Name    : 清水 田座
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Title   : 決め付けすぎです。2mさんへ
Comments:
 2mさんの意見を読んだとき私は驚きました。
その中に、“イエスがおごっていた”などと書いてあったからです。
 その根拠を見てみると・・・つまり弟子を取ったからってことですか?
むちゃくちゃです。
 実際にイエスが十字架につけられた理由は、イエスが、あなたも批判していた
ユダヤ教のさまざまな規則。(安息日における900メートルの歩行を禁ず、等・・・
)それを破ったからです。
 イエスは、あるとき安息日に人を癒しました。(これについてはさまざまな意見
があると思われますが、ここではイエスが安息日に仕事をしたことが問題になりま
す。)
 それゆえにその規則を厳しく守ることこそ信仰であると思っていたバリサイ
派と呼ばれる人々はイエスの行為を憎みました。
 そのため、イエスが国家反逆罪を起こすつもりであると扇動し、死刑にしてしま
ったのです。それなのにあなたはおごっていたと言います。
 はっきり行ってそんなことがいえるのは、聖書のことをろくに知らないのにそん
なことを言っているとしか思えません。そうじゃないとおっしゃるなら、有効な反
論を聞きたいです。
 また、“思っていてもいえないだけかもしれないけど”この言葉は、賛同者が出
てこないことを弁護しているようにしか聞こえないのですが?
 もう少し、ちゃんとした書き方をしてください、2mさん。
そのままでは、誹謗中傷に過ぎません。
 


Time    : 2000/ 2/ 1(火) 13:07:12

Name : 2m E-mail : Title : 清水 田座さんへ Comments: >実際にイエスが十字架につけられた理由は、・・・安息日に人を癒しました。 それだけでは無い筈です。イエス・キリストは、神殿荒しをやっていますよね? ・・キリスト教側では、神を利用する悪人を成敗したと言う感じだったと思います が、神殿を運営する恐らくバリサイ(パリサイでは?)派の人達にとっては、間違 い無く神殿を荒したロクデナシではないでしょうか?他の問題も多少は頭に来るで しょうけど、はりつけにしなければ気が済まない程では無いと思います。しかし神 殿を荒し、儲けを台無しにされた人達は物凄く怒ったと思います。 ここで描かれているイエス・キリストは、確か「左の頬を打たれたら、右の頬を 差し出しなさい。」と言っていた頃とは、全くの別人です(本当に別人の可能性も かなりありますが)。神殿荒しの前にも、えらい騒ぎをして神殿に入って行ったと 記憶しています。これらから、「驕り出した」と書きました。 弟子がいなければ、えらい騒ぎをして神殿に入る事も神殿荒しもできませんよね ?幾ら、驕りたくても驕れない訳です。・・幾ら能力があるからと言って、わざわ ざ驕れる様な状態を作り出してはいけないと思うのですが・・。 >もう少し、ちゃんとした書き方をしてください すみません。確かに省略し過ぎました。では。 Time : 2000/ 2/ 1(火) 22:28:23
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : キリストの神殿侵入は Comments:  すみません,ちょっとだけ発言させてください。  当時のユダヤ教の問題点をあぶりだすための,確信犯的な行動だと思います。  その際,イエス1人で行動を起こしても,ただの狂人扱いされるだけでしょうから ,それなりの弟子と賛同者を得てから行動したのでしょう。  福音書を見ていると,イエスの最終的な目的は,イェルサレムにおいて,当時の ユダヤ教の現状に疑問を投げかける事だったと言えるでしょう。 Time : 2000/ 2/ 1(火) 23:19:44
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : すみません,少し言葉が足りなかった Comments:  ですから,弟子を連れていったのは驕りではなく,必然的な行為で,癒しを行っ たイエスと,イェルサレムに置けるイエスの行動は,首尾一貫しているということ です。 Time : 2000/ 2/ 1(火) 23:21:12
Name : 2m E-mail : Title : 安部奈さんへ Comments: >当時のユダヤ教の問題点をあぶりだすための,・・・当時のユダヤ教の現状に疑 問を投げかける事だったと言えるでしょう。 そうだったのかも知れません。しかし、やり方がやり方です。神殿を荒す事まで 本当にする必要があったか疑問です。そんなやり方では、神殿を運営する人達の怒 りを買ってしまいます(「2m」も買いそうですが・・神殿荒しはしない、と言うか できませんけど)。疑問を投げ掛けるのなら神官達との話合いに持ち込めば良い筈 ですし。これなら弟子は不要、もしくは邪魔です。思う通りにならないからと言っ て、いきなりそんな事をしては話合い以前の問題になってしまいます。・・驕って いる人は、後先考えない行動をしがちだと思います。 そして、バリサイ(パリサイ?)派の人達は、もしイエス・キリストを放ってお けば再び神殿荒しをされると思ったから、強硬にイエス・キリストをはりつけにす べきとしたと思います。 では、また。 Time : 2000/ 2/ 2(水) 00:34:24
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 2mさんの気持ちも分からないではないのですが・・・ Comments:  当時の,ユダヤ人は,繁栄の極みにあったわけですが,ユダヤ教とヘレニズムの 間にあって,壮烈なアイデンティティーの葛藤の中にあったわけです。それを頭の 中に入れておかなければいけない,この葛藤に耐えられなくなったユダヤ人は,つ いにローマ帝国に反乱し,最後にはディアスポラに陥ります。それに一介の田舎ラ ビがイェルサレムの貴族たちに話し合いを訴えても,聞いてもらえたかどうか・・ ・  時代背景への理解なしに,現在の価値観で判断されても,キリスト教がここまで 人々の心を捉えたことは理解できないでしょう。  それに,イエスは,第2イザヤを実演しようとしたとも言えます。かなり意識はし ていたでしょう。傲慢なだけの教祖に2千年も信者がついていくとは思えません。  何を言っているのだか分からなくなってしまいましたが,せめて,「マタイの福 音書」だけでも読んでください。 Time : 2000/ 2/ 2(水) 00:55:06
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : パリサイ人が怒ったのは, Comments: イエスが彼等の問題点を鋭く突いたからです。そのため,彼等はイエスをただの暴 漢として裁こうと努力します,イエスの宗教的な主張をできるだけ無視しようと躍 起になるのです。  それに,ユダヤ教には預言者の伝統があります。預言者であれば,少々の無茶は 許されます。ただし,イエスの時代には,預言者の時代は終わったと考えられてい ましたし,イエスはそれまでの預言者とは大分違った主張をしてはいます。預言者 と言うものを知らなければ,イエスかただの狂人に見えてしまうのですが,それは 正確な歴史の理解ではありません。 Time : 2000/ 2/ 2(水) 01:04:07
Name : 2m E-mail : Title : 安部奈亮さんへ Comments: >ユダヤ教とヘレニズムの間にあって,壮烈なアイデンティティーの葛藤の中にあ ったわけです。・・・この葛藤に耐えられなくなったユダヤ人は,ついにローマ帝 国に反乱し ・・この論理は、良く解りません。「アイデンティティーの葛藤」→「ローマ帝 国に反乱」は、どう繋がるのでしょうか? >ディアスポラ すみませんが、この単語の意味が解りません。できれば日本語訳して頂けないで しょうか? >イエスが彼等の問題点を鋭く突いたからです。そのため,彼等はイエスをただの 暴漢として裁こうと努力します,イエスの宗教的な主張をできるだけ無視しようと 躍起になるのです。 暴漢には違いないと思いますが・・。神殿荒しと言う罪を犯した訳ですから。 >キリスト教がここまで人々の心を捉えたことは理解できないでしょう。 人の心の闇を巧みに利用すれば可能です。・・光でも可能ですが、キリスト教徒 のしている事を総合して考えると闇と考えられます。「魔境」を「神」とし、人々 の菩提心を否定する人達ですから。 >預言者 預言者も、結局人ですよ。人として、してはいけない事をしたのだから、罰され るのは仕方ないとは思いませんか? >預言者であれば,少々の無茶は許されます。 その中に、怒ったら神殿を荒しても良いと言うのはあるのですか? >一介の田舎ラビがイェルサレムの貴族たちに話し合いを訴えても,聞いてもらえ たかどうか・・・ ま、駄目でしょうけど・・しかし神殿を荒したら、し返しを食うに決まってます 。 「2m」は、別にイエス・キリスト(もしくは、元になった人)が嫌いと言う訳で はありません。彼を利用して群がる人達は嫌いです。彼は自分の事を人だと言って いる筈です。人に間違いは付き物です。神殿荒しと言う罪を犯したとは言え、情勢 から仕方ないと見る事もできます。しかし、彼を神に仕立て上げる人達は、その罪 を無理に正当化しています・・正当化の内容も、幾つか正当です。しかしだからと 言って、神殿荒しを行い何の関係も無い人達にも迷惑を掛けた罪は拭い去れない物 です。一方には良い事でも、一方には悪い事と言うのは、現代でも良くあります。 良い事をしたから、同時に起こした悪い事には、完全に目を塞がなければならない のでしょうか?ねずみ小僧や忠臣蔵と一緒だと思います。 では、また。 Time : 2000/ 2/ 2(水) 23:56:01
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 2mさんへ Comments: ディアスポラとは,ユダヤ人が自分の国を失って,ユーラシア大陸各地に離散した 悲劇の事です。ユダヤの反乱に関しては,話すと長くなりますので,追々書きまし ょう。 では,話しをキリスト教と,キリスト教が生まれたころのユダヤ教に限定しましょ う。 質問です。 (1)2mさんは,キリスト教の教義や儀式のどこを邪教だと考えるのでしょうか。 (2)2mさんは,キリスト教の教義や儀式のどこに「魔境」の悪用を見出している のでしょうか。 (3)「魔境」とは一体何なのでしょうか。 できるだけ、「聖書」の条文、あるいは歴史上の実例,現在の教会などでと語られ ている教え(キリスト教を研究した本でもいいでしょう)を根拠にして話してくだ さい。 Time : 2000/ 2/ 3(木) 19:36:43
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 2mさんへ Comments: 資料と言っても厳密じゃなくていいです。 「イザヤ記に書かれてあった」とか「ニケーア公会議は八百長だ」とか「遠藤周作 氏がこう言っていた」と言う風な感じで話しを進めてもらえば,こちらとしても理 解がしやすいと思います。 よろしくお願いします。 Time : 2000/ 2/ 3(木) 23:24:46
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 国体(定説編) Comments:  国体とは完結に言えば,天皇の無謬性です。  江戸時代の朱子学者が,大義名分論を元に、日本史を見なおして気付いたのは, 日本の天皇が一度も断絶することなく,日本の最高統治者である事でした。一部の 朱子学者と国学者は,本家中国の皇帝が,徳を失う事により,易姓革命が起こり, 廃されるのに対して,日本では一度もそのような事は無いとして,日本の天皇家の ほうがより尊いとしました。  この連綿と続く皇統を根拠に,水戸藩の会沢正志斎(1782〜1863)は「新論」に おいて,日本の「国体」を初めて書き表します。「日本は,世界の最も東に位置し て,世界の正気の発するところであり(朱子学的世界観),日の神の御子孫たる天 皇が代々位にお付になって統治する世界の首位に立つべき国である…」  このようにして,天皇は日本の正統な統治者とされ,幕末の国難とあいまって, 「国体を正す」ことが統幕の理論的根拠となります。  その後,明治政府は国家の近代化特に憲法制定において,国体を近代法体系に載 せる必要に迫られます。これを最も意識していたのが,法制官僚として、伊藤博文 と共に憲法作成に従事し,さらに教育勅語を作成した,井上毅(1844〜1895 注: 井上馨と間違えないように)でした。  井上毅が終始恐れたのは,天皇をから権限を一任された職務および機関ができる ことでした。日本の統治者は天皇であり,そのような権臣の存在は,幕府の再現で あるからです。このため,大日本帝国憲法では,行政,立法,司法,統帥権をそれ ぞれ担当する内閣,帝国議会,裁判所,帝国陸軍・海軍は,それぞれ個別に天皇に ちょっけつすることとなり,天皇によって最終的な行動は決められるが,天皇自身 はその責任を負わない(神聖不可侵)ことになりました。  これが何故天皇の無謬性につながるかと言うと,国家もまた誤ることがあるわけ です,しかし,天皇がその責任を負うことになると,易姓革命を容認しなければな らないからです。  天皇は過去も未来も永劫に,日本の統治者でありつづけるわけです。ということ は今まで一度も失敗をしなかったと言う論理になります。失敗は,臣下が天皇に間 違った判断材料を与えたゆえに起きると言うわけです。これを,「天皇は判断さえ 下さない(ただただ正しい)」と言うところまで突き進めれば2・26事件における青 年将校の論理になります。 Time : 2000/ 2/ 4(金) 23:55:23
Name : 2m E-mail : Title : 安部奈亮さんへ Comments: >では,話しをキリスト教と,キリスト教が・・・教え(キリスト教を研究した本 でもいいでしょう)を根拠にして話してください。 この質問は、1/29のと大差無いですね。答えは変っていません。ま、強いて言え ば、「自我自賛」・「一人よがり(・・多いけど)」・「大言壮語」て所です。そ んな宗教や思想がまともな訳無い、と言うのがまず一番にあります。後は、根拠を 挙げているだけです。 今度は「2m」から、安部奈亮さんに質問です。なぜ、キリスト教を素晴らしい宗 教と認識しているのか教えて下さい。・・但し、条件があります。決して「他人が 言っているから」と言う自主性の欠片も無い事は言わないで下さい。もしそうなら 、「解らない」とでも言って下さい。「我考える故に我あり」なのですから。 >「日本は,世界の最も東に位置して,世界の正気の発するところであり(朱子学 的世界観),日の神の御子孫たる天皇が代々位にお付になって統治する世界の首位 に立つべき国である…」 ・・全く。こーゆー大言壮語癖のある奴は、信用ならないってんです。しかし無 茶苦茶な空論としか読めません。何か、別な作為があったのかも知れませんが・・ 。 では、また、よろしく。 Time : 2000/ 2/ 5(土) 00:19:45
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 国体(「逆説の日本史」風解釈) Comments:  天皇は正しい,しかし天皇個人の意思が政治に反映してはならない。何故なら, そうなると天皇は政治に対して責任を負うことになるからです。しかし,政治は, 至誠(朱子学の用語)たる天皇から出るわけです。では,どのようにして天皇の御 心は顕現されるか?それは,内閣,帝国議会,司法,帝国陸軍・海軍の助けによっ て,というわけです。しかし,これらの機関が決定をするわけではありません,あ くまで決定は天皇が下すのですが,これは天皇個人の意思ではなく天皇は責任を負 いません。頭がおかしくなってきます。    これが国体です。これを「逆説の日本史」風に解釈してみます。    恒に正しい天皇の御心をどのようにして知るのか?それは各機関内の「和」に反 映される。例えば,帝国議会で議決がなされたということは,この議決は帝国議会 の「和」の成果であるのです。日本において「和」は恒に正しいので「帝国議会の 議決=天皇の御心」となるわけです。  何故誰も決定が下せず,天皇のみが決定を下すのか?それは「和」と言うのは, 帝国議会,あるいは内閣全員の統一した意思であり,誰か個人が下す決定ではない からです。しかし,それではなにも話が進まないから,天皇の決定とするのです。  要するに,一番大事なのは,天皇ではなく,各機関内の「和」なのです。  やがて帝国陸軍は,陸軍内の「和」を国家よりも大事にし(何せ「和」=天皇の 御心なのですから),破滅への道を進みます。 Time : 2000/ 2/ 5(土) 00:35:14
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : キリスト教の良さですか Comments: やはり「愛」ではないでしょうか。 それに,キリスト教徒の慈善活動は,ややおせっかい的な所はあるにしても,その 行動力には感服しないわけにはいきません。やはり,行動しないと,現実を変える ことはできないと私は思います。 日本人のキリスト教徒の人の大多数は,真面目で勤勉だと思います。私はそこにも 共感を抱いています。 遠藤周作氏のイエス像は,正統な解釈からすると,異端とするむきもあるようです が,氏の「母なるイエス像」が私は好きです。遠藤氏の著作を読むと,私は優しい 気持ちになれます。 とりあえずこんなところです。異教徒の者が,でしゃばってすみません。 Time : 2000/ 2/ 5(土) 00:52:01
Name : 2m E-mail : Title : 安部奈亮さんへ Comments: 安部奈亮さんが言ったキリスト教徒のやっている事は、善行ではなく悪行です。 ・・と言っても、すぐには納得できないと思いますので、一つ一つ解説します。 >「愛」 人間が持つ最も大きな「愛」は、恐らく「母の愛」です。それ以外の「愛」は、 そこまで大きな物はあり得ないと思います。そして、はっきり言えば「神の愛」は 、まやかしでしかありません。第一、「神」に会った人がいないのでは、判別のし ようがありません。そこを無理に解釈するから、開祖の悪行を善行と言い張れる訳 です。 >キリスト教徒の慈善活動は,ややおせっかい的な所はあるにしても,その行動力 には感服しないわけにはいきません。 仏教では、これは「陽徳」に当ります。良い事をしていると見せびらすのは、「 悪行」です。本当の「善行」は、こっそりと行う良い事です。これを「陰徳」と言 います。「おせっかい」と安部奈亮さんも感じているのは、彼らのしている事が「 陽徳」であり「悪行」だからです。 >やはり,行動しないと,現実を変えることはできないと私は思います。 現実をどの様に変える事を、彼らは望んでいるのでしょうか?・・彼らの持つも う一面から考えると、「彼らにとって都合の良い社会」に変えようとしているとし か思えません。その人が本来持っている能力を使っている分には自分で続ける事も 止める事も可能ですが、言われてやっているのでは続ける事も止める事も言われる ままになります。つまり、言っている人の道具でしかありません。・・それでも、 やっている人は良い事をしていると勘違いしているから、見方を容易には変えられ ず更に厄介です。これは、現代のあの邪教と同じです。 ちょっと解り難いかも知れませんが、人間は「善」だけでは動けません。必ず「 悪」が入ります。・・簡単に言えば、肉食動物が草食動物を捕えて餌にするのは「 悪」と見れますが、その餌を子供に分けるのは「善」と見れます。そして、これは 自然界だけでなく、人間社会でも当てはまる法則です。・・徳川家康が豊臣家を完 全に滅ぼしたのは「悪」、それによって260年の平和な時代が続いたのは「善」です 。これは左翼を見ると、もっと酷くて解り易いです。もし軍隊を完全になくしたら 、恐らく、すぐ中国に蹂躙されます。幾ら、一面的に正しい事をしているからと言 って、すぐ彼らを正しい人達と認識するのは間違いと思います。 そして、なぜ、彼らは良い事をしていると見せびらかしているのか・・。それは 、もう一面のおぞましさを打ち消そうとする狙いがある為と思われます。 ちょっと足りない様な気もしますが・・・では、また。 Time : 2000/ 2/ 6(日) 16:12:46
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 2mさんへ Comments:  あなたの口調は,時々現れる偏狭なキリスト教徒が,他の文化を謗るときの口調 とそっくりです。そうやって,自分の価値観しか認めず,それに合致しないものを 「悪」と決め付けるのは,あなたが批判するキリスト教,あるいは左翼,あるいは 中国と同じではありませんか?  あなたがやっている事と,例えば左翼の人が「おまえは右翼だ!」と決め付ける 事に違いはあるのですか?  偽善でも,なにもしないよりはましです。それどころか,私は偽善は大いに結構 な事だと思っています。みんなもっと偽善をするべきだとさえ思っています。  それに,仏教だって,日本に古代からあった神道をかなり侵食しています。仏教 も邪教だと言うのですか?  甲骨文字などから推測される,中国の古代の宗教と,道教が同じとは到底思えま せん。道教も自分の都合の言いように世の中を作り変えたとも言えませんか?道教 の神様に会った事がある人だって存在しないでしょう。  あなたは何かを恐れているのではありませんか?何故否定形でしか己の思想を語 らないのですか?「キリスト教を邪教と思う。」「儒教は良くない」また,道教を しきりに称揚しつつも,道教がなんなのかの説明もしない。  まあ,それはいいとしても,キリスト教の「愛」を否定すると言う事は,キリス ト教徒が今まで2千年間してきたこと全てを否定することになります。他人の事をそ うも簡単に否定する事が「現実を見て」「自分で考える事」なのですか? Time : 2000/ 2/ 6(日) 16:47:50
Name : 蓬莱・方丈・瀛州 E-mail : Title : 道教はそんなにいいものではありません Comments: みなさん、こんにちは。 老荘の閃きの時代の思想とは違い、現代の道教とは、基本的に儒教に対するアンチ テーゼであり、しかもアジア思想の根幹というか合わせ鏡なだけです。日本の神道 も、インドのヒンズーも道教とよく似ています。 中華思想=儒教という感覚も何度も言いますがちょっとおかしい。 中華思想は道教がその根本であり、儒教によってごまかされたエゴイズムにしかす ぎません。老荘思想の教典哲学は、それに気がついた人間を篭絡、論破するための 禅問答の真似事です。 道教の最高神はご存知ですか?現在は元始天尊ですがこれは仏教の〜〜尊からでき たもので、唐代に登場します。それ以前の最高神は黄帝です。老子に道を指し示し たとされる神です。さらに前は日本の天皇の語源とも言われている天皇大帝で、こ れは北斗七星と北極星を象徴する天の支配者です。なにやら神道の形成と似ている と思いませんか? 唐代に、アンチ儒教として成立した道教教典を読むと、儒教の矛盾点をついてるわ けですから儒教よりすばらしいもののように思えますが、それはどなたかがおっし ゃっていた洗脳にしかすぎません。欠点をことさら言い立てるわけですから尤もな わけです。 何度も言いますが、儒教=中華思想ではありません。 道教と儒教は中華の人々の本音と建前です。起こった問題に対する道教的理解と儒 教的制約を体言したもの、それが中華思想なのです。 どちらが建前であり本音であるかは、社会情勢によってちがってきます。 それは、前回の投稿で中国思想史の変遷「儒>道>朱>陽」という流れを述べたこ とで御分かりになると思います。 この儒と道さらに仏の三教はそれぞれの宗派や学者、道士などが切磋琢磨して現在 のアジアに根付いたものでありもはやどれが正しい、優れているとは一概にはいえ ません。 一律に道教哲学が優れていて、儒教理論が劣っているとはいえないのです。 道教とは、個人哲学で、儒教とは社会理論であり、両者は一見両立しないようにみ えて両立するものなのです。善悪入り混じった人間の本質をその両者は端的に表し ているとは思いませんか? 2mさんへ ここから、あなたの投稿への感想です。 現代中華思想たる中国型共産主義とアメリカ、ヨーロッパの覇権主義を儒教とキリ ストを非難することによって浮かびあがらせるおつもりなのでしょうけども、それ は遠回りです。 なぜ直接欧米覇権主義や中国型共産主義を批判しないのでしょう?それともあなた の投稿にたいしての私の解釈は私の勘違いなのでしょうか? 耳障りの良い儒教理論にごまかされないようにするのはいいことです。 しかし中国がウラでやっているもろもろをささえているのは、儒教ではなく中国型 共産主義とかれらの振りかざす正義の道を照らす道教的精神ではないでしょうか? 儒教の本質は、悪意を覆い隠すだけ。そんなところにないのは明白でしょう? Time : 2000/ 2/ 6(日) 19:30:47
Name : 横山 雅彦 E-mail : Title : 蓬莱・方丈・瀛州さんへ Comments:  よろしければ韓非子に始まる法家についてもご意見をお聞かせください。小室直 樹氏の「中国原論」で「歴代の中国の王朝は表向きは儒学でも実質的には法家の思 想で統治してきた。」といった意味のことが書いてあったので。あと逆説の日本史 6巻で「ゴータマ・シッダルタの唱えた仏教と現在日本で行われている仏教とは別 物」といった意味のことが書いてありましたが、道教も老子や壮子の考えとその後 の発展? OR 変質? OR 堕落?とを分けて考えてみたいのです。鎌倉仏教でも純 粋に徹した親鸞及び道元とそれを薄めて一般庶民でも飲めるようにした蓮如及び螢 山(?)の例もありますし。 Time : 2000/ 2/ 7(月) 13:29:01
Name : 蓬莱・方丈・瀛州 E-mail : Title : 法家思想と道教思想 Comments: みなさん、こんにちは。 法家思想とは、儒教・道教といった宗教的思想とは違い体制側の力の行使を保証す るための法則・原則であると私は思っています。従って権力者(皇帝など)が国民 を統治するための屁理屈でしかありません。民心に広がるという意味では思想と呼 べるしろものではないと考えております。あくまで支配者が支配者であるための理 論を集めたものだと理解しております。統治のための理論が儒教なら、法家は統治 技術の集大成といった認識です。 法家思想は、儒教世界を実現し統治する必要性があって初めて成立できるもので儒 教思想との関係は道教における神仙思想と老荘思想の関係ではないかと思っていま す。思想としては大きな儒教世界の中の小さな技術と見ていいのではないでしょう か? ただ、技術というのは転用できますよね? 唐の時代、儒教思想は朝廷から離され道教思想による統治が試みられます。このお おきな変革にも関わらず、「貞観の治」と呼ばれる歴代中華帝国の中でも安定した 政治状況をつくりあげることができた要因は、道教思想が儒教思想より優れていた からではありません。法家の技術を道教的世界観に苛烈なまでに適用した結果です 。 私見ですが、現在の体制中国型共産主義も同じく法家技術を共産主義に苛烈に当て 嵌めたものでないかと考えています。 ですから法家技術はどのような思想のもとでも権力者により重宝されうるもので、 権力基盤(国益、国力)さえ揺るげば何の役にも立たない技術でしかないと思って います。 しかし、法家のような技術も国(支配者)民(被支配者)の関係を際立たせるだけ のものであり、中華思想という主に外交的なものに対して作用する大きな思想とは 直接関係のないものだと考えています。法家思想を民におしつけ支配体制を確立す るということにいたってはどのような思想社会、宗教世界でも起こりうるものであ り、それぞれ矛盾を内包しつつ存在するもので、法家の技術が国や国民の行く先未 来を左右するものではないということです。その意味で法家は思想とはちょっと違 うのではないかと考えております。 道教の変遷としては異論があると思われますが私は下記のように考えています。 アニミズム>神仙世界(神話)の創造>神仙世界の体系化(神話の一本化)>老荘 思想の添加(初期道教の誕生、このあたりで儒教とは違う精神世界をつくる)>儒 教・法家にたいしてのアンチテーゼとなる(黄巾の乱に代表される)>唐代の国教 化によりアニミズムを含む雑多な各理論が体系化される(現在に続く道教の原典) >理論学的には儒教やキリスト教と再び交じり合い陽明学として発展し現代中華思 想の根幹となる 現在は理論的道教(もはや宗教ではなく哲学。いや哲学こそ宗教の本質なのかもし れませんが)と民間信仰的道教に分けることができると考えています。 「急々如律来」=「神様お願いします願いをかなえるために顕現してください」こ れが現代の民間道教を端的に表す呪文でないかと思っています。まるで日本の「困 ったときの神頼み」を地でいくようなものだと思いませんか? 各道教神も八百万の神と同じく、それぞれ得意なご利益を持っているというのも日 本と共通する部分ではないかと思います。諸葛亮、関羽に対する信仰など歴史上の 人物を崇めるのも原アジア的な祭祀形態なのかもしれませんね。 それを脈々と受け継いでいるのが、神道と道教なのかも?と思ったりしてます。 なんだか話がそれてしまいましたね。 でも、これが私の個人的な中華思想についての目いっぱいの認識、感想です。 これ以上は何もわかりません。 道教は、中国人の根っこではないかと最近強く思うようになりました。 Time : 2000/ 2/ 7(月) 17:54:31
Name : 2m E-mail : Title : ご意見ありがとうございます Comments: 安部奈亮さんへ。 >あなたの口調は,・・・違いはあるのですか? >何故否定形でしか己の思想を語らないのですか? 肯定形で自分の思想を語るほど、危険極まりない事はないからです。思想は時代 や土地と共に変容します。もし、肯定形で自分の思想を押し付ければ、それこそ、 キリスト教や左翼と同じになります。変化を肯定するなら、否定形で思想を語るし かありません。 >私は偽善は大いに結構な事だと思っています。 これは現実を真剣に見ていないから、言える事と思います。偽善の為にどれだけ 多くの人が苦しんできたか、そして苦しんでいるのか、良く見てみるべきだと思い ます。 >仏教だって,日本に古代からあった神道をかなり侵食しています。仏教も邪教だ と言うのですか? 仏教も邪教の時期があった、と以前書きましたよね?・・しかし、侵食はしまし たが、キリスト教の様に「神道」を悪魔と決め付け(カミ・ホトケを踏ん付けてい るキリスト像があった筈です)、完全に排除する事まではしていません。 >道教がなんなのかの説明もしない。 道教ではなく、老子の思想です。極めて現実的な思想です。・・そしてそれは、 「魔境」と「悟り」について説明する事になってしまうと思います。かなりの時間 が必要で、しかも答えは曖昧になると思っています。 >キリスト教の「愛」を否定すると言う事は,キリスト教徒が今まで2千年間してき たこと全てを否定することになります。他人の事をそうも簡単に否定する事が「現 実を見て」「自分で考える事」なのですか? 否定します。決して簡単に否定している訳ではありません。本当に「現実を見て 」・「自分で考える事」を行った結果、導き出した結論です。なぜ、安部奈亮さん は、あれだけの歴史的事実を知っていながら、キリスト教そのものがおかしいと思 わないのか・・「2m」にすれば、そちらの方が不思議です。そして、2千年間してき た訳では無いと思います。キリスト教も、年代によって大幅に変容しているのです から。恐らく始まった直後は、まだまともな宗教だったと思います。しかし変容を 繰返し、どんどん邪教になって行ったと思います。「新約聖書」が4冊あり、その 内容の変遷を見ると、そう思います。 >あなたは何かを恐れているのではありませんか? 以前も書きましたが、こう言う殺し文句は止めません?・・それに、この部分は 完全に安部奈亮さんの空想でしかありませんよね? 蓬莱・方丈・瀛州さんへ。 >老荘の閃き そんな簡単に言える物ではないと思います。老子は、根源から現実を見つめる事 で、あれだけの思想を残せたと言っています。 >現代中華思想たる中国型共産主義とアメリカ、ヨーロッパの覇権主義を儒教とキ リストを非難することによって浮かびあがらせるおつもりなのでしょうけども、そ れは遠回りです。 そんなつもりはありません。儒教とキリスト教の愚かさを非難すれば、現代の邪 教も抑えられると見込んでの事です。 >なぜ直接欧米覇権主義や中国型共産主義を批判しないのでしょう?それともあな たの投稿にたいしての私の解釈は私の勘違いなのでしょうか? 「2m」にすれば、それは一見近道に見えて遠回りと思います。人が何らかの行動 をできるのは、善悪何れでも、その行動の根源になる宗教を持っているからと思い ます。そんな人達の表面の思想を叩いても、怒らせるだけで何の解決にもならない と思います。だから、そんな人達の深層にあると思われる宗教の問題点を非難して います。ま、怒るのは変らないとは思いますが・・。 >中華思想は道教がその根本 「道徳経」を見る限り、そうは見えませんでしたが?・・出来ればで構いません が、何を根拠としているのか教えて下さい。 >道教は、中国人の根っこではないかと最近強く思うようになりました。 そうですね。中国人は政府の言う事を殆ど信じていないと、何度か聞きました。 法家の思想は、余りにも押え付けが激しいからでしょうか?道教の(外からの)押 え付けは、殆ど皆無の様ですし。 では、また、よろしく。 Time : 2000/ 2/ 7(月) 21:08:59
Name : 蓬莱・方丈・瀛州 E-mail : Title : 2mさんへ Comments: >そんな人達の深層にあると思われる宗教の問題点を非難しています。 一部の宗教を邪教と呼ぶ理由がそれではあまり理解できませんが、あなたが現状打 破の道としてその道を選ぶというなら、もう何もいいません。それも道徳の一つで あるかもしれません。 ただ、安部さんをはじめ反対者の方とまともに議論したいのであれば「邪教」とい う言葉は使うべきではないと思います。 Time : 2000/ 2/ 7(月) 21:28:14
Name : 2m E-mail : Title : 蓬莱・方丈・瀛州さんへ Comments: >>そんな人達の深層にあると思われる宗教の問題点を非難しています。 >一部の宗教を邪教と呼ぶ理由がそれではあまり理解できませんが 勿論、それだけで邪教と認識している訳ではありません。様々な角度から考えて 、どうしてもおかしいとしか思えず、彼らの願っている事が、どうしても邪としか 思えないからです。でなければ、そんな事を言いません。 「終末思想」は、平安時代末期にもありました。その結果、多くの破戒僧はぼろ 儲けできたでしょうね。人の弱みに付込む悪質な商売です。それと同じ事を、彼ら はやってきました。現代の「終末思想」の根源は、どう考えてもキリスト教です。 最近は他の宗教でもあった、と言う話もあるのですが、キリスト教の影響下にある 人達から話されていると思われます。そして、取りも直さずおかしいのは、宗教家 も人間だと言う事を忘れているとしか思えません。人間なら、欲望にはまり、碌で も無い事をしてもおかしく無い筈です。それが、宗教家と言うだけで悪い事はしな い筈と言う、思い込み・・洗脳と言うべきかも知れませんが、それに侵されている と思います。 幾ら、歴史や伝統があっても、人間は「欲」だけは捨てられない筈です。「全く 欲がない」と言う事は、「生きていない」と同じなのですから。「死人」を「仏」 と呼ぶ日本の風習は、理に適っていると思います。「欲」には二種類あると思いま す。一つは、細く長く続けたい、と言うまともな欲。もう一つは、太く長く続けた い、と言うおぞましい欲。欲を太くすれば、当然短くなります。そこを無理に長く しているのは、邪教と呼べます。放って置けば、全てを破壊し尽くすまで、彼らに よって欲を増大させた人達は止まる事は無いでしょうね。 >「邪教」という言葉は使うべきではないと思います。 言いたか無いんですけどね。でも、該当する代りの言葉も見当りませんし・・無 理して、ちょっと言い替えてみますか。 「一方では権力・歴史・伝統・信者の多いのを盾に都合の良い事ばかり言って人 々を垂らし込み、一方では脅しつけて多額の金や財産を巻き上げる、とんでもない 二面性を持つ宗教と呼ぶのすらおこがましい集金・遣込み機関」・・何か長い上に 、前より酷い気もしますけど。ま、これじゃ使えないので、冗談とでも思って下さ い。 後、「邪教」と言う言葉に、何故そこまで拘るのか・・まあ、感情的になるのも 無理ないかも知れませんが、討論をする際に最も邪魔なのは感情だと思います。( つまり、「朝まで・・」は討論と言う次元から大きく外れ単に罵り合いでしかなく 、その上洗脳まで行う碌でも無い番組)逆に最も必要なのは、冷静冷徹な思考と判 断だと思います。「2m」は、この言葉しか該当しないと思い込んで(変えたら、上 記みたいになりますし)使うのであって、違うと思うのなら、それほど気にする事 も無いと思いますけど。・・この件で意見の正当さや論理的思考を進め、もしくは 反転するための討論はしても良いと思いますが、別に安部さん達にこの考えを押し 付ける気はありません。討論の結果、もし安部さんの意見が変っても変らなくても 、どうこうする気も全くありません。逆に、そんな魂胆を持つ(あの番組の司会者 みたいな)人は、討論をすべきではないと思います。 では。 Time : 2000/ 2/ 9(水) 00:52:37
Name : 2m E-mail : Title : やれやれ・・・です。 Comments: やれやれ・・・です。 「2m」の書いている事の幾つかは、現代の多くの人から見て突拍子も無い事だと 自覚しています。しかし馬鹿なりに深く考え、結論として書いているものです。だ から全てをその通りと受け取る人は、物事を深く考えない人と思います。逆に全く 受け付けない人は、自分の考えにこだわる人と思います。・・ま、こだわっている のは、「2m」も同じですけどね。 今回は、キリスト教が邪教かどうかは置いておきます。 しかし感情的になるなと言う奴ほど、感情的になっている事が多いとは思ってま したが、「2m」もそうみたいです。・・ちょっと、頭を冷やしていました。まあ、 安部奈亮さんに「誰かさんとそっくり」だから危険だとか、空想を根拠に危ないと か、無茶苦茶言われたのでしょうがないですね。批判するなら、具体的にどの部分 がどの様におかしいのか指摘して欲しいのですけど。これでは討論ではなく、本当 にただの罵り合いになりますよ。それとも安部奈亮さんは、そんな討論はする方が おかしいと、洗脳している左翼みたいな事を考えているのですか?井沢先生も言っ ていたと思いますが、問題がいつまでも解決できなくなるので、極めて危険な思想 の持ち主と言う事になりますよ。 それとこれだけは聞いておきたいです。安部奈亮さんが「2m」を非難する方法と 、洗脳している左翼が小林よしのりさんを非難する方法とで、どこか違いがあるの ですか?かなり薄い根拠を元に、自分と違うから「危険」とみなしていますよね。 では、よろしく。 Time : 2000/ 2/16(水) 22:23:41
Name : 2m E-mail : Title : あの子供を学校に入学させる事について Comments: 本当は安部奈亮さんから返事があるまで何も書込まないつもりでしたが・・。ま た、とんでもない事を言っている政治家がいるので、意見を書込みます。 あの邪教の子供を学校に入学させると言う事ですが・・はっきり言って、あの政 治家は宗教の恐ろしさの方を全く認識していません。あの邪教の影響が本当に深刻 になるのは、あの施設で幼少期を過ごした子供達が大人になった時だと思います。 今、大人になってあの邪教にはまり込んでいる人は、様々な方法で邪教や現代社会 の問題点を指摘すれば、まだ普通の生活に戻れる可能性があります。しかし、幼少 期にあの狭い空間と視点に縛り付けられれば、その考えが絶対になり他の考えを受 け入れる可能性は極めて薄くなります。もし彼らが反対意見になったとしても、井 沢先生が昭和一桁世代の軍隊に対する異常な嫌悪を書いていましたが、それと似た 様な事を起こすと思っています。学校に受け入れる側、そしてあの邪教の子供の側 、共に被害を受けると思うので両面から今はまだ止めておいた方が良いと思います 。 今、あの邪教にするべき事は彼らの要求を安易に受け入れるのではなく、どうし て社会から孤立しているのかを説得して、彼らの悪行を止めさせるのが先決です。 何時だったかニュースで、「親元に帰れ」と言っていた人がいましたが、それこそ が多くの民意だと思います。老子は、政治は「民意に従順」で「やたらといじるな 」と書いています。民意ではなくわがままは受け入れる必要は無いですが。これに 逆行すれば、かなりの損害を国民は受ける事になります。 道徳経では、「自然との一体化」を薦めています。そしてそれこそが、まともな 宗教の根源と考えています。これはおそらく仏教も同じです。間違っても、「個人 との一体化」など薦めてはいません。あの邪教、そしてその禅では、「個人との一 体化」をしていました。恐らく今もしています。これがどれほど危険な事か・・あ の事件を良く調べた人なら解ると思いますが。全てをその個人、もしくは階級が上 の人の為に奉仕する道具に成り下がる訳です。 ・・どうもあの親子の政治家は、民意への逆行といじり回すのが好きみたいです ね。確証は少ないのですが、メディアの洗脳に一枚噛んでいる気がしてなりません 。あれほど「二枚舌」と罵られたのが嘘みたいに、今のメディアの彼に対する攻撃 は静かで、逆に誉めている人もいる様です。彼は、近代日本を洗脳で破滅に追いや ったと個人的に考えている伊藤博文の現代版なのかも知れません。そう言えば親の 方は、「座禅の姿は良い」と言われたそうです。しかしこれは、お釈迦様を信仰の 対象としてではなく、「悟りを先に得た人」と認識している禅宗からすれば、誉め 言葉ではなく貶し言葉と受け取るべきだと思います。外面よりも内面を大切にして いる訳ですから。 では、何か意見があればよろしく。 Time : 2000/ 2/20(日) 00:58:36
Name : 横山 雅彦 E-mail : Title : 2mさんへ Comments: じゃああの子達をどうすればいいとお考えですか? >今はまだ(後略) っておっしゃられますが、ずっとそのままにしておくわけにはいかないでしょう。 小林よしのり氏がゴー宣7巻で「親子を分断して常識とかが継承されないようにす るのはカルトの常套手段」と述べていますが、必要なのはあの子達に「常識」を伝 えることではないでしょうか。そうすれば世間の常識を知りながら背を向けた大人 の信者よりも救いがあるかもしれませんよ。 Time : 2000/ 2/23(水) 13:29:59
Name : 2m E-mail : Title : 横山 雅彦さんへ Comments: >ずっとそのままにしておくわけにはいかないでしょう。 全くその通りだと思います。 >必要なのはあの子達に「常識」を伝えることではないでしょうか。 この方法を具体化すると、あの施設から強制的に連れ出して教育し直す。と言う 事になってしまうと思います。幾ら学校教育で「常識」を受けさせても、あの施設 に帰って行くのでは彼らの曲がった「常識」から逃れられません。しかしそれでは 、子供達は「常識」を容易に受け入れなくなりそうです。そして強制された反動と して、ますます「常識」を受け入れなくなる可能性があります。だから、親達を説 得して普通の生活に戻させない内は、子供達への再教育は無理ができてしまうと思 います。2歳以下なら、祖父母達に預ければ、どうにかなるかも知れませんが・・ ま、彼らは取返しに行くと思うので、この手も使えない筈です。 >世間の常識を知りながら背を向けた大人の信者よりも救いがあるかもしれません よ。 彼らがあの邪教にはまった原因は、「現代の世間の常識」そのものに問題がある からと考えています。「現代の世間の常識」は、余りにも「人の心」を軽視し過ぎ ています。「人の心」を余計な所で緩め、余計な所で厳しくしています。元がおか しいから、よりおかしな所にはまり易くなっていると思われます。小林よしのりさ んは「左翼の洗脳」に、その原因があるとしている様ですが・・確かに一理ありま す。だから、「現代の世間の常識」を叩きながら、彼らの愚行も叩かなければ、彼 らはより考えを固まらせて行くと思います。 彼らがはまっているのは、一応「人の心」を扱うとしている物です。まともな宗 教と叩き合わせない限り、自分達がおかしいとは考えもしない筈です。幾ら本来の 修行とかけ離れているとは言え、修行している事自体に酔っている(これも最悪) 筈ですから。・・今するべき事はあの異常な壁を完全に取り壊し、彼らの代表者を 呼び、まともな修行を積んだ人(多分、禅宗や日本古来の宗派が良いと。他国でも 自然宗教っぽい宗教(ネイティブ・アメリカン、アボリジニ他)なら良いと思う) と討論させて「現代の世間の常識」と「彼らの常識」を叩き合わせる事だと思いま す。・・テレビ中継すると、もっと効果的かも知れません。勿論、あの深夜の洗脳 番組みたいにしたら絶対に無理です、これだけは言い切れます。 Time : 2000/ 2/24(木) 21:43:04
Name : 2m E-mail : Title : 「自由」と言う厄介なモノについて Comments: 今回は、「自由」と言う厄介なモノについて書いてみます。(SAPIOで小林よしの りさんが書いていたので、2mも書いてみました) かなり前から、世間で言われている「自由」は「身勝手」と全く変らないと思っ ていましたが・・最近は、ますます酷くなっていますね。他者を完全に抑圧するの も「自由」だから良いのだと、凄まじい勘違いをしている輩が多そうです。他者か らの抑圧も多少は必要です。それによって個人の反省材料とできるからです。しか し、大き過ぎてはいけません。 まずは、「宗教の自由」です。これは「個人の自由」の範囲内でしか、認めては いけない筈です。しかしどう見ても、「個人の自由」を逸脱しています。あの邪教 などは、「個人の自由」を逸脱するのを薦めているのが明白です。他の宗教は良く 知りませんが、恐らく同じ傾向を持つ邪教は一つだけでは無い筈です。 次は、「報道の自由」です。何度も書いていますが、「洗脳」を「報道の自由」 と言われたのでは堪りません。余程の馬鹿(2mの事)か天才(洗脳不能な小さい子 供達)でなければ、回避できません。それに間違った報道をしておきながら、訂正 しなかったりしているのでは、反省の色が全く見えて来ません。政治家や警察など の問題は大仰に書きたてるくせに、身内の問題は回避しまくりでは・・最早、彼ら に、「道徳心」を期待すること自体、間違いなのかも知れませんけど。 そして「プライバシーの侵害」も平気で行っている様です。芸能人には、「プラ イバシー」は無いのでしょうか?彼らは「芸」を売って生活している筈です。「プ ライバシー」を売って生活しているのでは、芸能人と言えないと思います。メディ アは批判を受けないのを良い事に、「自由」ではなく「身勝手」しまくりです。 そう言えば、歴史教科書に「完全自由・平等を目指す」と言う現実性無視の言葉 があるそうですが・・これは一部の人間による「完全身勝手」に他ならないでしょ うね。一体どう言う社会なのか・・きっとナチスドイツに似た、個々の自由を完全 に封じ込められた恐ろしい社会なのでしょうね。 こんなでたらめがまかり通っているですから、社会的に弱い子供達が被害に遭う のは当然です。まず反省しなければならないのは、メディアや、メディアの暴走を 許している政治家です。そして反省材料を一つ一つ除去しなければ、問題は大きく なるばかりです。それでも、「自由」を元に「身勝手」を続けて行くのでは・・幾 ら反省しても間に合わない事態になるに決まっています。 Time : 2000/ 2/26(土) 13:36:10
Name : 2m E-mail : Title : ご懐妊騒動について Comments: 今回は、ご懐妊騒動についてです。 ご懐妊騒動についての見解ですが・・断っておきますが、推測でしかありません ので。2mは話が持ち上がった時点で、もし本当に子供が生まれれば事実で、もし何 らかの理由により子供が生まれなかったら、メディアが直前の問題を揉消すために 仕組んだデマだと思いました。今までの情報を照し合せると、どう考えても不合理 な点が多過ぎます。専門医でも懐妊と解らない時期(妊娠4週目)に話が上がったり 、あの新聞がスクープした記事だったり・・。単に「勇み足」と片付けるには、辻 褄が合わな過ぎると思います。 あの新聞社は謝罪文を出したと言う事ですが、今後この様な軽率な行動をしない 様に厳しく罰するべきと思います。・・皇室の方々も今までかなりの迷惑を被って いるのですから、あの新聞社を相手取って裁判を起こすべきと思っています。こう 言っては何ですが、彼らの愚行を正す良い機会とも思えます。・・ま、言っておく だけにして、次にしても良いかも知れませんが。 彼らは、本来のメディアの役割から外れ過ぎています。そして反省も足りません 。この際だから、新聞社とテレビ局を完全に分離させた方が良いのかも知れません 。極一部の人達の考えが、正論として日本中にばら撒かれているのでは、まともな 民主主義など期待できる筈もありません。 Time : 2000/ 2/28(月) 00:22:51