Name    : きんたろう
E-mail  : kintaro@po.net-ibaraki.ne.jp
Title   : 謹賀新年
Comments:
井沢先生、管理人様、そして皆様方へ
新年おめでとうございます。
昨年より一層素晴らしい年になりますようにお祈り申し上げます。
本年もよろしくお願いします。

私は昨年末初めて「ぎっくり腰」になってしまい、ほとんど動けずにいました。
けがをすると普段の生活のありがたさがよく分かります。

Time    : 1999/ 1/ 3(日) 19:21:40

Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 郷土の話 Comments: 茨城の学校は割と郷土教育に熱心なようで、きんたろうさんと私でそれを実践して いる形になっているわけですが、こういう地道な郷土研究が歴史を大きく変えてい くのだと思います。 梅原先生の「さまよえる歌集」、これは山部赤人の研究ですが、それによると富士山 が崇められたのは律令制成立以後のことで、それまでは不毛な山としてあまり重宝 されなかったそうです。 逆に、筑波山の方は、古くから東国の信仰を集めていたそうです。 私の両親の実家は岡山県なのですが、岡山も郷土の研究が盛んな所です。もし、岡 山の方がいましたら、多分古代史に一家語の持ちではないかと思いますがいかがで しょう? 日本は地方色が豊かな国で、これは江戸時代の大いなる遺産だと思います。そもそ も日本には強力な中央政府はあまり似合っていないのではないかと思います。鎌倉 幕府も江戸幕府も主な業務は裁判だけで、後は自治に任せていました。それが我々 の性に合っているのではないかと思います。 Time : 1999/ 1/ 7(木) 14:53:19
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 自衛隊は誰の物? Comments: PKFに自衛隊を派遣することが自自の協議で決まりそうです。これ自体は悪いこ とではないと思います。しかし、国会でまともに討論しないうちに自衛隊の運命が 決まってしまうのは危険だと思います。国会の俎上に載せたら国会の内外共に感情 的な判断しかしてもらえないと思うから自民党と自由党はこういう手段をとろうと するのでしょうが、このように自衛隊に関して国会がつんぼ桟敷に置かれることが 慣習化されれば、自衛隊は総理大臣の私兵になってしまうのではないでしょうか。 それと、自民党と自由党はどういう勢力に気兼ねしているかと言う問題もあります 。 社会党は政権を持ったときに日本を取り巻く軍事状況がどれほど厳しいか思い知っ たはずで、これからは以前のような感情的な反応はとらないでしょう。民主党だっ て元自民党の人が多くいますし、パトロンの鳩山家は保守派なのでそんなに感情的 になるとは思えない。共産党は力を付けてきたからと言ってもそんなに強いわけで もない。 国民だって、平和のためにはある程度の犠牲は必要と思い始めていると思います。 だとしたら、残るはマスコミだけではないでしょうか。 補給部門ならいいと言うのも、補給部門を馬鹿にした話だと思います。 帝国陸軍の「輜重も兵隊なら、ちょうちょとんぼも兵隊のうち」を継承した考えで はないでしょうか。例え人を殺すのが仕事でなくても、人を殺すための物資を運ん でいるのですから、責任においては前線の兵隊と同じだと思います。補給部門の人 に、「君は人を殺さなくていんだから気楽だね」と言ったら怒ると思います。 これでは、もう一回戦争しても、やはり日本は補給の不備で負けるでしょう。 Time : 1999/ 1/ 8(金) 13:48:15
Name : 大蔵芳人 E-mail : zodiac12@mail.goo.ne.jp Title : 茨城 Comments: なんか、茨城の話が出ているようですが、安部さんのおっしゃる通り、 茨城県は郷土教育が盛んなのかもしれません。他の地域については よく分かりませんが、私は茨城県の日立市で生まれ育ち、小学校の時は 『のびゆく日立』なる教材をつかって、社会科の授業はすすめていました。 これは、日立市の歴史、また現状を図入りでわかりやすく説明したもので、 本来使うべき社会の教科書を使ったことは、なかったように思います。 しかし、そのタイトルとは裏腹に現在の日立市は、伸び行くどころか 不況のあらしで、以前より駅前の人通りもまばら、工場も多くが稼動していない 状態にあるようです(苦笑)。 Time : 1999/ 1/ 9(土) 01:54:34
Name : MOS E-mail : Title : 「言霊」について Comments: みなさんに質問があります。井沢元彦氏著「言霊」のP15のハイジャックの 例ですが、あそこの出てくる“専門家への非難”は感情的な八つ当たり的非難 とは考えられないでしょうか。上手く説明できる方が居られましたら、ご説明 願えないでしょうか。宜しくお願いします<(_ _)> Time : 1999/ 1/ 9(土) 15:33:02
Name : 安部奈亮 E-mail : s00v0128@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 表現の問題では? Comments: ハイジャックの件は内容は間違ってはいないと思います。学会に限らず日本の知識 人を非難した文章は、井沢先生だけでなく多くの人が記しており、納得できるもの が多い。井沢先生の言霊と穢れによる説明は、その中でも斬新で説得力があるもの です。ただ、先生の熱情のなせるわざかもしれませんが、時々「そこまでいわなくて も・・・」と思えるような個所はありますね。私も、目的が手段を浄化するとは思って いません。表現が人を傷付けるのなら、内容が正しくてもよくないと思います。ハ イジャックの件も、内容は正しいが、表現が不適切であった類のものかもしれませ んね。 Time : 1999/ 1/10(日) 12:18:36
Name : きんたろう E-mail : kintaro@po.net-ibaraki.ne.jp Title : 言霊について考えたこと Comments: 「言霊の国」解体新書のハイジャックの例ですが、あれは八つ当たりでも何でもな いと思います。先生は真剣に考えてああいった例を出したのではないでしょうか。 ただ、日本語の場合かなり曖昧な部分があります。 天気の例で言えば、翌日ゴルフの人に「明日は雨ですね」と言ったら決していい気 持ちにはなりません。 これは、「明日は雨ですね」イコール「明日は雨が降って欲しい」と理解するから です。現実に雨が降ろうと降るまいと関係がないことなのです。 これが英語の場合は違うと思います。 言霊を信じるとは言葉に出した事が現果実化する事を信じることだと思います。 農耕民族である日本人は「日御子?」が天気を支配する(と信じる)事から、言霊 信仰が始まったのではないでしょうか。 それは「雨よ降れ」は「雨よ降って欲しい」と言うことであり、「晴れよ」と言う 事は「晴れて欲しい」と言う希望の表現だったと思います。 だからハイジャックの例に関して言えば、「I hope〜」とか「I wish〜」と相手が 理解してしまう面もあると思います。 でも「I make〜」「I take〜」にはならないはずです。 Time : 1999/ 1/17(日) 22:13:19
Name : きんたろう E-mail : Title : 補正 Comments: 考えたのはいいのですが、何を言っているのか分からない文章になってしまいまし た。すみませんでした。 簡単に言うと、意見というのはそれは星の数ほど有りますから、ひとつの意見はワ ンノブゼムにすぎないのに、相手はその意見を自分が望んでいると理解しがちなと ころが問題だと先生は言っているのだと思います。 ましてや、結果が悪かったりしたら八つ当たりされてしまいますから、理性的にあ らゆる状況を想定することなどできないということだと思います。 そうして、危機回避がどんどん先送りされて現在に至ってしまったということです 。 これは本当に危機的状況だと思います。 Time : 1999/ 1/18(月) 12:28:40
Name : 三枝貴代 E-mail : MXA04115@nifty.ne.jp Title : 言霊が信じられるようになった時期 Comments: 私は、日本人が言霊をはっきりと信仰するようになった時期を平安期辺りだろう と考えています。 人間が占いやお呪い(言霊はお呪いの一種ではないでしょうか)等、論理的でない 考えを信じるようになるのは、「自分の行動では状況を変えることができない」と 思って しまった時ではないでしょうか。 もし、自分の行動でなんとかなりそうならば、お呪いしている間に努力するなり、 陰謀 を巡らすなり、徒党を組むなり、なんなり、論理的な行動をとれば良いわけです。 行動してもどうにもならないから、自分の力ではどうにもならない不条理な力が人 の 運命を決めているのだと信じたがるのだと思います。 平安時代は、本人の才覚や努力より、誰の子供に生まれたかがその人の運命を 決めるようになった最初の時代です。 Time : 1999/ 1/18(月) 12:52:04
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 敗者の文学 Comments: 日本の物語が敗者の文学であることからも、三枝さんの言う通りかもしれません。 敗者は、物語で憂さを晴らしたのかもしれないし、怨霊というのは、自分の努力で はどおにもならないことですから、権力者も言霊にすがったのかも知れません。恐 らく、実状は、権力者の怠慢から来る争乱や、自然災害、疫病だったのでしょうが 、古代人にとって、解決法はありませんでしたからね。藤原氏も、頂点に上り詰め てしまうと、敗者も藤原氏から出るようになるので、言霊文化の担い手に加わりま す。 ただ、民衆の間では、奈良時代よりも以前から、言霊や怨霊信仰があったようです 。民衆は思うようにならないことが多かったからでしょう。 時代が遡れば遡るほど人知の及ばない範囲は増えます。思うに、言霊と怨霊信仰は 日本人の有史以前からの信仰で、貴族は仏教や儒教などの当時としては「科学知識 」の力を借りて、近代的な人間(この場合中国人)になったつもりだったのでしょ うけれども、三つ子の魂百まで、土壇場に追い込まれると、言霊や怨霊に捕らわれ たのではないかと思います。 Time : 1999/ 1/18(月) 15:42:11
Name : きんたろう E-mail : kintaro@po.net-ibaraki.ne.jp Title : 本能寺の変について Comments: 私が日本史の中で一番興味があるのは、明智光秀がどうしてああいった行動をとっ たのかという心理です。 織田信長の明智に対する信頼から見ても、どう考えても説得できるような理由に乏 しいと思います。 先生も「光秀の密書」で触れていますが、もっと色々な意見や、こんな事実がある よ、といったことを知りたいと思っています。 よろしくお願いします。 本当は「逆説の日本史」で取り上げられた後でみなさんの意見を聞きたいと思って いたのですが、どうにも我慢が出来なくて書いてしまいました。 Time : 1999/ 1/19(火) 02:28:10
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 心理学の問題かもしれません。 Comments: 私は、明智光秀が本能寺の変を起こしたのは、彼がノイローゼに懸かっていたから だと思っています。歴史の流れはあるかもしれませんが、個々人を動かしているの は、結局は個人的な恨みや欲望ではないかと言うのが私の持論です。 織田信長がやろうとしたことは絶対王政であり、1580年頃から自分の神格化を始め ています。王権神授説であり、皇帝になろうとしたのです。 当時の日本人には「皇帝」なんて想像もつかなかったでしょうが、朝廷をないがし ろにし始めたとは感じたでしょう。織田信長は第2の足利義満になろうとしているの ではないか?と。そのため、朝廷と関係が深く、織田家の中では前時代の価値観に 一番肯定的な明智光秀に朝廷が攻略をかけていたそうです。 それに、明智光秀だって戦国大名の端くれですから野望もあったでしょう。「天の 時に逆らえば返って罰を受ける」という言葉が頭をめぐったとしても不思議はない 。比叡山焼き討ちで一番熱心に働いたのは、坂本が与えられることを約束されてい た光秀だったという話もあるくらいです。 私の意見はそんなところです。 Time : 1999/ 1/19(火) 16:24:37
Name : 輔住 E-mail : Title : 本能寺の変 Comments: 本能寺の変の黒幕探しとなれば 様々な説がありますよね。 おそらく100を軽く超えるでしょう。 しかし「定説」といえるものがないと思います。 私の考えだと黒幕は複数。 主犯格は前関白の近衛...名前の方は忘れました。 すいません。 「逆説の日本史」の織田信長編を楽しみにしています。 (まだしばらく先でしょうが) Time : 1999/ 1/19(火) 17:45:47
Name : 匿名 E-mail : Title : 本能寺の変について Comments: はじめまして。いつも楽しく拝見しています。 僕も本能寺の変には大変興味を持っており、「逆説の日本史」でも早く織田信長の 話にならないかな、と楽しみにしています。 僕の考えでは、黒幕には家康が含まれるのではないかと思います。 理由は、信長の考えた(であろう)土地制度と、従来の土地制度とのギャップでは ないでしょうか?信長の天下統一は、秀吉、家康と違い、それまでの各地方の権力 者(領国大名)を片端からつぶしていくような強引なものでした。そういうことか ら信長の天下構想は、後の江戸時代の封建制より、ヨーロッパの絶対王政的な形態 をイメージしていたのではないでしょうか?ですから天下統一後には既存の領国大 名はもちろん、功績のあった家臣にも土地は与えないか、与えてもかなり薄くしか 報いるつもりはなかったのでは? 光秀のほかに謀反を起こした者というと、松永久秀、荒木村重がいますが、この人 たちは織田軍団の中でも信長に厚遇された優秀な人であり、その優秀な人たちが信 長の構想に気がつかないことはなかったと思います。 ですから、どれだけ一生懸命働いてもいずれは信長に土地を取り上げられてしまう のなら、いっそ謀反を起こそうと考えたのではないでしょうか?(現に信長は、林 通勝を追放していますし。)これには、鎌倉時代からの武士の土地への執着という こともあわせて考えなきゃいけないとも思いますが。 以上のことを踏まえて、武田氏からの脅威がなくなり重要性が薄れた家康が、あの 時一番取り潰される危険にあったと思います。家康(三河武士団)は特に土地に対 する執着は強いですし、家康には信康を殺された、という恨みもありますし。 これが僕の考えですが、資料を調べて綿密に固めた推理ではありませんので、ぜひ 皆さんの意見をもっと聞きたいと思います。 Time : 1999/ 1/19(火) 18:56:18
Name : きんたろう E-mail : kintaro@po.net-ibaraki.ne.jp Title : 本能寺の変つづき Comments: 安部さん、輔住さんありがとうございました。 三枝さん、言霊についてありがとうございました。 (???) 普通はこの様なとき、一番得をしたものが一番怪しいといわれています。 だから秀吉も疑われていますし、家康も長男を殺されたようなものですから当然恨 みがあるはずと考えられています。 足利義昭は色々な画策はしただろうと思われていますし、事実そうだったと思いま す。 暦の問題で朝廷は完全に信長がどういう人物か知ったと思われます。だから排除の 動きはあったことでしょう。 光秀も家康の接待がどうのこうのという説もありますし、移封説もあります。 でも、信長の天下布武とは言い換えれば日本国中の敵これらを全て打ち倒すという 強烈な意志の表示でもありますから反撃が多いのも当然のように思えるのです。 誰でもただ打ち倒されたくはないものですから。 光秀はそういう織田信長の信頼を一身に集めたと言っても過言ではないと思います 。何しろ織田家の中で50万石の大大名だったのですから。 もし、信長が本当に疑っているとしたらあんな無防備で本能寺に行くはずがないか らです。また、光秀が奇襲できるチャンスなど与えられるはずもなかったと思える からです。 実は単なる発作だったのではないかという考えはいいですよね。 Time : 1999/ 1/19(火) 19:24:19
Name : きんたろう E-mail : kintaro@po.net-ibaraki.ne.jp Title : つづきのつづき Comments: 小松芳祐さん初めまして。 ロムと登録にタイムラグがあってさっきのに書けませんでした。 「一所懸命」からの視点は素晴らしいですよね。 またよろしくお願いします。 Time : 1999/ 1/19(火) 19:31:45
Name : MOS E-mail : Title : なるほど Comments: 「言霊」に対するレス有り難うございました。 特に英語で考えるというきんたろうさんの意見は大変分かり易かったです。 どうもありがとうございました<(_ _)> Time : 1999/ 1/20(水) 04:13:35
Name : MOS E-mail : Title : 本能寺の変 Comments:  色々と「本能寺の変」の意見が出ていますが、僕は「文官」としての光秀の 心理状況です。荒武者揃いの織田軍のなかで数少ないインテリで、有職故実・ 和歌・連歌に通じ、城の設計などに才能を発揮した光秀ですが、柴田勝家や前 田利家のように長い間信長を見てきていない分、信長の残酷なまでの実力主義 に精神的に参ったのではないかと思っています。現に林道勝や佐久間信盛の様 に、優秀でない者や結果の出せない者が次々と追い出されていく過酷な競争社 会の中で、自分の年齢的限界・新たに出世してくる者との競争・信長の厳しい 目、というものが大変なプレッシャ−になったのではないでしょうか。こうい った厳しい状況で、神経質な光秀が一種のノイロ−ゼ状態になり、デフレスパ イラルではありませんが、連鎖的なマイナスイメ−ジを断ち切る為に謀反を画 策した、と考えています。みなさんはいかがお考えでしょうか。 Time : 1999/ 1/20(水) 04:56:53
Name : MOS E-mail : Title : あ、失敗 Comments:  所々抜けてるところがありますが、想像して上手くつなげて読んで 下さいね(^-^; Time : 1999/ 1/20(水) 17:36:54
Name : 輔住 E-mail : Title : 家康が関与した可能性 Comments: 前回に続いて本能寺の変についてですが、 小松さんのいっていることも可能性があると思います。 信長が死んだ後、甲斐、信濃への対応が あまりに鮮やかすぎるのでちょっと疑いたくなるのです。 当時、信長は「関東管領」として滝川一益を上野に 置いています。(信長にとって家康の価値は減ったと思う) 完全にクロとは言えないですが、ちょっと濃い目のグレー!? Time : 1999/ 1/20(水) 17:40:58
Name : 輔住 E-mail : Title : 家康が関与した可能性 Comments: 前回に続いて本能寺の変についてですが、 小松さんのいっていることも可能性があると思います。 信長が死んだ後、甲斐、信濃への対応が あまりに鮮やかすぎるのでちょっと疑いたくなるのです。 当時、信長は「関東管領」として滝川一益を上野に 置いています。(信長にとって家康の価値は減ったと思う) 完全にクロとは言えないですが、ちょっと濃い目のグレー!? Time : 1999/ 1/20(水) 17:41:27
Name : 輔住 E-mail : Title : すいません Comments: ミスして同じ文を2回送ってしまいました。 みなさん、ごめんなさい。 管理人さん、手間をおかけしますが後の方を削除して下さい。 Time : 1999/ 1/20(水) 17:45:01
Name : 小松芳祐 E-mail : Title : 家康関与について Comments:  きんたろうさん、輔住さん、ご意見ありがとうございます。  前回を補足する意味で僕が家康関与の考えを書き込ませてください。  僕が一番怪しいと思うのは「神君伊賀越え」です。伊賀越えに際して伊賀の実力 者、服部半蔵を偶然伴っていたなんて出来過ぎな話だと思いませんか?それと、本 能寺の変直後、家康は何故光秀に殺されると考え、慌てて逃げたのでしょうか?あ の時の光秀にとって、故信長の最大の同盟者の家康が味方につけば光秀政権を「徳 川殿でさえ認めた」と、言うことになり、残存する旧織田家臣団も大半が光秀にな びくでしょう。つまり、光秀は家康を殺すはずがない。(家康が協力しないという のなら別ですが)にもかかわらず、あわてて堺を脱出したのは何故でしょう?それ は、光秀が自分を殺すであろうという根拠があったか、光秀と一味だと思われない ためのカモフラージュか、ぐらいしか僕は考えられません。 僕は後だと思います。光秀が家康を殺そうとしていたという話も聞きませんし。  ただ、当時の状況なら、それでも光秀単独犯行の可能性も十分あるとは思います が、その後の歴史の流れを考えると、家康が関与していたと考えた方がしっくりす ることが多いのでこう考えます。 Time : 1999/ 1/21(木) 13:17:16
Name : 家康 E-mail : Title : わしは、無実じゃ Comments: 痛いところをつかれたヌヌヌヌヌぬ Time : 1999/ 1/21(木) 15:11:34
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 水木しげると山本七平 Comments: 何じゃその題は?と言われるかもしれませんが、この2人、よく似ているのです。 以前「私の中の日本軍」を薦めた事がありますが、あれをマンガ化すると「水木し げるの昭和史」「総員玉砕せよ」(水木しげる 講談社マンガ文庫)になります。絵で 書かれたほうが分かりやすいですね。本当に2人とも同じ事を書いています。 水木しげるさんはラバウルのニューブリテン島にいて、玉砕する寸前まで行きまし た、しかも片腕を失っています。 山本七平さんは、フィリピンで自分の部隊は全滅し、しかも危うく戦犯になりかけ ている。 2人とも、原住民に大変好意的です。 それと、水木しげるさんが「妖怪」と読んでいるものの一部は、山本七平さんが「空気 、日本教」と読んでいるもののような気がします。 後、何と言っても2人とも飄々として浮世離れしています。 個人的な趣味を言って申し訳ありませんでした。 Time : 1999/ 1/22(金) 11:35:09
Name : きんたろう E-mail : Title : 歴史の必然と偶然 Comments: 織田信長は歴史を二度変えたと言われています。 初めは旧体制の代表格と言える今川軍を撃退したこと、そして二度目は本能寺の変 でその生涯を閉じてしまったことです。 歴史は巨視的に見れば必然的な流れがあるような気がします。でも、それは必ず一 つの点に向かって集約されるべきものではないような気がします。 歴史は川と同じで上流から下流へと流れるものだとよく言われますが、これは誤解 を招きやすい例えだと思います。川の場合は無数の支流から本流へと流れ込み、大 河となって海へと続きますが、歴史の場合はそれと全く反対で富士山の上から無数 の川が下流へと続いているような状態なのではないでしょうか。 社会の下部構造が上部構造を支配するというのはマル経理論そのものですが、これ はある意味では正鵠を得ていると思います。社会の経済発展状況に対してより適合 しているシステムの方が社会の勝者になり易いということです。 武士階級が権利を獲得していった過程はまさにそのもので、日本史においてもそれ は証明されたような気がします。 ただ下部構造というのは実は非常にとらえどころがないものだと思います。何しろ 下部構造に属する数があまりにも多いので、その方向性は無数にあると言ってもい いからです。当然下部構造間で戦いがあるでしょう。 例えて言うならば下部構造がドラゴンボールの元気玉で上部構造が(この場合は信 長)悟空と言ったところではないでしょうか。 いくら沸き立つエネルギーがそこにあっても、それを使いこなせなければ何にもな らないということです。 信長は旧体制の破壊者でしたが新規参入を図りたい者たちにとっては保護者であっ たわけです。 規制緩和とが叫ばれているわけですが、400年前にこれを実行した信長はすごい と思います。 Time : 1999/ 1/23(土) 13:21:09
Name : 小松 E-mail : Title : 信長と曹操 Comments: 信長はその天才的な発想と、手法によって日本の歴史を大きく変えました。日本史 上信長のようなタイプを探してもちょっと見つかりません。信長は曹操に似ている と作家の陳舜臣さんが言ってました。(陳さんは、信長は曹操のことを書物等で読 み、曹操を参考にしたのではないかとも言ってました。)  確かに、能力主義による人材登用、迷信を信じない、既成の概念にとらわれない 、など二人には共通するところが多いと思います。で、二人とも敵も多い。  日本や中国ではこの二人のように、白黒がはっきりしていて、強力な指導力を発 揮するタイプより、劉備・劉邦や家康のような、はっきりしない、あまり指導力も 表に出さないタイプの指導者を好むようなところがあるように思われます。(いわ ゆる器量人みたいな)  ちなみに、僕は今、曹操に興味を持っています。曹操について、これまでの悪漢 というイメージでなく、史実に基づいて、正当に記述してあるような本(小説でも 可)を紹介してください。 Time : 1999/ 1/27(水) 11:37:17
Name : 三枝貴代 E-mail : MXA04115@nifty.ne.jp Title : 誰かがやった。 Comments: 信長って、やっぱり天才だったんでしょうかね。運の良い人って説もあります が、やっぱそれだけじゃないのかも。 少なくとも、ものすごく変わった人で、変わった人だから歴史を変えたので しょうが。 部下の側から見ると、そういう人が上司だと、ものすごく困りますよね。やる ことが予想がつかないんだから。 今なら上司の機嫌を損ねても、左遷か、悪くてもくびですむけれど、あの時代 だもの。殺さないと、殺されるかもしれない。 明智がやらなくても、きっと誰かがやりましたよねえ……。 Time : 1999/ 1/27(水) 11:54:43
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 曹操を書いたマンガ Comments: 小松さん、「蒼天航路」(講談社、原作:李学仁、漫画:王欣太) という曹操を書いた漫画がありますよ。青年誌だからちょっとエッチですけど。 Time : 1999/ 1/27(水) 16:09:51
Name : 正岡(初號機) E-mail : masaoka@din.or.jp Title : 女言葉 Comments:  人に言われて謎に思ったんですが…  大阪弁では男女同じ言葉だそうですね。表現の丁寧と乱暴はあるそうですが。三 河弁でもそうなんです。基本的に同じです。  でも、現代の標準日本語では(口語ですが)女言葉と言われる特殊な(使ってな いよ、わしも(^_^;))表現があります。これっていつごろからあるものなんでしょ う。  本で調べればわかるかもしれないけど、ものぐさな私はここに書き込んでしまう んですの。<<慣れないことはやめろ(読者注) Time : 1999/ 1/27(水) 17:21:39
Name : 正岡(初號機) E-mail : Title : 私も曹操が好きですよ Comments: 横山光輝「三国志」の曹操も死ぬほど男前です。これもマンガですが。 Time : 1999/ 1/27(水) 17:24:36
Name : 輔住 E-mail : Title : 三国志 Comments: 横山光輝さんの「三国志」といえば 曹操かっこよかった。個人的には劉備より好きだった。 小松さんへ: 三国志を研究してる人のなかで 守屋 洋さんは曹操を高く評価しているので 良い作品があるかもしれません。 Time : 1999/ 1/28(木) 14:51:56
Name : 小松 E-mail : Title : ありがとうございます Comments: みなさん、僕の個人的なお願いにさっそくお応えいただいて、ありがとうございま す。 阿部さん、「蒼天航路」あれ面白いですよね。実は僕はそれまであまり三国志に興 味なかったんですが、あれではまりました。 正岡さん ”横山光輝「三国志」ですか。面白そうですね。早速読んでみます。 輔住さん 守屋洋さんですね。今、地元の図書館のHPで検索してみたら、1冊あ りましたので、借りて読んでみようと思います。 曹操のことを調べてみようと思ったんですが、なにしろウソの記述が多すぎて、ど れが本当かわからなくなってしまうんです。(三国志演義の影響なのでしょうか。 あれはあれで面白いんですけど。)ですので、非常に助かります。ありがとうござ いました。 Time : 1999/ 1/28(木) 16:45:48
Name : きんたろう E-mail : Title : 曹操孟徳???でしたっけ Comments: 信長と曹操はよく似ていると言われています。 私も曹操は好きです。 三国志は吉川さんの小説と横山さんのマンガを読みました。(長かったですね) そしてNHKでは人形劇をやっているのを見ました。 プレジデント(月刊誌)などでもよく三国志関係の特集をやっていたような記憶が あります。 (はっきり覚えていません) それにしても、あれを見ると当時の中国大陸は先進国だったなと思います。 卑弥呼のところに来たのは魏の役人でしたものね。 ところで今「桃太郎伝説」をやっていて、いよいよラスボス間近と言うところまで 来たのですが、桃太郎の時代はいつ頃なのでしょうか。 Time : 1999/ 1/28(木) 19:31:54
Name : 輔住 E-mail : Title : 桃太郎の時代 Comments: 金太郎さんはラストボスと対決ですか。 私はまだ「希望の都」です。 桃太郎の時代は戦国時代らしいです。 (昔、ジャンプに連載してた「THE MOMOTAROH」から) ところで浦島太郎はいつの時代? Time : 1999/ 1/29(金) 09:03:34
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : ゲームの時代だったらゴメン Comments: 浦島太郎は山幸彦の2代前の先輩らしいです。山幸彦を海へ連れて行くおじいさんが 居ますが、それが浦島太郎だというのですね。山幸彦は、竜宮城の門で、1代前の浦 島太郎(つまり乙姫様の旦那)と対決します。 海の女神はいつも青年を周りにはべらして置いて、青年が歳を取ると交替させると いうのは、日本だけでなく、黒潮周辺に共通する神話らしいです。 Time : 1999/ 1/29(金) 10:25:54
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 古事記はSF? Comments: 古事記は日本古来の伝説のつぎはぎでできています。 その中には史実も多く含まれるでしょう。 意外かもしれませんが、イザナミ、イザナギは、淡路島の地方神です。どういうい きさつで創造神となったのかは分かりません。 民族伝承と歴史と中国思想の合体。古事記は、古代人にとってはSFに見えたかもし れません。 Time : 1999/ 1/29(金) 10:36:42
Name : 石井一旭 E-mail : j00w0194@ip.media.kyoto-u.ac.jp Title : 浦島太郎 Comments: 「ドラえもん」では(すいません、でも好きなんで・・・) 確か平安中期から室町にかけて 竜宮に行っていた人物として書かれてました。 山幸の祖父だったとはしりませんでしたわ。 そんなふるい時代の話には思えなかったです。 Time : 1999/ 1/29(金) 11:28:19
Name :E-mail : Title : 浦島太郎について Comments: 始めまして、Kです。以前何度か掲示板のほうに書き込みした者です。 浦島太郎に関してなのですが、私は『日本書紀』の『雄略天皇紀』に、 「浦島子」という人の話があったので、雄略天皇の時代(5世紀)の人かと 思っています。(もっとも実在自体怪しいですが) それと、浦島太郎が山幸彦の祖父という話ですが、山幸彦は確か、あの『天孫降臨 』の ニニギノ命の子供ではありませんか。とすると、浦島太郎は天照大神の子で、 かつニニギノ命の父親の神ということになりますね。そんなことって、ありうるの で しょうか。 もっとも安部さんは、浦島太郎は山幸彦の「二代前の先輩」であって、「祖父」 とは言われていないので、私の誤解かもしれません。 Time : 1999/ 1/29(金) 12:31:47
Name : 輔住 E-mail : Title : すいません Comments: きんたろうさん、間違えて「金太郎」と書いてしまいました。 本当に申し訳ありませんでした。 安部さん、質問に答えてくれてありがとうございます。 浦島太郎が神話の時代とは知りませんでした。 Time : 1999/ 1/29(金) 12:55:04
Name : きんたろう E-mail : Title : 淡路島 Comments: 桃太郎は戦国時代だったのですね。ありがとうございました。 一方の浦島太郎は奥が深かったんですね。 ところで淡路島といえば、我が家の先祖は800年ほど前に淡路島から茨城にやっ てきたということです。(相当古い話しですみません) たぶん海賊か、漁師のたぐいだったのでしょうね。(相当美化していえば水軍) そう言うわけで、淡路島には親近感を持っているのですが、実はまだいったことが ありません。 Time : 1999/ 1/29(金) 13:20:59
Name : きんたろう E-mail : Title : 輔住さんへ Comments: こんにちは。 全然気にしてませんよ。 これからもよろしくお願いします。 安部さん、石井さん、Kさん、こんにちは。 Time : 1999/ 1/29(金) 13:32:49
Name : 奥村真 E-mail : oku@total.co.jp Title : 煙のように Comments: 浦島太郎といえば、太宰治の『御伽草子』が好きです。いわく、 「忘却は救いである」 Time : 1999/ 1/29(金) 13:41:55
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : 浦島太郎 Comments: あくまで「先輩」であって、血縁関係はないと思います。 ちなみに私の先祖は瀬戸内海の塩飽諸島の海賊です。 Kさん、違っていたら申し訳ないのですが、ハッチポッチステーションのホームペ ージに出入りしているKさんと同一人物でしょうか? 石井さん、「存亡の条件」三条河原町のしんしんどう(漢字が出てこない・・・) にありました。番号は394です。講談社の学術文庫は番号が分からないと探しずらい のを忘れていました、すみません。 Time : 1999/ 1/31(日) 16:25:01
Name : 安部奈亮 E-mail : Title : ドラえもんばんざーい Comments: ドラえもん、いいですねえ。私が初めてしゃべった言葉は「どらえもん」でした。 親はがっかりしただろうなあ。 Time : 1999/ 1/31(日) 16:44:26