Name    : じゃがいも
E-mail  : 
Title   : 手練手管のチャイナ
Comments:
ネットサーフィンしている時に中国の外交政策の特長を見つけました、
なかなか秀逸なる見解だと思いますよ。以下URLです。
       http://www.k-brand.co.jp/~nobuhara/sotu3.html

日本もこれくらい外交政策が上手だったら文句ないんだけどなぁ〜

Time    : 1999/11/ 1(月) 09:56:25

Name : ネットキット E-mail : Title : 私もURLの紹介 A^^;) Comments: 以前南京大虐殺のアイリス・チャンに反論するURLを紹介した関係で産経の ページをいろいろ詮索していた処、またトンデモナイ記事を発見してしまいま した。これは一寸アンフェアだと思うのですが、皆さんはどう思いますか? 子供が可愛そうです。 http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9705/html/0507side01.html Time : 1999/11/ 1(月) 19:19:17
Name : ロータス E-mail : lotus@dg7.so-net.ne.jp Title : なんじゃこりゃ Comments: >ネットキットさん  見てきました。「なんじゃこりゃ」が正直な感想ですね。少なくとも私の小学校 の時はこんな教育はされなかったと記憶しています。戦争で家族を亡くした人の話 とかは聞かされましたけど。  私の住む北海道は不思議なところで、最大の地方紙である「北海道新聞」は左が かっているのに、住民はそれほど左ではないと言うことです(自衛隊が多いし)。  釧路の方に行くと「北方領土返還」の立て看板に混じって「北方領土奪還」の看 板が立っていたりして・・・(実話) Time : 1999/11/ 1(月) 22:22:50
Name : ネットキット E-mail : Title : 将来 Comments: ロータスさんへ >見てきました。「なんじゃこりゃ」が正直な感想ですね。少なくとも私の小学校 >の時はこんな教育はされなかったと記憶しています。 そぉ〜なんです。思わず悲しくって(/_;)状態でした。日本の将来が心配です。 Time : 1999/11/ 2(火) 19:36:52
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 惣国 Comments: ついに井沢先生が,「逆説の日本史」において,室町時代の民衆の動きを取り上げ ました。 私は,室町時代の民衆の動きに大変興味を持っているのでとても楽しみです。 応仁の乱が終わってから,桶狭間まで,日本史が全体として鳥瞰して見られたこと はほとんどないと思います。戦国時代の前と後では日本人の生活,社会,考え方が 一変しています。この半世紀は,日本人の心のシュパルツヴァルド(黒い森)だと 私は思います。 この難問に,井沢先生がどのような解答をなすのか?私はとても楽しみです。 Time : 1999/11/ 3(水) 02:46:21
Name : 碧乙 榮(あおつ えい) E-mail : Title : 遅くなりました Comments: 風邪と仕事とで、ほぼ10日間ぶりです。 先に「とまり木」を覗いてみたら、この10日間で約1000行が費やされており、大変 驚きました。 遅くなりましたが、返事を何点か。 ネットキット様 南京大虐殺肯定の根拠ですが、私は理系の人間ですので、物証を重視します。南京 には遺体があってこれが証拠とされています。死因の究明、遺体の量に問題があり ますが、「冤罪」と言うためには、証拠の鑑定結果(無論、反証としての)を突き つける必要があります。30万人に達しなくとも、焼却処分とされていようと、中国 側が正しければ、大量のmassとしての人骨が出てくるはずです。100の状況証拠より 1の物証です。文科系の大学教授で否定派の方々は、日本国内で咆哮されるばかり で物証に対する反証はないようです。 じゃがいも様 少し、じゃがいも様と私の認識のずれがあるようです。 その1は、南京大虐殺は南京城陥落で興奮した兵士達がそのまま殺戮を行ったもの ではなく、陥落の翌日からおよそ6ヵ月間の間になされたものとされています。 その2は、乃木大将の事柄は参考にならないように思います。同じ時代の東郷長官 も、日清戦争の時だったか、敵艦の沈没に際して、顧問の白人は救助しても中国人 は見殺しにしています。まして、時間も空間も当事者も対象も異なっています。 その3は、昭和12年当時ドイツは日本に対して非友好的であったとの事ですが、昭 和11年のベルリンオリンピックの際に日本人選手団をわざわざナチの将校がベルリ ン駅まで迎えに出ています(ただし、待遇は3等国扱いで、ヒトラーの人種観が反映 されています)。 PSとして、中国の外交は伝統的に「遠交近攻」です。交渉相手のライバルを引っ張 り出すのは、その発展形かも知れませんね。 南京陥落の折には従軍の文筆家(記者だけでなく)が居たようです(一説には大宅 壮一も居たとか)。彼等の沈黙の原因は何なのでしょうか?それが、不気味です。 皆さんも風邪には充分ご注意下さい。 Time : 1999/11/ 4(木) 03:15:51
Name : じゃがいも E-mail : Title : 再び南京大虐殺はなかった! Comments: 碧乙 榮様おひさしぶりです。 > 少し、じゃがいも様と私の認識のずれがあるようです。 そりゃそうでしょ。私は「無かった」あなたは「あった」なのですから 認識がずれてて当然じゃないですか? それでは一つずつ反論して行き ましょう。 > その1は、南京大虐殺は南京城陥落で興奮した兵士達がそのまま殺戮を > 行ったものではなく、陥落の翌日からおよそ6ヵ月間の間になされたもの > とされています。 これ、御自分で書いてて可笑しいとは思いませんでしたか? 6ヶ月もの間に南京の市民はただ虐殺されるのをぼぉ〜〜としながら順番を 待っていたのですか? 以前も申し上げた様に南京は国際都市です、欧米人 も多数居たのですよ? 彼等は何故黙って居たのですか? これも以前申し 上げたことですけど、何故反日的な欧米の記者がスクープを取材する為に 南京に来なかったのでしょうね? それこそ、アミン大統領やポルポト政権 をスクープした様に南京をスクープすれば日本に大打撃を与えられるのに 何故彼等はしなかったのですか? 南京市民もなぜ必死になって逃げなかっ たのですかね? 一人でも逃げられれば大スクープだったのにね? > その2は、乃木大将の事柄は参考にならないように思います。同じ時代 > の東郷長官も、日清戦争の時だったか、敵艦の沈没に際して、顧問の白人 > は救助しても中国人は見殺しにしています。まして、時間も空間も当事者 > も対象も異なっています。 東郷長官がそうだったとは知りませんでした。しかし、日清間は戦争している のですよ。戦争中に相手兵士が死ぬのは当たり前です。作戦行動中に支那兵を 救助などして作戦に支障をきたすなら当然捨てて置かれるのは当たり前です。 むしろ白人を救出した方が凄いことではないですか? 時間も空間も当事者も対象も異なっていても同じ日本人が支那人の風習である 「食人」まではやらないと思いますけどね。気持ち悪くて吐いちゃうでしょ? > その3は、昭和12年当時ドイツは日本に対して非友好的であったとの事 > ですが、昭和11年のベルリンオリンピックの際に日本人選手団をわざわ > ざナチの将校がベルリン駅まで迎えに出ています(ただし、待遇は3等国 > 扱いで、ヒトラーの人種観が反映されています)。 3等国民扱いされた日本人選手団はさぞ不愉快だったでしょうね。 ドイツには良い印象を抱かなかったことでしょう。しょせんドイツも日本を それぐらいにしか見ていなかった証拠です。友好的なら1等国扱いして当然 ではないですか?それで日本人の心証が良くなるなら安いもんでしょ?(笑) まぁ〜そんなドイツと同盟を結んだのがそもそもの間違いでしょうけどね。 > 南京陥落の折には従軍の文筆家(記者だけでなく)が居たようです >(一説には大宅壮一も居たとか)。彼等の沈黙の原因は何なのでしょうか > それが、不気味です。 御存じないのですか? 大宅壮一は確実に居たのですよ。しかも彼は自分の目 で確認しているのでハッキリと否定派です。 Time : 1999/11/ 4(木) 07:31:42
Name : ネットキット E-mail : Title : 物証 Comments: あおつさんへ >南京大虐殺肯定の根拠ですが、私は理系の人間ですので、物証を重視します。南京 >には遺体があってこれが証拠とされています。死因の究明、遺体の量に問題があり >ますが、「冤罪」と言うためには、証拠の鑑定結果(無論、反証としての)を突き >つける必要があります。 南京では戦争があったのですから死体が出てくるのは当然だと思います。 しかも蒋介石総統や宋美齢夫人其の他軍部首脳も市民を置き去りにして漢口に遁走 しています。当然南京に残された中国軍は混乱をきたし、軍人は暴徒と化して掠奪 強盗などが横行して完全な無政府状態になっていました。其の時に発生した虐殺 までを日本軍のせいにされてはたまりません。 唯の死体を証拠とするなら其の死体が絶対に日本軍による殺戮の結果であると言う 証明が必要ではありませんか? >文科系の大学教授で否定派の方々は、日本国内で咆哮されるばかりで物証に対す >る反証はないようです。 文科系の大学教授に限らず理科系でも否定派は否定派でしょう。確かに現地調査は 必要だと思います。出来ることなら日本側は否定派で中国側が肯定派の合同調査が 一番理想的ではないでしょうか?当然お互いの文献も参照、証人の検分なども大切 だと思います。そうしてジャッジは公正を期す為にスウェーデンやスイスなどの 中立国家に裁定してもらうのが良いでしょう。私はその様な公的な合同調査の結果 南京大虐殺があったと判定されればそれに従うつもりです。 しかし、現在の中国政府は絶対にその様な合同調査を拒否すると見ています。 理由は大虐殺が存在しなかったことを一番良く知っているのは彼等だと思うから です。 Time : 1999/11/ 4(木) 18:33:55
Name : 碧乙 榮(あおつ えい) E-mail : Title : 「南京大虐殺否定論 13のウソ」を読んで Comments: 先日「レイプ・オブ・南京」を購入しに遠路はるばる書店まで行って参りました。 迂闊なことに、訳本は未刊行でしたので、南京大虐殺に関して初版の日付が今年の 10月25日と最も新しい上記の書籍を購入、駆け足で読破致しました。 これまでの勉強不足を深く恥じ入るところですが、この掲示板で「ネットキット」 さんや「じゃがいも」さんと討論したことは全て結論が出ていました。この本によ る証明だけではなく、既に昭和40年頃からこの内容が討論されてきたこと、昭和60 年には全面否定論が敗退したこと、平成9年に最高裁も家永裁判を通じて南京大虐殺 を肯定したこと、が、論争史?として最終章に書かれています。 殊に、昭和60年の論争に終止符を打ったのは、旧正規陸軍将校の団体「偕行社(か いこうしゃ)」が南京大虐殺否定のために行った調査で「肯定」証言が集まり、同 社が、虐殺の肯定と謝罪を行ったことによります。 無論、集まった証言は「肯定」のものばかりではありません。私見ですが、虐殺は 時間的、空間的に多発したために、却って取り残された地域が在ったのかもしれま せん。否定派の旧将校達全員がウソをついている訳ではないと思います。そして、 そこにこの問題の根深さの一つが在るようです。 上記以外に、この書籍を私が信用するに足ると思ったのは、反論のための文献の引 用部が広範囲の大意と共に必要部分を書き出してあること、ユーラシア大陸での都 城の構造と周辺住民の関与から20万人という人口の算出(いくら非難した人間が80 万人と言っても)の疑問が氷解したこと、一級(一次)資料の認定基準が明確であ ること(理科系で言う実験の「生データー」)等等です。 また、読みづらい点は、所々感情的であったり、或いは論文やその内容ではなく包 括的な人格非難をしている部分です。 蛇足ですが、この本の最終章「偕行社」が肯定・謝罪した点は読んでいて涙が溺れ そうになりました。例え武運拙く戦争に敗れても自分の人生を賭けたものに対する 自負と密かな自信が「偕行社」の方々にもあったと思います。良く似た挫折の経験 を有する者として万感の想いが込み上げてきました。どうすれば、この先人たちに 報いることが出来るかを、真摯に考える必要があります。 Time : 1999/11/ 9(火) 04:17:21
Name : ネットキット E-mail : Title : それでも買うつもりだったのですか? Comments: 碧乙 榮さん おはようございます。 >先日「レイプ・オブ・南京」を購入しに遠路はるばる書店まで行って参りました。 驚きました!あれほどいい加減な書物をまだ買いに行くつもりだったのですか?  ひょっとして、以前紹介したURLはご覧にならなかったのかもしれませんね。 もしご覧になられてないなら是非ご覧下さい。以下URLです。 http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9808/06/html/0806side018.html しかし、理科系と仰るわりには何故あなたは逆の視点で物を見ることをなさらな いのでしょうか? 失礼ですが、なにか文章の中からは盲目的に信仰されている ようにすら思えてしまうのですが… もし違いましたら謝ります。 もしまだ「レイプ・オブ・南京」を購入されるご予定なら反論本を併せて購入 されることをお勧めします。 Time : 1999/11/ 9(火) 07:41:58
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : 「南京大虐殺否定論 13のウソ」を立ち読みして Comments:  気にはなったのですが、所謂虐殺肯定派の人々は戦時国際法 違反の死者=虐殺者と定義していると思うのですが、それであれ ば、日本を初めとする敵国への戦略爆撃やソ連軍の現地人への 暴行、陵辱なども「○○大虐殺」と言わざるを得ないと思うのです が、そうは言っていないと思います。  彼らの「虐殺」の定義を適用するのは旧日本軍だけであって、 他国の軍隊特にソ連軍や人民解放軍には其の定義を絶対適用 しないでしょう。(米国特に原爆については「アリバイ程度」に主張 しているのかもしれませんが、これについても、一般的には「右翼 」の専売特許でしょう)。本件は日本軍の行為を問うているのであ って、他国の行為は問題としていない。そのような意見を言うこと 自体、戦前の日本を反省していない証拠である(予想モード)とか 何とか御託を並べるのでしょう。  私はそのような恣意的な基準によって旧日本軍を裁いていると 思われる人々の言説は信用できません。結局彼らは「日本軍は 悪」ということが目的であり、南京はその「だし」にされたのではな いでしょうか。  私も、南京で国際法違反になるような事例はあったとは思いま すが、それは飽く迄国際法違反であって「虐殺というような事例で はない」と思います。所謂肯定派の主張は「殺人罪を犯した人= 虐殺者」というのと同じだと思います。  部隊の命令があったとしても、それは、末端部隊の暴走であっ て、「日本軍」の行為とは言えないでしょう。 Time : 1999/11/ 9(火) 10:38:07
Name : 海野 荘一郎 E-mail : historico@geocities.co.jp Title : おじゃまします:論点はずれるのですが Comments: http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9808/06/html/0806side018.html >(2)日本は空軍力を戦争で民間人の殺傷と威嚇に使った史上初の国家− >という記述も間違い(第一次大戦でのドイツが最初) 日本軍の重慶への戦略爆撃=市民への無差別爆撃が 史上初めてじゃないのか〜 初めてじゃなくても こればっかりは卑怯としかいいようがない気がするけど… この作戦のために 米軍の無差別爆撃や核の人体実験への 日本の抗議の資格が著しく減ぜられているように思えるのだが・・・ Time : 1999/11/ 9(火) 19:47:44
Name : ロータス E-mail : lotus@dg7.so-net.ne.jp Title : 無差別爆撃 Comments:  WW?でドイツが飛行船を使ってイギリスを爆撃したのが最初だったと記憶してお ります(うろ覚え、ちょっと資料が見つからない)。  使ったのは確かテルミット爆弾だったはずです。これは焼夷効果を狙った物です から、都市の破壊、と言う観点がかなり強かったと思います(少量の爆弾でも火事 により広範囲を破壊)。 Time : 1999/11/ 9(火) 22:00:58
Name : ロータス E-mail : lotus@dg7.so-net.ne.jp Title : 無差別爆撃 Comments:  WW?でドイツが飛行船を使ってイギリスを爆撃したのが最初だったと記憶してお ります(うろ覚え、ちょっと資料が見つからない)。  使ったのは確かテルミット爆弾だったはずです。これは焼夷効果を狙った物です から、都市の破壊、と言う観点がかなり強かったと思います(少量の爆弾でも火事 により広範囲を破壊)。 Time : 1999/11/ 9(火) 22:02:13
Name : ロータス E-mail : lotus@dg7.so-net.ne.jp Title : 無差別爆撃 Comments:  WW?でドイツが飛行船を使ってイギリスを爆撃したのが最初だったと記憶してお ります(うろ覚え、ちょっと資料が見つからない)。  使ったのは確かテルミット爆弾だったはずです。これは焼夷効果を狙った物です から、都市の破壊、と言う観点がかなり強かったと思います(少量の爆弾でも火事 により広範囲を破壊)。 Time : 1999/11/ 9(火) 22:02:27
Name : ロータス E-mail : lotus@dg7.so-net.ne.jp Title : 第1次大戦 Comments:  下の書き込みで、1の部分にローマ数字を使ったら文字化けしてしまいました。 WW?→第1次大戦と訂正いたします。 Time : 1999/11/ 9(火) 22:04:31
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 勝手に行司 Comments: 南京大虐殺に関しては,これ以上は新たな資料が出てこない限り決着はつかないで しょう。私自身はなかった,有ったとしても組織的な行動ではなく,便衣隊の掃討 戦の過程で起きた小規模のもの(民間人を間違えて殺してしまった),だと思って います。 けれども、両論ともそれなりにもっともらしいので,やはりここでの議論くらいで は,お互いの意見を変えるのは無理だと思います。 そろそろ手打ちと言うことで良いのでは? Time : 1999/11/10(水) 01:26:44
Name : 碧乙 榮(あおつ えい) E-mail : Title : これだけは Comments: 南京事件(有無の議論なので客観的には「大虐殺」の表記をはばかって「事件」と します)の論争中、「ふぉーらむ」の機能が停止していたみたいで、他の利用者の 方々、及び主な論争相手のネットキット様、じゃがいも様には、私の遅筆を深くお 詫び申し上げます。 先入観無くこの問題を追及すれば、あとから述べた文献ほどそれらしく見えること は、他のことと同様です。安部さんのおっしゃるとおり、少なくとも今は筆を置く のが適当かと思いますが、しつこく次の3点だけは言わせて下さい。 じゃがいも様 南京大虐殺のあったとされているのは、やはり、占領直後ばかりではなく、その後 6週間までとか6ヵ月までとか言われているようです。また、虐殺を行うのであれば 交通の遮断、マスコミの検閲、取材の妨害、証拠の隠滅も併せて行っても当然かと 思います(ドイツがユダヤ人に対して行った行為はアーリア人の純血を守るための 正義とされたのでマスコミに対する工作の必要がなかったのだと考えております) 。そして、当時の南京には高さ30mの外壁(城壁)がありました。北京の城壁が共産 党の入城とともに壊されたのを始め、現在の中国では見られませんが、この都市を 取り巻く城壁は(城壁の中に都市があったのでその逆ではありません)完全にその 内外を遮断しておりました。幾つかの城門を押さえられれば、一般人の出入は不可 能となります。農民は城内の家に住み城外の農地を耕していたのですが、それだけ では耕地が不足します。城外に家を有する農民も出てきます。緊急時に彼等や援軍 を収納する場所が城内にあり、それが普段は「公園」だったり「スクウェア」だった りする訳です。つまり、緊急時の人口の算出は「脱出者」と「流入難民・ろう城者 」で非常に不正確になります。ユーラシア大陸の城塞に関しては堺屋太一氏の著作 に詳しいので、もし、興味があれば文庫ででも読んでみて下さい。 ネットキット様 「レイプ・オブ・南京」は、昨日紹介した本でも、実は高く評価していない様でし た(あからさまには書いてはありませんが)。誤用があることも指摘してありまし た。双方のファンの方は激怒されるかもしれませんが、肯定派では小林よしのりの マンガに匹敵するものかと考えます。 「話題の書籍なら現物を読むか」(ここらが理科系)と言うのがもともとです。 熱中すると、視野がピンスポットになるというのは、両親・上司・家内からの共通 の指摘(理科系失格?)なので、決して、ネットキット様の指摘が外れている訳で もなく、当然謝って頂く必要は毛頭ありません。 今回のことで、真偽は置くとしても「偕行社」の取った態度から、旧日本軍の軍人 に対する偏見から逸脱できたことは、自分自身にとって大きな収穫だったと思いま す。 理科系・文科系に関しては、先日わざと失礼な言い方をしましたが、真意はまた「 止まり木」にでも書かせて下さい。 Time : 1999/11/10(水) 05:51:06
Name : 碧乙 榮(あおつ えい) E-mail : Title : 訂正 Comments: 前回の書き込みで 「肯定派では・・」を「否定派では・・・」に 「話題の書籍なら・・」の前に「レイプ・オブ・南京を買いに行ったのは」を追加 して下さい。 待兼右大臣様 早速、読んでのご感想ありがとうございました。ご意見は、また私的に考察する際 の参考にさせて頂きます。 先ずは、お礼まで。 Time : 1999/11/10(水) 06:03:57
Name : ネットキット E-mail : Title : 南京事件 Comments: 〉けれども、両論ともそれなりにもっともらしいので,やはりここでの議論 〉くらいでは,お互いの意見を変えるのは無理だと思います。 〉そろそろ手打ちと言うことで良いのでは? 私は構いませんが、出切ることでしたら碧乙 榮さんの誤解を解いてあげたかった んです。やっぱり彼も国を愛してるから不正を許せないのでしょうから…  それでも、例え千歩も一億歩でも譲って南京大虐殺があったとしても、私は日本人 の方から積極的にあった、あったと大騒ぎするのは論外だと思います。 そうでなくても今の日本は弱体化、孤立化しているのにこれを教育現場でさらに輪 をかけて、日本悪者論を日教組のようにこれでもか、これでもかと洗脳していけば 日本に愛国心を持たない子供が益々増えてしまうことでしょう。 その結果が自分の国の国旗に唾を吐きかける若者を育てたのだと思います。はたし てこんな行為をする若者が他の国にいるでしょうか? 国に誇りを持たず政治に無関心であれば有るほど、この国は権利ばかり主張して義 務をまっとうしない者が増えてしまいます。これでは利権団体のみで政治が動き、 国益もなくタダの特定利権団体の為の国家になってしまうのです。 道徳の荒廃もきっと身勝手な個人主義と無関係ではないでしょう。 このままでは戦略構想がない特定国家の下僕と化した、プライドも無い諸外国から 尊敬もされない特定利権団体誘導による危険極まりない日本国の誕生です。 いえ、既に誕生してしまっています。 このままでは日本は国家滅亡の運命を免れないことでしょう。 現に数年前に中国の李鵬首相は日本は後20年たったら消えているだろうと豪首相 に漏らしたらしいです。 私は再度南京大虐殺を声高に主張している人に言いたい。何故これが中国の国家戦 略であることが見ぬけないか? 彼らが最近南京大虐殺を大きく取り上げるようになったのは、天安門事件以降です よ。中国政府は国民の不満の捌け口を日本に求めているのです。 それでもまだ、日本の首を自ら締めつける行為を続けるのでしょうか? Time : 1999/11/10(水) 06:34:15
Name : 幸丸 E-mail : Title : 南京問題最後に Comments:  いつもは3つの掲示板を拝見させてもらってるだけなのですが、南京虐殺の記述 について言わせてください。 >けれども、両論ともそれなりにもっともらしいので,やはりここでの議論 >くらいでは,お互いの意見を変えるのは無理だと思います。 >そろそろ手打ちと言うことで良いのでは? このことに対して異論はないですが、最後に一冊の本を紹介させてください。  東中野 修道(亜細亜大学教授)氏著の「南京虐殺の徹底検証」   という本です。この本は、肯定・否定論ではなく事実としていったい何があったの かということをまさに徹底検証しています。  碧乙 榮さん  よかったらこの本を一度読んでください。肯定・否定論とは違った視点で書いて あります。そして、著者はこの本である結論を出しています。しかし著者の出した その結論は、肯定・否定という前提がないということを踏まえて読んでください。  ちなみに、日本語版「レイプ・オブ・南京」は、出版社側があまりに事実と異なる 記述が多いため解説・訂正版と2冊一緒に発行しようとしたところ、著者のアイリ ス・チャン側から日本語版一冊だ発行してくれと抗議を受け、出版社側はそれでは 発行できないとしたため、現在でも発行されていません。どうしても読みたい場合 は外国語版でしか読めないと思います。  私も文系ではない(理系でもない)ですが、今の日教組による歴史・国語教育には 多くの疑問を感じます。現にその教育を受けた私は、平和学習ということで行った 沖縄の修学旅行で、今思えばあからさまな反日教育をされました。そのような教育 を受けて育った世代が大人になったときにいったい日本という国家はどこに向かっ ていくか心配になります。将来究極的に地球連邦政府ができたとしてもそれぞれの 自治の単位は今の国家とそれほど変わらないでしょう。中国のように何でも自国が 一番であるというのはいき過ぎだと思いますが、自国の歴史・文化・文明を愛しそ れを育てていく国民がいるというのが本当の国家ではないでしょうか。  南京問題だけではなく、従軍慰安婦問題などいまだに声高に主張している人は日 本国をどうしたいんでしょうか。マルクス・レーニン主義に染まった知識人・教師 が日本にはまだ多くいます。彼・彼女たちはいまだに共産化の夢を捨てていないん でしょうか。井沢先生の『「日本」人民共和国』が現実の世界にならないように、 日本の国益を考えた政治・教育をするべきであると思う。  そのようなことを軍国主義の再来などという人がいるが、今の日本人の中に本当 の軍人は何人いるのでしょうか。 Time : 1999/11/10(水) 14:27:59
Name : 幸丸 E-mail : Title : 碧乙 榮さんへ 追加 Comments:  先程書き忘れたことがあるので追加させていただきます。 >平成9年に最高裁も家永裁判を通じて南京大虐殺 >を肯定したこと、が、論争史?として最終章に書かれています。  碧乙 榮さんは「南京大虐殺否定論 13のウソ」でこのような記述があったとか いてありましたが、一度次のURLを見てください。南京事件における日本の裁判の現 状がわかると思います。   http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9911/08/paper/today/seiron/seiron.ht m Time : 1999/11/10(水) 15:26:44
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 身もふたもない意見でごめん! Comments:  これ以上の補償をするとなると,増税せざるをえないであろう。アジア・太平洋 戦争でしたことは日本人全員の罪であるから,戦争補償の費用は人頭税で一律に集 めるべきであろう。  しかし,私はこれ以上(と言っても学生だから実は払っていない)税金を払いた くない。  したがって,日本政府には,外国から「鬼・悪魔・世界の孤児」呼ばわりされて も,既に一応決着がついた戦争補償を上乗せして欲しくない。ましてや,国債依存 度43%と言う非常事態において,外国に払う金(援助は必要としても)がどこにあ ろうか?  庶民としては当然の感情だと思いますが・・・ Time : 1999/11/10(水) 23:54:30
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : 安部奈亮さんへ(実は少し違う) Comments: 「私はこれ以上(と言っても学生だから実は払っていない)税金を払いたくない。 」 ですが、間接税(消費税)は払っておられるはずです。 というわけで、税金は払っていないというのは厳密に言うと少し違うのです。  もっとも、直接税は払っていないというのであればそのとおりだと思いますが。 Time : 1999/11/11(木) 11:30:30
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : なるほど Comments: そう言えば,間接税は払っていました,国民年金も全額ではないですが,一部は仕 送りから引いています。後はもうすねかじりの身分です。 納税は,市民としての自覚の大一歩ですね(己は国税局の回し者か?)、少々自覚 が足らなかった。 何にしても,国家としては国民には出来るだけ負担は増やさぬように努力して欲し いものです。私は,謝罪=補償であるべきだと思っています。日本以外では,言霊 だけの謝罪は何の意味もなさないと思います。 Time : 1999/11/11(木) 14:24:44
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 源氏物語の謎・1 Comments:  0:前書き  健康上の理由で暫くネットから離れていましたが、お蔭様で一応回復致しました 。 それで、以前別の掲示板で少々触れた、「源氏物語複数作者説」を、藤本泉氏の著 書に基づき、少しずつ紹介させて戴こうと言う気になりましたので、こちらで書く 事に致します。  尚、引用元となる文献は、   「源氏物語の謎」(祥伝社。1980年)           →「謎」と略称   「源氏物語99の謎」(徳間文庫。1984年。原本は1976年刊)→「99」と略称   「王朝才女の謎」(徳間文庫。1986年)          →「才女」と略称 の3冊です。また、   「枕草子の謎」(徳間文庫。1988年。原本は1982年刊)   →「枕」と略称 も随時参考にさせて戴きます。  まず、前書きとして、藤本説の結論を書きますと(「謎」P19)、    1 『源氏物語』は、その成立した時代から言っても、一人の作者の手にな      るものではない。この大作には、多数の作者と、少数の写本家兼編述者      が関係している、内在的な証がたくさんある。    2 公務についた女性さえ、その名がほとんど残らない「男尊女卑」の時代      に、特に女性の文学的な散文作品が男性より多く残るのは、歴史の矛盾      だ。それらは、もともと外国語である漢文の使用を、強いられていた男      性が、自由な和文の表現を求めるために、女性を装って書いた作品では      ないのか。 となります(この「1」と「2」は、「99」のメインテーマの紹介として藤本氏 が「謎」に書いたものですが、結論としては変わりません)。  因みに、井沢先生は、「逆説の日本史・4」で、「源氏物語は、藤原氏が源氏の 鎮魂のために紫式部に書かせた物語である」、と仰っておいでですが、藤本氏は、 「謎」で、「源氏物語は藤原氏により政権の中枢から追放された源高明一族が、鬱 憤晴らしのために書いた物語ではないか」、としておいでです。  私は、井沢説の「鎮魂」の部分には賛成出来ますが、「藤原氏出身の紫式部が書 いた」と思っておりません。その点、私としては殆ど藤本説に賛成しております。 ですので、私としては、    「源氏物語は紫式部が書いた物ではない」 と言う事を主眼として述べさせて戴きたいと思います。  1:源氏物語は「不敬の書」。  そもそも、私が源氏物語に関して疑問に思ったのは、    「何で同時代の天皇や貴族が明らかにモデルになるような形で、あのような     『不敬』としか言いようのない物語が、あの時代に書かれたのだ?」 と言う事でした。  例えば、紫式部の時代を元に考えてみますと、「冷泉帝」とは、当時実在した、 第63代の天皇の名前そのものです。この天皇は名を憲平と仰るのですが、上皇と なってから、「冷泉院」と言う御殿に11年住んでおいでだったので、「冷泉天皇 」 と諡号されたのです。  源氏物語の「冷泉帝」は、桐壺帝の第10皇子で、母は藤壺です。しかし物語の 中では、桐壺帝の息子たる光源氏が、義母の藤壺に密通して産ませた子供でありま す。一旦臣下に下った光源氏が、如何に一世の源氏とは言え、義母と密通して子供 を産ませ、その子が他の皇子を差し置いて天皇になる、更には、その父親たる光源 氏が准太政天皇として栄華を極める、と言うような話を、「当時実在した上皇の名 前を使って」書けるものでしょうか。  言うまでもなく、当時の天皇家は、実力では藤原氏に蔑ろにされていたとは言う ものの、建前上は「神聖にして冒すべからざる存在」であった筈です。事実、藤原 氏が菅原道真を追放したのも、源高明を追放したのも、建前上は、「天皇に対する 謀反」を理由にしていたのです。「謀反」を理由に他氏を追放出来るのなら、藤原 氏とて、「謀反」と疑われるような事を行える筈がありません。ましてや当時は、 「言霊」が生きていた時代です。「言葉に出すのみならず、それを文章にして残す 」 のは相当な覚悟がいる事と考えねばなりません。外戚政治に狂奔していた道長の時 代、当の本人の道長が、「藤原外戚政治をしつこく風刺し、更には藤原系の天皇を 押しのけて、源氏直系の子が天皇になる」と言うような、「謀反」と解釈されても 文句の言えない話を、自ら援助して書かせる、等と言う事があり得るでしょうか。  更に付け加えましょう。これは案外言われていない事なのですが、「藤壺」と言 うのは誰あろう、紫式部が仕えた中宮彰子の局名なのです。自分の主人の名前を堂 々と使い、不義密通をやらせ、さらには人生に絶望して出家させる、と言うような 作品を書いて、当の彰子や道長が喜んだ、とか、考えるのなら、私はその人物の頭 を疑います。  このように考えると、常識で見る限り、どう考えても紫式部が源氏物語を書いた とは到底思えないのです。今後はこの線に従って論を進めさせて戴きます。 Time : 1999/11/13(土) 16:01:55
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : VIA MEDIAさん,期待しています。 Comments: 面白そうな意見です。今後の展開を大変期待しております。 源高明が著者と言うのは,私はまだ半信半疑ですが,彰子の局名が「藤壺」である と言うのは,確かにゆゆしきことです。全然知りませんでした。著者が誰であるに しても,「源氏物語」は文学的価値だけでなく,当時の政界とも深い関わりを持っ ていそうですね。近代までは文化と政治は不可分でした。 Time : 1999/11/13(土) 23:19:07
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 早速のコメント感謝致します。 Comments:  安倍奈亮 様 >>源高明が著者と言うのは,私はまだ半信半疑ですが  この件に関しては、藤本氏自身、「藤原氏に追われた有力氏族で、藤原外戚 政治に不満を持っていた者なら、誰でも充分著者になり得る可能性がある」と の理由で、「あくまでも推理の範疇を出ない」と言う事は断っておいでですし、 私もそれは認めざるを得ません。 >>彰子の局名が「藤壺」であると言うのは,確かにゆゆしきことです。  全くその通りなのです。私もこれを知った時は愕然としました。これほど重 大な事が今まで余り言われていなかった事に、私は疑問を感じざるを得ません。 >>著者が誰であるにしても,「源氏物語」は文学的価値だけでなく,当時の政 >>界とも深い関わりを持っていそうですね。近代までは文化と政治は不可分で >>した。  仰る通り、勅撰和歌集と政治の関係を指摘するまでもなく、当時は政治と文 化は不可分でした。その線からも色々と疑問を提示して行く予定です。                             VIA MEDIA Time : 1999/11/14(日) 00:19:32
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 源氏物語の謎・2 Comments:  2:「紫式部日記」は曲者。  「源氏物語を書いたのは、藤原氏出身で、為時の娘たる紫式部である」 と言うのは「歴史の定説」です。ところが奇妙な事に、この説を裏付け る、「同時代史料」は、何と、「紫式部日記」しかないのです。  一条天皇の時代の貴族の漢文日記としては、「小右記」(藤原実資)、 「御堂関白記」(藤原道長)、「権記」(藤原行成)の3冊が存在しま す(これらは全て史料としての信憑性が高いと言われていますが、その 中でも特に信憑性が高いと言われているのは「小右記」です)。  さて、この小右記を始めとする3冊の日記の中に、「源氏物語」とか 「紫式部」とか言った記述はあるでしょうか? それが、全くないので す。  小右記にはたった一度、「為時の娘」と言う記述が存在します。しか しそれはあくまでも中宮彰子に仕えた女官としての「為時の娘」の記述 であって、その人物が「源氏物語の作者で、一条朝でときめいた天才女 流作家の紫式部だ」と言う記述はカケラも見当たりません。  これは、御堂関白記、権記も同じようなものです。「紫式部」や「源 氏物語」に関する記述は、当時の、信憑性が高いとされる漢文日記には 全く登場しません。  「源氏物語の作者は紫式部だ」とされる、殆ど唯一の「同時代史料」 は、「紫式部日記」のみです。しかし、これが彼女の「手記」だとする と、実におかしな事になります。何故なら、日本文学史上どころか、世 界文学史に名立たる業績とされる「源氏物語の完成」に関する記事は、 何と「自己申告のみ」しかない、と言う事になるからです。  法律の世界では、「自己申告」のみでは直接の証拠としては認められ ません。必ず裏付けとなる証拠が必要です。歴史の世界でもそれは同じ ではないでしょうか。「当事者の証言のみ」ではそのまま証拠とはなら ない筈で、それを裏付ける別の史料が必要だと思います。そうでないか ぎり、「源氏物語の著者は不詳であるが、紫式部らしい」とまでは言え ても、所謂「源氏物語オタク」の主張のような、「レディ・ムラサキ原 理主義」は打ち立てられない筈です。他に材料がないからやむを得ず定 説とするにしても、「疑問符付きの定説」とするのが妥当な所でしょう。  こう言いますと、「源氏物語オタク」や、「レディ・ムラサキ原理主 義者」は、    「紫式部日記の記述は信用出来る。絶対的な物だ。よって、源氏     物語の作者は、自己申告通り、紫式部で間違いない」 と、多分言うでしょう。しかしながら、もし「紫式部日記」を信じると しますと、実に奇妙な事になるのです。  「紫式部日記」の中には、堂々と、「紫式部の書いた物語を藤原道長 が喜んだ」とか、「一条天皇に献上して誉められた」と言ったような事 が書いてあるのですが、それならば、    「何で道長は、『娘の付き人』として選び、わざわざ援助してま     で物語を書かせたりした、『自分の女』が、『一条天皇に誉め     られた』、と言うような華々しい事績に関して、自分の日記に     一言半句たりとも書かないのだ?」 と言う事になってしまうのではないでしょうか。  これに関しては、「当時、物語と言う物は、『女子供の慰み物』であ り、卑しい物だから、道長は日記に書かなかったのだ」と言う事を堂々 と言っている国文学者や歴史学者もいるようです。しかしそれならば、 そんな「卑しい物」を「一条天皇に献上する」等と言う行為は、まさに、 「天をも畏れぬ不埒な悪行」となってしまうではありませんか。その卑 しさ故、「日記に書く事さえためらうような物」をどうして天皇に献上 出来ましょう。この一事を取ってみても、「紫式部日記」は信用出来な いと言わざるを得ません。  更に、小右記、権記にも、「当時、紫式部と言う女流作家が登場し、 文芸サロンが生まれた」と言うような記述は一切見当たりません。無論、 正史にもそのような記述は一切ないのです。現在我々が学校で教わる、 「平安時代の天才女流作家・紫式部」と言う人物に関しては、「その人 が書いたとされる作品が存在している」と言う事が全てなのです。  もし、「平安時代に素晴らしい女流作家の紫式部が登場し、貴族社会 でときめいた」と言うような史実があったのなら、それに関する記述が、 同時代史料のどこかにあってもよい筈です。しかしながら、(私の不勉 強故の見落としなら訂正してお詫び致しますが)少なくとも私が知る限 りでは、同時代の信憑性の高い史料のどこにも「紫式部と言う天才女流 作家と、その作品である源氏物語」の存在は記されていないのです。  無論、「たかが『物語程度』だから記述しなかったのだろう」と言う 意見もあるでしょう。しかしそうなると、これまた困った事になります。 それは、「物語執筆に必要な物理的材料の問題」なのです。  言うまでもありませんが、当時、紙は極め付けの貴重品でした。無論、 筆や墨と言った「消耗品」も「貴重品」であり、そうそう簡単に入手し たり使い捨てに出来るものではありません。  そうなると、「正史には記述もされない、たかが『物語程度』の物」 に対して、「わざわざ貴重品を費やしてまで書くのか?」と言う事にな ってしまうのです。  これはどう見ても、おかしな理屈をひねくりまわすよりも、藤本氏が 言うように(「謎」P154に、以下と同内容の記述)、    「『紫式部日記』は、後世の作品で、『源氏物語の作者は紫式部     だ』と言う伝承に基づいて書かれた伝聞記だ」 と考える方が理に適っていると言わざるを得ないのではないでしょうか。 Time : 1999/11/14(日) 17:21:40
Name : 2m E-mail : Title : ことわざと洗脳番組について Comments: 田原総一郎と取巻き達・他、洗脳しっ子 ・『能無しの口叩き』 ・『鳴く猫は鼠を取らぬ』 ・『手の無い将棋は負け将棋』 ・『無理が通れば道理が引っ込む』 ・『高くとまる』 ・『ごまめの歯軋り』 ・『悪銭身に付かず』? ・『ああ言えばこう言う』 ・『あいた口も塞がれぬ』 ・『悪事身にかえる』 ・『叩けば埃が出る』 ・『血も涙も無い』 ・『抜かぬ太刀の高名』 ・『鼻であしらう』 ・『腹に一物』 ・『美言信ならず』 ・『一つ穴の狢』 ・『人は陰が大事』・逆 ・『人は悪かれ我善かれ』 ・『人を謀れば人に謀る』 ・『馬の耳に念仏・豚に念仏猫に経』 ・『人は善悪の友による』 田原総一郎と取巻き達・他に、洗脳されっ子 ・『手を貸して縛られ首をのべて斬らる』 ・『杖にすがるとも人にすがるな』・逆 ・『天は自ら助くる物を助く』・逆 ・『話半分』・逆 ・『人衆ければ天に勝つ』 ・『人は人我は我』・逆 ・『人を見たら泥棒と思え』・逆 ・『人は善悪の友による』 その他 ・『人に高下なし心に高下あり』 ・『人は見かけによらぬもの』 ・『死ぬ者貧乏』 それぞれのことわざの意味は、調べて見て下さい。 しかし10年もの間、あんな洗脳番組を続けていたのですか。 日本人が狂うのも無理ないです。 洗脳された人は、自我を無くします。 自我を無くした人は、無気力になり何をするにも言いなりになります。 ブルセラだの、援助交際だのが流行っても、何ら不思議はありません。 世の中は金が全てだと言われて多少の現実を見ると、その通りに動くからです。 ・・惨めです。もっと早く気付くべきだったかも知れません。 自分の馬鹿さ加減ばかり見ていずに、世の中の事を少しは見るべきだったかも知 れません。 そうすれば、被害者はもっと少なかったはずです。 これだけ書いても、以前の朝日新聞社の故社長が造り上げた幾つかの洗脳番組を 続ければ、日本は絶対に潰れます。 討論、話合いは政治の基本です。これは、王制でも民主制でも変わりません。 その討論が出鱈目では、政治は成り立ちません。 政治が成り立たなければ、国は成り立ちません。 そして、国が成り立たないと言う事は、国民の生存すら成り立たないと言う事で す。 事実、国民の生存すら危ぶまれる事が起きています。 洗脳は、少しの強者と大多数の弱者を作ります。 少しの強者は、身勝手な振る舞いを続けても咎められず、ますます欲望を増大さ せます。 それが何れは、自らの首を絞める事になるとも知らずに。 大多数の弱者は、どんどん無気力に、自暴自棄になります。 洗脳をする少しの強者は、自分達以外に現実的な夢や希望を持たせない様に仕組 むからです。 欲望を大量に発揮するには、その方が非常に都合が良いからです。 洗脳された大多数の弱者は、金でも女でも、言われるままに持っていきます。 現実的な夢や希望を追っていて、彼らを見ない人には都合の良い欲望を発揮でき ません。 こんな人も沢山います。 少しの強者、洗脳者・・彼らはこれから一生、刑務所か禅寺で禁欲生活をするべ きです。 それが、この国を潰し切ろうとした彼らの罪の償いと言うべきものです。 人は、現実的な夢や希望があるから、多少辛くても生きて行けます。 それを踏み躙り、欲望を暴走させた彼らは、相応の罪を受けるべきです。 しかし何故、以前の朝日新聞社の故社長はこんな番組を作ったのか・・疑問は残 ります。 安直な考えとしては、欲望を暴走させたかったからと言うのが考えられます。 でも、死んでしまったのでは聞けません。 残念な気がします。 Time : 1999/11/16(火) 00:39:00
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 民放のニュースは Comments: 一切見ていません。朝日系列が見るに耐えないのは勿論です。私は木村太郎のわか ったかのような歯切れ良さもきらいです。専らNHKです。受信料も払っているえらい 学生な私。 戦後知識人が救いようもないのは当然でしょうが,最近の堕落した風潮も憂慮すべ きですが,文明は,爛熟してただれきったところに妙味があると一面では思ってい ます。 天保などはそうではありませんか? Time : 1999/11/16(火) 01:00:59
Name : 2m E-mail : Title : ことわざと洗脳番組について part.2 Comments: あんな番組を見ないのは、正解です。 でも、中高生位でまだ考え方が定まっていない人が見たら、易々と彼らの洗脳に かかる可能性が高いです。 更に、洗脳された人が洗脳すると言う、最悪の事態にもなります。 あんな考え方の人ばかりになったら、国は間違いなく潰れます。 だから、存在自体危険だと思います。 天保ですか・・。 心中物や、×画、××小説等ですか? 別にそういった物まで全否定している訳ではないです。 全否定していたら、別な意味で本当にやばいです。 でも、天保のそれらも現代のネットの××サイト等よろしく、警察や国家によっ て取締りが行われていました。 余りにも酷いのは、発禁処分にされ逮捕者もでます。 最近は多少甘い気もしますが。 この関係(イタチゴッコ?)が洗脳にもあるなら、別に全否定まではしません。 まずいのは、警察や国家までもが洗脳の餌食になっていると思われる現状です。 警察や国家にも、彼らの洗脳による信望者(信者?)がいると思われます。 そう言えば以前、朝日新聞はアカだと誰かが批判していましたが・・。 もっと危険な存在、ナチスと同格だった様です。 できれば朝日新聞をアカだと批判したのは誰か、教えて下さい。一応、覚えて置 きたいです。 話は変りますが、以前の朝日新聞社の故社長や近い人が出鱈目番組を作った原因 を考えて見ました。 恐らく『左翼』が無意味な存在になったからです。 1980年代の終り、ソ連・東ドイツは崩壊しました。中国も資本主義を取り入れま した。 彼ら、左翼にとっての拠り所が次々に失われて行きました。 存在意義が無い物は、消えて行きます。 だから何とかして、彼らの地位や権威を守りたいと思ったのでは無いでしょうか ? しかし、洗脳をしてはいけません。 ヒトラーがドイツを潰した様に、日本も潰します。 ・・と言うか、潰れかかっています。 なお、一度洗脳されて自我を失うと、次の洗脳を受け易くなります。 現代、様々な邪教が横暴に振舞っている原因もこの辺りにあると思います。 あの宗教があんな事件を起こしたと聞いた時、あの程度の低い教祖にそんな事が 出来るはずない、と一瞬思いました。 あの教祖の程度はかなり低いのを、テレビで事件の数年前に知っていたからです 。 理由は以前書いた諺の中に入っています。 それでも、大量の人が引っ掛っていると聞いて、何かとんでもない裏があると思 いました。 結論としては・・・、全くとんでもない事です。 Time : 1999/11/19(金) 20:43:57
Name : 正岡@初号機 E-mail : Title : わくわく Comments: >VIA MEDIA 続きをお待ちしています Time : 1999/11/20(土) 02:11:53
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 一つお聞き致しますが。 Comments:  正岡@初号機 様 >>>VIA MEDIA 続きをお待ちしています  一つお聞き致しますが、「続き」と言うのは、「源氏物語の謎」の続きの事 でしょうか? それとも私のサイトで連載している物語の事でしょうか?  貴殿のハンドルが少々気になりましたので、敢えて伺う気になりました。                             VIA MEDIA Time : 1999/11/20(土) 14:37:57
Name : のりのり E-mail : Title : VIA MEDIAさん Comments: はじめまして! 私は、源氏物語論を楽しみにしているものですが、 >私のサイトで連載している物語 というのも気になります。アドレスを教えて頂けませんか? Time : 1999/11/20(土) 16:16:34
Name : 正岡@初号機 E-mail : masaoka@din.or.jp Title : それはひょっとして Comments: 源氏物語の続きです。 でもご自分のHPで小説?をお書きになっているとは存じませんでした。 それはもしかして… ここでURLを公開することに支障がございますようでしたら、メールでもけっこうで す。そちらもぜひぜひ……(^.^) このハンドル名は…実は、ここ井沢先生のHPにお一人正岡さんと言われる方がい らっしゃって、便宜上先にカキコした私が初号機なのです。 Time : 1999/11/20(土) 17:32:55
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : どうも失礼致しました(^^;)。 Comments:  のりのり 様  正岡@初号機 様  どうもつまらぬ勘繰りを致しましてすみませんでした(^^;)。「源氏物語の 謎」は、大体週末に書く予定ですので、宜しくお願い致します。  実は、私のサイトで連載している物語と言うのは、「映画版新世紀エヴァン ゲリオン」の続編物語なのです(^^;)。それが最近更新が滞りがちなので、も しかしたら、と思ってしまったのです。つまらぬ事を言いまして、申し訳御座 いません(^^;)。 Time : 1999/11/20(土) 18:50:38
Name : ロータス E-mail : lotus@dg7.so-net.ne.jp Title : 私も読みたいです。 Comments: >VIA MEDIAさん  横からしゃしゃり出て申し訳ありません。 >私のサイトで連載している物語  それ、私も読みたいです。ものすごく!ぜひともアドレスを教えて下さい。 Time : 1999/11/20(土) 21:57:49
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 私のサイトのアドレスです。 Comments:  私のサイトで書いている、「エヴァ続編物語」に関しましては、皆様の御 期待を裏切る事になるだろうとは思いますけれども (^^;)、一応記載させて 戴きます。                      VIA MEDIA                http://www2s.biglobe.ne.jp/~viamedia/ Time : 1999/11/21(日) 09:55:10
Name : 2m E-mail : Title : ことわざと洗脳番組について part.3 Comments: えーと間が空きましたが、Part.2に不備があったと思うので追加修正します。 ヒトラーがドイツを潰した。と書きましたが、実際に潰したのは連合国です。 ヒトラーの異常なまでの好戦性が、間接的にドイツを潰したと言う意味です。 戦わずに勝つのが上策。短期決戦。 と言う孫子の兵法の逆を行い、無理な戦争を仕掛け国力を疲弊させたからです。 これは、同時期の日本も同じです。 これらは、洗脳の影響によると見込めます。 洗脳を行っていると、引くべき時に引く事ができないからです。 そうなる根拠は、あります。 洗脳は精神を異常に昂揚させます。 政治に欠かせない、冷徹な判断ができなくなります。 時代の流れに合せた取捨選択が不可能になります。 『小の虫を殺して大の虫を助ける』 政治をする以上、ある程度は仕方ありません。 そこでどれだけ被害を少なく出来るのかが、その政治家の裁量だと思います。 そして時代の流れは止ります。 社会主義国家は完全に消え去り10年経った今でも、左翼が存在していると言う奇 妙な現象は、洗脳があるから成り立っていると思われます。 本当なら、時代の流れに合せ将来を見据える様にすべきでした。 しかし彼らは、それよりも時代を止め、自分達が必要なままの状態で止める方向 を選んだ様です。 これは極めて危険です。 国の殆どの時代の流れを止めなければならないからです。 政治は滞ります。今の政治は、その役割を果たしていません。 殆どの諸外国で行われている事が、日本だけ行われていない原因と考えられます 。 確証はありませんが、バブルが他国に比べ日本だけ続いた事も、洗脳の影響によ ると思われます。 ただ、左翼が洗脳を始めた時期と一致する為、その影響が考えられると言うだけ です。 結果として、他国よりバブルの後遺症が大きくなったと言う事実は、見逃しては いけない様です。 そして、いつまでも解決されない事。これは、上記に書いた洗脳の影響が考えら れます。 Time : 1999/11/21(日) 11:24:27
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 2mさんへ Comments:  >しかし彼らは、それよりも時代を止め、自分達が必要なままの状態で止める方 向を選んだ様です。ーーこれはなるほど、と思いました。現実から遊離した者は、 「不思議の国」に生き続けなければならないのですね。自分達だけで暮らしてくれれ ばそれはそれで結構ですが、周りを巻き込むのはもってのほかでしょう。 >確証はありませんが、バブルが他国に比べ日本だけ続いた事も、洗脳の影響によ ると思われます。ーーこれはどうかなと思います。戦後知識人とは関係ないと思い ます。金の亡者になってしまったことを一種の洗脳と見るなら、そういえるかもし れません。 Time : 1999/11/21(日) 12:14:32
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 源氏物語の謎・3 Comments:  3:平安時代の女性が散文を書く教育を受けた史実はない。  明治時代の終わり頃、元東大教授の久米邦武博士は、「物語の源流」 と言う論文を発表し、その中でこのように断定しました。    「当時の歴史記録や文学作品を幾ら探しても、女性が散文を書く     教育を受けた事実は一切無い。つまり、『史実が無い』と言う     史実がある。平安時代の女性は、和歌を作ったり暗記したり、     物語を書き写す事以外、出来なかった筈だ」  こう言いますと、「レディ・ムラサキ原理主義者」あたりは、    「女性が散文を書く教育を受けた史実はなくとも、『書く能力が     無かった』と言う事にはならない。事実、十返舎一九や山東京     伝が『散文を書く教育を受けた』と言う記録などあるのか?」 と、言って来るかも知れませんが、これは全くナンセンスな論法であり、 社会情勢と言う物を無視した空論であるとしか言いようがありません。  理由は簡単です。江戸時代には、「寺子屋」に始まる教育設備が充実 しており、庶民の子供でも、「読み書き算盤」を学んでいた、と言う史 実があるからです。  即ち、井沢先生の流儀をお借りすれば、    「江戸時代では、庶民の子供でも、散文を読み書きし、算盤を弾     くと言う教育を受けていたと言う史実がある。だから、十返舎     一九や山東京伝が、散文を書く教育を受けた、と言う史実が直     接残っていなくても、『散文を書く教育を受けていただろう』     と推理するのは不自然ではない。そのような事は『当たり前の     事』だから記載されなかったのだ。しかし、平安時代の女性と     なると別である。当時にそのような『教育を行う社会基盤』が     あった訳でもなく、大学と言えば五位以上の貴族の子弟しか入     学は認められなかった。しかも当時は、絶対的な男尊女卑社会     であり、如何に、招婿婚制度故、貴族の女性に財産相続権があ     ったとは言え、中流以下の貴族の女性が散文を書く教育を受け     ていたと考えられる余地は全く無かったのであり、所謂『平安     女流文学』そのものの存在が疑わしい、と言わざるを得ない」 と、なります。  しかしそれでもまだ、    「平安時代の女性が、和歌を詠んでいた事は間違いない。しかも     手紙ぐらいは書いていたであろう。ならば、散文だって書けた     はずだ」 と、言って来る人もいるかも知れません。  しかしこの主張にも大いに問題があります。まず、平安時代の京都の 女性が、どのような言葉で話していたかは判りませんが、少なくとも、 手紙や和歌は「話し言葉」の延長であり、「書き言葉」とは全く違うだ ろう、としか考えられません。  まず、和文と言いますと、紀貫之が書いた、古今和歌集の序文あたり を嚆矢とする、と言う事になると思いますが、同文は、漢字仮名混じり 文とは言え、文章そのものは完全な文語体です。まさか、如何に、「レ ディ・ムラサキ原理主義者」とは言え、当時の話し言葉が、「文語体」 であったとは言いますまい。例としてはやや不適切かも知りませんが、 例えば江戸時代の作品、山東京伝の「傾城買四十八手」を見ますと、 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  しつぽりとした手  客はむすこ、逢方(アイカタ)はつき出し間のなき中 三。尤(モツトモ)初会。  女郎  (此春からの突出しにて、年は十六なれど、大がらにみへ、      いたつてうつくしく、下村のおきな香をうつすらと付、人が      らよく、あいきやうかおにこぼれ、髪はしのぶにゆひ、百介      がくこの匂ひ、心をあぢにさせ、ひぢりめんのどうにて、紫      じゆすに、金糸と銀糸であら礒をぬひつめたへりをとりし、      額(がく)むくを着、ゑち川が注文ばたにて、おほち桐をおつ      た、壁チヨロのひらぐけをしめたるねまき姿。みす紙をつま      にもちそへ、らうかにて)      「ことぢやア」  かぶろ (両てんの花かんざしにて、あたまおもそうにふりむき)      「なんざんすへ」  女郎  「さつきいひ付た事を、わすれてくれめへヨ」  かぶろ 「モウそふ申イしたヨ」      (トいふは、床のとりやうを、いつもとかつてをちがへて、      とらせてくれろと云事。これは、となりがまはし座敷ゆへ、      むつごとのきこへぬやうにとの心づかひ、こんやのきやく大      のもてとみへるなり)  客ムスコ(年は十八くらゐ。むつくりとして男もよく、あまり口をき      かず、いかにもよき所のむすことみへる風俗。つれも一人あ      り。床おさまつて、五ツぶとんのうへに、はをりをとつたま      ゝよこになり、手あぶりの中へ、火ばしのさきで何か書て居      る所へ)  女郎  (来り、はづかしそうに、くらきほうへすはり)      「上着をおとんなんせんかへ。」  ムスコ 「アイ」      (トいつたばかり、ぬぐ)  女郎  (たゝんで床の間の上にをき)      「ぬしやアいつそ気がつまりんすヨ」  ムスコ 「なぜへ」  女郎  「だまつておいでなんすからサ」  ムスコ 「わつちや何ンといつてよいものか、しりやせん」  女郎  「うそをおつきなんし。ぬしやアいつそ手があらつしやるヨ」  ムスコ 「手とやらは二本ほきやござりやせん」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− と、言うように、「地の文(説明文)」と「台詞」の部分には、はっき りとした違いがあり、「話し言葉」が文語体でなかった事は明白です。  無論、平安時代の和文に、このような「直説話法」があったとは思え ず、全て間接話法で書かれていたのでしょうから、源氏物語の台詞の部 分が文語体になっていてもおかしくはありませんが、少なくとも口語と 文語の違いはあったでしょうし、話し言葉と書き言葉にも違いはあった と思います。  さて、そうなりますと、ここで問題になるのは、    「話し言葉を書く事は教育を受けなくとも出来るかも知れないが、     文語体の文章を書くためには教育を受ける事は不可欠だろう」 と言う事です。  平安時代の男性貴族の場合、読み書きの教育と言えば、まずは漢文か らです。しかし、漢文をそのまま中国語として読んだのではなく、「読 み下していた」訳ですから、当然、そこに「漢字仮名混じり文」の生ま れる下地があった訳です。ですので、紀貫之は、漢文の読み下しの延長 として、漢字仮名混じり文を書いたと考えても何も不思議はありません。  しかし、そう言う教育を受けていない場合、漢字仮名混じり文を文語 体で書く事はまず不可能でしょう。その意味で、平安時代の女性が散文 を駆使していたとは到底考えられないのです。  更に言いましょう。十二世紀以降、「女流文学による物語」は完全に 姿を消します。日記文学でも、十四世紀初頭を最後に消えてしまいます。 これは実に不思議な事ではありませんか。時代が進むに連れ、教育制度 も発展するでしょうし、多少なりとも生活も豊かになって行った筈なの に、何故、女流文学だけは消滅したのでしょうか? これはどう考えて も歴史の矛盾です。そして更に、女流文学が消え去った後、鎌倉時代に 入ると、突如として、男性による「漢字仮名混じり文」の文学作品が大 量に出現するのです。  無論、鎌倉、室町、戦国と流れる時代の中では、女性がそのような物 を書く余裕もなかったでしょう。しかしその流れは江戸時代に入っても 続き、遂には、明治に至るまで、「女流文学」は出現しなかったのです。  如何な事、江戸時代以降の世の中では、「女性にはそれだけの能力が なかったのだ」と言っても通じますまい。これは単純に、「女性には、 元々物語を書いたりする『習慣』がなかったのだ」と割り切る方が、余 程すっきりします。つまり、「元々そのような伝統はなかったのだ」と 言う事です。  つまり、「土佐日記」の例を持ち出すまでもなく、「平安時代の和文」 は、    「当時、『仮名などを使うのは男の恥だ』と思われていた時代に     おいて、自由に自分の心情を表現出来る和文を使うためには、     女を装うより他なかった」 と考える方が余程単純明快ではないでしょうか。  大体、小説と言うものは、強烈な自我の所産です。そんなものを、万 事に対して控えめな態度を要求され、自我を殺して生きて行かざるを得 なかった平安時代の女性に求める事が土台間違っているとしか思えませ ん。  こう考えると、当時の物語り群が、どれもこれも、判で押したように 「アンチ藤原」であるのも理解出来ます。つまり、これらの物語は、    「藤原氏に抑圧された他氏の男性が、憤懣遣る方無い気持をぶつ     けたものであり、アングラ芸術だったのだ。だからこそ、本名     を隠し、女に化けて書いたのだ」 と言う事になるのではないでしょうか。 Time : 1999/11/21(日) 15:15:50
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 源氏物語の謎・3 補足 Comments: >>  「当時、『仮名などを使うのは男の恥だ』と思われていた時代に >>   おいて、自由に自分の心情を表現出来る和文を使うためには、 >>   女を装うより他なかった」  この部分には補足が必要でしょう。と言いますのも、    「当時の女性が散文を書いていなかったとすれば、女に化けても     すぐばれるのだから意味がないじゃないか」 と言う論法も成立するからです。  無論の事、これはその通りですし、実際、土佐日記の例を持ち出すま でもなく、「バレバレ」だったでしょう。  しかし、当時の「仮名文字文学」が、「アングラ芸術」だったとすれ ば、これは何の問題にもなりません。何故なら、「書き手も読み手も仲 間内ばかり」だったのですから、寧ろ、「女を装って書く」と言う事は 「風流の一つである」、と言う事で、堂々と「言い訳」が出来たでしょ うから。 Time : 1999/11/21(日) 16:24:27
Name : まいご E-mail : Title : 原理主義? Comments: >こう言いますと、「レディ・ムラサキ原理主義者」あたりは、 なんでいちいち喧嘩うるような書き方するのかな?ちよっとつっこみに対して敏感 すぎるのではないでしょうか? もしかして>通りすがり? Time : 1999/11/21(日) 18:39:42
Name : まいご E-mail : Title : 念のため Comments: にいっておきますけど、VIA MEDIAさんの書き込み面白いですよ。本心です。 でもわざわざ突っ込みを寄せ付けているような書き方だと思うんですが? 細かい突っ込み入れて欲しいのですか? それともいらないのですか? いらないのならこういった書き方はしないほうがいいように思います。 通りすがりさんと同一人物でなければごめんなさい。 無用なことを書きこんでちょっと反省してます。 Time : 1999/11/21(日) 18:45:20
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : まいご様へ Comments:  御忠告は感謝致しますが、率直に申しまして、私がこちらの掲示板で 復帰する気になったのは、撤退前のBBSでの某氏とのやりとりに加え、 その後の状況を色々と拝見したからでもあります。  もう気取る必要もないでしょうから申し上げますが、私としては、某 氏に対し、非常に腹立たしい思いをした事は事実であり、その腹立たし さが今回の執筆のモチベーションになっている事も否定致しません。  ですので、私としてはこの発言スタイルを変える積もりはありません。 自分では望みませんが、私の発言スタイルが腹立たしいのならば、突っ 込みを入れたい方は入れて戴いても一向に構わないと思います。それは その方の自由でしょう。  尚、通りすがり氏の件に関しては、私としては何もコメントする気は ありませんし、必要もないと思います。何故なら、この手の掲示板では 発言者の同一性を証明する事は不可能であり、ここで今、VIA MEDIAと 名乗って発言している私でさえ、BBSで発言していたVIA MEDIAと同 一人物である、と言う証明は出来ないからです。  この手の掲示板においては、「発言の内容」が全てであり、それ以上 でも以下でもないと思います。ですので、私に関しては、どのように思 って戴いても結構ですし、その積もりで発言しております。 Time : 1999/11/21(日) 19:36:07
Name : まいご E-mail : Title : なんか Comments: へん! Time : 1999/11/21(日) 20:25:02
Name : 海野 荘一郎 E-mail : historico@geocities.co.jp Title : 「逆説の日本史」愛読者掲示板(仮) 設置しました Comments: よろしかったら 遊びにきてください<(_ _)>>みなさま http://cgi.kiwi.ne.jp/%7Efruit/historico/flashbbs/flashbbs.cgi 素人と素人に寛容な方向きです(微笑) ◇VIA MEDIAさまへ◇ はじめまして せっかくの投稿が下のほうに流れてしまうのが もったいないと思うのは わたしだけではないと思います うちの掲示板に保存しておくのはどうでしょうか? 許可がいただけるのであれば わたしが転載いたします<(_ _)> Time : 1999/11/22(月) 17:02:52
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 私の書き込みの転載に関して。 Comments: 海野 荘一郎 様 >>せっかくの投稿が下のほうに流れてしまうのが >>もったいないと思うのは わたしだけではないと思います  ええと、自分としては、勿体無い等とは全く思っておりませんが (^^;)。 >>うちの掲示板に保存しておくのはどうでしょうか? >>許可がいただけるのであれば わたしが転載いたします<(_ _)>  私としては自分でもサイトを持っておりますし、最終的にはそこで纏める事 も視野に入れていない訳でもありませんのでお気遣いは不要です。  但し、転載そのものは御自由にして戴いて結構ですし、どのようにお使いに なって戴いても一向に構いません。御掲載戴けるのでしたら有り難くお願い申 し上げます。 Time : 1999/11/22(月) 22:22:04
Name : 海野 荘一郎 E-mail : historico@geocities.co.jp Title : VIA MEDIAさまへ Comments: >但し、転載そのものは御自由にして戴いて結構ですし、どのようにお使いに >なって戴いても一向に構いません。御掲載戴けるのでしたら有り難くお願い申 >し上げます。 ありがとうございます さっそく転載させていただきましたhttp://cgi.kiwi.ne.j p/%7Efruit/historico/flashbbs/flashbbs.cgi Time : 1999/11/23(火) 04:38:08
Name : 2m E-mail : Title : ことわざと洗脳番組について Part.4 Comments: >「不思議の国」 ・・良い表現ですね。 でも洗脳の場合は「破滅の国」の方が、ぴったり来ると思います。 国民が洗脳された国は、その殆どが内側から潰れています。 幾つか思い当たりますが・・。 まずは、既に書いたヒトラーによってドイツ。旧日本軍によって日本。 仏僧によって平安貴族。 これは、仏僧と言うより破戒僧です。 平安貴族は、凄まじい数の迷信に縛られていたと聞いてます。 更に仏僧がなぎなたを振り回す強訴。 破戒僧が洗脳を行い、散々儲けて大き過ぎる貧富の差を作り出す。 そして大きな貧富の差があると、やむを得ない泥棒などが増え治安が悪化する。 治安が悪化すると、政策が行き届かなくなる。 ・・戦国時代が終わるまで、彼らの悪行は続きました。左翼の洗脳も、早く止め た方が良いです。 井沢先生の逆説の日本史では、兵士がいなくて治安が悪化したと言うのがメイン でした。 そちらもあると思いますが、こちらもあると思いますけど、どうでしょうか? 兵士がいなければ平和になる。と言う事も、破戒僧の洗脳による可能性もありま す。 更に、平安貴族は朝議を夜に行うと言う、あの討論番組ならぬ洗脳番組並みの無 茶苦茶さです。 捗る訳ありませんし、内容はやっぱり無いようです。(井沢先生の逆説の日本史 から参照しました) 朝議を夜にさせた奴が、貴族が権力を失った犯人だと思います。 しかし、誰が始めたのでしょうか?解りません・・。 後は、キリスト教によって・・・あり過ぎです。数え切れません。 以前に書きましたが、かなり前に日本も一度潰しかけられてます。 他にも・・多数あります。 >金の亡者になってしまったことを一種の洗脳と見るなら、そういえるかもしれま せん。 なるほど。 では、ナチスや旧日本軍は戦争の亡者と言えますか。 破戒僧やキリスト教も、金の亡者と言えます。 別の亡者の可能性もありますが。 洗脳は、その時代に合った亡者を作り出している訳ですか。 それなら、土地などの狂乱物価も納得できます。 あちらこちらで、後先考えずに土地を買う人が異常に多かったと思います。 材料が殆ど何も無いのに、異常に景気が良くなった原因と考えられます。 ・・と言うのは、早とちりでしょうか? しかし、洗脳は精神を昂揚させるから、無理ないと思います。 『何でも来いに名人なし』 『才子、才に倒れる』 さて、洗脳を行っている彼らは、一見何の欠点も持っていない様に見せ掛けてい ます。 しかしそれこそが、何の長所も持っていない事の証明にもなります。 そして、個性として有能な一部の才能を持った人の大したことの無い欠点を貶す のが得意です。 そんな人達に、あの立場は危険です。 人の考えをどうとでも操れる様な立場にいれば、直接手を下さなくても他者を操 って悪行を働けます。 国は、様々な個性が集まって機能しています。 本当に能力のある者が有効に能力を使えなければ、何れ潰れます。 しかし、有能な人ほど、自らの能力に溺れ易いものです。 だから、そんな人を無視するのもいけませんが、誉めちぎるのもいけません。 無能な人は、尚更溺れます。 誉められて木に登らない豚は、そんなにいないと思います。 「2m」は・・ま、無理です。 木に登り切って、まっ逆さまに落ちるんじゃないでしょうか。 実際、落ちている人も結構いる様です。 Time : 1999/11/24(水) 00:08:19
Name : まいご E-mail : Title : ほーらだからいったのに・・・・。 Comments: VIA MEDIA&通りすがりさん。あっでもどうせ無視するのか。 Time : 1999/11/24(水) 08:56:03
Name : 輔住 E-mail : Title : 質問 Comments: VIA MEDIAさん 源氏物語の謎を楽しく読ませていただいてます。 書いてある文によりますと 真の作者は源高明か源氏の誰かと推測されているようですが、 なぜ藤原氏に使えている女官(紫式部)とされてしまったのですか? >「女を装って書く」と言う事は >「風流の一つである」、と言う事で、堂々と「言い訳」が出来たでしょうから。 その可能性はあるとしても。ただそうだとすれば作者は源氏に近い 女性を装ったと思います。なぜライバル家の女官が 作者なってしまったのでしょう? 作者の名前を消したのは藤原氏だと思いますが、 なぜそのようなことをしたのですか?VIA MEDIAさん 源氏物語の謎を楽しく読ませていただいてます。 書いてある文によりますと 真の作者は源高明か源氏の誰かと推測されているようですが、 なぜ藤原氏に使えている女官(紫式部)とされてしまったのですか? >「女を装って書く」と言う事は >「風流の一つである」、と言う事で、堂々と「言い訳」が出来たでしょうから。 その可能性はあるとしても。ただそうだとすれば作者は源氏に近い 女性を装ったと思います。なぜライバル家の女官が 作者なってしまったのでしょう? 作者の名前を消したのは藤原氏だと思いますが、 なぜそのようなことをしたのですか? Time : 1999/11/24(水) 14:00:24
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 「何故『紫式部』が『源氏物語』の作者とされたか」に関して。 Comments:  輔住 様 >>源氏物語の謎を楽しく読ませていただいてます。 >>書いてある文によりますと >>真の作者は源高明か源氏の誰かと推測されているようですが、 >>なぜ藤原氏に使えている女官(紫式部)とされてしまったのですか?  申し訳ないのですが、実を申しますと、この部分は藤本説の「最終結論 (と言うべき仮説)」でして、それをここで書いてしまいますと、今後の展 開がややこしくなってしまうのです。  それで、出来ればそれは最後にさせて戴きたいのですが、如何でしょう か(無論、私が最後まで書けると言う保証がある訳ではありませんが)? Time : 1999/11/24(水) 20:18:06
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 「何故『紫式部』が『源氏物語』の作者とされたか」に関して。 Comments:  輔住 様 >>源氏物語の謎を楽しく読ませていただいてます。 >>書いてある文によりますと >>真の作者は源高明か源氏の誰かと推測されているようですが、 >>なぜ藤原氏に使えている女官(紫式部)とされてしまったのですか?  申し訳ないのですが、実を申しますと、この部分は藤本説の「最終結論 (と言うべき仮説)」でして、それをここで書いてしまいますと、今後の展 開がややこしくなってしまうのです。  それで、出来ればそれは最後にさせて戴きたいのですが、如何でしょう か(無論、私が最後まで書けると言う保証がある訳ではありませんが)? Time : 1999/11/24(水) 20:25:49
Name : 輔住 E-mail : Title : VIA MEDIAさんへ Comments: >申し訳ないのですが、実を申しますと、この部分は藤本説の「最終結論 >(と言うべき仮説)」でして、それをここで書いてしまいますと、今後の展 >開がややこしくなってしまうのです。 わかりました。続きを楽しみにしています。 Time : 1999/11/25(木) 08:39:50
Name : 2m E-mail : Title : 感謝文 Comments: 少しの間でしたが、そろそろネタも尽きてきたので終りにします。 長々と書いてしまい、申し訳ありませんでした。 この井沢先生の掲示板には、足を運ぶだけにします。 叱責・反論・他があれば、掲示板に書き込んで下さい。 頃合を見て、お返事します。 なお意見を書いて下さった、「安部奈亮」さんには、とても感謝しています。 お陰で、腹の内にしまっていた物をおおよそ出す事ができました。 また何かあれば書き込みますので、その時はよろしく。 Time : 1999/11/25(木) 21:57:46
Name : VIA MEDIA E-mail : slc31551@biglobe.ne.jp Title : 源氏物語の謎・4 Comments:  4:「紫式部日記」の中のおかしな記述。  今回も「紫式部日記」に関して疑問を提示致します。  前にも言いましたように、「紫式部日記」とは、「藤原為時の娘で中 宮彰子に仕えた女官の紫式部が『源氏物語』を書いたとされる根拠とな った、唯一の『同時代史料』」です。  まず最初に書いておかねばならないのは、「紫式部日記」と言うのは 後世の便宜上の呼び名であり、正確には「紫日記(むらさきのにっき)」 である、と言う事です。これは案外重要なポイントなので、心に留め置 いて戴きたいと思います。  この「日記」は、1008年の八月半ば(旧暦)、中宮彰子が後一条 天皇の出産のために藤原道長の屋敷にいるシーンから始まっているので すが、その中には、以下のような記述が見られます。   イ.藤原公任が、皇子の誕生五十日(1008年11月1日)の祝     宴で、酔って、「失礼ですが、このへんにわたしの紫さんはお     いででしょうか」と言いながら、紫式部のいる部屋を覗いた。     彼女は、「光源氏に似た素晴らしい人もいないのに、ましてや     紫上がいるだろうか」と考え、返事をしなかった。   ロ.「源氏物語」に感心した一条天皇が、「この作者は歴史書をよ     く読んでいるのだろう。実に学才がある」、と誉めた。   ハ.「源氏物語」を前にして、藤原道長が紫式部に対し、「好色女     だ」と言うような内容の和歌を詠みかけたが、紫式部はそれに     対して否定的な返歌を詠んだ。  御理解戴けましたでしょうか。驚くべき事に、「源氏物語の作者は紫 式部だ」と言う「証拠」は、たったこれだけなのです。  しかも、よく読めば判りますが、この記述のどこにも、    「源氏物語を書いたのは紫式部だ」 と言う直接的な表記は全くない事は注目に値します。  さて、この内容をよく分析しますと、   イ.公任がこのような洒落を言ったと言う事は、「この時には既に、     源氏物語が広く読まれていた」、と言う事を意味します。もし     そうでないのなら、このような洒落を言う意味はありません。   ロ.一条天皇も、当然源氏物語を読破していた事になります。そう     でなければ、「歴史書をよく読んでいるのだろう」と言う事は     有り得ません。   ハ.道長が「好色女だ」と言うような和歌を詠みかけた、と言う事     は、この時既に源氏物語が多くの読者を得ていた、と言う事を     意味します。 と、なるのですが、これは案外重要な事です。と、言いますのも、「こ の時点」、即ち、1008年の11月の時点では、「源氏物語は完成し、 既に多くの読者を得て、評判となっていた」と言う事を意味するからで す。  しかし、前にも書きましたが、同時代の史料には、それを裏付ける記 述は何一つ書かれていません。公的な記録にも、道長や実資や行成の日 記にもそれらしき記述はありません。  こう言いますと、きっとこのように言う人が出て来ると思います。即 ち、    「では、更級日記の記述はどうなるのだ。あの中には源氏物語の     事も出て来るぞ」 と。  確かに、更級日記の中にはそのような記述が出て来ます。しかし、困 った事に、更級日記は、「紫式部日記に書かれた源氏物語の成立年」よ りも50年以上経ってから書かれたと思われている物です。これでは到 底、「同時代史料」とは言えないでしょう。  しかも、更級日記にも疑問はあります。確かにあの中には「源氏物語 に関する記述」は出て来ますが、「紫式部に関する記述」は全くないの です。  これも考えてみれば不思議な話です。更級日記の作者とされる菅原孝 標女は紫式部の親戚であり、同じ京都市内に住んでいたのです。あれほ ど源氏物語に憧れ、そこまで読みたい読みたいと願った物語の作者が、 自分と案外近い関係だと言うのに、それについて何の記述もない、と言 うのは奇妙としか言いようがありません。  更に言いますと、平安時代末期に成立したとされる「大鏡」の中にも、 伊勢物語や大和物語に関する記述はあるのに、源氏物語に関する記述は 全くありません。  大鏡は、多少シニカルな観点に立っているとは言うものの、基本的に は藤原氏の栄誉を称えた歴史物語です。繰り返すようですが、もし「紫 式部が源氏物語で栄誉を得た」のならば、この中に何か書いてあっても おかしくない筈です。伊勢物語や大和物語の事を書いているのですから、 「物語の事を書くのは憚られたのだ」と言う事は有り得ないでしょう。 にも拘わらず、「源氏物語に関する記述」がないのは解せません。  さて、次の疑問点ですが、これは「紫式部日記の言葉遣い」に関する ものです。  紫式部日記には、会話文を除いた地の文に「侍り」と言う言葉が多く 出て来ます。ところが、源氏物語の地の文の中には、たった一度の例外 を除いて「侍り」は出て来ません。  そのあたりを、藤本泉氏の著書、「王朝才女の謎」に基づいて述べま しょう(「才女」P202)。    ○地の文の中に「侍り」はない     ところが、紫式部の時代には、動詞にしろ、助動詞にしろ、地    の文に「侍り」を使う習慣はなかった、というからこれがふしぎ    なのだ。     「源氏物語」岩波文庫版第六冊の最後についている、国文学の    大家山岸徳平の注をみると、これが次のようになっている。    −−「源氏物語」巻54「夢浮橋」の終わりには、「本に侍るめ    る」(本に書いてあるようだ)という文句のついている古写本が    ある。    −−しかし、これは後代の人の書き入れらしいので削除する。地    の文に「侍り」を用いたのは、だいたい鎌倉時代に入ってからで    あって、紫式部の時代には、用いていない−−。     右のことについて、わたしは、山のように書きたいことがある。    これこそは「紫日記」の成立年代をずっと後代にさせ、歌人紫式    部の作品ではないということのできる、重大な点ではないかと思    うからだ。  このように、「地の文」に「侍り」を使う用法は、鎌倉時代以降であ る、と国文学の大家さえ言い切っているのです。藤本氏はそれを受け、 「紫式部日記は後代に書かれた伝聞記だ」と主張しておいでです。  更に、これに関連する疑問として(「謎」P156)、     文中には、当時の流行歌である今様歌を、若い貴族が合唱する    場面が、二回ある。しかし、少なくともこの今様歌は紫式部の時    代より、半世紀あとの流行であるはずだ。 と言う問題も藤本氏は提示しておられます。  ついでに書きますと(「謎」P156)、     文中に登場する、藤原道長の娘中宮彰子の性格が、歴史物語    『栄華物語』や、当時の貴族の漢文日記『小右記』などに見える    それと、大幅に違っている。これはたいへんおもしろい点で、日    記の中の彰子の性格は、史実と矛盾するというより、まったく逆    の作りになっている。 と言う指摘もあるのです。  このように疑問を挙げて行きますと、どう考えても紫式部日記は信用 出来ません。故に、「唯一の『同時代史料』たる紫式部日記」の記述を 絶対として、「源氏物語は紫式部が書いたのだ」と断言するのは、余り に無謀な物言いであると言わざるを得ないのです。 Time : 1999/11/29(月) 14:35:48