Name    : 新Q太郎
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Title   : 本多勝一編集「ペンの陰謀」も、他の人の文章が改変されていた!
Comments:
お久しぶりです。この前、本多勝一氏のカンボジア文章改変(改竄?)
問題をかいたものです。
今回は、再び山本七平氏に関連して「ペンの陰謀」問題を紹介しよう
と思います。

まず、この文章をお読みください。

「削除部分があること承知しておりますが、2刷以降の版を見ることが
出来ません。私の記憶では、初版直後に削除部分を復活した方が良いの
ではないかと編集部へ電話で申し入れたことを覚えております。その時、
余白が許すなら象嵌しようという返事でした。私の手許には二刷以後が
ありませんのでその結果は確認しておりません。どんな事情があったか、
編集部、本多氏、松本氏、または故山本氏にお問い合わせ頂く他ありません。」


「当時を振り返ると、まさしく『ペンの陰謀』にしてやられたと
苦々しい思いが残る出来事で、真意はいまだ、薮の中です。
>(1)、(2)の質問に対する回答ですが、私が山本七平氏に
対する評価は全文が掲載されねば読者に伝わらないものです。
それが、なぜ、断りなく削除されたのかは、私自身が聞きたいです。
(3)についてですが、貴殿の深い洞察に感服いたします。
全文が載るのと、(意図的に)削除された引用文とでは読後に
受ける>印象がかなり異なるため、「全文を再録」と付け加えられた
のは佐伯氏の正義感によるものであったと推察します。本音を
申し上げると、本多氏が『ペンの陰謀』内で、氏にとって有利な
ように引用された>ために、私の審判が曲解されたくやしさは、
今もしこりとなって残っています。」

―――――――――――――――――――――――
以上の2通は、70年代に潮出版から本多勝一氏の編集に
より出された山本七平氏への批判本「ペンの陰謀」に関する、
佐伯氏、松本氏の質問への回答です。

「ペンの陰謀」は当時「百人斬り」などをめぐって対立関係
にあった本多氏が、山本氏批判の文章を集めたアンソロジーで
『(文革時の)中国を全体主義国家呼ばわりするとは』といった
トンデモな意見なぞも収録されていますが(笑)、
そこに佐伯--山本氏の論争も収録されています。
この論争は「宣誓」に込められた宗教的意味や翻訳を問うと
いった性質のもので、同書内では非常に理性的なものです。
そこで論争(ディベート)の”判定役”として松本氏が登場する、
というものでした。

そこでは松本氏は、両者の論争に関して佐伯氏に軍配を上げました。
しかし同時に、山本氏のこれまでの業績やその優れた考察を称えて
もいたわけです。・・・・本来の文章では!!

しかし、それが「ペンの陰謀」に収録されるとあらフシギ、
山本氏を褒めた個所は粛清、いや抹殺されました(笑)。しかも
最初の刷では(本書には【『人と日本』に掲載された松本道弘氏
の裁定文書の】全文が再録されている。)と書いてあるのに(爆笑)

それについて20年後、次のような質問を本多研の佐佐木氏が佐伯、
松本氏に送りました。

*******************
(1)『人と日本』掲載の松本様の論文の最後の4段落が本多勝一
編集『ペンの陰謀』で削除されているのはなぜなのでしょうか。
(松本様が山本七平氏に対する評価を改められたと解釈してよろしい
のでしょうか。それとも、編集上その他の外的な要因による削除なの
でしょうか。)

(2)『ペンの陰謀』には削除したことの断わり書きがみあたらない
のですが、これはなぜなのでしょうか。

(3)裁定文の一部が削除されているにもかかわらず、佐伯真光氏の
論文にはどうして「本書には全文が再録されている」と書かれている
のでしょうか。

これについての両者の返事が、先ほど引用したものだった、という
わけです。彼らの返事を信じるなら、編者がこの削除に関わっている
可能性がヒジョーに強いわけです。やっぱ、聞いてみたいですねえ
これらのことを。

と、いうふうにさらなる新事実を発掘中の「本多勝一研究会」。
興味のある方は本多研http://hello.to/hondaken/までどーぞ。

Time    : 1999/ 7/ 1(木) 04:25:02

Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 毎日新聞の擁護 Comments: 戦後の知識人を糾弾する人々はその温床として朝日新聞を非難します。その事に 私は異論はありません。しかし、毎日新聞を「小朝日」として、朝日新聞の従属物 のように扱う人が多いですが、これは毎日新聞の愛読者としては悲しい事です。 昔はそうだったのかも知れませんけれども、少なくとも私が新聞を注意して読み 出したここ5年くらいは、毎日新聞は決して「小朝日」とは言えません。 私は毎日新聞の一番良い所は外信だと思います。 毎日新聞の外信は、相当前から書いた記者の名前が記載してありますし、朝日新 聞と比べて1^2日記事が速いです。そして、外国生活の経験豊かな記者が書いてい るので、その国の生活に密着したものが多い。日本人が全然入った事の無い密林や 軍事勢力の拠点などにも取材に行っています。かなり鋭い記事も多く、大事件が起 こった後から、「ああ、あの記事はこの前兆を捕らえていたんのだな」と思う事が 一度ならずありました。 私が驚いたのは、サハラ以南南アフリカ以北のアフリカに日本人記者が4人しかい ない事です。何と御粗末な・・・しかしその4人の中に毎日新聞の記者が入っていま す。 政治欄も充実しています。今時古いのかもしれませんが、政治家の人間像や裏の 動きをよく捉えています。 最近はべた記事を書いた記者の名前も記載しています。 アジア・太平洋戦争における新聞の戦争協力や、日本軍の化学兵器の特集もしま した。南京大虐殺と違い、日本軍の化学戦については、日本政府も認めて処理を約 束しています。 最近の特集「飛べニッポン第四部ーナショナリズム再考」では、まだ時々「小朝 日」的なところも見え隠れしていましたが、毎日新聞が、そこから脱却しようとし ているのが見られました。6月28日の「記者の目」もナショナリズムを等身大に捕ら えているいい記事だと思います。 毎日新聞にも問題があるのかも知れませんが、その時は朝日新聞の従属物として ではなく、毎日新聞として批判して欲しいと私は願います。 Time : 1999/ 7/ 1(木) 10:39:52
Name : Sin E-mail : Title : ご教示お願いします Comments: 皆様、こんばんわ。月に一度の大仕事(棚卸し)の為に、昨日こちらに来ることが できませんでした。 安部奈亮様、山本七平氏の著書のご紹介ありがとうございました。早速探してみま す。 さて、国旗・国歌についての問題を考察をしていくうえで疑問に思ってたことがあ ります。日本以外のWW2での敗戦国(特にドイツとイタリア)では国旗・国歌に ついてはどのようになっているのでしょうか? 游惟様の投稿で、 >マナの観念は人類社会普遍的に見られるものであり、ひょっとすると人類普遍 >の観念かもかも知れません との一文がありましたので、その疑問がより強くなりました。どなたか御存知の方 、ご教示いただけるとありがたいです。 Time : 1999/ 7/ 2(金) 02:08:07
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : 独伊の国旗国歌について Comments: Sin様記憶モードですが多分以下の通りと思います。 ドイツについて 国旗はナチスの旗から旧来の金赤黒の3色旗に戻った(確かボン基本法に規定があっ たと思いますが。) 国歌は旧来の「世界に冠たるドイツ」(Deutchalnd u:ber Alles(:はウムラオトの代用) )を(何番の歌詞か忘れましたが)そのまま利用しています イタリアについて 国旗はイタリア王家の紋章を除いた(王制ではなくなったので)緑白赤の3色旗(現 在の旗) 国歌は分かりません。 というように、国旗国歌については日本のような国旗国歌を変えろという議論には なっていない(必要最小限の修正はありましたが)と推測されます。 Time : 1999/ 7/ 2(金) 10:59:32
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : SAPIOの危うさおよびライジングサンさんへの警告 Comments: SAPIOは特に日本政府の外交を強く糾弾しているわけですが、日本の外交はそれな りに日本の利益を守っていて上手だと評価する向きもありますし、私もそう思いま す。 アジアに対する日本の弱腰外交を糾弾する姿勢を見ていると、昭和初期の新聞を 見ているかのようです。 ライジングサンさん、御自分の見解が日本政府の見解と同じだったことを嫌がっ ていましたが、日本政府の見解とおなじことがなぜ恥になるのですか?日本国を守 らなければならないと説きながら、現実に存在する日本政府を否定しようとする姿 勢は、2・26事件およびアジア・太平洋戦争中の青年将校と一緒ですよ。 Time : 1999/ 7/ 2(金) 12:51:38
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : したの書き込みで抜けおちていものがありました Comments: SAPIOは、戦後知識人によって歪められた日本の言論界を直そうとしておりそれを 私は素晴らしいことと思います。 しかし、やはり日本政府を批判していてほとんど評価しておらず、そこに私は危 うさを覚えます。 日本のジャーナリズムは明治維新以来日本政府を批判することを仕事としてきた わけですが、本来なら日本政府だろうがなんだろうが良ければ良い、悪ければ悪い と評価すべきなのです。 日本を守ろうとと説きながら、日本政府を認めない姿勢は、国民の心理を分断す る危険な行為であり、朝日新聞がやってきたこととあまり変わりません。 Time : 1999/ 7/ 2(金) 12:57:39
Name : 石井一旭 E-mail : Title : 前回投稿ミスばっかりだ!ああ、もう! Comments: だむすさん、みなさん、こんばんは。 >謝罪するという事でなく、何をもってこの問題に >解決をつけるのか?を国会の場で取り決め、それを速やかに>実行するという事 です。 >または、戦争責任はもうとったと宣言しとにかくこの問題を >終結させることが第一という事です。 確かに解決はしなければなりません。 曖昧なままにしておくわけにはいかないでしょう。 しかし、肝心の解決すべき対象である「戦争責任」という 言葉の範囲定義自体が現在激しい議論の対象となっている のが現状なのです。国会が定義するにしても どこまでを責任と認め賠償をするか、そういったことが 議論百出といった様相のため決められないのです。 つまり国内の意見すら統一されていないので、解決できない わけです。 それに「戦争責任」は、日本と韓国、中国の間では 既に平和友好条約が結ばれているので、本来は決着がついて いることなのです。 >国家賠償などの形を改めて提示 >することにより、ある程度緩和はできないものなのでしょうか? これについても解決済みで、既に一切の賠償義務は 終了しています。 国家としての賠償請求権は友好条約で「解決済み」とされました。 今更追加することはありません。 >つまり現在言われるところの戦争責任を認めるなら、 >国旗・国歌は日本人の心情的にも変えざるを得なくなるでしょう この部分は、確かに説明不足でした。訳が分からなくて 当然です。毎度毎度自分の国語力の無さを痛感致します。 誠に申し訳ありませんでした。 実はこれは遊惟さんのおっしゃった「日の丸・君が代と『穢れ』」に 対応した書き込みだったのです。遊惟さんは「日の丸・君が代は 「ケ」の涸れた縁起でもない旗だから、嫌われるのだ。」と 発言しておられましたが、「日の丸・君が代は戦争でけがれた ものであるが故に嫌悪される」という発想も当然日本人の中に あると、私は考えたのです。(この辺を全く書かなかったのが 失敗でした。)そうなると、旧日本軍の罪が重ければ重いほど、 血塗られていればいるほど、旗や歌に降りかかる「穢れ」の 力は強くなります。南京大虐殺の死者人数が30万だ、という のは今では虚構であることが明らかにされているようですが、 30万人の無垢なる住民を殺した、その「穢れ」はいかなるモノ でしょう。 現在の国旗・国歌改正論者はおしなべて「旧日本軍の罪悪」 を言い立てていますが、彼らの心のどこかに、「あんな悪事を 働いた、そんな穢れた旗や歌は冗談ではない。」という心情が あると、私はそのように判断しています。 彼らは日本軍の旧悪という「穢れ」に耐えられないのです。 それは多くの日本人にも共通の感情でしょう。 一般の日本人が日の丸・君が代にどこか引っ掛かりを覚えて しまうのは、それらに染み付いた「穢れ」のためだと思うのです。 >つまり現在言われるところの戦争責任を認めるなら、 >国旗・国歌は日本人の心情的にも変えざるを得なくなるでしょう というのはそういう意味で、つまり現在教科書に載っているような 「野蛮な日本軍」というイメージを、政府が事実として認め 謝罪したとすれば、旗と歌についた「穢れ」は政府公認となり、 人々はその穢れ意識から来る「罪の意識」に耐えられず、 「こんな思いを我々国民にさせるような国旗や国歌など 変えてしまえ。」といった意見が多くなるのではないかと 私は危惧しているのです。 全く、これだけ書いていない「私個人の考え」があるというのに 結論だけ書いたというのは私の落ち度でした。 要らぬ疑問を抱かせてしまい、申し訳ありませんでした。 安倍さま>うーむ・・・確かにおっしゃるとおりです。 正論に対して言い訳めいたことを言うようですが 政府見解といっしょということが何か「恥ずかしいことで ある」といった意識が自分の中に確実にある ようなのです。消費税5%や盗聴法のときも私は 政府の言ったことに納得がいったのですが、そのことを 外にいうのが何故か「恥」であるかのような印象がありま したが、今回もそれです。やはり「政府のすることは何 でも悪い」みたいなマスコミ的考え方が自分の中にある せいなので しょうか。ともかくも失言でした。 お詫びして、全面撤回致します。 それからこの問題についても少し考えてみたいと 思います。安倍様、ご指摘、ありがとうございました。 どうでもいいはなし・・・そういえばライジングサンに名前を変える と言ってましたね。忘れていつもの癖で 石井一旭と打っちゃいました。 やっぱりHN戻します。こっちの方が やりやすいので。コロコロ変えて すみません。 Time : 1999/ 7/ 2(金) 17:51:22
Name : Sin E-mail : Title : 日の丸・君が代についての雑文3 Comments: 待兼右大臣様、ご教示ありがとうございます。 戦前も戦後も全く同じ国旗・国歌を使い続けているのは日本だけなのですね。 今までSinは日の丸・君が代については消極的賛成・変更不要という考えでした が、すこしぐらついてきました。 Time : 1999/ 7/ 4(日) 00:55:47
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : 国旗国歌について Comments: Sin様 どうやら、同じ事実に対する感受性が異なるようですね。 私はこの例から「日本は国旗国歌を変更する必要はない」と思ったのですが。 ドイツ国旗は元に戻り、国歌は一部とはいえ元のままであり、 イタリア国旗は王制でなくなったためのやむをえない変更(日本は立憲君主制で政 体には変更無し)だったので。 Time : 1999/ 7/ 5(月) 14:29:03
Name : Sin E-mail : Title : 日の丸・君が代についての雑文4 Comments: 待兼右大臣様へ >私はこの例から「日本は国旗国歌を変更する必要はない」と思った とのことですが、Sinはこの考え方と戦争中に使用していた国旗・国歌を使い続 けている敗戦国が他に無いという事実があるということで、日の丸・君が代に(最 小限の)修正を加えた方がいいかも・・・という考えとで揺れています。 日の丸・君が代を基本に考えてはいるのですが・・・ Time : 1999/ 7/ 6(火) 01:57:34
Name : だむす E-mail : Title : 石井さんへ Comments: みなさん、こんにちは。 賠償問題というのが、国際法律、社会上解決したということになっているなら、 これ以上の東アジアによる内政干渉に断固した態度を表明するのも手ではないか と思います。国歌・国旗・軍隊は主権国家の自由だと思います。不満を表明する のも各国の自由でしょうから不満をいわれたからといってそのたび右往左往する 政府のやりかたには、やはり疑問が残ります。 日本国政府はうやむやにしたまま、戦争体験者が全て亡くなるのを待っているの ではないでしょうか?なんとなく情けない感じがします。 Time : 1999/ 7/ 6(火) 12:22:58
Name : 石井一旭 E-mail : Title : だむすさんへ Comments: どうも皆さん、こんにちは。 今腹痛がして苦しいので、拙文で名高い我が書き込みが いつもにも増して酷くなっているかもしれませんが どうかご容赦のほどを・・・ >これ以上の東アジアによる内政干渉に断固した態度を >表明するのも手ではないかと思います。 >国歌・国旗・軍隊は主権国家の自由だと思います。 >不満を表明するのも各国の自由でしょうから不満を >いわれたからといってそのたび右往左往する >政府のやりかたには、やはり疑問が残ります。 いちいちごもっともだと思います。 政治家も堂々としていれば良いと思っているんですが、 朝日なんかから突き上げられるのを恐れているのか、 どうにも弱腰なのは困ったものです。 >日本国政府はうやむやにしたまま、戦争体験者が全て >亡くなるのを待っているのではないでしょうか? 政治家の煮え切らない態度を見ているとどうも私もそんな気が します。最も、これはこれで一つの解決にはなるわけですが、 「水に流す」事を知らない他国の人々に、そういった逃れ方は 通用するとは思えません。 だから、私は政治家にまごまごして欲しくない。 賠償金をはじめとする戦争責任問題は「解決済み」ということで 対応してもらいたいです。 Time : 1999/ 7/ 6(火) 16:56:19
Name : とろ E-mail : Title : どのように言えばよいのでしょうか? Comments: 石井さん、こんにちは、とろと申します。 >私は政治家にまごまごして欲しくない。 >賠償金をはじめとする戦争責任問題は「解決済み」ということで >対応してもらいたいです。 私もこの意見には賛成ですが、ではどのように言えばよいとお考えですか? 私は昔某ゼミで「日本は戦争中『いいことをした』とは言えないまでも 『しようとした』んじゃないか?」という意見を発表したところ、 「お前は旧日本軍を弁護するのか」「皇民化政策のどこがいいんだ」 などと散々なつるし上げを食った経験があります。 結局この議論においては韓国からの留学生が一番冷静に対応してくれて、 「僕は、とろさんの意見はある程度共感できる。ただ、僕は戦争で ひどい目に遭った日本の老人の前で「自業自得だ」なんて言えないし、同様に 日本人にひどい目に遭わされた韓国人の前でこの意見は言えない。 とろさんの意見は理論的には納得できるんだけど、感情の面でやはり 受け入れがたいものがある。」と率直に語ってくれました。 私は井沢先生の意見は大筋で共感しておりますが、 上の「つるし上げ」事件以降、どうしても意見が異なる 友人に井沢先生のような考え方を紹介する自信がもてません。 今議題に上っている日の丸君が代もそうです。 皆さんだったらどのようにこのような問題をイデオロギーの異なる人たちに 説明するでしょうか? 別に誰かにけちをつけたいわけではなく、今本当に感情的にならずに 「反対者」と議論するための「言葉」を探しているのです。 何かよい発想があったら教えていただけないでしょうか。 よろしくお願いします。 Time : 1999/ 7/ 7(水) 23:26:37
Name : だむす E-mail : Title : とろさんはじめまして Comments: みなさんこんばんは。石井さんお返事ありがとうございました。 私の意見はちょっと理想というか夢想だとも思ってます。 石井さんのおっしゃるように、相手がそれで納得するとは今はおもえないですね。 しかし、政府はもう少し強い態度にでられないのかな?と不思議な気持ちもあり ます。 とろさん、責任問題と旧日本軍の正当化はきつてもきれない問題だと思います。 しかし、これをきりはなさなければ責任問題での前進はないと思います。 それと、旧日本軍の「いい事」というのは、やはり論理的には説明できないでしょ う。あくまでも、「いい事」は結果から見てという事ではないでしょうか? たとえば、鉄道の敷設とか学校の建設があげられると思いますが、朝鮮のためとい う側面より、軍事、政治の面で日本による統治がしやすいようにするという側面の ほうが、当時は強かったのではないでしょうか?「しようとした」というのも同じ 事が理由になるではないでしょうか? 私も井沢先生の意見に共感はできますが、この意見には戦争に関わった人には共感 できないものではないか?とも思っています。 イデオロギーの違う人にイデオロギーを言葉で伝えるのは無理だと思います。 なさけない意見ですが、今現在の私の実感でもあります。それでも話し合う事の意 義は現在の私達の合意のためでなく、未来の人たちの合意のためなのかもしれま せん。 Time : 1999/ 7/ 8(木) 01:14:25
Name : Sin E-mail : Title : 日の丸・君が代まだ考えがまとまってませんが Comments: >政治家も堂々としていれば良いと思っているんですが に対応して一言。 Sinは昔は小沢一郎にちょっと期待していたのですが・・・ どうやら期待はずれみたいです だむすさんへ >イデオロギーの違う人にイデオロギーを言葉で伝えるのは無理だと思います。 Sinも情けないかもしれませんが、全く同意見です。 以前、高校時代の友人がとある団体にはまったときに感じました。 Sinの力量不足だっただけかもしれませんが・・・ Time : 1999/ 7/ 8(木) 02:02:16
Name : 中原元彦 E-mail : Title : 聖徳太子怨霊説について Comments: はじめまして。  井沢先生の作品は比較的読んでいるつもりですが、聖徳太子の怨霊説で下記の件 に触れられていないようでしたので、ご存じの方、お教え下さい。  今から15年前の昭和59年、中学校の修学旅行で京都・奈良へ行きました。その際 、奈良の寺(法隆寺だったと思いますが、自信ありません・・・)にある仏像につ いて、面白い話を聞きました。  その寺に決して開けてはいけないという葛籠がありましたが、明治時代に何らか の事情で(廃仏毀釈か、学術的な話か、忘れました・・・)葛籠を開けました。中 には木乃伊みたいに巻かれたものが入っていました。  それを広げてみると、ある仏像が入っていました。その仏像は仕様が変わってい て、人が地獄の業火で焼かれているような描写があったり、その仏像が釘で後ろに 打ち付けられているような状態でした。  何か、この世に出てくるなと言わんばかりのものであったようです。おまけに葛 籠を開けるなという言い伝え、これが聖徳太子の怨霊を封じるためのものであった というものです。  これは中学生の時の先生が、修学旅行前に何かの本のコピーを配布し、我々生徒 に説明してくれた内容です。その寺に行った時、そういう点を注意深く見るように と教えてもらいました。(井沢先生、昭和時代にもこういう先生もいたんですよ。 もっとも、社会科の先生ではありませんでしたが・・・)  この仏像、教科書だか参考書だかに載っていたと思うのですが、何であったのだ か思い出せません。それ以前に、逆説の日本史を読むまで忘却の彼方へ追いやられ ていた事実でした。  これが誰の説で、どの寺の何という仏像かご存じの方、教えて下さい。 Time : 1999/ 7/ 8(木) 22:39:30
Name : 達磨 E-mail : Title : 中原さん、はじめまして。 Comments: 下記のお尋ねについてですが、 それは、おそらく法隆寺の救世観音のことだと思います。 明治17年に、それまで1200年間閉ざされてきた厨子が開かれました。 これを開いたのは、明治政府からの公文を持ってきたフェノロサです。 この経緯や、救世観音については、 梅原猛著「隠された十字架〜法隆寺論〜」(新潮文庫)に載ってます。 (ちなみに、救世観音については438ページあたりから、  詳しく書かれてあります。) 以上、ご参考まで。 Time : 1999/ 7/ 9(金) 05:55:50
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 一人よがり Comments: 山本七平さんの著作やその他諸々の本を見れば分ることですが、日本軍には近代 戦をする力量は全くありませんでした。自由主義史観の人達があげる太平洋戦争に おける日本軍が掲げた理想というのは、現地の文化も現実も全く無視した迷惑千万 な物でした。 日本が矮小化されるとか、占領軍の陰謀だとかそんな問題ではなくて、我々日本 人には常に日本軍のような失敗を起こす素地があり、それを解明して二℃と同じ失 敗をなくすことこそ肝要だと思います。 Time : 1999/ 7/ 9(金) 12:55:49
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : 先の対戦の評価について Comments: 私は、阿部さんの感想とは少し異なっています。 明治以後の日本の歩みについては、殆ど仕方が無かった面があります。現在と重ね あわせても、当時のの日本の指導者層の認識はそんなに間違ってはなかったと思い ます。 たとえば 朝鮮半島の安定は我が国の安全保障において必要不可欠であること。(これは現在 の北朝鮮の動向とそれに対する日本の反応を考えていただければとよいと思います ) 結局、東南アジアや東アジア諸国も、結局グローバルスタンダード(個人的にはこ の言葉は嫌いですが)の波に飲み込まれ、現地の文化も現実も無視せざるを得ない こと。 非西欧諸国における発展成功モデルが現時点では日本型のモデルしかないこと。( 東南アジアの発展もその一種) これらを考え合わせると、日本が誤ったのは、手段の選択(日英同盟→ワシントン 体制、満州国の成立による満州の利権独占化)、ひいては外交手腕の拙劣さであっ たのではないでしょうか。 この意味に於いて  我々日本人には常に日本軍のような失敗を起こす素地があり、それを解明して二 度と同じ失敗をなくすことこそ肝要だと思います。(明らかな誤字は修正) が意味を持つのではないでしょうか。 予断ですが、バーチャル戦記が1つの分野として確立したことの背景には、「日本 の戦争理由にも、否定しても否定できないものがあった」との漠然とした思いがあ るのではないでしょうか。 Time : 1999/ 7/ 9(金) 20:21:34
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : 訂正です Comments: 「先の対戦」を「先の大戦」に 「予断ですが」を「余談ですが」 にお詫びして訂正致します。 Time : 1999/ 7/ 9(金) 20:24:47
Name : 中原元彦 E-mail : Title : 達磨さん、ありがとうございます Comments: 達磨さんへ  早速のご回答、ありがとうございます。明日の休みに本屋で探してみます。  中学生当時も歴史は好きだったのですが、修学旅行というものは枕投げ等の方が 印象に残るもので、こういう面白い話をころっと忘れてしまいました。  15年ぶりにその本を読めると思うと楽しみです。  感謝! Time : 1999/ 7/ 9(金) 23:06:24
Name : 達磨 E-mail : Title : 中原さん<ご丁寧にどーも Comments: ご丁寧に、お返事ありがとうございます。 私も、修学旅行は枕投げでした。 最後に枕がやぶれて、中身のそば殻をぶちまけた記憶があります。(^^ゞ Time : 1999/ 7/10(土) 23:09:33
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : それ以前の問題なのです Comments: 「一下級将校の見た帝国陸軍」(文芸春秋、山本七平)に書いてありましたが、 帝国陸軍で対アメリカ戦の教育が開始されたのは何と昭和18年でした。それまで満 州の広野を想定した軍隊を南方に送っていたのです。このような事が平気で行える 軍隊には、近代戦(いえおそらく戦国時代の小競り合いでも)できません。 二正面作戦が始まる以前に関しては、昭和14年だか15年あたりに中華民国は、日 本に対して、ナチスドイツを仲介にして、無条件降伏に等しい和平案(トラウトマ ン和平案)を提示して、しかも日本はそれを受諾しました。中華民国は満州国の独 立さえ認めました。つまりその時点で日中戦争は終了していたのです。 しかし信じられないことが起きました、和平案が受諾されて停戦が成り立ったは ずであるのに、日本軍は中華民国の首都南京を攻めたのです。 日本の要求は全て飲んだのに、日本軍は戦争を止めるどころか、ますます攻め立 てたのです。 つまり解釈の仕方によっては、南京包囲戦以後の日中戦争は戦争ではなく日本軍 による中国人虐殺でしかないとも言えるのです。 この異常事態は、中国にとっても、欧米にとっても狂気以外の何物にも見えませ んでした。 日中戦争と太平洋戦争では、日本軍は敵と戦っていたのではありませんでした。 自分の頭の中で勝手に夢想した中国軍とアメリカ軍と戦っていました。アジア・太 平洋戦争の異常性のほとんどはそこから発しています。 これは戦略以前の問題であり、日本人の心理が常に胎蔵している狂気に、日本人 全員が完全に振り回されてしまった結果だと思います。 つまり、明治時代のようにお雇い外国人に日本政府と日本軍を見せて「戦争が出 来ますか?」と尋ねれば、全員が全員「不可能だ」と答えただろうということです 。3歳の子供でも分かる論理が分からない国と軍隊には戦争は出来ません。 現地の文化を無視したというのは例えばこういう事です。 日本軍の基本は食料は現地調達でした。日本軍はフィリピンは農業国だから食糧 はふんだんにあると思っていました。しかしフィリピンの農業というのはゴムやサ トウキビのプランテーションであり、食糧は輸入国だったのです。 この事は、日本軍が1人でも言いから偵察と言うまでもない、2〜3日旅行させてフ ィリピンを調べさせれば分かったことです。 こうして食糧を輸入するような国で日本軍は食糧を次から次へと徴発したのです 。 うらまれないはずがありません。 こんな軍隊がまともな軍隊と思えますか? Time : 1999/ 7/13(火) 13:16:28
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : Reそれ以前の問題です(長文注意) Comments:  私も昭和の軍隊がまともだとは思いませんが、それと国際情勢と戦争目的はとり あえず別次元の問題でしょう。 「 二正面作戦が始まる以前に関しては、昭和14年だか15年あたりに中華民国は、 日本に対して、ナチスドイツを仲介にして、無条件降伏に等しい和平案(トラウト マン和平案)を提示して、しかも日本はそれを受諾しました。中華民国は満州国の 独立さえ認めました。つまりその時点で日中戦争は終了していたのです。」  これは、どういう事でしょうか。トラウトマン調停案で日華事変の終結を図ろう としたら、陸軍の反対でつぶされたということは聞いていますが、それで、正式に 停戦・事変の終結にはならなかったと思います。  確かに、ここはターニングポイントの1つでしょう。識者の中にも陥落させられ る首都を陥落させずに和を結んだ方がよかったという人はいます。  従って、 「 しかし信じられないことが起きました、和平案が受諾されて停戦が成り立った はずであるのに、日本軍は中華民国の首都南京を攻めたのです。 日本の要求は全て飲んだのに、日本軍は戦争を止めるどころか、ますます攻め立 てたのです。 つまり解釈の仕方によっては、南京包囲戦以後の日中戦争は戦争ではなく日本軍 による中国人虐殺でしかないとも言えるのです。 この異常事態は、中国にとっても、欧米にとっても狂気以外の何物にも見えませ んでした。」 について、この前提に同意していませんので判断を保留します。  「日中戦争と太平洋戦争では、日本軍は敵と戦っていたのではありませんでした 。自分の頭の中で勝手に夢想した中国軍とアメリカ軍と戦っていました。アジア・ 太平洋戦争の異常性のほとんどはそこから発しています。 これは戦略以前の問題であり、日本人の心理が常に胎蔵している狂気に、日本人 全員が完全に振り回されてしまった結果だと思います。」 ここでいう異常とはどういうものでしょうか。敵のイメージを勝手に膨らますとい う意味であれば、これは、日本人に「特有」の事でしょうか。白人にも「黄禍論」 というものや「日本異質説」みたいなものがあります。 「 つまり、明治時代のようにお雇い外国人に日本政府と日本軍を見せて「戦争が 出来ますか?」と尋ねれば、全員が全員「不可能だ」と答えただろうということで す。」  については、限定戦争から全体戦争(total war:トータルウォー)の時代への変 化を見抜けず、且つ、戦争目的を確定できずに戦争に突入したという意味では一応 同意します。  しかし、戦争中の一時期は東アジアや東南アジアから白人勢力を駆逐したという ことは世界史上の金字塔となります。(「図らずも」、「結果として」という枕詞 がついても事実は事実です。) 「3歳の子供でも分かる論理が分からない国と軍隊には戦争は出来ません。」  したがって、これは、18歳〜20歳くらいまで年齢を上げるべきでしょう。 「 現地の文化を無視したというのは例えばこういう事です。 日本軍の基本は食料は現地調達でした。日本軍はフィリピンは農業国だから食糧 はふんだんにあると思っていました。しかしフィリピンの農業というのはゴムやサ トウキビのプランテーションであり、食糧は輸入国だったのです。 この事は、日本軍が1人でも言いから偵察と言うまでもない、2〜3日旅行させてフ ィリピンを調べさせれば分かったことです。 こうして食糧を輸入するような国で日本軍は食糧を次から次へと徴発したのです 。 うらまれないはずがありません。」  情報の軽視ということについて否定はしません。ただ、「しかしフィリピンの農 業というのはゴムやサトウキビのプランテーションであり、食糧は輸入国だったの です。 」にしたのはアメリカではないのですか。つまり、「あるべき」文化を無視 してプランテーション化をしたのはアメリカであり、「あるべき」文化のみを考え ていて、「現在」の文化を無視したのが日本ということでしょう。    私の私見を述べれば、戦争は手段であって「よい」戦争や「悪い」戦争は存在し ない。ということである。その意味では戦前における指導者は愚かだったというこ とではないでしょうか。  ちなみに、現在でも「文明の衝突」という一歩間違うと、石原莞爾や大川周明の 亜流と見られるような論文が一世を風靡するような世の中です。(詳しくは「諸君 !」の最新号を「ハンチントンは大川周明を超えたか」(?)をご覧ください。 (日米戦争の次は米中戦争や米と回教連合との戦争だそうです)  果たして、これまでの「戦争」、「植民地支配」、「残虐性」の全てを日本が引 き受けなければならないのですか。  放っておくと、「東京裁判」、「レイプ・オブ・ナンキン」、「日本はドイツと 同じくホロコーストを行った」というように、日本に世界史のすべての負の遺産を 負わせられてしまいます。  「先の大戦は日独伊米英蘭中ソ等は単に戦争を戦っただけである。それ以上でも それ以下でもない。」  ということです。  長くなりましたがこんなところです。 Time : 1999/ 7/13(火) 14:50:58
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : Reそれ以前の問題です Comments: 基本的に戦前の指導者が日露戦争時のそれより劣るということには同意しますが 「二正面作戦が始まる以前に関しては、昭和14年だか15年あたりに中華民国は、日 本に対して、ナチスドイツを仲介にして、無条件降伏に等しい和平案(トラウトマ ン和平案)を提示して、しかも日本はそれを受諾しました。中華民国は満州国の独 立さえ認めました。つまりその時点で日中戦争は終了していたのです。」。 これは、歴史の「もし」を考える上では一つの時点でありましょう。ここで、調停 案を受け入れておればという識者も存じております。確かにトラウトマン調停で合 意成立直前だったのが、陸軍の反対でつぶれたということはありますが、上記の文 章は言い過ぎでではないでしょうか。もし、よろしければ参考文献等を上げていた だければと思います。 「しかし信じられないことが起きました、和平案が受諾されて停戦が成り立ったは ずであるのに、日本軍は中華民国の首都南京を攻めたのです。 日本の要求は全て飲んだのに、日本軍は戦争を止めるどころか、ますます攻め立 てたのですつまり解釈の仕方によっては、南京包囲戦以後の日中戦争は戦争ではな く日本軍による中国人虐殺でしかないとも言えるのです。 この異常事態は、中国にとっても、欧米にとっても狂気以外の何物にも見えませ んでした。」 これも、現時点では、停戦が成立しているとの前提に同意できないので判断は保留 します 余談ながら、秦氏の研究によると、日華事変の引き金となった慮溝橋事件は中国共 産党軍が引き起こしたものであるとされ、それが有力説になっています。 「日中戦争と太平洋戦争では、日本軍は敵と戦っていたのではありませんでした。 自分の頭の中で勝手に夢想した中国軍とアメリカ軍と戦っていました。アジア・太 平洋戦争の異常性のほとんどはそこから発しています。 これは戦略以前の問題であり、日本人の心理が常に胎蔵している狂気に、日本人 全員が完全に振り回されてしまった結果だと思います。」  これの意味が分かりません。もし、自分勝手なイメージを膨らませるというもの であるとすれば、日本人のみにもつ性質ではないと思います。「黄禍論」や「日本 異質論」には私は与しません。これでは、日本人が潜在的精神異常者と誤解されて しまいます。 「つまり、明治時代のようにお雇い外国人に日本政府と日本軍を見せて「戦争が出 来ますか?」と尋ねれば、全員が全員「不可能だ」と答えただろうということです 」 引き所を知らないという意味及び国家総力戦という意味なら同意します。ただ、限 定戦争なら(?)です。というのは、東南アジア及び北東アジアから列強を駆逐し 、東洋を西洋から開放したのは事実ですから。(「結果として」、「図らずも」と いう枕詞がついていても、一面の事実であるということには変わりありません) 「3歳の子供でも分かる論理が分からない国と軍隊には戦争は出来ません。」 従って、18歳から20歳くらいまで年齢を引き上げるべきでしょう。 「 現地の文化を無視したというのは例えばこういう事です。 日本軍の基本は食料は現地調達でした。日本軍はフィリピンは農業国だから食糧 はふんだんにあると思っていました。しかしフィリピンの農業というのはゴムやサ トウキビのプランテーションであり、食糧は輸入国だったのです。 この事は、日本軍が1人でも言いから偵察と言うまでもない、2〜3日旅行させてフ ィリピンを調べさせれば分かったことです。 こうして食糧を輸入するような国で日本軍は食糧を次から次へと徴発したのです 。 うらまれないはずがありません。」  情報の軽視という意味では同意。プランテーション化したのはスペイン及び米国 でしょうから、この両国は南国のあるべき文化を無視して、時刻の都合を押し付け た。日本は、南国のそうであろうという文化飲みを考えていて現在の文化を無視し ていたということでしょう。 こんな軍隊がまともな軍隊と思えますか? 必ずしもまともな軍隊ではなかったでしょう。但し、指導者や軍隊がまともでない 事と、国際情勢がどうであったかということはとりあえず別次元の問題です。 理論上、あほな軍隊であったとしても戦わざるをえないときはあるでしょうから。 私見は、日本は(指導者が)愚かな軍隊で普通の戦争を戦った。戦争は手段であり 、それ自身よいも悪いも無いということです。 Time : 1999/ 7/13(火) 15:14:48
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : Re それ以前の問題ですが(長文注意) Comments: 基本的に戦前の指導者が日露戦争時のそれより劣るということには同意しますが 「二正面作戦が始まる以前に関しては、昭和14年だか15年あたりに中華民国は、日 本に対して、ナチスドイツを仲介にして、無条件降伏に等しい和平案(トラウトマ ン和平案)を提示して、しかも日本はそれを受諾しました。中華民国は満州国の独 立さえ認めました。つまりその時点で日中戦争は終了していたのです。」。 これは、歴史の「もし」を考える上では一つの時点でありましょう。ここで、調停 案を受け入れておればという識者も存じております。確かにトラウトマン調停で合 意成立直前だったのが、陸軍の反対でつぶれたということはありますが、上記の文 章は言い過ぎでではないでしょうか。もし、よろしければ参考文献等を上げていた だければと思います。 「しかし信じられないことが起きました、和平案が受諾されて停戦が成り立ったは ずであるのに、日本軍は中華民国の首都南京を攻めたのです。 日本の要求は全て飲んだのに、日本軍は戦争を止めるどころか、ますます攻め立 てたのですつまり解釈の仕方によっては、南京包囲戦以後の日中戦争は戦争ではな く日本軍による中国人虐殺でしかないとも言えるのです。 この異常事態は、中国にとっても、欧米にとっても狂気以外の何物にも見えませ んでした。」 これも、現時点では、停戦が成立しているとの前提に同意できないので判断は保留 します 余談ながら、秦氏の研究によると、日華事変の引き金となった慮溝橋事件は中国共 産党軍が引き起こしたものであるとされ、それが有力説になっています。 「日中戦争と太平洋戦争では、日本軍は敵と戦っていたのではありませんでした。 自分の頭の中で勝手に夢想した中国軍とアメリカ軍と戦っていました。アジア・太 平洋戦争の異常性のほとんどはそこから発しています。 これは戦略以前の問題であり、日本人の心理が常に胎蔵している狂気に、日本人 全員が完全に振り回されてしまった結果だと思います。」  これの意味が分かりません。もし、自分勝手なイメージを膨らませるというもの であるとすれば、日本人のみにもつ性質ではないと思います。「黄禍論」や「日本 異質論」には私は与しません。これでは、日本人が潜在的精神異常者と誤解されて しまいます。 「つまり、明治時代のようにお雇い外国人に日本政府と日本軍を見せて「戦争が出 来ますか?」と尋ねれば、全員が全員「不可能だ」と答えただろうということです 」 引き所を知らないという意味及び国家総力戦という意味なら同意します。ただ、限 定戦争なら(?)です。というのは、東南アジア及び北東アジアから列強を駆逐し 、東洋を西洋から開放したのは事実ですから。(「結果として」、「図らずも」と いう枕詞がついていても、一面の事実であるということには変わりありません) 「3歳の子供でも分かる論理が分からない国と軍隊には戦争は出来ません。」 従って、18歳から20歳くらいまで年齢を引き上げるべきでしょう。 「 現地の文化を無視したというのは例えばこういう事です。 日本軍の基本は食料は現地調達でした。日本軍はフィリピンは農業国だから食糧 はふんだんにあると思っていました。しかしフィリピンの農業というのはゴムやサ トウキビのプランテーションであり、食糧は輸入国だったのです。 この事は、日本軍が1人でも言いから偵察と言うまでもない、2〜3日旅行させてフ ィリピンを調べさせれば分かったことです。 こうして食糧を輸入するような国で日本軍は食糧を次から次へと徴発したのです 。 うらまれないはずがありません。」  情報の軽視という意味では同意。プランテーション化したのはスペイン及び米国 でしょうから、この両国は南国のあるべき文化を無視して、時刻の都合を押し付け た。日本は、南国のそうであろうという文化飲みを考えていて現在の文化を無視し ていたということでしょう。 こんな軍隊がまともな軍隊と思えますか? 必ずしもまともな軍隊ではなかったでしょう。但し、指導者や軍隊がまともでない 事と、国際情勢がどうであったかということはとりあえず別次元の問題です。 理論上、あほな軍隊であったとしても戦わざるをえないときはあるでしょうから。 私見は、日本は(指導者が)愚かな軍隊で普通の戦争を戦った。戦争は手段であり 、それ自身よいも悪いも無いということです。 Time : 1999/ 7/13(火) 15:15:41
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 昭和6〜20年の日本を正当化あるいは普通視することは不可能です Comments: トラウトマン和平案についての参考文献は「日本人と中国人」(文芸春秋の山本 七平ライブラリー所蔵、山本七平)です。 まず、盧溝橋事件が中国共産党の陰謀であろうと、アメリカにおける黄禍論が許 し難いものであろうと、それは日本が戦争を起こした罪を軽くもしなければ中国ア メリカの罪を重くもしません。このような事件はそれまでにいくつか起きており、 それを全面戦争にまで拡大するかしないかの決定権は日本にありました。 次に、アメリカ人が狂気を持っているからといって、日本人が狂気を持ってもい い理由にはなりません。 陸軍の卓上の演習では、日本軍は中国軍を相手にするだけで敗北するという結果 が真珠湾以前に出ていました。それならば、トラウトマン和平案を素直に受け入れ ればいいのです。言わんや中国よりも更に強力なアメリカと戦端を開くなど愚の骨 頂です。 トラウトマン和平案を破棄し、さらに近衛首相が「蒋介石を相手とせず」という 意味不明な宣言をしたおかげで、日本は日中戦争を終結することが不可能となりま した。 否定した政権とは交渉することは不可能です。戦争が外交の究極の形態であるな らば、常に相手が存在しなければなりません。交渉相手のいない戦争は、戦争では ありません。戦争であれば、敵が要求を飲んだ時に終了します。トラウトマン和平 案において中国は日本が当時要求していたものをほぼすべて受け入れたわけですか ら、それでも戦争が終わらないとなれば、中国としては日本をどう扱っていいのか 分からなくなってしまいます。 曲がりなりにも中国人の大多数が認めている国民党政権を否定して、違う政権を 異民族である日本が打ち立てようとするならば、侵略戦争でしかありません。東南 アジアと違い、中国は独立国だったのですから、解放戦争とは決して言えず、日本 の要求が受け入れられれば、日本軍は中国から出て行くべきでしょう。最終的に勝 てない相手であればなお更です。 スペインとアメリカがフィリピンの分化を無視して圧政を敷いたのは事実でしょ うが、それは日本がフィリピンの分化を無視した免罪符とはなりません。これらは 別個の問題です。 山本七平さんの著作に書かれていますが、日本軍がフィリピンから出て行く時に は石の雨が降りましたが、アメリカ軍捕虜のパターン行進では、フィリピン人は花 を捕虜に捧げ、水と食料を捕虜に与えました。この差は一体何なのでしょう。 ビルマとベトナムも日本軍によって独立しましたが、それもまやかしで、アウン サンらは最後は日本軍相手に戦いました。 これが日本の言う「解放戦争」の実体です。 日本が東南アジアをかき回したことで独立は早まったでしょうが、そのことによ る東南アジアの損害は甚大であり、つまりこれは予期せぬ結果であり、日本人はそ れを誇ることは出来ません。 Time : 1999/ 7/14(水) 13:09:50
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : では Comments: 当時の政戦略の具体的方策という意味では、それは有力な方法でしょう。それは否 定しません。 次に、「アメリカ人が狂気を持っているからといって、日本人が狂気を持っても いい理由にはなりません。」 これは正確に言うと間違いです。なぜなら、「アメリカ人が狂気を持つのは許され るが日本人が狂気を持つのは許されない」ということになるからです。(アメリカ 人が狂気を持っているということを所与の前提として認容しているため) 正確には、「アメリカ人であろうと日本人であろうと狂気を持っていい理由はない 。」です。 日本人は、謙譲、反省の美学があるために、他人を責めることをしない。日本人と して鎖国して生きていくのであれば、阿部さんの意見でも良いと思いますが、グロ ーバルスタンダードという弱肉強食の狼の前ではそのような生き方は丸々太った羊 以外の何者でも有りません。 もし、先の大戦を普通化できないというのであれば、過去の植民地戦争や侵略戦争 等と比較して、どこが普通化できないか教えていただきたいものです。 日本が侵略戦争をしたとしても、日本だけが、戦争の罪業を背負わなければならな い理由はないと思います。 日本が反省するのであれば、阿片戦争等について各国を反省させるべきです。それ ができないのであれば、「対外的に」日本がいつまでも反省してはならない。サン フランシスコ平和条約等の各講和条約で決着済と言い切らなければならない。阿片 戦争やジンギスカンの征服(コ(ホ)ラムズのように征服した都市の住民を皆殺し にした)他の各種戦争と比べて日本が戦った先の大戦が「普通でない」となるのか 説明して下さい。  日本人の善意が通るほど世界は甘くないのです。だからこそ、日本は先の大戦で 「普通」の戦争を戦ったのであり、他の戦争より倫理的に劣った戦争を戦っていな いと「対外的に」主張し続けなければならないのです。  重ねて申し上げますが、戦争遂行方法が劣っているといっているのではないので 念のため、はっきり言って、昭和の日本の戦争遂行の仕方は拙劣の極みです。その 意味において阿部さんの意見に同意します。  私が言いたいのは、日本のみが戦争の反省をして、たとえば香港が返還されると きに、イギリスが一言の反省もしなかったのは不公平であるということです。  これは、日本の行為を相殺するのでは有りません、平等に「裁き」を受けようと いっているだけです。そこまで念頭に置いているのなら、そして、これは、日本人 としての「内省」・「品位」の問題で有り、他国の事は関係ないというのならそれ でも結構です。今の私には、そのような文脈でないと阿部さんの意見が理解できま せん。 では。 Time : 1999/ 7/14(水) 17:08:24
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 待兼右大臣さん、そう難しく考えずに・・・ Comments: 私が言いたいのは、アジア・太平洋戦争に関して色々なことがいわれていますが 、それは当時の建て前の世界を実態視しているきがし、また日本軍に関して当時も 今も色々なことが言われていますが、満州事変以前から日本軍は近代戦を遂行する 能力がなかった、それは冷静に見れば誰にも分かることだった、なのに無理な戦争 をした、日本人全員内心では日本軍を軽蔑しきっていたのに誰もその暴走を止める ことができなかった、そのため祖国を滅亡させてしまった、そこに日本人の狂気が あると思うのです。イギリスやアメリカ、いや明治時代の日本人はそんなことはし なかったでしょう。でも今の日本人なら同じ事をやりかねないと私は思います。そ して、自由主義史観や、SAPIOで発表されている言論ではそれは防げないであろうい や増大させるであろうと私は思います、もちろん朝日新聞もそうです。 イギリス人の書く歴史は大航海時代までは素晴らしいのに、それ以降は急に筆が 鈍るのは私も知っています。自分の汚点を書きたくないのでしょう、あるいは本当 に自分には汚点がないと信じているのかもしれません。 南京虐殺で30万人殺されたというのは嘘でしょう。大体証拠がそろっていて日本 政府も認めている化学戦や食料の現地調達(略奪同然)を取り上げずに、あるかな いかも分からない南京虐殺を取り上げるところに中国政府の欺瞞と、左翼の人達の 勉強不足を感じます。 アジア・太平洋戦争と欧米による植民地化を両天秤にかけて、どっちも責めると 都合が悪いから思考停止しようとするのはグローバルスタンダートを生き抜くコツ ではありません。日本人が都合が悪くなったときによく使う手です。 私はアジア・太平洋戦争に開ける日本の異常性をこの掲示板の1つの題材にしよう と思って書き込んでいます。 ここは真実を追究する場であるはずで、欧米の悪行をまた別の題材でしょう。こ のように複数の題材をごちゃ混ぜにすると物事が見えにくくなってしまいます。あ くまで単独で究明すべき事で、できればこの議論に入れたくありません。 Time : 1999/ 7/15(木) 12:57:52
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 待兼右大臣さんへ、 Comments: 待兼右大臣さん、貴方の議論の進め方は「選択的良心」といわれるものになって しまっています。これは、外交などの交渉の場では威力を発揮するでしょうが、真 実を求めるさいには足枷となってしまいます。 Time : 1999/ 7/15(木) 13:05:19
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : では、 Comments: 「選択的良心」という用語があるのですか。厳格な定義は分かりませんが、言わん とすることはなんとなく分かります。 先の意見を書いて「しまった」と思ったことを的確に指摘されました。さすが吉田 山の人ですね。私のような待兼山とは違う。(これはまじめです。) では、本題に。 1 昭和元年から20年までの日本人の国家指導及び国民の熱狂(?)について「 日本人」の歴史から見て一種の異常な時代であったことは事実でしょう。 伊藤、山県、大山、山本(権)、東郷と東条、杉山、嶋田、山本(五)との比較す れば一発です。 2 ただ、その異常性が世界史上にどのように位置づけられるのか。つまり、「日 本史上」で異常だったのかそのまま、世界史上で異常かどうかは世界史上の出来事 との比較検討を行わないと分からないというのが率直な感想です。  個人的な感想とすれば、これまでのは1の段階の議論でで止まっており、2まで 踏み込まれていない。しかしながら、1の段階で2の結論を出すかのような議論が 横行しているというものです。  今回も、2まで踏み込むのが困難とのことである(これはある程度予想できたこ とですが)。それにとどまる限り、2の結論は出ないのではないか。  と思った次第なので、このような意見をぶつけてみました。  他のHPで同じように議論をすると「日本の行いを相殺しようとしている」と誤 解されることが多かったです。しかしながら「××が○○であったとしても、日本 が○○してよいということにはならない」ということの不平等性についてなかなか 理解されませんでした。 で、急転直下のようですが、日本人の資質から見て、その時代が異常であったとい うのは安部さんと同じです。(では、この議論は何だということは言わないで下さ い)。先の投稿では名前の字を間違えて申し訳有りませんでした。 取り合えずの意見ですが、では。 Time : 1999/ 7/15(木) 14:18:40
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : なるほど Comments: 私の解釈が間違っているかもしれませんが、2の部分というのは、「日本人の心 理はとりあえずブラックボックスとし、そのブラックボックスから世界に出された 結果だけを客観的に世界史の中で位置づければどうだろうか?」ということでしょ うか? 確かにこのような方法で日本史が解明されたことはないと思います。 一つここでやってみましょうか?面白そうです。 Time : 1999/ 7/15(木) 15:53:04
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 私は吉田山少内記くらいかな Comments: こういう事に血道を上げているから5年目突入の危機に陥っているわけでして、も っと本業をがんばらねば。 Time : 1999/ 7/15(木) 15:59:08
Name : 待兼右大臣 E-mail : Title : 実は・・・(右大臣から摂津の介に降格の危機) Comments:  と大風呂敷を広げたものの、これを実際にやるには、大変な作業になります。と いうところで、先の私の投稿の「2」については、自分自身では突き止められる自 信が無く、「あの時代は、日本史の中では異常だか、世界史上では「?」」という 自分の直感で思考停止している(せざるをえない)のが実状です。 ただ、自分の考えが安部さんのように整理されていなかったのも事実です。 たとえば ・ 表面に現れた「行為」を対象とするのか ・ 行為の基盤たる「意志」を対象とするのか ・ 折衷説の場合その区分けはどうするのか というようなところが整理がついていないままの投稿になっています。 といって答えになっていない。(トホホ) 追伸:5回生になろうと8回生になろうと、その経験を無駄にするか、将来への糧 にするのかはあなた次第です。「4年で」といわずに、自分の納得するまで大学に いてもよいと思います。本業の方も頑張って下さい。 Time : 1999/ 7/16(金) 11:15:48
Name : taro@失業&病気療養中 E-mail : Title : 早良親王=崇道天皇についてのお尋ね Comments: はじめまして、taro と申します。 さて、早速ですが、早良親王は亡くなった後、一度淡路島で荼毘に付されたといわ れていますが、その辺のことについてちょっと知りたいのですが。 で、できれば淡路島で埋葬された時期や場所も知りたいと思ったのですが如何なも のでしょうか。 唐突で申し訳ありませんが、宜しくお願いします。 Time : 1999/ 7/23(金) 15:36:27
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : しばし、 Comments: しばらく帰省します 待兼山右大臣さん、夏休みの宿題にしましょう。 ちなみに吉田山の方は8年目はなかったりする・・・ Time : 1999/ 7/23(金) 16:40:06
Name : 石田家の足軽 E-mail : Title : 大東亜戦争 Comments: 私は専門家ではないので、怒られるかもしれないが・・・ あのとき日本が戦争をしてなかったら、今どうなっていたでしょうか? おそらく、日本民族はいても国はなかったと思います。 Time : 1999/ 7/29(木) 17:34:55
Name : 石田戦車 E-mail : Title : 同姓ですか?はじめまして。 Comments: 結論から言うと、あの戦争を日本が起こさなかったとしても、日本という国が 無くなるとは思いません。むしろ、現在のどこか歪な姿では無い日本になって いたかもしれませんよ。 今の日本を見れば分かるように、朝鮮半島さえ独立していてくれれば、必要な 資源が確保できて自由な貿易ができれば、国の発展のために直接植民地経営な どしなくても良かったのです。米国とて、今そこにある脅威のナチスドイツ、 結局、イデオロギー的に相容れないソ連、国共のいずれにせよ、老獪な中国を 相手にするには、日本の協力を得るしかないのだから。 ハルノートを呑むことで得られ、失わずに済んだかもしれない、資金、資源、 労働力、貿易相手は、50年代後半から90年代にかけての日の出の勢いを、30年 前倒しにできたかもしれませんよ(楽観的過ぎるかな?)。 Time : 1999/ 7/30(金) 03:28:49
Name : 石田家の足軽 E-mail : Title : 足軽と戦車か・・・ふふふ、負けた・・・ Comments: 初めての書き込みでしたが丁寧なレスありがとうございます。 今も昔も石油は日本にとって命の水です。 石油を売ってくれなくなったのが致命的でした。 その時、日本人の空気が変わったと思います。 アメリカとはギリギリまで開戦を避けてイギリス・オランダと 戦争すべきだった。 そうすれば、アメリカとも交渉の余地があったと思います。 これは小室直樹先生の考えですが私は賛成します。 当時の人にハルノートは呑めるものだったのでしょうか? Time : 1999/ 7/31(土) 13:59:05