Name    : Toshy
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Title   : 朝鮮出兵における石田三成の戦略眼
Comments: 
三成の最大公約数のイメージとして、
戦場に出た経験が少ない、があるのではないでしょうか。
そして経験がないために関ヶ原で負けた、
という考え方が、まことしやかに広まっていると思います。
今回の三成贔屓は、この定説を打破したいと考えております。

秀吉が半島に送り込んだ兵力はおよそ16万、
また後詰めとして九州地区に10万ほどの軍を駐屯させました。
14世紀から15世紀の頃、世界でこれほどの兵を動員できたのは、
日本以外にオスマントルコとムガール帝国しかなかったといわれています。
その兵站輸送を引き受けたのが、石田三成でした。
日本の軍人には補給の観念がまるでなく、
明治時代にヨーロッパの軍人が日本に指導に来た時あきれたといいます。
しかしそんな中で三成は、大局を見る目を持っていました。
日本の歴史上の人物で、補給のエキスパートはほかに見当たりません。
それほどに三成という人物は、日本史の中でも希有の存在です。

 さて朝鮮です。史実はあまり知られていないので少し説明すると・・・・
 最戦線は僅か2ヵ月でピョンヤンまで進みました。
 日本兵が各地の敵の城とその食糧を奪うことによって、
 多数の兵を賄うことが出来たのです。しかし実のところ戦線は進んだだけ、
 日中戦争と同様に「点と線」を押さえたのに過ぎません。
 敵から奪った食糧も底をつき、奪う限度も見えてくると、
 今度は民間人から徴収するようになっていくのです。
 「日本の戦は食べ物を奪うための戦いだ」という評を、
 宣教師フロイスがしたそうです。
 日本では食糧を徴収しても同じ民族だから抵抗はないのでしょうが、
 外国となるとそうはいきません。
 民衆の反感を招き、義軍が蜂起して日本軍を脅かすのでした。

三成に戻ります。
輸送ルートが延びきってしまいました。
しかし戦線では度重なる勝ち戦に気をよくし、秀吉までもが明入りを命令。
その中で三成だけは、戦線の撤退を主張していました。
>戦線の城には食糧がなく、輸送路は人がいないため連絡も乏しい。
>日本の一カ国(今でいう「県」ですね)の広さに兵は2000人ほどしかない。
三成はこのように主張し、戦線の拡大よりも民政を第一としました。

この時武将たちは戦いつづけ、歴史が示す通りの結果となりました。
明の援軍が朝鮮に来ると、日本軍は次々に撃破されていくことになるのです。
ピョンヤンを失った日本軍、
ソウルから北西約50Kmのケーソン(開城)に集結。
小早川隆景はこの地で明を迎え撃つとするのですが、
三成は今のソウル(当時は漢城)への撤退を主張。
武将たちは三成を臆病者と決めつけ、戦いをつづけようとしていました。
小早川隆景ほどの戦上手も戦線の深刻さを理解せず、
ケーソンの要地にこだわったのです。
しかし三成の説得に、隆景もやっと応じました。

補給の可能な地に大軍を撤退させる、口で言うのは簡単ですが実行は難しい。
日中戦争の時の軍人には、この決断の出来る人は誰一人としていなかったのです。
三成の真骨頂は、局地戦ではなく大局の戦いであったのです。
朝鮮との戦いがどうなったかを考えれば、それが証明されるのではないでしょうか。

いや、三成の局地戦の巧みさを証明する史実もあります。
三成はケーソンを撤退した後、ソウル近郊の高地で明軍を迎え撃ち、
大勝をおさめることとなりました。
明軍はピョンヤンまで下がり、隆景も三成に感服することとなったのです。

秀吉はケーソンから諸将が撤退したことに腹を立て、問罪使を送りました。
隆景、行長らが黙りこくる中、
三成は朝鮮出兵が無理な戦いだったことを論じ、秀吉を納得させました。

Time    : 1999/10/ 2(土) 00:29:39

Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「刀伊来寇」?? Comments: みなさん、今日は。Awajiです。 「顕幽分離は」暫らく置くことにして、多少これに関係しますが・・・ 「刀伊来寇の論功行賞と言霊」についてです。 安部さんや、佐波比呂さんのお勧めにより、「逆説の日本史4巻」をザッ ト拝読したのですが、そこに大宰権帥「道隆」等に対する刀伊来寇の論功 行賞と言霊に関する記述がありました。 Awajiは、平安時代については特に不案内なのですが、この問題は単に東 アジアにありがちな中央貴族の繁文縟礼、先例形式主義、現実逃避、武功 軽視、武官蔑視・・・さらには藤原氏内部の権力争いによるものであって、 言霊とは余り関係が無い様に思うのですが・・・ この部分をお読みになった皆さんは、どの様にお考えでしょうか? ご意見(Awajiの理解不足であれば解説でも結構です)をお聞かせ頂けな いでしょうか? Time : 1999/10/ 2(土) 22:03:24
Name : 大一大万大吉 E-mail : Title : 三題 Comments: Sin氏への返答 貴殿の石田三成を誹謗せざること知れども、 三成が能力を過大に評価すべからず。 三成佐和山蟄居の身なり、浪人が同様の身分なれば、 いかに才あれども他に与ふる力これなし。 Toshy氏 開城(かせんほ)を捨て漢城に退くは、ただ食糧がためにあらず。 若し兵糧満ち足りて篭城せんか、 明が用ふる大砲火を噴かば日本兵皆無人に罷成たるゆえなり。 この大砲すなはち、三成が関ヶ原で用いたるフランキー砲なり。 大砲野戦に用ふるあたわずして、 三成が戦略は明軍の日本軍を追撃したるを迎へ、 多数持ちたる火縄銃にて斥けんがためなり。 猶貴殿が言、史実に忠実なるものなり、若し「三成贔屓」なりと云はんか、 皆三成を過大評価するものと誤解するものなり。 かつての貴殿に対する誹謗中傷、 みな史実を知らぬものの浅はかなる戯言なれば、 なんぞ気に病むことやあらん。 yokopar氏 あるかもしれませんが、むしろ町に出て仕事を探したのではないでしょうか。 現在の日本の税法でも、漁師には「変動所得」というものが適応されます。 これは、その年に大漁でも翌年も大漁とは限らない、 つまり大漁の年の収入で課税されたら、 不漁の年は破産しかねないから、というものです。 農家にも豊作不作はありますが、この「変動所得」が適応されないのは ある程度安定した収入が見込めるからなのでしょう。 俺も詳しく知らないけど。 Time : 1999/10/ 2(土) 23:50:49
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : Awaji様、遅すぎる返事ですみません。 Comments:  Awaji様、ご意見いただいておきながら、 返事が遅れてすみませんでした。先週は出張等で 時間が余り取れませんでした。しばらく留守にすると、 本当に取り残されている感じです。  さて、古い話で恐縮ですが、 「救世観音と「源氏氏族・・・重ねて井沢さんにお願いします」??」 でお返事いただいた部分から、感想を述べさせていただきます。 一定度ご理解いただいてありがたく思いますが、特に教育的配慮 という点では、小生はKANAK様とも意見が異なっていましたし、 今回のAwaji様のご意見も、単なる引用でなく、その線に 沿っておられると理解して、率直な意見を書いてみます。  基本的には、逆説の日本史は週刊ポストの読者向けに書いてあると 思います。したがって、中高生の読者は連載時ではほとんどいないと 思いますし、小生も含めて >基本的知識も不充分で、論理構成も未熟な中高生も沢山居る筈です。 は、 基本的知識も不充分で、論理構成も未熟な中高年も沢山居る筈です。 と読みかえるべきだと思います。(受験にかかわる中高生は、 逆説の日本史にとらわれれば、歴史で受験できないでしょう。) 実際の読者は、歴史の専門家より、まったくの素人ばかりではないかと 推察しますし、小生も学生時代は歴史がキライでした。 その理由は以前にも述べたのですが、学校での歴史は「史実」の羅列に過ぎず、 自分自身の現状認識・未来認識に何の役にも立たないように見えましたし、 特に小生はマルキストの教師から教わった時代もあって、全く感覚的には あわないものでした。 そういった、歴史音痴たちの目を開かせ、歴史考察に現状認識・未来認識にも 重要な意味を付加したのが、逆説の日本史の役割ではなかったかと思います。 その意味で、教育的価値は十分にあるでしょう。 ここで、断り書きをいれておかなければ誤解を生むと思いますが、 小生は「真実のみを(学校などで)教えよ」という意見とはぜんぜん違います。 (そうすると、歴史を教えることは不可能に近いほど困難でしょう。) 自然科学すら暫定的仮定にすぎないと認識していますので、 一つの観方・知識として、教えて良いと思っています。 (小生は、知的アナキストを目指しています。もし興味をお持ちでしたら、 ファイヤアーベント「方法への挑戦」をご参照ください。) ただし、あくまでも「これは唯一の真実だ」という教え方をしないことが 大前提です。じっさい、学校の教科書はしばしば間違ったことを書いていますし、 小生の専門に近い理系の分野でも、かなりの間違いを含んでいます。 問題なのは、間違っていることに気づかずに教師たちが教え込むことで、 仮説や記述が違っていることではありません。 むしろ間違いがありえることを教えるほうが大切だとさえ考えています。 (そうすれば、原発や核燃料処理が「100%安全」という嘘は見抜けます。 ちなみに、井沢先生のご意見の中で、原発支持の部分のみ小生は反対です。 どうして、安全なエネルギー確保のための研究をもっと推進し、 原子力を見捨てる方向にならないのでしょうか・・・。 すみません。少し脱線しました。) アメリカの歴史教育では、「定説」を教えることよりも、多くの説を立て、 討論させる授業が重視されていると聞きます。(このHPに似ているのでは?) そう言う文脈で、小生はたとえ中高生が読んでも問題は無いと考えます。 (逆説ですから・・) また、多くのご批判を受けていますが、小生は井沢説が根拠の無い物だとは 全く思いませんし、間違っているとも思いません。野球の試合にたとえて言えば、 KANAK様やAwaji様たちのご批判によって、序盤戦で「9対0」 くらいの部分も有るかもしれません。 それでも、決着がついたとは決して言えないでしょう。 (どこかの球団は最後まで、「メーク・・・・」と言っていました。 プロ野球では今年は特にひっくり返る試合が多かったように思います。) 決着がつくまで、優勢なほうの意見以外は公開してはいけないのでしょうか? ちょっと、言論統制的なご発言には違和感を感じます。  それから、ヒストリーの件でもご意見を求められていましたので、 ついでながら・・。たしかにちょっとのめり込みすぎておられると小生も 思いますが、根拠の無い荒唐無稽なことは言われていないように思います。 >いわれなき学説・学者不信を招くが如き論説 とおっしゃっているのは、 >>残念ながら今の日本の歴史学界では、縦割り行政のような >>専攻制度を採っているから、 などの部分でしょうか?たしかに「縦割り行政」は悪口として使用されることが 多い言葉ですが、実際の現象として、全く見当はずれなのでしょうか? 少なくとも小生が見聞きしている理系の学者世界でも、似たようなことがあり、 「歴史学会」に限定される点がむしろ良くないと思います。 これは、学者たちが専門性・厳密さを尊重することによって生じた一現象で、 分業化・細分化・専門化が進みすぎたがゆえに、足かせになってしまった 確かに存在する現象だと捉えています。今回の論説では、その現象以上には 学会批判はなされていないように思いますので、「いわれなき」というのは 妥当ではないように思います。  ちょっと時期はずれな上に長くなりすぎましたので、この辺できりたいと 思いますが、最後にお願いがあります。出来るだけ個々の具体的な内容について、 ご批判いただければ有りがたく存じます。(KANAK様とも最終段階では そのつもりで議論していました。 議論のあと、どのように行動すべきかは、 このような場では、他人が余り強制すべきではないと思います。) その意味で、「救世観音と「官職と権能」??」での >・・・ところで「武家の官位」と「顕幽分離思想」の関係について >解説をお願いしたのですが、いまだにコメントがありません。 という部分は、いつどなたになさったのか見落としてしまったのですが、 (もはやその事実はどうでもよいのですが、) お手数ですが、質問されているのはどんな内容のことか、再度教えて いただけませんでしょうか? 実り有る議論を望みたいと思いますので、 よろしくお願い申し上げます。しばらくこの話題を置きたいとおっしゃって いますが、もしそうならば、その話題が出たときで結構ですが、 一応次の話題に入る前に、お願いをしておきたいと存じます。 Time : 1999/10/ 4(月) 12:27:00
Name : Awaji E-mail : Title : 「刀伊来寇」ミス訂正です Comments: Awajiです。「刀伊来寇」コメントのミス訂正です。 ”大宰権帥「道隆」等に対する・・”       ↓ ”大宰権帥「隆家」等に対する・・” 正当です  兼家 │ 道隆ーーーーーーーーー道長 │ │ 伊周ーー隆家 頼通 「隆家」は「道長」の最大のライバルであった「伊周」の弟であり、花山 上皇事件の張本人として失脚(権中納言から権出雲守に左遷)しますが、 まもなく赦免本位回復され、 「伊周」没後に自ら大宰府権帥を望み正二位 叙位のうえ赴任した人物ですね・・・とんだミスでした。 Time : 1999/10/ 4(月) 12:43:03
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「いろいろ・・・長文」?? Comments: 大阪JF生さん、みなさん、今日は。Awajiです。 ご丁寧なコメントありがとうございます。反論というわけではありません が・・・以下Awajiの考えを申し上げます。 >> 基本的には、逆説の日本史は週刊ポストの読者向けに書いてあると思 >>います。したがって、中高生の読者は連載時ではほとんどいないと思い >>ますし・・・ おっしゃるとおり基本的には「週刊ポスト」読者を対象としておられので しょうね。 (Awajiも、Nifty会議室で紹介されるまで全く知りませんでした) ただ、既に多くの巻が文庫本になっていますし、このHPにおいても高校 の先生から薦められた・・・、生徒に薦めたいと思っている・・・、歴史 の教科書として採用すべきだ・・・等の意見があったと思います。確かノ ムさんも当時高校生?だったのでは無いでしょうか?? Awajiが万葉集レプチャ語論を読んだのも、中学生の頃だったと思います。 その様な背景のもとで申し上げているものです。 >>基本的知識も不充分で、論理構成も未熟な中高年も沢山居る筈です。と >>読みかえるべきだと思います。 勿論大人の方にも同様の問題はあると思いますが、敢えて言えばその方々 は自己責任において判断されれば良いと思いますので、特に中高生と限定 させて頂きました。 >>小生は「真実のみを(学校などで)教えよ」という意見とはぜんぜん違 >>います。(そうすると、歴史を教えることは不可能に近いほど困難でし >>ょう。)自然科学すら暫定的仮定にすぎないと認識していますので、一 >>つの観方・知識として、教えて良いと思っています。 基本的に賛成です。Awajiも歴史の真実は100%解明できないと言う考えで あり、現在判明していると思われる事象を如何に整合的に解釈すべきか、 その蓋然性の高低を通じて歴史の真実にアプローチするのが精々だと思い ます。(学生にもそう言った教育をすべきでしょうが、一般教養段階では 現在の通説的知識を与えるに止まるのも、いたし方無いとは思いますし、 それら通説的知識の重要性は否定できないと思っています・・) ある意味でAwajiが井沢さんにお願いしたいのも正にその事なのです。井 沢さんの記述には「真実はこれだ!これを理解できない学者は無能である ・・・」と言わんばかりの押し付け的議論が多すぎるのではないでしょう か?? 「通説にはそれなりの根拠があるが、一方こういった切り口で歴史をみる ことも可能ではないか・・・」と言う論調であれば大歓迎なのですが・・・ >>決着がつくまで、優勢なほうの意見以外は公開してはいけないのでしょ >>うか?ちょっと、言論統制的なご発言には違和感を感じます。 失礼ながら、これは完全な誤解です。Awajiは様々な異見を発表されるの は大いに結構だと思いますし、そのご努力も充分評価しているつもりです。 しかし一方では、その異見に対し真剣に批判するのも些かの意味があると 思っている者です。 従って井沢さんには、失礼を省みず率直な意見を述べさせて頂いておりま すし、井沢さんご自身にも例えドシロウトの批判であっても謙虚に耳を傾 け、仮に再考すべきところがあれば、自説に固執されず勇気をもって再考 され所説の整合性と論理性を磨いて頂きたいと期待してるものです。 (勿論批判が的外れであれば、再考される必要はありませんが、批判にた いして全く無視されるお積もりであれば淋しい限りです。)   >>たしかに「縦割り行政」は悪口として使用されることが多い言葉ですが、 >>実際の現象として、全く見当はずれなのでしょうか?・・・ >>今回の論説では、その現象以上には学会批判はなされていないように思 >>いますので、「いわれなき」というのは妥当ではないように思います。 一般論として、見当はずれなご意見とは思いません。ただここで井沢さん が仰っているのは、次のとおり極めて具体的な学者批判です。 >> しかし今まで誰も気がつかなかったのが、源氏物語も顕幽分離の思想 >>で貫かれているという事実である。私はそれに初めて気がついた。歴史 >>学専門の学者が私の著作に対していかに悪口を言おうと、この発見だけ >>は認めざるを得ないだろう。藤原氏の陣営にいた紫式部が、なぜ藤原氏 >>の最大のライバルであった源氏が天下を取るという小説を書かねばなら >>ないのか。こんな変なことはないのだが、それはおかしいということを >>、これまで誰も問題にしなかったのである。何故そうなのかといえば、 >>まるで縦割り行政のように歴史学者は自分の専門だけ研究し、国文学者 >>は逆に政治の世界を研究しようとしないからである。 これでは「国文学者」は当時の政治の世界を研究しようとせず、そのため に「源氏物語」の本質を理解できていない・・・と言われているようなも のではないでしょうか? (少なくとも国文学者の論文を見ない方々は、そう受け取るでしょう?) しかしながらAwajiの知る限り「国文学者」の方たちも当然ながら紫式部 の生立ちを始めとして当時の政治情勢についても真剣に研究されており、 「歴史学者」の方は「源氏物語」を最高の史料として政治・社会・慣習を 研究され、その結果井沢さんとは異なる結論を導き出されているものです。 また「源氏物語」の本質についても井沢さんが自信満万で「この発見だけ は認めざるを得ないだろう」と言うようなものではけっして無い筈です。 (理由は一応申し上げた積もりです) Awajiが「いわれなき学説・学者不信を招くが如き論説・・・」と申し上 げたのは、この様な学者の研究努力を無視するかの如き表現のことです。 >>その意味で、「救世観音と「官職と権能」??」での・・・・・・ >>お手数ですが、質問されているのはどんな内容のことか、再度教えてい >>ただけませんでしょうか? 実り有る議論を望みたいと思いますので 概ね次のコメントのことを申し上げたものです。 >救世観音と「武家官位」?? >・・・とここまで当り前のことをグダグダと書き進みましたが、Awajiは >一体何が言いたいのか、分からなくなりました。 >そもそも武家の官位・官職と「顕幽分離思想=怨霊鎮魂のため怨霊の求め >るモノを幽事として与える」を関係付ける論理って何なのでしょうか? >顕幽分離思想に詳しい方のご解説をお願いします。 >Time : 1999/ 9/15(水) 10:28:01 >救世観音と「南朝正統論」?? >以上「顕幽分離論」で上げられた諸問題について、ささやかな疑問を呈し >ます。勿論Awajiは古代史に若干の興味を持つ仏像オタクに過ぎませんか >ら、この様な日本史全体の問題に付いては基本的知識も不十分で、多くの >誤認があるかも知れません。諸賢の具体的批判を是非お願いいたします。 >Time : 1999/ 9/15(水) 22:01:18 これに対し、ご意見をお寄せ頂いたのは主として大阪JF生さんの次のコ メントのみだったと思います。(「太平記」については安部さんの意見あり) >>一連の御説は、ほとんど納得のいくものですが、源氏物語については少し >>異論があります。 >>Time : 1999/ 9/16(木) 09:49:30 従って・・・ >「武家の官位」と「顕幽分離思想」の関係について解説をお願いしたの >ですが、いまだにコメントがありません。 と申し上げたものですが何方に係わらず、ご解説頂けるならば是非お願い します。 Time : 1999/10/ 4(月) 22:14:44
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : Awaji様、お返事ありがとうございました。 Comments:  丁寧に解説いただき、ありがとうございました。 少し誤解していた部分があったこと、お詫び申し上げます。  源氏に関しては、確かにおっしゃるように強引過ぎるところ が有りますね。以前触れましたように、きちんと源氏物語多作者論 から、「原源氏物語」仮設等を押さえて主張しなければ、議論として 全くテイをなしていないと小生も思いますが、それらを熟知したこのHPの 読者のみに心のうちを述べたつもりだと小生は了解していました。 (冒頭にそのような主旨の文章があります。) しかし、多作者論はおろか「原源氏物語」仮説も一般には認められていない 時点で、この仮説に立脚した結論をみんな認めざるを得ないというのは 言い過ぎで、その意味で、以前「議論として失格」と申し上げました。 ただ、このような源氏仮説批判は、ヒストリーの文章以後の物ですので、 それに対するリアクションは、含まれないのは仕方ないと思います。 (それで、この件を除外していました。) 井沢先生も、もう少しさめた目で慎重にご意見を述べられるように 小生も願っています。 >「通説にはそれなりの根拠があるが、一方こういった切り口で歴史をみることも >可能ではないか・・・」と言う論調であれば大歓迎なのですが・・・ には、おこがましいですが、大賛成です。 (ちなみに小説「GEN」などは、結末を除外して純粋に議論としてみれば、 そんな感じなのですが・・・)  このようにご意見も納得できますし、概ね小生の主旨もご理解いただいて ありがたく存じますが、蛇足ながら小生の望むところを、再度のお礼も兼ねて 少し述べさせてください。 (了解済みと思われるならば、このパラグラフは飛ばしてください。) 以前、「禅宗テーゼ」にからんで、ウェーバーがアメリカ資本主義の 精神的基盤をプロテスタンティズムに求めたように、井沢先生は日本では 「禅宗」に求められました。それに対し、Awaji様は、もっと以前からの たとえば、天皇自身が稲作を行うような勤労精神が基盤ではないかと ご意見されました。それで、小生も日本書紀に継体天皇自身の、 「天皇も稲作、皇后も養蚕すべし」という宣言を発見することが出来ました。 これは、小生にとってかけがえの無い収穫でした。本当に感謝いたしております。 しかし、この言葉の重要性は、一般の歴史学でも取り上げられているのでしょうか? そこが、小生の言いたいことなのですが、(Awaji様はお嫌いかもしれませんが) 「われわれ日本人が(今)なぜ・・・・なのか?」という問いには、 ほとんど通常の歴史(学)は答えてくれていないように思います。 小生は、歴史の存在価値は現状(および未来)認識のために有るという 視点ですので、これでは全く興味半減です。 しかし、井沢説は極力そういった問いに答えようとされています。 たとえ未熟な説でも、「禅宗テーゼ」で一歩を踏み出さなければ、 (継体天皇の)勤労重視宣言が日本資本主義の精神的基盤になっている という(小生にとっては有力な)「仮説」にはいたらなかったでしょう。 これは、うまく行ったケースかもしれませんが、まことに勝手ながら、 Awaji様との議論の中で、このような「創造的ディスカッション」が 出来ればと望んでおります。  さて、質問にお答えいただき、ありがとうございました。 小生は顕幽分離思想に詳しく無いので、自らを除外していたようでした。 ただ、「そう言ったことは確かに有るな」程度には感じています。 それで、この件での井沢説は、現状認識を深める取っ掛かりとして、 あらゆる可能性を探り、疑えるものはみんな疑っているレベルだと思います。 決して最終段階の結論では無いと思いますので、まだまだ未熟なレベルである ことは否めないでしょう。それを読んで一応納得している小生たちはもっと未熟です。 そのレベルでの意見として了解していただきたいのですが、 「大岡越前守」のように「名前」と「実態」にずれがなぜ生じてしまったのか ということについての一つの観方が、顕幽分離思想だったと思います。 (純粋な意味ではなく顕霊分離から派生するひとつの「傾向」と小生は考えます。) この件について、Awaji様ご自身かどなただったか失念してしまいましたが、 官位についての研究はすでに存在することを指摘されていたと思います。 その中で、井沢先生の官位理解にいくつか誤りがあることも指摘されていたと おぼろげながら覚えています(かなり前の記事は取り出すのが困難です)。 ただ、小生の頼りない記憶で申し訳無いのですが、それが「名前と実態に なぜずれが生じたか」の答えであったかどうか忘れてしまいました。 それについての答えが、通常の「歴史」にきちんと触れられていないという ことがおそらく井沢先生の不満であり、小生自身も上記の意味で不満です。 Awaji様なら、どうお答えになるのでしょうか? (もし、すでに触れておられましたら、記事の月日をお教えください。)  実際には、Awaji様が該当記事で分析をはじめられたように、 もっと大きな問題が絡むように思います。顕幽分離というか本音・建前分離と いうか(これらを井沢先生は強引に結び付けておられるのでは?)結構日本では 多くありすぎるように思います。 律令体制を取りながら、令外官を設けたり、律令より法度などのような 低い位置の法律の方を重視したりというのは、現在でも憲法の精神的な位置付けと かかわっている問題だと思います。それらの本音・建前分離的な傾向が、 何らかの歴史的説明で解決できないかなという問題意識を持っています。 小生はその意味で顕幽分離でなくても良いのですが・・・ どうもまったく役に立たないことばかり書いて申し訳有りません。 ご意見いただければありがたく存じます。 Time : 1999/10/ 5(火) 11:04:01
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「建前・本音雑感」?? Comments: 大阪JF生さん、今日は。Awajiです。 早速のコメントありがとうございました。Awajiの拙い説明をご理解いた だき感謝にたえません。なお官位についてはこの問題以前にコメントした ことがありませんので、別の方だと思います。 >>顕幽分離というか本音・建前分離というか(これらを井沢先生は強引に >>結び付けておられるのでは?)結構日本では多くありすぎるように思い >>ます。律令体制を取りながら、令外官を設けたり、律令より法度などの >>ような低い位置の法律の方を重視したりというのは、現在でも憲法の精 >>神的な位置付けとかかわっている問題だと思います。それらの本音・建 >>前分離的な傾向が、何らかの歴史的説明で解決できないかなという問題 >>意識を持っています。 以下・・・本件に関するAwajiの幼稚な感想です。 既に多くの学者や評論家が、より詳細に指摘しておられる処だと思います が・・・ 日本における本音・建前分離的傾向を理解する”一つの鍵 ”は、固有の 「倭文化」と「漢文明=文化」受容の葛藤にあるのでは無いかと思います。 (言わば「グローバルスタンダード」と「ドメスティックスタンダード」 の葛藤です。) Awajiは縄文後期から弥生中期にかけて、様々な人種・部族のカオスが次 第に統合され「倭文化」とでも言うべきものが形成されたと考えています。 しかしながら東アジアには、凄まじい光芒を放つ「漢文明=文化」が存在 しています。 倭人は「倭文化」の中に如何にして「漢文明=文化」を取り入れるべきか、 或いは取り入れざるべきか・・・・これは邪馬台国期から江戸期に到るま で尽きせぬ葛藤であったと思います。 その葛藤は、仏教・儒教受容が本格化した「聖徳太子」時代に強まり、律 令制度を受容した「天武」時代に一つのピークに達したのでは無いかと思 います。(隋唐の漢文明=文化の最も華やかな時代でもあります) この時期に・・・・・ @韓半島においては、その地政的条件もあり(三国鼎立と言う固有文化自 体の複雑さもあったかも知れません)固有文化をかなり切り捨ててまで 「漢文明=文化」のほぼ全面的受容に踏み切ったのでしょう。 A北方遊牧民は、生産手段が基本的に相違していた事もあって、固有文化 を固守し、殆ど受容しなかった様に思います。(一部は完全同化) 吐蕃、越南はどうか・・・良く分かりません。 B日本列島においては基本的に「倭文化」を残存させたまま「漢文明」を 部分的(表面的)に受容した様に思われます。従って権力・文化の多重 構造が不可避となり・・・・それが曖昧模糊とした「律令国家」となり、 「天皇制」となり、「家族制度」となり、さらには名実乖離の「官位・官 職」になったのでは無いでしょうか??? つまりは一種建前としての「漢文明」と本音としての「倭文化」が多重構 造的に混在しつつ「日本文化」として発展してきたのが、この国の特徴だ と思います。 そして「倭文化」には極めて原始的な「怨霊・言霊」と言うような思想が 色濃くその影を残し・・・一方「異能の技術者」を神格化し、勤労を貴ぶ 現実的精神から驚くべき「技術導入力」や「武断=封建政治」を発展させ たのかも知れません・・・和魂漢才? これは世界史的には、グレコ・ローマン文明の光芒と固有のゲルマン文化 の葛藤を経験した北欧諸国と一脈通じるものがあるかも知れません??? (ただ彼等はキリスト教と言う普遍文化を受容した点で、大きく異なるか も知れませんが・・・意外と思われるでしょうが、非にして似たるは「英 国」かも??) そして明治期以降は、さらに「日本(倭)文化」と「西欧文明」の葛藤が 加わり、さらに複雑化しているのかも知れませんね・・・和魂漢才洋術? あるいは我々は現在その葛藤のピークの時代を生きているのかも知れませ ん??? しかしこの経験は、「漢文明=文化」と「西欧文明」の本格的葛藤を演じ るであろう中国や、固有分化とイスラム文明の葛藤、さらに西欧文明との 葛藤を極めて短期間のうちに演じているアジア・アフリカ諸国にも何らか の指針になるかも知れませんし、人類文化が一元化に向かうのか、はたま た多元的要素を残すのかを決するサンプルになるのかも知れません??? (要するに極めて雑駁な戯言です・・・イイカゲンナ オオブロシキヲ ヒ ロゲテ スミマセンデシタ<(_ _)>ペコ) Time : 1999/10/ 5(火) 22:07:18
Name : 輔住 E-mail : Title : 少し遅いかもしれないですが... Comments: Awajiさん、みなさん、お元気ですか? 顕幽分離思想や源氏物語について明確なものは まだ自分の中にないので見てるだけでしたが 「南朝正統論」についていえばAwajiさんに賛成です。 「南朝正統論」を主張したのは徳川光圀であり、 彼は徳川が新田系を名乗ったことや 後醍醐も光圀も朱子学の影響が強いことから「南朝正統論」 を言い出したと思います。 「南朝正統論」が広まっていき倒幕にも 大きな影響がありました。 つまりそんなことを言い出したのは怨霊の影響を 重視する公家ではなく武家の方です。 この点から考えても「南朝正統論」=「顕幽分離」は 無理があるでしょう。 Time : 1999/10/ 6(水) 08:25:41
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : Awaji様へ、いつもお礼ばかり述べているようですが・・ Comments:  勝手な問題提起にもかかわらず、丁寧にご回答いただき、 誠にありがとうございます。 解説いただいた文章は、いつにもまして名文ですね。 良く理解できましたし、大風呂敷など、とんでもありません。 大まかにはそのような感じかなとも思っていましたが、 「和魂漢才洋術」(Awaji様の造語でしょうか?) にいたる流れが、ごく自然に描かれ、「言霊・怨霊」の 位置付けまでさらりとなさるところは、さすがですね。 (ただ、グレコローマン文明は良く知らないので残念です。) 良い勉強になりました。今後ともよろしくお願いいたします。 まずはお礼まで。 Time : 1999/10/ 6(水) 10:03:34
Name : 山賊 E-mail : Title : ずっと前からの疑問 Comments: 始めての書き込みです。 この国に始めて文字が入ってきた頃、多分木簡或いは竹簡で 入ってきたのだと思います。 この国では「ことば」で意志の伝達が行われていたのでょう。 我々は、「文字」と「ことば」を同時に理解しますが、 当時、「文字」を使用できる人は、極限られた階層の人だけ だったと思います。 この国の「ことば」と「文字」を支那語或いは古朝鮮語(?韓語) で表現していたのか、その辺のところが分かりません。 紙が伝わってから文字が普及した位のことは分かるのですが、 どなたか教えて頂けませんか。 Time : 1999/10/ 7(木) 11:24:30
Name : 日向守 E-mail : BZV03371@nifty.ne.jp Title : 大名の官名について Comments:  大阪JF生さん初めまして。日向守ともうします。以前フォーラムの方に官位に ついて書かせていただいた者です。前回書き込んだときにはかなり頭に血が昇って いたので思い出すのはいささか恥ずかしいのですけど、話題に出たことですのでち ょっと書き込ませていただきます。(そういえば、前回書き込みの時にはこの掲示 板自体かなり熱くなってましたね。KANAKさんの登場直後ぐらいでしたし。 実はあの時、大阪JF生さんが怖くてフォーラムの方へアップしたんですよ(^^; まさか、読んでいただいていたとは)  さて、前回の発言の要点を書くと、「江戸時代の官位については小川恭一氏が既 に詳しい研究をされていて、そこらの図書館に行けばその成果に触れることができ る」ということです。それによれば、官名はおおよそ代々引き継がれているそうで す。いろいろ細かい習わし(官名は通称なので規則というわけではない)があるので、 必ずしも父親と同じ官名を名乗っているわけではありませんが。例えば、土浦の土 屋家では但馬守,能登守と並んで当主が使う官名だったようです。複数有るのは、 (奏者番などに任命されたときの)先任者や老中と同じ官名は遠慮するという習わし があったための予備です。井沢先生が「老中の官位では?」と仰ってた相模守は皮 肉にも土屋家ではしょうがないから使うぐらいの官名だったようです。(使い始め たきっかけは土屋政直が老中だったときに使った官名だからみたいだけど)  で、ご質問の「何故名前と実体にずれが生じたか」ですけど、これって結構ツボ を突いたテーマなのではないでしょうか? つまり、今まさに学会でケンケンガク ガクやっていて、なかなか啓蒙書にまで結論が出てこない状態という意味です。ご 自身の専門のことを考えてみられれば想像が付くと思いますが、「こんな事簡単に 説明できるだろう」ということが意外と難しい課題だったりするものです。(私は歴 史が専門ではありませんが、専門としている化学の分野を考えると納得できます)  中世や古代(間違っても近世のテーマではないよな)の学者がどのようなことを論争 しているのかは興味があるところです。まあ、一定の結論が出るまで長い目で見て やりましょう。なにより、専門家が拙速で結論を出すのはいただけません。 Time : 1999/10/ 7(木) 21:23:15
Name : 日向守 E-mail : Title : しまった Comments:  前の発言。後半に改行入れるの忘れてしまいました。削除できないんですけど、 再発言した方がいいんでしょうか? Time : 1999/10/ 7(木) 21:31:38
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「言葉と文字」?? Comments: 山賊さん、はじめまして。Awajiと申します。 >>この国の「ことば」と「文字」を支那語或いは古朝鮮語(?韓語)で >>表現していたのか、その辺のところが分かりません。 率直な感想ですが・・・あまり難しく考える事はないと思うのです。 我々は幼稚園から小学校にかけて、日本語と言う言語体系を「漢字」と 言う文字体系により記録・伝達することを教わりました。 勿論「カナ」と言う表音文字を併用していますから、少し事情は異なり ますが、基本的にはこれと同じことではないでしょうか? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (おそらく先生は漢字に精通し、倭語を理解している渡来系人だったで しょうね。) 「我」と言う「漢字」は「ワレ」と言う意味を持っているのじゃ、しか しこの字を作った人々は「ガ」と読んでおる。 「泣」は「ナク」と言う意味で「キュウ」と読んでおる。 つまり「我泣」と書けば「ワレ(ハ)ナク」と言う意味になり、他人に それを伝える事が出来る。まあ「ガキュウ」と読んでも良いがそれでは 意味が通じまい。やはり漢字の意味を知って倭語読みをすべきじゃろう。 なに、お前の名は「ガコ」と言うのか? それならば「ガ」は「我」、「コ」は「呼」で良かろうで「我呼」とで も書いておけ!気に入らぬのか・・・ならば「雅呼」とでもしておくか! 「餓呼」でも良いがこれはチョット意味が悪かろうでな。 「ヤマ」か・・・「山」と書き「サン」と読む。何じゃ旅人の荷を奪う? 「賊」じゃが・・・倭語には無いか? やむを得ぬ「山賊」と書き、そのまま「サンゾク」と読むしか無いのう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー と言う事ではないでしょうか・・・なおこの表音表記法が万葉仮名として 定着し、さらに「カナ」に発展し「仮名文学」の隆盛をもたらします。 (この発達がなければ日本漢文学はあっても日本語文学は生まれません) 一方韓国では「吏読」という表音表記法的なものもあった様ですが、充分 発達せず、その後「ハングル」という表音文字を作成したのですが、漢文 表記優位の壁が厚かった為か残念ながら余り普及しなかったようです。 (従って、韓国漢文学は発達しましたが韓国語文学は著しく未発達でした) 漢文学そのものを読む場合も、日本では返り点とか助詞を使って日本語風 に読みますが、韓国では原則としてそのまま読み下しますね。 また原則的に「訓読み」は無く「音読み」だけのようです。 つまりは漢文明(文化)の「全面的受容」か「部分的受容」の差があるよ うな気がします。 ・・・ところで現在漢文では 「スタート」→「プログラム」→「アクセサリー」→「システムツール」 →「スキャンディスク」を開いて・・・と言う文章はどの様に表記するの でしょうか?「ワードプロセッサー」で上手く転換できるのでしょうか? こう考えると「カタカナ」「ヒラガナ」の使い分けは偉大な発明ですね。 Time : 1999/10/ 7(木) 22:39:07
Name : ネットキット E-mail : Title : 「南朝正統論」といえば… Comments: 井沢先生の本にもありしたが、「足利義満が天皇位の簒奪を目論んでいて、 半ば成功していた…」と、ありますが、これ、ひょっとして実は本当に100% 成功していた可能性はないんでしょうか? 後小松天皇の次の次の後花園天皇の出生が非常に気に成るからです。 彼の父の貞成親王は明治天皇が勅命をもって編纂させた「皇室系図」に 記載されている系図が ○─貞成親王─後花園天皇  と、成っていてはっきりと伏見宮栄仁親王とは書かれていないそうです。 これは、やっぱり義満が簒奪成功を示す証拠ではないでしょうか? だとしたら、現在の天皇家は「足利朝」ってことになってしまうんでしょうか? Time : 1999/10/ 7(木) 23:10:54
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 日向守様,はじめまして Comments:  日向守様,コメントありがとうございました。 また、お名前を失念してどうもすみませんでした。 記憶力が悪い上に,当時は熱くなっていたかもしれません。 小生も御恥ずかしい限りです。  このテーマも小生の問題のひとつで、確かに実際は大きなテーマの ひとつだと思いますし,井沢説の根幹のひとつでもあると思います。 大まかにはAwaji様がおっしゃった流れが自然だと思いますが、 日向守様のご意見同様,問題意識を持ちつづけていきたいと思います。 これからも、ご教示よろしくお願い申し上げます。 (決してこわがらないで、自由に発言なさってください・・・) Time : 1999/10/ 8(金) 10:47:18
Name : 輔住 E-mail : Title : はたして Comments: ネットキットさん、はじめまして。 >彼の父の貞成親王は明治天皇が勅命をもって編纂させた「皇室系図」に >記載されている系図が >○─貞成親王─後花園天皇  >と、成っていてはっきりと伏見宮栄仁親王とは書かれていないそうです。 そうなんですか!興味がわきますね。 でも「怪物」義満の血が入ってそうな人間は 後小松系の後は皇位とは縁がなくなりそうな気もします。 真相は闇のなか? Time : 1999/10/ 8(金) 13:48:59
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「皇統譜」?? Comments: ネットキットさん、輔住さん、今日は。Awajiです。 >>明治天皇が勅命をもって編纂させた「皇室系図」に記載されている系図が >>○─貞成親王─後花園天皇  >>と、成っていてはっきりと伏見宮栄仁親王とは書かれていないそうです。 チョット確認させていただきたいのですが・・・ @ネットキットさんが、この所説をお知りになったのは何方が何処で発表さ  れた論文によるものでしょうか? Aその論文には、どのような原史料によってこの事実を確認したと記述され  ていたでしょうか? Awajiは、公式「皇統譜」を見たことがありませんので、本当にその様に記載 されているのかどうか分かりませんが、チョット信じがたい気がします。 (仮に真実が”○─貞成親王─後花園天皇”であっても、その様に記載したの では「皇統譜」になりませんね。明治天皇がそれを公認公表すると言う事自体 が有り得ないような気がするのですが・・・・・)  Time : 1999/10/ 8(金) 15:19:46
Name : 山賊 E-mail : Title : 卑弥呼の頃 Comments: Awajiさん ありがとうございます。 でも分かったような、分からないような、、 魏の景初3年、卑弥呼が難升米を派遣したと 言われていますが、倭の王である「ひみこ」を 「なしめ」は、自らの王に「卑みこ」の文字を 使ったとは思えません。 当時、「倭」で文字が通用していたのであれば、 「日みこ」でも「妃みこ」或いは「比みこ」とでも 表記出来たのではないかと思うのです。 「倭」で「ひみこ」といわれていた者を、魏が「卑弥呼」 と表記したもの、思うのですが如何でしょうか。 239年頃、この国に文字は通用していなかった、とするのは 強引でしょうか。 Time : 1999/10/ 8(金) 18:30:31
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「漢字使用の始まり」?? Comments: 山賊さん、今日はAwajiです。 >>239年頃、この国に文字は通用していなかった、とするのは強引で >>しょうか。 「魏志東夷伝」に記述された当時の倭国で漢字が使用されていたとは思 えません。 「卑弥呼」については以前「邪馬台国」問題でこのHPでも意見交換 がありましたが、おっしゃるとおり魏人による倭名の写音だと思います。 倭国における漢字使用が何時頃始まったのかは良く分かりませんが、魏 使の来朝が一つの契機となり、楽浪郡滅亡313 、晋滅亡316、百済建国 (346年?)・新羅建国(356年?)等による郡関係漢人の避難渡来、秦和 四年(369?)七枝刀 故為倭王旨造・・等の頃の可能性が高いと想像して います。 ところで・・・山賊さんの問題意識は、何でしょうか? 漢字使用がいつ開始されたにせよ、「言語」と「文字」に関する状況は 同じことだと思うのですが・・・・ Time : 1999/10/ 8(金) 22:37:03
Name : 山賊 E-mail : Title : 問題意識は、 Comments: Awajiさん それが問題でして、 壬申の乱で、書物が焼失したので日本書紀を推古が 命じて作られた。 これは、漢文だったと思います。 古事記の方が、先に完成したが、これは仮名混じり文でした。 万葉集の山上憶良が歌った巻1−63は大宝の作、 大宝律令は、701年。 この頃は、仮名が普及していたことになります。 七枝刀の頃、倭の五王の頃も漢字を当て字で使用 していたものと思います。 とすると、500年〜700年の間に仮名が作られ、 普及したものと思います。 分からないのは、人の記憶力です。 アフリカには、500年くらいの民族の歴史を口伝で 語る人がいると聞いたことがありますが、はたして 紀元前後からの期間のことを諳んじられる人がいたのでしょうか。 卑弥呼の頃に文字が使われていなかったとして、 それよりも1000年近く昔のことをです。 「やまとことば」しかなかった時代の口伝を 文字にして日本書紀や古事記を書くことが出来たとは、 驚くほかありません。 天智についての記述の訳は理解できますが、 それ以外の物語についてどのくらいの重心を懸けて 信じたら良いかの、重心の度合いが分かりません。 Aの話は確かだが、Bの話は眉唾物だ、というように 振り分けが出来る読解(解釈)力を着けたいと思います。 歴史って2+2より相当難しいですね。 Time : 1999/10/ 9(土) 13:48:54
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「口承伝承と文字記録」?? Comments: 山賊さん、今日は。Awajiです。 申し訳ありませんが・・・山賊さんの論点が良く分かりませんでした。 要するに「口承記憶伝承」が「文字記録伝承」に置き換えられた時点で の正確性にかんする問題ですか? 当初は次の問題提起でしたね、 >>この国の「ことば」と「文字」を支那語或いは古朝鮮語(?韓語)で >>表現していたのか、その辺のところが分かりません。 この点については、「倭語」と言う言語体系が「漢字」と言う表意文字 体系で様々な工夫を重ねつつ表記された・・・で良い訳ですね。 次に口承伝承の正確性ですが、これは一定の推定しかありません。 (外国史書、考古学所見等との整合性・・・一般的な口承伝承の正確さ) >>日本書紀を推古が命じて作られた。 これは天武・持統の命を受けて元正720年完成した日本書紀ですね。 この底本は、百済系史料、聖徳太子等が600年頃撰集した史書、諸氏族の 家伝等を校勘したものでしょう。 そこで、卑弥呼の時期から見ると聖徳太子まで約350年です。 稲荷山鉄剣が471年とすれば、地方豪族にして家系伝承を漢字記録してい るのですから大王家においては400年頃には不完全ながら何らかの漢字記 録を有していたと想像して・・・卑弥呼から僅かに百数十年になります。 Awajiは「神武」は概ね紀元1世紀の人物と想像していますが、卑弥呼 (既に官僚組織があり、大王家伝承もカナリ整備され確実に伝承される 体制があった?)まで約200年です。 これらの点から見て、神武以降については年代以外は大筋において信頼 出来るのでは無いかと考えております。 (詳細は本年4月から5月の邪馬台国問題で申し上げていますので、省略 します。) Time : 1999/10/ 9(土) 14:46:02
Name : 山賊 E-mail : Title : 訂正します。 Comments: 500年〜700年を 500年〜600年に 分からないことが、何処にあるのかが 分からないが、どこか変だな。 これって、問題意識なのですかね。 Time : 1999/10/ 9(土) 14:51:39
Name : 山賊 E-mail : Title : 問題なのは、 Comments: Awajiさん 私の記憶力でした。 昭和63年 刊 樋口清之 著 逆・日本史 4 124ページ 卑弥呼の頃に、銅鏡が贈られ、それに製造年が入っている、とのことです。 漢字は、卑弥呼の頃から入ってきていた。 言葉としては「やまとことば」が使われていた。 漢字は、当て字として使われながら次第に仮名文字が作られていった。 何年から使われた、と時期を特定することは出来ませんね。 神話の普及は、平田篤胤一派の仕業と思えば良いわけですか。 神武は一世紀頃ですか。 良かった。 それなら現実性がありますね。 出来たら、実在を疑われる皇統を教えていただけますか。 天孫降臨に触れるつもりはありません。 話をややこしくしたくありません。 Time : 1999/10/ 9(土) 17:33:53
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「皇統伝承」?? Comments: 山賊さん、今日は。Awajiです。早速のRESで恐れ入ります。 >>卑弥呼の頃に、銅鏡が贈られ、それに製造年が入っている、とのこと >>です。 「魏志」記述のとおり魏から銅鏡が贈られてきたことは、恐らく間違い ないと思いますが、現在発見されている景初四年三角縁神獣鏡がそれに 当るかどうかについては、魏製(帯方郡製)、倭製(魏渡来人の製作?) 、呉製(呉渡来人の製作?)等の激しい論争が続いています。 (年号として景初四年は存在しないのです) 何れにしても、邪馬台国時代には魏鏡がもたらされ、銘文が記されてい たこと。それ以前の金印(漢委奴国王)・漢鏡・漢銭にも既に漢字が記 されていたことは明らかですから何らかの意味を持つ「記号」としての 認識はあったと思います。 ただ、それを文字体系として理解し、倭語と関連付けて使用するには、 さらに年数を要したことでしょう。 >>神話の普及は、平田篤胤一派の仕業と思えば良いわけですか。 この意味は良く分かりません。 >>神武は一世紀頃ですか。良かった。それなら現実性がありますね。 Awajiは、そう考えていますが学会の主流は架空説でしょうね。 >>出来たら、実在を疑われる皇統を教えていただけますか。 Awajiは神武以降の大王について、完全無欠かどうかは分かりませんが、 大筋としてほぼ記紀記述の系譜が正しいと考えております。 (これらについても既に「邪馬台国」に関する議論のなかで申し上 げておりますので、詳細は省略しますが学会の主流は否定的です。) なお、天孫降臨は水平(地理的)移動ではなく、垂直(思想的)移動と 考えていますが、このことと天孫降臨以前の神話に何らかの史実性が含 まれていることとは別問題だと思っています。 Time : 1999/10/ 9(土) 21:19:34
Name : ネットキット E-mail : Title : 公式「皇統譜」 Comments: Awajiさんへ >公式「皇統譜」を見たことがありませんので、本当にその様に記載されている >のかどうか分かりませんが、チョット信じがたい気がします。 実はこれ、自分でも本当かどうかを確認したかったので、ココに書き込みを しました。 自分としても天皇家の権威を落としそうな足利朝は認めたくありません。 しかし、私はこれはあり得ないことでは無いと思っています。 当時の義満はまさに恐いもの無しで後円融天皇をコケにしていました。 しかも皇妃の藤原厳子(通陽門院)に手を出していた疑いは多いに有ります。 (これは井沢先生も「天皇になろうとした将軍」などで主張しています) その天皇家すらコケにできる義満が北朝のもう一つの系統・伏見宮家を 断絶に追いこむことなど簡単だったのではないでしょうか? 伏見宮家を継いだ(らしい)貞成親王が書いた「看文御記」なるものにも 怪しい記事の詳細があるのだそうです。 だそうです。。。と書いたのは、実はお察しの通り自分の主張ではありません。 足利朝を主張する方から教えてもらったモノなのです。 (以前のココへの書き込みの文章も疑問文にしたのは其の為です) それで自分でもまだ100%信じている訳ではないので、ココに書き込むことで いろいろな人の意見を聞いてクリアになると思った次第です。 確かにAwajiさんのおっしゃる通り公式「皇統譜」の出所も確認する必要を感じ ますね。今度、其の方に直接出典の詳細を確認してみます。 また、詳細が判り次第御報告致します。 Time : 1999/10/10(日) 01:36:45
Name : Yuuki E-mail : Title : 初めてお邪魔します。 Comments: 逆説の日本史は7巻まで全部読みました。ただ、ここまで貫かれてきた怨霊史観も室町以降は通用しないんじゃないかと思います。 ところで7巻の中で一つだけミス間違いじゃないかと思うところがありました。作中に親王の養子は近衛信尋の 一度だけとありましたが、一条昭良の父も後陽成天皇で信尋の弟です。 それと過去の議論のコピーはどこで手に入るのでしょうか? 一つ教えていただきたいのですが、一休宗純が後小松落胤というのは確実なのでしょうか? Time : 1999/10/10(日) 12:48:31
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「火元確認」?? Comments: ネットキットさん、今日は。Awajiです。RESありがとうございました。 >>自分としても天皇家の権威を落としそうな足利朝は認めたくありません。 念のため申し上げておきますと、Awajiは天皇家の権威にはあまり関心は ありません。関心が有るのは事実の探求のみです。 (本件における事実とは、崇光ー栄仁ー貞成の父子関係そのものではあり ません。明治天皇が「皇統譜」において、この父子関係を公式に否認した かどうかです) なお、歴史的人物の生物学的父子関係の解明はまず不可能です。王朝の連 続性を考察する場合に必要とされるのは社会的父子関係でしょう。 つまり後花園が崇光の曾孫として即位したのならば、生物学的にどうであ ろうと王朝は連続していると考えざるを得ず、足利王朝等と称することは 有り得ません。) >>確かにAwajiさんのおっしゃる通り公式「皇統譜」の出所も確認する必 >>要を感じますね。今度、其の方に直接出典の詳細を確認してみます。 >>また、詳細が判り次第御報告致します。 是非お願いしますが、正直言ってあまり期待していません。 以前にも同様のことが有りましたが、世の中には原典の初歩的誤読や意図 的誤読が氾濫しています。このHPにも出所不確かな情報や単なる稚拙な 想像を如何にも自信たっぷりに断定的表現で記述される方もおられますね。 (ネットキットさんは単に伝聞として紹介されたのですが、それでもこの 情報が一人歩きして推理が拡大して行く危険も有り得ます) おそらく、この情報を発表された方も直接的根拠は示されず、誰々がこう 言っている・・・誰々の日記にはそう解釈出来る記述がある・・・後日に 公式「皇統譜」は然るべく是正された・・・等と仰るでしょう。 概ねコノテの話しは、そのレベルで終了することになっていますので・・・ 我々に必要なことは、煙をあれこれ推理する前に、その煙の火元を良く確 かめる事ではないでしょうか? Time : 1999/10/10(日) 22:16:38
Name : ネットキット E-mail : Title : Awajiさんへ Comments: >(ネットキットさんは単に伝聞として紹介されたのですが、それでもこの情報が >一人歩きして推理が拡大して行く危険も有り得ます) そうでした、例え疑問文形式であったにせよ、間違われやすい文章を 書いてしまったと反省しています。 >我々に必要なことは、煙をあれこれ推理する前に、その煙の火元を良く確かめる >事ではないでしょうか? すいません、確かにその通りです。まだ公式「皇統譜」の件は詳細を聞いてない のでお答えできませんが、出所を正確に確認せずに書き込んだのは迂闊でした。 以後注意いたします。 <(__)> Time : 1999/10/10(日) 23:55:26
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「刀伊問題は?」?? Comments: ネットキットさん、みなさん。今日は。Awajiです。 ネットキットさん・・・・ かなり失礼なことを申し上げたにも係わらず、快くご理解頂きありがとう ございました。なお以下の部分・・・・ >>このHPにも出所不確かな情報や単なる稚拙な想像を如何にも自信たっ >>ぷりに断定的表現で記述される方もおられますね。 は特定の方を批判した発言であり、ここで敢えて申し上げるべきものでは ありませんので、お詫びして取り消します。 みなさん・・・・ ところで「刀伊来寇」と「言霊」についてコメントが有りませんね。 この部分は現実政治と言霊の関わりと言う意味で、井沢さんもかなり強調 されていると思うのですが・・・ご意見をお持ちの方のコメントをお待ち しています。 Time : 1999/10/11(月) 22:51:22
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : yuukiさんへ Comments: 一つ教えていただきたいのですが、一休宗純が後小松落胤というのは確実なのでしょうか?  私も真偽のほどはわかりませんが、この説を初めて聞いたとき(二十余年前)より、人口に膾炙している と思いますので、かなり確度は高いと思っています。(少なくとも清盛の白河院御落胤説よりは高い) Time : 1999/10/12(火) 10:56:29
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「一休禅師」?? Comments: yuukiさん、待兼右大臣さん、はじめまして。Awajiと申します。 何でも口を出すようで、チョット気が引けますが・・・ >>一つ教えていただきたいのですが、一休宗純が後小松落胤というのは確 >>実なのでしょうか? 所謂、通説的見解となっていますが、その根拠は「一休和尚年譜」だと思 います。(一休自身は生涯それを明らかにしなかった様ですが・・・) 本書においては母は南朝がらみの人間とされ、そのため身篭ったまま御所 を放逐されたとしていますが、一説には義満が天皇位を窺い後小松の後継 者を絶つため第一皇子の誕生を喜ばず、母を放逐し一休を幼年(6歳)出家 させたとも言われているようです。(Awajiは疑問に思っていますが・・・) 出家の後も特殊な扱いを受け、後小松天皇もしばしば彼を招いていますの で、世間的にも皇胤と認められていたようです。後小松の皇位継承者は弟 の称光ですが、その継承者を後花園と定めるに当っても一休の推薦があっ たとも伝えられています。 (「日本の奇僧・快僧」−今井雅晴ー講談社現代新書) なお、簡単な年譜を付記しておきます。 1377年 6月 後小松生誕(後円融天皇ー内大臣三条公忠女厳子)20 1381年 6月 足利義満従一位内大臣24 1382年 4月 「後小松践祚」6 1391年12月 明徳の乱 1392年10月 後亀山譲位(南北朝合体) 1393年 4月 後円融崩御36 1394年 1月 一休誕生 1394年12月 足利義持将軍、義満太政大臣37 1398年 1月 崇光、崩御66 1398年 5月 栄仁落飾48 1401年 8月 称光生誕(後小松天皇ー贈左大臣権大納言日野西資国女資子)25 1406年12月 通陽門院厳子薨去 1408年 5月 足利義満逝去51 1412年 8月 「称光践祚」12 1416年11月 栄仁薨去56 1417年 2月 貞成、伏見宮家相続46 1419年 6月 後花園生誕(貞成王ー贈左大臣中将庭田経有女幸子) 1419年 7月 貞成落飾 1428年 7月 称光崩御28 1428年 7月 「後花園践祚」 1433年10月 後小松崩御57 Time : 1999/10/12(火) 22:51:19
Name : slashdog E-mail : Title : 一休さん Comments: Yuukiさん はじめまして 一休がご落胤というのは、間違いないようです。 Awajiさんと重複しないようなお話を少し書きます。 まず、一休の扱いは宮内庁書陵部と東大資料編纂所編の「大日本史料」では違うの です。書陵部は皇族扱いですが、史料編纂所では皇族とは扱っていません。 ご落胤の根拠としては、一休生前の史料に酬恩寺(一休寺)所蔵の古文書中に 重文に指定されている女房奉書(御花園天皇自筆)というものがあるのですが、 その中で、御花園天皇が一休の病気を案じて「正嫡がここで断絶することにでも なれば天下のため歎かわしい」と述べています。 皇族における「正嫡」とは「皇位の正統なる継承者」を指すことは明らかで、 御花園天皇は一休に万一のことがあると、後光厳以来の皇統が断絶することになると言う意味で「正嫡」の語を使っているのです。 今谷氏の「天皇と天下人」より要約、抜粋しました。 Time : 1999/10/14(木) 20:07:41
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 「源氏物語」について。 Comments:  VIA MEDIA と申します。初めて発言させて戴きます。  私は「逆説の日本史」のファンで、七巻まで全て拝読させて戴きましたが、「源 氏物語」に関する扱いだけには疑問を持っております。  井沢先生は、   「源氏物語は藤原氏出身の女流作家たる紫式部が、『顕幽分離の法則』で説明    出来る論理に基づいて『鎮魂』のために書いたのだ」 と言う立場をとっておいでのようですが、私にはそうは思えません。  このあたりの事は、作家の藤本泉氏が、氏の著書、「源氏物語の謎」(祥伝社刊) で詳しく解明なさっておいでなのでここには詳述致しませんが、要するに、   「源氏物語は安和の変で藤原氏に追放された源高明一族が、『言霊理論』に基    づき、『源氏の復興』を願い、長年に亘って書き綴った『祈願の書』である。    しかし藤原氏は『顕幽分離』の立場から、それを敢えて黙認したのだ」 と、私は考えています。  大体、藤原氏出身の紫式部があの作品を書いた、と言う証拠は、実はどこにもあ りません。それに、執筆期間や内容の矛盾点、当時の世情等を追求して行くと、   1.定説では、「紫式部は源氏物語を6年から9年で書いた」となっているが、    あれだけの長さの作品を、たった一人の人間が当時6年から9年で書いたと    は到底信じられない。   2.当時の女性は和歌を詠んだり文章を書写する教育は受けていたが、散文を    書く教育を受けていたと言う記録がどこにもない。よって、「紫式部」とは、    実は装った男性ではないか。当時漢文を書く事を強いられていた男性が、自    由に思想を表現出来る仮名文字を使って物語を書くのには女性の振りをする    のがうってつけだったのだろう(「土佐日記」と言う例もある)。   3.史料によると、藤原氏出身の紫式部は「子供を産んだ母親作家」であった    筈だ。しかし、「源氏物語」に出て来る重要な登場人物には、どう見ても妊    娠期間や生育状況に関して、「子供を産んだ女ならこんな事を書く筈がない」    と言うような疑問点が多過ぎる。これはどう見ても男が書いたとしか思えな    い。 等の疑問だらけなのです(この辺りの事は「源氏物語の謎」に詳述されています)。  無論、ここに書いた事は藤本説の受け売りではありますが、私もその後色々と調 べてみた結果、藤本説はかなりの妥当性を持っていると判断せざるを得ない、と思 っております。 Time : 1999/10/16(土) 15:07:43
Name : ネットキット E-mail : Title : その後の報告 Comments: Awajiさんへ 公式「皇統譜」の件ですが、出所は長島銀蔵氏(故人)の「皇統正史」と云う著書 から得られた知識らしいです。また系図は山岸辰蔵氏の「大日本百科全書」と云う 著書にもあるらしいです。(すいません、出版社は判らないそうです) その、長島氏の著書では以前にも書きましたが貞成親王の「看文御記」を参考に しているとのことでした。 貞成親王の「看文御記」の内容では自分の父の栄仁親王の事を、ご主人様、弟の 治仁王の事を新ご主人様と呼んでいた…と、あるのだそうです。 教えて下さった方も著書の内容以上の事は知らないと云っていましたので、ここ より先の捜索は国会図書館に行くしか手は無いと思っています。 時間は掛かりますが、何時か東京に出た時に必ず国会図書館で検索するよう試みる つもりですので、気長にお待ち頂けませんでしょうか? slashdogさんへ >その中で、御花園天皇が一休の病気を案じて「正嫡がここで断絶することにでも >なれば天下のため歎かわしい」と述べています。 これは一休が義満の落胤の子であることを御花園天皇が知ってて言ったセリフなん でしょうか?もし、そうだとすると… いえいえ、推測でものを言ってはいけませんよね A^^;) Time : 1999/10/16(土) 16:11:03
Name : 享安山人 E-mail : Title : 初めまして Comments: 皆さん、初めまして。享安山人と申します。 このページを偶然知り、歴史に興味ある者の一人として お邪魔した次第です。 実は他のホームページで、「右派」を自称しており、皇室に対する 敬愛の情はかなりのものがありますが、それとは別に思想的立場に囚われず 歴史について学んでいきたいと思っております。 ネットキットさんの言われた「足利朝を主張する方」とはもしや 熊沢天皇家縁の方ではありませんか? 「(熊沢天皇は)今の天皇は足利義満のメカケの血を引いていると ブッたが、拍手も起こらず、人気はガタ落ちしていった。」 (秦郁彦『昭和史の謎を追う(下)』文藝春秋、114頁) 割とポピュラーな書物ですので、目にされた方も多いのでは。 Time : 1999/10/16(土) 16:58:10
Name : slashdog E-mail : Title : 一休さん続き Comments: Yuukiさん、ネットキットさん こんばんは 何故、後花園は自分自身の系統をさしおいて、後光厳の一流を「正嫡」と 称したのか? ことの発端は観応擾乱の最終局面で、南朝側が光厳・光明・崇光の三上皇を賀名生へ連れ去ったことにあり、要するに後光厳の践祚以来、崇光上皇の 一流は皇統から外されてしまっていたのである。 それでも自らの正統性を主張する伏見宮家側では「後深草院以来正嫡」と 言い立てたが、その論法は幕府の容れる所とならなかったのである。 正長元年(1428年)称光天皇が病没したおり、彦仁王が後小松の「猶子」と なって皇統を継ぎ、従って後小松没するや准父と尊んで諒闇を行ったのも すべて後光厳院流こそ「正嫡」との認識が朝廷や公家界に定着していたからで あった。 以上によって後花園天皇が一休を指して「正嫡」と呼び、すなわち後小松の 実子であると認めていたことは明らかとなった。 ということらしいですよ(^^ 「天皇と天下人」より抜粋 Time : 1999/10/16(土) 22:49:37
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「源氏物語新説」?? Comments: IA MEDIAさん、はじめまして。Awajiと申します。 「源氏物語」論議に新たな視点でご参加頂きありがとうございます。 >>「源氏物語は安和の変で藤原氏に追放された源高明一族が、『言霊理論』 >>に基づき、『源氏の復興』を願い、長年に亘って書き綴った『祈願の書』 >>である。しかし藤原氏は『顕幽分離』の立場から、それを敢えて黙認した >>のだ」と、私は考えています。 文学書の解釈については、既に申し上げたところですが・・・ 藤本泉氏や貴方がどの様な感性をもって、この文学書をお読みになろうと ご自由ですが、千数百年にわたりこの文学書を読んだ数万・数十万の誰も その様な『祈願の書』とは感じなかったと思います。不肖Awajiも勿論その 一員ですが何故だと思われますか?? 読み方が浅い?・・・藤本泉氏が何様か知りませんが、数万・数十万の読 者(出版当初その多くは藤原系の女性ですが)の感性を馬鹿にしては困り ます! 貴方が本当にこの文学書を熟読されて『祈願の書』と言う方に感じられた のであれば・・・チョット信じがたい感性をお持ちだと思いますが、それ 自体は議論の対象とはいたしません。 以下具体的ご指摘にかんしてですが・・・・ >>大体、藤原氏出身の紫式部があの作品を書いた、と言う証拠は、実はど >>こにもありません。 何をもって「証拠」と言われるのかは分かりませんが、当時の貴族社会は、 ごく限られた閉鎖社会です。「紫式部」が書きもしない「源氏物語」の作 者だと誤伝され得る可能性は極めて少なく、「状況証拠」は充分備わって いると思いますが? ところで「源高明一族」の誰かが書いたと言う証拠は何処かにあるでしょ うか?(一体全体一族の誰々が何時書いたとお考えですか?その証拠を是 非おうかがいしたいと思います) >>定説では、「紫式部は源氏物語を6年から9年で書いた」となっている >>が、・・・たった一人の人間が当時6年から9年で書いたとは到底信じ >>られない。   信じられないのは・・・藤本泉氏とやらの文学的能力を基準にされている からでは無いでしょうか? Awajiは有り得るかも知れないと思っていますが、そもそも「6年から9年と いう定説」等はありません。それ以前から書き溜めていた可能性や補作の 可能性も充分あるでしょう? >>当時の女性は和歌を詠んだり文章を書写する教育は受けていたが、散文 >>を書く教育を受けていたと言う記録がどこにもない。 「紫式部」が兄よりも文章能力に秀でていたと言う伝承は有りますがね! 「清少納言」も「道綱の母」も散文は書けなかったのでしょうか? 散文を書く教育を受けていたという記録がない・・・だから女性が書いた とは言えない?? 藤本泉氏とやらは何処で散文を書く教育を受けられたのかは存じませんが、 多くの古典作家は如何ほどの教育を受けたのでしょうか? シェイクスピア・近松・西鶴は何処でどんな散文記述の教育を受けたと記 録されているのでしょうか? 此の方の人間(特に女性)の文学能力に関する無理解には驚かされますね! そもそも平安期の女流「日記・物語」は、全て男性が書いたとお考えなの でしょうか? >>妊娠期間や生育状況に関して、「子供を産んだ女ならこんな事を書く筈 >>がない」と言うような疑問点が多過ぎる。 どの部分かは知りませんが・・・「源氏物語」は文学作品であって、育児 書ではありませんので! >>私もその後色々と調べてみた結果、藤本説はかなりの妥当性を持っている >>と判断せざるを得ない、と思っております。 どの部分をお調べになって、どのような妥当性を認められたのか・・・具体 的にご指摘願います。 Time : 1999/10/18(月) 12:23:17
Name : VIA MEDIA E-mail : Title : 所詮、真実は「藪の中」。 Comments:  Awaji 様 >>藤本泉氏が何様か知りませんが、数万・数十万の読者(出版当初その多くは藤原 >>系の女性ですが)の感性を馬鹿にしては困ります!  私が「馬鹿にしている」と言う根拠がどこにあるのでしょうか? 「祈願の書」 であっても、「物語」と言う体裁を取っている以上、それこそ、読み手の「感性」 でどのようにでも解釈出来るのです。「自分の感性ではそうは思わない」と言う事 のみを根拠に、他人の「感性」を論ずる方が、余程他人を「馬鹿にしている」と考 えますが。  外戚政治に狂奔していた藤原道長が、「常勝源氏、惨敗藤原」をしつこく繰り返 す物語を自分の「公妾」に書かせ、「単純に娯楽として楽しんだ」、と考えるよう な「感性」は私には御座いませんし、「源氏物語」が、井沢先生が仰るように「鎮 魂の書」だったとしても、私が主張するように「祈願の書」だったとしても、どっ ちにせよ、「単なる娯楽作品」とは違った意味合いを持っていた事になる、と言う 事を論じているだけです。 >>何をもって「証拠」と言われるのかは分かりませんが、当時の貴族社会は、ごく >>限られた閉鎖社会です。「紫式部」が書きもしない「源氏物語」の作者だと誤伝 >>され得る可能性は極めて少なく、「状況証拠」は充分備わっていると思いますが?  何を以て「状況証拠」と仰るのでしょうか? 紀貫之の「土佐日記」程の証拠も なく、「紫式部著」と書かれた写本がある訳でもなく、「紫式部日記(これも実は 曲者なのですが)」にも、「書いた」と言う直接的な証拠はない。私はその辺りを 論じているに過ぎません。 >>ところで「源高明一族」の誰かが書いたと言う証拠は何処かにあるでしょうか? >>(一体全体一族の誰々が何時書いたとお考えですか?その証拠を是非おうかがい >>したいと思います)  源高明(914〜982)  醍醐天皇の皇子だが源姓を受けて臣下となった。母は更衣。才人として高官にな ったが藤原氏によって地方に左遷され、三年目に京都に呼び戻された。「朱雀」天 皇、村上天皇、「冷泉」天皇と同時代人。「西宮記」と言う宮中儀式と行事の記録 書を残す。  これだけの条件が揃っていれば、「藤原氏出身で、中宮彰子の女房であり、実は 里内裏しか知らなかった」、「紫式部」よりも、余程、「源氏物語の著者」となる 要件は備えていると思いますが。 >>信じられないのは・・・藤本泉氏とやらの文学的能力を基準にされているからで >>は無いでしょうか? Awajiは有り得るかも知れないと思っていますが、そもそも >>「6年から9年という定説」等はありません。それ以前から書き溜めていた可能性 >>や補作の可能性も充分あるでしょう?  谷崎潤一郎先生は現代語訳に10年。円地文子先生は全ての仕事を断ってひたす ら現代語訳に没頭して5年(それが原因で失明の危機にまで陥る程の状況になった のは有名な話)。現代のように全てがスピードアップされた時代でも、「現代語に 訳す」だけでそれだけの時間がかかりました。まあ、「あれだけの長さの物語」を、 「結婚生活、賢子の出産、中宮彰子のもとに宮仕え」と言う生活の中で書き上げた とお考えならば、私は何も言う事は御座いません。 >>「紫式部」が兄よりも文章能力に秀でていたと言う伝承は有りますがね! 「清 >>少納言」も「道綱の母」も散文は書けなかったのでしょうか? >>(中略) >>此の方の人間(特に女性)の文学能力に関する無理解には驚かされますね! そ >>もそも平安期の女流「日記・物語」は、全て男性が書いたとお考えなのでしょう >>か?  まず、「平安時代の女性が散文を書く教育を受けた記録がない」と主張したのは 東京大学教授だった久米邦武博士であり、藤本泉氏はそれを引用しただけです。こ れに関しては私の引用ミスである事はお断りしておきます。  その上で申しますと、私は、平安時代の「日記・物語」は、「大部分」は男性が 書いたと考えています。「土佐日記」と言う素晴らしいモデルもある事ですのでね。 >>どの部分かは知りませんが・・・「源氏物語」は文学作品であって、育児書では >>ありませんので!  私もつまらぬ駄文ながら、「物語」を書いております。しかしながら、    「藤壺女御が『妊娠三ヶ月』になったので、ひどく目立って来て、周囲の人     が見咎める」 とか、    「冷泉帝は生後二ヶ月で『物語して、うち笑み給う』」 とか、    「薫が、妊娠八ヶ月で生まれ、生後五十日でよく笑い、物語りをし、生後七     ヶ月で這い出す」 と言うような話を書く事は御座いません。無論、「育児」に関しては詳しくは存じ ませんが、それに類する事を書く時は必ず女性に確認するからです。  その意味で申しますと、このような話を平気で書く「女性」の「感性」には、私 は「疑問」を感じるだけですね。 >>どの部分をお調べになって、どのような妥当性を認められたのか・・・具体的に >>ご指摘願います。  これはお断り致します。私自身の調べた成果ではありますが、それを元に他人と 議論する意思は御座いませんので。  ただ一つだけ、    「女性が、自分の作品の中に、『女だから』、と言うような事を、『わざわ     ざ、たびたび書く』等と言うのは、『何ともわざとらしい』よなあ」 と考えている、とだけ申しておきましょう。 Time : 1999/10/18(月) 21:12:05
Name : 中本 哲也 E-mail : 99m3509@nmoon.aichi-u.ac.jp Title : 井沢先生への励まし Comments:  朝日新聞の正義という本を読みました。小林 よしのり先生 とおなじことを思っているのか。当然、新しい歴史教科書をか んがえるの会という存在も知っていることでしょう。井沢先生 は、日本の歴史教科書をどのように思っているのだろうか。ぜ ひおしえてくれませんか。あさひしんぶんはげせません。その 証拠をつかみたいと思っています。 Time : 1999/10/19(火) 13:36:37
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「源氏物語新説U」?? Comments: VIA MEDIAさん、今日は。Awajiです。 早速に長文のコメントありがとうございました。 VIA MEDIAさんは当然ながら 救世観音と「源氏物語等」??Time : 1999/ 9/14(火) 23:04:13 以降の一連の議論を踏まえて、コメントしておられるのでしょうね? Awajiの「源氏物語」理解は既にクドイホド申し上げている筈ですが、そ の上で敢えてAwajiの「源氏物語」に関する理解を以下の如く・・・ >>外戚政治に狂奔していた藤原道長が、「常勝源氏、惨敗藤原」をしつこ >>く繰り返す物語を自分の「公妾」に書かせ、「単純に娯楽として楽しん >>だ」、と考えるような「感性」は私には御座いませんし、・・・ 受け取っておられるのでしょうか??? Awajiが何時何処でこの様な「単純に娯楽として楽しむような感性」を示し たか是非ご指摘下さい。 >>「自分の感性ではそうは思わない」と言う事のみを根拠に、他人の「感 >>性」を論ずる方が、余程他人を「馬鹿にしている」と考えますが。 Awajiは”千数百年の読者は「源氏物語」を「成功物語」とも「祈願の書」 とも解釈しなかった”と申し上げて来た筈です。 谷崎さんも、円地さんも「祈願の書」とは別の解釈を示しておられると思 います。 藤本泉氏はこれらの解釈を否定され「祈願の書」と解釈すべきである・・・ 千数百年の読者はこの「物語」の解釈を誤解していると主張されているの でしょう? つまりは・・・千数百年の読者はこの「物語」の本質が理解できなかった オバカサン・・・と考えておられるのでは無いでしょうか? (少なくともAwajiはその様に受け取りました) >>源高明(914〜982)・・・これだけの条件が揃っていれば、 >>「藤原氏出身で、中宮彰子の女房であり、実は里内裏しか知らなかっ >>た」、「紫式部」よりも、余程、「源氏物語の著者」となる要件は備 >>えていると思いますが。 ここに挙げられた条件は、源高明モデル論の論拠であり、著者論の論拠と は思えません。(モデル論についても既に申し上げたとおりです) そもそも源高明(914〜982)が著者とお考えなのですか? と言うことは「源氏物語」の成立は960年〜970年=道長966年出生頃な のでしょうか?道長は何時頃に源高明著「源氏物語」を知り、これを認 めたのでしょうか? 藤本泉氏は・・・ >>源高明一族が、『言霊理論』に基づき、『源氏の復興』を願い、長年 >>に亘って書き綴った『祈願の書』・・・ とされていた筈ですよね。高明本人か一族かどちらを著者と主張されて いるのでしょうか? Awajiは、父天皇の愛情を裏切り、天皇妃である継母との母子相姦、不義 の子の出生、さらに本人自身の正室の密通と不義の嫡子の出生・・・ この様な人間の凄惨を極めた物語を源高明自身は勿論、一族が書き表すと は想像も出来ません!(この「源氏物語」解釈も既に申し上げたとおりです) >>現代のように全てがスピードアップされた時代でも、「現代語に訳す >>」だけでそれだけの時間がかかりました。 「源氏物語」を現代訳するためには千数百年前の政治・経済・社会・宗 教・習慣を考察理解することが必要であり、このためだけに終生を捧げ る学者もいるのですよ! 作品執筆よりも現代語訳が遥かに時間を要することは、自明の理でしょ う? >>「平安時代の女性が散文を書く教育を受けた記録がない」と主張したの >>は東京大学教授だった久米邦武博士であり・・・ 記録がないのは事実でしょう。それと散文を書く能力の有無とは別物だ と申し上げているのです。 >>私は、平安時代の「日記・物語」は、「大部分」は男性が書いたと考え >>ています。「土佐日記」と言う素晴らしいモデルもある事ですのでね。 全く見解を異にしております。「蜻蛉」「更級」が男性によって書かれた とは、全く信じがたいことです。 >>その意味で申しますと、このような話を平気で書く「女性」の「感性」 >>には、私は「疑問」を感じるだけですね。 以下Awajiの嫁さんの見解ですが・・・ @妊娠期間の表現については、当時の計算(表現)方法を確認しないと  何とも言えないが、妊娠初期に悪阻現象(肌荒れ)等の他人が気づき  得る異常があるのは女性ならば誰で知っている常識でしょう。 A赤ちゃんの生育については特に違和感は無い。二ヶ月で笑い、三ヶ月  でお話しをし、七ヶ月でハイハイするのは常識だと思う。特に赤ちゃ  んの「ブバブバ・・・」をお話し(物語)と感じるのは母親ならでは  の心理でしょう。 要するに「原文」を見なければ確たることは言えないが、ご指摘の部分に 関しては母親として「疑問」を感じるようなものではないとのことです。 どの部分が特に問題なのでしょうか? >>色々と調べてみた結果、藤本説はかなりの妥当性を持っていると判断せ >>ざるを得ない、と思っております。 ・・・・・・・・・・ >>これはお断り致します。私自身の調べた成果ではありますが、それを元 >>に他人と議論する意思は御座いませんので。 意見を発表されるか否かは勿論VIA MEDIAさんのご自由ですが、折角いろ いろお調べになり妥当と判断されたとのことですから、その内容をお聞き したかっただけのことです。 そもそも意見交換とはその様なものではないのでしょうか? Time : 1999/10/19(火) 22:48:36
Name : VIA MEDIA E-mail : Title : うんざりですね。 Comments:  Awaji 殿  はっきり申し上げて、私は貴殿と議論する気はさらさら御座いません。要するに 貴殿は、「源氏物語に対する言霊理論的及び顕幽分離法則的解釈が許し難い」だけ であり、「初めに結論ありき」なのは明白だからです。  元々拙文は井沢先生に対する「エール」として差し上げただけであり、「源氏物 語信者」に対する「折伏の書」ではございませんのでね。 >>以下Awajiの嫁さんの見解ですが・・・ >>(中略) >>どの部分が特に問題なのでしょうか?  これに関しては事実関係だけ指摘しておきます。 >>二ヶ月で笑い、三ヶ月 でお話しをし、七ヶ月でハイハイするのは常識だと思う。 >>特に赤ちゃんの「ブバブバ・・・」をお話し(物語)と感じるのは母親ならでは >>の心理でしょう。  三ヶ月の赤ん坊が笑ったり話したり出来るとお考えなら私は何も申しません。こ の時期の赤ん坊に出来るのは「泣く」事だけ。七ヶ月では、「座る」事は出来ても 「這う」事は不可能。しかも「八ヶ月で生まれた早産の子」である事をお忘れなく (何なら医者に御確認なされたら如何ですかな)。 Time : 1999/10/20(水) 07:03:56
Name : VIA MEDIA E-mail : Title : 最後に補足。 Comments:  Awaji 殿 >>作品執筆よりも現代語訳が遥かに時間を要することは、自明の理でしょう?  「自明の理」とは、呆れて物が言えませんね。    実際に物語を書く立場の方にお聞きになられたのですかね。まあ、私のよう に、つまらぬながらも「物語」を書く人間にとっては、貴殿のお言葉を借りれ ば、「『創作』を馬鹿にしてもらっては困ります」、と言う以外の何物でもあ りませんがね。 Time : 1999/10/20(水) 07:19:49
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「源氏物語新説オワリ」?? Comments: VIA MEDIAさん、今日は。Awajiです。 議論をなさるかどうかは、VIA MEDIAさんのご自由です。(^0^)" なお、Awajiは然るべき論証さえあれば「言霊理論的及び顕幽分離法則的 解釈」であれ何であれ受容いたします。「初めに結論ありき」ではありま せんので念のため。 さて、事実関係だけ指摘しておきます。とのことですので・・・・ >>三ヶ月の赤ん坊が笑ったり話したり出来るとお考えなら私は何も申しま >>せん。この時期の赤ん坊に出来るのは「泣く」事だけ。七ヶ月では、 >>「座る」事は出来ても「這う」事は不可能。しかも「八ヶ月で生まれた >>早産の子」である事をお忘れなく(何なら医者に御確認なされたら如何 >>ですかな)。 先ず赤ちゃん(ただし人間の赤ちゃんです)の笑いについてですが・・・ @最初に表れるのが生後2週間迄の頃で、古来「仏笑」「天神笑」「虫笑」 等と称されます。(まどろみ状態で多く表れるアルカイック・スマイル です。)外部要因に関係なく生じるので「対象なき笑い・夢笑い」とも 言われています。 A次に表れるのが生後3週間位の頃で、音声や視覚という外部的要因に誘 発される笑いであり「誘発的微笑」と称されます。女性の高く優しい声 には特に反応しやすいとされています。 B次が生後6週間位に表れる、所謂「真の微笑」と称されるものです。顔 いっぱい広がる微笑であり、時には発声も伴い、特に人の顔に反応する ことが多いとされています。 C生後3ヶ月頃には「3ヶ月微笑」が表れます。これは明かに人の目を注 視し、人との感情的交流を意味するので「社会的微笑」とも称されま す。この段階では喃語(意味不明の赤ちゃん言葉)を伴うのが普通で あり、母親の言葉にも明確に反応します。従って心理的対話の側面が あると考えられています。 (この状態がAwajiの言うところの「母と赤ちゃんのお話し」です)   ただし、近年の傾向としてはAの段階から既に感情交流が含まれていると する説が有力となっています。また7ヶ月頃からはいわゆる「人見知り」 が始まり、笑いが相手によって選択的に行われるようになります。 生後3ヶ月で「泣く」事だけと言うのは人間の乳幼児ではないのでしょう ね。今後「作品」中で母子の情愛を描写される場合は、参考になさって下 さい。 ハイハイについてですが・・・・7ヶ月では不可能(・・?) このHPに、どなたか母親経験をお持ちの方はいらっしゃませんか? なお、「八ヶ月出産」がかなりの早産かどうかについては当時の妊娠期 間計算方法が分かりませんので、判断保留せざるを得ないと申し上げて おります。 最後に・・・・ >>「自明の理」とは、呆れて物が言えませんね。実際に物語を書く立場の >>方にお聞きになられたのですかね。 「創作」は芸術、「翻訳(現代語訳)」は芸術+科学・・・と申し上げて おきます。 なお、Awajiはそのどちらに関しても極くササヤカナガラ経験を持っていま すが、先行例の無い古文の現代語訳と言うのは、大変な努力を要するもの です。 (同じ位の行数について、概ね10倍くらいの時間を要したと思います。) VIA MEDIAさんも一度経験されればご理解頂けると思います。 では・・・・・ヴァイアコンディオス (^_^)/~ Time : 1999/10/20(水) 22:57:33
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「貞成親王」?? Comments: ネットキットさん、今日は。Awajiです。 お手数をおかけし、申し訳けありませんでした。 >>公式「皇統譜」の件ですが、出所は長島銀蔵氏(故人)の「皇統正史」 >>と云う著書から得られた知識らしいです。また系図は山岸辰蔵氏の「 >>大日本百科全書」と云う著書にもあるらしいです。 一応これらの著者・著書について検索しましたが発見できませんでした。 同時に貞成親王の父系についても確認しましたが、全て栄仁親王とされて おり、明治天皇が父系不明とした形跡は当然ながら一切発見できませんで した。 なお本件(皇統譜問題)とは別に、「看聞御記」の記述について検証して も良いのですが、どの辺りに該当記事があるのか分からないでしょうか? それから・・「弟の治仁王」とされていますが、兄のようですね。 Time : 1999/10/21(木) 00:10:49
Name : ネットキット E-mail : Title : 公式「皇統譜」 Comments: 享安山人さんへ >ネットキットさんの言われた「足利朝を主張する方」とはもしや熊沢天皇家縁の >方ではありませんか? そうかもしれえません。お伺いした方の話しでは熊沢天皇と懇意だった人が書いた と聞きました。お返事遅れてすいませんでした。 Awajiさんへ >なお本件(皇統譜問題)とは別に、「看聞御記」の記述について検証しても良いの >ですが、どの辺りに該当記事があるのか分からないでしょうか? 申し訳ありません。又聞きで尚且つ聞いた人自身も長島氏の著書の範囲を出ていないらしいので、良くわかりません。「看文御記」自身は検索できたのでしょうか? >それから・・「弟の治仁王」とされていますが、兄のようですね。 兄を差し置いて皇統を嗣いだのでしょうか? Time : 1999/10/21(木) 01:30:33
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「貞成親王U」?? Comments: ネットキットさん、今日は、Awajiです。 >>「看文御記」自身は検索できたのでしょうか? この書物が「看聞御記」を指すならば、中世研究に欠かせない第一級史料で すから、何処でも閲覧可能です。 >>兄を差し置いて皇統を嗣いだのでしょうか? 父栄仁親王の死後、長兄である治仁王が伏見宮家を継承しますが、その急死に ともない貞成王が伏見宮家を継ぎ、さらにその子が後花園として天皇位につい たものです。 Awajiは「ご主人」云々は・・・貞成王が伏見宮家の一員として、その当主と しての父や兄を呼称使用したのでは無いかと想像しています。 Time : 1999/10/21(木) 08:53:10
Name : VIA MEDIA E-mail : Title : 「もの語りなどして、うち笑みたまへる」 Comments:  私は自分の意見として、「源氏物語は女流作家たる紫式部が書いたものではない」 と言う意見を持っている。無論、この考えには作家の藤本泉氏の著書が強く影響し ている事は間違いないが、自分で自分なりに調べた結果でもそう考えている事は事 実である。  無論、この意見を他人に押し付ける気はないが、私がどのような意見を持ち、発 表しようとそれは私の自由であり、他人にとやかく言われる義理などないのも当然 であろう。  その意味も含めて、私は井沢先生の「源氏物語は『鎮魂の書』だ」と言う御意見 には原則的に賛成しているし、「顕幽分離の法則」も納得出来る。それに加えて、 私は、「源氏物語はその原型部分はおそらく源高明及びその一族が源氏復興を願っ て書いた『祈願の書』だろう。しかし藤原氏は敢えてそれを黙認していたのだ」と 考えているだけだ。  その一つの根拠として、私は、藤本氏が指摘した、「冷泉帝が生後五十日前後で、 『もの語りなどして、うち笑みたまへる』のはどう考えてもおかしい。女が書いた とは思えない」、と言う主張を紹介した。  こう言うと、「いや、そんな事はない。生後五十日の赤ん坊でも『あわあわ』と 言ったり、母親の顔を見て『にっこり微笑んだり』するではないか」と言う人もい るだろう。しかし私はそうは思わない。  私が手元の資料で調べた結果によると、源氏物語には「うち笑」と言う言葉が全 部で106個あった(いくつかの間違いはあるかも知れないが)。それら全てに関 して(ざっとではあるが)分析してみると、「うち笑み」、「うち笑ひ」と言うの は、「笑っているのか笑っていないのか判らない赤ん坊の笑い顔」ではなく、どう 読んでも「会心の笑み」を表現しているとしか思えない。  同じように、「ほほ笑」について調べた所、こちらは75個あったが、常識で考 える限り、「赤ん坊の笑い顔」を表現するのならばこちらの方が適切であるとしか (少なくとも私には)思えない。何故なら、「ほほ笑む」は、「花が少し開く」と 言う意味でも使われており、その観点から考えてもこちらの方がよいと考えられる。 増してや、「うちほほ笑」と言う表現すらあり、ここから考えれば、「うち」は、 強調語として使われているとしか(私には)思えない。  さて、次は「もの語り」である。これに関しては「物語」を調べると、殆どが所 謂、「文芸作品としての『物語』」なのであるが、動詞で使われている部分は、こ れまた殆どが「何か対象物について話す」使われ方であった。  つまり、「もの語りなどして、うち笑みたまへる」と言うのは、源氏物語の中の 用法を検討する限り、「(物心ついた程度の幼児が)笑いながら話をする」としか、 (私には)解釈出来ないのである。  さて、ではこの部分は「男性の作者が不注意に書いた」からこうなったのだろう か。それははっきり言って「真相は藪の中」であり、私には判らない。今はっきり 言えるのは、    「源氏物語の作者は、生後五十日の赤ん坊の『声と笑顔』を表現するのに、     大人のそれと同じ言葉を使っている」 と言う事だけである。  「もの語りなどして、うち笑みたまへる」を、「何を言っているか訳の判らない 赤ん坊の声」や、「笑っているかそうでないか判然としない赤ん坊の顔」にすりか えて悦に入っている「源氏物語オタク」には何も言う事はない。 --------------------------------------------------------------------------  井沢先生へ。  「顕幽分離の法則」に関しては私も賛成です。「逆説の日本史」の今後の展開に も大いに期待しておりますので頑張って下さい。 Time : 1999/10/21(木) 23:13:27
Name : 枡華麗怒 E-mail : Title : 言葉遊び>VIA MEDIAさんへ Comments: はじめましてこんばんは。すばらしい思考の展開をされていますね! 感心してご意見拝聴しております。ずっとロムばかりしていたのですが 井沢先生の「顕幽分離論」というものに賛成しておられるのはあなただけ のようなのであつかましいお願いですが質問させてください。 以前も何度か話題に上がっておりましたが、私は顕幽分離論は非常に曖昧な理論 だと思っています。曖昧という言葉はけっして悪い意味だけではないのですが他 に適当な言葉が思い浮かばなかったものです。 アマテラス・オオクニヌシ神話、源氏物語などなど毛色の違ったもの全てをたった 一つの言葉=顕幽分離であらわせるのは非常に面白い観点なのですがこの顕幽分離 という言葉の意味というか定義が今一つよくわからないのです。 私は逆説の日本史はまだ7巻はよんでません。「GEN」はだいぶん前に読みまし た。それでなんとなく顕幽分離が理解できていたと思っていたのですがAwaji さんの意見を聞いてぐらついておるというか、以上の二つの話は顕幽分離に一くく りにはできないなと思い始めています。源氏は敗者として理解してもいいのでしょうか? また、名前の出てこない「大臣家」などは完全に藤原氏を指しているのでしょうか? 井沢先生のほかのエッセイなどをみてもさらに混乱しております。 VIA MEDIAさんは顕幽分離論をどう理解しておられるのでしょう? お手数ですが教えていただけないでしょうか? 例に挙がった国譲り神話と源氏物語は勝者が敗者を持ち上げるということにおいて 同じ意味をもつということでいいのでしょうか? 下記はちょっと気になったので。 >「もの語りなどして、うち笑みたまへる」を、「何を言っているか訳 >の判らない赤ん坊の声」や、「笑っているかそうでないか判然としな >い赤ん坊の顔」にすりかえて悦に入っている「源氏物語オタク」には >何も言う事はない。 ということですが、 >「源氏物語の作者は、生後五十日の赤ん坊の『声と笑顔』を表現する >のに、大人のそれと同じ言葉を使っている」 ということから、現代的常識論から{顕幽分離の法則}に結びつける顕幽 >オタク」には何も言う事はない。 といわれればどうしますか? Time : 1999/10/22(金) 00:29:55
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「源氏物語ワンスモア」?? Comments: VIA MEDIAさん、今日は。Awajiです。 お言葉とは裏腹に実際は議論を継続されるおつもりの様ですので、「源氏 物語オタク」と言う身に余る名誉を頂いた者として不束ながらお応えいた します。 >>私は井沢先生の「源氏物語は『鎮魂の書』だ」と言う御意見には原則的 >>に賛成しているし、「顕幽分離の法則」も納得出来る。それに加えて、 >>私は、「源氏物語はその原型部分はおそらく源高明及びその一族が源氏 >>復興を願って書いた『祈願の書』だろう。しかし藤原氏は敢えてそれを >>黙認していたのだ」と考えているだけだ。 井沢さんの『鎮魂』という概念は、以下に記述されているとおり悲劇の被 害者が「怨霊」となって加害者側に祟るのを防止するために行う「怨霊鎮 魂」行為を言う筈ですね。 >>それは説明するまでもありませんね。要するに怨霊が怖いからです。こ >>の世につきせぬ恨みを抱いて死んだ怨霊は、放っておくと飢饉、疫病、 >>災害あるいは戦争といったあらゆる災厄の原因となる。 >>だからこそその怨霊は鎮魂されなければならないが、その鎮魂の方法が >>中国においては子孫に祀らせるというやり方だったのが、日本ではその >>怨霊の生前ほしがっていたものを与えるというやり方に替わっていった。 >> 顕幽分離は古代だけでなく日本史を通して強い影響を及ぼしている。 >>後の例を挙げれば菅原道真が現実の世界では藤原氏に破れたが、幽界で >>は太政大臣となり天神として祀られたのがその典型である。 >>藤原氏の陣営にいた紫式部が、なぜ藤原氏の最大のライバルであった源 >>氏が天下を取るという小説を書かねばならないのか。こんな変なことは >>ないのだが、それはおかしいということを、これまで誰も問題にしなか >>ったのである。 つまり「源氏物語」を「鎮魂の書」とし「顕幽分離の法則」に適合させる には、「藤原氏の陣営にいた紫式部」が書いた「源氏が天下を取るという 小説」でなければなりません。 「被害者(源高明及びその一族)が源氏復興を願って書いた『祈願の書』」 と「鎮魂の書」とは、基本概念が全く異なるものであることを申し上げて おきます。 また敢えて申し上げるならば、『言霊理論』の本質は『顕幽合一の法則』 に由来するものと考えられますので、この点も整理されたほうが良いと 思います。(尤も「顕幽分離の法則」と言う概念自体が極めて分かりにく いものなので、この部分はAwajiの理解する範囲においては・・・と言う 意味で受け取っておいて下さい。) 勿論、Awajiは「源氏物語」を「源氏が天下を取る物語」とも「源氏復興 を願う祈願の書」とも解釈いたしておりません。 Title: 救世観音と「源氏物語のメインテーマ」1999/ 9/22(水) 22:07:37 等で申し上げたとおり・・・・ >>(省略)その様な形で「一見華やかな人生(人間)の底知れぬ宿業・・・ >>深淵を描き出す」 本質的には凄惨な人間劇と理解しておりますので、どちらのご意見にも賛 同出来ませんが・・・「物語」の解釈については基本的にご自由でしょう から、これ以上は申し上げません。 ただ井沢さんは「源氏物語」を「出世物語」部分と「凋落物語?」部分に 別けて前者を「原紫式部源氏物語」としておられるのですが、「源高明源 氏物語」も同様ですか? そしてそれは誰(忠賢・惟賢・俊賢・経房・明子?)によって何時頃作成 され、公表されたとお考えなのでしょうか? 彼等は何故「源氏復興の祈願」を天皇妃との母子相姦や不義の子の天皇即 位と言う異常な形で表したのでしょう? 何故にこの物語が紫式部の作品として後世に伝わったとお考えでしょうか? また「凋落物語?」部分は誰が何のために付加したとお考えですか? (「笑い」の定量分析は「源氏物語」全体だと思いますので念のため。) VIA MEDIAさんのご意見に関心を持っておられる方々のためにも、以上の諸 点についての補足説明を、お勧めいたします。 それは兎も角として、乳幼児「笑い・物語」分析ですが・・・・ >>三ヶ月の赤ん坊が笑ったり話したり出来るとお考えなら私は何も申しま >>せん。この時期の赤ん坊に出来るのは「泣く」事だけ。 に比べれば少しは「人間を人間たらしめている最も象徴的な行動である 『笑い』の初期的発現」についてご理解が進んだ様ですね。 ただAwajiは感情交流としての「笑い」に重点をおいたため「微笑」を中心 にご説明し過ぎたかも知れませんね。チョット反省しています。 A〜Bの時期の「笑い」は時として発声や活発な手足の動きをともなう、正 に身体全体で示す溢れるような「笑い」も有り得ます。 (勿論その時期・発現には、かなりの個体差があります) >>「笑っているのか笑っていないのか判らない赤ん坊の笑い顔」 ではありませんので、説明不充分の点お詫びいたします。(これにピッタリ なのは、寧ろ@の「天神笑い」「虫笑い」と称されるものです。) さて・・・・ 「笑い」と「ほほ笑み」についての定量分析・・・まことにご苦労様でした。 Awajiもこの様な定量分析は大いに評価しますが、本件に関して、その有効 性は如何なものかと思います。 VIA MEDIAさんも「物書き」でいらっしゃいますから、当然「擬人法」や 「擬制法」はお使いになるでしょうね? >>「源氏物語の作者は、生後五十日の赤ん坊の『声と笑顔』を表現するのに、 >>大人のそれと同じ言葉を使っている」 この場合の「冷泉帝が生後五十日前後で、『もの語りなどして、うち笑み たまへる』」の前段部分はこの手法だとはお考えになれませんか? そもそも作者が男性であろうと、未婚の女性であろうと・・・ 「生後五十日の赤ん坊」が「会心の笑み」はともかく「何か対象物について 話す」と不注意で書くでしょうか? 彼等の周囲には、この不注意を正す祖母・母親・妻・姉妹・侍女等の経産 婦は全く存在していなかったのでしょうか? 多くの母親を含む女性読者はこの不注意に気が付かなかったのでしょうか? Awajiには考えられないことです。 多くの女性読者は(一部の男性もそうでしょうが・・)この表現に、健や かに生育する赤ん坊の活発な喃語と溢れるような愛くるしい笑みとを思い 浮かべ、その巧みな表現に微笑んだとは思われませんか? (「物語などして」の「など」が良いですね!) これは、ある意味では目的的一過性の「笑み」を感じさせる「ほほ笑み」 ではなく、正に「うち笑み」としてこそ表現できるものでしょう。 勿論これは読み手の「感性=文学センス」の問題ですから、押し付けはい たしません。 「源氏物語オタク?」は、この文学作品を量質ともに第一級のものだと理 解しています。特に人間(性)の光と影、性の歓喜と悲哀を統一的に纏め 上げた表現力と構成力には深い感銘を覚えます。 またその文学性(芸術性)を正当に評価し、伝世してきた平安(女性)貴 族の「感性」にも敬意を表したいと思っています。 同じ文学愛好者として、その様な観点から『もの語りなどして、うち笑み たまへる』という作者の表現を少しでも理解して頂ければ幸甚です。 (勿論、男性であっても表現不可能とまでは言いませんが・・・やはり女 性=母親ならではと言う気がするのは否めません。) Time : 1999/10/22(金) 13:00:23
Name : VIA MEDIA E-mail : Title : 「顕幽分離論」 Comments:  枡華麗怒 様 >>VIA MEDIAさんは顕幽分離論をどう理解しておられるのでしょう? >>お手数ですが教えていただけないでしょうか?  あくまでも私の理解の範疇ですが、「顕幽分離論」とは、  1.基本的に「顕」と「幽」の間には「壁」はない。  2.「顕」と「幽」はお互いに影響し合う事が可能である。  3.よって、「幽」からの「顕に対する悪影響」を避けるために、「鎮魂」を行    わねばならない。  4.積極的に「鎮魂」を行い、「顕に対する幽の影響」を避ける事により、実質    的に「顕」と「幽」とを「分離」出来る。 と言う事ではないかと考えています。  しかしながら、これはあくまでも「顕」から見た「幽」の分離であって、「顕」 にしてみれば、「怨霊」が「鎮魂」により「御霊」となってくれれば、寧ろ有り難 い訳です。ですから、「分離論」と言っても、基本的には「怨霊信仰に基づく鎮魂」 と変わらないと考えています。  しかし、それが発展して行きますと、例えば、    「実際に世の中を動かしているのは武士であるにも拘わらず、『天皇の権威』     を認め、寧ろ、『権威の部分』に関しては『積極的に後押しする』事によ     って、『怨念(生霊の怨念も含む)』の発生を防げる」 と言う考えに結び付くのは自然な事ではないでしょうか。  そのため、日本には、「天皇の権威、武士の権力」と言う不文律のようなものが生 まれた、と言うのが井沢先生の言わんとなさっておられる事であり、それを「顕幽分 離主義」と呼んでおられるのではないか、と、私は理解しているのですが。 >>例に挙がった国譲り神話と源氏物語は勝者が敗者を持ち上げるということにおいて >>同じ意味をもつということでいいのでしょうか?  井沢先生はそう仰って(「逆説の日本史」・四巻第三章に記述されています)おい でですし、私もそう思っております。  私の場合はそれを更に発展させて(ベースは藤本泉氏の説ですが)、    「源氏物語の『原型』は、藤原氏に没落させられた源氏一族が、『言霊理論』     に基づき、源氏復興を願って書いた『祈願の書』である。しかし、『物語』     である故、藤原氏は『顕幽分離論』からの観点でそれを黙認した」 と考えている事は前述した通りです。  その一つの根拠としては、当時、(あくまでも私の推定ですが)「物語」と言う ものは「キワモノ」であったからだ、と思うからです。  昔の日本における公的文化活動と言えば、何と言っても「勅撰集」です。朝廷の 命により和歌集を編纂する事が最大の文化活動でした。  しかし、公的に「物語」の制作が命じられた事があったでしょうか?  もし、「物語」と言うものが、それほど皇族や貴族に愛されたものだったとした ら、「公的な物語」があってもよいのではないでしょうか?  このあたり、私の勉強不足で、もし「公的な物語」があったのなら訂正してお詫 び致しますが、少なくとも私の知る限りでは、「公的な物語」は存在しないのでは ないかと思います。即ち、「物語」は「和歌」に比べて「地位が低かった」としか 思えないのです。  藤原氏は、直接政治と結び付く「和歌」の世界では、トップを取ろうと躍起にな っていました。そして「和歌」が「言霊そのもの」である以上、「物語の言霊」よ りも、「和歌の言霊」の方が上であり、「『物語の言霊』では和歌に勝てない」と 考えていたからこそ、「虚構の世界では大いに勝って下さい」と言う考えで、源氏 が物語を制作して回し読みをする事を黙認していたのではないか、と考えているの です。  こう考えれば、「物語は、実は女を装った男が書いた」と言う説も理解出来ます。 つまり、書く方も「物語の劣等性」を自覚していたからこそ、「男が書いた」とは 公言出来なかったのです。  しかしながら、ここに書いた事は、    「あくまでも、『私はこう考えている』、と言うだけであり、現代の国文学     の世界では全く相手にされないばかりか、激しい攻撃の対象になるだろう」 と言う事はよく自覚しており、    「他人に押し付ける積もりは全くない」 と言う事は明記しておきます。 Time : 1999/10/22(金) 18:50:32
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「二つの顕幽分離論」?? Comments: VIA MEDIAさん、枡華麗怒さん、今日は。Awajiです。 顕幽分離に関する解説ありがとうございました。 要するに井沢さんの「顕幽分離=A」とVIA MEDIAの「顕幽分離=B」と は全く別の概念なのですね。 A=怨霊信仰に基づく鎮魂行為の一形態として、顕界(現実世界)で奪っ た権力・栄誉を幽界(非現実世界)において与えること。 つまりは顕界の権力・栄誉と幽界の権力・栄誉の分離付与。 (怨霊鎮魂の方法論) B=怨霊信仰に基づく鎮魂行為そのもので、「顕に対する幽の影響」を避 ける事により実質的に「顕」と「幽」とを「分離」すること。 (ただし言霊力の優劣から「和歌」は顕、「物語」は幽とする。) でしょうか・・・・?オオクニヌシについて言えば・・・ A=顕界においてオオクニヌシの国主としての地位を奪ったことによる怨 念を鎮めるために、幽界の祭祀国主の地位を与えた。 B=同じく・・・怨念を鎮めるために、何らかの鎮魂行為を行った? 源氏物語について言えば・・・ A=顕界において源氏の政治的栄達の道を奪ったことによる怨念を鎮める ために、藤原氏が物語の中で源氏の栄華を実現し流布した。 B=同じく・・・怨念を鎮めるために、源氏一族が『言霊理論』に基づき、 源氏復興を願って書いた『祈願の書』の流布を、藤原氏が黙認した。 と言うことでは無いでしょうか?? 「和歌」と「物語」の言霊効果の優劣を比較し、優位にある「和歌」が顕 界、劣位にある「物語」が幽界とされる論理は良く分かりません。 >>「幽」からの「顕に対する悪影響」を避けるために、「鎮魂」を行わね >>ばならない。 と言う「顕幽」概念と、言霊力の優劣による「顕幽」概念はどう理解すれ ば良いのでしょうか? 仮に源氏一族が『言霊理論』に基づき、源氏復興を願って書いた『源氏歌 集』であれば藤原氏は、これを禁止するのでしょうか? その場合に源氏の怨霊鎮魂は一体何処へ行ってしまうのでしょうか? Awajiは、別に井沢さんの肩を持つわけではありませんが、どう見てもA説 の方が整合性がとれている様に思います。 (Awajiが井沢さんの「源氏物語顕幽分離説」に疑問を持っているのは、 「源氏物語」を「源氏の天下取り物語」とされる部分であって、仮にその 解釈が正しければ、井沢さんの所説はそれなりの論理性があると思います) ところで、井沢さんの「顕幽分離論」によれば源氏の栄華を描く「物語」 は幽界に属するものであり、「源氏復興」は顕界に属するものでしょうね。 そして「言霊信仰」の本質は、幽界に属する「物語=言葉」が顕界に作用 し、その内容を実現することに有るのでは無いかと思います。 (この部分については、VIA MEDIAさんの見解に賛成です。) とすれば「言霊信仰」と「顕幽分離」思想に基づく「物語方式怨霊鎮魂」 は思想的にアンチノミーな関係にあるのでは無いかと思うのですが、如 何なものでしょうか? Time : 1999/10/22(金) 23:24:29
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と訂正 Comments: Awajiです・・・以下の部分誤解が有りますので削除します。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー (ただし言霊力の優劣から「和歌」は顕、「物語」は幽とする。) 「和歌」と「物語」の言霊効果の優劣を比較し、優位にある「和歌」が顕 界、劣位にある「物語」が幽界とされる論理は良く分かりません。 >>「幽」からの「顕に対する悪影響」を避けるために、「鎮魂」を行わね >>ばならない。 と言う「顕幽」概念と、言霊力の優劣による「顕幽」概念はどう理解すれ ば良いのでしょうか? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 失礼しました。 Time : 1999/10/23(土) 00:46:09
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「二つの顕幽分離論訂正版」?? Comments: VIA MEDIAさん、枡華麗怒さん、今日は。Awajiです。 顕幽分離に関する解説ありがとうございました。 前回の「二つの顕幽分離論」にはAwajiの誤解があったので、本件はその 誤解部分を訂正したものです。ただしVIA MEDIAさんの「顕幽分離論」に 関してはなお誤解している可能性がありますので、ご指摘願います。 要するに井沢さんの「顕幽分離=A」とVIA MEDIAの「顕幽分離=B」と は全く別の概念の様な気がします。 A=怨霊信仰に基づく鎮魂行為の一形態として、顕界(現実世界)で奪っ た権力・栄誉を幽界(非現実世界)において与えること。 つまりは顕界の権力・栄誉と幽界の権力・栄誉の分離付与。 (怨霊鎮魂の方法論) B=怨霊信仰に基づく鎮魂行為そのもので、「顕に対する幽の影響」を避 ける事により実質的に「顕」と「幽」とを「分離」すること。 でしょうか・・・・? オオクニヌシについて言えば・・・ A=顕界においてオオクニヌシの国主としての地位を奪ったことによる怨 念を鎮めるために、幽界の祭祀国主の地位を与えた。 B=同じく・・・怨念を鎮めるために、幽界の祭祀国主の地位を与え、鎮 魂祭祀を続けることにより、幽界から顕界への影響力を封じた? オオクニヌシに関する「顕幽分離」は、一般に定説化しているところであ り、どちらを取っても大差はないと思います。 源氏物語について言えば・・・ A=顕界において源氏の政治的栄達の道を奪ったことによる怨念を鎮める ために、藤原氏が物語の中での源氏の栄華を実現し流布した。 つまり藤氏の顕界における栄華を確立するため、源氏に幽界における 栄華を与えたものである。 B=顕界において源氏の政治的栄達の道を奪ったことに対し、源氏一族は 『言霊理論』に基づき、源氏復興を願って『祈願の書』を書いたが、藤 原氏はその「物語」の言霊効果(源氏復興のための幽界から顕界への 影響力)が「和歌」に比べて劣位にあり、言霊効果は顕在化しない( 幽界に留まる?)と判断してその流布を黙認した? と言うことでは無いでしょうか?? BについてのAwajiの解釈が正しいのかどうか良く分かりませんが・・・ そもそも源氏の「物語」による「源氏復興祈願」努力を、「和歌」による 言霊効果で封じつつ流布を黙認することにより、源氏の怨念は解消される のでしょうか? (源氏の祈願を虚仮にするようなもので、かえって怨念は増幅されるので は無いでしょうか?) 仮に源氏一族が『言霊理論』に基づき、源氏復興を願って書いた『源氏歌 集』であれば藤原氏は、これを禁止するのでしょうか? その場合に源氏の怨霊鎮魂は一体何処へ行ってしまうのでしょうか? Awajiは、別に井沢さんの肩を持つわけではありませんが、どう見てもA説 の方が整合性がとれている様に思います。 (Awajiが井沢さんの「源氏物語顕幽分離説」に疑問を持っているのは、 「源氏物語」を「源氏の天下取り物語」とされる部分であって、仮にその 解釈が正しければ、井沢さんの所説はそれなりの論理性があると思います) ところで、井沢さんの「顕幽分離論」によれば源氏の栄華を描く「物語」 は幽界に属するものであり、源氏復興は顕界に属するものでしょうね。 そして「言霊信仰」の本質は、幽界に属する「物語=言葉」が顕界に作用 し、その内容を実現することに有るのでは無いかと思います。 (この部分については、VIA MEDIAさんの見解に賛成です。) とすれば「言霊信仰」と「顕幽分離」思想に基づく「物語方式怨霊鎮魂」 は井沢さんの論理のなかでは思想的にアンチノミーな関係にあるのでは無 いかと思うのですが、如何なものでしょうか? (つまり「物語」の言霊力を認めるならば、「物語」の中で源氏の顕界 における栄華を描き流布することは、これを招来することになりますね。 従って藤原氏が「源氏物語」を作成流布したことは、その言霊力を否定し ていることになります。 これに対し「源氏物語」後段を付加することによって、言霊力による源氏 の顕界栄華の招来を阻止したと言うならば、今度は怨霊鎮魂どころか挑発 することになってしまいます・・・両者は二律背反関係にあるのでは?) なお、Awajiは・・・「物語」は基本的にあくまで文学作品であり、「言 霊祈願」とか「顕幽分離」の側面から解釈すること自体に疑問を持って いますので念のため。 (ごく部分的にそういう面があることは否定しませんが・・・) Time : 1999/10/23(土) 11:05:30
Name : Raffle E-mail : Title : kennyuu bunnri Comments:  はじめまして  現在の議論、興味ぶかいのですが、井沢先生は紫式部執筆説で、Mediaさん が源高明一族執筆説なら、顕幽分離の細かい理解が異なるのは当然です。  しかし、何らかの法則、史観を打ち立てようとする立場に対する批難として、 個別の例の細かい相違をあげつらってもそれは意味のないことです。  マルクス史観において、少なくとも当時学生だった私には非常にクリアな世界 が広がったことは厳然たる事実でありますし、勿論、のちにその解釈に疑問を持 ったことも事実ではありますが、それは細かい例外を挙げるAwaji氏の立場 が客観的に正しく映るのと同じ事です。  ところで、奥様の意見まで添えられて、赤ちゃんの発達過程を主張された方が、 急に擬人法に話しを移されたのは如何なものでしょうか。 Time : 1999/10/23(土) 11:36:31
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「法則・史観の検証」?? Comments: Raffleさん、はじめまして。Awajiです。コメントありがとうございま した。 >>井沢先生は紫式部執筆説で、Mediaさんが源高明一族執筆説なら、 >>顕幽分離の細かい理解が異なるのは当然です。 おっしゃるとおり「顕幽分離」の概念が異なるのは当然だと思います。 ところがVIA MEDIAさんは・・・・ >>私は井沢先生の「源氏物語は『鎮魂の書』だ」と言う御意見には原則的 >>に賛成しているし、「顕幽分離の法則」も納得出来る。 とおっしゃっておられますので、「鎮魂の書」と「祈願の書」は基本的に 相容れないものであり「顕幽分離」の概念も異なっていることを確認させ て頂いたのですが、何か問題がありますでしょうか? >>しかし、何らかの法則、史観を打ち立てようとする立場に対する批難と >>して、個別の例の細かい相違をあげつらってもそれは意味のないことで >>す。 非難と受け取られるのはAwajiの不徳のゆえですが、Awajiはあくまで疑問 点を提示し、表明されている法則性、史観の有効性・妥当性を検証させて 頂いているつもりです。これは意味のないことなのでしょうか? Awajiは学生時代からマルクス史観に疑問を提示し、当時の思想的エリート (と称する学生達)から徹底攻撃を受けました。 その時代には科学的史観を検証すること自体が許されざる科学に対する冒 涜とされていましたね? この経験からも歴史の法則性、史観に対してはその立論根拠を徹底的に検 証することが必要であり、意味のあることだと考えているのですが? >>それは細かい例外を挙げるAwaji氏の立場が客観的に正しく映るの >>と同じ事です。 Awajiは「細かい例外」とは考えていませんが、少なくとも法則に反する 事項の分析によって、法則の有効性、妥当性が検証されるのでは無いでし ょうか? >>ところで、奥様の意見まで添えられて、赤ちゃんの発達過程を主張され >>た方が、急に擬人法に話しを移されたのは如何なものでしょうか。 ご指摘の部分が良く分かりませんが、作者が「喃語」を「物語」と表現し ているのは擬(成)人法だと申し上げているのであって、乳幼児が3月を待 たず喃語をしゃべり(お話しと表現しております)、闊達な「笑い」を発 現するのは当初から一貫して申し上げていた筈ですが・・・話が移ってお りますでしょうか? Awajiは、自分の考えを批判して頂き、その批判に基づき自説を再考する ことが勉強だと考えており、その目的でこのHPに参加させて頂いており ますので、今後とも疑問点はご遠慮なくご指摘下さい。 Awajiも遠慮無く反論いたしますが、よろしくお願いします。 Time : 1999/10/23(土) 14:39:16
Name : VIA MEDIA E-mail : Title : 「顕幽分離論」の補足。 Comments:  Raffle 様  誤解があるようなので一つだけ申し上げておきます。「顕幽分離論」に関しては、 井沢先生の説も私の理解も基本的には同じだと思っております。ただ、「源氏物語」 に関しては解釈が違う、と言う事に過ぎません。  何故私がそう考えているかと言いますと、いくら「顕幽分離」と言っても、「言 霊」と言う概念も存在する以上、「物語を書く」と言う行為の「言霊作用」は否定 出来ないと考えるからです。  ですから、井沢先生の仰る通り、もし「源氏物語」が「藤原氏の紫式部」が書い たとしたら(つまり「通説」通りだとしたら)、「物語を書いた事による言霊作用」 はやはり否定出来ないでしょうし、藤原氏がそれを全く考えていなかったかのよう に仰る井沢先生の論には疑問を感じている事も事実です。  それで、私としては、「藤原氏は和歌の言霊作用に自信を持っていたおり、卑し いものたる『物語』程度で源氏の鎮魂になるのなら安いものだ、と考えていた」か ら(即ち、「和歌の言霊作用で、物語の言霊作用を『幽』に封じ込められる、と考 えていたから)こそ、源氏が「物語」を作って「回し読みする」事は、「ガス抜き」 になると判断して黙認していたのだ、と考えているのです。 Time : 1999/10/24(日) 10:59:03
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「看聞御記」?? Comments: ネットキットさん、今日は、Awajiです。 チョットついでがありましたので、「看聞御記」を閲覧しました。 (と言っても全文を通読する時間は、ありませんでしたので、つぎの解説 書による確認です・・・日記・記録による日本歴史叢書 古代・中世編16 「看聞御記」ーーー横井清著) これによれば貞応は栄仁を「御所」、治仁を「新御所」と呼びまた「御前」 とも呼んでいます。 おそらく >>貞成親王の「看文御記」の内容では自分の父の栄仁親王の事を、ご主人 >>様、弟の治仁王の事を新ご主人様と呼んでいた…と、あるのだそうです。 と言うのは、この「御所」「御前」を意図的に「ご主人様」と誤訳したの だと思います。当時の貞成は伏見宮家の曹司住の身でしたから、当主を 「御所」あるいは「御前」と称するのは当然であり、何ら父子関係を疑わ せる呼称ではありません。 逆に「慈父(栄仁)の恩愛により」「大通院(栄仁)御在世の時、年来忠 孝を励み」等の父子関係を前提とした表現は幾らでも発見できます。 要するに長島銀蔵氏(故人)の単純な「ト」と考えるしかありません。 なお、当時の系譜としては後小松時代に制作された「本朝皇胤紹運録」に おいて・・・ 崇光天皇ー栄仁親王ー┬ー貞成親王ーー後花園天皇ーーーーー └─治仁王 と明記されており、その後の諸系譜も全てこれを踏襲していますので、明治 天皇が皇統譜においてワザワザ自己の皇統を否定するがごとき・・・ ○─貞成親王─後花園天皇 と公示する筈がなく、これはさらに輪をかけた 「ト」だと思われます。 ただ、この系図でお気づきのように貞成・治仁の兄弟関係については色々な 議論があった様です。 (つまりこの書き方では貞成が兄、治仁が弟と読み取れます) また「看聞御記」自体でも治仁の行年を37歳(当時貞成は46歳)とし年齢が 逆転しています。このことから貞成を庶兄とする説が昭和初期まで主流とな っていたそうです。 ところが昭和28年に村田正志氏の論文により37歳(棒引表記であるためシバ シバ誤写される)は47歳の誤写であると言う主張がなされ、以後は治仁長兄 説が定説とされている様です。 (治仁長兄説の論拠としては「看聞御記」で治仁王を「一の宮」と称してい ること。貞成王の元服に際し治仁王が兄として加冠儀式を行っていること。 栄仁が貞成を治仁の猶子とし、その扶持を保証させていること等々・・・) 従って、「本朝皇胤紹運録」が貞成親王を兄の如く表記したのは・・・ 貞成が親王宣下を受けたが治仁は受けていない。貞成は太上天皇となったが、 治仁は比較的若年で無位無冠のまま死亡している・・・等から誤記あるいは 意図的に長兄扱いされた可能性があるとされているようです。 いわば天智・天武非兄弟論における、中世年齢記事の如く少し調べれば解決 する極く他愛の無い問題のようです。 取り敢えずご報告いたしておきます。 Time : 1999/10/24(日) 18:50:34
Name : Raffle E-mail : Title : お返事 Comments: Awajiさん、こんにちは  Mediaさんは最初の段階で >私は「逆説の日本史」のファンで、七巻まで全て拝読させて戴きましたが、「源 氏物語」に関する扱いだけには疑問を持っております。 井沢先生は、「源氏物語 は藤原氏出身の女流作家たる紫式部が、『顕幽分離の法則』で説明出来る論理に基 づいて『鎮魂』のために書いたのだ」と言う立場をとっておいでのようですが、私 にはそうは思えません。このあたりの事は、作家の藤本泉氏が、氏の著書、「源氏 物語の謎」(祥伝社刊)で詳しく解明なさっておいでなのでここには詳述致しません が、要するに、「源氏物語は安和の変で藤原氏に追放された源高明一族が、『言霊 理論』に基づき、『源氏の復興』を願い、長年に亘って書き綴った『祈願の書』で ある。しかし藤原氏は『顕幽分離』の立場から、それを敢えて黙認したのだ」と、 私は考えています。<  と述べられておりますように当初から井沢説に反対の立場をとっておられたはず です。ただ、議論の過程で若干混乱した部分があるようで、確認されたAwaji さんの立場には納得しました。失礼しました。  法則については、実際に議論すればAwajiさんの正しさはあきらかです。な ぜなら、歴史全てにあてはまる法則など、まず存在しえないでしょうから。  しかし井沢理論はかつてマルクス史観が我々を虜にしたのに近い面白さを持って おり、それゆえに整合性のあるAwaji説に反論したく、投稿しました。失礼は お詫びします。  ところで、千数百年の読者はこの「物語」の解釈を誤解していると主張されてい るのでしょう?つまりは・・・千数百年の読者はこの「物語」の本質が理解できな かった オバカサン・・・と考えておられるのでは無いでしょうか?(少なくともAwajiはそ の様に受け取りました)  との意見を述べられますと、何らかの新説を提示することは皆さんに失礼、とい うことになりますが、如何でしょうか。  擬人法という表現はこの場合に適切なのか疑問なのですが、一連の赤ちゃんの記 述についてはこれによって男性著者説をとるほどの根拠とは考えられません。  私は作品の執筆時間については作家のタイプにより、Awaji氏、あるいは速 筆のタイプと現代語訳比べて、自明の理といわれても困ると思います。丸山健二の タイプもあります。ただ、この論も作者の同定にあまり意味があるとは思えませ ん。    お返事遅くなり失礼しました。 : VIA MEDIAさま  井沢説と同じといわれますと納得できかねます。鎮魂と祈願とは相容れず、鎮魂 なら現状の維持を認め、祈願なら現状の転覆を願うことになるからです。  藤原氏の黙認も、和歌優位論も井沢説との整合性を保つためのあとづけに思われ ますが。 Time : 1999/10/24(日) 22:07:18
Name : Raffle E-mail : Title : お返事 Comments: Awajiさん、こんにちは  Mediaさんは最初の段階で >私は「逆説の日本史」のファンで、七巻まで全て拝読させて戴きましたが、「源 氏物語」に関する扱いだけには疑問を持っております。 井沢先生は、「源氏物語 は藤原氏出身の女流作家たる紫式部が、『顕幽分離の法則』で説明出来る論理に基 づいて『鎮魂』のために書いたのだ」と言う立場をとっておいでのようですが、私 にはそうは思えません。このあたりの事は、作家の藤本泉氏が、氏の著書、「源氏 物語の謎」(祥伝社刊)で詳しく解明なさっておいでなのでここには詳述致しません が、要するに、「源氏物語は安和の変で藤原氏に追放された源高明一族が、『言霊 理論』に基づき、『源氏の復興』を願い、長年に亘って書き綴った『祈願の書』で ある。しかし藤原氏は『顕幽分離』の立場から、それを敢えて黙認したのだ」と、 私は考えています。<  と述べられておりますように当初から井沢説に反対の立場をとっておられたはず です。ただ、議論の過程で若干混乱した部分があるようで、確認されたAwaji さんの立場には納得しました。失礼しました。  法則については、実際に議論すればAwajiさんの正しさはあきらかです。な ぜなら、歴史全てにあてはまる法則など、まず存在しえないでしょうから。  しかし井沢理論はかつてマルクス史観が我々を虜にしたのに近い面白さを持って おり、それゆえに整合性のあるAwaji説に反論したく、投稿しました。失礼は お詫びします。  ところで、千数百年の読者はこの「物語」の解釈を誤解していると主張されてい るのでしょう?つまりは・・・千数百年の読者はこの「物語」の本質が理解できな かった オバカサン・・・と考えておられるのでは無いでしょうか?(少なくともAwajiはそ の様に受け取りました)  との意見を述べられますと、何らかの新説を提示することは皆さんに失礼、とい うことになりますが、如何でしょうか。  擬人法という表現はこの場合に適切なのか疑問なのですが、一連の赤ちゃんの記 述についてはこれによって男性著者説をとるほどの根拠とは考えられません。  私は作品の執筆時間については作家のタイプにより、Awaji氏、あるいは速 筆のタイプと現代語訳比べて、自明の理といわれても困ると思います。丸山健二の タイプもあります。ただ、この論も作者の同定にあまり意味があるとは思えませ ん。    お返事遅くなり失礼しました。 : VIA MEDIAさま  井沢説と同じといわれますと納得できかねます。鎮魂と祈願とは相容れず、鎮魂 なら現状の維持を認め、祈願なら現状の転覆を願うことになるからです。  藤原氏の黙認も、和歌優位論も井沢説との整合性を保つためのあとづけに思われ ますが。 Time : 1999/10/24(日) 22:07:48
Name : Raffle E-mail : Title : お返事 Comments: Awajiさん、こんにちは  Mediaさんは最初の段階で >私は「逆説の日本史」のファンで、七巻まで全て拝読させて戴きましたが、「源 氏物語」に関する扱いだけには疑問を持っております。 井沢先生は、「源氏物語 は藤原氏出身の女流作家たる紫式部が、『顕幽分離の法則』で説明出来る論理に基 づいて『鎮魂』のために書いたのだ」と言う立場をとっておいでのようですが、私 にはそうは思えません。このあたりの事は、作家の藤本泉氏が、氏の著書、「源氏 物語の謎」(祥伝社刊)で詳しく解明なさっておいでなのでここには詳述致しません が、要するに、「源氏物語は安和の変で藤原氏に追放された源高明一族が、『言霊 理論』に基づき、『源氏の復興』を願い、長年に亘って書き綴った『祈願の書』で ある。しかし藤原氏は『顕幽分離』の立場から、それを敢えて黙認したのだ」と、 私は考えています。<  と述べられておりますように当初から井沢説に反対の立場をとっておられたはず です。ただ、議論の過程で若干混乱した部分があるようで、確認されたAwaji さんの立場には納得しました。失礼しました。  法則については、実際に議論すればAwajiさんの正しさはあきらかです。な ぜなら、歴史全てにあてはまる法則など、まず存在しえないでしょうから。  しかし井沢理論はかつてマルクス史観が我々を虜にしたのに近い面白さを持って おり、それゆえに整合性のあるAwaji説に反論したく、投稿しました。失礼は お詫びします。  ところで、千数百年の読者はこの「物語」の解釈を誤解していると主張されてい るのでしょう?つまりは・・・千数百年の読者はこの「物語」の本質が理解できな かった オバカサン・・・と考えておられるのでは無いでしょうか?(少なくともAwajiはそ の様に受け取りました)  との意見を述べられますと、何らかの新説を提示することは皆さんに失礼、とい うことになりますが、如何でしょうか。  擬人法という表現はこの場合に適切なのか疑問なのですが、一連の赤ちゃんの記 述についてはこれによって男性著者説をとるほどの根拠とは考えられません。  私は作品の執筆時間については作家のタイプにより、Awaji氏、あるいは速 筆のタイプと現代語訳比べて、自明の理といわれても困ると思います。丸山健二の タイプもあります。ただ、この論も作者の同定にあまり意味があるとは思えませ ん。    お返事遅くなり失礼しました。 : VIA MEDIAさま  井沢説と同じといわれますと納得できかねます。鎮魂と祈願とは相容れず、鎮魂 なら現状の維持を認め、祈願なら現状の転覆を願うことになるからです。  藤原氏の黙認も、和歌優位論も井沢説との整合性を保つためのあとづけに思われ ますが。 Time : 1999/10/24(日) 22:11:11
Name : VIA MEDIA E-mail : Title : 「見る角度」の問題。 Comments: Raffle 様 >> 井沢説と同じといわれますと納得できかねます。鎮魂と祈願とは相容れず、 >>鎮魂なら現状の維持を認め、祈願なら現状の転覆を願うことになるからです。  これは「見る角度」の違いでしょう。同じ「源氏物語」でも、藤原氏から見 れば「鎮魂」であり、源氏から見れば「祈願」です。矛盾はないと思いますが。 >> 藤原氏の黙認も、和歌優位論も井沢説との整合性を保つためのあとづけに思 >>われますが。  そうお考えになられるのなら、特に私としては何とも申しません。元々私の考 えにおける井沢説との相違は、「源氏物語」に関する扱いだけです。ですから、 自分としても「井沢説」との整合を取ろうとすれば「後付け」の理論を探さざる を得ない事は否定致しません。  但し、一つだけ申しておきますが、私が「源氏物語男性執筆説」の立場にある 事に関しては、井沢先生の説とは対立すると思います。その意味では、結果とし て「顕幽分離論」に賛成してはいるものの、論の立脚点が違うと言う意味では、 私の論は井沢説とは相容れないのかも知れませんね。  そもそも私が「顕幽分離論」に賛成しているのは、「そう考えなければ、『ア ンチ藤原物語』たる『源氏物語』が生き残った理由」が判らないからです。その 意味で、自説との整合性を取ろうとすればあのような形にならざるを得なかった、 と言う事です。  それと、もう一つ申し上げておきますと、「和歌と物語の問題」が「後付け」 と解釈される事に関しては、私のここでの発言の順番が拙かった故、その御批判 も甘んじて受けますが、私としても、「私が持っている全ての情報」をここで開 示する義務はないと思いますし、そこまでしてここで議論する気はない、と言う 事も明記しておきます。理由は、私がここで「源氏物語男性執筆説」を本格的に 展開し、色々な方と論争しても、私には何の利益もないからです。私が自説をこ こで簡単に述べたのは、あくまでも「井沢先生に対するエールの一つ」でしかな い事は申し上げておきます。 Time : 1999/10/24(日) 22:42:09
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「顕幽分離及び言霊」?? Comments: Raffleさん、VIA MEDIAさん、今日は。Awajiです。 Raffleさん・・・・ >>個別の例の細かい相違をあげつらってもそれは意味のないことです。 とおっしゃっていましたが、VIA MEDIAさんご自身がご指摘のように、 少しは意味があるわけですよね。 VIA MEDIAさん・・・・ >>「藤原氏は和歌の言霊作用に自信を持っていたおり、卑しいものたる >>『物語』程度で源氏の鎮魂になるのなら安いものだ、と考えていた」 >>から(即ち、「和歌の言霊作用で、物語の言霊作用を『幽』に封じ込 >>められる、と考えていたから)こそ、源氏が「物語」を作って「回し >>読みする」事は、「ガス抜き」になると判断して黙認していたのだ、 >>と考えているのです。 Awajiが既に指摘しているところですが・・・藤氏が「物語」を「和歌」 より卑しい言霊と考えていたならば、同時代に生きる源高明一族も同様 に考えていた筈ですね。 それならば源氏は何故に復興祈願を「物語」の言霊に頼ったのでしょう か?当然「和歌」の言霊に頼るべきでは無いでしょうか? 仮に源氏がそうした場合は、藤氏は源氏怨念の鎮魂は打ち捨てて、これ を禁圧するのでしょうか? また貴方の言霊優劣論が正しいとすれば・・・藤氏は「和歌の言霊作用 で、物語の言霊作用を『幽』に封じ込められる」と考えていたからこそ、 藤氏側の紫式部に卑しい「物語」をもって「源氏の栄華」を記述させ、 言霊作用を限定するとともに源氏の怨念を鎮魂させたとも言い得るので は無いでしょうか? 少なくとも「怨霊鎮魂」と言う概念を適用する場合には、勝者側からの 宣撫行為と考えるべきで、敗者側の祈願行為と考えるのは無理がある筈 ですから、貴方の「言霊優劣論」さえ適用すれば井沢さんの理論構成で 充分の筈ですよね。 ただ残念なことは・・・ @「源氏物語」を「鎮魂の書」とも「祈願の書」とも解釈出来兼ねること。 A「言霊信仰」が政治レベルにおいて意識されたかどうか疑問があること。 (「刀伊来寇の論功行賞」と「言霊信仰」に関する疑問は既に述べたとお りですが、その他に例証があれば何方でも是非ご教示願います。) B「和歌」の言霊で「物語」の言霊を「幽界」に封じ込めると言う例証が無 いこと。(これはどちらでも良いことですが・・・・) 等でしょうね。 Time : 1999/10/24(日) 22:57:34
Name : VIA MEDIA E-mail : Title : 他人の発言を勝手にねじまげるな。 Comments: >>とおっしゃっていましたが、VIA MEDIAさんご自身がご指摘のように、 >>少しは意味があるわけですよね。  勝手に他人の発言をねじまげるな。私はそんな事は何も言っていない。 Time : 1999/10/24(日) 23:21:01
Name : Raffle E-mail : Title : 源氏 Comments:  源氏物語は私としては単なる物語と言う考えです。  当時の源氏というのが、主人公として、何をしようと、毒にも成らず、ある程度 の現実性を想像させる格好なキャラクターだった、という事ではないでしょうか。  シュミレーション小説が今日ほど盛んになる前、20年まえですが、ソ連の侵攻 によって、日本が占領されると言う小説が二見書房から出ていました。別に著者は ソ連の日本占領を願ったわけで無く、それでソ連を慰撫しようとしたわけでもな く、警鐘と著者は書いていましたが、 当時私は単に、面白いから読んだだけです。  ただ、藤本氏の著書もノンブックで出た、これも20年近く前に私も読み、面白い と思いました。顕幽分離及び言霊論も面白い、また、それに対するawaji氏の 論説も面白い、そういうことです。失礼お詫び致します。又参加させてください。 Time : 1999/10/24(日) 23:37:40
Name : Raffle E-mail : Title : 源氏 Comments:  源氏物語は私としては単なる物語と言う考えです。  当時の源氏というのが、主人公として、何をしようと、毒にも成らず、ある程度 の現実性を想像させる格好なキャラクターだった、という事ではないでしょうか。  シュミレーション小説が今日ほど盛んになる前、20年まえですが、ソ連の侵攻 によって、日本が占領されると言う小説が二見書房から出ていました。別に著者は ソ連の日本占領を願ったわけで無く、それでソ連を慰撫しようとしたわけでもな く、警鐘と著者は書いていましたが、 当時私は単に、面白いから読んだだけです。  ただ、藤本氏の著書もノンブックで出た、これも20年近く前に私も読み、面白い と思いました。顕幽分離及び言霊論も面白い、また、それに対するawaji氏の 論説も面白い、そういうことです。失礼お詫び致します。又参加させてください。 Time : 1999/10/24(日) 23:38:08
Name : 傍観者 E-mail : Title : 権威になっちゃいけないよ Comments: Awajiさんは、「千数百年〜」と何度もおっしゃていますが, 提出していらっしゃる「源氏物語」の評論はすべて 本居宣長以降であります。 つまり中世はどう読まれていたかの証拠がありません。 出来ればそれを提示していただきたい。 あなたは,相手に資料を提示させるのが好きなようですから, これくらいはして下さっても良いでしょう。 Awajiさん、あなたはこの掲示板で権威になりつつあり, 御自身も権威として振舞っています。 「違う」とおっしゃられても,そう行動しています。 あなたのしていることを巷では「人をなぶる」と言います。 気をつけるべきでしょう。 Time : 1999/10/24(日) 23:54:36
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「自戒しなければ・・・」 Comments: Raffleさん、今日は。Awajiです。 行き違い発信となってしまいました・・・失礼の段お詫びいたします。 >>との意見を述べられますと、何らかの新説を提示することは皆さんに失 >>礼、ということになりますが、如何でしょうか。 おっしゃるとおりで、些か言葉が過ぎたようです。 ”よほど明確な根拠がある場合はともかく・・・”と付け加えておきます。 ただ、新説をとなえる方は、ご自分では明確な根拠があると信じておられ るのでしょうから意味が無い付け加えかもしれませんが・・・・ 要するに藤本泉氏が提示された程度の根拠で、千年来の読者の解釈を論じ てもらっては・・・と言う意味でした。 >>私は作品の執筆時間については作家のタイプにより、Awaji氏、あ >>るいは速筆のタイプと現代語訳比べて、自明の理といわれても困ると思 >>います。 実はこれも言い過ぎかなと思っていました・・・スミマセン。 要するに古文の現代語訳は、真面目に考えれば当時(千年以上前)の政治 ・経済・社会・宗教・習慣を考察理解する史学知識や言語学知識が必要で あり、単に自己の感覚だけで記述できる「創作」よりも遥かに困難な面が あることを強調したかったのですが、これはあくまで一般論であり個人差 があるかもしれません。 今後とも問題点はご遠慮なくご指摘願います。 傍観者さん・・・・ >>提出していらっしゃる「源氏物語」の評論はすべて本居宣長以降であり >>ます。つまり中世はどう読まれていたかの証拠がありません。出来れば >>それを提示していただきたい。 「源氏物語」の注釈は平安末期の藤原伊行「源氏釈」、鎌倉期の藤原定家 「源氏物語奥入」、河内家「紫明抄」、南北朝期「河海抄」、室町期の 一条兼良「花鳥余情」・・・北村季吟「湖月抄」等がありますね。 その全てが内容解釈にまで及んでいるとは言えませんが・・・彼等の解釈 が仏教的「因果応報論」であったのが・・・江戸期に国学者により新注が なされ、本居宣長により「もののあわれ」論に発展したものだと思います。 ご指摘の点については全く意識していなかったのですが、近頃はチョット 喋り過ぎのようです・・・自戒いたします。 Time : 1999/10/25(月) 00:23:29
Name : VIA MEDIA E-mail : Title : 勝手な思い込みかも知れませんが Comments:  傍観者 様 >>Awajiさん、あなたはこの掲示板で権威になりつつあり, >>御自身も権威として振舞っています。 >>「違う」とおっしゃられても,そう行動しています。 >>あなたのしていることを巷では「人をなぶる」と言います。 >>気をつけるべきでしょう。  これが、Awaji 氏が私、VIA MEDIAを「なぶっている」と、お考えになり、 それを指摘なさっておられるのならば、少なくとも私に関しては御心配は無 用です、と申し上げておきます。  率直に申しまして、私が藤本説を根底に「源氏物語男性執筆説」を幾ら声 高に叫んだ所で、どうせ一般に通用するものではないと言う事は充分承知し ており、それを幾ら攻撃されても、私としては最初から「折込済み」ですか ら別に痛くも痒くもありません。  ただ、全てにおいて男尊女卑であり、一部の高貴な女性以外は正史に名前 すら残す事のなかった平安時代に、多くの女流作家が出て、その作品が一世 を風靡した、等と言う、「常識で考えればまず有り得ない」事を平然と言っ ている「権威」には疑問を感じている、と言う事を表明したかっただけです から。  世界中、どこの文明を見ても、あの時代に「女流作家による大河小説」と 言うものは存在しないのであり、何故日本だけにそんなものが存在したのか、 をまともに捉えず、「みやびやかな王朝文化の中で黒髪麗しい女流作家が名 を成した」としか言わない「通説」は、私には到底理解出来ないだけです。  私はその一連の疑問に対し、「藤本説」で一応の解答を得た思いがしまし た。それと井沢先生の「顕幽分離論」の整合点を考えてみただけであり、そ れ以上でもそれ以下でもありません。  それと、何度も申しておりますが、私はここで自説を武器にして論争する 積もりは一切ありません。ですから、私の発言を勝手に捻じ曲げ、私が言っ てもいない事を「VIA MEDIAはこう言っている」と言う発言に抗議する以外 は、何を言われても何とも御座いませんので、その旨、申し上げておきます。 Time : 1999/10/25(月) 06:44:06
Name : Raffle E-mail : Title : 余計なことかもしれませんが。 Comments:  VIA MEDIA さま  こんにちは  御回答ありがとうございました。 >和歌と物語の問題」が「後付け」と解釈される事に関しては、私のここでの発言 の順番が拙かった故、その御批判も甘んじて受けますが、私としても、「私が持っ ている全ての情報」をここで開示する義務はないと思いますし、そこまでしてここ で議論する気はない、と言う事も明記しておきます。理由は、私がここで「源氏物 語男性執筆説」を本格的に展開し、色々な方と論争しても、私には何の利益もない からです。>  とのことで、私としては若干寂しい気持ちと和歌優位論についてもう少しお聞き したい気持ちが半分半分です。  ここほど自由な場は余り無いように思います。学会で発言しようとすれば、発言 者だけでなく、バックのことも配慮し、また、OO大学のRaffleですが、、 と発言すれば自分の大学の全てをしょってしまうわけですから。  いくらAwajiさんが膨大な資料を駆使して発言されようと、単にスタイルの 問題で、権威者というより、酒好きな、ただの仏像オタクなのではないかと思います。  よかったら和歌優位論、もう少しお聞かせ願えないでしょうか? Time : 1999/10/25(月) 08:59:57
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : Raffle様,くだらない質問と思わないでください。 Comments:  はじめまして,大阪JF生と申します。 もともと歴史音痴の理系人間です。 貧乏暇なしを地で言っているもので,ここもしばらくぶりです。 ちょっと目を離した(ぐらいのつもり)間に 完全に出遅れて一連の源氏議論に参加できませんでした。 まだまだ分からないところも多いのですが,それは横において, 小生は「学会」なるものにも興味を持っているので、 Raffle様のご発言の中にひきつけられるものがありました: >OO大学のRaffleですが、、と発言すれば >自分の大学の全てをしょってしまうわけですから。 というのは、理系ではちょっと考えられないのですが, (といっても見聞している範囲は非常に狭いでしょうが) 良くあることなのでしょうか? 個人的に見聞きしている範囲では,あいつは○○先生の弟子だから というのは良く聞くのですが,大学を背負っている人は 余り観かけた記憶がありません。むしろ、先生の説に 反対するようなことが弟子から出ることもしばしばで, 小生の師も「先生を否定し乗り越えてこそ師への恩返し」と 強調されていました。  そう言う意味で,Awaji様のおっしゃる「定説の重み」については、 感覚的には余り理解できません。個人的には、根拠薄弱であろうと, 新説を唱えることにはまったく抵抗が無いのですが・・・。 もちろん,大いに批判を受けるべきだということは当然ですが、 それで失礼であるとは少し考えにくいのです。 おそらく、VIA MEDIA様も同様の感覚だと思います。 そう言った感覚のずれで、一連の議論も少々錯綜してしまった部分も あるように感じたので,まったく無駄な疑問でもないと考えて, あえて、上記の点について質問させていただきました。 よろしくお願い申し上げます Time : 1999/10/25(月) 13:11:47
Name : Toshy E-mail : Title : 「源氏」のことはわからない文学者Toshy Comments: 関ヶ原論でここに来ているToshyですが、文学研究スタンスに関してひとこと。 Awajiさんの「何らかの新説を提示することは皆さんに失礼」は、 文学を専門としていたToshyには頂けないお言葉です。 ご存知の通りToshyは芥川文学の研究HPを開設しています。 そして論文(といえるかどうかは別として)も掲載していますが、 これは教授と呼ばれる方々に対する攻撃も相当です。 英文学の学士が、国文学の教授の説を否定しているのだからいい度胸で・・・ しかし過去の研究が正しいという確証はないのですよね。 もし「何らかの新説を提示することは皆さんに失礼」なら、 最初に言ったもの勝ちという理論ですから、 後代の人は研究なんかするな、というものであって これは後々の人たちに失礼だと思います。 ところで、Awajiさんがほんとに酒好きかどうか、Raffleさまはご存知で? Toshyはまったくの下戸ですが。(関係ない話、すみません) Time : 1999/10/26(火) 00:59:46
Name : Raffle E-mail : Title : 日の丸背負って。 Comments:  大阪JF生さま  はじめまして、、大学背負って!?  私の書きたかったのは、例えば基本的な事実誤認に基づく発言をした場合、教授 以下、講師層まで恥ずかしい思いをする、とのことで、この掲示板は匿名だし、、 というレベルのことです。学会のあり方について批判するつもりは有りませんの で、舌足らずの段、平に御容赦下さいませ。  Toshyさま  はじめまして  酒好きかどうか、は分かりませんね。過去にほろ酔い気分で投稿されたことがあった事による推測です。尤も接待酒でいやいや飲まれたのかもしれません。  失礼! Time : 1999/10/26(火) 06:21:54
Name : XXXXXX E-mail : Title : Toshyさんへ Comments: おはようさんです。 >Awajiさんの「何らかの新説を提示することは皆さんに失礼」は、 そんなこと、いってましたっけ???>Awajiさん。 こういうのを意図的な解釈とかいうじゃない??????? 単なる勘違いかもしらないけど・・・・・・・・・。 Time : 1999/10/26(火) 06:59:38
Name : Toshy E-mail : Title : XXXXXXさま Comments: 1999/10/24(日) 22:11:11のAwajiさんのカキコをお読みください。 Time : 1999/10/26(火) 09:20:26
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : Raffle様、ありがとうございました。 Comments:  早速のお返事ありがとうございました。 少し残念ですが,軽いたとえだったのですか・・・。 念のためですが,小生は何かに抗議するために発言したの ではけっしてありません。いろいろな分野の 学会について興味を持っているだけで, そこでの「常識」について知りたかっただけです。 もし、変っている(と思われる)ような学会の常識に ついてご存知であれば,またご教示ください。 Time : 1999/10/26(火) 09:49:30
Name : Toshy E-mail : Title : この前の補足 Comments: >千数百年の読者はこの「物語」の本質が理解できなかったオバカサン (やはり1999/10/24(日) 22:11:11のカキコ) だれもこうは思わないでしょう。 昔は誰もが、地球が回っているなどと思わなかっただろうし、 ほんの200年前まで、樺太は半島だとほとんどの人が思っていたのですよ。 Raffleさん、くだらないツッコミに答えていただきありがとうございました。 謝らないでください(笑) なおXXXXXXさん、ToshyはAwajiさんに対しては敬意を持つものであり、 個人攻撃などする気は毛頭ないからそのつもりで。 Time : 1999/10/26(火) 10:17:42
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「抗議及び釈明」?? Comments: Raffleさん、Toshyさん、XXXさん、今日は。Awajiです。(^0^)"  Raffleさん・・・・ Awajiの個人属性に関して、重大な事実誤認発言がありましたので、厳重 に抗議させていただきます。(-_-)" σ(^_^) はアルコール分解酵素が不足しておりまして、殆ど「酒」は飲め ません。数十年のあいだAwajiを観察し続けている某女性も「酒好き」と は程遠いと言う見解を示しています。 浮世の付き合い上「酒」を飲むことも結構ありますが、すぐに酩酊して眠 ってしまい、或いは躁状態におちいると言う観察記録もあるようです。 某月某日某発言が、その様な酩酊状態におけるものであったかどうかは、 軍機に属しますので遺憾ながら申し上げられません。m(-_-)m Raffleさんが「酒好き」と推理された根拠は何でしょうか (・・?) 是非とも明確に資料的根拠、或いは然るべき推論過程をお示し願いたい ところではありますが、1999/10/26(火) 06:21:54ご発言がありましたの で取り敢えず了解いたします。 その他の部分はご賢察のとおりです。ハイ \(^o^)/ Toshyさん・・・・ おっしゃるとおりです。本件に関しては「自戒しなければ・・・」で申し 上げたとおり、公刊された書籍による所説にしては余りにもお粗末な根拠 であり、推論だと思いましたので、つい「馬鹿にするな」と言う気持ちで キイを叩き付けてしまいました。 あくまでも一般論ではなく、本件に関する個別論としてご理解願います。 Time : 1999/10/26(火) 23:30:00
Name : Toshy E-mail : Title : どもども Comments: みなさん、お話を中断してしまいすみませんでした。 Awajiさん、ご返答ありがとうございます。 あたしゃあ「源氏」のことを知らないものなので、 なにも発言するところはございません。 これからも素晴らしい議論を期待しています。 関ヶ原の話になったら呼んでください。 Time : 1999/10/27(水) 00:27:26
Name : VIA MEDIA E-mail : Title : 指摘 Comments: >>本件に関しては「自戒しなければ・・・」で申し上げたとおり、公刊された >>書籍による所説にしては余りにもお粗末な根拠であり、推論だと思いました >>ので、つい「馬鹿にするな」と言う気持ちで  これは「藤本説」の原典を「自分で読んで」発言しているのだろうな。  私は「藤本説」を自分の発言の「補強のため」にここで一部紹介したのみで、 「藤本説の全てをここに書いた」訳ではない。  もし私がここに書いた文章のみで藤本説を評価し、   「公刊された書籍による所説にしては余りにもお粗末な根拠であり、推論    だと思いましたので」 と発言したのなら、これは藤本泉氏に対する「重大な侮辱」になるのでこれは 指摘しておく。  断っておくが、私の発言に対し、どんな批判、非難、侮辱を行っても、それ は私の問題だから構わない。しかし、他人が紹介、引用した「原説」に対して 批判を加えるのなら、「原典を確認した旨」を明記するのは当然の義務だと思 っているので、これも指摘しておく。  しかし、    「公的な記録には、一部の高貴な人物の他は、本名さえ残らなかった男     尊女卑の時代に、『王朝女流作家』が大量に出現し、もてはやされた」 とか、    「世界的に見て後進国だった当時の日本に、何故世界唯一の例外たる長     編小説が存在するのか」 とか言った、     「常識的な人間なら当然に感じる疑問」 に対し、全くまともな答を出せない、「過去の権威」が、それほど御大層なも のなのかねえ。 Time : 1999/10/27(水) 06:43:00
Name : Raffle E-mail : Title : お詫び Comments:  Awajiさま  どうも、、、Raffleです。  御指摘ありがとうございました。  まず結論ありき、でした。お詫びします。  今後とも問題がありましたら、御遠慮なく、、御指摘願います。  私もすぐ赤くなるたちで、お互い接待には苦労しますね。(これも推測が入って いる、、、Awajiさんは接待される方?) Time : 1999/10/27(水) 06:56:27
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分かりません (「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをここの掲示板に書き 込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここのページのほうが賑やかな のでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思ったりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:11:02
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分かりません (「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをここの掲示板に書き 込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここのページのほうが賑やかな のでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思ったりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:14:06
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分かりません (「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをここの掲示板に書き 込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここのページのほうが賑やかな のでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思ったりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:14:35
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分か りません(「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをこ この掲示板に書き込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここ のページのほうが賑やかなのでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思っ たりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:15:05
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分か りません(「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをこ この掲示板に書き込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここ のページのほうが賑やかなのでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思っ たりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:16:34
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分か りません(「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをこ この掲示板に書き込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここ のページのほうが賑やかなのでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思っ たりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:20:04
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分か りません(「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをこ この掲示板に書き込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここ のページのほうが賑やかなのでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思っ たりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:23:35
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分か りません(「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをこ この掲示板に書き込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここ のページのほうが賑やかなのでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思っ たりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:27:05
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分か りません(「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをこ この掲示板に書き込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここ のページのほうが賑やかなのでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思っ たりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:30:35
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分か りません(「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをこ この掲示板に書き込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここ のページのほうが賑やかなのでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思っ たりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:34:05
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分か りません(「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをこ この掲示板に書き込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここ のページのほうが賑やかなのでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思っ たりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:37:34
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分か りません(「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをこ この掲示板に書き込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここ のページのほうが賑やかなのでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思っ たりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:41:04
Name : コテキン E-mail : naka-dai@jf6.so-net.ne.jp Title : くだらない質問ですみません Comments: 質問があります。 ここの3つの掲示板についてなのですが、「井沢掲示板」と「ふぉーらむ」の違いが俺には分か りません(「とまり木」はよくわかるのですが・・・)。俺も日本史が大好きで思うところをこ この掲示板に書き込みたいと思っているのですが、どっちに書き込んで良いか困ってます。ここ のページのほうが賑やかなのでここに書きたいのですが、場違いなんじゃないだろうか?と思っ たりしてました。 どなたでもかまいませんので、2つの掲示板の違いについて教えてください。 Time : 1999/10/27(水) 09:44:34
Name : Toshy E-mail : Title : それよりも Comments: あたしゃああなたが同じことを何度も書き込む理由が分からないけど。 歴史が好きなら、どっちでもいいんじゃないでしょうか。 Time : 1999/10/27(水) 11:32:40
Name : 傍観者 E-mail : Title : どっちでもいいんじゃないですか? Comments: 掲示板の性質はあまり気にする必要はないと思いますよ。 この掲示板は、古代史。 ふぉーらむは、現代評論 というすみわけができつつありますけど。 それよりも、なぜきれいに3分30秒ごとに投稿しているのですか? Time : 1999/10/27(水) 12:54:11
Name : コテキン E-mail : Title : すみません Comments: 登録の仕方が分からず、こうなってしまいました。 決していたずらでやったわけじゃありません。 ごめんなさい。 Time : 1999/10/27(水) 13:07:07
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 皆様へ Comments:  皆様へ  先日よりの私の発言の仕方が稚拙だった事もあり、無用の混乱を招いてしまった 事はお詫び致します。  しかしながら、藤本泉氏の説の内容をここで全て紹介する事は不可能であり、私 が藤本説の一部を根拠とした論を展開しても、結局はそれによって誤解を招いたり する事になりかねません。  よって、数日間に亘って私が発言した内容に関して全て撤回させて戴く事を表明 致します。  しかしながら、既に発言した事を撤回すると申しましても、それ自体が消える訳 ではありませんので、最後に確認と補足だけさせて戴きます。  1.「藤本説」に関して。  作家の藤本泉氏が発表なされた、「源氏物語多数作者説」に関しては、私は今後 一切ここでは言及致しませんので、もし藤本説に関する批判や評論等をなされる場 合は、(当然の事だとは思いますが)原典をあたって下さい。  藤本氏は、この問題に関しては極めて精密に研究し、本も数冊出されておいでで す。私がその内容の一部を紹介し、それを元にして発言する事は、却って藤本氏に 迷惑をかける事になりかねません。それも踏まえての事とお考え下さい。  2.「言霊における和歌優位説」に関して。  これは私が藤本説と井沢説の整合を取るために考えた説です。最初に気が付いた のは、井沢先生の「源氏物語に関する論説」を読んだ時でした。それに関する自分 なりの論拠もありますが、これも一切撤回致します。  3.「源氏物語は『祈願の書』である」に関して。  これは、藤本説と井沢説を融合して私が考えた説です。これも一切撤回致します。  4.「七ヶ月の子供が這うか?」に関して。  源氏物語において、薫は一月の半ばに「八ヶ月」で生まれています。所が、「生 育がよい」との断りは付いていますが、生後五十日で「物語り」をし、七月に入る と這い出します。  つまり、「七ヶ月」と言っても、「満半年」であり、「七ヶ月目に入った」と言 う事になるだけです。  私はこの件に関しては、子育て経験のある数人の女性に確認しましたが、一様に、 「満半年の子供の場合、早熟な子では這うかも知れないが、一般的には這うとは言 えない」、と言う事でした。  これも「七ヶ月」と言う数字が一人歩きするといけませんので、この点を確認し ておきます。  5.「物語して、うち笑みたまへる」に関して。  これは冷泉帝に関する記述ですが、これも、私が数字を挙げて説明させて戴いた 通り、「生後五十日前後」で、「大人が話したり笑ったりするのと全く同じ表現」 で、「話したり笑ったり」している事は否定出来ません。  以上、確認と補足をさせて戴きました。私はこれを以て、ここから撤退させて戴 きます(尚、念のために追記させて戴きますが、撤退の主たる理由は健康上の問題 です)。                                 VIA MEDIA Time : 1999/10/27(水) 13:11:08
Name : コテキン E-mail : Title : 謝罪の補足 Comments: ここの掲示板は今まで俺の利用していた掲示板と勝手が違い、訳が分からずこうなってしまいました。 井沢氏及び参加者の方々にお詫び申し上げます。 決してここの掲示板を荒らすつもりでやったわけではないので、そこのところはご理解ください。 Time : 1999/10/27(水) 13:18:38
Name : コテキン E-mail : Title : すみません Comments: 登録の仕方が分からず、こうなってしまいました。 決していたずらでやったわけじゃありません。 ごめんなさい。 Time : 1999/10/27(水) 13:35:42
Name : 輔住 E-mail : Title : コテキンさんへ Comments: 私も間違えて何度も同じ投稿を送ってしまった ことがあります。気持ちわかるなー。 次の投稿の内容たのしみにしています。 Time : 1999/10/27(水) 16:17:41
Name : コテキン E-mail : Title : 輔住さんへ Comments: 輔住さんの書き込み、とてもうれしいです。 ありがとう! Time : 1999/10/27(水) 18:19:01
Name : きんたろう E-mail : Title : コテキンさんが Comments: 使った技は「山びこの術」と呼ばれているもので私と輔住さんの最終奥義です。(笑) Time : 1999/10/27(水) 21:09:15
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 誤字脱字王 Comments: とは私のことです。 Time : 1999/10/27(水) 23:21:59
Name : Toshy E-mail : Title : コテキンさん Comments: ちょっときつい書き方になっていました、ごめんなさいです。 今度「やまびこの技」を伝授してください(笑) Time : 1999/10/28(木) 00:14:10
Name : Raffle E-mail : Title : VIA MEDIAさま Comments:  お大事に Time : 1999/10/28(木) 12:06:55
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「安部さんへのお願い」?? Comments: 安部さんお久しぶりです。Awajiです。少し時間的余裕が出来て顔を出された ようですね。 もし学業に差し障りがないようでしたら、かなり時間も経過していますので、 次の質問にご回答頂ければありがたいのですが? (特に三番目の問題が重要ですので、これだけでも結構です) *「源氏物語の感性の壁」??1999/ 9/20(月) 23:01:35 そうかも知れませんね。Awajiの様な庶民には良く理解できないのかも知 れません。何故これが・・・ >>その鎮魂の方法が中国においては子孫に祀らせるというやり方だったのが、 >>日本ではその怨霊の生前ほしがっていたものを与えるというやり方に替わ >>っていった。アマテラスはオオクニヌシから日本の支配権を奪ったが、そ >>れに替わるものとして幽事の主催者という地位を与えた。 と言うテーゼに該当するのかごく簡単に教えて頂けないでしょうか? >>ライバルとして登場する一族は、氏族名は明記していないが 当時の常 >>識から見て明らかに藤原氏である。政府の要職を占め、その子女を 天 >>皇家に嫁がせ生まれた子を天皇にするというのは、藤原氏以外には有り >>得ない。だから、誰が見たってこれは、『善玉=源氏、悪役=藤原氏』 >>という配役であり、(後略) ・・・この文章について、何故「だから・・・」なのかでも結構です。 *「源氏物語を生み出した時代背景」1999/ 9/22(水) 01:09:23 ところで田辺さんの「百人一首」に関する見解は、何に記述されているの でしょうか?本題からは離れますが興味がありますので是非ご紹介下さい。 *「養子・猶子」1999/ 9/25(土) 19:34:00 従って・・・ >>源師房は御堂流の後継者の次席にされます。・・・・ >>師房が次席であった証拠に、・・・御堂流から除かれています。これは師 >>房に遠慮してのことです。  と言う如き記述には無理があると思いますが、これは安部さんのご意見です か?それとも「藤原頼通の時代―摂関政治から院政へ」(平凡社、坂本賞三) の元記述によるものですか?? もし後者であるとすれば、チョット問題が大きいのですが・・・ 以上三点です。 Time : 1999/10/28(木) 12:24:26
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : お久しぶりです Comments: Awajiさん、あなたとは性格が合わないようなので余り議論はしたくないのですが, 質問にはお答えしようと思います。 まず異姓養子ですが,坂本賞三氏の意見です。 「小右記」に「関白養子・異姓」と書かれているそうです。 私は,この人の本はこれしか読んだことがないですが, 他にも根拠があっていっているのだと思います。 学者には,あなたが知っている学者以外にも,いろいろな人たちがいるのですよ。 井沢先生は学者に対して失礼に見えるのかもしれませんが, あなただって,自分が知らない学者に対してはかなり失礼なことも言っていますよ。 Time : 1999/10/28(木) 13:20:02
Name :E-mail : Title : 失礼! Comments: ちょっとおこがましいのですが、議論するうえで、その言い方は失礼だと かいうのはどうでしょうか。それも質問に答えて言うならともかく、あなたとは議 論したくないとか、あるいは <私は,この人の本はこれしか読んだことがないですが,他にも根拠があっていっ ているのだと思います。>とか平然と書かれると、これしか読んだことないのにど うしてそう思えるの?と突っ込みたくなります。  あとこの土俵に上がってきたなら当然質問には答えるべきで、答えずにほって おくなら日記にでも書いたらどうですか?それを藤本氏の原本に当たれとか、、。  私はAwajiさんが気の毒でしょうがない。安部さんやVIA MEDIAさ んの論法は保守党の議員が野党に痛いところを衝かれて「無礼だ!」と叫んでいた 古き良き時代を思い出させますね。 Time : 1999/10/29(金) 06:57:02
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 人生の先輩にしては・・・ Comments: Awajiさんは、多分私の倍は生きている人だと思うのですよ。 そのくらい生きていれば、どういう文章を書けば人が怒るか、 どういう文章を書けば人の腹を立てずに異見出来るか知っているはずです。 彼はその配慮がなっていません。そこのところがKANAKさんと似ています。 まあ、私が思うにAwajiさんとKANAKさんの論法は、 相手の間違いを探す論法で、 これは、もっともらしいそうに見えながら実はいいかげんな 理論を見破るために大変有用なものです。特に文系では、学生にその練習をさせたりもします。 実験による実証がない異常、そうやって常に批判の目でたださねばなりませんから。 ただその後ろに体系があるかと思ってはならない。 あくまで間違いを正しているのであって、自分が持つ体系にのっとって批判をしているわけではないからです。 もし、AwajiさんとKANAKさんの批判の後ろに体系があると考えると、 彼らは虚偽の人間になってしまいます。しかしそうではない、 彼らは相手の間違いを指摘しているのであって、自分の体系を提示しようとしているわけではないからです。 少なくともこの掲示板においては、 しかし、この論法を使う人間を相手に議論をしていては、決して決着がつかないのですよ。 それに、Awajiさんも、私も突き詰めるタイプのようですから、 徹底的に議論した場合、ほかの人たちをしらけさせてしまうのです。 それは、去年、KANAKさん(この人のタイプも同じであろう)との天智天武論争や秋篠寺の論争で立証済みです。 どうしても、議論したい場合は、Awajiさん、私にメールを下さい。 メールでならやりましょう。 Time : 1999/10/29(金) 09:43:29
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : ここはあくまで井沢先生のホームページ Comments: 井沢先生のファン(アンチファンもまあ入るでしょう)交流のためのページであって、 その範疇を超えて、自分たちのためだけの議論でこの掲示板を埋め尽くすわけにはいかないのです。 Time : 1999/10/29(金) 09:47:06
Name : A E-mail : Title : ? Comments:  例えば、私たち素人に、毛利家の菩提寺の話を、安部さんが例によって断定的に されたとします。普通、何々の可能性がある、というところを何々です、といわれ ると、普通の言語感覚を持っている人はそうか、と思うわけです。  しかし実際にはAwajiさんの御指摘の通りで、その段階で何々と思って書き ました、と来る。これは困るわけです。  安部さんの論法やどう言う書き方をすれば怒るか(つまり誤りを指摘されると) 知っている人は良いですが、たまたま覗いた人はそうか、ここは毛利の菩提寺か、 と思ってしまう、この責任は重大です。  今回のことも、メールで直接やられたら、安部さんの勝手な推論か、史実なの か、分からなくなってしまいます。この点はどう考えますか? Time : 1999/10/29(金) 10:51:46
Name : B E-mail : Title : ????? Comments: 誤り、あるいは論理の甘さを指摘されて勝手に腹を立てておきながら、それに対して他人への配慮が足りないとは、あきれて物も言えません。そのうえ、年齢や人生 経験のことを持ち出すのはルール違反だと自分で以前に言っていたと思いますが。 Awajiさんは常々、議論を通じて歴史の真実に少しでも近づきたい、そしてそのため にこの掲示板を利用しているのだとおっしゃっています。したがって、たしかに井 沢先生とは関係なく歴史の議論を進めているところがあるのは間違いないところで しょう。(関係ある議論もかなりありますが)しかしそれなら秋篠寺のどこが自分 たちのための議論ではないと言えるのでしょう。秋篠寺の場合は質問はあったもの のそれにまともに返答がなかったので、議論にすらならなかったではありません か。(自分たちのための議論ですらなく、あれは自分だけのための議論でしょう か。)きついツッコミをされるのがいやなら、いままでどういう根拠でどんな物の 言い方をすればみんなが快く意見を聞き入れてくれるか勉強したはずなのに、その 配慮がなっていません。真実に近づきたいと思って議論する以上、Awajiさんのよう な議論の仕方になるのは当然と思いますが、そうすると決着がつかないというのも またむちゃな言い方ですね。 Time : 1999/10/29(金) 20:01:35
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「安部さんへ再度のお願い」 Comments: 安部さん、みなさん、今日は。Awajiです。 出張から帰ってきてHPを見たのですが、Awajiと安部さんのことで、 皆さんにご心配をお掛けしているようで、申し訳ありません。 今回の「安部安部さんへのお願い」について安部さんが何故不快感を 感じられたのか良く分からないのですが、ご自分の意見に対して質問 があれば、然るべき時に回答するのが通常の感覚だと思います。 今までは学業がお忙しいと思って督促しなかったのですが、久し振り にコメントがあってので更めてお願いしただけのことです。 ところで、安部さんに改めてお願いですが、今回のご回答はAwajiの疑 問に関して全くお答え頂いておりません。 >>「小右記」に「関白養子・異姓」と書かれているそうです。 このことは勿論Awajiも良く存じています。だからこそ・・・・ >「養子」と「猶子」は混同されることもあり、彼自身についても記述 >が混用されていますが、実態としては明確に「別氏族の猶子」でしょ >うね。(この区別はここでは詳述いたしません。) と申し上げたのです。要するにAwajiが確認したかったのは・・・ >>源師房は御堂流の後継者の次席にされます。・・・・ >>師房が次席であった証拠に、・・・御堂流から除かれています。これは師 >>房に遠慮してのことです。 つまりここに示された「藤原道長」が「源師房」を「御堂流の後継者」と 目したと言う断定的ご意見が・・・ >安部さんのご意見ですか?それとも「藤原頼通の時代―摂関政治から院政 >へ」(平凡社、坂本賞三)の元記述によるものですか?? と言うことなのです。何も難しいことをお聞きしたわけでもなく、 >>学者には,あなたが知っている学者以外にも,いろいろな人たちがいる >>のですよ。・・・・・・ >>あなただって,自分が知らない学者に対してはかなり失礼なことも言っ >>ていますよ。 と言うような問題でもありません。 もっともご自分の倍以上の年配者に対して「学者には,あなたが知ってい る学者以外にも,いろいろな人たちがいるのですよ。」とわざわざ説示さ れる安部さんのご見識には、恐れ入るしかありませんが・・・・ Awajiの質問の要旨をご理解頂き・・・簡潔にご回答願います。 Time : 1999/10/29(金) 23:19:19
Name : きんたろう E-mail : Title : Aさん、Bさん Comments: こんにちははじめまして。 私も時々書き込みをしますが、ここの書き込みを楽しみにしています。 開設当初から見ているものとしては、第三者の批判からはいるよりもまず自分の 歴史の視点とか、興味があるテーマについて語って欲しいと思います。(^^; 「まず自説を述べよ」だと思うのですがどうでしょう?? Time : 1999/10/30(土) 10:30:06
Name : A E-mail : Title : きんたろうさん Comments:  第三者の批判からはいるよりもまず自分の歴史の視点とか、興味があるテーマに ついて語って欲しいと思います。(^^;  おっしゃるとおりですが私が申し上げたいのは、質問を受けた場合、人格攻撃を するよりもまず質問に答えて欲しい、ということです。 Time : 1999/10/30(土) 10:46:41
Name : 通りすがり E-mail : Title :Comments: そもそも、一番最初に、他人の意見に対し、馬鹿にするな、と言うような言い方を して、意見の発表をさまたげるようなやり方をしている人が問題なのでは? それから、ためにする議論としか思えない事をやる人の質問に対して答える義務な どないと思います。 Time : 1999/10/30(土) 17:00:27
Name : コテキン E-mail : Title : きんたろう氏に賛成 Comments: A・B・通りすがり各氏へ 話が横道にそれてきてるのでそろそろ打ち止めにした 方がよいと思います。 失礼。 Time : 1999/10/30(土) 23:48:24
Name : 大一大万大吉 E-mail : Title : そのぉ Comments: 安部氏とAwaji氏の徹底した論を私は期待していますが、 A氏もB氏も、なんか変なつっこみしてるよ。 私は安部氏が気の毒に見えるね。 いつだったかもひどくいじめられていた。 対する安部氏には「性格が合わない」などと逃げないで欲しい。 論争もここでやってよ。 コテキンさんの言葉もごもっともですが、 議論の姿勢を話し合うこともまた勉強の一つではないかい? あとね、26日のXXXXXX氏。 XXXXの名前は、私が最初にやったの。 (Sin氏、ごめん。別名で二度もつっこんでしまった。) なんか私の偽物が出回っているみたいで不快だ。 Time : 1999/10/31(日) 01:40:15
Name : A E-mail : Title : 大一大万大吉さま Comments: 対する安部氏には「性格が合わない」などと逃げないで欲しい。論争もここでやっ てよ。コテキンさんの言葉もごもっともですが、 議論の姿勢を話し合うこともまた勉強の一つではないかい?  私の申し上げたことと、ほとんど同じです。   A氏もB氏も、なんか変なつっこみしてるよ。  かもしれません。では、ごくていねいなAwaji氏の質問に性格が合わないと か、 学者には,あなたが知っている学者以外にも,いろいろな人たちがいるのです よ。あなただって,自分が知らない学者に対してはかなり失礼なことも言っ ていますよ。  と言ったことを書きこむ彼の姿勢は如何でしょうか?  この場面でなんとなく彼をかばう姿勢は結果的には彼をスポイルしていると思い ますね。 Time : 1999/10/31(日) 03:51:00
Name : 通りすがり E-mail : Title :Comments: そもそも、質問の回答を相手に拒否された時点で、相手から、論争する値打ちがな い、と思われてるわけ。無論、相手が逃げた、と考えるのも自由だけどね。 Time : 1999/10/31(日) 05:04:06
Name : XXXXXX E-mail : Title : やっぱり Comments: あんたか、大一大万大吉。ここをこんなにした原因はあんたにあもあるね。 どういうつもり? Time : 1999/10/31(日) 07:45:53
Name : Awaji E-mail : Title : 救世観音と「氏姓制度の確認」 Comments: みなさん、今日は。Awajiです。 重ねて申しますが、Awajiが知りたいのは・・・ 「藤原道長」が「源師房」を「御堂流の後継者」と目し、それに沿った 方策を採ったかどうかです。 これが事実であれば、日本の「氏姓制度」を根底から再考せねばならな いかも知れませんので、安部さんのご意見か、坂本賞三さんのご意見か を確認しておきたいと思っているだけのことです。 また原著を引用した上で、何らかの意見を発表した場合は・・・ 原著を要約紹介したものか 原著を自分なりに解釈したものか 原著とは無関係な自分の意見なのか を明確にしておくのが著者に対する当然の礼儀であり、議論参加者に対 する通常の配慮だと思っています。 これを確認するのが「ためにする議論」であり「価値のない議論」なのか、 回答する「義務」を云々すべきものなのか・・・Awajiには良く分かりま せんが、最終的に「回答」すべきかどうかは、安部さんご自身が判断され れば良いことで、それに関する抽象的な議論はもう充分では無いでしょう か? 安部さん・・・貴方自身はどの様にお考えなのですか? Time : 1999/10/31(日) 11:28:45
Name : 通りすがり E-mail : Title :Comments: 人は自分の顔を見ることができない、ってか。 Time : 1999/10/31(日) 14:26:39
Name : コテキン E-mail : Title : Aさんへ Comments: 誤解のないように言っておきますが、俺は別に安部さんを 擁護してるわけじゃないですよ。 俺が言いたいのは他に読んでいる人たちのことも考えろと いうことです。頃合いを見て引けということです。 こんなに挑発したら安部さんだって書きづらいでしょう。 Time : 1999/10/31(日) 16:22:42
Name : 大一大万大吉 E-mail : Title : まあまあ Comments: Aさん、返答ありがとう。意見が同じだということは分かっていたのですが、 あなたは安部氏に対する嫌悪感のほうが先に立っているようにしか見えなかったのですよ。 ずっと前の時もそう。コテキン氏の言う通り、あまり挑発しては気の毒ではないでしょうか。 通りすがりさん、おっしゃるのもわかるが、 あなたはAwaji氏に対し、挑発的な言葉をはかないでくれませんか。 私が関ヶ原論にほとんど口を出さないのは、VIA MEDIA氏と同様の考えです。 ただあなたの場合、Awaji氏をトコトン嫌っているようで。感情的になってはいけません。 私も人のこといえないけどね。 XXXXXX氏、どうも私はあなたのことが理解できない。したくもないが。 どうなじられようとも私はなんとも思わないよ。 他人の書き込みをろくろく見ないで人に突っ込むようなオッチョコチョイさんには。 私がXXXXで投稿した時は、ロクロク史実も知らないノム氏や999氏が、 きちんとしたカキコをしているToshy氏を吊し上げたのをたしなめただけだ。 Toshy氏の関ヶ原論は悪くないよ。範頼論は別の意味でおもしろかったけど。 Time : 1999/10/31(日) 17:36:39