Name    : パンダ
E-mail  : 
Title   : 孔子の姿勢。。。
Comments: 
パンダです。孔子についてです。

孔子は論語「里仁編」において。。。
「朝聞道、夕死可矣(朝に道を聞けば、夕べに死すとも可なり)」

と述べています。(「朝に道を得れば・・」というのは、知りませんが。。。)
この「聞けば」という意味については、古来より次の二つの解釈がありますね。

1)「道」の内容・・・「道」を知(得)ることが出来れば。。。
2)「道」の実行・・・「道」が現実に行われているならば。。。

私には、どちらかといえば1)のほうが、しっくり来るように感じられますが、
2)も否定できないと思います。(ようするに、良く分かりません)

それでは。。。1)と解釈した場合、孔子は「道」を欲しても得られなかった、
そして得られなかった「道」を欲しがるような(駄目な)人間なのでしょうか?

私は、必ずしもそうは思いません。
確かに「釈迦」や「老子」は、「道=真理」を得(至った)たと称しています。
言うならば「得道者」ですが、それも一つの見識でしょう。
しかし仮に孔子が自分を「道=真理」を求め続ける「求道者」と称したとすれ
ば、それも立派な見識だと思います。

一方、「釈迦」や「孔子」は俗世に身をおいて、自分の得(ようとし)た「道
=真理」を説き続けましたが、「老子」は俗世を離れ隠遁したと伝えられてい
ます。
これも何れも一つの見識だと思いますが、私は前者の直向きさの方が好きです。
みなさんは、孔子の姿勢をもって「駄目さ加減を示している」と思われますか?




Time    : 2000/10/ 1(日) 11:16:26

Name : 2m E-mail : Title : パンダさんへ Comments: >朝に道を聞けば、夕べに死すとも可なり >>朝に道を得れば・・ これは、2mの間違いでした。すみません。しかし、孔子が「道」を大事にし、得 ようとしていたのは解りますが、孔子自身は「道」を得ていなかった筈です。・・ もし本当に「道」を得ていれば、こんな言葉は言えない筈なので。 >「釈迦」や「孔子」は俗世に身をおいて、自分の得(ようとし)た「道=真理」 を説き続けましたが、「老子」は俗世を離れ隠遁したと伝えられています。 影響力の違いでしょうね。釈迦や孔子は思想世界に留まっていましたが、老子は 政治と言う現実社会にも多大な影響を与えていた様です。でなければ、あそこまで 政治に対する突っ込んだ意見が書けるとは思えません。 ・・そして、身の危険を察知し隠れる事は、止むを得ない事の筈です。 >ただただ人を罵倒するだけの言葉しか言えないのですか? >>「道徳経を読んだのですか」「一部しか拾ってしかいない」 良くそこまで、自分の言行に自信を持てますね・・。道徳経には「身を修むる」 と言う言葉がきちんとあります。そして全体を通して「修身」の大切さも説いてい ます。「徳を厚く積む」と言っているのと同じ事です。・・・それが全く入ってい ないから、指摘したのです。 >>「言行不一致」 一致していると思っているのですか。批判しないと書いておいて・・。幾ら言葉 を柔らかい表現にしても、2mへの猛烈な批判が入っているのが解ります。言葉と心 が全く違う、強烈に裏表のある人としかパンダさんは見えませんね。 Time : 2000/10/ 1(日) 22:38:54
Name : パンダ E-mail : Title : それでは、ハッキリお聞きします。。。 Comments: パンダです。2mさんへ。。。 >>「道」を欲しても得られなかった孔子と違い(だいたいそんな物を欲しがる >>事自体、孔子の駄目さ加減を示していますが)、老子は本当の「大道」にい >>る人物として「修身」の大事さを説いています。 >>孔子自身は「道」を得ていなかった筈です。 >>・・もし本当に「道」を得ていれば、こんな言葉は言えない筈なので。 孔子が「道」を得たかどうかが問題ではありません。仮に彼が老子の如く「得 道者」を称せず、あくまで「求道者」として自己を位置づけていたとして。。。 貴方が言うように、孔子の「駄目さ加減をを示している」のかどうかを問題に しているのです。孔子に対する謂れなき誹謗に関して、貴方の発言の撤回を求 めます。 >>釈迦や孔子は思想世界に留まっていましたが、老子は政治と言う現実社会に >>も多大な影響を与えていた様です。 出鱈目も良い加減にして下さい。孔子が思想社会に留まっていて、老子が現実 社会に多大の影響を与えていた様です??????? 貴方は、チャイナの古代史・思想史を知った上で、その様なことをおっしゃっ ているのですか? 孔子は現実政治にも携わっていますし、諸国を遊説し多く の弟子を育成し、その弟子の中から犠牲者をも生んでいます。 李耳が一体何をしましたか? 実在さえ定かではなく、その弟子も明確ではあり ません。「老子」も隠遁に際して書き残したと伝えられているのみです。 私は、「老子」は好きですし評価もしている積もりですが、李耳が現実政治に 携わったり、現実政治に多大の影響を与えていたとは、とても思えません。 貴方が、このように判断された論拠をお示し願います。 >>道徳経には「身を修むる」と言う言葉がきちんとあります。そして全体を通 >>して「修身」の大切さも説いています。 第54章のことでしょうか? 「修之於身、其徳乃真」ですね。 私は、あらゆる思想には夫々の「広義の修身」の概念があるとも申し上げた筈 です。道家にこれが無いと何時言いましたか? さらに、之=道と考えて「道を身に修めて」つまり「修身」よりも「修道」が 相応しいと申し上げませんでしたか? ついでに伺いますが。。。 >>日本での釈迦は死ぬ時に、「息子をくれぐれも宜しく」と高弟に頼んだそう >>です。 これは、何を論拠としておっしゃっているのでしょうか?是非お示し下さい。 Time : 2000/10/ 2(月) 00:41:46
Name : とんぼ E-mail : Title : もはや宗教の話?? Comments: レスありがとうございます。 議論が過熱状態にあるようで。。私の入る余地がありませんので、 今回を最後にして、しばらくお休みするかも知れません。。(笑) パンダさんへ。。 > つまり、儒家は「有為のあるべき理想的人間像」を求め、道家は「無為のある > がままの理想的人間像」を求めたのでは無いでしょうか。。。でも究極的には > 理想的人間像は一致している。。。というところでは? なるほど、真相はそんな所かも知れません。 「道教」と言っても色々な種類(宗派??)があるのでしょうが、 前述のホームページを読むと、 道と儒を同時に実践しているような印象を受けました。 そもそも道教そのものが、他の宗教を受け入れる度量があるようで、 儒教・仏教のみならず、キリスト教等も取り入れてた事もあるようです。 #老荘思想ともどもとらえどころがないです。。(笑) 道徳経の儒教に対する批判も、下徳としての批判であって、 根本的な批判をしているようには、私には見えません。 従って、道教が儒教を取り入れていたとしても、 それほど違和感は感じていません。 > しかし、人間の欲求の肥大化による自然(環境)破壊を抑制する一つのヒント > が、道家思想の中にあるかも知れないという気がするのです。 なるほど。無為自然ならば、環境問題は発生しそうにないですね。 #字面を眺めるだけでも、環境によいような印象を受けます。。(笑) 私も、「所詮は理想にすぎない」という感じを与えない奥深さが、 老子道徳経にはあるような気がします。 老子の自信のようなものを感じます。 2mさんへ。。 > 行為が別物である以上、行きつく先も殆どの場合で別物になる筈です。 半ば冗談ですが、 両方の行為を同時に行う道教の人々の行き着く先はどうなるのでしょうか? > 大方の話ですが・・・。本当に道を極めると、「大道」に行き着きます。 結局の所、「無為」になる為の行為は「有為」であるという、 言語的な矛盾(ちょうどキリスト教の全知全能の神のような。。) を抱えている訳ですから、 この辺の話はもはや宗教の話であって、議論するのは難しいような気もします。 議論というより2mさんの信仰・宗教的体験を話された方がよいような。。 2mさんはどのようにして「大道」に行き着いたのでしょうか? Time : 2000/10/ 2(月) 01:49:33
Name : 腐儒 E-mail : Title : まあなんというか・・・ Comments: こういうことは、実践で示していくしかないでしょうから、 掲示板でお互いを納得させるのは無理ではないでしょうか。 でも2mさんの儒教に対する誤解もひどいなあ。 儒教を理解した上で批判しているのではなく、ただ儒教を誤解しているだけだと思います。 儒教にもいろいろ弱点があるけれどもそれを突いてきていないで、 見当違いのところを攻撃していると思います。 ですから儒教好きとしては「困ったな」とは思うけれど、かえって腹は立ちません。(笑) Time : 2000/10/ 2(月) 14:48:04
Name : 腐儒 E-mail : Title : 2mさんへ Comments: 別に儒教の悪口を言わなくても、老荘思想を説くことは可能なのではないのですか? 儒教を批判したからと言って、老壮思想が浮かびあがるとは思えません。 それでは老壮思想が儒教のアンチテーゼになってしまいますが、 老壮思想はそんな小さななものではないでしょう。 Time : 2000/10/ 2(月) 15:02:29
Name : 2m E-mail : Title : パンダさん、とんぼさんへ Comments: パンダさんへ >>>日本での釈迦は死ぬ時に、「息子をくれぐれも宜しく」と高弟に頼んだそうで す。 >これは、何を論拠としておっしゃっているのでしょうか?是非お示し下さい。 今昔物語の天竺編です。 >孔子は現実政治にも携わっていますし、諸国を遊説し多くの弟子を育成し、その 弟子の中から犠牲者をも生んでいます。 悉く失敗していますね。理想ばかり高くて現実を受け入れ様としない、孔子の態 度からそうなって行ったのですね。そして孔子は旅に出る事になりましたが、結 局、理想先行の為どこにも受け入れられません。・・・そして旅の途中、老子から 「道」を聞き感動してあの言葉を残したのでしょうが、それもまた「道」から外れ ているとは思わなかったでしょうね。 「道」は、得ようとすれば遠のき、得ようとしなければ近づくのです。だから 「道を得る」ための修行は、単純作業を黙々と行って、のー味噌を空っぽにしなけ ればならないのですが・・孔子はそうしていませんね。 >老子が現実社会に多大の影響を与えていた もし、老子が何の功績も無く一介の公務員に過ぎなければ、孔子は会いに行こう とも、弟子になろうとも思わなかったでしょうね。その名声が少なくとも周の周辺 では極めて高かった筈です。・・だから時代が暗転した時にその名声を利用しよう と企む人達から逃れる為に、老子は隠れざるを得なかったと考えられます。 とんぼさんへ >半ば冗談ですが、両方の行為を同時に行う道教の人々の行き着く先はどうなるの でしょうか? 何処にも行き着きません。・・只の人になるだけです。その方が良いとも思いま すが。 >2mさんの信仰・宗教的体験を話された方がよいような。。2mさんはどのよう にして「大道」に行き着いたのでしょうか? や、です。そんな恥じ晒し、言えるもんですか。・・だいたい、2mはこんなん書 きたきゃ無いんです。「道」は論じれば論じるほど、「道」から外れて行く物だか らです。・・・できればずーと、のー味噌を空っぽにしていたいんです。 Time : 2000/10/ 2(月) 21:56:51
Name : パンダ E-mail : Title : 釈迦とラゴラ。。。 Comments: パンダです。2mさんへ。。。 >>釈迦は死ぬ時に、「息子をくれぐれも宜しく」と高弟に頼んだそうです。 >> 今昔物語の天竺編です。 ひょとして、間違っていればご指摘頂きたいのですが、これは第3巻天竺編第 30話「仏、入涅槃給時、遇羅目侯羅(ラゴラ)語」のことをおっしゃってい るのでしょうか? この説話では、釈迦は滅度の状況を。。。 「此の羅目侯羅(ラゴラ)は此れ我が子也。十方の仏、此れを哀愍し給へ」と 契り給て、滅度し給ひぬ。此れ最後の言なり。然れば此れを以って思ふに、清 浄の身に在ます仏そら、父子の間は他の御弟子等には異也。・・・ としています。貴方にとっては区別がつかないのかも知れませんが、「くれぐ れも宜しくと高弟に頼んだ」と「十方の仏、此れを哀愍し給へ」では、同じ父 子の情でも思想的にまったく異なるのです。 (どこが異なるのか、説明を要するとは思いませんが。。。。ところで、この 説話のことをおっしゃっているのならば、「十方の仏」を「高弟」と言い換え られたのは、単なる知識的錯誤か意図的錯誤か。。。是非お聞かせ下さいね。 ただし、釈迦にとっては、諸仏は高弟である。。。というような、平安期多仏 信仰を無視したような、馬鹿げた解釈はごめん蒙りますが。。。) Time : 2000/10/ 3(火) 16:56:33
Name : パンダ E-mail : Title : 「荘子 外編」。。。 Comments: パンダです。2mさんへ。。。 >> 悉く失敗していますね。理想ばかり高くて現実を受け入れ様としない、孔子 >>の態度からそうなって行ったのですね。 私が、ここで言っているのは、貴方の「孔子は思想世界に留まっていました」と いう認識が誤っているということであって、孔子が現実社会に対し行い続けた努 力の結果が失敗であったかどうかではありません。 (必要であれば、別に論じますが。。。) 貴方は、チャイナの古代史・思想史を理解したうえで、孔子が「思想世界に留ま っていました」と断言されるのでしょうか? 是非とも明確なご回答をお願いし ます。 >>「道を得る」ための修行は、単純作業を黙々と行って、のー味噌を空っぽにし >>なければならないのですが・・孔子はそうしていませんね。 貴方は、「『道を得る』ための修行」として、「のー味噌を空っぽ」にされたの かも知れませんが、それは貴方のご自由でしょう。 孔子が「学」によって「道」を得ようとしたのも、孔子なりの確信があってのこ とで孔子の自由です。そして彼が「生涯の求道者」として自己を位置づけたのも 彼の見識でしょう。 世の中には「大道を得た」「大悟を得た」「最終解脱を得た」「天声を聞いた」 という人物が満ち溢れています。その大部分が我利我利亡者の卑劣漢でしか無い ことは、明らかです。(老タンがそうだと言う意味ではありませんが。。。) その中において、孔子が敢えて「朝聞道、夕死可矣」という言葉を発した真剣さ、 清々しさ、はどうでしょう。。。これは孔子の「駄目さ加減を示している」どこ ろか、誰かさんのように「大道を得た」と自称される(?)人間との、果てしな い品格の差であると感じるのは、私だけでしょうか? >>もし、老子が何の功績も無く一介の公務員に過ぎなければ、孔子は会いに行こ >>うとも、弟子になろうとも思わなかったでしょうね。その名声が少なくとも周 >>の周辺では極めて高かった筈です。 貴方は、言うまでもなく「荘子 外編」を熟知されているでしょうね。道家が老 子を最大限に持ちあげるために、孔子を散々引き合いに出している書籍であるこ とも、ご承知のとおりです。 その第13巻天道編に、孔丘と李耳の出会いが述べられています。 「孔子、西のかた書を周室に蔵めんとす。子路謀りて曰く『由聞けり、周の徴蔵 史に老タンなる者あり、免めて帰居すと。則ち試みに往きて、これに因らん』と。孔子曰く『善し』と。」 つまり道家一派でさえも、孔丘が李耳を訪れたのは、単に周室司書経験者に蔵書 の斡旋を依頼するためであったとしていますね。 では。。。この貴方の見解は、一体何なのでしょうか? 私には、マルッキリ理 解出来ませんので、是非とも私のような門外漢にも理解できるようにご説明下さい。 (「荘子 外編」の謙遜しての記述なんて言わないで下さいね。「外編」は孔子 に対する倣岸とも言うべき記述に満ちているですから。。。。) Time : 2000/10/ 3(火) 19:47:47
Name : 2m E-mail : Title : パンダさんへ Comments: パンダさんの今昔物語の解釈は、何が言いたいのか良く解りません。・・単に言 葉を変えたのが気に入らないと言う事ですか。日本での釈迦が「愛欲から逃れ切れ ていない」のは、変えても変えなくても同じです。 しかし、パンダさんは道家の言う事は全て出鱈目だと偏った認識をしている様で すね。また一部の道家の話を全面信用して2mの事を貶していますし・・ただ2mの言 っている事を全面否定したがっているだけですか。・・・ま、どちらにしても、良 い視点を持っているとは言えませんね。 「朝に道を聞けば、夕べに死すとも可なり」と言う孔子の感想・・これは、孔子 が老子から「道」を聞いたとしか取れません。そして、孔子が極めて老子を尊敬し ていたとも取れます。言葉と歴史は関係が深いのに、一方だけしか見なくては、両 方見間違う可能性がありますが。 >大部分が我利我利亡者の卑劣漢でしか無いことは、明らかです。 今まで遣り合っていて、パンダさんは2mに散々酷い事を言っていますが、誤解だ ったとしても謝りませんよね。パンダさんは、2mの事を馬鹿でロクデナシだから、 たとえ自分が悪くても謝る必要など無い、と思っているのではありませんか。 ・・・欲望を暴走させていると言う「点」では、パンダさんも彼らと同類と思い ます。討論も人間の攻撃性に依っている筈ですから。 Time : 2000/10/ 3(火) 22:02:44
Name : 腐儒 E-mail : Title : 2mさんは Comments: 史実の上の孔子 信頼できる史料の上の孔子 あまり信頼できない史料の上の孔子 伝説の上の孔子 これらをごちゃ混ぜにしています。(多分本人にはその自覚がない) これは,宗教や文学の世界に住む者の態度ではあっても、 歴史を探求する態度とは遠いのではありませんか? 一番不思議なのは・・・ >日本での釈迦ーーーとは一体なんのことですか? もちろん日本に根付いた仏教での釈迦と言うのは存在し、 それに対しての研究もできると思います(それは日本仏教史その物でしょう) しかし、紀元前6〜5世紀にインドに存在したお釈迦様とは別物です。 日本での釈迦の言行の責任は、お釈迦様ではなくむしろ日本の僧や中国の僧だと思いますが。 Time : 2000/10/ 4(水) 00:01:52
Name : パンダ E-mail : Title : 具体的に言って下さい。。。 Comments: パンダです。2mさんへ。。。。 >>何が言いたいのか良く解りません。・・単に言葉を変えたのが気に入らない >>と言う事ですか。 やはり、作為的に変えられたのですか? 何故敢えて変えられたのでしょうか? みなさんは、一般民衆が釈迦の父子としての情に関するこの説話を受け取るに 当って、「くれぐれも宜しくと高弟に頼んだ」でも「十方の仏、此れを哀愍し 給へ」でも同じだと思われますか? (もちろん、この説話について釈迦自身には何の関わりも無いことは、腐儒さ んのおっしゃるとおりですが。。。) 道家について。。。 「偏った認識」「一部の道家の話を全面信用」「良い視点を持っているとは言 えません」 こういう具体性の無い言方は止めませんか? どの部分がどう偏っているのか、 どの部分が良くない視点なのか。。。ハッキリいって下さい。 (それと。。。私が、指摘した部分についても具体的にお答え下さいね!) >>「朝に道を聞けば、夕べに死すとも可なり」と言う孔子の感想・・これは、 >>孔子が老子から「道」を聞いたとしか取れません。そして、孔子が極めて老 >>子を尊敬していたとも取れます。 そうですか? 孔子は老子から「道」を聞いて、「これで死んでも満足だ」と 思ったのですか? もし本当にそうならば、弟子達に老子のところへ行かせた かも知れませんし、弟子達にも老子に対する尊敬の念が生じた筈ですが、その ような痕跡は在りませんね。さらに2)の解釈は一体どうなるんでしょうか? >>誤解だったとしても謝りませんよね。・・・・ >>たとえ自分が悪くても謝る必要など無い、と思っているのではありませんか。 とんでもありません。私が誤解しているのであれば幾らでも謝ります。 具体的にどの部分が誤解なのか、謝る必要があるのか。。。おっしゃって下さ い。 >>欲望を暴走させていると言う「点」では、パンダさんも彼らと同類と思いま >>す。討論も人間の攻撃性に依っている筈ですから。 これもまったく具体性がありませんね。欲望を暴走。。。人間の攻撃性。。。 ですって? もともとキリスト教が邪教だの、軍人が汚職者だの、政治家が無能で極悪人だ の、孔子が駄目人間だの、釈迦の精神性が低いだの、好き勝手な悪態を撒き散 らしておられるのは一体何方なのでしょうか? Time : 2000/10/ 4(水) 00:23:06
Name : 八直屋 E-mail : gr6m-kwnb@asahi-net.or.jp Title : 2m さんに一つ質問 Comments:  だれが見ても「矛盾点を指摘されているにもかかわらず、きちんとした 訂正もせず、相手を非難することで誤魔化そうとしている」のは 2m さん の方だと思うんだけどなぁ。 2m さん wrote:(改行済) > 今まで遣り合っていて、パンダさんは2mに散々酷い事を言っていますが、 > 誤解だったとしても謝りませんよね。  パンダさんが一体どんな誤解をしておられた、と言うのでしょう? 逆に 2m さんが誤解していた事項はたくさんあるようですが、まだ一度の 訂正もしていませんよね。  それはひとまず置いといて、一つ確認したいことがあります。 2m さんの投稿を読むと「自分(2mさん)は大道に行き着いた」と認めて いるように見えます。本当に 2m さんは、自分自身が    大道に行き着いた と考えているのですか? とんぼ さんは先に > 2mさんはどのようにして「大道」に行き着いたのでしょうか? と問うておられますが、これは相当な皮肉でしょう。ところが 2m さんは これが皮肉だと気づいていないようなので。 Time : 2000/10/ 4(水) 01:31:57
Name : 2m E-mail : Title : あれこれ Comments: 腐儒さんへ >史実の上の孔子・信頼できる史料の上の孔子・あまり信頼できない史料の上の孔 子・伝説の上の孔子 では、どれが絶対に正しいと言い切れるのですか。・・2mなりに彼らの言葉と予 想する心情を元に、諸説の内の信頼できそうだと思える説に同意しているだけで す。・・史実とされている物が出鱈目と解る事も、その逆も、幾らでもある話です が。 >日本での釈迦 >日本での釈迦の言行の責任は、お釈迦様ではなくむしろ日本の僧や中国の僧だと 思いますが 混乱していませんか。「日本での釈迦の言行の責任・・」は、そのつもりで書い たのですが。そう言った下地があったから、日本の仏僧は戒律が弱いのに、繋がっ て行ったと思われる・・それだけです。 パンダさんへ >やはり、作為的に変えられたのですか? 何故敢えて変えられたのでしょうか? ・・原本読まずに、記憶だけで書いたからです。しかし周囲に弟子達を集めた上 でそんな事を話していた筈なので、パンダさんが書いただけでの風景とは別物にな る筈ですが。 まーた、聖人君子ぶってますね。では謝ってもらいますか。 パンダさんは、2mが暴力団への対処法を具体的に書くまで、そんなのは出鱈目で 現実を知らず、何も考えていない奴が喋っているだけと思っていましたね。・・具 体論を書く前の貶し方と言い、書いた途端逃げ出した事から2mはそう思っていま す。その後も危険極まりない論をぶつけては、2mの事を散々貶していましたね。ど うせ謝るつもりは無いでしょうけど、一応書いておきます。 それから、2mの書いた論の一部を抜き出しては散々貶していましたね。これは絶 対に謝って欲しいですね。そんな馬鹿な真似をする人が増えたら困りますし。 「犯罪者にアメをやるべきと言っている」と2mの論を曲解して、責め立てていま したね。これも謝って欲しいですが。 それと、言動不一致もどうにかできませんか・・ま、染み付いていて言動不一致 と思っていないなら、どうにもならないでしょうが。 それと幾ら悪口を書いたと言っても、相手を全否定まではしてはいません。能無 しが国を動かすと危険だからとっとと辞めるべきとは書きました。このままだと危 険だから、と言う理由付けでの上です。しかし、パンダさんは人の意見を一部を抜 出し、更に曲解に曲解を重ねています。・・2mを責めるだけ責めて、責める事だけ が目的としか思えませんね。 八直屋さんへ ・・そう言えば、この間の話はどうなったのですか。 あと「大道」については、どうでも良い事じゃないですか。必要な様だから書き ましたが。んで2mが知っている物の事を、老子が書いていただけとしか思っていま せんが。ただ「変な物」としか思ってなかったんですがね。 そーいや、以前書いていた「道」と「絶対神」が混同されそうなので、書いてお きます。この2つは全くの別物です。簡単に分ければ、「絶対神」は口を聞いたり映 像を見せたりします。でも「道」は鋭過ぎる直感に過ぎません(この「過ぎ」って のが厄介)。 Time : 2000/10/ 4(水) 22:25:03
Name : 腐儒 E-mail : Title :Comments: 2mさんは被害者を装って責任転換をしていますね。 それでは、あなたが非難して止まない「サヨク」と同じになってしまいますよ。 私は2mさんが鏡に映った自分に対して発言しているとしか思えないのですが・・・ Time : 2000/10/ 4(水) 23:16:47
Name : 腐儒 E-mail : Title : 批判なら誰にでもできる Comments: > では、どれが絶対に正しいと言い切れるのですか。・・2mなりに彼らの言葉と予 >想する心情を元に、諸説の内の信頼できそうだと思える説に同意しているだけで す。・・史実とされている物が出鱈目と解る事も、その逆も、幾らでもある話です が。 2mさんの発言にはそれは当てはまらないのですか?大道に至ったからですか? > 混乱していませんか。「日本での釈迦の言行の責任・・」は、そのつもりで書い >たのですが。そう言った下地があったから、日本の仏僧は戒律が弱いのに、繋がっ >て行ったと思われる・・それだけです。 それだけって・・・その思想を信じている人にとっては重要なことなのです。 それに、最初に発言した時点で本当にそう考えていたのですか? 私の発現を見てから意見を変えたのではないのですか? 2mさんがしていることはただの「批評」であって、大道を得たゆえの見識からの発言ではありません。 批評と言うのは、プログラムさえインプットすればコンピュータでもできます。 そのプログラムを手に入れて全てのことが批評できるようになったからと言って、 全てから超絶した境地に至ったなどと考えるのは間違いではありませんか? 少なくともキリスト教と儒教に対する2mさんの意見ははっきり言って間違っています。 Time : 2000/10/ 4(水) 23:50:15
Name : Rising Sun E-mail : Title : タミクカ ソュケク 、ヒ、ト、、、ニ Comments: 、、、ュ、ハ、熙ヌ、ケ、ャ。「サ荀マタミクカ ソュケク 、チエ、ッソョヘム、キ、ニ、ハ、、、キ。「エ・ヤ、キ、ニ、゙、サ、。」(ソオツタ マコ、マツ扈ルサ、ヌ、ケ、陦ェ) ネ爨ホコ」、゙、ヌ、ホネックタ、エハテア、ヒチマ遉キ、ニ、゚、・ネ 。「 1 - 。リTMD 、マトヤクオタカネ。「オワコ・ッフ・ネニア、ク、隍ヲ、ヒヘラ、鬢ハ、、。」イソクホ、ハ、・00ネッヘ・ 、ニ、・0ネッ、キ、ォヘタサ、ハ、、、ォ、鬘」。ル 、ス、・タ、テ、ソ、鬘「100ネッチエノシ、ア、ソハ、ャホノ、、、ネクタ、ヲ サ、ヌ、ケ、ォ。「ソュケク、オ、。ゥ。ゥ。ゥ ネ爨マタ、ウヲ、ホサルヌロウャオ鬢ホ、メ、ネ、ト・「・皈・ォキウサコハ」ケ酊ホ、・ ナィ、ヒイ、キ、ニホノ、、、ネケヘ、ィ、・ホ、ォ。ゥ。」 ・「・皈・ォツ酣ホホ (JFK)、ネ、、、ィ、ノ、箙ウサコハ」ケ酊ホ、・ ナィ、ヒ、キ、ソ、鬢ノ、、ハフワ、ヒ、「、テ、ソ、ォイ譯ケ、マホノ、ッイア、ィ、ニ、、、・ャヘラ、ャ、「、・ヌ、キ、遉ヲ。」 2 - 。リシォオヤナェニ・ワソヘ、マテ貉、ソッホャ、キ。「ソ、マハフ、ネ、キ、ニ(・ェ・、・ェ・、。「ソ、ャツ鄲レ、ハ 、、タ、閙ソュケク ・ッ・。ェ。ェ。ェ) 。「ツソ、ッ、ホMain land Chiona 、ホハ。ケ、サヲ、熙ッ、キ、ソ。」。ル 、「、ホコ「。「ソッホャ、ネ、、、ヲエムヌー、ャタ、ウヲテ讀ヒヒワナ、ヒコ゚、テ、ソ、、ヌ、ケ、ォ、ヘ~。ゥ ・゙・テ・ォ。シ・オ。シ、マ シォアメ、ホタ・隍タ、ネク螟ヒ・「・皈・ォオトイ、ヌクタ、、、゙、キ、ソ、陦ェ 3 - 。リ、ウ、ホチー、ホチンェオトセチー、ホ・「・・ア。シ・ネ、ヌ、マ。「キヒ。ツ・セイタオ、ヒネソツミ。」。ル、ト 、゙、遙「ネ爨マ。「タ、ウヲテ讀ホノ眛フ、ホケ。ケ、ャ。「コ」クスコ゚。「キウサホマ、エ゙、皃ニ。「サ、ニ、・ォ。シ・ノ、・ チエ、ニヘュク、ヒシォケ、ホケアラ、ヒ、ハ、・隍ヲ、ヒサネ、ェ、ヲ、ネ、キ、ニ、・、ヒ。「ニ・ワ、マ。「コ」、タ、ヒキウサホマ 、ネ、、、ヲカッホマ、ハ・ォ。シ・ノフオ、キ、ヌホノ、、、ネ、、、ヲ、ウ、ネ、タ。」 、筅テ、ネクタ、ヲ、ハ、鬘「ヒフチッ、ホヘヘ、ハ、ッ、タ 、鬢ハ、、セョケ。「フオテ羝・网ハ・キ・ハナ、ヒ、チ、遉テ、ネキウサホマ、、チ、鬢ト、ォ、オ、・ソ、鬘「ネソキ筅キチ・ シ熙ホケ、・「・皈・ォ。「・チキ・「。「テ貉、ホヘヘ、ヒ、サ、、皃トール、・タ、ア、ホホマ、ャフオ、、クホ、ヒ。「、モ、モ、テ 、ニ、キ、゙、ヲセ、アフオ、、ケ、ヒ、キ、ニ、ェ、ュ、ソ、、、ホ、タ。」、ス、ヲ、、、ヲニ・ワ。「ニ・ワソヘ、タ、ウヲ、マ、ノ、ヲサラ、テ 、ニ、、、・ォテホ、テ、ニ、、、゙、ケ、ォ。「ソュケク ・ッ・。ゥ 4 - コ」、゙、ヌ、ヒセッ、ハ、ッ、ネ、・イ・ソソフフフワ、ハシチフ荀EMAIL、トフ、ク、ニスミ、キ、ソ、ャ。「ー・・ 、簗ヨナ、ャフオ、、。」、ュ、テ、ネ。「ネ爨ヒ、マ。「ノ譱ニ、ネー网、。「シォハャ、ホーユクォ、ネ、、、ヲ、筅ホ、サ、テ、ニ、、 、ハ、、、、ヌ、キ、遉ヲ。」、チ、ハ、゚、ヒ。「ニア、クシォフアナ゙ー、ヌ、筍「クホセョ゙シシチ遙「クスソケシチ遙「ケ篏ヤチ・ ノト、オ、ナ、マ、チ、网、ネハヨナ、、ッ、・゙、キ、ソ。」 、ウ、、ハヘ・スタノヤテヌ、ヌ、、、、イテクコ、ハナロ、ャ。「・フ・ッ・フ・ッ、ネシォフアナ゙ニ筅ヌテ蠑ツ、ヒホマ、ーョ、テ、ニ、、、ュ。「 セュヘ霖、ヒ、ヌ、簑ョ、テ、ソ、ネ、キ、ソ、鬢ネチロチ・ケ、・ネヒワナ、ヒヌリカレ、ャ・セ。シ・テ、ネ、キ、ニ、ュ、゙、ケ、ヘ。」 ウァ、オ、、ホーユクォ、マ、ノ、ヲ、ヌ、ケ、ォ。ゥ Time : 2000/10/ 5(木) 20:30:30
Name : Rising Sun E-mail : Title : タミクカ ソュケク 、ヒ、ト、、、ニ Comments: 、、、ュ、ハ、熙ヌ、ケ、ャ。「サ荀マタミクカ ソュケク 、チエ、ッソョヘム、キ、ニ、ハ、、、キ。「エ・ヤ、キ、ニ、゙、サ、。」(ソオツタ マコ、マツ扈ルサ、ヌ、ケ、陦ェ) ネ爨ホコ」、゙、ヌ、ホネックタ、エハテア、ヒチマ遉キ、ニ、゚、・ネ 。「 1 - 。リTMD 、マトヤクオタカネ。「オワコ・ッフ・ネニア、ク、隍ヲ、ヒヘラ、鬢ハ、、。」イソクホ、ハ、・00ネッヘ・ 、ニ、・0ネッ、キ、ォヘタサ、ハ、、、ォ、鬘」。ル 、ス、・タ、テ、ソ、鬘「100ネッチエノシ、ア、ソハ、ャホノ、、、ネクタ、ヲ サ、ヌ、ケ、ォ。「ソュケク、オ、。ゥ。ゥ。ゥ ネ爨マタ、ウヲ、ホサルヌロウャオ鬢ホ、メ、ネ、ト・「・皈・ォキウサコハ」ケ酊ホ、・ ナィ、ヒイ、キ、ニホノ、、、ネケヘ、ィ、・ホ、ォ。ゥ。」 ・「・皈・ォツ酣ホホ (JFK)、ネ、、、ィ、ノ、箙ウサコハ」ケ酊ホ、・ ナィ、ヒ、キ、ソ、鬢ノ、、ハフワ、ヒ、「、テ、ソ、ォイ譯ケ、マホノ、ッイア、ィ、ニ、、、・ャヘラ、ャ、「、・ヌ、キ、遉ヲ。」 2 - 。リシォオヤナェニ・ワソヘ、マテ貉、ソッホャ、キ。「ソ、マハフ、ネ、キ、ニ(・ェ・、・ェ・、。「ソ、ャツ鄲レ、ハ 、、タ、閙ソュケク ・ッ・。ェ。ェ。ェ) 。「ツソ、ッ、ホMain land Chiona 、ホハ。ケ、サヲ、熙ッ、キ、ソ。」。ル 、「、ホコ「。「ソッホャ、ネ、、、ヲエムヌー、ャタ、ウヲテ讀ヒヒワナ、ヒコ゚、テ、ソ、、ヌ、ケ、ォ、ヘ~。ゥ ・゙・テ・ォ。シ・オ。シ、マ シォアメ、ホタ・隍タ、ネク螟ヒ・「・皈・ォオトイ、ヌクタ、、、゙、キ、ソ、陦ェ 3 - 。リ、ウ、ホチー、ホチンェオトセチー、ホ・「・・ア。シ・ネ、ヌ、マ。「キヒ。ツ・セイタオ、ヒネソツミ。」。ル、ト 、゙、遙「ネ爨マ。「タ、ウヲテ讀ホノ眛フ、ホケ。ケ、ャ。「コ」クスコ゚。「キウサホマ、エ゙、皃ニ。「サ、ニ、・ォ。シ・ノ、・ チエ、ニヘュク、ヒシォケ、ホケアラ、ヒ、ハ、・隍ヲ、ヒサネ、ェ、ヲ、ネ、キ、ニ、・、ヒ。「ニ・ワ、マ。「コ」、タ、ヒキウサホマ 、ネ、、、ヲカッホマ、ハ・ォ。シ・ノフオ、キ、ヌホノ、、、ネ、、、ヲ、ウ、ネ、タ。」 、筅テ、ネクタ、ヲ、ハ、鬘「ヒフチッ、ホヘヘ、ハ、ッ、タ 、鬢ハ、、セョケ。「フオテ羝・网ハ・キ・ハナ、ヒ、チ、遉テ、ネキウサホマ、、チ、鬢ト、ォ、オ、・ソ、鬘「ネソキ筅キチ・ シ熙ホケ、・「・皈・ォ。「・チキ・「。「テ貉、ホヘヘ、ヒ、サ、、皃トール、・タ、ア、ホホマ、ャフオ、、クホ、ヒ。「、モ、モ、テ 、ニ、キ、゙、ヲセ、アフオ、、ケ、ヒ、キ、ニ、ェ、ュ、ソ、、、ホ、タ。」、ス、ヲ、、、ヲニ・ワ。「ニ・ワソヘ、タ、ウヲ、マ、ノ、ヲサラ、テ 、ニ、、、・ォテホ、テ、ニ、、、゙、ケ、ォ。「ソュケク ・ッ・。ゥ 4 - コ」、゙、ヌ、ヒセッ、ハ、ッ、ネ、・イ・ソソフフフワ、ハシチフ荀EMAIL、トフ、ク、ニスミ、キ、ソ、ャ。「ー・・ 、簗ヨナ、ャフオ、、。」、ュ、テ、ネ。「ネ爨ヒ、マ。「ノ譱ニ、ネー网、。「シォハャ、ホーユクォ、ネ、、、ヲ、筅ホ、サ、テ、ニ、、 、ハ、、、、ヌ、キ、遉ヲ。」、チ、ハ、゚、ヒ。「ニア、クシォフアナ゙ー、ヌ、筍「クホセョ゙シシチ遙「クスソケシチ遙「ケ篏ヤチ・ ノト、オ、ナ、マ、チ、网、ネハヨナ、、ッ、・゙、キ、ソ。」 、ウ、、ハヘ・スタノヤテヌ、ヌ、、、、イテクコ、ハナロ、ャ。「・フ・ッ・フ・ッ、ネシォフアナ゙ニ筅ヌテ蠑ツ、ヒホマ、ーョ、テ、ニ、、、ュ。「 セュヘ霖、ヒ、ヌ、簑ョ、テ、ソ、ネ、キ、ソ、鬢ネチロチ・ケ、・ネヒワナ、ヒヌリカレ、ャ・セ。シ・テ、ネ、キ、ニ、ュ、゙、ケ、ヘ。」 ウァ、オ、、ホーユクォ、マ、ノ、ヲ、ヌ、ケ、ォ。ゥ Time : 2000/10/ 5(木) 20:30:59
Name : Rising Sun E-mail : Title : タミクカ ソュケク 、ヒ、ト、、、ニ Comments: 、、、ュ、ハ、熙ヌ、ケ、ャ。「サ荀マタミクカ ソュケク 、チエ、ッソョヘム、キ、ニ、ハ、、、キ。「エ・ヤ、キ、ニ、゙、サ、。」(ソオツタ マコ、マツ扈ルサ、ヌ、ケ、陦ェ) ネ爨ホコ」、゙、ヌ、ホネックタ、エハテア、ヒチマ遉キ、ニ、゚、・ネ 。「 1 - 。リTMD 、マトヤクオタカネ。「オワコ・ッフ・ネニア、ク、隍ヲ、ヒヘラ、鬢ハ、、。」イソクホ、ハ、・00ネッヘ・ 、ニ、・0ネッ、キ、ォヘタサ、ハ、、、ォ、鬘」。ル 、ス、・タ、テ、ソ、鬘「100ネッチエノシ、ア、ソハ、ャホノ、、、ネクタ、ヲ サ、ヌ、ケ、ォ。「ソュケク、オ、。ゥ。ゥ。ゥ ネ爨マタ、ウヲ、ホサルヌロウャオ鬢ホ、メ、ネ、ト・「・皈・ォキウサコハ」ケ酊ホ、・ ナィ、ヒイ、キ、ニホノ、、、ネケヘ、ィ、・ホ、ォ。ゥ。」 ・「・皈・ォツ酣ホホ (JFK)、ネ、、、ィ、ノ、箙ウサコハ」ケ酊ホ、・ ナィ、ヒ、キ、ソ、鬢ノ、、ハフワ、ヒ、「、テ、ソ、ォイ譯ケ、マホノ、ッイア、ィ、ニ、、、・ャヘラ、ャ、「、・ヌ、キ、遉ヲ。」 2 - 。リシォオヤナェニ・ワソヘ、マテ貉、ソッホャ、キ。「ソ、マハフ、ネ、キ、ニ(・ェ・、・ェ・、。「ソ、ャツ鄲レ、ハ 、、タ、閙ソュケク ・ッ・。ェ。ェ。ェ) 。「ツソ、ッ、ホMain land Chiona 、ホハ。ケ、サヲ、熙ッ、キ、ソ。」。ル 、「、ホコ「。「ソッホャ、ネ、、、ヲエムヌー、ャタ、ウヲテ讀ヒヒワナ、ヒコ゚、テ、ソ、、ヌ、ケ、ォ、ヘ~。ゥ ・゙・テ・ォ。シ・オ。シ、マ シォアメ、ホタ・隍タ、ネク螟ヒ・「・皈・ォオトイ、ヌクタ、、、゙、キ、ソ、陦ェ 3 - 。リ、ウ、ホチー、ホチンェオトセチー、ホ・「・・ア。シ・ネ、ヌ、マ。「キヒ。ツ・セイタオ、ヒネソツミ。」。ル、ト 、゙、遙「ネ爨マ。「タ、ウヲテ讀ホノ眛フ、ホケ。ケ、ャ。「コ」クスコ゚。「キウサホマ、エ゙、皃ニ。「サ、ニ、・ォ。シ・ノ、・ チエ、ニヘュク、ヒシォケ、ホケアラ、ヒ、ハ、・隍ヲ、ヒサネ、ェ、ヲ、ネ、キ、ニ、・、ヒ。「ニ・ワ、マ。「コ」、タ、ヒキウサホマ 、ネ、、、ヲカッホマ、ハ・ォ。シ・ノフオ、キ、ヌホノ、、、ネ、、、ヲ、ウ、ネ、タ。」 、筅テ、ネクタ、ヲ、ハ、鬘「ヒフチッ、ホヘヘ、ハ、ッ、タ 、鬢ハ、、セョケ。「フオテ羝・网ハ・キ・ハナ、ヒ、チ、遉テ、ネキウサホマ、、チ、鬢ト、ォ、オ、・ソ、鬘「ネソキ筅キチ・ シ熙ホケ、・「・皈・ォ。「・チキ・「。「テ貉、ホヘヘ、ヒ、サ、、皃トール、・タ、ア、ホホマ、ャフオ、、クホ、ヒ。「、モ、モ、テ 、ニ、キ、゙、ヲセ、アフオ、、ケ、ヒ、キ、ニ、ェ、ュ、ソ、、、ホ、タ。」、ス、ヲ、、、ヲニ・ワ。「ニ・ワソヘ、タ、ウヲ、マ、ノ、ヲサラ、テ 、ニ、、、・ォテホ、テ、ニ、、、゙、ケ、ォ。「ソュケク ・ッ・。ゥ 4 - コ」、゙、ヌ、ヒセッ、ハ、ッ、ネ、・イ・ソソフフフワ、ハシチフ荀EMAIL、トフ、ク、ニスミ、キ、ソ、ャ。「ー・・ 、簗ヨナ、ャフオ、、。」、ュ、テ、ネ。「ネ爨ヒ、マ。「ノ譱ニ、ネー网、。「シォハャ、ホーユクォ、ネ、、、ヲ、筅ホ、サ、テ、ニ、、 、ハ、、、、ヌ、キ、遉ヲ。」、チ、ハ、゚、ヒ。「ニア、クシォフアナ゙ー、ヌ、筍「クホセョ゙シシチ遙「クスソケシチ遙「ケ篏ヤチ・ ノト、オ、ナ、マ、チ、网、ネハヨナ、、ッ、・゙、キ、ソ。」 、ウ、、ハヘ・スタノヤテヌ、ヌ、、、、イテクコ、ハナロ、ャ。「・フ・ッ・フ・ッ、ネシォフアナ゙ニ筅ヌテ蠑ツ、ヒホマ、ーョ、テ、ニ、、、ュ。「 セュヘ霖、ヒ、ヌ、簑ョ、テ、ソ、ネ、キ、ソ、鬢ネチロチ・ケ、・ネヒワナ、ヒヌリカレ、ャ・セ。シ・テ、ネ、キ、ニ、ュ、゙、ケ、ヘ。」 ウァ、オ、、ホーユクォ、マ、ノ、ヲ、ヌ、ケ、ォ。ゥ Time : 2000/10/ 5(木) 20:31:59
Name : Rising Sun E-mail : Title : タミクカ ソュケク 、ヒ、ト、、、ニ Comments: 、、、ュ、ハ、熙ヌ、ケ、ャ。「サ荀マタミクカ ソュケク 、チエ、ッソョヘム、キ、ニ、ハ、、、キ。「エ・ヤ、キ、ニ、゙、サ、。」(ソオツタ マコ、マツ扈ルサ、ヌ、ケ、陦ェ) ネ爨ホコ」、゙、ヌ、ホネックタ、エハテア、ヒチマ遉キ、ニ、゚、・ネ 。「 1 - 。リTMD 、マトヤクオタカネ。「オワコ・ッフ・ネニア、ク、隍ヲ、ヒヘラ、鬢ハ、、。」イソクホ、ハ、・00ネッヘ・ 、ニ、・0ネッ、キ、ォヘタサ、ハ、、、ォ、鬘」。ル 、ス、・タ、テ、ソ、鬘「100ネッチエノシ、ア、ソハ、ャホノ、、、ネクタ、ヲ サ、ヌ、ケ、ォ。「ソュケク、オ、。ゥ。ゥ。ゥ ネ爨マタ、ウヲ、ホサルヌロウャオ鬢ホ、メ、ネ、ト・「・皈・ォキウサコハ」ケ酊ホ、・ ナィ、ヒイ、キ、ニホノ、、、ネケヘ、ィ、・ホ、ォ。ゥ。」 ・「・皈・ォツ酣ホホ (JFK)、ネ、、、ィ、ノ、箙ウサコハ」ケ酊ホ、・ ナィ、ヒ、キ、ソ、鬢ノ、、ハフワ、ヒ、「、テ、ソ、ォイ譯ケ、マホノ、ッイア、ィ、ニ、、、・ャヘラ、ャ、「、・ヌ、キ、遉ヲ。」 2 - 。リシォオヤナェニ・ワソヘ、マテ貉、ソッホャ、キ。「ソ、マハフ、ネ、キ、ニ(・ェ・、・ェ・、。「ソ、ャツ鄲レ、ハ 、、タ、閙ソュケク ・ッ・。ェ。ェ。ェ) 。「ツソ、ッ、ホMain land Chiona 、ホハ。ケ、サヲ、熙ッ、キ、ソ。」。ル 、「、ホコ「。「ソッホャ、ネ、、、ヲエムヌー、ャタ、ウヲテ讀ヒヒワナ、ヒコ゚、テ、ソ、、ヌ、ケ、ォ、ヘ~。ゥ ・゙・テ・ォ。シ・オ。シ、マ シォアメ、ホタ・隍タ、ネク螟ヒ・「・皈・ォオトイ、ヌクタ、、、゙、キ、ソ、陦ェ 3 - 。リ、ウ、ホチー、ホチンェオトセチー、ホ・「・・ア。シ・ネ、ヌ、マ。「キヒ。ツ・セイタオ、ヒネソツミ。」。ル、ト 、゙、遙「ネ爨マ。「タ、ウヲテ讀ホノ眛フ、ホケ。ケ、ャ。「コ」クスコ゚。「キウサホマ、エ゙、皃ニ。「サ、ニ、・ォ。シ・ノ、・ チエ、ニヘュク、ヒシォケ、ホケアラ、ヒ、ハ、・隍ヲ、ヒサネ、ェ、ヲ、ネ、キ、ニ、・、ヒ。「ニ・ワ、マ。「コ」、タ、ヒキウサホマ 、ネ、、、ヲカッホマ、ハ・ォ。シ・ノフオ、キ、ヌホノ、、、ネ、、、ヲ、ウ、ネ、タ。」 、筅テ、ネクタ、ヲ、ハ、鬘「ヒフチッ、ホヘヘ、ハ、ッ、タ 、鬢ハ、、セョケ。「フオテ羝・网ハ・キ・ハナ、ヒ、チ、遉テ、ネキウサホマ、、チ、鬢ト、ォ、オ、・ソ、鬘「ネソキ筅キチ・ シ熙ホケ、・「・皈・ォ。「・チキ・「。「テ貉、ホヘヘ、ヒ、サ、、皃トール、・タ、ア、ホホマ、ャフオ、、クホ、ヒ。「、モ、モ、テ 、ニ、キ、゙、ヲセ、アフオ、、ケ、ヒ、キ、ニ、ェ、ュ、ソ、、、ホ、タ。」、ス、ヲ、、、ヲニ・ワ。「ニ・ワソヘ、タ、ウヲ、マ、ノ、ヲサラ、テ 、ニ、、、・ォテホ、テ、ニ、、、゙、ケ、ォ。「ソュケク ・ッ・。ゥ 4 - コ」、゙、ヌ、ヒセッ、ハ、ッ、ネ、・イ・ソソフフフワ、ハシチフ荀EMAIL、トフ、ク、ニスミ、キ、ソ、ャ。「ー・・ 、簗ヨナ、ャフオ、、。」、ュ、テ、ネ。「ネ爨ヒ、マ。「ノ譱ニ、ネー网、。「シォハャ、ホーユクォ、ネ、、、ヲ、筅ホ、サ、テ、ニ、、 、ハ、、、、ヌ、キ、遉ヲ。」、チ、ハ、゚、ヒ。「ニア、クシォフアナ゙ー、ヌ、筍「クホセョ゙シシチ遙「クスソケシチ遙「ケ篏ヤチ・ ノト、オ、ナ、マ、チ、网、ネハヨナ、、ッ、・゙、キ、ソ。」 、ウ、、ハヘ・スタノヤテヌ、ヌ、、、、イテクコ、ハナロ、ャ。「・フ・ッ・フ・ッ、ネシォフアナ゙ニ筅ヌテ蠑ツ、ヒホマ、ーョ、テ、ニ、、、ュ。「 セュヘ霖、ヒ、ヌ、簑ョ、テ、ソ、ネ、キ、ソ、鬢ネチロチ・ケ、・ネヒワナ、ヒヌリカレ、ャ・セ。シ・テ、ネ、キ、ニ、ュ、゙、ケ、ヘ。」 ウァ、オ、、ホーユクォ、マ、ノ、ヲ、ヌ、ケ、ォ。ゥ Time : 2000/10/ 5(木) 20:32:28
Name : パンダ E-mail : Title : 「高弟」と「諸仏」。。。 Comments: パンダです。2mさんへ。。。。 まずラゴラについてですが。。。 >>・・原本読まずに、記憶だけで書いたからです。 単なる知識的錯誤で、意図的錯誤(言葉を変えた)ではないのですね。。。。 それならば結構です。いささか無責任な発言だとは思いますが、錯誤・誤謬は 誰にでもあることですから。 ただ、私が「何を論拠としておっしゃっているのでしょうか(つまりは、お間 違いではないでしょうか)?」と言ったのですから、「天竺編です」という回 答ではなく、せめてその時点で原本を確認・訂正して欲しかったと思います。 (私が当初この問題に触れなかったのは、あまりにも次々に疑問を呈するのが 嫌になったので、別の方からのご指摘があると思って差し控えていたからです。 でもそう言ったご指摘が無かったので、貴方の誤った意見により、HPのみな さんが誤った知識を植え付けられることになりかねないと思い、敢えて申し上 げたものです。) >>パンダさんが書いただけでの風景とは別物になる筈ですが。 私は原文を紹介したに過ぎません。。。。 ただ、貴方は「くれぐれも宜しくと高弟に頼んだ」でも「十方の仏、此れを哀 愍し給へ」でも。。。 >>「日本での釈迦が『愛欲から逃れ切れていない』のは、変えても変えなくて >>も同じです。」 とお考えなのですね。 まず申し上げておきますが、この説話は日本独自のもの ではありません。チャイナで製作された「大悲経」に由来するとされています。 本来の仏教思想は、極めて個人主義的なものですが、チャイナにおいては家族 主義との妥協をはかり「父母恩重経」等の中国経(偽経)が製作されましたの で、これもその一種と思われます。 ですから「日本での釈迦」というより「チャイナ及びその伝来の釈迦」と言う べきでしょう。(もちろん、チャイナにおいても、日本においても、この説話 が多くの僧侶に肯定的に受け入れられていたかどうかは、別問題ですが。。。) で。。。「高弟への依頼」と「諸仏(十方仏)への依願」の差違ですが、言う までもなく高弟は煩悩にとらわれた修行中の人間ですから、この人達に対して 「宜しくと依頼」するのは、我が子の将来に対する「依怙贔屓」を求めている ことになりかねず、つまりは執着煩悩(愛欲といっても良いですが)になりか ねません。 (おそらく、その場に居合わせた「高弟」達もそのように受け取りうる情景で しょうし、読者もそのように受け取るでしょうね) しかし、諸仏であれば絶対解脱者ですから、(仏教信者にとっては)その慈悲 は本来無差別で、「依怙贔屓」はありえません。ですから釈迦の「諸仏への依 願」は、人間に「依怙贔屓」を求めたのとは、まったく次元が異なってきます。 つまり、この説話の著者はもちろん、読者もそう言った情景(釈迦の執着煩悩 ではない)として理解しますから、「高弟」と「諸仏」では当然に意味が異な ってくるのです。 仮に「高弟」を「国王」とすれば同じ場景でも、更に意味が変わって来ますよ ね。「諸仏」・「高弟」・(「国王」)では説話の意味が異なることが、お分 かり頂けると思いますが。。。 要するに、チャイナでは仏教の流布に当たって、意図的にこのような家族主義 (特に父母の情愛)を取り入れていますから、釈迦の摩耶夫人やラゴラに対す る情愛も「愛欲」とは捉えず、ごく自然な「あるべき情」としているのです。 本来極めて個人主義的な出家をも、親族への情(あるいは「孝」)と絡めて、 「九族天に生じる功徳あり」とするのも、このような家族主義との妥協です。 (もちろんチャイナにおける仏教の変容なのですが。。。) つまりは、「高弟への依頼」と「十方仏への依願」が同じことなのかどうかは、 これらの思想的背景に関する理解の相違になるでしょうから、これ以上はみな さんのご判断にお任せします。 で。。。後半部分は、「老子」に関することかと思っていましたが、「暴力団」 のことなのですか。 この問題であれば、おおかたのみなさんも既に自明のこととして了解され、飽 き飽きしておられる議論ですし、今更繰り返すのもウンザリでしょう。。。 もう一度、貴方なりに客観的に議論をたどって頂ければ、充分だと思います。 Time : 2000/10/ 5(木) 23:22:26
Name : 2m E-mail : Title : 宗教などについて Comments: 腐儒さんへ >批判なら誰にでもできる それは、腐儒さんも同じですね。 >大道を得たゆえの見識からの発言ではありません。 それでは腐儒さんは、「大道」の事を本当に知っているのですか。聞きかじった 知識だけで、他者を非難するのは腐儒さんの言う通り簡単です。 >キリスト教と儒教に対する2mさんの意見ははっきり言って間違っています。 ・・・腐儒さんは、宗教の素晴らしさと恐ろしさを知らない様ですね。2mが何を どう間違えているのか、はっきりと言えるのでしょうね。キリスト教や儒教、そし て道徳経の精神を根底から理解していなければ、これの発言は荷が重過ぎます。そ の事に腐儒さん自身は気付いているとは思えませんが。 パンダさんへ やはり「謝る」と言うのは嘘でしたか。相変わらず言動不一致ですね・・。前回 書いた内、「暴力団の話」自体はどうでも良いのです。それより、パンダさんの碌 でも無い言動について謝って欲しかったのですが。 特に「論の一部を抜き出しては散々貶していた」についてです・・最近もやらか しましたよね。まあ、これも無駄になるのでしょうが。 >諸仏であれば絶対解脱者ですから だったら弟子を集める必要は無い筈です。ま、日本での釈迦は「息子の修行の手 助けをして欲しい」と言った意味合いで、そんな事を言ったのでしょうね。 しかし、パンダさんは宗教についてとんでもない勘違いをしていますね。「絶対 解脱者」等と言う人種は、世の中にはいませんよ。例えそれが釈迦だとしてもで す。生きている以上、欲望を持っている事の証ですから。欲望を知り尽くし、欲望 を正しく制御できる人の心が、「解脱」ってものでしょうね。・・・偽者ばっか で、勘違いしている人が多過ぎますが。 Time : 2000/10/ 7(土) 00:27:34
Name : パンダ E-mail : Title : 「アメ」の理論と「宗教」について。。。 Comments: パンダです。 (正直のところ嫌になりますが)2mさんへ。。。まず、 >>やはり「謝る」と言うのは嘘でしたか。相変わらず言動不一致ですね・・。 私に誤解があって、謝る必要があれば謝ります。そうでないのに謝る理由は ありません。これが言行(動)一致というものです。 で。。。。。取り敢えず。。。 >>「犯罪者にアメをやるべきと言っている」と2mの論を曲解して、責め立てて >>いましたね。これも謝って欲しいですが。 要は「曲解」を謝れとおっしゃるのですね? それではご説明しましょうか。 >>政治は、「アメ」と「ムチ」で子供を躾るのと似た様な方法を取るのが効果 >>的です。・・・・・・ >>暴対法・傍聴法は、「ムチ」だらけで、「アメ」があるとは思えません。 2000/ 9/14(木) このご意見は、「暴力団」に「アメ」も必要だという意味ですね? そこで問題は、「暴力団」とは如何なる集団か。。。と言うことになります。 私は、ピエールさんの常識的定義、辞典等による社会的定義、暴対法における 法的定義を申し上げましたね。そのうえで。。。 >不法な暴力をつかって、私的利益を追求する反社会的集団。賭博などのほか >風俗営業・各種興行・高利貸、さらに恐喝・脅迫などによって収入をうる。 >gang ー日本語大辞典(講談社) >私は、この定義を言い換えれば「犯罪者集団」だと思っていますが、この定 >義に沿って、貴方の「暴力団」の定義をお聞かせ頂けませんか? 2000/ 9/16(土) と申し上げましたね。これを要するに「私の定義に依れば」貴方のご意見は論 理的帰結として。。。 「暴力団」に「アメ」が必要 「暴力団」=「犯罪者集団」 よって「犯罪者集団」に「アメ」が必要 となるわけです。 ですから、貴方が私の見解を否定されるならば。。。「暴力団」についての 常識的、社会的、法律的定義を否定され。。。 貴方自身の新たな「暴力団」≠「犯罪者集団」であるという暴力団の「定義」 を示されれば良いのです。 しかしながら、貴方は何度督促してもその様な「定義」を示されませんね。 それでいて、「曲解」だとおっしゃっても、全く筋が通りませんよ。 なお、当然ながら。。。「全暴力団員」≠「犯罪者」という論証ではありま せん。ここで論じているのは、あくまで「暴力団」という組織(集団)に関 してですからね。 もし仮に貴方が組織としての「暴力団」には「アメ」は不必要だが、現実に 犯罪を行っていない個人としての「暴力団員」には「アメ」が必要だとおっ しゃるならば別問題になりますが。。。 >>「組織形態は残しておいて、組織自体を悪い事をする組織から、良い事を >>する組織に変える」 ための「アメ」ですから、貴方の論旨は組織としての「暴力団」についての 筈ですからね。 >>特に「論の一部を抜き出しては散々貶していた」についてです・・最近も >>やらかしましたよね。 最近?? 具体的にご指摘願います(何度いったら良いんですか?) >>だったら弟子を集める必要は無い筈です。ま、日本での釈迦は「息子の修 >>行の手助けをして欲しい」・・・ 誰が弟子を集めたとおっしゃるのですか? この場面は釈迦の入寂に際して 弟子達が集まっていたとの設定です。弟子が集まるのに何の不思議がありま すか? なお「日本の釈迦」ではないと申し上げた筈ですが。。。 釈迦が諸仏に息子の修行を祈願したとしても、読者(仏教徒)はそれを「愛 欲」とは考えない。。。分かりませんか? >>パンダさんは宗教についてとんでもない勘違いをしていますね。「絶対解 >>脱者」等と言う人種は、世の中にはいませんよ。 何を考えておられるのでしょう???? 仏教(宗教)というのは、仏陀=「絶対解脱者」が存在することを「信じる」 ことで成立するものなのです。仏教徒が仏陀(如来・正覚者・絶対解脱者) の存在を信じないで、仏教徒と言える筈がないでしょう。 既に申し上げたとおり、私は仏教的無宗教者です。ですから「絶対解脱者」 や「大悟を得た者」「大道を得た者」が、この世に存在しうるかどうかな んてことは分かりません。 もちろん釈迦や老子のように、それを得たと称する方の心境など分かると は思っていません。(それを信じるのが宗教信者なのですよ!) ハッキリ言えることは、現在それを自称するような人間は。。。。 99.99999999999・・・・・・・% そういう存在では無いということです ね。 Time : 2000/10/ 7(土) 01:43:59
Name : パンダ E-mail : Title : 「傭兵」について。。。 Comments: もし、2mさんがどうしても批判して欲しいとおっしゃるのならば、気は進 みませんが、申し上げても良いかな。。。と思うようになってきました。 どうせ「不毛の議論」になるのは、明らかですが。。。みなさんはどのよう に思われますか? Time : 2000/10/ 7(土) 02:01:09
Name : 空転 E-mail : Title : 具体論 Comments: またかい、と言われるかも知れませんが(笑) 昭和19年3月、10万の日本軍がビルマ(ミャンマー)国境を越え、インド のインパールを目指したインパール作戦...。 この作戦の具体案を出したのはビルマ第15軍の牟田口中将といいます。 「アラカン(山脈)の山々を越えて、インドに進撃する。」 発想は大変立派で、陸軍の『イギリスをまず屈服させる。』と言う目的にも 向いた、立派な具体案に見えました。しかし、これに猛然と反対した軍首脳が おりました。 他ならぬ軍参謀長の小幡少将です。 輜重兵出身で、ほとんどそれ一筋の小幡少将は日本軍には数少ない補給の専門家でした。 その専門家が補給が困難である、として猛反対したわけです。 「補給の成り立たない軍(この場合、作戦)とは、成立さえ許されない。」 これを牟田口中将は 「議論の転化だ」 と一蹴してしまいました。 彼にとって具体的とは騎兵や歩兵、戦車の戦場での運用をいい、 「補給の成り立たない軍..云々」は 具体性を持たない、ただの理論のふっかけだ、と感じたのでしょうか。 軍隊をどう捉えるかと言う問題はメチャメチャ重要でして、特に日本軍の 「前線重視、後方(兵站)軽視」は極端でして、これまでも多くの悲劇を 生んできました。だからここで小幡参謀長が 「軍とはどうあるべきか、どう言う存在か」を語ることは、決して哲学(?) をふっかけた訳ではなく、立派な具体論だったと思うんです。ここではっきり 「軍とは何か」をいっとかなくちゃ、「食い物がなくても、弾がなくても 戦うのが軍隊だ」なんて言い出しかねない。 (..結局、牟田口中将はそういう発言をしましたが。)だから、小幡参謀は まず、軍は補給で持つ、ことを説いたんです。 パンダさんはこういうつもりだったんじゃないかなあと思いますよ。 暴力団への対処法を具体的に書く(中略させていただきます。) 書いた途端逃げ出した事 って言うのは誤解ではないかなあ、と端からみて思いました。 まあ、例えが悪かったですか。でも私の知識上、こんな所からしか..(笑) ちなみのですが インパール作戦案は方面軍、南方軍、さらに大本営ですら「無理だ」と否定 しました。もともと無理な作戦だったんです。なのにこれが何故か半月後、 大本営の作戦会議をとおっちゃうんです。 私はこの作戦に大変怒りを覚えるんです。 7万の戦死者を出し、その6割が餓死。(戦って死んだんじゃないんです。) 見兼ねて兵を救うため無断撤退した将軍(正確には無断じゃないですが) を更迭して作戦失敗の責任者にする、など日本軍の組織の汚点だらけです。 汚点の数はガダルカナルにはかないませんが、10万という大兵力でこれを やったという愚かさは負け(?)ません。 また、話がずれました。 まあ、このインパール作戦案はまさに空論でしたが「傭兵論」はいかがでしょう。 やっぱりまず、「ヤーさん」のありようから..?(笑) Time : 2000/10/ 7(土) 07:04:49
Name : E−BOY E-mail : Title : お馬鹿な元彦さん Comments: 本屋で立ち読み「逆説のナントカ」 まぬけな右翼じゃあるまいし、いつまで朝日新聞や岩波書店を 攻撃してんだよ あんなものもはや脅威でもなんでもない あんたいつもそうだな 安全な相手にしか噛み付いたりしない そのうえ、内容ときたらひどいもんだ 百人切り競争のこと もうすこし「歴史」を勉強してから 本を出しましょう 第一あんた、山本ベンダサン七平のこと 確証がないとかいってるけど 本人だって認めてるじゃないの あんたは馬鹿なの? あーあ、それでも「歴史を研究する者」 だなんて図々しいよね Time : 2000/10/ 7(土) 07:17:13
Name : パンダ E-mail : Title : EーBOYさんへ。。。 Comments: パンダです。はじめまして(?)。。。 こういった具体性の無い、単なる感情的「悪態」を撒き散らしても、何の意 味もありません。 井沢さんの意見に問題があるのなら、その部分を具体的に示し、一定の根拠 に基づいて批判されれば如何でしょうか? Time : 2000/10/ 7(土) 08:15:54
Name : パンダ E-mail : Title : 弱兵は戦争におけるプラス要素ですか。。。 Comments: パンダです。空転さんへ。。。 いろいろと貴重なご意見ありがとうございました。 ところで、戦史にお詳しい空転さんに教えて頂きたいのですが。。。 確か第一次大戦の頃だと思いますが、仏軍首脳は伊軍との共同作戦を極端に 嫌がり、むしろ中立を望んだという話です。 (数字は忘れましたが、伊軍が敵対するならば30個師団が必要だ、中立を 守ならば10箇師団を備えておけば良い、しかし同盟して共同作戦を行うの ならば、50個師団が必要となるだろう。。。といったとか??) これは、戦意のない数だけの軍隊は、足手まといになるだけではなく、その 軍隊を守るために余計な兵力を使わねばならない。 或いは、その軍隊が簡単に崩壊した場合、全軍にその影響力が及ぶ懸念があ るので、余計に予備兵力を準備しておかなければならない。。。というよう なことだったと思うのです。 まあ、決して仏軍が強兵集団だったとは言えないと思いますが、それでも弱 兵集団を抱えて戦うことの危険性を述べた警句として、戦史上よく知られた 逸話だと聞いたことがあるのですが。。。? (これは言うまでもなく、2mさんも何時の間にか自明のこととされた、兵 士としての資質に欠けるヤクザ集団を、「傭兵モドキ」として祖国防衛に使 用することが適切かどうかに関係する質問ですので、ご回答を回避されても 結構です。) Time : 2000/10/ 7(土) 10:04:31
Name : 2m E-mail : Title : 銃を乱射した高校生などについて Comments: >>>特に「論の一部を抜き出しては散々貶していた」についてです・・最近もやら かしましたよね。 >最近?? 具体的にご指摘願います(何度いったら良いんですか?) >>>子供・女性・老人と言った弱者と、大人の男性と言う強者 >それから、あわせて「弱者」がどうして、肉体的基準によって判断されるべきも のとお考えなのかも、ご説明なさったほうが良いと思います。私には西太后(老婦 人)と、その警護兵士(屈強な若者)のどちらが「強者・弱者」かは簡単に判定で きませんが。。。。(2000/ 9/29(金) 09:05:52) 「かなり大まかに言って、」と前置きしているのをわざと外した事です。・・も う忘れましたか。 >「全暴力団員」≠「犯罪者」 以前書きました。伴侶や子供までは犯罪者とは言えない筈です。・・・幾ら、悪 い事をした金で生育しているからと言ってもです。 自然界の中で、肉食獣が草食獣を殺しその肉を子供に与える事も、パンダさんの 論理では悪い事になります。肉食獣が草食獣を殺すのは、人間の感覚で言えば悪い 事に入るでしょうね。しかし、そう言った存在がいなければ、草食獣は何れ草を食 べ尽くし、自滅する筈です。 良い事が悪い事にもなるし、悪い事が良い事にもなる・・そう言った自然の道理 を知らないから、酷い論を高尚ぶってパンダさんは言える訳です。 >ハッキリ言えることは、現在それを自称するような人間は。。。。 99.99999999999・・・・・・・% そういう存在では無いということですね。 「道」を得ていない人は、「道」の存在自体を否定する。・・老子や荘子の言う 通りですね。まあ、「魔境・絶対神」と「悟り・道」を勘違いする人も、どうにも なりませんが。 「魔境」と「絶対神」は同一です。口を聞き映像を見せ、人の行動を制御しよう とする・・実態はその人の欲望が幻覚となって現れているに過ぎませんが・・・。 但し、聖書に書かれている「絶対神」が全て「魔境」の力とは2mも思いません。そ れらが入り混じっているから、普通の人には解釈する事が不可能なのでしょうね。 人の暴走を抑止し、あるべき姿にしようとする言葉も多いです。それ以上の抑制 は、その人の欲望が反映した言葉ですが。 アメリカで銃を乱射した高校生が、奇妙な声を聞きそれに従って殺人を犯した、 と言っていたそうです。・・良い訳ではなく本当の事でしょうね。彼は精神鑑定を 拒否したそうですが・・。これは確か、仏教の「悪魔」と言う言葉の本来の姿で す。井沢先生が指摘していた聖書での彼らの行動も、「道」ではなく「魔境」の指 示に従ったのでしょうね・・・。聖書には、神だけでなく悪魔も住み着いている様 です。老子も、そんな事はありがちだと書いてますしね(善は悪になり、悪は善に なる)。 Time : 2000/10/ 7(土) 14:54:46
Name : 空転 E-mail : Title : ハイ、その通りかと思います。 Comments: 組織化されて、近代化され統一された軍隊とそれに向かない軍隊との 軍事行動は前者にとってお荷物でしかありませんでした。 その事を書いたのは確か仏のアルベルト・フラー(間違ってたら、御免なさい) だと思います。第一次ではイタリア軍の兵士の特に士気に問題があったようで 同じ戦術(その頃はそう大差ないんですよね。だから陣地戦になっちゃった ワケだし..。)とっても「ノロマ」だったんだそうです。 イタリアのその伝統は第二次にも受け継がれました。(?) チュニジアからエジプトのイギリス軍を勝手に大兵力で攻めて、勝手に大敗。 ドイツに救援を求めました。ヒトラーは激怒しましたが、救援軍「ドイツ・ア フリカ軍団」を送ります。指揮官はロンメル。アフリカに着いたドイツ軍はイ タリア軍をみて、こう評したと言います。 「奴らは空気だ。」(いてもいなくても、おんなじだ) でもそれどころか、 補給は手助けしてやんなきゃならないし、「精鋭っ」って言っときながら 装備は旧式。それよりも、なによりもとにかく「弱い!!!!!」(笑) 士気は低くて、 「奴ら(イタリア兵)は女と酒が絡まないと戦わないのさ!!」 なんて言われる始末。自分達(イタリア)がそれで負けるのは勝手だが、 面倒みなきゃなんないドイツ軍はたまったもんじゃありません。 弱兵、特に士気に問題あり、の軍隊ほど邪魔な軍隊はない っってことでしょうかねえ。(苦笑) ちなみにアメリカもイギリスをそう見てたような気が..。 まあ、イタリアほどじゃあないにしてもキング大将がそんな事を言ってたような..。 でもキング大将の場合、素行に問題あるから 勝手な個人的意見に過ぎないんでしょうけど..。 Time : 2000/10/ 7(土) 16:02:37
Name : パンダ E-mail : Title : 何をいってるんだか。。。?? Comments: パンダです。2mさんへ。。。。 >> 「かなり大まかに言って、」と前置きしているのをわざと外した事です。・・ >>もう忘れましたか。 ああ。。。そんなことですか。実に簡単なことで、とっくに納得いただいたと ばかり思っていました。 >>「弱者へのいたわり」は。・・人間社会を構成しているのは、かなり大まか >>に言って、子供・女性・老人と言った弱者と、大人の男性と言う強者です。 >>強者の為の政治は、極一部の人の為だけの政治になります。弱者の為の政治 >>は、全ての人の為の政治になります。 2000/ 9/26(火) ですね。。。私は政治を進める上で弱者とは、次のように考えるべきだと言い ましたね? >ただ儒家にせよ道家にせよ、敢えて。。。政治的に慈しみの対象とさるべき >>「弱者」を規定するならば、それは「社会的(権力的・経済的)弱者」で >>あり、「肉体的弱者」では有り得ないと言う気がする。。それだけのことで >>す。                     2000/ 9/30(土) つまり、大まかであろうと、小まかであろうと。。。人間社会の構成において 「肉体的弱者」と「社会的(権力的・経済的)弱者」とは全く異なる概念です。 そして、貴方は政治における慈しみの対象として「肉体的弱者」を想定されて いる。。私は「社会的(権力的・経済的)弱者」を想定している。。。単にそ れだけのことでしょう?  要するに見解が異なっているのであって、どちらが妥当かは、みなさんの判断 次第です。 >>自然界の中で、肉食獣が草食獣を殺しその肉を子供に与える事も、パンダさ >>んの論理では悪い事になります。 まったく度し難いですね。。。。 暴力団員は人間であって、肉食獣を比較に持ち出されるのは論外も極まれりで すね。  良いですか。。。人間が人間の財産を奪って、それを子供に与えることは、自 然界における必然的行為ではないでしょう? ヤクザに財産を奪われた被害者は、自然界の必然によって生じたものではない でしょう? それは非難さるべき犯罪行為であって、人間として許されない行為だと言うこ とも分からないんですか? 詐欺師だって泥棒だって、同じことではないですか。。。って、お聞きしたで しょう? Time : 2000/10/ 7(土) 16:31:09
Name : パンダ E-mail : Title : 「傭兵モドキ」の軍事的非現実性。。。 Comments: パンダです。空転さんへ。。。 ご丁寧な解説、ありがとうございました。 利用させて頂いて、申し訳ありませんが。。。これにて「傭兵モドキ」案の 軍事的非現実性(軍事的側面においては、単なる財政の無駄遣いに過ぎない) に関する論証とさせていただきます。 Time : 2000/10/ 7(土) 16:54:16
Name : パンダ E-mail : Title : 念のためですが。。。 Comments: 空転さんのご紹介は、アフリカ戦線(外地戦)のイメージが強いと思いますが 、いうまでもなく第一次大戦時の場合は祖国防衛戦ですので、念のため。 Time : 2000/10/ 7(土) 17:27:11
Name : 2m E-mail : Title : パンダさんへ Comments: >>> 「かなり大まかに言って、」と前置きしているのをわざと外した事です。・・ もう忘れましたか。 >ああ。。。そんなことですか。実に簡単なことで、とっくに納得いただいたとば かり思っていました。 全然、納得できませんね。戦争や犯罪などの非常事態に於いて、真っ先に被害に 遭うのはそう言った肉体的弱者です。「戦争孤児」と言う言葉も知らない筈は無い ですよね。また社会的にも、歴史上何度も被害を受けている事は知っている筈で す。初期の資本主義では子供や女性も酷い労働環境を強いられていました。・・現 代では、一部の職業で就職しづらい事や幾つかの問題が発生するくらいですが。 そんな現実を無視して、「社会的弱者」の事だから、視点が違うだけだから、と 言って自分の過失を一切認めないパンダさんの態度が問題だと言うのです。「かな り大まかに言って、」と前置きがあれば何も問題無い筈で、聞き返される謂れはあ りません。謝って下さい。・・・と言っても無理ですか、パンダさんはそう言う人 ですしね。 しかし自然界と人間界とで、違いがあると思っている訳ですか・・。見掛け上の 違いは幾らでもありますが、根底になっている欲望は同じです。ただ人間同士で諍 いを続けていたら、人間社会は崩壊します。だから、道徳や法律で欲望の制御をし ている訳です。 人間界に道徳や法律と言ったルールがある様に、自然界にも一定のルールがあり ます。自然災害が起きた時には、肉食獣も草食獣を襲う事は無いそうです。パンダ さんはそれらが対立しているとは見ている様ですが、調和しているとは見ていない 様ですね。だから対立を深めさせ、人間界を混乱させる様な事を平気で言える訳で すね。 余り大きな声で言える事ではないのですが、暴力団にも一つだけ良い点がありま す。「利益」を分配させている、と言う事です。もっともこれは本来は政治家の役 割で、彼らがしっかりしていればそんな必要は無いのですが。・・社会に寄生して いる彼らは、社会を崩壊させたら自分達も崩壊する事を知っている筈です。危険な 事に、左翼の連中はそれが解らなくなっています。学問・知識と言う名の麻薬の為 にです。 Time : 2000/10/ 7(土) 21:42:45
Name : パンダ E-mail : Title : もう、お止めになりませんか? Comments: パンダです。2mさんへ。。。 >> 全然、納得できませんね。戦争や犯罪などの非常事態に於いて、真っ先に >>被害に遭うのはそう言った肉体的弱者です。「戦争孤児」と言う言葉も知ら >>ない筈は無いですよね。 そうでしょうか? 真っ先に被害に遭うのは「社会的弱者」であり、かつ「肉 体的弱者」でもある人々です。「社会的強者」であり、かつ「肉体的弱者」で ある人達は、革命等で「社会的弱者」の概念が転倒しない限り、ほとんどそん な目には遭いません。 「戦争孤児」等は、その典型であって、両親が「社会的弱者」として悲惨な めに遭ったからこそ生じた悲劇なのですが? >>初期の資本主義では子供や女性も酷い労働環境を強いられていました。 それは、彼(女)等が「社会的弱者」であったからでしょう? 「社会的強者」の夫人や子供達が、そんな境遇に置かれていましたか? >>ただ人間同士で諍いを続けていたら、人間社会は崩壊します。だから、道徳 >>や法律で欲望の制御をしている訳です。 まったくおっしゃるとうりです。ですからその欲望を制御出来ないで、暴力に よって欲望を充足しようとする人間には、厳しく対処せざるを得ないって言っ てるんですが? >>自然災害が起きた時には、肉食獣も草食獣を襲う事は無いそうです。パンダ >>さんはそれらが対立しているとは見ている様ですが、調和しているとは見て >>いない様ですね。 肉食獣は、基本的に自己の生存のためにしか、草食獣を襲うことはありません。 それが自然界の節理(調和)ですね。それがどうかしましたか? >>暴力団にも一つだけ良い点があります。「利益」を分配させている、と言う >>事です。 何のことか、さっぱりわかりませんが。。。組長や幹部は基本的に下っ端が市 民から脅し取った不法な金を、上納金として取ることで、豪勢な暮らしをして いるんですが、それが「利益」の分配ですか? もう、こんな下らない議論は、お止めになっては如何でしょうか? 貴方には、みなさんの「もう好い加減にしておけ」って言うブーイングが聞こ えませんか? 。。。やっぱり、私の方でこの件は打ち切らせていただきましょうかね。また ぞろ「逃げ出した」なんておっしゃるんでしょうが、それは皆さんの判断にお 任せいたします。正直いってもうこんな「不毛の議論」は沢山です。 Time : 2000/10/ 7(土) 23:54:27
Name : 2m E-mail : Title : パンダさんへ Comments: ここで書いた「かなり大まかに言って、」とは、「極一部に過ぎない社会的強者 は省く」と言う意味もあります。それを見抜かずに、責めていたのはパンダさんで す。・・それでも、謝るべきとは思いませんか。 Time : 2000/10/ 8(日) 02:02:36
Name : 憂国 E-mail : Title : ヤクザもとりあえず民間人 Comments: 戦争と言う定義をしっかりして頂きたい 本来民間人は関係ないのですよね、、、、、 私は本来このような約束が国際法上しっかりと大東亜戦争前から 西洋人のまえでは決められていたと認識しております 「戦争や犯罪」などと戦争と犯罪を同列に並べては だめですね、 細かいことをいって申し訳ありませんが大事なことなので、 Time : 2000/10/ 8(日) 02:47:12
Name : 憂国 E-mail : Title : 久しぶりに長々と Comments: 原始キリスト教においては、そのなにが基本かと言いますと、じつは 無為なのですね、これは予定説でありまして、何をやっていても 救われる人間はあらかじめ決まっているのです、 これを無視してローマカトリックは、作為的なさまざまな行動をとります 聖書を無視して、というよりは翻訳をせずに読めないようにゲルマン人を 洗脳していくのです、 結局、ルターによってカトリックは半減するのですが その一部はいわゆる「自分勝手」な解釈により異民族をレイプしていくのです プロテスタントもしかり、選民思想の一派でありそれに支えられる強烈な「個」 が、民主主義なるものをつくっていくのであります 民主主義なるものはときにはそれから発生した、と、いうより必要最大限の 「法律」をも凌駕します(ユーゴをみなさい) パンダ様へ、、、、 前に西洋の伝統ある民主主義を「手本」になどとおっしゃっていましたが こんな解りやすい簡単な伝統をもったヨーロッパから何を学べばいいのでしょうか? もっと、自国の(老子だか何だかしりませんが他国の思想などすべて篭絡してる ではないですか)日本教なるものにめを向ける時期が迫っているように 私は思うのですがね、 さしずめ「天皇を中心とする神の国」なんてすばらしい発言とおもうのですが Time : 2000/10/ 8(日) 03:32:39
Name : 憂国 E-mail : Title : 補足として Comments: 東京の渋谷で韓国人が大挙しておしよせているようです、 別に、物騒なことではなくて、洋服屋さんなのですが、韓国で1000円の 物を、日本では3900円で売っています、もし1000円で売ったら 渋谷はパニックになるでしょう、、、、 Time : 2000/10/ 8(日) 04:27:22
Name : パンダ E-mail : Title : 一体何を謝るんでしょうか? 好い加減になさっては? Comments: パンダです。2mさん。。。 >>ここで書いた「かなり大まかに言って、」とは、「極一部に過ぎない社会的 >>強者は省く」と言う意味もあります。それを見抜かずに、責めていたのはパ >>ンダさんです。・・それでも、謝るべきとは思いませんか。 私が責めたとは思いませんが、それは兎も角として。。。 >>人間社会を構成しているのは、かなり大まかに言って、子供・女性・老人と >>言った弱者と、大人の男性と言う強者です。 とおっしゃったのですね。これは「かなり大まかに」言い換えるならば。。。 Aの解釈 1)人間社会を構成するものとして、弱者と強者が存在する。 2)「かなり大まかに言って」子供・女性・老人と言う弱者と、大人の男性と 言う強者である。 3)「かなり大まかに言って」子供・女性・老人と大人の男性とを区分するの は、肉体的機能(の強弱)である。 4)従って、大人の男性でも肉体的機能が弱い身体障害者・病人等は例外的に 弱者とされるし、子供・女性・老人でも肉体的機能が強い者は強者とされう る。 Bの解釈 1)人間社会を構成するものとして、弱者と強者が存在する。 2)「かなり大まかに言って」弱者とは子供・女性・老人であり、強者とは大 人の男性である。 3)「かなり大まかに言って」子供・女性・老人と大人の男性とを区分するの は、肉体的機能(の強弱)である。 4)しかしながら、これは原則論であって、肉体的機能(の強弱)以外の区分 をもって強者・弱者を判断することも考えられないわけではない。 (ただ、ここではその様な極く一部の例外的な区分については論じない) と言うことではないでしょうか? つまりはA・Bのどちらにしても、「原則 として」強者・弱者の判別基準を「肉体的機能(の強弱)」に置いておられる と言うことですね。 これに対して、私の意見は。。。 1)人間社会を構成するものとして、弱者と強者が存在する。 2)社会政治的に言えば、権力や富力を有する者(及びその係累)が強者であ り、それ以外が弱者である。 3)つまり強者・弱者の判断は、「社会的(権力的・経済的)状況」によるべ きである。 3)従って社会政治的視点においては、人間の強弱についての判断基準を「肉 体的機能(の強弱)」に置くべきとは思わない。 つまりは、原則として強者・弱者の判別基準を「社会的(権力的・経済的)状 況」に置いているわけですね。ですから。。。。 西太后と警護の兵士は勿論、官僚の家族とその家来、商人の家族とその使用人、 地主の家族と小作人・・・ヤクザの親分の家族と子分(?)等々極めて広い範 囲について、強者・弱者の判定が異なる訳ですが、これは基準(見解)が異な れば当然のことでしょう? こういった見解の相違について「謝る」理由がどこにありますか? まったく好い加減にしては如何ですか? Time : 2000/10/ 8(日) 10:14:48
Name : 2m E-mail : Title : 憂国さん、パンダさんへ Comments: 憂国さんへ >戦争と言う定義をしっかりして頂きたい 本来民間人は関係ないのですよね 直接には関係無くても、間接的には民間人も関係します。殆どの場合、民間人に 関係しない戦争はありません。武田信玄の父、武田信虎が甲斐の国を追われた理由 の一つに、戦争をする為に庶民に重税を課した、と言うものがあります。また、武 田信玄も、信濃の国を切り取って行った時、一部の庶民に酷い扱いをしていま す。・・そう言った事をせず、経済を活発にして重税を課さなくて済む様にして、 なおかつ軍隊の規律を高めたのが織田信長で、だからこそ脆弱な尾張兵(有名だっ たそうです)でも天下を取れたと思います。 それに「戦争や犯罪などの非常事態に於いて」と書いています。両方とも「非常 事態の一例」として挙げただけで、同列に扱った覚えはありませんが。 パンダさんへ もし「かなり大まかに言って、」と前置きしていなければ、他の人からも「違う し、おかしいのではないか」と言われたでしょうね。例外は幾らでもある、とも書 きましたし。単純極まりない論だと思います。 ま、パンダさんみたいに自己解釈して複雑極まりない論に仕立て上げ、それで駄 目だと言い張る人には理解できないし、大事な部分を勝手に抜き取った事を謝る必 要も無いと思うのでしょうね。 Time : 2000/10/ 8(日) 11:40:54
Name : パンダ E-mail : Title : 民主主義。。。 Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 >>選民思想の一派でありそれに支えられる強烈な「個」が、民主主義なるもの >>をつくっていくのであります・・・・・ >>前に西洋の伝統ある民主主義を「手本」になどとおっしゃっていましたがこ >>んな解りやすい簡単な伝統をもったヨーロッパから何を学べばいいのでしょ >>うか? 民主主義の基本は多数決原理ですから、基本的にはキリスト教とは関係がない と思います。(誤解かもしれませんが、何か直接関係があるようにおっしゃっ ていると感じましたので。。。) 特にローマンキャソリックは、Popeを神の代理人とする階層社会ですから、な おさら民主主義とは縁遠いのではないでしょうか。(Pope選出は多数決原理の ようですが) むしろ西洋民主主義の淵源は、グレコ・ローマン都市国家やゲルマン部族集会 (日本で言えば天岩戸の神々の集会でしょうか?)等と言う非キリスト教的な ものだと思います。 そして、それが封建制度・絶対王政のアンチテーゼとして、西洋各国で様々な 形で採用されたのが、近代民主主義と呼ばれるものだと思います。 ですから、かなり複雑かつ長期の試行錯誤の経験を持っており、日本が「やむ を得ない選択(独裁制よりはまし)」として民主主義を取る限り、善かれ悪し かれ(教師あるいは反面教師として)その歴史の教訓を活かして行くべきだと 思いますが。。。 Time : 2000/10/ 8(日) 18:26:24
Name : 憂国 E-mail : Title : パンダ様へ、、、 Comments: 本来どの民族も持っているような、土俗的な信仰も、ローマカトリック の巧妙さもあるのですが、簡単に捨て去ってしまうような軽薄さ や自分勝手さがゲルマン民族には見えます おっしゃるとうり、直接的には、キリスト教と民主主義は関係 はないのでしょうが、それをおこなう民族によって、その様相は、 かなり変わっていきますね、 ヨーロッパの「伝統」のある民主主義というのならやはりその 構成員たる人間の宗教心を考えずには語れないとおもうのです そういう意味で、この様な極めて無節操で独善的な「伝統」を持った 人たちによる「民主主義」なるものは、日本人にはいささか無理があり 又、その様なひずみが現在の様々な問題の元凶のひとつとして 現れているのではないのでしょうか、 >>むしろ西洋民主主義の淵源は、グレコ・ローマン都市国家やゲルマン部族集会 (日本で言えば天岩戸の神々の集会でしょうか?)等と言う非キリスト教的な ものだと思います。 だとするのならば、民主主義の下地としては、日本にもしっかりあって、むしろ 日本のほうがこういう面では「伝統」があり(平時、戦時、に限らず合議制が基本 であった訳ですから)和の宗教心や自然調和ということにおいては、西洋の民主主義 よりも失われつつある日本人の心を「手本」とするべきなのではないのでしょうか Time : 2000/10/ 9(月) 02:31:59
Name : パンダ E-mail : Title : 豈にゲルマンのみ。。。? Comments: パンダです。憂国さんへ。。。。 >>本来どの民族も持っているような、土俗的な信仰も、ローマカトリックの巧 >>妙さもあるのですが、簡単に捨て去ってしまうような軽薄さや自分勝手さが >>ゲルマン民族には見えます どうも良く分かりませんが、世界宗教(キリスト教・イスラム教・仏教)を受 容した民族は、ゲルマンだけではありませんね。 逆に言えば民族個有宗教のみを守り続けている民族の方が少数派だと思います ので、このことを持って「軽薄・自分勝手・無節操・独善的」とは言えないと 思いますが。。。 >>だとするのならば、民主主義の下地としては、日本にもしっかりあって、む >>しろ日本のほうがこういう面では「伝統」があり(平時、戦時、に限らず合 >>議制が基本であった訳ですから)和の宗教心や自然調和ということにおいて >>は、西洋の民主主義よりも失われつつある日本人の心を「手本」とするべき >>なのではないのでしょうか 物事を決めるにあたって合議するという「民主主義の下地」は、大なり小なり 人類共通の心理であって、特に「日本のほうがこういう面では『伝統』がある」 のかどうかは分かりません。 ただ、日本人の宗教や思想に関する寛容性(好い加減さ)、本来もっていた筈 の自然崇拝的感覚、そして「お天道さんに恥じない。。。」と言うような自然 倫理感覚は、あらためて評価し直すとともに、もっと人類全体に訴えるべきも のでは。。。と思っています。 なお、こういった下地はともかく、複雑極まりない利害交錯がある現代国家を 運営する政治制度としての「民主主義」については、既に申し上げたとおりで す。 Time : 2000/10/ 9(月) 12:02:54
Name : 2m E-mail : Title : パンダさん、憂国さんへ Comments: 民主制でも王制でも貴族制でも、まともな精神を持った人達が合議制で政治を行 っていけば、大体上手く行く筈です。歴史的に見ても民主制は、絶対王制と言う独 裁制への反発として生まれた物ですし。独裁制を行い腐敗した権力者は、別に王 制・貴族制に限らず民主制でも現れています。・・どんな体制でも、一部の人達が 長く権力を握っていると、切迫感を失い堕落し、国を存亡の危機に追いやる様で す。 精神を鍛えるのは宗教・・だからどんな国でも、宗教の影響の無い政治はあり得 ないとは思います。 最近仕入れた情報で、田中角栄は、中曽根康弘を「遠見の富士」と評していたそ うです。「遠くで見る分には美しいが、近くで見ると瓦礫の山」と言う事です。以 前「ふぉーらむ」に書きましたが、ある禅僧が「中曽根康弘の座禅の『姿』は良 い」と書いたのと同じ評です。 簡単に言えば、「見てくれは良いが、中身は出鱈目」と言う事です。こんな人物 が長々と首相を務め、今でも政界に居座っているから、日本は悪くなる事はあって も良くなる事はまず無いでしょうね。・・そう言えば「政治改革・行政改革」と掛 け声ばかりで中身が無いのも、このじーさんの精神性と同じですね。 Time : 2000/10/ 9(月) 13:54:20
Name : 憂国 E-mail : Title : パンダ様へ Comments: >どうも良く分かりませんが、世界宗教(キリスト教・イスラム教・仏教)を受 >容した民族は、ゲルマンだけではありませんね。 >逆に言えば民族個有宗教のみを守り続けている民族の方が少数派だと思います >ので、このことを持って「軽薄・自分勝手・無節操・独善的」とは言えないと >思いますが。。。 私は、「簡単」に捨て去ってしまう、と言う意味で「軽薄」といっているのであり、 その後(近代におにて)の他民族に対しての、侵略、虐殺、差別、があまりにも 「独善的」であるともうしているのですが、ずれちゃってますね、 それと、仰るとおり確かに世界宗教を受容した民族は多々御座いますが、受容の しかたが、キリスト教の場合(侵略の手先となっていた面もふくめて)特異であり イスラムや仏教などとはいささか違うのではないかと、思うのですが 2m様へ >民主制でも王制でも貴族制でも、まともな精神を持った人達が合議制で政治を行 >っていけば、大体上手く行く筈です。歴史的に見ても民主制は、絶対王制と言う>独 >裁制への反発として生まれた物ですし。独裁制を行い腐敗した権力者は、別に王 >制・貴族制に限らず民主制でも現れています。・・どんな体制でも、一部の人達>が >長く権力を握っていると、切迫感を失い堕落し、国を存亡の危機に追いやる様で >す。 仰るとおりかと存じます、 だからこそ私は、「場合」によっては、独裁制も必要であり民主主義(この場合 伝統ある西洋民主主義なのですが)なるものをすべての真理であるかのごとく 論じることに、嫌悪感を抱くのであります。 Time : 2000/10/ 9(月) 15:36:03
Name : パンダ E-mail : Title : キリスト教国は特殊か。。。? Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 >>私は、「簡単」に捨て去ってしまう、と言う意味で「軽薄」といっているの >>であり、その後(近代におにて)の他民族に対しての、侵略、虐殺、差別、 >>があまりにも「独善的」であるともうしているのですが、ずれちゃってます >>ね、 なるほど。。。キリスト教受容時における「軽薄」「自分勝手」と、その受容 後の他民族侵略などの「無節操」「独善的」とは別の問題と言うわけですね。 (ちょっと、そのようには読み取れませんでした) ではまず、キリスト教受容時について言えば、イスラム教を受容した「トルコ」 「アラブ」「モンゴル(チムール)」「ウイグル」「マライ・オセアニア」も、 固有信仰(宗教)を放棄した点では、さほど変わらないと思います。 (仏教は非啓典宗教であるため、それ自体の変容性が高いことは、既に申し上 げたとおりです。それでも「セイロン」「タイ」「ミャンマー」などでは、似 たような状況があったかも知れませんが。。。) ですから、ラテン・ゲルマン・スラブ等が特に「軽薄」「自分勝手」とは思わ ないのですが。。。。 それから、その後の侵略について言えば、チャイナ、モンゴル、トルコ等も、 (加害・被害両面で)かなりなものですし、決してヨーロッパ・キリスト教国 のみではないと思います。 要するにヨーロッパ・キリスト教国には、当時侵略・支配が可能な武力があり、 他の国にはそれが無かったのが、主な要因ではないでしょうか? (日本といえども、大航海時代にそう言った武力があれば、他国を侵略・支配 していたかも知れませんよ。。。) >>民主主義(この場合伝統ある西洋民主主義なのですが)なるものをすべての >>真理であるかのごとく論じることに、嫌悪感を抱くのであります。 繰り返しますが、近代民主主義は「やむを得ない選択」であって、真理などで は有り得ません。ですから歴史の教訓を活かしつつ、その様々な矛盾を克服す るための永遠の努力が必要だと思っています。 だからと言って、国民(人類)の運命を、一個人の専制的・恣意的判断に任せ ることは、絶対に同意出来ません。 既に申し上げたとおり、これは越え難い壁ですから、議論の対象には馴染まな いと思います。 Time : 2000/10/ 9(月) 17:45:06
Name : 憂国 E-mail : Title : やはり特殊では、、、 Comments: いわゆる「ヨシュア記」からなる皆殺しの伝統はユダヤーキリスト教の 要素である訳ですし、 イスラムにはそのイエスでさえも偉大なる預言者としてつつみこむような 寛容性がありますね(あくまでも預言者としてですが) やはり排他的という面で特殊であり、ゲルマン人の持つ凶暴性、残虐性を 肯定するという面では非常に都合がよかったのではないかとおもいます もうひとつ気にかかるのですが、現在私たちが勉強してきた情報は(特に こういうことに関しては)どうも欧米発のものが多いのではないのでしょうか とくにモンゴルに関してはあまりにも一方的で、最近の研究では言われているほど というよりはほとんど、一般人に対して虐殺はなかったということです、 コロンブスはアメリカ大陸を「発見」した訳ですし、、じつに恣意的ですね 2m様的に言えばろくでもない宗教なのでしょうし、特殊であると思います、 Time : 2000/10/10(火) 11:14:40
Name : パンダ E-mail : Title : どっちもどっちでは。。。。 Comments: パンダです。憂国さんへ。。。。 >>いわゆる「ヨシュア記」からなる皆殺しの伝統はユダヤーキリスト教の >>要素である訳ですし、 >>イスラムにはそのイエスでさえも偉大なる預言者としてつつみこむよう >>な寛容性がありますね(あくまでも預言者としてですが) 私は、これら啓典宗教については良く知りませんので、誤解があるかも知 れませんが。。。 ヤハウェ(ヤーベ)=エホバ(エール)=アッラー ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、すべてこのように呼ばれる同一の 「唯一絶対神」を戴いている、いわゆる「啓典の民」ですから。。。。 「いわゆる『ヨシュア記(旧約聖書?)』からなる皆殺しの伝統はユダヤー キリスト教の要素・・・」 と言うのであれば、それはむしろ ユダヤーキリストーイスラム教の要素 と言うべきではないでしょうか? (私は「皆殺しの伝統」というのは、ユダヤ人を選良民とする民族宗教性 に由来するものであり、世界宗教としてのキリスト教やイスラム教は、む しろその色彩を薄めるべく努めたと理解していますが。。違ってますか?) >>やはり排他的という面で特殊であり、ゲルマン人の持つ凶暴性、残虐性 >>を肯定するという面では非常に都合がよかったのではないかとおもいま >>す これら「啓典の民」にとっては「モーゼ」「ジーザス」「ムハンメド」は 、あくまでも預言者(正統キリスト教では父=子=聖霊の三位一体)なの ですが、お互いに近親憎悪を燃やして争ったのですから、これらの宗教的 排他性と言う点ではどっちもどっちではないでしょうか? もっとも、「非啓典の民」であるマケドニアはペルシャ・エジプトを徹底 侵略し、ローマはカルタゴを完全に滅ぼし、ガリア(ゲルマン)を征服し、 結構派手に「皆殺」的にやっていますよね。 (イェルサレムを巡ってのユダヤ教徒とイスラム教徒、インド北部でのヒ ンドゥー教徒とイスラム教徒、あるいはヒンドゥー教徒とジャイナ教徒等 の争い、我が国においても小規模ながら日蓮宗徒の他仏教徒排斥や、日蓮 宗徒内部での中傷合戦まで・・・どの宗教も、宗派も結構その排他性では 賑やかだとは思われませんか? ) また、「ゲルマン人の持つ凶暴性、残虐性」と言うのは、如何なものでし ょうか? 植民地侵略の凄まじさは、むしろラテン系スペイン・ポルトガ ルが先導したと思いますが。。。チャイナは言うまでもなく夷華思想の権 化で、他民族征服は当然のこととしていますし。。。スラブのシベリヤ侵 略も非道いもので。。。これもどっちもどっち。。。 >>現在私たちが勉強してきた情報は(特にこういうことに関しては)どう >>も欧米発のものが多いのではないのでしょうか >>とくにモンゴルに関してはあまりにも一方的で、最近の研究では言われ >>ているほどというよりはほとんど、一般人に対して虐殺はなかったとい >>うことです、 そうですか。。。モンゴルの敵対者虐殺については、そもそも彼等自身が 誇らしげに記録していることですし、元寇に際してのかなり凄まじい一般 人への虐殺行為は、何も欧米に頼らずとも我が国の記録文書で充分ではな いでしょうか?(元寇に先立っての朝鮮への侵略蹂躪も同様ですが。。。) Time : 2000/10/10(火) 22:30:32
Name : 憂国 E-mail : Title : パンダ様へ Comments: >と言うのであれば、それはむしろ ユダヤーキリストーイスラム教の要素 >と言うべきではないでしょうか? >(私は「皆殺しの伝統」というのは、ユダヤ人を選良民とする民族宗教性 >に由来するものであり、世界宗教としてのキリスト教やイスラム教は、む >しろその色彩を薄めるべく努めたと理解していますが。。違ってますか?) 別に違ってはいないと思いますよ、ただ解釈の余地という面においては イスラムの場合非常に大衆的と申しますか(イスラムには僧侶がいないの ですが)わかりやすく、アラーを否定しない限り結構簡単に受け入れて しまうのです、戒律においてもざるなめんが多く、以外と融通がきいて 失地挽回ともうしますか悪いことをしても他でいいことすればいいみたい に簡単に許されちゃったりもするのです、(おっしゃる通り一部、とくに 辺境ではそのような抗争や蛮行もあったでしょう) これに対してキリスト教はその教義において非常に曖昧で解釈の余地が非常 に多いが故、同じキリスト教内で様々な抗争を繰り返していきます、 すばらしい思想でも解釈によっては都合のいいように変えられてしまう、 そういう面においては悲劇なのかもしれませんが、前述のようにゲルマン人 にとっては非常にに都合のいい教えだったとおもわれます ご存知のようにキリスト教(あくまでも原始の)には戒律は記されておりません この様なところこそ(啓典宗教にもかかわらず戒律が記されていない)特殊で あり、故に利用されやすいのです 前に、「感覚で物事をいうのはやめましょう」といっておきながらこおいうの もなんですが、やはりイスラムに対しての偏見と申しますかイメージの悪さ (粗暴で凶暴、サダムフセインのこともありますし)はなんというか西欧主体の 胡散臭さを感じざるおえません、 モンゴルに関しては、いつ何処でどんな文献からなのか、あるいはテレビだった でしょうか、忘れてしまいましたが(申し訳ありません)思い込みでないことは 確かです、どなたか知っている方がおりましたらお願いします、 >そうですか。。。モンゴルの敵対者虐殺については、そもそも彼等自身が >誇らしげに記録していることですし これは中国の文献でしょうか?だとしたら?ですね(特に明代のものであれば) 高麗や対馬にしても自国の被害に対して大袈裟に記録することはあまりめず らしくないことですよね、かといって何の被害もなかったとはいいませんよ Time : 2000/10/11(水) 02:40:11
Name : パンダ E-mail : Title : モンゴルの暴虐。。。。 Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 要するに私が言いたいのは、キリスト教に教派対立があれば、イスラム教 にもシーア派・スンニ派等という不毛の対立抗争がある。。。 キリスト教国に侵略の歴史があるならば、多神教グレコローマンの侵略も あり、イスラム教のジハードもあり、はたまたモンゴルの暴虐もあれば、 チャイナ華夷思想による周辺民族(被)支配もあり、日本教(?)のアジ ア侵略もある。。。 (モンゴルは、いったん服従した諸民族には、比較的寛容で苛斂誅求を行 わなかった。。。と言う視点で見直されているかも知れませんが、敵対者 に対する徹底した殺戮については、日中欧米ともに何ら見解は変わってい ないと思います。これは主としてモンゴル人によって記述された「元朝秘 史」や、カーザーン汗の命によるラシードの「集史」などの史料によるも のです。) ゲルマンにヒトラーあれば、スラブにスターリンあり、チャイナにマオツ ァオトンもある。小なりと言えどもイラクにフセインあれば、ノースコリ アにキム一家あり、カンボジアにはポルポトもあったが、何れも自民族の みならず、人類にとっても「独裁者」の災厄をもたらした。。。 どの宗教にも、それによって心を高めた人もいれば、それを己の欲望のた めに利用し歪めた人もいる。十億の信者を持つキリスト教にも、いろいろ な人がいて当然だし、六億のイスラム教もしかり。。。他の宗教もその点 では、どっちもどっちで、所詮は人の世に制度として存在する限り、似た り寄ったりさほどの変わりがない。。。 当然どの民族にも悪人もいれば善人もいる。。。如何に悪人でも実力がな いため、悪の範囲が小規模にとどまった場合もあれば、不相応な武力によ って悪が人類的に拡大したこともある。 ですから。。。キリスト教をろくでもない宗教とか、ゲルマン人は「軽薄 ・自分勝手・無節操・独善的」「凶暴性、残虐性」で、彼等が築いた近代 民主主義などは参考とするに値しない(?)とか。。。決め付けるのは止 めましょうよ! と言っているんです。 ひとしく人類の歴史の教訓として我々の現在〜未来に活かしていけば良い。。 ただ道家思想や仏家思想は、もっと「啓典の民」に知らしめ、訴える必要 があるだろう。。。。。。それだけのことなんですが? Time : 2000/10/11(水) 22:01:04
Name : 憂国 E-mail : Title : 結果において Comments: 欧米主体の近代があり、その延長線上に現代があって、いぜんとしてその 勢力下にある、時空を越えて相対的にみれば、パンダ様のおっしゃるとおり なのでしょう、しかしながら私は長い歴史のはてであるこの現在において覇を唱え ている欧米なるものと、そのバックグランドであるキリスト教なるものが 特殊であるからこそ、こうなりえているとおもうのです、 そしてその成立期から紐解いてみたときそれらが持つ、残虐性、独善性などが うかびあがってくる、かれらが歴史のなかで埋もれてしまっていたのならば こう非難する必要はなかったとおもうのですが、結果において成功してしまっ ているいじょう、非難されることは仕方のないことなのではないのでしょうか なぜなら私どもの近い祖先は彼らの残虐性、独善性をまのあたりにし、そして 戦ってまけてしまったのですから、、、、なおさら過去と相対することが困難 なわけです、 おっしゃることはよくわかりますが、あたまでわかても、、、感情が、納得 出来ない、勉強する姿勢としては失格なのでしょうが、わたしはそんなものです、 今回でしばらくお休みします、パンダ様、長々とつきあっていただいて有難う ございました、 Time : 2000/10/12(木) 00:56:44
Name : パンダ E-mail : Title : こちらこそ、ありがとうございました。。。 Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 こちらこそ、いろいろ勉強させていただき、感謝いたします。 何時の日にか、もっと平易な問題について、意見交換できることを 楽しみにしています。謝々。。。再見! Time : 2000/10/12(木) 09:06:00
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 新聞記事より Comments:  皆様ご無沙汰いたしておりました。大阪JF生です。 このところ新聞誌上では古代史に関する発見がよく報じられていますが, このBBSで歴史に関する話題が久しくなかったので、話題提供です。  出雲の柱の支柱もさらに見つかったという続報がありましたね。 井沢先生ご指摘の「雲太・和ニ・京三」伝承もいよいよ本物かと 期待を抱かせます。井沢反対派の方々は伝承すら怪しいといわれていました。 でも小生は 「厳密な測定値でなく、イメージの大きさとしての順序」 という意見を述べていたのですが、まさか本当になりそうとは・・。 今となっては安部様にご紹介頂いた建造物のイメージが、正しかった ように思いますが、詳細は記憶の彼方で残念です・・。  今朝の朝刊には、ノムさんの故郷・京都峰山にある 「赤坂今井墳丘墓」から、身分の高い女性の装飾具とおもわれる 200個もの碧玉のついた頭飾りが見つかったという記事がありました。 推定3C前半で、卑弥呼と同時代という事で新たな邪馬台国論への 展開が期待できそうとか・・・。 解説の福永伸哉氏によれば、丹後は「硝子の王国」としてさかえ 吉備王朝と匹敵する勢力を持っていたとのことです。  吉備や若狭は話題に上っていたのですが、丹後はここでは あまり注目されていなかったように思います。 以前、地名「間人(たいざ)」との関連で、安部様から梅原先生の 調査・研究を紹介していただき、聖徳太子の母親との関連や この地が、古代の有力者とよかりの深い土地だったという事が 分かった程度です。もちろん、小生の浅い知識に過ぎませんが・・・。  次はいつ登場できるか分かりませんが、これに関連して話が膨らむ事を 期待しつつ「キーから離れます。」(筆をおきますのかわりのつもり) Time : 2000/10/13(金) 09:54:34
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 本家誤字脱字王 Comments:  すみません。下の記事に、また誤字でした。(下から4行目) 「よかり」はないですよね。紫蘇ではありませんが「ゆかり」です。 失礼しました。 Time : 2000/10/13(金) 09:59:09
Name : パンダ E-mail : Title : 出雲大社。。。 Comments: パンダです。大阪JF生さんへ。。。 >>井沢先生ご指摘の「雲太・和ニ・京三」伝承もいよいよ本物かと期待を >>抱かせます。井沢反対派の方々は伝承すら怪しいといわれていました。 >>でも小生は「厳密な測定値でなく、イメージの大きさとしての順序」 >>という意見を述べていたのですが、まさか本当になりそうとは・・。 ずいぶん以前のことになりますが、この問題がHPで議論されましたが、 この時に、井沢さんに対して批判的意見を述べられたKANAKさんは。。。 >>以下に私の考えを申し上げます。 >>まず、私は「雲太、和二、京三」を事実であると仮定して、この問題を論 >>じています。つまり・・・・ 1.出雲大社は十六丈の半恒久的神殿として建築されていた。(32丈は??) 2.出雲大社は特別の祭祀に当たっては一時的に十六丈の神殿として構築され   ることがあり、その高さが神殿の高さとして流布していた。 3.出雲大社は法隆寺五重塔が資材帳に十六丈(実際は十丈)として記帳され   たのと類似の事情(度量衡差??)で十六丈として流布していた。 >>の何れかでしょうが、1の可能性も全く否定出来ないと考えております。 >>(極めて不安定であり度々建て直しが必要だったとは思いますが、原型は一 >>種の「望楼」的建築物であったと言う見解もあるようですね・・・・)                     1998/11/20(金) 08:53:11 >>私の「口遊」び認識は・・・要するに貴族の子供の為の「教科書」です。 >>従って、「雲太・和二・京三」には可成りの信憑性があり、真摯に理解す >>べき一級史料だと思っています。                     1998/11/21(土) 21:35:41 とされていましたが、これは当時の文献学者の多数意見を反映したものでした。 ですから「井沢反対派の方々は伝承すら怪しいといわれていました。」という のは、事実に反しているのではないでしょうか? Time : 2000/10/13(金) 11:09:07
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : パンダ様,ご意見ありがとうございます Comments:  すばやい反応で驚きました。と同時に、なぜそのような昔の 記録をパンダ様が持っておられるかも非常に不思議です。 恐らくほとんどの方は、全く初めて目にする記事でしょう。 現在の発言されている状況から見て,このような議論があり, 記録まで取りながら、ずっとパンダ様がROMされていたとは考えにくく, やはり以前から登場されていた方の別名なのでしょうか? これに答えるか否かはご自由ですが・・。  それはさておき、ご指摘の記事、かすかに記憶には残っておりますが, 小生自身の発言の記憶の方が確かですので,あのように書いてしまいました。 書き方が不正確でしょうが,それでもKANAK様は、この点についても井沢説は ちがっているというお立場での議論だったはずです。 (でなければ小生の発言に全く意味がありません) この部分のみ引用されると,最初からそんなことは全くいってないように 聞こえますが,それだったら議論自体が存在し得なかったはずです。 少し誤解を招くような引用のされ方をしていると思います。  でも、もうこれ以上過去の議論に触れるのは本意ではありません。 過去の経緯をふまえ、今までされていなかった議論の展開を望むために 書いたことで,それ以上に他意はありません。 建設的な議論に発展する事を望みます。 Time : 2000/10/13(金) 13:19:11
Name : 大怨霊 E-mail : Title : あ〜ん・・・・ Comments: それを言っちゃあ、お終いですよ〜 みんな分かって遊んでんだから・・・ そんなことはオイトイテ・・・ 話の内容だけを楽しみましょうよ。       ↓ Time : 2000/10/13(金) 16:40:06
Name : パンダ E-mail : Title : 特に他意はありませんので。。。 Comments: パンダです。大坂JF生さんへ。。。 私が発言を始めたときに、知人から過去ログをワード形式で送信してもらい、 一応目をとおしていますので(一部欠落はありますが)、ほとんどの部分は 瞬時に検索出来ますから。。。 >>それだったら議論自体が存在し得なかったはずです。少し誤解を招くよう >>な引用のされ方をしていると思います。 で。。。この部分ですが、KANAKさんは「雲太・和ニ・京三」という「口遊」 の記述が正しいという前提に立って、そのうえで「大仏殿が出雲大社より低 いことに特別の意味を主張された井沢さんの解釈」を批判されたものではな いでしょうか? ですからこの部分については、誤解ではないと思います。 私が知る限りでも、もともと文献学者の間では。。。 「口遊」は貴族の子供の教科書であり敢えて嘘を書くとは考えにくく、著者 は国司として地方事情に詳しい人物ですし、当時は中央官僚が実際に出雲に 赴任していた例が多いので、この記述に何らかの事実が反映されていると見 る人が多かったのは事実です。 (もちろん、多くの仏塔が本殿よりも遙かに高いのは、子供でも知っている ことですし、東大寺の仏塔は創建当時20丈を越えていたのはほぼ確実です から、技術的に不可能とは言えませんし。。。) ただ考古学者の一部には、この「口遊」の記述や復元図に疑問を呈する人が いたのは事実ですが、それでも三内丸山遺跡の発掘以降は、寧ろ少数となっ ていたと思います。 ですから。。。専門家や歴史愛好家の間では「雲太・和ニ・京三」に何らか の根拠があるという意見が主流であって。。。 「井沢反対派の方々は伝承すら怪しいといわれていました。」 と言うのは、事実とは異なるのではないかと感じただけのことです。 それ以上の他意はありませんので、ご了承願います。 Time : 2000/10/13(金) 21:10:02
Name : 2m E-mail : Title : 憂国さんへ Comments: >「場合」によっては、独裁制も必要であり・・・ 止めておいた方が良い筈です。歴史上、独裁制になると殆どの場合でその国は混 乱します。 摂関政治は藤原道長の時に最盛期を迎えましたが、その直後から崩壊を始めまし た。政治形態としては合議制を採っていましたが、道長の采配一つで天皇を鞍替え する等、独裁制と言っても良い位に権力が集中していました。・・・余談ですが現 代と変らない気がしてなりませんけど。 以前、徳川綱吉について書きましたが、この時は「老中を中心とした合議制」か ら「将軍・側用人による独裁制(に近い)」に変化してしまった事が最大の問題と 思います。・・ちなみに徳川吉宗は将軍になって、元の「老中を中心とした合議 制」に戻しました。だからその後、徳川幕府は安定できたと思われます。 独裁制の最大の問題は、それを受け持った人の精神が、政治の余りの強さによる 恍惚感により徐々に崩壊する事と思います。しかし、事態打開の為に、独裁制が必 要になるかも知れません。それでも、かなり精神が強い人だとしても2〜3年が限 界でしょうね。それ以上になると、どんな人でも狂って行くと思います。ちなみに 精神が本当に弱い人の場合・・30分と持たないでしょうね。 合議制の最大の問題は、時間が掛かる事と思います。事が切迫していて時間を全 く掛けられないなら、独裁的な政治をせざるを得ません(アメリカの大統領制はこ れに対応できますが・・)。それでも多様な思考が入り込む余地を残して置かなけ れば、独裁的な政治はより悪い事になると思います。 Time : 2000/10/13(金) 23:56:05
Name : きんたろう E-mail : Title : 出雲大社VS鹿島神宮 Comments: 久し振りの書き込みです^^ 出雲大社といえば本殿内部の配置が独特なものであると言われてますよね。 確かにご神体が参拝者に相対していないのはとても不思議な感じがしています。 ご神体が参拝者の方を向いている方が一般的ですから出雲大社は例外にあたるので しょうね?? ところが「国譲り」の一方の主役である武甕槌命の本拠地である鹿島神宮の本殿内 部の配置も出雲大社同様にご神体が奥のすみに置かれていて横向きなのです。 ただし、こちらではご神体の向きは東ですから向いている方向は正反対になります。 しかし海に向かっているという点でもまた同様なのです。 ここで出雲大社を作った人物がタケミカヅチである事を思い起こしました。 これらを作った人物が同一であるからこそ両者がとても似ているのかなと思い始め ています^^;; ひょっとするとこの形式とは当時の住居の形態を表している可能性もあるように思 えてきました。 Time : 2000/10/14(土) 02:18:56
Name : パンダ E-mail : Title : ご神体の向き。。。 Comments: パンダです。きんたろうさん(はじめまして?)へ。。。 >>ひょっとするとこの形式とは当時の住居の形態を表している可能性もあるよ >>うに思えてきました。 おっしゃるとおり、建築学会ではこの考え方が常識的になっているようです。 もともと具象性を持つ「御神体」を置くこと自体が、仏教(仏堂・仏像)の影 響であって、本来は「なにごとの おわしますかは しらねども・・」と言うの が神社の本質でしょうね。 伊勢神宮の「御神体」がどちらを向いているか。。。どちらの方向から参拝す るか。。。なんてことは誰も考えないでしょうし、三輪神社には拝殿のみで神 殿そのものがありませんね。 現在では、多くの神社が中国思想(君子南面)の影響で、南向きに造られてい ますが、古社の参道等から見ると元々は東あるいは西向きだったと思われる例 も多く(おそらく聖山と日昇・日没方向の関係だと思います。。。)、御神体 がどちらを向いているか。。。と言う発想自体が、本来の神社信仰とは馴染ま ないのでは無いかと思います。 Time : 2000/10/14(土) 09:07:06
Name : きんたろう E-mail : Title : 出雲大社VS鹿島神宮2 Comments: パンダさん、初めまして^^?? レスを有り難うございます。 出雲大社とは「国譲りの条件」として天高原の天日隅宮と同じ様に作ってもらった ものですよね。 ここから想像をたくましくすると天高原の天日隅宮とは鹿島の鹿島神宮なのかも知 れないという答えに到着します^^(トンデモかな、笑) いずれにしても、2000年以上の歴史を誇っている鹿島神宮が当時としてはかな り僻地であるはずの関東にあるという事実はかなりの謎だと思っています。 ちなみに鹿島神宮と出雲大社の内陣の類似点として 1田の字型の住居性 2神座が中心になくて奥に置かれている 3横向きに置かれている 4正面入り口が中央から外れているかたちに近い このような点が挙げられています。 鹿島神宮の場合は恐らく武甕槌命の実際の住居をモデルとして造られた可能性があ るようにも思われます?? 出雲大社の場合は作った主催者が武甕槌命ですから両者が似ているのはある意味で は当然なのかも知れないと思われます。 たぶん当時の(天孫一族に取っては)住居形態を現している可能性が高いと思って います。 >伊勢神宮の「御神体」がどちらを向いているか。。。どちらの方向から参拝す >るか。。。なんてことは誰も考えないでしょうし、三輪神社には拝殿のみで神 >殿そのものがありませんね。 井沢先生がすごいのはこのような点に着目される柔軟性ではないでしょうか?? 井沢先生の姿勢からは自らがコロンブスになって「卵」を見つけようとする意思が 伝わって来ると思っています。 三割バッターでも7割は凡打で終わるのですから(当たり前^^)空振りの場合も ありますよね^^;; でもすごい人たちとは全てその様な人たちだと思っています。 パンダさんも一緒に応援しましょうV_(^O^)_V Time : 2000/10/14(土) 10:46:51
Name : haruo-ie E-mail : Title : ひさしぶりです Comments: haruo-ieです。 バンダさんへ   >現在では多くの神社が中国思想(君子南面)・・・ 私の住んでいる沖縄でも建築物はよほどのことがなければ南向きです。 これは君子南面ではなくアジア地域においては夏は南風、冬は北風という 生活環境からきているんじゃないでしょううか? よほどのことがなければと書きましたが、恣意的に例外もあります。 琉球王の拠点である首里城の正殿は西向きです。 何故、西向きか?中国が西の方向にあるからです。 沖縄の方言で東西南北のことをアガリ(昇る?)へー(南風)イリ(入り)ニシ (子に至る?)といいます。北にかんしては私の持論ですが子至がニシに転化したものと考えています。 私が思うのはご神体が正面を向いていないのは作った本人の意思がはたらいている とおもいます Time : 2000/10/14(土) 11:13:28
Name : haruo-ie E-mail : Title : まちがいました Comments: 東西南北と書いたのに以下・・・東南西北の順序でかきました。 Time : 2000/10/14(土) 11:22:02
Name : パンダ E-mail : Title : ご神体と南面。。。 Comments: パンダです。きんたろうさん(ありがとうございます)へ。。。 私たち素人の発想としては、とても面白いと思います。 >>いずれにしても、2000年以上の歴史を誇っている鹿島神宮が当時としては >>かなり僻地であるはずの関東にあるという事実はかなりの謎だと思っています。 私は、鹿島・香取は4C中頃から5Cにかけての畿内勢力の関東制圧、さらに東 北進出の兵站基地(モチロン戦略信仰基地でもあると思いますが。。。)だ と思っていますので、あまり謎だとは思っていないのですが、いろいろな発 想があっても良いんでしょうね。 >>三割バッターでも7割は凡打で終わるのですから(当たり前^^)空振り >>の場合もありますよね^^;; >>でもすごい人たちとは全てその様な人たちだと思っています。パンダさん >>も一緒に応援しましょうV_(^O^)_V 三割バッターの凄いところは。。。 空振りは空振り、凡打は凡打としてハッキリ意識すること(これが研究者に は意外と難しい!)、空振りや凡打の原因を反省して打率向上のための工夫 や訓練を自らに課すこと(研究に当って、しっかり基礎知識と理論を鍛える こと)、他の打者を矢鱈に貶めたり、内角攻めはけしからん等と言って投手 (批判者)を非難しないこと。。。だと思っています。 (あまり良い比喩ではないかも知れませんが。。。適当にご解釈願います) haruo-ieさん(おひさしぶりです)へ。。。 >>これは君子南面ではなくアジア地域においては夏は南風、冬は北風という >>生活環境からきているんじゃないでしょううか? おっしゃるとおりだと思います。「君子南面」自体が、そのような自然環境 に由来しているものでは無いでしょうか? 東ー青ー春ー竜・・・発生? 南ー朱ー夏ー雀・・・隆盛? 西ー白ー秋ー虎・・・衰微? 北ー玄ー冬ー武・・・消滅? ただ日本の多くの神社(特に大和盆地の古社ですが。。。)は、どう見ても 祭祀線が東西方向であるにも関わらず、神殿のみが南面していることが多く、 本来は「神の仮のヨリドコロ=ヤシロ」であったものが、本建築(改築)等 にあたって「君子南面」が意識されたものではないかと思っています。 >>私が思うのはご神体が正面を向いていないのは作った本人の意思がはたら >>いているとおもいます ですから「ご神体」というものも、おそらく仏教伝来以降に「仏像」との関 係で生み出されたもので、本来の「神のヨリシロ」は、正面とか側面という ようなものでは無かったと思います。おそらく出雲大社の神体が西向きなの は、海上を監視する。。。あるいは住居で主人が客人を接待する。。。様と 関係しているかもしれませんが、何れにせよ然程の意味があるとは思いませ ん。 沖縄方言では、北が「ニシ」ですか? (子至がニシに転化??) 私は、和語では東が「ヒムカシ=日(昇)を迎える」、西が「(ヒ)イニシ =日が去って行く」、北が「(ヒ)キタナシ=日が暗い」、南が「(ヒ)ミ ンナミシ=日が満ちている」なんて思っていますが。。。好い加減です。 Time : 2000/10/14(土) 13:20:02
Name : 2m E-mail : Title : パンダさん、大阪JF生さんへ Comments: パンダさんへ >他の打者を矢鱈に貶めたり、内角攻めはけしからん等と言って投手(批判者)を 非難しないこと。。。 全くけしからん事ですね。内角攻めどころか、ビーンボールを投げといて、頭を 下げない投手もいる様ですし。・・マナーをもっとしっかりして欲しい物ですよね。 大阪JF生さんへ >なぜそのような昔の記録をパンダ様が持っておられるかも非常に不思議です。 2mは、パンダさんが平日の昼間に書き込んだり、大量の記憶力を持っていたり、 あれだけ大量の事を書いていながら息切れを起こさないかの方が不思議です。・・ 考えられるのは、多人数が一人の振りをして書いていたり、考えている様で実は何 も考えていなかったりしているのでは無いかと思っています。 多人数が一人の振りをしていると、楽で息切れも起きません。考えている様で何 も考えていないと、すごく楽で息切れも起こさずに済むし、他の意見への排他的な 態度も解ります・・・。 ま、勝手な考えでした。空想だけで言っちゃ悪いですね。すみません。 Time : 2000/10/14(土) 20:35:34
Name : 旅の者 E-mail : Title : マナー Comments: >マナーをもっとしっかりして欲しい物ですよね その言葉、まずは自ら守ってください。 Time : 2000/10/14(土) 21:31:50
Name : ヤス E-mail : Title : 逝ってよし Comments: マナーを守れといいつつ、自分は空想で中傷する。 2m氏の存在は掲示板のレベルを下げるだけ。消えて欲しい。 Time : 2000/10/14(土) 21:50:50
Name : haruo-ie E-mail : Title : 東西が祭祀線について Comments: バンダさんへ >ただ日本の多くの神社(特に大和盆地の古社ですが・・・)・・・ 私は祭祀線ということを知りませんでした。(勉強不足でごめんなさい) それならば、沖縄の方言で東西南北の言い方をかきましたが、東(昇り)西(入り)という方言が沖縄にあると私は紹介しました。 バンダさん 沖縄は方言に万葉言葉がいっぱい残っています。(これは私の持論 ではなく国語学者の認めるところです) 太陽が上がるからアガリ 海に入るからイリとなっています。気がつきませんか? そう、アマテラスミコトです。(私もバンダさんに祭祀線のことをいわれて気がつ きました。) 薩摩侵攻とか琉球処分とかいろいろ沖縄に関して言われていますが、沖縄人も 日本人であると声を高らかに言える自信がますます持ちました。「うちなーんちゅ (沖縄人)は日本人であることにいささかも疑問に思っていません」 沖縄に残っている万葉言葉については次回に書き込みします。 Time : 2000/10/15(日) 00:57:24
Name : haruo-ie E-mail : Title : ヤス様へ Comments: ヤス様、 haruo-ieです。 >逝ってよし それはないでしょう。ヤス様はどういう方か私はしらないが、2mさんにそういう 言い方はないと思います。 井沢掲示板はお互いの意見の交換の場であって中傷の場ではありません。 いくらインターネットでお互いの顔が見えないからといっても最小限度のエチケットは守りましょう。 Time : 2000/10/15(日) 01:47:52
Name : 日本@名無しさん E-mail : Title : >ヤス Comments: >逝ってよし 通用するのは2chの中だけだよ(藁 Time : 2000/10/15(日) 02:08:47
Name : haruo-ie E-mail : Title : 2CHって NHKのことですか? Comments: 日本@名無しさんさんへ はじめましてharuo-ieです。 私は >いくらインターネットでお互いの顔が見えないといっても最小限度のエチケット >は守りましょう。 と言ったのですが日本@名無しさんさんは、私の意見は井沢掲示板では似つ かわないと思っているのですか? 私はあなたのいう2CHをよく見るものですがそんなに偏見(または理想的?)に 報道されているとはおもいません。 Time : 2000/10/15(日) 02:50:32
Name : haruo-ie E-mail : Title : また、まちがいました Comments: アマテラスミコトです・・ アマテラスオオミノカミのまちがいです。(これも間違っていたらどうしよう?) Time : 2000/10/15(日) 03:42:37
Name : 松茸 E-mail : ありません Title : よろしくお願いします Comments: みなさん、初めまして。 いつも楽しく拝読しております。 パンダさんへ。もしよろしければ、 以下の根拠・出典を教えてください。 [1] > 本来は「なにごとの おわしますかは しらねども・・」と言うの > が神社の本質でしょうね。 [2] > 私は、鹿島・香取は4C中頃から5Cにかけての畿内勢力の関東制圧、さらに東 > 北進出の兵站基地(モチロン戦略信仰基地でもあると思いますが。。。)だ > と思っていますので、 [1] については、この発言の出典を教えてください。 [2] については、「戦略信仰基地」の根拠を教えてください。畿内勢力の関東制圧に宗教の力を利用したと いうのは定説なのでしょうか?簡単で結構ですので、教えてください。 haruo-ie さんへ。 http://www.2ch.net/ をご覧下さい。 Time : 2000/10/15(日) 03:59:51
Name : 旅の者 E-mail : Title : 2ch Comments: 日本@名無しさん> あなたは鋼鉄サンボさん?(笑) Time : 2000/10/15(日) 09:35:55
Name : パンダ E-mail : Title : 政治(軍事)と祭祀。。。 Comments: パンダです。haruo-ieさんへ。。。 >>太陽が上がるからアガリ 海に入るからイリとなっています。気がつきませ >>んか?そう、アマテラスミコトです。(私もバンダさんに祭祀線のことをい >>われて気がつきました。) 日本文化(もちろん沖縄を含めてです)の基層に、「太陽信仰(アマテラスオ オミカミにつながります)」があることを言いたかったもので、アガリ≒ヒム カシ、イリ≒(ヒ)イニシの類似性を申し上げたつもりなのですが。。。 琉球語が日本語と共通の言語である(方言レベルでしょう)ことは、言語学 の定説となっていますので、沖縄には当然に古語(万葉言葉)が残っている と思います。「聞得大君」なども古代女性祭祀王(ヒミコです)の伝統を色 濃く残しているものだと思っています。 松茸さん(はじめまして)へ。。。 >>[1] については、この発言の出典を教えてください。 「何事の おはしますかは 知らねども 畏(かたじ)けなさに 涙こぼるる」 これは、西行法師が伊勢神宮に参拝したときに詠んだ和歌ですが、彼は当然に 伊勢神宮がどのような神社であるかを知ったうえで、参拝したわけですから、 日本における「神社感」が奈辺にあるかを、良く表していると思います。 >>[2] については、「戦略信仰基地」の根拠を教えてください。 >>畿内勢力の関東制圧に宗教の力を利用したというのは定説なのでしょうか? 日本の古代政治(当然軍事を含みます)は、祭政一致が基本ですね。 政治=マツリゴト、敵対者=マツラワヌモノ です。 敵対者との戦争は、神と神との争いでもありますから、主祭神(あるいは軍神) を奉じて戦う(宗教の力を利用する)のは、ごく一般的な認識だと思いますが? Time : 2000/10/15(日) 10:09:12
Name : 松茸 E-mail : ありません Title : ありがとうございました Comments: ご丁寧に解説してくださり、ありがとうございました。 Time : 2000/10/15(日) 13:30:48
Name : 松茸 E-mail : ありません Title : もう一つ質問 Comments: もう一つ質問があります。 簡単で結構ですので、よろしくお願いします。 > 日本の古代政治(当然軍事を含みます)は、祭政一致が基本ですね。 > 政治=マツリゴト、敵対者=マツラワヌモノ です。 > 敵対者との戦争は、神と神との争いでもありますから、主祭神(あるいは軍神) > を奉じて戦う(宗教の力を利用する)のは、ごく一般的な認識だと思いますが? 出雲大社についてはどのように解釈すればよいのでしょうか? 「敵対者=マツラワヌモノ」とのことですが、 井沢先生の本によると、オオクニヌシは敵対勢力らしいのですが。。 Time : 2000/10/15(日) 20:13:38
Name : パンダ E-mail : Title : オオクニヌシとは。。。??? Comments: パンダです。松茸さんへ。。。 オオクニヌシについては二つの想定があると思います。 1)天孫族の敵対勢力の当事者(王) 2)天孫族の敵対勢力の当事者達が奉じる神 1)として考えれば。。。天照(天孫)族に敗れた須佐男(出雲)族の王でし ょう。そして国譲りの功績によって天照(天孫)族から神として祀られたこと になります。(もともと、天照族と須佐男族が同系族であったか、異系族の敗 者の神を勝者の神の弟として取り込んだのか、平和的主権譲渡か戦闘的抹殺か 。。。は判断が分かれるところでしょうが。。。) 何れにしても、アマテラスとスサノオをイザナギ・イザナミの子と位置づける ことによって、ともにマツラウモノとして共存しうることになります。 2)として考えれば。。。天照(天孫)族の奉ずる神に敗れた出雲族の神でし ょう。そして出雲族の敗北と服属を象徴するものとして、天照族の奉じる神の 傍系子孫神とされたことになります。(これも、もともと同系族であったのか、 異系族を取り込んだのかは、判断が分かれると思いますが。。。) この場合も同様の位置づけによって、ともにマツラウモノとして共存しうるこ とになります。 私は、両族はもともと同系族(言語・習慣・宗教感覚の類似した同一種族)で あって、日本列島の覇権を巡っての主導・支配権争いに近いものだったと思い ますが、数次(大雑把にいってアマテラスとスサノオ時代、オシホミミとオオ クニヌシ時代、イワレヒコとナガスネヒコ時代、ミマキイリヒコ・モモソ=ヒ ミコ?とクヌ時代、ヤマトタケル時代。。。)にわたる抗争が、複雑に神話化 されたのではないかと無責任に想像しています。 つまりは、あるときは 1)であり、あるときは 2)です。 熊野(出雲)大社や三輪神社についても、これらの数次にわたる抗争が、重複 しているのでは無いかと思いますが、これも無責任な想像です。 (当然いろいろな解釈がありうると思いますが。。。) Time : 2000/10/15(日) 23:06:30
Name : 日本@名無しさん E-mail : Title : 逆、逆。 Comments: haruo-ieさん、まったく逆です。 井沢掲示板では、あなたの言うようにあるべきなのです。 2chとは、私のような一部のアホの間で大変有名な掲示板のことで、 「逝ってよし」はそこでは、まあ慣用句のようなものですが、 一般的には大変マズイ、特に井沢さんのところでは、 「言霊」になりかねないので、ダメよって言ったのです。 >旅の者さん 違うよ(ワラ Time : 2000/10/16(月) 11:27:56
Name : 2m E-mail : Title : 大阪JF生さんへ Comments: 久し振りに、教育について書いてみたいと思います。手が空いていたらで構わな いので意見して下さい。「心の傷」と、小林よしのりさんも指摘していた「純粋真 っ直ぐ君」についてです。 「心の傷」を全く持たない「純粋真っ直ぐ君」ほど危険な人間はいないと思いま す。ま、深過ぎる「傷」も危険ですが・・。幼少期に、ある程度それを受けていれ ば、大人になってから傷付いても何とか対処できる筈です。特に、生物には必ずあ る「死」と言う傷は、耐性を付けて置かないと突然直面した時、そのショックに耐 え切れなくなる可能性が高い様です。 「ストーカー」もこれと同類と思います。多少の傷を受け入れられれば、そんな 歪み腐り切った邪な欲望(愛情とは到底言えません。言う奴は・・・)を持つ事も 無いと思います。「縁」として諦め、又、受け入れる心が欠如していると思いま す。・・蛇足ですが、身勝手な愛情を振りかざす輩を肯定する気はありません。 何年か前から、「子供は自由に育てるべきだ」とか「子供を叱ってはいけない」 等と、無謀な放任主義を押し通そうとして来たツケが現れているのが現状だと認識 します。 Time : 2000/10/16(月) 22:10:46
Name : 松茸 E-mail : ありません Title : パンダさん、ありがとうございました Comments: > 私は、両族はもともと同系族で > あって、日本列島の覇権を巡っての主導・支配権争いに近いものだったと思い > ますが、数次にわたる抗争が、複雑に神話化 > されたのではないかと無責任に想像しています。 > つまりは、あるときは 1)であり、あるときは 2)です。 パンダさんの予想としては、元々同系族だからということですか。 しかし、オオクニヌシをマツラウモノとして取り込んだ意図・経緯の特定は難しい訳ですね。 同系族かどうかにかかわらず、敵対者(あるいはその神)を神としてマツル。 その心理的なメカニズム・政治的な意図に、私は興味を持っているのですが、そこまでは分からないのでしょうね。 なにぶん、相手が神話ですから致し方ないのかも知れません。 ありがとうございました。 Time : 2000/10/16(月) 22:57:36
Name : パンダ E-mail : Title : オオクニヌシと慶喜。。。??? Comments: パンダです。松茸さんへ。。。 >>同系族かどうかにかかわらず、敵対者(あるいはその神)を神としてマツル。 >>その心理的なメカニズム・政治的な意図に、私は興味を持っているのですが、 >>そこまでは分からないのでしょうね。 ちょっと、言葉足りずだったかも知れません。。。 私は、敗者の奉じる神(或いは敗者)を、自己の神々の一部に取り込むことで、 敗者一族を自己の政治体制に組み込むことは、充分有り得ることだ。。。特に その敗者が同系族であった場合は、それが容易に行いうるだろう。。。と思っ ているのです。 例えとしては、少し飛躍し過ぎていることを承知で言えば。。。 明治幼帝・・・・・・ニニギ 西郷・木戸・・・・・タケミカヅチ・フツヌシ 徳川慶喜・・・・・・オオクニヌシ 水戸家・勝海舟・・・コトシロヌシ 松平容保・・・・・・タケミナカタ 大政奉還・・・・・・国譲り *戊辰戦争(鳥羽伏見〜江戸開城〜会津)があったものの、慶喜はひたすらに 謹慎することで、政権を円滑に移譲し、最終的には公爵(神の一族)に任じら れることで、新旧の宥和が図られた。 慶喜の祖神である家康も、新政権下において東照権現の神位を保った。。。 まあ、極めて大雑把に言うならば、古代においてこんなことも有ったのでは無 いかと言うことなのです。 Time : 2000/10/16(月) 23:47:56
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 2m様へ、このような返事で良いのでしょうか? Comments:  ご指名ですので,繰り返しになるかもしれませんが少しコメントします。 「純粋真っ直ぐ君」についてはよく知らないのですが,想像で書きます。 「挫折からの克服」を知らない人は、言動に基本的にあまり「重み」が無いと思います。 教師集団もよく知っているのですが,挫折のようなものを経験していない教師は、 結局落ちこぼれそうな生徒の気持ちがわからず,指導しにくいようです。 むしろグレてた人のほうが教師としての適性をもっていたりします (といってもGTOはちょっと・・・)。 それは挫折を知らないエリート集団にも当てはまるでしょう。 前にも述べましたが,学校は「擬似挫折」を経験させる場であるべきで, 常に正解しかいってはならないような授業は理想とすべきではないと思います。  もちろん、そう言った挫折に対する理解は「書物」から得られる事も 有りますが、(とくに現状では)かなり難しいと思います。 小生がした(奇しくも曽野女史と同意見でちょっとクサりますが)奉仕活動を させたらどうかという提案も、その線に沿ったもので,実社会における さまざまな障害を、身をもって知り克服していく経験は、家業を手伝いながら 学校で勉強する事などほとんど無くなった現状では、得がたくなっているから したものです。時代に逆行しているのではなく,むしろ時代に適合した提案だと 思っています。上記の意味で,克服の過程まで含みたいので,この活動は 少ない期間では絶対ダメだと以前にも主張しました。単なる言い換えですが・・。 Time : 2000/10/17(火) 10:24:11
Name : 2m E-mail : Title : 大阪JF生さんへ Comments: いきなりで、すみませんでした。後、「雲太・和ニ・京三」伝承については余り 興味が無いので(後、歴史ではありがちと思ったので)、コメントしませんでし た。御免なさい。 >もちろん、そう言った挫折に対する理解は「書物」から得られる事も有ります が・・・ そうですね。「書物」は「実体験」を通す事で始めて、その意味が理解できるも のと思います。でも過去に生きた人の経験が入っている訳ですから、失敗・成功何 れもが仮体験できるので、読んでおく意義はとても高いと思います。だからと言っ て、文書と全く同じ失敗を絶対にしないとは限りませんが・・・ま、可能性は低く なる筈です。 >家業を手伝いながら学校で勉強する事などほとんど無くなった現状では・・・ あるべき姿と逆になっている、と言う事ですよね。井沢先生も書いていたかと思 いますが、確か余暇(スコーレ)があるから学校(スクール)に行こう、となった 訳ですから。元に戻せば良い様な・・・ま、納得しない人が多そうですが。何か良 い案でもあったら書いてみます。 ただ、奉仕活動では希薄になっている親子関係まで修復できるかどうか。やりた くない人を引き摺り出しても効果が上がるとは思いませんし。どうせなら家事手伝 いもさせて、合間があったら親子で奉仕活動とは行かないものでしょうか。でも、 塾や習い事で忙しい子供には・・・やはり2mとしては、学者バカを増産させる多過 ぎる勉強を止める方が先決だと思います。かと言って学校の学習量を極端に減らそ う、では本末転倒も良い所ですが。塾や習い事を減らせば良いですね。(その辺の 人から顰蹙買いそうですが、でも最近のが多過ぎたのは明白ですし) Time : 2000/10/17(火) 23:18:31
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 2m様へ Comments:  お返事ありがとうございました。 小生も奉仕活動導入の難しさは分かりますし, 曽野女史のように、受入態勢不充分のまま強引にやることには 危険過ぎると感じています。 その意味で,2m様がおっしゃる事は納得できます。 ましてや最近の傾向のように,学校の授業を「生きる力」と称して 基礎学力と言える部分まで削り,塾容認に傾くなどもってのほかだと思います。 たいていこのようなお題目は、全く正反対の結果を招くものです。  小生は、甘すぎるかもしれませんが,次のような事例から 奉仕活動導入に期待を抱いています:  以前にもふれましたように,ある特定の老人介護施設を良く知っているのですが, 献身的な看護の方たちは、結局「家族的な意識」に至るように なっていく人が多いようです。 (逆に至らなければ,ばかばかしくてやってられないでしょう。) 現在のように核家族化が進む前は,このような事も, 「家事手伝い」ではなかったのでしょうか。 とはいえ、小生も具体的な実施に向けてきちんとしたプランを立てるほどの 力量はありませんので,2m様同様、模索中です。 また良いアイデアがありましたら、ご教示ください。 Time : 2000/10/18(水) 09:50:39
Name : 憂国 E-mail : Title : しばらく中国にいっていました Comments: 「ファッショ」とはイタリア語で「束ねる」と言う意味ですね、 小国分立化していた当時のイタリアをまとめると言う意味において使われた この言葉の本来の意味を考えるならば、ただたんに「悪」の代名詞のごとく つかわれているという現代において、ほとんどのひとが思考停止といってい いのではないのでしょうか、「独裁制」もしかり、 2m様へ、、 仰るような、危険性においての意見は重々承知しておるつもりです、しかし ながら「大国」中国を見たときに、この国が民主化されたとき、というよりも むしろ民主化なるものに耐えられるのだろうかと心配になりました、 まず、民衆からしてばらばらで、徹底的に個人主義である事、次に50もの 民族を抱えている事、ほとんどのひとに宗教心がない(神様がいない)そして 圧倒的に貧しいなど枚挙に暇がありません、この様な状態で民主化した場合 どのような混乱が生じるのか、最悪の事態として内乱すら考えられ、そして その余波は確実にわが国にも影響するでしょう、 毛沢東時代からの負の遺産を抱えながらも、しかたのない「選択」として 「独裁制」というものも場合によっては肯定されるべきであると私はあら ためておもいます 翻って、わが国をみましても行き過ぎた自由により「私人」化した民衆が 増え、愚民化したとするのならば、(現にその傾向はちらほらと)その限り においてやむおえない選択として独裁制は考えられるべきでしょう、 2m様は必ず失敗するとおっしゃいますが、歴史のめをちょっと広げてみれば 解るはずです、 韓国、台湾、(現在進行中として、ミャンマー、パキスタン、中国など)独裁制 から民主制にもちろん負の遺産を抱えながらもですが、移行して繁栄している 国などいくらでもあるじゃないですか、どこもその過程において独裁が必要だっ たと、十分に考えられるんじゃないですか? ちなみに私は、民主制がちゃんと機能するには、そこそこの生活水準と公共心 が不可欠であると思いますがいかがでしょう Time : 2000/10/18(水) 14:17:14
Name : 2m E-mail : Title : 憂国さんへ Comments: >中国を見たときに、この国が民主化されたとき、・・・混乱が生じるのか、最悪 の事態として内乱すら考えられ、そしてその余波は確実にわが国にも影響するでし ょう、 どんな国にも民主制が合っているとは思いません。合議制でかつ民意が政治に反 映されれば、大きな問題はそれほど起こらないと判断します。日本でも江戸時代ま では将軍の家系が最高権力を握っていましたが、一部の時期を除き国家は正常に機 能していた様です。 中国はどうでしょうか。合議制と言えるほど、多くの人が議論して国の行き先を 決めているでしょうか。そして民意は政治に反映されているでしょうか。・・2mが 今までに集めた情報では、これらは何れも「×」です。極一部の人間が勝手に行き 先を決め、勝手な政治を行っているとしか見えません。 一部の時期を除いた明治から現代までの日本と良い勝負に見えます。 Time : 2000/10/18(水) 21:22:24
Name : 松茸 E-mail : ありません。 Title : パンダさん、ありがとうございます。 Comments: 亀レスですみません。 > 私は、敗者の奉じる神(或いは敗者)を、自己の神々の一部に取り込むことで、 > 敗者一族を自己の政治体制に組み込むことは、充分有り得ることだ。。。特に > その敗者が同系族であった場合は、それが容易に行いうるだろう。。。と思っ > ているのです。 そうですね。 どうも、宗教というと、キリスト教のような非寛容な宗教をイメージしてしまい、 非常に疑問に思ったのですが、政治と一体な宗教ですから、このような妥協は 容易でしょうね。 > 例えとしては、少し飛躍し過ぎていることを承知で言えば。。。 こういう飛躍した話は非常に面白いですね。 ありがとうございました。 Time : 2000/10/19(木) 00:48:21
Name : 松茸 E-mail : ありません。 Title : 率直な意見を聞かせてください。 Comments: パンダさん、も一ついいでしょうか? パンダさんは「日本特有」という言葉があまり好きでないように見えますが (笑)、 以下についてはどうなのでしょうか? [1] 自衛隊という軍隊を持っているという点では世界共通である。 [2] しかしながら「軍隊は不要である、敵が攻めてきたら捕虜になればいい」 (要するに、敵が攻めてきたら殺されたり・強姦されたりすればいいということですが) という政党が国会の100議席以上を占めていたことがある、これは日本特有の現象かどうか? [3] しかもこの政党が政権を取り、自衛隊を認めた。 つまり、「殺されてしまえ」という政策は全くのウソで、 選挙に勝つ為に「殺されてしまえ」と主張していたようなものですが、 これは日本特有の現象かどうか? 率直な意見を聞かせてください。 Time : 2000/10/19(木) 00:56:07
Name : 憂国 E-mail : Title : 日本は特殊なんですよ(しかも豊かです) Comments: 今週の週間ポストにおける井沢先生のおっしゃることもしかり 2m様へ 特殊な日本人の価値観で中国をみると物事を見誤りますね、 前回、中国が民主化できない理由をいいましたがその反対のことを日本人は ことごとく持っております(持っていたというべきか)つまり、「民主化」 出来ない理由をわたしなりに分析してその結果、「独裁」もしょうがないと いってる訳です、今の中国においてはね、 >中国はどうでしょうか。合議制と言えるほど、多くの人が議論して国の行き先を 決めているでしょうか。そして民意は政治に反映されているでしょうか。・・2mが 今までに集めた情報では、これらは何れも「×」です。極一部の人間が勝手に行き 先を決め、勝手な政治を行っているとしか見えません> これでは、答えになっておりません、ただたんに中国の問題点(独裁という意味で の)を指摘しているのにすぎないのではないのでしょうか、 シュヨウキはその限られた中で精一杯の対応を今回の来日でしたとわたしは評価 いたします、2m様も政治をかたるのであればその辺の微妙なコンセンサス(日本 人の特殊性も含めて)をも考慮して発言して頂きたく思います、 おっしゃるように、多くの人が議論して国の行き先をきめて民意が反映されれば いいのですか?、、、では民意の質は?、10億を超える人口と50を超える 民族の総意とは?、経済特別区と内地の経済格差はどう克服したらいいのですか? 、、、 あなたが集められる「情報」とやらからぜひ答えていただきたい Time : 2000/10/19(木) 01:38:58
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 井沢掲示板の歴史の断片 Comments: 大阪JF生さんと、パンダさんが「雲太・和ニ・京三」を取り上げました。当時の事情を知 るものとして、雲太・和ニ・京三に関する、過去の諸氏の発言を解析してみました。する と、その当時は感情に狩られて見えなかったことも見えてきました。この掲示板も3年以 上が過ぎ、歴史と言うべき物を持っており、正しい歴史(本来なら掲示板上で飛び交った 感情も伝える無ければ真実ではありませんが)を伝えることも重要と思い、久しぶりに書 きこみます。すぐROMに戻ります。 まず、井沢先生は2通りの解釈を述べています。 (1) 出雲大社は十六丈あった。創建時の東大寺のメインの建物である大仏殿は十五丈で あった。したがって、「日本書紀」や「古事記」の上で敗者である大国主命の霊廟に して、総国分寺の東大寺が遠慮したことになる。勝者はより大きい物を建てようと するのが「世界史の常識」である。この異常な事態は、日本史における怨霊思想の影 響を物語っているのではないだろうか。 (2) 出雲大社はもしかしたら、本当は東大寺の大仏殿よりも小さかったのかもしれない。 しかし、巷に流れていた「口遊」では、出雲大社の高さの方が上位に置かれていた。これは やはり、大国主命の怨霊に遠慮しての事ではないだろうか。(「逆説の日本史」は、物語の世 界での怨霊の活躍は一種の鎮魂になると主張しています) しかし、東大寺には創建当時は東西の塔が存在しました。これに関しては井沢先生は何も 述べていません。東西の塔は当然、大仏殿よりも高かったと考えられます。このことを認 識した上で、KANAK氏の意見を見てください。 KANAK氏の意見 建物の高さに、日本も含めて世界中の人々がそれほどの重要性を感じていたとは思えない。 その証拠はない、従って「世界史の常識」として、当然のこととして、法則化することは出 来ないはずである。 しかも、出雲大社が伝承どおり十六丈あったとしても、創建当時の東大寺の「塔よりも」小 さかった事は明確である。この点からも、井沢説の「大きいがゆえに怨霊鎮魂になる…更に 怨霊史観の傍証となる」という主張は誤りである。 東大寺の塔は、平安時代には崩壊していただろう。従って、「口遊」が作られた当時は、出 雲大社が日本最大で、東大寺「大仏殿」は日本第二位であったと考えられる。 KANAK氏がこう発言する前に私は以下のように発言しました。 Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 御柱祭と出雲大社 Comments: NHKの「堂々日本史」で放映していたことをお伝えします。 あの番組は、ほぼ学会で認められている説を述べていますし、 思想的な見方を排除して、考古学的、実証主義的なので、 怨霊史観を丸々信じない人もあの番組の内容なら信じてくれると思います。 現在諏訪で行われている「御柱祭」は, 弥生時代に日本海沿岸全域で行われていたことが、 考古学的に実証されているそうです。 富山県にある遺跡によると、彼らは相当高度な建築技術を持っていたようで、 何本もの巨木を束ねて柱の強度をあげて、 数十mもの柱、あるいは出雲大社のようにてっぺんに神殿を点てていたようです。 建築学者が、このような方法ならば、伝説上の出雲大社を建設することは可能だといっていました。 「雲太、和二、京三」は事実かもしれないのです。 他ならぬ学者達が言っているのです。 そして出雲大社があった場所は、古代は入り江の入り口で、 巨大な神殿は見張り塔の役目もはたしていたといっていました。 敗者のモニュメントを破壊しないで鎮魂に用いるのが日本人の伝統ならば、 出雲大社はぴったりと当てはまるのです。 そして、学問のほうも非常にゆっくりとした足取りながらも、伝承を実証しつつあるのです。 Time : 1998/11/17(火) 13:47:47 石井一旭氏は、井沢先生の見解(2)を大きく取り上げました。 公証で出雲大社が東大寺よりも大きいと信じられていた事は、実際の建物の大きさ以上に 意味があることではないか?むしろ、何故そのように信じられてきたか、の方を解明すべ き問題とするべきではないだろうか。 当時の議論を見直して見て、気付いたのは、井沢説に立つ人々(KANAKA氏以外と言 った方が正確かもしれません)の頭の中に(私も含めて)東大寺の東西の塔が全くなかっ たと言うことです。そのため、KANAK氏が東大寺の塔(注:しかしKANKA氏は東 大寺の方が高かったと言っており塔の方が高いとは一度しか発言していません。)の方が出 雲大社よりも高かった、というのを、我々はKANAK氏が東大寺の大仏殿の方が高かっ たと取り違えて話を進めていました。KANAK氏にとっては、「東大寺」と言うだけで塔 を指していたのかもしれませんが、私達にとっては東大寺とは「大仏殿」でした。 この誤解にKANAK氏も含めて誰も気付いていませんでした。私もその一人でした。 そのため、私や大阪JF生さんの記憶には KANAK氏は出雲大社は東大寺の「大仏殿」よりも小さかったと主張していた。従ってK ANAK氏は、最近証明されつつある巨大な出雲大社に対しても否定的見解を持っていた。 と埋め込まれてしまいました。 他の書きこみや「逆説の日本史」を見直して見ても、だからと言って怨霊史観が崩れるわけ ではないのは確かなのですが、このKANAK氏の意見は大変筋論理的です。 しかし、KANAK氏には、書き込み方の態度に問題があったのは事実ですし,そのために 正当に評価される事が少なかったのかもしれないと今では感じています。 また、KANAK氏の他の文書を見て「おかしいな」と思うところも幾つかありましたが、 「雲太・和ニ・京三」に関してはそれほどおかしくはありませんでした。 また、秋篠寺のときに彼が私に対してした態度を私はまだ許してはいません。 Time : 2000/10/19(木) 02:57:40
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 安部様へのお礼の言葉 Comments: 安部様が自ら課した「禁」をあえて破られて, 冷静なるご意見と,貴重な記録を提供していただき 感謝いたします。お互いに多くの誤解があったようですね。 個人的には、「解禁」していただきたいのですが・・ Time : 2000/10/19(木) 10:00:20
Name : KANAK E-mail : Title : 「雲太・和二・京三」に関して・・・超長文です Comments: みなさん、今日は。 大阪JF生さん、安部さん、お久しぶりです。KANAKです。 さて・・・XXXさんから、2年前にUPしたKANAKの発言について話 題になっているとのお知らせが有り、久し振りにアクセスしました。 みなさん、お元気でご活躍のご様子で当時のことをなつかしく思い出しました。 >>当時の議論を見直して見て、気付いたのは、井沢説に立つ人々(KANAK >>A氏以外と言った方が正確かもしれません)の頭の中に(私も含めて)東大 >>寺の東西の塔が全くなかったと言うことです。そのため、KANAK氏が東 >>大寺の塔(注:しかしKANKA氏は東大寺の方が高かったと言っており塔 >>の方が高いとは一度しか発言していません。)の方が出雲大社よりも高かっ >>た、というのを、我々はKANAK氏が東大寺の大仏殿の方が高かったと取 >>り違えて話を進めていました。KANAK氏にとっては、「東大寺」と言うだ >>けで塔を指していたのかもしれませんが、私達にとっては東大寺とは「大仏 >>殿」でした。この誤解にKANAK氏も含めて誰も気付いていませんでした。 >>私もその一人でした。 安部さんのまとめは概ね正しいものですが、上記のご発言は誤解をさらに増幅 しかねないところが有りますので、当時の議論を再録しておきます。 要するに、KANAKがここで申し上げていたのは・・・ 1)出雲大社と東大寺の高さを比較するならば、総合建築としての寺院の特性 から、搭の高さを含めて見るべきである。言うまでもなく「東大寺搭」は出雲 大社が16丈であったとしても、これを遥かに上回るものであり、従って総体 として出雲大社が東大寺よりも高い(東大寺が出雲大社に遠慮した)と考える こと自体に問題がある。 2)勝者・敗者の神社を比較するならば、出雲大社と伊勢神宮を比較すべきで あるが、伊勢神宮には高きを競う(貴しとする)思想は全く窺えない。従って 神殿(宗教)施設の高さに関して、勝者が敗者に「遠慮」したと言うような発 想には無理がある。 3)東大寺が国教化のモニュメントであると同時に、長屋王の怨霊鎮魂施設と する(井沢説)ならば、大国主と長屋王の怨霊鎮魂度合いを比較することにな るが、この場合に何故大国主の怨霊を憚って長屋王怨霊鎮魂を遠慮せねばなら ないのかが理解できない。(早良親王等を考えれば、さらに理解できない) 4)「口遊」の性格からして、この記述には信憑性が有る。従って平安初期に 本殿が「雲太・和二(つまり・・・出雲大社が大仏殿より高い)」とされてい るのは、何らかの事実を反映している可能性がある。 (しかしながら、それに思想的意味を持たせるのは、1)〜3)の諸点から 無理がある。単に出雲大社が大仏殿より高いと子供に教えているだけの話であ る) と言うことです。従って単に出雲大社の高さに関していえば、(当時の多くの 文献学者と同様に)平安初期においては大仏殿よりも高かった可能性があると 考えていました。 つまりパンダさんのご指摘のとおりであって、この部分に誤解はありません。 そもそもこの問題は、KANAKが本HPで次の掲載を行ったことで始ま ったものです。 Title : 「逆説の日本史2」倭姫万葉歌等について Time : 1998/11/15(日) 00:20:37 Comments: みなさん、今日は・・・KANAKです。・・・・・(省略)・・・ さて・・・・取り敢えず、かって大島さんと意見交換した部分を順次UPさせ て頂きたいと存じますが、以下の各項目のうち、#1267・#1376・#1405・#1744 が既にUPされていますので、今回は#1388・#1396・#1411をUPいたします。 (何れも未読・立読段階です。) 03/28 #1157 壬申の乱について教えて下さい 03/29 #1159 RE^2 壬申の乱について教えて下さい・・・出発コメント 04/06 #1231 省略 04/12 #1267 RE^5 同・・・泉湧寺問題(小林説) 04/18 #1316 RE^6 同・・・泉湧寺問題(小林説)補足 04/22 #1339 RE^7 同・・・泉湧寺問題(小林説)再補足 05/02 #1376 RE^8 同・・・天智暗殺問題{万葉集・扶桑略記} 05/05 #1388 RE^9 同・・・万葉集補足 05/06 #1396 RE^10 同・・・万葉集補足・天武出自問題 05/09 #1405 RE^11 同・・・漢高祖(小林説)・天智諡号問題(立読) 05/10 #1411 RE^11追記・・・大仏殿・万葉集問題補足 05/16 #1422 RE^12 逆説の日本史(聖徳太子)の疑問(著書入手)             ・・・クダラ・隋国書・天皇家姓・聖徳太子心中・            「徳」諡号・間人名問題等 07/29 #1641 RE^14同追記・・「徳」諡号問題補足(神皇正統記) 07/29 #1642 RE^15 天智・天武年齢と「神皇正統記」・・年齢問題 07/29 #1648 RE^16 天智・天武年齢その他追記・・・曲筆問題 08/02 #1656 RE^17 天智・天武年齢妄想(長文)・・年齢問題推定等 08/09 #1696 RE^18 天智・天武年齢(一代要記)・・同上補足 08/12 #1703 RE^19 皇族の類似名・・・間人名問題 補足 08/14 #1711 RE^20 天智・天武年齢の錯覚・・・年齢問題(愚管抄) 08/16 #1720 RE^21 天智・天武年齢と曲筆・・・年齢と曲筆問題 08/16 #1721 RE^22 天智・天武年齢(天武65歳推定)・・同上 08/21 #1744 RE^23 天智諡号問題(追記) 07/24 #1615 壬申の乱コメントツリーのみなさまに 09/03 #1859 RE^2 壬申の乱コメントツリー 09/05 #1873 RE^3 壬申の乱コメントツリー・・・総論 05/20 #1434 奇説:天武天皇の正体 05/23 #1443 RE 奇説:天武天皇の正体・・・年齢問題・天武忍者問題                       四娘同婚問題(大和説) $$この「05/10 #1411 RE^11追記・・・大仏殿・万葉集問題補足」 が問題の部分で・・・これについて次のとおり掲載したものです。 ********************************* 05/10 #1411 RE^11追記・・・大仏殿・万葉集問題補足 再度の立ち読みで、「逆説の日本史」読み残し部分に目を通しましたが・・・ 以下の井沢氏の主張についても疑問を感じました。 それは大仏殿に関するものですが、かの有名な「雲太、和二、京三」を例証に 大仏殿は出雲大社(の怨霊?)に遠慮して、敢えてそれより少し小さく作った ・・・と言うような記述です。 何か、さも重要な発見であるかのように自画自賛しておられるのですが、視点 を少し変えてみると、寺院と言うのは金堂・塔・講堂・大門等の総合建築物で す。従って塔を含めて比較すれば、出雲大社以上の高さを持った建築物は、そ れ程珍しくもないでしょう。 まして東大寺の東西塔となれば、出雲大社を遙かに凌駕したモノであったこと は明らかです。(大仏殿より30−40%は高いでしょう) 勿論この塔は平安時代には失われていたでしょうから、何れにしても一時代は 「雲太、和二、京三」になるかも知れませんが、本当に建築物の高さにそれ程 の意味があったのでしょうか? それならば、塔の高さについても遠慮があって然るべきかも知れませんね。 つまり建物の高さについては、その様な拘りは一切無かったと言う考え方も充 分成立しうる訳です。さらに言えば、井沢氏の主張の如く天智系・天武系間に 易姓革命があったとすれば天智系天皇は天武系天皇のモニュメントとも言うべ き東大寺を超える建造物を何故作らなかったのでしょう? 東大寺が我国最大の寺院建築であり続けたこと自体が、天智・天武系の一体性 (革命要素は無い)を雄弁に物語っている・・・と言う見方も可能なはずです。 また、長屋王の怨霊をクローズアップされていますが、長屋王の子孫は高階真 人として後世まで存続したものの、歴代天皇から特に意識された気配はありま せんね。 つまり歴史理解は常に多面的要素を想定すべきであり、井沢氏の如く単純かつ 一面的な解釈ではトンデモ説に陥る危険性があると思うのですが・・・・・・ 如何でしょうか? *********************************** $$つまり私は、98/5/10のNIFTY発言において、明確に「搭」のことを問題に しており、それを98/11/15(日)に本HPに掲載したものです。これに対し石井 さんや安部さんの次の発言がなされたものです。 Title : 御柱祭と出雲大社 1998/11/17(火)・・(この発言の後です) 従って、安部さんがご指摘されている >>KANAK氏にとっては、「東大寺」と言うだけで塔を指していたのかもしれ >>ませんが、私達にとっては東大寺とは「大仏殿」でした。この誤解にKANA >>K氏も含めて誰も気付いていませんでした。私もその一人でした。 と言う誤解が生じるような発言ではありません。 さらに・・・石井さん、安部さんの発言を受けて、次のように回答しています。 *********************************** Title : 「逆説の日本史2」(4)出雲大社と大仏殿 Time : 1998/11/20(金) 08:53:11 井沢さん、石井さん、皆さん、今日は・・・KANAKです。以下のとおり、 NIFTYで発言いたしましたので転載します。 11/19 #2272 RE:^B「逆説の日本史2」出雲大社と大仏殿 ・・・(省略)・・・ 次の問題についての石井さんコメントについてご紹介いたします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・・・・・・・・私の意見を集約したいと思います。今度は「逆説の日本史」 (ただし文庫版ですが。)を手元に置いて問題の箇所を提示させていただきま す。文庫版で1巻の184ページから、題名は「十七条憲法と日本の三大建築 物の『大きさ』」です。 「・・・こういう反論もあるかもしれない。『出雲大社が日本で一番大きな (背の高い)建物というが、それは単なる言い伝えではないか。出雲大社程度 の床面積の建物が十六丈もの高さを持つことは、構造上無理があり、おそらく それは単なる伝説で、実際には東大寺大仏殿の方が常に一番大きな建物だった のだろう。それゆえ井沢の主張は成立しない・・ ・。』と。(略)しかし、それでも、私の理論は崩れないのである。なぜなら、 実際の高さと「公称」の高さは違うものだからだ。(略) そして、『出雲大社が一番で東大寺より大きい』と、一般の人々が『信じてい た』ことは、『口遊』で証明できるのである。(略)ここではっきり言えるこ とは、平安時代の学者が『出雲大社は東大寺よりも大きい』と信じていた、と いうことだ。(略) 当時は、一般に広く、そう信じられていたことの、なによりの証拠だろう。そ して、『信じている』以上、それは『事実』なのである。その『事実』によ って人々は影響されるのであって、『実際には東大寺の方が大きい』という 『真実(?)』に影響されるのではない。霊と同じだ。人は『霊など存在しな い』という『真実(?)』に動かされるのではなく、『霊は存在すると信じる』 という『事実』に動かされるのである。」 以上です。つまり重要なのは「当時の人々が(貴族から子供まで)出雲大社は 東大寺より大きい」と「信じていた」ことなのです。この場合、実際に両者の 大きさがどうであろうと関係ありません。そう「信じている」以上、それが「 事実」である訳ですし、また「事実」として世間一般に知れ渡っていたのです。  よって、井沢論にたいして、建築物云々で反論することは無意味ということ です。Time : 1998/11/19(木) 00:15:44 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 以下に私の考えを申し上げます。 まず、私は「雲太、和二、京三」を事実であると仮定して、この問題を論じて います。つまり・・・・ 1.出雲大社は十六丈の半恒久的神殿として建築されていた。(32丈は??) 2.出雲大社は特別の祭祀に当たっては一時的に十六丈の神殿として構築され   ることがあり、その高さが神殿の高さとして流布していた。 3.出雲大社は法隆寺五重塔が資材帳に十六丈(実際は十丈)として記帳され   たのと類似の事情(度量衡差??)で十六丈として流布していた。 の何れかでしょうが、1の可能性も全く否定出来ないと考えております。 (極めて不安定であり度々建て直しが必要だったとは思いますが、原型は一種の 「望楼」的建築物であったと言う見解もあるようですね・・・・) 次に出雲大社と大仏殿の高さを比較して、そこに何らかの意味を見いだそうと するならば、平安時代の一時期の認識=『口遊』ではなく、創建時における建 立者の思想をこそ問題とすべきだと思います。 つまり井沢さんが『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』とし て再三ご指摘の・・ 「後から新たに建てられた建物なら、越えようと思えば古い建物の大きさを越 えられる。・・・つまり、大仏はオオクニヌシに対して「遠慮」したのである」 「だから日本以外のどんな国でも、そういうものを作る時は必ず国内最大を目 指し、「負け犬の」神殿などは無視するのは当然なのだ。いや当然どころか、 そういうものはとりこわすというのが、世界の常識である。」 ・・・・ホンマカイナ ドウイツミンゾク(ブンカケン) ニ オケル ジツレイ ハ アリマスカネ ?? (これに続いて『口遊』が出てくるのですが・・・省略します) 「天皇夫妻自らが熱烈な信者となり、国家の総力をあげて建立した国教の神殿 すら、出雲大社に「遠慮」するということは、大社に象徴される信仰こそ仏教 を越える日本人の根源的な信仰であるということだ。またそのことを施工主の 聖武・光明夫妻ですら理解していた、ということだ。・・・和の精神であり怨 霊信仰に他ならない。」 「それを、あえて十五丈にしたというのは、やはり出雲大社に「遠慮」したと しか考えられない。」 ・・・を取り上げて、本当にそれ程「遠慮」するならば、「寺院」は「塔」を 含めての「総合建築物」ですから「出雲大社」を遙かに凌駕する「塔」の存在 はどう考えるのですか・・・と申し上げたモノです。 もっとも「総合建築物」であっても「塔」は「塔」で「神殿」ではない・・・ と強弁されるならば、それまでですが。 その場合・・・さらに重要な問題は「出雲大社」と「伊勢神宮」の比較でしょ う。云うまでもなく、宗教施設としてその建築思想を対比するに当たって、最 も相応しいのはこの両社ですね。 「出雲大社=オオクニヌシ=十六丈」>「伊勢神宮=アマテラス=十五丈」 であれば、説得力も出るかも知れませんが・・・・ご承知のとおり「伊勢神宮」 は「出雲大社」の高さには全然関係がない極めて低層な建築物です。 その「古式」と「清浄」さには最大限の配慮がなされていますが・・・高さに 興味を示した形跡は一切感じられません。 桓武天皇があれほど恐れた「早良親王」の怨霊神殿は「長屋王」怨霊神殿?? と高さを競っているのでしょうか? 暗殺され、最愛の後継者を殺され、果ては「悪逆紂王」の汚名まで着せられた 天智の怨霊神殿は何処でどれだけの高さを誇っていますか? (園城寺は「大友」の怨霊でしょう。天智の怨霊は間借りでしょうか?) 聖徳太子が怨霊ならば孝徳天皇もまた、怨霊になるのでしょうか? なったとすれば、何処に鎮魂されているのでしょうか? 古人大兄の怨霊は崇福寺に眠っているのですか? 有馬皇子・大津皇子は薬師寺の片隅(東院)なのでしょうか? いや祭祀形式が変わったのだ・・・なんて簡単に仰らないで下さいね。「仏教 を越える日本人の根源的な信仰であるということだ。・・・」に基づくモノな のですよ! 余計なことですが・・・・・サン・ピェトロ寺院・ノートルダム寺院・ケルン 大聖堂・ウエストミンスター寺院・サグラダファミリア聖堂(建設中)の高さ に何か意味が隠されているのでしょうか? 私には全く理解できないのですが、井沢さんは何とお答えになるのでしょうか?                       98/11/19 *********************************** $$ このKANAKの意見に対し、大阪JF生さん、輔住さんから反論があり、 次のとおり回答しています。 *********************************** Title : 「逆説の日本史2」(5)易姓革命・出雲大社と大仏殿 追記 Time : 1998/11/20(金) 19:27:41 ・・・(省略)・・・ 大阪JF生さんへ・・・ (省略) なお、出雲大社と大仏殿にに関し・・・ >>このような「大きさ競争」はいずれはばかばかしくなって自主的に止めるか >>破綻するかの結末が待っているのは言うまでもないでしょう。 仰るとおり、私もそう考えます。「大きさ競争」はソノ意味で全く信じられま せん。だからこそ・・・・・・ 「だから日本以外のどんな国でも、そういうものを作る時は必ず国内最大を目 指し、「負け犬の」神殿などは無視するのは当然なのだ。いや当然どころか、 そういうものはとりこわすというのが、世界の常識である。」 と言う井沢説に疑問を投げかけているわけですが・・・ >>こんな競争が連綿と続くはずがないので、・・・・・ これも、仰るとおりですが”こんな競争が連綿と ”何処でどの様に続いたの か、私には分からないのです。 出雲大社〜東大寺大仏殿にかけてでも、聖徳太子〜長屋王でも結構です。具体 例をお示し頂けるでしょうか? 輔住さんへ・・・・ >>怨霊を鎮魂する方法を「大きな神殿に祭る」ことだけに限定するのは極めて >>危険です。 でしょうね・・・しかし”そういうものを作る時は必ず国内最大・・”と言っ ておられるのは井沢さんなのですか? 取り敢えずタイムアウトになりました。 ではまた・・・ *********************************** $$ここでも、大仏殿が出雲大社より高かったなどとは、一度も言ってはいま せん。 そして、さらに石井さんの反論があり、それに対して次の回答を行いました。 *********************************** Title : 「逆説の日本史2」(7)出雲大社と大仏殿 追加 Time : 1998/11/21(土) 21:35:41 Comments: 井沢さん、石井さん、みなさん、今日は・・・KANAKです。以下のとおり、 NIFTY発言を転載いたします。・・・ そこで、出雲大社と大仏殿に関する石井さんのコメントを紹介致します。 (このほかにもHPにおける議論がありますが、省略します。) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー Name : 石井一旭E-mail : Title : KANAKさんへのお願い Comments: 私も「大きさ論争」はこのままだと平行線をたどると思うのですが・・・。ど うもKANAKさんは井沢先生を根本的なところで誤解しておられるようです。 井沢先生の論には「怨霊信仰」などの歴史を解くキーワードが存在しています が、根本にあるのは「常識」ではないかと思っております。 先生自身もよく「・・・常識で考えてもらいたい。」という言葉を使っておら れますよね。 >「だから日本以外のどんな国でも、そういうものを作る時は必ず国内最大を >目指し、「負け犬の」神殿などは無視するのは当然なのだ。いや当然どころか、 >そういうものはとりこわすというのが、世界の常識である。」 >と言う井沢説に疑問を投げかけているわけですが・・・ なのですが、資料だけで論じるのではなく「常識」で考えてください。あなた が国王だったとして、先祖の神殿を「負け犬」の敵の神殿より小さく造るでし ょうか? 敵に打ち勝ったことで富も得た、名声も高まった、勢いも増した、そんな状況 でその討ち滅ぼした敵の神殿より自分たちの神を祀る神殿を小さく建てたりす るものでしょうか?「こいつは、なにを考えているんだ!」とふつうは思うで しょう。違いますか? ところが日本では「敗者」の大国主が国家の大寺より「小さい」と言われてい る。これはどうしてなのか?この「素朴だが考えてみるとわからない問題」に 井沢先生は「怨霊史観」で説明を付けたのです。 >「特定の史観」という名の「主観的フィルター」を取り除くことによってのみ >歴史の真実に一歩でも近づくことが出来る・・・と考え、不十分ながら努力 >している人間です。 それではあなたの「視点」から現在問題になっていること、すなわち「口遊」問 題とを関連づけて説明していただけませんか? 大阪JF生さんのご意見にあるとおり、 >むしろ新説を主張される方に、KANAKオリジナル説ではこうであると >言って欲しいのです。 私も同意見です。ぜひKANAKさんご自身の考えておられる歴史を一度お教え いただきたい。お願いします。「あなたの歴史」が見えてくれば、私たちとして もいっそう議論が進めやすくなり、またお互いの矛盾を指摘しあうこともできる と思います。Time : 1998/11/21(土) 11:57:45 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー これに関する私の意見は次のとおりです。 >>なのですが、資料だけで論じるのではなく「常識」で考えてください。 >>あなたが国王だったとして、先祖の神殿を「負け犬」の敵の神殿より小さく >>造るでしょうか? 私は、ある時代の、ある人達の「常識」はどの様なモノであったか・・・を、 色々の史料から知りたいと考えおります。 その結果、先祖の「神殿」である「伊勢神宮」が敵?の神殿であろう「出雲大社」 と高さを競った形跡は全く感じられないと申し上げた筈ですが・・・ つまり、彼等には井沢さんが仰る様な ”高きが故に尊い”という「常識」は窺 えない・・・これが私の結論です。 >>ところが日本では「敗者」の大国主が国家の大寺より「小さい」と言われて >>いる。これはどうしてなのか?この「素朴だが考えてみるとわからない問題」 >>に井沢先生は「怨霊史観」で説明を付けたのです。 要するに”高きが故に尊い”と言う「常識」がない以上、出雲大社が大仏殿よ り高かろうが、低かろうが、特別の思想的意味(疑問)は感じられないのです。 >>それではあなたの「視点」から現在問題になっていること、すなわち「口遊」 >>問題とを関連づけて説明していただけませんか? 私の「口遊」び認識は・・・要するに貴族の子供の為の「教科書」です。 従って、「雲太・和二・京三」には可成りの信憑性があり、真摯に理解すべき 一級史料だと思っています。 ご存知のことと思いますが・・・著者「源為憲」は是恒親王の曾孫であり、遠 江・美濃・加賀・伊賀の国守を歴任した当代第一級の学者です。 そして、尊子内親王のため「三宝絵詞」、藤原為光の子誠信のため「口遊」び 藤原道長の子頼通のため「世俗諺文」を著したように、貴族の子弟の為の教育 に努めていますが、私は信頼するに足る人物だと考えております。 「口遊」は子供の為の「博物志=教養書」であって天文・地理・官職等十九項 目について貴族の必須知識を口唱しやすい形で纏めたものですね。 970年に執筆されたとされ「九々」等をも含んだモノです。さて、問題の「雲太 ・和二・京三」ですが・・・ 「居處門」 三曲目にあります。前の二曲は「五家為隣。五隣為里。・・」とい う様な実務知識であり、第三曲目が「雲太・和二・京三 謂大屋誦」です。さら に「今案。雲太。謂出雲国城築明神々殿。在出雲郡。和二。謂大和国東大寺大仏 殿。在添上郡。京三。謂大極殿八省。」との註釈があります。 これと似た表現は「坤儀門」第五曲にあり「山太・近二・宇三 謂之大橋」とさ れています。「今案。山太山埼橋。近二勢多橋。宇三宇治橋。」の註釈がありま す。 要するに”我が国の大きな建物は**ですよ”とか”大きな橋は**ですよ”と かを子供に教えたものであり、それだけのことです。 勿論この知識から何らかの特別な意味を想定されるのはご自由ですが・・・私に はその様な意味は感じられません。                      98/11/21 Time : 2000/10/19(木) 23:11:11
Name : Toshy E-mail : fwjd2293@mb.infoweb.ne.jp Title : 学習塾 Comments: の経営者だから言うのではありませんが・・・・ 専門馬鹿を育てるのが塾の仕事ではないのですよ。 2mさん、大阪JF生さん> 今の世の中が、塾を認めるのは当然のことではないでしょうか? 現在は「個性教育」と称する悪法が、 自由・個性と勝手気侭の区別を取り払ったため、 学校の授業は無法地帯と化しています。 勉強するものの自由を奪っているのが現在の学校の姿です。 塾を容認しないのは自由ですが、 その前に団体行動の規律を子供たちに徹底できない学校を、 どのようにお考えになっていますか? 私は塾で、<けじめをつける><困難を避けない>を教えますね。 世間は「ルール違反も個性」と教えているかもしれませんけどね。 今の子供たちが「時間がない」というのは、話半分に聞くことです。 マスコミはただ、子供たちの立場に立っているつもりになっているのですよ。 少年非行を塾や学校の責任にする、馬鹿なマスコミの言葉です。 それを真に受けないでくださいね。 以上、塾業界の自己弁護でした。 Time : 2000/10/20(金) 01:29:25
Name : すっぴん E-mail : Title : 井沢論法 Comments: 私も『逆説の日本史』の最初の頃は「へぇ〜、なるほど。」と思って読んでいましたが 「六歌仙」の頃からなんとなく怪しいかな?という雰囲気を感じるようになりました。 史料偏重を批判し、新たな視点から歴史を見直そうとする試みは素晴らしいのですが 古代はともかく、ある程度史料が揃う時代になると苦しいですね。 最近の室町時代の話も既出論のダイジェスト版と感じることもあります。 話題の「雲太・和二・京三」についても、ちょっと視点を変えると 明治帝はなんと!ライバルの居城であった江戸城に、お引越ししちゃいましたよね。 うる覚えなのですが『逆説の日本史』の中で明治天皇が「まだまだ国内が不安定な時期にわざわざ四国まで 行って崇徳天皇にお参りした。」という記述がありました。 井沢さんは、これをもって怨霊信仰がいかに根深いものか、の一例にされてたと思います。 天皇家と公家衆が古来からの感覚を持ちつづけていたことの証拠かもしれませんが そうすると、江戸城で寝起きする明治天皇のお気持ちは、どうだったでしょうか? 「徳川家を滅亡させた訳では無いだろ!」と言われれば反論できないのですが。 Time : 2000/10/20(金) 11:07:14
Name : Toshy E-mail : Title : 2m氏に言いたいのは Comments: 根本(学級崩壊)のことにいっさい触れずに 枝葉末節(塾・習い事)だけを減らせという それこそ本末転倒な考えはやめてくれということ 勉強量を減らすのは賛成できない 苦手があっても得意方面でカバーする それが自分の個性を伸ばすというものじゃないかな 苦手を克服するというのも大切なこと どこの塾でもそれを教えているはず 以上、言い忘れたことを書きました。 Time : 2000/10/20(金) 13:07:45
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : ROMに戻る前に一言 Comments: 宇津木和政さんや、三枝さんや、東京リリアンさんは元気にしているのでしょうか? Time : 2000/10/20(金) 14:36:27
Name : 高徳 E-mail : Title : KANAK氏の象徴的な発言 Comments: みなさま、お久しぶりです。ちょっと馬鹿馬鹿しくなって、しばら くアクセスしていなかったのですが。。 KANAK shi wrote (98/11/19): > いや祭祀形式が変わったのだ・・・なんて簡単に仰らないで下さいね。「仏教 > を越える日本人の根源的な信仰であるということだ。・・・」に基づくモノな > のですよ! おやおや。(苦笑) こんな発言があったんですね。これでは、恐らく、実のある議論は できなかったんじゃないでしょうか。>当時の人々 井沢先生のご著書を読んでこんな風に感じる人が現実にいるのは非 常に驚きです。まぁ、“サリン事件は自衛隊の陰謀”なんてマジメ に信じている人よりはマシですが。。 ところで、こんな読解力し かないKANAK氏は“左翼は「天皇制」の信奉者だ”という 井沢先生の主張なんてどう理解するんでしょうかね。もちろん、左 翼が信じているのは「現在の天皇」ではありません。彼らにとって の「天皇」は「金日成」だったり、「平和憲法」だったり、「弱者 一般」だったりするのですが。 「表面上に現れること」、「彼らが意識していること」それらと、 「本質的・無意識的に信じていること」は同じ事もあるが、全く別 な事もあるのです。こんな基本中の基本が理解できないようでは、 井沢先生の逆説的な表現には全くついていけないでしょうね。 井沢先生の逆説的な表現を、文章のみ読んで、文脈を完全に無視す るAwajiといい勝負ですな。「忠臣」の定義と「典型的な忠臣」 の定義の区別がつかなかったAwajiを思い出します。 何はともあれ、建設的な井沢批判を展開してもらいたいものです。 Time : 2000/10/20(金) 21:42:55
Name : 倶知安 E-mail : Title : 塔の高さは含めない? Comments: 皆様、はじめまして。 宇津木様でも三枝様でもリリアン様でもなくて恐縮ですが、 二年以上前からずっとROM しておりました「倶知安」と申します。 懐かしいKANAK様のご発言を目に致しまして、 一点だけコメントさせていただきたく存じます。 これは、KANAK様のご主張の中で それほど重要な部分ではないと思われますので、 決してKANAK様の論旨に対する反論ではございませんが、 「寺院というのは総合建造物だから、塔まで含めれば東大寺が出雲大社よりも 高かった」と仰っていることに関して疑問がございます。 KANAK様は、今回の書き込みで ----------------------------------------------------------- 1)出雲大社と東大寺の高さを比較するならば、総合建築としての寺院の特性 から、搭の高さを含めて見るべきである。言うまでもなく「東大寺搭」は出雲 大社が16丈であったとしても、これを遥かに上回るものであり、従って総体 として出雲大社が東大寺よりも高い(東大寺が出雲大社に遠慮した)と考える こと自体に問題がある。 ----------------------------------------------------------- と仰り、またかつての書き込みで、 ----------------------------------------------------------- 寺院と言うのは金堂・塔・講堂・大門等の総合建築物で す。従って塔を含めて比較すれば、出雲大社以上の高さを持った建築物は、そ れ程珍しくもないでしょう。 まして東大寺の東西塔となれば、出雲大社を遙かに凌駕したモノであったこと は明らかです。(大仏殿より30−40%は高いでしょう) 勿論この塔は平安時代には失われていたでしょうから、何れにしても一時代は 「雲太、和二、京三」になるかも知れませんが、本当に建築物の高さにそれ程 の意味があったのでしょうか? それならば、塔の高さについても遠慮があって然るべきかも知れませんね。 ----------------------------------------------------------- と仰っています。 そこで疑問なのですが、確かに出雲大社の高さを遙かに凌駕していたであろ う東大寺の東西塔は、平安時代には失われていたと推定されますが、「口遊」 の時代に、他に出雲大社の高さを凌ぐ塔は無かったのでしょうか? KANAK 様も仰るとおり、むしろ「それほど珍しくない」のではないでしょうか。当方 は知識が無くて存じませんが、例えば現存する興福寺や東寺の五重塔は、いず れも50mを越えるものですが、「口遊」の時代にも、出雲大社の高さを凌いで いた可能性はございませんでしょうか? 何が言いたいかと申しますと、「口遊」の時点で、(たとえ東大寺の東西塔が 存在しなくても)、興福寺にしろ東寺にしろ或いは別の寺院にしろ、他にも寺 院の塔で高いものが存在していたとすれば、塔を含めて考えた場合には「一時 的」にしろ「雲太、和二、京三」という状況ではなかったことになります。そ れにも関わらず、「口遊」では「雲太、和二、京三」と言っていたということ は、そもそも建物の高さを比較する場合に、塔の高さを含めずに比較する習慣 があったとは考えられませんでしょうか? もちろん、そういう習慣だったという確実な根拠は、当方も全く存じません。 しかしながらKANAK様が、 ----------------------------------------------------------- もっとも「総合建築物」であっても「塔」は「塔」で「神殿」ではない・・・ と強弁されるならば、それまでですが。 ----------------------------------------------------------- と、「強弁」という強い言葉をお使いなのには、疑問を禁じ得ません。これは 強弁ではなく、当時の人々の感覚としても、塔を含めずに考えていたという可 能性もあろうかと、当方には感じられます。もっとも、それと、「高さを遠慮 したかどうか」ということとは、また別の議論になりましょうが・・・。 もちろん、仮に上記の当方の考えが当たっていたとしましても、それ以下の KANAK様のご主張にはほとんど影響がございませんし、当方はKANAK様の ご主張自体に反論するつもりは全くございませんが、少々気になりましたもの で、思い切って書き込みをさせていただきました。 Time : 2000/10/20(金) 21:56:12
Name : パンダ E-mail : Title : 日本特有論。。。?? Comments: パンダです。松茸さんへ。。。 >>パンダさんは「日本特有」という言葉があまり好きでないように見えますが >>(笑)、以下についてはどうなのでしょうか? おっしゃるとおり、「日本特有」と言う言葉を使うのは、あまり好きではあり ません。 もちろんこの地球上に存在する各国家(民族)には、夫々の個性があることは 否定しませんし、その意味で日本(人)にも個性があるのは当然です。 ただ、その個性が本当に「日本(人)固有の特性」であるかどうかは、地球上 に存在する各国(民族)の地政的環境やその歴史等と充分比較して見る必要が あると思っています。 で。。。例として(これも、飛躍をし過ぎているかも知れませんが。。。)民 族が分断されたドイツとコリアを考えてみます。 ドイツ民主共和国は、本来は規律・勤勉・緻密で世界に鳴り響いたプロイセン の人達で構成された国です。 しかし僅か数十年の共産主義支配で、世界の笑い者になった「トライデント車」 を細々と作り続ける非生産的な国家になり、世界に轟く「ベンツ車」を作った ドイツ連邦共和国と、同一民族であったことが信じられないような怠惰・粗雑 の代名詞のような国民になってしまいましたね。 また朝鮮民主主義人民共和国は、おそらく現在(或いは歴史的にも)地球上に 存在する最も奇形的変態国家でしょう。それに比して大韓民国は、いろいろな 問題を抱えつつも、堂々と生産力を高め、先進国の一角を占めようとしていま す。 これも千年以上歴史を共にしてきた同一民族とは思えないような状況が生じて いますね。 おそらく日本(人)も分断国家になっていれば、同様の状況が生まれたかも知 れません。このことは、ドイツ人(特有)論やコリア人(特有)論。。。日本 人(特有)論を安易に語ることが、如何に虚しいものであるかを、雄弁に物語 るものだと思っています。 で。。。本題に移りますが。。。「軍隊=国防」に関して(さらに飛躍します が)言えば、敗戦に打ちひしがれた日本は精神的に社会主義陣営と自由主義陣 営の分断国家になっていたのかも知れないと思っています。 社会主義陣営からすれば、日本が社会主義国の力で「開放」されることが理想 ですから、当然にそれに対抗する「軍隊」は無用の存在だと言うことになりま す。 従って、占領下で制定された「憲法」を金科玉条とし、かつ国民の間に残る「 戦争=軍隊」アレルギーを精一杯利用して、これに反対するのは当然のことで す。 要するに「敵」が攻めてくれ、日本がその捕虜になる(社会主義国になる)の が彼等の理想だった訳です。 そう言った社会主義革命幻想に、戦争アレルギーの情緒的平和主義者や、反権 力主義者が巻き込まれ同調したのが「非武装中立論」だったのではないでしょ うか? 一方、自由主義陣営においても、社会主義陣営との最終対決(憲法改正)は国 内の混乱を招き、下手をすると社会主義国の直接介入をも引き起こしかねない ことからこれを回避し、なし崩し的に「軍隊」を強化してきた。。。 そういった状況のなかで、国民も馬鹿ではありませんから、国内両陣営の決定 的な対立を回避しつつも、社会主義陣営に一定の批判勢力以上の議席を与える ことなく、実質的に「武装自由主義陣営」の立場を強化することを容認してき た。。。これが現在の自衛隊の姿では無いでしょうか? ただ社会主義陣営においても、ハンガリー動乱の頃から本音では社会主義陣営 の危険性を察知し自主独立路線を取り始めますが、一旦振り上げた「非武装中 立」という拳を降ろしそびれていた(言うならば米国の軍事力の傘に守られ無 責任なダダを捏ねていた)。。。と言うところでは無いかと思います。 ですから、「政権政党」として責任が生じるや否や「軍隊=国防」容認論に鞍 替えし、閲兵式に臨む。。。と言ったところでしょう。 要するに、日本を巡る地政的(国際情勢)、歴史的状況から生じた特異な現象 ではあっても、見方を変えればなかなか味のある選択で、これを以て特に「日 本特有」と言ったものではないように思います。 Time : 2000/10/20(金) 21:58:09
Name : 2m E-mail : Title : 政治と教育について Comments: 憂国さんへ >日本は特殊 知っています。日本人である以上、日本的な考えからは逃れられませんよ ね。・・・しかし狂っているのが普通で、正しいのが特殊、と言うものも存在して います。「特殊」だからと言って考えを狭めたら、何も見えなくなると思います が。 >「情報」 現在の中国を考える場合、「天安門事件」は省いてはいけないでしょうね。若者 が血気にはやるのは、ある程度は仕方ありません。しかし、集まっただけで暴動を 起した訳でもないのに軍隊でねじ伏せてはやり過ぎです。ああ言う場合、彼らの力 量を試し、聞くべき意見は取り入れ聞くべきではない意見は論理的にはね付けるべ きです。・・力でねじ伏せているから、思想統制と言う国を滅ぼす様な真似をせざ るを得なくなったと考えますが・・・。 >民意の質 民意にも、色々ありますよね。国を保つ意見も国を滅ぼす意見も、民意として存 在しています。前者の意見は大事にすべきで、後者の意見は排除すべきです。それ が解れば、まともな政治家と思います。 ダライ・ラマ氏は、中国にチベットを自治区にして欲しいと要望している様です ね。・・ま、妥当な所です。今更、独立させろ、と言っても受け入れられる筈あり ませんし。・・この線で良い筈です。多過ぎる国民を一つに纏めるのは、まず不可 能です。区域毎に自治を認め、それぞれ緩い結束で独自に政治を行えば、民意を政 治に反映させる事が可能になります。アメリカ合衆国も州毎に政治を行っています し、中国首脳部が権力欲を減らせば良いだけの話です・・それが一番の問題と言う 気がしますけど。 Toshyさんへ >経営者 ・・・ですか。丁度良いです。2mも、そんな職業の人に直接聞きたい事がありま した。 「塾の役割」って何でしょうか。2mは学校の授業を補完するのが主な役目と思っ ています。それなのに、小さな子供が小学校入試や、中学校入試に狂奔しているの は、何かが狂っているとしか見えません。 昔の人には、「子供は元気に外で遊んでいるのが良い」と言う人もいました。今 みたいに「生涯学習」と、生きていれば当り前な事を殊更に言いたてている人が、 そんな凶行を煽っているとしか見えません。・・・本当に狂っているのは、そんな 事を言って子供達を強制してストレス状態に追いやり、子供達の心を潰して国を混 乱させている人でしょうね。 >現在は「個性教育」と称する悪法が、自由・個性と勝手気侭の区別を取り払った ため、学校の授業は無法地帯と化しています。 同意見です。 ・・少し勘違いされている様な気がします。塾の存在と意義は認めています。た だ、その役割が余りにも大きくなり過ぎ、子供に負担をかけている様だから、減ら す方向に持って行くべきと考えています。そして、そんな状態なのに、国が学校で の学習量を減らす事で片付け様としているお粗末さを指摘したのです。 「学校」の本当の意義は、貧しい人でも豊かな人でも、平等に教育を受けられる 所にあると思います。金が掛かる塾では、そんな事は不可能です。ここまで塾の役 割が大きくなり過ぎた裏には、金儲け絶対主義の影響が多分に考えられます。 Time : 2000/10/20(金) 22:01:40
Name : 倶知安 E-mail : Title : 塔の高さは含めない? Comments: 皆様、はじめまして。 宇津木様でも三枝様でもリリアン様でもなくて恐縮ですが、 二年以上前からずっとROM しておりました「倶知安」と申します。 懐かしいKANAK様のご発言を目に致しまして、 一点だけコメントさせていただきたく存じます。 これは、KANAK様のご主張の中で それほど重要な部分ではないと思われますので、 決してKANAK様の論旨に対する反論ではございませんが、 「寺院というのは総合建造物だから、塔まで含めれば東大寺が出雲大社よりも 高かった」と仰っていることに関して疑問がございます。 KANAK様は、今回の書き込みで ----------------------------------------------------------- 1)出雲大社と東大寺の高さを比較するならば、総合建築としての寺院の特性 から、搭の高さを含めて見るべきである。言うまでもなく「東大寺搭」は出雲 大社が16丈であったとしても、これを遥かに上回るものであり、従って総体 として出雲大社が東大寺よりも高い(東大寺が出雲大社に遠慮した)と考える こと自体に問題がある。 ----------------------------------------------------------- と仰り、またかつての書き込みで、 ----------------------------------------------------------- 寺院と言うのは金堂・塔・講堂・大門等の総合建築物で す。従って塔を含めて比較すれば、出雲大社以上の高さを持った建築物は、そ れ程珍しくもないでしょう。 まして東大寺の東西塔となれば、出雲大社を遙かに凌駕したモノであったこと は明らかです。(大仏殿より30−40%は高いでしょう) 勿論この塔は平安時代には失われていたでしょうから、何れにしても一時代は 「雲太、和二、京三」になるかも知れませんが、本当に建築物の高さにそれ程 の意味があったのでしょうか? それならば、塔の高さについても遠慮があって然るべきかも知れませんね。 ----------------------------------------------------------- と仰っています。 そこで疑問なのですが、確かに出雲大社の高さを遙かに凌駕していたであろ う東大寺の東西塔は、平安時代には失われていたと推定されますが、「口遊」 の時代に、他に出雲大社の高さを凌ぐ塔は無かったのでしょうか? KANAK 様も仰るとおり、むしろ「それほど珍しくない」のではないでしょうか。当方 は知識が無くて存じませんが、例えば現存する興福寺や東寺の五重塔は、いず れも50mを越えるものですが、「口遊」の時代にも、出雲大社の高さを凌いで いた可能性はございませんでしょうか? 何が言いたいかと申しますと、「口遊」の時点で、(たとえ東大寺の東西塔が 存在しなくても)、興福寺にしろ東寺にしろ或いは別の寺院にしろ、他にも寺 院の塔で高いものが存在していたとすれば、塔を含めて考えた場合には「一時 的」にしろ「雲太、和二、京三」という状況ではなかったことになります。そ れにも関わらず、「口遊」では「雲太、和二、京三」と言っていたということ は、そもそも建物の高さを比較する場合に、塔の高さを含めずに比較する習慣 があったとは考えられませんでしょうか? もちろん、そういう習慣だったという確実な根拠は、当方も全く存じません。 しかしながらKANAK様が、 ----------------------------------------------------------- もっとも「総合建築物」であっても「塔」は「塔」で「神殿」ではない・・・ と強弁されるならば、それまでですが。 ----------------------------------------------------------- と、「強弁」という強い言葉をお使いなのには、疑問を禁じ得ません。これは 強弁ではなく、当時の人々の感覚としても、塔を含めずに考えていたという可 能性もあろうかと、当方には感じられます。もっとも、それと、「高さを遠慮 したかどうか」ということとは、また別の議論になりましょうが・・・。 もちろん、仮に上記の当方の考えが当たっていたとしましても、それ以下の KANAK様のご主張にはほとんど影響がございませんし、当方はKANAK様の ご主張自体に反論するつもりは全くございませんが、少々気になりましたもの で、思い切って書き込みをさせていただきました。 Time : 2000/10/20(金) 22:03:49
Name : KANAK E-mail : Title : 倶知安さんのご指摘にかんして・・・ Comments: ご指摘のとおりです。私もこの点について気がつきましたので、今回これに関 してコメントしようかと思いましたが、本論とは直接関わりが無いと思って、 敢えて触れませんでした。ゴメンナサイ!! なお、もう一点申し上げれば・・・平安初期には出雲大社が大仏殿を陵駕する 高さであったとしても、奈良時代の東大寺創建時点で出雲大社が同じ高さであ ったかどうかは、実証できないことがあります。(出雲大社は構造上度々建て 直されていたと思われますので、752年から970年まで同一の建物とは考えられ ませんので・・・) ご指摘ありがとうございました・・・なお突然の乱入で失礼いたしました。 おそらく、もう二度と顔を出すことは無いと思います。みなさまのご活躍を祈 念いたしております。 Time : 2000/10/20(金) 22:25:38
Name : Toshy E-mail : Title : 塾の役割 Comments: 2mさん、レスありがとうございます。 >「塾の役割」って何でしょうか。 ご指摘の通りです。 現状では、小中学校が本来果たすべき役割を果たさないため、 勉強をしたくても出来ない子供たちが通うようになっています。 別に狂っているわけではなく、 生徒たちが自分でしたいことをしているだけです。 狂っているのは学習塾ではなくて現在の学校の方ではないでしょうか。 >金儲け絶対主義の影響が多分に考えられます。 金を稼ぐのは、生活者として当然だと思いますが。 2mさんはもしかして自活の経験がないのでしょうか? だとすれば、一度社会に出てからモノを言うことですね。 それに学校の先生になる人たちだって、 生活=金のためにその職業に就いているのではないですかね。 塾だけが違うという証拠があれば話は別ですけど。 生徒一人一人は私どもにとって死活問題です。 ただ時間を守っていれば良い学校の先生たちに比べれば、 どちらが教育者としてふさわしいか、おわかりになると思います。 >「学校」の本当の意義は、貧しい人でも豊かな人でも、平等に教育を受けられる >所にあると思います。 今の学校では、その教育が受けられません。 現状の学校の、どこが学習の場なのでしょうか。 だから金を出してでも塾に通う。違いますか? >子供達の心を潰して もっともらしいことをいいますが、 あなたは馬鹿なマスコミの言葉に翻弄されているだけ。 勉強が出来なくて暴れる子供が、現在の授業妨害につながっています。 それで勉強したくても出来ない子供が塾に通うのですが、 これは暴れる生徒の責任ですか?学校の責任ですか? それても、塾の責任ですか?(あなたは塾のせいにしているネ) 優等生を「いい子ぶりっ子」といじめるひねくれものがいますが、 それは大人になっても変わらないようですね(ワラ Time : 2000/10/20(金) 23:29:57
Name : Toshy E-mail : Title : それと Comments: 続きです。 塾では、学校では教えない「向上心」を教えます。 今の教育は、ここが一番抜けていると私は思いますが。 そんなことはどうでもよい。 2mさん、あなたは授業妨害という現実をどう思いますか? Time : 2000/10/21(土) 00:03:58
Name : 傍観者 E-mail : Title : 金儲けは悪い事ではない Comments: 大事なのはプロ意識を持って金儲けする事でしょう。 報酬に対して仕事が誠実であれば,お金はいくらもらってもいい。 Time : 2000/10/21(土) 00:48:31
Name : 咲野 E-mail : Title : 文化 Comments: 以前、友人と飲み明かした時、日本美術の話しになりました。 彼は「日本美術なんて世界の美術の応用にすぎんさ。日本画って言ったって 源流は中国じゃないか。あんな手法、アジアの各国でみれるよ」 と言ったもんです。 私はしたたか酔ってもいたし、主に近代西洋美術を勉強していたので、 会話に積極的には加わりませんでしたが、私なりに違和感を感じました。 例えば「デ・スティル」。 オランダの絶対主義という美術運動ですが、どうみてもロシア構成主義の後追い にしか見えないでしょう。それではロシア人とオランダ人が同一の美術的資質 だということでしょうか。それはヨーロッパ共通の美的意識なのでしょうか。 もちろん、そうですが絶対主義をオランダ人はこう解釈した、 それが「デ・スティル」なんだと思うんです。似ていて当たり前ですが、意識 が違うんだと思うのです。私は昔から文化は手法は共通でも意識が違うものでも ある、とおもっているのです。手法だけ見て「同じじゃないか」と言い出せば 世界共通意識になっちゃいますから。 手法と意識というのは美術史だからで、もしかして世界史では考え方ってのも 「手法の一つ」にはいるかもなあ、と思うことがたまにあるんですよね。 ちなみに彼はそうとうな人で、新幹線に乗って京都を見た時に、私が 「日本は仏教国でよかったよなあ」 って言うと 「何言ってる、教会もあるじゃないか。キリスト教徒もたくさんいるんだぞ。 寺院しか建って無いならともかく、仏教国なんて言えんさ。」 本当に日本が仏教国であるかどうかはともかく(笑) すると世界で仏教国はチベットぐらいになりますかな。 (あ、あそこも正確には仏教国ではないですか。) Time : 2000/10/21(土) 04:54:32
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : KANAK様、一寸遅かったかも・・・ Comments:  KANAK様、お久しぶりです。お元気そうでなりよりですが、 超長文ゆえに、目を通すだけでも一苦労でした。 それだけでも小生たちよりずっとご健康と察することができます。  ただ、あまり後ろ向きの議論はしたくなかったので、安部様の お見事な分析でもって、この件は終わりにしたかったのですが・・・。 安部様のご努力に報いるためにも、コメントしておく事にしました。  それで今回の超長文でも(とくに小生の)引用がアンフェアーで残念です。 この件は後回しにしますが、やはり安部様の分析の方が正しいと思います。  実は言わないつもりだったのですが、我々が混乱した原因は次に述べるような KANAK様の御主張のちょっとした矛盾点にありそうです。御主張をまとめますと: 1.雲太・和二・京三の伝承は正しい。 2.和二は本来塔も含むべき。 3.だが、口遊び当時は、塔がなかった。 これらがすべて正しいとしますと、当然次も正しいはずです: 4.当時、16丈の出雲大社が健在であった。 なければ3同様、当時の高さで比較されますね。 ところが、4については「可能性がある」とおっしゃるにとどまり、1については かなり信憑性があるとのことですが、上記のように両者はシンクロしているべきで、 ここの御主張に温度差があるのは変です。 また、平安初期に3は当然としながら、4も当然とされてしまってもまた変です。 これは何を根拠に主張されていたのでしょう? われわれは(おそらく井沢先生も)4は可能性が低いと最初から思いこんでいました。 4が史料的にきちんと確かめられるならば、1に微塵の疑いも持たないからです。 こう考えると、2を強調しすぎるなら、1はウソだというご意見になるでしょう。 それで、KANAK様は1を誤りと思っておられると、我々は勘違いしたのかもしれません。 実際のところは、2はほとんど意識の外だったという安部様のご指摘が 一番当たっていると思います。それはKANAK様ご自身も含めてではないかという 安部様のご指摘はさすがです。なぜなら、KANAK様ご自身も(いまは2を強調されますが) 議論の流れをふまえるなら、引用にありますように一連の御記事の題名を   出雲大社と大仏殿 にはされずに、「出雲大社と(総合建築としての)東大寺」にすべきだったでしょう。 この題名は、まさにわれわれの意識をあらわしていたと思います。 さらに小生の意見にありますように、たとえ2を認めたとしても、 3とは無関係に、意識上の格付けととらえるべきではないでしょうか。 (このあたりは倶知安様のご指摘も含めるべきかと存じますが,一応置かせてください) たとえばONを引き合いに出しますと、記録上はなんと言ってもONの順のはずですが、 多くの野球ファンの意識はNOで長嶋のほうを上にするのではないでしょうか。 (ちなみに小生は違いますが・・・バッターに限っても、ノムサンはあまり好きでは ありませんが、仲間に入れるだけの記録はあるでしょう)  ほかにもありますが、長くなりすぎますので、小生の引用の件にかぎって、 誤解を増幅されないようにコメントいたします。 引用(5)における小生の主張は、まったくゆがんだ形でなされており、 当時もこの点は十分クレームをつけ、質問にも答えたのですが、ご配慮いだだいておりません。 「流行」という言葉の存在からも、人々の意識は時とともに変わります。 「大きさ競争」というのも一過性で、「一時期はありうるが長くは続かない」と いったはずですが、「まったくない」という主張にすりかえないでほしいと思います。 こんな流行は巨大古墳群の存在からでも伺えるのではと答えたのですが、 確かその件は撥ね付けられてしまいましたね・・・。 ピラミッド建築も一時期、確かにあったのです。「あった」ほうにウェイトがありました。 それを恣意的に逆にとらえ、しかもその部分しか引用されないのはフェアーとは言えません。 同様の流行は、たとえば米ソの宇宙開発競争でも同じことだと思います。 それは確かにありましたが、結局ソビエト崩壊という形に至って終わりました。 どうも「一時期の特性」までも「普遍的な歴史意識」とすり替えられて議論される 傾向があると思います。たとえば、伊勢神宮建設当事にどの程度怨霊が意識されたのか 小生はよく知りませんが、比較の対象がちょっとおかしいと思います。 出雲大社建設当事は、怨霊鎮魂というよりも「天に近い」ことがより意識されていたでしょう。 伊勢神宮の時は、「君が代」の拠点として(お色直しの習慣はいつできたのかは知りませんが) 「末永く続く建築」が目的で、作られたはずでしょう。不安定に高いものは避けられたでしょう。 それと、(ご異論は有ると存じますが)後の怨霊におびえた形跡のある時期と同等に 論じるべきでしょうか? したがって、「高さを競った形跡はまったくない」という御主張は、ほかのいくつかの御主張と 同様に、現在でも小生とっては納得しかねるものです(小生は一時期確かにあったという立場です)。 もちろん、納得できるご意見もありましたし、細かい部分井沢先生の著作も改訂が必要かと 思いますが,概ね批判においては少し無理をされているような印象でした。  とりあえずこのあたりでやめますが、もうこれ以上後ろ向きの議論はできたらやめたいと思います。 議会ではありませんが,一事不再理ということで、よろしくご配慮願います。 ただ、小生が勘違いした部分があったことは謝罪いたします。申し訳ありませんでした。  KANAK様ご自身はこれでROMされるとのことですが,他の方も含め、この件でもしご意見頂いても、 レスは週明けになると思いますので、皆様ご了解ください。 Time : 2000/10/21(土) 09:39:25
Name : 2m E-mail : Title : Toshyさんへ Comments: ・・まず、言いがかりは止めて下さい。「金儲け」する事自体は悪い事と思って いません。「金儲け絶対主義」で、善悪・道理を捻じ曲げても、金儲けに走ってい る人を「狂っている」と評したのです。学校が本来の役割を果せず塾がもてはやさ れているのが、一部の「金儲け絶対主義」の人達による作為と受け取っただけで す。 「早期教育は早ければ早いほど良い」と言っている人もいました。子供がまず学 習しなければならないのは、勉強よりも社会の中で生きる方法だと思います。でな ければ幾ら勉強の能力が高くても、社会を知らなければ役に立ちません。そこを捻 じ曲げて子供を塾に通わせ、一方で学校教諭の行動を大幅に制限して学校の共同生 活を低下させた人達を、「狂っている」とは思いませんか。 Time : 2000/10/21(土) 11:31:23
Name : 憂国 E-mail : Title : 何か意見がかみ合いませんね Comments: 2m様へ >「特殊」だからと言って考えを狭めたら、何も見えなくなると思います >が。 だから、日本の価値観で中国をみてはいけない、といっているんですがね、 (この場合の価値観とは、井沢先生もご指摘の「和の宗教心」ですね、独裁 というものを嫌うという面では、民主制の非常に合ったくになのでしょうが) 「天安門事件」に関しては、あいも変わらずアメリカ一辺倒な言い分でしかなく 薄っぺらいですね、中国の言い分が全面的に正しいとは言いませんが、 当時の学生が暴徒化していたのは、紛れもない事実で中国政府が一番恐れていた のは、一部の軍隊が合流するという事だったらしいです(ケ小平は鎮圧するのに 自分のお膝元の四川の軍隊を使いました)、それに、アメリカが加担していたのは 確実で、事件後の厳戒態勢のなか、ほとんどの首謀者はにげおおせました、ま、確 かにあんなに殺しちゃいけませんが、もし、あの時改革が早急に実現していたら 大変な混乱と場合によっては内乱に発展した可能性もあったでしょう、 >思想統制と言う国を滅ぼす様な真似をせざるを得なくなったと考えます >が・・・。 まだ滅んでいませんよ(笑) 国を滅ぼさないように懸命な努力をしていると私は思います、その証拠 にインターネットの普及率は大変なもので一部制限もありますが、かなり の情報がはいるようになってきてます(このHPも勿論みれます) >民意にも、色々ありますよね。国を保つ意見も国を滅ぼす意見も、民意として存 在しています。前者の意見は大事にすべきで、後者の意見は排除すべきです。それ が解れば、まともな政治家と思います。 相変わらずの物言いで、、、前者と後者はどのように区別するのですか? 天安門を例にとれば、マサッカーを指示したケ小平が国を保ちえて、学生が国を滅 ぼす事にもなりえたのではないのでしょうかね、 >区域毎に自治を認め、それぞれ緩い結束で独自に政治を行えば、民意を政 >治に反映させる事が可能になります。 仰る事ごもっともと思います、そのために懸命な努力を試行錯誤しながら 緩やかに、混乱を起こさず、行っている、その辺の事情もわからない2m様のご意見 は申し訳ありませんが「薄っぺらい」といわざるおえません、 Time : 2000/10/21(土) 15:27:00
Name : パンダ E-mail : Title : 10世紀の事実推理と、8世紀の思想問題。。。 Comments: パンダです。大阪JF生さん、倶知安さんへ。。。 おおよそ察して頂いていると思いますが。。。kanakさんに当時の議論につい て、解説をお願いしたのは私です。 ただ、kanakさんは飽くまで過去のログ提供と、それについての簡単なコメン トだけで、新たな議論を行うつもりはないし、今後ROMするつもりもないとの ことでしたので、ご了承願います。 で。。。大阪JF生さん、のご指摘(倶知安さんのご指摘にも関係しますが。。。) に対しては、私の責任においてお答えいたします。 (なお、アンフェア云々は。。。単に当時の議論がこうであったと言う紹介な のですから、ここでは触れません。安部さんのご指摘の妥当性については、過 去ログをお読み頂けば自ずから明らかですから、皆さんの判断にお任せします) 倶知安さんは、ご理解頂いていると思いますが、この問題の論点は次のとおり 整理できると思います。 「口遊」に関する論点 A 970年に「口遊」が記述された時に、出雲大社は東大寺「大仏殿」より高かっ たのかどうか。。。事実推理の問題 「口遊」に関する論点 Aa 970年に「口遊」が記述された時に、出雲大社は東大寺「大仏殿」より高かっ たのかどうにかかわらず(事実は低かっても)そう信じられたものであるかど うか。。。思想問題? 「東大寺建築」に関する論点 B 752年に東大寺が創建された時に、出雲大社は東大寺「大仏殿」より高かった のかどうか。。。事実推理の問題 「東大寺建築」に関する論点 Ba これが事実であるすれば、大仏殿が出雲大社の高さに「遠慮」して1丈低く建て られたのかどうか。。。建築思想問題 「東大寺建築」に関する論点 Bb これは、大国主の怨霊鎮魂施設である出雲大社に対する「遠慮」によるものであ るかどうか。。。怨霊思想問題 「東大寺建築」に関する論点 Bc もしそうだとしたら、「搭」が出雲大社よりも遥かに高い(遠慮がない)こと について、どう理解すべきなのか。。。怨霊思想問題 「東大寺建築」に関する論点 C 東大寺は長屋王の怨霊鎮魂施設であるかどうか。。。そうであるとしたら、Bb に関して、大国主と長屋王の両怨霊の遠慮関係はどう理解すべきものなのか。。。 「神殿建築」に関する論点 E 敗者の神殿「出雲大社」と勝者の神殿「伊勢神宮」には、高さについて遠慮す る(意識する)という思想があったのかどうか。。。なければそれは何故か。。。 一応ここで問題になっているのは、AとBだと思いますが、この両者は基本的 には全く別の問題ですよね。これが混同されているのではないかと言うことで す。(Aaの論点は、Aの論点について一定の信憑性を認める者にとっては、ほ とんど問題にはなり得ません。おそらく井沢さんも近年の出雲大社発掘によっ て、Aaの論点からAの論点にウエイトを移されているのでは?) まず、Aに関していえば。。。東大寺大仏殿は970年においても創建時(15丈) のままでしたから、「口遊」に何らかの信憑性を認める立場に立てば、記述当 時に出雲大社が16丈の高層建築であった「可能性」を認めることになります。 この場合は、倶知安さんのご指摘のとおり、「口遊」は本殿のみを比較対象と しているのであって、これらを超える「搭(東大寺搭を含め)」があろうとな かろうと、関係はないと解釈することが可能でしょう。 kanakさんは、多くの文献学者同様に(私もですが。。。)「口遊」の性格か ら、この記述に何らかの信憑性を認める立場に立っておられましたので、石井 さんのご質問に答えて出雲大社が970年当時に16丈であった可能性を付言され たものですが、これはkanakさんにとっては、もともとの論点ではありません でしたし、飽くまでも事実推理の問題です。(祭祀に当っての仮建築かもしれ ない。。。との発言が有った筈ですね) この推理が最近の考古学的所見により、より「可能性」が高まったのはご承知 のとおりですが、もとより最終結論ではありませんし、そもそもBとは論点が 異なります。 これに対しBの問題は、そもそものkanakの論点だったのですが、東大寺創建に 当っての建築思想として、出雲大社に遠慮して高さを決定したのかどうか。。。 と言う問題です。 これを考察するに当っては次の問題が生じます。 1)750年頃に出雲大社が16丈だったのか? 970年頃にそうであったとしても、 200前からそうだったとは限らない。 (今回kanakさんは、この部分を付言されましたが、これは98/5当時私がNIFTY でkanakさんに指摘したことです。これについてkanakさんは、確かにそうだが これを言い出すと水掛論になる可能性があるので、一応16丈であったとしても 。。。ということで話を進めますと言われたと記憶しています) 2)750年頃に出雲大社が16丈だったとして、東大寺の高さを決定するに当っ てそれに遠慮すると言う思想があったならば。。。寺院は総合建築物であ るから「搭」の高さを含めて遠慮するのが当然ではないか? 3)そもそも宗教施設の高さについて、「遠慮」すると言うような思想が常識 として認められ得るものなのか? この2)3)について井沢説を批判されたものなのです。そしてさらに、寺院 が総合建築物であったとしても、「搭」は付帯設備であって遠慮すべき対象で はない。。。飽くまで神殿(本殿=大仏殿)について遠慮したことを認めるべ きである。。。との反論を想定して「伊勢神宮」に付言されたものなのですね。 (この考え方を「強弁」と表現されたのは、倶知安さんのご指摘とおりで、私 も言い過ぎだったと思います。私は「高層」建築思想を推理するならば、基本 的には「搭」を含めて考察すべきだと思いますが、本殿のみで考察すべきとす る立場も全く有り得ないとは思いません。 ただ、この場合も「口遊」が橋や建物に関する子供の教科書だとする立場から すれば、その記述とは何の関係もありませんね。飽くまでも「遠慮」を本殿の みで考察すべきか、総合建築物として「搭」を含めて考察すべきかの問題です。) 以上で、概ねご理解頂けると思いますので。。。「誤解」の原因分析について はこの辺にしておきましょうね。 で。。。「伊勢神宮」「長屋王」等の問題については、あらためての議論を、 お望みでしょうか? もしお望みであれば、kanakさんとは異なる部分があると思いますが、私の立場 において一つづつお答えいたしますが。。。 Time : 2000/10/21(土) 16:30:50
Name : 倶知安 E-mail : Title : お礼 Comments: KANAK様、早速のご回答ありがとうございました。 大阪JF生様、パンダ様、引用ありがとうございました。 当方もROMに戻ります。 皆様、二重書き込みになっていたこと、お詫び申し上げます。 Time : 2000/10/21(土) 16:56:15
Name : 2m E-mail : Title : 憂国さんへ Comments: >当時の学生が暴徒化していたのは、紛れもない事実・・・ 少なくともテレビでは、天安門に集まっていた人達が暴動を起していたとは見え ませんでした。もし起こしていたら、あんな物では済まなかったと思います。首謀 者もアメリカが匿い切れたとは思いません。その情報は当時の物で中国政府が恣意 的に流した物ではなく、本当に正しいと言い切れますか。 ・・しかし、人の意見にどんな感想を持つかは勝手ですが、「薄っぺらい」と言 って貶すのはどんな物でしょうね。 >あの時改革が早急に実現していたら大変な混乱・・・ そうでしょうね。学生達が全てに置いて正しいとは思いません。しかしどちらに しても、あの事件の影響下から今の中国は逃れられる筈はありません。 >>区域毎に自治を認め、それぞれ緩い結束で独自に政治を行えば、民意を政治に 反映させる事が可能になります。 >仰る事ごもっともと思います、そのために懸命な努力を試行錯誤しながら緩やか に、混乱を起こさず、行っている それは知りませんでした。では具体的にどんな事を行っているか、成功例・失敗 例何れでも構わないので(できれば両方とも)、教えて下さい。それを聞けば、中 国政府の能力を判断して評価する事もできますし。 しかし現時点の情報だけでは、憂国さんの視点は余りにも中国政府よりに傾いて いると判断します。・・中国政府の「懸命な努力」を教えて下さい。 Time : 2000/10/21(土) 17:46:54
Name : Toshy E-mail : Title : 言い掛かり?(ワラ Comments: 言い掛かりはそちらでは? 塾を減らせとか何とか、人の仕事に難癖をつけたのだから。 金もうけがいい悪いという話は私していませんけど、 それを書き込みしたのは傍観者様です。 (傍観者様、フォローありがとうございました) あなたの書き込み内容と金儲けの善悪が別問題だというのなら、 このように誤解を生じさせるもの以外のなにものでもないのですから、 もう少しまともな文章をお書きになってください。 >学校が本来の役割を果せず塾がもてはやさ >れているのが、一部の「金儲け絶対主義」の人達による作為 塾がもてはやされるのは責任をしっかりと守るからであって、 金儲け主義のためではないですよ。 もちろん、お金を頂くからこそ責任も実感する、というものです。 狂っている社会といいますが、それは塾が作ったとお思いですか? その答えは、NO。 塾業界がなくなったら、ライバルである家庭教師業界が繁盛するだけのこと。 私どもは生徒たちのカウンセラーであって、煽っている人間ではありません。 その「狂った社会」で苦しむ生徒たちを助けるのが仕事です。 諸悪の根元は文部省と教育委員会にあるのですけど、 (狂っているというよりも、私はこの連中ただの馬鹿だと思っています。) あなたはそちらに対するコメントは一切していませんね。 そしてアルバイト気分の家庭教師を派遣する業界にも、何一つ言わない。 塾に対する言い掛かりだとしか思えません。 あなたの論、はじめから通してみると、何を言いたいのかさっぱり伝わってこない。 論点を整理した上で書き込みしてくださいね。 PS 文部省・教育委員会へ あなたがたのような子供のことを考えない御都合主義者のおかげで、 私ども塾業界は大いなる発展をいたしました。 あなたがたを嘲笑するとともに感謝しております(ワラ Time : 2000/10/21(土) 18:26:02
Name : Toshy E-mail : Title : 言い掛かりついでに Comments: どうも俺は、一度の書き込みでモノを言う能力がないらしい(わら 社会での生き方を、ということですけど、 あまりにも抽象的すぎて答えようがないですね。 野球選手を目指す人はすべてイチローのような英才教育、という意味ですか? 私は、社会に出るためには、まず社会のルールを守ることを覚え、 そして学校の学習の中で自分の個性を磨いていく、 または努力することを学ぶべきだと思いますが。 なお、先の書き込みは家庭教師の方に対する失礼な発言がありました。 謝罪申し上げます。 塾業界にもアルバイト気分の馬鹿タレ講師がいますが、 彼らは自分で自分の首を絞めているだけですから、 いずれ私どもの世界からは姿を消すでしょう。 Time : 2000/10/21(土) 19:09:35
Name : 2m E-mail : Title : Toshyさんへ Comments: ・・なんと言うか、Toshyさんの考え方はよく解りました。 >塾を減らせとか何とか そんな具体的な話はまだしていませんし、そんなつもりもありません。子供に大 き過ぎる負担にならない様に、時間を減らすべきと書いたつもりだったんです が・・それを勘違いしているなら謝ります。ただ、その結果として塾が減る様な気 もしますけど・・・。 >諸悪の根元は文部省と教育委員会 コメントしています。「学校教諭の行動を大幅に制限して学校の共同生活を低下 させた人達」とは、彼らの事です。 >ライバルである家庭教師業界 こちらは、実態を把握し切れていないだけです。塾の話題は良くテレビなどで聞 きますが、家庭教師の話題を余り耳にしていないだけです。彼らもテレビで聞く塾 と同レベルの事をしているなら、時間を減らすと言った制限を加えるべきと思いま す。 では、子供の立場に立って、「授業崩壊」の原因を少しばかり考えてみました。 ま、直接子供に聞いた訳では無いので、外れているかも知れませんが。 1.塾の授業は学校よりも早い。 2.学校の授業は既に受けているから、子供にはつまらない。 3.教師も親も甘いし、授業時間に遊んでいても怒られない。 4. 1.2.3.を繰り返す事で、「授業崩壊」が起きる。 ・・と言った所ではないかと思います。要するに、塾が学校の本来の役割を横取 りし、学校と親から道徳観が欠落した為に、そんな現象が現れたと考えられます。 そして、諸悪の根源は・・・彼らではなく、政治家と言う気がしています。 P.S. 「大いなる発展」ですか・・・「日本破滅への序曲」と言う気がしてます。 Time : 2000/10/21(土) 21:13:11
Name : Toshy E-mail : Title : 2mさんへ返答 Comments: チャット状態になってきましたね。(わら まずは、子供に負担をかけているのは私ども塾ではなく、 教育委員会と文部省にあるということはおわかりですか? だったら次の論理もおわかりですね。 <塾の時間を減らせば、その分生徒の負担は増加するのです> 家庭教師が同じことをしているとは私は言いません。 カウンセラーとしての能力は、塾に比べて劣るでしょう。 学級崩壊の理由、あなたは勘違いしていますね。実態を把握していないのに偉そうなことを。 何もわからないなら黙っていた方が墓穴を掘らないで済むのですよ。 1.生徒の何名かは、こらえ性がない 2.やっていることが難しくなると、努力する前に自暴自棄になり暴れる 3.教師はそれを押さえることが出来ず、ヤンキーはますます調子に乗る 塾に生徒が来るのは学級崩壊の原因ではなくて、結果です。 多少進んだ授業をしたからといって学校を簡単だと思う生徒は、 はっきりいえば優秀な生徒たちです。 優秀な生徒が、授業妨害するとあなたは思っているのですか? 学級崩壊の原因になっているのがどのレベルの生徒であるのか、 現場を見た上で発言してください。 一人よがりの妄想で勝手なことを言わないことですね。 授業妨害をしている生徒は、いわゆるヤンキーです。 そんなやつらは塾に来ることはありません。 2m→ヤンキーの弁護人 Toshy→真面目な生徒を守る人 ということで。 あなたのように的外れも甚だしい考えを論じる人間がいるほうが、 よっぽど日本破滅の序曲です。(わら 塾が学校の役割を分捕ったとは言い掛かりも甚だしいね。 私どもが学校のすべき役割を背負っているのは、 学校が責任を自覚せず職務を果たさないゆえの不可抗力だと思っていますが。 Time : 2000/10/21(土) 21:38:22
Name : 名無し@某国さん E-mail : Title : 塾の経営者へ Comments: 2mみたいなやつには何を言っても無駄だよ。 下の書き込み見てわかる通り、ただのルール違反野郎じゃん。 塾で「けじめ」とか「向上心」を教えることが日本破滅という のだから。つまりこいつはルールを守ることが許せないのさ。 犯罪者を弁護するとヒューマニストだと思っている人がいるけ ど、2mはそのレベルだよ。 Time : 2000/10/21(土) 22:36:11
Name : 2m E-mail : Title : 教育・・について Comments: Toshyさんへ >チャット状態になってきましたね ちょっと、昨日今日は暇なんで。 >何もわからないなら黙っていた方が墓穴を掘らないで済むのですよ。 しかし、「外れているかも知れませんが」と書いたのに、そこまで言うのです か。2mは、Toshyさんが望んでいる様な完璧人間ではありませんよ。ま、To shyさん自身、Toshyさんが望む様な完璧人間とは思えませんが。・・絶対 にそんな人何処にもいないのに、他人に完璧を望むとは困った人ですね。討論は成 り立たず、喧嘩は成り立ちますね。 それと、そこまで言い切るからには、小学校の現場に行って直接子供に聞いたの ですか。又聞きでは、本当の所が理解できない危険性があります。それを犯してい ませんか。 >塾に生徒が来るのは学級崩壊の原因ではなくて、結果です。 では、塾の授業が学校の授業より先行を始めたのは何時からですか。学級崩壊よ り先か後か・・それ次第では、Toshyさんの論が正しいかどうかが解ります。 下らない事をお聞きします。Toshyさんは、パンダさんのダチですか。それ とも本人ですか。・・どうも、クリソツなんで気になります。 名無し@某国さんさんへ >塾で「けじめ」とか「向上心」を教えることが日本破滅というのだから。つまり こいつはルールを守ることが許せないのさ。 それは、本来「学校」の役割ですね。学校がその役割を果たせ無くしたのを、日 本破滅の前兆だと書いたんです。・・酷い曲解ですな。 Time : 2000/10/21(土) 23:59:22
Name : Toshy E-mail : Title : パンダではないが、コアラに似ているといわれたことはある Comments: 2chのオトモダチの言葉で、あなたエキサイトしていませんか? 冷静になってください。 現場って、私はその場を仕事にしている人間であって、 学級崩壊のために勉強できない子供たちの悩みを聞いているのですがね。 授業を妨害するのが真面目な生徒か不真面目な生徒か、 よーく考えればわかると思いますけど。 では、塾の所為で学級崩壊がはじまったとしましょうか。 すると、成績の良い生徒は塾ではいい子で学校では遊んでいるということになりますね。 すると塾が出来ている指導が学校では出来ないということになります。 学校の授業よりも塾が先行しているのは、多分ずっと昔からです。 しかしだからといって、学校の授業が簡単になるほど、 一般の生徒は理解力があるわけではありません。 そもそも、学校の役割を果たせなくしたのはだれですか? あなたは、諸悪の根元は教育委員会や文部省だと理解しているはず。 なんでその根元を断ち切らないで、塾や家庭教師という枝葉に文句を言うのでしょう。 私ども塾業界は、生徒を助けるために必死なのです。 責任感があるから信頼されているのであって、 それを悪く言われる筋合いはどこにもないはずです。 >本来「学校」の役割ですね。 では、学校が本来の姿に立ち戻るべきです。 その時には、ここで論争しなくても塾や家庭教師はなくなることでしょう。 ところで、私がいつ完璧な人間を望みましたかね。 ただ、自分で知らないのに勝手なことを言うなといっただけのことです。 ちなみに私はパンダさんではありません。 しかし、おそらくパンダさんであろう人物とはここで激しく論争しました。 PS 私には、あなたとケンカする気は毛頭ありません。 Time : 2000/10/22(日) 01:12:46
Name : 傍観者 E-mail : Title : 今の日本では言ってはいけないこと? Comments: 偏差値の高い学校ではいじめは少ない。 偏差値の低い学校ではいじめが多い。 これは私の印象ですが,そんなに外れてはいないはず・・・ Time : 2000/10/22(日) 03:43:46
Name : 名無し@某国さん E-mail : Title : ルール違反野郎は消えろ Comments: だから俺はさー。 塾が子供たちにけじめを教えているのだから、それはいいことだと思って いるのに、2mはそれを「日本破滅」というんだよねー。学校が何もしな いのが悪いのにねー。こいつの言うことは支離滅裂だよ。 やっぱりただのルール違反野郎なんだねー(藁 Time : 2000/10/22(日) 09:35:09
Name : パンダ E-mail : Title : 逝ってよし。。。消えろ。。。?? Comments: パンダです。 私も2mさんや、高徳さんのご発言は理解できないし、好きではありません。 はっきり言って悪態を吐くだけの「支離滅裂」な発言だと思います。 でも。。。「逝ってよし」とかタメグチで「消えろ」などとおっしゃるのは、 如何なものでしょうか? 支離滅裂なご意見に対しては、一定の批判を加える。。。それでもお分かりに ならない場合は(大部分はそうなるでしょうが。。。)、無視しておけば良い のではないでしょうか? 出来る限り「発言の自由」は、尊重して頂きたいと思うのですが。。。 Time : 2000/10/22(日) 10:32:02
Name : 2m E-mail : Title : Toshyさんへ Comments: >2chのオトモダチの言葉で、あなたエキサイトしていませんか?冷静になって ください。 そりゃ、二人の罵声に近い言葉でかなりエキサイトしています。それでもあれだ けやっていたので、少しは耐性が付いて来たみたいですね。・・Toshyさんも 冷静になってください。 >学級崩壊のために勉強できない子供たちの悩みを聞いているのですがね。 学級崩壊を起している子供の悩みを聞く、と言う意味です。塾に来ない筈だから 聞けませんよね。単に「ヤンキー」だから、では済まされない問題です。 >学校の授業よりも塾が先行しているのは、多分ずっと昔からです。 Toshyの論にとって大事な所です。「多分ずっと昔」では成り立たなくなり ます。そして、先行している「量」が極めて重要です。 >>本来「学校」の役割ですね。 >では、学校が本来の姿に立ち戻るべきです。その時には、ここで論争しなくても 塾や家庭教師はなくなることでしょう。 塾や家庭教師はなくならくても良い筈です。加熱状態が収まれば良いので す。・・無くしたら、混乱は免れませんしね。 >塾や家庭教師という枝葉に文句を言うのでしょう 異常な早期教育を推奨し、手伝っている所は文句を言います。それ以外は加熱状 態が収まる様に、年齢によって時間制限を設けてはどうかと考えているだけです。 >私には、あなたとケンカする気は毛頭ありません。 Toshyさんには無くても、あんなに貶されていては、2mだって何れぶち切れ ますよ。・・耐性のお陰でどうにか切れていない様な気がしますが。 傍観者さんへ 2mも、そんな気がします。偏差値の低い学校では、偏差値が高い人から低い人ま で、色々な人が集まるからかも知れませんね。(+不良も) 名無し@某国さんさんへ ・・・・・・・・・・。 パンダさんへ 同意見です。無視してくれませんか。 Time : 2000/10/22(日) 10:44:28
Name : Toshy E-mail : Title : ところで Comments: 社会での生き方を学ぶことが、という話ですけど、 具体的なことを教えてください。 あとね、私たちは(何度も言うけど)手伝っているのではなくて、 子供たちの相談に乗っているのであって、 加熱に拍車をかけているのではないですよ。誤解をといてください。 私があのような発言をしたのは、あなたがとんでもない誤解をして 私どもに対する誹謗を加えたからです。 ここはお互い様ということで、一応水に流しますか。(嫌ならよろしい) なお、学級崩壊を起す子供、つまりルールを踏みにじる連中、 私は悩みを聞く気などありません。 もし文部省が悪くてそのような行動を起すのなら、“どの生徒も”その様になるはず。 暴れる奴等には根本的に問題があるのであって、制度の改革など何の役にも立たない。 勉強が苦手なら、 1.克服する 2.他(スポーツ、音楽、美術など)で自分をアピールする という積極的な行動をとるべきであり、 自暴自棄になるような子供にはアドバイスのしようもないでしょう。 彼らの行動を容認するのが最近の馬鹿マスコミです。 名無しさんの言葉でいう「ルール違反野郎」には、権利など認められませんね。 傍観者様、いつもながらフォローありがとうございます。 おっしゃる通りで、努力もしない人間たちは、ひねくれた方向に進みます。 それがイジメにつながっているのでしょう。 まあ、授業が先行したら簡単になるという言葉、 塾としては教え方がうまいという褒め言葉としてとらえます。 私たちは時間を守っているだけの人たちとは違い常に生死を賭けていますから、 それほどの能力は身につけているのです。 家庭教師は、生徒に目が行き届くというところで、 学校はもちろん塾をも上回るところがありますね。 で、かんじんの学校は一体???? 今日の新聞:滋賀県では女子高生に交際を強制し、 断られた報復に成績を下げてつけたそうな。(わら そうそう、パンダ様、しばらくでございます??(にやり) 私は古代史がわからないので、別の時代でまた話しませう。 PS 自分も2chの書き込みを知っているものです。 下に出てくる「鋼鉄サンボ」のことも知っています(笑) Time : 2000/10/22(日) 14:19:30
Name : 2m E-mail : Title : パンダさん、Toshyさんへ Comments: パンダさんへ 少し言葉が足りなかったので補足します。 パンダさんが2mに対して行った評価は、2mがパンダさんに対して持っている評価 と全く同意見だと言う意味です。そんな状態では、まともな討論は期待できないと 思います。・・だから、パンダさんが2mの意見を無視して頂けると、2mとしても腹 を立てずに済むので助かります。 Toshyさんへ >加熱に拍車をかけているのではないですよ。誤解をといてください。 Toshyさんはしていなくても、テレビで異常な早期教育を推奨する人は見ま したよ。そんな人達への批判であって、Toshyさんへの批判ではありませ ん。・・もし、Toshyさんもそんな事をしているなら、批判対象に入ります が。 >なお、学級崩壊を起す子供、つまりルールを踏みにじる連中、私は悩みを聞く気 などありません。もし文部省が悪くてそのような行動を起すのなら、“どの生徒 も”その様になるはず。暴れる奴等には根本的に問題があるのであって、制度の改 革など何の役にも立たない。 「ルールを踏みにじる連中」も、それぞれに生きているんですよ。一人一人、個 性も環境も違います。“どの生徒も”と安直に括っては、本当の教育はあり得ない と思います。・・やはり、Toshyさんの考えはパンダさんとクリソツですね。 Time : 2000/10/22(日) 14:35:35
Name : 憂国 E-mail : Title : 天安門ですが Comments: 2m様へ 要するに、テレビですとか、日本のメディアからだけの判断なわけですね、 私の場合、中国東北軍の将校筋からの話なのですが、どちらもすべて正しい とは勿論言い切れません、(暴徒化云々の話は、軍の中にも数十名、死亡者 がいまして、これは名前も発表されていますから信憑性はあるでしょう) ただ、この様な偏った(アメリカ発、日本側の発表、まさか日本のメディア に客観性があるとはおもっていませんよね) 情報からだけの判断であるとするならば、薄っぺらいといわれてもしょうがない のではないのでしょうか、中国政府の恣意的発表でも頭から否定するのではなく その中に潜む「言い分」というものもあるていど考慮しなければ 「ウォーギルトインフォメーション」のようにアメリカの洗脳戦略にはまります 中国の懸命な努力としては香港とその周辺における経済特別区でしょう、香港 を中心にエリアを作り経済格差をなくしながら徐々にそのエリアを広げていく その為のインフラ整備に対しての汚職摘発や治安強化などは外資を受け入れる 為には急務でありもともと交通規則の概念などあまりなかった、民衆の教育 秩序作りなども懸命におこなわれています、 この地域は正規のVISAがなくてもその場で取得できる短期VISAで気軽 にはいれますので香港などに旅行した時などにはぜひお勧めです、従来のイメージ とはかけ離れた中国がそこにあり、資本主義化のための懸命な努力が実感できるで しょう(人民服をきて自転車だらけというような光景は一切みれません) >成功例・失敗例何れでも構わないので(できれば両方とも)、教えてください 果たしてこの様な政策が成功なのか失敗なのかまだ判断できませんしこの様な地域 を内地まで徐々に広げて経済格差を克服していくと言うような遠大な計画である わけですから色々な問題が生じてくるでしょう、しかし2m様が仰るような無能な 自分の利益しか考えないような官僚だけでは計画すらでてきはしないでしょう、 そこには紛れもなく「愛国心」がありわが国からすれば問題はありますが「誇り」 もあるのです、「国益」の為には嘘もつくし我が国が下手に出ればとことん絞り とろうとするのもあたりまえです、勿論、私も愛国者として中国に対して支持する つもりは毛頭ありませんけどね、 Time : 2000/10/22(日) 15:04:15
Name : 2m E-mail : Title : 憂国さんへ Comments: >暴徒化云々の話は、軍の中にも数十名、死亡者がいまして、これは名前も発表さ れていますから信憑性はあるでしょう これだけでは判断できません。軍の鎮圧が始まったのと、学生が暴徒化を始めた のがどちらが先か、と言う事です。もし学生が暴徒化を始めた方が先で、しかも大 規模なら、中国政府の軍による鎮圧をやむを得ない判断と認めます。しかし逆な ら、中国政府は横暴だと批判せざるを得ません。軍の鎮圧が始まれば、学生が暴徒 化するのもやむを得ない筈です。・・この情報だけでは、今までの情報と照し合せ て軍の鎮圧の方が先と判断します。 それと「中国東北軍の将校筋からの話」では、話半分と受け取らざるを得ませ ん。中国政府にとっての悪い情報は、流せない立場の人達なのですから。 >香港 香港に住んでいた人が、中国に返還される前に大量に出国したそうですね。・・ もし、今の香港が以前と同じ魅力を持っているなら、そろそろ大量に戻るでしょう ね。それを見てから判断しても、遅くは無いですね。 ・・・憂国さんの「中国政府の努力」の話は、経済を中心とした話ですね。政治 には、様々な角度からの情報分析が必要です。軍事(日本近海での調査船)、内政 (チベット問題)と言った話は、中国政府の危うさを示しています。そちらについ ての憂国さんの見解を教えてくれませんか。 Time : 2000/10/22(日) 17:08:46
Name : 腐儒 E-mail : Title : 2mさんへ Comments: もちろん鏡に写った自分に向って言っているのですよね。 ま、それはともかくとして 騒ぐ子供に根本的に問題があるとしたら2mさんとしてはどうすれば解決すると考えていますか? 根本的に問題があるとしたら,文部h層の制度の変更で解決できないのはもちろんですが, 塾のせいでもありませんね。 つまり根本的に問題があるのだとしてら,塾がちょろちょろ動き回っても(Toshyさんすみません,これは言葉のあやです) 変な子供が増えるわけでも減るわけでもないはずですね。 そこらへんも2mさんはどう考えているのですか? Time : 2000/10/22(日) 17:14:08
Name : Toshy E-mail : Title : そう来ると思っていました(わら Comments: まずは、パンダさんほどの方と同レベル扱いはうれしい限りです。 で、本当の教育といいますけど、 ルールも守れない連中は、社会で言えば犯罪者です。 犯罪者も確かに、それぞれに生きているわけですけど、 あなたはその犯罪を犯した人間をどのように思いますか? あさはらしょうこうのような人間を、 あなたは弁護しますか? 社会復帰を願いますか? 権利を主張するのは、まずルールを守った上で、のこと。 自由と勝手をごっちゃにする人間がいるため、 真面目な生徒が迷惑しているのですから。 他人に迷惑をかける人間を弁護するなら、 あなたは教育論を論じるよりも、法律を学んで弁護士になる方がよろしい。 それと、「てれびで」ということですね(にやり) 所詮あなたは、馬鹿マスコミの言うことを鵜呑みにする、 その程度だということをこの場で暴露していますよ。 私が言うことを信じず、マスコミが正しいという理論。 では、学校の現状をどのようにお考えなのですか? 塾や家庭教師が悪いという証拠は馬鹿マスコミの言葉以外にあるのですか? ここの書き込みの内容を見るからに、 あなたは相当の嫌われモノというか、厄介モノのようです。 まあ、一度社会に出て大人になることですね。 腐儒さん> 気にしていないです。 どなたかと違って、良識のある方のお言葉ですから(^^) Time : 2000/10/22(日) 18:43:46
Name : 2m E-mail : Title : 教育について Comments: 腐儒さんへ >騒ぐ子供に根本的に問題がある 子供がおかしな行動を取りそれを止めないのは、歯止めとなってくれる人が全く いなくなったのが原因だと言うのは解りますよね。要するに、親が子供を制御する のを止め、教師も制御するのを止められているからですね。・・(つまらないの で)騒ぎ立てたいと思っても騒げなかったら、そんな行動は取れません。 Toshyさんへ >パンダさんほどの方と同レベル扱いはうれしい限りです。 そうですか。ま、受け取り方は人それぞれですし、何も言いません。 >ルールも守れない連中 「子供が騒ぎ立てる」位で、そこまで言いますか。親も教師も、本来の役割を忘 れさせられているから、そんな事態を止められないのですよね。悪い事をしたら、 罰を与えなければならない。・・・ま、バケツに水入れて廊下に立たせたらどうで しょうか(昔のマンガですな)。それも「人権侵害だ」とか言われたら、まずその 人達から批判しなければなりませんが。 >塾や家庭教師が悪いという証拠は馬鹿マスコミの言葉以外にあるのですか? 利益追及の余り、奇怪な事を偉そうに言っている人達だけ、と書いたつもりです けど。・・まともに(今はそんな人のせいで壊れている人が多いけど)、こなして いる人まで批判する気は毛頭ありません。 >あなたは相当の嫌われモノというか、厄介モノのようです。 以前の書き込みも見てから言って下さい。嫌われても仕方ないですね・・。2mに 言わせれば、・・・やっぱ止めておきます。 Time : 2000/10/22(日) 22:08:38
Name : Toshy E-mail : Title : 2mさんへ Comments: 2mさんへ >騒ぎ立てるくらいで けじめを守ることを教えるのは学校の役割だといいましたよね? この言葉は、「けじめを守らなくても」という意味にとれますが。 あなたは、子供たちをきちんとしつけるのに反対の立場ですか? >罰を与え この必要性は賛成の立場ですか? 学校内の罰の与え方は私どもが口を出すことではないけど、 集団生活の規則を守るよう徹底させるためには、 それ相当のことをしなければならないでしょう。 私などはよく殴られたものです(わら) >「人権侵害だ」という人たち それが、テレビで塾や家庭教師を悪く言いまくる馬鹿マスコミですよ。 加害者の肩を持つことによって自分が偉いと思い込む、 ただの偽善者ですなあ。 >壊れている人が多い 全くその通りです。 授業妨害を止めさせることが出来ず、ただ時間を守っているだけの先生たち、 ルール違反の子供たちの肩を持ち無関係の塾を悪く言う馬鹿マスコミ、 そして「騒ぎ立てるくらいで」とけじめを守らないことを擁護する人。。 で、あなたは前に「社会で生きることを学ぶ」といいましたけど、 具体的に何を学べといいたいのですか? 私は五教科を学んだことで今の仕事をしていますが、(優等生とは言い難い) 経営のことまでは勉強しませんでした。 小学生のうちから経営をやれってか(笑) 私は、「我慢する」「努力する」「けじめをつける」が大切なことと考えます。 これが出来ない子供が、本当に多い。塾の所為じゃないよ(わら) Time : 2000/10/22(日) 23:09:18
Name : 腐儒 E-mail : Title : 暗記力も能力のうち Comments: 例え暗記科目であってもそれに秀でることはかけっこが早いことと同じ一種の技能でしょう。 最近の学校では,テストの順位を非公開にしますが,これは勉強が出来る子供の 自己表現の機会を奪っているとは言えないでしょうか? 脚が早い,歌がうまい,それと同じ次元で,暗記力がある子供も明るくそのことを自慢すれば良い。 通信簿では子供のことを1割も評価できません。 だからこそ,その評価はむしろシビアに,勉強の良し悪しでするべきだと思います。 その上で,子供にそれは勉強の評価であって,決して人間的評価ではないことを諭せば良い。 Time : 2000/10/22(日) 23:30:24
Name : 憂国 E-mail : Title : 高所から茶々をいれる傲慢さ Comments: 腐儒様へ >騒ぐ子供に根本的に問題があるとしたら2mさんとしてはどうすれば解決すると>考えていますか? 根本的に問題はないとお考えなのでしょうか?腐儒様はいつもこの様に危機意識 のなさを露呈していますが、ご本人のご意見を伺ったことが御座いません、 人に意見をもとめるのであれば、まずご自分の意見(この場合は根本的な問題など 一切ないという認識からの2m様へのいけんなのでしょうか?そうとしたら平和ぼけ ですね) をおっしゃてから2m様に伺うべきではないのでしょうか、いつもちょこっとでてきてわかったように茶々 を入れる姿をみていますとご意見番というよりも、ある意味 傲慢というかずるさをかんじます、 2m様へ はからずも >話半分と受け取らざるを得ません。 こうおっしゃっているのであれば、あなたのご意見も断定的な意見から半分後退 すべきではないのでしょうか、私としてはそれで結構なのですが、 >軍事(日本近海での調査船)、内政(チベット問題)と言った話は、中国政府の>危うさを示しています。 そちらについての憂国さんの見解を教えてくれませか。 私が中国人なのであれば、弱みはとことんつっこみます、日本近海を調査できるの であればよろこんで調査するでしょう、この場合は日本政府に問題がおおいにあり ます、彼方の言うように「亡国の徒」というにもやぶさかでない、 チベットに関しては、残念ながらもはや事後処理のように映ります、ジェノサイド によってなくなった人たちのご冥福を心からおいのりします、 負の遺産として(今更、振り上げた拳を下ろせない事情が中国にあるいじょう) 今後の礎とするべきでしょう、 Time : 2000/10/23(月) 00:35:44
Name : 憂国 E-mail : Title : かんじんな事として Comments: 2m様へ 話しがずれましたが、私の「場合によっては独裁制も必要である」という意見 は理解していただけたのでしょうか? Time : 2000/10/23(月) 00:56:35
Name : 腐儒 E-mail : Title : 意見ですか Comments: 以前意見を述べて憂国さんにしかられたことがあると思いますが。 私の書き込みが平和ボケに見えるのだとしたら,その平和ボケと感じた部分が私の意見かもしれません。 私としては,学校の先生は学級崩壊に関してはむしろ被害者であろうと思います。 おかしな子供の親を何とかしなければ解決はしないでしょう。 いじめだって,いじめる方の親に何か問題があると思います。 私は「腐儒」ですからね,日本の現状は「論語」の精神を忘れた体と思っています。 日本人の公の場でのマナーは「論語」に従っていればまず間違いはありません。 「論語」を教育の場で見直すべきだと思います。 それと,「現在の」道徳教育は止めるべきです。 現在の道徳授業では,昔からの道徳に懐疑感を持たせるような教育をします。 「昔からのしきたりではこうなっているが,本当にそうでしょうか?」と言った類の教育が多い。 そして,自分の心の赴くままに行動すれば「人間的だ」と言う答えを子供に出させようとします。 今の道徳教育はむしろ道徳を崩しています。 Time : 2000/10/23(月) 00:59:21
Name : 輔住 E-mail : Title : 2mさんへ Comments: 2mさんへ 騒ぎ立てるくらいでといいますが1時間や2時間授業がつぶれただけならともかく、 ほとんど教室が無法地帯となってる状態でもですか? Time : 2000/10/23(月) 01:09:41
Name : パンダ E-mail : Title : 独裁制の必要性。。。 Comments: パンダです。憂国さんへ。。。横レスで失礼します。 憂国さんの中国独裁制に関するご意見は、「独裁制の必要性」というよりも、 「独裁制」から「民主制」への移行を如何に円滑に進めるか。。。についての ソフト・ランディング論のような気がするのですが、間違っているでしょうか? ああ。。。もう出なくっちゃ! Time : 2000/10/23(月) 09:29:28
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : パンダ様へ Comments:  コメントありがとうございました。またレスが遅くなって申し訳有りません。 白熱している議論とは別の、遅れた話題です。 小生も過去の問題云々は、水掛け論になりそうなのであえてなしにします。 それをぬきにしても、推測されている認識に少しずれがあると思います。 >一応ここで問題になっているのは、AとBだと思いますが、この両者は基本的 >には全く別の問題ですよね。これが混同されているのではないかと言うことで >す。(Aaの論点は、Aの論点について一定の信憑性を認める者にとっては、ほ >とんど問題にはなり得ません。おそらく井沢さんも近年の出雲大社発掘によっ >て、Aaの論点からAの論点にウエイトを移されているのでは?)  おそらくこれを前提に議論が進んでいると思いますので, この出発点の修正によって,後の議論も変るでしょう。 したがってこの点のみに絞ってコメントさせていただきます。  せっかく細かく分類頂いたのですが,「混同」ということばは いささか良くないニュアンスでおっしゃっていると存じます。 そうではなくて,AB間のように形式的には一見関係が無いような事柄の間に 何らかの有機的な関連があるのではないかという議論の進め方が 井沢先生の「方法」なのですから,それを最初から形式論として拒否されると 話がかみ合いません。でも一つのご意見としては承ります。  また、小生は(おそらく井沢先生もそうではないかとおこがましくも思っておりますが) Aは事実ではなさそうだと、前記事でも述べましたが,現在でもそう思っております。 問題の時期においては, 「かつては16丈の出雲大社が立っており,それを見た人の間でその威圧感から伝説化した」 という認識だったと考えているわけです。 もし本当に建っていたとしても、建物の不安定さから、そう長い間無事ではないと思います。 言い伝えゆえに,実際建っていたものは,16丈も無かったのかも知れず,誇張されていたのでは? という疑いが,最近の報告によって「本当らしいんだな」に変っただけです。 その点,誤解されていると存じます。  それから過去の議論の蒸し返しはするつもりはありませんので、その類の議論は望んでいません。 当初から申し上げているように,あくまでも「新しい議論の展開」を望んでいるだけですので, ご承知おきください。 Time : 2000/10/23(月) 10:12:27
Name : Toshy E-mail : Title : 暗記も能力、かけっこも能力 Comments: 腐儒さん、フォローありがとうございました(^^) まさに暗記は能力であり、そしてその子供の個性です。 また、勉強の成績と人間性とが無関係であることも、おっしゃる通りです。 ところが、成績と人間性は無関係という意味を履き違えている人は、 成績と人間性を反比例するものだと主張するふしがあります。 それが馬鹿マスコミです。 かけっこも能力です。ところが今の運動会、 かけっこの得意な生徒がその能力を発揮するものではなく、 全員が同時にゴールしなければならないというものらしいですよ。 これでは「個性教育」という言葉と矛盾しているのが明らかです。 勉強が得意な子は授業で、運動が得意な子は運動会で存在をアピールせよ! なんで塾の人間がこのようなことをいわなければならないのかというと、 学校の先生がそれを言わないからです。 もちろん、学校の先生にも真剣に悩んでいる方もいることでしょう。 彼らに望むのは、信念を持って仕事をすることです。 道徳をしっかりと生徒たちに植え付け、 そして生徒の個性を伸ばす教育を実践してほしいです。 お上から金をもらっているのですから、その金に見合う仕事をしてください。 勉強は私どもで教えますので(笑) Time : 2000/10/23(月) 10:17:46
Name : 愚者 E-mail : Title : はじめまして Comments: ここに来るのは本当、約2年ぶりです。知らない人ばかりになっています。 皆様、はじめまして。愚者と申すものでございます。 (昔とはHNが違います、アシカラズ) 今サーっとRESしただけなのですが・・・(なにせROM量が膨大すぎます!) 議論が教育に関することになったようですね。ちょっと質問よろしいでしょうか? >Toshy様 >勉強が得意な子は授業で、運動が得意な子は運動会で存在をアピールせよ! よく友人とも日本の教育の在り方について議論するのですが、 議論の行き着くのはいつも 「日本の社会システムが学校の成績以外で人間を判別する方法を知らないからだ」 という点なのです。 偏差値偏重も、学校軽視・塾重視の教育方針も、そこに原因があるように 思われるんですね。(それに対しての私の価値判断は省略します。) 上記の引用から言えば、「勉強の出来る子はその後社会的に認められるかも しれない、しかし運動会のヒーローはオリンピックや国体にでもでない限り (社会的に・・・まあ露骨に言えば金銭的ということですか)認められない。」 のではないでしょうか。 個性だ個性だ、個性重視だと言っても現実はそのようなもののように 私には思えます。 そのような状況の中で、個性重視教育とはいかなる意味を持つものでしょうか? Toshy様は塾の経営者であるということですが、ぜひ教育関係者からの ご意見を承りたいと思いましたので、とつぜんRESさせていただきました。 議論から外れてしまうかと思いますが、よろしければご意見をお聞かせください。 既にご意見されていた場合、愚者のROM不足に責任があります。 ご容赦ください。 Time : 2000/10/23(月) 16:44:46
Name : 憂国 E-mail : Title : パンダ様へ Comments: ソフトランディング論としても、その場合での独裁制の有用性はあるわけですから それをもって、必要論としてもなんら差し支えないのでは、 つまり、独裁制から民主制という流れが、必然であるというのであれば、この場合 唯物論のようにより良く社会が発展するという意味で民主制をとらえた時点で、 私の考えといささか隔たりがあるのではないのでしょうか、 日本に限っていった場合、多数決優先の政治制度はなにも近代に始まったわけでも なく古代からあったわけで、その過程として、ポイント、ポイントに独裁制が あり、時代の変革を推し進める起点となってきた、これを発展とか進化ととるの であればただ単に経済力の発達における富裕層の増加における、裾野の広がり ととってもなんらおかしくはないのではないのでしょうか、 古代においては豪族層の合議制があり、行き詰まった時に天皇独裁(この場合 中央集権化ですか)がはじまり、なし崩し的に荘園領主である貴族たちの合議制 となり、それが武家政権へと変遷しまた振興産業萌芽するなかでギルド的な 独占へと社会が行き詰まっていく、また独裁者によりこれが打破され明治維新 まで閉塞感を高まらせていく、といったように一部の人間の合議制からたくさん の民衆による合議制となっただけでなんら構造は基本的に変わってないのでは ないのでしょうか、 この様な認識から現代社会の閉塞性を考えたときに敗戦による急激なアメリカ化 というものもあいまって、日本人が根本的に備えている話し合い尊重主義と公共 性が根本から破壊されようとしている事に非常に危機感を感じずにはおられません そして、そのカオスから我が国を救うといういみにおいて、うむを言わせず、強引 に物事を推し進めていく強い力が必要であり、そこに独裁制の必要性をみるのです つまり緊張と緩和が繰り返される自然の流れの中で引き締め時には独裁が必要で 緩やかな時には少数意見も反映される民主制が必要、と言うようなある意味、 仏教的な意見であるとわたしは思うのですがね、 Time : 2000/10/23(月) 18:04:11
Name : パンダ E-mail : Title : ソフトランディング論は取り消します。。。 Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 >>ソフトランディング論としても、その場合での独裁制の有用性はあるわけで >>すからそれをもって、必要論としてもなんら差し支えないのでは、 ソフトランディング論と言う場合、本来は民主制が好ましいと言う前提が有っ て、過去の独裁制からの移行過程としての意味しか認められませんから、そも そも独裁制が有用(好ましい)というわけではありませんので。。。 >>つまり、独裁制から民主制という流れが、必然であるというのであれば、こ >>の場合唯物論のようにより良く社会が発展するという意味で民主制をとらえ >>た時点で、私の考えといささか隔たりがあるのではないのでしょうか、 私は、独裁制より民主制のほうが、国民にとって少しはましだと思っています が、これはあくまでも選択の問題であって、必然だとは思いません。 ただ、憂国さんがある時期においては独裁制のほうが良いとおっしゃるのなら ば、ソフトランディング論ではありませんね。取り消します。 >>そのカオスから我が国を救うといういみにおいて、うむを言わせず、強引に >>物事を推し進めていく強い力が必要であり、そこに独裁制の必要性をみるの >>です この部分については繰り返しになりますが、私は超人(人間)の統治能力より 衆愚の判断能力のほうが、まだしも安全だと思っていますので、独裁制の必要 性は認めません。やはり越え難い見解の相違ですね。 チャイナに関して言えば。。。マオツアオトンの独裁による大躍進や文化大革 命の悲劇が必要だったとは思いませんし、彼の功罪を論じるならば明らかに独 裁制の弊害のほうが、大きかったと思っています。 憂国さんの求められる日本の独裁者が、このような悲劇を我々にもたらさない という保証が、どこにあるのでしょうか? Time : 2000/10/23(月) 22:24:47
Name : パンダ E-mail : Title : 最高神と最大神殿。。。? Comments: パンダです。大坂JF生さんへ。。。 レスが月曜日以降になると言うことは当初から承知していますし、お互いに生 活があることですから、お気になさらないで下さい。 で。。。。 >>そうではなくて,AB間のように形式的には一見関係が無いような事柄の間 >>に何らかの有機的な関連があるのではないかという議論の進め方が井沢先生 >>の「方法」なのですから,それを最初から形式論として拒否されると話がか >>み合いません。でも一つのご意見としては承ります。 確かにこういう食い違いがあるのかも知れませんが。。。要するに我々は、こ ういった事柄にの間に何らかの有機的な関連があるのか無いのかを、個々の事 例に則して考察するのが史学だと思っています(井沢さんも同様だと思います) ので、最初から形式論として拒否しているわけではありません。 この点ご了承願います。 >>Aは事実ではなさそうだと、前記事でも述べましたが,現在でもそう思って >>おります。 >>問題の時期においては, >>「かつては16丈の出雲大社が立っており,それを見た人の間でその威圧感か >>ら伝説化した」という認識だったと考えているわけです。 すみません。よく分からないのですが。。。「かつては16丈の出雲大社が立っ ており」と言うのはどの時期のことをおっしゃっているのでしょうか? 750年頃の大仏殿創建の時でしょうか? それより遙か以前でしょうか? 前者とすれば、750年頃(?)には「16丈の出雲大社が立っており」、970年頃 には「16丈の出雲大社は存在せず、単なる伝承と化していた」とされる根拠は 何処にあるのでしょうか? (後者の場合も同じ疑問がありますが。。。) 私は、970年「口遊」記述当時は、著者を含めて中央貴族が国司として赴任し ていた例が多く、祭政一致の原則が生きていた時代ですから、中央貴族の地方 (神社)知識にはかなり信憑性があるし、貴族の子供に対する教科書という性 格からしても、単なる伝承であるとする理由に乏しいので、何らかの事実を反 映している可能性が高い。。。ただし750年頃については確認のしようがない 。。。というKANAKさんのご意見(推論)の方が妥当だと思うのですが? (ただ、確認されているだけでも、出雲大社は度々倒壊しては再建されていま すので、極めて不安定な状態であったのは、おっしゃるとおりです。。。だか らといって、970年より以前には実在したが、この頃には単なる伝承であったと する理由にはなりませんね) 970 「雲太、和二、京三」と称される。 1031 本殿倒れる。 1036 再建。 1061 本殿倒れる。 1109 本殿が傾き、倒れそうになる。 1114 再建。 1141 本殿倒れる。 1145 再建 1172 本殿倒れる。 1190 再建、このころ寂蓮法師が歌に詠む。 1235 本殿倒れる。 1248 再建、本殿の規模縮小? 1744 現在の本殿を造営。 で。。。「伊勢神宮」については如何でしょうか? 私からみれば。。。大阪JF生さんとKANAKさんは、井沢さんのテーゼである 「最高神は最大の神殿に祀られる筈である。。。」について異見を提起されて いるという点では、同じことをおっしゃっているように思えるのですが? 『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』 >>当時「十五丈」だった東大寺より、出雲大社は「背」が高かったことになる >>わけだが、考えてみるとこんな変な話はない。なぜ、こんな変な話はない、 >>かというと、オオクニヌシは日本の最高神ではないからだ。最高神ではない >>のに、最大の神殿に祀られている。          >>繰り返すが、出雲大社の祭神は、日本の最高神のアマテラスではなく、敗北 >>した神であるオオクニヌシだ。           ー逆説の日本史U 大阪JF生さんのご意見 >>出雲大社建設当事は、怨霊鎮魂というよりも「天に近い」ことがより意識さ >>れていたでしょう。 >>伊勢神宮の時は、「君が代」の拠点として(お色直しの習慣はいつできたの >>かは知りませんが)「末永く続く建築」が目的で、作られたはずでしょう。 >>不安定に高いものは避けられたでしょう。 このご意見は、私の勝手な要約ですが。。。次のように思えます。 *最高神アマテラス神殿(の建築思想)は「末永く続く建築」=安定である。 *敗北神オオクニヌシ神殿(の建築思想)は「天に近い建築」=高層である。 つまりは、両者の建築思想は、もともと異なっており、何れにしても「最高神 は最大の神殿に祀られる筈である。。。」というテーゼについては。。。。な のでは? なお、世界の常識について言えば、KANAKさんはキャソリック最高の寺院(サン ・ピェトロ)は、その他寺院(ケルン大聖堂等)に比べて最大とは言えず、こ の点からも疑問をしめしておられますね。。。もちろん直接の例証ではありま せんが、建築思想に関する指摘としては妥当性があると思うのです。。。 Time : 2000/10/23(月) 22:46:37
Name : Toshy E-mail : Title : 偏差値重視、について Comments: 愚者さん、ご指名ありがとうございます。 とりあえずは塾の経営をしているToshyです。 >「日本の社会システムが学校の成績以外で人間を判別する方法を知らないからだ」 このご意見は、もっとものことかと思います。 現に私は二流大学の卒ですから(同じ学校で俺を知っている人、ごめんね)、 学習塾の就職も相当に苦労しました。成績ではない、能力を見てくれ!といいたいけど、 それを実行に移す前につまずいてきたため、社会に出るのは少々遅れました。 で、学校の成績ですが、これは本人の努力と関係するものです。 成績が良いのは本人が努力した賜物で、 私が一流大学に入れなかったのは努力が足りなかったためです。 (現に数学は4点という記録あり:笑) 怠けた人間が社会で認められないのは当然で、 現在の社会の評価というものはここに存するのだと考えられはしないでしょうか。 私のような数学4点と、優秀な数学100点の学生が同じ待遇を受ける道理がありません。 なお、社会の仕事といってもさまざまな分野があります。 ある高校生は、分数の足し算すら出来ないほどの学力でしたが、 彼は機械に詳しく、友達や先生のバイクや車を修理するという腕の持ち主でした。 そのような彼ですから、自暴自棄になるようなひねくれものではありませんでした。 彼は今、機械整備工として優秀な人材になっています。 このように、得意分野を持つものは、必ず社会で成功します。 さて、個性教育、ですが、五教科といってもそれぞれ。 私は数学が苦手な分、英語を得意として通訳のアルバイトなどもしてきました。 能力を生かせる場は、いくらでもあると思います。 現実は個性を認めていないというのは、 実際には個性を認める教育をしていないからですね。 運動会の例しかり、また「ルールに反することも個性」と唱える人たちしかり。 でも、現実には個性がないと生きられませんよ。 私だって、自分なりの個性的な授業で生徒の信頼を得、 今こうして生活しているのですから。 お笑い芸人でもラーメン屋でも、それぞれ人とは違った持ち味で生きています。 ちょっと答えになっていないようですが、足りないところはまた話しましょう。 レス待ってます♪ Time : 2000/10/23(月) 23:42:09
Name : とんぼ E-mail : Title : 憂国さんへ Comments: みなさん、お久しぶりです。 やっと、宗教の話も終わったようなので、一安心です。 憂国さん、初めまして。 パンダさんと議論を読ませてもらっておりますが、 今ひとつピンとこないのが、憂国さんのご意見です。 「独裁」が必要な時もある とのことですが、ここでの「独裁」の定義を教えてください。 具体的には、 *独裁者は誰が選ぶのか? あるいは、「誰を」でもよいです。 *政権交代の手段は何か? 選挙か? 武力を用いるのか? この辺りがクリアにならないと、パンダさんとの議論も成立しない気がいたします。 アメリカ大統領なんて、ある種の期限付き独裁者です。 しかし、民主主義とは矛盾していません。 一方、イラクのフセイン大統領は、選挙で選ばれていると思うのですが、 武力を用いないと政権が交代しない。。つまり、期限なし独裁者に見えます。 この辺もからませて説明して下さい。 よろしくお願いします。 Time : 2000/10/23(月) 23:49:23
Name : とんぼ E-mail : Title : 今度はパンダさんに。。 Comments: パンダさん、お久しぶりです。 知識量もさることながら、すごい書き込み量ですね。 ところで、反論という訳ではないのですが。。 > なお、世界の常識について言えば、KANAKさんはキャソリック最高の寺院(サン > ・ピェトロ)は、その他寺院(ケルン大聖堂等)に比べて最大とは言えず、こ > の点からも疑問をしめしておられますね。。。もちろん直接の例証ではありま > せんが、建築思想に関する指摘としては妥当性があると思うのです。。。 少しアンフェアな議論に私には見えます。というのも。。 *キリスト教寺院は神を祀っている訳ではないと思います。 *また、それに一神教ですので、大きさの比較をする必要もないような気がします。 からです。 むしろ、他宗教に対してどのような扱いをしてきたのか、 その点で論ずる必要がある気がします。 たとえば、征服者が他宗教の施設を *破壊したか? *乗っ取ったか? *そのままにしたのか? そのままにした例が世界に多くあれば、パンダさんの主張も説得力を持つと思いますが、 如何でしょうか? Time : 2000/10/24(火) 00:23:34
Name : Toshy E-mail : Title : 思いついたことなど Comments: 愚者さん、さっきの書き込みの続き、というか、書き忘れです。 どうも1度の書き込みですべてをいう能力にかけているらしい(笑) >運動会のヒーローはオリンピックや国体にでもでない限り認められない。 それはちょっと極端な例としても、スポーツでもなんでも、 根気よく続ける人は社会的に立派に評価されると思います。 学問がだめでも体力に優れている人物が、 その体を生かせる肉体労働の仕事に就いたとします。 根気のある人は、多少仕事が辛くてもこつこつと続けていけるでしょう。 こらえ性がない人間は、少々辛い仕事が当たった途端挫折し、 「努力しよう」と思う前にもっと楽な仕事を探しにいきますね。 このような「努力」というものを教えることも、 私どものような人間には大切な仕事です。 それと、スポーツに秀でていれば、 多少成績が振るわなくても「自分が活躍できる場がある」と思うだけで、 ひねくれた性格になることはないと思いますよ。事実女の子にもてる奴は、 成績のいい男よりもサッカーがうまかったりする連中ですから(笑) Time : 2000/10/24(火) 01:42:13
Name : 咲野 E-mail : Title : 個性 Comments: 私は概ね、Toshyさんの意見が正しいと思っております。 もちろん、Toshyさんがそう言う風に考えている、とは思っておりませんが 必ずしも、偏差値教育が堪え性教育にはなっていないかと、絵が得意な場合。 (まあ、日本の美術界が実は学歴社会だったり、ほとんど氏姓制度みたいだっ たりしますが) うちの学校ではリタイアした人が成功する、と言われておりました。 つまり「勉強では堪え性がなかった人」です。 そういう人達が学歴社会で生きて行くのは、多分「勉強での堪え性」ではない ような気がします。 もちろん、Toshyさんがおっしゃることは理解できますし、正しいと 思います。でも、やっぱりそう言う人達はいわゆる「オリンピック」的なもの を獲得しなければならないのは確かなんです。(他世界からはそう見えなくとも) でも、ですね。そう言う評価は正しいんだと思いますよ。 「リタイアする」と言うことはハンデを持たねばならない でなければならないと思っています。 ただ、現行では必ずしも「個性」は評価してはいないかと思うんですよね。 Toshyさんは別としても、下記のような評価をうけた事がありません。 しかし 私の仲間の多くもそうですが、決して「世」をはかなんだりしていません。 取り留めも無く書いたようですが すべてに有用な物はないだろうなあと言うこと また、そう言う評価でかまわないだろうなあと言うこと すべてをフォローできないだろうこと(フォローしなくてもいいこと) これは教育の限界ではないと思うんです。 私はいわゆるそのオチコボレ(笑)ですが、本当に Toshyさんの おっしゃることは解ります。でも、いわゆる教育がすべてに答えなくともよいかな と思うことがあるのです。 Time : 2000/10/24(火) 07:03:35
Name : Toshy E-mail : Title : 咲野さん、ありがとうございます。 Comments: 咲野さん、ありがとうございます。美術関係の方ですか? 「勉強のこらえ性」だけではなく、 美術の世界にもやはり根気みたいのものは必要ですね。 私などは絵が下手だから、芸術系の世界では耐えられず逃げるかも知れません(笑) それでは美術の世界では認められない、ということでしょう。 芸術の世界こそ「個性」の活かせる場ではないですか。 この世界は私の守備範囲から外れるためコメントが難しいのですが、 やはり自分の能力を生かし、努力することが基本だと言うほかないようです。 咲野さんのいうように、教育がすべてをカバーするのは限界があるのでしょう。 しかし「努力することの大切さ」を教えていくことは外せませんね。 マスコミも「教育制度が悪い」などという偽善的言葉は止め、 何が大切なことかを報道してもらいたいものです。 Time : 2000/10/24(火) 08:41:48
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : パンダ様,とんぼ様、ご意見ありがとうございました。 Comments:  パンダ様,コメント頂き,ありがとうございました。 また、とんぼ様、冷静なるご意見ありがとうございました。 そのながれで、まず伊勢神宮の件ですが,(実は議論するつもりは無いと いったつもりですが、どうも通じないので仕方なくコメントします) とんぼ様がおっしゃる事が至極尤もだと思います。 それ以外の点で,コメントいたします。 KANAK様宛には何度も同じことを言っていましたし,先回も申し上げたはずですが, 人の考えは時(もちろん場所)と共に変ります。 井沢先生の言葉は怨霊という視点にたって、限定された意味で使われているのであって, 普遍的な真理を述べているのでは有りません。 (伊勢神宮は当てはまらない例と説明したつもりです。) >「最高神は最大の神殿に祀られる筈である。。。」 は一時期は真実だったでしょう。しかし,神を権力者と置き換え、神殿を墓と 置き換えても、井沢先生の限定された意味ならば変わりないはずですし、 常識的に無茶な事は言っていないはずです。 しかし、時期の限定をはずすならば,全く真実ではないという事は どなたも重々承知の上で、読み・書きしていると思います。 もしそうなら,古墳群は基本的に限りなく大きくなって行くでしょう。 「普遍的な真理」として述べているわけではないのです。 ただ、権力者の心理として,そういう傾向はあるだろう程度に理解されては いかがでしょう。 さらに思っている事と実際に実行する事の間には大きな隔たりもあります。  さて、これも終わりにしたいのですが,小生は平安初期には16丈の建物は たっていなかったと「思いこんで」いただけで、全く史料的な裏づけはありません。 具体的にいつ建って、いつ倒れたのか小生のような素人には知る由も有りません。 ただ、前にも申し上げましたように,実際に建っていたという裏づけもなく、 おっしゃっていることは説得力に乏しいと思います。 >970年「口遊」記述当時は、著者を含めて中央貴族が国司として赴任し >ていた例が多く、祭政一致の原則が生きていた時代ですから、 でしたら、記録等が残っていれば問題無くパンダ様のおっしゃるとおりでしょう。 しかし、口遊が全く疑われなかったかというと,そうではなかったはずですね。 確実な史料があれば,問題無く16丈は最初から認められたのではないですか? それで、逆に疑っていたわけです。でも、KANAK様のおっしゃる >中央貴族の地方(神社)知識にはかなり信憑性があるし、貴族の子供に対する教科書という性 >格からしても、単なる伝承であるとする理由に乏しいので、何らかの事実を反 >映している可能性が高い。。。ただし750年頃については確認のしようがない と小生の意見とは何の矛盾も無いと思いますが。「何らかの事実」とおっしゃっていて, 「事実そのまま」とはおっしゃっていませんね。 「かつては本当に(16丈として)建っていたし、確実に何度も(16丈として)建てなおされている。 また、今後も(16丈として)建てなおすかもしれない。」 という「事実」の反映であったとして、どうしていけないのでしょうか?  ついでながら,詳しく史料を提示頂き、無知な小生にはありがたい限りです。 本殿が何度も再建されていますが,再建時の「高さ」については記録が無いのでしょうか? 重要な点ですので,ぜひご教示よろしくお願い申し上げます。 Time : 2000/10/24(火) 10:19:45
Name : 山川 E-mail : Title : ひとつの視点 Comments: 学歴社会、偏差値偏重教育の行き着く果てのひとつである大企業。 採用に際し、いわゆる一流大学を優先するのは確かですが、 それは学生の「学力」を評価、期待しているのではありません。 私達の考え方は「目標を持って、それを成し遂げた人物」として認めているのです。 (もちろん、大学名だけでは選びませんよ。素直な人間性が一番評価されます) 誰でも遊びたいはずです。小学生からというのは、やはり行き過ぎだと思いますが、 志望校を見定め、それに合格する為に何かを我慢して目標達成に努力する。 ただガリ勉するだけではダメでしょうから、その過程で勉強の進め方や、 俗に言う要領の良さも身に付けるでしょう。 「勉強=テストの点取り技術」でもいいと思います。 知識は所詮、大脳皮質の作用の一つに過ぎないですが、 それを通じて、先に述べたようなことを学んでいけば良いと思います。 こうして身に付けた見識とか知恵が、社会に出て役に立つことでしょう。 芸術やスポーツに打ち込むことでも、同じようなことが学べると思います。 これは私の知ってる民間企業の場合ですので、 本丸である「官」の事情は知りません。 Time : 2000/10/24(火) 10:45:26
Name : 咲野 E-mail : Title : 有難うございます。 Comments: 不粋な横槍でしたでしょうか。 まさしく Toshyさんのおっしゃる通り、絵描きにも努力は必要です。 まあ、それが「勉強することで学んだ」とは言えないのですが。私の回りでは特に..。(笑) 恐縮いたします。 なにしろ、ドロップアウトしていますから。 化学の時間はノートに落書きして「だから零点とるんだ。」って言われてましたし 塾の先生には昨晩見た映画の話を夢中でしてたら「そんなもので感動したのか」 って言われた記憶もあります。おそらく、その映画が嫌いだったのでしょう。 授業の合間に問われて熱弁を振るいましたしね。(笑) 勉強はぜんぜんがんばれないから、他の世界が広がるのかもしれません。 しかし、当時は学校でもどこでもそう言うもので評価はあまりうけませんでした。 でも、それで良いのだと思います。 なんとなく、ですが「個性」は「伸ばす」ものじゃなくて 「伸びるもの」かもしれないと思うことがあるからです。 無理矢理伸ばそうとしてる方が大変ですよね。(笑) 話を横道に逸らしてしまい、すみませんでした。もう幼稚な書き込みは控えます。 失礼しました。 Time : 2000/10/24(火) 11:42:40
Name : 愚者 E-mail : Title : 時間に迫られてのRESはツライ・・・ Comments: さっそくの沢山の(時間がなくてゆっくり読んでいられないくらいの)(笑) RES有り難うございました。 >Toshy様 現場の方の貴重なご意見、有り難うございます。 そうですね、仰るとおり各々の個性は尊重されてしかるべきです。 井沢先生がどこかに書いておられたと思いますが(うろ覚え) 日本では職人の「業」を尊重する、という素晴らしい個性尊重の 考え方がありましたね。そう言う面から見れば決して「開かれていない」 社会とは言えない、と気付かされました。 各人の各人なりの努力が本当にかわれるようになれば、もう少し良い社会に なりうるかと思います。それが「その人の能力を知る=個性を知る= 他人を尊重できるようになる」と繋がって(実際はそんなに単純ではない かも知れませんが)ゆけば、まさに成熟した個人主義、民主主義の完成と 言えるような気がします。・・・話が飛んでしまった。 >山川様 企業が最近は学歴で人を判断しなくなってきている、というのは 良く耳にするところですが、本当なのですね。私はまだ学生なので 実感として分からなかったのですが、現場の実状を踏まえた御意見、 有り難うございました。参考になりました。 ここからは私の想像ですが、官僚には学校の勉強が出来る=処理能力が高い スキルが最重要視されるのではないかと思います。学校の勉強は塾などの存在が あるとはいえ、皆同じ事を学習しているわけですから、偏差値が高い= 処理能力・理解能力が高い、といってもいいと思いますが、 (言ってしまえば、貴方の仰られた『点取り技術』です。) 本来官僚は「プランナー」ではない、「ライン」に属する人々ですから、 学校の成績の高さはそのスキルを見るために恰好の判断材料ではないかと。 本来、国の進路は(民主的に選ばれた)政治家が決定すべきで 官僚はその決定をスムーズに進めることが仕事でしょう。 官僚に想像力を要求する現在のマスメディアの主張には、首を傾げざるを得ません。 ・・・また大分話がずれてしまいました(^^; >咲野様 美術関係の方ですか。私は芸術の世界では才能一本主義なんだと 漠然と思っていましたが、やはり努力することも必要なんですねー。 >「個性」は「伸ばす」ものじゃなくて >「伸びるもの」かもしれないと思うことがあるからです。 自らの努力で、才能を伸ばして行く、素晴らしいことだと思います。 愚者にはそんな克己心はございませんので、自らの力でスキルアップ している(あるいは、いこうとしている)人を見ると尊敬します。 皆さんの多用な意見を聞くことが出来てよかったです。 Time : 2000/10/24(火) 14:57:19
Name : 2m E-mail : Title : 教育について Comments: Toshyさんへ >そして「騒ぎ立てるくらいで」とけじめを守らないことを擁護する人。。 >罰を与え 「騒ぎ立てたら罰を与える」・・誰が擁護したか知りませんが、2mは相応の罰を 与えるべきだと書きました。それによって問題が解消する事も多い筈です。そう言 えば井沢先生が書いていましたが、「ストリップ」ではやり過ぎです。・・・学校 も社会の縮図と言える筈です。悪い事をしたら、それなりに反省させる罰を与えて も良い筈です。そこが抜け落ちているから、異常な現象を止められないのでしょう ね。勿論、親はその罰をある程度までは容認すべきです。そうすれば、騒ぎ立てた 子供も反省するはずです。これが逆だから子供も反省しない・・。 >「社会で生きることを学ぶ」 集団生活をする上で必要な考え方や、ある程度の教養などです。 ・・・Toshyさんも、「相手と討論する為の話し方」を習い直した方が良い と思いますよ(今はやっていない気もしますが)。「相手と喧嘩する為の話し方」 ではなく。2mの生活をじかに見た訳でもないのに空想だけで「一度社会に出て大人 になることですね。」と言って討論を封じ様とする事や、意見を勝手に分離して訳 の解らない文にして人を非難中傷したり、言ってい無い事を、言ったと書いて非難 するのは、相手を感情的にして討論自体を成り立たなくする酷い「喧嘩する為の話 し方」と思いますが。 憂国さんへ >話半分と受け取らざるを得ません。 こうおっしゃっているのであれば、あなたのご意見も断定的な意見から半分後退す べきではないのでしょうか、私としてはそれで結構なのですが、 中国政府の危うさを示す情報が多過ぎます。そして、中国東北軍の将校筋」の話 は、天安門事件をテレビで見た時との情報と、かなりのずれがある様です。話半分 と受け取っても、それが本当に信用できるかは別問題です。・・すみませんが、 1/50程度しか後退できないと判断します。 >場合によっては独裁制も必要である 以前書きましたが、「短期間」「優れた精神を持つ人」「情報が正しく伝わる」 なら、悪状況を正す為に必要になる、と思います。あと、「合議制」と並存させた 方が良い様ですね。徳川吉宗なんかは、その口です。 腐儒さんへ >それと,「現在の」道徳教育は止めるべきです。現在の道徳授業では,・・・今の道 徳教育はむしろ道徳を崩しています。 これは本当ですか。本当なら、やはり彼らは「国亡の徒」ですね。「道徳教育と は全く言えない、最低の道徳授業」です。・・・どこまで日本を潰したら気が済む のでしょうね。 Time : 2000/10/24(火) 22:21:25
Name : Toshy E-mail : Title : 2mさんへ Comments: とりいそぎあなただけに >言ってい無い事を、言ったと書いて非難する まずは、日本語のお勉強をしましょう。 「言っていない」と書くべきであり、「い無い」という言葉はないと思います。 で、それはあなたにもいえることです。 完璧を望んだとか、金儲け主義がいい悪いとか、 私が書いていないことをあなたは書いていますね。お互い様ですよ。 >空想だけで あなたこそ空想だけで、真剣に仕事をしている私どもの悪口を言わないでください。 >>「社会で生きることを学ぶ」 > 集団生活をする上で必要な考え方や、ある程度の教養などです。 それが学校で本来やるべきことでしょう? 出来ないから塾にしわ寄せが来ているので、あなたに文句を言われる筋合いはないです。 私の、あなたに対する言葉と、他の人たちに対する言葉が違うのはおわかりですか? 対話は鏡のようなものです。 他の方々と方向性のある話が出来ていますから、 あなたにはレスをつけるのやめますね。 Time : 2000/10/24(火) 23:17:24
Name : 2m E-mail : Title : 道徳授業について Comments: >「昔からのしきたりではこうなっているが,本当にそうでしょうか?」と言った類の 教育が多い。そして,自分の心の赴くままに行動すれば「人間的だ」 >>最低の道徳授業 ・・これでは論理性が書けていました。追加します。 「自分の心の赴くままに行動」したら、「欲望のままに行動」と言う意味にも取 られます。特に、「欲望に制限をかけなければいけない」事を教える「道徳」で全 く逆の事を教えていたらその意味は全く無く、子供達は更に悪くなる事はあって も、良くなる事はあり得ません。 本来の道徳授業は、様々な舞台を人物を設定しその登場人物の気持ちになって考 える事で、人がすべき事と、してはいけない事を理解させるものの筈です。これは 仏教説話や、本来の聖書(「神だから全て正しい」と言うのは後世の誤った解釈と 捉えます)でも同じ筈です。 ・・・道徳教育を止めるのではなく以前の形態に戻し、出鱈目で何の役にも立た ず危険な道徳授業を成立させた「亡国の輩達」を、更迭するのが良いと考えます が。 Toshyさんへ では、2mも一言だけ言っておきます。2mの言葉は、Toshyさんの心をそのま ま反映しただけです。パンダさんとの泥仕合も同じ。二人の精神を理解する為にそ んな事を書いたんです。・・そうは言っても、二人とも納得しないでしょうけど。 「お互い様ですよ。」と言われても、「そりゃそうですよ」としか言えません。 あと、つまらないミス(漢字の変換ミス)を、そこまで言わなくても良いと思い ますが。 Time : 2000/10/25(水) 00:07:59
Name : パンダ E-mail : Title : 建築思想の法則性について。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。。。 >>少しアンフェアな議論に私には見えます。というのも。。 >>*キリスト教寺院は神を祀っている訳ではないと思います。 >>*また、それに一神教ですので、大きさの比較をする必要もないような気が >>します。からです。 直接の例証ではありませんが。。。と申し上げたのですが? 要するに、宗教建築における最高の権威と最大の施設とは、関連性がない。。。 と言う傍証に過ぎません。 こういった傍証をアンフェアとおっしゃるのならば、陵墓や宮殿の比較もアンフ ェアですし、日本神教の神社と仏教の寺院を比較することはナンセンスというこ とも出来るのでは? (我々はこういった議論は、アンフェアともナンセンスとは思っていません。 間接的な傍証として参照することもあり得ると思っていますし、神社と寺院を 比較することも意味があると思っています。だからこそ、「伊勢神宮」と「出 雲大社」、「出雲大社」と「東大寺」の高さについて、何らかの法則性がある のかどうかを検証しているのですが。。。) >>むしろ、他宗教に対してどのような扱いをしてきたのか、その点で論ずる必 >>要がある気がします。たとえば、征服者が他宗教の施設を >>*破壊したか? >>*乗っ取ったか? >>*そのままにしたのか? >>そのままにした例が世界に多くあれば、パンダさんの主張も説得力を持つと >>思いますが、如何でしょうか? そうですね。私の知る限り区々町々であって、法則性はないと思います。ただ 敢えて言うならば、これは議論が逆ではないでしょうか?   この問題についての井沢さんの主張を以下に掲載しますが。。。 >>仮にこの「十六丈」が可能であったとすると、当時「十五丈」だった東大寺よ >>り、出雲大社は「背」が高かったことになるわけだが、考えてみるとこんな変                           ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>な話はない。 ^^^^^^^^^^ >>なぜ、こんな変な話はない、かというと、オオクニヌシは日本の最高神ではな >>いからだ。最高神ではないのに、最大の神殿に祀られている。そして、もう一 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>つ肝心なことは、和二(東大寺大仏殿)も京三(御所大極殿)も、出雲大社よ >>り後世にできた建物だということだ。 >>後から新たに建てられた建物なら、越えようと思えば古い建物の大きさを越 >>えられる。それなのにそうしなかったのはなぜか。つまり大仏はオオクヌ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>シに対して「遠慮」したのである。・・・・・・ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>日本最大の神殿(寺院を含む)は、オオクニヌシの鎮座する出雲大社である。 >>その出雲大社より東大寺大仏殿は「小さい」と、日本では昔から伝えられてい >>たのだ。 >>そこで、東大寺が、これまでの通説のように、純然たる仏教信仰の成果だとす >>ると、なぜ出雲大社より「小さく」作ったのか、ということが説明できないの ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>である。 >>繰り返すが、出雲大社の祭神は、日本の最高神のアマテラスではなく、敗北し >>た神であるオオクニヌシだ。一方、東大寺は、聖武天皇の命令によって、「日 >>本国を鎮護」ために建立された、いわば国教の大神殿である。 >>だから日本以外のどんな国でも、そういうものを作る時は必ず国内最大を目 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>指し、「負け犬の」神殿などは無視するのは当然なのだ。いや当然どころか、 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>そういうものはとりこわすというのが、世界の常識である。 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>新しい王朝、新しい都、新しい国教の神殿は、日本一を目指すのは当然のこと >>だ。現に平城京の方は当時は日本最大の宮都だった。だとしたら、その領域内 >>に建立された日本の新しい国教の神殿ともいうべき大仏殿は、その権威を示す        ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>意味からいっても、日本最大でなければならなかったはずだ。・・・・・・ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>天皇夫妻自らが熱烈な信者となり、国家の総力をあげて建立した国の神殿す >>ら出雲大社に「遠慮」するということは、大社に象徴される信仰こそ仏教を >>越える日本人の根源的な信仰であるということだ。またそのことを施工主の >>聖武・光明夫妻ですら理解していた、ということだ。ではその出雲大社によ >>って象徴される信仰とは何かと言えば、和の精神であり怨霊信仰に他ならない。 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>・・・・・・・・・ >>それを、あえて十五丈にしたというのは、やはり出雲大社に「遠慮」したとし >>か考えられない。だからこそ、大仏建立は純然たる仏教の信仰行為ではなく、 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>オオクニヌシに次ぐ大怨霊長屋王に対する鎮魂を目的とした、怨霊信仰におけ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ >>る宗教行為でもあるのだ。 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ ここで井沢さんが主張されている「最高神は最大の神殿に祀られる筈である。。。」 とういう法則が本当に正しいのか? 「負け犬の神殿などは。。。。。。とりこわすというのが、世界の常識で ある。」という常識論(これも一種の法則ですね)が本当に正しいのか? その法則(常識)の上に立って主張されている(出雲大社怨霊鎮魂説)、 東大寺規模遠慮説、東大寺怨霊寺説が本当に成立しうるのか?  を問題にしているのですから、本来はこれを正しいと主張される方が「世界 の常識=法則性」であることを、論証されるべきものでは無いでしょうか? 私には、そんな「世界の常識。。。(常識ですよ!)」があるとは、とても 思えません。むしろ例外だらけであって(世界文化遺産をご覧下さい)。。。 「最高神は最大の神殿に祀られるとは限らない(夫々の建築思想による)」 「敗北神の神殿の措置は、破壊・乗っ取り・放置・保護(取り込み)等と状 況次第で区々である」 と言うべきだと考えており、こういった類の「世界の常識=法則性??」に 基づいて、推論を重ねるのは疑問だと言っているのです。 大阪JF生さんへ。。。 >>人の考えは時(もちろん場所)と共に変ります。井沢先生の言葉は怨霊とい >>う視点にたって、限定された意味で使われているのであって,普遍的な真理 >>を述べているのでは有りません。(伊勢神宮は当てはまらない例と説明した >>つもりです。) 以上の説明で、ご理解頂けませんか? 井沢さんは、「最高神は最大の神殿に祀られる筈である。。。」「敗北神の神 殿は破壊されるのが世界の常識である。。。」という普遍的な真理(というよ り法則性?)を前提として、怨霊論を展開されているのです。(違いますか?) この法則に照らして「伊勢神宮は当てはまらない例」としておられるのは大阪 JF生さんも、KANAKさんも同じでしょう? 「出雲大社」と「伊勢神宮」という同じ日本の神殿に関してさえ当てはまらな い法則や例外だらけの「世界の常識」を基礎にして、「出雲大社」と「東大寺」 の大小比較を論じ、さらにその比較論から怨霊信仰を導き出すのは間違っては いませんか? というのが我々の意見なのです。 (大小比較自体に「塔」問題や「出雲大社の750年規模問題」があるのですが。。。) >>「かつては本当に(16丈として)建っていたし、確実に何度も(16丈とし >>て)建てなおされている。また、今後も(16丈として)建てなおすかもし >>れない。」という「事実」の反映であったとして、どうしていけないので >>しょうか? そしてその「事実」は「口遊」時点では、かなり濃厚に推理出来る。。。と言 うことですね。いうまでもなく「本当の事実」はKANAKさんの議論当時も、現 在でも分かりません。要するに事実推理の蓋然性の問題ですから、「思いこみ」 を訂正頂いたこのご意見でも結構です。 (かってどうであったかについては、ほとんど推理不能ですが、単なる想像で あればご自由に。。。我々は「分かりません」と言うだけのことです) >>本殿が何度も再建されていますが,再建時の「高さ」については記録が無い >>のでしょうか?重要な点ですので,ぜひご教示よろしくお願い申し上げます。 私の知る限りでは、「高さ」に関する明確な記録はありません。ただ「1190 再建、このころ寂蓮法師が歌に詠む。」の和歌は。。。 『やはらぐる 光や空に満ちぬらん 雲に分けいる 千木の片そぎ』ー夫木集 幾分の文学的誇張はあるにしても、その驚異的高層さを示していると思いま す。 Time : 2000/10/25(水) 00:22:26
Name : Toshy E-mail : Title : みなさまへ Comments: 山川さん> 貴重なご意見、ありがとうございます。 >「目標を持って、それを成し遂げた人物」 そうなんですね、目標に向かって努力することが一番です。 山川さんのまとまったご意見に尽きる、というところです(笑) たとえ失敗しても「努力した」ということは最大に評価したいです。 そして、「自暴自棄になって自分の可能性をつぶすな」と 生徒たちに教えるのが教育者としてのつとめですね。 咲野さん> >不粋な横槍でしたでしょうか。 いえいえ、感謝しております。 いろんなジャンルの人たち(誹謗人間は別)と話すことで、 私どもにとっても教育論の勉強になっております。 >勉強はぜんぜんがんばれないから、他の世界が広がるのかもしれません。 自由な思考、というところでしょう。 ことに咲野さんのように芸術関係に生きる方には必要なものなのでしょうね。 学校ではどちらかというと、先生の考えを推しつけるものがありました。 本当に「個性」「自由」というのは、 「生徒に発想の自由を提供する」のように思います。 最近はこれを重視しすぎる人たちが教育の場を荒らしていますが、 ルールを守った上での自由であることを、 マスコミはもう少し考えるべきでしょう。 あ、話がずれた(笑) 控えるといわず、またご意見を交換しましょう。 愚者さん> お話に沿ってこちらもずれますけど。。。(笑) 職人の「業」に限らず、さまざまな業種で学歴不問の仕事がありますね。 例えば製造、販売、運送、建築・・・・。私の同窓生にも高卒はいますが、 彼らはみんな仕事が出来ればいい人たちですから、 私などと会っても、だれもコンプレックスなどなく生き生きしています。 いわゆる授業妨害の子供たちは、よほどの修行を積まない限りは、 このように社会で生き生きすることは難しい。 ですから、本当の教育というのは、2mさんも書き込みしましたけど、 >集団生活をする上で必要な考え方や、ある程度の教養など を徹底すべきなのですね。 あ、2mさんへ あなたのおかげで、素晴らしい人たちを誘うことになりました。 どうもありがとうございました。(皮肉ではなく、マジ感謝) 今日はテストの結果がかえってきて、生徒たちは成績アップと喜んでいました。 私としてはうれしい限りです。 努力すれば、それだけ報われるものも大きいということを、 生徒たちもわかってくれたことでしょう。 Time : 2000/10/25(水) 00:25:36
Name : 憂国 E-mail : Title : そうですか、 Comments: とんぼ様へ >今ひとつピンとこないのが、憂国さんのご意見です。 極めてシンプルなお話をしているつもりなんですがね、 独裁の定義 少数の勢力(個人)がすべての国権を掌握しその権力を「行使」する事 >*独裁者は誰が選ぶのか? あるいは、「誰を」でもよいです。 >*政権交代の手段は何か? 選挙か? 武力を用いるのか? この場合二つあると思います ひとつは、国民により民主主義制度による手つずきを経て選ばれる、アメリカ の話がありましたが、確かにかの国のトップは独裁的「権限」は持っておりますが それを「行使」しておりません、行使しない場合においては独裁ではないのです ですから「民主主義と矛盾していない」と言うよりは「独裁制を含んだ民主主義」 といった方がいいのではないのでしょうか、それとともに、この制度は国家が 危急に面した時には強権を発動し、その人間の考えによって効率的に、迅速に対処 できるという面においてはとても良い制度であると思いますし私もこれを支持しま す、但し、仕方がない「選択」として現実的に(憲法の問題もありますし)この ような制度がとれずにもたもたするようであれば武力によるクーデターもひとつ の方法として私は支持いたします、(これがふたつめの方法です) ちなみにヒトラーの場合は前者ですね、危険性は勿論承知のうえのいけんです 2m様へ >中国政府の危うさを示す情報が多過ぎます。 情報が多すぎれば多すぎるほど(まだテレビを信頼しているのですか?)怪しいと 思うのが、2m様の少数意見論としてのスタンスだったのではないんですか パンダ様へ >衆愚の方が安全 座して死を待つのでしょうか、それともおっしゃるほど危機感がないのでしょうか 危機感があるのだとすれば「独裁制」に変わる意見がほしいのですが(この問い に関しては、宗教がポイントとか本来の民主主義とか、いささかはぎれが悪いよう に感じるのですが)いかがでしょう Time : 2000/10/25(水) 02:01:39
Name : パンダ E-mail : Title : 座して死をまつ。。。? Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 とんぼさんのおっしゃっている、政権交代の手段には独裁制の廃止を如何に 行うのか? と言う問題もある筈ですね。 独裁者が、自己の権力欲に酔いしれて、国民を悲惨の極みに追い込んだとき (マオ、キム、ヒットラー、スターリン。。。枚挙にいとま無しですが、結 局彼等の死を待つしかなかった。。。死してなお息子に継承させることすら ある)貴方はどのようにして、独裁者を排除されるおつもりですか? 衆愚の叡智が「座して死をまつ」と同義とは思いません。迂遠であっても独 裁者による「死の強制」よりは、まだしも希望があります。 近代における独裁者の権力行使は、必ず腐敗を招き国民を悲惨のどん底に突 き落としてきましたね。これは言わば人間と言う不完全な動物に権力を集中 させた場合の必然に近いものだと思っています。 私は国民の未来を、このような不完全な個人の手に無条件委任することには、 絶対に同意出来ない。。。それだけのことです。 Time : 2000/10/25(水) 03:09:09
Name : HIRO E-mail : Title : 途中参戦 Comments: お久しぶりです。HIROです。 しばらくぶりに覗いたらハマッてしまい、朝まで読みふけってました…。 内容把握が不十分なのは承知の上で、ちょっと参加させてください。 パンダさんへ: たぶん、はじめまして…ですよね?よろしくお願いします。 >「出雲大社」と「伊勢神宮」という同じ日本の神殿に関してさえ当てはまらな >い法則や例外だらけの「世界の常識」を基礎にして、「出雲大社」と「東大寺」 >の大小比較を論じ、さらにその比較論から怨霊信仰を導き出すのは間違っては >いませんか? というのが我々の意見なのです。 井沢氏は「日本は世界の常識と異なって、権力者の建物よりも、その祖先を 祀っているところよりも、「敗者」の社殿が大きい。」ということを言ってる のではないでしょうか?だから日本の神殿に当てはまらないのは当然では? 怨霊(長屋王)鎮魂のために大仏殿を作る、でもそれよりも怖い怨霊(オオクニヌシ) より大きくは作れない…という論理で話が進んでいるときに伊勢神宮は関係 無いのではないでしょうか(祟ってないから)? ついでに塔の話ですが、日本人の感覚として「どっちにもいい顔をしたい」という 意識がありますね。それを考えると最大のものを建てて目下の怨霊にいい顔をして、 大仏殿は一丈低くして「オオクニヌシさまに配慮したんですよ…塔?あんなもの 飾りじゃないですか」という態度に出る…ってことは多分に有り得そうな気がする のですが…強引ですか? そう考えると、大仏殿は再建されているのに塔は再建されてないのは 『天武朝が滅んだのは「やっぱり塔が高かったのがまずかったんじゃない?」という 意見が出て、「小さくではなく建てない」形で詫びた』…という解釈もできます。 まあ、いくらでも解釈は可能なんですけどね(笑)。 >私には、そんな「世界の常識。。。(常識ですよ!)」があるとは、とても >思えません。むしろ例外だらけであって(世界文化遺産をご覧下さい)。。。 世界遺産に指定されているものの中で「現在も宗教施設として機能しているもの」 と「後の権力者によって修繕されているもの」がどの程度あるのでしょうか? (つまり、パンダさんの言われている「例外」とはどれのことなのでしょう。) 現在残っている遺跡のほとんどは、どういう目的で作られたかよく分かってない のでは無いですか?ピラミッドも、ストーンヘンジも、モアイも。 それはこれらの遺跡が敗者の宗教施設を壊してしまった「残骸」だからではないですか? あと、キリスト教の建物の大小比較は、国の単位で考えなければ意味が無いのでは? つまり「ローマ帝国内」に、バチカンより大きな聖堂があったかどうか? 「ドイツ帝国内に」ケルン大聖堂より大きな聖堂があったのかどうか? というところで考えないと、同列には扱えないのでは? (ドイツは叙任権闘争以降は独自路線っぽいところがありますし、大体、ケルン大聖堂が できたころは、ドイツと東ローマ帝国は敵同士ですからね。) 途中でしゃしゃり出てきて長々とすみませんでした。 では。 Time : 2000/10/25(水) 08:19:56
Name : haruo-ie E-mail : Title : 大統領制と議員内閣制 Comments: 憂国さんへ haruo-ieです。 >この制度は国家が危急に面した場合は強権を発動し・・・私も支持します。 >但し、仕方がない「選択」として現実的に(憲法問題もあるし)・・・・ >クーデターもひとつの方法として支持します。 憂国さんはアメリカのような大統領制度は国民が直接に選ぶ事ができるし、また また国家の危急に対応できる権力があたえられているから強いリーダーシップを 発揮する政治家がでてくるという意見ですよね。私もそれには賛成です。 それにひきかえ、我が日本の総理大臣のイスは最大派閥の領袖になればなれる。 だから総務部長(?)みたいな根回しに長けた人が総理大臣になったりする。 そういう人がまともな政治ができるはずがない。 だからといって、クーデターでもいいという考え方は危険すぎませんか? 軍部がいい政治をするという保証はないのだから・・・軍事力をもっているだけに 暴走した場合に誰も止めることができません。 そういうリスクをおかすより憲法をかえたりする努力をえらびます。 Time : 2000/10/25(水) 08:51:24
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : パンダ様へ, Comments:  長々と解説ありがとうございました。 HIRO様のおひさし振りのご登場で,さらに盛り上がりそうですが, KANAK様のときから小生は同じことの繰り返しですので,個人的には これでおしまいにするつもりです(って、なおヒキズッテおりますが・・)。  パンダ様にこちらの言葉をご理解頂けず残念です。一応考えを記しますが、 無視されても、「こちらの考えを認めた」などとは申しませんので, お聞き流して頂いて結構です:  かたくなに例外を許さないような「普遍的真理」とおっしゃるなら, そう取られるような発言の仕方をした井沢先生にも少し責任はありますが・・。 論文ではなく、あくまで一般向けの本において、読者としてのスタンスが 少し違うように思います。それよりも重要な事は、社会科学的な意味での 「法則」は、例外だらけが普通ではないのでしょうか? 普遍性を求める方がおかしいのではないかと思います。 どんな法則なら,普遍的な社会科学的法則とおっしゃるのでしょう? お望みでしたら,反証は可能だと存じますが・・無駄な事はやめましょう。 そう言う厳密な意味に取ると,KANAK様のお説になかに出てくる法則でさえも 全く問題にならないくらい穴だらけだと思います。 それでも、小生は一定度の認められるお説だと思っておりましたよ。 このような基本線は、KANAK様のときもそうでしたが,平行線が続くのみですね。 何度も繰り返しますが,過去の問題については終りにしましょう。  それよりもはじめて提示頂いた史料に基づいて,新しい考察を進めたいと存じます。  結局16丈で再建され続けたかどうかは不明なわけですが,一つはっきりした事が 有りますね。それは、再建史料のはじめの方を拝見しますと,   出雲大社本殿は、当時は再建後30年と持ちこたえられていない という事です。これはどのようにお考えでしょうか? いろいろ解釈が可能だと思いますが、 (1)当初からその程度しかもたなかったが,何らかの意味で何度も再建しつづけた (2)何らかの理由で、建築技術が失われ,耐久性が減少した。 (3)出雲付近の気候が変化し,同じ建て方では持ちこたえられなくなった。 (ほかにも有るかと思いますが,とりあえずこの3点で)  よほど強い動機が無い限りは(1)は考えにくいように思います。 とくに16丈でこだわっていたならば,その数値に何らかの意味付けが必要かと存じます。 ひょっとすると,逆に当初は16丈も無かったが,この当時に無理に16丈にしたということも 考えられますが(これは(2)の空想のところへ押し込んでください)。 いずれにせよ,小生には少し苦しい解釈です。 (3)についてはデータ不足です。ないとは言えませんが,もしそうなら何らかの 記録による裏づけが欲しいですね。 それで(2)が今のところ一番妥当だと考えます。さらに(1)の立場ですと, いくら人生が短くても、この位のスパンならば,技術の伝承が途切れるとは 考えにくいのです。そこで, 1.この当時までは,もっと耐久性が高かったので,かなりの年月を経ても健在で,  その間に建築技術が失われてしまった。 2.一時期、16丈の建築はやめていたために、技術も失われた。 もし、(2)を認めていただけるなら,これで双方の解釈が出ていると思います。 (パンダ様たちは1だと勝手に思い込んでいますが、ご異議大いにありそうですね。) 小生はもちろん2だと思います。一応の空想的解釈を述べさせていただきます。 16丈にこだわりがあれば有るほど,「秘伝」のように建築技術は大切に 伝えられるのが普通かと思います(普遍性は有りません)。 どこかで、そのこだわりは捨てられたように「思いこんで」おります。 したがって、技術も安易な扱いを受けて失われてしまい,もはや16丈の再建は 不可能な事態になっていたのではないでしょうか。 そこへ「口遊」です。さあ、出雲大社の関係者は慌てたでしょう。 いくら真実の裏づけがあるとはいえ,本物の16丈を再建しなければ面子に関わります。 古い記録をかき集めて,建築技術を何とか再現して,再建にこぎつけました。 でもやはり,基本的な技術が失われていたため,もはや耐久性に乏しいものしか できず,何度も粘りはしたものの規模を縮小せざるを得なくなった・・。  全くの妄想でお笑いになるかもしれませんが,小生にはリアリティがあります。 ぜひ、別の(できるだけ普遍性を持った)解釈をご教示ください。 (念の為,括弧内は冗談です・・・) Time : 2000/10/25(水) 10:39:24
Name : 憂国 E-mail : Title : 衆愚の叡智? Comments: パンダ様へ 公共心が喪失し、私人化した民衆に果たして叡智などあるのでしょうか、 独裁を否定したところで、ご自分の肯定する(たとえやむおえない選択 だとしても)論が乏しいことは(独裁を否定されても)これまた否定で きませんよね、衆愚にどのような叡智がありえるのか教えてください >貴方はどのようにして、独裁者を排除されるおつもりですか? もともと我が国における危機感から独裁を支持している訳ですから 独裁によって国民が衆愚から公共心のある健全な民衆に立ち直った時点 で、独裁の意味がなくなる訳です、その時点で独裁者が固執するようで あれば、健全な民主主義を求める民衆によって淘汰されるでしょう これが急激に行われるのか、独裁者の死を契機に行われるのか、わかり ませんが、独裁が長くつずかないのが我が国の歴史を蓄積した国民性で あり、利点なのではないのでしょうか、 Time : 2000/10/25(水) 12:25:51
Name : 腐儒 E-mail : Title : 独裁者の排除・・・ Comments: しかしその排除の方法が、暗殺や新たなるクーデタなどであるならば (実際にローマ皇帝の半数が暗殺などによって非業の死をとげていますが) 独裁者も気の毒な気がします。 日本史の中に出てくる独裁者というのもたいていろくな死に方をしていない。 いくら日本を立て直すためとは言え、個人(この場合独裁者となるひと)に 死のリスクまで負わせるのは勝手であると思うのですが? 憂国さんの言い分は、ワイマール共和国を覆っていた共和制に対する絶望の空気に似ていると思います。 独裁制に移行できる制度を整えたとして、それを「衆愚」な国民が選ぶというのなら矛盾していますし、 軍隊を把握した人間が立派な公共心を持っている保証はどこにもない。 独裁制がうまくいくのは最初の数年のうちですよ。 じきにその独裁者の政策は時代遅れになっていくのが大方のパターンです。 その時どうやって排除するのですか?独裁者だって人の子ですから自分の命が惜しい。 独裁者というのはいろいろなところに敵も作りますから、「普通の人」に戻った瞬間に命の危険に晒されます。 独裁者はそれを本能的に恐れます。そのためには何だってするでしょう。世界史はその例で満ち溢れています。 大体日本の何にそんなに危機感を抱いているのですか? 教育ですか? じゃあ、独裁者が天壌無窮のすばらしい教科書を作って、子供に唱和させればそれが解決できるのですか? 官僚制度ですか? スリムな行政と、独裁制は別問題ですよ。 独裁者の意志を貫徹させるために、今よりも巨大な官僚制が出来上がる可能性だってあります。 こんなこと書くと「平和ボケ」といわれるかもしれませんが、 私は不必要に危機意識を叫ぶ人間には眉に唾をつける習慣を身につけています。 「危機意識を持った人間と持たない人間」のように世を二元論的に捉えることこそ間違いの元でしょう。 選択肢を意味もなく限定して迫ることには抵抗があります。 Time : 2000/10/25(水) 13:13:39
Name : 腐儒 E-mail : Title : 独裁者が公共性を? Comments: 独裁者の周りというのは、利権を漁る人間の巣窟になることの方が多いですよ。 そして、一般人の方は、独裁者の意に添うように汲々として、 とてもじゃないが健全な精神が育つとは思えません。 面従腹背が世に横行することでしょう。 公共心の涵養と独裁制、これもまた別の問題です。 上に立つ人物に徳があれば、自然と小人も感化される どうやって選ばれるかは問わないが、民衆が受け入れれば正当な君主である。 君主の役目が終ったら、後は野となれ山となれ。 まさしく「孟子」ですね。 となると、憂国さんは東アジアでは伝統的な考えから主張しているとも言えますね。 Time : 2000/10/25(水) 13:35:29
Name : 憂国 E-mail : Title : 府襦様へ Comments: 私が言っている事はあくまでも「最悪」の状態を想定した場合です その場面においての独裁制必要論なんです、軍事独裁になどならない にこしたことはないというのは、あたりまえのことですし選択肢を狭めて かんがえるのは究極なめんでいえば当然のことでしょう、 >大体日本の何にそんなに危機感を抱いているのですか? 私は、ちいさいながらも会社を経営していまして、その業界にも ながいことから、従業員の質の低下というものを実にリアルに、ここ十、二三 年ですが、まのあたりにしております、会社に対しての帰属意識から、技術、 仕事に対しての熱意、プライド、すべてと言っていいほど急速にうすれていって おります、こういう状況から我が国を見た時に、この末端からの崩壊が果たして 私のみえる範囲内の特殊的状況なのか、それとも全体的な傾向であるのか、 「特殊的状況ではないという」と考えるにいたる要素は、限りなくあるのでは ないのでしょうか、当然の帰結として、企業はくにを構成する大きな要素である のだから、我が国の崩壊を意味するのはごく自然でしょう、それに対して「不必要 に危機感を煽り立てる」などとは、見当ちがいです、 パンダ様とは、この様なコンセンサスを前提に議論しているつもりですから、私 なりに勉強にもなりますし、全然腹も立ちませんが、府襦様からの意見をききます と、いわゆるエリートに現れがちなニヒリズムと受け取ってしまいます(失礼です が) Time : 2000/10/25(水) 14:54:49
Name : 腐儒 E-mail : Title : 今回の憂国さんの意見は Comments: とても納得のいくものでした。まさしくその通りだと思います。 しかし、その解決と独裁制が結びつくのは、自明ではないと思います。 憂国さんの感じる日本の危機が、何故独裁制によって解決される(可能性がある)のか それが分かりません。 独裁制がどのようにしてそれを解決してくれるというのか、それが分からない。 議論の順序としては (1)日本の危機的状況の説明 (2)それを解決する方法 (3)(2)を実行する手段としての独裁制の有用性 (4)独裁制の是非 と、こう進むべきでしょう。 しかし、今の議論では(1)から(4)に跳んでいます。 独裁制の是非となれば、私は反対ですから、かような意見になります。 私ととしては(3)も成り立たない、今の日本の状況が独裁制で解決されるとは考えていません。 で、道義的な危機が、独裁制によって解決される(かもしれない)という考えは 東アジアにおいては「孟子」にさかのぼります。 多分憂国さんは「孟子」は読んだことはないと思いますが(読んでいたら申し訳ありません)、 読んだことがないのに、この20世紀最後の年になって、「孟子」がむくむくと憂国さんの心の中で 復活したことに、私は「学術的に」とても興味があります(これはまさしく学者らしき無責任な姿勢ですが) Time : 2000/10/25(水) 15:13:49
Name : 憂国 E-mail : Title : ちなみに Comments: 私は会社の中では独裁者です、私ごときのレベルこう言うのも恐縮ですが 社員の質がよければもっと楽なのでしょうが、らくできません、 私の舵取りひとつで、社員の生活が左右される訳ですから、責任感を感じますし 会社が倒産と言う事があれば多額の負債をおい場合によっては命の危険性も でてくるのです、そういう意味では、死のリスクをもっていますし、 末端ではあたりまえのことです、、、 Time : 2000/10/25(水) 15:19:04
Name : 山川 E-mail : Title : 江戸城大天守 Comments: 大阪JF生さん、はじめまして。 失われた(かもしれない)建築技術の話、おもしろく読ませていただきました。 私は大真面目で共感するところがあります。 焼失後の江戸城大天守が再建されなかった理由として私達は 「財政上の理由」とか「大天守の威容で権威を誇示する理由がなくなった」 「軍事上の理由がなくなった」と教わってきましたよね? ところが、これも「あのような大建築物を建てる技術が無くなったからだ」 とする説があるそうです。どこかで読んだのですが・・・忘れてしまいました。 あと、少し前の「なんでも鑑定団」で、竜の木彫りの置物?が出ていました。 鱗のひとつひとつも細密に表現してあって「いい仕事」でした。 これの凄いところは、体がフレキシブルアームみたいに、 自由に向きを変えることができることで、鑑定でも大変な高値が付きました。 この高値の理由のひとつが「今では誰も造ることができない」でした。 大きいものから小さいものまで、このような例はいくらでもあると思います。 私も子供の頃は、犬小屋は廃材を拾ってきての手作りでしたが 今ではホームセンターで買ってくる有り様です。情けない・・・ Time : 2000/10/25(水) 16:27:05
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 山川様へ,ご意見ありがとうございました。 Comments:  山川様,はじめまして。 少しでも楽しんで頂けて,光栄に存じます。 小生は逆説の日本史に引かれ,井沢先生の歴史小説のファンになりました。 また、同じ流れで、故隆慶一郎氏も好きです。 (小説を読んでから,マンガを全巻そろえるなど,中年オヤジに あるまじき行為かもしれませんが,第1期マンガ世代といえるでしょう。) それはさておき、基本的に小生は楽しくやりたいので、 山川様から感想を頂き,有りがたいと感謝すると同時にほっとした気分になります。 あまり緊張関係ばかりだと、小生にはつらいですからね。 もちろんたまにはまじめに学問的にも考えるつもりですが, わいわい楽しくやりましょう。 Time : 2000/10/25(水) 17:00:37
Name : パンダ E-mail : Title : 独裁排除の犠牲。。。 Comments: パンダです。憂国さんへ。。。 >>公共心が喪失し、私人化した民衆に果たして叡智などあるのでしょうか、 現在の日本(人)のあり方については、確かに危機的状況に陥る可能性があ るかも知れません。しかし独裁者に頼るほど絶望するのは早すぎますし、こ れが独裁者によって適切に解決されるとも思いません。 私が接した限りにおいては、現在でも中国人よりは倫理観(嘘をつかない・ 約束を重んじる・他人を尊重する・公的秩序を守る等)においては、遙かに 優れていると思いますし、西欧人に比較しても、決して劣っているとは思い ません。 阪神淡路大震災における小中高生を含む一般市民の秩序有る行動は、まさに 日本民衆の叡智を示したものだと思いますが。。。 >>独裁の意味がなくなる訳です、その時点で独裁者が固執するようであれば、 >>健全な民主主義を求める民衆によって淘汰されるでしょう 失礼ながら、独裁者を甘く見過ぎておられませんか? 私は子供達や後輩達を「強制収容所」には送りたくないし、独裁者を排除す るために親衛隊の銃口の前に立たせたくもない。 多くの餓死者を出しながら「偉大な独裁者」のために作り笑いを浮かべて、 マスゲームに興じさせたくもない。。。それだけのことです。 その他は、腐儒さんのご意見をご参照下さい。(孟子部分は別です) Time : 2000/10/25(水) 21:46:27
Name : ピエール E-mail : Title : 憂国さまへ Comments: 突然割り込んで申し訳ありません。 憂国さまへ、 民主主義の基本原理の一つに三権分立があります。 これはお互いに抑制し合うことにより突出した勢力ができることを 防ぐためのシステムだと理解しています。 独裁制(あるいは、強い権限を持つリーダーによる政治)がうまく行われるためは、 やはりそのリーダーを監視する機関、制度が必要になるのではないでしょうか? 良い方向にも悪い方向にも急激に変化するのが独裁制だと思います。 逆に変化が緩慢なことが、独裁制に比べて民主主義のいいところかなー。なんて思ったりします。 もちろん絶えずベクトルを良い(と思われる)方向へ向けておく必要はあります。 これは国民の努めです。私は国政への独裁制導入は反対ですが、例えば最近不祥事 が多い警察組織の改革のために強いリーダーを抜擢するのは大賛成です。 Time : 2000/10/25(水) 21:47:56
Name : 憂国 E-mail : Title : 概ねおっしゃりたいことは解りましたから Comments: パンダ様へ >私は子供達や後輩達を「強制収容所」には送りたくないし、独裁者を排除す >るために親衛隊の銃口の前に立たせたくもない。 そう思うのでしたら、衆愚でないいまのうちにどういうてをうつべきなのか、 あらかじめ大統領制のように、リーダーシップを発揮出来るような「制限」 つきの「独裁」のために法整備をしておくのか、(この場合憲法改正をとも ないますが)そういうような独裁もお認めにならないのか、だとすればどの ような方法があるのか、、、、 要は程度の問題です、衆愚の状態が悪ければ悪いほど独裁に対するリスク が大きくなり、おっしゃるような懸念が起こる可能性でてくるのではないの でしょうか、、、、、、、、、。 >>現在でも中国人よりは倫理観(嘘をつかない・ 約束を重んじる・他人を尊重する・公的秩序を守る等)においては、遙かに 優れていると思いますし、西欧人に比較しても、決して劣っているとは思い ません。 阪神淡路大震災における小中高生を含む一般市民の秩序有る行動は、まさに 日本民衆の叡智を示したものだと思いますが。。。 この様に思っているのであれば、現在の若年層の状態を甘く見ているとおもわ ざるにおれません、、、10年後もこのままだとお思いですか? haruo-ie様へ 私の妻は沖縄出身なんですが、5人兄弟で非常に仲がよく、はじめはうっとう しくも思ったのですが、今ではとてもみていて心地がいいといいますか、うら やましかったりします、勿論両親に対しても、とても大切にしていてとにかく 結びつきが強いのですね、あまり沖縄には足を運ばないのですが、このあいだ 行ったときにこの家族もさることながらレストランの接客ひとつをみても親切 といいますか、とにかく若い人も気持ちがいいし懐かしくも感じました、 そういえば、最近の十代の犯罪とやらで沖縄発のものを聞いたことがないのですが この辺が関係しているのでしょうか、それとも私の思い過ごしなのでしょうか、 いずれにしても上辺はあんなにアメリカナイズされているのに、中身は極めて 日本的なんだな、と嬉しく思いました。 Time : 2000/10/25(水) 23:02:49
Name : パンダ E-mail : Title : 神殿破壊は常識か。。。? Comments: パンダです。HIROさん(こちらこそよろしく)へ。。。 >>井沢氏は「日本は世界の常識と異なって、権力者の建物よりも、その祖先を >>祀っているところよりも、「敗者」の社殿が大きい。」ということを言って >>るのではないでしょうか?だから日本の神殿に当てはまらないのは当然では? 井沢説に立てば、まことにごもっともなご指摘だと思います。つまりは「伊 勢神宮」そのものが「出雲大社」に遠慮した。。。という考え方ですね。 ところが、井沢さんの一連のご意見には、そのような論点は一切見られない のは何故でしょうか?これについては、KANAKさんが既にご指摘になっていま すが。。。 >>その場合・・・さらに重要な問題は「出雲大社」と「伊勢神宮」の比較で >>しょう。云うまでもなく、宗教施設としてその建築思想を対比するに当た >>って、最も相応しいのはこの両社ですね。 >>「出雲大社=オオクニヌシ=十六丈」>「伊勢神宮=アマテラス=十五丈」 >>であれば、説得力も出るかも知れませんが・・・・ご承知のとおり「伊勢 >>神宮」は「出雲大社」の高さには全然関係がない極めて低層な建築物です。 >>その「古式」と「清浄」さには最大限の配慮がなされていますが・・・高 >>さに興味を示した形跡は一切感じられません。 >>伊勢神宮には高きを競う(貴しとする)思想は全く窺えない。従って神殿 >>(宗教)施設の高さに関して、勝者が敗者に「遠慮」したと言うような発 >>想には無理がある。 と言うことなのです。(大阪JF生さんも、「伊勢神宮」が高さに配慮した形 跡はなく、「安定的建築」であることを建築思想としていると言っておられ ますね。) 言うまでもありませんが、蘇我氏・聖徳太子以降において極めて多くの寺院 (氏寺のような低格付けの寺院を含めて)が建設されていますが、その殆ど の本殿は「伊勢神宮」よりは高層ですね。 確たる証拠はありませんが、東大寺創建までには多くの神社(「鹿島神宮」 「宇佐神宮」等の地方神社を含みます)が建設されている筈ですが、その多 くは「伊勢神宮」よりも高かったと想像することも可能ですね。 こういった観点からして、「伊勢神宮」は「出雲大社」に遠慮して高さを控 えたというような主張は全く説得力に欠けるのです。ですから井沢さんもこ の点には何も触れておられないのではないでしょうか? >>怨霊(長屋王)鎮魂のために大仏殿を作る、でもそれよりも怖い怨霊(オ >>オクニヌシ)より大きくは作れない…という論理で話が進んでいるときに >>伊勢神宮は関係無いのではないでしょうか(祟ってないから)? これも論理が逆転しているのではないでしょうか? 井沢さんは、「出雲大社」より「大仏殿」が低く造られていることを「謎」 とされ、その理由として「遠慮」と言う解釈を持ち込まれ、その上で「怨霊 思想(東大寺怨霊寺説)」に論理を展開されているのですね。 これに対して。。。。 1)750年頃の東大寺創建当時に、「出雲大社」が16丈であったという確証 がない。(従って、そもそも「遠慮」したという想定自体に困難がある) 2)750年頃には、「出雲大社」「伊勢神宮」その他の「神社」「寺院」が 建設されていたと思われるが、「最高神は最大の神殿に祀られる筈である 。。。」と言う建築思想は全く窺えない。そもそもその様な普遍的建築思想 そのものが疑問である。 3)仮に東大寺創建当時、「出雲大社」が16丈だったとしても、東大寺はそ れより遙かに高い「塔」を持っていたので、「遠慮」したという考え自体に 疑問がある。 4)従って、このような前提に立って、東大寺(長屋王)怨霊寺説に論理を 展開するのは、極めて疑問である。 と言うことなのですが。。。。 >>そう考えると、大仏殿は再建されているのに塔は再建されてないのは >>『天武朝が滅んだのは「やっぱり塔が高かったのがまずかったんじゃな >>い?」という意見が出て、「小さくではなく建てない」形で詫びた』… >>という解釈もできます。 >>まあ、いくらでも解釈は可能なんですけどね(笑)。 そうですね。いくらでも解釈は可能かも知れませんが、大仏(殿)再建に当 たっては、1203年重源が後白河・後鳥羽の特命によって身命を賭して努力し ました。 そしてその時には「塔」再建案もあったのですが、財政・資財的限界(巨木 調達の困難性)によって断念した経緯があります。 なお、桓武が新都平安京を飾るために建設した「東寺」は、もちろん「東大 寺」には及びもつきませんし、「西寺」は再建されることはありませんでし た。。。ご参考までに。。。 >>世界遺産に指定されているものの中で「現在も宗教施設として機能してい >>るもの」と「後の権力者によって修繕されているもの」がどの程度あるの >>でしょうか?(つまり、パンダさんの言われている「例外」とはどれのこ >>となのでしょう。) >>現在残っている遺跡のほとんどは、どういう目的で作られたかよく分かっ >>てないのでは無いですか?ピラミッドも、ストーンヘンジも、モアイも。 >>それはこれらの遺跡が敗者の宗教施設を壊してしまった「残骸」だからで >>はないですか? ストーンヘンジも、カルナックも、モアイも、ナスカも。。。そもそもが分 かりませんが、ピラミッドやスフィンクスには権力者によって意図的に破壊 された形跡はありません。 また、カンボジアのアンコールワット、アンコールトム、ベトナムのチャン バー遺跡群、インドネシアのボルブドール(仏教)・プランバナン(ヒンド ゥー)等も放棄されたにしても、破壊はされていませんね。 バギア・ソフィアは乗っ取り(再活用)の好例ですが、これも破壊はされて いません。 アレクサンダー大王がエジプト神殿を保護した(政治的配慮でしょうが)の も有名ですよね。。。。もっと例が必要ですか? >>あと、キリスト教の建物の大小比較は、国の単位で考えなければ意味が無 >>いのでは?つまり「ローマ帝国内」に、バチカンより大きな聖堂があった >>かどうか? 一応、ローマンキャソリックの圏内で最高の権威ある寺院と、傘下の寺院で 比較したものです。 Time : 2000/10/25(水) 23:06:34
Name : 腐儒 E-mail : Title : 材料がなくなった Comments: そういえば,重源上人が東大寺を再建するに当って, 材木集めと運搬に苦心したらしいですね。 奈良・平安地代に大造営を繰り返したために,近畿地方の巨木は枯渇していたとか。 鎌倉の再建では周防の国から材木を運んできたんでしたっけ(少し記憶が曖昧です) 平城京が捨てられたのは,大仏作りのために,平城京は公害 特に水銀汚染がひどかったからだ,という話を聞いたことがあります。 Time : 2000/10/25(水) 23:47:47
Name : パンダ E-mail : Title : 出雲大社の再建。。。 Comments: パンダです。大阪JF生さんへ。。。 >>社会科学的な意味での「法則」は、例外だらけが普通ではないのでしょう >>か?普遍性を求める方がおかしいのではないかと思います。どんな法則な >>ら,普遍的な社会科学的法則とおっしゃるのでしょう? まったく、おっしゃるとおりだと思います。ですから井沢さんのように、法 則を立てて、その法則によって歴史解釈の推論を重ねる方法は極めて危険だ と言っているんです。 我々は科学的歴史法則と称する「唯物弁証法史観」に苦しめられ、抵抗した 世代ですので。。。 >>そう言う厳密な意味に取ると,KANAK様のお説になかに出てくる法則でさえ >>も全く問題にならないくらい穴だらけだと思います。 欠席裁判はやめましょうよ! もしそう言った例が有るのならば、具体的にご 指摘下さい。私の理解できる範囲であれば、ご説明しますし、範囲外であれば 彼に伝えますから。。ただしKANAKさんの示された「法則」の適用による「歴 史解釈」に限って下さいね。 >>出雲大社本殿は、当時は再建後30年と持ちこたえられていない >>という事です。これはどのようにお考えでしょうか? >>いろいろ解釈が可能だと思いますが、 (1)当初からその程度しかもたなかったが,何らかの意味で何度も再建しつ づけた (2)何らかの理由で、建築技術が失われ,耐久性が減少した。 (3)出雲付近の気候が変化し,同じ建て方では持ちこたえられなくなった。 >>(ほかにも有るかと思いますが,とりあえずこの3点で) これは、良く議論になる部分ですので、我々も推理を楽しみました。 KANAKさんは、「伊勢神宮」における式年遷宮のような「破壊と再生」を提唱 されましたが、これは論拠不足と言うことになりました。 ご存知の「大林組」復元図では、あまりに安定性に欠けるので、もともと建設 そのものに祭祀的意味があったのでは。。。と言う意見もありました。 ((1)に近い意見ですが、諏訪神社の祭礼からの発想です) もう一つは、適切な「巨木」の枯渇です。重源は東大寺再建に際して、周防に おいて「巨木」を調達しましたが、鎌倉時代Jには既に畿内では「巨木」は得ら れなくなっていたのです。(平城京・平安京の巨大建築に使い果たしたのでし ょう)周防においても調達は困難を極めました。 当然ながら、出雲においても次第に適材は枯渇して来たと思われます。そのた め建物が次第に不安定さを増したとするものです。 要するにこの問題は、あくまで想像を楽しむ性格のもので、それ以上の意味は 持たないと思います。 Time : 2000/10/26(木) 00:29:33
Name : パンダ E-mail : Title : あれ!被りましたね。。。 Comments: パンダです。腐儒さんのご意見と被りましたね。。。 失礼しました。 Time : 2000/10/26(木) 00:32:28
Name : 名無しさん@酔っぱらい E-mail : Title : どうでもいいけど Comments: 腐れ儒者さん、何が言いたいの? 適当に思い付いたことを、言いたい放題に言うのは馬鹿の証拠ですな。 アンタ、植林について真面目に調べたことある? 巨木が枯渇したのは、先の戦後のここ最近の話だよ。 ’60年代ですら日本には、ありとあらゆる巨木があったんだよ。 商社マンなら誰でも知ってるよ 憂国さんじゃないけど、えらそうな口聞く前に 世間常識をマスターしなさいな。 Time : 2000/10/26(木) 00:38:33
Name : 名無しさん@酔っ払い E-mail : Title : 疲れるわ Comments: 鎌倉期? なら、周防どころが、奥羽からでも巨木取り放題でしょうが! 九州でもいいよ。瀬戸内海を水運で運べばいいだろ? Time : 2000/10/26(木) 00:44:49
Name : パンダ E-mail : Title : 木材の枯渇。。。 Comments: 名無しさん@酔っ払いさんへ。。。 重源が木材調達とその運搬に如何に苦しんだかについては、東大寺に膨大な 史料が残っています。江戸期の東大寺復元に際しては、九州日向まで探索の 手を広げ、搬出に数ヶ月を要した記録が有ります。 これは歴史研究家にとっては「常識」なのですから腐儒さんのご意見は決して 思い付きでは有りません。 必要と有れば、幾らでも史料を提示いたしますが。。。。 Time : 2000/10/26(木) 00:55:28
Name : 憂国 E-mail : Title : 腐儒様へ Comments: >>憂国さんの感じる日本の危機が、何故独裁制によって解決される(可能性がある)のか それが分かりません 個人があっての国であり、国があっての個人であると言うような相互性を考えた 時に、今の教育はあまりにも前者偏重であると考えざるをえません、 現在の若年層における公共心の低下はこの様な個人優先の偏重教育の賜物である といっても過言ではないのでしょうか、勿論親の責任がないなどとはいいませんよ というより親からしてこの偏重教育をうけているのですから、自分のためにさっさ と離婚するし、家族にたいしての帰属意識も薄れているありさまですから、 そんな中から、会社に対しての帰属意識やましては国家に対しての帰属意識など でてきようがありません、 自分をとりまく地域、や自分が話す言語、自分の歴史性などの最小公倍数が国家 であるという観点から考えれば、国なくして会社も自分もないわけで、そんな大事 なことが否定されているという極めておかしな状態が何十年も続いている訳です 「国家解体主義者」、、いわずとしれた左翼という薄っぺらい理想主義者どもが 教育のばにあれほど巣くっていれば当然といえば当然、まさに万死に値する所業 です、 さて、これほどまでに国家を蝕む輩をどのように排除したらいいのでしょうか? 現行の憲法や政治制度では不可能であることはあきらかですし、というよりは むしろ加担している面も多分にあるのですから、まさにここに強いリーダーシップ をわたしは求めるのです、 理想をいえば憲法を破棄(国会議員の過半数でできるのだから)し大統領制に移行 する、そして強権をもって日教組を排除する、これでいいと思うのですが、 時間は待ってくれません、日教組を延命すれば延命するほど自分勝手な連中は 増殖し我が国は滅亡するでしょう、、、ならば、座して死をまつより憂国の士に よる独裁にかけてみようと、こうなるわけです、 Time : 2000/10/26(木) 02:27:51
Name : HIRO E-mail : Title : パンダさんへ Comments: HIROです。パンダさん、返信ありがとうございます。 >勢神宮」そのものが「出雲大社」に遠慮した。。。という考え方ですね。 う〜ん…毎度のことながら自分の文章力が情けない…。 @「出雲大社と大仏殿」はともに怨霊神であって伊勢神宮は祖先神である。 井沢氏の仮定の元では、その比較は意味が無いのではないか。 (だから、上の伊勢神宮が遠慮したかどうかの議論は不毛ではないか。) A「最高神は最大の神殿に」という井沢氏の仮定は、彼お得意の「世界の常識」 で「伊勢神宮は大きくない」は「日本の非常識」だから否定の根拠とならない。 ということを言ったつもりでした。 それと論理の逆転って話ですが、最初から井沢氏は文章として「これは謎である。 それは遠慮したからではないか。何に遠慮したのか?それは怨霊だ!」と書いて いるだけではないでしょうか。 >たっては、1203年重源が後白河・後鳥羽の特命によって身命を賭して努力し C逆に質問なのですが「聖武は塔の高さは問題ないと考えた。焼失後の 天皇は再建しようと思わなかった。後白河は立て直そうと思った。」という 単純な可能性についてはどう考えられますか? 「後白河が大仏殿再建の際に塔をさせようとしたから、約400年前の聖武が オオクニヌシに対して感じた「遠慮」は存在しない」という論理のほうが強引では。 >なお、桓武が新都平安京を飾るために建設した「東寺」は、もちろん「東大 それは井沢氏が「聖武は仏教に怨霊鎮魂を望んだが、桓武は陰陽道に怨霊鎮魂を 求めた。」と書いています。彼の仮説の否定根拠としてはどうでしょう。 続きはまたあとで書きます(仕事中なので)。 Time : 2000/10/26(木) 03:32:43
Name : HIRO E-mail : Title : パンダさんとは9月初のころにちょっとやり取りしてましたね。 Comments: …だったみたいです。「お久しぶりです」でしたね。 そういうわけで(変な日本語)、続きです。 >かりませんが、ピラミッドやスフィンクスには権力者によって意図的に破壊 >された形跡はありません。 問題は文字通りの「破壊」ではないと思うんです。それは出雲大社が奇妙なのは 「負けた側の社殿がきちんと祀られ、残っている」ことであって、それに対して の「世界の常識」なんですから。 ピラミッド(四角錘)の名が示すように、すでに何なのか分からなくなっている ものは「遺跡」であって「宗教施設」ではないわけです。 バギア・ソフィア(…って勉強不足で分からないのですが、トルコのソフィア 大聖堂のことですよね?)の話も同様に「破壊」の意味合いのレベルでは ないでしょうか。屋根をイスラム風に換え、壁を塗りつぶしてしまったのは 宗教的には「破壊」されているのではないでしょうか。 それで無ければ戦国期に九州の寺社仏閣が破壊されても、その建築材料を使って いたら「キリスト教徒は九州で破壊してない、再活用だ。」となってしまう。 論点のすり替えに感じられるかもしれませんが、もし井沢氏が本当に「完全に 破壊されるのが世界の常識」と思ってたとしても、その部分だけの間違いで 全体が破綻するものではないと思ったので、書いてみました。 (前回書いた「現在も残ってる宗教施設」「修復されたもの」というのは そういう意味で書いたつもりでした。…文章下手だよなぁ。) アレキサンダー大王の話は知りませんでした(…バカがばれる〜)。 井沢氏の話に多神教国家の観点は確かに抜けているかもしれません。 >>あと、キリスト教の建物の大小比較は、国の単位で考えなければ意味が無 >一応、ローマンキャソリックの圏内で最高の権威ある寺院と、傘下の寺院で >比較したものです。 前回書いた内容は忘れてください(笑)。年代を完璧に勘違いしてます。 対立してたのは神聖ローマ皇帝とローマ教皇でした。 (しかもフランク王国をドイツと書いてるし…むちゃくちゃ。) 建築物って宗教勢力が建てている場合ばかりではないので、単純には 言えないと思うんですよ。ローマ教皇が皇帝に与える影響力がどれほど あったのかによって変わるのではないかと思います。 そういう意味で、カノッサの屈辱の直後にケルン大聖堂ができていたなら ともかく、あまり意味のある比較ではないのでは…って書こうとしてたのに あああああっ(赤面)。 では(笑)。 Time : 2000/10/26(木) 05:00:00
Name : パンダ E-mail : Title : すみませんが。。。 Comments: パンダです。HIROさん及びその他の方々へ。。。 数日間出張していますので、アクセス出来ませんので、お返事が遅れます。 ご了承下さい。 Time : 2000/10/26(木) 07:49:24
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : パンダ様,どうも違うのですが・・ Comments:  ご意見ありがとうございました。でもどうも話が通じていないようですね。 非常にフェアーな側面も見せておられるにもかかわらず,理解に苦しみます。 もちろん唯物史観の弱点は井沢先生も重々ご承知ですし、実際そう発言されています。 だからこそ、パンダ様たちのように、「普遍的原理」などと強引に解釈する事を 危険だと小生も述べているわけです。話が逆ですね。 しかし、まったく何の前提もなしに物事を解釈するのは不可能です。 その前提として井沢先生は、現代人にも納得できる簡単な原理を取り上げて おられるのです。通常、その単純さゆえに適用範囲も見極めやすいでしょうから。 批判もたやすいような仕組みになっているのです。 ただ、パンダ様たちのように読み違える方が多いならば,井沢先生も記述の方法を もう少し慎重にされるべきでしょうが・・。  パンダ様も、いかなる原理もなしに物事を見るとおっしゃるのでしょうか? またKANAK様のときと同じ議論になりますが,それは不可能に近いということを 自覚されない方が危険だと存じます。無意識のうちに「・・には絶対反対」と いうような原理が働いている可能性があります。これも原理ですよ。 (実際KANAK様は、そう発言された事もありました。どうもKANAK様の良くない側面ばかり 伝承されているように見えます。KANAK様が指導的立場ならお気の毒ですね。) 「前提」の必要性に付いては述べましたので控えますが,もし必要でしたら繰り返します。 また、ささいなことですが >>反証は可能だと存じますが・・無駄な事はやめましょう。 と前置きしたにもかかわらず,どうして >欠席裁判はやめましょうよ! もしそう言った例が有るのならば、具体的にご >指摘下さい。私の理解できる範囲であれば、ご説明しますし、範囲外であれば >彼に伝えますから。。ただしKANAKさんの示された「法則」の適用による「歴 >史解釈」に限って下さいね。 という反応になるのか理解に苦しみます。言うまでも無いと思っていたのですが, 身近で理解しやすい例としてKANAK様を引きあいにださせていただいただけですよ。 後にこの部分のみ引用されるなら,またくどくどと事情が違うと説明しなければ ならなくなります。 また、HIRO様宛の文章中で,小生が全く逆の意味で述べたことを >>>伊勢神宮には高きを競う(貴しとする)思想は全く窺えない。従って神殿 >>>(宗教)施設の高さに関して、勝者が敗者に「遠慮」したと言うような発 >>>想には無理がある。 >と言うことなのです。(大阪JF生さんも、「伊勢神宮」が高さに配慮した形 >跡はなく、「安定的建築」であることを建築思想としていると言っておられ >ますね。) のようにねじまげて引用するのは止めていただけませんか。 「勝者が敗者に「遠慮」したと言うような発想には無理がない。」 という説明の中の一部のはずですが・・・。 以上のように、ことごとく文章を全く逆の意味に曲解されつづけていると 発言に対し信用を失うことを強くご忠告申し上げます。 ただ、腐儒様の発言を受けられて, >もう一つは、適切な「巨木」の枯渇です。重源は東大寺再建に際して、周防に >おいて「巨木」を調達しましたが、鎌倉時代Jには既に畿内では「巨木」は得ら >れなくなっていたのです。(平城京・平安京の巨大建築に使い果たしたのでし >ょう)周防においても調達は困難を極めました。 >当然ながら、出雲においても次第に適材は枯渇して来たと思われます。そのた >め建物が次第に不安定さを増したとするものです。 とおっしゃる部分は納得すると同時に、腐儒様ともども感心させられました。 このような建設的で前向きのご意見を中心に述べて頂けないでしょうか。 腐儒様もさすがですし,即座にパンダ様が腐儒様への心無い中傷から救う冷静なる ご意見を述べられたこと、この点と上記のご意見については,心から敬服いたします。 それゆえになおさら、それ以外の部分のようなご意見が残念です。 Time : 2000/10/26(木) 12:02:26
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : パンダ様,どうも違うのですが・・ Comments:  ご意見ありがとうございました。でもどうも話が通じていないようですね。 非常にフェアーな側面も見せておられるにもかかわらず,理解に苦しみます。 もちろん唯物史観の弱点は井沢先生も重々ご承知ですし、実際そう発言されています。 だからこそ、パンダ様たちのように、「普遍的原理」などと強引に解釈する事を 危険だと小生も述べているわけです。話が逆ですね。 しかし、まったく何の前提もなしに物事を解釈するのは不可能です。 その前提として井沢先生は、現代人にも納得できる簡単な原理を取り上げて おられるのです。通常、その単純さゆえに適用範囲も見極めやすいでしょうから。 批判もたやすいような仕組みになっているのです。 ただ、パンダ様たちのように読み違える方が多いならば,井沢先生も記述の方法を もう少し慎重にされるべきでしょうが・・。  パンダ様も、いかなる原理もなしに物事を見るとおっしゃるのでしょうか? またKANAK様のときと同じ議論になりますが,それは不可能に近いということを 自覚されない方が危険だと存じます。無意識のうちに「・・には絶対反対」と いうような原理が働いている可能性があります。これも原理ですよ。 (実際KANAK様は、そう発言された事もありました。どうもKANAK様の良くない側面ばかり 伝承されているように見えます。KANAK様が指導的立場ならお気の毒ですね。) 「前提」の必要性に付いては述べましたので控えますが,もし必要でしたら繰り返します。 また、ささいなことですが >>反証は可能だと存じますが・・無駄な事はやめましょう。 と前置きしたにもかかわらず,どうして >欠席裁判はやめましょうよ! もしそう言った例が有るのならば、具体的にご >指摘下さい。私の理解できる範囲であれば、ご説明しますし、範囲外であれば >彼に伝えますから。。ただしKANAKさんの示された「法則」の適用による「歴 >史解釈」に限って下さいね。 という反応になるのか理解に苦しみます。言うまでも無いと思っていたのですが, 身近で理解しやすい例としてKANAK様を引きあいにださせていただいただけですよ。 後にこの部分のみ引用されるなら,またくどくどと事情が違うと説明しなければ ならなくなります。 また、HIRO様宛の文章中で,小生が全く逆の意味で述べたことを >>>伊勢神宮には高きを競う(貴しとする)思想は全く窺えない。従って神殿 >>>(宗教)施設の高さに関して、勝者が敗者に「遠慮」したと言うような発 >>>想には無理がある。 >と言うことなのです。(大阪JF生さんも、「伊勢神宮」が高さに配慮した形 >跡はなく、「安定的建築」であることを建築思想としていると言っておられ >ますね。) のようにねじまげて引用するのは止めていただけませんか。 「勝者が敗者に「遠慮」したと言うような発想には無理がない。」 という説明の中の一部のはずですが・・・。 以上のように、ことごとく文章を全く逆の意味に曲解されつづけていると 発言に対し信用を失うことを強くご忠告申し上げます。 ただ、腐儒様の発言を受けられて, >もう一つは、適切な「巨木」の枯渇です。重源は東大寺再建に際して、周防に >おいて「巨木」を調達しましたが、鎌倉時代Jには既に畿内では「巨木」は得ら >れなくなっていたのです。(平城京・平安京の巨大建築に使い果たしたのでし >ょう)周防においても調達は困難を極めました。 >当然ながら、出雲においても次第に適材は枯渇して来たと思われます。そのた >め建物が次第に不安定さを増したとするものです。 とおっしゃる部分は納得すると同時に、腐儒様ともども感心させられました。 このような建設的で前向きのご意見を中心に述べて頂けないでしょうか。 腐儒様もさすがですし,即座にパンダ様が腐儒様への心無い中傷から救う冷静なる ご意見を述べられたこと、この点と上記のご意見については,心から敬服いたします。 それゆえになおさら、それ以外の部分のようなご意見が残念です。 Time : 2000/10/26(木) 13:12:28
Name : 腐儒 E-mail : Title : 巨木 Comments: 東大寺で必要とされた巨木は,名無し@酔っ払いのおっしゃる「巨木」より、 おそらく一回り大きい巨木だったのではないでしょうか。 ここ20年くらいの間に日本の山林が荒れ果てて行ったのは私も知っています。 私は小さい頃に山林の寒村に住んでいたことがありますからね,それは見ています。 日本の山林は,そのほとんどが人の手が入った山ですから,人間が管理しないと 原生林に戻るどころか,禿山になりかねないのですよね。 愁うべきことです。 Time : 2000/10/26(木) 14:18:12
Name : 腐儒 E-mail : Title : 憂国さんへ Comments: 粛正ですか・・・そこまで思い詰めてらっしゃるのですね。 そのとおりにいけば良いですが、使命感を持った人々というのは、 それこそ悪しきエリート意識に染まって、身勝手な行動しかしないものです。 私は、第二の日教組を生み出すだけではないかと思うのですが・・・ 左翼は思想犯ですが、いくら悪い思想をばらまいているからといって その生活する権利までも奪うことは、例え正義のためであっても許されないことではないでしょうか? 自分と反対のものを排除するのは、現実に彼らがやっていることですが、 だからといって同じ方法でやり返してもしょうがないのでは。 こういうことを言うと、左翼っぽいかも知れませんが、 やはり人権というものは、左翼・右翼を超えたところにあるものです。 公共心抜きの権利主張は問題外なのはそのとおりでしょう。 Time : 2000/10/26(木) 16:27:15
Name : 2m E-mail : Title : 憂国さんへ Comments: >>中国政府の危うさを示す情報が多過ぎます。 >情報が多すぎれば多すぎるほど(まだテレビを信頼しているのですか?)怪しい と思うのが、2m様の少数意見論としてのスタンスだったのではないんですか 時と場合によります。 1.日本近海での調査 2.思想統制 この2つだけで、中国を危うい国と見なしても殆ど間違い無いと思いますが。 日本近海での調査(これを無かったとは言いませんよね)は、極最近でも中国の 領土的野心がかなり高い事を示しています。幾ら、日本の政治家が無能揃いでそん な事を認めても、中国にその気がなければそんな事自体発生する筈がありません。 軍事力による膨張を続けていれば、何れ破綻を来します。それは歴史上のどんな 大国でも同じ事です。そして思想統制された国は、その轍を踏みがちです。「ナチ スドイツ」「第二次戦中の日本」を見れば解りますよね。 憂国さんは、2mの情報を偏っていると判断している様ですが、憂国さんの意見も 中国政府よりの偏った意見ではないかと思います。「中国東北軍の将校筋」の話で は第3者の冷静な意見ではあり得ません。当人の話を鵜呑みにしてはいけないと思 いますが。・・2mは完全否定をする気はありませんし、してはいけないと思います が。 Time : 2000/10/26(木) 22:50:49
Name : 憂国 E-mail : Title : 2m様へ Comments: 日本を憂いている日本人もいれば、中国を憂いている中国人もいるのです 前者わばらばらになりすぎているものを、まとめようと思い、後者は統制 されすぎているものを崩そうとおもう、、、、、 方向はまったく逆ですが、憂国のきもちは同じなのですのです、 両国は同じように亡国の危機に瀕しているとはおもえませんか? どちらかというと中国のほうがその度合いが大きい分、動きがドラスチック にみえます、 つまり、改革と反動の狭間の中で、改革の度合いが激しい分、軍部による反動 があからさまに見られるようになってきている、私はこの様に分析します、 何か勘違いされているようですが、わたしは中国が危険でないなどといっている つもりはさらさらございません、ただ2m様のようにすべてが悪いようなきめつけ で判断すること(しかも、日本のメディアだけで)も出来ないのです、 軍部の中にも民衆の中にも、南京を客観的に見れる人が出てきているし親日的な ひとも割合と多いのです(主に旧満州国の人達ですが)、 何故、2m様にはこの様な国が持つ2面性(多面性)がわからないのでしょうか 思想統制といっても今の中南海の求心力はボロボロです、もはや2m様のイメージ する中国の姿は過去のものとなりつつあるのです、 Time : 2000/10/27(金) 00:43:51
Name : 憂国 E-mail : Title : 三島由紀夫がみたものは Comments: 現在ある、このような問題とこれから先の祖国の崩壊のプロセスだったのでは ないのかとこのごろよく想います、 30年も前に今ここにある危機にきずいていた、まさに神がかり的危機意識 の持ち主だったのではないのでしょうか、 だとすると、かれは絶望のあまり死を選んだのではなく、メッセージとして 一番日本的ともいえる「腹切り」、というよりもむしろ「儀式」を行った、、、 こう考えずにはいられません、、、。 Time : 2000/10/27(金) 04:36:34
Name : 空転 E-mail : Title : 国家社会主義労働党 Comments: なんとなく、日本では解りにくいような気がしますが 政治にとって軍部ほどあつかいにくいものは無いようです。まあ、実質的な力 ですものね。どこの国でも軍部の発言力を押さえることが政治力だったような 気がします。 まあ、一種のバロメーターかなあ。これだけじゃあ当然、はかれないですけど、 まあ、参考にはなるかと思います。ナチスドイツもヒンデンブルグを大統領に まず据えたのも国防軍の支持をえるためだし、 アメリカもウェデマイヤー回想録にはルーズベルトの独裁的な判断が言われて るみたいにみえますが、裏をかえせばアメリカ参謀本部をいかに押さえるか、 というのに苦労した記録でもあると思います。 オリバーストーンの主張によればベトナム戦争の責任は参謀本部(軍部)を 押さえられなかった(協調してしまった)政治にある、としているようです。 お隣北朝鮮でも以前は金正日の政権のバロメーターを軍の掌握にみてました もんね。(掌握できたから今があるんですか。) ナチスは実質的力として党の軍隊SA(突撃隊)その後SS(親衛隊)をもちました が、この二つの勢力争いがナチ政権の行方を決めた面もあるかと思います。 軍を掌握する、ってことは軍の発言力えおまあ、いわばコントロールできるって ことですかね。妥協じゃあ掌握っていえないような..。 つまり政治が軍に引っ張られてるとマズいことが多い気がします。以前、NHK特 集で中国では政策に軍の支持が不可欠なのだ、というようなことを言ってたん ですが、今でもそうなんでしょうか。 Time : 2000/10/27(金) 07:52:02
Name : ヤン・ウェンリー E-mail : yang-wenli@mui.biglobe.ne.jp Title : スライドショー Comments: 井沢さん、皆様、「歴史教科書の夜明け」の管理者・ヤン・ウェンリーでございます。この度私のホーム ページにスライドショーを載せました。興味のある方はご覧下さい。 ここです↓。 http://www3.yomogi.or.jp/ffc157/ Time : 2000/10/28(土) 08:25:45
Name : 2m E-mail : Title : 憂国さん、空転さんへ Comments: 憂国さんへ >両国は同じように亡国の危機に瀕している そう思います。だから、「日本の教育」についても書いています。以前書いたの で端折りますが、「教育は長期間誤ると、大虐殺以上に致命的になる」とマーク・ トウェインが残しています。「思想統制」と言う危険な「教育」は両国で行われ、 何れ両国とも滅ぼす事になる筈です。 >すべてが悪いようなきめつけで判断すること 別に中国の「すべてが悪い」とは言いません。しかし政治が機能していない以上 (日本も同じ)、何時暴走するか解らない危うい国と評しています。 >この様な国が持つ2面性(多面性)がわからないのでしょうか それはどんな国でも同じです。一つの思想に染まっている国ほど、危険な国はあ りません。中国の様に国民の数が多い国では、問題点が早期に噴出する為「思想統 制」は長く続く事はないと思います。・・ただし、それは一般民衆に限った話で、 「思想統制」を薦める支配階層は長くその影響を受ける筈です。「過去のものとな りつつ」あっても、全ての中国人が「過去のもの」とする日は、あったとしてもか なり先になるでしょうね。 空転さんへ 軍部は「諸刃の剣」ですね。極めて役に立つ一方で極めて危険な存在と言えると 思います。ただ、その存在を無くしては人間社会も成り立たないし、平和も成り立 たない様ですね。・・命を守る大事な壁にもなるし命を絶つ凶器にもなり得るか ら、当り前なのかも知れませんが。 Time : 2000/10/28(土) 12:10:45
Name : パンダ E-mail : Title : とりこわし。。。とは? Comments: パンダです。HIROさんへ。。。(後段部分について) >>問題は文字通りの「破壊」ではないと思うんです。それは出雲大社が奇妙な >>のは「負けた側の社殿がきちんと祀られ、残っている」ことであって、それ >>に対しての「世界の常識」なんですから。 >>ピラミッド(四角錘)の名が示すように、すでに何なのか分からなくなって >>いるものは「遺跡」であって「宗教施設」ではないわけです。 ピラミッドは、その真実はともかくギリシャ時代からナポレオン遠征時代まで 「ファラオの墓」と信じられて来ましたから、その意味での「宗教施設」だと 思いますが。。。 >>バギア・ソフィア(…って勉強不足で分からないのですが、トルコのソフィ >>ア大聖堂のことですよね?)の話も同様に「破壊」の意味合いのレベルでは >>ないでしょうか。 >>屋根をイスラム風に換え、壁を塗りつぶしてしまったのは宗教的には「破壊」 >>されているのではないでしょうか。 私は、乗っ取り(再活用)の好例だと思いますが、「乗っ取り(再活用)」を 「とりこわし(宗教的破壊)」とされるのならば、それも一つの考え方かもし れませんね。 (なお、建物自体と建築材料の「再活用」は、問題が別だと思いますが?) で。。それでは「放置」は「とりこわし(宗教的破壊)」になるのでしょうか? さらに。。。私は、松茸さんのオオクニヌシ関連質問について。。。 >>ちょっと、言葉足りずだったかも知れません。。。 >>私は、敗者の奉じる神(或いは敗者)を、自己の神々の一部に取り込むこと >>で、敗者一族を自己の政治体制に組み込むことは、充分有り得ることだ。。。 >>特にその敗者が同系族であった場合は、それが容易に行いうるだろう。。。 >>と思っているのです。 2000/10/16(月) といました。つまり「保護(取り込み)」の好例だと思っているのですが、こ の解釈は有り得ないと、お思いでしょうか? そしてこういった「保護(取り込み)」の場合も「とりこわし(宗教的破壊)」 というべきでしょうか? (仮にそうだとしたら、どこまでが「とりこわし」なのか、良くわからなくな りますが。。。) >>論点のすり替えに感じられるかもしれませんが、もし井沢氏が本当に「完全 >>に破壊されるのが世界の常識」と思ってたとしても、その部分だけの間違い >>で全体が破綻するものではないと思ったので、書いてみました。 おっしゃるとうりかも知れません。ここでの「世界の常識」は、日本の特殊性 を強調するための勇み足で、本論については「言わずもがな」なのかも知れま せんね。。。でも誤解を招く不適切な表現であることは間違い無いと思います。 (つづく。。。) Time : 2000/10/29(日) 01:05:45
Name : パンダ E-mail : Title : 神殿建築思想の総括。。。何が「謎」なのか? Comments: パンダです。HIROさんへ。。。(前段部分です) 申し訳ないのですが、良く分からない部分がありますので、以下の解釈も誤 解しているかもしれませんが。。。誤解があればご指摘下さい。 >>@「出雲大社と大仏殿」はともに怨霊神であって伊勢神宮は祖先神である。 >>井沢氏の仮定の元では、その比較は意味が無いのではないか。 >>(だから、上の伊勢神宮が遠慮したかどうかの議論は不毛ではないか。) >>A「最高神は最大の神殿に」という井沢氏の仮定は、彼お得意の「世界の常識」 >>で「伊勢神宮は大きくない」は「日本の非常識」だから否定の根拠とならない。 >>ということを言ったつもりでした。 まず当然ながら、そもそもこの議論は。。。井沢さんは「大仏殿」が「怨霊 神」であることを論証されようとしておられる。。。その論証が妥当なもの であるどうか。。。と言うことですね。(ですから@そのものが議論対象です) で。。井沢さんは、この論証の手懸かりとして「最高神は最大の神殿に。。。」 という「法則」を立て(?)られ、そこから。。。 『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』 を提起され、東大寺怨霊寺説にまで論理を展開された訳ですね。 そこで、私は。。。 『(大仏殿以前に)伊勢神宮が十丈以上も出雲大社に”遠慮??”した謎』 は如何考えるべきかを問題にし、「最高神は最大の神殿に。。。」という 「法則」そのものに疑問を呈したわけです。(「伊勢神宮」が一丈〜三丈程 度低いならともかく、余りにもかけ離れた乖離であり、「遠慮」などと言う ものではない。。。) それに対して、HIROさんは井沢さんが触れられなかった「伊勢神宮」そ のものを正面から取上げられ、これ自体が「最高神は最大の神殿に。。。」 という「法則」の日本的例外であるから、一丈であろうが十丈以上であろう が「遠慮」には違いない。。。とおっしゃっている(のでしょうか?) そこで。「伊勢神宮」を含めて、日本の寺社建築思想について考えてみます。 で。。。議論の前提として「出雲大社」が怨霊神であるとしましょう。 (私は、これに関しても疑問がありますが、これはOKとしておきます) そうすると@Aについては、次のように解釈出来ると思います。。。 1)「世界の常識」では「最高神は最大の神殿に祀られる。。。」 2)しかしながら日本では、最高神アマテラスの神殿(伊勢神宮)よりも敗 北神オオクニヌシの神殿(出雲大社)が高く、敗北神が最大の神殿に祀 られている。 3)これは日本に於いては「世界の常識」とは異なって、敗北神(怨霊)を 最高神(先祖神)よりも厚遇(?)したと言うことである。 。。。ここまでは良いでしょうか?? ところが仏教伝来以降東大寺創建までに、多くの寺院神社が建設されますが 。。。。そこで次の問題が生じますね? 4)寺院(仏殿)は、その殆どが最高神アマテラスの神殿(伊勢神宮)より も高く建設されているが、これをどう考えるのか。。。。 5)寺院(仏殿)は、その「搭」をふくめれば、敗北神(怨霊)オオクニヌ シの神殿(出雲大社)よりも高く建設されている可能性が高いが、これ をどう考えるのか。。。 6)「鹿島神宮」等の下位神の神殿も、最高神アマテラスの神殿(伊勢神宮) よりも高く建設されている可能性があるが、これをどう考えるのか。。。 つまり、東大寺建立が企画された時点で、日本の寺社建築は概ね次の関係に あったと思われるのですが。。。 大寺院(搭)>出雲大社>大寺院(仏殿)>鹿島神宮>寺院(仏殿)>伊勢神宮 井沢さんのご指摘どおり、出雲大社より東大寺大仏殿が一丈だけ「遠慮」した としても。。。この基本的関係は全く変化がありませんね? (もちろん「伊勢神宮」よりも、低い寺社もあったと思いますが。。。) ですから、この配列が「最高神は最大の神殿に祀られる。。。」という「世界 の常識」(この「世界の常識」自身が極めて疑問なものなのですが。。。) に照らして「謎」と言うべきものでしょうか? またこの「謎」から「東大寺怨霊寺説」がどうして導きうるのでしょうか? と言っているのです。 私は、この配列からして。。。世界であっても日本であっても。。。 「最高神は最大の神殿に祀られるとは限らない(寺院・神社の違いはもちろ ん、神社だけを取ってみても、夫々の個別の建築思想による)」 従って、 「東大寺や寺院(搭を含む)」が「出雲大社」より高く(事実です) 「大仏殿」が「出雲大社」よりも低く(不明確です) 「寺院(搭を含めても含めなくとも)」が「伊勢神宮」より高く(事実です) 「鹿島神宮等」が「伊勢神宮」より高く(不明確ですが可能性があります) といったことは特段「謎」とは言えず、これを持って何らかの推論の根拠 にはなり得ない。。。と思うのですが、如何でしょうか? なお。。。「後白河」についていえば。。。 「聖武」が「搭」について「遠慮」しなかったために、聖武系が断絶した とされたのならば。。。「後白河」も自分の系統断絶を懸念して、「搭」 を再建しょうとはしなかったのでは。。。というだけのことです。 Time : 2000/10/29(日) 11:23:19
Name : パンダ E-mail : Title : 一部追加訂正します。。。 Comments: パンダです。 >ですから、この配列が「最高神は最大の神殿に祀られる。。。」という「世界 >の常識」(この「世界の常識」自身が極めて疑問なものなのですが。。。) >に照らして「謎」と言うべきものでしょうか? また、この「世界の常識」の「日本修正版」である「最高神は最大の神殿に祀 られる。。。べきものだが、日本では敗北神(怨霊)が最大の神殿に祀られる 。。。」に照らして「謎」と言うべきものでしょうか? (この部分を追加訂正します。) Time : 2000/10/29(日) 12:49:52
Name : ポケモン E-mail : Title : 伊勢 Comments: 突然ですいません。少し疑問が湧いたので。 「出雲大社を大国主の怨霊鎮魂のために高層神殿として建てた」のではなく、 「伊勢神宮のほうを大国主と対比させるため低く建てた」のではないでしょうか? Time : 2000/10/29(日) 13:13:14
Name : パンダ E-mail : Title : 大阪JF生さん。。。。良く分かりません Comments: パンダです。大阪JF生さんへ。。。 >>だからこそ、パンダ様たちのように、「普遍的原理」などと強引に解釈する >>事を危険だと小生も述べているわけです。話が逆ですね。 逆でしょうか? 議論を振り返ってみます。。。 >>かたくなに例外を許さないような「普遍的真理」とおっしゃるなら,そう取 >>られるような発言の仕方をした井沢先生にも少し責任はありますが・・。 ・・・・・・ >>それよりも重要な事は、社会科学的な意味での「法則」は、例外だらけが >>普通ではないのでしょうか?普遍性を求める方がおかしいのではないかと思 >>います。どんな法則なら,普遍的な社会科学的法則とおっしゃるのでしょう? 大阪JF生さん 2000/10/25(水)10:39:24 >まったく、おっしゃるとおりだと思います。ですから井沢さんのように、法 >則を立てて、その法則によって歴史解釈の推論を重ねる方法は極めて危険だ >と言っているんです。 パンダ 2000/10/25(水) 23:47:47 これは次の部分の解釈に関する議論ですね。。。(繰り返します) 『東大寺大仏殿が一丈だけ出雲大社に”遠慮”した謎』 >>当時「十五丈」だった東大寺より、出雲大社は「背」が高かったことになる >>わけだが、考えてみるとこんな変な話はない。なぜ、こんな変な話はない、 >>かというと、オオクニヌシは日本の最高神ではないからだ。・・・・ >>だから日本以外のどんな国でも、そういうものを作る時は必ず国内最大を目 >>指し、「負け犬の」神殿などは無視するのは当然なのだ。いや当然どころか、 >>そういうものはとりこわすというのが、世界の常識である。 「こんな変な話はない」「世界の常識」とおっしゃっているんですよ。。。 これを「法則を立てて」その「法則の例外」について歴史解釈を重ねておられ ると解釈するのが強引ですか? >>しかし、まったく何の前提もなしに物事を解釈するのは不可能です。 >>その前提として井沢先生は、現代人にも納得できる簡単な原理を取り上げて >>おられるのです。通常、その単純さゆえに適用範囲も見極めやすいでしょう >>から。批判もたやすいような仕組みになっているのです。ただ、パンダ様た >>ちのように読み違える方が多いならば,井沢先生も記述の方法をもう少し慎 >>重にされるべきでしょうが・・。 確かに耳触りの良い「簡単な原理」かもしれませんが、それが「適切な原理」 かどうかは別問題です。我々はそれを疑問だと言っているのですが。。。 どこが「読み違い」なのでしょうか? >>パンダ様も、いかなる原理もなしに物事を見るとおっしゃるのでしょうか? そうではありません。この事例のような不充分な「法則=原理」によって、 歴史解釈の推論を重ねる方法は、極めて危険だと言っているだけです。 さらに「欠席裁判」の議論についてですが。。。 >>お望みでしたら,反証は可能だと存じますが・・無駄な事はやめましょう。 >>そう言う厳密な意味に取ると,KANAK様のお説になかに出てくる法則でさえも >>全く問題にならないくらい穴だらけだと思います。それでも、小生は一定度 >>の認められるお説だと思っておりましたよ。 >>このような基本線は、KANAK様のときもそうでしたが,平行線が続くのみです >>ね。何度も繰り返しますが,過去の問題については終りにしましょう。 大阪JF生さん 2000/10/25(水) 10:39:24 他人の意見について「全く問題にならないくらい穴だらけ」とおっしゃってぃ るんですよ。。。これが「欠席裁判」でなくて何でしょう? これを「また、ささいなことですが」「どうして・・・という反応になるのか 理解に苦しみます。」「身近で理解しやすい例として・・・引きあいにださせ ていただいただけですよ。」とおっしゃる感覚こそ理解できませんね。。。 >>「勝者が敗者に「遠慮」したと言うような発想には無理がない。」という説 >>明の中の一部のはずですが・・・。 >>以上のように、ことごとく文章を全く逆の意味に曲解されつづけていると発 >>言に対し信用を失うことを強くご忠告申し上げます。 これは次の議論に関してですが、そもそもは。。。 >>出雲大社建設当事は、怨霊鎮魂というよりも「天に近い」ことがより意識さ >>れていたでしょう。 >>伊勢神宮の時は、「君が代」の拠点として(お色直しの習慣はいつできたの >>かは知りませんが)「末永く続く建築」が目的で、作られたはずでしょう。 >>不安定に高いものは避けられたでしょう。 大阪JF生さん 2000/10/21(土) 09:39:25 というご意見の解釈ですよね。。。このご意見について私は。。。 >このご意見は、私の勝手な要約ですが。。。次のように思えます。 >*最高神アマテラス神殿(の建築思想)は「末永く続く建築」=安定である。 >*敗北神オオクニヌシ神殿(の建築思想)は「天に近い建築」=高層である。 >つまりは、両者の建築思想は、もともと異なっており、何れにしても「最高神 >は最大の神殿に祀られる筈である。。。」というテーゼについては。。。。な >のでは? パンダ 2000/10/23(月) 22:46:37 と申し上げたのですが、何故この解釈が「逆の意味に曲解」だとおっしゃるの でしょうか? どなたか(HIROさんでも結構ですが。。。)ご解説頂けま せんか? Time : 2000/10/29(日) 15:06:09
Name : とんぼ E-mail : Title : 出雲大社は何故再建されたのか? Comments: みなさん、こんにちは。 そして、大阪JF生さん、初めまして。 私は、素人の感想しか述べることができませんが、よろしくお願いします。 征服者は被征服者の宗教の施設を *破壊する *放置する *乗っ取る *保護する(支配を円滑にするため) の4通りのパターンがある。 なお、パンダさんは、出雲大社を4番目の「保護する」に相当すると述べています。 パンダさんの情報によれば、11世紀において、 出雲大社は度々倒れ、そしてその都度再建されているとのことです。 また、それ以前にも度々倒れたことが想像されます。 ところで、 *出雲族支配という政治的な目的のために出雲大社を保護した のでしょうか? もちろん、神話時代においてはYesと言えそうです。 11世紀においては?? 11世紀においては、出雲族支配というような政治目的は存在しませんから、 何かしら別の理由で保護したのでしょう。 しかも、日本一の建物で、かつ敗者の宗教施設を度々再建するのですから、 何かしらの意図があったものと思われます。 ところで、「口遊」以前にも出雲大社が度々倒壊しているのであれば、 大仏殿側が遠慮しただけでなく、 出雲大社側も大仏殿より高い建物を再建しよう、 という明確な意図があったのかも知れません。 征服者が、被征服者支配を円滑にするという目的を失ってもまだ、 被征服者の宗教施設を保護するということは世界によくあることなのでしょうか? しかも再建する施設はその国で最も高い建物です。 出雲大社以外にはどのような例があるのでしょうか? また存在したとしても、それは世界の常識に合うことなのでしょうか? Time : 2000/10/29(日) 23:16:00
Name : パンダ E-mail : Title : 出雲大社の復元理由。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 >>11世紀においては、出雲族支配というような政治目的は存在しませんから、 >>何かしら別の理由で保護したのでしょう。 >>しかも、日本一の建物で、かつ敗者の宗教施設を度々再建するのですから、 >>何かしらの意図があったものと思われます。 言うまでもありませんが、古代国家によってオオクニヌシは日本の神々の中で 最も重要な神として位置づけられ信仰されたからです。 (中世はおろか、古代においても敗北神ではなく、国・民を守る神として信仰 されています。だからこそ「取り込み」なのです) 平安期の神階においても、熊野神社には劣るものの、かなり高位の位置づけが されていますし、中世においては熊野神社を陵駕する地位さえもを獲得してい ます。(社家の宗教政策が巧みだったことも、その一因でしょうが。。。) 平安初期(「口遊」記述期)に16丈の建築物であったとすれば、その復元に当 っては出来るだけそれに近い建築物にしょうとするのは、別に東大寺を持ち出 さなくとも、宗教的(信仰心)に特に不思議はないと思いますが。。。 直接関係はないと思いますが。。。チャイナにおける「大搭」は、北魏・北斉 ・隋・唐などに起源をもつとされるものが少なくないのですが、それらは後世 の王朝に至って度々修理復元されています。宗教施設と言うものはそう言った ものでは無いでしょうか?(もちろん復元されなかった例も多々ありますが) Time : 2000/10/30(月) 00:15:29
Name : とんぼ E-mail : Title : 核心に近づいたような気がします。 Comments: パンダさん、ありがとうございます。 核心に近づいたような気がします。 #最も、核心に近づいたからといって、分析が容易になる訳ではありませんが。。 > 言うまでもありませんが、古代国家によってオオクニヌシは日本の神々の中で > 最も重要な神として位置づけられ信仰されたからです。 おっしゃる通りです。 逆説的な表現ですが、 井沢先生の言う所の「世界の常識」に、出雲大社は当てはまる訳です。 最高神に準ずるオオクニヌシに日本一高い神殿を建てているのですから。 ところで、パンダさんの説明は、 一見して、“出雲大社が日本一高いのか”という説明になっているようにも思えます。 しかしながら、我々が“出雲大社が日本一高いのか”という問いを発するときは、 “何故、オオクニヌシが重要な神として位置づけられたか”、 という問いと本質的に同じなのです。 恐らく、「取り込み」政策は世界各国で行われているでしょう。 オオクニヌシのように最高神に準ずる形で「取り込まれた」神もいるかも知れません。 最高神に準ずる形で取り込む、その意図は何だろうか? どのような宗教的価値観を持っていたのだろうか? これが、現在議論されている出雲問題の本質だろうと思います。 また、「逆説の日本史」のメインテーマであると思います。 Time : 2000/10/30(月) 01:07:02
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : パンダ様,水掛け論ですので打ち切ります。 Comments:  パンダ様がどの様に解釈なさってもご勝手ですが, 発言者の引用をする際に於いて,発言者の主張と違う取り上げ方は なさらないでくださいとお願いしたのですが,ご理解頂けなかったようです。 小生は、ちゃんと,以下のように主張しております: >井沢先生の言葉は怨霊という視点にたって、限定された意味で使われているのであって, >普遍的な真理を述べているのでは有りません。 >(伊勢神宮は当てはまらない例と説明したつもりです。) > >>「最高神は最大の神殿に祀られる筈である。。。」 > >は一時期は真実だったでしょう。しかし,神を権力者と置き換え、神殿を墓と >置き換えても、井沢先生の限定された意味ならば変わりないはずですし、 >常識的に無茶な事は言っていないはずです。  井沢先生の著作の文脈において,「世界の常識」は多少言い過ぎであっても 違和感は有りません(もちろん個人的見解です)。ただし、普遍的原理とは全く言えません。 そうだと何度も申し上げたはずですが,書いた側の主張を捻じ曲げないでくださいと お願いしているだけです。 >どこが「読み違い」なのでしょうか? 何度も申し上げておりますが,普遍性を持たせすぎているところです。 くどすぎるぐらいに述べているはずですが,わざと無視なさっているのでしょうか? >>そう言う厳密な意味に取ると,KANAK様のお説になかに出てくる法則でさえも >>全く問題にならないくらい穴だらけだと思います。それでも、小生は一定度 >>の認められるお説だと思っておりましたよ。 「そう言う厳密な意味に取ると」というのは、例外を全く認めない普遍性を 基準に判断すればという事です。KANAK様ご自身も、蓋然性・妥当性という 言葉を使っておられたと思いますが,その基準で小生は解釈していたと 申し上げたのであって,どうして欠席裁判になるか分かりません。 「そんな無茶な基準で判断すべきではないでしょう?」という問いかけです。  2m様との議論を傍観していたときもそうですが,あまりにも相手の主張を (深読みして?)変えすぎておられます。また、歯止めをつける為にくぎをさしても, 全く躊躇無く無視されております。2m様のときも,小生のときも くぎをさしておいた方向に、議論を強引に持って行っておられます。  パンダ様は建前上初めての議論かもしれませんが,小生は過去にも同じような議論を 4回も5回も続けさせられており,辟易しております。 しかも登場される方は,皆さん異常にお元気でいらっしゃる。 もう既に水掛け論の段階に突入していると判断し,これ以上の付き合いかねますので, この話題は終わりにします。あしからず。 Time : 2000/10/30(月) 10:23:58
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : とんば様,こちらこそはじめまして Comments:  とんぼ様,ご挨拶が遅れて申し訳有りません。 あらためて,初めまして、よろしくお願い申し上げます。 また、お見苦しいところをお見せして,申し訳有りません。 非常に冷静に議論されていらっしゃるので、小生は恥ずかしい限りです。 とんぼ様のおっしゃっている事は非常に正論ですし,小生のような血の巡りの悪い 人間にとっても十分説得力の有るご意見を続けて出しておられると存じます。 ちょっと議論に水を差すような記事を出してスミマセン。 小生は井沢ファンで,ずっと同じような立場で意見を述べてきましたので パンダ様の口調もどうしてもきつくなるのでしょう。 この件は冷静に議論すれば面白いと思いますし,核心に迫ってもいる事ですので 今後の展開に期待しております。 Time : 2000/10/30(月) 10:34:51
Name : 腐儒 E-mail : Title : 論文として失格 Comments: あまりに長くて読む気にもならない 徹夜で10回近く読み直さなければ内容がわからない こういった文章は論文として失格です。 失格論文を書いておきながら、真意が理解してもらえないと駄々をこねることは 研究者としては見苦しいですね。 Time : 2000/10/30(月) 12:07:10
Name : HIRO E-mail : Title : 風邪ひいた…ぐるしい。 Comments: タイトルと本文は関係ありません(笑)。 とんぼさんへ: はじめまして。HIROです。 「取り込まれ」政策は仏教でもキリスト教でもやられてます。 仏教では「神将」とか「四天王」とかのなかで、元々他の宗教の神 だったものがあるはずです(どれか忘れてしまいましたが)。 キリスト教では「聖人」として取り込まれている例がロシアの方に あったと記憶しています。(ただ「熊」信仰は潰されたみたいですが。) パンダさんへ: 上の話ですが、建物は当然ながら替えられています。それは「建て替え」でも 入り口に掲げられていたシンボルが十字架に替えられただけであっても 意味合いとしては一緒ではないのですか?というのが「宗教的な破壊」 の意味なのですが。 つまり、破壊されているのは建物ではなく「宗教」の方だってことです。 そのときに残った建物が後に別の宗教施設になろうが、礎石まで破壊され ようがたいした違いはないのでは?(もちろん放置も) >といったことは特段「謎」とは言えず、これを持って何らかの推論の根拠 >にはなり得ない。。。と思うのですが、如何でしょうか? 井沢氏は「たとえ、真実が違ったとしても人々がそう信じていた という「事実」が問題なのだ。」と書かれてますが…。 >>で全体が破綻するものではないと思ったので、書いてみました。 >おっしゃるとうりかも知れません。ここでの「世界の常識」は、日本の特殊性 そこを納得していただけたなら、もう私が書くことは無い…のかも(笑)。 基本的に私が書き始めたのはその理由ですから(あとは枝葉です)。 誤解を招く…というか「井沢節」の一つとして、眉毛にツバを付けながら 読むのが良い部分だと思いますよ(笑)。 では。 Time : 2000/10/30(月) 15:40:42
Name : とんぼ E-mail : Title : 取り込み Comments: HIROさん、 はじめまして。 > 「取り込まれ」政策は仏教でもキリスト教でもやられてます。 > 仏教では「神将」とか「四天王」とかのなかで、元々他の宗教の神 > だったものがあるはずです(どれか忘れてしまいましたが)。 > キリスト教では「聖人」として取り込まれている例がロシアの方に > あったと記憶しています。(ただ「熊」信仰は潰されたみたいですが。) 仏教については知っていましたが、キリスト教もそうですか。 ただ、現在の文脈とは少し合わない気がします。 オオクニヌシの取り込みは、最高神に準ずる形となっております。 従って、「神将」、「四天王」、「聖人」というようなシモベ(ちょい失礼!!) では合わないのです。 仏教で言えば、宗派によって異なるかと思いますが、例えばアミダ佛と同等のもの でなければ、合いません。キリスト教では、エホバと同等でなければいけません。 日本では、日本の神々と仏は同じものであるという一派もありますが、 これに近いような例でないと合いません。 もちろん、敗者もしくは敗者の祖先神という条件も付きます。 世界に他の類例があるにせよ、少なくとも一神教ではあり得ないような気がします。 Time : 2000/10/30(月) 20:34:54
Name : パンダ E-mail : Title : 「崇り神」と「授福神」。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 >>逆説的な表現ですが、井沢先生の言う所の「世界の常識」に、出雲大社は >>当てはまる訳です。最高神に準ずるオオクニヌシに日本一高い神殿を建て >>ているのですから。 あまり拘るのもどうかとは思いますが。。。。 「最高神は最大の神殿に祀られる筈である。。。」 「最高神が小規模神殿に祀られ、最高神に準ずる神が最大神殿に祀られている」 では、本質的な違いがあるように思います。さらに言えば「最高神は最大の 神殿に祀られる筈である。。。」というテーゼ自体にも疑問を持っています。 このテーゼは何処から導かれたものなのでしょうか? >>最高神に準ずる形で取り込む、その意図は何だろうか?どのような宗教的価 >>値観を持っていたのだろうか?これが、現在議論されている出雲問題の本質 >>だろうと思います。 なるほど、そうかも知れませんね。。。 私は、オオクニヌシが最高神に準じるほどの扱いを持って「取り込」まれたの は、古代日本において出雲族の存在が非常に大きなものであった。。。そして 部族国家から統一国家への倭国形成過程において、出雲族の帰属が極めてエポ ック・メーキングなものであったこと。。。に由来すると思っています。 つまりオオクニヌシは、古代祭政国家にとっては。。。 抗争から和合、分裂から統合、対立から融合。。。の象徴神的存在だったので は無いでしょうか?(後世「縁結び神」として崇敬されたのも、その故では?) それと共に、最高神アマテラスが奉幣すら禁止されていた大王家(天皇)の独 占神であったのに対して、広く民衆に親しまれた現世利益神であったことも、 大きな原因だったと思います。(後世「ダイコク様」として仏教にも縁をもつ 「授福神」となったのも、その故では?) もちろん、粗略に扱えば「祟り神」となる畏怖的存在でもあったでしょうが、 出雲社家は宗教戦略として、「授福神」としてのイメージを強調したように思 います。 もともと「祟り神」というものは、ある種の加害意識が畏怖崇敬の素地ですか ら、広く・長く信仰され憎い性格があるように思います。 ですから、菅公天神も学問成就という「授福神」になって民衆信仰が拡大した ようですが、これと似た傾向があるのではないでしょうか? Time : 2000/10/30(月) 21:45:06
Name : パンダ E-mail : Title : インテリとヌケサク。。。 Comments: パンダです。HIROさんへ。。。 >>つまり、破壊されているのは建物ではなく「宗教」の方だってことです。 >>そのときに残った建物が後に別の宗教施設になろうが、礎石まで破壊され >>ようがたいした違いはないのでは?(もちろん放置も) そうでしょうか?仮に次のような文章があったとしますね。。。 「ビザンティン帝国時代の皇帝廟であったハギア・ソフィアは、15世紀にト ルコによって”とりこわされた。”」 「ジャワ島においては、ヒンドゥー教のプランバナン神殿や、仏教のボルブ ドール仏搭は、イスラム教の浸透とともに”とりこわされた。”」 HIROさんのような人達であれば、”とりこわされた”と言うのは「宗教的破 壊」であって「物理的破壊」ではない(建物の原形は残されている)と解読 されるかも知れません。 でも。。。私のような無教養な人間には、そんな難しい解読は出来ません。 「ハギア・ソフィアは、トルコ人によって物理的に破壊された(建物の原形 を止めていない)。。。だからモスクとして現存利用されている訳ではない」 「プランバナン・ボルブドールは、イスラム教徒によって物理的に破壊され た(同じ)。。。だからそのままで現存放置されている訳ではない」 と思ってしまうでしょうね。。。ですから「たいした違い」があるんです。 >>井沢氏は「たとえ、真実が違ったとしても人々がそう信じていたという >>「事実」が問題なのだ。」と書かれてますが…。 私も、そのような場合もあると思います。でも「建物の高さ」と言うような 客観的に明確な場合には、この理屈は通じないのでは? >>誤解を招く…というか「井沢節」の一つとして、眉毛にツバを付けながら >>読むのが良い部分だと思いますよ(笑)。 HIROさんのようなインテリには、笑い事かも知れませんが。。。私のような ヌケサクは、つい信じてしまいますので(涙) Time : 2000/10/30(月) 22:51:12
Name : パンダ E-mail : Title : 仏教における取り込み。。。 Comments: パンダです。とんぼさんへ。。。 確かに門番や守衛並みでは、ご不満かも知れませんが。。。 かなり格が高いのは、取り込み常習の密教における「不動明王」ですね。 最高仏格である「大日如来」の化身で、単独で信仰対象となっています。 だからどうってことはないんですが。。。。 Time : 2000/10/31(火) 00:26:09
Name : パンダ E-mail : Title : 天と地と。。。 Comments: パンダです。ポケモンさん(はじめまして?)へ。。。 >>「伊勢神宮のほうを大国主と対比させるため低く建てた」のではないでし >>ょうか? 大阪JF生さんの次のご意見と照らし合わせて、ふと思いついたのですが。。。 >>出雲大社建設当事は、怨霊鎮魂というよりも「天に近い」ことがより意識 ・・・・・ >>伊勢神宮の時は、「君が代」の拠点として。。「末永く続く建築」が目的 ・・・・・ オオクニヌシは国津神=地上神ですから、「天に近く」高殿に祀ることで、 天津神との交流融和を願う。。。 アマテラスは天津神ですから、「地上に清浄・安寧に」低殿に祀ることで、 国津神・天孫との交流守護を願う。。。 なんてのは、如何なものでしょうか? Time : 2000/10/31(火) 22:13:06
Name : 名無し@史学科卒 E-mail : Title : むむむぅ Comments: 疲れるね しつこいね アホだね Time : 2000/10/31(火) 22:33:06