クドイほど併記しておいた筈です。 >(以上、2000/11/ 3(金) 12:05:42) ね。自分では「。。。の筈です」って思っても、 なかなか伝わらないでしょ。 他人に文章で自分の本意を伝えることって難しいんですよ。 井沢氏のご苦労も分かってあげましょうね。 >しかし、そういう「事実」を知らない人達であれば、 >単純に「物理的破壊」が「世界の常識」だと >思い込んでしまう危険性がある。。。と言っているんです。 > >さらに、そのような誤解のままで、この章全体を読めば。。。 >「世界に常識(とりこわし)」と「日本の実際(最大の神殿)」は >随分違っているんだなあ。。。日本は特殊なんだなあ。。。と >思い込んでしまう危険性があると。。。言っているんです。 >(以上、2000/11/ 4(土) 11:57:22) 「思い込んでしまう危険性がある」を連発してますね。 この考えが、そもそもおかしいのでは? 思い込んでしまったら何か都合が悪いことでもありますかね? 井沢氏には失礼かもしれませんが、 仮に「逆説の日本史」の読者の100%が思い込んだとしても 日本史の研究にとって、屁でも無いと思いますけどね。 「あ、いや。これが日本史研究をとんでもない方向へ導くかもしれない。 正統日本史研究を守るためにも、危険な教えは早期発見、早期撲滅。」 というような正義に満ち溢れた、使命感でもおありになるのであれば、 致し方ありませんがね。 >要するに井沢さんが「世界の常識」としておられるのは、 >むしろかっての西欧歴史学者が陥っていた >「一神教(啓典宗教)の常識」と言うべきものであり、 >そのような偏った「世界の常識」をもって「日本の実際」を論じ、 >何らかの論拠とするのは間違っているのではないか。。。 >(以上、2000/11/ 4(土) 11:57:22) ここの文章は非常に興味深いですね。 個人的なことですが、以前に教わったことを思い出しました。 かつてわが国でも、世界の常識とまでは言いませんが 最新最高に進歩的で科学的であると思われていた 唯物史観でもって、日本史を論じていた時期がありましたね。 そのような偏った「物の考え方」を経験し、それがどうも 日本史の実際にそぐわないと気付いた研究者は その苦い経験を繰り返さない為に、トンデモを厳重に取り締まるか 昔の反動でトンデモに走る。と教わったことがあります。 (念の為に言っときますけど、私は唯物史観が最高に科学的であるか? とか間違いであったか?は、よく分かりません) Time : 2000/11/ 5(日) 03:09:59
Name : 真説の日本史 E-mail : Title : Ponyaさんへ Comments: こんばんは。 「逆説の日本史」は元々が週刊誌の連載なので ある程度キャッチーな表現になるのは 仕方がないだろうと思っています。 仰っしゃるように、定説になるには決定的な考古学的発見とか 史料が出ないことには難しいでしょうが トロイの木馬の話だって、見つからなければ唯の神話で 終わっていたでしょうし・・・・ 今後の展開(井沢氏の活躍&学会の活動)に期待しましょう! Time : 2000/11/ 5(日) 03:20:31
Name : HIRO E-mail : Title : 「冷静に」との自戒を胸に再度参戦。 Comments: HIROです。 前回、前々回とちょっと大人気ない態度の文章でした。反省してます。 パンダさんへ: ちょっと冷静さを失っていました。ごめんなさい。 ただ、皮肉にも私が前回書いた以降に書かれた人(憂国さん、無駄無駄さん、 Ponyaさん)もほぼ同じことを書かれています。 「パンダさんの指摘している部分が本当に間違いだとしても全体に影響を与える部分では無い。」 それに対して、パンダさんは「表現上の問題と、本論に関する問題はクドイほど併記しておいた筈」 と言われましたが上の方々含め私も、その「表現上の問題と、本論に関する問題」 に疑問(というか否定意見)を述べているのですよ。 対話の論点が噛み合わないため、いろいろ脱線していますが、パンダさんの 指摘している箇所が「井沢説の根幹を揺るがす大問題か否か」という話で 大阪JF生さん初め多くの方が「たいした部分ではない」と言われているわけです。 しかし、それでも「この文章の間違いは根幹に関わる」と言われるのでしたら 新たな事実でも判明しない限り、永久にここでは解決しない問題だと思います。 とんぼさんへ: 「凡人」云々では失礼しました。反省しています。 以前、韓国について書いた本の中で「西洋列強による植民地支配を受けていない 数少ない国の中で、支配する側とされる側になった云々…」という下りがありました。 だから「侵略」「支配」共に殆ど経験してないのは日本くらいなのでは? …しかし、この話題から外れますが、今日の毎日新聞の記事見て驚きました。 「旧石器発掘捏造〜宮城県上高森遺跡」たしかに重大事件ではあるんですが 盗撮画像とともに言い訳が書いてありました。それなら文章だけでいいし、 もっと言えば本人が認めた段階で映像公開する必要性なんてないのにぁ…。 「スクープだぁ!」と狂喜している様が見えてちょっとイヤでした。 Time : 2000/11/ 5(日) 12:28:59
Name : パンダ E-mail : Title : 「東大寺怨霊寺説」の論理構成。。。 Comments: パンダです。Ponyaさん(はじめまして)へ。。。 私の考えを正しく理解して頂いてありがとうございました。私の意見は基 本的にPonyaさんのおっしゃるとうりです。 私も宗教施設の建築思想の問題ですから。。。 「当時の人々の『信仰上の事実』にも目を向けて考えるべきである」と思 います。 そこで、この問題は。。。 「大仏が長屋王の怨霊鎮魂の為に建立された」という井沢さんの主張の論 拠となっている「宗教(信仰)上の事実」が何であり、それが妥当なもの かどうかだと思うのです。 私は。。。井沢さんの主張を、次のとおり理解しているのですが、間違っ ているのでしょうか? (XX)は私のコメントです。 1)東大寺大仏殿は750年創建当時に15丈であった。(私もそう思います) 2)当時の出雲大社は16丈であったかも知れない。 (私にも井沢さんにも分かりません。単に井沢さんの仮定です) 3)出雲大社が16丈と仮定すれば、大仏殿は1丈だけ低かったことになる。 (出雲大社の仮定が正であれば、正だと思います。これは当時であれば、 国内建物の高さですから、信仰的事実ではなく、客観的事実として測定 可能だったと思います) 4)出雲大社は敗北神の神殿であり、最高神の神殿ではない。 (私もそう思います。当時は最高神の神殿は「伊勢神宮」でした) 5)東大寺は、「伊勢神宮」に変わる(あるいは並ぶ)新たな最高神の 神殿とも言うべきものである。 (私には分かりませんが、一応この仮定を正としておきます) 6)最高神は最大の神殿に祀られ、敗北神の神殿は「とりこわされる」の が「世界の常識」である。 (ご承知のとおり、この部分が間違っていると言うのが私の意見です) 7)この「世界の常識」からすれば、大仏殿は出雲大社を超える高さで なければならない。 (「世界の常識」というポイントがなければ、これ以降の推論部分はあ り得ません。従って、極めて重大なポイントだと思いますが。。。) 8)しかし大仏殿は、出雲大社よりも1丈低く建てられている。こんな 変な話はない。 (出雲大社16丈はそもそも仮定に過ぎません。この仮定が正でなければ この部分は意味をなさないことになります。また。。。 *東大寺始め大寺の仏塔は明らかに出雲大社より高かった。 *寺院の搭はもとより本殿(堂)も殆どが伊勢神宮より高かった。 *おそらく鹿島神宮等も伊勢神宮より高かったであろう。。。 つまり、東大寺以前の状況で最高神の神殿より高い宗教施設は幾らでも 存在していた、よって当時の日本には「最高神は最高神殿」はもとより、 その基礎概念である「神殿の高低がその尊卑を示す」という宗教(信仰) 思想自体が窺えない。。。 だから仮に大仏殿が出雲大社よりも低かったとしても、それが「こんな 変な話はない」と言うべきものだろうか。。。というのが私の最大の疑 問点です) 9)これは、大仏殿が出雲大社に1丈だけ「遠慮」したものだとしか考 えられない。 (以上の諸点からして、「遠慮」したと考えるのは余りにも無理がある。 従って以下の推論も成立しないのではないかと思うのですが。。。) 10)大仏殿が出雲大社に「遠慮」するということは、大社に象徴され る信仰こそ仏教を越える日本人の根源的な信仰であるということだ。 11)出雲大社によって象徴される信仰とは何かと言えば、和の精神で あり怨霊信仰に他ならない。 (出雲大社によって象徴される信仰が、怨霊信仰であるかどうかは、分 かりません。私は服属神としての和合・融和・統合の象徴だと思ってい ますが、当然これには異論があると思います) 12)従って、大仏建立は純然たる仏教の信仰行為ではなく、オオクニ ヌシに次ぐ大怨霊長屋王に対する鎮魂を目的とした、怨霊信仰に おける宗教行為でもあるのだ。 (出雲大社が当時16丈であったと言う仮定が否であれば、全ての推論と この結論は崩壊します。 また6)「世界の常識」が否であれば、7) 以下の推論が崩壊し、この結論も破綻すると思います。 さらに11) から12)の結論は飛躍し過ぎていると思います。) 以上の井沢さんの推論過程と、私のコメントについて。。。特に6)か らそれ以降の部分について。。。誤解があれば、具体的にご指摘頂けれ ば有り難いのですが。。。 Time : 2000/11/ 5(日) 12:34:55
Name : パンダ E-mail : Title : 食い違いの元と差違。。。 Comments: パンダです。HIROさんへ。。。 こちらこそ、感情的になり失礼な部分があったと思いますので、お詫びいた します。で。。。私もいろいろ食い違いの理由を考えたのですが。。。 やはり私の言いかたにも、問題があったと思います。 つまり私は井沢説における「世界の常識」を以下のように、「最高神は最高 神殿」と「とりこわし」の一体として捉えていたと言うことです。 >五つは、「最高神、最大神殿」や「とりこわし」という不正確な一種の「世 >界的法則」と「日本の例外」を基礎として、東大寺怨霊寺説を論証するのは >妥当でないと言う問題です。 2000/11/ 2(木) 22:54:32 >6)最高神は最大の神殿に祀られ、敗北神の神殿は「とりこわされる」の > が「世界の常識」である。 2000/11/ 5(日) 12:34:55 私はこの解釈で良いと思いますが、皆さんはこれを分離して解釈されている ように思います。 確かに、これを切り離して「とりこわし」だけを論じるならば、井沢さんの 言わずもがなの単なる「勇み足」で、本論には直接影響しない部分だと言う ことも出来るかも知れません。 そして、これを「大した部分ではない」とするかどうかは、個々人の判断に よるでしょうから、議論の対象には適さないものかも知れません。 そこで、私がこの部分を重視している理由を補足再掲して、出来れば「とり こわし」議論は終了させて頂きます。念の為。。。本文は次のとおりです。 >>繰り返すが、出雲大社の祭神は、日本の最高神のアマテラスではなく、敗 >>北した神であるオオクニヌシだ。一方、東大寺は、聖武天皇の命令によっ >>て、「日本国を鎮護」ために建立された、いわば国教の大神殿である。 >>だから日本以外のどんな国でも、そういうものを作る時は必ず国内最大を >>目指し、「負け犬の」神殿などは無視するのは当然なのだ。いや当然どこ >>ろか、そういうものはとりこわすというのが、世界の常識である。 これを言い換えれば。。。 1)出雲大社の祭神は敗北神であり、東大寺はいわば国教の大神殿である。 2)だから「日本以外のどんな国でも」東大寺の如き神殿の建設にあたっ ては、国内最大を目指すのが「世界の常識」である。 3)また敗北神の神殿(出雲大社)などは「とりこわす」のが「世界の常 識」である。 と言う論旨だと思います。 しかしながら、私の認識は次のとおりです。。。 A)(出雲大社の祭神は敗北神であり、伊勢神宮の祭神は最高神であった。) B)(日本においては、最高神の神殿は他の宗教施設よりも、かなり小さな 規模であった。) C)出雲大社の祭神は敗北神であり、東大寺はいわば国教の大神殿である。 D)日本においては、伊勢神宮の例からいっても、東大寺の如き神殿が国内 最大を目指すとは限らない。 E)さらにいえば「日本以外のどんな国でも」東大寺の如き神殿の建設にあ たっては、国内最大を目指すという明確な根拠もない。 F)実際に出雲大社と大仏殿のどちらが高かったのかは、誰にも分からない。 (仏塔を含めれば、東大寺は勿論その他大寺が、確実に高かったが。。。) G)一神教の場合は、敗北神の神殿などは「物理的破壊」あるいは変形して 「宗教的破壊」する(とりこわし)例が多いのは「世界の常識」である。 H)多神教の場合は、敗北神の神殿であっても「物理的破壊」あるいは変形 して「宗教的破壊」することもあれば、敗北者の神殿として「黙認・放 置」したり、勝利者の宗教に取り込んで「保護」したりすることもある のが「世界の常識」である。 I)「日本」は多神教の世界であるから、敗北神の神殿(出雲大社)が「と りこわされ」ず「保護」されているのは、多神教の「世界の常識」に照 らして特殊例とは言えない。 上記の3)とG)〜I)の違いです。。。ね Time : 2000/11/ 5(日) 21:34:03
Name : 憂国 E-mail : Title : 常識とは、 Comments: 750年代のヒンズーの世界の価値観などになりようもない(その前もしかり) 現在に続く西欧の価値観にほかならない、なぜならこれがマジョリティだからです 井沢先生がこのような価値観で「世界の常識」としたところでなんの不都合があり ましょうか、 だから、 >(出雲大社によって象徴される信仰が、怨霊信仰であるかどうかは、分 >かりません。私は服属神としての和合・融和・統合の象徴だと思ってい >ますが、当然これには異論があると思います) こうおもうのであれば論理的にまず、じせつを拝聴したいものです(異論 をだしようがありません)反論の緻密さに比べ非常に曖昧ですね、いつも、。 すみませんが、パンダ様にです、、、。 Time : 2000/11/ 6(月) 00:16:18
Name : HIRO E-mail : Title : 徹夜で読んでしまった…今日が日曜日だと思って(泣)。 Comments: パンダさんへ: 改めて、(I)古代黎明編〜(II)古代怨霊編を読み直しました。 そうしたらやっとわかりました…論点が噛み合ってない理由が。 >(出雲大社が当時16丈であったと言う仮定が否であれば、全ての推論と >この結論は崩壊します。 また6)「世界の常識」が否であれば、7) >以下の推論が崩壊し、この結論も破綻すると思います。 さらに11) >から12)の結論は飛躍し過ぎていると思います。) これ、二巻P487、13行目からの話ですね。でもこれは元々一巻P177、6行目からの 引用です。そして、二巻には引用されなかった部分には「〜実際には16丈以下で あったことは十分に考えられる(中略)しかしそれでも私の論理は崩れないのである。 (P184、10〜14行目)」と既に井沢氏本人が崩壊しない理由を書いています。 また「世界の常識」が何を示しているのかも黎明編を読めばわかります(…はず)。 また(11)のオオクニヌシが怨霊だっていうのも、ここで突然出てきた話では ありません。一巻第二章「大国主命編」で延々書いてあることです。それは 横向きの話、聖徳太子にいたる「プレ怨霊」の話、日本書紀の記述、などから 導き出された話です。 そしてそこから(12)へは、オオクニヌシ、聖徳太子、長屋王、早良廃太子と 続く「怨霊」の流れを説明し、長屋王が大怨霊であること、それを鎮魂するために 大仏殿を作った…という話が続いていきます。そして例の部分に行き、建物の 大きさの点からも「大仏殿=怨霊鎮魂施設」という結論にたどり着く…という 流れであって、飛躍しているわけではありません。 結局、パンダさんが指摘している部分はその部分だけを読めば指摘どおりかも しれませんが、そこに至るまでの1000ページ近い文章に書いてあることの 繰り返しになる部分だから簡略化(もしくは井沢節化(笑))されているもの なので、その指摘は「本論に大きく影響を与えない」し「元々の部分で書いてた ことと前後の文脈からみれば同じこと言ってるんだろう」と思って気にして 無いんですよ(私も読み返してみて気がついた)。 正直な話、 >界的法則」と「日本の例外」を基礎として、東大寺怨霊寺説を論証するのは >妥当でないと言う問題です。 2000/11/ 2(木) 22:54:32 これ、「逆説」を読み返すまで理解不能だったんです。私の記憶ではこの部分に 相当する文章の記憶がありませんでしたから。「世界の常識」の話は一巻第二章、 東大寺怨霊寺説(?東大寺鎮魂施設説では?)は二巻第四章だと思ってましたので。 失礼ですがまずもう一度一巻(特に「大国主命編」)を熟読されて、それから もう一度パンダさんの持論と比較してみるのが良いと思います。 私達が「本論に影響を与えるものではない」といっている意味が判るのでは ないかと思うのですが…どうでしょう? また、細かい指摘ですが (2)は32丈と16丈という二種類の言い伝えを元にして小さいほうを「仮定」 しているのであって、単なる「仮定」ではありません。 (5)は、井沢氏がこんなことを書いていたら驚きです。天皇という権力者が 「鎮護国家」という目的のために作った建造物ってことで「『いわば』国教の大神殿」 「新しい国教の神殿『ともいうべき』大仏殿」と書いているだけで、宗教的な意味合い ではありません。 これは単なる誤解だと思いましたので、付記しました。 あと、私宛に書かれた最後のもの(これ書いている最中に来たので)ですが、 >D)〜とは限らない。 >E)〜明確な根拠もない。 >F)〜誰にも分からない。 …これじゃあ、ダダっ子ですよ。 歴史学と進化論は「再現性の無い」学問だからこれを言い出したら何も出来ません。 >I)多神教の「世界の常識」に照らして特殊例とは言えない。 では、一般的な例なんですね?「大物主命」と「出雲大社」は…。 (そうじゃないなら、これも上の三つと一緒ですよ。) Time : 2000/11/ 6(月) 10:55:43
Name : 2m E-mail : Title : 大国主命を祭る為に怨霊信仰を利用した・・・? Comments: >>(出雲大社によって象徴される信仰が、怨霊信仰であるかどうかは、・・・当 然これには異論があると思います) >こうおもうのであれば論理的にまず、じせつを拝聴したいものです(異論をだし ようがありません) これについて、ちょっとばかり考えて見ました。勝手な考えですが、参考にして みて下さい。 大国主命の時代、怨霊信仰はそれほど大きな要素では無い気がします。本当に怨 霊信仰が大きくなったのは、偶然が重なり続けた奈良時代以降ではないかと思いま す。でなければ、もっと早い時点から「僧兵の強訴」と言う無茶な状態になってい たと思います。 ・・で、頭を捻ってみました。「怨霊を恐れて大国主命を祭った」のではなく、 「大国主命を祭る為に怨霊信仰を利用した」とは考えられないでしょうか。 理由としては「大国主命を倒した人=ヤマトタケル」とすれば、何となく納得で きるのではないかと思います。ヤマトタケルは出雲の王を殺しました。しかし実 は、出雲の王を尊敬していて殺したくなかったが、命令でやむを得ず騙し討ちで殺 した、とされている筈です。それで、そんな人を殺したままにするのも忍びなく、 適当な言い訳・・怨霊信仰を大和朝廷に伝えて(放っておくと祟るからとか言っ て)祭ってもらう事にしたのではないかと思います。 直接は関係ありませんが、ヤマトタケルの墓は伝えられている物だけでも3つあ り、そんな人のうちの誰かが出雲討伐の時の事を歴史に残し、それが「大国主命を 倒した人」・「ヤマトタケル」と別設定の別人物に、別けられたのではないでしょ うか・・・。 Time : 2000/11/ 6(月) 20:18:48
Name : Ponya E-mail : Title : 私の逆説の日本史 Comments: こんばんわ。Ponyaです。 # 真説の日本史 さんへ コメントを付けてくださってありがとうございます。 私は職業上多くの書籍を扱ってますので、この本は「このように読むべき」と意見する のは、職業上のタブーとしてそれをしないことを自分に課しております。多くの読者が いれば其々に違った読み方をするのは当然ですから。たとえば市民主義的な主張の本を 革新系の人が読んだときと保守系の人が読んだときでは当然受け取り方が全然違います し、その逆もまた然りですね。 しかしながら自分の店では言葉で意見しないかわりに陳列場所でそれを主張していたり します。当然「逆説の日本史」は人文科学系学術書ではなく、一般文芸書ノンフィクシ ョンのコーナーに置いております。これだって一方的な主張の押し付けですが、どちら に置いたほうがよく売れるかといえば、間違いなく一般文芸書コーナーですね。つまり 「一般文芸的に読むべき」かどうかは別として、一般文芸的に読んでいる方が圧倒的に 多いのは事実だと思います。他書店においても今のところ例外は見たことがありません。 皆さまご存知のとおり、井沢元彦氏が歴史推理小説作家としてデビューした人だから、 というのも文芸書コーナーに並ぶ一つの理由ですが、「逆説の日本史」が一般読者に多 くの支持を受けたのは、ともすれば学術的で平坦な文章になりがちなテーマの中に頻繁 に現われるウィットに富んだ表現(たとえば「中日ドラゴンズの論理」)や別分野まで 広がる現実的な批判など、読み物として完成されたエンターテイメント性にその原因が あると私は思っています。(というわりには私の文章は下手で困りますが) Time : 2000/11/ 6(月) 21:29:16
Name : Ponya E-mail : Title : 表現の問題 Comments: # パンダさんへ 私の私的な感想に対して、多くの時間を割いて真面目にお答えいただいて大変恐縮です おそらくもう一度該当の章を読んだうえで論点を整理していただいたものと思います。 さて、多くの論点にどのように引用して良いやら作法がわからずに困りますが、横着を してパンダさんの文中の番号だけを拾って引用の代わりにしたいと思います。 まずは1〜3の客観的事実の是非については、主張の根拠を「信仰上の事実」に置くな らば、あえて言及する必要はないと思います。極端にいえば客観的事実として間違って いたとしても問題ないと思います。3におけるパンダさんのコメントにありますように 「客観的事実として測定可能であった」としてもそれが行なわれたかどうかは不明です し、実は行なわれていて口遊の内容と反する結果だったとしても、何故事実と反する事 を当時の人々が子供たちに教えようとしていたのかを考えれば、そういう何らかの事情 があった、つまり当時の権力者が公式には言えない「怨霊信仰」(何故言えないのかは 井沢氏が書いてますね)があったというのが井沢氏の主張の一部だと思います。この時 何らかの事情→「怨霊信仰」といきなり飛躍しているわけではありません。当然ですが そもそもこの2巻第四章は独立した文章ではなく、1巻から序論より続く従来の歴史学 の「呪術的側面の軽視」「資料至上主義」「権威主義」を批判した内容の文章が続いて いるのだと思うのです。その途中にも何度となく「怨霊信仰」に触れられており、この ことになぜ権力者が公式に記録することが出来ないのかについても推理されています。 4については特に異論が無いとして、5の「伊勢神宮」と「東大寺」を同列に扱うこと に少々違和感がありますが、これはまた別の問題ですね。 問題の6〜11ですが、恥ずかしながらこれらについては論理的な説明が思い浮かびま せん、あえていうならば、いずれも「世界の常識」をどの範囲で捉えるか次第で結論が 変わると思います。この点についてはHIROさんや憂国さんがすでに言及されていますが 結局のところ井沢氏のいう「世界の常識」とは「西欧の価値観」というのが正しいのか もしれません。さらにいうならば「世界の常識に反して」と書くとき、普遍性をもった 言葉として捉えられるのを避けて「普通に考えれば」のような平易な表現の方が問題は 無いのかもしれません。私個人的には前者の方がインパクトがあって好きですが…。 最後の12のパンダさんのコメント《出雲大社が当時16丈であったと言う仮定が否で… というのは結局1〜3にたいする説明で、また《「世界の常識」が否であれば》という 前提についても捉え方しだいというのが、率直な感想です。 # 最後に「井沢氏の表現についてのパンダさんのご批判」への私の評価です。 「学説というのは、たとえどんな偉い人が発表しようとも、とりあえずは仮説にすぎな い。間違っていることだって充分に有り得る。その仮説は、多くの批判や検討を経て、 初めて定説となりうるのだ。ここには自由な批判精神というのものが不可欠である。」 …と井沢氏ご自身が自著の中で書いていることですから、パンダさんのご批判は当然な がら正当なご批判と思います。この掲示板を井沢氏ご本人が読んでその批判に納得した ならば、以後誤解を招く(かもしれない)表現を避ける(かもしれない)でしょう。 Time : 2000/11/ 6(月) 21:31:21
Name : きんたろう E-mail : Title : 奥の院を見て来ました^^(意味のないタイトル、笑) Comments: こんばんは^^ またまた久しぶりの書き込みです。 新羅の武烈王「金春秋」が中国風に改名する前の名前を知りたいのですが色々と本 を見ても出ていないのです?? 確かに以前見た記憶はあるのですが。 何故かはよく分かりませんが最近の本には表記しないようになったのでしょうか?? 日本の和名にとてもよく似ていたような記憶があります。 詳しい方からの情報を待っていますのでよろしくお願いします(おじぎ^^) タイムリーな話題からは逸れてしまってすみませんでした^^;; Time : 2000/11/ 6(月) 22:55:48
Name : パンダ E-mail : Title : 井沢さんの補助論理について。。。 Comments: パンダです。HIROさんへ。。。ご苦労をおかけして申し訳ありません。。。 Ponyaさんへ。。。取り敢えず以下の部分でご勘弁下さい。その他は概ねHIRO さんへの回答で代用できると思いますので。。。 >>結局のところ井沢氏のいう「世界の常識」とは「西欧の価値観」というの >>が正しいのかもしれません。 私も、そうだと思います。HIROさんのご指摘で「T巻」を読み直しましたが、 旧約聖書中心の一神教的な観点からしか書かれていませんね。これでは多神 教の世界は理解出来ないのではないかと、あらためて実感しました。 ところが井沢さんは。。。 >>だから日本以外のどんな国でも、そういうものを作る時は必ず国内最大を >>目指し、「負け犬の」神殿などは無視するのは当然なのだ。いや当然どこ >>ろか、そういうものはとりこわすというのが、世界の常識である。 つまりは。。。。 *「日本以外のどんな国」でも。。。あらゆる地域においてですね? *「そういうものを作る時」は。。。東大寺の如き建築物を作る時(この 場合は具体的に750年頃)を含めて 何時であってもですね? に適用すべき一般的概念として「世界の常識」といっておられます(ね?) 私は、この井沢さんのご主張に対して、その様な「世界の常識」は存在し ない。。。これは一神教の「世界の常識」でしかないと言っているんです。 で。。。HIROさんのご指摘に関して。。。 いろいろご指摘頂きましたが、取りあえず「東大寺と出雲大社」が当面の問 題ですので、次の部分に絞らせて頂きます。 >>これ、二巻P487、13行目からの話ですね。でもこれは元々一巻P177、6行目 >>からの引用です。そして、二巻には引用されなかった部分には「〜実際に >>は16丈以下であったことは十分に考えられる(中略)しかしそれでも私の >>論理は崩れないのである。(P184、10〜14行目)」と既に井沢氏本人が崩 >>壊しない理由を書いています。 この部分について確認したのですが。。。次の理論ですね? 大社は東大寺大仏殿より「低い」と証明されたとしても。。。 1)実際の高さと「公称」の高さとは違うものだからだ。 「公称。。」というのが、そのまま「事実」として通用するのだ。 2)平安時代の学者が「・・・」と信じていたということだ。 「信じている」以上、それは「事実」なのである。 その「事実」によって人々は影響されるのであって、「実際には東大寺 の方が大きい」という「真実(?)」に影響されるのではない。 霊と同じだ。。。 「主観的事実」「客観的事実」で若干触れた部分ですね。これについては以 下に述べたことでほぼ充分だと思いますが。。。 >事例によると言っているんです。「神がいるかいないか」「怨霊の祟りがあ >るか」と言う問題であれば、客観的判断は意味がありません。その時代の個 >々人の主観がその人にとっての真実です。 >しかし、東京タワーと通天閣のどちらが高いかは、客観的に判断出来ます。 >ここには個人の主観が入る余地はありませんね。2000/11/ 2(木) 22:54:32 >3)出雲大社が16丈と仮定すれば、大仏殿は1丈だけ低かったことになる。 >(出雲大社の仮定が正であれば、正だと思います。これは当時であれば、 >国内建物の高さですから、信仰的事実ではなく、客観的事実として測定可 >能だったと思います)            2000/11/ 5(日) 12:34:55 つまり、東大寺創建時に大仏殿の高さにおいて、出雲大社に一丈だけ「遠慮 」しようと言う意図があったならば。。。 これはインドやチャイナの建物との比較ではありませんから、実測比較する のに何の造作もいらないことです。また仮に出雲大社が公称16丈 実測14丈 であって。。。大仏殿15丈にすれば「遠慮」するどころか「凌駕」すること になってしまうので、折角のその意図が崩れてしまいますね。 ですから、当然に客観的事実を求めて実測したと考えるべきで、ここには「 公称が事実」だとか、「970年に信じられた事実」などと言う理論が入る余 地は無いと思うんです。。。 (神さんに。。。ああ一丈高く造ってしまいましたね。でも「公称16丈」っ て言われているから15丈で「遠慮」した積もりだったんです。実際には14丈 なんて思いませんでした。ゴメンナサイ。。。なんて当時の官僚は通用する と思ったでしょうか? 宗教的信念による行為とは、そんな好い加減なもの ではないと思いますが。。。 念の為。。。公称16丈を信じて、大仏殿15丈としたが、実測14丈であるこ とが判明したので、慌てて16丈に建て直した。。。なんてアホラシイお伽噺 はヤメテ下さいね。) 要するに、東大寺大仏殿が出雲大社に一丈だけ「遠慮」して15丈に決定され たと主張するのならば、当時の決定者には出雲大社が16丈以上であることが 客観的事実として了知されていたと考えるべきだと思うのですが。。。おか しいでしょうか? 「口遊」について言えば、970年に実測16丈とすれば(私はその可能性があ ったと言っているのですが)。。。「信じている」以上、それは「真実」な のではなく、「真実」だから「信じていた」と言うしかありません。よって この議論には何の意味もありません。(「口遊」が「真実」ではないと主張 している人に対してのみ意味が有る理論です) 以下の部分について。。。 >2)当時の出雲大社は16丈であったかも知れない。 >(私にも井沢さんにも分かりません。単に井沢さんの仮定です) >>(2)は32丈と16丈という二種類の言い伝えを元にして小さいほうを「仮 >>定」しているのであって、単なる「仮定」ではありません。 >>仮にこの「十六丈」が可能であったとすると、。。。(本文) 要するに、本文における「仮に」を言い直しただけのことで、出雲大社が16 丈だとすれば。。と言う意味での「仮定」には変わりがないと思いますが? >5)東大寺は、「伊勢神宮」に変わる(あるいは並ぶ)新たな最高神の > 神殿とも言うべきものである。 >(私には分かりませんが、一応この仮定を正としておきます) >>(5)は、井沢氏がこんなことを書いていたら驚きです。天皇という権力 >>者が「鎮護国家」という目的のために作った建造物ってことで「『いわば』 >>国教の大神殿」「新しい国教の神殿『ともいうべき』大仏殿」と書いてい >>るだけで、宗教的な意味合いではありません。 確かに「最高神の神殿」ではなく、おっしゃるとおりの「表現・意味」です。 ただ、「国教の大神殿」としてしまうと、「最高神は最大の神殿に祀られる 。。。」と言う命題との関係が不鮮明になるので「新たな最高神の神殿とも 言うべきもの」と表現したものです。 >>東大寺(大仏殿)は、新たな国教の大神殿ともいうべきもので、最高神の >>神殿にも比すべきものである。 であれば、よろしいのでしょうか?(論理展開上は全く変わらないと思いま すが。。。) (本文) >>仮にこの「十六丈」が可能であったとすると、当時「十五丈」だった東大 >>寺より、出雲大社は「背」が高かったことになるわけだが、考えてみると >>こんな変な話はない。 >>なぜ、こんな変な話はない、かというと、オオクニヌシは日本の最高神で >>はないからだ。最高神ではないのに、最大の神殿に祀られている。 (この部分は、東大寺を最高神に比して論じているのでなければ、意味不明 なものとなってしまいますからね) 最後に。。。 >>…これじゃあ、ダダっ子ですよ。歴史学と進化論は「再現性の無い」学問 >>だからこれを言い出したら何も出来ません。 歴史学は、現在知りうる諸資料(直接史料その他の参考資料)と所説との整 合性を考察することで、その成立の蓋然性を論じるものです。 論拠が不充分であることを指摘し、その所説を批判することが「ダダっ子」 であれば、批判すること自体が「ダダっ子」と言わなければなりませんよ! Time : 2000/11/ 6(月) 23:07:42
Name : パンダ E-mail : Title : 追加です。。。 Comments: さらに言えば。。。出雲大社は斉明天皇五年(659)に出雲国造に命じて 修復させたとの記述が有り(熊野神社との説もある)、天皇家の関与が 窺えるものですから、歴代国司(当時は中央官僚が赴任)にとっても周知 の建物です。(もちろん高さについての記録はありませんが。。。) 従って、東大寺建設に関わった官僚達にとっても「公称XX」と言うよう な存在ではなく、その高さについても充分知られていたと考えたほうが自 然だと思います。 ですから一丈「遠慮」したとするならば、16丈以上あったと考えるべきで すし、16丈以上なかったとすれば一丈「遠慮」したと言う仮説は「崩壊」 すると考えるべきだと思います。 Time : 2000/11/ 7(火) 00:52:41
Name : HIRO E-mail : Title : 時間なし…読み返してもいない…。 Comments: あわわ…プロバイダが点検で止まってしまう…。 途中までですが、送ってしまいます。 >実測比較するのに何の造作もいらないことです。 >当然に客観的事実を求めて実測したと考えるべき〜 パンダさんは、視点が現代人なんですよ…。 単純に考えてみてください。パンダさんが「遠慮」するときに正確なデータを 収集しますか?当の出雲大社から「うちの社殿は16丈です。」と言われても 巻尺もって出雲まで行って「やっぱり調べ直したら14丈だった。だから私は遠慮 して13丈にしました。」とかやるんですか?そんなことやってたら嫌われ者ですよ。 もし、「遠慮」するとしたら出雲大社に高さを聞いて、「16丈です。」という 「公称」を元に判断するのではないですか?井沢氏が言ってることは(実寸に意味が無い) 、正にそのことではないですか。 >念の為。。。公称16丈を信じて、大仏殿15丈としたが、実測14丈であるこ >とが判明したので、慌てて16丈に建て直した。。。なんてアホラシイお伽噺 >はヤメテ下さいね。) たとえそうだとしても、「出雲が16丈で、うちの大仏殿は15丈です。」と 公表することで、この問題は解決してしまうんですよ。立て直す必要なんて無い。 >論拠が不充分であることを指摘し、その所説を批判することが「ダダっ子」 >であれば、批判すること自体が「ダダっ子」と言わなければなりませんよ! 「〜とは限らない」で批判できるタイプの学問じゃないってことです。 それを「否定的要素」とするか「例外」とするかは再現してみないと分からないんです。 だから再現性の無い歴史学でそれをやったら水掛け論になってしまうんです。 Time : 2000/11/ 7(火) 02:10:23
Name : パンダ E-mail : Title : 現代人。。。? Comments: パンダです。HIROさんへ。。。おはようございます。 >>パンダさんは、視点が現代人なんですよ…。 まったく逆です。宗教的信念にもとづいた行動ならば。。。 好い加減なことは、出来ないんです。(神は何でもお見通し) 出雲国造りに嫌われるとか、嫌われないとかは天皇家にとっては、 問題外でしょう? 神がどう思うかを恐れるのが、宗教的信念だと思うのですが。。。? もともと、天皇家が国司(や神官)に命じて神社の建築・修復をさせている のですから、「公称」した側だということも考えて下さい。 Time : 2000/11/ 7(火) 08:57:30
Name : パンダ E-mail : Title : 歴史科学。。。。 Comments: パンダです。HIROさんへ。。。 〜とは限らない。〜明確な根拠もない。〜誰にも分からない。 と言うのは、根拠に欠ける。明白な例外が考慮されていない。不明確である 。。。と言うことです。 その様な「論証されざる仮説」によって論理を展開し、結論を導き出すのは、 (しかも断定する)のは、歴史科学ではありません。 そう言った手法と結論は、批判されて当然ではないでしょうか? Time : 2000/11/ 7(火) 12:21:42
Name : 八直屋 E-mail : gr6m-kwnb@asahi-net.or.jp Title : 尺貫法について Comments:  横レス失礼します。素朴な疑問があります。 まず 一丈 = 十尺 一尺 = 約30センチ ですよね? 一尺の長さについでですけど、 http://www.daito.ac.jp/~hama/s990908.html より引用 ------------------------------------------------------------  山形県米沢市の古志田東遺跡(九世紀半ばから十世紀初め)から 出土した木製の物差しの断片に、二種類の目盛りが表裏に刻まれて あり、片側の尺度が朝鮮半島から伝来したとされる高麗尺系統の物 差しの可能性もあることが八日までに、同市教委などの調べで分か った。高麗尺八世紀初めに律令政府は廃止を決めてから使われてい ない「幻の尺」とされ、これまで国内で見つかった例はない。  出土した物差しの断片は、長さ九・五センチ、幅一・四センチ、 厚さ〇・七センチで、裏表に寸と分が刻まれている。一方は一寸が 三・一二センチ、もう一方は一寸が三・五センチと、異なった尺度 が刻まれている。  市教委の依頼でこの物差しを調べた東北芸術工科大学の宮本長二 郎教授(建築史)によると、三・一二センチの尺度は七世紀に中国 から伝わった唐尺の系統。唐尺と高麗尺比率は 一対一・二 で、今 回見つかった物差しの比率は 一対一・一二 と微妙に異なる。しか し、宮本教授は「三・五センチの方は六世紀に朝鮮半島から伝来し た高麗尺の可能性がある」と話している。  律令政府は尺度を統一するため、七〇一年の大宝令で建物建築に は唐尺を使うように定め、その後、高麗尺は廃止されて使われなく なったとされる。また、これまで国内で高麗尺の出土例がないこと から、高麗尺の存在そのものを否定する見方もある。 ------------------------------------------------------------  出雲大社16丈 大仏殿15丈とのことですが、それぞれ同じ 尺なのですか? 公文書にどの尺での計測結果であるか、それぞれ 明記してあるのですか?  それと尺貫法というのは、メートル法のような地球から定めた 無機質な単位ではなく、イギリスのヤードポンド法などと同様に 長い時間をかけて人間の動作やサイズを規準にして作りあげられ ていった単位ですよね。 時代や地方によって若干の差違がある、 なんてことはないのですか?  それと公称の信頼性について。 パンダ さんwrote: > まったく逆です。宗教的信念にもとづいた行動ならば。。。 > 好い加減なことは、出来ないんです。(神は何でもお見通し)  意味がよく分かりません。例えば私が当時の役人だったとして、 公文書とかに出雲大社その他の建築物の寸法を記録する、という仕 事を抱えていたとします。まず昔の文献に「何年に出雲大社完成。 高さ十六丈、面積・・・」という記述を見つけたら そのまま引き写 すと思いますね。 そういう資料が見当たらなくて、現地に行って 調べる必要が出てきたとします。 私は出雲大社の責任者に聞くで しょう。 「出雲大社の高さは?」 「16丈です」 この数値をそのまま書くと思いますね。わざわざ職人を呼んで測り 直す必要があるとは思えない。  仮に職人を呼んで測り直したとします。「15丈と6尺でした」 「そりゃ中途半端な数値だな。四捨五入して16丈としておこう」 だって出雲大社の人は「16丈という高さ」に誇りを持っている だろうし、世間でも16丈といわれている。厳密な数値はちょっと 違うけど公称は16丈ということにしておこう、というのは自然な 発想だと思うんですけど。それで困る人もいないだろうし。  もちろん、この「記録する仕事」というのが、建築行政で尺貫法 の差違の為に深刻な問題が発生しており、その問題解決の為に既存 の建築物の精密な調査が必要になったために発生した、というので あれば、上のやり方は駄目ですけど。 Time : 2000/11/ 7(火) 12:31:09
Name : パンダ E-mail : Title : 特殊例。。。。 Comments: パンダです。昼休みを利用して。。。 >I)多神教の「世界の常識」に照らして特殊例とは言えない。 >>では、一般的な例なんですね?「大物主命」と「出雲大社」は…。 >>(そうじゃないなら、これも上の三つと一緒ですよ。) 現在の日本では「バツイチ」は特殊例とは言えません。では一般的な例 なんですね? と聞かれた場合何と答えるべきでしょうか? 少なくとも「バツイチ」はプロテスタンチズムの「世界の常識」では特 殊例からはほど遠い。キャソリシズムの「世界の常識」では特殊例に近 いと言っても差し支えない(急速に変化していますが)。イスラムやヒ ンドゥーの「世界の常識」では特殊例である。 これを人類全体の「世界の常識」に当てはめようと言うのは、無駄・無 理なことです。 オオクニヌシは日本固有の歴史環境の中で生まれた神ですから、もとも と「世界の常識」で論ずべきものとは思いません。 しかし多神教世界で、勝利者に取り込まれた敗北者の神々が、勝利者か らも崇敬・保護された例であれば、多神教の「世界の常識」からして、 特殊例とは言えない。。。と言うことです。 Time : 2000/11/ 7(火) 12:55:32
Name : パンダ E-mail : Title : 信頼性。。。。 Comments: パンダです。八百屋さんへ。。。 ことは、新たな国教の大神殿の高さを決めと言う大問題です。 しかも、その高さによっては、神の怒りを買うかも知れないと言う 重大な問題なのです。 (としたら。。。) 私が工事責任者ならば、くどいほど確認します。現地責任者(中央 官僚です)ならば、その意味の重大さを感じて必ず部下に実測させ ますね。 Time : 2000/11/ 7(火) 13:12:46
Name : 八直屋 E-mail : gr6m-kwnb@asahi-net.or.jp Title : 尺貫法について Comments:  横レス失礼します。素朴な疑問があります。 まず 一丈 = 十尺 一尺 = 約30センチ ですよね? 一尺の長さについでですけど、 http://www.daito.ac.jp/~hama/s990908.html より引用 ------------------------------------------------------------  山形県米沢市の古志田東遺跡(九世紀半ばから十世紀初め)から 出土した木製の物差しの断片に、二種類の目盛りが表裏に刻まれて あり、片側の尺度が朝鮮半島から伝来したとされる高麗尺系統の物 差しの可能性もあることが八日までに、同市教委などの調べで分か った。高麗尺八世紀初めに律令政府は廃止を決めてから使われてい ない「幻の尺」とされ、これまで国内で見つかった例はない。  出土した物差しの断片は、長さ九・五センチ、幅一・四センチ、 厚さ〇・七センチで、裏表に寸と分が刻まれている。一方は一寸が 三・一二センチ、もう一方は一寸が三・五センチと、異なった尺度 が刻まれている。  市教委の依頼でこの物差しを調べた東北芸術工科大学の宮本長二 郎教授(建築史)によると、三・一二センチの尺度は七世紀に中国 から伝わった唐尺の系統。唐尺と高麗尺比率は 一対一・二 で、今 回見つかった物差しの比率は 一対一・一二 と微妙に異なる。しか し、宮本教授は「三・五センチの方は六世紀に朝鮮半島から伝来し た高麗尺の可能性がある」と話している。  律令政府は尺度を統一するため、七〇一年の大宝令で建物建築に は唐尺を使うように定め、その後、高麗尺は廃止されて使われなく なったとされる。また、これまで国内で高麗尺の出土例がないこと から、高麗尺の存在そのものを否定する見方もある。 ------------------------------------------------------------  出雲大社16丈 大仏殿15丈とのことですが、それぞれ同じ 尺なのですか? 公文書にどの尺での計測結果であるか、それぞれ 明記してあるのですか?  それと尺貫法というのは、メートル法のような地球から定めた 無機質な単位ではなく、イギリスのヤードポンド法などと同様に 長い時間をかけて人間の動作やサイズを規準にして作りあげられ ていった単位ですよね。 時代や地方によって若干の差違がある、 なんてことはないのですか?  それと公称の信頼性について。 パンダ さんwrote: > まったく逆です。宗教的信念にもとづいた行動ならば。。。 > 好い加減なことは、出来ないんです。(神は何でもお見通し)  意味がよく分かりません。例えば私が当時の役人だったとして、 公文書とかに出雲大社その他の建築物の寸法を記録する、という仕 事を抱えていたとします。まず昔の文献に「何年に出雲大社完成。 高さ十六丈、面積・・・」という記述を見つけたら そのまま引き写 すと思いますね。 そういう資料が見当たらなくて、現地に行って 調べる必要が出てきたとします。 私は出雲大社の責任者に聞くで しょう。 「出雲大社の高さは?」 「16丈です」 この数値をそのまま書くと思いますね。わざわざ職人を呼んで測り 直す必要があるとは思えない。  仮に職人を呼んで測り直したとします。「15丈と6尺でした」 「そりゃ中途半端な数値だな。四捨五入して16丈としておこう」 だって出雲大社の人は「16丈という高さ」に誇りを持っている だろうし、世間でも16丈といわれている。厳密な数値はちょっと 違うけど公称は16丈ということにしておこう、というのは自然な 発想だと思うんですけど。それで困る人もいないだろうし。  もちろん、この「記録する仕事」というのが、建築行政で尺貫法 の差違の為に深刻な問題が発生しており、その問題解決の為に既存 の建築物の精密な調査が必要になったために発生した、というので あれば、上のやり方は駄目ですけど。 Time : 2000/11/ 7(火) 13:24:48
Name : ポケモン E-mail : Title : 根拠が循環してるのでは? Comments: 井沢先生のいいたいのは「怨霊信仰」がはるか古代の大国主の時代(ほんとにいたじんぶつではないですよね。) や卑弥呼の時代からあったということで、それがずっと明治や現在まで続いてるというのが「逆説」の趣旨ですよね。 で、その根拠のうちのひとつを古事記の大国主の話に求めているはずです。 出雲大社が怨霊鎮魂のために建てられたという根拠は古事記からの推測以外にはないですよね? とすると、古事記ができた8世紀のころに怨霊信仰がはじまったということではないのでしょうか? 出雲大社が古事記ができる前からすでに空中神殿やほかの神社より高い建物をもっていたとすれば、建てられた 理由と出雲大社が高い建物でないといけない理由と怨霊の関係はないということでは? で聖徳太子が怨霊であるとういう根拠に古事記の大国主が怨霊であるというのをもってくるのは時間が逆転してますよね? 聖徳太子が怨霊と認識されていたから、怨霊鎮魂のために出雲大社が建てられたということでないとおかしいのでは? 何かの記事で読んだのですが、最近の発見によると出雲大社の存在は古墳時代ころまで遡れるらしいですね。 建てられたのは別の理由があって、高い建物を維持させた理由として怨霊鎮魂の意識があったのではなかったか?とするべきではないでしょうか? みなさんのおっしゃる「遠慮」とは意味が違うのでしょうけど出雲大社のあたりでは、大社より高い建物どんなものでも遠慮して建てないそうです。 時間的には 卑弥呼→出雲大社(古墳時代?)→聖徳太子→出雲大社(斉明天皇時代)古事記の大国主 という順番ではないのでしょうか? この中で実年代がはっきりしているのは卑弥呼と聖徳太子ですよね。 いたかどうかさえわからない大国主の実年代などわからないはずです。 卑弥呼は国内資料がなくて実像が見えない。 はっきりとした大国主の初登場は古事記ですよね。 とすれば、聖徳太子に怨霊鎮魂思想の根拠を求めるべきではないでしょうか? 出雲大社や東大寺の高さについての考察は平安時代に怨霊鎮魂思想があったという根拠にはなるのかもしれ ませんが、怨霊鎮魂が聖徳太子以前に成立していたという根拠にはならないとおもうのですが?どうなのでしょう。 井沢先生は、古事記以後または聖徳太子以後から怨霊鎮魂という意識が発生したといわれているのでしょうか? 古事記から推測して、「あったかもしれない」という推測しか提示してないと思います。つまり「出雲大社は 大国主の怨霊鎮魂のためにたてられた」は「日本人の根底にある怨霊鎮魂説の一つの仮定」でしかなくて「法 隆寺は聖徳太子の怨霊鎮魂のためにたてられた」という根拠にはなりえないのではないでしょうか? 「逆説の日本史」では「仮定」が別の話の「根拠」としてあげられているではないでしょうか?そしてそれを 繰り返している。 すると怨霊信仰の一番の根拠といえば何になるのでしょうか? Time : 2000/11/ 7(火) 14:02:45
Name : 腐儒 E-mail : Title : 怨霊信仰の根拠 Comments: 光仁天皇と桓武天皇がそれぞれ 他戸親王と井上皇后の怨霊と早良親王の怨霊を恐れて 名誉回復を行ったり、お寺を建てたりしているのは「続日本紀」に載っているので これ以降は怨霊信仰があったとはっきり言えます。 8世紀末に突然怨霊信仰が発生するとは思えないので、 どこまでさかのぼることが出来るかでしょうね。 Time : 2000/11/ 7(火) 14:55:31
Name : 腐儒 E-mail : Title : なんだか最近のパンダさんの論法は Comments: 「逆説の日本史」っぽいと感じるのは私だけでしょうか(笑) ミイラ取りミイラに・・・ Time : 2000/11/ 7(火) 15:56:51
Name : 憂国 E-mail : Title : パンダ様へ Comments: 我が国を含んでの多神教国家としては、取り壊さないということにおいて めずらしくもなんともない、むしろあたりまえだ、、、、こういうことですね、 今でもアフリカやインドネシアなどの奥地にいけばアミニズムな民族はめずらしく ないことで、そういった面で我が国を地勢的ないわばカラパゴスのようにとること はおかしくありませんね、 「怨霊信仰」もこの一種ではるか昔にはたくさんの民族が「自然信仰」といっしょ にもっていたものでその地勢的な影響により(自然環境の変化や他民族の侵略など )により淘汰されていった、、、そして現在はその過程の最先端として西欧による 支配があり思想的な支配の影響力も甚大である、 パンダ様のいう多神教の常識なるものはあくまでも社会科学的な知識として「多神 教とはこういうものですよ、我が国も多神教であるかぎりこの法則にあてはまりま すよ」と言う意味で「世界の多神教の知識として常識」と、ここまでは理解できま す、、問題は、これをもって、 >出雲大社によって象徴される信仰が、怨霊信仰であるかどうかは、分 >かりません。私は服属神としての和合・融和・統合の象徴 とのように我が国の怨霊信仰を出雲大社によっては説明できないかのように 曖昧に、否定ともとれる発言をするところなのです、ですから何度もご質問 しているように、 1)逆説の日本史で井沢先生のおっしゃる我が国の怨霊信仰は出雲大社からは みられないのか?(打ち壊されなかった事は世界の非常識ではないということは じゅうぶん理解したうえで) 2)なぜ、出雲大社を「服属神としての和合・融和・統合の象徴」とみることが できるのか、 ぜひ、お答えねがいたく思います、 ちなみに「世界の常識」の捉え方としては上記のような捉え方は、しないまでも おおよそ理解してますのでそういう面ではパンダ様のおっしゃりたいことは、解り ました(高さの問題は省かせていただきます) Time : 2000/11/ 7(火) 16:06:28
Name : パンダ E-mail : Title : 怨霊信仰について。。。。 Comments: パンダです。ポケモンさんへ。。。 ほとんど同意見です。腐儒さんもおっしゃっているとおり、かなり明確に「怨 霊信仰」が窺えるのは、せいぜい奈良時代末期からです。 これについても、以前KANAKさんが厳しく指摘されたのですが、我々は梅原さ んの「法隆寺怨霊鎮魂寺説=聖徳太子怨霊説」は、ひどい事実誤認と牽強付会 の所産であり、まったく成立しがたいものだと思っています。 (少し前にも、kitinoさんと言う方が、話題にされていましたが。。。) また、今回も少し触れていますが。。。オオクニヌシ国譲神話に関する記述か ら怨霊説を導き出すのも、直ちには信じがたいと思っています。 ただ「崇神紀」のオオモノヌシ神話は、成立の時期は不明ですが。。。「神」 の祟りを子孫に鎮魂させるという思想が見えますので、オオモノヌシ=オオク ニヌシとすれば(その可能性は否定できない)。。。怨霊思想の萌芽だろうと 考えています。(ただ、この事例も「実在人物を怨霊とし、神として崇め鎮魂 する」ものではないので、いわゆる「怨霊信仰」とは別に考えるのが一般的で すが。。。) こういった考えに対し、井沢さんが果敢に挑戦されているのは、我々も大いに 評価しているのですが。。。現時点ではとても成功しているとは思えません。 我々が、井沢さんの所説を批判しているのも、それを乗り越えて所説の精度を 高めて頂きたいと思うからなのですが。。。。 憂国さんへ。。。回答が遅れて申し訳ありませんでした。。。 神話の解釈ですから、当然限界がありますが、 Title : オオクニヌシとは。。。??? Time : 2000/10/15(日) 23:06:30 Title : オオクニヌシと慶喜。。。??? Time : 2000/10/16(月) 23:47:56 Title : 出雲大社の復元理由。。。 Time : 2000/10/30(月) 00:15:29 Title : 「崇り神」と「授福神」。。。 Time : 2000/10/30(月) 21:45:06 Title : 出雲族の移動。。。 Time : 2000/11/ 2(木) 00:01:37 Title : 異教徒。。。 Time : 2000/11/ 2(木) 08:57:37 Title : オオクニヌシのイメージ?? Time : 2000/11/ 1(水) 23:07:47 で一応の想定を示していますので、不充分でしょうがご参照願います。 Time : 2000/11/ 7(火) 17:56:52
Name : 2m E-mail : Title : 怨霊信仰について Comments: >「怨霊信仰」もこの一種ではるか昔にはたくさんの民族が「自然信仰」といっし ょにもっていたもの・・ 多分「怨霊信仰」は、「そっだら事しとったらバチ当るど。」と自制を促す「自 然信仰」が無闇にでかくなったものと推測します。なので成立時期は、「人間が人 間と言える様になった時」ではないかと思います・・石器時代にはあったと思いま す。もっと前かも知れません。 そう言った意味では出雲大社だけでなく、全ての神社仏閣が「怨霊信仰」の賜物 とも言えるのかも知れません。そして井沢先生が挙げる出雲大社の特殊性を考える と、「普通の神様」を祭っているとは考え難く、「祟りを起した(もしくは朝廷に 反逆した)とされる神様」を祭っている可能性が高いと思います。 Time : 2000/11/ 7(火) 20:17:09
Name : HIRO E-mail : Title : いろいろあるなかのひとつめ。 Comments: パンダさんへ: >出雲国造りに嫌われるとか、嫌われないとかは天皇家にとっては、 >問題外でしょう? >神がどう思うかを恐れるのが、宗教的信念だと思うのですが。。。? いえいえ、そうではなくて。 パンダさんが「遠慮」するときに相手の「公称」ではダメで正確な数値 を調べ上げ、それに対して「遠慮」するのですか?…と。そんなこと したらパンダさんは嫌われ者になっちゃいますよ…という話です。 下世話な例で申し訳ありませんが… 上司より多い金額包むのはまずいと「遠慮」しようと思って、それとなく 上司に聞いたところ「○万円だよ。」との返事。それに対してパンダさんは ご祝儀袋を開けて正確な金額を調べて、それに大して「遠慮」するのですか? という質問でした。 問題は、『上司に「遠慮」すること』であり『金額を小さくすること』では 無いのです(これは問題ないですよね?)。だから正確な高さに対して 遠慮して建築することが問題なのではなくて「遠慮すること」なのですよ。 もっと言えば、「遠慮しているということを示す」ことであり、井沢氏は 「公称」ということで論理は破綻しないと言っているのではないでしょうか? 現代人…の話は、じつはカットした最初の部分が残ってたんです。 また今日も虫食い的に時間が空くので、あとで書きますね。 Time : 2000/11/ 7(火) 20:43:20
Name : HIRO E-mail : Title : いろいろあるなかのふたつめ。 Comments: パンダさんへ: >その様な「論証されざる仮説」によって論理を展開し、結論を導き出すのは、 >(しかも断定する)のは、歴史科学ではありません。 あれがいつから科学になったのか?…とかいう不毛な議論は置いといて。 (内容ではなく、「文章」「文体」「表現方法」の話ね。) 「論証されざる仮説」と書いてますが、それに対して書いているのが 〜とは限らない。 〜明確な根拠もない。 〜誰にも分からない。 (言葉変えても一緒です) な訳ですよね。つまり「明確に否定できる訳ではない」わけですね? だから「論証されざる仮説」とは「100%否定できる間違った仮説」ではないということですね? 井沢氏のやってることは「可能性がゼロではない仮説」を集めてそれをバックボーンとして 「その中心にある可能性がゼロではない結論」を導いているのではないですか? だから、ある一点で「とは言えない」からそれ以降の論理は破綻する…という反論が 無意味だと書いているし、否定的要因か例外かわからないしそれを証明しようが無い事象を もって反証としているから「ダダっ子」だと書いたのです。 Time : 2000/11/ 7(火) 21:38:03
Name : パンダ E-mail : Title : 「リスク管理」とは。。。そして「信仰行為」とは。。。 Comments: パンダです。HIROさんへ。。。 上司が直接そう言ったならば、なんの問題もありません。 しかし、オオクニヌシ自身が「私の神殿は16丈だ」と言いますか? 上司の秘書に聞いたら「○万円ですよ」と言ったとしますね。。。。 もし、上司よりも多く出したら「クビ」なると言うような状況ならば、貴方 は上司に対して「秘書から○万円と聞いておりますが、間違いございません か?」と確認しませんか? ことは「国家の安危に関わること(実際安危に関わるかどうかではなく、彼 等がそう信じていると言うことが重要なのです)」ですよ! そして、その確認のためには、数人に数日の出張を命じれば済むことです。 それを怠るよう人であれば、リスク管理のイロハを理解していない。。。。 とても責任ある地位に立つ資格はありませんね。(憂国さんは経営者とのこ とですから、お分かり頂けますね) 誤解のないように言っておきますが。。。私は当時の状況は平然と最高神の 神殿より大きな寺院や神殿を建て、出雲大社より遥かに高い仏塔を何の遠慮 もなく建てた時代であり。。。「神殿の大小(高低)と貴賎」という思想そ のものがなかった。。。と考えていますから、責任者として「出雲大社」の 高さには何の関心も持ちませんが。。。 >>もっと言えば、「遠慮しているということを示す」ことであり、井沢氏は >>「公称」ということで論理は破綻しないと言っているのではないでしょう >>か? いいですか。。。「遠慮」していると言うことは「神様」に示さねばならな いのです。これが「信仰による行為」と言うものなのです。 もしも井沢さんが世間に「遠慮」していると公表しておけばそれで済む。。。 とお考えならば、それは現在のダメ政治家やバカ経営者の感覚で「信仰」と 言うものの重大性が全く分かっておられない。。。と言わざるを得ませんね。 もうこんな自明の議論は、止めましょうよ! Time : 2000/11/ 7(火) 22:27:12
Name : 腐儒 E-mail : Title : パンダさんへ Comments: それらはパンダさん個人の見解に過ぎないのではないですか? 何故パンダさん個人の見解に過ぎないものが「自明」であり得るのでしょうか? 結局は自分個人の見解に無理矢理普遍性を持たせているだけではないのですか? Time : 2000/11/ 7(火) 23:19:39
Name : HIRO E-mail : Title : 私…そんなにバカですか? Comments: …どうしたんですか?そんなに私、変なこと書きました? >いいですか。。。「遠慮」していると言うことは「神様」に示さねばならな >いのです。これが「信仰による行為」と言うものなのです。 どうして私の書く行為がいつも俗物的行動だと読み取られるのでしょう? 「遠慮していることを示す」と書いて「世間に「遠慮」していると公表しておけば それで済む。。。」とまで話を広げられても困ります。 上のパンダさんの言葉をそのまま使えば「神様」に示すことが目的で、それは その当人の「信仰による行為」であって、客観性を求めるかどうかは本人の問題です。 靴下の履く順番、髯をそらない、盛り塩をする…なんて庶民的なことから、 写経、修行、さらには寺院の建造などなど、レベルは違ってもそこに「客観性」が 必要ですか?それぞれの人の「信仰心の具象化」「信仰による行動」でしょ? >もし、上司よりも多く出したら「クビ」なると言うような状況ならば、 もう一度書きます。 問題は、『上司に「遠慮」すること』であり、遠慮しているのは「上司への敬意」 という一種の「信仰心」というようなものであり、「上司より金額を低くしよう」 というのは「信仰による行為」であり、その結果としての『金額を小さくすること』 が問題の本質では無いのです。 (怖い上司の時には「敬意」が「畏怖」になりますが、同じですよね?) さらに言えば、結果として金額が多かったとしても「信仰心」に問題は無いのです。 人間なら事実に不機嫌になる人もいるでしょうが、「神様」はなんでもおみとおし なのですから。それが信仰心ではないですか? パンダさんは、状況を極端に捉えてますが、出雲大社の話は 「上司よりも多く出したら「クビ」」という明確な因果関係がある話ですか? 「上司よりも多く出したことが知れたら、上司の機嫌を損ねるのではないか?」と いう不安に付随して考えられる結末の一つでしょ? 怨霊信仰は、過去に因果関係が認められそうな事象から「不安になる」ことが 根底にあるのであって、出雲大社より高く作ることでオオクニヌシがどうなるか 分からない「不安」が「遠慮」に繋がる訳です。 じゃ「機嫌を損ねないようにする」という目的に対してどういう行動をとるかって 話ですが、こういうのは客観的に判断できることですか? なんか、パンダさんに言われると自分がものすごくレベルの低いこと書いている みたいで、不安になりますが…そんなに自明の議論ですか?私には「パンダさんに とって」自明な結論でしかないと…。 それによって自説を展開されるのは良いんですよ。私は一度たりとも(…たぶん) パンダさんの自説に反論したことは無いはずです。ただそれをもって井沢説の反証と して、ここのBBSで「おかしい」と言っているから反論しています。 …で、直球勝負に行くと言葉の細かな部分で脱線していくし、ちょっと捻ると バカに諭すような文章書かれちゃうし…どうしたらいいんでしょう?? Time : 2000/11/ 8(水) 00:35:31
Name : パンダ E-mail : Title : 個人の見解。。。? Comments: パンダです。腐儒さんへ。。。 個人の見解に決まっているでしょう? 井沢さんは、ご自分の「個人の見解」について、「自明」とされたことは有り ませんか? 「世界の常識」と「自明」とで、そんなに違いがあるとは思いませんが。。。 私の意見に異論があるのならば、具体的に貴方の見解をお示しになっては如 何でしょうか? Time : 2000/11/ 8(水) 00:43:33
Name : ponya E-mail : Title : 遠慮の方法は「言霊信仰」に左右されないか? Comments: タイトルどおりです。皆さまにぜひ教えていただきたいのですが…。 「高さ」そのものを遠慮するのではなく、「出雲大社よりも高い」と 世間に対して言わない事が、「怨霊信仰」とは別にあった当時の信仰 にそった行動である、という仮説は絶対に成り立たないのでしょうか? 井沢氏は「怨霊信仰」とは別に「言霊信仰」を仮説としてたてられて いますが、このことは本論とは関係無いことなのでしょうか? もちろんこれもあくまで仮説ですから、それだけを根拠とする論理は 「根拠が脆弱である」という批判は免れませんが、現代人の感覚から 言っても「言霊信仰」の仮説を完全否定することは難しいと私は思う のですが、どうでしょう? たぶん、HIROさんも同じような事を念頭においてご意見されていると 思うのですが、違うでしょうか? # パンダさんへ もしよろしければ、井沢氏の「言霊信仰」の仮説に対しての見解を パンダさんに伺いたいのですが、ご教授願えませんでしょうか? 既に過去に見解を述べられているなら、キーワードでけっこうです。 因みに私の見解は、井沢氏の執筆を素直に受け取った状態で、何の 批判も持ちあわせておりませんし、失礼ながらパンダさんを名指し するのは、例の「高さを遠慮した」とする説に対して最も強く批判 されているように感じたからで、まったく他意はありません。 (お忙しいでしょうから、議論の手のすいたおりでけっこうです。) Time : 2000/11/ 8(水) 05:28:09
Name : パンダ E-mail : Title : ご再考を期待します。。。 Comments: パンダです。HIROさんへ。。。 馬鹿だなんて、とんでもない。。。ただまるで”ダダッコ”みたいだと 思います。東大寺建設に当たった古代貴族(神を信じ、畏怖する)の気持 ちになって、僅かな労を厭うかどうかをご再考頂きたいと思います。 ponnyaさんへ。。。 おっしゃる意味での「言霊信仰」は該当しないと思います。 これに関しては、かってメール友のkanakさんが論じられたのですが、 (確か再掲されたと思いますが。。。)ごらん頂いたでしょうか? Time : 2000/11/ 8(水) 08:41:48
Name : 体育会系 E-mail : Title : 言霊信仰 Comments: このページが全部表示するまで待つ(かなり時間が掛かる) 一旦接続を切るかオフライン作業にする(電話代がもったいない) 私の場合、一番下が1999年3月31日の投稿が出るが、 1999年4月10日にAwajiさんという方が、詳しく概論を述べています。 Time : 2000/11/ 8(水) 14:48:06
Name : HIRO E-mail : Title : …議論したいのか、したくないのか…。 Comments: パンダさんへ: >個人の見解に決まっているでしょう? …「自分の見解」が「自明」で、議論するのを拒否しているのなら、 「最初から、相手の言うことを聴くが無い」ということですか???? 「議論がしたいわけじゃない。私の『正しい』意見を聞け。」ってこと? >井沢さんは、ご自分の「個人の見解」について、「自明」とされたことは有り >ませんか? >「世界の常識」と「自明」とで、そんなに違いがあるとは思いませんが。。。 そうです。だからパンダさんの自説を論じるときに「自明」としてもいいんです。 でも、パンダさんにとって「自明」のことで井沢説を批判することの無意味さを 言っているんですが…分かってもらえませんか? Time : 2000/11/ 8(水) 14:53:57
Name : 腐儒 E-mail : Title : パンダさんの考える信仰が Comments: 信仰云々の話は誤解されてしまうことが多いので、あまり書きたくないのですが、 パンダさんのいわれる「神に対する信仰」これが、どうにもプロテスタントに似ている。 例えば、ユダヤ教(全部がといってるのではありませんよ)であれば、そのような考え方はぜずに、 いろいろと神様への弁明の方法を作っておいて、神様相手に論争する、 という立場もありえます。イスラム教・キリスト教でもそういうことがありえますね。 ですから、 「おまえは私の神殿よりも高い塔を作ったなこの不届き者めが」 「いや公称ではそうだったのです神様、私はベストを尽くしました」 という言い逃れは、一神教の世界では必ずしも悪いことではないのです。 彼らにとっては契約を守ることが絶対ですから、その契約条項に定植しないように 言い逃れで切れば、信仰を守ったことになるのです。 パンダさんの考える「世界の常識」これも怪しいですよ。 Time : 2000/11/ 8(水) 15:48:50
Name : 腐儒 E-mail : Title : 先回り Comments: 神様と建設責任者の論争:続き 神「しかしおまえはやろうと思えば、実測できたであろう」 建設「その時は思い付かなかったのです」 これでもいいんです。思い付かなかったことに対して人間は責任を持てません。 第一、古代の日本の神々は、人間の内面を読んで、 その中の悪(この場合は怠慢でしょうか)を責めるような神だったのでしょうか? その証拠はありません。 つまり、神様は何でもお見通し、というパンダ氏の掲げる「自明」な根拠 これは一神教の世界においても、古代日本においても甚だ曖昧であると思われます。 井沢先生が自分個人の見解に過ぎないものを「世界の常識」として一般化するのが不適当であるならば 同時にパンダさんが、自分の「信仰観」に過ぎないものを、 古代の多神教の信者にあてはめるのも不適等であるといわざるをえません。 ここでパンダさんは御自分の主張と矛盾を来しております。 HIROさんのおっしゃるようにパンダさん個人の見解としては大いに結構なのですが 我々はそれに従う義務はないのです。 ですから信仰を議論するにしても古代人の内面を推測する形で議論を進めると、 論争が宗教論争的になってしまいますので、 もっと客観的なものに促した議論をした方がいいのではないでしょうか。 Time : 2000/11/ 8(水) 16:15:51
Name : Ponya E-mail : Title : 体育会系さまへ Comments: 情報ありがとうございます。 ただ、使用しているPC端末の設定によって異なるのでしょうか。当方の環境では スクリプトエラーが出て2000年7月4日までしか見ることが出来ませんでした。 何か設定の方法があるのでしょうか? ぜひ、一読してみたいのですが…。 Time : 2000/11/ 8(水) 16:24:49
Name : 体育会系 E-mail : Title : Awajiさんの投稿(再掲) Comments: 勝手にコピペすることについて異議のある方もいらっしゃるかもしれませんが、 元々この掲示板内での投稿ですし、私のPCからは見れるものなので問題ないと考えました。 Awajiさん御本人に許しを得ようにも、引退宣言をなさって連絡の取り様もないのです。 Ponyaさん、PCの設定については詳しくないので、 このような原始的な力技でご紹介します。 Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と言霊信仰・・・勿論関係ありません Comments: みなさん、今日は。Awajiです。 今回は言霊に関して、例によっていい加減ですが、一寸考えて見たいと思い ます。 言霊(信仰)については、みなさんも興味を、お持ちだと思いますが、一応 定義としては次のものがあるようです。(ランダムです) 言語にこもる精霊、または霊力をいう。言葉に霊力がこもっているという信 仰は未開民族や古代史族に広く見られ、「ベーダ」や「旧約聖書」にも存在 した。・・・言霊は本来、神の発する詞章や呪言がその神の威力によって言 葉通りの効果を現すという信仰であり、のち神の言葉という意識が薄れて言 語自体の精霊が信じられるに至ったと、折口信夫は説いている。・・・また 、仏教の真言陀羅尼・念仏・法華唱題の行法や、教派神道の神理教など、一 面的には日本古来の言霊信仰の素地の上に成立したものということができよ う。・・・・ 「国史大辞典」 ことばに宿る霊の意。古代の日本人は、ことばに霊が宿っており、その霊の 持つ力がはたらいて、ことばに表すことを現実に実現する、と考えていた。 ・・・ことばに霊が宿っており、ことばとして表したことが実現するという 考えは、日本だけのものではなく多くの民族が持っていた。旧約聖書の「創 世記」に、「神が光りあれよと言われると、光が出来た」とあるのをはじめ として、・・・陀羅尼を尊重するのは、言霊の信仰の一種と考えてよいであ ろう。・・・ 「日本史大事典」 古代日本の信仰で、言語にやどる神霊。言語の霊妙な働き。「新潮国語辞典」 言語の持つ神秘的な霊力。言語にやどる神霊。あらゆる物に精霊の存在を認 める古代人特有の思考方法にもとづくもので、上代人はその用い方により人 間の禍福が左右されると信じていた。 「角川古語辞典」 言葉に内在すると信じられた霊力。言語が発せられると、その内容が実現す ると信じられた。 「岩波国語辞典」 古代日本で、言葉に宿ると考えられた霊的な力。ことばの不思議な働き。 「講談社日本語大辞典」 言葉に一種不思議な働きがあると信ずる考え。宗教的・信仰的な、また言語 学的でもある考え。 「三省堂新明解漢和辞典」 日本の古代から江戸期まであった言語観。言語に霊力がやどり、言語表現の 内容が現実に実現すると信じたこと。特に江戸末期の神秘主義的国学者が信 仰。 「平凡社小百科事典」 原始宗教に関する諸問題ーー ・・呪物崇拝(フェティシズム)の根底にある「呪力」(マナ)の信仰は、 言葉についても認められる。めでたい言葉はめでたい結果を生み、不吉な言 葉は不吉な結果をもたらすが、それは言葉がもつ呪力の作用によるものだと するのが「言霊信仰」である。・・・ 言霊信仰と修辞法ーー 以上「ヨゴト」「ホカヒ」「ヨミウタ」が古代文学のきわめて重要な部分を 占めていることを見たが、その根底にはめでたい言葉の呪力(言霊)はめで たい結果をもたらす、という言霊信仰があることは言うまでもない。 「言霊」とは言葉が内臓する霊力であって、族長や天皇に奉られる寿詞(ヨ ゴト)や寿歌は、その霊力によって族長や天皇の繁栄をもたらす、と考えら れたのである。古代歌謡における枕詞や序詞の修辞法も、言霊信仰がその発 生、発達を促した原動力である。 「日本語に探る古代信仰」中公新書 言葉に宿る霊ー忌み詞ーー 日本は万葉の昔から「言霊のさきはう国」といわれ、言語にすら霊の存在を 認める国である。そうした国柄だけに、歌ばかりでなく言葉そのものを大切 にし、それに神秘的な力がこもっているとする。人名ばかりでなく、動植物 、事物、行為にいたるまで、時と場合によってその本名を避けて忌み詞つま り替え名を用いる風習が今日に生きている。 「日本人のタブー」現代新書 内外の風気わずかに発すれば、かならず響くを名づけて声という。響きはか ならず声による。声はすなわち響きの本なり。声おこって虚しからず、かな らず物の名を表するを、号して字という。名はかならず体を招く。これを実 相と名づく。 「声字実相義」空海 現象世界で発せられる声も、宇宙のエネルギーである本源的な声のあらわれ であり、名もその本源的な声とつながる。だから名もまた単なる符丁ではな くて、名を呼ぶということは、単なる意志の伝達というだけにとどまらず、 古くから不可思議な現象をひきおこすと信じられた。・・・・ 古代インドにおいて、真実なる言葉が魔をはらい、福をもたらすとされてい たのも、このことと関連している。・・・・ ラテン語のカンターレは、歌うという意味であるが、もともと魔法にかける とか、呪術を行使するということであった。またドイツで名前をいうナーメ は、もとは本源的な言葉の威力によって、不思議をあらわすことでもあった。 古代日本における言霊の信仰も、状況は似ている。 「密教」岩波新書 以上の諸点から見ると、 1.人類共通の原始的精神現象として捉える場合。 2.東アジア、或いは古代人、と言う風に空間・時間を限定的に捉える場合。 3.日本、或いは江戸期、と言う風に更に限定的に捉える場合。 があるように思います。勿論これは対立的ではなく、同心円的に理解すべき でしょうが、言霊について議論する場合には一応念頭に置くべきだと思いま す。 Awajiは、基本的には日本(人)の特異性として言霊信仰を過大評価するの ではなく、1の立場から個別的にアプローチすべきものだと考えています。 「はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神なり。」JOHN福音書 「子曰く、必ずや名を正さんかと。・・名正しからざれば、則ち言順わず。 故に君子これを名づくれば、必ず言うべくす。これを言えば、必ず行うべく す。君子その言に於いて、苟くもする所無きのみ」 「論語」子路編 ですね。 例えば別離の言葉で言えば、全人類的に次の2系統があります。 A群 see you again。 auf wieder sehen 。再見。いずれ近々。またね〜。 B群 good bye。leben Sie wohl。安寧ヒカセヨ。お元気で。ご機嫌よろしゅう。 この場合、B群は明らかに「言霊」的発想があると思います。(A群も?) 寿詞であれば、「Good bless you!」「万歳!」等も同様でしょう。 ただ「怨霊信仰」と同様に、「言霊信仰」についても日本(人)の精神構造 に、より多くの影響を及ぼしていることは認めるべきかも知れません。 その程度と、原因について、みなさんはどのようにお考えでしょうか? (上記のように、ヒンドゥー文化圏でより顕著に認められると言う見方もあ りますね。日本における平安初期以降の言霊信仰の定着と、密教思想との関 係も、より深く考察すべきかもしれません。) Time : 1999/ 4/10(土) 21:28:51 Time : 2000/11/ 8(水) 17:14:31
Name : 憂国 E-mail : Title : 資料至上主義と呪術的側面の軽視(無視) Comments: パンダ様へ、、 一応、読ませていただきましたが全体的にみて、はからずも井沢先生が指摘 されている上記の印象をぬぐえません、 解答がでようがありませんが、「怨霊信仰」にかんしては2m様がおっしゃて いるように人間が存在した時点からあったものだ(その萌芽が)としたほうが 感覚的に非常にしっくりくるのですが、ま、これは私のとりかたですから、 いいとして、つまりはわたしの1)の問いにたいしてはNOということでよろ しいのですね、だとすると塔の高さ以外の、(空中神殿、本尊の置き方)などに 対する井沢先生のご意見に対しての反論もなければしっくりきませんね、 2)に対しては納得するところも多々あります、時代は下りますが「アテルイ」 に対しての処遇をみれば考えられると思います、ただ単に敵対勢力(異国)なら ば人間とみなされないのですから、「オオクニヌシ」が同族かもしくは連合国家 のなかの相当な勢力であったことはまちがいないでしょう、ただ、あくまでも 私的見方ですが、怨霊の発生要因としては、「不幸な死に方」「高い地位」そし て大事なのですが怨霊が起こす「天変地異や病気」、これがセットで必要だと思う のです、こう考えると、出雲大社が怨霊鎮魂のために建てられたものであるのなら 国譲りのあと(直後)に大きな災害かなにかがなければなりたたないのですが、 (私はあったとおもいます、勿論想像ですが) 「天智天皇」が殺されたあとはしばらく天災などがなかった、「長屋王」が殺され たあとには当事者の死が次々に起こった、塔の高さをべつにしても「東大寺」が 怨霊信仰によって建てられた「要素」はひていできないでしょう、 なんにしてもパンダ様がおっしゃる「服属神としての和合・融和・統合の象徴」 として出雲大社をみることは、怨霊信仰としてみることよりも困難であるように みえるので、もうちょっと具体的に説明してくれるとうれしいのですが、 Time : 2000/11/ 8(水) 19:05:43
Name : HIRO E-mail : Title : …議論したいのか、したくないのか…。 Comments: パンダさんへ: >個人の見解に決まっているでしょう? …「自分の見解」が「自明」で、議論するのを拒否しているのなら、 「最初から、相手の言うことを聴くが無い」ということですか???? 「議論がしたいわけじゃない。私の『正しい』意見を聞け。」ってこと? >井沢さんは、ご自分の「個人の見解」について、「自明」とされたことは有り >ませんか? >「世界の常識」と「自明」とで、そんなに違いがあるとは思いませんが。。。 そうです。だからパンダさんの自説を論じるときに「自明」としてもいいんです。 でも、パンダさんにとって「自明」のことで井沢説を批判することの無意味さを 言っているんですが…分かってもらえませんか? Time : 2000/11/ 8(水) 20:00:41
Name : HIRO E-mail : Title : …議論したいのか、したくないのか…。 Comments: パンダさんへ: >個人の見解に決まっているでしょう? …「自分の見解」が「自明」で、議論するのを拒否しているのなら、 「最初から、相手の言うことを聴くが無い」ということですか???? 「議論がしたいわけじゃない。私の『正しい』意見を聞け。」ってこと? >井沢さんは、ご自分の「個人の見解」について、「自明」とされたことは有り >ませんか? >「世界の常識」と「自明」とで、そんなに違いがあるとは思いませんが。。。 そうです。だからパンダさんの自説を論じるときに「自明」としてもいいんです。 でも、パンダさんにとって「自明」のことで井沢説を批判することの無意味さを 言っているんですが…分かってもらえませんか? Time : 2000/11/ 8(水) 20:56:03
Name : HIRO E-mail : Title : ごめんなさい…。 Comments: ごめんなさい、フリーズしてごちゃごちゃやってたら 変なことになってしまいました…。 Time : 2000/11/ 8(水) 20:58:43
Name : ポケモン E-mail : Title : 呪術的側面 Comments: そうかなぁ?逆に井沢先生は怨霊鎮魂と言霊以外の呪術を軽視してませんか? 精霊信仰や祖神についての信仰などを軽視しているのでは??? 四柏手の四を「死」としてみたりするのはちょっと安易な気がします。 詳しくはしらないのですが神道には一霊四魂とかいって四を死とする見解はないですよね? 外国の古代宗教でも「四」は聖なる数と理解されていたと「ムー」で読んだ記憶があります。 まぁ「ムー」ですから信用していいのかどうかわかりませんけども・・・。 天武と天智が非兄弟とか、高天原神話の天照大神は持統帝がモデルだとかいうのは、持統朝は祖神の神話を新たに作り上げた つまりは天皇家は祖先のことを「でっち上げた」といってるようなものではないんでしょうか? これは、古代人の祖先への畏怖をないがしろにした見解ではないかとも思います。 ですから、呪術的側面(いや信仰的側面というべきか?)については定説も井沢説も同じように軽視しているという感じがします。 幼稚な意見ですいませんでした。 Time : 2000/11/ 8(水) 22:58:42
Name : HIRO E-mail : Title : 古代貴族の考えること。 Comments: パンダさんへ: >馬鹿だなんて、とんでもない。。。ただまるで”ダダッコ”みたいだと >思います。東大寺建設に当たった古代貴族(神を信じ、畏怖する)の気持 >ちになって、僅かな労を厭うかどうかをご再考頂きたいと思います。 パンダさんの言葉を使って書いたら「ダダっこ」で返されてしまった(笑)。 ま、それはそうと…問題は「僅かな労を厭うかどうか」だったんですか? 「古代貴族(神を信じ、畏怖する)が、「公称」なんて適当な数値ではなく 正確な高さを調べなければ…って発想をするかどうか」だと思ってたんですが。 どちらでも構いませんが、私の返答としては 「自分の恋人の考えてることだって良くわからないのに、 古代貴族の気持ちなんてどんなに考えたってわかる訳が無い。」 ですね。 では逆にパンダさんへ質問です。 「不正確な事実をもって推論を立てる人」 「不正確な事実をもって他人の立てた説の批判の根拠とすること」 タチの悪いのはどっちですか? Time : 2000/11/ 8(水) 23:34:16
Name : パンダ E-mail : Title : 聖武との対話。。。 Comments: パンダです。ポケモンさんへ。。。 全く同感です。「四拍手」については、かってこのHPでも梅原さんの 牽強付会を、井沢さんが無批判に踏襲されたというKANAKさんの批判が、 ほぼ肯定されたようですよ。 腐儒さん、HIROさんへ。。。 「自明」について。。。 私は、井沢さんが「自明=常識」としておられることに、具体的理由を付し て、異論を呈しています。 腐儒さんも、私が「自明」としていることに異論があれば、具体的理由を付 して意見を言って下さいと言いましたね?  問題は「止めましょうよ!」の方でしょうが、これは言い過ぎでした。 上司の例はあまりに問題の性格が違い過ぎますから、「止めましょうよ!」 というべきでした。お詫びします。 「プロテスタンティズム」について。。。 私は、日本の「無神論者」です。要するに「神がいるかいないか知らないが」 何れにせよ「さわらぬ神に祟りなし」と思っているだけです。 それでも、神社仏閣(教会を含め)に立ち寄るときには、細心の注意をはら い、敬意を表すよう努めています。 (さわる以上はワザワザ神様を怒らせる必要等はサラサラありませんからね) 「出雲大社の高さ確認」について。。。 要するに、一旦「遠慮」すると決めたのでしょう?大仏殿の「高さ」を決定 するに当って、言い訳をアレコレ考えるより、それが実際に「遠慮」するこ とになるのかならないのか。。。あえて確認しない理由は一体何なのでしょ うか? 自分たちが、自分たちの国土に、自分たちの神殿として国司(国造)に命じ て造らせた建物です。補修・再建もすべて自分たちが関わってきた馴染みの 神殿ですよ。検分には何の問題もありません。 (でも正確な高さは、分からなかったとしてですが。。。) 念のため数人の役人に、数日間の出張を命じれば、それでことが足りるので す。(もちろんそうするまでもなく、確実な実測値が報告されているのなら ば、別問題です。要するに「出雲大社」の高さが確認されていたかどうかで すから) 例えば。。。( )は私のコメントです。 聖武帝「東大寺の仏塔の高さは、何丈と決めたのか?」 パンダ「はい、30丈5尺(正確な数字は忘れました)といたしとう存じます」 聖武帝「ほう。。出雲神殿より、遙かに高くなろうのう」 パンダ「はい、ただ出雲神殿より高い仏塔は、既に幾つもございますれば、 これは差し支えなきものと存じます」 聖武帝「うむ。大仏殿は、何丈と決めるのか? オオクニヌシ様は、荒ぶる 神ゆえ(この理由はご自由に!)出雲神殿を超えてはならぬと決し ておるが」 パンダ「はい、15丈4尺(3尺だったかも?)といたしとう存じますが。。。」 聖武帝「うむ。それで出雲神殿を超えぬのであろうな?」 パンダ「はい、確か16丈と称されておりますれば、超えぬであろうと存じます」 聖武帝「16丈と称されておっても、まことは15丈○尺と言う例は多いが?」 パンダ「はい。。。そのようで」 聖武帝「まことは15丈3尺、いや14丈であって、これを超ゆれば何とする?」 パンダ「はい、出雲が16丈で大仏殿は15丈と公表すれば済むことかと。。」 聖武帝「汝は朕に、神を謀れば良いではないかと申すか? 神がその嘘を見 抜かれ、お怒りにならぬと言い切れるのか?」 パンダ「いえ、オオクニヌシ様には、測り忘れてゴメンナサイと。。。」 聖武帝「汝は朕に対し、神に許しを請えば良いではないかと申すのか?」 パンダ「おそらくは、お許し下さるのではないかと。。。」 聖武帝「神がそれを許さず、災厄をもたらせば何とする? そもそも大仏殿 の高さを遠慮するは、何故と心得ておるのか?」 パンダ「(何とお答えすれば良いか。。。教えて頂けますか?)」 聖武帝「汝は何故に、観察使を出雲に派遣し、確かめようとせぬのか?」 パンダ「(この、お答えも。。。教えて頂けますか?)」 聖武帝はじめ居並ぶ高官は、この長官の言い訳を何と思うでしょうか? 私 が聖武帝ならば言葉は一つ「オマエハXXカ?」即ファイヤーでしょうね。 HIROさんや、腐儒さんが造東大寺司であって、国力を傾けて国教の大神殿と も言うべき東大寺を建設するに当たって。。。オオクニヌシの神威を憚って 出雲大社の高さを超えぬと言う天皇の重大決定を実行するときに。。。風評 か公称か知りませんが出雲大社は16丈と信じて確認もしない。。。本当にそ んなことをなさいますか?  聖武が、こんなことを言うかどうか分からない。。。なんて、ダダを捏ねな いで下さいね。 建設長官(その幕僚も)として配慮すべき最低の「常識」として、お考え下 さい。 Time : 2000/11/ 8(水) 23:38:08
Name : 腐儒 E-mail : Title : 聖武天皇がこんな事を考えるかどうかは分からない Comments: これに尽きると思いますよ。 この手の話は議論の対象にするのは無理ですよ。 もっと具体的で身のある話をしませんか? もしも今の議論が身のある議論だと本気で思っているのならば, パンダさんあなたはかなり重傷ですよ。 鎌倉仏教を信じていれば,仏教徒であっても考え方がプロテスタントっぽくなることもあり得ますよ。 Time : 2000/11/ 8(水) 23:49:10
Name : パンダ E-mail : Title : 申し訳ありません。。。 Comments: パンダです。体育会系さん、Ponnyaさんへ。。。 KANAKさんではなく、Awajiさんだったのですね。。。誤情報でご迷惑を お掛けしました。お詫びいたします。 Time : 2000/11/ 9(木) 00:12:07
Name : Ponya E-mail : Title : 当時の信仰や思想は推論まで Comments: # 体育会系さんへ ありがとうございます。 設定を色々やってみたのですが、うまくいかないので困っていたところです。 早速読ませていただきました。内容の多くは引用併記でしたが、Awajiさんが まとめられていることでハッキリしているのは次のことでしょうか。 ●地域時代限定的に捉えることは、「言霊信仰」の部分的な要素でしかない たしかに、「言霊信仰」をその文字どおりに言に霊が宿る信仰と括るならば そのようにいえるのですが、言語体系が変わればそれぞれにその信仰の中身 や作法が違うこともあるのではないか?という疑問は残りますね。もしも、 そうであれば、同じ「言霊信仰」に影響を受けた歴史的行動が、結果的に 日本特有のものになっても不思議ではないと思いました。 ・・・とこのような事をいっても、おそらくAwajiさんが発言当時に後に続いた であろう議論を繰り返すことになってると思いますけれども・・・。 # パンダさんへ Kanakさんが論じられたもの・・・といいますと、最近再掲されたものでは >「雲太・和ニ・京三」に関して・・・超長文です >Time :2000/10/19(木) 23:11:11 でよろしいでしょうか? それでしたら、当時から読んでおりましたし、 念のため再読してみましたが、ポイントが今一つハッキリしませんでした。 Kanakさんは直接に「言霊信仰」には触れておられないので、他のポイント を見ますと、高さの比較に関して…、 1)総合建築として塔を無視できないこと 2)比較の対象を伊勢神宮にすべきであること 3)怨霊鎮魂度合いの比較で考えると理由がわからないこと 4)「口遊」が何らかの事実を反映している可能性があること について過去に意見していることを述べられた後、「口遊」について >出雲大社と大仏殿の高さを比較して、そこに何らかの意味を見出そうと >するならば平安時代の一時期の認識=「口遊」ではなく、創建時におけ >る建立者の思想をこそ問題にすべきだと思います。 と述べられておりますので、この《平安時代の一時期の認識=「口遊」》で 説明することは適切でないということが、パンダさんの仰る部分でしょうか。 もしそうなら、やはり次の疑問が残ります。(↑適切でないのは理解できます) ●その「建立者の思想」にも「言霊信仰」が影響している可能性はないのか? つまり、建立者が遠慮するとき「実測の高さ」ではなく「公称=言葉上の高さ」 に対して遠慮するのが、信仰に基づいた行動である可能性です。 もちろん井沢氏はこんなことは書いておられないと思いますが、先日からの HIROさんとの議論中で問題点になっている「出雲大社の高さ確認」の方法を 問うならば、この可能性も避けては通れないと思うのです。 たしかに、腐儒さんの仰るとおり、当時の思想が本当のところどうであったか などというのは分からないことなのですが、逆にいうとそれを完全に否定する ことも難しいし、続けても実のある議論にはなり得ないのだと思います。 「世界の常識」が表現上少し無理があるのは分かりましたが…。 Time : 2000/11/ 9(木) 00:41:43
Name : パンダ E-mail : Title : 例えばなし。。。 Comments: パンダです。 HIROさんが、上司の祝儀という例え話をされたので、もう少し具体的な 例を持ち出したのですが。。。いけませんか? 要するに、貴方ならば確認するのですか、しないのですか? 確認しないとすれば何故なのですか? 具体的にお答え下さい。 なお私は「無神論者」だといっているでしょう? HIROさんへ。。。。 「古代貴族の気持ちは分からない」。。。それを言えば井沢さんの全ての説 は、歴史上の人物の気持ちを「常識」をもって推察するところから出発して いるのですから、「井沢さんにも分からない」の一言で終ってしまいます。 歴史を推理すると言うことは、歴史上の人物の気持ちを、あらゆる資料から、 出来るだけ妥当(整合性)な範囲で推察する。。。と言うことを重要な要素 としているのではないでしょうか? タチの悪いのは「不正確な事実」をあたかも「正確」であるかのように、主 張する人です。そしてそれを判断するのは「あらゆる資料」との整合性であ り、蓋然性です。 歴史考察に100%正確な推理も、100%誤った推理もありません。要は蓋然性 を如何に判断するか。。。しかないのです。 もし必要ならば、井沢さんがどのような手法で、「論証されざる仮説」を、 あたかも「事実」であるかのように表現し、推論を重ねておられるか。。。 例示しましょうか?(あまりやりたくは、ないのですけれど) Time : 2000/11/ 9(木) 00:44:14
Name : Ponya E-mail : Title : あれ? Comments: Kanakさんの再掲分じゃなかったのですか? ちょっと混乱してます。。。 それなら当時の議論を読まないと、この問題には頭を突っ込みにくいです。 ではとりあえず、感想まで…ということでお茶を濁しておきますか。 Time : 2000/11/ 9(木) 00:50:49
Name : HIRO E-mail : Title : ちょっと意地悪な書き込みを…。 Comments: パンダさん…そこまでわかっているのに…。 「スズメの魂なんとやら」なんでしょうかねぇ。 >歴史考察に100%正確な推理も、100%誤った推理もありません。要は蓋然性 >を如何に判断するか。。。しかないのです。 全く同感です。 だから、「蓋然性を如何に判断するか」の違いを白黒つけようたって 無理なんですよ。井沢氏は井沢氏の判断により推論する。パンダさんは パンダさんの判断により推論する。それ以上のことは出来ません。 >「古代貴族の気持ちは分からない」。。。それを言えば井沢さんの全ての説 >は、歴史上の人物の気持ちを「常識」をもって推察するところから出発して >いるのですから、「井沢さんにも分からない」の一言で終ってしまいます。 そうです。わからないから推察するんです。 パンダさんは資料から、井沢氏は「常識」から。 そして我々はその両者を読み、一方に賛同する、他方に賛同する、 それぞれの納得の行く部分を使って自分なりの推論を考える、全くそれ以外の 独自の推論を立てる…などなど。正解なんてありません。 >タチの悪いのは「不正確な事実」をあたかも「正確」であるかのように、 じゃあ、井沢氏の「不正確な事実」とは「正確性」「誤差」「否定的要因」「例外」 がそれぞれ何%なのか示してください。 あとそうですね、最も話題の「出雲大社の高さ」にしましょうか。 あれが井沢氏の言う「16丈」である確立は何%なんでしょうか?さらに「32丈」や、 パンダさんが言っていた「15丈3尺」「14丈」の確立は?それぞれ数値化してくれませんか? でないと我々は「客観的」に判断しかねます。 統計でも、実験結果でも、シミュレーションの結果でも構いませんから。 また「正確」という定義は何%以上でしょう?それはサンプルの平均値でみるのか 最低値でみるのかどっちですか。比喩や暗喩は例外として扱うのか、それとも「不正確」と 分類するのかも知りたいです。信頼係数PはP>0.05だと、信頼性に疑問を唱える人もいるので P>0.001にしてるんですかね…ただそうすると誤差の扱いはどうしましょうねぇ。 あ…そうそう、パンダさんのいう「〜とは言えない」のは何%以下の時に使うのか 基準を教えていただきたいです。「客観的」に判断したいので。 …できないでしょ?だから歴史学で「客観的」ってのは幻想なんですよ。 その「幻想」を根拠に相手の説を批判する…無意味ですよ。 Time : 2000/11/ 9(木) 05:52:02
Name : パンダ E-mail : Title : ちょっと意地悪なお返しを・・・ Comments: パンダです。取りあえず。。。 >>だから歴史学で「客観的」ってのは幻想なんですよ。 >>その「幻想」を根拠に相手の説を批判する…無意味ですよ。 それでは、井沢さんが歴史学者に投げつけておられる、凄まじい悪態や 非難の数々はいったい何なのですか? 彼は、これしか考えようがない。。。これに思い至らないのは学者の無能 ・怠慢・偏見etc。。。とは言っておられませんか? Time : 2000/11/ 9(木) 08:50:35
Name :E-mail : Title : ちょっと意地悪な横レスを Comments: 別に以前ぱんださんのレスをいただいたから味方するわけではなく、 HIROさんの書き込みにちょっと不審な点を抱いたので。 出雲大社の高さが井沢氏の言う「16丈」である確立を数値化してくれませんか? 統計でも、実験結果でも、シミュレーションの結果でも構いませんから。 以上、お言葉をそのまま拝借しました。 パンダさんのみにこのような無理を要求するのはいかがかと思います。 いい加減不毛な「確立」とか言う話、お止めになってはいかがでしょう? Time : 2000/11/ 9(木) 11:04:58
Name : しずか E-mail : Title : 逆説の歴史観 Comments: 日本の新聞界がいかにヤクザな世界かよく分かりますが、まだまだ追求して頂きたい部分があります。まず、 他の業界の談合や馴れ合い、持たれあいにはきわめて、正義感を振り回し非難に努めるくせに再販制度を楯 にしてやりたい放題している点。2番目には昨今一方的に休刊数を増やしておきながら、一切値引きをしな く当たり前のように集金していくことです。商品の数を少なくして何らの家格サービスもしない民間企業は ありません。まさに独占業界だと思います。題 に拡販競争に血道をあげて、ここ名古屋では一般の読者に内密に夕刊をサービスしている新聞社があります。 その名は朝日新聞です。社会的な犯罪行為だと思います。この辺ももっともっと詰めて頂きたい。 Time : 2000/11/ 9(木) 11:28:30
Name : ポケモン E-mail : Title : 井沢先生の悪乗り Comments: 井沢先生の学者への悪態や非難は、義憤の意味もあるのでしょうが、中には「売らんがため」と「悪乗り」が含まれてるでしょう? 週刊誌での連載ですから、商業的な部分はしょうがないとは思いますがあまり非難がしつこいと読んでいていやになりますね。 「それはもういいから本論へ進めよ」とつっこみを入れながら読んでました。 そこもまた面白い部分なのかもしれませんけども(笑) 学者への信頼感に疑いをもつのはいいかもしれませんがかといって先人の研究を馬鹿扱いするのもどうかと思います。 「常識」なんてものは時代によって移り変わるものですから、現代の「常識」をもって古代人の考え方を推論してもあまり意味がないようにも思います。 反面、パンダさんの井沢説へのつっこみも「同じ穴の狢」の部分もあると思われるでしょうね。井沢ファンから見ると。 もしかして、パンダさんは、わざと井沢先生のそういう部分をやり返しているのですか? Time : 2000/11/ 9(木) 11:46:35
Name : パンダ E-mail : Title : 悪のり。。。しています。 Comments: パンダです。虹さんへ。。。 お手数をおかけして、申し訳ありません。。。ありがとうございました。 HIROさんへ。。。 私も井沢さんも、同じ日本語で記述していますから、同じ程度表現(言葉) の場合は、同じ確率を意味すると、お考えいただいて結構です。 まあ、そう言ってしまえばミもフタもないので。。。 出雲大社15丈以上の可能性。 1)970年「口遊」記述時であれば・・・・70〜80%の可能性があるでしょう。 2)750年「東大寺創建」時であれば・・・判断不能 出雲大社32丈の可能性。 1)970年「口遊」記述時であれば・・・・1%以下の可能性しかないでしょう。                     なお仏塔と同様の構造であれば、                     10%以上となるでしょう。 2)750年「東大寺創建」時であれば・・・判断不能(ただし1%以下の可能性)                     なお以下は、ほぼ同様。 出雲大社10丈以上の可能性。 1)970年「口遊」記述時であれば・・・・80〜90%強の可能性があるでしょう。 2)750年「東大寺創建」時であれば・・・判断不能(ただし70〜80%の可能性) 「15丈3尺」「14丈」は、大仏殿が15丈4尺(これは記憶ですが、実際には寸 の単位まで、90%以上の確率で推定されています。)で決定した場合の比較 上の意味でしかありませんので。。。省略 と言うところでは如何でしょうか??? ポケモンさんへ。。。 >>もしかして、パンダさんは、わざと井沢先生のそういう部分をやり返して >>いるのですか? はい。その気持ちがあることは否定出来ません。 (この場合は 80%〜99%の可能性があるでしょう。?) Time : 2000/11/ 9(木) 12:52:19
Name : パンダ E-mail : Title : 追加「常識」について。。。 Comments: パンダの追加です。 ポケモンさんへ。。。。 >>「常識」なんてものは時代によって移り変わるものですから、現代の >>「常識」をもって古代人の考え方を推論してもあまり意味がないよう >>にも思います。 「社会常識」とか「科学的常識」の場合はおっしゃるとおりです。 ただ、人間の持つ基本的な感情や論理や嗜好といったものについては、 ここ数千年ほとんど変わっていない場合もあると思います。 これらを含めて「常識」と言うならば、古代人の考え方は充分推理可能だ ではないでしょうか? 「近頃の若い者は、なっとらん!」と言う考えは、古代エジプトから綿々 と伝えられた「老人」の「常識」です。。。なんて。 Time : 2000/11/ 9(木) 13:09:19
Name : 憂国 E-mail : Title : でっちあげが祖先信仰の軽視? Comments: 権力者が自分の血統を正当化するのに「でっちあげる」のはあたりまえ なのでは、、、、 ぽけもん様は天皇家が万世一系と信じていらっしゃるのですか?だとしたら 私以上に右翼ですね、 でっちあげの繰り返しで、その後ろめたさから洒落にならない殺し方と天変 地異などが重なって「怨霊」が発生する、、、非常におもしろい発想だといま でもおもいますよ、 要するに人間の営みの負の部分に対しての洞察力があるかないかの話で、そういう 面に対しての想像力が奇麗事に塗り固められた歴史文献(勝者側のものが多いいわ けですから)からだけの表面的な批判ではスマートすぎてしっくりこないんですよ じゃあ、あなたはどう思うの?という問いに対しては、反論が激しい方に限って いつも曖昧で前者を上回る想像力とか洞察力が見られない、結局反対のための 反対ですか、、? >>ポケモンさんへ。。。 >>>>もしかして、パンダさんは、わざと井沢先生のそういう部分をやり返して >>>>いるのですか? >> >>はい。その気持ちがあることは否定出来ません。 >>(この場合は 80%〜99%の可能性があるでしょう。?) 揚げ足をとるわけではありませんが、、、、。 Time : 2000/11/ 9(木) 17:00:16
Name : Ponya E-mail : Title : 「確立」は… Comments: # 虹さんこんばんわ。 横レスの横レスです。ちょっと気になったもので・・。 >いい加減不毛な「確立」とか言う話、お止めになってはいかがでしょう? 「確立」という話が出たら、いつもこんな風になってしまうのでしょうか? この場合、その提言をHIROさんに向けるのは、ちょっと無理があると思います。 一つの行に対するコメントは独立しているのではなく、議論の流れと関連して 発言されていると思うのです。議論の流れを見てみますと… パンダさんが、歴史を検証する際には蓋然性を判断する必要があって、それは 100% 正しいとか 100% 間違ってるではなく、どちらがより妥当かを検証する べきだと説かれたのに対して… HIROさんは、その蓋然性を判断する方法がそれぞれ違っていて、どちらが正確か を結局のところ検証できないことを説かれ… パンダさんがおっしゃった… >タチの悪いのは「不正確な事実」をあたかも「正確」であるかのように、主 >張する人です。そしてそれを判断するのは「あらゆる資料」との整合性であ >り、蓋然性です。 …に対して HIROさんは。それが「不正確な事実」であるか「正確な事実」であるかを客観的 に判断(つまり蓋然性を判断することですね)しようとするなら… (不正確である)=??% そして (正確である)=??% というように 数量化するという馬鹿げた方法を使わなければ、完全に客観視することなど無理 だと述べられているわけで、「何%なのかお示しください」というのは片方だけ に無理を言ってるのではなく、客観的に判断しようとすることが無理な例として (不毛な)「確立」と言うものを引き合いに出しておられるわけですから…。 >いい加減不毛な「確立」とか言う話、お止めになってはいかがでしょう? これは、HIROさんの主張をそのまま繰り返しただけ、になってしまいます。 # その後パンダさんが「悪のり」と称して、それぞれの可能性に対して数値化 されていますが、私は題名のとおり「悪のり」だと受け取っています。 そうですよね?パンダさん。客観的に数値化する方法が私には思いつきません。 もし無理に数値化する方法を考えるなら…、 ものすごく正確な「コンピュータ歴史シュミレーションソフト」を使って、 (人間の思考やDNA情報までシュミレーションできるような)を使って、まったく 同じ環境で100回試したら、そのうち??回は井沢さんの説どおりになった というような、まるで「ループ」(鈴木光司著)のような世界になってしまいます。 Time : 2000/11/ 9(木) 17:48:42
Name : HIRO E-mail : Title : あぶなかった〜確認してから送って正解だ Comments: Ponyaさん、ありがとうございます。 今書いていた内容、殆ど一緒でした。重複しますので補足だけにします。 (シミュレーションから「ループ」を連想してくれて嬉しかったです。) Time : 2000/11/ 9(木) 18:09:31
Name : パンダ E-mail : Title : 出雲大社の性格。。。。 Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 >>だとすると塔の高さ以外の、(空中神殿、本尊の置き方)などに >>対する井沢先生のご意見に対しての反論もなければしっくりきませんね、 おっしゃるとおりだと思います。これについては、今までにも部分的に話 題になっていますが、私の実感としては何とも言えない。。。と言うとこ ろです。(オオモノヌシ伝承も引っかかっていますので。。) 私の知る限りでは、井沢さんの「出雲大社怨霊神殿説」は、概ね次の表象 を根拠としておられる様に思いますが、これに関して言えば。。。 1)四拍手・・・・梅原さんのジョークに近い牽強付会だと思う。 2)建築様式・・・鹿島神社と類似構造で、特別の論拠にはならない。 3)参拝非対面・・神は本来非対面的と思うので、特別の論拠とは思わ          ない。 4)注連縄・・・・それほど意味があるのかどうか、良く分からない。 5)高層神殿・・・出雲族の巨木・巨柱信仰と関連していると思うが、          怨霊信仰の論拠とは思わない。 6)客神・・・・・建物構造の関係と思うが、特別の意味は感じない。 7)神有月・・・・出雲神官の宣伝臭い。 要するに、本来「出雲大社」がオオクニヌシの神殿であったかどうかす らも良く分からない(古来多数説はスサノオノ神殿としているので)わ けで、そういった中で、どこまで推理可能なのか。。。と言うところで す。(今のところ詳細はご勘弁下さい。私の独断的判断です) >>「天智天皇」が殺されたあとはしばらく天災などがなかった、 なお、「天智謀殺説」にはまったく同意できません。 理由は、既にKANAKさんが主張されたのと、ほぼ同じですので、ここでは ご勘弁下さい。 >>塔の高さをべつにしても「東大寺」が怨霊信仰によって建てられた「要 >>素」はひていできないでしょう、 これについても、根拠が良く分かりません。 なお、私は「万世一系論者」です。神武と称される部族王と現在の天皇が 血統的(純生物学的には不明)につながってる可能性は。。。70〜80%だ と思っています。 持統=アマテラス説は、ポケモンさんのご指摘のとおり、祖先崇拝信仰を 無視した妄説(ちょっと言い過ぎ?)に近いものだと思っています。 念のため。。。。。 Time : 2000/11/ 9(木) 18:40:23
Name : ポケモン E-mail : Title : 祖先の歴史をでっちあげる Comments: ほほう、普通なのですか? そういわわれればそうかもしれませんね。 でも歴代天皇の経歴や業績をでっち上げるのはともかく、血筋まで嘘をつくというのはどうにも解せません。 もし血筋まででっち上げているのだとすれば、うその先祖に天皇家は祈りを捧げているというわけですか。 そうすると、歴代天皇がそのまま怨霊なのかもしれませんね。 なにしろでっちあげられているわけですから(笑) 天皇自身にとって祖先信仰とは怨霊信仰なのかもしれませんね。 そうすると、天皇にでっち上げられたわけでもなく、祖先でもない出雲大社は何の関係もないではないですか? で、政変の直後に天災があったかなかったかを根拠にするのであれば、出雲大社などよりも東大寺や国分寺など常に朝廷の霊的呪術の 請負機関であった仏教施設の方が怨霊信仰の根拠を見出すのには向いているのでは? 怨霊という概念は仏教が導入されて、国教となった奈良朝以後に誕生したのではないでしょうか? あまり人の文章を引用するのがすきではないのですが、以下わかりやすいように憂国さんの文章を引用させていただきます。 因縁つけるわけではないので許してくださいね。 引用は私のネット生活はじめての経験でちょっとどきどきします。 >でっちあげの繰り返しで、その後ろめたさから洒落にならない殺し方と天変 >地異などが重なって「怨霊」が発生する、、、非常におもしろい発想だといま >でもおもいますよ、 そうなんですよね、怨霊の誕生には時間と事件の繰り返しが必要なんだと思います。 それに天変地異が重なると余計に怨霊に対しての恐怖感が増していく。 それはわかるんです、実際平城京成立から平安遷都にかけての歴史はそれを思わせますよね。 だから8世紀以降に怨霊信仰が様々な方面に影響していることは自明(笑)ですよね。 しかし出雲大社の高さや大国主との関係にその根拠を求めることが意味がないと私は思うわけです。 8世紀の事件を根拠に遡って大国主が怨霊神だったのでは?という疑いを持つことも推論としては可能だと思います。 でも、大国主と出雲大社の関係を根拠にして別の事件の怨霊信仰を浮かび上がらすことはばかばかしいのでは?と思っているわけです。 推論は推論でしかなく、あくまで他の論証の根拠にはなりえないのではないでしょうか? ちなみに私は万世一系の天皇の血筋自体は正しいと思っています。 でも、天智天武の時代まで実際的に王でなかった時代が多かったのではないかと思っています。 ぼんやりと思ってるだけなんで「具体的に」ってつっこまないでくださいね(笑)m<(__)> 室町以降も明治にいたるまで文化継承の象徴者、宗教的聖人=神のような存在ではあっても政治的な「王」ではないですよね>天皇家。 外国でいう王家というより大神官家といった感じではないでしょうか? そう考えると、政治権力を早々と手放していたおかげで「結果的に血筋が続いた」ということも有り得るのではないでしょうか? 無理があるかな??? つらっと歴史の勉強をしただけなのでこれ以上の議論は私にはできません。 以後は仕事も忙しくなるので静観させていただきたいと思います。これ以上会社のパソコンで遊んでいたら怒られそうなので(笑) いろいろと思っていたことが話せて楽しかったです。では失礼します。 追伸 憂国さんへ 私は世代が世代だからか政治心情的には左翼系だと思います。少なくとも右翼ではないです。 私の地元は共産党の強いところです。でも伝統と歴史はあります。 Time : 2000/11/ 9(木) 19:37:37
Name : HIRO E-mail : Title : 数値化することの無意味さ Comments: まず最初に「すずめの…」って「3ツ子の魂なんとやら」です。 何書いてるんだろうなぁ…ああ、恥ずかしかった。 虹さんへ: はじめまして。 「不正確」っていうからには「不正確である」ということを証明しないと 「科学的な反論」として認められないんですよ。「例外の無い法則は無い」のですから。 私は井沢氏の話が正しいと言っている訳じゃないんです。 「客観性」や「正確性」っていう一見科学的に見えるけど科学的じゃない 理由でいくら騒いだって意味が無いって言ってるんですよ。 「私は納得いかない」「あんまりしっくりこなかった」なら何にも言いません。 個人の感想(or判断)なんですから。また各論の部分で「○○は異論があってホントか どうかわからない」もいいんですよ。 でも、それを反論の論拠にしてると水掛け論にしかならないんですよ。 かつての議論が再燃したってことは、昔も水掛け論になったのでしょう? 結論が出ることは有り得ないんですよ…ああいうやり方だと。 その無意味さを気付いて欲しかったから「じゃあ客観性を示すのに数値化してよ。 できないでしょ?だから客観性ってのは「幻想」なんですよ。」って書いたのです。 数値を書いてもらうことが目的じゃなかったのですよ。 そういうことで…私も「悪ノリ」と受け取っておきますよ、パンダさん。 Time : 2000/11/ 9(木) 20:19:11
Name : HIRO E-mail : Title : IME2000が変な変換をしたんだぁ〜(言い訳)。 Comments: ごめんなさい。「確立」→「確率」ですね。 最初に間違ったの、私だったんだ…。 Time : 2000/11/ 9(木) 20:43:27
Name : 2m E-mail : Title : 神有月 Comments: な〜んか、同じ所を行ったり来たりしているみたいで退屈です。HIROさん、「馬 の耳に念仏」って諺知ってますよね。・・では思い付いたままで失礼ですが、こん なん出ました。 確か旧暦10月は「神無月」で、出雲国だけ「神有月」ですよね。日本中の神様が 出雲国に集まって、何やっているのでしょうね。・・大国主命(スサノオと同一人 物の様な気もします)が殺された時期に、その魂(怨霊)が黄泉の国から出て来な い様に、日本中の神様が見張り対応しているのかも知れません・・・。余り資料を 読んだ訳では無いので、違う理由があるのかも知れませんが。 Time : 2000/11/ 9(木) 22:12:02
Name : 憂国 E-mail : Title : ぽけもん様、まだ見ていましたら、 Comments: それが、尊い血統であるからこそ乗っ取りがいがあるのではないのでしょうか、 万世一系ですが、天皇家の傍流や外戚、連合国家のような形態だったのなら このような筋が主家を乗っ取り、系図を改変する、、、充分考えられるのでは、 天皇家の権威が確立したあとのはっきりした例なのでいみないのかもしれませんが 徳川家康だって、豊臣秀吉だって天皇家(源氏)の血筋ですよね、 ま、神話の時代の話しですから答えなどでようがないので、(しかしきれいな系図 、血統ほどあやしくみえてしまうので)疑惑のめをもちながらも、もうやめます、 ぽけもん様、パンダ様ありがとうございました、、、、、、。 Time : 2000/11/ 9(木) 22:21:51
Name : パンダ E-mail : Title : 数値化。。。。 Comments: パンダです。HIROさんへ。。。。数値化は重要な要素です。 でもその前に。。。この質問には何時お答え頂けるのでしょうか? ************** 聖武帝「神がそれを許さず、災厄をもたらせば何とする? そもそも大仏殿 の高さを遠慮するは、何故と心得ておるのか?」 パンダ「(何とお答えすれば良いか。。。教えて頂けますか?)」 聖武帝「汝は何故に、観察使を出雲に派遣し、確かめようとせぬのか?」 パンダ「(この、お答えも。。。教えて頂けますか?)」 HIROさんや、腐儒さんが造東大寺司であって、国力を傾けて国教の大神殿と も言うべき東大寺を建設するに当たって。。。オオクニヌシの神威を憚って 出雲大社の高さを超えぬと言う天皇の重大決定を実行するときに。。。風評 か公称か知りませんが出雲大社は16丈と信じて確認もしない。。。本当にそ んなことをなさいますか?  ************** で。。。 ご承知のとおり、言語には程度表現があります。 abusolute〜probable〜possible〜maybe〜perhaps〜inXX〜hard〜never 等です。これらを使うとき人はその可能性(蓋然性)を意識しています。 私が言っているのは、理系の確率数値ではなく、こういった可能性(蓋然性) のレベル数値化なのです。 具体的に言いましょう。。。 先ず、750年当時の出雲大社の高さは? これは現段階では 99%分かりません。 (1%は、明日の新聞に「信憑せいの極めて高い古文書発見」の可能性です) つまりジョークを除けば。。。no never 0%という数値化です。 970年当時であれば、「口遊」の信憑性と技術的可能性を如何に判断するかに よります。私は「口遊」の信憑性を評価していますので、16丈(大仏殿より 高い)の可能性はかなり高い probable で70〜80%と推理し、数値化します。 では32丈では。。。想定される形状では、技術的可能性は遥かに低下します。 750・970年で技術的変化はないと考え、ほとんど有り得ない hard で 1% 程 度と推理します。(但し、口遊という材料の有無で、違いが出ます) しかし既に750年に、30丈以上の仏塔が建設された可能性が90%以上ある(東 大寺)ので、形状によっては僅かながら可能性があります。perhaps 弱で10 %程度と推理しました。 それでは10丈では。。。700年代に記述された記紀からは、高層神殿である ことが窺えます。それでは当時の高層はどの程度か? 私は法隆寺仏塔の高 さ、技術的可能性等から10丈程度と推理しました。probable として80〜90 %強と数値化します。(少し高すぎたかな?) 3丈であれば。。。決して高層とは言えないので、hard で 1% になるでしょ う。 もちろん、この判断が正しいとは言いません。しかし我々は常にこういった 数値化で蓋然性を判断しているのでは無いでしょうか? その判断材料が不正確なものであれば、当然その判断が成立する蓋然性が低 下します。井沢さんも当然このような思考作業によって、自説の蓋然性の高 さを主張されているのです。 それでは。。。井沢さんの推理過程はどうか。。。まず >>仮にこの「十六丈」が可能であったとすると、当時「十五丈」だった東 >>大寺より、出雲大社は「背」が高かったことになる *これは「仮。。すると」で「全く論証されざる」単なる「仮説」ですね。 つまり unkown です。 >>越えようと思えば古い建物の大きさを越えられる。それなのにそうしな >>かったのはなぜか。つまり大仏はオオクニヌシに対して「遠慮」したの >>である。 *ところが何時の間にか「論証されざる仮説」が「そうしなかった」とい うあたかも「事実(?)」になってしまい、それに基づいて「なぜか」 ・・と自問されますね。そして「である」と「結論」を出されているの です。つまり unknown を100% 事実に転化させ、その数値によって「遠 慮という結論」をも 100% 事実に数値化されているのです。 >>なぜ出雲大社より「小さく」作ったのか、ということが説明できないの >>である。 *そして、さらにその「事実(?)」に基づいて、自らその理由に疑問を 提起されます。(unknown の影も形も消え去っていますね。) >>だから日本以外のどんな国でも、そういうものを作る時は必ず国内最大 >>を目指し・・・・世界の常識である。 *さらに「全く論証され得ない(つまり hard 10%以下 )」の原理を、あ たかもabusolute 90%以上の如くに「断定」して提示されます。 >>日本の新しい国教の神殿ともいうべき大仏殿は、その権威を示す意味から >>いっても、日本最大でなければならなかったはずだ。 *そして、その「全く論証され得ない(つまりデタラメ)」の原理から、新 たな「必然」を導きだされますね。 >>国教の神殿すら、出雲大社に「遠慮」するということは、大社に象徴され >>る信仰こそ仏教を越える日本人の根源的な信仰であるということだ。 *ここでは「論証されざる仮説」が「完全事実」となってしまい、「全く論 証され得ない(つまりデタラメ)」の原理から得た「必然」と関係づけて 「日本人の信仰」に関する「結論」を導き出しておられますね。 しかし、その論理に充分な必然性は有りません。 >>ではその出雲大社によって象徴される信仰とは何かと言えば、和の精神で >>あり怨霊信仰に他ならない。 *ここで、「出雲大社」と「怨霊信仰」が「断定的」に結びつけられていま すが、これも井沢さんの「論証されざる仮説」に過ぎません。他の部分で 論証されているとの反論もありえますが、私にはとても「論証されている とは思えません。(この点は見解の相違でしょうが) >>それを、あえて十五丈にしたというのは、やはり出雲大社に「遠慮」した >>としか考えられない。 *さらに「論証されざる事実(?)」を「あえてした」という表現で「事実」 として強調されます。一般読者は、これがもともと「全く論証されざる」 単なる「仮説」であることを忘却し、「事実と信じてしまう」ことになる 。。。一種のテクニックですね。 >>だからこそ、大仏建立は純然たる仏教の信仰行為ではなく、オオクニヌシ >>「に次ぐ大怨霊長屋王に対する鎮魂を目的とした、怨霊信仰における宗教 >>行為であるのだ。 *国教の大神殿が、ここでは「大怨霊長屋王に対する鎮魂」施設になってい ますが、長屋王を「怨霊信仰」の対象とすること自体が、単なる井沢さん の「論証されざる仮説」に過ぎません。それが自明の「事実」とされ、 「だからこそ・・・である」と断定強調されていますね。私はこのような 全体に流れる数値化の魔術に疑問を禁じ得ないのです。 Time : 2000/11/ 9(木) 23:13:19
Name : パンダ E-mail : Title : 神無月。。。神有月。。。 Comments: 2mさん。。。この言葉が、何時頃から言い出されたか。。。ご存知で すか? これについては、70%以上の蓋然性をもつ仮説があるのです。 Time : 2000/11/ 9(木) 23:21:27
Name :E-mail : Title : Ponyaさんへ Comments: どうもレスありがとうございます。 パンダさんが確率90%といっても、だれも納得しないでしょ? だからやめようぜと言っただけでして。 読んでいる限りだと、パンダさんもHIROさんも、 相手を屈服させようとしているわけではないにしても、 自分と違った意見をつぶしにかかっているようにしか私には見えません。 井沢氏の本だって、相当個所の誤謬があると思います。 (事実何人かの方が、ここで指摘しています) なお、パンダさんは相当辛辣な発言をなさっているようですけど、 私にはそういう様子がなかったので、一応は好意を持っております。 だからといってパンダさんと対立する方に悪意はありません。  2m氏以外は。  この人はずいぶん前から見ているけど、実に失敬ですね。  パンダさんだけではなく、憂国さんToshyさんと喧嘩しているのを見ただけでも、  常に他人に喧嘩を売っているだけの人間であることが解ります。  自分では他人の責任にしているから、なお質が悪い。 Time : 2000/11/ 9(木) 23:32:17
Name : Ponya E-mail : Title : 虹さん、パンダさん へ Comments: なぜかとても早起きしてしまいました。。。もう年寄りなのか? ## 虹さんへ お返事ありがとうございます。 なにか私の誤解を元につまらない指摘をしてしまったのかもしれません。 >だからといってパンダさんと対立する方に悪意はありません。 このお言葉をお聞きして、次のお言葉を私なりに好意的に解釈してみますと、 >いい加減不毛な「確立」とか言う話、お止めになってはいかがでしょう? 議論の流れを「確率」(確立?←これ私も気づいていませんでした。本屋失格ですね) の話に持っていくのはやめましょうよ、という意味で参加者全員に向けられた言葉で あって、HIROさん個人に向けられた言葉ではない、ということですね? それならば十分に納得できます。 語感から、議論の流れ上「確率」の話を持ち出したHIROさんに向けて提言されたもの と思い込みまして、それならばちょっと不公平ではないかな?と思ったしだいです。 どうも単純に捉えていたのは、私の方のようでしたね。失礼いたしました。 私自身は(特に持論も無しに)パンダさん、HIROさん、どちらの方のご意見にも、興 味をもって拝聴しているという、恥ずかしながら極めて中途半端な存在でありまして、 多数の方のご意見を拝見しながら勉強させていただいていると自覚しております。 (そのわりには議論の邪魔ばかりしているかもしれませんが、ご勘弁ください…) この掲示板の皆さまが、そのような中途半端な存在をも排除せずにいてくださるもの と勝手に思いこみ、自分自身の立場から幼稚な意見を書き込みさせていただいてます。 ## パンダさんへ 数量化の件、少しは納得できました。ある程度はパンダさんの主観が入っているので、 客観的な数値とは言えないところに異論の余地はありますが、蓋然性を検証する方法 論としては妥当なところでしょうか。 その方法を採らない人、井沢氏の「資料至上主義」批判を支持する人(私もこれです) には納得できずに平行線なのは仕方がないと思います。 ただ、私は井沢元彦氏の本が批判検討を加えてさらによい内容になり、もっと売れる ようになることを願っておりますので、様々な批判は歓迎したい気持ちです。 # 残念に思っていること ところで私は、ちょうどパンダさんが「刀伊来寇」について書込みされた当時から、 この掲示板を拝見させていただくのが日課になっております。 そのときは古参のお方とパンダさんのやりとりで中断された後、新しく「暴力団」の 議論が続いてしまい、「刀伊来寇」についてはそれ以降は語られることはなくなり、 少しばかり残念に思っておりました。古参の方にとってはあまり有難くない話題であ ったような雰囲気が当時ではみられたので、読み始めたばかりで馴染みもなく、私自 身にこれといった意見もなかった(今もそうですが)ので、あえて雰囲気を乱すこと は出来ませんでした。パンダさんは「この話題は以後書込みしません」と仰ってまし たが、当時とは少しばかり雰囲気も違ってきてるような気がします。 パンダさんのご意見を拝見して、井沢説に反論の余地が含まれていることを勉強させ ていただいたので、その延長として「刀伊来寇」への反証も(当時よりもさらに…) お聞きしたくなったというのが正直なところです。もちろん古参の方にとっては何度 も同じ話になってありがたくないのは承知の上ですが、HIROさんも当時は「参加して もよかった」と書いておられたので、パンダさんがご迷惑でなければ勉強させていた だけないものでしょうか?自説が無いので強くお勧めできないのが悲しいですが…。 ちょうど私が興味を持っていて以前にもパンダさんにお聞きしていた「言霊信仰」に も関連があって、これが(ゆるゆるとでも)叶うならばとても嬉しく思います。 Time : 2000/11/10(金) 05:31:53
Name : HIRO E-mail : Title : せっかくなんですが…。 Comments: Ponyaさんへ: 事態収拾へ助け舟出していただいて感謝してます。 ちょっとタイミングを失いつつあったのも事実でしたので。 でも、今の私ではパンダさんと歴史談義をしてもおんなじことになりそうです。 正直な話、あの対話よりももっと単純なところで「所詮エンターテイメント」の 「逆説」にああいう反論してもしょうがないし、ここでああいう検証をし始めると 無責任な素人考えが書き込みにくくなってしまうでしょ?と思ってるんです。 「逆説」なんてトンデモ(本来の定義ではないですが一般的な意味)ですよ。 それを私達は「楽しんでる」訳じゃないですか…正しいかどうかという以前に。 でもそういうことを示唆させるような書き込みに対して「科学」という言葉を 何度か使われたので「その土俵の上でも結局水掛け論になりますよ」と書いた のですが…私が水掛けている一人になっていた(笑)。 だから、昔のような思想チックな話とか資料の全然無いようなことならば みんなも好き勝手書けるし、パンダさんの精神安定上もいいかもしれない(笑)。 では、話題提起を。ちょっと前から考えているネタなんですが、 「天照の子孫であることがどうして意味をもったのか?」 もちろん、あれだけ長く続けば「常識」となって疑うこともなくなると思うのですが それ以前はどうして正当性を持っていたんでしょう? ちょっと前にでた「万世一系」も事実か否かの議論はともかくとして「天照の子孫」が 正当性の根拠としてなければ続かないし乗っ取りも無い。 でも、天皇家って実力ないじゃないですか…殆どの時代で。 神武東征だって征服している感じがほとんどないし、飛鳥の土地なんて軍事的に 豪族に包囲されているみたいな状態で、なんか「人質」みたいじゃないですか。 あんな状態で「権威」なんてあったのかなぁ…と。 何か面白いアイディア持っている方、教えて下さい。 私が納得すればそれでいいのでどんな奇抜なものでもOKですよ。 Time : 2000/11/10(金) 12:07:34
Name : 憂国 E-mail : Title : そうでしたれば、ひとつ Comments: 天皇家と卑弥呼、邪馬台国の関係から考えますと 「祈る存在」としてのシャーマン的要素がキーポイントだと思います 卑弥呼=天照、なのか天照のモデルが卑弥呼なのかわかりませんが 祈る仕事が女性の仕事には変わりません、卑弥呼(天照)が天皇家の そせんであるとすると、 いつから天皇家は男性相続になったのでしょうか、 沖縄のように王の妃がシャーマン(体系的に)になるのでしたら、子供も 生まれるのでしょうが、魏志倭人伝(信憑性は薄いにしても)からは卑弥呼 の後継ぎは自分の娘ではないのですよね、こう考えると、 卑弥呼と天皇家とのつながりは血縁的にはない可能性(遠縁的にはあるにしても)もあるわけで、そういう面から考えると独立した「神聖不可侵の存在」とも とれるとおもうのです、邪馬台国には卑弥呼のほかに王(弟)がいたというせつも ありますが、祭と政が一致していたのは否めない、 ここで私のとんでも説ですが、 卑弥呼のあと、この「祭」の部分は一時、すたれたのではないか、 何故ならこのあと推古や皇極など一時的には女性がでても他は圧倒的 に男性が多いい、「祭」の部分が細々と継続した可能性はあったとしても 「政」の部分に顔をだすことはなくなった、そして「政」の部分では 縁戚であった可能性は大きいにしてもいくつかの勢力が取って代わって 国をおさめた、権威(祭)の力が弱くなれば権力の座がとってかわられ るのはおかしくはないですよね、 持統朝はこの様な繰り返しを防ぐ為に古事記を編纂し(でっちあげの面 も含めて)再度、祭政一致を試みた、(その前に中央集権てき政の下地があっ てのことですが)そして、自らを古の昔(500年も前なのですから)の 最高権威者、であり権力者であったものになぞらえ、祖先とした、、、、 その後はご承知のとうり、「権威」だけの存在となっていくのですが、 私はあまり「古代」と言う時代が遅れていたとはおもはないのです、 文字が使われていなかったというだけで、すくなくとも室町中期ぐらいまでは 思考回路はさほどかわってはいず、祖先信仰などは古代(持統朝前後)においてす でに凌駕されていたように感じるのですね(権力を握ると言う面においてですが) 古の昔においても緊張と緩和の法則は変わらないのであって(むしろ延々とつず くものですから)卑弥呼の時代にまとまっていたもの(祭政一致)が崩れ、持統 朝で再びまとめられて又崩れ、明治において(ある意味においては祭政一致)に 再再度、まとめられて崩れていく、、、、 大きく崩れないのは、やはり権威がしっかりしているからなのでしょうね、 そういう意味では万世一系はたてまえであってもおおいに結構なのですが、 以上、天皇家をこよなく愛する私のとんでも説でした Time : 2000/11/10(金) 16:46:11
Name : Ponya E-mail : Title : やはりそうでしたか…。 Comments: ## HIROさんへ お返事ありがとうございます。 なるほど心境をお聞きして、議論の当事者としての本音の部分を初めて理解した ような気がします。私のような新参者が、暫らく読んだからといってそのような 雰囲気は感じ取れていませんでした。「逆説」の根源的要素でもある「怨霊信仰」 や「言霊信仰」は私も大好きで楽しんで読んでおりますが、一読者の素朴な疑問 として、どの程度批判に耐えられるものだろうか?という興味が先に来ておりま して、それを叶えられる議論が出るたびに、過去に何度も水掛け論になっている ことを理由にその関連の議論が出にくくなるのはなぜだろうか?と不思議に思っ ておりました。言われてみれば、この部分に触れた議論がことごとく水掛け論に なってきたことを体験してきた古参の方からすれば、あたりまえの感情だと理解 出来ます。 なにか自分の興味から勝手な提起をしてしまい、申し訳ございません。 # もう少し過去の議論を読む努力を続けてみます。といっても… 相変わらず私のPC端末では途中でスクリプトエラーで読みこみを中断してしま ってその前の議論が確認できないままで、なんとか自力で問題解決を試みている ところですが、どなたかこれについて何か良い情報をお持ちでしたらお力をお貸 しください。 さて、問題提起された >「天照の子孫であることがどうして意味をもったのか?」 >もちろん、あれだけ長く続けば「常識」となって疑うこともなくなると思うのですが >それ以前はどうして正当性を持っていたんでしょう? という疑問ですが、私なりの超弩素人の意見を述べさせていただくなら 神話の話で識別されているような、ごっちゃになっているような卑弥呼とも関連 があるのでは?と思っております。(←もちろん井沢説に相当影響受けてます) 天照と卑弥呼が同一人物だったかどうかは別として、天照の家系が当時からの信 仰においてのシャーマンの家系だったから?と思います。この家系には特別の力 があると信じられた、または、信じられているという下地があったから、その事 が当時の信仰と重なりあっていったのでは?こんなことを言うと「言霊信仰」の 話題に重なるといえば重なりますが…。まあ、たわごとです。 >神武東征だって征服している感じがほとんどないし、飛鳥の土地なんて軍事的に >豪族に包囲されているみたいな状態で、なんか「人質」みたいじゃないですか。 >あんな状態で「権威」なんてあったのかなぁ…と。 「権力」は無かったけれども「権威」はあったかもしれない。 今も当時もそうだと思いますが「権力」と「権威」が分離されていることこそが、 政変があっても国家が大崩しない秘訣といいますか、偶然なのかもしれませんが そういう形をとってきたのではないでしょうか? 素人のたわごとですが、他にはどんな説が考えられるでしょう? Time : 2000/11/10(金) 17:28:20
Name : Ponya E-mail : Title : あ確認せずに送信して…失敗だったかも Comments: 私のド素人の意見が偶然にも憂国さんの説(の一部分)と被ってしまいました。 といっても憂国さんの説は内容の濃さで私のとはとは比べ物になりませんが… Time : 2000/11/10(金) 17:36:17
Name : パンダ E-mail : Title : なぁんだ。。。それならそうと。。。 Comments: パンダです。HIROさんへ。。。。 >>「所詮エンターテイメント」の「逆説」にああいう反論してもしょうがな >>いし、ここでああいう検証をし始めると無責任な素人考えが書き込みにく >>くなってしまうでしょ?と思ってるんです。 >>「逆説」なんてトンデモ(本来の定義ではないですが一般的な意味)です >>よ。それを私達は「楽しんでる」訳じゃないですか…正しいかどうかとい >>う以前に。 ああ。。。そう言うことだったのですか。。。 それならば「何をかいわん、良っく了解しました」です。私はHIROさん達が、 歴史学において、井沢さんの説を支持しておられると誤解していました。 では。。。井沢さんに重ねてお願いします。。。 従来の多数説よりも、自説のほうが正しい歴史解釈だと主張したり、歴史学 者を批判(非難)するが如き言動は今後お控え下さいね。 以上で。。。 エンターテイメント『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』 に関する批判を終了いたします。 今まで何をしてきたんだろう。。。そうならそうと早く言って欲しかった! Time : 2000/11/10(金) 17:46:44
Name : Ponya E-mail : Title : パンダさんへごめんなさい Comments: 二つあります。 2000/11/10(金) 05:31:53の書きこみで、私の個人的勝手な提言をしておりますが 申し訳ございません、無視しておいてください。 提言者の私自身もう少し過去の議論を確認してから、疑問があればそのつど個別に 質問したり、別の説を立てるなりするように努力してみます。その時にパンダさん にその気がありましたら、よろしくお付き合いください。 もう一つ、議論を妨げるようなことをして申し訳ございません。 Time : 2000/11/10(金) 17:54:23
Name : 2m E-mail : Title : 虹さん、パンダさんへ Comments: パンダさんの思考を嫌っている2mを嫌う、虹さんへ >2m氏以外は。この人はずいぶん前から見ているけど、実に失敬ですね。・・・ 自分では他人の責任にしているから、なお質が悪い。 そうですか。Toshyさん、パンダさんとは余りにも酷い曲解を受けて喧嘩し た覚えがあります。憂国さんとは喧嘩に成りかかったけれど、最終的には討論と言 える内容だったと思います。・・ま、相手がどう思っているかまでは知りません が。 まあ、どんな感想持とうが勝手ですが、一面からだけ見て「失敬な人」と決め付 けられてちょっとカチンときました。虹さんも随分失敬な人ですね・・、って、こ れじゃ子供の喧嘩ですね。この件はもう、止めて下さいね。 パンダさんへ >>神無月・神有月 >この言葉が、何時頃から言い出されたか 感覚だけで発言したので、さっぱりです。またまた勘ですみませんが、少なくと も平安時代中期頃には、他の月の呼び方を含めて確立していたのではないかと思い ます。・・では、70%以上の仮説を聞かせて下さい。楽しみです。 Time : 2000/11/10(金) 21:35:15
Name : パンダ E-mail : Title : どういたしまして。。。 Comments: パンダです。 Ponyaさんへ。。。お気になさらないで下さい。 いま気がついたのですが、お名前を誤記していましたね。ゴメンナサイ。 「馬の耳に念仏」「スズメの魂なんとやら」「知識はあっても知性の無い」 「あなたはかなり重傷」「ダダっ子」「挙げ足取り」「読解力の無いやつ」 。。。いろいろ言われたのですが、良く意味が分かりませんでした。 みなさんが、HIROさんと同じご意見かどうかは知りませんが、これで何と なくニュアンスが理解できたように思います。 気がむけば時々アクセスしますので、ご遠慮なくお尋ね下さい。微力なが ら、出来るだけお付き合いさせて頂きます。。。ではまたいつか。 Time : 2000/11/10(金) 22:48:52
Name : Toshy E-mail : Title : おいおい Comments: 2mさん、曲解はないよ(わら 学習塾の現状を誤解されていたから、私も感情的になったのです。 あと、パンダさんは私の師匠にそっくりです(笑) ひどいことを言ってすみませんでした。 過去の因縁は、水に流してください。 Time : 2000/11/11(土) 08:40:09
Name : HIRO E-mail : Title : 現実逃避中… Comments: 仕事に使ってたPCがおかしくなって修復中。 ちょっと現実逃避(笑)にやってきました。 憂国さん、Ponyaさん、そういうわけでまだちゃんと読んでません。 直り次第、いくつか質問させてください。 パンダさん、消えないで下さいね。パンダさんの仮説や考えそのものに 対して反論してたわけじゃないし、他の人もそうでしょうから。 ボタンの掛け違えってよくある話じゃないですか。私も確かに「井沢教信者が 意地でも好意的に解釈しよう」ともとれる書きこみをしてたかもしれません。 Toshyじゃないですが、うちのボスにもよく似ています(笑)。 それだけにちょっとしたきっかけで気付くのではないかと思ってたので…。 では。 Time : 2000/11/11(土) 21:43:36
Name :E-mail : Title : あのね Comments: 2mさん だから私は、あなたがいつも「他人の責任にして」いると書いたでしょう。 周りの人が、自分をどう見ているか考えた方がいいですよ。 Toshyさんに対する協力者はいたけどあなたを弁護する人はいなかったのは、 あなたの方が書き込み内容に落ち度があったと私は思っています。 もちろん、Toshyさんの方にも謝罪すべき点があったのは解りますが。 ※そこはどうやら謝罪されているようですね。 Time : 2000/11/11(土) 21:56:36
Name : HIRO E-mail : Title : 現実逃避中… Comments: 仕事に使ってたPCがおかしくなって修復中。 ちょっと現実逃避(笑)にやってきました。 憂国さん、Ponyaさん、そういうわけでまだちゃんと読んでません。 直り次第、いくつか質問させてください。 パンダさん、消えないで下さいね。パンダさんの仮説や考えそのものに 対して反論してたわけじゃないし、他の人もそうでしょうから。 ボタンの掛け違えってよくある話じゃないですか。私も確かに「井沢教信者が 意地でも好意的に解釈しよう」ともとれる書きこみをしてたかもしれません。 Toshyじゃないですが、うちのボスにもよく似ています(笑)。 それだけにちょっとしたきっかけで気付くのではないかと思ってたので…。 では。 Time : 2000/11/11(土) 22:35:09
Name : Tristan E-mail : Title : 森内閣打倒!加藤紘一氏を支援するために、自民党議員にメールを出そう! Comments: 私は加藤紘一氏の、今回の森内閣への発言を、全面的に支持します。 「75%もの不支持率の内閣への不信任案に、自民党員であっても反対できない」 森氏の首相としての資質のなさは、もはや疑う余地はありません。 そもそも森内閣誕生のでたらめさを、思い起こしていただきたい 相変わらず改革は進まず、問題の先送りを続けています。 これだけの不支持率で、数を頼みに重要法案を通し続けている森内閣を止めるべきです。 現在、主流派による加藤、山崎両派議員への切り崩し、 主流派議員への締め付けが、進行中です。 皆さん、この流れがつぶされる前に、ぜひ加藤紘一氏を支援して上げて下さい。 自民党議員へ「森内閣反対」のメールを出しましょう。 下記は上から順に、自民党、加藤派、山崎派の議員名簿です。 http://www.jimin.or.jp/jimin/50on/syu-a.html http://www.katokoichi.org/partners/index.html http://www.taku.net/hp/member.html 加藤氏支持であるかないかではなく、森内閣打倒の一点をもって、 「加藤氏支持、森内閣反対」の声を全自民党議員にメールを出し続けましょう。 また皆様自身の各種掲示板への書き込みで、国民の輪を繋げましょう。 Time : 2000/11/12(日) 14:25:24
Name : とんぼ E-mail : Title : 信康・築山殿殺人事件 Comments: 典きゅう五郎氏が「家康、封印された過去」(PHP研究所)において、 信康・築山殿殺人事件について家康真犯人説を唱えています。 非常にユニークで、とても面白い説です。 この事件に関して、井沢説ではどのような判決を下すのか、今から楽しみです。 築山殿怨霊伝説なんてあるみたいだし。。 みなさんは、この事件に対してどのような意見をお持ちでしょうか? また、典きゅう説の長所・短所についても教えてください。 Time : 2000/11/12(日) 16:48:06
Name : 輔住 E-mail : Title : とんぼさんへ Comments: 築山殿事件に関していえば典きゅう五郎氏の説は非常に面白いです。 私もこの事件に関しては納得がいかないことだらけなので! 酒井忠次が何の処分もなかったり、信康の描写があまりにも滅茶苦茶だったり、 織田から見て徳川が攻めてきたときの対策が全く見えなかったり...。 ただ水野信元事件や大賀弥四郎事件も絡めている点は少し納得がいかなかったりも します。 Time : 2000/11/12(日) 23:33:56
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : HIRO様へ,少し疑問・・ Comments:  この件に付いてはもう発言しないつもりでしたが, HIRO様のこのところの発言がどうもおかしく、 議論の流れも変なので一言発言いたします。 >「逆説」なんてトンデモ(本来の定義ではないですが一般的な意味)ですよ。 >それを私達は「楽しんでる」訳じゃないですか…正しいかどうかという以前に。 もちろん、楽しみ方はご自由ですが,皆さんそうとは限りません。 恐らくこの意味では,小生はすべての学問はトンデモだと考えます。 その意味で,HIRO様のご意見とは全く対立しませんが、そうでない人がいます。 本来の定義ではないという意味がわからない方がいますのでご注意ください。 >私も確かに「井沢教信者が意地でも好意的に解釈しよう」ともとれる >書きこみをしてたかもしれません。 「」内は小生のことを言っているのでしょうか? もちろんHIRO様もそんな事は微塵も感じさせませんし、古くからこのBBSに関わっている ものとしては,このような方は今までもいなかったと存じております。 それでも「いや小生は信者だ」とおっしゃるならご自由ですが・・。 井沢先生に対して敬意を払っておられる方が大部分でしたが, 100%井沢先生が正しいといった人は、小生も含め誰もいませんでした。 ただ、どなたかが主張なさったほど間違ってはいないと考えているだけです。 その意味で意見の対立があり,決着がつかなかったというだけの事ですが・・。 Time : 2000/11/13(月) 12:40:27
Name : とんぼ E-mail : Title : 輔住さんへ。 Comments: RESありがとうございました。 全くの素人ですが、よろしくお願いします。 > 織田から見て徳川が攻めてきたときの対策が全く見えなかったり...。 そうですね。 それに、信長が信康を殺さなければいけない動機がよく分かりません。 反対に。。 典厩五郎氏の説で苦しいなぁ、と思うのは、精神病の家康が天下を取れる かどうか。。 逆説的に言えば、ちょっとおかしな所があったからこそ、天下が取れたとも 言えるのですが。。 家康の子孫に精神的におかしな人が幾らか出ますが、 家康の血を引いているからなのか、それとも近親相姦(に近い状況)のせいな のか。。 家康に関して疑問なのは、若い頃の子供が少なくて、関が原前後でたくさん 生まれていることです。これも大いに謎ですね。 築山殿事件は、天下人の家康を分析するのに丁度よい事件ですので、 逆説の日本史でも扱ってもらえたら嬉しな。。と思っています。 築山殿の祀り方も面白いですね。 これじゃ、まるで祟ってくださいと言わんばかりです。 武家と公家とでは、怨霊に対する考え方も違うのかも知れません。 Time : 2000/11/13(月) 19:25:37
Name : 2m E-mail : Title : とんぼさんへ Comments: >家康に関して疑問なのは、若い頃の子供が少なくて、関が原前後でたくさん生ま れていることです。これも大いに謎ですね。 えーと・・・。家康は幼少期から人質になり、成長しても信長・秀吉の厳しい監 視下にありました。そう言った強いストレス状態にあったため、痩せていて子供も 少なかったのではないでしょうか。 関が原前後には信長・秀吉はいなくなり、強いストレスが無くなったため太り始 め、子供も多くなったのではないでしょうか。因みに、老いてからは凄いデブだっ たそうです。・・・別人だったと考えるよりは納得できるかと思いますけど。 直接関係無い話題ですみません。 Time : 2000/11/13(月) 21:26:14
Name : Rommy E-mail : Title : やっぱり少し変です。 Comments: 大阪JF生様はじめまして。そうですよね私みたいなヒトでもなんか少 し変だと思ってました。 この問題はHIRO様の所詮エンターテイメントのトンデモってことで何 かあっさり決着がついてしまったみたいですけどみなさんが本当にそ れに賛成しておられるのかどうか、どうしてそれに誰も何も意見をい われないのか、どうもガッテンがいきませんでした。 そーゆーことなら、井沢先生のご意見がいままでと違った正しい日本 史の見方だって吹聴してきたヒト(私もそう)の立場はどうなるのって 思ってしまいます。 ただ大阪JF生様のようにすべての学問はトンデモだなんて難しいこと をいわれても困ります。もしそうだとしたら学問論争なんてトンデモ 同士のナンセンスなもの、学説を勉強するのもナンセンスってゆーこ とになりかねません。やっぱり世の中には常識的にトンデモとまとも な意見の違いがあるんじゃないでしょうか? (どう違うのか説明しろっていわれても無理だけど) ここまでの議論では正直いって井沢先生のご意見に少し無理があるよ うに思いましたが、どっちにしてもエンターテイメントのトンデモな んてことじゃなく、もっとしっかりしたまともな支持論をお聞きした かったです。 Time : 2000/11/13(月) 23:08:23
Name : HIRO E-mail : Title : いっぱいたまった返答その@ Comments: なんとか修復完了。休日がすっ飛びましたけど(笑)。 Toshyさんへ: 前回の書き込みで敬称が抜けてました。 さっきまで気付きませんでした、ごめんなさい。 憂国さんへ: 楽しく読ませていただきました。 >いつから天皇家は男性相続になったのでしょうか、 私も邪馬台国→大和朝廷への連続性はあると考えているのですが、 その際に立ちふさがってるのが、これなんですよね〜。 憂国さんの話は「祭、政」一致のシャーマンから「祭」(女性)と 「政」(男性)に別れ、その後「祭」が廃れたけど「政」の男性の持って いる権威は廃れないで残った…という解釈であってますか? なるほどなぁ…。 でも、そうすると「祭」の廃れていた時期というのは神武からずっとと いうことになりませんか?そうすると東征のときに近畿の有力者が従う 理由が無いのでは?(邪馬台国九州説なら、ですが。) その辺、どう思われます? Ponyaさんへ: 大阪JF生さんが、私向けに当時のことを説明して下さってましたが、 私は当時のことは知らないし、古参でもないんです。 でも「どっちが正しいか」的な議論したって一歩目が違う人間同士の 議論だから水掛け論なんだからどんなに大声で主張しても意味なしだと。 昔パンダさんは「判断はこれを見ている人に任せましょう」という発言を していましたので、この人ならわかってもらえるかなぁ…と思って 書いていたんですが、ああなってしまったのですよ(笑)。 で、本題ですが(笑) >「権力」は無かったけれども「権威」はあったかもしれない。 ええ、そこなんですよ。 果たして宗教的な権威があったのかどうか。あったのなら継体天皇のような 扱いが宗教的に許されたのかなぁ…と思うし、無かったのだったら何故に 潰れなかったのかな…と思うんですよ(権威も権力も無いのだから)。 私は今のところ「最初から傀儡だったのではないか?」という仮定で説明できないか 考えています。まだちょっと弱いのでヒントを皆さんからもらえないかなぁ…と 思ってテーマの提示をしたんです。 今日はちょっと無理なので近いうちに書きます。 逆に色々質問していただけると嬉しいです。 Time : 2000/11/14(火) 02:13:40
Name : HIRO E-mail : Title : いっぱいたまった返答その2 Comments: 大阪JF生さんへ: 私は一度も「そう思わない人は間違い」などと書いたことはありません。 むしろそういう態度で他人の意見を否定していることについて、意味なしと 書いていたんですけど…。 学術論文としての審査をクリアしてもいない文章の「表現」について書くこと、 (所詮、エンターテイメントであるってのはそういうことです。) 「定説」として認めるか否かのような「〜とは限らない」というレベルでの 批判の仕方について書いたものです。 書き方が過激だったのは認めます。パンダさんへも含めての返答ですが、私は 「エンターテイメント」だから議論に値しないとも、トンデモだから議論に 値しないとも書いたつもりじゃないんですよ。 あそこはあくまでも私の感情(主観)としての部分で、パンダさんが私の意図を 理解してくれたとも思ってませんし、あれが正しい(真理)とも思ってないのですが 色々な方が「もう終ったら?」という感じの書き込みをしてましたし、 また平時に乱を起こすようなことをしたくなかっただけです。 それについて誤解を生じているんなら謝ります。ごめんなさい。 >>私も確かに「井沢教信者が意地でも好意的に解釈しよう」ともとれる >>書きこみをしてたかもしれません。 >「」内は小生のことを言っているのでしょうか? …どうしてそうなるのでしょうか? パンダさんが私のことを「」だと思ってたっていうのに対しての返事ですよ。 Time : 2000/11/14(火) 02:38:14
Name : 憂国 E-mail : Title : 2m様すいませんけど Comments: さっきまで緑の党の支持者のアメリカ人とはなしていたんですけど ナショナリズムはOKなんですって、、、、 というよりあたりまえなんですって、、、、 そうおもうと、どうなんでしょう、、 やっぱり、過剰反応なんですかね、日本人って、、 Time : 2000/11/14(火) 03:03:17
Name : Ponya E-mail : Title : 私もちょっと… Comments: ## 大阪JF生さん、Rommyさんへ こんばんわ。HIROさんがどのように考えてらっしゃるか分かりませんが、議論を 変な流れにしてしまったのはどうも私にも責任があるような気がしますので、ち ょっと私自身の捉え方も述べさせてください。 「トンデモ」という言葉の定義はちょっと分からないので何とも言えませんが、 「エンターテイメント」については、「世界の常識」のような誤解を生む可能性 のある表現を一字一句改めたり、蓋然性を割り出す方法を選択する時に必ずしも 客観的資料からの数値化可能な方法をとるべきものでない、つまり学術論文のよ うなものではないと言う意味で「エンターテイメント」という言葉で表わしても 問題はないと考えています。「フィクション」との明確な違いが伝わらないので、 他の的確な言葉があればもちろんそれを選びたいところです。 ## パンダさんへ パンダさんが議論の最後におっしゃっていた事に少し腑に落ちない事があります。 見てらしたらお返事ください。 井沢さんが、従来の説よりも自説のほうが正しい歴史解釈だと主張したり、歴史 学者を批判するような言動、というのはそれほどいけない事でしょうか? 従来の学説のとってきた手法と井沢氏の手法と、どちらがより事実に近づけるか は結局現時点では証明できないものですし、主観的に正しいと主張することには 別段問題があるとは思えません。 また、井沢氏は歴史学者を批判することにおいても、完全に間違いであること以外 には歴史学者の個人を指して批判していないと思うのです。従来の歴史学界の欠点 については触れていても、誰それの説は間違っていて私の説の方が正しいと主張を しているわけではないと思いますが、それもすべきではないのでしょうか? (歴史学者個人への批判については現在確認中ですが今のところ発見できません。  もしも、ありましたらご指摘ください。) Time : 2000/11/14(火) 03:17:30
Name : 憂国 E-mail : Title : HIRO様へ Comments: 要するに、持統以前はわからないということです、 楽に考えてみてください、目の前にある権力と祖先の崇拝と、、、 自分がいるスタンスで考えれば180度変わるとおもうのですが(仮説ですから) 私だったら目の前にある権力を選びますけどね、、 臣籍降下が平安朝以後だ(文献にかいてあるからね)とかんがえるのがそもそもお かしいのでは? だって卑弥呼から500年位あるんですよ、 100年で3代としても分家は1500万家位になるのですよ(3人子供をうんだと して) 男は権威を持たないのですよ、シャーマンじゃないのですから、だから殺戮をくり 返しながら中国でいう放伐を繰り返していた、古墳が一定期間統一されていたのは あくまでも強い勢力が長い期間つずいていたからだと思うのですが、、、 だから、男は好き勝手に権力争いをして、そのあげくの果てにタイミングよく 頭のきれるすばらしい(今から考えてみれば)女帝がいた、、その家臣がまた 怪物、、、 そういうことじゃないのですかね、、、 Time : 2000/11/14(火) 03:52:42
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : ご意見ありがとうございました。長めの文章スミマセン Comments:  皆様,ご意見ありがとうございました。 やはり、言葉足らずでいろいろ誤解を生んだようで申し訳ありません。 「すべての学問はトンデモ」といったのは、あくまでもHIRO様の断り書きが ついております。良く使われている意味で,井沢先生の「逆説」をトンデモとは 考えておりません。 ただ、難しい話ではないので、たとえば,いくつも例がありますが, 小生が小さいころ読んで印象に残っていたものを挙げてみます。 ボーイズライフという(おそらく初の)青年誌を小学生のときに 背伸びして呼んでいたのですが(時代は貸し本屋全盛期です・・トシが・・)、 そこにウェゲナーの大陸移動説が載っていました。 詳細な図入りで,子供心になるほどそうだったのかと納得させるものでした。 ところが大きくなってその件についてまともに調べると, 今度は文字通りの意味で「こんな説は全くのトンデモ」扱いされていました。 多くのえらい学者さんたちがこれでもかとトンデモ論をぶっていました。 「陸地が動くはずがない!」 しかし、小生は何か附に落ちませんでした。偶然にしてはできすぎている! ところが最近では,プレート・テクトニクス説がでてきて再び評価され、 現在では定説になりました。(日本の一般人にはタイムラグがあるので, 60年代に出たものが遅れて入ってきました) 現在では,ムーやアトランティスなどトンデモの代表でしょうが, 探索技術が進み,海底からそれに相当する遺跡が出てきたらどうなるのでしょう? 相対性理論も量子力学も登場した当時は似たような扱いを受けました。 量子力学などはアインシュタインがトンデモ扱いした張本人です。 宇宙の始まりはビッグバン?「見てきたような嘘を言い」といわれても・・・・ また、今回のF氏の捏造発掘事件のように逆のケースもあるでしょう。 トンデモとまじめな学問にどれほどの差が有るのでしょうか? 小生が身にしみて感じたのは,どんな議論も可能性を否定すべきでないと いう事です。ただ、議論の組み立てがでたらめでは学問にはならないでしょう。 一定度の根拠があり,一定度の説得力があるようなものは捨て去るべきではないと いうのが小生の意見です。 井沢先生の「逆説」が将来定説にならないとどうして言えるのでしょう。 そのために,軌道修正があってもかまわないと思いますし,そうすべきだと 思います。小生は「最初からすべて完成した形でしか物を言うな」という 意見には反対します。そんな事をすれば,多くの場合「進歩」を阻害します。 (この言葉は好きではありませんが,適当なのが見つかりませんでした) 小生が長く議論を続けてきて思ったのは,思ったよりも逆説の日本史は 強固だなという感想です。大筋は納得できますからおおきく外れては いないはずだと思っていたのですが,もっとラフな議論でもかまわないと 感じながら、強烈な反対意見を聞いていると,逆に意外に強いと感じたものでした。 もちろん,細かい軌道修正は必要でしょうから,議論が無駄だとは考えません。 小生は支持論についてはしつこいぐらい述べてきましたので,言わなかっただけです。 できれば繰り返しでなく、他の方の議論をお聞きしたかったのです。 しかし水掛け論の段階になったら,棚上げにしてはどうかというのが いろいろアドバイスを下さった,この掲示板の過去の参加者の皆さんでした。 その意味では、HIRO様と同じでしょう。 初めまして,Rommy様,このようなつもりで,小生は発言しましたので ナンセンスとは全く違うという事だけでもご理解ください。 HIRO様, >>>私も確かに「井沢教信者が意地でも好意的に解釈しよう」ともとれる >>>書きこみをしてたかもしれません。 >>「」内は小生のことを言っているのでしょうか? >…どうしてそうなるのでしょうか? >パンダさんが私のことを「」だと思ってたっていうのに対しての返事ですよ。 「も」に引っかかったのですが,HIRO様は少なくともそうではなかったので, 小生のことかなと感じただけです。なにも非難しているつもりはありませんよ。 そう見えるのかな?と確かめたかっただけです。 書き方が良くなかったかもしれませんので,その点お詫びいたします。 基本的に賛同できる事をずっと述べられていたので,何箇所かのみアレレと 感じてしまいました。 Ponya様,お説を拝見して,賛同させていただきます。 そうおっしゃっていただいていれば、小生が発言するまでも無かったかもしれません。 ただ、個人攻撃については,たとえば、井沢先生が故坂本太郎氏について触れた部分が いくつかあり、それに過剰反応されているようです。 ただ、基本的に述べた文章について変な部分を指摘しているのであって, 決して人格攻撃をしている分けではないのです。その点,坂本氏を尊敬する あまりか,残念ながら過去にもしばしば「お詫びしろ」的な発言が見られました。 小生個人も、引用されたこの先生の文章はひどいと思いましたし, ここでも別の文章を見せてもらいましたが,やはりひどいものでした。 その点を指摘された事を根にもたれているのでしょう。  長くかいた割にはまとまりも無く分かりにくいものになりましたが, 皆様の多くのご意見を頂いて、穴埋めして行きたいと存じます。 Time : 2000/11/14(火) 10:39:25
Name : Toshy E-mail : Title : こらあ!HIRO!!(笑) Comments: HIROさん、あたしゃてっきり、 西洋風のあいさつかと思っておりました(笑) お互い英字で名前を書いているから。 これもなにかの縁ということで、よろしくです。(^^) Time : 2000/11/14(火) 12:05:35
Name : Rommy E-mail : Title : おじゃましました。でも正直いって淋しい結末でした。 Comments: 大阪JF生様わざわざお答えいただいてありがとうございました。 私の希望としてはパンダ様が指摘されたことなどについて、皆様がもっと 真正面から反論して欲しかったです。(私には無理ですけど) 細かい言葉についての逆質問はありましたけども、ほとんどはねつけられ ていたように見えましたし、かんじんの部分については反論らしい反論も 出なかったように見えました。そんな中での結末が正しいかどうかという 以前に楽しんでいるとか、所詮エンターテイメントのトンデモとかでは淋 しすぎます。私も私なりに考えては見ましたけども、これはこうじゃない のというようなぴったりした反論は思いうかびませんでした。それがとっ ても残念です。 これは私個人の正直な感想ですからつっこまれても困ります。これでRommy からRomに帰ります。 Time : 2000/11/14(火) 12:38:17
Name : 輔住 E-mail : Title : 同盟破棄していい時期とは思えない! Comments: とんぼさんへ、こちらこそ素人の愚考なので考え違いもあるとおもいますが よろしくお願いします。 精神病と天下はあまり関係ないと思います。足利尊氏も「鬱」だったらしいですから! (つまり、なれる人はなれる) あと、徳川内部のクーデータ計画に築山殿が発覚すれば殺されるほどの関与だったのか よく分からないところも典厩五郎氏の説の苦しいところの一つでしょう。 ただこの事件の通説はそれ以上に苦しいところが多いから...。 少なくても織田からみれば東国への抑えとして徳川がどうしても 必要な時期です。時期的にもそんな命令は内応が確定的でない限り ムチャ。「家康の忠誠心を試そうとした」なんていうのは論外だと 思ってます。そんな余裕がどこにあるのか...。 織田から見て少なくても武田が滅ぶまでは必要な同盟だと思います。 まだ「取り潰し政策」をやるには早すぎます。(笑) Time : 2000/11/14(火) 18:34:04
Name : 2m E-mail : Title : 憂国さん、Rommyさんへ Comments: 憂国さんへ >さっきまで緑の党の支持者のアメリカ人とはなしていたんですけど・・・やっぱ り、過剰反応なんですかね、日本人って、、 すみませんが「何」に対する過剰反応でしょうか。いきなり言われても、困って しまいます。 >アメリカ人・・ナショナリズムはOK ナショナリズムが強い国、弱い国は、その国の歴史が深く関係している様です。 アメリカは基本的に移民の国のため、何らかの繋がりを持たないと国自体が成り立 たないので、ナショナリズムが極めて強くなったと思います。日本の場合、戦前・ 戦中が異常に強かった反動で、異常に弱くなっていると思われます。 ・・質問に関係無いですね。すみません。 Rommyさんへ >ほとんどはねつけられていたように見えましたし はねつけるなら、その理由を細かく並べれば討論になります。自分の判断力のみ に頼って、理由を途中で切り上げては討論になりません。理由の先が解らないなら 解らないとすれば良い筈です。そうすれば先送りにして、まとまってから続行する のも可能の筈です。・・・2mの見る所、パンダさんは途中で切り上げた上に、喧嘩 を売っていると思える言葉を連ねています。2mは、パンダさんにまともな討論を全 く期待していません。 Time : 2000/11/14(火) 20:48:41
Name : 名無しさん@??? E-mail : Title : ふぅ・・・ Comments: 自作自演か? Time : 2000/11/15(水) 00:29:53
Name :E-mail : Title : いつも他人のせいにする人 Comments: 2m氏のほうがまともな討論の出来る人ではない。 Time : 2000/11/15(水) 01:04:23
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : Rommy様,お読みいただければ幸甚です。 Comments:  Rommy様、突っ込んでいるわけではありませんが,お読みください。 もちろん、答える義務はありませんし,ROMに徹するもご自由です。 >皆様がもっと真正面から反論して欲しかったです。(私には無理ですけど) ・・・ >かんじんの部分については反論らしい反論も出なかったように見えました。 恐らく無理だと感じられた理由は,耐えがたいほどきつい反論がかえってくると 思われるからではないでしょうか。小生はここがそんな場になって欲しくないから, かえって黙っていたのですが・・・。こちらの意見をちゃんと受け止めてくれないので  まともな議論にならないと判断しました。 その間ROMしてましたが,小生にとって目新しい反井沢論は無かったように見えました。 もしよろしければ,どの点に引っかかっておられるかご意見頂けませんか? 素朴な意見がはばかられるような場からは回復しているようですし・・・。 以前にも述べてきたのですが,「素朴な疑問」ほど大切なものは有りません。 素人の意見が通らないような組織やシステムは必ず破綻すると考えます。 (素人不可侵の「神の手」は作ってはいけません。) その意味で,小生も歴史音痴ながらも意見を述べつづけてきたわけです。 また、多くの重要な発見は感情的な緊張関係の場からではなく, 和気藹々とリラックスした場からのほうが生まれやすいというのが持論です。 おたがい素朴な意見を出し合って議論しませんか? 議論は「相手をへこませるための討論」ではなく、「新しい認識を得るための ディスカッション」であるべきだと考えております。 そのなかから小生が見えなかった、本当にパンダ様たちが指摘したかったことが 見えてくるかもしれません。それこそ有意義な事だと思いますが・・。 Time : 2000/11/15(水) 09:58:33
Name : 志田 糺 E-mail : Title : 素人 Comments: 皆様の書込み楽しくいつもながら見させております。 反論というか、すべて新しいことで、勉強です。 豊富な知識を披露されると、良く見えなくなる言うのが悲しいですが、実状です。 やはり、知識の裏にある論理展開の方が分かりやすいですが。 すぐに実証的発想になると、その根拠まで溯るという辛いものがあります。 歴史学がこの壁を越えられないのは宿命でしょうか。 井沢さんのチャレンジは続きますが、このチャレンジは歴史学だけに限ったものではないような気がします。 Time : 2000/11/15(水) 12:50:13
Name : Non-rom E-mail : Title : 大阪JF様にだけお答えします。 Comments: 大阪JF生様がわざわざご親切にいって下さったので、私が思った疑問 をいいます。 私が井沢先生の本を読んだときには何も疑問に思わないですっと頭に はいったのですけれど、パンダ様のご意見を見て思ったのは東大寺が 建てられたときには、出雲大社がどのくらい高かったかは分からない し、公称というものがあったかどうかも分からないんだなということ です。その時に出雲大社があったのは多分間違いないと思いますけど も、いわれるようにそれが10丈か13丈か16丈かは今になっては確かめ ようががないことだと思いました。 それともし東大寺を建てるときに朝廷が出雲大社の高さを遠慮してい たのなら、パンダ様のいわれるとおりその高さが16丈位かどうかをは っきりと知ってたか確かめたというほうが常識的だろうとかんじまし た。こういったことにはっきりとしたお話がないままで、トンデモで 終わってしまったのがとても残念に思ったのです。これは私のかんじ ただけのことですから、2m様がどのようにつっこまれようが議論する つもりなどは全然ありません。これで本当におしまいにします。 Time : 2000/11/15(水) 13:49:29
Name : HIRO E-mail : Title : 北の国からその1 Comments: 失ったデータのための仕事が次々と…。 ああ、雪混じりの雨が冷たい…。 などと現実の愚痴をこぼしても仕方が無いですね(笑)。 大阪JF生さんへ: よかった…あなたが「そうではないひともいる」的な反論を してくるなんて予想外だったものですから、ちょっとショックで 投げやりな反応をしてしまいましたが、その後の書き込みを見て 理解しました。 こちらこそかなり無礼な返答をしたかもしれません。 ごめんなさい。 あと、科学とトンデモについての話で書かれていましたが、11月12日(日) 付けの毎日新聞に養老孟司氏がエッセイ(「時代の風」)を書かれていますが それをお勧めします。ネットではもう見られないみたいですので図書館かどこか で読むしかないのですが…。 (私は例の捏造事件を未だに大きく扱いながら、一方でこういう文章を載せる 毎日新聞のバランスの良さっていうか支離滅裂さが大好きです(笑)。) Time : 2000/11/15(水) 20:21:50
Name : Ponya E-mail : Title : あらためて感想 Comments: もう一度、議論の最初から読みなおしてみたんですが、私の感想では、 結局この掲示板を読み始めたときからあまり変わっていません。 ●従来の歴史学の手法で検証すれば→井沢説は蓋然性の乏しいトンデモ ●井沢氏の手法で検証すれば→従来の歴史学は「中日ドラゴンズの論理」 「資料に無いもの」がスッポリ欠落するという(つまりこれもトンデモ) である。 …とお互いに批判可能であることがわかった、ということですね。 それぞれ、みなさんがどのように感じられるかは様々でしょうが…。 Time : 2000/11/15(水) 22:14:31
Name : とんぼ E-mail : Title : 輔住さん、ありがとうございます Comments: > 精神病と天下はあまり関係ないと思います。足利尊氏も「鬱」だったらしいですか> ら! う〜ん、そうですか〜。 やっぱり、ちょっとおかしくないと天下なんて取れないのかも知れませんね。 > (つまり、なれる人はなれる) 受けました! 「出世も。。する人はする」って感じですね。 世の中不公平なもので。。 > ただこの事件の通説はそれ以上に苦しいところが多いから...。 そうですね。 「家康の忠誠心を試そうとした」余裕もないし、 2ヶ月の間、殺さなかったことは、「家康の忠誠心テスト。。不合格」です。 Time : 2000/11/15(水) 22:24:20
Name : HIRO E-mail : Title : 北の国からその2 Comments: Ponyaさんへ: トンデモの定義は「作者の無知、勘違いによってトンデモない結論に なってしまったもの(山本弘氏)」「作者の意図しているところとは 別の楽しみ方が出来てしまうもの(藤倉珊氏)」 トンデモって言葉を(というか「と」学会を)創った二人の言葉ですが、 要するに作者の無知や勘違いにツッコミ入れて楽しめるようなものって 意味だったんですよ。それが今は奇説、珍説の類に付けられる言葉に なってしまいました。 (当人達が、「神々の指紋」とかをトンデモ本と紹介している記事 に反論してましたもの…「あれは笑えないからトンデモじゃない」と。) だから本来の意味を知っている人から怒り狂った反論が来ても 困るなぁ…と思って注釈入れたんですが、そもそも「奇説、珍説」と 書いておけば問題なかったのかも(笑)。 なので、あんまりトンデモがらみで書かないでくださ〜い。 Time : 2000/11/15(水) 22:46:49
Name : Toshy@チェス二段 E-mail : Title : 引き分けと判官びいき?? Comments: 個人的には井沢氏の手法はおもしろいと思っていますし、 また納得する点が少なからずあります。 ただ、井沢氏は一部の事情だけを考察してそれを全体に当てはめるという、 強引すぎる説も多く見られます。 これで我が師匠・・・・もといパンダさんが相当の反論をしていたものと思います。 さて本題です。 井沢氏は「逆説5」で、「判官びいき」のところで次のように述べています >「引き分け」では何もやらなかったと同じことになる 引き分けは日本だけのものかというとそうではありませんね。 逆に日本のある部門では世界では引き分けが多く、 ほとんど引き分けがないことを井沢氏はご存知でしょうか。 それは、将棋=チェスの世界。 将棋は、ほとんど引き分けがありません。チェスは引き分けも結果の一つ。 拮抗したもの同士の戦いだと、引き分けることはよくあることです。 日本選手権でも世界大会でも、引き分け再試合というものはないです。 「マッチ」は別としまして。 実力下位の新鋭がチャンピオンと引き分ければ、 それは何もしなかったのではなく、立派な勲章となります。 逆にチャンピオンにすれば、負けたのも同然だという気持ちになることでしょう。 >敗者をあからさまに罵ったり嘲笑ったりしない まともなスポーツの世界では、どこでもそうです。日本だけではありません。 チェスで(将棋でも)、もし新鋭が善戦の末チャンピオンに敗れても、 周囲はチャンピオンをたたえるとともにその新鋭の善戦を褒めるでしょうね。 ところで判官びいきは怨霊信仰から来たものといいますけど、 じゃあ「三国志」の諸葛孔明はどうなのでしょう。これも怨霊だろうか。 Time : 2000/11/15(水) 23:51:32
Name : Toshy E-mail : Title : ていせいぶん Comments: >逆に日本のある部門では世界では引き分けが多く、 >ほとんど引き分けがない 間違えました(わら >逆にある部門では、世界では引き分けが多く、 >日本ではほとんど引き分けがない ですね。すみませんでした。 Time : 2000/11/15(水) 23:55:04
Name : パンダ E-mail : Title : Ponyaさんの質問に関して(長文です)。。。 Comments: パンダです。ponyaさんへ。。。お約束どおりちょっと覗いてみました。 私としては、「トンデモ」発言で虚しくなってしまって、決着したつもりだ ったのですが、まだ続いていたんですね。。。 行きがかり上、ponyaさんのご質問にはお答えしておきます。 >>井沢さんが、従来の説よりも自説のほうが正しい歴史解釈だと主張したり、 >>歴史学者を批判するような言動、というのはそれほどいけない事でしょう >>か? それ自体いけないこととは、まったく思いません。新説を主張(他説を批判) されるのは大いに結構ですし、これを頭から否定すれば学問の進歩などあり 得ませんから。。。 ただ、それが「所詮エンターテイメントの逆説」で、素人が「トンデモ」的 なものとして「正しいかどうかという以前に。。。楽しんでる」類のもので あればどうでしょう? 歴史エンターティナー(正しいかどうかよりは面白いかどうかが狙いです) としては、話を面白くして素人を楽しませるために、歴史学者にあらぬ批判 をしたと言うことになるでしょう? もしそうであるならば、もってのほか と言うしかありません。 私は井沢説を「所詮エンターテイメントの逆説」とは思いたくありません。 井沢さんは井沢さんなりに、真剣かつ科学的に歴史を考察しようとなさって いると思ってきました。だからこそこれを歴史科学として真面目に批判して きたつもりです。 (戯曲仕立てにしたのも、その方が分かりやすいと思ったからです) しかしこれに対し、「トンデモ」を示唆しているのに「歴史科学」として反 論するのはおかしいとばかりに言われたので、それならば。。。と言うこと です。 で。。。歴史科学と言う視点に立った場合問題は、 自説において他説を批判し、その正しさを主張するにたる立論根拠や推論過 程が備わっているか、あるいは充分検証に耐えうるのかどうかだと思います。 それが不充分であれば、厳しく批判されるのは当然ではないでしょうか? >>従来の学説のとってきた手法と井沢氏の手法と、どちらがより事実に近づ >>けるかは結局現時点では証明できないものですし、主観的に正しいと主張 >>することには別段問題があるとは思えません。 このご意見も同様で、少なくとも現在我々に与えられた諸資料(常識も含め ます)によって、客観的に現時点での所説の成立の蓋然性が判断でき得ると 考えています。これが学問的検証だと思いますが違っていますか? (手法の違いについては後述します) >>また、井沢氏は歴史学者を批判することにおいても、完全に間違いである >>こと以外には歴史学者の個人を指して批判していないと思うのです。 そうでしょうか? 具体的に申し上げます。。。 >>歴史学者個人が「霊など存在しない」と福沢諭吉以来の「信念」を持つの >>は一向にかまわない。しかし、それを勝手に古代人にあてはめてもらって >>は困る。ここのところがわかってない人が多過ぎる。     P173 と嘲笑気味に批判されています。しかし少なくとも平安初期に「怨霊信仰」 が存在した(つまり古代人が霊の存在を信じていた)ことを否定する歴史学 者等は一人もいませんね。 (これは100%確信をもって言えますが、私が間違ってますか?) 従って個人的に「霊など存在しない」という「信念」を持つことと、歴史家 として「古代人が霊の存在を信じていた」と考えることとはまったく別問題 であり、多く(と言うより全部)の歴史学者は、「古代人は霊の存在を信じ ていた」と言う前提で歴史を考察しているのです。(井沢さんも、私もその 点ではまったく同じだと思いますが、違っていますか?) ただ井沢さんが主張されている部分についてまで「(怨)霊」的解釈が成り立 つかどうかと言うことは、これも全く別問題でその根拠を個々に検証するの は当然です。 ところが井沢さんは。。。「それを勝手に古代人にあてはめては困る」とか 「わかってない人が多過ぎる」と言う言い方で、あたかも歴史学者が「古代 人の霊信仰」」を否定しているかのように歪曲し批判されていますね。 これなどは、まったく意図的な事実歪曲であり、問題のスリカエによる誹謗 中傷と言うしかありません。 (嘲笑的発言に対して、あえて辛辣に表現しましたが、違っていますか?) で。。。本題ですが、 >>それなのに、なぜ。。。原理を「発見」できなかったのかといえば、実に >>簡単だ。方法論がなっていないからだ。それ以外に考えようがない。。。 >>「なっちゃいない方法論」とは。。。史料至上主義であり、いたずらに >>「霊」を無視した「合理」主義だ それならば。。。まず出雲大社に関する「原理」を検証しましょう。。その 上で「なっちゃいない方法論」かどうかを判断しましょう。。。となります よね。 それでは、この井沢さんの「原理」なるものは、主として何から導き出され たのか? 何度も言いますが。。。 1)750年東大寺大仏殿(15丈強)は、出雲大社より客観的事実として低く 建設された。(あるいは出雲大社は16丈と公称されていたので、それよ り低く建設された) 2)東大寺の様な重要(新国教の神殿)な建物は、本来は国内最大のものと   して建築さるべきものである。 と言う二つの仮説から導き出された「遠慮論」なるものから推理展開された 「原理」の筈です(違いますか?) しかし、1)はまったく「論証されざる単なる仮説」であり、2)も「根拠 のない仮説」であれば、この「原理」は一体どうなるのでしょうか? *どうして貴方には、750年当時に東大寺大仏殿が出雲大社より低かった (あるいは低く建設しようとされた)と分かるのですか? *どうして貴方には、750年当時に出雲大社が16丈であった(と公称されて  いた)と分かるのですか? *どうして貴方は、東大寺建設責任者が自分の国に、自分たちが命じて、自  分たちの神殿として造った(つまり公称したとしたら、自分たちが公称し  たのです)出雲大社の高さを公称どおりと考え、何の確認もしなかったと  考えるのですか?  (当てにならない公称では「遠慮」したことになるかどうかは確信が持て ないはずでしょう?) *どうして、多くの寺院「仏塔」は出雲大社に何らの「遠慮」もせず、東大  寺に至っては(出雲大社16丈とすれば)倍近い(30丈以上)高さで建てら  れたのですか? *どうして最高神「アマテラス」の神殿より、遙かに格の低い氏寺や鹿島神 社等の建物が大きく建てられたのですか? (最高神神殿の伊勢神宮にまったく「遠慮」しなかったのは何故ですか?) (嫌味なようですが、どうして750年当時の出雲大社が「オオクニヌシ」を 主神としていたと分かるのですか? を付け加えても良いのですが。。。) 少なくとも、これらの疑問に明確な回答(説明)が出来なければ、この二つ の仮説は成り立ちません。当然そこから導き出された「遠慮論」も成り立た ないはずです。そうなれば井沢さんの「原理」も立論の根拠を失ってしまう ことは「自明の理」と言わざるを得ません。(違いますか?) この様な「証明されざる原理」によって、歴史学者の方法論が「なっちゃい ない」等と言うのは、トンデモナイ言い掛かりではないでしょうか? また井沢さんが、よく口にされる「史料至上主義批判」について言えば、私 が以上で言った部分のどこに「史料至上主義」があるのでしょうか? 井沢さんだって、歴史学者だって「資(史)料」なしに歴史解釈が出来る筈 がありません。その資料からどういった推理を展開するかの相違があるだけ のことではないでしょうか? なお、「中日ドラゴンズの論理」についても「霊など存在しない」同様の スリカエがあります。これについては、Awajiさんがのべておられますが 。。。(一部補完掲載) ******************************** >>では、たとえば歴史学者が次のように主張したとしょう、・・・ >>「・・・これは歴史学の立場から見て最も信頼できる史料にはっきりと >>書かれているのだから、間違いない。従ってそれ以外の理由はないので >>あって、たとえばタイガース等に対抗して命名されたというのは間違い >>である」これが「中日ドラゴンズ」の論理だ。 TーP31 >>つまり明らかに、この「歴史学者の主張」=「中日ドラゴンズ」は間違 >>っている。では、どうして間違ったのか。第一に、史料だけを絶対視し >>て、他の事情を一切考慮しなかったからだ。 TーP32 と記述してあるのですが、マトモナ歴史学者は先ず絶対にこの様な主張は しないのです。(これは確信をもって断言します) 歴史学は、直接に歴史事象が記述されている「文献史料」を基本として、 当時「ドラゴンズ」は社会的に如何なる意味を持っており、球団の名前と して相応しいものであるかどうか。社長は本当に辰年生まれなのか(つま り故意に曲筆がなされていないか)。当時の中日新聞等にはどの様に命名 に関する記述が有るか(他史料との照合)。当時この名前がファンにどの 様に受け止められたのか(当時の社会的状況との照合)・・等々を検証し、 「直接の命名理由は、社長のエトにあると考えられるが、その決定動機に 『ドラゴンズ=龍=強力な動物』というイメージがある事も否定出来ない のではないだろうか、何故ならば当時のあらゆる状況から見て、社長のエ トがネズミであったとしても、『中日ラット』と命名することは有り得ず ・・・・」と記述する筈です。 つまり井沢さんは、ご自分のイメージにより歴史学者を創造され、その創 造した歴史学者を批判しておられるに過ぎないと思うのですが・・・・? Time : 1999/11/13(土) 12:50:18 ********************************* つまり、井沢さんか言われるような手法の違いなど、実際にはありはしな いのです。違っているのは、井沢さんが「怨霊・言霊信仰」を作業仮説と して、個々の歴史事象を通史的に解釈しようと努力されていること、我々 は白紙の状態から、個々の歴史事象について「怨霊・言霊信仰」的解釈が 可能かどうかを検証しょうと努力していることの違いだけです。 >>完全に間違いであること以外には歴史学者の個人を指して批判していない >>と思うのです。 私には現代歴史学者の「完全に間違い」というような例は思い出せません。 (当時知られていなかった資料が、後に発見されたものであれば、これは別 問題ですが。。。) 私がponnyaさんに申し上げたいのは以上です。とにかくお約束は果たしまし た。これをどう判断されるかは、お任せするしかありません。では。。。 Time : 2000/11/16(木) 00:24:16
Name : HIRO E-mail : Title : リンク発見。 Comments: あ…パンダさんお帰りなさ〜い(笑)。 きっとそういう感じに解釈されたんだろうなぁ…と思ってたんですよ。 でも、ちょっと今は別の話。 大阪JF生さんへ:さっきのコラムというかエッセイというかの話ですが http://www.mainichi.co.jp/eye/kaze/200011/12-1.html にありました。 Time : 2000/11/16(木) 01:06:04
Name : HIRO E-mail : Title : 北の国からその3 Comments: 憂国さんへ: >私だったら目の前にある権力を選びますけどね、、 ふむふむ。私も選ぶと思います。 続けて質問で申し訳ありませんが、その権力を天皇家が持っていた と思われますか?下の部分にも繋がりますが。 >臣籍降下が平安朝以後だ(文献にかいてあるからね)〜 そうなんですよ(なんか嬉しくなってきた)。 もし天皇家が古くからあるのなら、その流れが勢力を持っていても おかしくない筈なんですよね。もしくは「万世一系」を気にするなら 自分の家に養子に入れる形の「臣籍降下」があるはずだと思うんです。 なのに最初は物部系(生駒、平群、葛城など山間部は殆ど物部系)に 抑えられているし、その後も蘇我、藤原と実権持つ家が変わるけど、 天皇家と血縁があるわけではないし… 大和朝廷は力を持っていたと思うんですよ。 でも、天皇って持ってたのかなぁ…と。 Time : 2000/11/16(木) 01:51:51
Name : Ponya E-mail : Title : トンデモ、将棋、感謝… Comments: ## HIROさんへ トンデモの件、了解しました。 私も、と学会のことは職業柄その著作にも目を通しておりましたが、最近いろ んなところで目にするようになった「トンデモ」レッテルに影響されて元の意 味がよく分からなくなってました。 トンデモと言う言葉が一人歩きして本来の意味を超えて解釈されてるという、 つまりこれも、表現上適切でないということですね。 ## Toshyさんへ (ちょっと脱線するかもしれませんが) 私も(昔は)将棋三段でした。指してないので今は…。 将棋とチェスの違い、面白いですね。このような違いはルールの違いで起こる のは理解できるんですが、どちらも歴史のある競技なのでルールを改正される こともあるだろうし、なぜそのように一方は「引き分け」を結果の一つとして 受け止めるようなルールになり、一方は「引き分け」をなるべく排除するよう なルールになったのか、非常に興味があります。 主に日本将棋の「取った駒の再使用」のルールがそのような違いを引き出して いると思うのですが、このルールはインドやタイの将棋や中国の「象棋」には 無く、日本でも平安時代に指されていた「大将棋」や「中将棋」や「泰将棋」 にはありません。現在のようなルールになったのは十六世紀後半以降のようで、 やはりその当時の世相が深く影響しているのではないかと思っています。 ## パンダさんへ お約束どおりお返事(ご丁寧に恐縮です)をいただき感謝しています。 ご指摘されている其々のことすべてに、今すぐに諒解することも納得すること も出来ませんが、私なりにパンダさんがご指摘されたことを受け止めながら、 「逆説」を再読したり反対意見にも興味を持って耳を傾けて少しずつ判断して いきたいと思います。ありがとうございました。 Time : 2000/11/16(木) 03:00:23
Name : 空転 E-mail : Title : 私、単純に質問なのですが..。 Comments: 私、小和田哲男さんの「占術と占星の戦国史」という本を読んだんです。 現在、私の爆発した部屋(笑)の中から探し出せないんですけど、その序文で 「私は信玄や謙信が神仏を信仰していたとしても、それはあくまで、統治術と して利用していた、と考えていた。しかし、どうも本当に信じていたようだ。 考えを改めて、呪術が及ぼした影響を考えることにしたら、こんなに...云々」 様なことが確か書かれていました。くわしくは忘れちゃったんですけど。 私、詳しくないのですが、小和田さんは戦国研究の第一人者ですよね。(この 前のNHK「その時歴史は動いた」の信長の情報戦についての解説者として いらしゃてて、「あ-!この人が-。」と思いました。違ったかな?その時 「第一人者」って紹介されてたから..。) これって、信仰、呪術の無視、ないし軽視(だった)ですよね。 それは別にいいんです。個人の考えだから。問題は構造です。 「先人の意見を否定できない雰囲気」ってあるんですか。 これを言ったのは松本清張さんもそうですよね。それを題材にした短編もあり ますし。 日本はこのパターンが多い気がするんです。私は日本軍をそこそこ知っていま すが、「私はだめだと思っていたが、大本営の議論で逆らえない雰囲気が出来 あがっていた。」と言う参謀は多いんです。 作戦の神様(第一人者)に辻参謀がいますが 「彼が出来ると言えば、しょうがなかった。誰も反対できなかった。」 これがガダルカナルの大惨敗の一因でもあります。 17軍(ガダルカナル方面軍)の杉田参謀はとても口出しできない組織だ と言っていました。 まあ、これほど酷くはないでしょうが、日本の組織にはまだこういう構造が あります。政党なんていい例かも。主流派にだって「森はだめだ」と思って る人、いますよねえ。でも言えない。 「第一人者(先輩?)の言うことは否定できない。(しにくい。)」 あらゆる日本の構造に染み付いているモノがあるかと思います。 問題はこの構造の方です。 日本軍人にはすばらしい人がたくさんいました。正確に戦況を判断していた 研究者もたくさんいたんです。でも「日本は負けるとは言えない。」 「日本軍は階級が上がる程、ばかになる。」はここからきたんだと思うのです。 歴史学の中にもあるんですかねえ。 それだと兵は優秀でも、軍は勝てませんものね。 これは、今でもほんとに見られる日本の構造ですよねえ。 本が見つからないので、先の例は間違ってたらごめんなさい。本は岩波新書 です。本のオビに惹かれて買いました。「信長も怨霊を恐れていた!!」 おもしろそうでしょ。でも論文?でした。(笑) Time : 2000/11/16(木) 03:25:46
Name : Toshy E-mail : Title : 将棋とチェス Comments: Ponya さん、こんにちは。Toshyです。 そうですね、「引き分け」があるのは駒の再利用に関係がありますね。 いわゆるチェスの場合ですと、駒が減ってくる、 最後には止めを刺す駒がなくなって「引き分け」とか、 間駒がないということから連続チェック(王手)で追いかけっこになり、 そこで引き分けるということもあります。 それで、その将棋における駒の再利用ですが、 チェスの起源であるアラビアや現在広く指されているヨーロッパは、 異民族との戦闘が多い地域ですね。色が違うのはそのためです。 ですから捕虜が味方になるということはあまりなかったのではと。 一方の将棋、国内戦がほとんどであった日本の競技ですから、 捕虜も状況次第で寝返ることが多かったのではないでしょうか。 この違いがルールに影響していったのではないかと思います。 これは私個人の考えですが、ここらに詳しい方がいたら教えてください。 ルールの改正とは違いますけど、もともとチェスはアラビアの競技ですから、 クイーン、ビショップ(僧正)、ナイト(騎士)、ルーク(城将)ではなかったのです。 クイーンはたぶん丞相、ルークは戦車、ナイト=馬はまあ、いいとして・・・ ビショップは象でした。ヨーロッパにチェスが輸入されたのは、イスラム帝国の時代。 その影響が特に強かったスペインで、象が僧に変わったのです。 日本語だとシャレみたいですけど、実は事情が同じ。 アラビア語で象をアルフィルといいますけど、 スペイン語ではアルフィルはビショップでした。 #本当に脱線しましたね(笑) Time : 2000/11/16(木) 09:53:31
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : コメントいただき、ありがとうございました。 Comments:  non-rom様、お名前を変えてまでお答え頂きありがとうございました。 また、疑問の一例をあげていただき重ねて御礼申し上げます。 いろんな方から突っ込まれるのがイヤなので あまり発言したくないとおっしゃるなら,残念ですがしかたありません。 この件、返答の必要はありませんが,コメントを少し残します。 小生個人は昔の人がそんなにリジッドに検証されるというのは、あまり 無いように感じております。この点はほとんど感覚のみの問題で、当該の方たちも 決着をつけるまでに至らないと判断されたのでしょう。小生もそう思います。 それで、そんなにきちんとした議論にはならなかったのだと思います。  でも、 >私が井沢先生の本を読んだときには何も疑問に思わないですっと頭に >はいったのですけれど、・・・ という傾向はあるでしょうね。だから批判に耳を傾ける事は 大切だと思っています。今後もいろんな意見が出ると思いますが, 小生自身も勉強させていただくつもりで見て行きたいと思います。  HIRO様,ご理解頂きありがとうございました。 ただ、ご紹介頂いたものは(小生も無節操な毎日新聞なので)目にしたと 思います。内容的にも,実はかなり以前ここで小生が紹介したと思います。 記事内で触れられている本はおそらく  W.Broad、N.Wade著 「背信の科学者たち」化学同人 でしょう。小生は理科系なのでこの類の本は一応目を通しています。 せっかくのご親切を無駄にするような事をかいてもうしわけありません。 ご無礼があったならお許し願います。 Time : 2000/11/16(木) 10:37:22
Name : HIRO E-mail : Title : 科学者の汚い部分。 Comments: 大阪JF生さんへ: やはり読んでらっしゃったんですね。 雰囲気からしてそうなのかなぁ…とは思ったのですが。 >ご無礼があったならお許し願います。 いえいえいえ、滅相もない。 私に関してはフランクにしていただいて一向に構いませんので。 空転さんへ: 北里柴三郎は恩師の説に反論したために帰国後大学に戻れませんでした。 利根川進はそういう日本の大学がイヤで大学院から国外に出たと言ってます。 (まあ、彼の性格も大きく影響してると思いますが…個性強いから。) そういう雰囲気はあるとは思います(うちは無いので何とも言えないですが)。 でも、現実問題として「学会の重鎮クラスの大ボスには逆らえない」ってはあります。 これは別に日本に限りません。外国の雑誌でも大ボスの研究に絡む論文や、過去の 業績が否定されるような論文を排除しようとする大ボスはいっぱいいます。 私が今いる業界は自然科学系なのでさすがに反論は圧殺されませんが、審査を 大幅に遅らせて、その間に自分の子分の論文を先に掲載させるようなことは日常茶飯事です。 他にもそういう大ボスは文部省の学術用予算や、民間財団の助成金の配分にも 関わっているのでお金が回ってこなくなる。だから非主流派になってしまうと 業績も上がらない、お金も無いの状態になってしまう。 だから「触らぬ神に祟り無し」という政治的な行動をとるか、藤村さんのように 「大発見」をして有無を言わさず認めさせるかしないと研究者をやっていけない …そういう部分はどの分野(歴史学含め)でもあると思いますよ。 Time : 2000/11/16(木) 14:15:33
Name : 2m E-mail : Title : 日本将棋について Comments: >「引き分け」をなるべく排除するようなルール 日本将棋にも、「引き分け」はあります。「千日手(確か両者とも同じ手を3度繰 り返す)」。確か「合入玉(王が両方とも敵陣に入る)」もです。他は・・忘れま した。あった気もしますし、無かった気もします。 将棋三段のPonyaさんは知っているかと思いますが、確かに滅多に起こらない事 ですし、ここを見ている人の中には知らない人もいると思うので書いておきます。 殆どの場合で決着が付く、と言う事は、完成に近いシステムを持ったゲームとも言 えると思います。 Time : 2000/11/16(木) 21:25:28
Name : 輔住 E-mail : Title : 本当に築山殿事件は Comments: 真相は闇の中ですね。しかし築山殿に関するがぜネタは 東○ポも裸足で逃げるような内容だ。朝倉義景を頼って 越前にいっただの、浜松にいる家康の側室を 岡崎にいる築山殿がムチでいたぶっただの...。 Time : 2000/11/16(木) 22:54:39
Name : Toshy E-mail : Title : で、引き分けと判官びいきに話を戻すと Comments: まず、ひとつ。チェスでは引き分けも「決着」です。 必ず決着がつくという意味では、 2m様のおっしゃる「完成に近いシステム」だといえるでしょう。 で、引き分けと判官びいきに話を戻すと、「あやふや」と「引き分け」は別物です。 井沢氏が「逆説の日本史5」でいう「和」とは、 「まあいいじゃないか」と勝敗をうやむやにするようなものです。 しかし引き分けというのは、 両者力を出しそれでも勝負がつかない状態であって、 「和」と同列扱いすべきものではないと思います。 遊びの将棋で「時間がないから引き分けにしよう」というのと、 チェスのチャンピオン戦で「双方とも駒がなくなって引き分け」では、 意味が違っていることをおわかり頂けるでしょう。 サッカーでもルールによっては延長戦をせず引き分けを採用するものもありますが、 それは「和」の思想ではありません。 井沢氏の論だと、これを一緒にしている(ように見える)のであり、 この掲示板でも学会などでもツッコミが絶えないのはそのためなのです。 >引き分けでは何もやらなかったのと同じ という井沢氏の考えが大いに間違っていることは、 チェスが近々オリンピック競技になるという事実でも証明されます。 Time : 2000/11/17(金) 00:02:02
Name : とんぼ E-mail : Title : 戦国時代は人気ない?? Comments: 輔住さん、ありがとうございました。 この掲示板では戦国時代の人気はイマイチのようですね。 #それとも、築山殿事件がマイナー過ぎるのかなー。。 私は戦国のリアリズムと日本教のアンチリアリズムを、 井沢先生がどのようにブレンドさせてゆくのか。。 とても楽しみにしています。 Time : 2000/11/17(金) 01:12:28
Name : とんぼ E-mail : Title : レーティングと段位 Comments: Toshyさん、はじめまして。 私は井沢ファンですが、よろしくお願いします。 チェスのことで2,3質問させてください。 チェスは引き分けが多いとのことですが、 世界チャンピオンはどのように決めるのでしょうか? 複数いるのでしょうか? ところで、 将棋には段位というものがあります。 ただし、これは現在の実力を表している訳ではありませんね。 過去も含めた実力です。 #半分、顕幽分離状態です。 現在の実力を示すものが(例えば、名人戦の何部リーグに所属しているのか) ありながら、棋士を紹介するときは概ね段位が用いられます。 チェスにはレーティングといって、 現在の実力を数値で表現するものがあるそうですが、 これ以外の方法で実力を表現する方法がありましたら教えて下さい。 井沢先生の主張は引き分けの有無ではなく、 レーティングと段位の違いのようなものではないでしょうか? > チェスが近々オリンピック競技になるという事実でも証明されます。 それは知りませんでした。 決勝戦で、引き分けの場合に両者に金メダルを贈呈することになったら、 井沢先生の主張は説得力を失うでしょうね。 Time : 2000/11/17(金) 01:14:31
Name : 2m E-mail : Title : HIROさんへ Comments: いきなりですみません。つかぬ事をうかがいます。・・最近の気分はどうでしょ うか。 Time : 2000/11/17(金) 01:24:06
Name : 憂国 E-mail : Title : 一応、元、高校球児として、 Comments: 中国人は、喧嘩した時に、後ろをむいて逃げ出す事が一番嫌われるら しいです、堂々と前を向いて戦いきる、こうして初めて男同士の友情 がめばえるとのことです、(あくまでも中国人同士ですが)  戦わないことは、もってのほか、やはり戦いにあけくれた民族の血の せいなのでしょうか、戦い抜いたもの同士が分かり合えるという意識 は国を超えて共通なものなのではないのでしょうか、人を殺す(倒す、 ゲームに勝つ)事だけに喜びを感じる人間など、よっぽどのサディスト か変質者で大体はゲームにしろなんにしろ、力の拮抗したもの同士が 力を出し切ったうえでの引き分けならば悔しさが残るにしろ、満足できる ものなのではないのでしょうか、 細かいつっこみなのでしょうが、「引き分けでは何にもならない」という のは、強引ですね、(どういう文脈からかわかりませんが) 2m様、HIRO様、 前回は泥酔のうえでの書き込みでして、めちゃくちゃで、大変失礼いたしま した、2m様に対しては、日本人がナショナリズムに対して「過剰反応」という ことで、アメリカの左翼的な緑の党の支持者にして、ナショナリズムはあたりまえ とのことでしたので、、、、質問、というわけではなかったのですが、 失礼しました、、、今回もちょっと泥酔ぎみなのでHIRO様、、、 御返事は、次回にさせていただきます、、、、 Time : 2000/11/17(金) 01:36:18
Name : 憂国 E-mail : Title : 酔っ払いついでに Comments: 日本人って結構、勝敗にこだわる事が多いいように感じるんですが (サッカーはこの間まで、PKまでしていたし、プロ野球もセリーグ はちょっと前まで延長無制限だったし) 歴史的になにかあるのでしょうか、、、、、。 Time : 2000/11/17(金) 01:45:45
Name : 空転 E-mail : Title : お返事ありがとうございました。 Comments: HIROさま。 本も見つかりました。 「占術と占星の戦国史」新潮選書でした。 著者は小和田哲男さんです。やはり戦国史研究の第一人者ということです。 序文で 「..特に呪術にかかわる事柄に関しては、私自身、あまり、占いとかまじない とかを信じてこなかったこともあって、頭から「眉唾だ」と否定してかかる 傾向にあった」 そして本の最後では 「....こうした事実は、なかなか史料にのこりにくい。 そのため、真正面から論じられることが少ないわけであるが、実はこのような 事柄が日本史を動かしていたのではないだろうか。..」 と結ばれております。1998年2月25日初刊。 オビも 信長「でさえ」怨霊を恐れていた! でした。(笑) Time : 2000/11/17(金) 02:28:18
Name : Toshy E-mail : Title : チェスと金メダル Comments: とんぼさん、こんにちは。 チャンピオンはほとんどの場合、リーグ戦で決めます。 勝ち=1点、負け=0点、引き分け=0.5点で、 最もポイントの高い人がチャンピオン、と言うことになるのです。 ですから当然、同率優勝でチャンピオンが複数ということもあるのです。 これとは別に、ボクシングで言う「XXチャンピオン」に相当するものもあり、 その決定戦には引き分け再試合、と言うことがあります。 >引き分けの場合に両者に金メダルを贈呈することになったら 体操競技でしたか、金メダルが複数名ということがありました。 ですから「判官びいき」に関する井沢氏の論はすでに説得力を失っています(笑 なお、チェスの力量はご存知のレイティングが目安ですが、 日本では段位もあることはあるます。紹介ではこちらを使います。 他には特にありません。 憂国さん> >日本人って結構、勝敗にこだわる事が多いいように感じるんですが 私もそう思います。 ここの議論を見ても、相手をへこませるまで?がんばっていますから(笑 それはさておき、高校球児だったのですか。 ちょうど井沢氏が高校野球と判官びいき?の関係を書いているので、 ご紹介いたします。 >たまに決勝戦で18回延長でも勝負がつかず再試合などということになると、 >「どちらも優勝にしろ」という世論が盛り上がる 井沢氏はどうも、高校野球にばかり「和」の思想を求め、 大リーグばかりに「日本以外では勝敗をつける」事情を見ているようです。 Time : 2000/11/17(金) 10:12:06
Name : パンダ E-mail : Title : 武家と怨霊信仰。。。 Comments: パンダです。ponnyaさんへ。。。チョット気になって覗いてみました。 おっしゃるとおり、一つの参考意見としてお考えいただければ結構で す。これからも気が向いたら覗いてみますので、何なりとご尋問(?) 下さい。 空転さん(おひさしぶりです)へ。。。 >>信長「でさえ」怨霊を恐れていた! あるいは、そう言ったお気持ちはなかったかも知れませんが、ご紹介 頂いた小和田哲男さんのご意見は、私が申し上げた。。。。 >>多く(と言うより全部)の歴史学者は、「古代人は霊の存在を信じ >>ていた」と言う前提で歴史を考察しているのです。 に関する反証的ニュアンス(?)があるかと思いますので、チョット だけ申し上げておきます。 中世人(特に武家階級)が「霊の存在」とりわけ「被虐的死者」の 「怨霊」をどのように意識していたかは、明らかに歴史・宗教学者の 見解が分かれるところだと思います。 私自身も、武家の慣習に反して自分の命を救ってくれ、人物のスケー ルの大きかさら言っても大怨霊の資格充分な「清盛」の子孫達を、草 の根分けても皆殺しにしょうとした(かつ自分の連枝も皆殺しにした) 「頼朝」が、これをどのように意識していたか。。。? (彼が神仏を信じていたことはまず間違いないのですが) また、これも人物のスケールから大怨霊たる資格充分の「頼朝」の子 孫達を根絶やしにした「北条一族」が、これをどのように意識してい たか。。。? 正直言って良く分からない。。。と言うより否定的に考えざるを得な いのではないかと思っています。 これが、さらに殺戮に明け暮れ、敵対者の子孫を絶つことを常態とし ていた戦国武将にいたっては。。。? と言うところです。 (彼等の多くが自己の守護者としての神仏を信仰していたと言うことは、 ほぼ間違いないと思うのですが) ありていに言えば。。。「死者の怨念」よりは「生者の怨念」の差し 迫った復讐(祟り?)の方が恐ろしい。。。という武力集団のリアリ ズムかも? ただ「被虐的死者」を「神」とすることで、その祟りを封じるという 意味での狭義の「怨霊信仰」は、彼等に見られないように思います。 それから憂国さんへ。。。 >>臣籍降下が平安朝以後だ(文献にかいてあるからね)とかんがえる >>のがそもそもおかしいのでは? どのような「文献」かは、知りませんが。。。ご存じのとおり、 多・阿部・毛野・息長・平群・紀・円・蘇我。。など多くの皇別古代 氏族は大王(天皇)家から分かれた広義の「臣籍降下」氏族と信じら れていました。 奈良朝においても淡海・高階。。。など極めて多くの「真人」賜姓氏 族は同様に「臣籍降下」氏族です。 Time : 2000/11/17(金) 12:41:46
Name : 腐儒 E-mail : Title : 確かに武士は Comments: 怨霊をそれほど恐れてはいませんよね。 「平家物語」は鎮魂要素がありますけれども、制作したのはむしろ 公家の側の人間と言われていますしね。 武士にこのような公家的な考え方が入り込んでくるのは、 徳川綱吉以降かもしれません。 「逆説の日本史」を読んで最近私が感じるのですが 井沢先生は中世日本史に強く出てくる「自力救済」の思想を 過小評価しているようにも思えます。 南北朝・室町時代の混乱は自力救済が余りにも前面に出たためですが、 井沢先生は指導者の無策にしか原因を求めていませんね。 これは現代評論に歴史が引きずられすぎだと思います。 もちろん足利義政の無策や足利尊氏の優柔不断も混乱の大きな原因ではあります。 Time : 2000/11/17(金) 12:59:25
Name : 腐儒 E-mail : Title : 自力救済は Comments: 「和」の対立概念かもしれません。 内側には「和」外側には「自力救済」と言う形になることも多いですけれどね。 「和」に反するように見える日本史の事象は、これで説明が出来るかもしれません。 Time : 2000/11/17(金) 13:01:47
Name : 腐儒 E-mail : Title : 受容と排除 Comments: 一度中に入れたらその中ではとことん「和」でいくけれど、 その外に対しては徹底的に排除する、そういう所が日本人にはありますよね。 土一揆、国一揆、一向一揆はまさしくそうですね。 内部は徹底した和と平等で固めた上で、外部に対しては生きるか死ぬかの闘争をくりひろげる。 相手が自分より上の場合は権利を認めさせる。 相手が自分と同等か下の場合は、かなり苛烈な私的制裁を加える。 隣村に村人が殺された場合、報復合戦のために住民を平気で殺しあったりしていますからね、室町時代には。 そこには怨霊思想は微塵も見られないですね。 しかしどうでしょうか、例えば同じ村の中で不本意ながら殺人が行われたとしたら、 その怨霊は恐れたのかもしれません。 チェスのことですが、外国の引き分けは同等の力を認めるからでしょうが、 日本の場合は「これ以上戦うのは嫌だから」と言うことで戦うこと自体を忌避する のが理由となっている点が違うのではないでしょうか? 日本の場合内部の「和」を守るための外部に対する闘争と言うのは むしろすさまじいくらい強いのかもしれませんね。 それと、日本人は決められたルールと範囲の中での競争に強いと良く言われますよね。 その決められたルールと範囲の中での競争はかなり熾烈で仁義無き戦いになる。 でもその決められたルールと範囲を守るためには和が適用されて、 それを壊そうとするものに対してはどんな手段を使っても戦う。 貿易の自由化とか規制緩和などで問題になっているのはこの点でしょうか。 Time : 2000/11/17(金) 17:25:51
Name : 空転 E-mail : Title : なにか難しいことらしいですが Comments: 本を読んで「戦国研究の小和田さんはこういう考えで最近まで研究してたんだ」 と素直に感じたこと、NHKを見て「こんな人かあ。(好印象)」と思ったこと そして私の場合、大平洋戦争から感じたことでして。 最近はこう感じました。 日本の主力戦車は97式。アメリカはM4シャーマン。ドイツは4号戦車H型。 ソ連はT-34ロジーナ。それぞれ、設計思想もちがえば様式もちがう。 それを「戦車なんて世界で創られている。同じだ。」って言うと問題があるなあ、 って思うことがありました。 同じとこ探せば当然、いっぱい出てくる。むしろ、違いは狙いの方。 今はこれを考えてるんです。 かっこよく書くと「真珠湾の時のアメリカ空母避難説」(笑) (もちろん、私の中だけで..) 来年はディズニィーが「真珠湾攻撃(パールハーバー)」の映画を封ぎるらしい ので、きっと、いろんな本で真珠湾はとりあげられるでしょう。 (映画「トラ、トラ、トラ」は凄かったなあ。) う〜ん、先取りだ。(笑)(お金も無くなりそう。) ここで書く内容ではありませんでした。失礼しました。 Time : 2000/11/17(金) 18:51:14
Name : HIRO E-mail : Title : ??? Comments: 2mさんへ: ???ごめんなさい、よくわかりません。 昔、2mさんとの話の途中で私がいなくなってしまったことでしょうか? Time : 2000/11/17(金) 19:11:20
Name : 2m E-mail : Title : HIROさんへ Comments: いいえ。ただ、最近のHIROさんの精神状態を知りたくなっただけです。 深読みする必要はありません。それだけです。 Time : 2000/11/17(金) 20:22:41
Name : Ponya E-mail : Title : 想像ですが… Comments: ## とんぼさんへ はじめまして、こんばんわ。 築山殿事件は歴史上マイナーな出来事でも、家康の人間像や組織を語る上で触 れないわけにはいかない事件だと思います。ただ、事件の性格上正確な記録は 残りにくい(必ず事実は隠される)ために諸説入り乱れていて、どれが正確と いうか、どちらが「感情的に納得できる」かといった主観的判断に頼ることに なりますね。 私は、戦国時代の人物というのは当然多くの「影武者」がいたはずで、その存 在も無視できないものと思っています。隆慶一郎さんの小説は極端な例として も、ただ容姿が似ているだけ(の影武者もいただろうけど)ではなく、相当に 本人に近い資質を求められた場面も当然あったと思います。そのような事情が 「影」の言動があるいは「本人の言動」として残っているような事象も少しは あるのでは?なんて考えてしまいます。 ## 2m さんへ (脱線の続きです・・) はじめまして、こんばんわ。補足していただいたので、ついでにもう少し… 将棋の引き分けは「持将棋」といいまして、引き分けを結果とするのではなく 先手後手入れ替えの上再試合を行うのが普通で、膠着状態を打開する為の手段 として採用されるのが主で、チェスの引き分けとは厳密には違っております。 簡単にいえば「仕切り直し」ですね。後手側があえて「千日手」を目指して 「先後入れ替え」を狙うのも一つの作戦ですね。先手側はそれこそ先手の利を 失うことになりますので当然それを避けようとします。結果的に局面が打開さ れて持将棋そのものが少ないことになります。 腐儒さんの意見にあります「これ以上戦うのは嫌だから」なども多分にあって、 日本人は泥仕合(結果が出そうにないことを続ける)を嫌う面があって、新し く戦いを始めるのは多いに良しとする、と言えるのかもしれません。 Time : 2000/11/17(金) 21:32:14
Name : とんぼ E-mail : Title : Toshyさんへ Comments: チェス情報ありがとうございます。 さて、(いきなり本題ですが。。) *勝ち負けを決めることができない *勝ち負けを決めて欲しくない この両者は区別すべきものだと私は考えています。 > 体操競技でしたか、金メダルが複数名ということがありました。 > ですから「判官びいき」に関する井沢氏の論はすでに説得力を失っています(笑 という訳で、この批判は妥当でないと感じています。 ロス五輪(はるか昔の話ですね〜)でも、 水泳でアメリカの選手が同タイムで金メダルを分け合いました。 水泳は1/100秒単位で測定し、 陸上は1/1000秒単位で測定しますが、 これは勝敗を付けて欲しくないのではなく、 プールをミリ単位で作ることができないという技術的な問題に由来しています。 > ですから当然、同率優勝でチャンピオンが複数ということもあるのです。 そうでしたか。 チェスで世界チャンピオンが複数いることは、 当たり前なわけですね。 > ここの議論を見ても、相手をへこませるまで?がんばっていますから(笑 横レス失礼。。 でもこれに該当する人って、Toshyさんの師匠だけでは??(笑 Time : 2000/11/17(金) 21:35:47
Name : HIRO E-mail : Title : ????? Comments: 2mさんへ: なんか、気がついたことでもあるんでしょうか??? もったいぶらないで書いてくださいよ〜。 Time : 2000/11/17(金) 21:37:24
Name : とんぼ E-mail : Title : Jリーグの勝ち点制度について Comments: 憂国さんへ。 > 日本人って結構、勝敗にこだわる事が多いいように感じるんですが > (サッカーはこの間まで、PKまでしていたし、プロ野球もセリーグ > はちょっと前まで延長無制限だったし) う〜ん、どうでしょうかね〜?? むしろ、日常生活で勝敗が付かないことが多いから、 非日常の世界では勝敗を付けたがる。。そういう感じではないでしょうか? Jリーグ発足当時、PK戦までして決着を付けていたのですが、 ここには「判官びいき」の要素はありません。 しかしながら、その後「PK負け」に勝ち点1を付けるようにしました。 これはまさしく「判官びいき」です。 延長・PK戦する価値を台無しにする改悪でした。 その時に、この歪なJリーグ制度を悪用するチームがあって、 延長に持ち込むような試合をするようになりました。 つまり、ゲームの質が落ちました。 そして、ゲームの質を落とさないようにする為に、 現在のとんでもない勝ち点制度になっている訳です。 従って、現在の制度は「判官びいき」による改悪をごまかすための 過渡的な制度だと思います。 遠からず、延長はなくなる。。そう、私は見ています。 Time : 2000/11/17(金) 21:38:07
Name : Toshy E-mail : Title : れすれす Comments: >腐儒さん、とんぼさん どもども、こんにちは。Toshyです。 わしの言葉が足りませんで、誤解させてすみませんでした。 井沢氏の言葉が違うのではないか、というのは、 >(外国では)とことん勝負にこだわる。大リーグでも引き分けはない。 >...(略)「引き分け」では結局何もやらなかったと同じことになる。 という点です。ご指摘のように、水泳でも金メダルを分け合ったことがあって、 再試合で決着をつけたのではありませんでした。 「引き分け」も結果のうちであり、「何もしないのと同じ」ではないということです。 それで腐儒さんが論じている、 >日本の場合は「これ以上戦うのは嫌だから」と言うことで戦うこと自体を忌避する >のが理由となっている点が違うのではないでしょうか? には、私もまったく同意見なのです。 問題は、「判官びいき」と「引き分け」は無関係のものであり、 しかしそのような強引な書き方のため師匠・・・・じゃなくて(笑) パンダさんのように猛烈な方が出てくる、ということなのですね。 なお、パンダさんと私は何の関係もありません。(ほんとです) パンダさん、わしの師匠にさせてしまい申し訳ありませんでした。 Time : 2000/11/17(金) 23:52:06
Name : とんぼ E-mail : Title : Ponya さんへ Comments: 初めまして。そして、レスありがとうございます。 > 築山殿事件は歴史上マイナーな出来事でも、家康の人間像や組織を語る上で触 > れないわけにはいかない事件だと思います。 御意!! Ponya さんは真犯人を誰だと考えていますか? > 私は、戦国時代の人物というのは当然多くの「影武者」がいたはずで、その存 > 在も無視できないものと思っています。 影武者の存在性・有用性を否定する人は少ないと思いますが、 歴史的な意義・活躍についてはどうなんでしょうか? あんまりないような気もしますが、 私にはコメントする能力がありません。。無念。。 Time : 2000/11/18(土) 00:29:57
Name : とんぼ E-mail : Title : 了解です Comments: > わしの言葉が足りませんで、誤解させてすみませんでした。 > 井沢氏の言葉が違うのではないか、というのは、 >> (外国では)とことん勝負にこだわる。大リーグでも引き分けはない。 >> ...(略)「引き分け」では結局何もやらなかったと同じことになる。 > という点です。ご指摘のように、水泳でも金メダルを分け合ったことがあって、 > 再試合で決着をつけたのではありませんでした。 確かに、井沢先生の言葉は過激??な所もありますね。 このHPでも > 歴史では南朝は滅び北朝が勝利を収めた。 > だからこそ、ちょうど源氏物語のように南朝は正統でなければならないのだ。 なんて表現があって、「?????」って思います。 「弱者優遇」は常に行われているのではなく、 「余裕のある時」だけ行われているのだから、表現としては不正確ですよね。 体操や水泳で決着をつけないのは、 *滅多に起きないこと *その事によって、大会主催者・選手に負担をかけたくない という2点が理由であって、 「勝敗を付けたくないから」ではありません。 ところで上記の井沢先生の言葉の出典を教えて下さい。 > 「引き分け」も結果のうちであり、「何もしないのと同じ」ではないということ> です。 私もそう思います。 > 問題は、「判官びいき」と「引き分け」は無関係のものであり、 確かにそうなのですが。。 共通点もありますし。。適当に割り引いて考えればいいんじゃないの〜?? な〜んて思います。 Time : 2000/11/18(土) 00:33:17
Name : とんぼ E-mail : Title : 下のコメントは、 Comments: Toshyさんへの返事です。 Time : 2000/11/18(土) 00:34:30
Name : 腐儒 E-mail : Title : 全て当然のこと・・・ Comments: 歴史学では全ての事象はその当時の社会状況からして当然な合理的なこと,と説明しがちですが。 藤森氏の捏造事件や,平成不況下における企業の倒産 太平洋戦争当時の帝国陸軍の行動も すべて当時の組織と社会の状況下では当然のこととしてやがて説明されてしまうのでしょうか? 多分歴史学は説明してしまうでしょう。 その当時の状況下では,陸軍参謀はそのような行動をせざるを得なかったと。 しかし・・・それは本当に正確な歴史認識なのでしょうか? 「逆説の日本史」はそのような歴史学の穴を埋めてくれr巣のではないか?と私は期待しています。 Time : 2000/11/18(土) 05:21:22
Name : 腐儒 E-mail : Title : 訂正 Comments: (誤)藤森氏 (正)藤村氏 Time : 2000/11/18(土) 05:22:51
Name : Ponya E-mail : Title : とんぼ さんへ Comments: おはようございます。Ponyaです。 >影武者の存在性・有用性を否定する人は少ないと思いますが、 >歴史的な意義・活躍についてはどうなんでしょうか? ほとんどが使い捨て的な存在だったとは思いますが、中には歴史に影響を 与えるような存在もあったのでは?と…まぁ想像している程度ですね。 >Ponya さんは真犯人を誰だと考えていますか? 一緒に書いてしまったので、いかにも「影」が犯行に関わっているかの ように想像していると紛らわしさを感じられたかもしれませんが、この 場合は関係ないですね。すみません。 で、犯人ですが私はやはり、峻烈な家臣団の一人が松平家を思うあまり 犯行を企てたというのが心情的に納得がいくような気がします。 首謀者はやはり(全然面白くも何とも無いですが)酒井忠次でしょう。 そして、それはたぶん信長の命令とは関係なく行われたのではないか と思っています。晩年に僧籍に身を置いたのもこれと関係があるかな? などとも考えております。でもこれ、やっぱり面白くないですね。 Time : 2000/11/18(土) 05:38:10
Name : 2m E-mail : Title : HIROさんへ Comments: ちょっと気になる事があるだけです。勘違いかも知れません。・・最近の気分を 教えてもらえたら、多分理由を書きますので、お願いします。 Time : 2000/11/18(土) 09:51:38
Name : とんぼ E-mail : Title : 早起きですね〜 Comments: Ponyaさんへ。 >> Ponya さんは真犯人を誰だと考えていますか? > で、犯人ですが私はやはり、峻烈な家臣団の一人が松平家を思うあまり > 犯行を企てたというのが心情的に納得がいくような気がします。 > 首謀者はやはり(全然面白くも何とも無いですが)酒井忠次でしょう。 > そして、それはたぶん信長の命令とは関係なく行われたのではないか > と思っています。晩年に僧籍に身を置いたのもこれと関係があるかな? > などとも考えております。でもこれ、やっぱり面白くないですね。 信長は無関係。 家康は酒井忠次に乗せられた(もしくは、乗った)。。 そういう感じでしょうか? 誰が真犯人であれ、信長と家康の関与の具合を知りたいですが、 やっぱり資料にはないんでしょうね。。 天下人の正妻と嫡男殺害事件なのにあまり残っていないということは。。 やはり、徳川家の恥部なので消されてしまった。。 そんな所かも知れませんね。 Time : 2000/11/18(土) 14:34:01
Name : 輔住 E-mail : Title : とんぼさん、Ponyaさん Comments: 酒井忠次が首謀者という説ですね。可能性はあると思います。 少なくても岡崎と浜松でギクシャクしたものがあったんでしょうね。 史料では家康は悲劇の犠牲者ですからね。それに同盟関係はこの当時 信長も家康も必要と考えていたのでは?武田との関係上。 ただ同盟ですから2人ともいつまでも続くものと考えていたかは...わからないですね。 Time : 2000/11/18(土) 17:58:16
Name : みず E-mail : kouta@pg.highway.ne.jp Title : パンダさんへ Comments:  こんばんは。パンダさんの言っておられた内容に少し疑問があるので、少し書かせてください。パンダさんは、 > 従って個人的に「霊など存在しない」という「信念」を持つことと、歴史家 >として「古代人が霊の存在を信じていた」と考えることとはまったく別問題 >であり、多く(と言うより全部)の歴史学者は、「古代人は霊の存在を信じて >いた」と言う前提で歴史を考察しているのです とおっしゃられ、井沢先生を >ところが井沢さんは。。。「それを勝手に古代人にあてはめては困る」とか「わ >かってない人が多過ぎる」と言う言い方で、あたかも歴史学者が「古代人の霊信 >仰」」を否定しているかのように歪曲し批判されていますね。これなどは、まった>く意図的な事実歪曲であり、 問題のスリカエによる誹謗中傷と言うしかありませ >ん。  と批判されていますが、僕はそれはちょっと違うんじゃあないかと思います。 何故なら、井沢先生自身が他のところで、多くの歴史学者が「怨霊信仰は平安時代から」と考えていることにつ いて、批判されているからです。従って、当然井沢先生は、歴史学者が、少なくとも民衆について「霊の存在」 を信じているという前提に立っていることは分かっておられるはずです。僕の解釈では、ここで「古代人」と言 っているのは、何も民衆のことも含めて言っているのではなく、政治を動かしうる地位にあった「古代人」が、 霊を「本気で」(統治の手段としてではなく)信じていたかということではないかと思うのですが、どうでしょうか。 Time : 2000/11/18(土) 19:01:36
Name : Toshy E-mail : Title : 酒井忠次 Comments: が信康殺害の黒幕、と言う説は、新田次郎著「武田勝頼」の3巻にありましたね。 とんぼさん> >適当に割り引いて考えればいいんじゃないの〜?? なるほど。そのようなものでしょうか。 わしは師匠(パンダさんじゃないですよ)と似ていてなかなか「適当に」とはいきませんが、 確かに「まったく無関係」は私も言い過ぎでしたね。 なお、言葉の出典は「逆説の日本史5」の中の、義経不死鳥伝説のくだりです。 では皆様、ごきげんよう! Time : 2000/11/18(土) 19:15:03
Name : とんぼ E-mail : Title : Toshyさんへ Comments: レスありがとうございます。 >適当に割り引いて考えればいいんじゃないの〜?? 昨日、酔っ払っていたせいか(今も酔っ払いですが。。)、 かなりなれなれしい発言になってますね。失礼しました。 > なるほど。そのようなものでしょうか。 > わしは師匠(パンダさんじゃないですよ)と似ていてなかなか「適当に」とはい> きませんが、 お師匠さんの件については、こちらも混乱していて失礼しました。 逆説の日本史の表現は確かに問題点が多いかも知れません。 字句通りに読めば、確かにパンダさんの発言のようになります。 でも、パンダさんの解釈を読むと、結構新鮮な衝撃を受けます。 こんな風に読むこともできるのか。。と。 ただ、私のような凡人に対しては、あのような書き方の方が、 分かりやすくてよいのも事実です。 私が日常接する外国人は欧米、中国、韓国ですので、 「世界の常識」というと、彼らの行動パターンしか想像できないですし。。 それから、逆説の日本史を完成されたものとして扱うのもどうかと思います。 日本人の宗教観が目的だと思いますが、やっとその輪郭が見えてきたという 程度ではないでしょうか? ところで、最近の連載にありましたが、 私も「ちょっとクドイ」と感じている一人です。。 Time : 2000/11/18(土) 22:33:43
Name : 憂国 E-mail : Title : 歴史は物語、、、 Comments: 資料はあくまでも資料であって、解釈は自由であってしかるべきかと思います、 HIRO様へ、 途中パンダ様より文脈にあまり関係ない細かい突っ込みがありましたが、要するに わたしのいいたいことは、それぐらいたくさんの傍流があって、500年とい う途方もない時間経過の中での、(情報速度からしてみれば今の時間経過の数十倍と も考えられるわけでして)「万世一系」というものが、果たして文字どうりのもの なのか、という一点なんですけど、、、、あの方にはどうも突っ込み癖のような ものがあるのでしょうか(さも解ったように、偉そうに) ま、そんな事はいいのですが、天皇に力が古代においてもあったのだろうかという てんですが、私はそれ以前に、天皇に値する地位が果たしてあったのだろうかと 疑問に思っていますので、ちょっとわかりませんね、、、、、すみません、 上にも書きましたが、私は韓国や中国が歴史事実を捻じ曲げて自国に都合よく 解釈する事に対して一定の理解を示します、(大反対なのは言うまでもなく) 国益やその国の事情を考えたとき、使えるものは何でも使う、卑怯 であっても気にしないしたたかさといいますかたくましさみたいなものが、ある意 味うらやましくも感じてしまうのです、(これがまかり通ってしまうのは、むしろ わが国の腰抜け外交に問題があるとおもいます) 客観的事実を捻じ曲げてまでも、とはいいませんがある事実に対しての解釈は自国 にとって都合のいいように解釈することはあたりまえで、その点から考えれば 古代のわが国の支配者がれきしを都合のいいように改竄したとかんがえるのは 至って自然かと思います(現在でさえ他の国にもおおくみれますし) 要するに歴史は物語であってしかるべき、細かい検証は好きな方がエンターテイメ ントとしてやってもいいし、戦争で負けている訳ですから戦略的意味での検証は 国がきっちりやればいいのです、、、、 こう考えた時わが国は1億総歴史学者とでもいいましょうか、皆、評論家にでも なったつもりでああでもない、こうでもないとやる、、、、、 歴史はもっとわかり易くたのしいものであるべきで、必要以上に煽れとはいいませ んが、わが国に一番足りないナショナリズムを喚起してくれるものであって欲しい と思うのですがこの辺の部分がわが国には一番欠けているように感じられます、 何か、歴史学というよりは、生物学のような味気なさを感じるのは(細かい突っ込 みなどをしている方をみますと)わたしだけでしょうか、、、、。 Time : 2000/11/19(日) 00:13:50
Name : パンダ E-mail : Title : どうしましょう? Comments: パンダです。みずさん(はじめまして?)へ。。。。 いうまでもなく、歴史学者が認めている「平安初期の怨霊信仰」の主体は 「古代支配階級」ですね。 これ以上いえば。。。「クドイ」といわれるし、いわなければ「ニゲタ」 といわれるでしょう。。。これ以上ご説明する必要があるでしょうか? 必要があれば、そもそも「怨霊信仰」とは。。。からクドクご説明いたし ますが。。。? Time : 2000/11/19(日) 00:23:09
Name : 憂国 E-mail : Title : とんぼ様へ Comments: レス有難う御座います、 >>う〜ん、どうでしょうかね〜?? いわゆる見解の相違ですから、いいとして >>むしろ、日常生活で勝敗が付かないことが多いから、 >>非日常の世界では勝敗を付けたがる。。そういう感じではないでしょうか? そういう面も多分にあるのでしょう、 つずけていいますと、日本人の勝負弱さってこのことにも関係があるとおもった りもするのですが、つまり、勝敗を気にしすぎる大衆の目があるから必要以上に プレッシャーを感じてしまうとか、、、どうでしょう、。 Time : 2000/11/19(日) 00:24:48
Name : とんぼ E-mail : Title : くどい。。 Comments: パンダさんへ。 「くどい」というのはパンダさんのことではなくて、 井沢先生の記述のことです。 Time : 2000/11/19(日) 01:25:15
Name : とんぼ E-mail : Title : というわけで。。 Comments: > 必要があれば、そもそも「怨霊信仰」とは。。。からクドクご説明いたし > ますが。。。? というわけで、「クドク」ても「くどくなく」ても私は一向に構いません。 面白い内容ならば、横レスさせてください。 Time : 2000/11/19(日) 01:35:16
Name : パンダ E-mail : Title : 誤解をお詫びします。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 「クドイ」については私が誤解していました。お詫びします。 (実は私の意見は、自分ながらかなりクドイと思っているので。。。) 「怨霊信仰」については、みずさんのご意見に関して必要があれば、申し上 げますが。。。おそらく必要ないと思います。 なお、我々の「怨霊信仰」に関する考えは、今までにも言ってきましたので、 一部繰り返しになるかも知れませんが。。。もしみなさんからご疑問があれ ば、別の観点からあらためて纏めて見ます。 (かなり基本的批判になりますので、正直いってあまり気が進みません) Time : 2000/11/19(日) 12:25:28
Name : 2m E-mail : Title : 憂国さんへ Comments: >韓国や中国が歴史事実を捻じ曲げて自国に都合よく解釈する事に対して一定の理 解を示します ・・・ただ度が過ぎると、本当の意味での友好関係は築けなくなります。誰だっ て、自分の事を悪く言われたくないですしね。悪く言われると、幾ら正当な意見と しても、無視したり強弁したくなりますよね。・・それを踏み越えた時に、本当の 意味での友好関係が築けると思います。「事実を事実と認め、虚実を虚実と認め る」のは、難しい事の様ですが。 それと、歴史を覚える際に最も必要なのは「鵜呑みにさせず、割引いて教える 事」だと思います。ナショナリズムを起させるのは、韓国・中国の様に曲解させた 歴史からではなく、様々な伝統行事や文化、もしくは割引いた歴史から教えた方が 良いと思います。その方が思考の偏りが少なくなり、ナショナリズムを無闇に大き くさせず、また暴走する危険性が格段に落ちると思います。・・どちらにしても現 状は、「最低な教育」の様ですが。 Time : 2000/11/19(日) 13:31:11
Name : ペンネームK E-mail : Title : とんでとんで Comments: BBSのコーナーをあちこちとんで失礼しています。 何か、フォーラムのコーナーが全然更新されておりませので、 何となくクリスタル、失礼しました、 何となくこちらへ飛んできてしまいました。 先日、逆説の日本史の第8巻が店頭に飾られていましたので 即購入し、一読しました。 週刊ポストはそれ目当てに毎週購読していますが、 通して読むとまた違うものです。 さて、幾つか議論が出ていましたが、 まず、「逆説」シリーズがいわゆる「トンデモ」物の たぐいであるという意見がかなり出されています。 私はこう見えても(?)幼い頃、 古事記や日本書紀や大鏡や源平盛衰記をかなり読みました。 また聖書や春秋左氏伝も読みました。 そのため、学校で教えている歴史教育が 非常につまらなく感じていました。 これについては、以前に 日教組とマルクス主義による歴史教育の弊害であるとの趣旨を 井沢先生が指摘された時に 非常に感銘を受けました。 平たく言えば、スッキリしました。 いわゆる「コペルニクス的発想」という言葉があります。 地球が中心にあり惑星が複雑怪奇な軌跡を描くといった天動説を 発想の転換により否定し、 非常にスッキリした形で「地動説」となりました。 もちろんそこには恩師(名前忘れました)の精密な天文記録が 科学的裏付け資料として充分に生かされています。 この「スッキリ」というのがコペルニクス的発想におけるキーワードです。 歴史物語や教科書を読んでいて、 今まで不思議に思えてならない矛盾が数多くありました。 それらが視点を変えたときに呆気なく解決されると 「スッキリ」を感じます。 話がそれますが、最近では、中国の春秋戦国時代に、「衛」という弱小国が 戦国七雄のうち6国が滅び始皇帝の中華統一(紀元前221年)後も なぜ存続していたか(従来学説では滅亡は紀元前208年とされていた)という 中国史における長年の疑問に対し、 東大の平勢隆郎氏(「勢」字が厳密には違います)が 当時における君主の称元法(日本でいう「平成○年」のこと)の システムを解明すること等により鮮やかに解決する旨の論説を発表しましたが、 それを見て、非常に「スッキリ」した感じを覚えました。 私が「逆説」シリーズに惹かれたのは、初めて読んだときに この「スッキリ」した感覚があったからです。 井沢先生は「逆説」シリーズについて 自分は作家だがこれは歴史に忠実に取り組んでいる旨の 発言をしています。 その真偽は井沢先生にしか分かりませんが、 少なくとも「逆説」シリーズとして与えられた形においては、 発言に違わぬ結果を出していると思います。 こう言ってはこちらこそ失礼かもしれませんが、 「トンデモ」云々の論争は不毛のような気がしますし、 先程のように言われている井沢先生に対しても 失礼なような気がします。 問題は井沢先生が提示された内容ではないでしょうか。 天皇制についても話がありました。 最近、皇太子周辺の騒動などから女性継承の問題が 時々取りざたされています。 女性天皇は、ちょうど今NHKの大河ドラマでやっていますが、 江戸時代に2人(?)出ており、それが最後です。 2代とも独身のまま崩御されており、 その後には弟などが皇位継承を行っています。 推古天皇や皇極・斉明天皇などは 複数の皇位継承候補同士の争いを防ぐために即位したとされています。 江戸時代の明正天皇は母が徳川秀忠の娘であり、 これは明らかに政治的な配慮が見えます。 最後の女帝となった後桜町天皇はよく知りませんが、 系図を見ますと父親の桜町天皇には子が少なく、 兄(?)の桃園天皇にも子が少なく、 やむをえずのリリーフ即位だったように思えます。 一応参考までに浅学ながら述べさせていただきます。 最後にナショナリズムの問題です。 日本でも石原都知事の言動がナショナリズムを想起させていますが、 ナショナリズムの問題は外交に関わってきます。 歴史上ではヒトラー等の悪しき例がありますが、 基本的には他国のナショナリズムに あれこれ首を突っ込むのは良くないと思います。 ただしあくまでも「基本的」にであり、 そこに意図的な情報操作(明らかに偽った歴史認識)があったり、 軍事を含めた外交問題に関わってくるようであれば、 毅然とした態度を示さなければなりません。 昨年のことですが、 朝日新聞が「窓」というコラムで建設省に喧嘩を売りました。 内容は建設省が調査データを改竄もしくは故意に 誤解を与えるような使い方をしているというものです。 建設省はそれを「いいがかり」と判断しましたが、 相手が情報メディアということもあり、 直接文書により反論すると共に インターネットを使って公式反論を展開しました。 結局、朝日新聞側は、 建設省側の反論に対して半年近く黙っており、 やっと出した反論も中身が伴わないものでした。 建設省はそれに対し勝利宣言をしました。 (この顛末は建設省のHPにありますので見て下さい。) したたかで毅然たる外交ができていないからこそ、 隣国における胡散臭いだけの動きに一喜一憂してしまうのだと思います。 その意味では売国奴ともいえる河野洋平を外務大臣にした 森首相の責任は大です。 Time : 2000/11/19(日) 22:28:57
Name : ペンネームK E-mail : Title : とんでとんで(追加) Comments: コペルニクスの恩師の名前はティコ・プラーエです。 「スッキリ」について誤解を防ぐために一言言わせてもらいます。 これはいわゆる「溜飲を下げる」たぐいのものではなく、 喉につっかかっていた小骨が取れたという意味での 「スッキリ」です。 Time : 2000/11/19(日) 22:32:32
Name : みず E-mail : kouta@pg.highway.ne.jp Title : もう1度質問し直し Comments:  >パンダさん  気分を害してしまったようで申し訳ありません。それで、誤っておきながらなんですがもう1度質問させて ください。多くの歴史学者は、古代支配者階級が「「本気で」」(統治の手段などではなく)霊を信じていた と考えているととらえてよろしいんでしょうか(「本気で」を強調したのは、被支配者に対するふりとしての それを区別するためです)。答えが「はい」なら別にそれ以上疑問はありません。それと、怨霊信仰について は今まで過去の書き込みは一応だいたい見てきたので説明は入りません。   Time : 2000/11/20(月) 17:28:30
Name : HIRO E-mail : Title : トンデモ…は忘れてください。 Comments: ペンネームKさんへ: >まず、「逆説」シリーズがいわゆる「トンデモ」物の >たぐいであるという意見がかなり出されています。 すみません、誤解されたのでしたらお詫びします。 私が書いたのは… 「逆説」は学術論文では無いのだから、細かな部分を言っていたらキリが無い。 「逆説」はプロのモノ書きが書いている文章なんだから表現をとやかく言っても意味が無い。 (その前から私は「井沢節」と称して同じこと書いています。) 「逆説」は定説の側から見ればまさに「トンデモない」ものでしかない。でも どっちが「定説」となるべきかを審議して、将来どちらを教科書に載せるべきかを 議論するような立場にいる「わけではない」我々は、個々人の判断で「うん、これは 納得できる、これはちょっと…」と楽しんでいるのではないですか?それが歴史の 「真実」か否かという以前に。 という意味で書いたつもりでした。 そして「いや、私はこれを真実だと思っている」という人を否定してません。 >問題は井沢先生が提示された内容ではないでしょうか。 それは私もずっと書いてきたことで、全くの同感です。 「…このことから、○○であるという可能性が示唆される。」 「…つまり、○○なのだ。判らないのはバカだからだ。」 これはあくまでも「文章」の問題で井沢氏の「考え」の批判根拠とはならない。 「所詮エンターテイメント」「トンデモ」とはそういう意味です。 憂国さんへ: >天皇に値する地位が果たしてあったのだろうかと というのは、持統の頃に作られた権威という可能性ですか? ふんふん、それだと確かに説明可能ですね。 なんか、私にとっての「逆説」になってますね…憂国さんの考えは(笑)。 頭がほぐれて、いい感じになってきました。 >生物学のような味気なさを感じるのは 生物学って味気ないですか…どんなところがですか? (いえ、ちょっとショックだったものですから(笑)) 2mさんへ: じゃ、ナイショにしておきます。 「あの」2mさんが書くのを躊躇う…と思ったら怖くなっちゃいました(笑)。 Time : 2000/11/20(月) 23:02:46
Name : 2m E-mail : Title : HIROさんへ Comments: >じゃ、ナイショにしておきます。 >「あの」2mさんが書くのを躊躇う…と思ったら怖くなっちゃいました(笑)。 その通りです。とても怖い事を想定してしまっているんです。・・笑い事で済めば良いと思っています。 でも、どうも最近のHIROさんの言行を見ると、ある事が気になって仕方ないんです。 書いて下さい。答え次第では「気のせい」で済み、2mも安心できますから。 Time : 2000/11/20(月) 23:42:32
Name : HIRO E-mail : vasa@geocities.co.jp Title : そんな… Comments: 2mさんへ: それじゃあ、なおさら書けませんよ…怖くて(笑)。 上にメアド書きましたら、こっそり教えてください。 Time : 2000/11/20(月) 23:56:27
Name : 憂国 E-mail : Title : HIRO様へ Comments: 聖徳太子は持統朝に作られた偶像、というような説もありますね、 (支持はしませんが) >生物学って味気ないですか…どんなところがですか? 今の歴史教科書をひらくと、最初に旧石器時代のことから始まりますね、 この間の捏造事件もありましたが、50万年前とか60万年前とかいわれ ても猿だか人間だかわからない時代から歴史といわれても、まさに進化論 などの生物学の問題でピンとこないんですよ(そういう意味では、神話から はいるべきだと思うのですが)、、、 なんか全体的にいわば人間を無機的に離れてみるというような視点が今の 歴史学にはおおくみられるような気がするんですよね、、、、、、、 それだけの事で、生物学が味気ないというのはただ単に私自身がそう感じる だけの事で(嫌いなだけなんですけど)深い意味はないんですよ、、、。 Time : 2000/11/21(火) 00:03:07
Name : パンダ E-mail : Title : 「霊」「霊の崇り」「霊の崇りの防止」。。。 Comments: パンダです。みずさんへ。。。 別に気分は害していませんので。。。何なりとご質問(つっこんで)下さい。 >>多くの歴史学者は、古代支配者階級が「「本気で」」(統治の手段などで >>はなく)霊を信じていたと考えているととらえてよろしいんでしょうか 少なくとも、桓武(及びその側近貴族)についていえば。。。自分達の早良 親王に対する所業についての呵責の念から、その(怨)霊を畏怖し崇りを信じ て、その防止措置を講じたものと思います。 つまり。。。彼(等)は「「本気で」」霊を信じていたと考えられます。 このケースについて言えば、。。。自分達の所業を天下に明らかにし、権威 の失墜を招く危険を覚悟して、あえて贖罪の念を示すわけですから。。。。 被支配者に対する統治の手段として早良の(怨)霊を信じた(ふりをする)と する理由はないと思いますが、何かそのように考えるべき理由があるのでし ょうか? なお桓武以前には、このようなケースは見られませんね。。。従って歴史学 者は、「御(怨)霊信仰」の始まりを平安初期(奈良末期)としているのです。 (つまり歴史学者は。。。過去の人間達が、「霊の存在を信じた」「霊の崇 りを信じた」「霊の崇りの防止手段を信じた」。。。これを部分概念として 、それぞれの思想の出現段階について考察しているものですが、井沢さんは これを敢えて混同歪曲し、歴史学者の「合理主義」を批判されているのでは ないでしょうか?) Time : 2000/11/21(火) 00:21:25
Name : スニキ ミヨ E-mail : taeko@hm.aitai.ne.jp Title : はじめまして Comments: ヒミコの逆説1 「始めはホツマ文字を作ったのですが、皆が覚えられないと言うので、若者と一緒にカタカナ(女文字)を作りました。 その後木の皮で作った服を洗っていたら、紙が出来たので書き残していました。 まとめて書くと紙が少なくて良いので、男文字(漢字)を作りました。それをイソナ(朝鮮)の人に教えていたら、 お隣の国の人も教えて欲しいと来ました。その人は国に持って帰って、次々と新しい漢字を作りました。それで もイナワ(日本)は武器を持っていなく、弱い国だと思い、あのような名前にされたのです。本当は「山台国」な のです。」 Time : 2000/11/21(火) 11:45:36
Name : みず E-mail : kouta@pg.highway.ne.jp Title : ご返答ありがとうございます Comments:  >パンダさん  ご返答どうもありがとうございます。一応、今回の質問の質問をした理由を 書いておきますと、逆説の日本史3巻に「そうは思っていない」歴史学者の一 例として誰かの文章(確か平安遷都と早良親王の怨霊について)が引用されて いたような記憶があるからです(今3巻が手元にないので(無くした)、確認 はできません。記憶違いでしたらご指摘ください)。それで、その人の意見が 多数の歴史学者の意見と同じなのかどうかわからなかったので、質問させても らいました。 Time : 2000/11/21(火) 18:20:04
Name : 2m E-mail : Title : HIROさんへ Comments: 前回は、見えない所に書いてしまいすみませんでした。 >こっそり教えてください。 それはちょっと・・・遠回しに書きます。 2mが「ふぉーらむ」の方に連続で書込みを始めて、大体一年になります。その間 で、「個人」「怖い」「脳」「HIROさんと論じてない」と言う事に、HIROさんが該 当している気がしています。勘の良い人には解ってしまうかも知れませんが・・・。 「当り」か「外れ」か「(ヒント付きでも)解らない」かで、答えて下さい。もし 本当に「当り」だったら、2mの知る限りの対策を書きます。井沢先生も見ているで しょうし、アブナイ対策にはしません。 後は・・「最近、人が変ったみたい」と言った事を周囲の人に言われていません か。言われてなければ、それはそれで問題ありませんが・・・。 Time : 2000/11/21(火) 21:32:05
Name : とんぼ E-mail : Title : 憂国さんへ Comments: > つずけていいますと、日本人の勝負弱さってこのことにも関係があるとおもった > りもするのですが、つまり、勝敗を気にしすぎる大衆の目があるから必要以上に > プレッシャーを感じてしまうとか、、、どうでしょう、。 そうですね。 付け足すとすれば、その「大衆の目」を気にしすぎるところにも 勝負弱さがあるような気がします。 Time : 2000/11/21(火) 22:19:25
Name : とんぼ E-mail : Title : 築山殿事件 Comments: みなさん、コメントありがとうございました。 通説に説得力がない。。となると、井沢説がどのようなものになるのか。。 ますます気になります。 Time : 2000/11/21(火) 22:20:38
Name : パンダ E-mail : Title : 御霊信仰と政治的効果。。。 Comments: パンダです。みずさんへ。。。 >>逆説の日本史3巻に「そうは思っていない」歴史学者の一例として誰かの >>文章(確か平安遷都と早良親王の怨霊について)が引用されていたような >>記憶があるからです ああ。。。了解です。以下の記述ですね。 「桓武は死の当日まで早良親王を気にかけているが・・・それどころか一連 の早良親王の慰撫には、それによる政治的な効果ー桓武の人柄に対する信頼 感を人々に抱かせるーも計算に入れた桓武独特の演出であったというのが、 わたしの偽らざる桓武評である。桓武は最後まで政治的人間であったと考え る。」 瀧浪貞子「日本の歴史ー平安建都」引用 VーP176 確かにそう受け取れる表現ですが、この方でも。。。 『三代実録』貞観五年(863)「所謂御霊者 崇道天皇(早良親王)、伊予親王、 藤原夫人(吉子)及観察使(藤原仲成か)、橘逸勢、文室宮田麻呂等是也。」 や菅公天神における「御霊信仰」において、当時の支配階級が「霊の存在を 信じていたこと」は否定されないと思います。 (私は、この記述の前後関係は知りませんが、早良親王の慰撫措置が桓武の 信頼感を高めるという解釈は、良く理解できません) なお。。。同じく例とされている「高田淳氏論文」は。。。 「はたして、再遷都の理由を怨霊だけに求めてよいのだろうか。・・・」 という論旨であり、桓武が「(怨)霊を信じていた」としても。。。長岡京放 棄はそれが主な理由であったかどうか。。。に関する疑問ですね。これは私 も同様に考えています。 つまり。。。「霊の存在を信じた」「霊の崇りを信じた」「霊の崇りの防止 手段を信じた」「霊の崇りを避けて長岡京を放棄した」はそれぞれ別に考察 すべき問題ですから。。。 Time : 2000/11/21(火) 23:04:50
Name : HIRO E-mail : Title : わかりません。 Comments: 2mさんへ: ごめんなさい。ヒントつきでもわかりませんでした。 (私が私と論じていない…禅問答みたい(笑)。) あと書き込みの文体は、以前書いてた雰囲気に戻しました。 …というか、パンダさんが以前無礼な書き方をした人に対して非常に立腹された ことがあったので、いつもの私の書き方だとマズイかなぁ…と思って気にしてた だけなんですが。 変わったと思われるのでしたら、そのあたりではないのでしょうか? 憂国さんへ: 私も石器時代のことを「歴史」と呼ぶのは変だと思っています。 「あれは日本神話の「宗教性」を否定するために○翼系の人たちが 歴史の教科書に載せたんだ…」とキリスト教信者の元ボスが言ってましたが(笑)。 Time : 2000/11/21(火) 23:20:11
Name : みよ E-mail : Title : ヒミコのなぞとき2 Comments: ヒミコの逆説その2 漢字はカタカナを集めて作っています。そのカタカナをヒミコと若者で作りました。 シ、ツ、ンの点は魂、霊、少し長いのは肉体を現します。 離れると、ツミのツ、昇ると死のシ、魂=生きる力がなくなると終りのン。 [イカルガ]の意味はホームページをどうぞ。 http://homepage1.nifty.com/tubohouse/rent/miyo 出雲の柱は船見やぐらだったのです。 四国のヤマタイコクから流された、大国主は働き者で、又大きな国にしたのです。 八重垣神社の古い絵は大国主が、ヒミコと娘と息子を偲び、絵に描いていたのを 後年書き足したのです。 Time : 2000/11/22(水) 13:23:50
Name : みず E-mail : kouta@pg.highway.ne.jp Title : 長岡京放棄について Comments:  こんばんは。パンダさんへ  僕は、確かに、長岡京放棄について、怨霊の祟りだけに理由を求める 必要があるとは思いませんが、桓武天皇が早良親王の怨霊(の祟り)を 恐れていたなら、他に問題がなくても遷都という大事業を行うことは、 十分にありえることですし、他に物質的な問題があったとしても、怨霊 の祟りに比べて、切実なものであったかは疑問に思います(ただ、以上 は遷都によって怨霊から逃れられると桓武天皇が信じていたという前提 で言ったので、それ(平安遷都によって怨霊から逃げられる)に関する 井沢先生の説明が間違っていればあまり意味がないような気がします。 そこの部分の井沢先生の説明に関してパンダさんはどのように考えてい らっしゃるのでしょうか)。     Time : 2000/11/22(水) 19:07:23
Name : パンダ E-mail : Title : 長岡京放棄の理由。。。 Comments: パンダです。みずさんへ。。。。当然の疑問だと思います。 そこで、まず考えなければならないのは。。。桓武は何故遷都を決意した のか? と言うことです。そしてそれは同時に聖武は何故遷都を決意し、 それを翻意したのかと言うことでもあります。 これにはイロイロな複合的な理由があると思うのですが、私は平城京の都 市環境荒廃が大きな理由ではないかと思っています。 平城京の最大の欠陥は、佐保川・秋篠川という小川しかなく、上水の採取 と下水の排泄が極めて困難だということです。これでは大人口を要する都 市としての衛生環境は、たちまち劣化してしまいます。さらに仏像や仏具 の製作に伴う金属公害(特に水銀)も生じたことと思います。 聖武が恭仁京を、桓武が長岡京を新都に選んだのも、おそらく木津川や桂 川という水量の豊かな河川を意識したのではないかと想像しています。 しかしこれらの河川は、水量が豊かなだけに常に洪水の危険にさらされま す。恭仁京は木津川の両岸にまたがって計画されていますが、これでは都 城にはまったく不適です。 一方で長岡京は桂川・高瀬川・鴨川の合流点に近く、すぐ南で宇治川・木 津川とも合流するという危険極まりない場所にあります。 水資源は豊富であり、水利の便が良い。。。しかしその反面で常に洪水の 危険にさらされる。。。これが遷都計画とその放棄の最大の理由ではない かと思います。 では。。。長岡京放棄に関して怨霊回避が理由となりうるかどうかですが、 井沢さんの説明は。。。平安京のほうが長岡京よりも「四神相応」の地で あって除霊に適している。。。と言うことですね。 しかし東=流水・南=沢畔は、両者とも変わりがありません。西=大道は 都が建設されたことによって敷設されたものですから結果論です。 北=高山は京都盆地の北側はすべて山地ですから、どの山を見通すかとい う問題に過ぎません。(船岡山が高山であれば、向日丘陵でも高山たり得 ます)その他の延暦寺等の除霊施設は、長岡でも葛野でも設置しようと思 えば設置可能な人工施設の筈です。 両者の相違は、つまるところ葛野が京都盆地の北端にあり、東西に余地が あってかつ三方が山地であること。。。長岡が京都盆地の西南端にあり、 東川も水量が多く狭隘な地であること。。。くらいのもので、「四神相応」 に関しては然程の差はないと思います。 水利の便以外では、どう見ても葛野の方が、都市建設に当って立地的に優 れていますね。結局は種継の土地選定の失敗が、長岡京放棄の最大の理由 ではないかと思います。(副次的に早良親王の怨霊化の原因となった不吉 な土地であるという理由があったかも知れませんが。。。) あまり深く考えたわけではありませんが。。。取り敢えずの意見です。 みなさんの批判(ツッコミ)を期待しています。 Time : 2000/11/22(水) 23:04:27
Name : パンダ E-mail : Title : 念のため。。。 Comments: 追加です。。。 聖武・桓武の遷都計画に共通する問題として、水問題を取上げましたが、 桓武が遷都を企図した理由に。。。人心一新・古代勢力からの訣別・南都 寺院勢力からの離脱等があったことを、否定しているわけではありません。 Time : 2000/11/22(水) 23:56:01
Name : 腐儒 E-mail : Title : パンダさんへ質問 Comments: 聖武天皇が平城京を放棄しようとした理由が もし生活環境の劣悪さにあるのであれば, 更に生活環境を劣悪にしてしまう大仏建立を平城京で行ったことと 矛盾しませんか? Time : 2000/11/23(木) 00:41:13
Name : 腐儒 E-mail : Title : もう一つ疑問 Comments: 奈良時代の科学と言うのは,多分陰陽道ということになるのでしょうが, 現在の自然科学・社会科学・心理学・オカルトこれらが渾然一体となっていたのが 近代以前の学問の姿ですね。 だから例えば,四神相応と言うのは,生活環境が良い地と言う意味もあったのでしょう。 それと同時に霊的防衛と言う,心理学的,あるいはオカルト的意味もあったのでしょう。 パンダさんのようにこれら都市学的なことと心理学的あるいはオカルト的なことを 当時の人が分けて考えてはいなかったと思いますね。 つまり,京都盆地が当時の奈良盆地北部よりも生活環境が良かった事と 霊的な意味があったことは当時の人の頭の中では混ざって理解されていたと考えたほうが正確ではないでしょうか。 ですから,パンダさんの説は理由の一つとしては正しいのでしょうが 正確な答えでもないのではないでしょうか。 Time : 2000/11/23(木) 00:54:23
Name : パンダ E-mail : Title : オカルトと科学。。。 Comments: パンダです。腐儒さんへ。。。 >>更に生活環境を劣悪にしてしまう大仏建立を平城京で行ったことと矛盾し >>ませんか? 良いご指摘ですね。考えられることとしては。。。 1)仏教寺院を建立することが、環境劣化に繋がりうるとは思い至らなかっ た?(逆に環境浄化に繋がりうるという宗教的動機が優先した?) 2)右京から外京へ僧侶・寺雑人を移動させる効果もあるので、内京の人口 圧力を減らすことになると考えられた? というところで、いかがでしょうか。。。なお金銅仏造立に際して生じた (であろう)水銀汚染は、予想不可能(というより水銀汚染自体が認識され なかったでしょう)だったと思われます。 ところで。。。腐儒さんは、聖武の恭仁京・難波京への遷都企図は、何が理 由だと思われますか。。。単なる彼のノイローゼ症状でしょうか? もっとも、追加で言ったとおり桓武の遷都動機は、聖武よりも遥かに複雑か つ強固だったと思われますが。。。 >>奈良時代の科学と言うのは,多分陰陽道ということになるのでしょうが, >>現在の自然科学・社会科学・心理学・オカルトこれらが渾然一体となって >>いたのが近代以前の学問の姿ですね。 奈良時代の科学といえど、陰陽道だけではないでしょう。医薬や土木・建築 工学、心理学等は経験則とはいえ、極めて合理的な一面があったと思います。 ただ陰陽道も含めての「科学」というのは、そのとおりだと思います。 >>だから例えば,四神相応と言うのは,生活環境が良い地と言う意味もあっ >>たのでしょう。それと同時に霊的防衛と言う,心理学的,あるいはオカル >>ト的意味もあったのでしょう。 まったくそのとおりで、「四神相応」「君子南面」「家相」等と言う、現代 から見れば一見オカルト的事項にも、生活環境科学と相応していた面がある ことは事実だと思います。 (北に風除けの山地があり、南に湖沼があるのは、南方向への緩やかな傾斜 地であることを意味し、外側に河川があるのも取水排水に適しているのでし ょう。住居が南向きに建てられるのも、北半球では合理的ですからね) だから、私が言っているのは。。。 1)オカルトティック(怨霊防衛)な「四神相応」に関しては、長岡と葛野 で、さほど決定的な相違は見られないのではないか。。。 (葛野であれば、長岡と異なって「怨霊防御」が可能と考える理由に乏しい) 2)都市環境的な「四神相応」(洪水危険・湿気等も含む)に関しては、長 岡よりも葛野が遥かに優れている。。。 従って、長岡京の放棄、平安京への遷都は。。。長岡京が不吉な土地となっ てしまったという副次的な理由があったにせよ。。。早良親王の怨霊から逃 れるということが主な理由ではなく、そもそも長岡という首都用地選定の失 敗を是正したのが主な理由であると考えたほうが、理解しやすいのではない か。。。と言うことなのです。 もちろんこれは、「史料」には直接記述されていないことで、私の推測に過 ぎませんが、井沢さんが常に主張されている。。。 「推測大いに結構だが、推測には合理的根拠が必要である。その根拠がある のか、ということを私は言いたいのだ。」 。。。に対する私の推測の一つの合理的根拠(?)として、ご理解下さい。 Time : 2000/11/23(木) 10:04:50
Name : みず E-mail : kouta@pg.highway.ne.jp Title : ひとつ質問 Comments:  こんばんは。ひとつ疑問がわいたので、誰かわかる方がおられたら教えて下さ い。で、質問の内容ですが、それは桓武が陰陽師から早良親王の怨霊が云々を聞 いてから(これは、確か史料に載っているんですよね?間違っていたらすみませ ん)、遷都の命令を出すまで、どれくらいの月日がたっていたんでしょうか。長 岡京から平安京への遷都の理由を考えるのに、早良親王の怨霊発生を知ってから のタイムラグが参考にならないかなと思ったもので。  パンダさんへ  長岡京と平安京で四神相応にそれほどの違いはない、ですか。そうすると確か に早良親王の怨霊を平安遷都の主要因とする根拠は乏しいかも知れません。 Time : 2000/11/23(木) 17:48:28
Name : みず E-mail : kouta@pg.highway.ne.jp Title : 追加 Comments:  下の四神相応は、パンダさんの言う、「オカルトティックな」四神相応の意味 で使いました。 Time : 2000/11/23(木) 17:53:18
Name : ペンネームK E-mail : Title : HIROさんへ Comments: 御返事ありがとうございました。 しばらく読ませていただきます。 Time : 2000/11/23(木) 19:20:42
Name : 2m E-mail : Title : HIROさんへ Comments: >変わったと思われるのでしたら、そのあたりではないのでしょうか? 違います。 かなりしつこくて済みませんでした。そろそろこの件に関しては書くのを止めま す。・・もし2mの想定が正しければ、何れまた同じ事を誰かに聞く事になると思い ます。80%位は正しいと思う証拠がありますが、それでは書けないので。 つまらない事ですが、2mの宗教観を簡単に書いておきます。 「宗教は人が人として生き死ぬために必要なもので、逆に人を狂わせるのなら、そ れは宗教とは呼べない。」 「思考は時流によって幾らでも変るので、一つの考えが正しいとは思わない。時流 やその場に合わせて柔軟に思考しなければならない。」 ・・・ま、単純な話です。ただ、言葉通りに物事を考えている人がそれほどいる のかどうかは、かなり疑わしい事ですが。 Time : 2000/11/23(木) 22:06:14
Name : 腐儒 E-mail : Title : パンダさんに一言 Comments: この議題はとても面白いそうなのですが, 井沢先生の発言の仕方がどうだとかいうのは止めましょう。 私が知りたいのは真実の方でして,その前にははっきり言って井沢先生が 何を発言しただとか,井沢先生はそれを取り消っすべきだとか言うことは, ちっぽけなことだと思います。 私はパンダさんが今まで色々な話題で真実に近づきながら 話が井沢先生に関わるたびに,急に議論が低俗になって, どうでも良い落とし所で満足するのを見て何度もがっかりしてきました。 ある段階まで来れば井沢先生がどうだろうが余り重要ではないのではありませんか? Time : 2000/11/23(木) 23:26:15
Name : パンダ E-mail : Title : 平安京遷都の関連年表。。。 Comments: パンダです。みずさんへ。。。蒙御免ですが、関連年表です。 葛野遷都(長岡放棄)が議されたのは、おそらく792年の陰陽師告知あるい は洪水以降のことであり、その意味では両者のタイミングはピッタリ合って います。そしてこのことが怨霊動機説を主張する歴史学者等の有力な根拠と なっているのは事実です。(皮肉なことに選定過誤説ともタイミングが合うの ですが。。。) なお井沢さんの年表では、789年「新京(平安京)着工」としてありますが、 これは何かの間違いで792年以降だと思われます。 ただ平安遷都が早良怨霊から逃れるためのものであるならば、何故に崇道尊 号追贈・陵墓移転改葬等の怨霊鎮魂行為が、遷都の後になって行われたのか? これらの行為が遷都に先行するのが当然ではないか? という疑問が高田氏か ら提起されています。(VーP178 '87/6 引用論文では省略?) また、長岡京については遷都詔勅・山城改称・新京命名がなされていなかった ことから、聖武の難波・紫香楽宮と同様の「副都」であって、「正都」は794 年の平安京遷都まで平城京であり続けたと言う説も依然として有力です。 (今回の紫香楽宮発掘調査により、この議論が再燃するものと思われます) 781年 4.3 桓武即位、早良立太子。 782年 1.4 氷上川継の謀叛、伊豆流刑。 3.26 三方王・弓削女王等の流刑。 6.14 左大臣藤原魚名を免官。 784年 5.16 遷都のため長岡の地を調査。 6.10 長岡京造営開始。 11.11 長岡に遷座。 785年 7. 最澄、叡山に草堂を設ける。 9.24 藤原種継、射殺される。 9.28 早良皇太子を廃し淡路に流刑(憤死)。 10.25 安殿立太子。 786年 1.24 梵釈寺造営。 7.19 長岡京に太政官院完成(朝議開始か?)。 788年 3.2 蝦夷征討のため諸国兵士徴発。 5.4 藤原旅子(夫人)没。 789年 6.3 征討軍の敗北奏上。 9.19 征東将軍処罰。 12.28 高野新笠(生母)没。 790年 2.10 藤原乙牟漏(皇后)没。 792年 6.7 辺地以外の諸国兵役を停止。 6.11 占いに安殿皇太子の病が、早良親王の崇りとでる。 諸陵頭調使主を淡路に派遣し、霊に奉謝。 6.17 早良親王墓に堀を巡らす。 6.22 洪水により、式部省南門倒壊。 8.9 桂川大洪水。(和気清麻呂、葛野遷都奏上か?) 793年 1.15 遷都のため葛野の地を調査。 2.2 遷都の儀(加茂大神に奏上) 794年10.22 新京に遷座。28遷都詔勅。征夷大将軍勝利を報告。 11.8 山背を山城に改称、平安京命名。 796年 東寺・西寺創建。 797年 5.20 早良墳墓に僧二名を派遣。 799年 2.15 大伴是成及び僧 泰信を派遣。 800年 7.22 崇道天皇尊号を追贈、井上皇后復号、両墓を山稜と追称。 大伴是成、陰陽師・衆僧を率いて鎮謝。 7.26 墓守2戸を置く。 7.28 称城王(少納言)を派遣し、尊号追贈を報告。 805年 1.14 淡路に常隆寺を建て、冥福を祈る。 4.5 早良親王命日を国忌に入れる。 4.11 陵墓を大和添上郡に改葬。 7.27 唐国品物を陵墓に献ず。 10.25 冥福を祈り一切経を書写 806年 3.17 冥福を祈り諸国国分寺に春秋読経を命ず。 桓武崩御。 Time : 2000/11/24(金) 10:16:14
Name : ミヨ E-mail : Title : ヒミコより。 Comments: ヒミコと若者が考えました。 アイウエオ、の意味は?=愛の上には何もない。=一番大切。 カキクケコ=書いておく事が大切。 サシスセソ=言葉をにごす。(さす=SEX?) タチツテト=田を作る事が大切。 ナニヌネノ=何わともあれヌカワラス(いわしのぬかずけ) ハヒフヘホ=歯がないと不自由なので骨も食べる。 マミムメモ=魔は胸にある。 ヤイユエヨ=矢は痛いと言え。 ラリルレロ=来世は瑠璃の様にきれい。 ワイウエオ=輪になって歌おう。 Time : 2000/11/24(金) 11:57:13
Name : みず E-mail : kouta@pg.highway.ne.jp Title : ありがとうございました Comments:  パンダさんへ  いろいろ質問に答えていただきありがとうございます。次に書き込むときは、 自分が純粋に疑問に思ったことを書こうと思います。 Time : 2000/11/24(金) 15:49:42
Name : とんぼ E-mail : Title : 浄土系仏教と悟り Comments: 逆説の日本史について若干疑問があります。 第8巻、p260: 「不安というのは、本当に自分の極楽往生が決定しているのか、 あるいは自分の信仰に誤りがないか、よほどの自信家でない限りは、 やっぱり気になる。。」 これは通常、異安心と呼ばれているものではないでしょうか? 信心(悟り)を得ていない状況だと思われますが。。 井沢先生は浄土系仏教をどのように考えてらっしゃるのでしょうか? 仏教関係に詳しい方のコメント待っています。 Time : 2000/11/25(土) 03:50:56
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : rommy様、まだごらんになっていますか? Comments:  rommy様宛に拙見を書きます。 もし怨霊と遷都の関連についてご覧になっていたら、みず様の反応を見ても, 恐らく勘違いされたままだとおもわれますので、コメントいたします。 小生はrommy様の疑問はたいていのところ恐らく解決するだろうと思って コミュニケーションを申し出たのですが,フられてしまいました。 未練たらたらでみっともないですが,少しでも参考になればと思い あえて恥をさらします。また一応新しい意見も出たようですし・・。 なお、決してパンダ様とは議論する気はありませんので、 反論はご自由ですが,この件は再度コメントしないつもりです。  もし、パンダ様のおっしゃる事が正しいならば 風水師など全く必要がありませんね。 まさか天皇自身が判断されるはずはないでしょうしね。 小生は、もし本当に怨霊を恐れているのなら、内々に風水師相当の 方に相談して,その方が,「○○が一番良い土地」といえば、 ほかに似通った条件のところがあっても従うと思います。 もちろんこんな身内の恥は文献に残るはずがありません。 当時の風水学がどのレベルにあったかはわかりませんが, 現代人の目で素人判断して結論を出すべきではないでしょう。 これは風水学が正しいとか言う問題とはまったく別で, 当時の風水担当者がどう判断したかという問題です。 最低限,風水師の証言が無ければ空論です。これを称して井沢先生は   「宗教の無視ないしは軽視」 と言われているのです。 良くご覧になっているようで,案外理解されていないようですね。 どうも、パンダ様の話はいつも 「現場を良くご存知でないキレモノの秀才官僚が現場の議論をしている」 という感じを受けます。正直な感想で,失礼があったらご容赦ください。 したがって、小生にとってはみず様の印象とは逆に、全く説得力がありません。 もちろん、井沢説が正しいと主張しているわけではありません。 でも間違っているとも決して言えないというだけです。 別に言うつもりは無かったのですが,誤った方向に話が流れているようなので rommy様がまた「まともに受け止めていない」とお感じになっては 困りますので,あえて意見を書きました。 Time : 2000/11/25(土) 09:01:52
Name : パンダ E-mail : Title : 宗教の無視・軽視でしょうか。。。 Comments: パンダです。大阪JF生さんへ。。。 私も「風水学」などは良く知りませんので、これ以上議論するつもりは ありません。ただ井沢さんが「平安京の四神相応」について説明してお られますので、それならば既に「長岡京の四神相応」も論じられたとこ ろであり、両者の相違は相対的なものに過ぎないと言ったものです。 もともと、この議論は。。。高田氏が、 「はたして、再遷都の理由を怨霊だけに求めてよいのだろうか。・・・」 として、 1)天皇の個人的動機(怨霊畏怖)をすぐさま国家的大問題(遷都)に 転化できるほどの独裁的権力があっただろうか? 2)怨霊対策であれば、遷都後に行われたような様々な鎮魂方策があっ た筈であり、それなしに一足飛びに遷都へ短絡するだろうか? 3)怨霊の崇りは、長岡から平安へ移動する程度で逃れうるものか、や はり怨霊の本源を鎮める様々な鎮魂方策が必要とされたのではない だろうか? 以上のような理由を上げられたのに対して、井沢さんが以下の反論を加 えられたことに関して。。。 (この1)2)に関しては、ここでは議論の対象とはしていません。大 仏殿の建立が個人的動機とするかどうかは、別の問題がありますが。。。) 1)聖武が個人的動機(世継希求)によって国家的事業(大仏殿建立) を行っている例がある。 2)桓武は「蝦夷征討」という大規模な外征をおこなっており、強大な 権力者であった。 3)怨霊対策には「魔除けと調伏」がある。当時の「魔除け」は「風水 説」による「四神相応」の地に移ることである。平安京はまさに「四 神相応」の地であり、それこそが「遷都」の動機と考えるべきである。 (高田氏は、このような呪術的側面を充分理解していない) 私は。。。長岡京も平安京も(もちろん平城京も)何れも「四神相応」を 意識して建設されたというのが多数説であり、実際の地形もそれを裏付け ている。。。高田氏はこのことも充分理解されたうえで、怨霊主動機説を 否定されたものである(私も同様です)といったものです。 もちろん、当時の陰陽師が。。。両地が何れも「四神相応」であったとし ても「相応程度」に差があり、長岡京では怨霊は防げないが、平安京なら 防げる。。。 といったかどうかは、井沢さんにも我々にも絶対に分かりません。 (こんな証言は得られる筈がありませんね。。。これがなければ「空論」 というなら、井沢さんの主張こそ空論でしょう) しかし両京が何れも「四神相応」を意識して選定されたものであり、その 「四神相応」度が程度の差でしか無いことは、様々な状況証拠から殆ど間 違いありません。 従って、この程度の差が、本当に桓武の再遷都という国家的大事業の動機 となり得たのか(井沢さんは長岡も「四神相応」を意識した地であること を何故無視されているのでしょうか?)。。。 仮にそれほど怨霊を意識したものならば、何故に怨霊鎮魂(井沢さんのい う「調伏」)が先行(あるいは平行)して行われなかったのか。。。 さまざまな治水対策にも関わらず、朝堂の一部が倒壊するような地形の悪 さ(和気清麻呂の奏上からも推測できる)こそ、常識的に国都として不適 といえるのではないのか。。。 これが我々の井沢反論に対する再反論なのです。一体どこが「宗教の無視 あるいは軽視」なのでしょうか? もちろん「桓武の真意」は誰にも分かりませんが、我々は様々な「合理的 根拠」からこれを推理し、蓋然性の高さを判断するしかないでしょう。。。 (私は瀧浪氏見解には賛同出来ませんので、高田氏論文を中心にしていま すが、その副都論は傾聴に値するものだと思っています) Time : 2000/11/25(土) 12:50:21
Name : 2m E-mail : Title : 大阪JF生さんへ Comments: 久々に「教育」について振ります・・宜しければコメントして下さい。2mは嫌な モン見て、目茶苦茶ブルーです。 タレントのA・I氏(ばらしたも同然)の暴露本と言うか告白本についてです。 中身をテレビで解説していたので見たのですが・・。 「蛙の子は蛙」・「この親にしてこの子あり」と言う言葉が頭をよぎりまくってい ます。「そりゃグレるわ。」「謝る事無いって、悪いのはバカ親どもだから。」と 言うのが正直な感想です。 やはり本当に病んでいるのは子供ではなく、大人になっていないバカ親だと言う 事がたいへん良く解ってしまいました。日本の将来は・・・ま、一部だけ見て判断 する事も無いのですが、現状はそんなバカ親をますます増やしている様です。で、 バカ子供がますます増える・・のかも知れません。 Time : 2000/11/26(日) 01:59:34
Name : 空転 E-mail : Title : 風水では程度の差は大きいんですよ。 Comments: 長岡京と平安京との政治的意義はわかりませんが 風水においては程度の差は大きいですよ。(風水においてだけですが) 羅盤があるのもその一端(どころじゃない、本質ですが)です。 僅かな差が大きな違いを生む、風水にはよくあることです。また 風水はこれを利用(?)するものでもあります。 民俗学者はこの辺りをよくみてる人がおります。 たとえば吉野裕子さん。(日本民俗学研究所員でしたよね、確か。) 「日本古代呪術」って本の中で風水を利用した古代都市の研究をしておられます。 僅かな差が風水では大きいことも言っておられます。 つまり もし、風水を信じて(利用して)いる人なら、風水を知らない人には 「たいした差じゃないよ」 って、見えてもその人には「大きな違い」にみえるのです。 ちょうど画家が 「この青は違う!!」 と言って、完成まじかの絵を破いて捨てても 絵心がない(興味が無い)人には、 「どこが違うんだい、もったいない。君の心理は理解できないよ。」 って言うのと同じです。 でもおっきんですよ、その差は。だからこそ、「ピカソ・グレー」とか 「クライン・ブルー」と言うようなその人固有のカラ-が出来たりするんです よね。...余談でした。 もう一人は大阪大学でしたか、小松和彦さん。 文化人類学者で民俗学者、ですよね。一般向けの論文もたくさん出しておられるので いっぱいありますが、一番読み易かったのが「鬼がつくった国」ですね。 ここでは(古い本ですので、今は少し替わってるかもしれませんが) 長岡と平安との風水での差を簡単にですけど、書かれてました。 私達の目からは大差なくても、風水ではおおきいんです。 まあ、平安京がどういう経緯で出来たかは私にはわかりかねますが 風水で 四神相応度が程度の差でしか無い ことは大きい場合があるんです。 ちなみに風水は時代によって違いがありますよね。家相学となったりして。 室町での成立って言われてる日本版「ほき内伝」(安部晴明がかいたんですって。 眉唾、眉唾?) では青龍を西にしてるらしいし、園をその象徴としてるみたいですよ。 とにかく、真実はど-か知りませんが、風水での程度の差は大きいこともあるんですよ〜。 Time : 2000/11/26(日) 05:26:30
Name : 空転 E-mail : Title : 例えの Comments: 「青」は同じ「青」でもその微妙な違いが大きいことがある って意味です。 Time : 2000/11/26(日) 07:13:43
Name : 腐儒 E-mail : Title : 学問は体系・・・ Comments: 古代人の蓄積した経験的知識は相当なものだったでしょうが 我々とはその体系の付け方が違います。 体系の付け方が違えば,同じ材料を使っていても全然別物になるんですね。 衛生学的に優良であるからその土地が良いと思ってはいなかったでしょう。 紙や仏に守られているから良い土地なのだと思ったことでしょう。 近代以前では物質と精神が分離していませんからね, 外界が良ければ精神にも良いと信じるはずです。 何でパンダさんが考える鎮魂の順番でなければ早良親王は鎮魂されないと言いきれるのですか? 国家財政や途上建設の複雑なプロセスの中でそこまで鎮魂のプロセスが重要視されたのか。 第一パンダさんが考える鎮魂の手順を当時の人が一番良いと考えた証拠もないではありませんか? 今回の文章はパンダさんらしからぬ粗雑さが目に付きます。 Time : 2000/11/26(日) 11:15:22
Name : 腐儒 E-mail : Title : 訂正 Comments: 誤 途上建設 正 都城建設 Time : 2000/11/26(日) 11:16:53
Name : パンダ E-mail : Title : 風水説と、その他の状況証拠。。。 Comments: パンダです。空転さんへ。。。。 風水に関するご説明、ありがとうございました。 風水説において長岡と葛野の程度の差が大きいか小さいか、当時の陰陽師が どのように判定したのかは、もちろん私には分かりません。(総合的都市環 境としては葛野のほうが優れていると思いますし、風水説では多少時代の変 化があっても、葛野ほうが優れていたのでしょうが。。。) ただ、井沢さんが風水説において、長岡と葛野が程度の差であることを無視 され、あたかも葛野のみが「魔除け可能な四神相応」の地であるかのような 表現をとって、高田氏を批判されているのは、フェアーではないと思います。 またご承知のとおり、ここでの問題は、桓武が風水説による程度の差をどの ように意識したか。。。そしてそれが遷都を決意する主動機となったのかど うか。。。だと思います。 前回もいいましたが「桓武の真意」は、誰にも分かりません。さまざまな状 況証拠から推測せざるを得ないものです。 根拠となりうる状況証拠から。。。 桓武が792年(延暦11年)に遷都を決意したのは異論がないところでしょう。 この年の6月に陰陽師が早良怨霊の崇りを奏上したこと、早良墓に奉謝の使 いを派遣し墓に堀を造ったこと、その後6月・8月に洪水によって深刻な被害 があったことも異論がないところですね。 一方で長岡京が平城京(もちろん平安京)よりも小規模であって、平安京の ような山背国号の変更や宮号制定が行われなかったのも事実でしょうし、早 良怨霊の本格的鎮魂が、むしろ遷都以降に行われたのも明らかでしょう。 おそらく792年間に和気清麻呂が「長岡の新都、十載を経て未だ功成らず、費 勝げて計るべからず」と潜かに奏上し、桓武が「遊猟に託して葛野の地を相 せしむ」たのも信憑性が高いでしょう。 風水説における長岡と葛野の程度の差も、これら状況証拠の一つでしかあり ません。ですからこれらのさまざまな状況証拠から、桓武の真意をどのよう に推測すれば、最も蓋然性が高くなるのか。。(現段階では最終決着できな いとは思いますが)少なくとも井沢さんが主張されるような怨霊主動機説が 極めて蓋然性が高いとはいえない筈ですし、高田氏を宗教に無理解として批 判されるのも筋違いだと思います。 私は、長岡京が難波宮に替わる一種の副(陪)都として建設されたが、立地 上の危険性が克服出来ないことが明らかになったこと、怨霊を生ぜしめた不 吉な土地となってしまったこと、風水説(都市環境を含む)において葛野が 優れていたこと。。。などから更めて平城京に替わる正都として平安京遷都 が決定されたと思っています。副都はともかくとして、こういう解釈に決定 的な矛盾があるでしょうか? なお、当時の支配階級が「怨霊の崇り」をどの程度畏怖していたかを考える 場合。。。早良崇りの当事者である平城天皇(安殿親王)が、弟である伊予 親王とその生母(藤原吉子)を806年11月6日(桓武崩御後間もなく)に川原 寺に幽閉し、服毒自殺に追い込んだ事件も参考になると思います。平城は伊 予親王が怨霊となって祟ることを、まったく意に介さなかったかのような事 件ですね。。。 (この事件に関する井沢さんの解釈はW〜Xで述べられているのかも知れま せんが、私はこれらを読んでいませんので良く知りません。) Time : 2000/11/26(日) 12:27:11
Name : パンダ E-mail : Title : 矛盾、低俗、粗雑。。。 Comments: パンダです。腐儒さんへ。。。 矛盾、低俗、粗雑。。。貴方がどのような印象を述べられるのも勝手ですが、 まず貴方が「矛盾」とされた聖武の転都に関する問題。。。 >ところで。。。腐儒さんは、聖武の恭仁京・難波京への遷都企図は、何が理 >由だと思われますか。。。単なる彼のノイローゼ症状でしょうか? にお答え頂けませんか?(もちろん紫香楽を含めて下さって結構です) 次に貴方が「低俗」とされた問題(意味は良く分かりません)ですが。。。 「歴史の真実に一歩でも近づく」ためには何時如何なる場合でも「合理的根 拠に基づいて、論理的に推測を重ねていく」ことが不可欠です。井沢さんが これを強調されているのも、いやしくも知的論議を志す以上は当然のことで しょう? で。。。 一体どの部分が「低俗」なのでしょうか? 最後に「粗雑」ですが。。。 特段の財政措置を要しない「怨霊調伏」行為も本格的に行わず、建設十年を 経(なお建設途上)た長岡京をアッサリ放棄する。。。しかも「魔除け」が なされる筈の平安京において、更めてこれらの「怨霊調伏」を念入りに行う 。。。もちろん葛野移転によって怨霊防御(魔除け)が充分成されると意識 されたかどうかの根拠も示されていない。。。要するに分からない。 「常識的」に見てこの推測は如何にも不自然ではないですかといっているの です。(私はこの手順を踏まねば早良は鎮魂されないなんて一言もいってい ませんよ。。。) こういった状況証拠のなかで遷都怨霊動機説を、ほとんど絶対的なものと主 張し、その他の説を「宗教の無視・軽視」と批判するほうが、よほど「粗雑」 だと思いますが。。。 Time : 2000/11/26(日) 13:38:15
Name : 空転 E-mail : Title : なるほど Comments: 難しいもんですねえ。(笑) ただ、私が思ったことはですが 「四神相応」度が程度の差でしか無いこと.. と、まあ断言なさって、そして 従って、この程度の差が.. と次の論証(?)に導いてるところが「あれえ?」と思っただけでして。 つまり風水を根拠に話をすすめてるとこなのに(まあ、たまたまでしょうが) なんか風水を理解の外(?)においているよ-な気がしたもので..。 つまり、こんなとこが 宗教の無視・軽視 に見えるんじゃ無いかなあ、と残念に思ったんですよね。 もちろん、そんなおつもりは無いのかも知れませんが....大変失礼しました。 ただ、あの話しは 大阪JF生さんへのお返事として 宗教の無視・軽視でしょうか。。。 と題して書かれておられましたので、そんな風にも見えるんじゃ無いかなあ と思ったんですよ。もちろん、そんなつもりも無いし、書き方のせいもありましょうが、 ちょっと残念だな-と思ったしだいで。(笑) 大阪JF生さんもそんなトコを感じられているんじゃないでしょうか。 おもいっっきり推測ですが。(笑) 失礼しました。 Time : 2000/11/26(日) 13:46:30
Name :E-mail :Title :Comments:Time : 2000/11/26(日) 15:53:57
Name :E-mail :Title :Comments:Time : 2000/11/26(日) 15:54:23
Name : パンダ E-mail : Title : 宗教的側面と科学的側面。。。 Comments: パンダです。空転さんへ。。。 ご賢察のとおり、私は宗教的側面を井沢さんほど重視していませんので、 どうしてもその傾向があらわれるのは事実ですね。(笑) 例えば長岡京の洪水についてですが、井沢さんは。。。 「・・・というのは、洪水は当時の人々の考えでは『自然災害』ではない。 本来、神々に祝福さるべき新王朝の新都が短期間に二度も洪水に襲われる ことは、何か悪霊の仕業としか考えられなかったはずである。」 とされています。しかし当時の貴族は平安中期以降の実務能力に欠ける文 人ではなく、概ね行政実務官であり河川修復や潅漑施設にも経験をもった 人々です。 鴨川はともかく、桂川・宇治川・木津川という水流豊かな河川が合流し、 大低湿地を形成。。。さらに山崎の隘路にそそぐ南部地域。。。この自然 地形が水運の便をもたらす反面、溢水・逆水の原因となり易いこと。 さらに長岡京の中心部を東に貫流する小畑川や羽東師川が、桂川に流入す る自然地形が、上水・下水に利便性をもたらす反面、鉄砲水や逆水の危険 を招き易いこと。。。これらは当然認識していたでしょうし、それに備え た河川工事も行っていたはずです。 その努力が無となって内裏近くの朝堂の南門が建設数年をまたず溢水によ って倒壊し、さらに都城南部が大浸水に見舞われたときに、この「自然地 形」と『自然災害』をどのように考えたか。。。容易に想像できると思い ます。 和気清麻呂の「十載を経て未だ功成らず」という奏上も、まさに実務官僚 の経験科学的側面に基づく意見と見ることが可能でしょう。 平安京においても鴨川の付替え(高野川との合流)工事が実施されていま すし、後年に都市中心が右京側に比重を移したのも、左京南部の桂川溢水 の影響があったとされています。 彼等が、こういった地勢・治水知識(科学性)と悪霊の仕業(宗教性)の どちらを重視したか。。。少なくとも「・・としか考えられなかったはず」 というような決め付けは、あきらかに宗教的側面を偏重したものだと思っ ています。 Time : 2000/11/26(日) 23:48:09
Name : 武蔵 E-mail : Title : 初めまして Comments: 最近ここを見るようになったのですが変な感じがしました。 ここは井沢先生の掲示板ですよね? このようなところにはファンの人が集まるものとばかり思っていました。 パンダ様の意見は無神論者が神について語っている様な感じがします。 Time : 2000/11/27(月) 01:14:28
Name : 空転 E-mail : Title : ようするに Comments: 文献にちょっと出てるけど 風水は遷都の理由にはならない。 陰陽道の力は当然、そこまで及ばない..って訳です。 主な理由は政治的、物理的理由によるもの 呪術的な面もあろうが、そんなものは大して問題にならない ってことなんですね。 わかりました。(笑) Time : 2000/11/27(月) 01:47:50
Name : Ponya E-mail : Title : 風水といえば… Comments: しばらくぶりです。 枝葉の部分なのでどちらでもいいのかもしれませんが、いちおう 京都在住の人間として少し気になりますもので… パンダさんの説明の中の右京・左京は反対ですよね? 御所から南を向いて右と左がそれぞれ右京・左京となりますので 東が左京で、西が右京です。 ところで、長岡京と平安京を風水的に見たときに、平安京における 比叡山霊場のようなものは長岡京の鬼門方位に存在したのでしょうか? 私は平安京と長岡京の風水的な大きな違いといえば、このへんかな? と思っているのですが、いかがでしょうか? Time : 2000/11/27(月) 02:39:29
Name : パンダ E-mail : Title : 鬼門封じ。。。 Comments: パンダです、Ponyaさんへ。。。。 おっしゃるとおり、左右とんだ錯覚で。。。ありがとうございました。 なお長岡京の鬼門封じですが。。。私には確認できません。 というより長岡京には寺院の建設を一切認めていなかったようですか ら、存在しなかったのかも知れません。 ただ、既に申し上げたとおり、比叡山延暦寺(霊場)は人工的宗教施設 ですから、長岡京でも同様の霊場を造ろうと思えば簡単に造れます。 (概ね伏見稲荷から清水寺の方向になるでしょうか。。。?) あるいは最澄が比叡山に草庵を営んだのは、平安遷都より以前のことと されていますので、もともとはこれが長岡京の鬼門封じだったのかも知 れません。(ジョークです) つまり、こういった人工的施設は本来の風水説とは無関係ではないでし ょうか? Time : 2000/11/27(月) 09:09:35
Name : 空転 E-mail : Title : なんかあったみたいですよ、長岡にも。 Comments: 本が見つかんないんで、詳しいことは忘れちゃいましたが..。 民俗学の小松和彦さんによると平安京はもっと他にもいっぱい風水の「装置」が あるようですよ。なんか「内空」と「外空」だっけかに別けられて、内空装置が 平安の特徴だとか。まあ、忘れちゃったんだけど。(笑) 小松和彦さんは「憑霊信仰論」が有名ですか。 民俗社会で論理的な説明体系は「憑霊」が一般的だった、と言ってるやつですね。 つまり現代はまあ、科学が一般的な説明体系だけど、当時の説明体系はある種 の信仰である、と。そこで憑霊が占める範囲が大きい、ってことですね。 つまり民俗社会での(特に「不幸」ですが)その原因説明の多くを占めていたのは 当時、「憑霊現象」なのだ、ってのがその論旨だと思うんです。 ちなみに先(多分)にでた「異人論」も主旨はあんまし、変わんないと思います。 つまり、台風が被害を及ぼすと、現代ではその原因究明にまあ、「気象学」「土木学」 「建築学」等などによって説明しますが 当時は、まあ「科学」(幼稚だけど)「憑霊学(?)」「陰陽道」 「呪禁道(陰陽道の前身といわれてる。陰陽道の式神は呪禁道の蠱毒の変型とも。 延喜式では典薬寮に属してたんですって。陰陽道隆盛と供に突然すたれる。 文書もなし。小松和彦さんは陰陽道との抗争?に負けて、呪師ごと闇?に ほうむられたんじゃないの?って書いてます。)」によって説明していたんでは ないか、と言い、その中でも「憑霊」が重要なのではないか、って言ってるんです。 (まあ。民俗社会での不幸はほとんどが病気だから、一番説明しやすい為) まあ、民俗学は当時の「常識」を研究する分野でもあるから、こうなるんですかねえ。 私も感じることがあります。 つい50年前、戦いの主力は戦艦でした。砲撃戦優位、攻撃重視が常識で 「レーダー」を兵器として開発すべきと技術者が提案すると 「そんな防御兵器!!それより、攻撃を考えろ!!」 当時はそれが「科学的」だったんですよねえ。つまり常識だった。 だからIF戦記なんかでよくある 「レーダー技術者がタイムスリップして、海軍軍令部に提案する」 なんてのは、よっぽど難しいことだったんです。 なにせ「先に敵の所在がわかるんですよ」 「それが、どうした。」 様なことがあったらしいですから。余談でした。(笑) Time : 2000/11/27(月) 09:38:52
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 空転様、発言お許しください Comments:  空転様、はじめまして(かな?良くお見かけしますので・・)  この件で発言するつもりは無かったのですが, 空転様まで小生の意見を誤解されているようなので, パンダ様宛では正常な議論ができないでしょうから、 空転様宛としての発言をお許しください。  小生が宗教の「無視ないしは軽視」というのは非常に限定した 意味で述べたのですが,パンダ様には分からないと思っていたものの 他の方には理解していただけると正直思っていました。  井沢先生のお考えは、日本の大学に「宗教学」の講座がほとんど無い事からも 宗教の専門家を軽んじる傾向があるが,もっとその方たちの意見に 耳を傾けるべきではないかという事だと思います。 したがって、素人判断せずに専門家の意見を聞きたいと小生はいったのですが, やはり確認なしの批判にすぎなかったということです。 どなたもご指摘がありませんが,井沢先生は風水学に詳しい黄氏の論文に 基づいて議論されています。井沢先生の議論は各時代を有機的に 結び付けているために他の巻を読まないと真意がわからない場合もあるのですが, この場合は四神云々のすぐ次に書かれていますので,それを見落としているのは、 「相手の言いたい事を良く理解せずに言葉尻を捕らえて批判している」 といわれてもしかたがありません。井沢先生をも誤解されないようにお願いいたします。 逆説の日本史をきちんと読めば,四神云々は風水に無知な一般読者のための 井沢先生のサービスに過ぎない事はすぐに分かります。 専門書でなくわざわざ百科事典の解説をかかげ、井沢先生なりに平安京における 四神云々の解説をしたのであって,これは導入に過ぎません。 本筋は次の黄氏の論文でしょう。井沢先生はもちろん宗教を軽視されていません。 言わずもがなの事だと思ったのですが,小生のように読んだ人は いらっしゃらないのでしょうか。ご意見お聞かせ頂ければ幸甚です。 Time : 2000/11/27(月) 10:21:21
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 2m様へ Comments:  2m様、おひさし振りです。 例によって,週末は留守にしていましたので, 返事が遅くなってスミマセン。まさにおっしゃるとおりの感想です。 このように崩れだしたのは,やはりPTAを重視しだしてからだと思います。 小生らの時代はかろうじて    「親は先生に尊敬の念を忘れていない」 時代でしたので,教師の教育方針には(多少親のそれとのちがいはあっても) 一定度の敬意をはらって尊重していました。 ところが(わが子かわいさに)子どもをしかったら教師に文句を言う 親がどんどん出てきました。親がそうなら子どももそうなって行きます。 教師の権威など微塵も無くなり、学級崩壊は時間の問題で、実際そうなりました。 もちろん質の悪い教師がいたのも事実でしょう。 しかし、「芸人はお客に育てられる」とは良くいったもので, PTAがそれをうまくフォローする方向に機能すれば良かったのですが, 左翼的に「批判・糾弾」するのがかっこいいインテリだと勘違いされた時代が 確かに有りました。 (さらにこれは以前からの私見ですので、ご異論大いに有ると思いますが, 「体罰絶対反対」ともシンクロしているように感じます。) 若者は老人の知恵を重んじない。母親は父親を立てない。親は教師を立てない。 このようにすべての権威が失墜すれば、こうならざるを得ないというのは 悲観的過ぎる見方でしょうか? Time : 2000/11/27(月) 10:40:45
Name : パンダ E-mail : Title : ようするに。。。少し違います。 Comments: パンダです。空転さんへ。。。 >>文献にちょっと出てるけど風水は遷都の理由にはならない。陰陽 >>道の力は当然、そこまで及ばない..って訳です。 スミマセンがすこし違います。つまり。。。 陰陽道(風水説)で葛野の方が長岡より優れていたことは概ね事実と 思われる。。。だからといって風水説で葛野に遷都すれば、早良怨霊 から逃れ得るとされたかどうかは。。。分からない。 遷都の後に早良怨霊の本格的鎮魂行為(調伏?)がおこなわれたこと は。。。史料的に確認できる。これは遷都にも関わらず、依然として 怨霊鎮魂が必要とされたことを窺わせる。 従って、桓武の葛野遷都の主動機が風水説によって早良怨霊から逃れ 得る(葛野であれば魔除けが可能であると認識した)ことにあったか どうかは。。。なおさら分からない。 要するに桓武にとっての「合理的根拠」として採用すべきかどうかが 「分からない」ということです。 一方で、長岡が自然災害に対して難点があったことは。。。史料や自 然地形から概ね確認できる。 従って、桓武が恒久的な国都としての長岡に、危惧の念を持っていた ことは。。。「常識的」に概ね推測可能である。 桓武が長岡について早良怨霊を生じた不吉な地と認識したことも。。。 概ね推測可能であろう。 従って、現時点では葛野遷都の主動機は、その効果が信じられたかど うか「分からない」怨霊回避のためというより、その効用が客観的に 「分かりうる」自然災害回避のためであり、副次的に怨霊に対する畏 怖があった。。。と考えた方が蓋然性が高いのではないか。。。 (副都問題はさて置くとしても。。。です) 少なくとも、これを怨霊回避のためと結論付けることは出来ないので はないか。。。ということです。 ですから長岡京遺跡等から。。。遷都によって怨霊回避の効果がある と意識されていたことが明らかに窺える木簡等が発見されれば。。。 当然私の意見は変更します。 なおこれは、「史料至上主義」ではなく「合理的根拠尊重主義」です ので念のため。。。 Time : 2000/11/27(月) 12:44:42
Name : 空転 E-mail : Title : 失礼しました。 Comments: 大阪JF生さん。 もちろん、私より深い意味で述べておられたんだろうなあ、とは思っていました。 それで、私の意見はその、まあ、「露払いみたいなものですよね」的(?)に とってもらえれば、と思いお名前を拝借いたしました。勝手をしてすみませんでした。 私もおっしゃることは判るような気がいたします。私が「怨霊」や「御霊」を そしてその「信仰」の事を知ったのは、井沢先生が最初ではなくて、学校の 民俗学からでした。資格に必要だから友人みんなは仕方なくとってたんですが 何故か私は好きになったんです、勉強できなくて来た学校なのに。 本読むのも一苦労でした。(笑) 「宗教」というより「信仰」を云々することが多いので、ちょっとちがうかな。(笑) だから平安遷都もそれら民俗学者の本からの知識です。 でも、どうやら民俗学は報われなさそうですねえ、科学的じゃないらしいし。 小松先生だけかな。(笑) もちろん井沢先生は民俗学に御詳しいですよね。 なんせ、主人公は折口信夫ですもん。(笑) もちろんですが、私も逆説の日本史は読んでます。 今も布団の中で8巻を読んでます。読み易いですよねえ、論文より。(笑) 風邪がぶりかえし、ちょっとボ〜っとしてますので 失礼はどうかお許し下さい。 Time : 2000/11/27(月) 13:12:44
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 空転様,こちらこそ失礼いたしました Comments:  空転様、こちらこそかなり失礼な行為にも関わりませず, 寛容に受け止めていただいて感激です。 失礼などという事は毛頭ありませんでしたので そのようにおっしゃっていただけますと、恐縮いたします。 と同時にこちらこそ失礼をお詫びいたします。 小生ごときの名前などどんどん利用して頂いてかまいません。 ちがっていれば申し出ますので・・・;。 というより、どのように受け止めていただいているかよくわかりますので 率直なご意見をいただける方がありがたく存じます。 また、これからもよろしくお願い申し上げます。 (猿丸幻視行は作品の中ではかなり遅れて読みましたが, もちろん十分楽しみました。) Time : 2000/11/27(月) 14:15:45
Name : 2m E-mail : Title : 大阪JF生さんへ Comments: 前回は怒りもあって拙い(いつもの事ですが)文章ですみませんでした。 大阪JF生さんの返事を読みましたが、2mの論旨と逆の様な気がします。親が子供 に非道な事をしたから、子供も非道な事(グレた)をする様になって当り前だと書 いたのです。 タレントとは、飯島愛さん(まさか、これは正しい筈・・)の事です。今度、暴 露本をきちんと読んでみてからもう一度書いて見ます。 Time : 2000/11/27(月) 21:18:24
Name : エフ音 E-mail : Title : Re空転様、発言お許しください(大阪JF生様へ) Comments: こんばんは、初めまして 貴方の >井沢先生のお考えは、日本の大学に「宗教学」の講座がほとんど無い事からも >宗教の専門家を軽んじる傾向があるが,もっとその方たちの意見に >耳を傾けるべきではないかという事だと思います。 という意見に基本的に賛成します。 また、平安遷都編をよめば、井沢氏は早良親王のタタリから逃れるために 遷都をしたことと、長岡京を襲った二度の洪水によって、適地とは見なされなく なったこととは同じことだと述べております。 安殿親王の病気の理由が早良親王タタリのせいだと陰陽師がいったその年に 二度も洪水が起こっているのですから、当時の人々がこの洪水を怨霊の仕業と 考えるのは不思議ではないでしょう。 (ただ言葉尻の問題ですが、「当時の人々が何か悪霊の仕業としか考えられな かったはずである」という部分には少し言いすぎかなという気もします。) 以下蛇足(一部記憶に基づいた発言です。勘違いした部分があれば ごめんなさい) 少し前のポスト誌上で上高森遺跡での捏造事件の検証記事のなかで 井沢氏のコメントとして、井沢氏がこれに関連した秩父の遺跡等を かなり好意的に紹介したことを自戒しているというようなことが 載っていました。 最近の検証記事を見る限りでは、この捏造事件はかなりお粗末なもの のように思えるのですが、井沢氏がなぜこれにだまされたのか少し 不思議です。 これとは別に、やはりポスト誌上の対談記事で 沖縄の海底遺跡に関してもかなり好意的に紹介していたと思います。 以前、この海底遺跡に対して批判的な意見としてこの遺跡の階段状 になっている部分が同一の岩からなっているというものを読んだこと があります。 これに対して有力な反証は現在のところ知りません。 個人的にはこの海底遺跡に関して(捏造ではありえませんが) かなり懐疑的なので、井沢氏がなぜ今になってこの海底遺跡を紹介する のかかなり不思議に思いました。 私の杞憂であれば良いのですが、最近の井沢氏は忙しくて新説の反証 を十分集めきれていないのではないかと不安に思います。 Time : 2000/11/28(火) 01:47:56
Name : HIRO E-mail : Title : 御知恵を拝借。 Comments: すみません、誰か知っている方いましたら教えてください。 「大和」の由来について、 「元明天皇が国名を二字にすることを定めたので『倭』に通じる『和』に『大』をつけ 『大和』とした。また「大倭」とも書いた(広辞苑)」 とあるのですが、これってどこに載っている話なんでしょう? なんで、こんなこと書いているかって言うと「倭国」って「わ」と読むのか?という 疑問を持っているんですよ。「倭」という漢字に「やまと」という訓読みがついたのは いつの話なんだろう…もし途中から変わったのだとしたらどういうきっかけで自国を 「やまと」と称するようになったのだろう…と。 もしかしたら、最初から「やまと」と名乗ったのに「邪馬台」と表記され、逆に 「親魏倭王」って金印を貰った時に「魏と親しい倭(ヤマト)の王(キミ)」と 読んでしまったとすれば、それっきりで済むなぁ…と思ったんです。 (日本古語の「わ」が「倭」の語源とする井沢説に異論は無いんですよ。でも、 それが「邪馬台国」の使者が行く前から「倭国」であっても矛盾しませんよね?) 更に、「倭」「王」と「大倭」「大王」と並べると連続性が感じられるし、 「大倭(ヤマト)」→「大和(ヤマト)」って連続性も作れるなぁ… 「大倭(ヤマト)」と同じように「大王(キミ)」とすれば 後の「君(キミ)」へと「読み」の連続性もあるなぁ…とはてしなく 妄想が膨らんでいったんです(笑)。 そしたら、たまたま広辞苑引いている時に発見したのです。 広辞苑の通りなら一瞬にして妄想は幻想になってしまう…(笑)。 由来が詳しく書いてある本でもよいのですが、どなたか教えていただけませんか? Time : 2000/11/28(火) 04:05:54
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : エフ音様、ご意見ありがとうございました. Comments:  エフ音様,初めまして。ご意見ありがとうございました。 (やはり良くお見かけするので,顔見知りのような気がしています。) おっしゃるような杞憂は小生も抱いております。 専門家が常に正しいとも限りませんし,信用しすぎて井沢先生もしばしば 間違われると思います。あくまでも重要な参考資料の一つに過ぎないでしょう。 すべての発掘現場に立ち会うのは不可能でしょうし,それがどの程度きちんと 検証されているかも、現在のところ一般人が調べるのはほとんど不可能です。 当然そんな基本的な事はふまえているはずだと井沢先生も考えられたでしょうし, この発掘を信用した先生方も同じだったのではないでしょうか。 これは閉鎖的な硬直したシステムの盲点をついた事件だと考えます。 私見ですが、やはり「素人の検証」はあらゆるところで必要とされて いると思います。こんな時代ですから,各学会は成果をWWW上でオープンにして、 素人の素朴な批判の目にさらすべきだと思います。 つまり「はだかの王様」効果を狙っているわけで,子どもの代わりに素人が 気軽に「おかしくありませんか?」といえるようにしなければいけないでしょう。 (似たような事は,長野のペログリ知事と事務官の間で起こっていますね。 でもこれは現実的でさまざまな他の要素もありますが・・・) もちろんこれはバランスの問題で,従来は専門家の聖域を尊重しすぎて 異常なバランスになっていたということだと思います。  また、井沢先生は一寸言い過ぎることがあるかなとは、時々小生も感じています。 ただそれらは、たとえば「サリンなんて自衛隊の仕業」と決めつけて 井沢先生の講演をぶち壊すような行為を平気でする人がいることは事実で、 そのような井沢先生のさまざまな苦労が、強すぎる表現の背景にあるように感じます。 恐らくそれはファンゆえの好意的解釈で、無意識に大目に見ているのでしょうね。 でも批判的な方々には、我慢できない表現なのかもしれません。 強すぎる表現は,控えていただけるに越した事はありませんね。 小生は、井沢先生はあくまでも魅力的な史観および仮説を提示されていると 考えているに過ぎません。それが真実だとも言い張りませんし, また逆に間違っているというのも言い過ぎだという非常にあいまいな立場です。 でも一番魅力的な仮説であり、変な言い方ですが役に立つ解釈と考えています。 学問をオタク的にミクロで閉鎖的な追究にとどめず,日本人とはなにか、 これからどうすべきかなど、グローバルで示唆に富んだ解釈だと考えます。 これもまた純粋な歴史家には腹立たしいことなのかもしれませんね。 結局のところ,多くの立場を認めつつ、自然淘汰によって「真実」に接近する という道しかないように考えます。その意味で批判し合うのは必要ですし, 大いに結構な事ですが,あくまでも非難・つぶしあいにならないようにしたいものです。 その意味で、もまた、いろんなご意見をお聞かせ頂ければ幸甚です。  それで、具体的な事ですが,最後のほうで述べられているのは「神々の指紋」の 著者グラハム・ハンコックの発掘のことですか? この方の説も上記と同様の立場で眺めていますが,どのあたりが懐疑的になられる ところなのか、良ければ解説頂けませんでしょうか? 興味があります。 Time : 2000/11/28(火) 10:41:30
Name : パンダ E-mail : Title : しつこいようですが。。。 Comments: パンダです。エフ音さん(はじめまして?)へ。。。しつこい様ですが (様ではありませんね、本当にシツコイ。。。)私が言い続けているの は、次の疑問なのです。。。 井沢さんの論理展開は。。。 A「当時の人々が何か悪霊の仕業としか考えられなかったはずである」  ↓ B「祟りから逃れるのと、洪水等の不適地からの移動は同じことである」  ↓ C「何れにしても遷都の主動機は、怨霊から逃れることである」 によって成立するのではないでしょうか? ですからもし A が言い 過ぎだとしたら。。。 A「悪霊の仕業と考える一方では、地形の故とも考えたであろう」  ↓ B「祟りから逃れるのと同時に、地形不適地からの脱出でもあろう」  ↓ C「遷都の動機には、二つの側面が考えられる」  ↓ D「それでは、どちらの動機がより主要と考えるべきであろうか」 という論理展開になるのではないでしょうか?  そこで長岡の自然地形・葛野の怨霊回避信頼性・遷都後の本格的怨霊鎮 魂・和気清麻呂の奉上・遷都後の国名改称・宮号制定。。。等を総合的 に勘案し、その蓋然性を論じるべきではないかと思うのです。 黄氏論文や小松氏・吉野氏が、如何に平安京の風水説適合性やその後の 風水説的な整備を論証されようと。。。そのこと自体は貴重ですし、立 派な業績だと思いますが。。。当然ながら当時の人々(桓武)が、葛野 であれば怨霊から逃れ得ると考えたという論証にはなり得ませんね。 私が、風水説は程度の差だと言うのは、このことを言っているのです。 その上で、なおかつ遷都が怨霊主動機と見るか。。。適地選定是正(副 都の観点も含めて)主動機と見るか。。。これは判断の相違になるでし ょうが、少なくとも井沢さんが批判されるような「宗教的観点の無視・ 軽視」ではありませんし「史料至上主義」でもありません。 両論の蓋然性は、その根拠の合理性を各々の健全な知性によって、判断 すべきレベルだと思うのですが、間違っているのでしょうか? 私は井沢さんが、いかに学術論文でないとはいえ、高田論文で詳細に述 べられているこれらの論点(私が多少付加した部分もありますが)を、 まったく無視されていること自体が極めてアンフェアだと思っています。 (ハッキリいうと義憤に近いものをを感じています。。だからシツコイ んですけどね) ただもう新たな論点提示がない限り、これで終了したいと思います。。。 Time : 2000/11/28(火) 23:33:04
Name : エフ音 E-mail : Title : 大阪FJ生様へ Comments: 大阪FJ生様、拙文へのご返事ありがとうございました。 「素人の検証」というのは面白い考えかと思います。 そして、これは研究者自身が一番望んでいることでしょう。 実際、研究成果のwww上での公開というのは、もうすでにいくつか 始められていますので、積極的にかかわるつもりがあれば 素人であっても、比較的、最新の研究成果を得ることが出来ますし、 自由に質問等も出来るはずですね、(当たり前のことなのでしょうが、 私にとっては結構ハードルが高い) 井沢氏が紹介された新説とかも、今後、その気になれば、ホームページ 等へアクセスして、さらに疑問があれば直接本人に質問することも インターネットでは可能なんですね 改めてインターネットの力に気づかされます。 後は時間と気力の問題かも(私にとってはこれが一番問題) 前回、書いた沖縄の海底遺跡ですが、これは正式名称、与那国海底遺跡でした。 まず、自分で書いておいて反省しなくてはいけないなと思ったのは 無責任な引用で、(一応記憶に基づいて書いたと断ったつもりですが) 紛らわしい形になって惑わせてしまったことです。 この遺跡に関しては現在、琉球大学の木村政昭教授が中心となって調査が 行われています。 私が知っているのは2,3年前に出版されている海底のオーパーツ という本からの知識で反対論はどこで仕入れたか思い出せません。 議論の焦点となっているのは主に2点で この海底遺跡が注目されたのは 海洋地質学が専門である木村教授が、この地域がかつては陸地だったこと と結びつけこのサンニヌ台が遺跡である可能性があることを 示唆したからです。この地域が近い過去に陸地でなかったなら この遺跡問題は起こらなかったことから、まずこの陸地説の信頼性の議論が あります。(この説自体は西表や与那国の現在の特徴的な生態系も同時に 説明できるのでかなり魅力的です。)ただ専門的なプレートテクトニクス論 とかがからんでくるので、この議論に関してはよく判りませんでした。 次に、この遺跡に見えるサンニヌ台という地形が人工物か自然の造形か、また これらの地域から出た遺物がやはり人工物かどうかという議論があります。 その際、端的に言ってこのサンニヌ台という地形が一枚岩あるいはそれに 近い形で存在するなら自然の造形と考えたほうがいいのではないかというのが 反対論の中で私が一番もっともだと思う主張です。 木村教授自身はもちろんこれらは遺跡であると主張していますが、なお現在 調査中という立場を崩していない(はずです)。 こういう形で議論が存在している限り、特に問題とはならないと思うのですが、 マスコミがからんでくると微妙な言質を取ったり、反対論を紹介しない形でこの 遺跡を紹介したりするのでかなり危険な雰囲気を感じているわけです。 そして、井沢氏の紹介文が秩父の遺跡の時でもそうでしたが、あまり反対論がある ことを意識せずに好意的な紹介をされていたように感じたので(あくまでも個人的 感想ですが)前回のような書き込みになってしまったわけです。 今回大阪FJ生様から、もう少し詳しく解説してほしいとのことでしたが 私自身、勉強不足の身なのでこの程度でご勘弁ください。 ちなみに木村教授はホームページを開設しておられましたし、この遺跡に関する サイトもいくつか存在するようですので、詳しくはそちらをご覧下さい。 (パンダ様、なるべく早くお返事を書くべきなのでしょうが 今日はご勘弁ください。) Time : 2000/11/29(水) 02:24:15
Name : 空転 E-mail : Title : アメリカ軍は気付かなかったのかしらん? Comments: 捷号作戦の折り、アメリカ軍が沖縄付近の海底調査をしております。 目的は機雷布設、撤去、潜水艦の進路、その他もろもろ。 そんときにもみつかってたんですかねえ。 まあ、見つかっても当時じゃあ、だめかな。 当時はもっと合理的だったから。(なんせ軍隊ですし。) 合理的かどうかはその時代によって違う判断になりますものね。(笑) 現代の合理的意見で当時ははかれませんもの。 なんせ当時は「戦争遂行」が最も合理的な判断の材料でしたからねえ。 いつの時代も常に合理的な判断の材料が同じとは限りませんもの。 でも、TV局がその部分の岩を削って持ってきたりしてますよねえ。 あんなん、いいのかしらん? Time : 2000/11/29(水) 04:03:41
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : エフ音様、ありがとうございました Comments:  お返事および解説頂きありがとうございました。 前回も書いておられましたが,一枚岩を人工的に加工した可能性が どのように否定されているのかが気になっていました。 重要な手がかりを与えてくださったので,調べてみたいと思います。 まずはお礼まで Time : 2000/11/29(水) 10:17:14
Name : エフ音 E-mail : Title : Reしつこいようですが。。。 Comments: パンダ様へ、 すでに他の方が、ご指摘されておられるかもしれませんが あえて同様のことを、指摘させていただきます。 個人的にはそもそも、井沢氏による高田氏への批判がそれほど強烈なもの とは思えないので、なぜそれほどこだわれているのか不思議に思っていました。 私が逆説の日本史を読んだ限りには 井沢氏が高田氏の論文を批判しているポイントは2点あると思います。 高田氏の論文の怨霊説批判に対して反対意見を述べている点と 高田氏の論文の考察手段の中に呪術の専門家の意見を無視している と指摘している点の二点です。 前回のパンダ様の意見から(パンダ様の意見に共感するかどうかは別として) パンダ様が高田説が正しいと考えられて、 一方井沢氏はこれを自説の証明のためにつまみ食いして批判した。 と考えておられるということが、やっと判りました。 そのため井沢氏を強烈に批判している訳ですね。 私は高田説に関して井沢氏の本に書かれている内容以上のことを 知らないのでこれに関してはコメントすることは控えさせていただきます。 しかし、高田氏が宗教的観点の無視・軽視をしているというのは言いすぎだ という点に対しても批判したいのであれば 井沢氏が高田氏が呪術についてわかっていないと考えた理由の部分に対して 問題点を指摘しないといけないと思います。 そうでなければ、高田氏の説がいくら正しいことを証明しても 高田氏が呪術の専門家の意見を軽視しているという井沢氏の批判を覆す ことは出来ないと私には思えます。 Time : 2000/11/29(水) 23:11:59
Name : エフ音 E-mail : Title : 謝罪 Comments: 先ほど、登録してしまった部分で パンダ様の意見を自己解釈してしまいましたが この部分は、パンダ様に対しても井沢先生に対しても 失礼にあたり、このようなことは推測で述べるべきではない と思い至りました。 皆様にお詫びいたします。 先ほどの登録はもはや取り消すことは出来ませんが、 今後注意いたします。 Time : 2000/11/29(水) 23:20:15
Name : haruo-ie E-mail : Title : 沖縄の海底遺跡?について Comments: haruo-ieです。ひししぶりに書き込みします。パンダさん、腐儒さん、HIRO さん、大阪JF生さん、憂国さん、議論が伯仲して興味深く拝読していました。私ごとき浅学非才の者は、 皆さんの知識の豊富さに圧倒されて書き込みするのが躊躇してしまいました。 今回、エフ音さん(あいさつ遅れました。ごめんなさい)が沖縄の海底遺跡の事を 書いてくれました。沖縄人(沖縄県人と書かないのは多少ニュアンスが違うもので )としてはぜひ掲示板に参加せねばと思い書き込みします。 琉球大学の木村教授が海底遺跡?ではないかと言うことは沖縄の新聞では何年か 前から報道されています。新聞とテレビで報道されたのを何回も見ていますが、 そのたびに体の芯からゾクゾクするのを禁じ得ません。別に沖縄の観光資源になっ ていいということだけではなく、沖縄にはニライカナイという信仰があるからです。 ニライカナイ《根の方≪辺≫、または彼の方(へ)≪または離(か)る方(へ)へ 》とは、日本神話の常世郷に似て目に見えぬ海のはるか彼方に幸せををたらせてく れる楽土がある。という古くから沖縄に伝わる信仰 木村教授は地質学者で週刊ポストの地震特集にもたびたびでいますので皆さんも よくご存じだとおもいますが、私は沖縄人として、言い伝え(信仰)が「何の根拠 もない事だったのではない」とロマンを感じています。(事実、そうであったなら ばもっといいのだが) 余談になりますが木村政昭氏は「南海の邪馬台国」検証された<海上の道>徳間書 店の著書で邪馬台国は沖縄であると書いていますが、さすがに沖縄大好きの私でも 無理があるとおもいました。(笑) Time : 2000/11/30(木) 00:41:19
Name : ゆり子 E-mail : ibiza6@clubaa.com Title : 教えて Comments: 伊勢神宮と法隆寺はなぜ同じ時期に建てられたのか?あとデザインの違いは? Time : 2000/11/30(木) 02:43:38