Name    : 安部奈亮
E-mail  : 
Title   : 戦国内閣
Comments:
  石田三成は、領民に慕われていましたから、農林水産大臣にしてもいいかもしれ
ません。彼は能吏ですので、現代でいえば次官級の人物ではないかと私は思います
。
  民間療法のマニアだった徳川家康を厚生大臣に持ってきても良いかもしれません
。

Time    : 1999/ 6/ 2(水) 13:46:55

Name : Sin E-mail : Title : 内閣の話題、私もまぜてください Comments: 最近なんだか疲れていてロムになってました。 少し回復してきたので私もまぜてください。 総理大臣に織田信長。彼にはここしかポジションがなさそう。 大蔵大臣に羽柴秀吉、丹羽長秀なんてのもいいかも。 秀吉なら巨額の財政赤字をつくりそうだが、国家が発展すると思う。 丹羽長秀だったら、やりくり上手な主婦感覚が期待できそうだし(笑) 官房長官に羽柴秀長。彼はなにをやらしてもこなしそうだが・・・。 文部大臣に細川幽斎。高山右近もいいと思うが、幽斎に比べるとちょっと見劣りす るかな? 外務大臣に本田正信。交渉のうまさは天下一品でしょう。 農林水産大臣に明智光秀。こうゆうポジションのほうが彼本来の能力が生かせるの ではないかと・・・ 防衛庁長官に上杉謙信。彼なら暴走の危険が無くていいのでは? 他の役職についてはまた今度とゆうことで。しかし、なかなか難しいですね。 Time : 1999/ 6/ 5(土) 11:48:52
Name : 石井一旭 E-mail : Title : 通産大臣 Comments: 米子のなきうなぎさん、はじめまして。石井です。 >通産大臣 商人に顔が利く人、ということなら堺商人出身の 小西行長はどうでしょう?それともいっそ商人を大臣に抜擢するのも いいかもしれません。茶屋四郎次郎など。 Time : 1999/ 6/10(木) 14:25:27
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 警視庁捜査二課本多勝一について Comments: 本多勝一氏のことは、山本七平さん及びイザヤ=ベンダサンとの論争でしか知ら ないのですが、はっきり言って底が割れていました。自分と反対の意見に対して、 まず笑殺しようとする、次に激怒し抹殺しようとする、最後に分が悪くなると一方 的に論争を打ち切る、というパターンでした。 「百人斬り」に関しては山本さんは怒りを抑える人としては珍しく(おそらく唯 一)、怒りをにじませた文章を書いていました。よっぽど腹に据えかねたのでしょ う。 土井党首のように、ほとんどの人から見はなされても、非武装中立などの意見を 固持するのなら、それはそれで筋が通っていると思います。しかし、本多氏はそう いう訳でもないらしい。 結局、世の中を簡単に割り切ってしまいたいのだと思います。簡単に割り切るた めなら、軍国主義でも、左翼でもなんでも良いのでしょう。この変転する世を直視 できない、哀れな人間なのだと思います。 題の意味が分かったキミ!、山本七平さんのオタク決定だ! Time : 1999/ 6/10(木) 16:24:50
Name : 明山智隆 E-mail : newqt@yahoo.com Title : 本多勝一氏は、自らの文章を書き替えていた!(井沢先生へのお願い) Comments: はじめまして。 残念ながら今さっきこの掲示板の存在を知ったばかりなので過去の皆さんの議論を 全部は読んでいません、とうに書きこまれている話題だったら申しわけありません 。 実はここで話題になっている本多勝一氏ですが、そのイデオロギーや思想的な是非 はともかく、それ以前にたいへん疑問を抱かざるをえない行為をしているのです。 それは70年代、ポルポトが政権を握ったときに「ポルポトの虐殺は嘘、西側のデマ 」といった文章を書いていることです。 「あれ、本多氏はポルポト虐殺を告発したほうじゃないか?」と思う方もいるかも しれません。そう思うのも無理はない、実は本多氏は自らの文章を、単行本収録時 や増刷のときにこっそり(断り書きなしに)論旨を書き替えていたのですから。 くわしくはここで触れる余裕はありません。 http://www.coara.or.jp/~pwaaidgp/honda.html を是非ご覧くださいますよう(本当に本当にお願い!!)。 この問題が明らかになってから、上記の文章を書いた佐佐木さんを中心にネット上 で「本多研」が作られ、メンバーが図書館などで初版と増刷時の異同や、本多氏の 単行本未収録の文章を検討した結果、さまざまな問題が出てきました。 文革の賛美、山本七平氏個人を批判した「ペンの陰謀」編集時に、執筆者に断りな く山本氏を評価した個所を削除する、「金曜日」編集としての不可解な言動・・・ それらは最終的には http://hello.to/hondaken/ にまとめる予定ですが、井沢先生にぜひお願いがあります。とりあえず上記の 「『カンボジア大虐殺』は”まぼろし”?!」を読んでいただいて、これに 関する感想や意見をどこか公のメディアで取り上げていただきたいのです。 できれば読者層、スタンスから「SAPIO」なら一番いいのですが、それ 以外でもかまいません。現在佐佐木さんは本多氏に直接問い合わせているの ですが、「あとで答える」との返事を貰いながら数年間(!)たなざらし だそうです。 ぜひ世論に問うて、本多氏の答えを引き出すのにご協力いただければ 幸いです。 (実は確かな情報として本多氏と最近険悪な仲になった左翼スキャンダル 雑誌がこの事実をつかみ、質問状の送付や取材を行っていることを確認 しています。そうなった場合、”内ゲバ、私怨”のこととして矮小化& 無視する口実を与えかねないので、先鞭をつけていただきたい、という こともあります。今回の書きこみも、今月号の同誌でまだ記事化されて いないことを確認したからでもあります) いわゆる「コトダマ」「虚報の構造」を考えるとき格好の例になるよう にも思えますので、ぜひご一考くださることを切にお願いいたします。 佐佐木さんも、メールを送ってくだされば、さらに詳しい沿革を提示 してくださる用意があるとのことです。 皆さんいきなりの長文失礼しました。また機会があったら今度は 「野望」や「欲のない犯罪者」について肩のこらない話もしたい と思います。 また興味のある方はぜひ直接、 http://www.coara.or.jp/~pwaaidgp/honda.html をご覧くださいますよう。また「本多研」 メーリングリストへの参加もお待ちしております。 *この書き込みは「本多研」メンバー明山個人の判断によるもので 同会の組織行動ではありません。 Time : 1999/ 6/11(金) 02:31:28
Name : 米子のなきうさぎ E-mail : Title : かつての思いで・・・ Comments: おひさしぶりでございます。最近忙しくって久しぶりにここにきました。皆様、お 元気でおられましたでしょうか? ところで、明山さんが話題にしていらっしゃった本多勝一氏についてですが、わた しは殆ど知識がなくって、コメントの返しようがありません。その代わりといって はなんですが、ちょっと私の昔話をさせていただこうかと思います。 かつて私が通っていた小学校、中学校は、「人権教育」が大変盛んな学校でした。 ことに中学校のすさまじさといったら、全国でも珍しいほうだったのではないかと 思うくらいです。文化祭の弁論大会の内容が「人権弁論」に固定されて以来(私が 入学する直前からだったと聞いています)、それは激しさを増していっていたので はないかと思います。日頃でも授業は机を班体制にしてうけて(要するに、4,5 人ずつ机をくっつけて)うけて、発言の際には班のみんなで十分に教えあいをして 、皆がわかってから集団で発言を求めて挙手するのがただしいやり方で、先生の質 問がわかったからといって一人で挙手するには間違い、とおしえられていました。 5つ下の弟の代では、より激しかったようです。二学期にはいると1時間目から6 時間目まで一日中「人権学習ホームルーム」が行われたり、午前中は「学年人権集 会」なるものが行われたりして他の授業はとりつぶされる、といったことが当たり 前に行われておりました。担任の先生の性格にも多分に影響されていましたが、そ ういった授業中には、ほんの少しの挙げ足取りになる言葉すら警戒せねばならない 雰囲気でした。うまく表現できない自分がもどかしいですが、いわゆる「何も言え ない雰囲気」とはあのことだったのではなかろうかと思います。担任の先生の性格 にもよりますが、あの「人権学習」中のクラスの雰囲気には、独特なものがあった と思います。 分かりにくいでしょうが、「ワイルドスワン」や「覇王別姫」、そして「大地の子 」の文化大革命のシーンを見て、「うわー。中学のときの人権学習の時みたいやな あ」と切実に感じた、といえば少しは分かってくださる方があるでしょうか? そういったかつての体験に対して、井沢先生らの論理のくみたては、私にとって非 常に目新しく、言ってはならないことを公言しているものに思えました。ファンに なった一因といえるでしょう。今法律を勉強する立場になって思うのは、井沢先生 らは「事実」に重きを置いてあくまで論理的な態度をとっておられて、対する本多 氏らのような立場の方々が重きを置くのは、「感情」などの情緒的な面であって、 双方の方々の論争は、まるで「法律家と芸術家の争い」と言い表すのがふさわしい かのようにようにかんじられ、そもそも問題にしている部分がくいちがっているの ではないかということです。 現在広島に住んでおり「世羅高校校長自殺事件」や「市民の平和運動」についての ニュースをよく目にする立場として、はたしてどういう意見がより普遍性を持ちえ るのか、というのは非常に関心のあるところです。少なくとも教科書にどのような 形でのせるか、といった問題に関しては井沢先生らの立場のほうが納得できると思 うのですが・・・。 最近の日の丸問題等を目にするにつけ、非常に物思うところの多い私です・・・。 Time : 1999/ 6/19(土) 06:17:38
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 誤読の歴史 Comments: 米子のなきうさぎさん、大変苦労なさったことでしょう しかし、その人権授業には、一番大事な人権である「個人の発言権」が欠落してい ますね、 「和」の原理主義と言ったところでしょうか? Time : 1999/ 6/21(月) 10:10:40
Name : 愛読者 E-mail : Title : 懇願 Comments: 井沢さん、小説書いて・・・ Time : 1999/ 6/22(火) 09:53:25
Name : 石井一旭 E-mail : Title : 国旗と国歌 Comments: 戦国内閣もそろそろネタ切れの感が否めませんので、 ここら辺で新しい方向に行ってみようと思います。 それは国歌・国旗の問題です。最近法制化だなんだと 騒がれているこの問題ですが、みなさんはどう思われて いるのでしょう。この場を借りてお聞きしたいと思います。 わたし個人的には、日の丸・君が代を国旗・国歌扱いすることに 異議はありません。日の丸は世界の国旗の中でもデザイン的に 非常にシンプルで美しいと思いますし、君が代は一部で 「気だるい」「オリンピックなどの場に合わない」などと 文句を付けられていますが、私は荘厳な雰囲気が好きです。 我が家は阪神ファンのため朝日新聞なんですが、読者投稿欄を 見ても特集記事を見ても「反対、反対」の声ばかりで いいかげん聞き飽きました。確かに法制化を急ぎすぎて いる気もしますが。 にしても、ひどい言われようです。 特に君が代に対しては 「オリンピックにそぐわない」「行進曲風にしたらどうか。」 等の意見を聞きますが、私は中国の行進曲風国歌は なんとも下品な感じがします。イギリス第二の国歌 「威風堂々」位のレベルなら許せますが・・・。 まあ、「上を向いて歩こう」を国歌にしよう、というのは 置いておくとしまして、みなさんはどうお考えですか? 是非お聞かせ下さい。 Time : 1999/ 6/24(木) 13:34:37
Name : 石井一旭 E-mail : Title : 安部さん宛 Comments: 分かってしまいました・・・・。 「ある異常体験者の偏見」ですね?>タイトル Time : 1999/ 6/24(木) 13:39:55
Name : 米子のなきうさぎ E-mail : Title : 日の丸等 Comments: こんばんは。 国家、国旗についてはこれといってまとまった意見を持つところに至っていない です。不勉強なもので・・・・。 それと、個人的な疑問なのですが、「法制化」ということに対して、「強制力」な どの強すぎるイメージが先行しているのでは? 日の丸等に関しては個人的な特別な信条を持つ人も多いのでまず日の丸・君が代、 あるいは国旗・国歌をどう解釈するか、という次元から調整せざるを得ないと思う のですが、問題のデリケートさからいっても特定の信条に傾いた解釈にはなりえな いだろうというのが私の考えです。 実際、憲法9条など、こういった問題については学者の先生によっても非常に意見 が分かれるところで、そのために大学の憲法の教科書も著者の立場によってカラー が大きく違っています。とすると、法制化といっても「日本のシンボル」的な要素 を認める程度なのではないでしょうか?その法律の解釈の広がりからなしくずし的 に多くのことを認める結果になる可能性は否定できないとは思いますが、そうなる には一定の時間や世論との迎合が必要だろうし、「即、戦争につながる」というよ うな極端なことにはならないでしょう。 日本国憲法には憲法改正についての明文規定があるにもかかわらず、具体的な改正 手続き(国民投票の方法など)についての法整備がまったく行われていないために 事実上改正しようと思ってもしようがないし、男女平等がうたわれているにもかか わらず、実際に職場でのその問題がはじめて裁判で争われたのは、現憲法ができて かなりの時間がたってからでした(60年代に入ってからだったと思うけど、自信 ないです・・・)。これらのことからも、法律は単に規定が作られただけでは必ず しも十分な機能をはたすとは言えないと思います。マスコミで取り上げられるのは 「絶対反対」みたいな分かりやすくて派手な立場に偏りがちで、法制化というと 止めようのない力を持たせることであるかのような印象があるかもしれませんが、 もう少しその意味を吟味してみてもいいんじゃないでしょうか。 P.S. 石井さん、私のとこも阪神ファンです。今年は強くて嬉しいですよね。オールス ター、誰がでるのか楽しみ! Time : 1999/ 6/25(金) 01:44:59
Name : 游惟 E-mail : kanpon@ops.dti.ne.jp Title : 国歌の効用 Comments: 「君が代」は明治維新以降何でも西洋の真似をしてきた日本には珍しく、伝統的な 雅楽の音階に基づいて作られた曲であり(洋楽でいうとレで始まってレで終わる珍 しい形式)、日本のアイデンティティを示すものとしてはいい曲だと思います。 ただ国歌というものの「効用」を考えると、あまりよい曲ではないかも知れません 。 多くの人は気づいてないと思いますが、国歌や校歌などには興奮状態で手の着けら れなくなった群衆の自尊心を喚起し沈静化させ一体化させるという意外な効用があ ります。 例えば、60年代にアメリカのロバートケネディ上院議員が来日し、早稲田大学で 講演した際、60年安保の気分をひきずっていた学生達が興奮して手の着けられな い状態になったそうです。その時参加していた応援団員が立ち上がって「都の西北 」を歌い始め、次第にその歌声が大きくなって大合唱となり、歌が終わった時には すっかり興奮は静まって和やかな雰囲気になっていたということです。 アメリカでも、こういった場合には誰彼となく「星条旗」を歌い出し、それが次第 に大合唱になって興奮が収まるということはよくあると聞きます。 ちょっと場面は違いますが、映画の「カサブランカ」で酒場のドイツ軍将校の横暴 に対し、フランス人たちが「ラ・マルセイエーズ」を歌って自尊心に目覚めるとい う場面がありましたが、これなどもそうでしょう。 群衆が暴徒化し統制がとれなくなる危険がある時、秩序を回復する為にこういう歌 があることは重宝なものですが(ただし逆にアジテーターに利用される危険もある )、それは「都の西北」や「星条旗」や「ラ・マルセイエーズ」のような行進曲風 の歌だからそのような効用があるのであって、「君が代」のようにスローテンポの 曲では無理でしょう。 こういう観点からはもっと行進曲風の国歌に換えた方がいいかもしれません。 既存の曲なら「愛国行進曲」の一番なんかがいいのではないでしょうか。 Time : 1999/ 6/25(金) 10:41:41
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 暴論? Comments: 石井一旭さん、米子のなきうさぎさんお久しぶりです。 游惟さん始めまして まず私は、純粋にデザインからして日の丸は国旗にふさわしいと思います。君が 代も、荘重で好きです。 私が思うに、どういう考えを持とうと、日本国を愛することには変わりはないは ずです。であるならば、日本を象徴する日の丸と君が代を悪用した人を憎みこそす れ、国旗と国歌を憎むことは見当違いというものでしょう。 人間は、自分が何者であるか考えるほど苦しいことはないのだと思います。たと え奴隷の境遇であっても、そのままであなたはいいのだ、といわれれば、そこに安 住するのだと思います。国旗国歌反対云々といっている人は、自分でも何をしたい のか分からず、惰性で言っているのではないでしょうか。 第一少しくらい暗い影が無いと国旗にもはくがつかないと思います。 それよりも、なぜ朝日新聞は、日本海軍の旭日旗に酷似した社旗を掲げつづける のでしょうか? Time : 1999/ 6/25(金) 17:00:50
Name : だむす E-mail : Title : 日の丸 Comments: みなさん!はじめましてぇーっ! 「日の丸・君が代」については、次回総選挙の時、同時に国民投票でその是非 を国民全体に問うのが一番だと思います。 いくら世界に通用しているマークでも、賛同者が多かろうといい歌だろうと そうでなかろうと、ここで生まれ変わりをさせたほうがいいと思います。   押し付けでなく、国民自らの手で選んだ国旗、国家に変えるべきです。 その場で、日の丸・君が代が選ばれればこれ以上の事はないと個人的に考えてます 。 Time : 1999/ 6/25(金) 23:13:04
Name : Sin E-mail : sin-f@pop06.odn.ne.jp Title : 日の丸・君が代の法制化についての雑文 Comments: 皆さん、お久しぶり&初めまして。 やっぱり忙しくてロムになってました。 日の丸・君が代についてはあまり語れるようなことはないのですが、個人的な考え を述べてみたいと思います。 国家の方針として日の丸・君が代を国旗・国歌として扱い、それを国家機関である 小中学校で教育していくには根拠が必要で、その根拠の一つとして現状においては 明文化された法が必要であると思ってます。 本来ならば法制化までは必要がなかったと思うのですが、教育の現場がこの問題で 自殺者まで出るほど混乱している現状を思うと、日の丸・君が代の法制化はやむを 得ない結論ではと思っております。 Time : 1999/ 6/27(日) 01:58:21
Name : Sin E-mail : Title : なんとなく思ったこと Comments: 日の丸・君が代問題についても、穢れの思想が関わっているような気がしてなりま せん。 大東亜戦争という出来事で日の丸・君が代は穢れたものという意識がどこかにある のでは? Time : 1999/ 6/27(日) 02:04:55
Name : 游惟 E-mail : kanpon@ops.dti.ne.jp Title : Sinさんへ Comments: 「朝日・岩波文化人」≒「戦後民主主義者」≒「念力平和主義者」たちが「日の丸 」「君が代」を嫌悪するのは、それらが大東亜戦争で穢れたものであるから、いう ご意見は傾聴に値すると思います。 「竹槍でB29を落とせ」と主張していた戦前の「念力軍国主義者」と「非武装中 立」などと主張している戦後の「念力平和主義者」の精神構造は全く同じであり、 共に特殊日本的な「言霊信仰」という概念によって説明できると思います。 また、その「念力平和主義者」たちが「日の丸」「君が代」を嫌悪するのも、「言 霊信仰」と同一の源泉に発する「穢れ」という特殊日本的概念で説明できるでしょ う。 私はSinさんに指摘されるまでそのことに気がつきませんでした。 この概念を用いて「日の丸」「君が代」問題を分析すれば面白い論文が書けると思 います。私も暇があればやりたいですが、誰かやってみませんか? Time : 1999/ 6/27(日) 10:40:49
Name : だむす E-mail : Title : 穢れと言霊 Comments: Sinさん、游惟さんお初です。 >「日の丸」「君が代」を嫌悪するのも、「言霊信仰」と同一の源泉に発する >「穢れ」という特殊日本的概念で説明できるでしょう。 説明できないでしょう。どちらかというと、日の丸・君が代を守りたい側の人に それがあるのではないかと思います。例えば君が代なんかは言霊信仰の最たる物 だと思います。もちろん、戦争を知らない世代からはどっちもどっちかもしれま せんが。まあ、この問題にこだわる人(賛成、反対かかわらず全ての人)が言霊 の影響をうけているのかもしれません。 Time : 1999/ 6/27(日) 22:22:48
Name : Sin E-mail : Title : 日の丸・君が代についての雑文2 Comments: 游惟さん、だむすさん初めまして。 だむすさんのご意見 >まあ、この問題にこだわる人(賛成、反対かかわらず全ての人)が言霊の影響 >をうけているのかもしれません。 Sinは我々が日本で生まれ育った以上、言霊の影響から逃れることは難しいと考 えます。しかし、言霊の影響を受けていることを自覚しているのと自覚していない のとでは大きな差があると思います。それはどのような問題について語るときも重 要なことではと思います。 游惟さんのご意見 >その「念力平和主義者」たちが「日の丸」「君が代」を嫌悪するのも、「言霊 >信仰」と同一の源泉に発する「穢れ」という特殊日本的概念で説明できるでし >ょう。 その概念だけですべてを語るのには無理があるかもしれません。しかし、重要なフ ァクターとして存在するのは間違いないでしょう。 >この概念を用いて「日の丸」「君が代」問題を分析すれば面白い論文が書ける >と思います。私も暇があればやりたいですが、誰かやってみませんか? Sinの力量ではちょっと無理がありますので・・・ Sinの個人的な要望として、この問題についてはもっと力量のある方々のご意見 も伺いたいところです(特に安部奈亮様、石井一旭様、米子のなきうさぎ様お待ち しております)。 Time : 1999/ 6/28(月) 02:50:53
Name : Sin E-mail : Title : P.S. Comments: 誤解の無いように付け加えておきます。Sinよりも力量のある方のご意見をお待 ちしてます。 Time : 1999/ 6/28(月) 02:55:46
Name : 游惟 E-mail : kanpon@ops.dti.ne.jp Title : だむすさん、Sinさんへ Comments: だむすさんへ ご意見ありがとうございます。 ただ、私は「日の丸」「君が代」問題を言霊信仰で説明できると言っているのでは なく「言霊信仰と同一の源泉に発する『穢れ』という特殊日本的概念で説明できる 」だろうと言っております。 「同一の源泉」というのは山本七平氏のいう「日本教」を思い浮かべていただけれ ばよいと思います。つまり、日本教という全体系のうちの主要な下位体系として「 言霊信仰」や「穢れ」に対する禁忌がある、ということです。もちろんこの二つは 有機的に関連しているでしょうが、一応は別の概念です。 日本で起こる様々な社会現象の中には、西欧で発達した従来の社会科学的分析概念 だけでは説明できないものが数多くあります。 例えば、戦時中の「特攻」「玉砕」といった現象、現代日本人が残業手当も付かな いのに残業し金利もゼロに近いのにせっせと貯金をするといった現象、自分の国を 否定し自分の国の悪口を徹底的に言う人間こそが良心的だとされる現象、具体的な 国防の話をしているはずなのにいつの間にか「国家に軍隊は必要か」などという神 学論争になってしまう現象、これらは従来の経済学や社会学的概念を用いるだけで は説明がつきません。と同時にこれらの現象の特殊性は全て同一の原理、即ち「日 本教」にその起源があると思われます。 社会学的には「日本教」は日本の「文化」ということになりますが、文化と言って しまうにはあまりに宗教的です。「日本の文化が戦時中の兵士を特攻に赴かせた」 とは言いにくいでしょう。 ただ問題なのは日本教は「見えざる宗教」であることです。M.ウェーバーはキリ スト教、ユダヤ教、ヒンズー教、儒教などの経典を読み解くことで、当該社会の経 済社会構造の特殊性を演繹的に説明しようとしましたが、日本教には経典がないた めそれができません。 故に、日本教の原理や構造を知るためには、日本人によって書かれた書物や発言を 社会現象と照らし合わせて分析し、帰納的にそれを求めるしかありません。R.N. ベラー、山本七平、小室直樹、そして井沢先生などが行っているのはまさにその作 業でしょう。そして井沢先生が発見し最も重視するキーコンセプトが「言霊信仰」 だということです。ただ、「言霊信仰<日本教」でありそれだけで全ての現象が説 明できるわけではありません。(と私は理解しております) Sinさんへ もちろん私も「穢れ」の概念だけで「日の丸」「君が代」問題をすべて説明できる とは思っておりません。 社会現象は人類社会普遍の原理の上に各社会の特殊原理が重なって発現するもので あり、同じような問題でも社会によって現れ方が違います。国旗・国歌問題の日本 での特殊な現れ方を説明する概念として「穢れ」が有効であろうと考えるのです。 Time : 1999/ 6/28(月) 07:43:01
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : ちょっと君が代問題でご意見お聞かせください Comments:  君が代を国歌とすることにはまったく異論のない立場ですが, 今回のやり方はあいかわらず稚拙だと思います。 それで、内容的な質問なのですが,君が代がそれ自体好戦的な モノだとは思えないのですし,逆にフランス国歌ラマルセイエーズには 「市民よ銃を取れ」のような歌詞が含まれていると聞きます。 こちらのほうは反対されている方々は問題にしないのでしょうか? Time : 1999/ 6/28(月) 11:04:02
Name : 游惟 E-mail : kanpon@ops.dti.ne.jp Title : 国歌 Comments: ラ・マルセイエーズの一番を翻訳すると 「立て愛国の子らよ、栄光の日は訪れた。残虐な敵に対して血染めの旗が翻った、 血染めの旗が翻った。聞きなさい。うごめくあの暴虐な兵士達が我々の腕の中まで やってきて我々の子供達や連れ合いを虐殺しようとしている。 武装せよ、市民達。隊列を作れ。 進め進め、敵の穢れた血で我々の畑を満たすまで」という歌詞です。(私の訳です からへたくそですが) 中国の国歌は 「立ち上がれ、奴隷となることを欲せぬ人民。我々の血と肉をもって新しい長城を 築こう。中華民族の最も危険な時期が訪れた。皆が武器をとり最後の叫びをあげよ う。立て、立て、立て。我ら万衆一つの心で敵の放火をついて、前進前進前進」 という歌詞です(同拙訳) Time : 1999/ 6/28(月) 13:20:25
Name : 大阪JF生 E-mail : Title : 游惟様、ありがとうございます Comments:  国歌の訳詞ありがとうございます。 中国の国歌も似たところがあるとは 知りませんでした。  ただ、ある人が,フランス核実験強行時に 「国歌から観て,仕方ないかな・・」 という意見を言っていたことを思い出しましたので, 国歌を論じるなら,どう捉えるべきかと疑問に思いました。 Time : 1999/ 6/28(月) 14:48:57
Name : 游惟 E-mail : kanpon@ops.dti.ne.jp Title : 各国国歌について Comments: さっきの訳は出かける前に急いで訳したので少し間違いがありました。歌詞が手元 になく覚えているのを頭の中で翻訳したものですから。 ラ・マルセイエーズ 「行こう愛国の子らよ、栄光の日は訪れた。我々に対する圧政に対して血染めの旗 が翻った、血染めの旗が翻った。聞きなさい。我々の中でうごめくあの暴虐な兵士 達が、我々の腕の中までやってきて我々の息子達や連れ合いを虐殺しようとしてい る。武装せよ、市民達。隊列を作れ。進め進め、穢れた血が我々の畑にあふれるま で」 中国国歌 「立ち上がれ、奴隷となることを欲せぬ人民。我々の血と肉をもって新しい長城を 築こう。中華民族の最も危険な時期が訪れた。皆が武器をとり最後の叫びをあげよ う。立て、立て、立て。我ら万衆一つの心で敵の砲火をついて、前進、敵の砲火を ついて前進、前進、前進」 ちなみにここでいう「敵」とは日本のことです。この歌は元々抗日戦争を描いた映 画の主題歌だったそうです。 ついでにアメリカ国歌は Oh, say can you see, by the dawn's early light, what so proudly we hailed at the last night's last glaming, whose broad stripes and bright stars, through the perilous fight,over the rampart we watched were so gallantly streaming. And the rocket's red glare, the bomb burst in air , gave proof through the night,that our frag was still there. Oh say does that star spangled banner yet wave, over the land of the free and the home of the brave. だったと思います。訳すと修飾文が長くなりすぎますのでやめときますが、要する に昨日の危険な戦いの最中に砦に誇り高く翻っていた星条旗は今も健在か、という 意味です。 見ての通り、国連の常任理事国のうち三つの国の国歌は軍歌そのものです。 これらの歌は「世界の国歌」という本を見て覚えたのですが、その本を編集した人 はいわゆる「戦後民主主義者」で「日の丸」「君が代」大嫌い人間のようでした。 あとがきの中で「君が代」は侵略戦争を指導した天皇をたたえる歌であり、また意 味がよくわからないし、志気を鼓舞するようなものではないので変えた方がいいと いうようなことを言っていました。ところがその同じ文章で映画「カサブランカ」 の中でフランス人達がラ・マルセイエーズを歌う場面は感動的だと言っています。 フランス人達が征服した植民地のモロッコで軍歌そのものの国歌を歌うのが感動的 で、日本人達が国内で「君」(必ずしも天皇陛下とは限らない)の長寿を願う歌を 歌うと戦争の被害にあった人たちの心を傷つけるという論理は一体どこから出てく るのか聞いてみたいものです。(その本はどこかへ行ってしまったので誰が書いた かわかりませんが) また「日の丸」「君が代」嫌いの人の中には民主主義国家で君主をたたえるような 歌は良くない、というようなことを言う人がいますが、そういう人は God save our gracious queen, long live our noble queen, God save the queen. Send her voctorious, happy and glorious, long to reign over us, God save the queen. などと女王の治世長久を願う国歌を持つイギリスは近代議会制民主主義発祥の国だ という事実を否定するのでしょうか。 「君が代」嫌いの「戦後民主主義者」の多くは国連中心主義のようですが、国連の 常任理事国のうち四つの国民はこんな国歌を歌っているのです。(ロシア国歌は私 は知りませんが知っていたら教えてください) 世界中の国歌を調べて比較すれば「君が代」など実に穏当な歌であり、排斥しなけ ればならない論理的根拠なんてありません。あるとすれば前に書いたように「君が 代」は荘重ではあっても、士気を鼓舞する雰囲気に欠け、前に書いたような効用が 望めないことです。 もし変えるのなら「愛国行進曲」の一番がいい、と言いましたが、これでさえラ・ マルセイエーズなどに比べればおとなしいもんです。 「見よ東海の空明けて、旭日高く輝けば、天地の生気溌剌と希望は踊る大八州(お おやしま)おお晴朗の朝雲に聳ゆる富士の姿こそ、金甌無欠揺るぎなき我が日本の 誇りなれ」 「金甌無欠揺るぎなき我が日本」は独善的だという人がいるかも知れませんが、国 歌や校歌などが独善的なのは当たり前です。校歌で「青年日本の代表者」と歌って いるのが僭越だといって法政大学に抗議する日本青年がいるでしょうか? 別に誰から抗議されているわけでもなく、内容的に見ても全く問題ない「君が代」 や「日の丸」を嫌悪する人の心性はやはり「穢れ」という宗教的概念で理解するし かないと思いますがいかがでしょうか。 Time : 1999/ 6/28(月) 21:52:52
Name : Sin E-mail : Title : 游惟様へ Comments: 游惟様の書き込み、興味深く読ませていただきました。 >その「念力平和主義者」たちが「日の丸」「君が代」を嫌悪するのも、「言霊 >信仰」と同一の源泉に発する「穢れ」という特殊日本的概念で説明できるでし >ょう。 の書き込みをどうやら誤読していたみたいです。 山本七平氏のいう「日本教」の概念については詳しくないもので・・・ どのような書籍を読むと参考になるでしょうか?田舎に住んでいると注文する以外 あまりいろんな書籍と出会えないもので、できれば詳しく(署名、出版社等)ぜひ 教えてください(田舎から田舎へ転勤で引っ越しすると品揃えのいい本屋さんと出 合う機会が無いのです) あと、ロシア国歌についてですが、曲そのものは決まっているのですが、歌詞はな い(まだ決まってない)とのことです。 出典は http://www.tokyo-np.co.jp/toku/new_world/nw990422/nw9904221.htm ですので、詳しくはこちらでお願いします。 Time : 1999/ 6/29(火) 01:50:34
Name : だむす E-mail : Title : 日本国国歌と国旗について Comments: みなさん、こんばんは。 君が代の悪い点は、天皇賛歌であるところだとおもいます。 民主主義の建前上「君の世」である点が問題となっているのではないでしょうか? 嘘でも民が世に歌詞を変えてみるのもいいかもしれません。 >>>というのは、半分本気で、半分冗談です。 歌詞の解釈うんぬんが言われていますが、これはあくまで二次的な問題だと思い ます。要は終始一貫しない戦争責任に対する問題なので、ここを何とか進めて貰い たいものだと思います。 政府の公式謝罪がアジアの国に対して行われてはいますが、同じ内閣内でさえ異論 を述べる始末です。首相が外国で謝ったってだめだと思います。 まず、国内でww2に対する認識をまとめることが必要だと思います。 これをうやむやにして「日の丸・君が代」を国旗・国歌として存続させるかどうか の問題を論じても堂々巡りになるだけではないでしょうか? 橋本元総理はアジアに対して謝罪する一方、日本軍の遺族会では戦争の正義を認め るかの発言をしたらしいです。マスコミの発達した現代では、内と外で政治が違う ととられかねない発言をするのは有効な世論操作ではありません。聖徳太子の時代 なら通用したかもしれませんが・・・・。 えらそうな意見をのべましたが、私にもどうしたらいいのか全くわかりません。 日本人である以上、戦争によって深い傷を心と体に負った人とその周辺の人間以外 は「日の丸・君が代」に悪感情はもたないと思います。 しかし、実際に被害を受けた人およびその周辺の人の感情を考えると複雑な気持ち が湧き上がります。 最低なのは、こういった感情論を政治の道具にする政治家と政党だと思います。 外国の国歌についてなんですが、建前上、民衆が主役であるから認められているの ではないでしょうか?実際核実験と国歌にある武装せよとの文言が一致していると いう考え方自体が日本的なのかもしれません。 よくわからないことに首をつっこんでしまいました。 くだらない感想です。 Time : 1999/ 6/29(火) 02:10:38
Name : 游惟 E-mail : kanpon@ops.dti.ne.jp Title : Sinさんへ 「日本教」関連書物 Comments: 山本七平氏の「日本教」に関する書物ですが、私も引っ越しが頻繁で大部分は散逸 してしまいました。 「日本教」という言葉が初めて現れたのはイザヤ=ベンダサンの@「日本人とユダ ヤ人」(1972年頃だったと思います)ですが、これも実は山本氏が書いたのだろう と言われています。同じくベンダサンの名前でA「日本教について」(?)という 本が70年代に出ていたと思います。これらは文庫本で手にはいるかもしれません 。70年代末〜80年代初頭にかけて山本氏の名前でB「常識の研究」(日経新聞 刊)C「空気の研究」D「あたりまえの研究」などが次々に出され、1981年に講談 社から小室直樹氏との対談集E「日本教の社会学」が出ています。(今手元にある のはBEだけ)それからPHP文庫でF「日本資本主義の精神」G「勤勉の哲学」など といった本が80年代に出ており、これは今でも手に入ると思います。おすすめと しては@ACEといったところでしょうか。一番網羅的なのはEですが、ある程度 予備知識がないとわかりにくいかも知れません。 Time : 1999/ 6/29(火) 06:14:20
Name : 石井一旭 E-mail : Title : 国旗と国歌・日本 Comments: 私の思いつきで始まった「国旗・国歌問題」に ここまでたくさんのご意見、有り難うございます。 ここで私なりの考えを書かせていただきますと、 国歌というものはその国の建国状況や概念を盛り込んだもの です。先に書かれていたようにフランスや中国の国歌などを 見てもらえれば分かると思います。 そこで日本の場合ですが、「君が代」は明らかに天皇のことを 歌っています。「君」は天皇を指さないという意見もありますが、 それはごまかしで、普通に読めば天皇のことであると 誰もが判断されるでしょう。 そこから戦前の暗い記憶を思い出される人も多く、戦後生まれの私にその感情を否 定することはとてもできません。 しかし現行憲法上の天皇とは「神聖にして犯すべからざる」 存在ではありません。「日本国民統合の象徴」です。 その象徴たる「天皇の御世」が長続きすることを「コトアゲ」する ことは、とりもなおさず日本国の永遠の存続を、ひいては 繁栄を願う歌と解釈できませんか? 戦前とは異なる意味で(民主主義の象徴として)天皇を中心と した国家体制、これが現在日本の、諸外国に宣言できうる 「国家概念」だと私は思うのです。 私は君が代をそのように解釈しています。 最も、強引かつ安易な法制化は私も快く思えません。 だむすさんや米子のなきうなぎさんのおっしゃったように 国民に一度諮ってみるなどの段階的手続きを踏んで欲しい。 国民の同意なき国歌など、無意味ですから。 Time : 1999/ 6/29(火) 14:37:28
Name : だむす E-mail : Title :Comments: みなさん、こんにちわ。 穢れは、禊で祓えるわけですから。「日本教」として「君が代・日の丸」に禊を つまり、現代でいうと選挙にかけるしか、方法はないですよね? そうすれば、今よりもっと国民の理解が得られると思います。 君が代、日の丸の何が悪くて、何が大事なのか?という意識をもつためにも 選挙、国民投票という手段は有効だと思います。 Time : 1999/ 6/29(火) 17:20:48
Name : ライジングサン E-mail : Title : 雑音 Comments: 石井一旭です。このたびHNを統一することにしましたので これからはライジングサンと呼んで下さい。 ちなみに「旭」の字から取っております。 だから国旗が好きだって訳じゃないんですけどね・・・。 国歌がその国の国歌概念を示すと前回言いましたが、 やはり日本には「民衆が横暴な権力者から、革命によって ブルジョワ階級を打倒し民主主義国家を作り上げた。」 という伝統がない以上、行進曲風の国家は似合いません。 大体、元来が戦争が大嫌いな日本人ですから 闘争心の湧かない国家でも大いに結構だと思っています。 と言うのは冗談ですが、この問題は当然「戦争責任」問題をも 含んでいます。しかし、汚れた国旗だからいちいち変えていた のでは、ユニオンジャックなどは当の昔に滅んでいなければ なりません。如何に「穢れ」思想があろうとも、です。 大体、彼らの意見を聞いていると、「日の丸・君が代にまつわる 過去の記憶は全部水に流したい。」と言っているように 聞こえます。(かなり主観的かもしれませんが。) しかし本当に戦争の惨禍を二度と繰り返したくないと言うので あれば、国歌・国旗を変えるべきではありません。 むしろ祝日などに国旗を掲揚して「あの過ちを二度と繰り返し ません。」とその都度反省すればいいのです。 アジア諸国、特に中国と韓国は声高に「法制化反対」 「歴史の歯車を過去に押しもどす暴挙だ。」などと言い、反対派も 「対中国感情を悪化させるような真似はするな。」といきまいて いますが、外国からの干渉によって国旗を変更するような国が 何処から信頼されるものでしょうか。 これは明らかな「国内問題」であるのですから、マスコミよ、 頼むから外国をもちださんでくれ、と訴えたい気分です。 Time : 1999/ 6/29(火) 17:44:49
Name : 游惟 E-mail : kanpon@ops.dti.ne.jp Title : 日の丸・君が代と「穢れ」 Comments: 日の丸・君が代問題と「穢れ」の概念を色々考えているうちにちょっと変わった考 えが浮かんできました。 私も最初、「日の丸・君が代は戦争でけがれたものであるが故に嫌悪される」と言 う時、それらに戦争で死んだ兵士や殺された被害国民の怨念や亡霊がとりつき、よ ごれたものとなったが故に嫌われるという風に考えていました。即ち「けがれる= よごれる」の意味で考えていました。 しかし、よく考えてみると日本語本来の意味の「ケガレ」、即ち「ケ」が「涸れた 」ものだから嫌われるのではないでしょうか? 「ケ」というのは、非人格的な超自然的力(文化人類学でいう「マナ」のようなも の)であり、古代人が王や呪術師や呪物(お守り、お札、旗その他)の力の源と考 えていたものです。今風にいえば「エネルギー」のようなものですが、王や呪術師 や呪物は「ケ」をたくさんもっているが故に力を発することができ、「ケ」が涸れ てなくなってしまうと役に立たなくなると考えられていました。それが「ケガレ」 です。 フランス人たちは三色旗とラ・マルセイエーズでフランス革命に勝利し、イギリス 人はユニオンジャックと God save the Queen で日の没する事なき帝国を築き上げ 、アメリカ人たちは星条旗と星条旗の歌を歌って独立戦争に勝利し、中国人達は五 星紅旗と「起来不願做奴隷的人們」で抗日戦争に勝利し中華人民共和国を建国した 。そして、それ以後どの国も決定的な敗北は喫してません。(フランスは普仏戦争 には負けたが、第一次大戦でドイツに報復、第二次大戦でも辛うじて勝利者の側に たっていた。イギリスも第二次大戦で事実上殆どの植民地を失ったものの形式的に は勝利者だった) 故にこれらの国では、旗と国歌は未だ「ケ」を保ったものと見なされ国民に支持さ れているのに対し、日本は第二次大戦で屈辱的な無条件降伏を強いられたために、 日の丸や君が代は「ケ」の涸れた縁起でもない旗と歌になってしまった、だから新 しい「ケ」に満ちた旗や歌に変えろということではないでしょうか。(前に「穢れ 」は特殊日本的概念だといいましたが、マナの観念は人類社会普遍的に見られるも のであり、ひょっとすると人類普遍の観念かもかも知れません) 下に書いた「世界の国家」の編者が植民統治や戦争被害を云々しながら、一方でラ ・マルセイエーズにあこがれを抱いている。ということは植民統治云々は口実似す ぎず、もっと「ケ」に満ちた歌がほしいというのが本人も気づいていない本音では ないでしょうか。 また前に 「竹槍でB29を落とせ」と主張していた戦前の「念力軍国主義者」と「非武装中 立」などと主張している戦後の「念力平和主義者」の精神構造は全く同じ と書きましたが、それはこの人々が日本人の中でも最も日本教徒らしい人間類型、 もっとも純粋な日本教徒という意味であり、彼らはたまたま現代に生まれたから「 念力平和主義者」なのであって、戦前に生まれていれば「竹槍でB29を落とせ」 と主張し率先して特攻隊に志願していたでしょうし、ペリー来航の頃に生きていれ ば盲目的に尊皇攘夷運動に加わっていたような人間類型でしょう。 つまり、集団や社会の価値観には盲目的に同化すべしという日本人(日本教徒)に とって最大の徳目を率先して行う日本教徒の精髄が彼らであり、その彼らが日本教 に古くから伝わる「ケガレ」の思想に基づいて日の丸・君が代を嫌悪し、新しい「 ケ」に満ちた旗や歌を求めるのは当然でしょう。 まだよくまとまってませんが、この線で研究していきたいと思います。 Time : 1999/ 6/29(火) 22:33:35
Name : Sin E-mail : Title : 游惟様へ Comments: 游惟様、ありがとうございます、早速探してみます。 Time : 1999/ 6/30(水) 00:11:14
Name : だむす E-mail : Title : 国旗と国家 Comments: みなさんこん@@は。 游惟さん、そんな解釈めいた問題ではないと思います。 戦争責任というものさえしっかり認識することができればいい事ではないでしょう か?これをうやむやにしているから感情的に受け入れられないだけだと思います。 責任を認めるなら、国民にもはっきりわかる形で認めることが必要なだけだと思い ます。イギリスにおいても、解釈的に現行国家に反対している集団もあるのですか ら、解釈を追及することは、一面的なことでしかないでしょうか? 本当に心から、日の丸・君が代を受け付けない日本人はいないと思います。 いるとしたら、日の丸・君が代は悪事の象徴としてだけしか教えられていない人だ けだと思います。 Time : 1999/ 6/30(水) 01:52:18
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 日本教の本 Comments: 文藝春秋社から「山本七平ライブラリー(全20巻)」という山本七平さんの全集 が出ています。これはつい最近出た全集なので、必ずあるでしょう。町の図書館に も案外多く置いてあったりします。 山本七平さんの思想の入門書としては「静かなる細き声(山本七平ライブラリー 20巻)」が最適と私は考えています。 詳しくは、山本七平読者連絡会のホームページを見るといいと思います。 Time : 1999/ 6/30(水) 12:47:01
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 臨在感 Comments: 山本さんの思想と井沢先生の思想の接点は、「臨在感」にあると私は考えていま す。 「空気の研究(これは最近どこの本屋にも置いてあります)」と「存亡の条件( 講談社学術文庫394)」において山本七平さんは臨在感を解明されています。 穢れというのは、都合の悪いことを臨在感的に把握し禊によって払う、つまり意 識から取り除こうとする行為だと私は思います。 言霊もまたそうで、言葉と言葉によって想起される行動が一体化されて臨在感的 に人間の心理に訴えるのだと思います。 そして日本人の心理すべての根本にあるのはやはり「和」であり、それも自分の 周囲内での和です。 そして、日本人が一番苦手とするのは物事を細かく分けて追求して、さらにそれ を統合する「解析」です。 ―・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・− 井沢先生は、山本七平さんと梅原猛先生から多く影響を受けているわけですが、 この2人が。津田左右吉に対して全く正反対の評価を下しているのは面白いことです 。 Time : 1999/ 6/30(水) 13:09:20
Name : 石井一旭 E-mail : Title : 今朝の新聞 Comments: 私の意見って、政府見解と一緒みたいです。 なんかやだなぁ。 Time : 1999/ 6/30(水) 13:43:51
Name : 石井一旭 E-mail : Title : だむすさんへ Comments: >戦争責任というものさえしっかり認識することができればいい事ではないでしょ う >か?これをうやむやにしているから感情的に受け入れられないだけだと思います 。 一概に「戦争責任問題」と言っても今そのあたりが荒れています よね。例えば「南京大虐殺の有無」などの問題があります。 「戦争責任を認め、国民の納得を得られた上で国旗・国歌問題を 考えるべきだ。」という意見は確かにすばらしいものだと 思いますが、その「戦争責任」という言葉自体、真実と虚構が ごっちゃになって、明確なものではありません。 だむすさんは「戦争責任」を、本国会でどのあたりまで明確に すべきとお考えでしょうか? 「国旗と国歌」という主題から少々外れる質問ですが、 考えをお聞かせ下さい。 もし日本帝国が現在教科書にかかれているような 「悪逆非道国家」だった場合には、遊惟さんのおっしゃる 「ケ」の感覚の存在がより一層大きくなるでしょう。 「邪悪な旗」「日本の本質から外れた虐殺を産んだ旗」 というレッテルを貼られた場合、 その「穢れ」はあまりに強力でもう払い落とせるものでは ないと思います。 つまり現在言われるところの戦争責任を認めるなら、 国旗・国歌は日本人の心情的にも変えざるを得なくなるでしょう。 Time : 1999/ 6/30(水) 14:23:08
Name : だむす E-mail : Title : 石井さんへ Comments: みなさん、こんばんは。 >だむすさんは「戦争責任」を、本国会でどのあたりまで明確に >すべきとお考えでしょう 私は勉強不足なので、「南京大虐殺の有無」という事がよくわかりません。 私の思う戦争責任というのは、謝罪するという事でなく、何をもってこの問題に 解決をつけるのか?を国会の場で取り決め、それを速やかに実行するという事です 。 または、戦争責任はもうとったと宣言しとにかくこの問題を終結させることが第一 という事です。賠償が必要なら速やかに行うことです。まあ日本がそのつもりでも アジア諸国がそれを容認するかどうかは問題は残ると思ってます。 「悪逆非道国家」なんですが、これは戦争を仕掛けた上、敗北したのですからその 汚名をかぶるのはしょうがないと思います。しかし国家賠償などの形を改めて提示 することにより、ある程度緩和はできないものなのでしょうか? >つまり現在言われるところの戦争責任を認めるなら、 >国旗・国歌は日本人の心情的にも変えざるを得なくなるでしょう この点はどうでしょう?戦争責任を認めたからといって国旗と国歌を変えなければ いけない理由に直接繋がるものなのでしょうか?このあたりがよくわからないので す。それともアジア諸国は戦争責任の中に国旗や国家も含まれると主張してきてい るのでしょうか?責任を明らかにしないまま、当時の国旗と国家を無神経に使う事 に対して苦情をいってきてるのではないのですか?「戦争責任をとった」という承 認を国際社会からとれれば、それが日の丸君が代の禊となると思います。 戦争責任というのは、南京があった事を認めるのと「=」なのでしょうか? 質問いただいたというのに質問で返してしまったようです。 Time : 1999/ 6/30(水) 23:44:09