Name    : TAKATOKU
E-mail  : 
Title   : 穢れ思想は世界共通?
Comments: 
みなさん、こんにちは。

今週のポストを読んで、ふと思ったことですが。。

「言霊思想」「怨霊思想」は日本に影響が強く残っているとはいえ、
原始時代においては人類共通の概念だった訳です。ところで、「穢
れ思想」はどうなのでしょうか? これは日本特有の現象でしょう
か?

この件について、井沢先生(もしくは他の人の説でもOKです)の
考えをご存知の方がいらしゃったら教えて下さい。

水の美しさが穢れ思想と関係あるならば、「穢れ思想」は日本特有
な現象かも?? でも、インドのガンジス川は汚いけど、聖なる川
だなぁ。。

Time    : 2000/ 6/ 1(木) 19:05:08

Name : AIKO E-mail : Title : 原始時代 Comments:  TAKATOKUさん、  初めまして。  >「言霊思想」「怨霊思想」は日本に影響が強く残っているとはいえ、原始時代  >においては人類共通の概念だった訳です。  これは何か出典があるのでしょうか?   こういうことを言われる方には初めてお会いします。  文字通りふと思われたのでしょうか?  できれば根拠を御示しください。 Time : 2000/ 6/ 1(木) 19:43:31
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「言霊・怨霊」?? Comments: AIKOさん、今日は(はじめまして?)。Awajiと申します。 >「言霊思想」「怨霊思想」は日本に影響が強く残っているとはいえ、原始時 >代においては人類共通の概念だった訳です。 >>これは何か出典があるのでしょうか? こういうことを言われる方には初 >>めてお会いします。 文字通りふと思われたのでしょうか?  >>できれば根拠を御示しください。 横レスで失礼します。まず「言霊信仰(思想?)」ですが、 1999/ 4/10(土) 21:28:51 Title : 救世観音と言霊信仰 1999/12/ 2(木) 23:08:45 Title : 救世観音と「顕幽分離ー言霊信仰」 で申し上げておりますが、いわば常識に属することです。(12/2は再掲) ごく一部のみ再々掲いたします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 言霊(信仰)については、みなさんも興味を、お持ちだと思いますが、一応 定義としては次のものがあるようです。(ランダムです) 言語にこもる精霊、または霊力をいう。言葉に霊力がこもっているという信 仰は未開民族や古代史族に広く見られ、「ベーダ」や「旧約聖書」にも存在 した。・・・言霊は本来、神の発する詞章や呪言がその神の威力によって言 葉通りの効果を現すという信仰であり、のち神の言葉という意識が薄れて言 語自体の精霊が信じられるに至ったと、折口信夫は説いている。・・・また 、仏教の真言陀羅尼・念仏・法華唱題の行法や、教派神道の神理教など、一 面的には日本古来の言霊信仰の素地の上に成立したものということができよ う。・・・・ 「国史大辞典」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 次いで「怨霊信仰(思想?)」ですが、AIKOさんも「幽霊」というものが、 ほとんど世界中に共通して存在していることは否定なさらないでしょう? 以下はAwajiの友人であるKANAKさんが、このHPで掲載されたご意見ですが、 鎮魂の方式は当然のこととして時代・宗教・思想によって異なるものの、こ れら人類共通の深層心理は、否定できないと思うんですが?? 1999/ 2/11(木) 16:28:12 Title : 「逆説の日本史2」(47)「怨霊信仰」について・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 死者の怨念(復讐)を恐れ、これを鎮魂する思想は人類共通の贖罪心理にも とづくものであり、特に日本特有のものとは考えておりません。 ただ、一神教や儒教という強力な思想が主流を占めた中東・西洋・中国では この贖罪心理が怨念を残した人間(怨霊)から、より普遍的な「神・天」と いう存在に向けられた・・・一方仏教流入にも拘わらず多分に多神教的古代 思想を残した日本においては、怨霊に対する畏怖鎮魂の思想が現在に至るま でその影を止めている可能性があろう・・・と考えております。 ・・・(省略)・・・・・・ しかしながら私は、人類の深層心理として加害死者への贖罪・畏怖が有るの は否定できず、それを何らかの形(鎮魂)で示すことも充分有り得ると考え ています。西洋・中国に比較して、日本においてその思想がより強いであろ うとも思います。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー なお付言すれば「穢れ思想」は全人類的に「タブー」という形で見られるも のです。この原始的深層心理も当然ながら時代・宗教・思想によって異なっ ておりますが、日本には「言霊」「怨霊」と並んで根強く残存しているのは、 一般的に常識とされています。 Time : 2000/ 6/ 1(木) 22:10:48
Name : TAKATOKU E-mail : Title : Re: 原始時代 Comments: AIKOさん、初めまして。 I wrote (6/1): > 「言霊思想」「怨霊思想」は日本に影響が強く残っているとはい > え、原始時代においては人類共通の概念だった訳です。 Aiko san wrote (6/1): > これは何か出典があるのでしょうか? > こういうことを言われる方には初めてお会いします。 井沢先生のご著書にもコメントがありますが、きちんと論じている 訳ではありません。たしか、日本において今なお深く残っている原 因として、「異民族による支配がなかったこと」をあげていました。 Time : 2000/ 6/ 2(金) 20:49:31
Name : AIKO E-mail : Title : 怨霊信仰 Comments:  そうですか、常識だったのですか。失礼しました。  すると、日本の怨霊信仰の始まりを菅原道真あたりに置くのか、称徳のころ に置くのかと言った議論は何だったのでしょうか? Time : 2000/ 6/ 3(土) 07:16:50
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「怨霊信仰の始まり」?? Comments: AIKOさん、今日は。Awajiです。 >>日本の怨霊信仰の始まりを菅原道真あたりに置くのか、称徳のころに置く >>のかと言った議論は何だったのでしょうか? ここで、現在TAKATOKUさんと輔住さんの間で議論になっている??「怨霊 信仰」の性格についての問題になるのではないかと思います。 この議論もKANAKさんの分類(本人がおっしゃっているとおり、それ程理論 的に詰めたものではありませんが・・・)に関して行われていますので、そ れに沿って申し上げます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1999/ 2/24(水) 22:26:02 Title : 「逆説の日本史2」(64)「桓武と怨霊雑感」 ただ、私は一口に「怨霊思想」と呼ぶところに混乱があるのでは無いかと思 います。ほんの思い付きですが・・・ 1.原始的怨霊信仰・・・一般的に死霊に対する畏怖から来る単純な鎮魂行 動。贖罪意識を持つ場合は行動が増幅され得る。 2.神格的怨霊信仰・・・伝承上の神格に対する畏怖から来る施設・儀式・ 子孫祭主等を伴った鎮魂行動(祭祀)。 3.人格的潜在型 々・・・特定の怨念を残した死者に対する贖罪の念に由来 (政治性以下同)) する鎮魂行動であるが、特定の施設・儀式を伴わ 無いので、外部からはそれと判明しない。 4.人格的秘匿型 々・・・同上であるが、ある種の表象(祭祀・仏教施設) を伴うことがあるので、外部から窺うことも不可 能でない。 5.人格的顕在型 々・・・同上であるが、鎮魂行動に必ず人格の顕在化を伴 い、宗教施設・儀式も明確となるので、外部から 完全に知り得る。 6.人格的悪霊型 々・・・贖罪意識というより、本来の悪霊(人格的出現?) に対する鎮魂行動である。 ・・・なんて言うのは如何でしょうか? 要するに5.が一般的に言われる 「怨霊信仰」であり、「桓武」以降に隆盛となったことは歴史学者にも異論 が無いでしょう。藤原広嗣・後世の平将門は・・或いは6.か?? 問題は・・・3〜4が認められるか? これを「怨霊信仰」と称すべきか?だ と思うのです。 私は、例えば・・・ 「聖徳太子」は3〜4の人格的怨霊とは認め得ない。当然「法隆寺怨霊寺説 =表象」は現時点では認められない。 「孝徳」は3.の可能性は有るが、外部表象が無いので確認出来ない。 「天智」は問題外。 「大津皇子」は3〜4の可能性が有るが、外部表象が確認出来ない。 (二上山埋葬・薬師寺東院が或いは表象か?とも思う。) 「長屋王」は3〜4の可能性があるが、「東大寺」は表象とは考えない。 更に検討を要す。 「称徳」は問題外。 「井上内親王」「早良親王」は通説どおり5.であって問題が無い。 「秋篠寺」は「井上内親王」の表象の可能性もあるが、更に検討を要す。 「文徳」は、時代的に当然あるべき表象が無いので・・・非怨霊。 (或いは4.と考える可能性もあるか?・・良く分からない) ・・・ナーンテ考えていますが、通勤電車の中の思い付きです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー つまり、TAKATOKUさんやAwajiが「原始時代 においては人類共通の概念だ った」としているのは「1.原始的怨霊信仰」の部分です。 そして、AIKOさんが「日本の怨霊信仰の始まり」とおっしゃっているのは 「5.人格的顕在型怨霊信仰」の部分であり、歴史学的には通常「御霊信仰」 と呼ばれるものなのでしょうね。 これが「桓武」の頃から明確になり「菅原道真あたり」で隆盛を極め、後世 に強い影響を与えていることを否定する人は、まずいないでしょう。(モチ ロンその影響の程度を如何に考えるかは様々ですが・・・) 因みに「崇徳」「後鳥羽」は桓武以降の「御霊信仰」によって処遇されてい ますので、明らかに「5.人格的顕在型怨霊信仰」です。 問題は桓武以前の日本に、このような「5.人格的顕在型怨霊信仰」があっ たのか?「3〜4」のような「怨霊信仰」が確認できるのか? あるいはこ れを「5.人格的顕在型怨霊信仰」=御霊信仰」と同一視することが可能な のかということだと思います。 通常は、これを区別して日本における「怨霊信仰」の始まりを桓武以降とし ているのです。 Time : 2000/ 6/ 3(土) 13:38:06
Name : AIKO E-mail : Title : 怨霊 Comments:  Awajiさん、TAKATOKUさん ご返事ありがとうございます。   下の分類によると、TAKATOKUさんのいわれるものとかつて議論されたもの は性格がかなり異なるということですね。   日本独自の発展を遂げたものが5あるいは6とすると、原始時代の影響が 残っているというより全く別モノと考える方が話しがわかりやすいようです。  いずれにしても定義の問題ですね。ありがとうございました。 Time : 2000/ 6/ 3(土) 17:36:34
Name : 林 昌幸 E-mail : hayamasa@poppy.ocn.ne.jp Title : はじめまして Comments: こんにちは。はじめてアップさせていただきました。私は井沢先生の逆説の日本史を読んで自分の日本史感が一度に 変わってしまいました。その前には梅原猛さんの聖徳太子上、下読んでなるほどとは思っていましたが、これほどわ かりやすく書いてある本はないと思うくらい感銘しました。 ところで、ひとつ教えていただきたいのは、信長の本能寺の変についてですが、先日6月1日、NHKでそのとき歴史は 動いた、で、光秀の討ち入りの真実らしきものが放送されていましたが、正直、あの内容では私はまったく納得いき ません。観ていた時間の受信料返せと言いたくなるないようでしたが、みなさんはどう、お考えでしょうか?私はた しかに私なりの考えはありますが、自分で現地に行って調べたわけでもないので、なんともいえないんですが、あえ ていうなら光秀と朝廷側の陰謀、ここでいう首謀者は朝廷側で、光秀はそれに乗ったと言う考えです。これはある歴 史のホームページに書いてあったと思うのですが、私もこの意見に基本的に賛成です。しかしNHKではこの説は採用し ていませんでした。よろしければご意見をお願いします。 Time : 2000/ 6/ 3(土) 23:30:09
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「歴史解釈」?? Comments: 林 昌幸さん、はじめまして。Awajiともうします。 もともと歴史についてはドシロウトの仏像好きですが、どちらかと言えば 梅原さんや井沢さんの歴史解釈に批判的立場をとっており、その理由もい ろいろと申し上げていますので、よければ過去ログをご参照下さい。 NHKの本能寺の変についての放映は残念ながら見ていませんし、この事件 について然程詳しいわけではありませんが、いろいろなご意見を見る限り、 少なくともこの事件の首謀者を朝廷と決め付けるのは疑問です。 いうならば、光秀が朝廷に使嗾された可能性も、全く否定しきれないとい う程度のものではないでしょうか? 従って、NHKがこういった解釈を採用しなかったのも充分理解できます。 概して云うと、わかりやすい歴史解釈には一方的決め付けが多く、歴史の 真実を解明するうえでは問題があると感じています。 Time : 2000/ 6/ 4(日) 10:25:16
Name : 輔住 E-mail : Title : 林 昌幸さんへ Comments: 林 昌幸さん、はじめまして! 私もNHKの本能寺はみてませんが、 本能寺の変は様々な説がありますし、定説と言えるほど 黒幕と有力視されてる人物もいません。 Awajiさんの言うとおり朝廷関与説をとらなくても不思議はないと おもいます。 (ちなみに自分は1年前くらいに朝廷や家康が からんでいるかもなどと妄想をここに書きました) Time : 2000/ 6/ 5(月) 12:41:16
Name : Awaji E-mail : Title : 「臺」の上古音は「ドォ」か?? Comments: みなさん、今日は。Awajiです。 今週の「逆説の日本史」は琉球についてですね。これに関してはおいおい 疑問点を申し上げたいと思いますが、取り敢えず立ち読みした範囲で・・・ 井沢さんは「臺」を上古音では「ドォ」と発音するので、「邪馬臺」は「ヤ マドォ=ヤマト」だ・・・としておれられるようですね。 しかしながら、この件に付いては既に以下で申し上げたとおり・・・ 1999/ 5/ 7(金) 22:55:25 救世観音とヤマタイ・コク・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ご存知だと思いますが、漢字の発音は大きく分けて漢音(華北系)、呉音 (華南系)が有ります。日本における発音はこれが混用されており、同じ 漢字で別の読み方をするのはこのためです。現在の中国人の発音ならば北 京官話だと思いますが、どちらかと言えば漢音に近いのでしょうね。 (「日本=ルゥーベン」ですね) さらに上古音、中古音等時代により発音が異なることも明らかであり、 漢ー魏晋ー唐のころの発音についても膨大な研究がなされています。 従って、現代中国人の発音は必ずしも参考にならないかも知れません。 その結果、現時点では「邪馬臺=ヤマダイ・ヤマタイ(ヤバタイ)」が妥 当だろうと言うことで、ほぼ一致しています。 従って、教科書では「ヤマタイ・コク(漢音)」が採用されているのです。 (「台」は「臺」の当て字です。) 勿論、倭人の発音を音訳しているのでしょうから、正確なことはわかりま せんが、「ヤマト」と言う読み方には無理があり、それを前提としての推 論は慎重になさっては?・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 井沢さんが何にもとづいて「臺」を「ドォ」と発音すると決め付けておら れるのかは分かりませんが、少なくともこのような研究実績を無視されて いるのは、一般読者を愚弄されているとしか思えず極めて遺憾です。 モチロン最新の研究により、「ドォ」説が正しいとされているのならば、 お詫びいたしますので是非その説の詳細をお示し願います。それがお出来 にならないのであれば、こういった読者を誤解に導くような言説は、即座 に撤回されるようお願いいたします。 Time : 2000/ 6/ 6(火) 21:05:51
Name : TAKATOKU E-mail : Title : 南北朝正閏論纂 Comments: 面白いページを発見しました。 http://www.ryomonet.co.jp/p-soft/nanboku/ 「知識ばかりで知恵のない人」以外の人で、南朝正統論に興味のあ る人、いませんか〜〜〜〜!!! Time : 2000/ 6/ 9(金) 02:15:22
Name : エフ音 E-mail : Title : 「臺」の上古音を「ド」と考えている人はいるみたいですよ Comments: 皆様、はじめまして 私は井沢氏の小説および逆説の日本史のファンです。 (ちなみに一番のお気に入りは信濃戦雲録です。) この掲示板もたまにROMしていたのですが、 今回、awaji氏の発言を見て少々気になった部分がありましたので 初めて投稿いたします。 以下、Awaji様の(「臺」の上古音は「ドォ」か??)に対しての反論です。 井沢さんが何にもとづいて「臺」を「ドォ」と発音すると決め付けておら れるのかは分かりませんが、少なくともこのような研究実績を無視されて いるのは、一般読者を愚弄されているとしか思えず極めて遺憾です。 とawaji氏は述べられておられました。 しかしながら 長田夏樹氏という方が1979年に出版された「邪馬台国の言語」という タイトルの本の中で、三世紀洛陽の音韻の研究から邪馬臺の発音をヤマド であるとしています。 また、安本美典氏は1991年に出版された「卑弥呼は日本語を話したか」と いうタイトルの本の中で、藤堂明保氏の「漢和大辞典」を引用して 邪馬臺はヤマトと読めると述べています。 なお、この安本氏の本の参照文献のところには、 (若い中国語研究者の中には、藤堂氏の業績と異なる見解を 持つ方もおられる)ことが書かれていました。 残念ながら私は音韻研究全くのことは全くわからないので、正解が何かは わかりません。 また、井沢氏がどのテキストを参照したのかもわかりません。 ただ、井沢氏が全く根拠もなしに「臺」の上古音を「ドォ」であると 決め付けた訳ではないと思っています。 付け足し ところで「臺」の上古音を「ドォ」でなく「タイ」であると考えておられる方は 「臺与」についてはどう考えているのでしょうか? 教科書的にはトヨと呼んでいたような気がするのですが、ヤマタイ国と矛盾 していると思いませんか。 Time : 2000/ 6/ 9(金) 23:47:12
Name : LP販売業 E-mail : Title : 「臺」を「ドォ」と発音すると決め付けておられる・・・? Comments: 私の持っている逆説の日本史249ページに、こう書いてあります。 「ヤマダイ」か「ヤマダ」であり(イがほとんど聞えない)であり、私の ひいき目(耳?)かもしれないが、「ヤマド」と聞えないこともない。 この本においては、井沢氏は決め付けてはおられませんが。 なお、いくら研究しても、2000年前の発音が正式にわかるはずはないですね。 テープでも残っていれば別ですが。 Time : 2000/ 6/10(土) 09:30:46
Name : Awaji E-mail : Title : 沙羅双樹?? Comments: エフ音さん、みなさん、今日は。Awajiです。 RES有り難うございました。この件は、Awajiが上古音の発音記号を読み間違っ ていたようです。井沢さん及び皆さんにお詫びして撤回いたします。 小生も、そろそろ人生の転機をむかえ、かなり多忙になってきましたので、今 回のチョンボを機会にRead Onnlyにさせて頂きます。 では・・・・・(^_^)/~ Time : 2000/ 6/10(土) 09:31:12
Name : TAKATOKU E-mail : Title : 「ドゥ」、「タイ」。。。Awajiへの最後の発言 Comments: 「臺」が「ドゥ」か「タイ」か、それは一つの大きな問題でしょう。 しかし、現況では「ドゥ」か「タイ」か、どちらが少々有力かが分 かった所で、「逆説の日本史観」にとって大差あることではないで しょう。 それに、今回の件はAwajiのチョンボではないでしょう。Aw ajiが参考にした研究者のチョンボでしょう。従って、Awaj iには何の責任もありません。 Awajiの問題点は 1:トンデモ説を強硬に主張すること:例えば、南朝正閏論におい て、実質的に、「南朝正統論者精神分裂症説」というトンデモ説を 強硬に主張した。 2:「忠臣」(7巻2章)、「刀伊来寇」(4巻2章)における恐 るべき誤読力:狂っているとしかコメントできません。恐らくは、 井沢批判がしたいばかりに、文脈を理解することを怠った(?)の でしょう。文脈を無視して文字面しか読まない人間は、「知識ばか りで知恵がない」と言われても仕方あるまい。 3:2と重なるが、Awajiにとっての歴史とは、「真相を解明 するものではなく、井沢批判をするためのもの」になっていたこと です。最も恥ずべき事であり、井沢先生のみならず、歴史学者を愚 弄しているとしか言えません。 4:アンフェアであること:自説の都合が悪くなると、「興味がな い」と言って逃げる。また、井沢先生の説については、僅かな相違 点をことさら大きなものとして表現する一方で、自説に関しては 「主君」と「敵の大将にコキ使われた家来」を同一視する。 等々です。オームの化学部隊ではないが、「知識ばかりで知恵のな い人間」が社会にとって最も有害です。膨大な知識が泣かないよう な、そんな知恵を身につけて欲しいものです。そして。。 二度と投稿されないことを、切に望みます。 厳しいコメントのようですが、最も優しいコメントかも?? 知れません。さらば〜〜〜!!! Time : 2000/ 6/10(土) 20:05:18
Name : ina E-mail : Title : TAKATOKUさんへ Comments:  こんにちは  わたしの意見としてはインターネットは日記帳ではない、と思っています。 要するに自分の心(頭)の中に生ずるどろどろした情念を垂れ流す場所ではない ということです。  今回のあなたの発言は少なくとも面と向かって発せられる言葉としては限度を 超えていると思いますし、事実誤認も多々あるように見うけられます。   もしあなたのおっしゃる通りであれば、なぜ多くの人がここでAwajiさん に教えをこうたり、議論を楽しんだり出来たのでしょうか?  顔の見えない場であるからこそ、人間関係も大事にしていただきたいと思います。 Time : 2000/ 6/10(土) 20:36:40
Name : TAKATOKU E-mail : Title : 最初は私も。。 Comments: おしかりありがとうございます。 最初は私も、Awaji氏が学問に厳しいだけだと思っていました。 ところが、途中で、そうでないことが分かりました。井沢批判が目 的なのです。その最たる証拠が『逆説の日本史』を読まないことで す。 井沢ファンに最大のサービスをして信用させ、井沢批判は非常にア ンフェアな手法を用いる。学問に対する最大の冒涜ではないでしょ うか? > わたしの意見としてはインターネットは日記帳ではない、 当たり前です。 > 事実誤認も多々あるように見うけられます。 具体的にどこに事実誤認があるのでしょうか? ちなみに、Awaji氏の意見は、「南朝正統論」、「忠臣」、 「刀伊来寇」の3つについては、井沢批判としてでなければ、立派 な意見です。「井沢先生の意見に対抗した意見」としては狂ってい るように見えるのです。もちろん、Awaji氏が博識でなければ、 「狂っている」とは言いません。 > なぜ多くの人がここでAwajiさん > に教えをこうたり、議論を楽しんだり出来たのでしょうか? 上で述べたとおり、井沢批判をするために、井沢ファンに最大のサー ビスをしているからです。気づきませんか? > 顔の見えない場であるからこそ、人間関係も大事にしていただき > たいと思います。 当たり前です。俺がAwajiに言いたいのはそのことだから。。 学問を悪用せず、学問には真摯な姿勢でのぞんで欲しいものです。 それともAwajiはどんな悪いことをしてもよいと言うのですか? Time : 2000/ 6/10(土) 22:26:22
Name : TAKATOKU E-mail : Title : みなさん、おはようございます。 Comments: 目が覚めて、少し気がかりだったので、投稿致します。 昨日の発言は、Awaji氏のROM化発言に触発されて、書いた ものです。最近、このページをご覧になった方には、乱暴な書き方 に驚かれた方もいらっしゃるかも知れません。もっとも、Awaj i氏の数々の侮辱発言に比べれば、私の発言などたいしたことはあ りませんが。。(笑) 曲解をしてまで井沢批判をするAwaij氏に対して、私が快く思っ ていないのは事実です。しかしながら、私の目的は、この掲示板が マトモな井沢批判の場になることです。 色々とご意見もあるかと思いますが、ご理解下さい。 それから、言いたいことを発言してしまったので、特にリアクショ ンがなければ、私はしばしROM化致します。ファンの皆様、活発 なご議論をお願い致します。 そして、井沢先生!! ご活躍をお祈りしております。 Time : 2000/ 6/11(日) 05:17:01
Name : 矜羯羅童子 E-mail : Title : 「刀伊来寇」って? Comments: みなさん、はじめまして。矜羯羅童子といいます。 いままで時々この掲示板を見てきましたし、大体の記録もとっているんですが、 「刀伊来寇」についてのお話しは知りません。 TAKATOKUさんによると、、、 >>「刀伊来寇」(4巻2章)における恐るべき誤読力:狂っているとしかコメ >>ントできません。 >>「刀伊来寇」の3つについては、井沢批判としてでなければ、立派な意見で >>す。「井沢先生の意見に対抗した意見」としては狂っているように見えるの >>です。 っていうことですが、これはどういうことなんでしょうか? 「批判としてでなければ、立派な意見」で、「対抗した意見」としては「恐る べき誤読力:狂っているとしかコメントできない」「狂っているように見える」 ご意見とのことですが、何だか面白そうですね。 出来ればどんなご意見で、どこが狂っているのか教えて頂けないでしょうか? Time : 2000/ 6/11(日) 09:40:27
Name : 傍観者 E-mail : Title : TAKATOKUさんへ Comments: この議論に乗ってはなりません 世の中にはいろいろな名前を持っている人がいますから・・・ しかしAwaji氏も「沙羅双樹」とは・・・ お釈迦様にでもなったつもりなのでしょうか,平信徒の使うべき言葉ではない。 Time : 2000/ 6/11(日) 16:08:26
Name : 輔住 E-mail : Title : 質問 Comments: TAKATOKUさんどうもよくわからないのですが Awajiさんは井沢説や梅原説に対して 「意見」をのべました。 その「意見」に賛成の場合も反対の場合もありましたが、 ひとつの意見として筋はとおっていたと思っています。 決して批判のための批判とは思えませんし、ましてや 狂ってると思えるものではないでしょう。 今回の発音にしても疑問に思った理由も述べています。 見落とした点があったとしてもそれだけでそこまで 思うのは変ですよね。 もう少しトンデモと感じた理由をわかりやすく述べてほしいです。 そうでないと賛成・反対以前にひとつの意見としての 説得力が弱いとです。 Time : 2000/ 6/11(日) 22:24:53
Name : ニャンコ E-mail : Title : 「流求」について Comments: 何だか気まずい雰囲気ですが、ちょっと気分てんかんの話題です。 今は、沖縄のお話しになっていますが、ニャンコがむかし聞いたところでは 隋書の「流求」というのは、たぶん台湾のことだろうということでした。 井沢先生のご説明では、沖縄のこととしておられるようですが、今では台湾 説は否定されているのでしょうか? Time : 2000/ 6/13(火) 23:54:18
Name : 千波子 E-mail : Title : 「流求」・・・ Comments: ニャンコさま、みなさま、はじめまして。千波子といいます。 >>隋書の「流求」というのは、たぶん台湾のことだろうということでした。 おっしゃるとおり、今でも台湾のこととする学者さんが多いようですね。 ただ、こういった見方が絶対に正しいともいえませんし、考古学者の森教 授などは沖縄とされているようで、今のところどちらも定説にはなってい ないみたいです。 うちの世帯主は隋書の書き方からすれば、やっぱり台湾とするのが自然だ ろう、、、といってました。 Time : 2000/ 6/16(金) 13:58:33
Name : 林 昌幸 E-mail : hayamasa@poppy.ocn.ne.jp Title : 本能寺 Comments: いろいろな意見ありがとうございました。僕は出来るだけ中間の立場で歴史を 観たいと考えてきましたがこれってなかなか難しいですね。かなりの研究が必要だ と思いました。AWAJIさん、輔住さん、ご意見ありがとうございました。 私は今、ある試験の勉強中なのであまり書き込みが出来ませんが、終われば 今まで考えてきた歴史事件について披露したいです。ちなみに私は井沢賛成派で す。まだまだ勉強不足の身ですがよろしくおねがいします。 ありがとうございました。では。 Time : 2000/ 6/18(日) 01:07:21
Name : ニャンコ E-mail : Title : ラジャ〜 Comments: 千波子さん、ありがとうございました。 こうゆうことに詳しい人にも聞いてみましたが、やっぱり台湾のようですね。 でも、そうすると「琉球(リュウキュウ)」は「竜宮(リュウグウ)」から 名付けられたとゆうのは、すこし苦しいことになりますね。 Time : 2000/ 6/18(日) 10:27:26
Name : TAKATOKU E-mail : Title : Awaji氏 Comments: みなさん、おばんどす。 それにしても、この掲示板の人って、みんな冷静ですね。 私のAwaji氏へのラブレター(核爆!!)、ご本人に読んでも らえたかどうか不安ですが。。 井沢先生の公式ページにおいて、しかも批判が歓迎されるこの掲示 板において、曲解してまで、井沢批判をすることは、許されること ではないと思います。まぁ、Awaji氏に対する批判は前回述べ たので、やめときます。今回は、Awaji氏にたいして。。「お 疲れ様」と言いたい。 Awaji氏が曲解してまで、井沢批判をする気になったのは、た ぶん「顕幽分離論再説」からでしょうか? 私は歴史学者の知人が いないので、全然平気だし、これが歴史学者批判ではなく、歴史学 者ムラ批判であることも理解できる。歴史学者にとっても都合がよ いように思えます。内部変革なんて無理ですから。。 ただ、この文章を歴史学者批判、と受け取ってしまうと、キレてし まうのもやむをえないのかも知れません。 ◇傍観者さんへ◇ はじめまして。 > この議論に乗ってはなりません 「矜羯羅童子」=「Awaji」ならば、私としては嬉しいですが。。 ラブレター(再び核爆!!)を読んでもらえたので。。 他の掲示板で学んだのですが、人の意見を曲解する人間、人格攻撃 する人間には、一般人はかないません。無視するしか手段はないよ うです。 ◇輔住さんへ◇ > 今回の発音にしても疑問に思った理由も述べています。 > 見落とした点があったとしてもそれだけでそこまで > 思うのは変ですよね。 今回の発音の件は問題ないと言っているでしょう。人の文章を曲解 しないで下さいね。 Time : 2000/ 6/19(月) 01:20:36
Name : TAKATOKU E-mail : Title : 「矜羯羅童子さん=Awaji氏」かも?? Comments: 傍観者さんの発言を受けて、ふと考えたのですが。。 > 「批判としてでなければ、立派な意見」で、「対抗した意見」と > しては「恐るべき誤読力:狂っているとしかコメントできない」... この辺の文調は確かにAwaji氏のに似ていますね。(笑) 「状況に応じて批判の意味合いが変化する」。。こんな当たり前な ことも分からないんですね。 もし「矜羯羅童子さん=Awaji氏」だったら、Awaji氏に 失礼なことをしたと反省しなければなりませんね。「知識ばかりで 知恵のない人間!」なんて、本当に「知識ばかりで知恵のない人間」 に対して発言できませんから。。 もしそうだったら謝罪致します。 本当のことを発言してスミマセン。。 Time : 2000/ 6/19(月) 02:58:38
Name : 輔住 E-mail : Title : TAKATOKUさんへ Comments: 曲解というより、わけが分らないというのが本音です。 ではトンデモと思う理由を分かりやすく説明して欲しいです。 Time : 2000/ 6/19(月) 12:17:36
Name : 矜羯羅童子 E-mail : Title : 「刀伊来寇」に関して・・・ Comments: TAKATOKUさま、はじめまして。 私は、Awajiさんではありません。ただKANAKさんや、AwajiさんとはNifty古 代史会議室で知り合って、資料交換などを行っていた仲間です。 (仲間と言うより、いろいろとご指導頂いた弟子だと思っていますが・・・) 現在KANAKさんは、中世宗教史に凝っておられますし、Awajiさんも仕事の方 が忙しくなられたようなので、勝手ながら私がおうかがいしたものです。 率直に申し上げますが、知識や智恵があるとか無いとか、状況に応じて批判 の意味合いが変わるとか変わらないとか、抽象的なご意見(ご感想)も結構 ですが、それよりも具体的に判断理由をおっしゃって頂けませんか? 私の知る限り(全部のご意見を見ているとは限りませんので)、Awajiさんの 「刀伊来寇」に関しては、貴方を含めて何方からもコメントは無かったと思 います。 ところが貴方は突然ここに至って、 >>「刀伊来寇」(4巻2章)における恐るべき誤読力:狂っているとしかコ >>メントできません。 と言い出されたと思います。(既に貴方が何らかのコメントを掲載されてお り、私が読み落としたものであればお詫びいたします。その掲載日時をお教 え下さい。) Awajiさんは、このコメントでは、 >>言霊とは余り関係が無い様に思うのですが・・・この部分をお読みになった >>皆さんは、どの様にお考えでしょうか?ご意見(Awajiの理解不足であれば >>解説でも結構です)をお聞かせ頂けないでしょうか? と言うように皆さまのご意見を求められただけだと思います。 これが誤読であれば、XXの理由で誤読です・・・とおっしゃればいいだけで す。これが狂っているとしかコメントできない意見であれば、XXXの理由で 狂っている・・・と貴方の判断理由をご説明頂ければそれでもいいと思います。 少なくとも、理由も説明も無く他人の意見を「誤読」とか「狂っている」とか おっしゃるのは納得できません。是非その理由をご明示頂きたいと思います。 傍観者さま、貴方からご説明頂いても勿論結構ですよ。 Time : 2000/ 6/19(月) 23:45:14
Name : 矜羯羅童子 E-mail : Title : 講演会について・・・ Comments: みなさま、こん@@@。 この掲示板には相応しくない問題かもしれませんが、井沢さんの講演問題につ いてです。 まず私も教職員の方々がこれを妨害しようとされたのは、如何なものかと思い ます。 ただ私が聞いているところでは、この講演会は高校生を対象にして開催された もののようです。 もしそうであるならば、これを民主主義の基本である言論出版の自由とからま せて論じるのもおかしいですね。碌に批判能力ももたない未成年者の教育につ いては、当然ながら言論出版の自由とは別の配慮があるべきでは無いでしょう か? 私は、卒業式のような学校行事を生徒に自主管理させるのは大反対です。 高校生が自主的にXX氏のような極論を語る言論人を講演会に招こうとするな らば、やはり反対するでしょう。(政党人はモチロンです) 彼らはあくまでも未熟な未成年者であり、基本的立場が被教育者だからです。 少し性格は異なりますが、高校生を対象とする講演会にこれらの人を招聘する ことも同様に適切では無いと思っています。 私は、井沢さんが言霊や怨霊をキーワードとして日本の歴史を語られるのは、 不特定の一般人を対象とされる限り、特段問題も無く結構だと思います。 しかしながら掲示板でもシバシバ議論されたように氏のご意見には余りに牽強 付会が多く、しかもしばしば充分な根拠も無く歴史学者を批判(非難に近い部 分も見られます)されている部分があります。 この様な井沢氏の特殊なご意見は、充分な基本知識も無く、批判力も無い高校 生にとっては、徒に歴史学者への不信感を植え付けるだけで、真の歴史教育か らは程遠いものとなる危険性があります。 繰り返しますが、私は教職員が講演会を妨害しようとしたことは、如何なもの かと思います。真に教育者であれば講演会を聞かせた上で、その議論の構成の 何処に問題があるかを生徒に教えるだけの見識を持つべきでしょう。 しかし、残念ながら一般の高校教師にそれだけの力があるかどうかは疑問です。 従って、私は本来講演会の企画そのものが高校生対象としては、いささか適切 を欠くのでは無いかと思っています。 Time : 2000/ 6/24(土) 21:52:11
Name : t-rex E-mail : Title : ふむ・・・。 Comments: 皆さん、はじめまして。 えーっと、今まで眺めてて最近思うのは、掲示板自体の趣旨は何なのですか?? 別に井沢氏批判になろうが、なんだろうが、それでいいではないのですかねえ・・。 良くわかりませんが。 学説?というか、意見の違いはあるでしょうし、それぞれ立場立場・・、 たとえば研究家に近い立場の方から、趣味人まで・・・ いろんな視点、立場で投稿されておいでますから、そらあ、結果的に 反発しあうような意見になっちゃうんでしょうけど・・。 でもね、まあ、おいらは切り口だと思ってます>井沢史観。 別に事実等として、捉えるわけではないが、日本人的行動原理等を 考えるときに、それで歴史をみたらこういう切り口だってあるんじゃないか? 程度かと。まあ、確かに断定口調でかかれている部分もあるでしょうが・・。 ただ、そこで不思議なのは、なんか「こういう断定的な書き方だと、誤解する人が 云々・・・」 的な書かれ方なされた方もおいでたかと思いますし、また、矜羯羅童子さんの言われる高校生などだとちょっと・・・、 ってのもなんとなく納得はできないね〜〜。 まあ、信じる信じないは原資料に最終的には自分であたってみるしかないんだろうけど、 まあ、実際資料あるから本当だってのもどうかな?って疑問は湧きますから・・。 まあ、楽しみの一つでいいんじゃないですか? まあ、学説?批判はいいっすけど、一歩間違うと人格批判に行きかかってますから・・ まあ、あくまで意見のぶつかり合いがみたいですね、感情じゃなくて(苦笑) 長々と、放言、申し訳ないです。 Time : 2000/ 6/24(土) 23:19:12
Name : t-rex E-mail : Title : 嗚呼、ちと補足・・・。 Comments: えーっと、高校生相手だからまずいとは思いません>井沢論。 高校生だからってどうこうはないですよ、聞いて興味あったり反発あれば 結果的に自分で調べるでしょうし。 実際、井沢氏が歴史教育方法の批判的なことをしてても、一種代えられない部分 も在りますからね>方法。 まあ憲法改正云々の部分もあるかもしれないけど、興味を持ってもらうことは いい事だと思いますよ〜〜。 決め付けの論調だから影響されやすいところがまずい・・・って言う方向 の批判だったら・・。 それは、聞く人のレベルってのをあまりにも軽くみすぎてないですか?? 高校生だろうと、成人だろうと一緒ですよ。 経験則等々によるものに対する扱いとかは違うかもしれんですが 知的レベルで行けば、成人だから高いわけでもなし、高校生だから 論説を咀嚼できないわけでもないっしょ? 学者さんに対する批判どうこうは知り合い等にそういった方がいないのでなんとも いえないですね。 まあ、どこの世界だってある意味似た部分はあるでしょうから>専門外からの 口出しを嫌うor無視等。 あれ?なに書いてるんだろう?(爆) Time : 2000/ 6/24(土) 23:31:08
Name : 矜羯羅童子 E-mail : Title : 高校教育、、 Comments: t-rexさん、こん@@@。貴重なご意見ありがとうございます。 >>高校生だろうと、成人だろうと一緒ですよ。経験則等々によるものに対す >>る扱いとかは違うかもしれんですが知的レベルで行けば、成人だから高い >>わけでもなし、高校生だから論説を咀嚼できないわけでもないっしょ? もちろん高校生の中には、一般成人より高い知的レベルを有している方もお られるかも知れませんし、成人にも様々な方がおられるでしょうね。 でも個別に見ればともかく、一般的には基礎知識や思考力を習得練磨するた めに教育を受けている段階ですから、知的レベルは通常の成人に比べて劣る のは事実です。 だからこそ、「教科書問題」や「教職員問題」が社会的に論じられているわ けで、成人と同じ知的レベルならばどんな教科書を用いようが、どんな思想 をもった教師であろうと、さほど問題はないと言えるでしょう。 ですから、そういう方を主な対象としての講演(彼らにとっては教育です) 等については、社会がその適切性をより慎重に配慮すべきだと思います。 (不特定多数を目的とした講演会に、高校生が個人として参加するのとはわ けが違います) 少なくとも教科書によって教育を受けるレベルの人たちに、教科書や教科書 執筆者批判を咀嚼させるのは無理があると思うんですね。 歴史解釈についても同様であって、平均的な高校生に井沢さんのような表現 上の説得力に長けた方の論説を充分咀嚼させるのはほとんど不可能でしょう し、その影響力に関してもある種の危惧を感じざるを得ないんです。 Time : 2000/ 6/25(日) 09:39:16
Name : 矜羯羅童子 E-mail : Title : 講演会補足、、、 Comments: 誤解がないように、補足しておきますが、、、 私は、井沢氏が高校生を対象に講演をされることを不適切と結論付けている わけではありませんし、講演会を中止すべきであったと言っているわけでも ありません。 当然に井沢氏も高校生であることを意識して極論は避けられるでしょうし、 一定の配慮もされるでしょうから、特段の問題は生じなかったかも知れませ ん。 問題は、高校生対象の講演会である限り、その適切性について社会的に議論 されるのは当然のことであって、これを民主主義とか言論自由の問題にすり かえるのはオカシイと言うことです。 Time : 2000/ 6/25(日) 10:28:20
Name : TAKATOKU E-mail : Title : 別人ということで。。 Comments: 矜羯羅童子さん、こんちは。なるほど、文調が変わりましたね。A waji氏とは別人ということに致しましょう。という訳で「失礼 しました」に致します。 Kongaradouji wrote (6/19): > と言うように皆さまのご意見を求められただけだと思います。 おやおや(苦笑)。木を見て森を見ず、ですね。 #仏像愛好者の共通的な性格なんですかね。 1:ところで、「刀伊来寇」の件しかコメントがありませんが、そ れ以外はOKなのでしょうか? 2:それから、『逆説の日本史』はお読みになっているのでしょう か? 読みもせずに曲解する人間の相手はAwaji氏で懲りてい ますが。。(苦笑) Kongaradouji wrote (6/19): > 問題は、高校生対象の講演会である限り、その適切性について社 > 会的に議論されるのは当然のことであって、これを民主主義とか > 言論自由の問題にすりかえるのはオカシイと言うことです。 おやおや(再び苦笑)。キレイ事が好きですねぇ。 #あなたには「刀伊来寇」を理解するのは無理かも知れません。(爆) まぁ、『逆説の日本史』を熟読してみて下さい。 Time : 2000/ 6/26(月) 00:17:07
Name : 矜羯羅童子 E-mail : Title : 抽象的ご感想はもう結構です。 Comments: TAKATOKUさま、こん@@@。 私は、申し上げた筈です。 「木を見て森を見ず」とか「曲解」とか「キレイ事」とか「理解するのは無理 かも知れません」とか貴方の抽象的なご感想は、好きなようにおっしゃれば結 構。 私が貴方にお願いしているのは、まず刀伊問題について、何故、どの部分が誤 読で、狂っているのかを具体的にご説明下さいと言うことです。 (貴方がおっしゃったことについて、貴方に伺っているんです) 「逆説の日本史」を読んでいなければ、ご説明頂けないという問題では無いと 思いますが、私なりに文庫本で発行されている全巻について熟読した積もりで す。(全巻記憶しているとは申しません) 以上 Time : 2000/ 6/26(月) 00:45:55
Name : 純爺 E-mail : nasika-j@d4.dion.ne.jp Title : 初見! Comments: 井沢元彦ファンです。
この国では宗教と政治に無関心を
装うことが、教養のある人であるかの
如く錯覚してる人が多いかな?と
思ってます、それと歴史小説は下等
な読み物であって、歴史に学ぶ事は
すべきではない、みたいなとこあります。
何故?ハックルべりー物語と旧約聖書が
僕の原点です。駄目なんでしょうか?
Time : 2000/ 6/26(月) 06:10:32
Name : t-rex E-mail : Title : どうも、ご丁寧に、ありがとうございます。 Comments: 矜羯羅童子さん、どうも、ありがとうございます。 ご説明?のてん、大変解りやすく思っております。 まあ、大多数が一般成人である講演会と、高校生向けの講演会では少し 意味合いが違ってくるのでしょうから、その内容についてある種の危惧? が生じる部分は仕方ないのかもしれないですね。 ただ、ほんの少し思うのは、まあ言論の自由の問題とすりかえるのはおかしい との事ですが、本来であればそうかもしれないのですが・・、 まあ、新聞の報道内容がどこまで、どのスタンスで伝えているのかにもよりますが、 ひはんするほうの(講演に反対した方の)反対の仕方、乃至、批判のしかたから すれば、自分が情報で知る限りにおいては、どうしても言論の自由云々の問題に なるのではないかと思う部分があります。 と言っても、それを巧く説明できないのですが・・。 まあ、ある種のイデオロギーに染まる可能性があるのでまずい・・・、 という事であれば、申し訳ないですが学校教育の方向性にもその危惧はあるかと。 まあ、自分が社会人としているから井沢先生の論も冷静に受け止められるのかも しれないですし、また、実社会の問題点に合致する部分もあると認められるのかも しれないですがね(苦笑) Time : 2000/ 6/27(火) 22:39:22
Name : エフ音 E-mail : Title : 琉球の語源に関連して Comments: ニャンコさん、千波子さん、こんにちは かなり、反応が遅れてしまいましたが 隋書の記述の中では「流求」が沖縄のことではなく台湾のことを 指している可能性が高いという書き込みを見まして少し思いついた ことがあります。 少なくとも隋のころには「流求」という言葉が存在していた。 そして、台湾のことを琉球と言っていた可能性がある。 しかしその後、三山時代(室町時代頃)には琉球は沖縄を指す言葉に 収束していたと思われる。 それでは琉球という言葉はいつから沖縄を指すように なったのでしょうか? 可能性としていくつか考えました。 1)隋の時代には、琉球は台湾を指していたが、沖縄と大陸との交流 が盛んになって以来、沖縄を指すようになった。 2)隋の時代には、琉球は台湾も沖縄も両方とも指していたが、後代、 沖縄と大陸の交流盛んになったので琉球は沖縄単独を指す言葉になった。 3)隋の時代にも琉球は沖縄を指していたが、その当時はあまり大陸との 交流がなかったので台湾と沖縄とが混同されて用いられた。 4)隋書の記述がまちがいであったなどその他の理由 この中で1)もそうですが特に2)の場合、琉球という言葉は 台湾になったり、沖縄になったりすることから 固有名詞というより、東海の島々をさす普通名詞として、 用いられている可能性が考えられます。 もしそうなら、琉球の言葉の語源として、東海竜王や青竜王といった、 神仙思想と結びつく竜宮を推測するのは、いかにも大陸好みですし、 面白いと思いますが、いかがでしょう。 付け足し(この掲示板をご覧の皆様へ) 遅れましたがこの機会に一言 前回の書き込みで一部、言葉が重複していて読みにくい部分が ありましたことをお詫びしておきます。 Time : 2000/ 6/27(火) 23:14:54
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 講演問題について Comments:  皆様おひさしぶりです。 TAKATOKU様,矜羯羅童子様,t-rex様、初めまして。 一連の井沢先生講演関連の記事を読ませていただいた感想です。 t-rex様のおっしゃりたい事は,恐らく,講演反対の主たる理由が 井沢先生もおっしゃっていたように「改憲論者の講演だから」、 だと思います。「どんな理由であれ、改憲はダメ」という態度だからで, 反対の場合はもっと個別・具体的理由が必要だと思います。 それで、矜羯羅童子様がおっしゃるのは一般論として正しいと存じますが, この場合言論の自由まで踏み込まざるを得ないのではないでしょうか。 それは招聘側の校長さんたちの余裕の態度を見れば明らかです。 ユニークな意見を承知の上で,講演をお願いしているのですから, 教育上問題は無いと思います(再度後に詳述します)。 そのあたりを、TAKATOKU様も「キレイ事」と表現されたのでしょう。 ただ、最近のTAKATOKU様の論調は少し過去を引きずりすぎ、過激になりすぎて いるようで,本来の歴史議論に戻られた方がよいと存じます。 以前のAWAJI様とのやり取りのときは、意見を述べるチャンスが無かったの ですが,特に意見の相違点として 「歴史は基本的に現在から見なおすべき (ある時期の事件はその後も含めて評価すべき)」 とのご意見をおっしゃっておられたと思います。(違っていたらご指摘ください) 小生は、歴史の専門家ではない気楽さかもしれませんが,そのご意見に賛成です。 井沢先生も基本的にその路線だと存じますし,小生にとっての歴史はそうでないと 無意味です。ソビエトが崩壊した後でもフランス革命等の評価が変化しないような 歴史学なら役に立たないという持論です。  ところで,矜羯羅童子様の教育論については少し異論があります。 (以下の事も過去に何度か述べた事の言い換えですが・・。) 小生はそうは思いませんが,仮にでたらめな講演だとしても教育的価値は高く、 むしろ、日本の学校教育はそれを避けすぎているのは害だと思います。 (もちろん、全く説得力を欠くような講演はもともと価値が低いでしょうが。) 教科書に載っている事が唯一の真実で,それを生徒はすべて受け入れなければ ならないという方がずっと危険だと存じます。いつ別のグルのような「教科書」に すりかわるかわかりません。 小生の分野に近い理科系の教科書でも、間違いはかなりあります。 (以前その一部を述べましたが,あまり反応はありませんでした。 しかもたちが悪いのは、歴史的評価は教科書で良く問題にされるのに, 理系の分野は記述が間違っていてもあまり指摘されないことです。) しかし、間違いを含む事を問題にしている分けでは有りません。 それを唯一の真実として教え込み,単なる暗記物のテストをしてしまう事に 大いに問題があります。思考力・判断力を奪うのが教育的効果でしょうか?  小生の私見ですが, 「学校教育は,『正しい』知識の伝達に主体がある」 のではなく,社会に出てから失敗しないように, 「学校の中で,模擬的な『失敗・間違い』から知識を学び取る」 模擬訓練の場だと捉えています。安全の中の失敗を経験しないからこそ, 優等生でも多くの事件を起こし、とり返しのつかない失敗を招いてしまうのでは ないでしょうか。 この場合は適切な例ではないと思いますが,たとえ井沢先生が極論をぶったとしても, 後で,(教科書的な)定説と比較して,生徒たちに考えさせ議論させれば 定説のみを習い、おぼえさせられるよりずっと有益だと存じます。 校長さんたちの発言からはそのような余裕が伺えます。 (実際には,事後の討論会はこの場合、必要無かったと思いますが・・・。) もしそれで、生徒たちが極論の方を正しいと感じるならば,教科書の記述が よくない(もしくは間違っている)のだと思います。 もっと教科書ライターの学者たちがしっかりしないとダメでしょう。 実社会に出てからは,教科書などほとんど有りませんし,有ってもひどいものでしょう。 そんなところへ安心して若者を送り出すためにも,小生は 「もっと学校にいるうちに失敗を経験させるべき」 だと思いますが,皆様いかがお感じでしょうか。 Time : 2000/ 6/28(水) 10:59:34
Name : t-rex E-mail : Title : ちょっと考えてみました。 Comments: 大阪JF生さん、どうも、はじめまして。 自分の、なんとなく判然としない文意を汲んでいただきましてありがとうございます。 まあ、風見鶏になっちゃうかもしれないのですが・・・。 矜羯羅童子さんの、危惧する一点が、大阪JF生さんの文章から見えたように 思われます。 >>生徒たちが極論の方を正しいと感じるならば,教科書の記述が >>よくない(もしくは間違っている)のだと思います。 この部分において、井沢先生の論調だと、”正しいと感じ易い”と思われている 事だと思います。 ただ、まあ、個人的にはある意味において無味乾燥的に年表上の事象、および 人物名等々を覚える事に偏りがちな今の高校生以下の歴史教育よりは ある程度極端に走るきらいはあるにせよ、井沢先生の考え方というのは 有益ではないかな、と思っております。 Time : 2000/ 6/28(水) 18:46:11
Name : 千波子 E-mail : Title : 流求と竜宮、、 Comments: エフ音さま、こん@@@。 (失礼ですが、エフオンってお読みするのでしょうか? それから、もしよ ければどんな意味なのか教えてください。) 1)ですが、、、多分そういうことだと思います。 2)ですが、、、歴史年表・地図では唐時代には台湾が「流求・璃求」で、 沖縄が「阿児奈波」と記されていますので、多分この頃は二つの島は 別のものとされていたのだと思います。 3)ですが、、、隋書に出てくる「流求」が沖縄のことを示していると考 えるのは、ちょっと無理じゃないかということです。(絶対とはいえな いでしょうが、、、) 4)ですが、、、隋書に出てくる「流求」が何処を示しているか、という 問題ですし、その記述によって考えているのですから、それが間違って   いるかどうかは判断のしようがないようです。 ということで、隋・唐時代の「流求・璃求」という台湾を示す名前が、何 故か明時代には沖縄を示す名前に変わっていったということになると思い ます。つまり1)の可能性が最も高いようです。 >>琉球の言葉の語源として、東海竜王や青竜王といった、神仙思想と結び >>つく竜宮を推測するのは、いかにも大陸好みですし、面白いと思います >>が、いかがでしょう。 「流求・璃求」と「竜宮」の関係ですが、中国語で同じ「発音」なのかど うか調べて見なければなりませんが(直感的には無理な感じです)、もと もと中国で「竜宮」とされていたのに、これを史書で「流求」と書くのも 不自然な感じがしちゃいます。 (本音でいえば、もしそうならば面白いんと思うんですけれど、、、) Time : 2000/ 6/29(木) 18:11:26
Name : 輔住 E-mail : toutushou@ha.bekkoame.ne.jp Title : Re:講演問題について Comments: 大阪JF生さん、お久しぶりです。 >一連の井沢先生講演関連の記事を読ませていただいた感想です。 >t-rex様のおっしゃりたい事は,恐らく,講演反対の主たる理由が >井沢先生もおっしゃっていたように「改憲論者の講演だから」、 >だと思います。「どんな理由であれ、改憲はダメ」という態度だからで, >反対の場合はもっと個別・具体的理由が必要だと思います。 同感です。あとで生徒たちに井沢先生とは反対の意見を聞かせる機会を 作るなりをやろうとする前にいきなり中止を要求するのでは やはり言論の自由の問題とならざるをえないでしょうね。 Time : 2000/ 6/29(木) 21:03:47
Name : TAKATOKU E-mail : Title : 大阪JF生さんへ Comments: 大阪JF生さん、どうも初めまして! Oosaka-JF-sei san wrote (6/28): > それは招聘側の校長さんたちの余裕の態度を見れば明らかです。 > ユニークな意見を承知の上で,講演をお願いしているのですから, > 教育上問題は無いと思います。 今回の講演問題の面白い所は、講演中止に追い込まれなかったこと でしょうか? 招聘側の校長さんたちが、教育上有益であると考え たのでしょう。。タブン。。 > 「歴史は基本的に現在から見なおすべき > (ある時期の事件はその後も含めて評価すべき)」 はい、「歴史は、現在から見なおす事も必要である」と思っていま す。また、一つの事件に対する、表層的な要因分析も大切かと思い ますが、深層的な要因についても考察すべきだと考えています。 このような観点はAwaji氏は完全に無視していたし、中立の立 場の緑茶王さんや、海野氏にも全く理解されませんでした。もちろ ん、その他の井沢ファンも同様です。大阪JF生さんの今回のこの 発言で多少救われた思いがします。 Time : 2000/ 6/29(木) 22:58:09
Name : 矜羯羅童子 E-mail : Title : 言論の自由、、、 Comments: 輔住さま、大阪JF生さま、t-rexさま、はじめまして。 私は、基本的に高校生を「憲法問題」や「教科書問題」に集団として巻き 込むのは、良くないと思います。 輔住さまがおっしゃるように、あとで集団として共産系や社民系の護憲論 者の意見を聞かせる機会をもたせれば、それで良いとも思いません。 仮に教職員組合や高校生徒会がそれを企画した場合、言論自由の名のもと にオタカさんばりのアジ講演者を認めるべきでしょうか? 私はこのような未成年者に対するアジ対抗戦にはとても賛成出来ません。 未成年者に対する集団講演会には、言論の自由などと言う政治的概念は持 ち込むべきでは無いのです。 なお(歴史)教育の在り方については、あまり異論はありません。 教科書に書かれていることは、あくまでも現在における多数説に過ぎない のであって、科学は絶えず進歩改変するものであること。そして現在の多 数説も将来の少数説になりうることを教えるべきです。(私の高校時代の 恩師は、常にそう言っておられました。ただその恩師は将来異論に対して 適切な判断力を持つためには、まず現在の多数説=基礎知識を確りと身に つけておかねばならない。暗記を馬鹿にするなともおっしゃっていました。) 私は、もし井沢さんがそう言った歴史解釈の多面的可能性を教えようとさ れるならば、多いに結構だと思います。 しかしながら私が接する限り、井沢説は限られた史料を一方的に解釈され、 強力に自己の極論に誘導されているとしか見えません。 「はずが無い」「と考えるしか無い」「どうして分からないのか」という 様な歴史学者批判の押し付け的表現がいたるところに有って、とても高校 生レベルでこれを公正に受け取ることは不可能でしょう。 通常の教師レベルでも可能かどうか分かりません。この様な姿勢を保たれ る限り、私は高校生対象の論者としての適切性に疑問を感じざるを得ませ ん。 なお純爺さまのご意見ですが、 私は、吉川・海音寺・山岡・司馬さん達の歴史小説が大好きですが、日本 ほどこういった歴史小説が政治家・官僚・学者・経営者やその他の多くの 人々に読まれ、親しまれている国は、むしろ珍しいと思うんですけれども? Time : 2000/ 6/29(木) 23:11:03
Name : 輔住 E-mail : Title : 補足 Comments: 矜羯羅童子さん、こん@@は。 前回の補足です。 >私は、基本的に高校生を「憲法問題」や「教科書問題」に集団として巻き >込むのは、良くないと思います。 >私はこのような未成年者に対するアジ対抗戦にはとても賛成出来ません。 それはおっしゃる通りだと思います。 ただあのようなやり方で中止を求めるのは強引過ぎます。 それだと問題は大きくなってしまうでしょう。 だったら先の投稿で書いたような手段のほうがまだいいと思いましたので。 >ただその恩師は将来異論に対して >適切な判断力を持つためには、まず現在の多数説=基礎知識を確りと身に >つけておかねばならない。 そういうことを先生方が講演の前後に生徒に教えておけばほぼ問題は ないと思います。 Time : 2000/ 6/30(金) 07:23:03
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 皆様,お返事ありがとうございました Comments: t-rex様、輔住様,TAKATOKU様、矜羯羅童子様, ご意見ありがとうございました。  t-rex様  早くからお返事を頂きながら,反応が送れてすみません。 おっしゃるとおりだと存じますが、歴史に関しては, 矜羯羅童子様はそれほどこだわっておられないようです。  輔住様  ご無沙汰しておりました。拙論に賛同頂けて光栄です。 それから、矜羯羅童子様へのお返事にも同感です。 小生のいいたいことを的確に述べておられます。  TAKATOKU様  当時は典型的な貧乏暇なしで,タイムリーに応援できずにすみませんでした。 (そのほかにも権威的なAwaji様を怖がって応援できなかった方もいたでしょう。) 実は,小生も、KANAK-Awaji様とはいくつかの点で意見を異にしていました。 それ以外は,さすがに博識な方々で,お説にも説得力がありました。 正直なところ井沢先生のお説もかなり劣勢だったでしょう。 それでも、歴史に(小生はすべての学問にと言いたいですが)「絶対」は 無いと思いますので,井沢先生が完全に間違っているとは判断していません。 したがって、「公式に撤回宣言せよ」という発言があったときには そのつど、抗議して来たつもりです。 野球でも9回2アウトから逆転される事は良くありますから、試合放棄はね・・。 今後の冷静な歴史談義を楽しみにしています。  矜羯羅童子様  歴史教育への拙論に対する一定度のご理解ありがとうございます。 輔住様と同意見で事足りるかもしれませんが,蛇足的に意見を書かせてください。  井沢先生ご本人が,手記に○○党という具体的な政党名を挙げたのは, たとえ真実であってもまずいし、政治的な講演かと誤解を招く発言だと思います。 講演内容は聞いていませんので,推測でしかありませんが、 講演は「改憲論」ではなく,歴史の見方のお話だと思われます。  小生は政治的な事でも学校教育の場で議論すればよいという意見ですが、 (議論しやすいので極論でも可)それは個人的な見解ですので その点は置くとしても,それで講演を反対するのはおかしくありませんか? あまりに現場の教師方や生徒に対する信頼がなさ過ぎませんか? おそらく主体は政治・憲法の話ではなかったでしょう。 (もちろん井沢先生はすべてを有機的に関連させて解釈されますから, 全く言及されなかったとは言いません。) 小生の言葉足らずでもうしわけありませんが,反対者の意見は 「講演者は改憲論者だから、歴史の話でもダメ」 と書くべきだっかかもしれませんね。だとすればやはり問題ではありませんか?  それで、歴史の方ですが,以前にも小生は申し上げたのですが, 井沢先生のアプローチは、たとえば宗教とか言霊とかという「公理系」を立て, その視点で歴史を眺めなおしたらどうなるかの試論を述べていると考えます。 理系では自然な事ですが,この点は小生のまずい説明では, KANAK様にもAwaji様にもその価値を認めていただけませんでした。 「公理系などというメガネで歴史を観てはいけない」と・・・。 でも理解して欲しいのですが,これは有効な一つのアプローチだと思いますし、 実際それしかないような分野も多く存在します。(政治もその一つかも・・) 推測するに,唯物史観なるものへの嫌悪感が残っているように思います。 でも井沢先生の文章は平易で,納得しやすい反面、批判もたやすいと思います。 議論する材料としては,適切だと思うのですが・・。 しかし、このアプローチは、専門家でも大変な作業だと思いますし, 井沢先生個人で挑まれるのは、かなりの労力を注いでいると思います。 そのなかで、通史への初めての試みとして「逆説の日本史」が始まったと 理解していますので,多くの細かなミスや一寸偏り過ぎの論も当然あるでしょう。 ただ、こういったアプローチの性格上、「すべての歴史解釈の多面的可能性」を 求めるのは無理だと存じます。 もちろん、多くの具体的批判を受けて修正していくべきだとは考えています。 (井沢先生,エラソーなこといってゴメンナサイ) そのつもりで,このBBSが少しでも役立てばと思って、KANAK様やAwaji様といった 権威的な方々とも素人なりにおそれずに意見を述べてきました。 その点,具体的な部分においてご批判頂けるのはありがたい事だと思います。 したがって、矜羯羅童子様もこの方々と同様に、個別的・具体的な議論で, 批判されるのはかまいませんが,一般論として述べられると,事情が異なるので だらだら説明せざるを得ないと言いたかったのです。  ところで一つ疑問なのですが,適正な政治感覚はどこで学ぶべきなのでしょう? 小生は前述のように、基本的な政治的批判精神は学校で学ぶべきと思いますが, 矜羯羅童子様は社会人になってからというご意見でしょうか? それでは遅すぎないでしょうか? たいていの人は職場の政治的論理(?)とか、 単なる個人的利益とかに押しつぶされるのではないでしょうか? あまり日本人は正常な政治感覚が育っていないように見うけますが・・ (こういうとAwaji様なら、一般論で語れない!と批判されるでしょうが・) Time : 2000/ 6/30(金) 10:40:52
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : t−rex様、訂正です Comments: 送ってから気づいたのですが, >反応が送れて は、もちろん >反応が遅れて の間違いです。どうもすみません。 すぐに御分かりいただけるとは思いましたが 失礼をお詫びいたします。 Time : 2000/ 6/30(金) 10:46:43
Name : 矜羯羅童子 E-mail : Title : 両刃の剣、、 Comments: 輔住さま、大阪JF生さま、t-rexさま、こん@@@。 それぞれ貴重なご意見をいただきました。こんごも具体的で実のある意見交換に なってほしいと思います。 まず輔住さまのご意見に関し、「言論の自由」についての私の補足です、、、 (一部、大阪JF生さまのご意見にも関係します。) 輔住さまや大阪JF生さまのご年代は存じませんが、かって左翼華やかなりしとき、 言論の自由を武器として、講演の名のもとにプロアジテーター中高教育の場に送 り込み、未熟な中高生に左翼思想教育を強行しようとした団体もありました。 これに抵抗した良識的教師は、未成年者の教育の場に言論の自由という概念はふ さわしくないとして、青少年を左翼汚染から防いだ面もあったのです。 (左翼汚染は不穏当な表現ですが、私の主観的な感想です。) 現在においても、このような団体が有するアジテーターの質・量は、ものすごい ものがあります。仮に彼等が井沢さんの議論を逆手にとって、X職員団体と連携 して、言論の自由の名のもとに中高生に思想教育を推進しょうとしたらいかがで しょう? 私は、言論の自由という両刃の剣を青少年教育の場に安易に持ち出してはならな いと思いますし、それが民主主義の原理に反しているとも思いません。 それは民主主義の原理を誤解していることに加え、こう言った危険な一面がある からなのです。(過去の問題ではなく、現在もなお存在していると思います) 井沢さんは、この危険性をご存知のうえで、高校生集団対象の講演会における民 主主義の原理や言論自由を論じておられるのでしょうか?  私にとっては、短絡的かつ自己中心の安易な論法としか思えません。 井沢さんが、、、 高校教育の場において、言論自由が一定の制限を受けるのは当然であり、その許 容範囲が社会的に論じらるのも当然である。 しかし、その許容範囲についての最終的判断は教育の責任者(校長です)に委ね られるべきである。 そしてその最終的判断が出た以上、さらに阻止行動をとるのは民主主義のルール からして妥当ではない。 とおっしゃるのならば、私にもまったく異論はありません。 なお私は、既にもうしあげたとおり、井沢説は高校生を対象として論じるには適 切なものとは思いませんが、教育責任者が充分にご検討のうえで、適切なものと されたならば、それはそれで結構だと思います。 教育責任者の判断の妥当性は、別途論じるべきものだとは思いますが、、、。                                 (続く) Time : 2000/ 6/30(金) 17:03:42
Name : 矜羯羅童子 E-mail : Title : 続き(一般論です)、、、 Comments: 大阪JF生さま、KATATOKUさま、続きです。 大阪JF生さまのご意見についてです、、、 >>特に意見の相違点として「歴史は基本的に現在から見なおすべき(ある >>時期の事件はその後も含めて評価すべき)」とのご意見をおっしゃって >>おられたと思います。(違っていたらご指摘ください) >>ソビエトが崩壊した後でもフランス革命等の評価が変化しないような歴 >>史学なら役に立たないという持論です。 その必要があれば時代の推移とともに、常に歴史事象の再評価がなされる べきだということでしょうか(ちょっと違っていますか?) 一般論としては、こういったことについては、どなたも異論がないと思い ます。 また過去の歴史が、その後の歴史の動きや現在にどのような影響を与えて いるかを考えることの大切さも、どなたも同じよう理解されていたと思い ます。 例えば、ソ連の崩壊に伴い、ブルジュア革命・プロレタリア革命必然論を 採っていた学者は当然にその評価をかえるべきでしょう。 しかしその科学的必然性を否定していた学者にとっては、自説の正しさを 証明したことになるでしょう。 ですから、その評価を変化させるかどうかは、立場によって異なるのでは 無いでしょうか? KATATOKUさま、、、 >>表層的な要因分析も大切かと思いますが、深層的な要因についても考察 >>すべきだと考えています。 この点に関しても同様だと思います。みなさまは個々の歴史事件について、 いろいろな要因分析を行った上で、どの要因を主なものとすべきかを、そ れぞれの史料や状況理解に基づいて議論されたのでは無いでしょうか? ところでTAKATOKUさま、質問には何時になったら具体的にお答え頂けるの でしょうか? (さらに続くかも?) Time : 2000/ 6/30(金) 22:05:37
Name : TAKATOKU E-mail : Title : 応援は。。 Comments: 大阪JF生さん、こんにちは。 Oosaka-JF-sei san wrote (6/30): > タイムリーに応援できずにすみませんでした。 いえいえ、応援は結構です。とゆーか、無理だと思います。 大阪JF生さんと私とではズイブン考え方が違うからです。 ただ、言葉が通じるという事はズイブン有り難いことだと痛感して います。 > 野球でも9回2アウトから逆転される事は良くありますから、試合 > 放棄はね・・。 「0−9」でしたっけ? ちなみに、私なら、負けているどころか、引き分け状態でも、 井沢ファンは辞めますけどね。 ina氏ほど極端でないにせよ、ここに投稿する井沢ファンは結構 『逆説の日本史』に書かれていることを信じていたみたいですね。 私は、あんまり信じていないどころか、逆に、批判の少なさに驚い ている位なのですが。。。 私のような無知な人間でも批判したい 箇所がある位ですから。。 私が、井沢ファンをしているのは、そ れでも、価値があると考えているからです。Awaji曲解王が去っ た今、今度こそ正常な批判の場になって欲しいものです。 Time : 2000/ 6/30(金) 23:21:41